2015年9月30日。もう一月以上前のことなのでニュースとしての価値はないが、この日、とある本屋さんが閉店になった。出版業界の、とりわけコミック系の版元ならば決してその存在を忘れられない本屋さん。書泉ブックマートである。本当に、本当に残念に思う。わたしは大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
syosen_bookmart
 ※写真は10/30に撮影。昨日前を通ったら、もうすっかり看板等も撤去されて、まるっきり淋しくなってました……。
 知らない人にちょっとだけ説明しておくと、この書泉ブックマートという本屋さんは、おそらくは、東京+千葉埼玉近辺のオタク系人類ならば知らない人はいないほど有名な本屋さんで、東京の神保町にある比較的大きな店だった。すずらん通りの東側入り口に位置し、すぐ横に三省堂書店本店があり、神保町古本街の中にあるので普通の本好きのおじさんおばさんもその前は何度も通るけれど中に入ったことはない、だって漫画と写真集とか、趣味系ばっかりなんだもん、という特徴ある書店だった。わたしも、中学生ぐらいから良く知っているお店で、ちょっと古い漫画を読みたくなって、探しても地元では見つからない時などに、じゃあ書泉行ってみるか、というような感じで、「行けば必ずある」最期の砦的な存在だった。写真集の世界でも、グラビアアイドルのサイン会といえば書泉、ぐらいに業界では浸透していたと思う。その書泉ブックマートが、閉店した。

 この閉店の背景にあるものは、言わずと知れた「出版不況」と呼ばれる社会構造の変化である。ちょっと自分を振り返ってほしい。最近、本屋さんに行きましたか? 行ったとしても、立ち読みだけじゃなく本を買いましたか? いやいや、馬鹿なことを、本屋さんに行きましたよそりゃあ、と言う人が、おそらくは世の1/4以下、そしてその中でもちゃんと本を買った人は、さらに1/4以下ではないかと、まったく根拠はないが思う。本気で数字を調べようと思えば、総務省や文化庁、あるいは厚生労働省あたりの白書や統計を漁ってみれば出てくると思うが、気が滅入るだけなのでやめておく。とにかく、「いやいや、わたしはちゃんと本を買って読んでいますよ」と胸を張って言える人は、たぶん全人口の5%もいない。
 だが、本当に問題なのは、その少なさではなくて、「減少加速度」だとわたしは感じている。つまり、うまく説明できないのだが、減少度がゆっくりでありながら確実に進行しつつ、ここ数年で急激に落ち込んだという過程が問題なのだ。もう、20年前からずっと右肩下がりでじわじわ落ちて来た市場の縮小も、誰もがみな「いや、今年はヒット作がなかったしね」と自らに言い聞かせながら、確実な減少を容認し、「仕方ないよ」で済ませてきた。そして、実際にそれは仕方ないことだったのだと思う。また、残念ながら9割方の人間は、未来ではなく足元しか見ていない。だからここ数年の、急激で、かつ、あわただしくやってきた大幅な落ち込みの前には、出版業界はなすすべなく呆然と立ちすくむしかできなかったのだと思う。例えば、電車の中で雑誌を読んでいる人は、ここ数年で本当にもう見かけなくなった。わたしの私見では、東日本大震災が一つの引き金だったと見ている。あの悲劇によって、毎月、あるいは毎週買っていた雑誌をうっかり買いそびれた人がいっぱいいるはずだ。あ、そういやあの雑誌買ってねえな。でも、ま、別にいっか、と「なくてもいいもの」であったことに気づかれてしまったのだ。その後にやってきたスマホの普及も追い打ちをかけたことだろうと思う。
 出版業界の市場規模は、業界スタンダートというか業界人なら誰でも見ている出版科学研究所発行の「出版月報」というもので毎月売上金額が発表されているので、すぐに調べられるが、その数字も、もはや見ても何の意味もなく、むなしいだけだ。最盛期の1996年と比較して、去年2014年は約60%、4割減である。特に雑誌はもう、この18年でほぼ半減しているのだ。
 街の本屋さんの減少も、もはや歯止めが効かないところまで来ている。とあるデータによれば、日本の本屋さんの数は、この10年で3割近く減少してしまった。もちろんそこには、単純に本が売れないからではなくて、大型書店の進出により廃業した街の本屋さんも多いが、いずれにせよ、非常に恐ろしい状況である。非常に残念だが、本、という商材を売るということ、それは非常に薄利の商売であり、大量に捌かなければ、店として経営困難になるのは当然で、しかも価格競争も法律で禁じられ、何らかの付加価値を与えることも難しい、きわめて特殊な商売である。そんな本屋さんが次々消えているという現象は、既に日本だけではなく、世界的に起こっていることである。
 また、普通の人は全く興味もないし知らないと思うが、「取次」と呼ばれる本の卸問屋も、かつては何社もあったが、その第4位(5位かな?)に位置していた会社ですらも、今年とうとう民事再生申請の憂き目にあった。第3位の会社も多額の債務超過となり、楽天や大手出版社からの出資を得てやっとの状態で、もはや瀕死の状態である。つまりもう、事実上2TOP以外は終わり、と極端に言ってもあながち間違いではなかろう。「出版不況」の波は、そんな切羽詰まった状況まで、来てしまっている。
 つまり、「出版不況」は、本を作るメーカーである「出版社」、本を仕入れて小売りに卸す問屋である「取次」、そして我々読者が本を買いに行く小売りたる「本屋さん」の三者全てが、もう手のつけようのないほど痛んでしまっている状態を指して言うものである。毎年毎年、右肩下がりであるのに、何もできなかった。特にこの7~8年がとりわけ激しい落ち込みだったと思う。だれもが、いやあ、ヒット作が出れば一発逆転ですよ、なんて妄想しかしてこなかったツケを、いよいよ払う時が来ているのである。

 じゃあ、一体なぜ、この「出版不況」は静かにそして深く進行していったのかということになるが、それにはもう、様々な要因がいっぱいあるので、もはやわたしのレベルでは考察できない。電子書籍の発達の影響? Webの発達で雑誌はいらなくなった? 少子化・高齢化・人口減の影響? 上で書いた震災やスマホの影響? 恐らくは、そういった誰もが考えつくような理由は、実際どれも正しく、また逆に、誰もが見落としているような特殊な要因は特にないのだと思う。まったく分析になっていないが、一言で言うと、「いつのまにか、本を読む人が少ないのが当たり前の世になったのだ」ということに尽きるのだと思う。

 そして、そんな当たり前の世を作ったのは、ほかでもない我々である。
 つまり、我々の「本に関する無関心」が「出版不況」を生んだのだ、と言えると思う。

 よくテレビで見かけると思うが、本屋さんに限らず、映画館でもいいしラーメン屋でもいいけれど、名店がとうとう閉店することになり、最後の日に客が溢れる場面を観たことは、誰でもあることと思う。たいていは「いやー最後なんで、見届けたくて来ました」なんて言っている人間が映し出されるわけだが、わたしはなんだかとてもイヤな気持ちというか、なんとも複雑な想いを抱く。そんなに惜しんでくれるの嬉しい、けど、ならなんで今まで来てくれなかったんだ、というのが本音の店主の方が多いのではなかろうか。毎日来てくれた常連ならわかるけれど、その店をつぶしたのは、我々の無関心であることは、100%間違いない。と思う。だからわたしは、こんなblogを毎日せっせと書いている。ちょっとでも興味を引いたら、買ってほしい。観に行ってほしい。でないと、本当に本も映画も演劇も、ダメになってしまうんだよ。頼むから皆さん、金を使いましょ、ね?

 わたしは、あの書泉ブックマートが閉店する、というニュースを見たとき、心の底から申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。会社が御茶ノ水から引っ越して以降、すっかり足が遠のいてしまったオレ自身が、書泉ブックマートをつぶした一人なんだ。本当にごめん。そして、それでも、ありがとうと言わせてほしい。
 
 というわけで、結論。
 書泉ブックマートは1967年からあったそうだ。なんだよ、オレより年上だったんだ……。
 ビルはまだあるけれど、一体どうなるのか情報はない。取り壊されるんだろうな……何ができるのか知らないけれど、あそこに書泉ブックマートという本屋があったことは、ずっと忘れないと思う。
 ※追記:その後、あそこは建物はそのままで、なんと靴屋の「ABCマート」が入居しました。何というか……書泉ブックマートがABCマートに……ダジャレか!!! なんか腹立たしいことこの上なしである。

↓ 未来に対して絶望を禁じ得ない。 大丈夫かこの国は……。
デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介
角川書店(角川グループパブリッシング)
2010-06-10