ライトノベル界におけるナンバーワンレーベルの電撃文庫は、「電撃小説大賞」という小説公募を毎年行っていて、その受賞作が毎年2月に発売になる。今月発売になった受賞作品は、第22回というから、もう22年、ずいぶんと長い時間が経ったものだ。というわけで、さっそく、まずは「大賞」を受賞した作品を買って読んでみた。タイトルは『ただ、それだけでよかったんです』という良くわからないもので、あらすじもチェックせずに、全くまっさらな状態で読んでみた。 
ただ、それだけでよかったんです (電撃文庫)
松村涼哉
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2016-02-10

PVもあったので、ついでに貼っておこう。

 今、初めて上記のPVを観てみたのだが、プロモーション用映像として非常に良いと思う。しかし気になるのが、再生回数が今、2016/02/17の朝の現在で3,039回というのは、たぶん非常に少ない。恐らくこの作品は2万部以上は売れているのだろうから、こういうPVがその売れ数の10倍以上観られてもおかしくないはずなのだが……。きっと店頭販促などでも用いられていて、Web以外で流すために制作されたものかもしれないので、十分に役に立っていると信じたいのだが、ちょっともったいないような気がしてならない。ま、大きなお世話か。
 物語の大筋は上記PVの通りである。一人の中学生が自殺した。その遺書に書かれた「菅原拓は悪魔です。誰も彼の言葉を信じてはいけない」というメッセージ。基本的な物語の構造は、自殺した少年の姉が事件の謎を追う話と、悪魔と指名された菅原拓くんの独白とが交互に折り重なる形で構成されている。わたしはまた、湊かなえ先生の『告白』のような物語かなと思って読んでいたのだが、当然ながら全く別物でした。
 で。非常に興味深い作品であったのだが、いかんせん、おっさんのわたしにはリアリティを感じられない物語だ。ただ、それはあくまでわたしがおっさんだからであって、現役中高生には、ある意味ゾッとするような身近な話なのかもしれない。
 この物語の最大のキーは、「人間力テスト」というものにある。それは、主人公たちの通う中学校で各学期末に行われているもので、生徒が生徒同士を格付けしあうものだ。それが数値化されて、自分の学年内の順位がはじき出されるのだが、校長曰く「今の時代に必要なのは学力(学歴)ではなくコミュニケーション力」であるため、そんな「人間力テスト」を行うことにしたという設定だ。
 まあ、この時点でわたしのようなおっさんは、ふーーん……? と相当首をかしげることになると思う。実際、たぶんあり得ないと思うし、そんなテストには何の意味もないと、おっさんなら直感的に思うのではなかろうか。結局、数値化と言っても単なるアンケートで、得点ではなく順位が重要になってしまうものでは、そもそも「テスト」じゃあない。正解もないし。それに、おそらくは同数票の同順位がたくさん生まれるだけではなかろうか。上位10%ぐらいは票数が違うかもしれないけれど、下位は同着で固まってしまうはずだと思う。要するに単なる人気投票であり、まさしく格差を生むシステムそのものである「人間力テスト」なるものが公立中学で実施されるハズもないと、おっさんとしては思う。
 しかし、おそらく現役中高生には、深く共感出来てしまうのだろう。校内ヒエラルキーだの、いじめだのが実際に横行する現場に近い現役中高生には、ひょっとしたら身につまされるリアルな物語なのかもしれない。だとしたら、気楽なおっさんとしては、3年なんてあっという間なんで、しっかり勉強して、高校受験に集中した方がずっといいよ、とアドバイスしたくなってしまう。学校にいる時間だって、6時間程度だし、そんなのもあっという間なんだけどね。悩むことなんて何一つないということが、まああと5年もすれば分かることだし、リーマンになったらもっと恐ろしい毎日が待ってるわけなんだが……。それが分かれば苦労しないか。人間だもの、ね。
 というわけで、読み終わって思ったのはそんなことで、幸いにも楽しい中学高校生活を送ったおっさんには、正直理解に苦しむお話であった。もし本当に、現役中高生がこうした悩みに日々悶々としているなら、それはおそらく学校や社会というシステムの問題でなく、極論すれば家庭の問題なのではないかと思う。そして想像力の欠如。それが今、そこにある危機的な問題だと思います。
 そして、タイトルの意味は、最後まで読めばきちんと理解できます。が、わたしにはふーーん……という感想しかありませんでしたが。タイトルは、もうちょっと尖ったものにしても良かったような気もする……けど、まあいいのかな……。
 以上のような物語上の問題点というか論点は、もうこれくらいにして、一つ明確なポイントとして、もう一つだけ記録に残しておこう。恐らくこのような作品は、電撃文庫以外ではありえなかったのではないかと思う。ほかのレーベルでは全く論外だったのではなかろうか。作品としては非常に野心的(?)だし、作家の能力も十分以上に高いと思うけれど、この才能を才能として見出し、今後、磨いて行けるのは、電撃文庫ぐらいじゃなかろうか。まったく、流行のいわゆるラノベではない、ある種異彩を放つ作品を「大賞」に選んだ電撃文庫は、要するにそういうところがナンバーワンたる所以なんでしょうな。

 というわけで、結論。
 『ただ、それだけでよかったんです』という小説は、わたしの好みには全く合わないし、まだまだ粗削りで、直すべきところもいっぱいあると思うが、デビュー作として、光っているモノがあるのは間違いない。今後の活躍を心から願いつつ、新刊が出たら買って読んで応援したいと思います。以上。

↓ 次は「金賞」のこれを読んでみます。
ヴァルハラの晩ご飯 ~イノシシとドラゴンの串料理~ (電撃文庫)
三鏡一敏
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2016-02-10