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 うーーん……。
 『機動戦士ガンダム』と言えば、既に日本のオタクカルチャーの枠を超える、もはや一大産業として大きな金の動くコンテンツなわけだが、40代後半のわたしの世代は、まさしく一番最初のテレビ放送を観て、最初の劇場版三部作を劇場で観て、そして最初のガンプラブームにドはまりしてせっせとガンプラを作っていた世代であるため、それなりに思い入れはある。とりわけ「宇宙世紀」モノとなれば、やっぱり興味はあるわけで、2010年から4年がかりで劇場公開された『機動戦士ガンダム ユニコーン』は、劇場へ観に行ったし、先立つ原作小説もきちんと読んで、これは面白い!と大興奮した作品である。
 で、その後、安彦良和監督による『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』も、当然連載時から原作漫画を読んでいたし、今年の5月に完結(?)した劇場アニメもせっせと劇場へ観に行ってきたことは、このBlogでも散々書いた通りだ。
 そして今年、『THE ORIGIN』のアニメ最終話の公開に合わせて、新作として再び『機動戦士ガンダム』の映画がつくられることが発表されたわけだが、その内容がだんだん公開されていくにつれて、わたしは「これは一体どういうこと?」と首をひねることになったのである。
 まず第一に、わたしは最初、小説版のユニコーンの外伝というかスピンオフである『不死鳥狩り』を映像化するのかな? と勘違いしたのだが、そうではなく、どうやら物語は、『ユニコーン』の後のお話らしい、という事を知って首を傾げたのである。ズバリ言うと、わたしは、えっ、だって、めでたしめでたしで終わったのに、まーた戦争おっぱじめるわけ? と素朴に思ったのである。じゃあバナージやミネバの戦いは何だったのよ? と、詳細はまだ謎であったけれど、盛大に疑問を抱いたわけだ。
 そして第二に思ったのは、ある種の「やっぱりね……」という矛盾した思いだ。確かに『ユニコーン』で事件は終結し、めでたしめでたしではあった、が、その解決方法というか、『ユニコーン』最大の謎であった「ラプラスの箱」の秘密が、正直物足りなかったのである。あの秘密が暴露されることだけで、人類が手に手を取り合って平和が訪れるとは、到底思えなかったのだ。争いの火種は消えるどころか、むしろ油を注ぐことになるんじゃね? という気すらしたし。
 というわけで、わたしとしてはいろいろ謎に思いながら、今日は公開された『機動戦士ガンダムNT<ナラティブ>』を観に行ってきたのだが、冒頭に記した「うーーん……」というのは、観終わったわたしの偽らざる感想である。以下に、「うーーん……」と思ってしまった要因をまとめてみようと思うが、まずは予告を貼っておくとしよう。そして以下、ネタバレに触れる可能性が高いので、気になる人は今すぐ退場してください。また、かなりのネガティブ感想になってしまうので、「最高だぜ!」と思った方はホントに読まないでください。そのお気持ちを害するのは本意ではないし、単なるおっさん視点の戯言ですので。

 なんつうか、この予告ではさっぱり物語の想像がつかなかったけど、すごい暴論で言ってしまうと、物語は『不死鳥狩り』の続き、というか別アレンジ? というような話だったと思う。つまり、謎のガンダムユニコーン3号機、通称「フェネクス」のお話であった。
 もう詳しく説明しないけど、まあ、そのフェネクスをめぐる話は、それはそれでいいのだが……わたしとしては、キャラクターや設定、それから作画のクオリティなど、いろいろな点で「うーーむ……」としか言いようがないのである。まずはちょっと簡単なことからメモしていきたい。
 ◆キャラクターデザインと作画のクオリティが、相当「うーーん……」
 これはもう観た人なら誰しも思うのではなかろうか? そもそも冒頭に書いた通り、わたしのようなおっさん世代からすると、安彦先生のキャラデザでない時点で、なんかなあ……である。やっぱり、様々な点で変だ。本作には、『ユニコーン』のキャラもチラホラ登場するのだが、絵が違う! と真っ先に思った。マーサなんてもう完全別人じゃん……とか思ったし、本作の主人公キャラも、非常に「ガンダム」としては見慣れない、イマドキなアニメキャラになっちゃっていて、大変残念に思った。しかし、それらキャラクターデザインの問題は、わたしが第1世代のおっさんだからであって、そうでない若者にはウケるのかもしれないから、まあ、実際ただの言いがかりであろうと思う。でも、あの作画のクオリティはマズいと思うのだが……あまりにアレな絵が多くて……悲しくなっちゃったす。これはもうキャラもモビルスーツも、わたしとしては受け入れられないレベルであった。『ユニコーン』や『THE ORIGIN』は全カット100%完璧なハイクオリティだったのにね……。絵がアレなのは、相当致命的なのではなかろうか。
 ◆キャラクター/物語/設定面でも「うーーん……」
 1)サイコフレームって……なんなんすか?
 そもそもサイコフレーム自体は、これまでに何度も登場してきているし、その詳細なテクノロジー的裏付けはかなりふわっとしていたけれど、あくまでその「ふわっと」している設定だからこそ受け入れられていたのだと思う。たとえば、サイコミュ兵器なんかも、「脳波(?)でモノを動かす」という絶妙にあり得そうなふわっと加減であるからこそ、それが本当に可能かどうかは知らないしどうでもいいけれど、「そういうもんだ」で済んでいたのではなかろうか。
 しかし……死後の魂の器とか、時間を超えるとか、そりゃもう、やりすぎではなかろうか……。これはもう「ふわっと」レベルを超えてしまっていて、それはもうSFじゃなくてファンタジーの領域だと思う。フェネクスのコクピットが実は無人だったというのは、これはないだろ、とわたしはついて行けなかった。
 これらのことは『不死鳥狩り』でも示されていたように記憶しているし、そりゃあ、きっと今までの作品を何度も何度も観て読んで研究すると、そういう結論になるのかもしれない。その点は否定できないし、あり得る解釈だとは思う。けれど、そうであるなら、今回のような短い話で説明不足のまま提示するのは若干乱暴なのではなかろうか。ゆえにわたしは、その唐突さに「うーーん……」と思ってしまったのである。
 2)後ろ向きすぎるお話とキャラクターたち
 ズバリわたしが感じたのは、とにかく過去のフラッシュバック的回想シーンが多くて、話が後ろ向きすぎるという点だ。ほとんどのキャラクターが、過去に対しての復讐あるいは清算を求めて行動しているように見えたのだが……せっかく『ユニコーン』をめぐる話が美しく終わったのに、なんで今更、またもコロニー落としがもたらした悲劇の清算を話の中心に描こうと思ったのだろうか……。おまけに「Z」や「ZZ」での強化人間の悲劇まで持ってこられても、もう、前向きな話になりようがないのに。せっかくマリーダさんが見事に美しく、過去を克服(?)してくれたのにね……。マリーダさんには本当に泣かされたんだけどなあ……。
 もちろん、それらの悲劇を終わったこととして無視すればいい、と言っているわけでは全然ない。でも、そういった悲劇を乗り越えるものとして、魂のエネルギーとか、オカルトめいたものを持ち出されても……「うーーん……」としか思えないのである。あくまで今を生きている人間が、未来に向けて解決すべき問題だとわたしは思う。
 3)ニュータイプとはなんなのか……
 ズバリ言って、「ニュータイプとはなんなのか」を真面目に(というか生物学的・生理学的に)考える必要はないのでは……と思う。「ガンダム」の世界において、「ニュータイプ」という要素は、そりゃあもう、絶対に不可欠な、大切なものだと思う。けれど、それを妙に真面目に解釈しても意味がないのではなかろうか? 作中では「たった100年で人類という種が進化するわけがない」って言ってたよね? つまり「ニュータイプ」という概念も、サイコフレーム同様に「ふわっと」していて「そういうもんだ」で十分だと思うのです。作中でも、ネオ・ジオングの機能について「ブラックボックス化していて謎」であり「原理は分からないけど動く」から使うって言ってたじゃないですか。それでいいと思うんだけどなあ……。。。そこにオカルトじみたものを持ち出されても、萎えるというかガッカリというか……とにかく「うーーん……」という感想しか持ち得なかったのであります。

 とまあ、それほど熱心な『ガンダムオタク』でないわたしにとっては、本作『ナラティブ』は相当「うーーん……」であり、なんか、ガッカリであった。アレかな、もう一度『不死鳥狩り』をよく読んでおけばよかったのだろうか? 『ユニコーン』や『THE ORIGIN』は劇場でBlu-ray買って来たけれど、今回は売ってなかったのかな。仮に売ってても、買わなかったすね。今回はいらねえす。超邪推すると、あまりに作画がアレだったので、Bru-rayは絵を直してからなんじゃねえの? みたいなひどいことも思ったす。事実は知りませんが。
 この作品で、わたしが唯一、ここは良かった! と思う点は、バナージやミネバ、そしてジンネマン艦長がきちんと健在で、ほんのちょっとだけど、何気に活躍してくれたことだけっす。でも絵がなあ……アカンすわ……。

 というわけで、もうメモしておきたいことがないので結論。
 『ガンダム』と聞くと、どうしても気になってしまう第1世代のおっさんとしては、劇場最新作『機動戦士ガンダムNT<ナラティブ>』も、当然、観に行こうかな、と思ってしまうわけで、その心の衝動に従って劇場に観に行ってきたわけだが……実に「うーーん……」としか言えない微妙な作品であった。つうか、タイトルの「ナラティブ(恐らくnarrative)」って、どういう意味で付けたのか、それすらわたしにはよくわからなかった。単に、「NT」という略称からガンダム好きが連想する「New Type」に合わせただけ? それとも、主人公機が「やせっぽち」だからNarrowにかけたのかな? わからん……。とにかく、作画のクオリティもかなりアレで、大変残念に思います。以上。

↓ 次の劇場映画となるこちらは、もう20年以上昔に読んだだけなので、ちゃんと予習していこうと思います。



 というわけで、またこの季節がやってきました。
 何のことかわからない? ええ、まあそりゃそうでしょうな。
 本日より、わたしが毎回楽しみにしている『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の最新第5弾、『V 激突 ルウム会戦』が公開になったので、ガンダムが大好きな元部下のMZくんの住まうさいたま市のMOVIXさいたままで車をぶっ飛ばし、さっそく観てきたのである。前回はめずらしく新宿ピカデリーへ観に行ったが、あのシネコンはとにかく混むし、客の動線がめちゃくちゃでただただイラつくので、久しぶりのさいたまである。すっかり周りは新しいショッピングモールがずらりと完成していて驚いたが、まあ、大変快適に観ることが出来てよかったと思う。
 さてと。まずはちょっと動画を貼っておくか。以下の動画は、公式サイトにも貼ってあるもので、題して「3分でわかる『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』」という動画だ。まあ、これでわかるかどうかは知らないけれど、この「THE ORIGIN」のこれまでの物語の流れは大体わかると思う。あと、以下はネタバレが思いっきり含まれると思うけれど、もはや漫画としては7年ぐらい前にはもう描かれて発売になっている物語なので、今さらネタバレもないし、気にしないで書きまくると思います。なので気なる方は帰ってください。

 そもそも、この『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』とは、2001年から当時の角川書店(現在のKADOKAWA)が発行する「ガンダム・エース」という雑誌に、安彦良和先生が10年にわたって連載していた漫画である。まあそれはもうお馴染みだろうから説明はいらないか。そしてこの劇場アニメシリーズは、そのコミックス単行本で言うと全23巻+特別編24巻のうちの、第9巻から始まる「1年戦争開戦までの前日譚」をアニメ化したものだ。
 一応、流れをまとめておくと、コミックス第1巻から第8巻までは、ほぼTVアニメ版の流れに沿っていて(実は時々結構変わっている、というか、修正されている)、第8巻はジャブローにジオンが総攻撃をかけるところまでが描かれている。そして第9巻の冒頭で、ジャブローの地下水脈でキャスバル兄さん aka シャア・アズナブルにばったり出会ってしまったセイラさん(アルテイシア)がホワイトベースの自室で回想し始め、そこから宇宙世紀0068年に話は飛ぶわけである。ちなみに、いわゆる「1年戦争」は宇宙世紀0079なので、まあ11年前ということになり、セイラさんもキャスバルもまだ全然ちびっこ時代である。
 この長~~い回想が終わるのが、コミックスの第14巻で、第15巻からは再び時間は現在、0079に戻り、ジャブローを発ったホワイトベースがベルファウストに向かい、ミハルの話が描かれて、という展開になる。つまり、第9巻~14巻の6冊によって、シャア&セイラさん二人の父であるジオン・ズム・ダイクンの死から1年戦争開戦直前まで、の歴史が語られているのであります。
 もう一つちなみにいうと、この劇場アニメシリーズは今日公開の最新話が第5弾となるわけで、ほぼ毎エピソードが、ちょうど単行本1冊分、という感じになっている。なので、今回の『V 激突 ルウム会戦』は、コミックスの13巻が丸々描かれているものであった。ただし、あくまで「ほぼ」であって、アニメオリジナル要素や、若干の順番の入れ替えもほんのちょっとある。ちょっと自分用にまとめておくか。
 ◆アニメ『I 蒼い瞳のキャスバル』
 →単行本9巻まるまる分。それこそ、もう一コマもらさず完全映像化されていて大興奮。父の死から、キャスバルとアルテイシアがランバ=ラルとハモンさんの手助けで地球に逃れるまで。
 ◆アニメ『II 哀しみのアルテイシア』
 →単行本10巻の終わりのちょっとだけ前まで。地球に逃れた二人は、「マス家」の養子となって平和に暮らすかと思いきや、キシリアの暗殺の魔手が迫り、再び宇宙へ。テキサスコロニーで「アズナブル家」の人々と仲良くなりつつ成長するが、ムンゾ(サイド3→のちのジオン)に残した母が亡くなり、キャスバルが復讐の炎を胸に宿してジオンの士官学校へ向かうまで。ラストは「待って! キャスバル兄さぁぁぁ~~ん!」のあの有名なシーンで終了。
 ◆アニメ『III 暁の蜂起』
 →単行本の10巻の終わりの「シャアとキャスバル入れ替わり事件」の顛末から11巻の終わりのちょっと前、暁の蜂起事件が終了して、ドズルがガルマを抱きしめて大泣きするところまで。たぶんこの『III』で初めてじゃないかな、アニメオリジナル要素が少し入った。どこが変わっていたかは、『III』を観た時に書いた記事を参照のこと。その時も書いたけれど、安彦先生が舞台あいさつでおっしゃられたのだが、より一層、物語に説得力が増すような、イイ改変だったと思う。
 ◆アニメ『IV 運命の前夜』
 →単行本11巻の終わり部分から12巻の終わりまで。暁の蜂起事件の責任を取らされる形で、士官学校を退学になったシャアが地球に降り、ジャブロー建築の現場で働いている様子と、その時に運命的に出会ったララアとの邂逅、それからDr.ミノフスキーの亡命事件や月面での人類初のモビルスーツ戦闘が描かれる。ただし、一部、アムロの学校生活はカットされていた。それと、わたしが非常にもったいないと思ったのは、月面での戦闘ののちの連邦側の反省会(デブリーフィング)で、漫画版ではテム・レイが極めて重要な指摘をするのに、それはアニメではカットされちゃった。あの、モビルスーツ=バトルタンクであり、用兵思想が違っていた、という指摘は非常に重要なのになあ。
 やれやれ、我ながら無駄に長い前置きになっちゃった。というわけで、今回の第5弾である。
 ◆アニメ『V 激突 ルウム会戦』
 →結論から言うと、今回はコミックスの13巻の終わりまで、お話としてはブリティッシュ作戦=コロニー落とし=一週間戦争の顛末から、ルウムのミランダバンチ攻撃から、本格的な「ルウム会戦」の発端まで、であった。カットされるかもと心配していたユウキ君とファン・リーの悲しく切ない恋物語はちゃんと描かれたので良かったす! ただ、ちょっとだけコミックス通りではなかったかな。
 まず、前回『IV』でカットされた、アムロの学校生活、というか、カイさんたちに連れ出されて開発地区に潜入しようとして軍人にぼこぼこにされるエピソードは、今回の中で描かれていた。まあ、あってもなくてもという気がするけれど、アムロが父、テム・レイの進める「V作戦=ガンダム開発計画」をこの時点で知っていたというのは重要なので、まあ、今回描かれた意味もあるのでしょうな。
 あと、ちょっと違っていたのが、ジオン側・連邦側ともに、ラストのルウムでの作戦がちょっとだけ詳細になっていて、さらにエンディングは、シャアが単独で出撃し、連邦の艦隊へ攻撃を仕掛ける直前、までであった。これは漫画にはないオリジナル要素じゃないかな(ただ、漫画だと、シャアはこの時ドレンを使える奴、と思うシーンがあるのだがそれはカットされてたような気がする)。
 このラストは実にカッコよく、いわゆる「通常の3倍」のスピード感が抜群で、赤いシャアザクの背中のバーニアの光が、青から赤に変わって、まさしく「赤い彗星」のごとく連邦の艦隊の間を赤い光の尾をひらめかせながらすり抜けるシーンはもう大興奮であった。なお、今回はシャアのこんなかっこいいセリフで幕を閉じた。
 「これで歴史が変わる―――私に跪くけ……神よ!」
 もう、完全に狂ったとしか思えない、けど、痺れるカッコ良さのシャア様でありました。あ、あと、オリジナル要素として、クラブ・エデンでハモンさんが一曲歌ってくれました。これは漫画にないアニメオリジナルですな。
 とまあ、今回も大興奮したわたしであるが、とにかくもう、音楽も映像も超ハイクオリティで毎回大満足である。こういう質の高い作品を観ると、いわゆる深夜アニメとは完全に別物ですなあ。そりゃあ予算とか違うだろうけど、とにかく作り手の熱をビシビシ感じますね。わたしとしては、本物の傑作だと大絶賛したい。

 ところで、今回の物語でわたしが深く思ったのは、完全にこの戦争は狂っているという確信だ。もうどちらが正義とは到底言えない。完全に両者ともに狂っているとしか思えない。人類の半分を死滅させ、地球環境も壊滅的に破壊し、それで何を得ようというのだろうか?
 おそらく、もはやこの戦争は、その目的を完全に見失っていると思う。そもそも、ジオン独立戦争、であったわけで、侵略戦争ではないし、何か、土地や資源を争って起きたものではない。だから、こうなれば勝ち、という戦略目標が実にあいまいだ。しいて言うならば、心の摘みあいであり、どちらかが参った、というまで戦うという、子供のけんかに近いといっていいだろう。
 今回、コロニー落としを実行し、人類の半数を死滅させた後での、ジオンの御前会議で、ドズルは出席している将兵たちにこう言う。
 「お前ら! 負けたら全員戦犯、絞首刑だぞ!」
 要するにそういうことで、自分が死にたくないから相手を殺すしかない、という戦いだ。いわばテロリストめいた、実に醜く、もう絶望的な戦争だとしか思えない。当のドズルは、コロニー落としの後で、愛娘のミネバを抱き、何億ものミネバをオレは殺してしまった! と号泣し、オレはミネバを守るために戦う、奴らは弱いから自分のミネバを守れなかったんだ! と心のスイッチを切り替えるのだが、なんて愚かで自分勝手で、幼い思考なんだろうともうあきれてものが言えない気分になった。ちょっと待てよ、ドズル兄さん! いつ、誰が、アンタのミネバを殺しに来たってんだ? そりゃあ、確かに連邦の政策は全く評価できないし、実際ひどいもんだったとは思う。けど、だからって人類の半数を殺して、許されると思ってんの? そもそも、ジオンは独立して、資源や産業、経済は成り立ったのか? もう狂っているとしか言いようがない。なんというか、核を手にした3代目北の将軍様がここまで狂っていないことを祈るばかりですな。
 ランバ=ラルは、「これは戦争じゃあない。殺戮だ」と恐れ、怒り、軍を去る。そして、セイラさんは、ジオンシンパと烙印を押して、襲ってきた連邦支持派の暴漢たちに向かって、涙を流しながら、銃を構えてこう言う。
 「けだもの達! 連邦もジオンも違わない……あるのは……狂気だけ! 何が狂わせたの!? 憎しみ!? 欲!? それとも……」
 医者を目指していたセイラさんが銃をとり、人殺しをしなくてはならない狂気。わたしは今回はこのシーンが一番グッときた。そして、今でもわたしは、セイラさんが「それとも」に続けて何と言おうとしたのか、わからない。この議題で5時間は語らえる、深いテーマですなあ……。本当に、この『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は素晴らしい傑作だとわたしは断言したいと思う。

 というわけで、結論。
 前作から10か月、何となくあっという間だったような気がするが、わたしの大好きな『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』シリーズ第5作目となる『V 激突 ルウム会戦』が今日から公開になったので、早速観てきた。一つ確実に言えそうなことは、かつて、ガンプラを作ったことのある30代後半以上のおっさんは絶対に観るべきだと思う。元の1年戦争を知っている人なら、絶対に面白いと思うはずだ。そして本作もとても素晴らしかった。そしてこの『THE ORIGIN』を観ていないと、『ガンダム』は理解できていないとさえ言えるような気がする。とにかく絵も音楽も物語も、すべてがハイクオリティ。絶対見るべき傑作だと断言します。以上。

↓ 通常版は11月発売か。まあ、配信ですぐにみられるし、わたしは今日、劇場でクソ高い限定版Blu-rayを買ってきました。これは何度観ても飽きないすね。

 何度もこのBlogで書いている通り、わたしは「ライトノベル」と呼ばれる、(本来)中高生向けの、アニメチックなイラスト付きの小説群に対して、何の偏見もないというか、面白ければそれでいいので、40歳を過ぎた立派なおっさんとなってしまった現在においても余裕で電車の中で読める男である。まあ、もはや電子書籍野郎に転身したわたしであるので、紙の文庫本で読むことはもうほぼないが、電撃文庫の『魔法科高校の劣等生』という作品も、わたしが「新刊が出れば必ず買って読む」シリーズのうちの一つだ。
 もはやアニメ化・コミック化・ゲーム化と幅広く世に知られている作品なので、今更シリーズについて説明はしないが、昨日から劇場版アニメ映画が公開になったので、わたしもさっそく映画館に観に行ってきた。たまたまクライアントから前売券をもらっていたのだが、しかし紙の前売券というのも久しぶりだ。これだけ、ほぼ毎週のように映画を観るわたしだが、前売券もほぼ「ムビチケカード」なるものに時代は変わっており、インターネッツで座席予約できる便利な世の中に代わっているのだが、当然「紙の前売券」はそうはいかない。朝、家を出る前に、まだ席は空いてるな、とチェックしてから、劇場で座席指定してもらうわけで、ああ、紙の前売券ってこんなに不便なんだっけ、と実に久しぶりの体験であった。
 まあ、そんなことはともかく、作品としては大変楽しめたのは間違いない。以下、ネタバレも含むと思うので、気になる方は読まないでいただければと思う。

 わたしはTVアニメを観ていないので、上記予告を観ても、若干どんなお話かよく分からなかった。まあ、今回は著者である佐島先生書き下ろしのオリジナルストーリーらしいことは知っていたが、一番の不明な点は時間軸で、冒頭にある通り、2096年の3月と言われて、すぐにはピンと来ず、わたしはすでに原作の最新刊(22)巻まで読んでいるので、ええと、つまりこれは……結構前の話なんだな、ぐらいのぼんやりとしたことしかわからなかった。ので、改めて調べたところ、どうやらこの2096年3月というのは、主人公の達也君が、1年生が終わり、翌4月から2年生に進級する、そんな時間であろうということが分かった。てことは、原作小説で言うところの(11)巻と(12)巻の間ぐらいのお話ということになるのだと思う。一応自分用メモとしてまとめておくと。
 2095年4月~2096年3月:1年生。2095年秋に「横浜事変→灼熱のハロウィン」勃発。
 2096年4月~2097年3月:2年生。2097年1月に「婚約」発表。
 2097年4月~2098年3月:3年生。(22)巻では3年生になったばかりの4月のお話。
 わたしはこれを知って、そうなんだ、とやや納得した。なぜそう思ったかというと、現在の最新刊までの状況をすでに知っているわたしとしては、映画で描かれる達也君は、若干キャラが違うというか……わたしの知っている最新刊の状況の達也君なら、この映画で描かれるような事態に果たして関心を示したか、ズバリ言えば、「九亜」なる調整体(=人造魔法師、的な存在)のことを助けるためにここまで派手な行動をしただろうか? という点がやけに引っかかる思いを抱いたからだ。
 他にも、エリカやレオの前であそこまで戦闘中の(真の)姿を見せるようなことはあったんだっけ? とか、深雪のことを幹比古君に任せるようなことも、水波登場以前はあったんだっけ? とか、もう(11)巻のころの話は正確には覚えておらず、印象に強い最新刊での状況の方が頭にあったので、なんか……いろいろと映画で描かれる我らがお兄様、達也君の行動は、意外、であった。現在の(22)巻での達也君は、さらに人間性が薄まって(?)、明確な利害なしには積極的な行動はとらない(正確に言うと、出来ない)ようになっているので。
 ついでに言うと、声に関しても、TVアニメを観ていなかったので、初めてしゃべるキャラクター達をわたしは観たわけなのだが、ほぼイメージ通り、ではあるものの、レオの声が想像よりずっと野太くて驚いた。もうちょっとチャラい系というかひょうひょうとした感じかと思ってたよ。
 しかしまあ、映画としては、物語の流れはかなり駆け足展開のようには感じるものの、逆に言えば見どころいっぱいで十分以上に楽しめるものになっていると思う。わたしとしては、映像で「魔法」が発動するところを初めて観たので、おお、かっこいいじゃん、とか、いちいち興奮してしまった。ちゃんとTVも観ればよかったと、超今さらな後悔である。
 わたしがとりわけ興奮したのは2つあって、一つ目は、達也君が装着する「ムーバルスーツ」のデザインだ。何とも悪役感漂う、ダースベイダー的なムーバルスーツは非常にカッコ良かった。マント付きなんだっけ? とか、もうすっかり忘れてました。そしてもう一つは、最新(22)巻でもラストにカッコよく登場した、十文字先輩の「ファランクス」という障壁魔法だ。あれ、映像で初めて観たけどかっこいいすねえ! なんか『アクセル・ワールド』の「グリーン・グランデ」を思い出させますな。つか、十文字先輩もあんな戦闘武装を着用するんだっけ? まあアニメならでは、なのだろうか、よくわからないけれど、最強の盾、というのはやっぱりカッコイイですな。
 しかし……お話し的に、この作品内でも日本の軍事基地に向けて「戦略級魔法」が使用されてしまうわけで(しかもリーナの「ヘヴィ・メタル・バースト」が炸裂する)、はっきり言って本編の原作小説の物語の流れにはそぐわないような気もする。そんなことになったら、各方面とんでもないことになるような気がしてならないが……まあ、派手なバトルは劇場版のサービスということで了解しておこう。

 というわけで、実はあまり書くことがないのでさっさと結論。
 わたしとしてはお話し的に何となく「?」な部分があったのは事実だが、派手な魔法バトルは見ごたえがあるし、相変わらずの「流石です、お兄様」は十分に堪能できると思う。十文字先輩のファランクスがわたしとしては一番カッコ良かったすね。なんであんな甲冑的な武装をしてたのか、良く分からなかったけど。ま、とにかく、わたしとしては早く原作小説の(23)巻が読みたいですな。物語もクライマックスへ向けて大きな動きの中にあり、秋の発売が待ち遠しいですね。まあ映画は映画で、楽しめました。以上。

↓ 先週発売になったばかりの最新刊。でも、電子書籍はまだ発売されてません。こちらも知り合いからもらって読んだので、電子版が出たらちゃんと買います。つーか、マジでもう、電子版も同時発売にしていただきたいものだ。

 ミュージカルが大好きなわたしが、今、日本人女優で最も注目しているというか大好きなのは、高畑充希ちゃんである。実にかわいい。そして、実に歌が上手い。わたしの場合、女優でありながら情感あふれるドラマとしての歌を歌いこなせる女優は、それだけでもうグッとくる。全然関係ないが、この夏、現在Broadwayでも絶賛上演中の『Beautiful』というミュージカルが、帝劇でも上演されるのだが、大人気声優である水樹奈々嬢と、歌手として大活躍中の平原綾香嬢のWキャストで日本語版が上演されることになっており、わたしはもう平原綾香ちゃん主演Verでチケット確保済みだ。そちらも超楽しみである。
  というわけで、先日わたしは、↓この動画を観て、というより、この動画の『Day Dream Believer』という歌を聴いて、こりゃあ観に行かないとダメだな、と思ったのである。

 どうですか? 聴きましたか? 超良くないすか? 最高ですなあ、もう。歌声がなんともイイじゃあないですか! というわけで、三連休最終日、わたしはアニメ映画『ひるね姫~知らないワタシの物語~』を観るためにTOHOシネマズ日本橋へ参上した次第である。
 今日は、観終った後で午後からちょっと会社に行って仕事しようと思ったので日本橋へ観に行ったのだが、9時15分からの上映なのに、開場が9時で、今日はただでさえ他にも多くの作品を見るために集まったお客さんで場内はすざまじく大混雑であり、あともうチョイ、10分でも15分でも早く開場すればいいのに、実に腹立たしく思った。チケット販売/Web予約引き換えの列整理も全くないし、もう完全無秩序。わたしもイライラしてたら、どっかのおっさんがとうとうブチ切れたらしく、スタッフに激怒りしてたのを見かけたけど、まあ、残念ながらあの場にいた大半の人が、おっさんの怒りに同意していたと思う。わたしはTOHO日本橋でこういった状況を何度も見かけているが一向に改善されない。ホント、ダメなシネコンだと思う。新宿ピカデリーの次に行きたくないシネコンだ。
 ところで。なんでこんなどうでもいいことから書き始めたかというと、第一に大変不愉快だったこと、そして第二に、映画『ひるね姫』がわたしの趣味に合わず、残念ながらイマイチだったからだ。歌は最高なのになあ……なんか音響的に平べったくて立体感がなく、せっかくの充希ちゃんの歌も平板に聞こえて心の底から残念だ……。音量も足りないし、アレならうちのハイレゾオーディオの方が断然上じゃんか……。
 というわけで、本作『ねむり姫』に対して、わたしは結構がっかりしている。
 物語は、説明するのがちょっと厄介なのだが、実は単純で、夏休みの前日、父を警察に連行された倉敷に住む女子高生・ココネが、その謎のカギとなるタブレットを守りながら、父の連行された東京へ赴き、亡き母の残した秘密を知る、というような物語だ。
 で、なぜ厄介かというと、ココネの見る夢と現実が交互に語られる形式になっており、それぞれはちゃんと理解できるものの、どうもその関連がよく分からないのである。
 まず、現実世界の方は、正確に言うと、別に女子高生がなぞ解きをするわけではなく、ある意味勝手に謎は解ける?し、父の容疑も、警察的には証拠不十分なのか?勝手に解放される。そして、ポイントとなる、ココネが見る夢の方なのだが、その夢自体は面白いし映像的にも大変良いのだが、肝心の物語の役割としては、「?」である。寝てるはずなのに、なんで主体たる女子高生の体が移動しているのか、特にラストの宙づりになってた状況というのも、わたしはよく分からなかった。
 要するに、物語として、なんか変というか、繋がりが悪いのだ。とりわけ夢と現実の関係性が、情緒的な部分では、なるほど、そういうことかと分かるものの、実際的な、というべきか、現象的?というべきか、なぜそんな夢を見るようになったのかも分からないし、どうして一緒に東京に向かう幼馴染モリオも同じ夢を見るのかとか、そういった実際面での説明は一切ない。
 確かにスーパーナチュラルな出来事に対して、いちいちその理由がは説明されなくてもいいのかもしれないけれど、あまりに出来すぎているし、現実の出来事があまりに普通すぎて、なんだか妙に相性が悪いような気がした。なんか……なんか変というか、しっくりこないように感じてしまったのである。
 夢の中の、ロボットバトルも、正直なんのこっちゃ、である。確かに映像としての画は美しくかっこいいデザインですよ。でも、意味あったのアレ? せっかく舞台は倉敷で、父の名前もモモタローなんだし、夢の中で襲ってくる存在も鬼、と呼ばれているのだから、わたしはてっきり桃太郎的な展開、すなわち、きびだんごや猿・犬・雉が出てきて大活躍、かと思ったのに、まるで一切そういう展開はなかった。たぶん、キーキャラのぬいぐるみのジョイが、桃太郎の世界観からはみ出ているのが問題なのだと思う。父モモタローの友人に雉田さん、佐渡さんという名が出てくるだけであった。意味なくねすか? 舞台が倉敷であった意味も全くなかったと言える。東京の女子高生でよかったじゃん。どういうこと?
 確かに、倉敷の美しい風景は、また聖地巡礼の地になるような、とてもいいところだったけれど、肝心の物語がなあ……わたしは四国お遍路をした男なので、倉敷から高松まで車ですぐだってのは知っているけれど(作中で悪者が倉敷からすぐに高松空港に移動するシーンがあるのです)、まあ、大半の人は、言われれば、あ、そうかと分かるだろうけど、すぐには気付かず、不親切だろうね。とりわけゆとりKIDSたちにはさっぱり地理感もわかないのではなかろうか。
 
 というわけで、物語的にはちょっと問題ありのような気がする。音響も若干迫力が足りない。もちろん、美しい画と、表情豊かなキャラクター、そして充希ちゃんの声、そういった素晴らしい点はもちろん数多くあるけれど、お話がなあ……ちなみに声の出演としては、充希ちゃんのほかにもかなり豪華。お父さんのモモタローが江口洋介氏、そしておじいさんを、桃太郎侍でお馴染みの高橋英樹氏が演じている。ここで桃太郎を持ってこなくても……受け狙いか? と思いきや、高橋氏の声優ぶりがやけに渋くてカッコ良かった。実に堂々とした声優ぶりだったと思う。

 というわけで、もうだらだら書いてもしょうがないので結論。
 大好きな高畑充希ちゃんの歌う『Day Dream Believer』に魅かれ観に行ってきた『ひるね姫~知らないワタシの物語~』という映画であるが、キャラクターの表情などはとても良かったのだが、ズバリ、お話自体がイマイチであった。物語が夢と現実のつながりがイマイチピンとこないのが実に残念。そしてわたしが一番残念なのが音響設計で、せっかくのエンディングの『Day Dream Believer』がちょっと平板で、もっと立体感溢れる設計をしてほしかったと思う。もちろん、充希ちゃんの歌声は最高です。最高だけに、実にもったいなかったと思う。ホントは超面白かったと絶賛したかったのになあ。以上

↓ 充希ちゃんの歌う『Day Dream Believer』だけは、もうずっと永遠に聴いていたいと思います。
ひるね姫 オリジナルサウンドトラック
サントラ
ワーナーミュージック・ジャパン
2017-03-15
 

 何度もこのBlogで書いている通り、わたしは40代のれっきとしたおっさんである。しかし、もう20年近く前になるのかな、仕事上での必要性があって、今現在いわゆる「ライトノベル」と呼ばれる小説作品にかかわり、せっせと読み続けたこともあって、今でも全く普通に「ライトノベル」を読んでいるわたしである。まあ、最近の作品はめったに面白い作品に出会わないけれど、おっさんのわたしが読んで面白いという作品がゼロではないわけで、中でも、『ソードアート・オンライン』という作品は最初に発売になった2009年からずっと新刊が出るたびに読み続けているシリーズのひとつだ。おそらくこのシリーズは現在のライトノベル界の頂点に位置するもので、世間的にも非常にに広く知られているだろうと思う。先日、わたしが最新(19)巻を電車の中で読んでいたら、隣の推定50代~60代ぐらいのおとっつあんが、同じ『ソードアート』の(13)巻を読んでいるのに気が付いて、すげえびっくりした。ま、それだけもう、かなり幅広い読者を獲得している作品である。
 というわけで、今日は劇場作品として公開となった『ソードアート・オンライン―オーディナル・スケール―』を観に行ってきた。実は今日わたしが一番観たかった映画『CELL』が午後から1回しか上映がないので(昨日の金曜日公開なのにもう1日1回上映!泣ける!)、ま、午前中はこれでも観るか、という気になったのだが、場内は当然10代と思われるKIDSばかりで、想像していたキモオタ的年齢不詳の方々はそんなにはいなかったすね。かなりの混雑ぶりで、ざっとチェックした感触では、週明け月曜日の興行ランキングで3位以内は固いと見た。※2017/2/20追記:週末ランキング堂々1位獲得!良かったすね!
 さてと。以下、物語の筋を書き連ねるつもりはないけれど、色々な意味でネタバレに触れる可能性が高いので、読む場合は自己責任でお願いします。
 
 ――とりあえず、わたしは上記予告を全く見ずに観に行ったのだが、仮に予告を観ていても、えーと、どういう話? と全く見当がつかなかっただろう。わたしがうすらぼんやり知っていたのは、今回はフルダイブVRが舞台ではなく、ARゲームがメインとなる、そんなことだけだ。
 なので、わたしが観る前に、えーと、どんな話だろう? とぼんやり思っていたのは、次の点である。
 1)AR……つまり拡張「現実」。てことは……?
 『ソードアート・オンライン』と言えば、完全没入型のVRゲームと現実のリンクが一番のキモであり、物語の舞台はほとんどがゲーム内、すなわち「VR=仮想現実」内で展開する。VRだからこそ、主人公のキリトくんは無敵で最強の男なわけで、現実世界ではただの高校生、たぶんわたしが一発殴れば鼻血を出してぶっ倒れるであろう生身の人間である。そんなキリトくんが、ARゲームでどう活躍するんだろう? というのがまず一番大きな疑問だ。ARゲームと言えば、最近では(と言ってもすっかり下火になってる気もするが)かのポケモンGO!を思い起こすと思うが、あれは、スマホの画面上で現実の風景にポケモンが登場して、とっ捕まえるゲームであり、プレイする人間は全くそのまま普通に現実世界にいる。えーと……てことは、どんなゲームなんじゃろか? 『ソードアート・オンライン』で出てくるフルダイブVRゲームというのは、ある意味映画『AVATAR』の状況に似ていて、プレイヤーはどこかで寝てる(睡眠しているという意味じゃなくて、横になって寝っ転がってるという意味)わけで、自分の体は別にある。しかし、ARだとそうはいかんだろう、だから自分自身の体を使うゲームなんだろうな、と理屈ではわかるのだが、観る前はイマイチピンと来ていなかった。
 2)タイトル―オーディナル・スケール―はどういう意味なんだ?
 わたしの英語力では、オーディナル、と聞いて、すぐにはぱっと思い浮かばなかった。最初、audinalというつづりかな、つまり音響が関係しているのか? とか、まるで見当違いの想像をしていたが、調べればすぐにわかる通り、Ordinalが正しく、これはつまり「順序」とか「序数」を表す言葉だ。FirstとかSecond、Third、の、あの序数ね。で、Scaleはスケール、目盛りとか階級とかのことだろうから、つまり直訳すれば「順序の目盛り」的な意味であろう。しかし意味やなんとなくのイメージはつかめても、やっぱりピンとこない。しかし、著者の川原礫先生は、自ら用いる英語表現に明確な意味を持たせる作家なので、間違いなく観れば意味が分かるんだろうな、と思って今日、劇場へ参上した次第である。
 で、結論から言うと、上記2点のわたし的ポイントは、観ればちゃんと分かる内容になっていた。まず、ARについては、わたしの予想通り、自分の体を使って、(あくまでARとして)街中に現れるモンスターを戦って倒すもので、剣や銃器を使う、AR版モンスターハンター的ゲームであった。これは、従来の『ソードアート・オンライン』とは完全に方向性が違い、実に興味深かった。そして、わたしの心配した通り、キリトくんは普通の高校生なので、当然苦戦する。剣技(=ソードアート=Sword Art)が使えなきゃ、まあ普通の剣道経験ありの子供だからしょうがないわな、そりゃ。なので、この点をどう克服するんだろうと思っていたのだが、基本的にはBATMAN的にもう一度剣道の特訓をする的シーンが10秒ぐらいあったので、えーと、つまりちゃんと体を鍛え直した、ってこと、か、と納得することにした。ラストバトルでは、ARからVRへ切り替えていつもの無敵剣士に戻るので、その流れはちょっと驚いたけど、アリとしたい。ただし、今回のライバルキャラが、ARだというのに超絶な身体能力を発揮してくるのは、これはどういうことだろう?と感じたが、どうやら黒幕から得た謎技術によってスーパー身体能力を発揮していたらしい。ええと、そういうことでいいのかな?
 そしてタイトルの意味も、その黒幕の話す内容から大体理解することができた。そもそも、いわゆるMMOゲームというのは、Massively Multiplayer Onlinegameのことで、日本語訳すれば大規模複数参加オンラインゲーム、のことである。まあ『ソードアート・オンライン』という小説においてはそれをVR空間で行うためVRMMOと呼ばれているわけだが、普通、MMOの場合は、プレイヤーの「レベル」が重要であって、レベルアップするにしたがって強くなるわけだ。そして同レベルのプレイヤーも数多く存在している。しかし、今回のARゲームでは、明確に設定される「ランキング」が重要らしく、ランキングを上げること、がゲームの目的らしい。ランキングが上がると、現実社会でいろいろな特典があったりするようで(たとえば飲食店のクーポンになったりとか)、そのランキング=序列、を測るものという意味だったみたい。これはわたしも結構ふわっとした理解なので、あまり自信はないです。まあ、何人が参加しているものなのか数字は説明があったような気がするけど忘れました。その割には、4桁~5桁ぐらいのランキングしか登場してなかったような気もする。てことは10万もいないのかな? よく分からんす。
 しかし、改めて考えてみると、このゲームをプレイするための「オーグマー」なるガジェットは、要するに同じ川原先生による別の作品『アクセル・ワールド』における「ニューロリンカー」のプロトタイプ的なものなわけだが……これ、外せばいいだけ、だよね……? おまけに、非装着者から見たら、相当、あいつらなにやってんだ?感があるよな……。作中ではもうほとんどすべての人々が装着しているような描写だったけれど、実際、こういうガジェットは、流行りものが大好きな、そして人と同じことをしたがる日本ではあっという間に広まるかもしれないすね。作品世界は2026年、9年後を舞台としているのだが、意外と今ある技術の延長線上で実現できるかもとは思った。ま、わたしはきっと買わないだろうけど。なんか、勝手にお勧めのケーキまで出される「便利な」世の中は、わたしが望む未来じゃあないだろうな、とわたしは強く思ったりもした。

 ところで。わたしは実のところ、本作を積極的に観に行くつもりは当初なかったのだが、とあるキャスティングを聞いて、これは要チェックだぜ、と思って今日の初日の第1回に観に行ったわけで、それは、日本が誇る二人(ホントは三人)のミュージカルスターが声優として出演することを知ったからである。わたしはミュージカルが大好きなので、神田沙也加ちゃんとプリンス井上芳雄氏の二人が出演すると聞いては、もう観に行くことは確実なのだ。
 で、実際その声優ぶりに関して言うと、まず、神田沙也加ちゃんは完璧だったと言ってもいいのではなかろうか。彼女が演じたのは、今回の物語オリジナルの、ARとして登場する歌姫役と、そのモデルとなった黒幕の娘役だが、まあとにかくうまい。歌も、どうやら5曲ぐらい歌ってくれる。わたしは、戦闘時に流れる彼女の曲をもっと前面に出してほしいのに!と思ったぐらいだ。もともと沙也加ちゃんは、オタクカルチャーにも理解がある人だし、ミュージカルで鍛えた歌声は、既に『アナ雪』でもお馴染みだけれど、今回も素晴らしかったと思う。彼女主演のミュージカルが今度あるのだが、やっぱりチケット獲るべきだったかもな……もう東京公演は売り切れなんだよな……わたしは1回だけ沙也加ちゃんをミュージカルで生で観たことがあるけれど、やっぱり可愛いしイイすね。大変お見事でありました。
 そしてプリンス芳雄氏だが、ズバリ、初めての声優挑戦であることを割り引いても、やっぱりまだ若干違和感あり、かも。彼が演じたのは今回の物語の、キリトくんと対決するクール(?)なライバルなのだが、チョッと背景的にも小者だったかなあ……。ただし、普段のミュージカルのように、決めるところはバシッと決めてカッコよく、この人、本気で声優の経験を積んだら相当凄いんじゃないかというポテンシャルは感じますな。そもそも芳雄氏は歌も芝居も抜群に凄い男なので、ぜひまた、声優にも挑戦してほしいと思う。つーかですね、芳雄氏を起用して歌わせないとは……その点だけ、ミュージカルファンとしては物足りなかったす。歌ってほしかった……!
 で、最後。上の方に(ホントは三人)と書いたのは、黒幕的存在を、日本ミュージカル界の大御所鹿賀丈史氏が演じているからである。ま、演じぶりは……ちょっとアレですかねえ……でも、本作は、エンドクレジットが全部終わったとに、30秒ぐらい(?)のおまけ映像がついているのだが、そこでの鹿賀氏の演じぶりは結構カッコ良かったと思います。でも、まあ、鹿賀氏を起用する意味はあんまりなかったんじゃないすかね。

 というわけで、全く取り留めないけど結論。
 『劇場版 ソードアート・オンライン―オーディナル・スケール―』は、シリーズを読んできたファンには大変楽しめると思う。まあ、全くモテない人間としては、相変わらずのキリトくんとアスナさんのアツアツぶりに、ぐぬぬ……と憤死寸前になることは間違いなかろうと思います。ま、わたしはシノン派なので、別にいいっすけど。今回、シノンはちょっとだけ活躍してくれますよ。そして、わたしがとても期待した神田沙也加ちゃんの声優ぶりは最高でした。でも歌が! わたしとしては歌をもっとちゃんと聞きたかった!!! そして、当然今後、「アリシゼーション編」のアニメ化を期待していいんすよね? あの、エンディング後のおまけ映像はそう受け取っていいんすよね!? 楽しみにしてますぜ! 以上。

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 昨日、13年前に亡くなった恩人の墓参りに朝から出かけてきた。家から片道40㎞ほどの離れた地にあるため、車をぶっ飛ばして、お参りして、またすぐに帰ってきたのだが、時間的には、家を出たのが8時チョイ前、9時には墓地に着き、帰ってきたのは10時半過ぎ、であった。命日が1/10なので、毎年近い土日のどこかで墓参するわけだが、今年は今日行こうと思っていたものの、どうも天気が悪そうだということで、さっさと昨日のうちに行ってきたわけである。
 で。家に帰ると、母がこたつでTVを観ており、まあわたしもよっこらせ、とこたつに腰を落ち着けたわけだが、TVでは美輪明宏氏が出演しており、美輪氏のコンサートの舞台裏的なものを放送していたのを観た。美輪氏と言えば、最近では若干スピリチュアル系の面白おばさん(おじさん)としての姿の方がお馴染みかもしれないが、かの三島由紀夫氏との親交や、その当時の超絶な美少年ぶりなど、実際のところそのすごい経歴とその美声の方が元々は有名であろう。現在も精力的にコンサートツアーを開催していて、その会場には意外と若い観客も多いなど、そんなことをTVでやっているのを観ながら、わたしは、美輪氏と言えばやっぱり「モロ」だろ……と思い、突然「モロ」の「黙れ小僧!!!」というあの声が脳内に再生されたような気がしたので、よし、午後は久しぶりに観るか、とBlu-rayを再生し始めたのである。
 何のことを言っているか、わかりますよね?
 そう、「もののけ姫」であります。 
もののけ姫 [Blu-ray]
ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
2013-12-04


 まあ、現在50歳以下の日本人ならば、たぶん一度はどこかで、「宮崎作品で一番好きな作品はどれ?」的な会話をしたことがあろうと思う。そんな話したことがないという人がいたら逆にびっくりだ。わたしの経験では、どうも一番人気は『天空の城ラピュタ』のような気が根拠なくするけれど、わたしがダントツに好きで、圧倒的ナンバーワンだと思っているのが『もののけ姫』である。
 もはやストーリーを解説する必要はなかろう。もはや『もののけ姫』を観たことのない日本人の方が稀であろうし、まあ数年に一度TVでも放映されているし。この作品が劇場公開されたのが1997年。今年でちょうど20年前ということになる。当時、サラリーマンになってまだ数年の頃だったが、わたしは2回劇場に観に行った、かなり思い入れのある作品だ。
 そして、もう様々な「真面目な考察」もされつくされているだろうから、そんなことも、正直どうでもいいと思う。わたしがこの作品に魅かれるポイントは、もう明白だ。とにかく、主人公アシタカがカッコイイのである。あらゆる意味で完璧で、わたしのハートを強く揺さぶるのだ。これはもう、何度観ても変わらない。何度観たかは数えていないのでわからないけれど、たぶん20回以上は観ているだろうと思うが、何度観てもアシタカはわたしにとって永遠のヒーローであり、こうありたいと強く思う、理想の男の在り方をわたしに見せてくれるのだ。
 非常にまじめでまっすぐであり、死の呪いに捕らわれても絶望せず、「曇りなき眼で」事態を見据えようとする。その真面目で果敢な姿に、わたしは激しく感動するわけで、まあ間違いなく、『もののけ姫』が好きじゃない人間とは永遠に分かり合えないと思う。
 この作品は、アシタカをはじめとして、非常に心に残るセリフが多いので、今回改めて観て、今後忘れないようまさしく備忘録として、わたしが選ぶ名シーン・名セリフを書き連ねておこう。ついでに、今回は普通に日本語で観た後、英語でも観てみたので、英語ではどう表現されているかもメモとして残しておこうと思う。ちなみに、吹替えの英語と、字幕の英語は、結構違っている箇所があったけれど、以下に記すのは字幕の英語です。
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 ◆冒頭の「タタリ神」が息絶える瞬間に言うセリフ
 「穢らわしき人間どもよ。我が苦しみと憎しみを知るがいい……!!」
 Hear me, loathsome humans! You shall know my agony and hatred.
 この、冒頭のシーンはまあとにかくいきなり物語の世界観に観客を放り込む、素晴らしいオープニングだと思うな。そしてタタリ神の今際の一言が、ものすごく重く、一体何があったんだと強力な印象が残る。
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 ◆村を出るアシタカに駆け寄るカヤのセリフ
 「兄さま!」 Ashitaka
 「カヤ、見送りは禁じられているのに」Kaya, You can't  be here.
 「お仕置きは受けます。どうかこれを、わたしの代わりにお供させてください」
 I don't care. Remember me with this.
 「大切な玉の小刀じゃないか」 Your Jewel dagger.
 「お守りするよう、息を吹き込めました。いつもいつもカヤは兄さまを想っています。きっと、きっと!」 It will protect you. You'll always be in my heart. Always, without fail.
 「わたしもだ。いつもカヤを想おう」 And you in mine, Kaya.
 ここもいいシーンだよなあ……カヤが非常に可憐ですよ。おそらくすべての男が、カヤの可憐さにグッとくると思う。しかし! アシタカよ、その大切な小刀を後にサンにプレゼントしちゃっていいのか!?
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  ◆アシタカとサンの出会いのシーン
 「我が名はアシタカ! 東の果てよりこの地へ来た!そなたたちは、シシ神の森に住むと聞く古き神か!?」 My name is Ashitaka !  I come from the east. Are you ancient gods from the forest of the Deer God?
 「去れ!」 Leave !
 この初対面シーンは素晴らしく印象に残りますね。まず何といっても、アシタカの礼儀正しさと圧倒的に堂々とした名乗りがカッコ良すぎます。そしてサンの冷たい一言が、アシタカの胸に突き刺さるのと同様に、観客の胸にも突き刺さりますね。超クール!
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 ◆アシタカとエボシの初めての会話
 「そのつぶての秘密を調べてなんとする?」
 And when you find the one who made that ? 
 「曇りなき眼で見定め、決める」I will see with eyes unclouded, and decide.
 エボシはこの、アシタカのあまりのまっすぐさに、爆笑で答える。どうせこの世の汚いものを観たことのない、お坊ちゃんなんでしょうよ、とでもいうかのように。
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 ◆エボシに秘密を知らされた時のアシタカ
 「あなたは山の神の森を奪いタタリ神にしても飽き足らず、その石火矢でさらに新たな恨みと呪いを生み出そうというのか!?」
  You stole the boar's woods and made a monster of him. Will you breed new hatred and evil with those weapons ?
 「そなたには気の毒であった。あのつぶて、確かにわたしの放ったもの。愚かなイノシシめ、呪うならわたしを呪えばいいものを」 
 I'm sorry you suffer. The musket ball you found is mine. That hapless boar should have cursed me insted,
 「その右腕はわたしを殺そうとしているのか?」 Your right hand wants to kill me ? 
 「それで呪いが消えるものならわたしもそうしよう。だがこの右腕、それだけでは止まらん!」
 Perhaps that would lift this curse. But my hand would not be stayed.
 「ここの者すべてを殺すまで鎮まらぬか」 Must it kill us all to find peace ?
  このアシタカとエボシの決定的に相容れない会話に、物語の悲劇へのカウントダウンが始まるわけですが、現代人としてはエボシの言うことも理解できるわけで、どちらが正しいとは言えないけれど、まあ、実に悲しいことですなあ……。
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◆戦うサンとエボシの間に割って入ったアシタカが、目に見える「呪いのオーラ」を漂わせながら言うセリフ
 「何の真似だ、アシタカ!」 What are you doing, Ashitaka!?
 「この娘の命、私がもらう!」 Her life is mine.
 「その山犬を嫁にでもする気か!」 Will you marry the wolf princess?
 「そなたの中には夜叉がいる。この娘の中にもな」
 There is a demon inside you, And in her.
 「みんな見ろ! これが身のうちに巣くう憎しみと恨みの姿だ!肉を腐らせ、死を呼び寄せる呪いだ! これ以上、憎しみに身をゆだねるな!」 Look! This is the hatred and bitterness that curses me !  It rots my flesh and summons my death. you cannot yield to it.
 「さかしらにわずかな不運を見せびらかすな!その右腕、切り落としてやる!」
 Enough talk of your curse. I'll cut that arm off !!
 「この娘、わたしがもらい受ける!」 I will take the girl.
 この時のアシタカは、とにかくカッコイイ。エボシとサンを気絶させて、サンを抱えてタタラ場を出ていくアシタカ。ウルトラ・クールですよ。そして、仲良くなった親方にこう告げて、外へ出ていく。
 「わたしは自分でここへ来た。自分の足でここを出ていく」
 I will leave as  I came, of my own will.
  「世話になった」 Thank you.
 か――!!! ホントに素晴らしくカッコイイ。最高ですね。憎しみの連鎖は、本当に人類が克服できる問題なのか、わたしは大変興味があります。まあ、克服できないから殺し合いが絶えないわけですが……。
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 ◆そして銃撃されて流血甚だしく、タタラ場を出た後に倒れるアシタカ。サンは言う。
 「何故わたしの邪魔をした。死ぬ前に答えろ!」
 Why did you stop me ? Speak while you still alive !
 「そなたを……死なせたくなかった」 I don't want you  to die.
 「死など怖いもんか!人間を追い払うためなら命などいらぬ!」
 I'm not afraid to die, if it will drive away the humans ! 
 「分かっている……最初に会った時から」 I knew taht when I first saw you.
 「余計な邪魔をして無駄死にするのはお前の方だ!その喉切り裂いて、二度と無駄口叩けぬようにしてやる!」 You've wasted your life by getting in my way ! I'll cut your throat ! That'll shut you up.
 「……生きろ……」 Live……
 「まだ言うか! 人間の指図は受けぬ!」  I don't listen to humans ! 
 「……そなたは美しい……」  You are beautiful……
 この時、サンは初めて「美しい」と言われ、驚き慌ててしまう。やっぱり人間の言葉の通じる、若い女だったんだと分かる重要なシーンだ。わたしは、アシタカはもちろん、サンのことも大好きです。やっぱりとても美しいと思う。
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 ◆アシタカと出会った乙事主が、それでも人間との対決を語るシーン。
 「たとえ我が一族ことごとく滅ぶとも、人間に思い知らせてやる」
 Even if we all fall in battle, we will leave the humans awe.
 乙事主は、もう自分たちの運命をおそらく分かっているのだと思うけれど、それでも人間を許すなんてことは出来るはずもなく、深い憎悪に捕らわれているわけで、大変悲しいシーンです。まあ、人間には天敵がいないからな……傲慢に生きているわけですが、それももはや、いい悪いの問題じゃあないわけで、大変悲しいすね……。
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 ◆シシ神の力とサンの看病でようやく傷の癒えたアシタカがモロと話をするシーン。
 「モロ、森と人が争わずに済む道はないのか? 本当にもう止められないのか?」
 Can't humans and the forest live in peace ?  Can't this be stopped?
 「人間どもが集まっている。彼奴らの火がじきにここへも届くだろう」
 The Humans are gathering.
 「サンをどうするつもりだ! あの娘も道連れにするつもりか!」
 And San? Will you force her to die with you?
 「いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。サンはわが一族の娘だ。森と生き、森が死ぬときはともに滅びる。」 
 How like a human! You think onley of yourself. She is a daughter of our tribe. If the woods die , so will she.
 「あの娘を解き放て! あの娘は人間だぞ!」
 Set her free! She's human!!
 「黙れ小僧!! お前にあの娘の不幸が癒せるのか!? 森を侵した人間が、我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ! 人間にもなれず山犬にもなり切れぬ、哀れで醜い可愛い我が娘だ!お前にサンを救えるか!?」 Silence, boy!! What can you do for her? The humans who violated the forest threw her in my path as they ran from me. Now she is neither human or wolf. My poor, ugly, lovely dauther. Can you save her? 
 「わからぬ……だが共に生きてゆくことは出来る!!」
 I don't know, but together we can live.
 「はっはっはっは! どうやって生きるのだ?サンとともに人間と戦うというのか?」
 How? Will you join San and fight the humans?
  「ちがう! それでは憎しみを増やすだけだ!」
 No. That will only breed more hatred.
 「小僧……もうお前にできることは何もない……お前はじきに痣に食い殺される身だ……夜明けとともにここを立ち去れ……」 There is nothing you can do. Soon Nago's curse will kill you. Leave this place at sunrise.
 ここも、本当はサンの幸せを望みつつも、引けないモロ。つらいす。そして、モロのようなおっかない巨大な山犬を前に、こちらも引かないアシタカ。とにかく言動がカッコイイ。アシタカができることは、サンを人間として扱い、共に生きることだけ。死んじゃあだめだという必死の説得が大変美しいと思う。
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 ◆とうとう乙事主をはじめとしたイノシシたちの無謀な猪突が始まってしまい、サンが乙事主のもとへ行くというシーン。
 「母さん、ここでお別れです。わたし、乙事主様の目になりに行きます。この煙に困っているはずだから」
 Mother, tish is farewell. The smoke will blind Okkoto. I'll be his eyes.
 「それでいいよ。おまえにはあの若者と生きる道もあるのだが」
  As you like ,San. But there is a life with that boy.
 「人間は嫌い!」 I hate humans!
 そしてそこに、アシタカから託された小刀を持って弟犬が戻ってくる。
 「アシタカが……わたしに? きれい……」
 From Ashitaka...for me?  It's beautiful.
 「お前たちはサンとお行。わたしはシシ神のそばにいよう」
 You tow go with San.I will stay with the Deer God.
 「行こう!」  Let's go.
 アシタカからの小刀の美しさに、はっとするサン。そして想いを受け止め、乱暴に紐を食いちぎって、首に巻き付ける。ここもとても印象的です。完全にもう、サンはアシタカが大好きなはずなんだけど、それでも自分の道を行くという決意がみなぎるシーンですな。
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 ◆瀕死の乙事主を利用してシシ神のもとへ案内させようとする地走り。彼らは人間の臭いを消すために、殺したイノシシたちの血と毛皮を利用していた。それに激怒するサン。
 「最初の者を殺す! 森中にお前たちの正体を知らせてやる!」
 I'll kill first one who moves, and tell the forest what you are!!
 サンのセリフとしてとても象徴的というか印象的なこの台詞、わたしはかなり好きです。
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 ◆とうとうシシ神に弾丸を当てたエボシ。そしてそのエボシの腕を、頭だけになりながら食いちぎったモロ。シシ神の死をもたらすドロドロがあふれかえる森で、傷を負ったエボシを助けるアシタカに、サンが投げつける言葉。
 「そいつをよこせ! 八つ裂きにしてやる!」 Bring her here !  I'll kill her !!
 「モロが敵を討った。もう罰は受けている」  Moro's had her revenge.
 「首を探している……ここも危ない……サン!力を貸してくれ!」
 It’s serching for its head. We can't stay here. San! Help me.
 「いやだ!お前も人間の味方だ!その女を連れてさっさと行っちまえ!来るな!人間なんか大嫌いだ!」
 No! you're on thier side!  Take her and go away! Keep away! I hate humans!
 「わたしは人間だ。 そなたも人間だ」 I am human. So are you.
 「黙れ! わたしは山犬だ!寄るな!」 Shut up!! I am a wolf. Don't touch me!!
 「すまない……何とか止めようとしたんだ」 I'm sorry. I tried to stop it.
 「もう終わりだ……何もかも……森は死んだ」 Everything is finished. The forest is dead.
 「まだ終わらない。わたしたちが生きているのだから。力を貸しておくれ」
 No it's not !! We're still alive.Help me.
 このシーンでは、愛する母、モロが死んでしまって取り乱しているサンは、「寄るな!」という言葉とともに、思わずアシタカからもらった小刀をアシタカの胸に突き立ててしまう。しかし、アシタカはそんなサンをグッと抱きしめるわけですよ。最高にカッコイイっす!! 本当にアシタカは男ですよ!!
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 ◆そしてラストシーン。わたしはもう、このラストシーンが大好き。
 「蘇っても、ここはもうシシ神の森じゃない。シシ神さまは死んでしまった』
 Even restore, these are not the Deer God's woods. The Deer Dod is dead.
 「シシ神は死にはしないよ。命そのものだから。生と死と、二つとも持っている。わたしに生きろと言ってくれた(右腕の痣が薄くなっている)」
 He can't die. He is life itself. He is both life and death. He is telling us we should live.
 「アシタカは好きだ。でも人間を許すことは出来ない」
 I love you, Ashitaka. But I'll never forgive the human race.
 「それでもいい。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いに行くよ。ヤックルに乗って。」
 Then live in the forest.,  and I'll live at the ironworks. Together, we'll live. Yakul and I will visit you.
 いやはや、最高の愛のセリフだと思う。
 会いに行くよ。ヤックルに乗って。このセリフはわたしが生涯観た映画の中でもベストに入る最高のセリフだと思う。これ以上カッコイイセリフは、ホントないね。
 そして英語字幕では、アシタカは好きだ、というサンのセリフがI love youと訳されていて驚いた。まあ、そうなんだけど、うーん、どうなんだ……まあ、それ以外に訳しようがないか……。

 というわけで、わたしは『もののけ姫』が大好きであり、今回初めて、普通に観た後で英語でも見直してみたのだが、やっぱり、英語吹替ではダメだという気がした。訳の問題ではなくて、やっぱり、アシタカの声は松田洋治氏以外ありえないし、サンの声も、石田ゆり子嬢以外ありえないな、と思う。ついでに、モロも美輪明宏氏でないとダメだし、エボシの田中裕子氏、乙事主の森繁久彌氏、ひい様の森光子氏など、それぞれのキャラも絶対それ以外はありえないと思う。しかし改めて観ると、もう亡くなった方が大勢声の出演をされているんだなあ、と20年の歳月を想わずにはいられない。20年前、わたしもまだ若かった。まだ未来がひらけていた。あれから20年、わたしはすっかり変わってしまったのに、映画は一切変わっていない。あの頃のわたしは、もういないけれど、映画を観ることで思い出すことは出来るわけで、やっぱり映画というものは、いいものですな。

 というわけで、くっそ長くなってしまったのでもう結論。
 わたしは、「ジブリ作品で一番好きな作品は?」と聞かれたら、ダントツで『もののけ姫』だと即答する。難しい理屈じゃなくて、単純にアシタカをカッコイイと思うし、サンの魅力も素晴らしいからだ。とにかくカッコイイ男、アシタカは、わたしの永遠のヒーローであり、こうなりたいと思う男の姿そのものだ。最高です。何度見ても最高です。たぶん、残りの生涯がどのくらいあるか知らないけれど、わたしはこれからも、何度も繰り返し、『もののけ姫』という映画を観ると思う。以上。

↓ 次に好きなのは……順番つけるのは難しすぎて、以下の4作品が同率2位ってことでいいですか?
ルパン三世 カリオストロの城 [Blu-ray]
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 いやー。参った。こういう作品だったとは。とても驚き、そして――泣けた。
 日曜日に観に行った、『この世界の片隅に』というアニメーション映画のことである。
 わたしは、映画を観て、驚き、笑い、ほほえましくて嬉しくなり、そして泣いたわけだが、終了後、すぐにカフェでコーヒーを飲みながらタバコをくゆらせつつ、その場で原作コミック(上中下の3巻)電子版をまとめて買って、すぐに読み始めた。 たぶん、映画を観終わって10分以内であろうか。そして、映画がほぼ原作コミックを忠実に再現した作品であることを知ったのである。なんてこった。こんな素晴らしい漫画を全然知らなかったとは。こういう作品を知らないなんて、ホントにオレも大した事ねえなあ、と自分にガッカリである。
 はっきり言って、この作品は日本人すべてに観ていただきたいと思う。本当に素晴らしい作品であった。個人的には完全に『火垂の墓』をぶっちぎりで超えてるね。ずっと心に残る映画だと思います。

 上記予告は、セリフの一切入っていない、最初の特報である。セリフの入った予告もあるのだが、あえてこちらを紹介してみた。セリフありVerよりもこちらを観ていただいた方が、世界観は伝わるような気がするので。
 ただ、これだとどういう物語かさっぱりわからないと思う。実のところ、わたしもどんなお話か、まったく予習せずに観に行ったのだが、その分、え、こういうお話なんだ、という驚きも強まったのかもしれない。もちろん、原作コミックが存在していることは知っていたが、原作も読まないで、観に行った。結果論としてはそれでそれでアリだったように思う。
 というわけで、物語について書き記すのはやや気が引けるのだが、少しだけ書いておくと、本作は広島及び呉を舞台に、昭和9年から昭和20年まで、そんな時代に少女から大人になった一人の女性の目を通して、戦争前から終戦を迎えるまでの日常を、淡々と描いたものだ。淡々と、というのもふさわしくないか。何しろ激動の時代であるし、舞台は広島と呉であり、当然、原爆投下も物語に描かれるわけで、凄惨でもあるし、現代に暮らす我々の想像を超える厳しい日常でもあるのだから。
 しかしわたしはそれでも、淡々とした生活、という表現があながち間違っていないような気もしている。それはひとえに、主人公の「すず」さんのキャラクターによるものだと思う。
 「すず」さんは、広島の江波の海のそばで、海苔作りを生業とする家に生まれた少女だ。おっかないお兄ちゃん(怖いから鬼(オニー)ちゃんと呼ぶ)と妹の「すみ」ちゃんの3人きょうだいで、絵を描くことが大好きな、いつもほんわかしていて、ゆっくりな、おっとりガールである。
 そんな「すず」さんは18歳で呉にお嫁に行く。本人は全く知らない(正確に言えば少女時代に出会っていることを覚えていない)相手に嫁ぐなんて、今では考えられないけれど、当時はごく普通のことだったんだろう。そしてそこで優しい夫の周作さんと、周作さんの両親、そして結構辛辣な周作さんのお姉さんと、その娘「晴美」ちゃんとの共同生活を始めるが、やがて戦争は激しさを増し、ついに呉も空襲にさらされて――てな展開である。
 「すず」さんはとにかくマイペースかつぼんやりさんなので、お姉さんにはくどくど説教されるけれども、それでも一生懸命毎日を生きるわけだが、そのなんとも耳障りのいい広島弁の喋りは、観ている観客すべてに好意的な印象を残すような、楽しくてかわいい女性だと思う。絵柄も非常に柔らかなタッチで大変好ましいと思うのだが、この辺は好みによるのかもしれない。ただまあ、この絵を観て不快に思う人はまずいないだろうな。さらに言えば、「すず」さんの声を担当した、能年玲奈ちゃんこと「のん」ちゃんの声優ぶりも大変「すず」さんのキャラクターに合っていると思うし、実際とても芝居ぶりが良い。このBlogで何度も書いている通り、わたしは「声」で女性を好きになることが多いほど、「声」フェチめいたところがあるのだが、やっぱり、とても可愛らしい声だと思う。
 また、先ほど「ほぼ原作コミックを忠実に」と書いたけれど、一部大幅カットとなったエピソードや、細かいセリフのカット/追加などもあった。大きくカットされたのは、呉の遊郭の遊女「白木リン」さんのエピソードで、登場はするけれども原作のような背景や、夫の周作さんとの関係は、映画では描かれていないので、鑑賞後にすぐに買って読んだ原作でその辺りが結構描かれていることには驚いた。この部分をカットした判断は、良かったのか悪かったのかで言うと、わたしはこれで良かったと思っている。もちろん残っていればそれはそれで勿論アリだと思うけれど、この部分がカットされたことで物語はもっとストレートに、「すず」さんの毎日を追えたのではないだろうか。周作さんの想いもストレートになったと思うし、一層のこと、「この世界の片隅」で出会った二人の世界を好ましく描けたように思う。まあ、時間の制約もあるし、やむを得ないというか、実際仕方がなかった面もあるだろう。まあ、偶然にしては出来すぎな面もあるといえばあるしね。ところで、さっき初めて知ったのだが、本作は2011年にTVドラマ化もされてるんすね。しかもどうやら、このアニメ版でカットされた白木リンさんとのエピソードがきちんと描かれているみたいですな。ははあ、なるほど、ドラマ化されていたとは全然知らなかった……。
 というわけで、わたしはとてもこの映画を気に入ったし、主人公「すず」さんをとても可愛らしい女性だと思ったわけだが、少し思うのは、女性がこの映画を観たらどう思うのだろうか、という面だ。女性から見て、「すず」さんは好ましく見えるのだろうか? この点は、男のわたしには正直分からない。わたしのように、好意的に見る人もいるだろうし、あるいは、現代的に見てあまりに主体性がないと思う女性もいるような気もする。そういった意見が様々にあるのはきっと当たり前だろうと思うので、別にいい悪いの問題ではないのだが、やっぱりわたしは「すず」さんを嫌いになれない。物語のラストでの「すず」さんのセリフは心に響きましたなあ。
 本作は、マジでグッとくるセリフが多いんすよね……その中でも、わたしが一番グッと来たのは、やっぱりこれかなあ……。確か映画ではちょっと言葉が違ってたような気もするが、原作のセリフを引用するとこんな感じです。
 「生きとろうが死どろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある うちはその記憶の器として この世界に在り続けるしかないんですよね 晴美さんとは一緒に笑うた記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します たぶんずっと 何十年経っても」
 そうなんだよな……この世に遺された人間に出来ることは、憶えていること、それだけだもんね。悲しんだり、恨んだり、墓を立てたり、何か形に表したり、いろいろなことをしても、やっぱり一番大切なのは、亡くした人をいつまでも憶えていること、に尽きますな。人は記憶の器、か……その表現はなんか詩的で美しいような気がしますね。わたしは大変心に残りました。

 さっき調べたところによれば、今月発表された2016年6月1日現在の確定値で、日本人の総人口125,134千人に対して、75歳以上の人々の人口は16,747千人。その割合は13.4%ほどだそうだ。つまり、1945年当時4歳の人が現在75歳なわけで、それ以前の生まれの人を仮に「戦争を知っている人」とすれば、もはや日本人の86.6%の人々が「戦争を知らない」わけだ。もちろんわたしも戦争を知らない世代である。そして、両親がキリギリ戦争を知っていても、あまり両親や爺ちゃん婆ちゃんに戦争の話は聞いていない世代でもある。わたしよりももっと若い、20代や30代の人々なら、もう両親も戦争を知らない世代だろう。そういった若い世代の人間がこの映画を観ると、きっと得るものがあると思う。それはおそらくは、今の当たり前の日常を大切に思う心であったり、毎日を当たり前に過ごすことのできる幸運、というか、感謝のようなもの、だと思う。別にそれを毎日意識する必要は全くないとは思うけれど、知らないより知っていた方がいいのは間違いないだろう。わたしは、そういったことを知るのはとても大事だと思うし、ぜひ、この映画を観て、多くの人が昭和初期の人々の日常を知ってもらいたいと思うわけであります。記憶の器として、やっぱり受け継ぎたいものですなあ。
 きっと、日本各地でいろいろな生活があったんだろうなあと思うし、東京は東京で焼け野原になり、疎開先の生活もまたちょっと違うだろうし、地方でも空襲はあったわけで、この時代の暮らしを知るのは、やっぱり今の平成の世に生きる我々には必要なことだと思う。それは今を生きる責任とか、義務だとか、そこまで大げさに考えなくてもいい。ただ単に、今の自分が「この世界の片隅に」存在するに至った道筋の中で、ほんの70年ほど前にどんなことがあったのか、どういう運命の車輪が働いて、今、自分が生きているのか、そんなことを考えてみるだけで、なにか悪いことをしようとかそういう気持ちはなくなるんじゃなかろうか、とわたしは思うのです。
 でもまあ、現代人は、足元しか見てないからなあ……。過去には興味がなく、未来も観ようとせず、ただ今しか見ないでいると、人にぶつかるか、すっころぶか、車にひかれちまうと思うけどな。あーイカン。ただのおっさんの戯言になっちまうのでこの辺にしとこう。とにかく、本作は日本人すべてに超おススメです。

 というわけで、どうにもまとまりがないけど結論。
 『この世界の片隅に』という映画は、絵もいいし、音楽もいいし、のんちゃんをはじめとする声優陣の演技も素晴らしいし、もちろん、物語も大変心にしみる大傑作であった。たぶんわたしはもう一度観に行くような気がする。原作も読んだし、もう一度、「すず」さんに会いたくてたまらない。原作も超オススメです。電子書籍だと3冊で1500円ぐらいじゃないかな。絶対に買って損はしないと思う。もちろん映画も、観て損は致しません。最高でした。以上。

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 というわけで、またこの季節がやってきました。
 何のことかわからない? ええ、まあそりゃそうでしょうな。
 本日より、わたしが毎回楽しみにしている『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』の最新作、『IV 運命の前夜』が公開になったので、さっそく観に行ってきたのである。わたしはいつも、ガンダムが大好きな元部下のMZくんがせっせと舞台挨拶付きの回のチケットを取ってくれるので、ま、それに便乗というか、行きましょうよ!! と熱く誘われるので、付いて行っているだけなのだが、いつもは、さいたま市民のMZくんの家に近いさいたま新都心のMOVIXさいたままで、わざわざ車をぶっ飛ばして1時間チョイかけて観に行っている。しかし今回は、珍しくMZくんが午前中は用事があって都内にいるので、新宿にしたいというので、はあ、さいでっか、と、わたしの最も嫌いな新宿ピカデリーへ赴いた次第だ。
 が、16時10分の舞台挨拶付きの回で、正直わたしは舞台挨拶はどうでもいいのだが、MZくんたっての希望なので付いて行ったものの……深く後悔した。とにかく、混んでいる。新宿ピカデリーは、今ではどうか知らないけれど、数年前までは日本で最も観客動員の多いシネコンとして業界的におなじみであるし、休日に行ったことのある人ならご存じのとおり、とにかく動線が最悪で、構造上とにかく混んでしまうのだ。今回もまあひどかった。まず、物販の列はなかなか進まない。これはオペレーション上の問題も残念ながらあると思う。要するに客さばきがド下手である。なので、上映開始ギリギリまでかかってしまう。そしてゲートはもう、朝のラッシュアワーかというぐらい、列は無秩序だし、もうどうしようもない。実際、わたしはもう二度と行かないと思う。そもそも、わたしは現在TOHOのフリーパス有効期限内なので、日本橋TOHOで観たかったのだが、明確に新宿は嫌だとMZくんに主張すべきだったと深く反省している。新宿ピカデリーの混雑は予想していたのだから、自分が愚かだった。以上、愚痴終了。
 しかし、そんなことはどうでもいいほど、作品の方はいつも通りハイクオリティで、期待通りの素晴らしさであった。

 この、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』というアニメシリーズは、元々の一番最初のTVシリーズの、いわゆる「1年戦争」を安彦良和先生が完全漫画化したものを原作とし、その中で、TVシリーズでは描かれなかった前史、つまり1年戦争勃発前から開戦初期のころの回想部分を映像化した作品だ。原作コミックでいうとジャブローの戦いでばったりキャスバル兄さんことシャアと出会ってしまったセイラさん、すなわちキャスバルの妹アルテイシアが、過去を回想する(9)巻~(14)巻の部分に相当する。映像化作品との対比は、以下のような感じである。
 『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル』
 →(9)巻まるごと。ホントにもう、すべてのコマまで完全映像化
 『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN II 哀しみのアルティシア』
 →(10)巻のラスト直前の、キャスバルとアルテイシアの別れまで。
 『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN III 暁の蜂起』
 →(10)巻ラストのキャスバルとシャアの入れ替わりから、(11)ラスト前の暁の蜂起事件終結まで
 というように、基本的にはほぼ完全に原作コミック通りなのだが、前回の『III』で初めて、映像オリジナル要素がいくつか加わったのは、前作のレビューを書いたときにチェックした通り
 なので、わたし的興味は、今回はどこまでだろう、というのが一つ。そして、とうとう描かれる「人類初のモビルスーツ戦闘」の映像ならではの迫力、そして、実はこの頃に出会っていたという設定となったララァの登場、を大変楽しみに劇場へ向かったわけである。
 で、結論から言うと、今回の『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN IV 運命の前夜』は、(12)巻のラストまで、であった。ただし、前回からオリジナルの展開や、若干の順番の入れ替わりがあったように、今回は大幅なカットと順番入れ替わりが少しあった。
 カットされたのは、事前の予想通り、サイド7でのアムロの学校生活の模様で、残ってはいるがだいぶ短くなっている、原作コミックだとハヤトもちらっと出てくるけれど、今回出番なし。ま、仕方ないすね。ちなみに、アムロは、お父さんの部屋で見つけたガンダムの資料を読みふけっていて、実は事前にガンダムの知識があったことになっています。この点は、原作コミックを読んでいない人はびっくりだろうと思う。TVシリーズではなかった設定なので。
 そして、わたしが楽しみだった、「人類初のモビルスーツ戦闘」の迫力は大変素晴らしく描かれていたと思う。音響も、映像も、全く文句なし。なお、原作コミックでは、シャアはあまり戦闘に参加しないで観ているだけだったと思うが、今回の映画では結構積極的に、何気に派手な戦いをしていました。そして、やっぱりシャアという男は赤いモビルスーツが似合いますな。赤い旧ザクは大変カッコ良かったです。
 ただし、この戦いの後のデブリーフィングで、原作だとアムロの父、テム・レイがなぜジオンのモビルスーツが圧倒的に強く、ガンキャノンが惨敗したかの理由を連邦高官(だっけ?アナハイムの重役だったかな?)に説明するシーンがあって、それ故に新たな計画、「RX-78」、通称「ガンダム」が必要なんだと熱弁をふるうのだけれど、そこがちょっと短くなっていたのがとても残念に思った。ここはすっごく重要なポイントなので、ちょっと原作コミックからテム・レイの言葉を備忘録として引用しておこう。
 「用兵思想が違っていたのです! 戦車の話はいい例だ ご説明いたしましょう! もともと戦車という兵器は 歩兵を制圧するために造られた その後は戦車戦を想定した BT(バトルタンク)の発想が生まれたのです ジオンのモビルスーツは、BT(バトルタンク)です これに対してRX-77(=初期型ガンキャノンのこと)は対歩兵戦闘車ですっ! 勝てるわけがないっ!」
 要するにガンキャノンは対人兵器であり、(動かない)拠点制圧用の兵器なので、機動性よりも攻撃力と装甲の方が重視されているわけで、だから固定砲も装備されてるわけだ。いわば戦車の進化形だったわけで、人型である理由は、ガンタンクより機動性を高めることぐらいしかないんだな。しかし、一方のジオンのモビルスーツは、その戦車を攻撃するための対戦車兵器なわけですよ。それ故に機動性も高く、格闘戦も想定に入れているため、固定武器は装備されず、殴る・蹴る・タックルすることが想定されているし、手にする武装も多彩なわけで、人型である理由があるわけだ。しかも明確に宇宙空間での運用も想定されている。結果、勝てっこない、ということになるわけです。この説明はものすごく重要だと思うのだが、カットされたのが非常に残念に思った。
 そしてもう一つわたしが楽しみにしていた、ララァとシャアの出会いだが、このエピソードはほぼ原作コミック通りだったと思う。原作を読んでいない人は驚くと思うけれど、「暁の蜂起」事件の責任を取る形で、シャアは士官学校を退学となり、地球に降りてジャブロー基地建築の土木作業員になるのだが(この時の経験が、後のジャブロー攻撃作戦の際に役立つことになる)、そこで、すでにララァと出会っているんだな。ここのエピソードは、TVシリーズしか知らない方は超必見ですよ。そして、わたしが一番気にしていたララァの声なのですが、もうだいぶ前に、今回ララァの声を担当するのが早見沙織さんであることが発表されていたのだが……結論から言うとアリですね。大変良かったと思う。今日は舞台あいさつで早見さんも登壇されていたけれど、まあ大変可愛らしい方ですな。人気なのも頷けますね。声もとてもイイと思います。TV版で登場するララァを演じた藩恵子さんは、結構落ち着いた感じの女性としてララァを演じていたけれど、よく考えると実はまだ10代の少女なわけで、今回の早見沙織さんの声はとても似合っていたと思う。
 今日の舞台挨拶は、シャアの池田秀一さんやランバ=ラルの喜山茂雄さん、キシリア役の渡辺明乃さん、ララァの早見沙織さん、それから安彦先生、さらには、『F91』以来25年ぶりに劇場版ガンダムの主題歌を担当した我らがおっさんのアイドル、森口博子さんまで登壇してくれて盛り上げてくれた。
THEORIGINIV
 超ボケてるけど、写真撮影可で、どんどんネットにアップしてくれ、と言ってたので、わたしも貼ってみます。席は前から5列目だったので、結構近かったのだが、写真で見ると小さいなあ……しかし、森口さんはわたしと同じ年ぐらいなのに、本当にいつまでもお綺麗ですな。実際可愛いし美人だと思います。歌もうまいし。意外とちびっ子でした。
 あと、最後に書いておきたいのが、今後の展開である。特報映像として、「ルウム編」の映像がちょっとだけ観られました。とうとう始まってしまった「1年戦争」。次回はあの「毒ガス」と「コロニー落とし」で悪名高い「ブリティッシュ作戦」が描かれます。ランバ・ラルの「これは戦争ではない……殺戮だ!!」も予告に入ってました。まあ、原作コミック通りでしょう。公開は来年2017年秋で、その次が、安彦先生の話によれば2018年のあまり間を開けずに、とのことなので、きっと2018年の3月までには公開になるのだろうと思う。大変楽しみですな!

 というわけで、どうもまとまりがないけれど、結論。
 『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』は大変な傑作である。そして今日公開になったシリーズ第4作『運命の前夜』は、とうとうジオン独立から「1年戦争」の開戦までが描かれた。言ってみれば、この『THE ORIGIN』は完全に後付けの物語で、当初は想定されていないものだったはずなのに、ほぼ完ペキに、破たんなくつじつまが合っているのは、本当にすごいことだと思う。毎回書くけれど、30年前、ガンダムやガンプラに夢中になった40代のおっさんこそ、楽しめると思うな。ぜひ、世のかつてガンダムが大好きだったおっさんたちは、この『THE ORIGIN』を観て興奮し、是非とも自分の子供にも観せてやっていただきたいと思います。最高です。あと、もう二度と新宿ピカデリーには行かないこと。混みすぎてうんざりっす。以上。

↓ 通常版はチョイ先の発売です。世のおっさんたちにはぜひ買っていただきたい。わたしは今日劇場でクソ高い限定版を買ってきました。正直、通常版で十分なんすけどね……。
機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV [Blu-ray]
池田秀一
バンダイビジュアル
2016-12-09



 

 我々おっさんにとって、やはり『機動戦士ガンダム』というコンテンツは、大変思い入れのある作品だ。小学生のときにわたしの周りで「ガンプラ」を作っていない奴はいなかったし(たぶん)、もちろん、劇場三部作は映画館へ行って観たけれども、もはやそれは30年以上前の話で、普通のおっさんはとっくにガンダムとは縁のない生活をしているだろうと思う。
 しかし、そんな中でも、未だに「ガノタ(=GUNOTA=ガンオタ=ガンダムオタク)」を名乗るおっさんは数多くいる。わたしはそこまでではないけれど、仕事上必要があって「ガンダム」についてはそれなりに詳しいつもりだ。わたしの場合、実はリアルタイムで観ていた作品は少なく、もちろん一番最初の「機動戦士ガンダム」はTVで観ていたものの、実際のところわたしが観たのはブームがやってきてからの再放送であり、その後の「Z」や「ZZ」などは、社会人になってから、仕事上どうしても必要なために会社のガノタの連中からVHSビデオを借りてみたクチだ。ガンダム用語で言うところの、「強化人間」である。
 わたしの記憶が正しければ、「Z」や「ZZ」は、わたしの家がまだビデオデッキ(しかもβです。うちのデッキは)を買ったばかりで、おまけにまだテープが高くて、放送のあった土曜日の夕方(だったっけ?)は、わたしは塾に通っていて観れなかったのだ。
 そして、わたしが会社の連中から借りたのがVHSビデオということで分かるかもしれないが、わたしが「Z」「ZZ」「逆シャア」「0080」「F91」「0083」「V」「G」「W」「08小隊」を立て続けに観たのは、1995年から1997年にかけての話である。おお、マジか。自分で書いてびっくりした。もう20年前の話じゃん。あの頃が一番楽しかったなあ……。その後の「ターンエー」「SEED」「00」は、リアルタイムで観た。そう、ガノタの方ならもうピンと来ているかもしれないけれど、実はわたし、「X」だけ観てないんす。そして仕事内容も変わった2008年ぐらいかな、その辺からは再びTVも見なくなって、「AGE」「レコンギスタ」「鉄血」も観てない。
 一方で、『機動戦士ガンダムユニコーン』は原作も読んだし、劇場へも観に行って、Blu-rayもすべて持っている。何が言いたいかというと、おっさんファンとしては、やっぱり俗に言う「UCモノ(=宇宙世紀モノ)」は、やっぱり面白いし気になってしまうわけであります。
 そして、今、世のおっさんガンダムファンのハートを鷲掴みにしているのが、安彦良和先生による一番初めの「機動戦士ガンダム」を完全漫画化した作品、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』という作品だ。 わたしはこの漫画を連載開始からずっと読み続け、大変興奮し、もうとっくに連載も終わって完結している作品だが、去年からアニメ化されて2週間の劇場公開の後、Blu-rayが発売になるという、「ユニコーン」と同じ展開を取っている。そしてそのアニメ化された映像は、恐ろしくクオリティが高くて非常に素晴らしい出来となっているのだが、アニメでは、30年以上前のかつての「機動戦士ガンダム」では語られなかった、「1年戦争開戦前」の過去の回想部分に焦点を当てて描かれているのである。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のコミック単行本でいうと、9巻~14巻かな。
 今日から公開されたのは、既にシリーズの第3弾となった『暁の蜂起』というもので、キャスバルがとうとう「シャア」と名乗り、ジオン士官学校に入学してザビ家の4男・ガルマと出会うエピソードである。単行本では10巻のラストから11巻の最後のちょっと前まで、であった。はっきり言って、超・傑作で、凄まじく面白かったのである。

 んん? なんだかよくわからんけど、公式予告は海外向けしかないな……まあいいや。世のガンダム好きならば、上記予告を観て興奮しない人はいないと言っても過言ではないと思う。
 もう、『THE ORIGIN』の連載は完結しているし、コミックスが出たのもずいぶん前なので、いまさらネタバレもないからズバリ書くけれど、キャスバルがシャアと名乗る、身代わり事件は、今回はもう最初の10分で描かれてしまう。なので、今回のメインは、後に「1年戦争」と呼ばれるジオンの独立から連邦との開戦に至る、一番最初のきっかけとなったジオン士官学校の学生による蜂起事件の方である。また、モビルスーツ開発秘話も今回も大きく前進して、とうとう「悪魔の博士」Dr.ミノフスキーも登場するわけで、ガンダムファンならもう、大興奮である。もちろん、わたしはコミックを読んでいるので話は知っているが、それでもとにかく興奮したね。非常にクオリティが高い。すべて30年以上前に描かれたお話をベースとしているのに、完璧につじつまが合って破綻がない。凄いよとにかく。前作『II 哀しみのアルティシア』をここで紹介したときも書いたけれど、この『THE ORIGIN』は30代後半~40代のおっさん世代にぜひ観てもらいたい。かつてガンダムに興奮した人間ならば、絶対に面白いと思うはずだ。
 さて。おそらく、検索でこのBLOGにたどり着いた人が知りたいことを軽く書いておこう。
 ■今回どこまで描かれたか
 前述のように、単行本11巻のラストまでは行かなかった。そのちょっと前の、「暁の蜂起事件」が終息してドズルが戦車でやってきてガルマを抱きしめるところまで、である。ラスト、赤い朝焼けを眺めながらシャアは、「赤いな……実にいい色だ」とつぶやいて今回は終了である。非常にカッコイイ。なので、シャアが士官学校を退学になって、地球に下りるところまでは今回描かれない。
 ■おまけ映像:エンドクレジット後に、3種の映像が入っていた。
 1)テム・レイ&アムロ親子、サイド7に赴任するの巻
 エンドクレジットが終わると、建築中のサイド7にテム・レイが赴任するところが少しだけ描かれている。もちろん、アムロ少年も一緒だ。これは12巻のラスト近くで描かれているシーンだと思う。アムロが「ここが・・・サイド7・・・」とつぶやくあのシーンである。
 2)次の『機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV 』の予告
 見た限り、次は11巻のラストから12巻にかけてのようだ。そうです。とうとうシャアとララアが地球で出会う話と、月面での人類史上初のモビルスーツ戦ですよ。サブタイトルは『運命の前夜』だそうで、今年の秋公開予定だそうです。予告では「赤い旧ザク」がカッコイイ!!
 3)5作目以降の「ルウム戦役編」の製作決定の巻
 まあ、ファンには嬉しいお知らせですな。このアニメ版の『THE ORIGIN』はどこまで描かれるのか分からなかったけど、これで、ちょっとすっきりしました(ただし、これはBlu-rayに収録されてない!! なんだよもう!!)。
 ■原作との違い(2箇所)
 これまでの『I 青い瞳のキャスバル』『II 哀しみのアルテイシア』が、原作コミックをそのまま、まさに台詞もコマも完全に原作通りだったのに比べて、今回の『III 暁の蜂起』は、初めて(?)原作から変わっているところがあった。しかもかなり重要な改変である。わたしは今日、安彦先生や池田秀一さんたちの舞台挨拶を見たのだが、そこで安彦先生もその点に触れていて、安彦先生としてはこの改変によってもっと分かりやすくなったと思うと仰っていた。わたしも、今回の改変はアリ、だと思った。ポイントとしては2箇所の改変があって、1つ目が、士官学校の生徒に、本物のシャアを知っている奴がいて、そいつが、キャスバルとの入れ替わりを見抜くという流れ。2つ目は、蜂起のきっかけとなったコロニーでの事故の原因が、原作では隕石の衝突だったところ、今回のアニメ版では連邦の戦艦の管制無視による事故、となっていた。その方が一層、連邦憎しの気運が高まるので、より自然になったと思う。

 というわけで、結論。
 本当にこの作品のクオリティは凄いというか、もう凄まじいレベルだと思う。とにかく面白かった。つーかですね、わたしは今、これを書きながら、買ってきたBlu-rayを観てるのですが、これは本当に、傑作ですよ。最高です。次の『IV』でとうとう登場するララアの声は誰がやるんだろうな……まさかの母娘競演(※)かな!? いやー、まだララアは子供だし……超・気になります!! 以上。

 ※かつてのララアを演じたのは藩恵子さん。そして今、セイラさんを演じているのは、実の娘の藩めぐみちゃん。今日も舞台挨拶でお見かけしたが、まあ、かわいい娘さんですな。

↓ まあ、正直わたしはこの通常版で十分なのだが……早く欲しいので劇場で【限定版】を買いました。でも10,000円……たっけえ。。。
機動戦士ガンダム THE ORIGIN III [Blu-ray]
池田秀一
バンダイビジュアル
2016-06-10





 

 ちょっと前に取り上げた、コミックスの『亜人』。既にコミックは7巻まで出ていて、それなりに話は進んでいる、けれど、完結までにはまだまだかかりそう、ではある。そんな作品がアニメになった。しかも劇場3部作+TVシリーズだという。なので、わたしの興味は、端的に言うと以下の3点に絞られる。
 1)劇場3部作はお話的にどこで3分割するのか?
 2)原作未完の物語をアニメはどういうエンディングで終わらせるのか?
 3)劇場版とTVアニメの関係はいったいどういうものなのか?
 これらの疑問を解くには、観るしかない。というわけで、12月1日映画の日、という事で安く観られるので、昨日の夜、ちょっくら劇場に行ってきた。

 物語については、以前比較的詳しく書いたので今日は割愛。昨日、劇場で観たことで、いくつか分かったことがあるので、それを自分用備忘録として以下にまとめておこう。
 ■まず明確な事実の確認。
 1)今回の劇場版「―衝動―」は、基本的に原作通りの展開で、原作の3巻の途中まで。3巻の最後までは進まなかった。なので、中野攻くんは出番なし。
 2)上映時間は106分。映像自体は非常にハイクオリティ。音響の迫力も十分劇場クオリティ。
 3)完全に原作そのままではなく、若干の省略や追加があり、キャラクターの性格もほんの少しだけ違っているようにわたしには思えた。特に、主人公・永井圭の性格は、原作コミックでは実の妹に「クズ」と言われるほど、利己的であるのが特徴で、わたしとしてはあまり好きになれないキャラクターとして描かれているが、劇場版アニメでは、比較的ストレートというか、クズ野郎成分は薄まっているように見えた。なお、コミックにはなく、アニメで追加されているシーンは、17年前のアフリカでの亜人1号の発見にいたるシークエンス。
 4)劇場版は、2週間限定公開であり、『機動戦士ガンダムユニコーン』や『THE ORIGIN』のように、本編Blu-rayを劇場で先行販売していた。
 5)劇場版は3部作になることが公式にアナウンスされているが、次の第2作『―衝突―』の予告映像も劇場で公開された。内容的には、少なくとも原作コミック4巻の内容は確認したが、どこまでやるかはわからない。
 6)また、既に公式Webサイトでも公開されている通り、この劇場版第2作の公開は2016年5月である。
 7)同様に、公式Webサイトで告知されている通り、TVシリーズは2016年1月から毎週放送される予定。Netflixでも配信が決定している。

 ■つまり……。
 ⇒原作の物語は劇場版できちんとトレースされている。今のところは。
 ⇒劇場版1作目(11/28-12-11公開)→TVシリーズ(1クール13話構成だとしたら1月~3月末)→劇場版2作目(5月公開)という順番。
 ⇒TVシリーズ13話で、まさか劇場版第1作を分割して放送するという事は、話数的にも、また常識的にもちょっと考えられない。Bru-rayすら販売済みのものを、TVで放送する意味はまずもってないはず。
 ⇒ということは……まさかTVはオリジナルストーリー? うーん、どういうことなんだろう。わからねえ、というのが現状の結論。
 ■ちなみにこんな記事もある。
 「テレビシリーズでは、その内容(=劇場版)をより深く緻密に表現するという」
 ※シネマトゥデイ2015/09/10の記事より。
 ⇒てことは、今回の劇場版公開は、後の「TVシリーズのダイジェスト版」をいち早く観られたってだけのこと? HOLY SHIT!! だとしたら観に行く必要ゼロだったな。アホらしい。そんなつまらないことにならないとは思うが、ここはCMとかアイキャッチが入るのか? というような、ちょっとだけ不自然な暗転の間が何度も入るので、嫌な予感はする。より良い作品作りを祈ります。
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 ※2016/01/18追記:というわけでTV放送が始まった第1話を観たところ、単にこの劇場版の最初の部分をやっただけでした。つまり、この劇場版を細かくして放送しながら、追加したりするんだろう。なんだそりゃ。まったく劇場に行った意味なかったな。TVも観ないでいいやもう。
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 以下、今回の劇場版を観ての感想・おっ? と思った点を挙げて終わります。
 ●主人公・圭の声は、特に感想ナシ。ただ、前述のように若干性格が普通。今のところは「クズ」というほどではない。
 ●海斗の声は、コミックから想像していたよりずっと大人っぽく渋い。
 ●IBM(黒い幽霊)の描写は非常にハイクオリティ。CG時代のアニメとしては最上(?)レベル。
 ●戸崎の声は、かなりコミックのイメージより落ち着いている感じ。まだピンチに陥ってないからか。
 ●泉の声は特に感想ナシ。ただ、コミックよりも絵柄的にかわいらしい。
 ●佐藤の声は、いつもの大塚芳忠ボイス。だけどイメージピッタリ。
 ●ストーリー的に、ここで終わり? 感は少しある。ちょっとキリが悪いかも?
 ●冒頭の、亜人第1号の捕獲シーンは別に……なくてもいいかな。
 ●映像は、非常にCGっぽさが目について、あまり好きではないが、そういう時代なので仕方なし。色彩を抑えたトーンで、10数年前の押井守めいた辛気くささを感じる空気感。
 ●CGっぽさはライティング・影の動きに妙に目立って見えた、ような気がした。車とかバイクのような機械はもろCG。 
 ●どういうわけか、観客はおっさん、おじいちゃん、さらにおばちゃんの一人客がメインだった。TOHOシネマズ日本橋だったから? なんで? 理由が分からん。
  
 というわけで、結論。
 わたしの知りたい謎は、劇場版を観に行っても解明できず、であった。
 もし、1月からのTVシリーズが、この劇場版をばらしたものであったら、まあ劇場版2作目以降は観に行きません。だって、必要ないし。原作コミックも、次の8巻の展開次第では、もうそこで買うのを終了するかも。以前書いた通り、ちょっと飽きてきたので。わたしとしては海斗と田中の展開次第です。 

↓もう次の8巻限定版の予約が始まってるんですな。通常版の発売も4月か? 普通は限定版よりちょっと後かな?

 と、いうわけで、2週間前に先行上映会で観た『機動戦士ガンダム THE ORIGIN II 哀しみのアルテイシア』を、Blu-rayを手に入れるために再度観てきた。既に2週間前に散々書いた通り、非常に高いクオリティでアニメ化された『THE ORIGIN』。初日をむかえたという事で、今日は思いっきりネタバレで書くので、知りたくない人はここから先は自己責任でお願いしたい。一応予告を再度貼っときます。

 まずストーリーだが、今回の『哀しみのアルテイシア』は、ご存知の通り、いわゆる「ファースト・ガンダム」を完全に描いたコミック作品『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の、第10巻に当たる部分である。
 一応説明しておくと、『THE ORIGIN』は単行本全23巻+後日譚の24巻からなっており、「ファースト・ガンダム」と一部設定が修正されている部分も結構ある。特にキャラクターの年齢設定は大きく見直され、アニメよりも年齢が上げられたキャラクターが多い。基本的にはオリジナルのTVアニメのストーリーを大枠では踏襲しているが、ホワイトベースの進路だったり、マ・クベの最期だったり、結構いろいろな点でアニメとは違うストーリーになっている部分がある。その中で、おそらく、最大(?)の特徴は、一年戦争前史と言える、ジオン・ズム・ダイクンの死から一年戦争開戦までが回想としてきっちり描かれている点だろう。そこでは、ダイクンの遺児である後のシャア、セイラさんの二人の成長の物語が語られている。この長い回想が第9巻から第14巻までかな、6冊にわたって描かれており、今回のアニメ化では、一体どこまでやるんだろう? というのが大方のガンダムファンの注目点ではないかと思う。
 で。「機動戦士ガンダム」という作品で舞台となる「宇宙世紀」の時系列を、『THE ORIGIN』設定でごく簡単にまとめると、こうなる。

 ■宇宙世紀0068~0069
 ジオン・ズム=ダイクン死亡。その子供であるキャスバル(9~10歳)とアルテイシア(6~7歳)が地球へ逃れる。『THE ORIGIN』の第9巻に相当。映画の前作「蒼い瞳のキャスバル」でアニメ化済。
 ■宇宙世期0071~0074
 兄弟は地球で「マス家」の養子となるが、ザビ家によるジンバ・ラル暗殺事件があって再び宇宙に戻り、テキサスコロニーに逃れる。また、一方でキャスバルたちを地球に逃したことで軍籍を奪われた(?)ランバ・ラルは、ドズルの要請でダークコロニーへ。そこで「モビルスーツ」開発のテストパイロットになる。テキサスコロニーでは、キャスバルたち兄妹は、とある運命的な出会いを経験するが、ハモンさんから母が亡くなった知らせを受け、憎悪に駆られたキャスバルは、妹アルテイシアを置き去りにし、「シャア・アズナブル」となってジオン士官学校へ入学する。その入学式で新入生代表として宣誓したのは、ザビ家四男のガルマだった……。これが『THE ORIGIN』第10巻のお話。
 ■宇宙世期0075~0079
 『THE ORIGIN』第11~14巻に相当。シャアとなったキャスバルの士官学校での話しと、ジオン独立のきっかけとなった、「暁の蜂起事件」と呼ばれる士官学校蜂起事件を経て(ここまで11巻)、シャアは再び地球へ降り、ジャブローの建設現場で働くことになり、そこでララアと出会う。そのころ宇宙では、ジオニック社のミノフスキー博士によるモビルスーツ開発の進展と亡命事件、連邦軍とアナハイム社のテム・レイによる対抗機開発と初めてのモビルスーツ戦での惨敗などが描かれ、0079年ジオン公国の独立宣言&宣戦布告でによりついに戦争勃発(ここまで12巻)、人類の半数を死滅させた「コロニー落とし」から、のちにルウム戦役と呼ばれる、シャアが「赤い彗星」と異名をとることになる戦いが描かれる(13~14巻)。
 ■宇宙世紀0079~0080:いわゆる「一年戦争」=「ファースト・ガンダム」 
 
 ただ、明確な年号がはっきりと描かれる事が少ないので、上記のまとめはわたしがWeb上でwikiをはじめとしたいろいろな情報でまとめたものなので、ちょっと怪しいことは白状しておく。というわけで、映画の中では、前作から3年ほどが経過しており、地球に逃れた兄妹の運命を描いたのが今回の『哀しみのアルテイシア』だ。

 しかし、映画の前作が原作9巻を完全に描いたのと違い、今回は、実は原作10巻の「途中まで」だった。わたしはちょっとこの点については、あれっ!? と思った。原作コミックを読んでいるわたしには、微妙に切りが悪く感じられたのだ。上記の通り、原作10巻の最後は、士官学校入学式の、ガルマの「宣誓!!」というところで終わる。そこでは、キャスバルは既にシャアになっているわけで、その部分までは今回描かれていない。今回の映画は、キャスバルがアルテイシアに別れを告げるところで終わる。この「キャスバル兄さぁーーーーん!!」と叫ぶアルテイシアは、オリジナルのTVアニメでも回想で描かれていた名シーンであり、そこに至るまでの前史が『THE ORIGIN』で初めて描かれたわけだが、ここで終わり!? というのが、今回の映画では一番驚いた。
 その直後の、キャスバルがシャアになる部分が非常に重要だと思うのだが……ただ、ここも描いて、原作10巻通りのところまでを描くとなると、若干、今回のサブタイトルである『哀しみのアルテイシア』にそぐわなくなってしまうとは思う。ので、おそらくは監督も安彦先生も相当悩んで、ここまで、としたのだと思う。実際のところ、原作コミックを読んでいない人ならば、ここまでというのは非常に切りはいいかもしれない。なので、まあ、これもアリか、と納得することにした。映像クオリティは前作同様に非常に素晴らしく、この作品は金を払って見に行く価値が十分以上にある、と断言したい。
 ただまあ、今回ここまでとなると……次回の映画は、そのシャア誕生のエピソードだけでも15分ぐらいは必要だろうから、どうなんだろう、11巻を一気に描けるのかな……とちょっと心配だ。実は、2週間前の最速上映会では、毎回最後に流れる次作の予告がなかったので、どうなんだろうと心配だったのだが、今日公開された劇場では、きちんと次作の予告も流れていた。次回、第3話のサブタイトルは『暁の蜂起』である。それはまさに原作11巻で描かれた物語であるので、たぶん、次作は10巻の最後40ページくらい+11巻全部を描いてくれるものと思われる。
 となると……安彦先生は今回の映画は4部作、とおっしゃっていたので、最後は12巻を描いて終わり、となるのかもしれない。いやーーそうなったらちょっと……残念だなあ……話的にちょっとだけ中途半端になっちゃうんだよな……ルウム戦役はやらないのかなぁ……ここも見せ場が多いのになあ。

 で。最速上映会での安彦先生を交えたキャストトークショーで聞いた話である。
 今回、10代前半~中盤のキャスバルだが、既に発表されている通り、池田秀一さんが声を担当している。この、若いキャスバルの声だが、トークショーで聞いたところによると、ちゃんとオーディションをやって、池田さんが役を獲得したんだそうだ。そして実は一度アフレコが終わって、OKが出たのにもかかわらず、池田さんは終わったその日、夜、飲んでいて、「ごめん! やっぱりもう一回やらせてくれ!!」と監督に直訴したんだそうだ。本人的には、思うところがあったのだろう。安彦先生曰く、非常に驚いたそうで、最初のアフレコでも十分な出来だったらしいが、2回目となる一人録りは、さらに良い出来となったのだそうだ。その池田さん渾身の若きキャスバルの声は、ぜひ劇場でご確認いただきたい。ちなみに、池田さんの弁によると、「僕はさ、ちゃんとオーディション受けたのに、(古谷)徹ちゃんはそんなのなかったって言ってたよ(笑)」だそうです。そう、今回、幼きアムロ・レイが一瞬出てきます。ついでに言うと、キャスバルたちをテキサスコロニーに移すことを勧めたのは、ヤシマ・カンパニーCEO。つまりミライさんのお父さん。なので、15歳のミライさんもちらっと出てきます。
 あともうひとつ。トークショーで聞いて、へえ~、マジか、と思ったのは、途中でハモンさんが恐ろしく色っぽく、クラブエデンで歌を歌うシーンがあるのだが、このシーンは、実際に歌担当の澤田かおりさんの歌っている姿を元に作画されているんだそうだ。いや、別にモーションキャプチャーしたわけじゃなくて、歌っている姿を見ながら動きを手描きでトレースしたそうですよ。しかし、ハモンさんやランバ・ラルの大活躍ぶりは、その後の運命を知っているだけになんとも悲しいですのう……

  というわけで、結論。
 原作コミック『THE ORIGIN』を読んだ人も、読んでいない人も、今すぐ劇場へGO!!
 特に、かつてガンプラを作って遊んだ40代のおっさんはぜひ。金はあるんだから、前作を見てないなら今すぐ、Blu-rayをポチって購入し、まず観て、そして翌日にでも劇場へ行くべし!! 絶対に後悔しない。と思う。

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 わたしと同じ年代の、40代のおっさんで、「ガンダム」をまったく観たことがない人がいたとしたら、驚くというか、むしろ少数派ではなかろうかと思うのだが、どうなんだろう。わたしが小学生のときに、いわゆる「ガンプラブーム」というものがあって、世に言う『ファースト・ガンダム』と呼ばれる劇場三部作が公開されたわけで、まあ、よっぽどの理由がない限り、わたしと同年代の男なら一度はガンプラを作ったことがあるはずだ、と思う。少なくともわたしの周りの男は皆そうだ。
 ただ、おっさん世代としては、その後のガンダムについては、あまり詳しくない人が多く、まあ、そりゃ大人になってからもなおガンダムを見ている方が実際アレなので仕方ないが、わたしは仕事上、ガンダム知識が必須な環境であったので、実は『Zガンダム』以降については、サラリーマンになってから、仕事上必要な知識として、会社に数多く存在しているガンダム好きのみんなに、VHSビデオやDVDを借りて観たクチだ。一応、たぶんOVA含めて全作品を観ている。ゆえに、ガンダム知識に関しては、いわゆる強化人間(→放送時にリアルタイムに観ている人がニュータイプ、わたしのようにあとづけが強化人間)なのだが、21世紀以降のガンダムは、仕事上仕方ないので、きちんと放送をリアルタイムで追うようになった。
 とはいえ、おっさん的にはやっはり、どうしてもそれほど面白いとは思えず、別にハマる事はなかったのだが、『亡国のイージス』や『終戦のローレライ』でおなじみの福井晴敏先生が雑誌「ガンダムエース」誌上で連載した小説『機動戦士ガンダム・ユニコーン』と、ファーストガンダムのキャラクターデザインでおなじみの安彦良和先生による漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(これも「ガンダム・エース」連載)に関しては、ファースト・ガンダム世代にもめっぽう面白く、ずっと連載を追いかけ、楽しませてもらった作品である。

※コミック、とあるが、中身は小説です。

※こっちが安彦先生の漫画「THE ORIGIN」
 その後『ユニコーン』は、 2010年からアニメ化され、2週間の劇場限定公開とWeb配信の後にDVD/Blu-rayを発売するという、TVでも劇場映画でもない新しい手法として開発・制作・発表され、2010年公開のepisode Iから4年、去年公開されたepisodeVIIをもって無事に完結した。そのクオリティはすさまじく高く、非常に満足のいくものであったが、そのepisodeVIIのエンディングで、とうとう安彦先生の『THE ORIGIN』も同様の手法でアニメ化されることが発表され、(正確には、制作自体はすでに発表されていたが、動く映像が公開されたのはそのときが始めてだったので)劇場は大興奮だったわけである。
 この『ユニコーン』のアニメに関しては、わたしの友人のMZくんが強力な筋金入りのガノタで(※ガノタ=ガンオタ=ガンダムオタク)、いつも一緒に観に行っていたのだが、最後のepisodeVII公開時は、初日前日の前夜祭上映のチケット取れちゃったんですけど、一緒に行ってもらえませんか!? ということになり、正直、いやオレは別に明日の通常公開で十分なんだけど……と断るのも気の毒なので、確かAM1:00ぐらいの回だったと思うけど、仕方なく新宿ピカデリーへ車で行き、AM4:00くらいに帰ってきたこともあった。もちろん、始発も動いていない時間なので、お疲れ~とわたしだけ帰るわけにも行かず、ご丁寧にMZくんの住む浦和まで送ってやったのは言うまでもない。

 で。『THE ORIGIN』である。もともと『THE ORIGIN』は、2001年6月の「ガンダム・エース」創刊から安彦先生みずからの筆によって連載された漫画で、完結は2011年6月、まる10年の連載期間をかけた超大作だ。内容は、「ファースト・ガンダム」を最初から最後まで完璧に描いたもので、わたしのようなおっさん大歓喜のすごい漫画である。しかも、今まで描かれていなかった、かの有名なキャラクター「シャア・アズナブル」の少年時代から彼が「赤い彗星」と呼ばれるようになるところまでもきっちり回想として描かれており、もうすっかり漫画など読まなくなってしまったおっさんどもにも、是非とも読んでもらいたい作品となっている。
 そして、今年の2月に公開されたアニメ版『THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル』は、まさにその回想シーンであるシャア・セイラ篇を完全映像化したものだ。そしてそのクオリティの高さは、この予告でも分かると思う。

 現在の最高技術によって描かれるモビルスーツは感動もののクオリティである。2月に公開された「episode I」は、幼いキャスバルとアルティシア(後のシャアとセイラさん)が、父であるジオン・ダイクンの死に直面し、サイド3を脱出するところまでが描かれた。これは、安彦先生による漫画で言うと、単行本の9巻に当たる部分で、実際のところ、その9巻が完璧に、一切の削除もなく完全に、アニメ化されたものであった。まあ、幼い兄弟が母を残して地球に逃れるくだりは、実際泣けるし、それを助ける若きランバ・ラルとハモンさんの大活躍も見ごたえ十分で、非常に素晴らしい作品に仕上がっている。

 そして昨日、わたしが最速上映会なるイベントで、わざわざ豊洲まで観に行ってきたのは、2週間後の10/31から公開される、『episode II 哀しみのアルテイシア』である。わたしとしては、昨日は午前中に上野にモネを観に行く予定があったし(まあ実際行ったけど)、別にあと2週間待てば観られるんだから、わざわざ高い金(4,500円ほど)出してまでは……と思ったけれど、まーたMZくんが「チケット取れちゃったんですけど……」と連絡してきたので、えーと、わかったよもう、行こうじゃないですか、ということで、モネを見た後で豊洲へ移動し、観てきた。

 内容については、もう原作が存在しているので、ストーリー的な展開については、たぶん観たいと思っている人は全部知ってる話であろう。「キャスバル」が如何にして「シャア」となるかと言う話である。なので、たぶん……ファンのみなさんが一番気になっているのは、今回のepisode IIはどこまで描かれたか、ということに尽きると思う。そしてそのことについて、わたしも書きたいのだが……いかんせんそれはあまりにもネタバレなのでやめておきます。正直、わたしの予想とは違ってました、とだけ言っておく。あーでも、くそ、言いたい!! けどこれは公開以降に書くことにします。
 あと、この最速上映会は、高いだけあってキャストのトークショー付きだったのだが、わたし的には、えっ!! まじすか!? そうだったんだ……みたいな裏話を小1時間ぐらい聞かせてくれたので、その内容もここに書きたいのだが……それもやめておいたほうが良かろうと思う。全世界の人がアクセスできるインターネッツでペラペラしゃべることではあるまい……という気がしますので。まあ、一応、安彦先生が「本当は本編も最初から、じっくりきっちり、もう一度アニメ化したいんだよね、どう?」と仰ったときは、会場が万雷の拍手に包まれたことは書いておこう。なお、登壇ゲストメンバーは、池田秀一さん、藩めぐみちゃん、喜山茂雄さん(若きランバ・ラル役)、沢城みゆきちゃん(ハモンさん役)、安彦良和先生、澤田かおりさん(ハモンさんがクラブで歌うシーンの歌担当の方・可愛いかった。そして今日は生歌も聞かせてくれて超良かった)であった。
 ちなみに、ひとつだけ書くとすれば、今回の若きキャスバルの声は、既に発表されている通り、池田秀一さん自らが演じている。その声は、正直すごく頑張って若い声を出しているし、お見事ではあるけれど……いや、でも、じゃあ誰か別の人が演じられるかというと、まったく心当たりがないし、実際無理だと思うので、池田秀一さんでよかったんだと思います、はい。
 なお、このアニメ版『THE ORIGIN』は4部作になるそうで、果たしてどこまで描かれるのか、非常に心配になってきた。このペースでシャア・セイラ篇の回想全部を描けるとはちょっと思えなくなってきた……のが今回のepisode IIを観ての感想である。この感想でもネタバレだろうか……。まあ、内容は相変わらずの超ハイクオリティさは健在で、実際とても面白かったです。
 しかし、改めて思ったのだが、今日の最速上映に来ていたお客さんは、ほとんどが年齢不詳のおっさんどもで(加えて、意外と若い(?)女子も多かった)、わたしも全く人のことは言えない、正真正銘のおっさんであるが、皆一様に目を輝かせており、本当にガンダムというコンテンツはすげえ力を持ってるんだな、という事を改めて知らしめてくれた。最初の放送から去年は35周年だったそうで、今なおこんなにも客を呼べるコンテンツは、そうめったには存在しない。まったくもってあっぱれであろう。

 というわけで、結論。
 公開されたら書こうと思うが、まずは観てほしい。とりわけ、ガンダムなんてとっくに引退したよという、わたし世代のおっさんには特に。まず、episode Iを配信でもレンタルでも何でもいいから、自分の子供と一緒に観てみてくれ。そして、2週間後、今回のepisode IIをぜひ、子供と一緒に観に行っていただければありがたい。とにかく、売れてくれないと新作が作れないので……。よろしくお願いします!!

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 わたしが映画オタであることは既に何度もこのBlogにて表明しており、事実として認知いただけているものと思うが、よく、えっ! そうなんですか!? と人に驚かれることが多いのが、わたしがスポーツ、特にランニングや登山、トライアスロンなどとりわけ持久系スポーツをも趣味とする、インドア系・アウトドア系どっちもいける男であることだ。そんなに意外? とわたし本人とすれば若干不本意なのだが、既にわたしは、例えばフルマラソンを3時間チョイ、富士登山を2時間20分台で余裕でこなすという点で、いわゆる普通の人間ではもはやない。もちろん、本気アスリートからすれば、まあちょっと速い市民ランナーレベルではあるが、普通のレベルは大きく超えている。
 そんなわたしの、ベースとなっているのが自転車である。
 中学からチャリンコ通学(片道たった4㎞ほど)を6年間、それ以降も駅まで(たった5㎞ほど)毎日、大学+大学院の7年とサラリーマンの21年間、全て合計で34年間、距離は短くとも常にフルスロットルでほぼ毎日チャリに乗っていれば、そりゃ心肺も鍛えられるというものだ。また、中学・高校時代は、当時はお金がなかったので、有楽町や日比谷までチャリで映画を見に行くことも普通だったし(片道20㎞ほど)、編集部時代はスーツを着る必要がなかったので、週に2回ぐらいはチャリンコ通勤(片道20㎞ほど)もしていた。そんな私にとって、20㎞ぐらいはチャリ行動範囲内と言って差し支えない。もちろん、20㎞ぐらいはママチャリで十分だ。わたしはレースの時と、江戸川サイクリングロードを片道50㎞ほどぶっ飛ばす以外は、ほぼロードマシンには乗っていない。

 ちゃんとしたロードレーサーを最初に買ったのはもう10数年前だが、ロードレーサーは、100㎞以上の距離をストレスなく走るために特化されたチャリンコの特殊車両である。車に例えると、完全にF1と言ってもいいぐらいだ。なにしろ、かのツール・ド・フランスで戦っているマシンが、(金さえ出せば)普通に買えちゃうんだから。なので、そんな戦闘マシンであるロードレーサーで都内を走るのは非常に危険なため、わたしはめったに都内を走ることはないのだが、近年、やたらと目につくようになった。まあ、わたしに言わせれば、都内を走るロード野郎の9割がたはド素人で、正直なところ迷惑千万なゴミどもなのだが(何しろ遅くて邪魔! ママチャリでのわたしより遅い)、そういうなんちゃってロード野郎(最近は女子もすげえ増えた)が増殖する一つのきっかけを作ったのが、この『弱虫ペダル』と言ってもよいだろう。 

 ストーリーは、アニメオタクの少年が、お金を節約するために秋葉原へチャリで通ううち、学校で、本気で自転車競技を行っている男たちと出会い、触発され、ついに自転車競技部に入部し、本気で自転車ロードレースを始める、という話が基本にある。最初、そのストーリーを聞いたとき、なんか聞いたような話だな……ってオレだ! オレはアニメじゃなくて映画だったけど、それ、オレ! とちょっと驚いた。しかも、舞台となる「総北高校」は、わたしの住む千葉にあり(どうやら佐倉あたりらしい)、作中で表現される秋葉原までの道のりが、まさにわたしがかつて有楽町や会社まで通った道と同一なのだ。わたしの場合は、江戸川を渡ってすぐだが、主人公はさらにそこから30km近く奥に住んでいるらしい。
 と、いうような、何とも言えない同一性があって、自転車レースが大好きなわたしが手に取るのはもはや必然だったとも言える。で、読んだ。面白い。ええい! と全巻まとめ買いの大人買いをしたのが、1年目のインターハイの決着直前のあたりだと思う。以降、ずっとジャンプ派だったわたしなのに、週刊少年チャンピオンを毎週買いはじめ、そして電子書籍でもまた全巻買い直すという荒業にも出た。それほど、『弱虫ペダル』にすっかりはまってしまったのである。
 TVアニメも大好評のうちに幕を閉じ、満を持しての劇場版が4日前の土曜日に公開された。TVアニメは、1年目のインターハイの決着までを、きっちり描いてくれた。非常にクオリティの高い脚本で、おそらくはファンにとっては大満足のアニメ化だったと思う。そして今回の劇場版は、原作にはない、オリジナルストーリで登場した。

 オリジナルストーリーとなると、一歩間違うととんでもない地雷と化すが、今回は原作者たる渡辺航先生が書き下ろしたストーリーなので、まあ安心だろうと思い、観に行ったわけだが、なんとうか、うーーん……いや、もちろん別につまらんとは言わないけど、そうだなあ、完全にファンディスクというか、ちょっとファンを――特に女子ファンを――大切にしすぎているというか……ちょっとね、坂道と巻島先輩、いちゃつきすぎじゃね!? というのがわたしの感想です。

 『弱虫ペダル』を知らない人には全く通じないと思うが、知ってる人には、上記のわたしの感想で、ははあ、そういう話ね、とピンとくるのではなかろうか。
 インターハイ後、九州で行われるレースに招待されたチーム総北、主人公坂道は新しいマシンを手に入れやる気満々だったが、大好きで尊敬する巻島先輩が、九州遠征には参加せず、急にイギリスに旅経つことを知り――。みたいな話です。まあ、その辺は原作通りなんだが、インターハイ後に九州遠征があったというのが今回のオリジナル要素。まあ、どういうレースになったかは、観てのお楽しみという事で。

 今まで、チャリンコ漫画というと、わたしのような本気(おっさん)レーサーにとってのバイブルは、1992~1995年に同じチャンピオンで連載していた曽田正人先生の『シャカリキ』なのだが、おそらくはもう、『弱虫ペダル』は『シャカリキ』を超えたと言っていいと思う。いや、もちろん『シャカリキ』は今読んでも十分に熱く、面白い漫画なのだが、もはやちょっと、機材やペダリングといったサイクル理論において、古い。現代ロードレースでは常識となっていることがまだ発明される以前なので、今の『ペダル』から自転車に興味を持った人が読んでも、ちょっとノれないんじゃないかと思う。
 実は、自転車というものは、本当に年々進化していて、ほぼすべてのメーカーは「イヤーモデル」、つまり毎年モデルチェンジしている。もちろん大幅なフルモデルチェンジはそう頻繁ではないが、確実に自動車よりもモデルサイクルは短い。また、乗り方も、いろいろ進化しているのだ。その辺は、自らも自転車が大好きで数々のレースに参加している渡辺先生がきっちり描いてくれているので、コアな自転車乗りでないとわからないかもしれないが、意外とリアルなのだ。
 例えば、『シャカリキ』も『弱虫ペダル』も、主人公は共通して小柄なクライマーなのだが、乗り方は全く正反対だ。『シャカリキ』の主人公テルは、とにかく重いギアをぐいぐい踏んで乗る。これは、当時はそれが当たり前だったからだ。当時は、重いギアが踏める奴が正義だったのである。しかし、現代レーサーは、2000年代最強だった、かのランス・アームストロング(ツールを7連覇するという偉業を達成するも、後にドーピングが発覚してすべての記録が抹消された)が開発した(?)、軽いギアをとにかく回しまくる、高回転型(ハイケイデンス)が主流なのである。あくまでクライマーの場合、ではあるが、『ペダル』の主人公、小野田坂道の必殺技も、まさしく高回転走法である。
 
 一応、かなり本気でチャリに乗っているわたしからすると、小野田坂道の高回転走法は、無理ではない、けど、かなりの条件が必要だとは思う。その条件はずばり、心肺能力だ。高回転に必要なのは、筋力じゃないんだな。いやもちろん筋力も必要だけど、心肺能力の強化の方が重要だ。なぜなら、人間の体の中で、もっとも筋肉量が多いのが太もも、要するに足である。その足を動かすと、当然心拍は上がる。心拍が上がりすぎると、無酸素運動となる。無酸素運動となると、乳酸がたまる。乳酸がたまると、足は動かなくなる。そういう順番なので、心拍を、MAXハートレートの75%程度で維持できなくてはならない。そのためには、強靭な心肺能力がどうしても必要なのだ。本作では、小野田坂道は秋葉原まで50㎞だかの距離を毎週チャリで通って心肺が鍛えられたという設定になっているが、それがありうる話かどうか。わたしは、結構ありうると思っている、だって、オレがそうなんだもの。実体験として、十分ありうる話だとわたしは思う。ただし、ちょっとやりすぎかなー、ケイデンス30上げるのは無理っショ。

 というわけで、結論。
 『劇場版 弱虫ペダル』は、この作品が大好きな人は必見、それほどでも……という人は、まあ見なくても大丈夫だとは思います。ただ、劇中でわたしが思わず「ブホッ!!」と吹いたシーン――なんと今回、金城さんも、今泉くんも、鳴子くんも、「ヒーメヒメッ!」を全員歌います! しかもレース中に!!――がありますので、金城さんの野太い声での「ヒメ!」や、真面目にカッコよく歌う今泉くんの「ヒメなのだ―!」を聞きたい人は、今すぐ劇場へGO!!

↓ これが『シャカリキ』。とにかく熱い!! 私はこの漫画も大好きです。 


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