カテゴリ:02_映画 > 021_洋画

 今年の初めに観た映画『PASSENGER』のことをこのBlogに書いた時も触れたが、わたしはかなり声フェチである。とりわけ、その容姿にミスマッチな、ガラガラ声というかハスキーボイス? な女子は大好物で、ちょっと昨日の夜にカラオケでハッスルしすぎたのか? というようなガラガラ声、なんだけど、やけにちびっ子だったりとか、その声に似合わない可愛らしい容姿の女子は、無条件で好きになるといっても過言ではない。そしてもう一つ、これもこのBlogで散々書いてきたが、わたしは女子がしょんぼりした顔をしていると、これまた無条件で、ど、どうしたんだよ……? と無性に胸がざわめく。そのざわめきを恋と勘違いしてやけに気になる存在に昇格するのだが、とにかくわたしは、女子のしょんぼりフェイスに弱いのである。
 いや、まあそんなわたしの変態趣味をここで表明しても、ほぼ意味はないのだが、ハリウッド女優の中で、わたしのそんな若干変態的趣味にジャストミートなのが、Jennifer Lawrence嬢である。栄光のオスカーウィナーである彼女は、Wikiによれば身長171cmなので全然ちびっ子ではないというか、ほぼわたしと同じぐらいあるので日本人的には背の高い女子だが、その表情はどうも若干童顔で、それでいて声はガラガラ、そしてやけにむっちりしていてグラマラス、そして、これまでの映画ではどういうわけかしょんぼりした表情がやけに印象に残る役柄を多く演じてきた女優である。というわけで、完璧にわたしの趣味にジャストミート、なのである。変態的告白サーセン。
 おそらく、日本人で彼女を知っているのは、ある程度映画が好きな人種だけであろうと思う。普通は全く知らない人の方が多いだろう。だが、間違いなく世界的有名女優であり、前述のとおりオスカーウィナーでもあるわけで、彼女主演の映画であれば、まず間違いなく、一定の興行は見込めるはず、であろうと思う。しかし、ここ日本は、すでに世界的映画マーケットとはほぼ道を分かち、独自のガラパゴス的進化を遂げつつあることは、毎週わたしがせっせとまとめている週末映画興行データからも明らかだろう。それが悪いことだと批判するつもりは毛頭ないが、今の日本は、ハリウッド作品が全然売れない。売れるのはディズニー作品やCGアニメ作品ばかりである。もちろん例外も数多いが、少なくとも、USアカデミー賞を受賞した作品であっても、それほど興行が盛り上がることがないのが現実だ。
 というわけで、前置きが長くなったが、先日、日本では結局劇場公開されなかった、Jenniferちゃん主演の映画が、WOWOWにて放送されたため、わたしは超期待して録画し、昨日の夜、ぼんやりと観てみることにしたのである。その作品のタイトルは『JOY』。監督は、Jenniferちゃんにオスカーをもたらした作品『Silver Linings Play Book』(日本公開タイトルはなんだっけな……世界でひとつのプレイブック、かな)を撮ったDavid O. Russell氏である。このコンビは3作目であり、前2作はともにアカデミー監督賞・作品賞・主演男優&女優賞と主要賞にノミネートされており、今回も当然期待しますわな。しかし結論から言うと、本作は興行的にも厳しく評価もイマイチであったため、日本では劇場公開を見送られてしまった。そして観たわたしの結論も、正直、かなりイマイチな映画であったと言わざるを得なかったのである。

 まあ、物語はほぼ上記予告から想像できる範囲のものだ。ちなみにいうと「JOY」とは、「喜び」のJOY、でもあるのだが、そもそもは主人公であるJoy Mangano女史の名前である。日本風に言うなら、喜子さん、てな感じなんすかね。喜子さんことMangano女史は、我々日本人は全く知らない、というかわたしは知らなかったが、US国内では有名な億万長者のおばさまだそうで、現在61歳、その発明の才能で次々と生活雑貨の特許をとって財を築いた才人である。その、立身出世のきっかけとなった発明品が「Miracle Mop」というモノで、それを1990年にTVショッピングでおなじみのQVCで売り出して大ヒット、となった経緯が本作では描かれている。あ、今調べて初めて知った。1990年だったんだ。作中に年代表示ってあったかなあ? なかったような気がする。意外と最近すね。
 で。映画は単純なサクセスストーリーではなく、Mangano女史の苦労の歴史に重点が置かれている。ズバリ言うと、家族がもうとんでもなくどうしようもないクズばっかりだったのだ。簡単にまとめると、こんな感じである。
 ◆父:人間のクズ。Joyさんの母とは2度目の結婚。そして離婚し、いい歳したおっさんというか爺さんのくせに、いまだに出会い系で熟女ハントにいそしむ。どうしようもないクズ。一応、自分で経営している自動車整備工場があるが、Joyさんはせっせと経理を手伝い、支えてきた。ちなみに、Joyさんは高校を首席で卒業した才媛で、大学もシカゴだったかな、決まっていたが、離婚のごたごたで大学進学をあきらめた過去がある。大変気の毒。
 ◆母:人間のクズ。ずっとベッドでTVのクソつまらなそうなメロドラマを観ているTV依存症。家事は一切Joyさん任せ。どうしようもないクズ。
 ◆姉:人間のクズ。父の1度目の結婚での子供なので、Joyさんとは腹違い。可愛くて頭のいい妹のJoyさんにずっと嫉妬していて、常にJoyさんの足を引っ張って邪魔することしか考えない邪悪な存在。どうしようもないクズ。
 ◆元夫:真面目なJoyさんが初めて恋して、勢いで結婚してしまったベネズエラ出身の男。生活能力なしで離婚済み、だけど、いまだJoyさんちの地下室に住んでいる。こいつもクズかと思いきや、どういうわけか離婚し、歌手活動なんかを開始して自由を得てからは、結構いい奴になった不思議な自由人。事業立ち上げ後は何気にJoyさんを助けてくれる。
 ◆子供たち:Joyさんと元夫には2人の子供がいて、大変可愛らしいチビども。
 こうした、ある意味最悪な家族環境の中で、唯一おばあちゃんがJoyさんの才能を評価し、いろいろ助言してくれるのだが、いかんせん体も弱っていて、実質的には何もしてくれないというか何もできないため、Joyさんは一人奮闘するわけだが……もうとにかく痛ましくて、気の毒な事極まりなく、そして余りに家族がクズばっかりで、正直に告白すると、わたしはもうこれは最後まで見られない……と何度か再生をやめようかと思ったくらいひどい話だった。
 お話がいい方向に向かうのは、約1時間20分ごろで(それまでがとにかく観ててつらい!)、元夫がかなり無理やりな伝手を頼って、JoyさんをQVCに紹介してからである。今は日本にもQVCは進出しているけれど、US企業だったことは、恥ずかしながらわたしは初めて知った。Q=Quality(品質)、V=Value(価値)、C=Convinience(便利)の略なんですって。これって常識なのかな? 全然知らなかったわ。そして、本作では、通常のQVCのフォーマットだと専属のナビゲーターが商品説明するのが当たり前、なんだけど、初回はそれでやって惨敗、そのため、Joyさんの直訴で、Joyさん本人が商品説明することになり、その結果大ブレイクした、という経緯が描かれている。ここは大変胸のすく、気持ちのいいシーンで、Joyちゃん良かったねえ……と素直にわたしは嬉しくなった。
 しかし、成功後も、父と姉、そして父の恋人で金持ちのクソ女、このトリオがなにかとJoyさんの邪魔をして足を引っ張る展開で、もうホントいい加減にしろこのクズどもが!! とわたしの怒りはますます高まり、ホントに最後まで観るのがつらい映画であった。
 まあ、最終的には、Joyさんはきっちり成功をつかむわけで、それはそれで大変良かったね、なのだが、どうにも、人間の、とりわけ家族という厄介な存在の邪悪さしか印象に残らず、わたしとしてはこの映画を観て良かったとは思えない、というのが最終的な結論である。ホントつらかったわ……。

 ただ、それでもJoyさんのめげないハートを演じ切ったJenniferちゃんの熱演には、惜しみない拍手を送りたいとも思う。いやあ、予告にある制服姿は、冒頭でJoyちゃんが働いている航空会社の制服なんだけど、まあ可愛かったすねえ! そしてやっぱり、Jenniferちゃんのしょんぼりフェイスは最高すね。今回もJenniferちゃんは、家族を背負って苦労するヒロインという役柄であり、これは20歳で初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされた『Winter's Bone』や、US大ヒット作『The Hunger Games』と似たような境遇のヒロイン像だ。女子のしょんぼりフェイス愛好家としては、この映画ではJenniferちゃんの極上のしょんぼりフェイスが十分に堪能できます。おまけに今回はワンシーンだけ、持ち前のガラガラ声で歌う場面もあって、それがまた下手くそというか上手ではなく、だけどとっても一生懸命というのが非常に伝わるとてもいいシーンもあった。結論を言うと、Jenniferちゃんはやっぱり大変可愛いと思います。
 最後にキャストをチラッと触れて終わりにしよう。まず、クソ親父を演じたのがRussell監督チームの常連Robert De Niro氏。とにかくクズ過ぎてDe Niro氏を嫌いになりそうなぐらいひどいオヤジだったすね。そして元夫の不思議な自由人を演じたのは、Édgar Ramírez氏。この人はちょいちょい見かけますね。そしてこの人はホントにベネズエラ人ですな。そしてQVCの敏腕プロデューサーを演じたのが、これも常連のBradley Cooper氏。相変わらずイケメンで、何気に演技の素晴らしい男ですな。今回も大変良かったと思う。あともう一人だけ。父の恋人の金持ち女のクズを演じたのが、なんとIsabella Rosselliniさんですよ。久しぶりにお見掛けしたような気がする。現在65歳だって? 年取ったなあ! まあ、本作ではあまりに嫌な女だったので、彼女のことも嫌いになりそうです。

 というわけで、もう結論。
 日本では劇場公開されなかった、Jennifer Lawrence嬢主演の『JOY』が、WOWOWにて放送されあので早速観てみたのだが……まあ、確かにこの映画が日本で公開されていてもまったく売れなかったことは間違いないだろう。実際のところ、Jenniferちゃんの演技はよかったし、元となったJoy Mangano女史には大変興味を持ったけれど、とにかく回りがクズばっかりで、観ていて腹立たしいことこの上なく、実に不快で最後まで観るのがつらかった作品であった。なので、わたしのような、Jenniferちゃんが大好きであり、ガラガラ声の女子、または女子のしょんぼりフェイス愛好家でない限り、この映画はおススメしません。逆に、わたしの趣味に賛同できる方には超おすすめです。以上。

↓ これっすね。US本国では有名、なんでしょうな。どうだろう、ミラクル・モップって、日本でも流行ったのかな? あ、高っけえ!

 多くの映画オタクの人々の中には、「現代最強の映画監督といえば誰?」と聞かれれば、「まあ、そりゃあやっぱりChristopher Nolan監督っすね」と答える人も多いだろう。かく言うわたしも、ナンバーワンかどうかはともかくとして、最強の一人として挙げることにやぶさかではない、というか、ズバリ、わたしもNolan監督作品の大ファンである。
 Nolan監督といえば、どうも世の中的に「実物」を使って作品を撮る男で、CGを使わない男、みたいに若干誤解されているような気もするけれど、実際のところCGもかなりバリバリに使う男である。Nolan監督がすごいのは、その実物とCGの区別が全くつかない画の質感にあるとわたしは思っているのだが、わたしとしてはやはりNolan監督の一番すごい点は、その超ハイクオリティなリアルな映像自体よりも、「物語力」にあり、端的に言えば脚本がすごい、と思っている。映像が「リアル」なのは誰がどう見てもそうだけれど、とにかく描かれるキャラクターが「リアル」であり、そして「ほんの一つまみの嘘」がスパイスとして超絶妙な味を醸し出しているのである。これは以前もこのBlogで書いたことだけれど、例えば『Memento』における「記憶を保てない状態」、『Prestige』における「奇術」、『DARK KNIGHT』3部作における「BATMANという存在」『Inception』における「夢に入り込む謎装置」、『Interstellar』における「滅びゆく地球と恒星間飛行」、そういった、たったひとつの「フィクション」の種が、「リアル」な人物像と完璧に調和して深い味わいをもたらしているのである。さらに、映像、脚本とともに音楽もまた素晴らしく、とにかくその3つが、役者陣の渾身の演技と完璧に一体化して、まさしく総合芸術たる「映画」としてすごいのだ、というのがわたしの持論である。これも以前書いたことだが、よく、世の中に「映像化不可能!」と言われる小説があるけれど、Nolan監督の作品は、まさしく「小説化不可能!」なのだとわたしは思っている。わたしは小説好きであり映画好きだけれど、ずっと、小説の方が想像力を掻き立てるのに最も適した芸術なんじゃないかと思っていたが、Nolan監督の『Inception』を観た時、ああ、小説化できない映画もあるんだ、と初めて認識し、深く感動したものだ。
 というわけで、現在全世界的に大ヒット中であり、評価的にも非常に高い作品、Nolan監督最新作『DUNKIRK』がやっと日本でも公開になったので、さっそくわたしも朝イチの回へ観に行ってきた。今回はNolan監督作品には珍しく120分を切る短い作品で、なんと上映時間106分である。そしてとにかく大絶賛の声ばかりが聞こえてくるので、当然わたしも超ワクワクしながら劇場へ向かったわけであるが、観終わって思ったことは、これはすごい映画だったし、面白かった、けど、期待したほどじゃあなかったかな……という若干の肩透かし感だ。これは、わたしが単にひねくれものだからなのか、それとも、IMAXではなく通常フォーマットで観るというオタクにあるまじき行為を働いてしまったせいなのか、原因は実は良く分からない。今思うことは、どうもわたしはキャラクターに感情移入できなかったのではないかという疑惑である。そこのところを、これを書きながら自分でも整理してみたいと思う。以下、ネタバレ全開になる可能性大なので、気にする人は読まないでいただければと思う。

 というわけで、相変わらずの「本物」感あふれる迫力は、予告編からも感じ取られるだろうと思う。わたしも予告を観て、このスピットファイアが本物だということは誰が観ても明らかだし、これはまたすげえのが来たぞ、さすがNolan監督だ、と超期待していた。
 物語についてはもはや説明の必要はないだろう。第2次大戦の序盤戦、ナチスドイツによるフランス侵攻が始まり、パリ陥落(1940年6月10日)直前の1940年5月24日から6月4日の間に起った戦闘「ダンケルクの戦い」での、イギリスへ撤退するイギリス軍視点のお話である。
 この作品でNolan監督は、今までの作品にない、いくつかの、具体的に挙げると以下の3つの挑戦をしているようにわたしには思われた。
 ◆初めてのノンフィクション
 ◆極端にセリフが少ない脚本
 ◆3つの視点に分割された構成
 これらはすべて脚本に関する問題であり、わたしがNolan監督で最も優れていると思っている「物語力」に直接関係するポイントだ。
 Nolan監督は、これも何度も書いているけど、ロンドン大学英文学科卒である。それすなわち、日本で言えば国文科なわけで、相当地味でまじめな青年だったのだろうとわたしはにらんでいる。まあそれはわたしが文学部を卒業した男だから実感として思うのだが(ちなみにわたしは国文科ではないですが、国文科の友達はみんな地味でまじめでちょっと変わった、面白い奴らだった)、ともかく、Nolan監督が小説、すなわちフィクションが大好きなのは間違いないだろう。冒頭に記した通り、Nolan監督の作品は、人間に対する深い洞察が極めてリアルで、そこに、一つだけ嘘を交え、面白い作品を創造してき男である。そのNolan監督が初めて描く「ノンフィクション」。となれば、残るのは「リアル」だけになってしまうわけで、わたしは一体全体、どんな物語になるのだろうとドキドキして観ていたのだが、どうもNolan監督は、キャラクターに「しゃべらせない」ことで、「リアル」を担保したように思えた。
 100%確実に、77年前のダンケルクの海岸でキャラクターがしゃべるセリフは「創作」にならざるを得ない。当たり前だよね。「創られたセリフ」をしゃべった時点で、嘘になってしまうし。だからもう、とにかくセリフが少なく、出来事を、冷静な視点のカメラが追う形式にならざるを得なかったのではなかろうか。それは映像としては実に効果的で、迫力の大音響とともに、観客をまさしく戦場へ放り込む効果はあっただろう。実際、わたしも観ながら上空を飛ぶ戦闘機の爆音、ドデカい爆発音などにいちいち驚き、緊張感は半端ないものがあったのは、おそらく本作を観た人ならだれでも感じたはずだ。「怖い」。まさしく戦場の恐怖である。
 しかし、である、やっぱりわたしには、セリフの少ないキャラクター描写は、リアルとトレードオフで、キャラへの共感を失ってしまったように思えたのである。確かに、勇気をもって船でダンケルクへ向かう船長や、なんとかしてドイツ機を撃墜して、船や海、海岸にいる味方を守ろうとする戦闘機パイロットの勇気ある行動には深く共感はできたけれど、最も長い時間描写される若い陸軍兵にはそれほど深い共感は得られなかった。基本的にこのダンケルクの戦いは、撤退戦であり、極端に言えば(一時的な)敗北であって、キャラクターは逃げるだけで、戦うこともほぼせず、最終的な勝利もないので、いわゆるカタルシス、スッキリ感も薄いのも、共感の度合いが浅かった原因なのかもしれない。まあ、徴兵されたと思われる若者だから、極めてリアルではあったのだと思うけれど……。
 そして、視点が3つに分かれている点に関しては、最終的に3つが一つに融合する脚本は実にお見事だった! が、これも、キャラクターへの共感という意味では、若干阻害要因だったのかもしれない。繰り返しになるが、船長と戦闘機パイロットは抜群にカッコ良かったのだが……若い陸軍兵士がなあ……演じたFion Whitehead君の演技に問題があったわけでは決してないんだけど……。なお、本作は、「The Mole(=防波堤):1Week」「The Sea:1Day」「The Air:1Hour」と3つの視点に分かれていることは、事前に散々プロモーションされていたので分かっていることだったが、実は「時間の流れが違う」ことは全然事前に触れられていなかったような気がする。わたしも知らなかった。この時間のズレも、若干わかりにくかったかもしれないな……この辺のトリッキーさは、ぼんやり見ていると全然気が付かないかもしれないが、構成としては抜群にお見事な点であったと、わたしとしてはさすがNolan監督、と絶賛したい点ではあるのだが、このことがキャラクターへの共感を、とりわけ陸軍兵士に対して減退してしまった要因の一つのような気もしている。まあ、わたしの考えすぎという説も濃厚だけどね。
 なお、勇敢な民間人船長を演じたMark Rylance氏、絶対に諦めないパイロットを演じたTom Hardy氏、そして防波堤で全員(?)を送り出した後、わたしはここに残るとシブく決めてくれた海軍中佐を演じたSir Kenneth Branagh氏、この3人は実にカッコよく素晴らしい演技で、わたしとしては大絶賛したいと思う。こういう、言葉は悪いけど映画的な勇敢さは、やっぱりわたしのような単純な男はコロッと共感してしまいますな。
 あ、こんな記事がありますね。Wikiから引用元を観てみると、
 The empathy for the characters has nothing to do with their story,” added Nolan. “I did not want to go through the dialogue, tell the story of my characters… The problem is not who they are, who they pretend to be or where they come from. The only question I was interested in was: Will they get out of it? Will they be killed by the next bomb while trying to join the mole? Or will they be crushed by a boat while crossing?”
 訳はWikからパクっとくか。
「キャラクターへの共感は彼らのストーリーとは無関係だ。私は台詞を通して自分のキャラクターのストーリーを伝えたくなかった。(中略)問題は彼らが誰であるかでも、彼らが誰になるかでも、どこから来たのかでもない。私が興味を持った疑問は、彼らが脱出するのか、彼らが突堤に行く間に次の爆弾で殺されるのか、それとも横断中にボートで潰されるのか、それだけだ」
 なるほど、つまり、キャラはどうでもいい、共感してもらわなくてもいい、ただただ、こいつは次の瞬間にどうなるんだろう、とドキドキして観てろ、ってことかな? だとするとそれは大成功しているといっていいだろう。とてつもない緊張感は106分持続しているのは間違いないと思う。うーん、でも観客としてはそれが面白いのかどうかとなると……どうなんでしょうなあ……。

 とまあ、いずれにせよ、本作はNolan監督作品としてはかなり異例だとわたしは感じた。もちろん面白かったし、ドキドキしたのは間違いない。でも、どうも……やっぱり期待よりは下だったかなという思いがぬぐい切れないのである。それは上記のような理由からなのだが、うーん……これを傑作と思えないわたしはやっぱりひねくれものなのか? それともIMAXで観たら全く別物なのかもしれない。ダメだ、やっぱりもう一回、IMAXに観に行こう。どうもそれは、映画オタクとしては義務のような気がします。
 で、その映像なのだが、わたしはNolan監督がIMAXにこだわるのは、別に非難するつもりはないけれど、そのことがNolan監督に余計な枷になっているのではないかという気もしていて、実は若干心配である。わたしは最新技術肯定派なので、まったくデジタルに抵抗はない男だが、例えばNolan監督が一度でもGoProを使って何かを撮影してみたら、そのあまりの高品位な映像にびっくりするんじゃないかという気もする。Nolan監督はまじめだからなあ……今の最新テクノロジーを享受しない理由はないと思うのだが……IMAXにこだわることで、いろいろな制約があるはずで、それはかなりもったいないことなんじゃないかと思う。もう、James Cameron監督みたいに、オレが撮りたい絵を撮るためなら、機材もソフトも自分で開発したるわい! ぐらいの勢いでいいと思うんだけどな。だって、確実にもう、フィルムは絶滅するもの。それが現実なわけで、こだわりを持つのは大いにアリ、だけど、あるものでそのこだわりが体現できないと思うなら、それが実現できる機材を作っちゃえばいいのにね。それが許される、世界に数少ない男の一人だとわたしは信じてます。
 最後。音楽について触れて終わりにしよう。本作は、Nolan監督自ら「タイムサスペンス」と言っているように、「時間」がカギとなっている。とにかく、観ていて「早く早く! やばいやばいやばい!」とドキドキするわけだが、今回の音楽は、「チッ・チッ・チッ・チッ……」という秒針の音を思わせる音楽が超絶妙で、緊張感を高めるのに極めて大きな役割を果たしているといえるだろう。その音は、超極小な音量からだんだんと大きくなり、かつテンポも上がってきて、とにかく「早く早く!」とドキドキである。もちろん音楽を担当したのはHans Zimmer氏。相変わらずのNolan監督とのタッグは大変素晴らしかったと思う。

 というわけで、若干整理しきれていないけれど、現状での結論。
 現代最強映画監督の一人とわたしが認定しているChristopher Nolan監督最新作、『DUNKIRK』がやっと日本公開となったので、初日の今日、さっそく観に行ってきたわたしであるが、確かに、確かにすごかったし面白かった。それは間違いなく断言できる。だが、どうもわたしが期待していたほどではなく、現状のわたしには、超傑作の判定は下せないでいる。その理由は、「リアル」一辺倒で、Nolan監督最大のポイントである「一つまみの嘘」というスパイスが効いていないためではないか、と思うのが一つ。そしてその結果、キャラに共感できなかったということが主な要因ではないかと思われる。ただ、IMAXで観ると、そのド迫力に、さすがはNolan監督、オレが間違ってました、と完全降伏する可能性もあるので、これはやっぱり、もう一度、IMAXで観ようと思います。以上。

↓ やっぱりわたしは、『Inception』『Intersteller』のような「Nolanオリジナル作品」の方が好きみたいです。この2作は、まさしく「小説化不能!」の超傑作だと思うな。
インセプション (字幕版)
レオナルド・ディカプリオ
2013-11-26

インターステラー(字幕版)
マシュー・マコノヒー
2015-03-25

 去年2016年の暮れに公開され、30数スクリーンからのスタートというごく小規模公開だったにもかかわらず(最終的には50スクリーンぐらい拡大された)、それなりに売れて、評判も上々だった映画がある。わたしも気になっていたものの、タイミングとシネコン場所が合わず、結局見逃してしまった作品なのだが、先日、もうWOWOWでの放送があったので、やった、と喜んで録画し、さっそく観てみた。
 その作品のタイトルは『DON'T BREATHE』。そのタイトルの意味は「息をするな」というもので、ごく簡単に言うと、盲目の元軍人の家に泥棒に入ったガキが、痛い目に合う物語である。相手は盲目ということで、息を殺してこっそり、ってことだろうとわたしは思っていたし、まあ実際そういうお話だったのだが、結論から言うと、ガキどもにも、そして元軍人にもまったく共感できず、正直不快な思いのする作品であった。どうしてそんなに評判が良かったんだろう? と素朴に疑問である。というわけで、公開されてもう9か月弱経っているので、超今さらなのだが、以下、ネタバレ全開になる可能性が高いので、気になる方は読まないで立ち去ってください。

 わたしが初めて見た予告は、US版の字幕なしでもうチョイ尺があったと思うが、その予告を見た時は、まず第一に、盲目の元軍人を演じているのが、『Avatar』で超強力な大佐を演じて強烈な印象を残したあのStephen Lang氏だったので、あれまあ、ずいぶん年取ったというか、そういう年齢のお方なんだろうか? と若干どうでもいいことを感じた。今調べたらまだ65歳だって。うーん、まあ、年相応、なのかな。で、肝心の物語としては、きっとクソガキが痛い目に遭って、大佐が大勝利して終わるんだろう、とかなり平和?なストーリーを想像していた。そもそも、US版予告を見た時は、盲目のおじいちゃんとはわかっても、元軍人とは全く気が付いてなかったし。
 なので、問題となるのは、その泥棒に入るガキどもはどんな奴らなのか、そして目的は現金らしいけれど、なんでまたそんな現金が家にあったんだろう? という点にあるのではないかとわたしは想像していたのである。
 しかし、実際に観てみたところ―――そんな予想をまったく覆す凄い展開が待っていたのであった。以下、各キャラ紹介をしながら、物語の顛末をまとめてみよう。なお、役名はちゃんとあるけれど、ほとんど記憶に残らないので、役名は割愛します。ある意味どうでもいいので。
 ◆ガキA_真面目風少年:そもそも、泥棒に押し入ったガキどもが高校生なんだか大学生なんだかわたしにはちょっと良くわからなかったが、学校に行っている描写はあったので、まあ学生さんなんだろう。そしてこのガキAは、父親がセキュリティ会社を経営(?)しているらしく、金に困ってる様子はない。が、父親の会社のシステムを導入している家に、父親の部屋からかっぱらってきた鍵で侵入し、悪さを働いている。この時点でわたしとしては、ガキAへの同情は1mmもなく、さっさと痛い目にあうがいい、と思っていた。なお、このガキAは、若干の道徳心はある、けど、次に紹介するガキB_綺麗目女子の関心を得たいがために、悪さに付き合ってるという設定のようだった。アホなガキだ……。なお、演じたのはDylan Minnette君20歳。どうやら『Let Me In』に出ていたらしい(主役のあの少年ではない)が、顔に覚えはないなあ……。
 ◆ガキB_綺麗目女子:大変顔立ちは綺麗でかなりのちびっ子女子。演じたのはJane Levy嬢27歳。あれっ!? 一番年上じゃん。まあいいや。この女子は、残念ながらいわゆるPoor Whiteな典型的家庭崩壊の中にいて、母親はどうもクソビッチであり、娘に金をせびったり、金がないなら体を売ってこい的な言動までするクズである。おまけに母親が現在付き合っているチンピラからは色目で見られている(?)、ような、実際気の毒な境遇にある。それゆえ、幼い妹とともにこの状況から逃げ出したいと思っている。なお、舞台はDetroitで、残念ながらDetroitは全米ナンバーワン犯罪都市としてお馴染みであり(ナンバーワンは言い過ぎか?)、彼女としては西海岸へ妹とともに移住することを夢見ている。故に、金が欲しい、という設定だ。しかし、わたしとしてはそういう気の毒な身の上には同情するけれど、どんどんとエスカレートする犯罪者ぶりにはまったく共感できなかった。ズバリ悪党であると断罪せざるを得ない。どうやら、やっぱりDetroitにはROBOCOPが必要ですな。
 ◆ガキC_チンピラ小僧:いかにもな、ラティーノなチンピラ小僧で、コイツが盗品を故買屋に持って行って換金するが、今の時代、盗品なんてすぐに足がつくわけで、故買屋からは買いたたかれ、もう現金をかっぱらうしかねえな、と思っていた。彼は単に金が欲しいだけのクズ。そして綺麗目女子をオレの女だ、と思っている。わたしとしては、確実にコイツはあの世に行くな、と登場時から確信していたような、ホント、典型的なクズのチンピラで同情の余地なし。銃を持っている。そして予告にあるように、最初に元軍人にごくあっさり銃を奪われ死亡。演じたのはDaniel Zovatto君26歳。Zovatto君自身はコスタリカ出身だそうです。あっ!この顔、どっかで観たことあると思ったら『It Follows』のグレッグじゃないか! しかも『It Follows』を見た時に書いたこのBlogの記事で、この役者は『DON'T BREATHE』にも出てるみたいですな、とか書いてるし! アホだ、すっかり忘れてたわ。
 とまあ、わたしのアホさ加減はどうでもいいとして、こんな3人のガキが、元軍人の家に泥棒に入るわけだが、その理由は、
 1)元軍人は、娘を交通事故で失い、その加害者が金持ちだったので慰謝料(示談金?)で30万ドルは貰ったらしいぞ。
 2)元軍人は盲目らしいので、こっそり忍び寄って、薬をかがせて眠らせれば楽勝じゃん。
 というものらしい。なんで現金を家に持っているとガキどもは思ったのか、何か理由があったように思うけど、サーセン、忘れました。
 で。ここまでは、おおむね予想通りというか、想像の枠を超えないものであろう。
 が、問題は元軍人のおじいちゃんであった。
 ◆盲目の元軍人:演じたのは、前述の通りStephen Lang氏。眼をやられたのはイラクで手榴弾?の破片にやられたため。体は屈強。実際コワイ! 娘を事故で亡くした。
 とまあ、ここまでは、それほど特異でもないし、そんなおっかない元軍人さんが、その持てる軍事スキルをフル動員して、泥棒のガキどもをぶっ飛ばすのかとわたしは考えていた。しかし、よく考えれば気が付くことだが、それだけじゃあ、2時間の映画にならんすわな。実際のところ、本作は88分と非常に上映時間は短い作品なのだが、それでも、ガキどもが忍び込むまでに30分かけたとしても、その後、元軍人に遭遇して、バトルだけでは、20~30分あたりが限界だろう。あと30分、尺が余ってしまう。ここで、元軍人が地下室でとんでもないことをしていたという秘密の暴露が行われるのだが―――それはもう書かないでおく。正直相当キモイというか、わたしはもう、な、なんだってーーー!? と相当驚いた。そしてその内容が極めてキモチ悪いために、わたしの元軍人のおじいちゃんへの共感は吹っ飛び(それまでは、ガキをぶっ殺す姿に応援さえしていたわたしなのに)、こりゃあもう、全員死亡エンドしかねえ! とさえ思うに至った。
 しかし、結果を言うと、まずガキCのチンピラは、最初にごく簡単に殺られるし、これは当然の報いなので心は痛まない。そして次にガキAが、まあ正直ちょっとかわいそうだけど、さっさとトンズラしたのに帰ってきた勇気は実らず、逝っちまいます。若干気の毒。そしてラストはガキBの女子VS元軍人という展開になるのだが……両者ともにまったく共感できず、わたしとしては相打ちエンドを望んだのだが……この結末も書くのはやめとこう。正直わたしとしては、なーんだ、という終わり方であまりスッキリはしなかった。
 
 というわけで、わたしとしては、キャラクターに共感できない物語は評価が低くなってしまうし、実際、それほど面白かったとは思っていないのは間違いないのだが、その演出テクは実に上等で、これはなかなかのワザマエであると認めるにやぶさかではない。無駄な部分はほとんどなく、88分間テンションを維持する画面作りは才能を感じさせるものがあったと思う。なので、先ほど、いったい監督は何者なんだ? と調べて、これまた一つ驚きの発見をした。監督・脚本はFede Álvarezというウルグアイ人の39歳のお方なのだが、わたしが驚いたのは、本作の次に現在彼が製作中(?)の作品は、なんとなんと、2年前発売になってわたしが大興奮した、あの! 「ミレニアム」シリーズ第4作目『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』(The Girl in the Spioder's Web)じゃあないですか! すげえ、大抜擢ですなあ! まあ、本作もSONY作品で「ミレニアム」もSONY作品だから、きっと本作のクオリティがSONY幹部をして、コ、コイツはなかなかやる男だぞ……と認めせしめたのだろう。へえ~そりゃあ凄いや。まだ正式にキャストなどが発表になっていない、プリプロ中のようだけど、これは楽しみですなあ! つーか、あれっ? そういえばシリーズ第5弾は今年の発売じゃなかったっけ? おっと、USでは9月発売か。つか来週じゃんか。

 これは楽しみだ! Take an Eye for an Eye、目には目を、か。どんな日本語タイトルになるのだろうか。早川書房様、どうか年内の日本語版の発売をよろしくお願いいたします!!! 俺たちの早川さんならやってくれると信じてます!

 というわけで、見事に脱線したのでもう結論。
 去年暮れに公開になり、ちょっとした話題となった映画『DON'T BREATE』がWOWOWで放送になったので、超今さら視てみたのだが、正直、キャラクターがことごとくクズで、わたしはとても共感できず、実際不快なお話であった。が、その演出はなかなかキレがあってお見事で、そういう点では高評価なのはうなづけるけれど、どうも、世間一般のこの映画に対する高評価は、わたしには実際なぞというか良く分からんです。面白い話ではないような……というわけで、あまりお勧めはしないでおきます。怖いというより……わたしはキモチ悪い、と思う感情の方が大きかったす。以上。

↓ わたしは素直に、こういう映画かと思ってました。
暗くなるまで待って [DVD]
オードリー・ヘップバーン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-12-21

 以前も書いた通り、わたしの愛するハリウッド女優は何人もいるが、その中でも最高レベルに、もはや女神とさえわたしには思える二人のスーパー美女、その双璧がCate Blanchett様と、Gal Gadot様のお二人である。これはほぼ確信に近いのだが、おそらくわたしは生のお二人をその目にしたら、その美しさと神々しさの前では、自然と跪き、失神もしくは失禁することは間違いなかろうと思う。とにかく美しく、かわいくて、セクシー極まりない、人類の中で最も女神に近いお方だとわたしは感じている。
 しかし、わたしとしてはどうも不思議なのだが、わたしは映画オタクとして何度もお二人をスクリーンでお見掛けしているのにもかかわらず、それまでは普通に綺麗な人だな、程度の想いしかなかったのに、とある映画を観た時から急にその神々しい美に魅了され、大ファンとなったのである。まあ、要するにわたしの目は節穴だったということに過ぎないのだが。Cate様の場合は、どういうわけか2015年公開の『Monuments Men』(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)という作品を観て急に好きになったし(それまでさんざんCate様出演作を観てるのに!)、Gal様を好きになったのは、去年の『Batman v Superman』を観てから、である。
 Cate様について語るのは、11月公開予定の『THOR: RAGNAROK』の時に譲るとして、今日はとにかく、Gal様について書くつもりでいる。なぜかって? そんなの、今日、待ちに待った『WONDER WOMAN』を観て大興奮してきたからに決まってるでしょうが!
 というわけで、『BvS』で初登場した女性ヒーロー(こういう場合ってヒロインと呼ぶのか?)、WONDER WOMAN単独主演作品がとうとう日本でも公開になり、さっそく観てきたわたしである。ズバリ、結論から言うと、非常に面白かった。が、本作を単独映画として観た場合はもうパーフェクト! と大絶賛したいけれど、一方で、本作がDC Extended Universの一つのピースであるという観点に立つと、若干、ほんの若干だが、問題は残るように思えた。
 というわけで、以下はネタバレが含まれる可能性が高いので、気になる方は読まないでください。まずはいつも通り予告を貼っておこう。

 ダメだ、日本語字幕版はひどいセンスのナレーションが入ってたり、どうしようもないキャッチが極めて下品かつ不愉快なので、US版を貼っておくことにする。
 わたしは、本作『WONDER WOMAN』を観る前から、今回はどんな映画になるのだろうかと『BvS』が終わったそばから大変期待していたのだが、『BvS』のエンディングシーンからわたしが想像していたのは、おそらくWonder Womanことダイアナは、100年前の出来事によって人類に失望し、隠棲を決意するに至った何か悲劇的な出来事が起こったのだろう、と想像していた。ちょっと、『BvS』のラストでの、葬列を見送るダイアナとブルース・ウェインの会話を以下に記しておこう。わたしのリスニング能力は全くあてにならないので、一部間違ってるかもしれないことはお許しいただきたい。
 ダイアナ:A hundred years ago I walked away from mankind; from a century of horrors... Men made a world where standing together is impossible.
 ブルース:Men are still good. We fight, we kill, we betray one another, but we can rebuild. We can do better. We will. We have to.
 わたしは『BvS』におけるこのセリフで、もう完全にダイアナことWonder Womanは人類にうんざりしちゃっているんだろうなと感じた。
「100年前、わたしは人類から逃げたの。あの恐怖の世紀から。人類は世界を共に立つことができないようなところに変えてしまったわ……」直訳するとこんな意味である。それに対するBATMANのセリフがかっこいいすよね。
「人はまだ善を忘れちゃいないさ。俺たち人間は、お互いに争い、殺し、裏切る。でも、それでも俺たちはやり直せるし、もっと善くなれる。善くありたいし、善くあらなきゃいけないんだ」
 こんなBATMANの言葉に、ダイアナは再び立ち上がり、秋公開の『JUSTICE LEAGUE』へつながっていくわけだが、肝心の「100年前」に何が起こったのか、そしてなぜダイアナは人類に背を向けてしまったのか。これがきっと、本作での一番のポイントだろう、とわたしは想像して劇場へ向かったのである。
 というわけで、本作は、『BvS』事件ののち、現代のパリのルーブル美術館で働くダイアナの元に、ブルース・ウェインから100年前のダイアナが写っている銀塩写真のネガのガラス板が届くところから始まる。ブルースの手書きメモには、原版を見つけた、これは君のものだ。なんて書いてある。もう、大富豪はやることが粋でカッコイイじゃねえか、とのっけからわたしは大興奮である。ここから、ダイアナの想いは100年前の写真に記録されている「あの頃」へ移り、幼少期から過去が語られていく展開となる。先にエンディングを言ってしまうと、回想を終えたダイアナは、うっすらと微笑みながら、ブルースに「ありがとう。大切な人にまた会わせてくれて」とお礼のメールを送って物語は幕を閉じるのだが、その物悲しくもうれしそうなダイアナを演じるGal様の表情は超最高であった。※ちなみに、エンディング後のおまけ映像はありません。てっきり、『JUSTICE LEAGUE』の何らかの映像が入るかと思ってたのに。
 しかし、だ。肝心の「100年前に起きた悲劇」に関しては、かなり予想と違っていてわたしは驚いたのである。100年前といえば、真っ先に思い浮かぶのは第1次世界大戦だ。2次ではなく、1次のほうである。世の中的に、2次大戦の方は様々な映画や物語で描かれているように思うが、ふと考えると1次大戦の方を描いた作品は意外と少ないように思う。すぐ思いつくのは、名作『西部戦線異状なし』ぐらいだが、とりわけヨーロッパにおいては、1次大戦の方がより苛烈な印象を残しているんじゃないかとわたしは思っている。なぜそう思うかというと、1次大戦に従軍した芸術家がいっぱいいて、画家や作家が多くの作品を残しているからだ。従軍した結果、精神を病んでしまった芸術家もいっぱいいることは、あまり知られていないかもしれないけれど、『西部戦線異状なし』の著者Erich Remark氏も従軍した一人で、その凄惨な戦場の模様は有名であろう。そんな、人類初の大規模・多国籍間紛争である第1次世界大戦に、ダイアナは参加しているのである。そこで目の当たりにした人類の醜い争いが、ダイアナをして人類に失望させたのだろう、というざっくりとした予想は、結論から言うとおおよそ合っていた。しかし、細部に目を転じると、そこには、ダイアナに「人の善」を説く男の存在と、邪悪を体現する「軍神アレス」という存在があったのだ。これは全然想像していなかった点である。
 まず、アレスの方から見てみると、そもそも、ダイアナは汚れを知らない箱庭世界ともいうべき「セミスキラ」という島で生まれ育った非・人類である。ちなみにいうと、粘土で作られた人形に命が吹き込まれた存在、だそうだ。彼女および彼女の属する「アマゾン」族は、世に戦いをもたらす「軍神アレス」への対抗手段としてゼウスが作った一族(?)で、「GOD KILLER」という神を殺せる剣を持っている。つまりダイアナは、アレスがこの世に現れたら、わたしが倒す、と子供のころから考えていて、母は世は平和なのよ、アレスはもういないのよ、と言い聞かせていたものの、平和な箱庭たるセミスキラに、一人の男が流れ着き、彼を追ってきたドイツ兵たちとの戦闘によって、どうやらアレスが現れているに違いない、わたしはアレスを倒すために外の世界へ行くわ! と、半ば強引に我々の世界へ旅立つという展開になる。しかし、セミスキラで膨大な書物によって世界の勉強をしてきたダイアナであっても(なんと超多数の言語もペラペラ!)、実際に目にする「世界」はまさしく別世界で、初めて食べたアイスクリームの美味さにうっとりと目を細め(ここのGal様も超かわいい!)、あなたはこの味を誇るべきよ、なんて売り子に真面目に言ったりする、ちょっとズレた面も持った美女である。
 しかし、彼女の目的は、アレス討伐であって、アレスさえ倒せば、世は善で満ち、戦いはなくなると固く信じる幼い少女でもある。そんな彼女を見守り、保護する男がスティーブ・トレバーという男だ。スティーブは言う。一人を倒したって、世界は変わらない。段取りを踏んで、協議によって戦いを止める方法があるんだ、とスティーブが言っても、ダイアナには若干ぴんと来ない。そこに葛藤が生まれるわけで、ここにドラマがあるわけだが、残念なことに、本作の脚本としては、結果論ではあるかもしれないけれど、結局はダイアナの言うことの方が正しく、単に、ダイアナもスティーブも、アレスの本体を見誤っていただけのことになってしまう。
 最終バトルで、アレスだと思っていた悪党をぶっ殺したダイアナ。それでも全然戦争は終わらない。そこにけっこう唐突に(脚本的には確かにこいつはきっと悪党なんだろうなとは思わせてはいた)別の男が実はアレスでした、と正体を現してからは、完全に神VS神、いうなれば『Man of Steel』で描かれたSUPERMAN vs ゾット将軍のような超絶バトルが始まってしまうのだ。わたしは正直、まーたこの展開かよ、DCコミックってやつは……と若干あーあ、と思ったのは事実なのだが、一方で、人を護るために殉じたスティーブの姿には、やけに感動してしまったし、そのスティーブの哀しい最期を見て、真の力を開放し、自らこそがGOD KILLERだった、として戦うダイアナの勇姿にも、もちろん大興奮であった。ダイアナは哀しみによって真の力を得たわけであり、そしてその哀しみは、スティーブの説く愛、によって生じたわけである。なるほど、まさしくわたしの大好きな『北斗の拳』的で、お見事である。しかも、わたしが注目に値すると思ったのは、スティーブはダイアナに対して、わたしが上の方で引用した『BvS』におけるブルース・ウェインとほぼ同じセリフで、ダイアナに人間の善を説くのである! この流れは確かに大変見事な脚本だとわたしは感じた。
 なので、わたしは本作が、完全に独立した一つの作品であるならば、この大感動とともに劇場を後にすることが出来たはずだと思う。しかし、である。ふと頭によぎるのは、じゃあダイアナは、2次大戦の、ナチスドイツに対しては何もしなかったのか? ということだ。絶望はしたけれど、愛の尊さは知ったダイアナ、という展開は確かに美しかったけれど、ひょっとしてアレなの、愛するスティーブがもうこの世にはいないことに絶望しちゃってたの? という思いが頭から離れないのである。『BvS』でのダイアナを見る限り、そして本作の回想部分のラスト、スティーブの写真にそっと触れた時のダイアナの哀しみをたたえた美しい表情を見る限り、まあ、きっとそういうことなんだろうと思う。でもそれって……ちょっと……どうなんでしょうなあ……原爆投下も、わたしには関係ないわ、と、どこかに隠れて見ていたのだろうか……。
 こういう点が、DC Extended Universの微妙な点で、おそらくは、本作に問題があるのではなく、『BvS』での描き方が悪かったのではないかとわたしは思う。つまり、やっぱり最初からきちんとした大きな絵が描けておらず、Wonder Womanの背景をきちんと美しく描いた本作の構想を先に練っておいてから、公開の順番は本作の方が後でもいいので、きちんと『BvS』に反映すべきだったんじゃないかという気がしてならない。
 ダイアナは、スティーブを失った哀しみで、2次大戦は完全にスルーしていた、ということにしよう。それはそれで、本作を見れば理解できなくもない。でもそれならなぜ、『BvS』のドゥームズデイとの戦いに参戦してきたのか。そもそも、SUPERMAN VSゾット将軍の超絶バトルにはどうして絡んでこなかったのか。そういう、何か理由があるだろうこと、をDC-EUはきちんと答えてくれないのだ。わたしとしては、『BvS』で、ブルースがダイアナに画像データを送った時、「これは君か?」の一言だけじゃあなく、「I need your help. PLEASE」君の助けが必要だ。頼む。という一文があればよかったのだと思う。そして『BvS』のラストで、ダイアナは、「これきりよ」と言いながら、あの「わたしは100年前に人類に背を向けたの……」のセリフにつなげ、そしてブルースのセリフがあればよかったのだ。そして、「昔……同じことを言った男がいたわ……死んでしまったけれど……わたしの大切な人……」みたいなことをダイアナにはつぶやいてほしかった! そうすれば完璧につながったし、ダイアナがもう一度、人類のために戦う決意を示せたのに!!!
 まあ、そんな風に思うわたしの方が圧倒的少数であろうから、別にもういいけれど、何となくもったいないような気はする。しかしそれでも、やっぱり本作のヒロイン、ダイアナを演じたGal様の美しさと可愛らしさは一切損なわれておらず、実に楽しめたのは間違いない。
 Gal様は、もうご存知の通りイスラエル国民であり、たまーにInstagramにヘブライ語で投稿する絶世の美女だ。そしてイスラエルは女性にも兵役義務があり、Gal様も軍務経験があるお人である。先日、と言っても結構前か、出産したばかりとは思えないスリムなプロポーションで、今回のWonder Womanの衣装が超似あってましたね。ブーツもカッコ良かったなあ。なんというか、聖闘士星矢の「聖衣」っぽい、なんか金属のような質感でしたな。インスタにこんなのがありますね。

Wonder Woman boot making 💪 #flashback #wonderwoman

Gal Gadotさん(@gal_gadot)がシェアした投稿 -


 Gal様、足の型をとるの図。これはブーツ製作のためでしょうな。おお、なんて可愛らしいんでしょう! 身長177㎝だそうで、まあ、スーパーモデル体型ですなあ……お美しい……とにかくわたしがグッとくるのは、その目と唇ですね。何ともセクシーかつキュート、もはやこの世にGal様に対抗できるのはCate様しかいねえ、というのがわたしの見解であります。とにかくGal様にとってWonder Womanというキャラクターはハマり役であり、今後もまだその活躍が観られるのは大変うれしい限りだ。まずは秋の『JUSTICE LEAGUE』、正直、物語的に面白いかどうか非常に心配だが、Gal様目当てに観に行くことは確実であります。
 さて、これ以上Gal様への想いを書いても変態的になるだけなので、もう男性キャストには触れないで、最後に監督についてだけ、備忘録として記して終わりにしよう。本作の監督はPatty Jenkins氏という46歳の女性だが、長編監督デビュー作『MONSTER』においてCharlize Theron様に栄光のアカデミー主演女優賞をもたらした才媛である。ただ、その2003年以降はどうやらTVの方で活躍していたそうで、劇場作品は本作が2本目の監督作品だそうだ。へえ~。しかし、本作はUS本国で4億ドルを超え、世界中で大ヒット中であるし、その評価もとても高く、どうも来年2月のアカデミー賞監督賞候補、なんて声もあるようだ。でも監督賞……うーん……そこまで優れた演出があったかとなると、どうだろうなあ……むしろキャラの見せ方や画自体の質感はDC Extended Universの生みの親(?)たるZack Snyder氏に近いものがあったように見受けられたが、うーん……わたしには若干わからないす。

 というわけで、結論。
 『BATMAN v SUPERMAN』でその勇姿の一端をさらしたWonder Woman。とうとう待ちに待った単独主演映画『WONDER WOMAN』が公開されたので、超ワクワクしながら観に行ったわたしであるが、完全に独立した一本の作品として観るなら、Gal様の美しさにあふれた最高の作品である、と断言してもいい。が、一方で、DC Extended Universの中の一つと考えると、どうも若干引っかかる点もあるようにわたしには思えた。ま、そこが、わたしの愛するMCUとの違いで、DCのダメなところだが、もはや完全にオタク野郎としてのわたしのいちゃもんに過ぎないので、普通の人がこの作品を観たら、存分に楽しめるのは間違いないと思います。そして、何度でも言うけれど、Gal様は最高です! 以上。

↓ Gal様のハリウッドデビュー作がこれ。4作目かな。大変かわいくて小悪魔的な「ジゼル」を演じていらっしゃいます。Gal様の魅力に気づいていない、そんな時期がオレにもありました……。


 ちょっと前に、予告編をWeb上で観て、おっと、こいつは面白そうだ、と楽しみにしていた映画がある。しかし、どういうわけか公開スクリーン数がやけに少なく、さっき公式サイトで数えたところ、日本全国で50もないようだ。こういう映画は、都内だと確実に混雑するので、そういう時は郊外のシネコンの朝イチの回に限る、というわたしの鉄則が働き、まずは配給のSONY PICTURESに対して軽くチッと舌打ちしてから、今日は朝8時に家を出て、家から15㎞程離れた郊外のシネコンまで車をぶっ飛ばして観てきた。
 その映画のタイトルは『BABY DRIVER』。ビートに乗せたクライムアクションと言っていいだろう。はっきり言ってそこはかとなく漂うシャレオツ感が鼻につくが、物語というよりもキャラクターがとても魅力的で、大変楽しめる映画であった。

 まあ、物語としてはだいたい上記予告のとおりだ。主人公ベイビーは凄腕の「逃がし屋」である。常に音楽を聴く彼は、仕事中もガンガンに音楽をかけまくって車の運転をするのだが、10年前のまだガキの頃、麻薬が積んであった組織のボスの車を、それと知らずに盗んで逃げ回り、車ごと麻薬をお釈迦にしたことがあって、ボスは怒るというより感心し、許してやるも麻薬の代金は返せ、というわけで借金を背負っている。その借金返済のために、ボスが手配する強盗の運転手を務めている(というような過去が、いかにも説明文的なセリフで語られた)というわけだ。そして彼は、上記予告にある通り、幼少期に事故に遭い、両親は死亡、以来耳鳴りがするために常に音楽を聴いている、という設定になっている。彼は現在、里親のおじいちゃん(しゃべれないため手話で会話する)と暮らしており、さっさと逃がし屋稼業もやめたいと思っているのだが、最後の仕事を終え、借金完済、自由の身になったと思いきや、超絶ドライビングテクニックを持つ彼をボスは手放すわけもなく―――てな展開のお話である。
 凄腕の逃がし屋というと、真っ先に思い出すのはRyan Gosling氏主演の「DRIVE」だが、主人公が寡黙でほとんどしゃべらない凄腕運転手、という共通点以外は全然別物であった。なによりも、主人公を含めてキャラクターが本作の方がもっとわかりやすく、役者陣も豪華で、シリアスで暗い雰囲気のお話だった『DRIVE』よりもずっと明るい(?)空気感はあると思う。ラストも、アレは明確なハッピーエンドと言っていいだろうし。
 本作は、その物語というよりもキャラクターがすべてなので、軽くキャラ紹介をしつつ役者のこともまとめておこう。以下、結末に至る完全なネタバレを含むと思うので、気になる人は読まないでください。
 ◆ベイビー:演じたのはAnsel Elgort君23歳。彼の映画デビュー作はリメイク版『Carrie』なんですな。わたしは『Divergent』も観たし『The Fault in our Stars(邦題:きっと星のせいじゃない。US版セカチュー的な難病ものラノベ)』も観たので、良く知った顔であるが、彼はイケメンと言っていいのか実に微妙な感じであろう。Ansel君は、とにかく肌がつるっとしていて、若いというか、まさしくBABYな感じがあふれていて、本作のキャラにぴったりだったと思う。もちろん本作の”ベイビー”という名はあだ名(?)で、本名は一番ラストにチラッと出て来るけど忘れました。作中で何歳という設定であったのか、不明。オープニングアクションの、赤いSUBARU WRXをかっ飛ばすシーンはすごい迫力であった(ま、Ansel君自身が運転しているわけじゃないですが)。本作では、まだまだガキ、ということで、犯罪にはもちろん積極的にかかわりたくないし、殺人なんて、と思ってはいるものの、一目ぼれした女子のためなら犯罪者まっしぐらな道を決断も下すあたりは実にお子様なキャラであろうと思う。いつも人の話を録音していて、その音源からオリジナルの歌を作るのが趣味、というのが変というか面白い。しかし、本作はほぼ全編アトランタで撮影しているようなのだが、アトランタって、一応US国内では大都市だろうに、あんなに簡単に大金強奪の強盗が発生するもんなのかなあ? そのあたりの感覚は正直良く分からんす。つーか、やっぱり銃は規制されるべきでしょうな。まずはそこからUS市民は考えてほしいものだ。
 ◆ドク:組織のボス。演じたのはオスカー俳優Kevin Spacey氏58歳。いつも通りの貫禄たっぷりなボスで、警察すらも子飼いにしているような影響力を持っているらしい。だったら強盗なんてちゃちな犯罪を指揮しなくてもいいのでは……という気もする。いずれにせよ、ベイビーとの約束をあっさり反故にするような冷徹なBADGUYであると同時に、どうもベイビーをホントに可愛がっているかのようなGOODGUY的雰囲気もあって、Kevin氏の持つ、イイ人っぽくて悪い人、あるいは悪い人っぽくていい人、という雰囲気にぴったりであったと思う。
 ◆バッツ:演じたのはこれまたオスカー俳優Jamie Foxx氏49歳。やっぱりこの人の演技は上手いんだよなあ……完全に役者としての格が上というか、まあ貫禄と余裕たっぷりな演技ぶりで、殺人を平気で犯すような、キレててイカレた男として、ベイビー君を威圧しまくっていたと思う。まさかあんな最期を迎えるとは……というある種あっけない退場となる。ラストは彼が最後までベイビー君を追い詰めるような展開かと思ってたら全然違ってました。
 ◆バディ:演じたのはJon Hamm氏46歳。ベイビー君とは何度か仕事をしたことがあるらしく、最初からベイビー君の腕を信頼している男。インテリ風で、結構ベイビー君をかばうような言動もあって、イイ奴かと思ってたら……この恨み晴らさでおくべきかと最期までベイビー君を追う執念を見せる。Hamm氏に関しては、わたしが過去に観た中では、結構多くの作品でちらほら出ていたみたいだけど、ほぼ覚えにない。どうもTVの方の活躍の方が有名みたいすね。おっさんだけどなかなかのイケメンでしょうな。若干、Jean Reno氏風なチョイ悪オヤジ的な風貌です。
 ◆ダーリン:演じたのはEiza González嬢27歳。大変お綺麗なメキシコ美女。歌手活動もされている方のようだが、わたしは全然知らない方であった。本作のダーリンというキャラは、バディの彼女で、常にバディといちゃついている設定で、やっぱりベイビー君の腕を信頼して、時にはベイビー君をちょっとからかうような、セクシーなお姉さん、という感じだったので、この女子もイイ人かと思いきや、いざとなれば警官に向かってバンバン銃を撃つおっかないお姉さんでした。
 ◆グリフ:演じたのはJohn Bernthal氏40歳。この人は、TVの『WALKING DEAD』が一番有名かな。あとNetflixでのマーベルヒーロー『THE PUNISHER』のお方ですな。映画では、結構な数の作品にちらほら出てますね。本作では、ベイビー君が気に入らなくて何かといちゃもんをつけてくる男として出演。あまり大した役ではないです。
 ◆デボラ:演じたのはLily James嬢28歳。ダイナーの制服がウルトラ似合っていて可愛い! ベイビー君との運命的な出会い(?)で事件に巻き込まれていく女子を好演。2015年の『Cinderella』でも大変可愛かったですが、本作のデボラ役も大変良かったと思います。
 とまあ、メインキャストとメインキャラは以上かな。最期に監督のことを書いて終わりにしよう。本作の監督は、何かと話題(?)のEdger Wright氏43歳。わたしは、恥ずかしながらこの監督の作品を一度も観たことがなく、話題となったデビュー作『Shaun of the Dead』も見損なったったままである。わたしにとって彼の名前は、わたしの大好きなMCU作品『ANT-MAN』の監督を途中で降板した男としての方がお馴染みだ。前々から、この監督が撮った作品を観たいと思っていたので、今回ようやくそれが叶ったわけだが……確かに、オープニングアクションが終わったのちの、ベイビー君が軽やかに街をふらふらしながらコーヒーを買って帰る、という5分近い(?)長回し一発撮りは凄かったと思う。わたしはそのシーンを観て、なるほど、Edger Wrightとはこういう腕の立つ監督なんだな、と初めて認識した。ずっと前から、わたしはこの監督がわたしの愛するAnna Kendrickちゃんの元カレだということだけで、大嫌いだったのだが、本作を観て、なるほど、監督としては……認めたくはないが腕は確かなようだな、と思った。本作は、どうも上手く説明できないのだが、ガンガンに響くロックサウンドがキャッチ―なのかな、とにかく、どことなくシャレオツ感があって、本来のわたしなら好きになれないような空気感が若干漂っているのだが、意外とまっとうなエンディングはハッピーエンドと言えるだろうし、なにより、ベイビー君のある意味まっすぐな正義感というか、まっとうな行動に敬意を表して、面白かったと絶賛することとしたい。

 というわけで、結論。
 昨日から公開となった『BABY DRIVER』を観たいと思ったら意外と公開規模が小さく、仕方ないので車をぶっ飛ばして郊外のシネコンへ観に行ってきたのだが、わたしとにとって初めてのEdger Wright監督作品は、積極的に認めたくないけれど、大変面白かった。最初は、きっと『DRIVE』を音楽に合わせて軽くした映画でしょ、とか思っていたのだが、なかなかどうして、キャラクターは大変良く描けているし、ちょいちょい現れる長回しもなかなかお見事で、完成度はかなり高いと思う。というわけで、この映画は大変おススメです。近所で上映していないところも多いと思うけれど、これは劇場で観る価値のある映画だったと思う。以上。

↓ こちらは、とにかく主人公が超寡黙でセリフが超少なく、超COOLです。そして後半かなりのヴァイオレンス展開もあって、初めて観たときは北野武作品に似ていると感じました。こちらも大変面白いです。

 このところ、WOWOWで録画した映画を全然観てねえなあ、ということに、ふと、昨日の夜気が付いた。まあ、実はここ数カ月、録画してから観たものの、イマイチな作品が多くて、このBlogに備忘録を記すまでもあるまい、と思った作品は何本か観ているのだが、特にこの1カ月ぐらいは、全然観ていない。恐らく、わたしの部屋がクソ暑くて、おまけにわたしが使っているTVが2008年に買った42インチのプラズマテレビであるためなのか、夏はどうもTVがクソ熱くなってさらに室温があがっているのでは? という疑惑があるため、暑い夏の夜に部屋でぼんやり2時間、クソ熱くなるプラズマTVを付けて、映画を観よう、という気にならんのが、現在のわたしの状況であった。どうでもいいけれど、今はもうプラズマってもう絶滅したんだろうか? とにかく、画面が熱いんすよね……。熱ッツ!というほどではないけれど、温かいと表現するより熱いと言うべきな程の発熱をするので、大変困る。
 しかし、昨日は、若干涼しかったし、こんな時間に寝ちまったらもう老人だよ……という時間だったので、そういう何もすることがない、けど寝るには早すぎる、という深い絶望と孤独と虚無に囚われたため、とりあえずHDDデッキを起動、どんなの録画して、まだ観てないんだっけ……と録画リストを眺めてみた。すると、おお、この作品は劇場で観たかったけど公開スクリーン数が少なくて見逃してたんだよなー、という、わたし好みのB級くさい作品がいくつか録画されていた。まあ、録画予約したのはわたし自身だが、そんなことは完璧忘れており、その中から昨日は、『SELF/LESS』(邦題:セルフレス/覚醒した記憶)という作品を観てみることにした。まあ、結論から言うと、アイディアは、今までもこういう作品はあったかもしれないけれど、十分面白い、けど、やっぱりちょっと微妙かなあ、という感想を持つに至ったのである。ちなみに調べてみると、US興行では全然売れず、評価もかなり低い残念ムービーと判定されているようである。

 物語はだいたい上記予告で示されている通りである。主人公はNYCの不動産王。しかしガンに蝕まれており、余命は幾ばくも無い。そんな彼の前に、別人の肉体に記憶を植え替える謎技術を持つ集団が現れる。そして新たな若い肉体を得た主人公だったが、徐々にその肉体は「元の記憶」を取り戻し始め―――てなお話である。
 こういった、姿と中身が別人、という映画は結構今までもあると思うが、わたしが真っ先に思い出したのは、ニコ様でお馴染みのNicolas Cage氏最高傑作とわたしが認定している『FACE/OFF』だ。あの作品はニコ様最高傑作であると同時に、John Woo監督最高傑作だとわたしは思うぐらい、大好きな作品だが、凶悪犯が仕掛けた爆弾のありかを探るために、凶悪犯の姿形に整形手術をして捜査するというトンデモストーリーで、まあ、何度観ても面白い娯楽活劇であることは間違いなかろう。
 というわけで、わたしは本作も、派手な娯楽アクションだろう、と勝手に思い込んで視聴を開始したのだが、その趣はだいぶ違っていて、SF……うーん、SFだろうけど、なんと言えばいいのか……まあ要するに、キャラクターに感情移入しにくい微妙なお話であったのである。どう微妙に思ったか、各キャラを紹介しながらまとめてみようと思う。以下、完全ネタバレ満載になるはずなので、気になる方は読まないでください。
 ◆主人公ダミアン:演じたのは、ガンジーでお馴染みのSir Ben Kingsley氏。演技自体は極めて上質なのは間違いない。NYCで不動産王として財を成したが、娘はそんな仕事一徹の父に反発して出て行ってしまい、しがない(としか言いようがない)NPOを主宰している。ダミアンとしては、死が迫る中、娘と和解したいのだが、娘は全く相手をしてくれず、実にしょんぼり。わたしは観ていて、この娘に対してまったく好感をもてなかった(そもそもあまり可愛くない)。そして、そんな「やり残したこと(=娘との和解)がある」といった思いを抱くダミアンは、とあるルートから聞いた「脱皮(=Shedding)」技術を用いて若き肉体を手に入れる。なのでSir Kingsleyの出番はそこまで。そこからは、若い肉体としてのダミアンをDEADPOOLでお馴染みのRyan Reynolds氏が演じる。
 問題は、まず、ダミアンはその若き肉体がどのように提供されたのか知らない点で、誰がどう考えたって、どっかの男が死んだか、(自らの意志で)金で提供したか、(自らの意志によらず)無理矢理ドナーとされてしまったか、どれかであろうことは想像がつくはずだ(とあるキャラは、クローン培養または試験管受精で培養された素体だと信じていた。そんなバカな!)。要するに、その提供された肉体には、その元の「記憶」はなくても「過去」があるのは当然で、遺族とか、その「過去」を知る人間がいるだろうことは、容易に想像がつく。
 わたしは、ダミアンはそれを承知で「脱皮」技術を受け入れたんだろう、と思っていたのだが、どうもそうではないようで、新たな肉体に宿る「過去」のフラッシュバックを見るようになってから、初めて、あ、元のこの体の持ち主にも奥さんや娘がいたのか、と知って動揺するのである。いやいやいや、そりゃそういうこともあり得るでしょうよ、今さら何言ってんの? とわたしはその時点で大分白けてしまったような気がする。そもそも、肉体を提供した男は、娘の難病治療のためにどうしても金が欲しくて、自らの命と引き換えに金を得た男である。覚悟は完了していたはずだ。そして妻は夫が死んだことしか知らず、その保険金と思って得た金で、娘はすっかり元気になって、新たな生活を始めていたんだから、いまさら夫の姿をした(中身はダミアンの)男が妻と娘の前に現れても、混乱を引き起こすだけで何の意味もないんじゃないの? と心の冷たいわたしは観ながら感じたのである。つまり、ダミアン自身に覚悟が足りなかったわけだな、というわけで、ラストのダミアンの選択は実に美しく泣かせる決断なのかもしれないけれど、わたしとしては、ううーーーむ……と素直には感動? できなかったす。
 わたしだったら、そうだなあ、例えばダミアンは、自ら隠した遺産目当ての連中(例えば実の息子でもいい)によって無理矢理に、事故かなんかで亡くなった若い男の体に転生させられてしまって、その遺産争奪バトルが勃発、一方では、事故で夫を亡くした未亡人と再会し(あるいはバカ息子の彼女でもいい)、よろしくやる、的な展開を考えるかなあ……はっ!? いかん、全然面白そうじゃない! ダメだ、わたしの才能ではどうすれば面白くなったか、対案が出せん……。とにかく、他人の体に記憶を植える、中身と体が別人、というアイディア自体は大変面白いけれど、どうもノれなかったす。
 ◆元の肉体の持ち主、の妻と娘:まず、妻を演じたのはNatalie Martinez嬢という方だが、知らないなあ……一応、わたしが大好きなJason Statham兄貴の『DEATH RACE』のヒロインを演じた人みたいだけど憶えてない……。そして今回のキャラとしては、とにかく主人公の話をまともに聞こうとしないでギャーギャーいうだけだったような……そりゃあ、混乱してそうなるだろうとは理解できるけれど、ほとんど物語に何の寄与もしない。そして主人公がこの妻に対してやけに同情的なのも、「娘を持つ親」という共通点ぐらいで、どうもスッキリしなかった。なにより、妻も娘も、ビジュアル的にあまりかわいくないというか……サーセン、これはわたしの趣味じゃないってだけの話ですので割愛。
 ◆謎組織の謎技術:まず組織の長であるオルブライトを演じたのが、Matthew Goode氏で、わたしは彼の特徴のあるシルエット(体形?)で、一発で、あ、この人、あの人だ! と分かった。そう、彼は、わたしのオールタイム・ベストに入る超傑作『WATCHMEN』のオジマンディアスを演じたお方ですよ。妙にひょろっとしていて、やけに背が高く、顔が小さいという特徴あるお方ですな。このオルブライトというキャラは、作中では一番ブレがなく、分かりやすかったと思う。実は彼こそが、この謎の「脱皮」技術の考案者の博士で、既に自身も弟子の若い研究者の体を乗っ取って(?)いたというのは、大変良い展開だと感じたけれど、一番のキモとなる、脱皮者が元の記憶を消すために服用し続けなければならない薬、のレシピが結構あっさりばれてしまうのは、ちょっと脚本的にいただけなかったのではなかろうか。あの薬は、主人公にとっていわば「人質」であったわけで、主人公としてはどうしてもオルブライトの支配から抜け出せない状態に置かれる鍵だったのだから、あの扱いは大変もったいないと感じた。あんな薬のレシピなんて、化学的に解明される必要はぜんぜんなく、そもそも「脱皮」自体が謎技術なんだから、薬だけちゃんと解明されるのは実に変だと思う。
 とまあ、どうやらわたしが本作を微妙だと感じたのは、1)女性キャストが可愛くない(→これは完全なわたしの言いがかりなのでごめんなさい) 2)主人公ダミアンの思考がイマイチ甘い 3)キモとなる薬が意外と現実的で世界観から浮いている。といった点から来ているのではないかと思われる。
 ただ、元の主人公ダミアンを演じたSir Kingsley氏や、若い肉体となったダミアンを演じたRyan Reynolds氏の演技ぶりは大変良くて、その点においてはまったく不満はなく、素晴らしかったと称賛したいと思う。脚本がなあ……イマイチだったすねえ……。なお、監督はインド人のTarsem Singh氏というお方で、『The Cell』で名声を挙げた監督のようです。この監督の作品でわたしが過去に観たのはその『The Cell』と『Immortals』ぐらいかな……本作においては、その演出に関してはとりわけここはすごいと思うところはなかったけれど、謎装置のセットや、あと衣装かな、そういった美術面のセンスは大変イイものをお持ちだとお見受けしました。画はスタイリッシュだと思います。

 というわけで、もう結論。
 劇場公開時にスクリーン数が少なくて見逃していた『SELF/LESS』という映画がWOWOWで放送されたので、録画して観てみたところ、まあ、結論としてはWOWOWで十分だったかな、という微妙作であった。他人の体に人格を移すというアイディアは大変面白いのだが、どうも……焦点はその元の体の持ち主の記憶、の方に寄っていて、しかもその記憶は別に特別なものではなく、普通の男の記憶であって、記憶自体ではなく、その記憶を見た主人公がどう行動するか、という点に重点が置かれている、と説明が難しいというか、軸がぶれているというか、とにかく微妙、であった。でもまあ、実際予告を見た時に気になっていたので、観ることができて大変良かったと存じます。主役のSir KingsleyもRyan Reynolds氏も、芝居としては大変な熱演でありました。以上。

↓ やっぱり「入れ替わりモノ」としてはコイツが最高だと思います。
フェイス/オフ [Blu-ray]
ジョン・トラボルタ
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2010-12-22

 いやー、最高でした。今年2017年暫定ナンバーワンです。
 今日からいよいよ公開となった、MCU最新作『SPIDER-MAN:Home Coming』を観てきたわたしが、真っ先に思った感想である。もはやMCUってなんぞ? という方はいないと思うので、説明しない。.現在MCUはPhase-3と呼ばれる第3段階に入っている。去年2016年にわたしが劇場で観た映画ナンバーワン作品である『CIVIL WAR:CAPTAIN AMERICA』から始まったこのPhase-3は、その次に公開された『DOCTOR STRANGE』、そして先般公開された『GUARDIANS OF GALAXY VOL.2』』を経て、本作が第4作目となる。先に言っておくと、次は11月3日公開の『THOR: RAGNAROK』、そして来年2月ごろUS公開予定の『BLACK PANTHER』、そして来年GWに公開予定の『AVENGERS:INFINITY WAR』に至る道がすでに公表されている。どの作品も、とにかくわたしは楽しみであり、今からもうわくわくしているわけで、まずは今日公開の『スパイディ』の素晴らしい出来の良さに、わたしはもう、MCUの成功は疑う余地はあるまい、とその確信を深めたわけである。

 (※追記:ちなみに上記予告にある、IRONMANとスパイディが揃って飛んでいる印象的なシーンは本編になかったす。カットされたのか?と思いきや、予告専用の映像なんですって。へえ~)
 えーと、何から書こうかな……今回わたしが一番これはすごい、と思ったのは、やはり脚本だ。つまりそもそものお話が実に興味深くて面白いのだ。そして我々観客をえっ!と思われせるような見事な展開で、はっきり言って上映時間2時間13分は若干長いけれど、むしろわたしは2時間半ぐらいあったのかな、と思うぐらい内容が分厚くて、逆にちょっとびっくりしたぐらいだ。たとえば、『CIVIL WAR』は2時間27分の上映時間をまったく感じさせない素晴らしい脚本だったが、本作のように、実際より長く感じるというのは、わたしとしてはかなり珍しいことだと思う。そういう映画はえてして退屈を感じてしまったがゆえに長く感じるものだと思うが、どういうわけかそんなことはなく、最後まで本当に楽しめる作品であった。
 とにかくわたしは今、興奮しているので、思いついた順に、脚本の素晴らしさやキャストについて箇条書きで書きなぐって行こうと思う。もちろん、ネタバレ満載なので、まだ観ていない人は今すぐ読むのをやめた方がいいと思います。
 ◆完全にMCU作品である。それすなわち、この作品単品ではダメ!
 まあ、この作品だけを観ても十分楽しめるとは思うが、実際それじゃあ全然ダメ、なのは、MCUを愛する人なら同意してもらえると思う。完全に『CIVIL WAR』の続編であり、これまでのMCUの流れを知らないと本作をきちんと楽しめないと思う。
 ◆SPIDER-MANことピーター・パーカーはなぜ戦うのか?
 前知識としてのポイントは2つあって、まず一つは、『CIVIL WAR』からMCUに登場したスパイディの、戦う動機についてだ。このことを知らないで本作を観ると、かなりピーターのゆとりKIDSぶりにイラつく可能性もあると思う。確かにSam Raimi監督版とはかなり性格も違うし、非リア充だけど何とも明るく元気な少年として描かれていて、本作のピーターは、そもそもの原作の性格に最も近いと言われている。わたしもその意見に賛成だ。そう、SPIDER-MANは、そもそもはガキなのである。だからゆとりでいいのだが、本作ではピーターの戦う動機がほぼ触れられていない。おまけに言うと、過去のスパイディ映画で描かれたような、蜘蛛に噛まれて、スーパーパワーを得たという誕生秘話も完全にカットされており、本作でちょろっと、主人公ピーターが親友のデブオタに「いやー、蜘蛛に噛まれてこうなったんだよ」の一言で終了である。
 しかし、なぜスパイディは戦うのか、そしてなぜ、IRONMANことトニー・スタークは、ピーターを仲間にしようと思ったか。それは前作『CIVIL WAR』で明確にされている。ピーターは、『CIVIL WAR』の最中に突然家にやってきたトニーに言う。「自分に力があるのに、何もしないでいて、それで良くないことが起きたら、なんか自分のせいじゃないかって気がしちゃうんだ」。トニーはそう語るピーターの、少年としての真っ直ぐな正義感に感心し、このガキなら、ともに戦える、と考えるわけである。本作では、ピータを仲間に入れることをみんなに反対された、とトニーは言っていたが、いわば、IRONMANとして活動を始めた初期のころの自分を見る思いだったのではないかとわたしは感じている。これは、名作といわれるSam Raimi監督の『SPIDER-MAN』第1作で語られた「大いなる力には大いなる責任がある」というベンおじさんの名言と同じ考え方だろう。ピーターは、突然身に着けてしまったスーパーパワーを持て余している、けれど、なんとかそれを世の中の役に立てたい、とうずうずしているのだ。そして憧れのトニーに、認めてもらいたくてたまらないのである。
 わたしが本作でこの描き方は素晴らしい!と絶賛したいのは、Sam Raimi版のピーターが、非常に根暗で非モテ人種で、超リア充の親友に対して嫉妬すら抱える少年であり、ある意味一番の動機として大好きなMJへの恋愛感情が物語の軸にあったのに対し、本作ではそういった恋愛感情は脇に置かれ、あくまでメインは「世の中の役に立ちたい」という、子供らしい真面目さ、に置かれている点だ。
 デブオタの親友も、スーツに組み込まれたAIも、さあピーター、今こそ憧れの女の子に自分がSPIDER-MANであることを打ち明けるんだ! と何度か背中を押すのに、それは違うだろ、と思いとどまる。そしてなんと、ラストでトニーが用意してくれた記者会見の場を、自らの意思できっちり断るのだ! 原作の『CIVIL WAR』では、トニーとともに会見に臨み、衆人環視の中でマスクを脱ぎ、自分がSPIDER-MANであることを全世界に公表するのだが(→身元を明かした結果、メイおばさんが巻き込まれてヤバいことになり、後にピーターはトニー派を離脱し、CAP派に転向する)、まさに本作はその逆になっている。本作のピーターは、オレがSPIDER-MANだ!と世界に宣言したい、とは考えないのである。MCUの記念すべき第1作である、2008年の『IRONMAN』のラストシーンを思い出してほしい。「わたしがIRONMANだ!」と宣言したあのトニーの姿を! トニーとは正反対の決断をしたピーター。わたしはこの展開に結構感動すらしてしまったほどだ。これらのことは、やっぱりこれまでのMCUを観ていないと、ちゃんと理解できないんじゃないかな、という気がするのである。
 ◆トニー・スタークのこれまでの行動
 もう一つ、前知識として知っておかないと、本作を楽しめない重要なポイントは、トニー・スタークの心中である。トニーは、イケメン&スーパーリッチ&天才科学者、という地球上で最強のリア充野郎である。しかし、その心中は実はかなり真面目な男で、自分の作った武器が横流しされてテロに使われていることを知り、おまけに自分も殺されそうになった経験から猛反省し、まずは武器商売をやめ、それまで製造してきた武器を根絶するために、IRONMANスーツを着用して戦いを始めた男だ。そしてAvengersとして宇宙人との戦いを経験し、撃退したはいいけれどNYCは壊滅。そしてさらなる脅威に対抗しようとして、うっかりULTRONを作ってしまい、撃破したはいいけれど、またしても街はボロボロ、遺族になじられてもうしょんぼりな状態であった。そこで『CIVIL WAR』事件が起き、国連管理下に置かれることもやむなし、と思い至るが、CAPとの大げんかの末、確かに、CAPの言う通り、国連管理下でも対応できないこともあるかもしれない、けど、母親を殺されたことは話が別だ!と大激怒、CAPとは分かり合えず決別してしまう。
 わたしは完全にトニー派なので、CAPの考えは傲慢かつわがままで実にけしからんと今でも思っているし、CAPの腰ぎんちゃくに過ぎないファルコンやホークアイがトニーを生意気に批判するシーンには心底頭に来たが(ウィンターソルジャーことバッキーは一番ちゃんと反省してるので許すけど、ホークアイはワンダを巻き込んだ張本人で許せない!)、重要なのはトニーが常に自分をも疑って、客観的かつ理論的に、きちんと考えて行動する男であり、自らの行動の過ちをきちんと認められる大人の男だという点だ。
 本作は、そんなトニーの性格を知らないと、まったく話が通じない可能性があるとわたしは思う。それは、トニーのこれまでの行動が、今回の悪党であるヴァルチャーを生んでしまったからだ。そう、またしても、トニーが良かれと思ってとった行動が裏目に出てしまったのである。
 ◆ヴァルチャー誕生の説得力が素晴らしい!
 トニーが、2012年に地球にやってきた宇宙人を命がけで撃退した顛末は、『AVENGERS』第1作で描かれた通りであるが、その戦いでNYCがボロボロになったのは、MCUを見続けている我々にはもうお馴染みであろう。しかし我々日本人は、数々の災害や戦争に遭っても、時間をかけて街を再建してきたわけで、NYCもきっと立ち直れる、と直感的に理解できると思うが、問題は、あの巨大な宇宙船(宇宙生物?)とか、兵士の残骸とか、あれはいったいどうするんだ? という点についてはちょっと想像ができないでいた。が、本作では、その点がきっちり描かれている。
 まあ、普通に考えて、瓦礫と化した建物と同様に、バラして運んで、と地道に片づけていくしかないわけだが、相当な物量であることは想像に難くない。そして、そのがれき撤去だけで相当な雇用が生まれ、不謹慎な言い方かもしれないが、経済が回るのは確かなことだろう。本作の悪役であるヴァルチャーは、元々そのがれき撤去業を地元で営む真面目な家族思いの社長さんだ。えらいことになったNYCで、従業員を増やし、トラックも新たに買って、NYC復興のために頑張ろうぜ!とみんなにはっぱをかけていた矢先に、トニーが政府と合弁で設立した「ダメージコントロール局」が活動を開始し、がれき撤去の「仕事」が一切奪われてしまう展開になる。トニーは、間違いなく金のためではなく、単純に宇宙人たちのテクノロジーが散らばっているがれきを危険だと思って、そうしたわけだが(おまけに、もう街に迷惑はかけられん、とマンハッタンに建つあのAvengersビルも手放し、北部の田舎に引っ越す決断もする)、要するにまた、トニーの善意が裏目に出てしまったわけだ。「畜生、あいつ、自分で壊しといて自分で稼ぐのかよ、オイシイわけだぜ!」というような「仕事」を奪われたヴァルチャーのセリフに、わたしは実に見事な脚本だと思った。確かにその通りではある。
 こういった点が、トニーの弱点で、いかに天才で大富豪とはいえ、結局一個人の力というものが、現場の末端まで行き届かないのは残念ながら事実であろう(それが分かっているからこそ、トニーはCAPの主張する個の力に頼る考えに同意できない)。しかし一方で、組織の端末の人間は、「上に命じられたこと」しかやらないお役所仕事のボンクラばかりであり、作業現場に乗り込んできた偉そうなボンクラも、「文句があるなら責任者に言え」としか言わないお役所対応である(そしてだからこそ、CAPは組織を信頼できないというジレンマが発生する)。バルチャーは「そりゃねえよ!その責任者って誰だよちくしょう!」と悲痛な叫びをあげても答える人間はいない。結果、ヴァルチャーはトニーに対し、この恨み晴らさでおくべきか! とメラメラと怒りの炎を燃やすことになる。何という皮肉! そして何という見事な説得力! 素晴らしいとわたしは大絶賛したい。トニー派のわたしとしては、ここで、なんとかトニー本人にヴァルチャーの声が届いたなら、絶対にトニーは、じゃあ、ダメージコントロール局の仕事の外注先に御社も入れましょう、と判断したはずだと思う。結局、「誰かがやらなくてはならないこと」であるのは間違いないのだから。トニーはそのように民間に金が回ることをむしろ歓迎したはずだと思う。そういった、ヴァルチャーがなんとかトニー本人に会って話をしようとした、けどダメだった、という流れがきちんと描かれていたらもっともっと良かったのに、という気もしなくないが、まあ、そこまですると、ちょっと重すぎるというか、この作品が『IRONMAN4』になっちゃうか。この映画の主人公はあくまでスパイディだしな……。でも、そういったシーンがあっても良かったと思う。
 結局ヴァルチャーは、がれきの中の宇宙人技術をこっそりと持ち出し、せっせと武器開発にいそしみ、悪党になってしまったわけで、実にリアルで、ありうる展開だとわたしは大絶賛したい。
 ◆脚本的にお見事!と思わず観ていて「えっ!? あっ!!!」と驚いた点
 今回、わたしは観ていて、上記以外にもいくつか、主にキャラクターの正体(?)が判明するシーンで思わず声が出ちゃうぐらいびっくりした点があったので、4つほど紹介しておこう。これは本当に完全ネタバレなので、未見の方は絶対に読まない方がいいと思う。知ってたら、わたしのように「えっ!?」と驚けないよ。そしてそれは超もったいないと思います。
 1)お父さんは実は……
 劇中では、ピーターはとある女子にぞっこんで、いいなあ、あの子可愛いなあ、おっと、ずっと見てたらオレ変態だよ、あっぶねえ!とか実に男子高校生らしい日常を送っているのだが、なんとその女子のお父さんこそ……であった。これは本当に見事でしたねえ! わたしは全然予想しておらず、超びっくりでした。どうだろう、何か伏線はあったかなあ? 何もなくかなり突然だったような気がするけど、単にわたしが見逃してバカだっただけかもしれないが、とにかく実に効果的なタイミングで効果的なつながりであったと思う。ホントにお見事!とわたしは大絶賛したい。これほど、あっ! と思ったのは、かの名作『The Silence of the Lambs』(邦題:羊たちの沈黙)のクライマックスで、FBIチームが犯人の家に乗り込む、とそこはもぬけの殻、実は主人公クラリスが訪れた家の方こそ、犯人の家だった!のあの演出以来かもしれない。いや、それは褒めすぎかな。まあ、それぐらいわたしはお見事だと思いました。
 2)えっ!君がまさか……!
 今回、ピーターの身近に、何かと変なことばかり言うちょっと変わり者でひねくれもの的な、とある女子がいる。どうも、ピーターをいつも見ていて、実は君はピーターが好きなんでしょ? とわたしは思いながら見ていたのだが、なんとラスト近くで、彼女のとあるニックネームが明らかになるのだが……そのニックネームは、Sam Raimi版を観ている人なら絶対に知っている彼女の名前でした。これは驚いたすねえ! まあ、コアな原作ファンなら最初からわかってたのかな? そういうことだったのね!? とわたしは驚き、ニヤニヤするしかなかったす。ホントお見事!とわたしは大絶賛したい。
 3)トニーよ、いつの間に!?
 トニーは、『IRONMAN3』事件でIRONMAN引退宣言をしたわけですが、まあ、全然引退していないわけで、その結果、愛するペッパーと喧嘩・別居状態にある、のは、『Ultron』事件や『CIVIL WAR』でも描かれた通り、MCUファンにはお馴染みであろう。しかし! 朗報です! ペッパー is Back!ですよ!! ほんのちょいしか出てきませんが、どこで出てくるかは観てのお楽しみってことでお願いします。いやあ、トニー、良かったね! なかなか粋な脚本的はからいだとわたしはうれしく思いました。
 4)ピーターーーー!!! うしろうしろ!!
 もう完全に志村けん的コメディのお約束展開ですが、一番ラストのシーンは、家に帰ってきたピーターが、一度は取り上げられてしまったスパイダー・スーツが紙袋に入れられてベッドに置いてあるのを発見し、え、いいの?やった―――!と大喜びで再びスーツを身にまとうシーンであった。けど、ピーター、お前、ちゃんとドア閉めとかないと……つか、うしろうしろ―――www という笑わせてくれるもので、実にハッピーなエンディングだったと思う。これはお見事でしたねえ! ホントに素晴らしい脚本でありましたよ。このエンディングはぜひ劇場でお楽しみくださいw わたしとしては、まったく何の変哲もない紙袋に無造作に入れられていて、トニーから直筆で「君のものだ This suite belongs to you」的なメッセージが紙袋に直接書いてあるのが実にトニーっぽくて粋でカッコイイと思いました。
 ◆トニー謹製「新スパイダー・スーツ」に秘められた、オタク向けニヤニヤポイント。
 1)超多機能!であるのと同時に……
 今回のトニー謹製「新スパイダー・スーツ」は、『CIVIL WAR』でプレゼントしたものなのだが、実はまだ「トレーニング・モード」というEASY設定にプログラムされて機能が制限されており、おまけにGPSでスーツがどこにあるか、トニーに監視されている設定になっていた。実は原作の『CIVIL WAR』では、その監視されていることが重要なポイントで、そのことでピーターはトニーへの信頼を失うきっかけにもなってしまうわけで、本作では、デブオタの親友とスーツをいじっていて、その位置探知機能を切断し、さらにモード設定も勝手にプログラムをハックして、ロックを解除しフル機能実行可能なモードに変更してしまうシーンがある。この変化はとても観ていて面白く、また、原作オタクもニヤリとするシーンであろう。ちなみに、ラストの記者会見に臨むピーターのために、トニーはさらに新型スーツをプレゼントしようとするのだが、それがまさしく原作の『CIVIL WAR』で出てくる通称「アイアン・スパイダーマン・スーツ」のデザインで、ここも原作オタクのニヤリポイントであろうと思います。
 2)そしてスーツのプログラムAIがしゃべるように変化するのだが……
 ピーターがスーツのモードを勝手に改変し、その結果スーツがIRONMANスーツの現在のフライディのように、女性の声でしゃべるようになり、ピーターは、スーツレディ、カレン、と名付けて仲良くおしゃべりをするようになるのだが、わたしは観ながら、果たして、このスパイダー・スーツ=カレンの声は誰だろう? とちょっと気になっていた。ので、エンドクレジットを観て、わたしのようなオタクファンは、あっ! と驚き、そういうことね……とニヤリ、としたはずだ。なんと、カレンの声を担当したのはJennifer Connellyさんですよ! なぜ彼女が担当してることでニヤリとできるかというと、彼女の現実世界での旦那は、Paul Bettany氏なんだな。えっ!わからない!? うっそお! 彼は現在のVISIONさん、先代IRONMANスーツの忠実な電脳執事、ジャーヴィスの声の人ですよ。夫婦そろってトニーに仕えてたのね、というわけです、はい。

 あーーーもうすげえ長くなってしまったので、今回わたしが特に気に入った3人のキャストと監督について書いて終わりにしよう。
 ◆Tom Holland君 as 3代目ピーター・パーカーは最高だった!
 いやあ、やっぱりTom君はいいですねえ! 彼は元々、2008年に『BILLY ELIOT』のBroadway版で主人公Billy演じた男なわけで、2週間前に日本版『BILLY』を観たばかりのわたしとしては、なんかBillyが後にこんなに立派に育って活躍している姿を観るとホントうれしいすね。本人も言っている通り、『BILLY』で相当鍛えられたんだろうな。なかなかの肉体美も披露してくれるし、とにかく、元気なピーターはわたしとしては歴代最高だと思う。ちなみに、一緒に観に行った元部下のA嬢は、やっぱり初代のToby Maguire氏の方が良かったと評していた。友達もいないしイケてないし、というしょんぼり野郎がヒーローになる、という展開の方がよかったそうで、まあ、女子目線からすると今回のピーターはちょっと軽いというかチャラすぎ、と感じるのかもしれない。その辺は、いろいろな意見があってしかるべきだろうと思うが、わたしとしては最高に良かったと思う。
 ◆デブオタだっていいんだよ。だってにんげんだもの!
 今回、やけに光るのが、ピーターの親友のデブオタ君ことネッドを演じたJacob Batalon君だろう。いいすねえ、彼は! ネッドなしにピーターの活躍はあり得なかったし、ネッドがいなければピーターの高校生活もまるで暗いものになってしまったかもしれないわけで、何気に重要な役をきわめてさりげなく、巧みに演じてくれました。彼の存在が本作を明るくしてくれているといっても過言じゃあないでしょうな。もう大活躍で、今後のシリーズにもぜひ、登場してもらいたいと思います。
 ◆蝙蝠男~鳥男~そして禿鷹男への進化を遂げたMichael Keaton氏が素晴らしい
 いやあ、やっぱり本作での悪役、ヴァルチャー(禿鷹)を演じたMichael Keaton氏は良かったすねえ! まあ、キャラについてはもう前述の通りなのだが、その正体を明かしてからのピーターに対する態度がやけに恐ろしくて素晴らしかった。さすがは元BATMANであり、BIRDMANとしてオスカー候補になっただけはある、貫禄と威圧感たっぷりのおっかない大人を熱演されていました。なお、今回のおまけ映像は、刑務所に入れられた彼が、とある男に脅されるシーンで、その脅す男が次回の悪役なのだろうと思われます。サソリのタトゥーの男で、原作に詳しくないわたしは何者か実は良く分からなかったです。まあ、MCU的に今後のAvengersにつながるような大物悪役、ではないと思います。たぶん。
 ◆監督はあの『COP CAR』のJohn Watts氏!
 去年わたしはWOWOWで『COP CAR』を観て、その抜群の演出センスに相当驚いたのだが、今回も様々な驚きをわたしにもたらしてくれた演出テクは、とても上質だったと思う。脚本にもクレジットされているWatts監督なので、まだ監督作品3作目というキャリアとしては全然浅い男だけれど、今後が大変楽しみな才能だと思います。

 というわけで、まだまだ言いたいことはあるけど、もう長すぎなので結論。
 やっぱり、MCUは最高である! その最新作『SPIDER-MAN:Home Coming』は期待を裏切らない最高の出来であり、わたしとしては大満足であった。しかし、わたしのこの興奮と満足感は、あくまでMCUを全て観てきており、MCU全体を愛しているが故、であるわけで、本作も、単独ではなく、MCUの一部として観るのがやっぱり正しいように思う。よって、言いたいことはただ一つ。MCU全作を観てくれ! そしてこの『SPIDER-MAN:Home Coming』を楽しんでほしい。ホント最高でした。以上。

↓ 次はコイツですよ! 準備はいいですか!? 一応、劇場でもこの予告編が流れてました。Kate Blanchett様が超COOLで最高です!

 何度もこのBlogで書いている通り、80年代に中高生として青春を送ったわたしであるが、当時からすでに、順調に映画オタクの道を究めんと精進していたわたしは、当時のいわゆる「角川映画」が大好物であった。もちろんわたしがいまだに一番好きな芸能人は、原田知世様一択なのだが、一方で、男として、この人はホントカッコイイな、とずっとあこがれ続けたのが、今やすっかりハリウッドスターとして活躍を続けている真田広之氏である。わたしは高校3年の時に、本気でJACに入ろうと思い、わざわざ恵比寿に当時あったJACの事務所に入所手続きの書類をもらいに行ったことがあるほど、千葉真一氏と真田広之氏は今でも大ファンである。
 まあ、映画好きな方なら、真田広之氏の現在の活躍はもうお馴染みだと思うが、半年ぐらい前に、わたしはとある映画のUS版予告編を観て、非常に興奮したのである。その作品が、わたしが今日観てきた『LIFE』だ。なんと真田広之氏以外にも、『DEADPOOL』でおなじみのRyan Reynolds氏や、わたしの大好きなJake Gyllenhaal氏など有名スターとの共演で、舞台は宇宙、どうやら未知の生命体とのお話らしいことを知って、わたしはもう、こいつは観ないとダメだ! と思ったのである。しかし、残念ながらUS興業ではあまり売れず、ほぼ話題にもならず、こりゃあ日本公開はないかもな……と思っていたところで、わたし的には結構突然、日本公開が決まり、今日の初日にわくわくしながら劇場へ赴いた次第である。そして結論から言うと、少しだけ惜しいようなポイントはあるけれど、映像的にも役者陣の熱演においても、かなり楽しめる良策であることが判明した。これは面白い、が、若干ありがちな展開で、オレだったらここは脚本会議で問題ありと指摘するだろうな……と思うような点がいくつかあった。まあ、いつもの言うだけ詐欺で対案が思い浮かばないので、映画オタの戯言と思っていただければと存じます。
 というわけで、以下、備忘録として誰がどんな最期を迎えたか、まで書いてしまうので、ネタバレが困る方は決して読まないでください。

 物語は、まあ、上記予告を見て想像できる通りのお話であるといっていいだろう。舞台はISS船内。冒頭、火星の地表から採取されたサンプルを積んだ無人船を、ISSがキャッチするところから始まる。この冒頭のシーンは、5分以上あると思うのだが、完全にワンカット(のように見えるだけかな)の長回しで、おまけにISS内の無重力状態を反映して、極めて自由にふわふわと漂うか如くに、ISSの6人のクルーたちの活動を追っていく。非常にクオリティの高い撮影技術とVFXで、もう冒頭からかなり期待感と緊張感があふれる出来になっている。
 そして無事回収したサンプルの解析作業に入るクルーたち。するとその中から、1個の単細胞生物が発見される。それは細胞膜と細胞壁を備え、核が存在している、ゾウリムシ的なものだったが、活動を停止していたため、厳重に隔離したラボ(=日本がISSにドッキングさせた「きぼう」。これがあったので日本人キャストを入れたんでしょう、たぶん)内で、温度を上げたり酸素を供給したり、と実験しているうちに、とうとうその細胞は目覚め、活動をはじめる。人類初の地球外生命の発見に沸くクルーや地球の人々。NYCのタイムズスクウェアで大々的なTV中継までされて、子供たちに公募した名称「カルビン」という名がその単細胞生物に与えられる。しかし、まだその時、クルーたちは誰も予想していなかった。カルビンは生物であり、それはすなわち、「生きるため」に必要な酸素やエネルギーを、貪欲に欲する存在であることを……てなお話である。
 要するに、例えていうと『ALIEN』と『GRAVITY』が合体したようなお話なのだが、大変スリリングで面白かった。まずは、6名のクルーを書き記しておこう。ええ、はっきり言って完全なBAD-ENDです。そこにわたしはケチをつけたいような気がするんすよね……。
 ◆ローリー:第1の犠牲者。役割的にはパイロット兼メカニック、かな? いろいろ修理したり船外活動もする陽気なアメリカ人。演じたのはRyan Reynolds氏。結構冒頭で殉職。元々は、うっかり野郎の生物学者を助けるために、勇敢にラボに突入し、生物学者は助けるのだが、代わりに犠牲になってしまう。実に可哀想。
 ◆キャット:第2の犠牲者。ミッションオフィサーたる勇敢なリーダーのロシア人女性。ロシアなまりの英語がセクシーな美女。演じたのはOliga Dihovichnayaさんという知らない方。壊れた通信装置の修理のため、船外活動をしているときに襲われ殉職。カルビンを船内に入れないため、勇敢な決断を下す立派なリーダー。しかしわたしは「あれっ!? 宇宙空間に耐えられるって、極低温・無酸素に耐えられる生物なのかよ?」とびっくりしたが、「奴は酸素をある程度体内に貯められるんだ……」的な解説セリフだけで流された。えーと……だとしたら後半の「閉じ込め→酸素供給を断つ」の作戦は何だったんだ……
 ◆ヒュー:第3の犠牲者。生物学者のイギリス人。眼鏡の黒人のおじさん。どうやら地球では車いすが必須な方らしい。演じたのはAriyon Bakare氏。この方も知らないなあ。キャラとしては、カルビンに愛情を注ぎ、ラボの研究主任として一番カルビンに触れる役割なのだが、ある時ちょっとしたミスでラボの環境を崩してしまい、また活動停止に陥ったカルビンに、軽い電気ショックを与えてみよう、と言い出し、みんなが気をつけろ、と言ってるのにまんまとカルビンの攻撃本能を刺激してしまい、最初に襲われ右手をボッキボキに砕かれてしまう(が、前述のようにローリーの英雄的行動で助かる)。その後、普通にしていたが突如弱りだし、なんだなんだと調べてみると、足にカルビンが寄生していて……という最期を遂げる。ただ、この時、カルビン探しで生き残っていたクルーたちは懸命になっていたのに、いつの間にか足にくっついていたのは突然すぎて若干変だと思った。わたしは、実は最初にヒューを襲った時に分裂していて、2体になっていた!のかと思ったがどうもそうではない模様。実際良く分からん。
 ◆ショウ:第4の犠牲者。日本人のシステムエンジニア。演じたのは我らが真田広之氏。みんなに頼られる知恵袋的存在。地球では奥さんがまさに出産するところで、生まれたときはみんなが祝福してくれた。ショウは、カルビンから逃げるときに、敢えて自分を追わせるように別ルートをとって隠れるが、そのことで、ISSにドッキングしてきた船を救援隊と勘違いし(本当は、カルビンのいるISSを地球降下軌道に入れないために、ISSに強制着艦して軌道を変えようとした船だった)、ハッチで待ち伏せていた?カルビンに襲われ、残りの二人を救うために自らおとりとなって殉職。
 ◆デヴィット&ミランダ:デヴィットはアメリカ人医師(演じたのはJake Gyllenhaal氏)で、宇宙滞在470日を超えるベテラン。元軍医でシリアにも派兵されたことがある。戦地での経験や、10日前まで赴任していた学校(病院だっけ?)が破壊されたりという経験から争いを嫌い、地球の人々を80億の馬鹿ども、と軽蔑しているようなキャラ。ミランダはイギリス人検疫官(演じたのはRebecca Fergusonさん)で、ずっと、「隔離」の重要性をクルーに説き、カルビンに対しても、最初から未知の脅威とみなしていた。第1の隔離が培養器、第2の隔離がラボ=きぼう、それらが破られたとき、第3の隔離としてISS全体を、絶対に地球に降下させてはならないとして、1人乗りの救命艇×2機を使って二人は最後の決断を下すのだが―――!! という展開になる。
 というわけで、物語の端々に、若干良く分からないところがあって、微妙にアレなのだが、狭い閉鎖空間での緊張感ある展開は最後まで飽きさせず、大変お見事であったと思う。ただラストは、ホラー映画にありがちな、終わったと思ったら実は終わってませんでした!というもので、まあズバリ想定内であり、後味はあまり良くない。なんか、基本的にカルビンが圧倒的に有利、というか追い詰められてばかりで、もっと明確に、人類の知恵を駆使した反撃がわたしとしては欲しかったと思う。その点が一番残念かな。せっかく最強の頭脳を持つ人々なんだから、もっと戦えてしかるべきだったような気がする。
 最後に監督についえメモして終わりにしよう。本作を撮ったのは、スウェーデン人のDaniel Espinosa氏で、『Child 44』を撮った監督さんですな。まだ40歳だって。若いなあ! 演出的には、まさしく『ALIEN』を撮った若き日のSir Ridley Scott監督のような、画としてきれいでキレのある演出であったとは思う。日本人で、40歳で、このレベルの作品を撮れる監督は一人もいないだろうな。そして本作は、エンドクレジットによるとILM謹製のハイクオリティCGなので、質感も申し分なしでありました。惜しむらくは脚本が……もうちょっときぼうのある終わり方であってほしかったかな……変にホラー的なオチはつけなくてもよかったのにね……という気がしてならないす。スッキリしたかったなあ。

 というわけで、結論。
 今日から公開になった『LIFE』という作品は、我らが真田広之さんが大活躍するSF作品で、映像そのもののクオリティは極めて上質で素晴らしいのは間違いないし、豪華キャストといってもいいだろう。しかし、お話は、実際ありがちでこういう作品はこれまでにもいっぱいあったわけで、もうひとひねり、オリジナリティがあってほしかったかもなあ、という気はした。そういう意味でわたしは、ほんの少し微妙、という判定をせざるを得ないけれど、おそらく誰が観ても楽しめる一級品だと思いますので、ええ、結論としては、実際面白かったし、おススメです。はい。日本政府はきぼうをISSに送っといてよかったね。それがなければ、きっとまた中国人が出てきたんじゃないかしら。真田広之さんは現在56歳だそうだが、相変わらず、イケメンのかっこいいおじさんとして存在感のある熱演でありました。以上。

↓ まさかこの2作を観てないなんて言わないすよね? 両作ともに最高です。
ゼロ・グラビティ(字幕版)
サンドラ・ブロック
2014-04-09


 いやあ、ホント最高でした。
 2年前の10月に日本で公開された映画『John Wick』。日本が大好きなことでおなじみのKeanu Reeves氏が、ウルトラ凄腕の殺し屋を演じた痛快アクション作である。まあ、物語的に若干アレな作品だが、Keanu氏演じるジョンさんが大変面白いというかイイキャラクターで(※善悪で言えば純然たるBADGUYではある)、そのばったばったと敵を倒すGUNアクションは最高に気持ち良く、わたしも大変楽しませてもらった映画である。
 そのジョンさんが、帰ってきた!のである。わたしとしてはもうとても楽しみで、我慢できずに今日は仕事をさっさと切り上げ、日本橋TOHOシネマズへ行き、その続編たる『John Wick:Chapter2』を早速観てきたのだが、感想は冒頭に書いた通り、最高でありました。いやあ、これは面白い! しかし、1点だけ注意点として挙げておくと、やっぱり前作を観てないとちゃんと楽しめないと思います。そういう意味では完全なる続編と思っていいのではなかろうか。というわけで、以下、たぶんネタバレまで全開で書いてしまうと思うので、気にする人は読まないでください。

 さてと。まずは前作がどんなお話だったか、軽く復習しておくと、主人公ジョン・ウィックは殺し屋である。が、愛する妻を病気(だったと思う)で亡くし、殺し屋稼業も引退、妻の遺したわんことともに、静かに暮らしていた、が、ヤクザの親分を父に持つゆとり小僧が、ガソリンスタンドで給油していたジョンさんの愛車、ビンテージのFORDマスタングに一目ぼれし、「金ならいくらでも出すから売ってくれよ(ニヤニヤ)」「彼女は売り物じゃあない(She is not for sale)」とぴしゃりと断られる。バカなゆとり小僧はカッとなって、あろうことかジョンさん邸に仲間を引き連れて夜襲をかけ、大事なわんこを殺し、おまけにジョンさんの愛車をかっぱらって逃亡。ジョンさんは深く静かに激怒しながら、親分も、「ジョンさん、うちのバカ息子が申し訳ねえ、なんとか怒りを収めちゃくれねえか」と最初は手打ちにしたかったものの(ジョンさんは業界的スーパー有名人のため、親父は真っ先にバカガキに何てことしてしてくれたんだこのドアホが!と激怒する)、ジョンさんとしてはバカ息子に落とし前をつけてもらわないと怒りが静まらないわけで、交渉決裂、親分も事ここに及んでは後に引けず、壮絶な殺し合いに発展。怒り心頭に達したジョンさんは、封印していた銃を再び手にし、舐めたクソガキをぶっ殺しに出陣するのであった―――てなお話であった。
 そして今回の『Chapter2』では、前作ラストで無事にガキとヤクザの親分をぶっ殺し、やれやれ、となったーーかと思いきや、愛車がまだ戻ってきていないので、その愛車奪還の壮絶なアクションシークエンスから物語が始まる。このオープニングアクションもすごくいいです。前作でぶっ殺したヤクザの親分(ちなみに演じたのはつい先日亡くなったMikael Nyqvistさん。非常にシブくて味のある役者さんで惜しい方を亡くしました……)、の弟が保管していたジョンさんの愛車を取り戻し、まあ取り戻したはいいけど、これでもかってくらいぶつけまくってボロッボロになって(ドアも1枚外れちゃってる)しまったため、前作にも出てきた車屋の旧友に、「どう? 直る?」「……どうって……エンジンもドライブシャフトも何もかもいかれてるじゃん……でもまあ、直るよ。クリスマスごろかな。つっても、2030年のクリスマスだけどな(笑」みたいなちょっと笑えるやり取りがあって、とりあえずひと段落。
 そしてジョンさんは家に帰り、前作で物置の地下に保管していた、けど掘り出した武器、を元に戻して、一人せっせとセメントを練って、再び封印する。そんな地道な作業が終わって、やれやれ、と一息つくと。何やらドアベルが鳴り、来客がやってくる。その客は、どうやらジョンさんが引退する際に、ちょっとだけ助けてもらったイタリアンマフィア(=カモッラ)の野郎で、この作品に特有の「殺し屋協会」の会員として、「一度作った借りは必ず返すべし」みたいな掟を盾にとって、とある仕事を依頼しに来たのだった。ジョンさんは、俺はもう引退したし、無理なもんは無理だ、と当然断る。しかしイタリア野郎は、へえ、掟を破るのか。そりゃあ残念だ。ジョン、オレは友達だと思ってたけどなあ。しょうがない、じゃあまたな。と一度帰るも、すぐさまジョンさん邸を焼夷弾(?)で攻撃、焼き討ちにする。
 激怒したジョンさんは、焼け出されてボロボロな姿で、てくてくと徒歩でマンハッタンへ向かい(あれは……ブルックリンブリッジかな? 左から右に歩いてたから、違うのかも……?)、前作でも出てきた「殺し屋協会」が経営するあの「コンチネンタル・ホテル」(どうやらロケ地としてはウォール街のそばの、Pearl StとBeaver Stの交わる三角のところらしいので、ブルックリンブリッジからはすぐ近くではある)へ直行、支配人に面会を求めるが、支配人には、ジョンさん、そりゃあ、あんたがあいつに借りを作っちまったんだから、どうしようもないよ、と言われてしまう。真面目で律儀なジョンさんは、マジかよ……としょんぼりして覚悟を決め、イタリア野郎に会いに生き、まったく気が進まないながらも、仕事を受けることに。その依頼とは、カモッラの次期BOSSに指名された、自分の姉を殺してくれ(そして自分が次期BOSSになる!)というものだったーーーかくしてジョンさんの死闘は舞台をローマに移すのだが、ローマでの「殺し屋協会ローマ支部」がまた非常にいい感じで、銃の専門家のおじさんを「ソムリエ」と呼び、まるでワインのテイスティングするかのように、必要な武器を見立ててもらい、服も、カッコイイイタリアンオーダーメイドのスーツを仕立てるのだが、完全防弾仕様で(ただし衝撃は消せないので、超痛い)、以降このスーツは大活躍する。で、仕事自体はあっさり片が付く(ターゲットのお姉さんもジョンさんの旧友?で、超潔い死に方)のだが、その後の脱出劇では大勢VSぼっちのジョンさんの激しい戦いとなり、途中からは、ジョンさんに仕事を依頼したイタリア野郎も裏切ってジョンさん抹殺に参加、複数勢力が入り乱れる大乱戦となる。その戦いもなんとか切り抜け、ジョンさんはボロボロの体で「殺し屋協会ローマ支部」のホテルに帰り着き(※前作通り「殺し屋協会」のホテル内では、仕事=殺しは厳禁のルールがある)、一応無事にNYCへ帰ると。で。帰ってきたNYCでは、イタリア野郎がジョンさんに700万ドルの懸賞をかけて、ジョンさんはマンハッタンのいたるところで狩りの対象となってしまうのだがーーーてなお話でありました。はー。短くまとめられなかった……。
 まあ、本作の見どころは、激しいGUNアクションにあるのだが、今回は前作以上に「殺し屋協会」の各キャラが大変良かった。ホテルのメンバーは前作通り。キャストも同じ。今回も、NYCのホテルのコンシェルジュの黒人青年は出てきます。大変ナイスキャラで、今回はジョンさんのわんこも預かってくれます。「当ホテルでは預かれません……が、もしよろしければ、わたくしが個人的にお預かりいたしましょうか?」「ああ、助かるよ」みたいな、ジョンさんとコンシェルジュの性格が良く分かるほほえましいシーンですな。もう一つ、今回は「殺し屋協会」の本部の描写があった。なんと! ちょっと笑えることに、本部は60年代風のレトロな装置を使っていて、働いているのはみんな中高年のおばちゃんたちで、極めて事務的に、殺しの依頼を協会員にメールを送ったりする様がとてもよかったと思う。ちなみに、NYCの支配人は、ジョンさんのことを「ジョナサン」ときちんと呼ぶのだが、まあ、信頼関係があるんでしょうな。そして今回、ラストでジョンさんはとある掟を破ってしまい、支配人も苦渋の判断でジョンさんを協会から破門せざるを得ず……なエンディングで、まあ確実に続編は作られそうですな。それもまた楽しみです。
 というわけで、わたしは大変楽しめたわけだが、わたしが一番面白いと思うのは、やっぱりジョンさん本人のキャラクターだろうと思う。なんというか……ほんとKeanu氏そのもの?のような、妙に律儀で妙にきちっとした真面目な殺し屋なんすよね。そこが一番わたしは笑えたし、なんつうか、愛すべき殺し屋なんですな、とても変な言い方ですが。そして今回のアクションは、もうすさまじいの一言に尽きるだろう。今回、ジョンさんは、殴られる・蹴られる・刺される・撃たれる・車に跳ね飛ばされる・階段から転げ落ちる、など、とにかく満身創痍で痛そうなこと甚だしく、まあ大変な目に遭います。観ているわたしはもう、ずっと、アイタタタ……とつぶやかざるを得ず、一方であまりの状況に笑いも抑えられないという妙な状態であった。
 そして、もちろん他のキャラクターも魅力がいっぱいで、わたしが気に入った5人のキャラと演じた役者をメモしておこうと思う。まずは、NYCのコンチネンタル・ホテルの支配人ウィンストンを前回に引き続き演じたのは、Ian McShane氏74歳。実に渋くて、何気にジョンさんをいつも助けてくれるが、今回ラストでは苦渋の決断を下すことに。大変かっこいい。そしてその部下であるコンチネンタルホテルのコンシェルジュ、シャロンを演じたのがLance Reddick氏54歳。あれっ!全然青年じゃねえ!54歳なんだ……もっと若いかと思ってた。今回もきわめて丁寧というか慇懃無礼で有能なコンシェルジュを好演。まあ、いわゆるギャップがもたらす笑い、ですな。
 で、今回の新キャラとしてわたしが気に入ったのが以下の3名だ。
 まずは、NYCのホームレスを束ねるギャング?なのか良く分からない影の実力者的なキャラとして、なんと! Laurence Fishburne氏が登場、名作『The Matrix』以来のネオ&モーフィアスのツーショットを披露してくれます。このお方は、前歯が猛烈にすきっ歯で、なんかいつもすごくシブくてカッコつけてるのに、そのすきっ歯がわたしは気になって仕方なくなっちゃうんすよねえ……しかし今回のキャラは、わたしは実は良く分かりませんでした。あれは……殺し屋協会の理事の一人ってこと? 違うよな……何だったんでしょうか。そんな良く分からないキャラだけど、やっぱりFishburne氏が堂々と演じると、やけに存在感バリバリですね。Wikiによるとこのお方は、日本のアニメが大好きだそうです。
 次。イタリア野郎の護衛団のTOPである、しゃべれず手話を使う超攻撃的なおっかない女子を演じたのはRuby Rose嬢31歳。非常に印象に残る殺し屋でした。大変な美人さんです。そう、ジョンさんは、この作品では、ロシア語、イタリア語、そして手話まで出来ちゃう凄い語学力のお方であることも描かれました。さすがデキる男は違いますな! ジョンさんと、この女子とは殺しあう仲なんだけど、ジョンさんのラストの手話はちょっとカッコ良かったすね。
 ラスト。今回初めて出てきた、殺し屋協会ローマ支部、のコンチネンタル・ホテル・ローマの支配人ジュリアスを演じたのは、往年のマカロニウエスタンの大御所、Franco Nero氏でありました。いかにおっさんのわたしでも、さすがにマカロニウェスタンはEastwood先生の作品ぐらいしか見てないんだよな……なので、わたしが一番覚えているFranco Nero氏といえば、やっぱり『DIE HARD2』のエスペランザ将軍でしょうな。あとは、『Letters to Juliet』のロレンツォおじいちゃんかな。アレもいい映画でしたね。
 とまあ、こんな感じに、新キャラも魅力いっぱいで、ジョンさんの激闘を盛り上げてくれました。まあ、おそらくは続編も作られるであろうと思うので、また2年後ぐらいに、ジョンさんのその後が観られることを期待しつつ、今回はこれにておしまいにしようと思う。

 というわけで、結論。
 2年前に大興奮した『John Wick』がパワーアップして帰ってきた! というわけで、さっそく初日の今日、その続編である『Chapter2』を観てきたのだが、今回もやっぱり大変面白かった。ただまあ、ものすごい数の死者が出るので、それを面白がっていいのかという気がするけれど、その様子は、下品なものではなく、ジョンさんに完全に感情移入しているわたしとしては、向かってくる奴は全員ぶっ殺す! しかないわけで、大変痛快でありました。ただ、最初に書いた通り、この作品を楽しむためには、前作を見ていることが必須条件ですので、もしまだ観ていないならば、今すぐ観て、そして明日にでも劇場で『Chapter2』を観に行くことをお勧めします。以上。

↓ 観ていないならば、今すぐWatch This Right NOW!でお願いします。最高です。



 Mel Gibson氏と言えば、80年代に青春を送った我々40代後半のおっさんにとっては、初代マックス、あるいはリッグス刑事としてお馴染みのヒーローの一人であるし、監督としてはアカデミー監督賞も受賞した映画界の大御所の一人、であるはずなのだが、どういうわけか2000年代後半からはDVや飲酒運転でお騒がせオヤジと化し、一時期完全にハリウッドから背を向けられてしまった残念なオーストラリア人である。
 まあ、そんな怒れるオージーとしてハリウッドから半ば追放されたわけだが、これまたどういうわけか、みそぎが済んだのか良く分からないけれど、2010年代に入ってからはまたぽつぽつと映画に出演し始め、いよいよ久しぶりの監督作品を世に送り出した。タイトルは『HACKSAW RIDGE』。対日沖縄戦を描いたものらしい、と最初に情報を得たとき、わたしは、へえ? と思って調べてみたところ、タイトルの「HACKSAW RIDGE」とは「弓鋸の崖」という意味であり(※Saw=のこぎり、Ridge=崖)、沖縄の現在の「浦添城址」の南側の「高田高地」と呼ばれた崖のことであることを知った(※浦添市の公式サイトにすっげえ詳しい解説があります→http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017052900033/)。なるほど、てことは、沖縄戦の激烈な戦いを舞台とした『PLATOON』とか『Heartbreak Ridge』的な、ああいう映画かな、と、まずはわたしは盛大な勘違いをしていた。Mel Gibson監督なら、大規模戦闘の描写は文句なく激しく迫力満点であろう、なんてことも頭にあったのは間違いない。しかし、US版の予告が公開されて、観てみると、どうも、わたしの完全なる予断は8割方は合っているように思える、が、どうやら主人公は衛生兵(Medic)で、しかも銃を手にしないという点にドラマの主軸があるということを知って、ますます興味がわいたのである。
 というわけで、今日、早速観てきたのだが、確かに物語は米軍側から観ればかなり美しものの……結論から言うと……なんというか、日本人的にはやっぱり複雑だし、やはり、日本人としてはいろいろと理解が難しい物語であるように思えた。わたしはキリスト教徒じゃないし……そもそもの殺し合いは否定しないんだ、というのはちょっと不思議に思えたのである。これは賛否両論だろうな……まあ普通の人なら、主人公の戦場での献身に心打たれてしまうのかな……要するにわたしが冷たい男である、ってことの証左なのかもしれないなあ……。

 基本的には、上記予告のとおりである。一人も敵を殺さない兵士。いかに衛生兵(Medic)とはいえ、まあ、ズバリ言えばそれは矛盾しているというかあり得ないわけで、わたしとしては本作のポイントは、主人公デズモント・ドス君が、「人殺しはしない」ことと「軍人であること」をいかにして矛盾せずに成立させるのだろうか、という点にあるのだろうと思っていた。おそらく、決して先制攻撃をしない専守防衛を任務とする日本の自衛官であってさえ、有事となれば人を殺し、そして自らも殺される可能性があることを明確に想定し、覚悟しているはずだ(たぶん)。
 もちろん誰だって、人殺しはしたくないのは当たり前だけど、なら軍人にならなきゃいいじゃん、と、普通は考えると思う。戦中の日本では考えられないことだが、US国内においては「良心的兵役拒否」というものがあるわけで、軍人にならずとも国家に貢献できる道は制度としてきちんと存在したのだから、あえて軍人になる必要は、実際のところないといっていいはずだ。この点を理解するのは、はっきり言ってちょっと難しいと思う。
 劇中では、なぜ人殺しをしたくないか、銃に触れたくないか、という点が前半語られている。
 幼少期に起きた出来事として冒頭に描かれるのは、兄との楽しい毎日だ。しかし、ある日、庭で喧嘩をしていて、思わず手にしてしまったレンガで兄をぶっ叩いて、危うく殺しかけてしまう事件が起きる。兄は幸い無事で命に別状はなかったが、危うく殺しかけたのは事実で、そのことで、幼いデズモントの心には、十戒でいうところの第6番目「汝、殺すなかれ」を破ってしまいそうになった自分におののき、ますます信心を深める、ということになる。正直に言えば、キリスト教徒ではないわたしには、なんだそれ、である。いや、兄弟げんかにレンガはナシでしょ、宗教は関係なしに。
 そしてもう一つのカギとなるのは、父との関係だ。父は、第1次大戦に従軍した退役軍人である。1次大戦で多くの友を失い、心に傷を負った父。そして退役後は信心を深めるも、心をの傷をいやすためか、飲んだくれてしまい、よく母とけんかをしていた父だったが、ある日、母に向かって銃を向けてしまい、両親のけんかに耐えられなくなったデズモント君(推定10代後半にまで成長)は、父から銃を奪い、思わず父に銃を向けてしまう。しかし父は、むしろもう死にたくなっていた。引き金を引け!と涙を流しながら乞う父。こんな出来事があって以降、デズモント君は銃には二度と手を触れない、と誓うのであった……って、これまたなんじゃそりゃ、である。なんか……当たり前っつーか……。
 とまあ、以上の二つの出来事によって、デズモント君は、殺しはしない・銃は手に取らない、ということを信条にした青年であることが、わたしには全然理解できないけれど、説明されている。けど、軍に入隊するきっかけは、正直わたしには良く分からなかった。一応、劇中で語られているのは、自分だけ安全なところでのんきにしていられない、的な言葉はあったけれど、まあ実際それだけである。
 で、入隊した訓練キャンプでは、当然、問題になる。銃をとれ。できません。これはお願いじゃない、命令だ。銃をとれ。できません。上官の命令に聞けないなら、それは重大な軍規違反であり、軍法会議にかけられるがいいんだな。はい。―――とまあそんな展開である。しかも上官は、お前には無理だから、もう除隊なさいよ、とかなりデズモンド君を思いやっているのだ。それでも引かないデズモンド君。そして嫌がらせを受けても、決して誰のせいにもしない態度で、周りの仲間たちの信頼も芽生えてくる。それでも信念を曲げず、貫こうとする姿に、わたしは今年の初めに観た『Silence』を思い出した。主人公デズモントを演じたのは、まさしく『Silence』で宣教師ロドリゴを演じたAndrew Garfield君である。誰もが、本心では信仰を捨てないでいていいから、ほんの形でもいいから踏み絵を踏んでくれ、と願ったあの状況と、実によく似ている。ライフルに触るだけでいい。もう撃たなくていいから、と言っているのに突っ張り、軍法会議に立たされることになったデズモンド君。もちろん、江戸時代の宣教師ロドリゴとデズモンド君では、その危機的状況は較べようもないほど違うものだ。ロドリゴは、拒めば自分ではなく大勢の信者が殺される。デズモンド君の場合は、有罪となれば終戦までずっと監獄で過ごすことになるが、別に命はかかっていない。そもそも、どうも信仰の問題、ではなく、あくまで自分の生き方の問題、すなわち信条、信念の問題という違いがあるような気がする(もちろんその信条の基本にあるのは信仰だろうけど)。なのでわたしはこの軍法会議の行方は一体どういう決着がつくんだろう? と思って見守っていたのだが、なんとこの場を収めたのは、父の愛であった。父が、1次大戦を共に戦った元上官が、現在かなり高位に出世していたため、その高官に直訴してなんとかなったのである。わたしはこの、ある意味スーパー他力本願な結末に、結構、がっかりしたというか……なーんだ、と思った。
 わたしは、こういった前半での物語に、結構冷めた目で見ていたため、なんつうか、良く分からねえ、とかそんな思いでスクリーンを眺めていた。
 そして物語は後半、沖縄での戦場に移る。だがこの戦場シーンも、きっと史実に即した正しい描写なんだろうけど、どうもわたしには良く分からないところがあった。それはUS陸軍の作戦で、戦略拠点の制圧を目的に侵攻しているのだが、洋上の戦艦からの艦砲射撃で徹底的にたたく→歩兵を投入して残存兵力掃討→制圧、というある意味鉄壁な作戦なのだが、すさまじい艦砲射撃(多分当時の最大火力ではなかろうか)で日本軍はボロボロ、と思いきや、US陸軍の歩兵が掃討戦を始めると、日本兵が異様にもうわらわらと湧いて出てくるのである。そしてUS側には航空支援は一切なし。あれは……どういうことなんだろうか?? US側はもう制空権をがっちり握っていると思うのだが……そして一応、日本兵は硫黄島並みの地下通路を張り巡らせていた的な描写はあったけれど、戦艦の艦砲射撃にも耐えうるものだったのだろうか?? これはわたしが無知なだけかもしれないけれど、まあ、日本軍はおっそろしく強い相手として描写されていましたね。結果、US陸軍の歩兵たちにも甚大な被害が出る。そして、いよいよ衛生兵Medicデズモンド君の大活躍が始まる、という展開である。
 とまあ、こういう物語なわけで、なんだか突っ込みを入れてしまいたくなるお話なのだが、そういえば、デズモンド君の個人的信条は、一応、だれにも迷惑をかけていないのかも、ということに、わたしは観終わってふと気が付いた。軍法会議を開催するにあたっての事務方の負担ぐらいじゃないかな、デズモンド君がかけた迷惑は。衛生兵としては間違いなく英雄的な活躍をしたのは確かだし、結局デズモンド君を衛生兵として従軍すること許したUS陸軍も、日本人的にはあり得なくても、欧米的価値観、というよりキリスト教的価値観?においては、まあ美しいんでしょうな、と理解することとした。この余裕が、戦勝国なんですかねえ……。

 というわけで、わたしとしてはこの物語を理解するのが結構難しかったわけだが、役者陣の熱演は大変素晴らしく、その点は手放しで称賛したい。まず、主人公デズモンド君を演じたAndrew君は、前作『Silence』に続いて受難な役柄を見事に演じ切っていたと思う。ただ、わたしはキャラとしては好きになれないかなあ……何というか……いつもへらへらと薄ら笑いを浮かべてるのが気に入らないんすよね……ニヤつくのはやめろ!とわたしが上官だったら言うと思う。あのニヤついたツラは演出なんだろな……きっと。わたしにはちょっとアレっすね……。
 あと二人、わたしの印象に残った役者を紹介しておこう。まず、デズモンドの父を演じたHugo Weaving氏である。『The Matrix』シリーズのエージェント・スミスや『The Lord of the Rings』シリーズのエルロンド様でもお馴染みのHugo氏だが、今回も非常にシブくてカッコ良かった。とりわけ、1次大戦での体験から、もう決して軍とはかかわりを持たないと決めていたのに、息子のためにかつての軍服を着用して行動するシーンは、それまで飲んだくれのダメオヤジなのかと思わせておきながら実に男らしかったすね。大変良かったと思います。
 もう一人は、『Avatar』の主人公ジェイクでお馴染みのSam Worthington氏だ。デズモンドの上官として、最初は、お前いい加減にしろよ、という態度だったのだが、だんだん、こ、こいつ本物のバカだ……だがそんなバカが一人ぐらいいてもいいか……みたいな感じで理解を示し、戦場ではデズモンドを信頼するに至るという流れはとても良かったし、その心境の変化が表情にも表れていたと思う。何気に名演でしたよ。カッコ良かったす。

 というわけで、どうもまとまらないし長いので、ぶった切りで結論。
 Mel Gibson氏の10年ぶり?となる監督作品『HACKSAW RIDGE』を早速観てきたのだが、そりゃあまあ、美しいと思いますよ、主人公の献身的な活躍は。でも、どうしてもわたしには、「納得」はできない、ような気がする。大体の理解はできるけれど、なんというか……他力本願というか自分勝手というか……うまく言えないけれど、あくまで自分の考えを押し通しただけで、別に戦争自体は否定していないし……でもその意志力がすげえ、ってことなんでしょうな。少なくとも、こうして偉そうに平和な日本でだらけた毎日を送るわたしにはできないことなので、それは素直に凄いというか、感動的であると思います。まあ、周りに恵まれていたってことなんだろうな。あ、最後に付け加えておくと、戦場シーンの迫力はすさまじいです。アカデミー録音賞と編集賞受賞は伊達じゃないす。以上。

↓ ちゃんと読んで勉強したくなりました。これを読めば、わたしの抱く謎(航空戦力のこととか)は答えが得られるのかもしれないすね。よし、買ってみるか。

 わたしは走る男として、わたしを知る人々から認識されている。が、実は、震災でわたしがエントリーしていたレースが中止になって以降、1度もレースに出ていないので、実際のところ過去形で語るべきかもしれない。まあ、いずれにせよ、わたしが皇居を走ったりレースに出ていたのは2000年代で、まだ、当時は今のようなブーム的な盛り上がりまでは来ておらず、例えば、今現在の皇居の周りは平日の昼でもなぜか走ってる連中が多く、しかもクソ遅いスピードで多くの人がちんたらしている姿を見かけるけれど、10数年前はほとんどそんな姿は見られなかった。当時、わたしはよく仕事終わりに皇居で走り、真っ暗な桜田門の誰もいない広場で、全裸で着替えをするのも全然当たり前だったものだ。今やったら、確実におロープ頂戴で即逮捕は間違いない。
 そして時が過ぎ、2013年4月15日。「PATRIOTS DAY(=愛国者の日)」という祝日に開催されたボストンマラソンにおいて爆弾テロ事件が発生したことは、我々日本人もまだ生々しい記憶として覚えている人も多いはずだ。最近のマラソンブーム的な世の中においては、結構世界のマラソン大会に出場するためのツアーなんかもあるけれど、このボストンマラソンは、そういうなんちゃって野郎はお断りで、出場条件となるレースタイムが結構シビアというか、普通の市民ランナーだとちょっと速い人でないと出られない条件となっている。わたしの持ちタイムでも、やっと出場条件を10分クリアしているぐらいである。瀬古選手が2回優勝したことでもお馴染みのレースですな。
 というわけで、わたしが今日観てきた映画『PATRIOTS DAY』という映画は、まさしくそのボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を追う物語で、実に痛ましく、観ていてなかなかつらい作品であったのである。以下、結末まで書くと思うので、ネタバレが困る方は読まないでください。

 まあ、物語はもう上記予告のとおりである。ボストンマラソン開催中のゴール付近で爆弾テロが起き、そのテロリストを捕まえようとする警察とFBIの捜査を追ったお話だ。直接的な爆弾による死者は3名。後の捜査中に射殺された警官1名、合計4名がこの事件で亡くなっている大変痛ましい事件だ。
 ただ、映画の展開としては、若干群像劇的で、冒頭から爆弾が炸裂するまで、およそ30分ぐらいは、のちにこの事件を中心的に捜査することになる警官、爆弾で片足を失うことになる若いカップル、のちに犯人に車を奪われることになる中国人青年、また、のちに犯人に射殺されることになる警官、そういった、事件によって人生が変わってしまった、あるいは奪われてしまった複数の人々の、「なんでもない日常」が描かれてゆく。もちろん、犯人の二人組の、決行に至るまでの様子も、だ。
 わたしがこの映画を観て感じたことは、主に二つのことであろうか。
 1)一体全体、どうして犯人はこんなことをしようと思ったのか。そして実行できたのか?
 この点は、実際のところあまり深くは描かれない。単に、イスラム過激思想に染まったゆとり小僧二人が行った、ある意味何も考えていない短絡的な犯行であるようにわたしには写った。はっきり言って子供の悪ふざけと変わらない幼稚な思考である。しかし明確な人殺しなわけで、きっちり落ちまえをつけてもらう必要がある。おまけに犯人二人は兄弟なのだが、兄の方は妻も子もいる。どういう経緯で過激思想に染まったのか知らないが、100%悪党と断言せざるを得ないだろう。意外と計画はずさんで(それゆえに100時間で事件は解決する。100時間が長いのか短いのか、もはやわたしには何とも言えない)、様々な場所の監視カメラにバッチリ写っている。この事件はいわゆる「自爆テロ」ではなく、自分はさっさと逃げて無傷だったのだから、まあ、きっと死ぬつもりはなかったんだろう。でも、あんな計画で逃げ切れるとでも思っていたなら相当知能は低い。ちなみに二人の犯人は事件後、家にこもっていたけれど、顔写真が公開されて、その時点で初めてヤバい、逃げよう、と、NYC目指して逃亡するのだが、バカかこいつら、死ねよ、と本当に腹立たしく思った。おまけに、二人は逃亡のために、わざわざ超目立つメルセデスの新車のSUVを奪って、その持ち主も乗せたまま逃亡するのだが、ごくあっさりその持ち主に逃げられ、追い詰められることになる。行動に一貫性がなく、確実に言えることは、この二人はど素人、である。
 そしてわたしがもっと腹が立ったのが弟と、その大学の友人のクソガキたち(こいつらは別にムスリムではないただのゆとり小僧たち)の方だ。この事件当時19歳だったそうで、まさしく何も考えていないとしか言いようがない。こういう凶悪なクソガキが平気な顔をして暮らすUSAってのは、ホントにおっかないですなあ。そしてその友人どもも、写真が公開された時点で、あ!これってあいつじゃん!と認識しているのに、一切警察へ通報したりしない。このガキどもがさっさと通報していたら、ひょっとしたら警官は死なずに済んだかもしれないのに。まあ、まさしく悪意そのものですよ。ちなみに、このガキどもも、事件後捜査妨害の罪で逮捕されたそうなので、心底さまあである。キッツイお仕置きをくれてやってほしいですな。そしてもうひとつちなみに、兄貴の方はきっちり死ぬのだが(しかも警官に撃たれて死ぬのではなく、弟の運転するメルセデスに牽かれて死亡)、このクソガキ弟の方は生き延び逮捕される。現在も収監中だそうで、一応死刑判決が出ているそうだが、さっさと執行してもらいたいものだ。
 あと、悪意そのものといえば、犯人の兄の妻、も相当なタマと言わざるを得ないだろう。狂った信心に心を閉ざし、捜査に一切協力しない。劇中、ラスト近くで、超おっかないおばちゃんがこの妻を尋問するシーンがあるのだが、ちょっとわたしには意味不明で、その超おっかないおばちゃんが何者なのかさっぱりわからなかった。あれって……誰なんすか? ミランダ警告(※よくUS映画で刑事が犯人を逮捕するときに「あなたには黙秘権がある……」と読み上げるアレ)なしで妻を逮捕させる権限を持つ何者か、なのだが……だめだ、キャストとしてもInterrogator(尋問者)としか載ってないな……まあとにかく、この邪悪な妻も、さっさとこの世から抹消すべきでしょうな。もちろん現在も収監中?のようです。なお、その妻を演じたのは、TVシリーズ『SUPERGIRL』でおなじみのMelissa Benoist嬢でびっくりしました。
 2)捜査規模が尋常じゃない。当たり前かもしれないけど。
 本件の捜査は、警察が始めは場を仕切る、が、US国内における防諜・対テロ案件は、当然FBIの管轄だ。なので事件後数時間でFBIチームが現場に到着する。そして爆発現場に転がっているボールベアリングなどを見て、明らかに殺傷力を高めた対人爆弾であることから、本件はテロ事件であることを宣言し、FBIが捜査権を握る。このシーンは上記の予告のとおりだ。
 そしてその後、でっかい倉庫に現場を再現し、膨大な動画の中から犯人を特定し、前述のように、犯人に車を乗っ取られた中国人青年が逃げて通報し、と犯人に迫っていく。そして車を発見し、銃撃戦となって兄が死んだところで、弟には逃げられてしまう。ここからの展開がすごいんですよ。なんと、ボストン全域(?)にわたって、「外出禁止令」を発令し、商業活動も一切すべて止めてしまうんだな。車一台通らないボストンの図は、まさしく劇中のセリフにある通り、Martial Law=戒厳令そのものだ。これは日本ではありえないだろうな……あり得るのかな? それを可能にする根拠となる法が日本には存在しないんじゃないかしら……。まあ、最終的には、隠れていた弟は見つかって御用となるわけだが、その大捕物も、そりゃ銃や爆弾を所持している可能性があるから当然かもしれないけど、過剰なほどの銃・銃・銃、での大包囲となる。
 わたしは観ていて、やっぱりこれは、要するに戦争なんだな、と思った。戦争とテロ、何が違うかといえば、常識的に答えるならば戦争はプロ同士の殺し合いであり、戦闘員以外は対象から除外されるものである一方で、テロは、非戦闘員をも殺傷対象にしている、という点にあろうと思う。しかし、やっぱりテロは「いつでも」「どこでも」「誰でも」が無差別に対象となる戦争そのものなんだな、ということをわたしは強く感じた。なんというか、人類は憎しみの連鎖を断ち切ることはできず、ずっと殺しあうんだろうなという絶望を感じざるを得なかった。
 本作は、そういったテロに対する憎しみや、失われた命に対する悲しみを克服することができる、唯一の力として「愛」を讃美しているのだが、まあ、そうあってほしいとわたしも深く同意したい、とは思う。心から。けど、無理なんじゃないかなあ……。それならとっくに克服しててもおかしくないはずなのではなかろうか……人類は、どうやら何千年たっても、肝心な部分が進化できていないのかもしれないすねえ……。ラストの、おそらくは当時の本物映像を使ったと思われる、ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークでの「BOSTON STRONG」の演説(?)シーンは、わたしは結構グッときましたね。なんか、映画館でも鼻をすすってる人も多かったように思います。
 ※ちなみに、生粋のボストン人は「ソックス」ではなくて「ソークス」と発音するそうで、とある二人のキャラが「ソックスでしょ?」「いやいや、ソークスだよ」とやり取りするシーンは、後々ちょっとグッときます。

 というわけで、まあ、暗くもラストは希望を一応は描いてくれた映画なのだが、キャストは結構豪華で有名どころが多く出演している。もう長いので、二人だけ紹介して終わりにしよう。まず、主人公的視点のキャラとなる警官を演じたのが、サル顔でおなじみのMark Wahlberg氏。4月に観たばかりの『Deepwater Horizon』での熱演も記憶に新しい彼だが、本作は、監督も同じPeter Berg氏だ。やはり音響の迫力はばっちりだし、当時の本物の映像を巧みに使い分けながら非常にキレのある作品であったと思う。Wahlberg氏も、なんか、この人は「アメリカの良心」的な役が似合うんすかね。大変共感できる芝居ぶりであったと思います。
 そして次は、わたしが大好きなKevin Bacon氏の名をあげなくてはなるまい。今回はFBIの特別捜査官として、久しぶり?に悪党ではなく善の人でありました。いやー、シブい。実にカッコ良かったと思います。今回はそれほど活躍のシーンはないんだけど、犯人の写真を公開するか否かで警察とFBIが対立した時に、どっかのTV局がその写真を入手し、公開に踏み切るという話を聞いて、それまでは比較的冷静だったのに、いよいよブチ切れるシーンはもう、わたしの大好きなBacon節が炸裂してましたね。「……いいだろう。もう公開するしかあるまい。TVより先にな。だが! いいか! 覚えておけ! 絶対に写真をリークした警官を見つけ、必ず破滅させてやる!!!」わたしも観ながら、誰だ情報漏らしやがったのは!と腹が立っていたので、Bacon先生の大激怒で超スッキリしました。Bacon先生を怒らせるとは、恐れ知らずもいいとこだぜ……! あの大激怒を目の前でやられたら、おそらくほぼ確実に失禁せざるを得ないと思いますw 最高でした。

 というわけで、結論。
 2013年4月15日に起きた、ボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を描いた『PATRIOTS DAY』を観てきたのだが、とにかく思うのは、テロはもう戦争そのものだということで、まあ断じて認めるわけにはいかないということだ。ま、当たり前か、それは。しかしなぜなんだ? なんでそんなに憎しみを身に抱えられるんだ? なんで平気で人を殺せるんだ? 映画としては、本作はわたしのその疑問には答えてくれなかったけれど、代わりに、憎しみと悲しみを克服するのは「愛」しかねえ、と教えてくれます。でも……どうなんだろうな……いや、やっぱりそう信じて、行動するしかないすかねえ。なんというか、信じて損はないと思うけど、相手もそうとは限らないわけで、どうしたらいいのかなあ……以上。


↓ こういうのが売ってます。まったく関係ありませんが、わたしが世界で最も好きな小説家、Stephen King先生は、レッドソックスの大ファンとしても有名です。

 去年の夏、日本で公開されてまったく売れなかった映画『X-MEN:APOCALYPSE』。その映画を観て書いた本Blogの記事でも記した通り、わたしは20th Century FOXによる映画「X-MEN」シリーズは、さっさと終了させて、MARVEL=DISNEY帝国によるMCUに「X-MEN」キャラたちも参加してほしいと今でも心から祈っている。とにかく、全体としてきちんとシリーズ構成が設計されておらず、場当たり的である。もちろんわたしは映画「X-MEN」シリーズに関しては、2000から始まった最初の3部作は大好きだし、ウルヴァリンのスピンオフ2本もいいし、それから、第1世代ミュータントの悲劇を描いた『X-MEN:First Class』は最高に面白かったと思っている。だが、その次の『X-MEN:Days of Furute Past』でとんでもない展開となり、そのトンデモ設定を引き継がざるを得なかった去年の『X-MEN:APOCALYPSE』でもはや手の施しようがなくなってしまった。故に、もう終わらせてほしい、とわたしは思ったのである。
 折しも、去年は「X-MEN」世界における異端児『DEAD POOL』単独スピンオフがUS国内ではシリーズ初の「R指定」ながらも、本編の倍以上を稼ぐ超える驚異の大ヒットとなってしまい、本末転倒というか、もはやどうにもならない状況となり果てていたわけで、わたしはもう、本当にFOXによる映画「X-MEN」シリーズに絶望していた。
 そんな状況下で、またもやFOXは、一番の人気キャラであるウルヴァリン単独作品『LOGAN』を世に送り出した。しかも本作もUS国内では「R指定」である。わたしは、はっきり言ってまったく期待していなかったし、どうせ『DEAD POOL』の大ヒットに乗じて、首が飛んだり手がちぎれたり、血まみれ映画になり果てたんでしょ、という完全なる予断を抱いて、わたしは昨日、劇場へ向かったのである。そして、本Blogにおいてこき下ろしてやる!とさえ思っていたのが本音だ。
 しかし―――結論から言うと、本作は紛れもなく超名作であり、これはすげえ、こいつは最高の「X-MEN」の真のファイナルじゃねえか!!! と絶賛するに至ったのである。FOXよ、頼むから調子に乗ってこの先また「X-MEN」作品を作ろうと思うなよ。本作で完結させるのが、最高なんだから! さっさと、もう莫大な金額を提示してもいいから、今すぐMARVEL=DISNEY帝国に権利を売り戻してくれ。頼むよ!
 以下、ネタバレがあると思いますので気にする人は読まないでください。

 まあ、あいかわらずFOXの予告は肝心の物語がさっぱり伝わらない内容だが、その世界観は伝わると思う。最初に言ってしまうけれど、本作は、これまでの「X-MEN」映画の歴史をまたもや完全に無視しているといっていいだろう。あれはどうなった、あのエンディングと繋がらねえじゃん。そんな世界観であるので、はっきり言ってわたしは序盤は結構いらいらしながら観ていた。まーたFOXの野郎、めちゃめちゃにしやがって……と、実際腹立たしくさえ思っていた。おまけに、そもそも不老不死であるウルヴァリンが、何故年老いているのか。そして、なぜ他のミュータントたちがみな死に絶えてしまったのか。この最大のポイントも、まったく説明はない。そういう意味では全く不親切というか、ぶった切りである。一応、これまでの映画シリーズは時系列で示すと次のようになると思う。ちょっと簡単にパワポで図を作ってみた。記憶だけで書いたので年号は自信なし。
X-MEN
 まあ、要するに超問題作『FURUTE PAST』で歴史が大きく改変されてしまったわけだが、実際、原作のコミックでもそういうことは実のところ頻繁に起こっているので、ここでけしからんとわたしが非難しても、実はほぼ意味はない。なので受け入れるしかないわけだが、本作『LOGAN』は、これまでのシリーズのどの流れなのか、明確にはわからない。完全に独立した別の歴史かもしれないし、一方ではちょろちょろと、「それっぽい」ことを示唆する小道具とかが映されるため(例えば『SAMURAI」の刀とか)、どういうことなんだよ、とこれまた観ていてイライラする。
 しかし――である。X-23として原作でおなじみのローラが出てきて、ローラと、もう完全におじちゃんで耄碌してしまったプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアとの逃避行が始まると、そこからはどんどん面白くなってくるのである。もう完全に、戦いに疲れた男と無垢な少女とのロードムービーであり、実に心にしみるのである。とにかく渋く、カッコよく、泣かせるのだ。
 展開としては、人為的に「製造」されたミュータントの少女を、コミック「X-MEN」で描かれているミュータントの住まうコロニー「エデン」に連れて行ってくれ、と製造していた会社の女性に頼まれたウルヴァリンが、その会社からの追手の追撃をかわしながら、「エデン」を目指すというものなのだが、わたしは心底驚いたことに、本作『LOGAN』の世界には、「X-MEN」のコミックが存在するのである。こ、これはまさか「第4の壁」を突破(=自分がコミック世界の人間であることを自覚している状態。DEADPOOLがその例)しているのか!? とわたしは興奮したが、劇中でのウルヴァリンの話によると、「そんな漫画は、事実に基づいてはいるけれど、面白おかしく誇張したインチキだ。エデンなんてものはありはしない」だそうで、どうやらこの世界ではX-MENたちの活躍は知られていて、それが漫画化されているだけらしい。なるほど。しかし、コミックを信じるローラは、エデンの存在を信じ、そこに向かうことだけを希望としている。ウルヴァリンとしては、何にもありゃしねえよ、そこに行っても失望するだけだぜ……と思いながら、ボロボロな体でエデンを目指すわけだ。
 その道中では、当然激しいバトルが繰り返される。あろうことか、X-24として、ウルヴァリンそのものといえるクローン・ミュータントまで出てきて(=だからHugh Jackman氏は一人二役)オールドマン・ウルヴァリンはもう満身創痍だ。そもそも、たまに勘違いしている人と出会うけれど、ウルヴァリンの爪は、あれは人為的に後付けされたただの武器で、ミュータントとしての重要な力はどんな傷もたちどころに治っちゃう「ヒーリング・ファクター」の方だ。それがあるからこそ、強い戦士だったわけで、本作では「ヒーリング・ファクター」能力が弱まっている。いくら爪があっても、例えるならただの中年オヤジが刀を振り回したって怖くないでしょ? そういう状態なので、あのウルヴァリンが、もうボッコボコである。そんなピンチを救うのが、まだ10歳程度の少女だ。その少女は、研究所の連中からは「特許物」と呼ばれ、製品の一つに過ぎない。しかも、ウルヴァリンのDNAから製造されており、いわば娘である。そういう意味では、明確に父と娘の心の旅路を描く作品となっているわけだ。まあ、鉄板ですわな、そういう展開は。はっきり言って、ラスト、少女がウルヴァリンを「パパ」と呼び、そして墓標の十字架を、一度抜いて、斜めに、「X」の形に直して据えるシーンはホントにもう、ジーンと感動したね。いや、マジで最高でした。これ以上ない、映画「X-MEN」の完結だと思う。
 というわけで、物語的には、これまでの映画「X-MEN」シリーズが大好きな私としては、結構突っ込みどころというか良く分からない点もあるものの、中盤からはもう大興奮&大感動してしまったわけで、それは確実に、役者陣の素晴らしい演技に支えられていると断言してもいいだろうと思う。
 まず、主人公ローガンことウルヴァリンを演じたのが、当然のことながらHugh Jackman氏。本作限りでウルヴァリン役からの引退を表明しているHugh氏だが、その言葉が守られることを切に願う。もうこれ以上の感動的なラストはないでしょ。それにしても、本当に疲れ、くたくたになったウルヴァリンをよくぞ演じ切ってくれました。完璧だったと思います。来年2月のアカデミー賞にノミネートされてもまったくおかしくないと思うな。とにかくカッコよく、最高です。
 次は、これまた疲れ切っていて、もう完全に要介護状態ですらある老いたプロフェッサーXを演じたのが、これも当然、Patric Stewart氏だ。本作では、能力の暴走を恐れながらも、ウルヴァリンのメンターとしての最後の教えを施すおじいちゃんとして、実に渋い演技ぶりだった。本作では、プロフェッサーXは「世界で最も危険な脳」の持ち主として、その能力の暴走はもはや災害みたいな認識がされている。そのために抹殺対象になっているわけだが、その設定はわからんでもないけど、一体全体、どうしてこうなった……他の仲間はどうしちゃったんだろうな……まあ、そちらの説明をし始めちゃうと、軸がぶれちゃうのかな……本作はあくまで、ローガンとローラのお話だからな……。
 で。X-23こと、ウルヴァリンのDNAから製造されたローラを演じたのが、Dafne Keenちゃん12歳。素晴らしい! 実に素晴らしい演技で、おっさん客はもう号泣必至であろうと思う。いや、わたしは泣いてないすけど。本作ではほぼ笑顔はなく、常に深刻な顔をしているし、本当にもうクライマックス直前までセリフすらないのだが、しぐさや表情は結構可愛らしく、実に守ってあげたくなる少女でしたな。凶暴だけど。その見事な演技については、わたしとしては、天才少女現る!と絶賛したいと思う。成長が楽しみなちびっこですよ。どうか美しい女優に育っておくれ……。

 はーーー。なんかもう書くことなくなっちゃったな……まあ、わたしはこの映画を絶賛したいわけだが、一つ注文を付けるとすると、本作は2029年と明確に年代が示されるが、ウルヴァリンが乗っている車だけは、若干の未来調で2024年モデルとか言っていたけど、ほかの車が、まったく今の2017年の車なんだよな……わたしは車好きなので、その点はちょっと甘いというかイマイチだったすね。ま、まったくどうでもいいことですが。未来感で言うと、ローラを追う勢力の男のメカニカルアーム(義手)とかは、ほんの些細な小道具だけど実にクオリティの高いCGで、大変良かったと思います。
 しかし、やっぱり年老いて、死が自らに迫ってくると、一番に考えることは自らの遺すもの、端的に言えば子供のことなんだろうな。死に瀕すれば、今までのオレの人生って何だったんだ、オレは一体何のために生きて来たんだ、と思うのは、ミュータントでも変わらないわけで、自分の生きてきた証、ってやつなんでしょうな。ほんと、心にしみる作品でした。ラストが最高です。

 というわけで、結論。
 映画『LOGAN』は、その背景はあまり語られず、これまでのシリーズとの関連性もかなりあいまいで、またしてもFOXがひどい「X-MEN」を作りやがった……と思ったら、中盤以降はもう最高で、感動すらある超名作であった。ほんと、マジでもうこの作品を完結作として、FOXは二度と「X-MEN」映画を作らないでほしい。そして、いつかMCUに「X-MEN」が参戦する日が来ることを、わたしとしては切に望みたいと思う。しかしHugh氏は本当にお疲れさまでした。あなたの演じたウルヴァリンは最高でした。以上。

↓ 一応、複数作品のエッセンスを取り込みつつ、メインのビジュアルイメージはコイツだそうです。マーク・ミラー氏の作品は、もはやコミックではなくグラフィック・ノベルですな。激シブすね。

 こりゃまたわっかんねえ映画だなあ……というのが、わたしの偽らざる感想である。
 先日、夜、もう寝るべか、と部屋の電気を消して電子書籍を読もうとベッドに横になった時、突然HDDデッキが動き出し、何かを録画し始めた。お? なんじゃ? と思ったものの、わざわざ確認することはせず、その時は放置したのだが、翌日、そういや昨日の夜は何を録画したんだろうとふとチェックしてみると、なにやら『ロブスター』なる映画が録画されているのを発見した。
 『ロブスター』……どんな映画だっけ? と考えること3秒ほど。すぐに、あ、ひょっとしてアレか? 独身者が虐げられていてカップルにならないと動物だか何だかに変身させられちゃうっていう、あのへんな話か? とすぐに記憶がよみがえった。ははあ、やっとWOWOWで放送されたのか。ならばちょっと観てみるか。というわけで、再生を開始した。結論から言うと、この物語には様々なメタファーめいた、いわば裏の意味がたぶんあるわけだけれど、ズバリ言ってわたしの好みには全く合わず、なんだか……ガッカリであった。以下、いつも通りネタバレまで書くかもしれないので、気にする方は読まないでください。

 とまあ、そういうわけで、物語は基本的に上記予告の通りである。
 が……実のところ、作品の中ではほとんど何も説明されないので、実際良くわからないことが多い。物語は、冒頭50代ぐらいの疲れた表情の女性が運転する車内の映像から始まる。そしておもむろに車を止め、銃を取り出し車外へ出る。するとそこには、草を食んでいる2頭のポニーがいて、何の脈絡もなく、そのうちの1頭に銃を向け、3発発砲、ポニーを殺す。なんのこっちゃである。そして、場面はどうにもさえない男が妻と別れ、ライトバンに乗せられてホテルへ到着し、私物をすべて取り上げられ、説明を受けるシーンに代わる。服や必要なものはすべて支給する。滞在日数は45日。その期間内にカップルにならないと動物?に変身させられてしまうのだが、あなたは何になりたい?と質問を受ける。どうやら男が連れてきたわんこは、自分の兄貴(が犬に変えられてしまった姿)らしい。「ロブスターがいい。100年生きるっていうし、海も好きだし。死ぬ直前まで生殖能力があるし」「いい選択ね」とまあこんなやり取りがあって、じゃあ、初日は拘束するから、と、左腕をベルトに拘束され、その体制ではズボンも脱げずにやっとこさ、ベッドに入る。そして翌朝から、奇妙な滞在記が始まるーーーてなお話だ。
 良くわからないのだが、どうやら「独身者」は虐げられているというか、完全に人権をはく奪されているらしく、街に住むことは許されていないようで、そういった「不法独身者」というか「野良独身者」は、森にコロニー?を築いて暮らしているらしく、ホテル滞在者は、その森に住む野良独身者たちを麻酔銃で「捕獲」すると、滞在日が1日増える、らしいことも語られる。ちなみに、森には動物に変えられちゃった元人間と思われる動物たちが結構うろうろしていて、森の中にラクダがいたり、やけにシュールな絵面であった。
 そして動物に変えられてしまう、というのも、全く説明がなく、何らかの謎テクノロジーによるもののようで、劇中1回だけ、「THE TRANSFOMATION ROOM」なる部屋は出てくるが、どんな仕掛けなんだかさっぱりだ。魔法なのか科学技術なのか、一切触れられないままである。
 かと言って、街には全く普通に現代文明が築かれており、独身でない(=結婚している)なら普通に生活しているようで、意味不明なディストピア的な世の中でもない。ただ単に、独身=アウト、という全くの不条理世界である。しかも、その街とホテル、それから野良独身者たちが住まう森、の地理的な位置関係がまったく良くわからない。後半、主人公は、ホテルから脱走し、野良独身者の群れに加わるのだが、その野良独身者たちには女性のリーダーがいて、恋愛禁止の妙に厳格なルールの元に暮らしている。しかし、そこでは完全野宿のホームレススタイルで生きているのに、たまに、その女リーダーはきちっとビジネススーツに着替えて、街にある実家に帰って、良くわからないけれど両親にちゃんとやってるところを見せたりもする。しかもテクテクと徒歩で街へ向かうわけで、どれだけ遠いのかとか、まったく良くわからない。街に行く理由は……生活物資の調達なのかな、あれは?
 というわけで、要するに、まったく理解できないルールに縛られた人々を描いている物語である。
 これを現代社会に当てはめると、「政府の意味不明な方針・法律に対してまったく疑問を持たずに、ある意味Naivに通常の生活を送っている人」、それから、「きちんと考えてその謎ルールに異を唱え、世間から逸脱している人」、という構造のような気もするし、まともに考えたが故に周りからはアウトサイダーだと見做されてしまうと、こういう扱いを受けることになる、みたいなメタファーなのかしら、ということは確かに想像できる。できるけど……浅いというか……突拍子もないというか……回りくどいというか……はっきり言って全く心に響かない。
 恐らくわたしの心に響かなかった理由は、以下の2点のような気がする。
 1)独身=悪、結婚しないと動物にしちゃうぞ法、の成立の背景が全く不明である点
 どんな悪法であれ、一応はその背景というか思惑があるはずで、反対するにはその成立理由を論破する必要があると思うのだが、その点について何の説明もないので、どうもキャラたちの動機が理解できない。嫌なら結婚すればいいじゃん。例え仮想結婚であろうと、お相手候補をあてがってくれるんだから。もし、きちんとしたこの法の成立背景が語られていればそう思うかもしれないし、めちゃめちゃな理論ならふざけんな、と世界観を理解できるかもしれないけれど、そこが語られなければ戸惑うしかない。そして、そういう背景を理解せずに、単に表層の現象だけで政府批判をすることは、どっかの野党のような愚かさの極みであり、わたしには全く共感できない。想像するに、結婚しないと動物にしちゃうぞ刑のアイディアありきで、細かいことは何も考えていなかったのではなかろうか……。確かに抜群に面白いアイディアであることは大いに認めます。コメデイにした方が良かったんじゃね……?
 2)主人公の男がクズ過ぎる。
 これは演技のせいでなく純粋に脚本的な問題だろう。この映画を観て、主人公の男の心理を理解できる人っているのかな? いや、いるだろうけど、わたしにはできなかった。だって、主人公は、とりわけ動物にしちゃうぞ法に対して異論を持っているわけではなく、かと言って独身でいたいとも思っていない。なぜならちゃんとホテルで女性を口説こうとするし。上手くいかないのは自分に魅力がないせいで、せっかく知り合った男が晴れて女性とカップルになったら露骨に妨害活動するし。何なの一体。そもそもなんで脱走したんだコイツ? いや、脱走したのは、せっかくホテルでカップル契約した非情な女性をぶっ殺したからだろうけど(そしてぶっ殺したのは、犬に変身させられてしまった兄貴を殺されたからだろうけど)、野良独身者グループに参加した意味も分からない。おまけに、そこでは恋愛禁止なのに、あっさり変な女性に恋しちゃって、今度は野良独身者グループの女リーダーをぶっ殺そうとするし。わたしには主人公の心理が全く意味不明で大変イライラした。思うに、この主人公は実に動物的なのではなかろうか。要するに、食って、寝て、SEXする。それだけが主人公の行動原理で、そこに人間的な心情はほとんどなく、自らの欲を妨害する存在を避ける・排除する、というだけだったような気がする。つーか、やけにSEXに対してだけは貪欲で、実に気持ちが悪い。ビジュアル的にも非常にキモ男で、一言で言うと、クズ野郎、ではなかろうか。なので、まったく心に響かなかった。
 
 というわけで、残念ながらこの映画はわたしには全く楽しめなかったのだが、出演キャスト陣はなかなか有名どころが揃っていた。まず、主人公のキモ男を演じたのは、ミスター・富士額でお馴染みのCollin Farrell氏である。元々アイルランドのダブリン出身のFarrell氏であるが、どうやら本作はほとんどをダブリンで撮影したらしいですな。本作では、ぱっと見ではFarrell氏には見えない、実にキモチ悪い、中年の腹の出たキモいおっさんで、おそらくは大多数の女子は、生理的に無理、と評するのではなかろうか。ただそれは、Farrell氏の役作りが完璧であるが故で、実際、演技としては素晴らしいと言えると思う。まったく共感できないけれど、まさしくそういうキャラを目指したのでしょうな。
 次。森に住まう謎の野良独身者グループの女リーダーを演じたのが、フランス美女でお馴染みのLéa Seydoux嬢。この女子はホントに独特な微妙なツラというか……『007 SPECTRE』では、微妙ツラだけど妙にエロカワイイのが大変極上であったけれど、本作では無表情で全く笑わない、リーダー然とした女子を熱演されていたと思う。なんでまた彼女はフランス語をしゃべるシーンがあったんだろう? いや、そりゃ彼女がフランス人だからだけど、なんなんだ? あれか? 実は世界観的に、既にヨーロッパ全土で「独身は動物に変えちゃうぞ法」が支配しているってことなのか? フランス語を喋らせる必然性があったのか、わたしには全くわかりません。
 次。主人公の数日前?にホテルに収容され、主人公とちょっと友達になるも、さっさとホテル内で一番かわいい女子とよろしくやって、主人公に露骨に恋路を妨害される変な男を演じたのが、若き「Q」でお馴染みのBen Whishaw君。私生活ではLGBTだそうですが、それで思い出したけど、本作における独身=悪、という風潮は、要するにきっとなんらかの人口減少にあって、生殖し人類を存続させることが最も重要とされている的な世の中なのかな、とわたしは思っていたのだが、ホテルに収容される際に、LGBTでも全然OKらしいことが語られるので、どうも生殖が最優先ではない、みたいである。その点も実にふわっとしていて、わたしは実にイライラした。なお、Ben君の、なんというか……若き「Q」で見せたような、いかにも現代の若者めいたキャラの芝居は非常に良いと思います。
 次。Ben君同様に、主人公とほぼ同時期にホテルに収容されて主人公とちょっと仲良くなるおっさんを演じたのが(ええい……!役名が一切ないから説明するのがめんどくさい!)John C. Reilly氏。もう大ベテランでかなり多くの作品で見かけるおっさんですな。最近では『KONG:Skull Island』にも出てましたね。本作での役は……主人公に利用されちゃう、と言っていいのかな、まあとにかく気の毒な、そして全くモテなそうな、キモイおっさんでしたね。
 最後。主人公が惚れてしまう、野良独身者キャンプにいた目が悪い女性を演じたのがRachel Weiszさん。この方も、元々大変な美人なのに、本作では若干薄汚れてぱっと見ではRachelさんとすぐに分からないような容貌でした。わたしがこの方で一番印象深いのは、『Enemy at the Gates(邦題:スターリングラード)』で、Jude Law氏演ずる主人公と恋に落ちる女性役ですかねえ。あの、兵舎でのHシーンはやけにエロかったすね。全然関係ありませんが、この方は最強イケメン007でお馴染みのDaniel Craig氏の奥さんす。

 というわけで、もう書くことがなくなったので結論。
 WOWOW放送されたので、ふと観てみた映画『THE LOBSTER』という作品は、まったくわたしの趣味には合わなかった。しかし、どうも世間的には、こういう雰囲気重視のシャレオツ系?映画を喜ぶ風潮があり、RottenTomatoesをはじめとしてやけに評価は高いようである。おまけになんと、アカデミー脚本賞にもノミネートされているわけで、本作を楽しめなかったわたしの理解力が劣っているんじゃねえかという気もしなくもない。そりゃあね、すべて説明しろとは思わないよ。でも、せめて主人公の行動は理解したいわけで、そこの共感なしには、わたしとしては面白いとは全く思えないのである。一言で言うと、キモイす。なのであまりオススメはできないす。以上。

↓ なんとなく主人公のビジュアル的なダサさ加減で、この映画を思い出した。こちらは最高に面白いです。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03

 昨日の夜、HDD内に撮り貯めている映画の中から、なにか観ようかしら……と画面をスクロールしているときに、ふと目に留まった作品がある。録画したのはもう数年前のようでそのまま放置していたのだが、なぜ録画しようと思ったのか全く記憶にない。が、確かにそのタイトルはやけに気になるというか、どんな映画なんだろうと想像を掻き立てるもので、もはやどんな映画なのかという内容についてもわたしの記憶からは完全に消失してしまっていたし、ともかくタイトルに惹かれて、まずは観てみることにした。
 その映画は、邦題を『やさしい本泥棒』といい、最初に画面に出るタイトルコールで、そもそもはドイツ語で「Die Bücherdiebin」というタイトルであることを知った。このドイツ語タイトルは2秒ぐらいで英語の「THE BOOK THIEF」と変わるのだが、1937年から1945年ごろにわたるドイツを舞台とした物語で、わたしはヒロインの少女リーゼルの印象的な目と、ヒロインを一途に惚れぬく少年ルディのけなげさに大変グッと来た。また、その結末はとても悲しく、一方で希望に満ちた大変泣ける映画であることを確認した次第である。いやあ、とても面白かった。これはいい映画でありました。

 実際のところこの映画の原作本は、オーストラリアの小説家Markus Zusak氏によって書かれた英語の小説のようなので、別にドイツ語のタイトルはどうでもいいのだが、一応、作者の生まれとしてはドイツ人の母とオーストリア人の父を両親に持つ方だそうで、実際ドイツ語はできる人なのだろうと思われる。物語の舞台もドイツだし、ドイツ語もかなり頻繁に出てくる。が、なぜかキャラクターたちは英語をしゃべるという、その点は正直奇妙ではあった。
 ただ、わたしはドイツ語で修士論文を書いた男なので、この「Die Bücherdiebin」というドイツ語のタイトルを見た時に、すぐに気付くことがあった。これはドイツ語を勉強した人ならご存知のように、BücherはBooks、本の複数形であり、diebはthief、すなわち泥棒である。肝心なのは語尾の -in で、ドイツ語ではこの語尾がつくと、女性を意味するのである。つまり Der Diebは泥棒、Die Diebinとなると女泥棒という意味だ。これは英語表現にないものなので(正確に言えば一部単語には残ってる)、英語にすれば男であろうと女であろうと The Book Thief となってしまうけれど、わたしはタイトルを観た時に、その本泥棒とやらは女性なのね、ということを知った。
 この物語は、時代としてはすでにナチスが台頭しつつある、開戦前夜のドイツを舞台に、やがて戦争が起こり、終戦までの人々の生き方が、ヒロインであるリーゼルの眼を通して描かれるのだが、ユダヤ迫害や焚書といったナチスの蛮行もかなり生々しく描かれ、なかなか見ていてつらい作品だ。
 まずは簡単に物語をまとめてみようかな。実は、結構説明が少なくて、よくわからない点も多いのだが、ヒロインの少女、リーゼルは推定12~13歳ぐらい。母はどうやら「コミュニスト(=共産主義者)」らしく?、ナチスに連行されてしまい、弟も亡くし、一人、とある夫婦のもとに養子に出される。その養父ハンスはとても心優しいおじさんで、アコーディオンが上手なペンキ屋さん?である。そして養母は、とにかく言動がキッツイおっかないおばさんだ。当初、まったく心を閉ざしていたリーゼルは、学校へ行く初日に近所の少年ルディの迎えで学校へ行くも、字が読めない・書けないリーゼルはイジメに遭うが、リーゼルは鉄拳でいじめっ子を黙らせるほど気が強く尖がっていた少女だった。しかし、いつも一緒にいてくれるルディや養父ハンスの温かい心に触れていくうちに心もほぐれ、笑顔が戻っていく。ハンスがリーゼルに、一緒に本を読むことで言葉を教えていくシーンはとても印象的だ。しかし世はどんどんとナチスの暴力が進み、焚書も町の広場で行われていく。そしてある夜、ナチスの摘発から逃れてきたユダヤ人青年マックスがハンスのもとにやってきてーーーという展開である。
 わたしがこの映画で一番、衝撃を受けたのは、その焚書のシーンだ。知識としてそういうことがあったことは当然知ってはいたけれど、このシーンは怖いすねえ……しかも、その場では群衆があの歌を歌うのである。その歌は、これまたドイツ語を勉強した人なら多分お馴染みの、「Deutschlandlied」である。しかもその1番だ。
 Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.
 現在のドイツ連邦共和国でも国歌である「Deutschlandlied(=Liedとは歌のこと。ドイツの歌)」は、3番が採用されているが、ナチス時代は1番が採用されていたことは、ドイツ語を勉強したことがあるなら知っていると思う。ちなみに現在、この1番を人前で歌うことはタブーだ。かなりマズイことだと思っていい。その歌詞、Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.とは、ドイツ、すべての上に立つ、世界で最も上のドイツ、という意味だ。そう直訳すると実にナチスっぽい意味に取れると思うが、もともとこの歌は1797年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世にささげられたものだ。この,Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.を群衆が歌いながら本を燃やすのである。わたしは文章としてこの歌の歌詞を読んだことはあるけれど、大勢の人が実際に歌うシーンを見たのは初めてかもしれない。ナチスが悪であることはもはや歴史が証明しているが、それを民衆が支持していたことが分かる、結構怖いシーンである。もちろん、それは全部の市民が心から支持していたわけではなく、主人公リーゼルや養父ハンスたちは、歌わないと命にかかわるから仕方なく歌っているのだが、とにかく……象徴的でとても怖いシーンだと思う。
 そして、リーゼルも、「本を投げ入れろ!」と命令されて、戸惑い、ためらいながらも、えいっ!と投げ入れる。そして人々が帰り着いた後で、広場に燃え残る本をそっと手に取って帰る。ここが、「女本泥棒」というタイトルの意味が分かる重要なシーンだ。そしてその場を見られなかったかと心配するハンス。もし見られていたらただでは済まない。けれど、実はリーゼルが本を持ち帰ったところを、一見やけにおっかない、市長の奥さんに見られていた。観客としてはもう、ドキドキである。リーゼル、お前見られていたぞ!? だ、大丈夫なのか……と心配していると、実はその市長の奥さんも大変な読書家であることが判明し、本が好きなリーゼルに、自宅の蔵書をいつでも読みにいらっしゃいとやさしくしてくれる。そしてこの奥さんの蔵書をリーゼルは後にこっそり盗む(リーゼルは「借りるだけ」と言い張る)展開になるのだが、この時も、なにげに見守って助けてくれるルディ少年がとてもいいんすよね。
 リーゼルは、ナチスという狂気が世を覆っていても、ハンスというやさしい養父と、実はとても根のやさしい養母のローザ、そして、いつも一緒にいてくれるルディ少年に囲まれていたおかげで、「人として当たり前のこと」を忘れずにいることができたわけだけど、エンディングはなあ……もうちょっと明るく終わってほしかった……悲しすぎる……せめてルディにはキスしてあげてほしかったよ……。というわけで、それぞれのキャラと演じた役者を短くまとめて終わりにしよう。
 ◆リーゼル:ヒロインの少女。とても勝気で強い眼力のある美少女。演じたのはSophe Nélisseちゃん。2000年生まれだそうで、この映画は2013年US公開だったようなので当時12歳とか13歳。現在は17歳か。カナダ人みたいですな。おお、Instagramやってんだ。なかなかの美女になりつつありますな。

Cuz summer's just around the corner🌞🌷 @nakdfashion #nakdfashion

Sophie Nelisseさん(@sophie__nelisse)がシェアした投稿 -


 ◆ルディ:リーゼルに出会った時からもうひとめぼれをした男の子。とてもきれいな目をした、なかなかのイケメン少年。そして、足が速いのが自慢で、その高い身体能力のせいでナチスのヒトラー・ユーゲントにスカウトされてしまう。何度も、「じゃあ・・・したら、僕にキスしてよ」とリーゼルにお願いしまくる積極派。ホントに君は勇敢でカッコ良かったよ。君には生きていてほしかった……。演じたのはドイツ人でミュンヘンにお住いのNico Liersch君。彼も2000年生まれみたい。今はあまり芸能活動してないのかな……ドイツ国内での活動にとどまってるみたいだな。ちょっと良く分からん。
 ◆ハンス:リーゼルの養父。義を重んじるいい人。とあるユダヤ人をかばったことで、もうお爺ちゃんレベルの年齢なのに国防軍へ強制入隊。無事に帰ってきてくれたのはいいけれど……死神は残酷ですなあ……本作は、冒頭、なぞのおじさんのナレーションで始まるのだが、そのナレーションが「死神」の声であることが後半判明します。ハンスを演じたのはGeoffrey Rush氏65歳。オーストラリア人ですな。まあ大ベテランで数多くの作品に出演されているけど、最近で一番印象的だったのは『THE KING'S SPEECH』でイギリス国王ジョージ6世にしゃべり方を教える発話コーチの役でしょうな。本作は非常に味わいのある優しいおじさんの役を熱演されていました。
 ◆ローザ:ハンスの奥さんでリーゼルの養母。最初はとにかくおっかないおばさんだと思っていたら、実はとてもやさしい人でした。演じたのはイギリス人のEmily Watsonさん50歳。この方もベテランだけど、わたしがこの方で唯一覚えているのは、『RED DRAGON』で殺人鬼ダラハイドが愛してしまう盲目の女性、あれを演じたのが彼女ですな。わたし的には、『RED DRAGON』はハンニバル・レクター博士モノで一番出来がいい映画だと思うんだけどな。原作小説も非常に面白いす。
 最後、スタッフとして、監督や脚本家ではなく、音楽を担当した大御所を紹介しておこう。なんとこの映画の音楽を担当したのは、かの名匠John Williams氏である。道理で!冒頭のピアノの曲がすごくきれいで印象的なんだよなあ。でもあれは有名なクラッシックの曲かな。わたしは音楽知識に乏しいので分からなかったけれど、劇中の音楽も大変上質で、エンドクレジットで名匠の名を見つけて、あ、そうだったんだと納得でありました。

 というわけで、もう長いので結論。
 ふとしたきっかけで見始めた映画『やさしい本泥棒』。かなり悲しい出来事が起きるのでハンカチは必須と言っていいだろう。ただしラストは希望があって、まあ、よかったよかったとなるので安心していただきたい。とにかく、少女と少年の目が印象的な、優しい映画ですよ。でもなあ、死神さんよ……せめてルディは助けてあげてほしかったよ……そして死神さんがリーゼルに魅せられ、その成長を見守った理由はさっぱりわかりません。死神さんは別に要らなかったかな……以上。

↓ こちらが原作です。くそう、もう絶版か……。
本泥棒
マークース ズーサック
早川書房
2007-07

 いやーーー。これは難しい。そして素晴らしい! 今年2017年の暫定1位だな。
 なんの話かって!? 映画『ARRIVAL』(邦題:メッセージ)を今日会社帰りに観てきたのだが、その感想である。これは相当歯ごたえあるぞ……そして、映画としての出来はものすごくイイ! 撮影、そして音楽(というより音響設計か)。実にクオリティが高い。いやはや、素晴らしかった。
 そして、わたしは実に愚かなことに、本作が有名なSF小説が原作だということを全然知らなかった。知ってれば読んでから観に行ったのに……ちくしょー! 原作小説に関するプロモーションってあったのかなあ? 有名な作品らしいが、わたし、恥ずかしながら読んだことのない小説で、その作品の名は『Story of Your Life』(邦題:あなたの人生の物語)。わたしの大好きな早川書房から発売されているので、わたしは帰りの電車内で即、電子書籍版を買いました。くっそーーー読んでから観るべきだったかもなあ……。
あなたの人生の物語
テッド チャン
早川書房
2014-09-30

 なぜそう思うかというと、冒頭に記したように、本作『ARRIVAL』は、正直かなり理解が難しい、非常に歯ごたえのある作品なのだ。もちろん、きちんとストーリーは追えるし、あ、そういうことなんだ!? という最終的なオチというか結末も、ちゃんと映画を観ていれば理解できるとは思う。しかし、ええと、ホントにオレの理解は合ってるのかな? と自信が持てないんすよね……。
 一応、パンフレットを読む限り(パンフには結構詳しい解説が何本も収録されているのでおススメ!)、わたしの理解は正解だったようだが、やっぱり、これはさっそく買った原作を読んでみた方がいいような気がしますね。多分この映画、ゆとりKIDSには全く理解できないと思う。これはホント、早川文庫が似合う、正統派なハードSFですよ。以上。
 で、終わらせるにはまだまだ語りたいことがいっぱいあるので、まずはいつも通り予告を貼り付けて、以下で少し語らせていただくッッッ!! もちろんネタバレもあると思うので、読む場合は自己責任でお願いします。

 今回は、この映画について、いくつかのポイントに絞って、その素晴らしさを記録に残しておこう。いやあ、すげえクオリティですよ。こいつは本物だ。
 【1.物語】
 まあ、物語としては、上記予告の通りである。ある日突然、地球に飛来した謎の宇宙船。しかも12機が地球の各地に「同時に」降り立った(※ちなみに日本(の北海道)にもやって来る)。しかし、地上から数メートルのところで静止し、とりわけ何もアクションを起こさない。世界各国は調査にあたるが、US国内にやってきた宇宙船の調査には、まずはコミュニケーションをとるため、言語学者のルイーズが選ばれる。そして、重力制御された宇宙船内で異星人とのコミュニケーションが始まるのだが―――というお話である。
 わたしも、上記予告はさんざん何度も見ていたので、おそらく物語のカギは、「一体全体、なにをしにやってきたのか?」という点にあるのだろうと予想していた。
 まあ、その予想は誰でもできるし、実際上記予告にもそう書いてあるのだが、最終的に明かされる「目的」について、正確な理解はちょっと難しいと思う。なにしろ、彼らは我々地球人と全く異なる思考をする生命体だ。それを、地球人の常識で計ろうとしても、そりゃあ難しいに決まっている。一番のカギになるのは「時間」の概念なのだが、我々地球人が、時間は一直線に流れ、不可逆なものと考えている一方で、異星人たちはそうではない。それがだんだんわかる仕掛けになっているのである。
 そして、それが決定的に判明するのはかなり後半だ。わたしは中盤のルイーズのある一言(「科学のことはお父さんに聞きなさい」のシーン。これは白黒反転させておきます)で、えっ!? ちょっと待った、てことは……まさか!? と仕組みが理解できたのだが、ここは相当注意深く観ていないと難しいと思う。実は冒頭から、ルイーズは愛する子を病気で亡くし、深い失意にある、というような、その愛する娘とのシーンが何度も何度もフラッシュバックで描かれるのだが、その意味が分かるラストは、やられた――!! やっぱりそういうことなのか!!! と誰しもが驚くものだと思う。
 ただ、最終的にわかっても、この作品は、そういう「理解するのが非常に難しい」という意味において、素晴らしい脚本だったと称賛すべきか、トリッキーで不親切な脚本で、もうチョイ説明が欲しかったと思うべきか、わたしとしては正直微妙だと感じた。観終わった後でも、じゃあなんで……? という疑問がわたしには結構多く残っている。ある意味、ぶった切りのエンディングと言ってもいいぐらいかもしれない。少なくとも万人向け、ではないと思う。
 しかし、だからと言ってつまらなかったとはこれっぽっちも思わない。それは、この難解な物語を支える、映画としての技術的なポイントが、おっそろしく高品位で、すさまじくクオリティが高いからである。
 【2.演出、撮影・映像そのもの】
 ちょっと前に、この作品のメイキング的な映像をチラッと観たけれど、画面は全く自然で本物そのものにしか見えないのだが、宇宙船をはじめ、実はすさまじくCGバリバリである。そして、宇宙船の全貌が画面に現れるまでの、チラ見せ具合も大変上品かつ上質だ。この映画はなるべくデカいスクリーンで観た方がいいと思う。その圧倒的な存在感は本当にそこに存在するようにしか見えないし、完璧に計算されてCG処理された風景の色味、それから雲、時にすごいスピードで画面を横切る戦闘機やヘリなど、まさしく本物にしか見えないCGは超見事である。宇宙船の巨大感も申し分なしで、これは日本の映画界では絶対に撮れない画だ。なんというか、マグリットの絵画を実写化したような、まさしく超現実(シュール・レアリスム)で、わたしはもう大興奮である。
 また、異星人の描写も、当然フルCGだと思うが、もう本当に生きているとしか思えない質感だし(デザイン的にも超秀逸!)、スモーク越しに現れる映像・演出も実に品がある。重要なキーとなる、異星人の描く文字も、そのデザインや描かれた方も、書道をたしなむ我々日本人には完璧に美しく、お見事だ。
 とにかく、本物そのもの、圧倒的な存在感。そして、全編に漂う、尋常ではない「緊張感」。わたしはこの映画を撮ったDenis Villeneuve監督の作品を観るのは4本目だが、去年、Denis監督の前作『SICARIO』を観た時もこのBlogで書いたけれど、その映像には、まるでJOJOで言うところの「ゴゴゴゴゴ」「ドドドドド」という書き文字が見えるような、あの緊張感が常に感じられるのが、Denis Villeneuve監督の作品に共通する特徴であろう。これは、観てもらわないと伝わらないだろうなあ。多分、観てもらえればわたしが言いたいことは通じるような気がする。この、Denis監督の作品に共通する「画面から伝わる緊張感」に非常に大きな役割を果たしているとわたしが考えているのは、音楽、音響設計、というか音そのものである。
 【3.音楽、音響設計、音そのもの】
 本作は、冒頭、非常に印象的な、弦楽器の奏でる音楽から始まる。わたしは音楽にはさっぱり詳しくないのでわからないのだが、おそらくはヴィオラかチェロで奏でられる、重く低い曲。それはエンドクレジットによるとMax Richterというドイツ(生まれのイギリス)人の「On The Nature of Daylight」という曲だそうだ。お、公式動画があるみたいだから貼っとこう。

 この非常に印象に残る曲から始まる本作は、これもDenis監督作品に共通してみられる特徴なのだが、とにかく音の使い方が非常に素晴らしい。まったくの無音部分とのコントラスト、メリハリもきっちり効いていて、映像に緊張感を与えることに成功しているとわたしは思う。冒頭、主人公ルイーズが大学から外に出て、空には戦闘機が行きかい、いったい何事が起きているんだ? という最初のドキドキ感は本当に素晴らしいし、その緊張感は最後まで貫かれていると思う。ズズズズズ……ビリビリビリ……といった、ある意味では不快な重低音が重要なシーンでは常に背後に流れていて、観ている我々の不安を掻き立て、ドキドキさせるわけで、その使い方は、下手を打つと不愉快なものになるけれど、Denis監督の使い方は決してそんなことにならない。本作は、今年2月のアカデミー賞で作品賞をはじめ8部門でノミネートされたが、受賞できたのは音響編集賞のみ、であった。実にお見事であるし、この特徴は少なくともわたしが観た4本すべてに共通する、Denis監督の目印といってもいいだろう。おそらくは、Denis監督の次回作、『BLADERUNNER2049』においても、まず間違いなく発揮されるであろうと思うので、ぜひその点はチェックしたいと思う。

 というわけで、物語・映像・音楽(音そのもの)の3点について、まあテキトーなことを書いたが、役者陣の熱演ももちろん素晴らしい。今回は3人だけ挙げておこう。
 まずは主人公ルイーズを演じた、Amy Adamsさん42歳。おぅ……マジか、もう40超えてるのか……わたしがこの人が演じた中で一番好きな映画は、もちろん『Enchanted』(邦題:魔法にかけられて)だろう。あのジゼル姫は最高でしたなあ。2007年公開だからもう10年前か。最近では、DCヒーロー作品でスーパーマンの恋人、ロイス役でおなじみだけど、すっかり年を感じさせるというか……最近はちょっとアレすね……。でも『her』でのAmyさんはホントに可愛かったので、髪形やメイクで随分変わるんだと思う。本作では、若干疲れたような40代女子であったけれど、その美しく澄んだBlue Eyesが非常に印象的であった。そして娘とのシーンや、すべてを理解した時の表情、大変素晴らしかったと思う。
 次は、わたしの大好きなMCUにおけるHawk EyeでおなじみのJeremy Renner氏46歳。彼は、出世作『The Hurt Locker』でのジェームズ軍曹役や、今やレギュラーとなった『Mission Impossible』シリーズ、あるいはMCUでのHawk Eyeでもおなじみのように、不敵で抜け目ない男という印象が強いけれど、今回は知的な科学者である。登場時はちょっと生意気ないつものRenner氏だが、だんだんとルイーズに惹かれ、協力していく今までとはちょっと違う役柄であったようにお見受けした。本作では実はほぼ活躍しない、けれど、物語において重要な役割で、それが判明する流れはお見事である。まあ、この人の演技ぶりはほぼ関係なく、脚本のおかげだけど。
 最後。調査班の現場責任者?の軍人を演じたのが、ベテランForest Whitker氏55歳。わたしがこの人を知ったのは、かの名作『PLATOON』だが、ホントこの人、若いころは鶴瓶師匠そっくりだったんですが、最近ではすっかり渋い、脇を固める大ベテランですな。声に特徴のある人で、妙にカン高いんすよね。『ROGUE ONE』でのソウ・ゲレラ役も渋かったすねえ。まあ、役的にかなり微妙だったけど。彼もまた、本作ではほぼ何も活躍はしません、が、やっぱり非常に印象に残る芝居ぶりだったと思う。もうチョイ、活躍してほしかったなあ。
 
 最後に、ここまで絶賛しておいてアレですが、ここはちょっとなあ……という点も3つ挙げておこう。まず、一つ目がズバリ、中国に対する扱いだ。本作では、地球に飛来した12機の宇宙船の一つが、上海に現れ、あの国だけ宇宙船に対して好戦的というか、軍事行動を起こそうとする流れになる。ま、それに乗っかるロシアもおそろしあだが、その中国でキーとなるのが、軍人のなんとか将軍なのだが……あの国のシステムにおいて、あんなに軍人が突出して行動を開始しようとするなんてことがありえるのかな? いや、あり得るのか、あの国だからこそ。なんか、なんとか将軍が大物なんだか実感がわきにくかったす。
 二つ目のわたし的いちゃもんは、邦題である。なんなの「メッセージ」って。なんで「アライヴァル」じゃ駄目だったんだ? 作中では、arrivalという単語は何回も出てくる。ほぼ毎回「出現」という字幕がついてたかな。いっぽうのmessageという単語は、わたしのヒアリング能力では1度も出てこなかったように思う(字幕では1回だけあった)。メッセージ……どうかなあ……。物語的にも違う、ような気がするのだが……。arrivalというタイトルの意味は、わたしなりに思うところがあるのだが、これはクリティカルなネタバレすぎるので書くのはやめときます。とにかく、メッセージは違う、と思ったことだけ記しておこう。
 最後、三つ目のわたし的いちゃもんは……これは、完全に映画オタクとしてのどうでもいい文句なのだが……わたしはマジで、結構腹が立ったので書いておくけれど……あのですね、わたしはもう35年以上映画館に通う、40代後半のおっさん映画オタなんですよ。せっせと劇場に通い、パンフも必ず買う、業界的には模範的というか、大切にしてもらってしかるべき、だとすら思うオタク野郎なわけです。なので、言わせてもらいますが……あのさあ! パンフレット! 変なサイズにするのやめてよ!!! 保管するのに困るんだよ、妙に小さい判型は!!! そりゃあね、デザインに凝りたくなる気持ちはよーくわかりますよ? でもね、配給会社の皆さん、そんなデザイナーのこだわりなんて、まったく迷惑以外の何物でもないんすよ、購買者にとっては。今、入場者のどれぐらいがパンフ買ってくれるか、ちゃんとデータ取ってるでしょ? どんどん減っているって、知ってるでしょ? そして買ってるのが、もはや希少種のオタク野郎だけだって、分かってるでしょ? せっかく内容的には読みがいのあるいいパンフなのに、このふざけた判型だけはホント許せんわ……!! はーー。興奮してサーセン。邦題といい、パンフの判型といい、さらに言えばUS公開から半年経っての公開といい……SONYピクチャーズの人々は大いに反省していただきたいものです。

 というわけで、結論。
 わたしが今、一番注目している映画監督、Denis Villeneuve監督による『ARRIVAL』が、US公開から半年経ってやっと公開されたので、初日の金曜夜、早速観てきた。そのクオリティはすさまじく、極めて上物であったのは間違いない。そしてその物語にも大興奮だったわけだが、一方で、この映画が万人向けかというと、その難解な物語はかなりハードルは高いように思えた。しかしそれでも、わたしとしては、現時点における今年ナンバーワンに認定したいと思う。こいつはすごい。この作品を観ると、もう、Denis監督の次回作『BLADERUNNER2049』に対する期待がいやがうえにも高まりますな!! SONYよ、BLADERUNNERのパンフの判型がまーた変なサイズだったら許さないぞ。1982年のオリジナルのパンフ、貸してあげてもいいので、ちゃんと研究してくれ。頼むよマジで。以上。

↓ わたしは中学生の時、たしか臨海学校から帰ってきた翌日に、今は亡き東銀座に存在した「松竹セントラル」という映画館にチャリで観に行きました。いろんなVerがあるけれど、当然、劇場公開版が正典です。ファイナルカットじぇねえっつーの。

 このBlogで何度か書いているが、世界珍作MOVIE選手権が開催されたなら、わたしとしてはM・Night Shyamalan監督は間違いなく優勝候補に挙がる映像作家であると思っている。以前も書いた通り、たしかに『The Sixth Sence』は面白かった。実に上質で巧妙な伏線が張り巡らされた、小説で言うところのいわゆる叙述ミステリー的な脚本は確かにお見事であったと思う。思うのだが、残念ながらその後、どんどんと、妙なトンデモ話ばかりを撮り続け、すっかり珍作監督として今に至っている。また、この監督は自作に必ず(?)出ることでもおなじみで、わたしの目には単なる出たがり野郎としか思えないが、一応、尊敬するHitchcock監督の真似をしてるんだよ、アハハ、とどこかでのんきに語っていたのを目にした覚えがあるが、まあとにかく、なんというか……わたしにとってShyamalan監督は、どうもイラっとする野郎なのである。
 じゃあ、そんな監督の作品はもう観なきゃいいじゃん、と思いますよね、普通は。わたしも、Shyamalan監督の新作公開となると、今回はいいかな……とは思う一方で、どうしてもわたしの体内に巣食う、クソ映画ハンターの本能が無性にざわめき、わたしをして劇場に足を運ばせてしまうのである。これも前に書いたと思うが、絶対くさいに決まってる、けど、嗅がずにいられない自分の足というか……まあそんな変態はわたしだけかもしれないが、つい劇場へ観に行き、ああ、やっぱり今回もクソ映画だった、と納得して帰るのが常なのである。
 というわけで、いよいよ公開されたShyamalan監督最新作『SPLIT』。2015年の『The Visit』のあまりのクソ映画ぶりに、もういい加減劇場に行かなくていいんじゃねえかな……と思っていたものの、今回はUS興業も大ヒットと好調評価も上々らしい、ので、やっぱり観に行ってしまったわたしである。そして、やはり、今回もわたしの眼には微妙作としか思えない内容で、ある意味、ああ、やっぱクソだったと胸をなでおろすという、我ながらもう意味不明の事態となったのである。ちなみに、本作でもShyamalan監督は精神科医の助手?役で堂々と出てくる。まったく本筋に関係ない、HOOTERSは最高なんすよ! と熱弁をふるう役に、なんだか今回もイラっとしましたw
 なお、以下、クリティカルなネタバレもあるので、読む場合は自己責任でお願いします。

 さて。上記予告はご覧いただけただろうか? ズバリ言うと、本作の物語はほぼ上記予告で語りつくされていると言っていいと思う。誘拐された3人の女子高生。そして誘拐犯は23重人格の男。はたして女子高生は脱出できるのか―――というお話である。
 もちろん、誘拐の目的だとか、3人の女子高生のそれぞれのキャラなど、本作を観ないと不明な部分はあるけれど、正直、それらはすべて、もはやどうでもいいように思う。わたしは上記予告を観て、ラストで24人目の人格が出てきて、な、なんだって――――っ!? というオチになるんでしょ、と想像して劇場へ向かったわけだが、残念ながらオチも実に、「はあ?」というリアクションしかできず、Shyamalan監督のトンデモパワーも、随分弱体化したなあ……と思わざるを得なかった。そうなのです。この映画、まったくもって普通なのです。オチも。
 ただ、長年Shyamalan監督作品を観てきた人にとっては、事件終了後のホントのラストで、おおっと!? こいつはあの! というキャラが、まったく脈絡なく突然登場してくるので、ここだけはちょっとびっくりした。しかし、はっきり言って本作の物語とそのキャラがどう結びつくのか、まあ残念ながら普通の人には100%通じないことは確実だろう。わたしも、マジか!? まさかここであの映画につなげるの……!? とやおら興奮し、一体どういうことなのか考えてみたのだが、出た結論は「さっぱりわからん」であった。まさかと思うけど、次回作では本作の多重人格者VSあの映画の主人公、のバトルになるとか……? ええーーーっ!? シリーズ化でも狙ってんのか? まさか……ね? というわけで、最後にチラッと出てくる超大物ゲストキャラについてはもうこれ以上書けない。サーセン(※あの映画、大物ゲスト、の正体を知りたい人は、リンクをクリックしてください)。
 で。話を戻すと、本作は、実に普通(?)の、実にまっとうな(?)多重人格者のお話で、とりわけいつものShyamalan作品のような驚きのひねりもなく、いわば直球であった。そういう意味では、別にトンデモ展開はなく、ある意味実に退屈なのだが、主役の多重人格者と、誘拐された女子高生のうちのヒロイン扱いの1人、この二人の演技合戦はなかなか見ごたえがあり、クソ映画という評価を取り下げるつもりはないけれど、この二人は大変素晴らしかった。まずは、先にヒロインの女子高生から見ておこう。
 この女子高生、ケイシーは、クラスで浮いている、友達少ない系の女子であるのだが……いかんせん脚本的に中途半端で、実にもったいないキャラだったように思う。何度も何度も、彼女の幼少期のシーンが挿入され、しかもどうやらお父さんの弟のヒゲもじゃデブ野郎によって性的虐待を受けていた「らしい」ことがほのめかされる。そしてどうもお父さんはすでに亡くなっており、その変態野郎が叔父として保護者となっているらしい。そしてその虐待の傷痕が、ラストで重要なキーとなるのだが、それがなぜなのかは、まったくふわっとしていて、キレは悪い。キャラの掘り下げがもうチョイきちんと描かれていればよかったのにな、とわたしは思った。演じたのはAnya Taylor-Joyちゃん21歳である。わたしはこの女子を知らなかったが、大変可愛らしく、実にナイス・バディ子で名前を憶えておきたいと思う。演技のほどは、全然問題ないというか熱演だったし。大変悪くない。
 そして問題の多重人格者である。演じたのはヤング・プロフェッサーXでおなじみのJames McAvoy氏。複数の人格の演じ分けは非常に素晴らしく、演技としては極めて上物であろう。しかし、やっぱりですね……どうもこの多重人格というのも、一発ネタで終わってしまったかなという気がする。まあ、いわゆる「ビリー・ミリガン」ですわな。どうして多重人格になったのか、は何となく描かれる程度だし、そもそもなぜ女子高生を誘拐したか、のカギとなる24番目の人格も、実際良く分からない。おっと!? パンフには「そうなった理由・動機が劇中ではしっかり描かれており」と書いてあるな……うーーん……どうだろうそれは……。うーん……劇中で描かれる母親からの虐待だけじゃあ、説得力に欠けるなあ……おまけに、なんとキレの悪いエンディングか! これにはわたしも、ここで終わりかよ、と、ポカーンである。まあ、上記に書いた通り、続編でも作る気なのかな……そして大物ゲストと対決させる気なのかよ……それはそれで面白そうだけど、だったらそもそもこの作品にきちんと登場させて、最初からあの映画の続編にすればよかったのに……。
 というわけで、もう書くことがない。最後に、残り二人の女子高生と精神科医のおばちゃんを演じた女優をメモして終わりにしよう。まず誕生日会の主催者としてクラスの人気者らしきキャラを演じたのがHaley Lu Richardson嬢22歳。今までに見かけたことはないなあ……結構かわいいです。でもなんで死ななきゃならなかったのか、さっぱりわかりません。そしてもう一人の、完全に巻き添えを食らってしまった可哀想な女子高生を演じたのがJessica Sula嬢23歳。彼女も見たことないなあ……そしてなぜ彼女はホットパンツを脱がされ、ヒロインはシャツを脱がされたのか、それもまったく意味不明で大変可哀想な役であった。最後、おばちゃん精神科医を演じたのがBetty Buckleyさん70歳。この方は……さっき調べて驚いたけれど、Shyamalan監督作品『The Happening』の、あの超怖いおばちゃんを演じた方のようですね。全然気が付かなかったわ。たぶん、本作の一番のオチ?は、多重人格者の人格がチェンジすると、肉体的にも変化が起きる(例えば、ガリガリ→マッチョ、みたいな)というおばちゃん精神科医の研究が現実に!というものだと思うのだが、ま、それって、我々日本人は漫画で良く見るしなあ……。JOJOで言うところの、ディアボロとドッピオ的な。そういうわけで、わたしとしては特に目新しくもなく、ノれなかったす。

 というわけで、もうホントに書くことがないので結論。
 M・Night Shyamalan監督の最新作『SPLIT』が公開になったので、ついうっかりまたもや劇場へ足を運んだわたしであるが、やっぱり今回も面白くなかった。わかってて行ったので、別に後悔はしていないが、WOWOWで十分だったな、というのがわたしの結論である。しかし……この映画を普通の人が見て面白いと思うのか、わたしには良く分からない。どうなんだろう。今日は結構お客さんは入っていて、7割ぐらいは席が埋まってたように思う。それって結構大ヒットだと思うな。明日の月曜日、この映画がどれぐらい稼いだか、興行通信社の大本営発表が楽しみだ。意外と稼いでるとみたね(※2017/05/16:サーセン。全然売れてませんでした。公開土日は6千万弱のようなので、最終5億も届かないかな……)。 以上。

↓ ちょっともう一度見てみる必要があるかもな……。やばい、ネタバレかこれ?
アンブレイカブル(字幕版)
ブルース・ウィリス
2013-11-26

 今年2017年は、わたしの大好きなMCU作品が3本公開されるので、わたしとしてはもう嬉しくてたまらないわけであります。MCUってなんぞ? と今さら聞かないでいただきたい。MARVELコミックの一連の映画作品のことである。詳しくは過去の記事を読んでください。
 しかし、すでにもう何本だ? ええと、2008年公開の『IRONMAN』から数えると14本かな。長大な物語となっているわけだが、その中で、非常に異彩を放っている作品が1本ある。それが、『GUARDIANS OF GALAXY』である。
 地球でない銀河のどこか、を舞台としている点は、確かに『THOR』と共通しているが(正確に言えば『THOR』の故郷アスガルドは別次元なので(たぶん)、銀河のどこか、では全然ない)、もう『THOR』は何度も地球に来ているしAvengersの一員として地球を守ってくれる頼れる神様である一方で、ガーディアンズのみんなはまだ地球人には知られていないし、Avengersにも参加していない。ただ、主人公スター・ロードことピーター・クィルは地球生まれであり、1988年に地球から宇宙海賊に誘拐されて旅立ったわけで、当然地球に縁のあるキャラクターであるし、映画『GURDIANS OF GALAXY』におけるキーアイテム「オーブ」なる謎物質は、現在のMCUで最大の焦点である「インフィニティ・ストーン」の一つであるため、100%確実に、来年2018年公開予定の次のAvengers「Infinity War」に参戦することは間違いないとみられている。
 よって、昨日から公開された『GURDIANS OF GALAXY VOL.2』は、MCUにおいて極めて重要な持つ作品になるであろうことは確実で、果たしてどのように絡んでくるのだろうか、と、わたしはもう超期待して今日劇場へ向かったわけである。
 が……結論から言うと、MCUとの関連は、相当な原作ファンでないと気が付けないような深い(?)ところにあって、それほど原作に詳しくないわたしにとっては、かなり微妙な、なんというか……MCUとしてはちょっといまいち役割が明確でない作品だったのかな……という感想を持った。ただし、映画としては最高に面白く、笑って泣ける最高の映画でありました。というわけで、いつも通りネタバレ満載ですので、読む場合は自己責任でお願いします。クリティカルなネタバレも書かざるを得ないので。

 まず、物語だが、上記予告を観てもさっぱりわからないと思うので、ちょっと軽くまとめてみよう。上記予告で描かれている、変なゲテモノとのバトル、これは冒頭のオープニングバトルである。相変わらず凄い映像で、ほぼカットが途切れないCGぶりは『Ultron』冒頭のバトルシーンのように、もはやMCUお約束のオープニングだ。すさまじく出来がいいし、ベビー・グルートの無邪気ぶりとガーディアンズのみんなの溺愛ぶりもバトルの最中に示されて、実にイイ! このゲテモノ退治をガーディアンズのみんなは仕事として請け負っていて、その依頼主が、予告の中にて出てくる、よくわからない金ピカ星人である。ま、とにかく、無事にゲテモノ退治に成功したガーディアンズが得た報酬、それは、ガモーラの超過激な妹でお尋ね者の、ネビュラの身柄であった。まあ、前作で散々悪さをしているネビュラなので、賞金首になってたようですな。
 しかし、重要なのは金ピカ星人(=ソブリン人)の首領アイーシャで、原作を知っていると、実は今回のラストのおまけ映像の意味がより良く分かるのだが、わたしはこの時点では全然気が付かなかった。いずれにせよ、ソブリン人は超プライド高く超真面目な(?)人々なので、アライグマのロケットのジョークにイラっとし、あまつさえ、ゲテモノ退治のついでにロケットが「アニュラックス電池」をかっぱらったことに気づいて大激怒、キーーーッ!この下品でお馬鹿な連中をぶっ殺すザンス!!! という展開に。おっとこりゃマズイ、と慌ててバックレるガーディアンズたちだが、すぐに追手がかかり、ど派手なスペースバトルに。とにかく大群で、こいつはヤバいぜ!? という大ピンチになるが、ワープゲートに突入する直前、謎の助っ人が現れ(えええっ!? と目を疑うような笑える現れ方)、金ピカ星人たちの操る戦闘機は全滅、間一髪で逃げ切る、が、そのままとある惑星へ不時着し、機体は大破してしまう。
 あーあ、もうどうしてくれるんだよ、大体なんで盗みなんてしてんだこのアライグマ! てめえ、アライグマって言うなこの野郎! と毎度おなじみの仲間割れ喧嘩をしていると、さっきの助っ人がやってきてご対面。なんとその正体は「I ’m your Father!」とベイダー卿のように登場した「エゴ」と名乗る謎の男であった。スター・ロードことピーター・クィルは、突然父親を名乗る男の登場に、てめえ、かーちゃん放っておいて、今さら何の用だこの野郎! だいたいてめえほんとにとーちゃんかよ!? と憤るも、まあとにかく私の星へ来るがよい、話はそれからだ、ということになって、ピーター、ガモーラ、ドラックスの三人はエゴの星へ、ロケットとベビー・グルート、そして捕虜状態のネビュラは機体の修理に残る、とガーディアンズチームは二手に分かれる。
 一方そのころ、怒り心頭の金ピカ星人アイーシャは、とある惑星へ。そこでピーターの育ての親というべきヨンドゥに、ガーディアンズ追跡を依頼。ここでヨンドゥは、同業者の宇宙海賊組合では裏切り者のクソ野郎だ、という扱いを受けていることが描かれる。ちなみに、その組合のボスを演じたのが、われらがSlivester Stallone隊長。残念ながらチョイ役でした。でも、ヨンドゥを演じたMichael Rooker氏とは「Cliffhanger」以来の共演2ショットか?お互い年取ったけど最高です!
 で、なぜヨンドゥが同業者から嫌われているかというと、ピーターを地球から拉致したのはヨンドゥであり(それを依頼したのがエゴだったことも明かされる)、そういう子供の人身売買的行為が海賊組合の掟に反するものだったらしいのだ。そしてとりあえずアイーシャの依頼を受けてヨンドゥ一行はロケットたちが修理中の船までやってくる。が、前作でもそうだったように、意外とピーターにやさしいというか甘い態度のヨンドゥに、手下たちの怒りが爆発。ちょっと親分、あの野郎に甘すぎねえすか? バカヤローそんなことねえよ! そんなことあるから言ってんだバカヤロー!と大バトル発生。ヨンドゥと言えば、口笛で操る矢を使う超凄腕なわけですが、あの矢は、頭の変な装置?で操っているようで、その部分をこっそり拘束から脱出していたネビュラに吹っ飛ばされ、ヨンドゥ沈黙、ロケットも捕まってしまい引っ立てられてしまう。
 かくして、ヨゴの星へ向かったピーターたちが知った驚愕の事実とは、そして囚われのロケットたちは無事脱出できるのか―――今、銀河の存亡をかけた壮絶なバトルが展開する!!! てなお話でありました。全然軽くねえな、このまとめ。
 というわけで、わたしとしては、本作のポイントは以下の点にあるように思う。長くなるので、もう一言コメントだけにしておきます。
 ◆ピーターの出生の秘密とエゴの正体
 ……うーん、正直、ちょっとイマイチ。ただ、エゴを演じたKurt Russel氏は渋くて良かった。そして、ピーターが、ずっと自分の父はHasselhoffだと言い張ってるのが相変わらず笑えた。若い人は知らないだろうけど、しゃべる車KNIGHT2000でおなじみの「ナイトライダー」という80年代ドラマの主役マイケルを演じた方です。
 ◆ヨンドゥの父性のようなもの
 今回のヨンドゥは後半カッコ良かったというか、ラストは泣かせましたねえ!そして、ネビュラに頭の謎装置をぶっ壊されて、予備の装置を装着して復活するところがカッコよかった!そして……もう完全にアイスラッガーというか、卍丸先輩というか……ビジュアル的に超クールで笑えました。あともう一つ、今回、ピーターの宝物であるSONY製WALKMANがぶっ壊されてしまうのだが、事件後のエピローグで、ピーターのためにヨンドゥが新しい地球製の音楽プレイヤーを用意してくれていた、というのも泣けますね。だけど、それがなんと、わたしの見間違いでなければMicrosoft謹製の、まったく売れずに生産中止になったことでおなじみのZuneであった。多分ここは爆笑すべきところでしょうな。そして「すげえ!300曲も入ってるのかよ!」と大喜びのスター・ロード氏。あなた、今度地球に来たらびっくりするよ……30000曲以上入るのも、もはや普通なんで……w
 ◆ピーターとガモーラのちょっとイイ関係
 二人の関係はどうなんでしょうなあ。今回、だいぶ二人の距離は縮まりつつあるように見えますね。ダンスシーンはなかなかイイ雰囲気でした。
 ◆ガモーラとネビュラの姉妹の関係
 この姉妹も、どうやらようやく和解に至りそうですな。よかったよかった。しかし二人とも、元・サノスの娘なわけで、次のAvengersでは活躍しそうな予感ですね。なんとなくネビュラには死亡フラグが立ってるような気もするけど……。
 ◆相変わらず大活躍な凶暴アライグマのロケット
 この見かけはかわいいロケット君は、操縦や武器製造、戦闘など、実用的な面で何気に一番の大活躍です。おまけにベビー・グルートを大切にかわいがる様も大変良いと思う。CGは当然超ハイクオリティで、毛のふさふさ具合や鼻先の感じはもう本物にしか見えないす。
 ◆空気を読まないドラックスの泣ける一言
 わたしはこの人の何気ない一言ギャグが大好きです。まったくピントがずれているというか……空気を全く読まない一言が素晴らしい。そして、今回は一番グッとくるセリフもこの人が言います。「仲間じゃねえよ。俺たちは家族さ……!」この一言が、ガーディアンズというチームを一番表しているわけで、大変おいしいセリフでしたね。あともうひとつ、今回の新キャラ、マンティスと絡むシーンの多かったドラックス氏は、普通とまるで違う審美眼があるようで、マンティスに対して、なんてUgryなんだお前は、とずっと言っているのですが、ラストでは「見かけはひどくUgryだが……中身は美しいぜ、お前」なーんて言ってくれるわけで、もう君たち付き合っちゃえよ!と思ったわたしである。今回、チームで唯一、妻も子もいた男として(妻も子も惨殺されてます)、何気にピーターにも深いことを言ってましたな。チームのお父さん役なんですね、彼は。
 ◆完全にマスコットなベビー・グルート
 もうね……かわいいからって何でも許されると思ってますよ、このベビーはw 前作でチームのみんなを守るために身を挺し、枝一本になっちゃったグルート氏は、その後順調に生育し、やっとチビな姿まで戻ってきましたが、完全にみんなのかわいいペットでしたな。そしておまけ映像(2)で、また少し成長した姿が出てきますが……完全にグレてて笑えますw 思春期なんでしょうな、きっと。ヨンドゥの予備の装置(=アイスラッガー)をこっそり奪ってくるんだ!のミッションは、ちょっとしつこいぐらい、ベビーのかわいさ推しでしたね。
 ◆MCU恒例、大興奮のおまけ映像
 今回のおまけ映像は、すごく細かく言うと3つ。まずはStallone隊長がヨンドゥを偲ぶ映像。これは短いしすぐ出てくる。次に出てくる二つ目は真ん中あたりで、どうやら今回の事件の数か月(?)後らしく、前述のように、かなり大きく育ったグルートが部屋でゲームをしてるシーンが始まる。そこにピーターが入ってきて、お前よ~枝をはらうのが面倒なんだよ、だいたい、ゲームばっかりしてないでちゃんと掃除しろよ! と言うと、どうやらすっかり思春期で反抗期にある成長途中のグルートは、うるせえなあ、ほっとけよ!とばかりに「I am Groot!」というものでした。ベビーの時はあんなにかわいかったのに……すっかりヤンキー風な態度で言う「I am Groot!(怒)」は笑えます。字幕も「俺はグルートだ!」と一人称が変わってました。
 そして問題は3つ目、一番最後に流れるシーンであろう。ここでは、散々な目にあった金ピカ星人アイーシャが、手下にこれはもっと強力な武器が必要なんじゃないすかねえ、と言われ、もう用意した……と言って、ニヤリと対抗策の名は……「アダムだ」と告げるシーンであった。わたしは、まったくうかつなことに、このセリフでやっと、はっ!? と気が付いた。アダム、それはまさしく「アダム・ウォーロック」のことに間違いないと思う。すっかり忘れてたよ。まさしく次のAvengersは「Infinity War」であり、原作コミックの「Infinity Gauntlet」がベースとなっていることは明らかなわけで、その「Infinity Gauntlet」での重要人物アダム・ウォーロックの名前がここで出てくるとは! というファン驚きのおまけ映像であった。そう、今回は、「インフィニティー・ストーン」のラスト1個が出てくるかと思っていたのに出てこなかったので、そういう意味ではMCUとのつながりがほぼなかったとも言えるのだが、このおまけ映像でやっとつながった、と思う。ついでだから一応、MCUにおける「インフィニティ・ストーン」をまとめておくか。ちなみに原作コミックのInfinity Gemsと色が入れ替わってます。
 ◆青:Space Stone:これは「コズミック・キューブ」のことらしい。『CAP:FA』や『Avengers』に出てきたアレ。現在は、『Avengers』事件終了後に、Thorがアスガルドに持って帰って、オーディンの武器庫にしまってあるはず。たぶん。原作の青は「Mind」。
 ◆赤:Reality Stone:これは「エーテル」のことらしい。『Thor:DW』でジェーンに寄生したアレ。現在は、シフたちが「コレクター」のところへ行って預けたはず。たぶん。原作の赤は「Power」。ちなみに、このおまけシーンで、コレクターのところにアダム・ウォーロックらしき「蛹」が置いてあるのがちらっと映るのが大興奮ポイント。アダム・ウォーロックといえば蛹なのです。
 ◆黄:Mind Stone:これは劇中でもマインド・ストーンと呼ばれてたかな。ロキ様の杖についていた宝石で洗脳できるアレ。『Ultron』事件の時に、Visionさんと一体化。現在は、Visionさんの額で輝いてます。原作の黄は「Reality」
 ◆紫:Power Stone:これは前作『ガーディアンズ』で「オーブ」と呼ばれていたあの謎の宝石。現在はザンダー帝国で厳重保管中のはず。たぶん。原作の紫は「Space」。ちなみに、前作でなぜ、スター・ロードがオーブを素手で触っても大丈夫だったのか、その謎が本作で解かれます。
 ◆緑:Time Stone:これはとうとうMCUに参戦した『Dr, Strange』で、ドクターが禁断の時間魔法を発動させるときに使用したあの首飾りの中に入っている。現在はドクターが修行の場カマー・タージに保管したはず。たぶん。原作の緑は「Soul」
 というわけで、6つのうち5つは判明していて、もう一つの「Soul Stone(オレンジ色らしい。原作だとオレンジは「Time」)」がサノスの持つ「インフィニティ・ガントレット」に装てんされると、超ヤバい事態が起きる、ということになってます。なのでわたしは、今回とうとう6つ目の石が出てくるのかと思ったのだが……どうやらそれは次のAvengers:Infinity Warまでお預けのようですな。そしてそこにアダム・ウォーロックが絡んでくるのはどうも確実っぽいすね。場合によっては、11月3日に日本公開が決定した『THOR:RAGNAROK』で出てくるのかもしれないけど、「Soul」とアダム・ウォーロックは関係が深いのでどうかな……。まあ、とにかく大変今後が楽しみなMCUです。

 というわけで、もう長すぎるのでぶった切りで結論。
 やっと日本でも公開となった『GURDIANS OF GALAXY VOL.2』を早速観てきた。わたしとしては、MCUへのつながりがどのように描かれるかが一番楽しみだったのだが、その部分だけに絞って言うと、ちょっと肩透かしであった。しかし、それ以外の物語においては、相変わらず派手で、笑えて、ちょっと泣かせるイイお話で、わたしは大変大変楽しめた。ただ、ちょっとお父さんとの話は、あまりグッと来なかったかな……MCUにおいては唯一の「ヒーローチーム」なわけで、いつもくだらないことで喧嘩ばかりしているけど、彼らはもう家族同然であり、結束力は高く、観ていてとても安心できますな。しかしアイスラッガー装着後のヨンドゥは実にカッコ良かった。わたしの希望としては、げえーーーっ!生きていたんすか卍丸先輩!的な男塾展開を期待したいが……それはないだろうなあ……無茶しやがって……とても残念す。以上。

↓ 次はコイツです! 8/11(金・祝)公開。ゆとりヒーロー、スパイディ! 超楽しみっす!
 

 現在GW真っ只中の日本であるが、わたしは昨日、やりかけの請負仕事が気になって、ちょっと出社して軽く片付けるか、と思っていたのだが、いざ取り掛かるとまるでデータの統一性のないひどい状態で、データを整え、データベース化し、さてようやく準備ができたぜ、というところでまたいろいろなデータが欠けていたりフラグ付けが中途半端だったりとめんどくさいことが判明し、上等だこの野郎!と半ばキレ気味で分析をしていたらあっというまに7時間が経過し、大体の見通しがついたところで、もう今日はここまで、と打ち切って家に帰った。わたしだから7時間で済んだが、依頼主が力技でやったらおそらく50時間はかかるであろうと思う。やれやれ。
 で。夜、なんか映画でも見ようとHDD内にWOWOWで録りためた一覧を眺めていたところ、つい最近、『THE 5TH WAVE』(邦題:フィフス・ウェイブ)という作品が録画されていることに気が付いた。あ、これ、あれだ、ブサカワでおなじみのChloë Grace Moretzちゃん主演のラノベ原作モノだ、と、わたしにしては珍しく、タイトルですぐに内容を思い出したので、さっそく視聴を開始することにした。そして結論から言うと、ま、予想よりもずっと面白くなかったすね……かなりがっかりというか、なんじゃこりゃ、であった。というわけで、以下ネタバレ満載につき、読む方は自己責任でお願いします。

 大体の物語の進行は、上記予告の通りと言ってよさそうだ。ある日突然、謎の宇宙船が地球に飛来する。数日間、なんのアクションも見せない宇宙船。人々はそれを「THE OTHERS」と呼び、一体全体なんなんだ、と思いつつも、日常生活を送るが、突如「第1波=The 1st Wave」と呼ばれる攻撃を受ける。それは電磁パルスによる電子機器の破壊で、これで地球は電力消失、スマホも車も飛行機も何もかもぶっ壊れる。続く「The 2nd Wave」は、大地震で、これで沿岸都市および島など海に近い都市はすべて津波で消失する。さらにやってきた「The 3rd Wave」は、強力なインフルエンザ(?)ウィルスの蔓延で、具体的な数字はなかったような気がするけどとにかく相当数の人類は死亡。こういう展開が冒頭でざっと描写され、生き残った女子高生、キャシーは父と弟とともに、難民キャンプ的なところへ避難するが、そこにやってきた軍人たちの指示で、子供たちだけ基地へ連行される、のだが、弟(推定10歳以下)が、うえーん、おねえちゃん、ぼく、大切なクマのぬいぐるみをベッドにわすれてきちゃったよぅ……!というので、仕方ないわね私がとってくるわ、とバスを降りダッシュでぬいぐるみをとって戻るが、一足先にバスは出発、弟と生き別れてしまうというお約束の展開が炸裂する。どうしよう、と一旦父と合流しようとするも、大人たちは一カ所に集められ、軍人からなにやら話を聞いていて、どうやら「The 4th Wave」が発動しており、とうとうTHE OTHERSは自ら人体に寄生して、その肉体を乗っ取っているらしい、そしてこの中にもTHE OTHERSに乗っ取られたやつがいるはずだ! ということが明かされ、バカな、俺は人間だ、ここから解放しろ!的な騒動から、銃乱射パーティーに発展、全員死亡となり、残った数名の軍人だけ、さっさと基地へ戻る。そして取り残されたキャシーは、弟を取り戻すため、80マイル(約130㎞)離れた陸軍基地へ向かう。道中、謎のイケメンと出会い、警戒しながらもあっさりFall in Love、そして驚愕の「The 5th Wave」の正体を知るのであった――的なお話であった。
 もういろいろ突っ込みがいのある、なかなか安いお話である。
 すべての電子機器がイカれ、車も走っていないはずなのに、やたらと装備のしっかりした軍人が出てきた時点で、普通なら、なるほど、こいつら自身が……と誰でもわかると思うが、まあ要するにそういうことです。物語もキャラクターも、ともにこれが新人賞の応募原稿だったらなら、わたしなら2次選考で落とすだろうな……と思いながら観ていたのだが、最終的なオチも、えっ!? ここで終わりなんだ!? というぶった切りで、なんというか……こりゃあかんわ……としか感想は出てこない。
 というわけで、さっそく原作を調べてみたところ、やはり、アメリカン・ラノベお約束の3部作のようで、続きはちゃんとあるらしい。だが、正直この先の物語が面白くなるかどうかは相当怪しく、わたしとしても読んでみたいとは現状思わない。おっと、一応、この映画の原作に当たる1作目だけは日本語訳が出ているみたいですな。
フィフス・ウェイブ (集英社文庫)
リック ヤンシー
集英社
2016-03-18

 高いなあ……文庫で1,296円だって。こりゃあ売れないでしょうな。それすなわち、第2作第3作の翻訳は望めないだろうな……。というわけで、もはや本作について言いたいことはないので、それよりも、アメリカン・ラノベとわたしが言う、いわゆる「YAノベル」というものについて、書いておこう。
 といっても、わたしもそれほど多くの「YAノベル」を読んでいるわけではないのだが、おそらく、少なくとも映画化されたYAノベルには、以下のような共通点がある。わたしはこれを、いつも三大要素と呼んでいる。
 ◆三部作である場合が多い。ただし、1作目は比較的きっちりとオチも整っていて、続く2作目3作目が前後編的な場合が多い。典型的なのがやっぱり『The Hunger Games』でしょうな。
 ◆主人公は10代女子(で一人称語り)が圧倒的。これはきっと読者層が10代女子だから、なんだと思う。例外的なのが『The Maze Runner』で、アレは男主人公ですな。
 ◆ラブ展開は必須。基本的に主人公女子がイケメン二人の間で三角関係気味になる。ただし、主人公女子は最初は恋愛なんて!と思っている場合が多く、それなのに、あっさり二人の間で揺れ動く。それが多くの場合一人称語りなので(ちなみに本作も原作小説はおそらく主人公キャシーの一人称語り)、要するに私はどうしたらいいの?的なお悩みが延々と綴られる。これも、対象読者のあこがれのシチュエーションなんだと思う。ラブ展開に思いっきり振っているのが『Twilight』シリーズでしょうな。でもあれは4部作か。
 とまあ、こういう作品が多いのだが、しかし、我々日本人からすると、正直キャラも物語も、かなり退屈な場合が多く、日本のライトノベルの方が、ジャンルも幅広く、キャラクターも様々で、物語力でいうとすべてにおいて優っているような気がわたしはする。まあ、近年ではすっかりテンプレ化が進んでしまっているので、日本のライトノベルのクオリティも下がっているのは残念だが、それでもなお、日本のライトノベルが質的にも量的にも進化したのは、日本では漫画が古くから発達していて、物語に慣れているというか、いわば口が肥えているからであろうとわたしはにらんでいる。
 本作、『The 5th Wave』も、日本人が書いたらもっと面白くなっていたと根拠なく思うわたしだが、残念ながら映画作品も、それほどクオリティは高くなかった。CGもかなりチープだし(ただし冒頭の飛行機が墜落するシーンだけは凄い質感)、おそらくロケも1~2週間あれば余裕だろう。どうやら予算規模は38M$(約41億円)、興行成績はUS国内で34M$(約37億円)ということで、残念ながら赤字で終わったものと思われる。Rotten Tomatoesの評価もかなり低い。まあ、これは元の原作のイマイチさを映画ではカバーできなかったということで、主演のブサカワChloë 嬢の責任では全くないと思う。
 ところで、そういえばアメリカン・ラノベと日本のライトノベルで、もう一つ、決定的(?)に違うんじゃないかと思うことがあったのでメモしておこう。それは、作者の年齢だ。日本のラノベ作家は、圧倒的に若い。まあ最近は軒並み年齢も上がってきて、上は40代もかなり増えてしまったが、そもそもは20代でデビューするのが一般的だろう。作者と読者の年齢が近いからこそ、より一層読者の共感も高まる、という部分は無視できまい。しかし、アメリカン・ラノベの著者って……結構歳いってるんすよね。本作の著者Rick Yancey氏は1962年生まれだそうなので55歳か? 55歳のおっさんが10代女子のお悩みを書いて、面白い作品になるとはあんまり思えないすね。
 
 さて、最後に、映画のキャストと監督に触れて終わりにしよう。主人公キャシーを演じたChloë Grace Moretzちゃんについてはもういいすよね? ああ、1997年2月生まれだからもう20歳になったんですなあ。2009年の『(500)Days of Summer』でのおませなちびっこや、2010年の『Kick Ass』でのヒット・ガールは本当にかわいくて天使クラスだったけれど、残念ながら横方向に成長してしまって、まったくのブサカワになってしまったのが残念ですのう……。このほかには、私が知っている役者は二人しかいなかった。一人が、かなり後半だけの登場となる、やけにパンクなおっかない女子を演じたのがMaika Monroeちゃんで、彼女は結構いろいろ映画に出てます。このBlogでも記事を書いた『It Follows』とか、『Independence Day: Resurgence』とか。いつもはブロンドの美人系のかわいい彼女なのに、今回は黒髪&ゴスメイク(?)で最初誰だか分らなかったっす。そしてもう一人が『X-Men Origins: Wolverine』で、セイバートゥースを演じたLiev Schreiber氏。この人は顔に特徴があるので登場時にすぐわかった。
 あとは……主人公キャシーの高校のモテ男で事実上のもう一人の主人公の男の子を演じたのがNick Robinson君22歳。観ているときは全く気が付かなかったけれどさっき調べたら、彼は『Jurassic World』のあの兄弟のお兄ちゃんの方ですな。全然気が付かなかったわ。それと、監督はJ Blakeson氏という方だが、この方は『The Disappearance of Alice Creed』(邦題:アリス・クリードの失踪)を撮った監督でした。へえ~!? あの映画は監督自身のオリジナル脚本で、結構面白かったのに、今回は原作モノで自分で脚本書いてないからなあ……演出的にも、とりわけここがすごいという点はなかったかなあ……。なんか……残念す。

 というわけで、結論。
 アメリカン・ラノベ原作の『THE 5TH WAVE』という映画を観てみたところ、残念ながらキャラクターも物語も、いずれもかなりイマイチであった。わたしは日本のラノベの物語力の高さは相当世界で売れるはずだと思っているが、正直、本作レベルの物語では、日本ではデビューするのも困難なのではなかろうか。しかし……Chloë 嬢の成長ぶりも残念というか……もうちょい縦方向に成長してほしかった……なんつうか、幼児体形なんすよ……もう二十歳なのに。ウエストがないっつーか……ホント残念す。以上。

↓ こちらは大変緊張感あふれた傑作……なんだけど、後半のBL展開は不要だと思います。なぜ急にそんな展開にしたんだ……
アリス・クリードの失踪 [DVD]
ジェマ・アータートン
東宝
2012-01-27

 2010年に起きた「メキシコ湾原油流出事故」は、油まみれの海鳥の写真とともに全世界に報道され、いまだにわれわれ日本人の記憶にも残る大事故であろうと思う。われわれ日本人は、その後、東日本大震災に続く福島第1原発の壮絶な事故をテレビ画面を通して目撃してしまったわけだが、人間はとにかく地球をぶっ壊すことに余念のない生物である、と、将来どこかの宇宙人が言い出したら、残念ながら反論はできないのではなかろうか。
 というわけで、今日わたしが映画館で観てきた映画『Deepwater Horizon』(邦題:バーニング・オーシャン)という作品は、その2010年メキシコ湾原油流出事故の発生にいたる経緯を描いた実話ベースの物語であった。11名の人命が喪われた壮絶な事故であり、大変緊張感の高い作品であった。

 このような「Based on True Event」の映画の時はいつも書いているような気がするが、当然映画であって、描かれていることを100%鵜呑みにすることはできない、と承知してはいるものの、司法の手による捜査もほぼ終わっており(?)、結論としてはこの事故は、完全なる「人災」であることは間違いないようだ。しかし、はっきり言うと、犯人探しをしても、もはやどうしようもない。明確に「人災」である以上、この事故に対する責任を負うべき人物は存在しているわけだが、そいつを牢屋にぶち込もうと、失われたものは決して取り返すことはできない。ゆえに、我々としては、このような映画を観てできることは、「同じ過ちは繰り返すまい」と心に刻むことだけだろうと思う。
 もう、さんざんこの事件について報道されているように、この事故の責任は原油採掘基地「Deepwater Horizon」の保有者(?)であり運営者である(※追記:どうやらDeepwater Horizon自体はトランスオーシャン社(=主人公の所属する会社)のものらしい)、油田開発を実施・管理するイギリス企業、BP社にあろう。British Petroleum=イギリス石油、という社名を持つスーパー大企業でありモータースポーツが好きな人ならそのロゴマークは誰でも知っている、あのBPである。わたしはこの映画を観て、初めて知ったというか、そりゃ言われてみればそりゃそうか、と思ったのは、「Deepwater Horizon」で働く現場の皆さんは、みんな下請けの人間で、BPの人間はほとんどいないんすね。確かに。それは超ありうる。たいていの大規模開発の建築現場でも、仕切りはゼネコンでも、現場にゼネコン社員なんてほとんどいないだろうし、それと同じだよな、と改めて気が付いた。
 なので、この映画で描かれるヒーロー的活躍をする主人公や現場主任は、BPの人間ではなく、遅れている作業に業を煮やした(?)BP幹部が、現場の意見を無視して(一応、しぶしぶではあるけれど「同意」は明確にしたので、正確には無視してない)作業を指示したことで起きた大事故、と描かれていて、それはきっと事実なんだろうけれど、そんな、現場にやってきたBP幹部を悪人的に描いてもしょうがないというか、そりゃフェアじゃないんじゃないかしら、という気はした。そんな木っ端端末なんぞよりも、悪党はもっと奥にいるはずだ。現場になんて出てこないで、事業戦略を練るような中枢の、たっけえ給料をもらってる連中が決めた事業方針が、この事故を起こしたといって過言ではないのだろうと思う。
 ただし、それももはや結果論であって、おそらくは「大企業」と呼ばれる会社なら、事の大小はあっても、確実に起こりうるものだと思う。とりわけ上場企業の場合は、どんなきれいごとを並べても、究極的には利益の追求こそが至上命題というか義務であり、コスト削減は当然なのだから、本作で描かれたような、巨額の投資による事業が、なかなか進展しなければ、当然イライラもする。そして現場に派遣された幹部は、その問題解決が義務になる。何が問題で遅れているのか。その調査にまた時間(=金)がかかるわけで、残念ながらドツボにはまるわけだが、最終的な判断を人間がする以上、まず間違いなく、「まさかこんなことになるなんて」というミスが起こることは、もはや防ぎようがない。
 よって、責めるとしたら、そのリスク回避のバックアッププラン、事故発生時の対処法がなかった点にあるとわたしには思えた。いわゆる「想定外」ってやつだ。そして、その「想定」は、残念ながらどんどんと膨らんでいくばかりであり、企業としてはある一定の、ここまでは想定した、という線引きをせざるを得ない。たぶん、福島第1と決定的に違う点があるとしたら、この線引きのラインがやけに低かったこと、そして、人間による判断の甘さが事故の直接原因であろうということだ。
 本作で直接の原因として描かれるのは、パイプ内の圧力計の数値の解釈がマズかったという点で、その背景にあるのは、遅れている工期を何とかしたい=コスト削減、である。しかし、その判断がマズかったとしても、一気に大事故へつながる前のセーフティーネットはもっと何重にもあるべきだったんだろう。はっきり言って判断ミスなんて、絶対に起こりうるんだから。ま、それでも、人間は信用できん、とか言って、いろいろシステム化して、また無駄に金がかかったり、そのシステムもまた信用できない、みたいな無限ループになるんだろうけど、とにかく、「動いているものを完全に止める」手段は、何重にも用意しとかないとだめってことなんでしょうな。
 なんか書いてることも無限ループになってきたからこの辺にしておこう。
 ところで、わたしがこの映画で、へええ!? そうなんだ? と思ったことがもう2つあったのでメモしておこう。
 ◆実は「船」。
 石油採掘基地Deepwater Horizonは、わたしはてっきり、しっかり海底に固定された「建造物」なのかと思っていたが、実は「船」であった。ちゃんとスクリューとかある(=エンジンがついている)し、航行できる「船」なんすね。しかし考えてみれば当たり前で、あくまで「油田を発見するため」のものであり、空振りならば、はい次~と移動しなきゃいかんわけで、「船」といわれて、ああ、そうなんだ、つーか、そりゃそうだ、と納得である。
 ◆原油は汲み出すものじゃない=ポンプはいらない。
 これは冒頭で、主人公が自分の子供に説明する形で描写されるのだが、原油って、「汲み出す」ものじゃないんですね。つまりポンプなんていらないらしい。これも考えてみれば、ああ、そりゃそうだ、なのだが、要するに地下にある原油は、常に「超高圧」にさらされているので、穴をあけると噴き出すものらしい。なるほどである。そりゃそうだ。自分の上に、海や地面という超重量物が乗っかってるんだから、そりゃ圧力かかってるよ。これって常識なんだろうか? わたしは言われなければ全然気が付かなかったす。温泉なんかも同じなんだろうか??
 
 はー。もう長くなってきたので、最後にキャストと監督について触れて終わりにしよう。まず、主人公の下請け技術者(=油田探索のプロ)を演じたのが、サル顔でおなじみのMark Wahlberg氏。正直この人の見せ場は、事故発生後の避難の際の英雄的行動だけです。なお、本作はエンドクレジットで、実際の事件の裁判(?)シーンで、役の元となった本人が何人か出てきます。本物の彼は、事故後退職してテキサス住まいだそうです。あ、あと彼の奥さん役をKate Hudson嬢が演じてました。なんかいつもよりかわいく見えたのはなぜなんだ。大変お綺麗な美人ですな。
 次は、良心ある下請けの現場主任を演じたのが大ベテランKurt Russell氏。来月公開の『Gurdians of the Galaxy Vol.2』ではスターロードのお父さん役で登場するらしいすね。大変楽しみですが、本作でもやけに渋くカッコよかったす。彼に元になった人は、現在もなお同じ仕事をしているそうです。
 次。上に貼った予告でも登場する、ドリルオペレーター?の若者(最初にやっべえ!と気づく若者)を演じたのが、『THE MAZE RUNNER』シリーズの主役でおなじみのDylan O'Brien君25歳。このさわやかイケメンは顔に特徴があるのですぐわかりますな。助かってよかったよ。
 次。BPから派遣されてきた今回の悪役的ポジションとなった男を演じたのが、こちらも大ベテランのJohn Malkovich氏。まああの判断はまずかったな、どう考えても。ちなみにもとになった人は、故殺罪で起訴されたそうですが、のちに起訴取り下げとなったそうですよ。どういういきさつかはわからないけど。
 最後。監督は、Wahlberg氏とは前作『LONE SURVIVER』からの付き合いとなるPeter Berg氏。この人の作品は、結構私は好きかもしれない。独特のキレというか、いつも音響もいいし、非常に緊張感の高い作品をとる人だと思う。まあ、世間的には珍作扱いされてしまった『Battle Ship』も、わたしは嫌いではありません。この人は役者としても結構出てるんだよな。なかなかの才能あふれたお人ですな。

 というわけで、結論。
 2010年メキシコ湾重油流出事故を描いた『Deepwater Horizon』を観てきたわけだが、まあ非常に凄惨な事故が、ほんのちょっとしたこと、ともいえるようなミスが原因だったということはよくわかった。冒頭に書いた通り、もう犯人捜しは無益なので、こういう作品を観て、やっぱり「2度とこういうことを起こさない」ための教訓とするほかないと思う。これって、こんな大事故だけでなく、生活のあらゆるところでも当てはまることでしょうな。慎重になりすぎてもしょうがないけれど、常に安全第一で、万一のセーフティーは、生きる上でいくつあっても用意しすぎってことはない、とまあ、そういうことですな。しかし、どうでもいいけど「バーニング・オーシャン」って邦題は……必要だったのかなあ……ディープウォーター・ホライゾンじゃなぜ駄目だったんだろうか……。以上。

↓Mark Wahlberg氏&Peter Berg監督タッグの次回作はこの作品ですな。6月9日(金)公開。間違いなく観に行くと思います。

予告編はこちら。わたしの大好きなKevin Bacon氏が超シブイす。
 

 アニメ版が日本で公開されたのは1992年9月とWikiに書いてあるが、そうか、もう25年も前なのか……と、なんというか唖然としたわたしである。あの頃わたしは二十歳そこそこ。この映画、映画館で観て、ビデオで見て、ともう何回見ただろう。そんなわたしなので、あの思い出の『美女と野獣』が最新CG技術を駆使した実写版として帰ってくる! おまけに主人公ベルを、ハーマイオニーでおなじみのEmma Watsonちゃんが演じる! というニュースを聞いて、おおっとマジか!と、やおら興奮していたわけで、今日初日を迎えた『BEAUTY AND THE BEAST』を、わたしは会社帰りに早速観てきた。一人で。
 まず結論から言うと、ほぼアニメ版通りである。一部細かい違いはあるが(とりわけお父さんとガストンがだいぶ違う印象)、歌はそのままと思ってよさそうだ。逆に、アニメ版は90分ぐらいと短いのだが、今回は129分ともっと長くなっていて、その分いろいろな部分がアップグレードされていて、歌も増えているような気がするし、役者陣の熱演もとても素晴らしかった。なんか結構の歌占有率が高まってたような気がしますね。要するに、わたしはすっかり魅了されてきたわけである。大変大変楽しめました。

 まあ、もう物語の説明はいらないだろう。自業自得とはいえ、呪いによって野獣の姿に変えられてしまった王子様が、ベルという女子との出会いによって、真実の愛に目覚め、人間の姿を取り戻すお話である。はっきり言って、現代に生きる我々が、超客観的にこの物語を見聞すると、かなり突っ込みどころは多い。また、そりゃねえべ、と言いたくなるような展開であることも、認めざるを得ないだろう。
 だけどですね、いいんですよ、そんなことは。
 いつもどうでもいい文句ばっかり言っているわたしが、そんなことをいうのも非常にアレですが、そんな現実的な突っ込みをして、ドヤ顔してる野郎がもし身近にいたら、そんな時は「あはは、そうだね~」とでもテキトーな相槌を打って、二度とそいつに近づかない方がいいと思う。そういう手合いは、ほぼ間違いなく、つまらん男だと思います。
 この映画は、美女と野獣の二人を眺め、その歌にうっとりし、作品世界に浸るのが正しい姿だとわたしは思う。とにかく各キャラクターがとてもいいんだな。というわけで、今回はキャラまとめをしておこうと思う。なお、わたしは初回としては当然字幕版で観た。だって、Emmaちゃんの歌声を聞かなきゃ、意味ないっショ。しかしながら、近年のディズニー作品は、日本語吹き替えにも力が入っており、今回も野獣をミュージカル界のプリンスの一人、山崎育三郎氏が担当する気合の入れようなので、わたしはこのBlogで何度も書いている通り、ミュージカルが大好きな男としては、日本語版も観たいと思っている。さてと。それじゃまとめてみるか。
 ◆ベル
 主人公の女子。読書が大好きで、村では「変わり者」だと思われている。村でお父さんと二人暮らし。アニメ版ではそのあたりの説明はほぼないが、今回はお母さんを幼少期に無くしていて、当時パリに住んでいたことも明かされた。パリに行ってみたいとずっと思っている。もちろん美人。今回ベルを演じたのは前述のとおりEmma Watsonちゃん。うおっと!マジか!もう27歳だって。なんてこった……あのハーマイオニーがアラサー女子か……。今回は歌が多いのだが、はっきり言って、超うまい、というレベルではない、けれど、超頑張っているというか、全く問題なしの歌唱力であった。実際素晴らしかったと思う。今回、ベルが野獣の城に囚われる理由も明確だったのが新鮮。アニメ版とちょっと違ってました。おまけに脱走しようとしたり、意外とアクティブ。そういうシーンってアニメ版にあったっけ? まあとにかく、はじける笑顔が最高ですよ。
  ◆野獣
 元々は、贅沢三昧のお坊ちゃんだったが、城にやってきた老婆を冷たくあしらったことで、その老婆=魔女の怒りを買ってしまい、呪いにかけられる(※ここで無粋なツッコミは禁止です)。アニメ版では四足歩行するシーンもあったような気がするけど、今回はずっと立ってましたな。とにかく、野獣の毛の質感が凄く、非常にモフモフ感があって素晴らしい出来栄えです。そう、野獣をはじめとして、お城なんかもどこまでがセットでどこまでCGなんだかもうさっぱり区別がつかないさすがのDISNEYクオリティが半端ない。野獣もあれはほぼCGだよな? 実物なのかな?? さっぱりわからんけれど、顔の毛の質感はすごいし、あと、わたしは猫の鼻が大好きで、毎日我が家の宇宙一可愛いお猫様の冷たくしっとりした鼻をぐりぐりと頬擦りする変態なんですが、今回の野獣の鼻も、超触りたくなるような、実にネコ科系の鼻でした。そして、演じたのはDan Stevens氏。正直わたしはよく知らない人で、どうやらわたしが観たことのある作品は、偶然両方ともこのBlogでレビューを書いた『誘拐の掟』『靴職人と魔法のミシン』の2本だけでした。この人も、歌はそれほど超うまい、というわけではないけれど、それでもやっぱり大変よかったと思う。人間化した時のイケメンぶりはなかなかでした。
 ◆ガストン
 村のイケメン。アニメ版ではなんか狩人的な乱暴者のような感じだったけれど、今回は従軍経験ありのもうちょいスマートなイケメンでした。演じたのがLuke Evans氏なのですが、まあカッコいいすね。アニメ版では最初からかなり悪党感があったけれど、今回は登場時はさわやかイケメンでそれほど悪党ではなかったのに、なんか途中から急にブチ切れたり、ちょっと変わってましたね。なお、Luke氏は、わたし的には今回歌が一番うまかったような気がします。なかなかの美声で、非常にカッコよかったす。歌は。ちなみにLuke氏はLGBTの方で、カミングアウト済みなのは有名だと思うのだが、今回は、手下のル・フウというキャラがやけにガストン大好き的な空気を出していて、はっきり言ってちょっとアレだと思った。その設定は別に必要なかったのでは……。ま、メリケン国は差別してませんアピールが必要な国だからな……。ちなみに、そのル・フウを演じたのは、Josh Gad氏で、彼は『アナ雪』のオラフの声でおなじみですな。
 ◆モーリス
 ベルのお父さん。アニメ版では村の発明家で変わり者、的なキャラだったと思うが、今回は、ありゃなんだろう……美術工芸職人かな、オルゴールを製作(修理)したり、絵も描いたり、みたいな人になってました。さらに今回は、その品を納品するために旅に出たときに野獣の城に迷い込み、帰りに薔薇をベルのために買ってくる約束をしてたことを思い出して、城の庭に咲く薔薇を摘んでしまい、野獣に泥棒野郎め!と囚われることに。演じたのはベテランのKevin Kline氏。この人の作品はいっぱい観てるなあ……そうそう、さっきWikiで初めて知ったけれど、この人、我々40台のおっさんの青春のアイドル、Phoebe Catesさんの旦那ですって。年の差16歳ですと。 
 ◆ルミエール
 3本のろうそくの灯る燭台に変身させられてしまった元・お城の使用人。主人思いでありベルにも優しく接するナイスキャラ。なんと演じたのは、マスター・オビ=ワンでおなじみのEwan McGregor氏ですよ。わたし的にはこの人が歌えるとは大変驚いた。しかも全然問題なしの歌唱力! いいじゃないすか! と大変わたしは称賛したいと思います。ラスト、呪いが解けて人間化しても、メイクがすごいので、Ewan氏に見えないのがちょっと笑っちゃった。誰だよ!みたいな。
 ◆コグスワース
 同じく、時計に変身させられてしまった元・執事のおじいちゃん。執事だけあって御主人派で、何かと細かい。けど、ルミエールとのナイスコンビネーションは実にイイ。演じたのは、ガンダルフあるいはマグニートでおなじみのSir Ian McKellen氏77歳。このお方もLGBTで有名ですが、まあ関係ないすね。Ianおじいちゃんも歌えて驚きです。ラストで人間化した時、これまたすごいメイクなんだけど、この人はすくにIan氏だと見分けられます。
 ◆ポット夫人
 同じく、ティーポットに変身させられてしまった元・お城のメイド長。息子のチップも同じくティーカップに。アニメ同様、チップはちょっと飲み口が欠けてます。で、ポット夫人を演じたのはイギリスが誇る名女優Emma Thompson女史。今回、あの有名なベルと野獣の二人きりの舞踏会で名曲「Beauty and the Beast」を歌ってくれたのはポット婦人でした。これって……アニメもそうだったっけ?

 とまあ、メインどころはこんな感じでしょうか。
 実は……今回はもう書くことがないんすよね……冒頭に書いた通り、物語の感想を書こうにも、つまらんことしか書けないんすよね……いちいち、あれって変じゃね? みたいに突っ込んでも無粋なだけなので 、やめときました。

 なので、もうさっさと結論。 
 25年前にアニメ版にほれ込み、何度も観た『BEAUTY AND THE BEAST』。最新CGを駆使した実写版がやっと日本でも公開されたので、早速初日の今日、観てきたわけだが、まず、期待通りの大変素晴らしい出来てあったことは間違いない。わたしのアニメ版記憶よりも歌が増えているような印象だが、正確なところは調べてないのでわかりません。そしてキャストたちの歌も大変上等。映像ももちろん、世界最高峰のDISNEYクオリティであり、まあ、観ない理由はないすね。わたしは大満足です。大変すばらしかった。あんなのお子様向けだ、なんて思っている大人でも、十分楽しめるとわたしは思うのだが、もし観に行って、つまんねえ、なんて言っている男が身近にいたら、なるべくそいつとは距離を置いた方がいいと思いますよ。 いや、そりゃあ、物語的にはアレなのは認めますよ、ええ。でもね、いいんだよそれで。だって、おとぎ話なんだから! 以上。

↓ 一応、WOWOW録画して保存してあります。明日また、久々に観るかな……。

 昨日の夜も、WOWOWで録画したはいいけれど、そのままほったらかしで観ていない映画を観ることにした。正直に告白すると、そういう映画が50本ぐらいあって、その中から何を観るか、というのは全く基準がなく、ごくテキトーに選ぶのだが、ひとつ、去年の10月に録画した映画で、気になっていたものを見ることにした。
 日本公開時のタイトルは『パパが遺した物語』。原題を『Fathers & Daughters』というこの作品は、日本では2015年の10月の公開で、わたしとしては主演のAmanda Seyfriedちゃんが大好きなので、公開当時結構気になってはいたもののあっさりと見損なってしまい、そしてWOWOW放送があって録画したものの、すっかり後で観ようリストに入れられてしまった、なぜだか若干縁のない映画なのだが、観てみて、ああ、やっぱりさっさと観とけばよかったぜ……と、相変わらずのわたしの見る目のなさにがっかりすることになったのである。結論から言うと、絶賛というわけではないけれど、とりわけ子役の演技が素晴らしく、そしてカーペンターズの名曲『Close to You』が大変心にしみてグッとくるいいお話であった。あなたのそばにいたい(Close to you)。この歌詞がとてもぴったりな、父と娘の愛があふれた映画で、そういう意味ではおっさん向けといっていいような気がします。

 まあ、大体のところは上記予告のとおりである。ただ、時系列が若干乱れているので、ちょっとだけ物語をまとめておこう。物語は25年前の交通事故から始まる。小説家のジェイクは、娘を「オレの可愛いポテトチップ!」と呼ぶ娘大好きなパパ。そして娘のケイティも、パパが大好きでもう大変な甘えっ子なわけだが、ある日、車で移動中にパパとママはちょっとしたことから口論になってしまい、よそ見運転?で事故を起こしてしまう。その事故でママは死去、パパも脳に重大な障害を受け、命は助かったものの後遺症に悩み、うつも患ってパパは7か月入院することになってしまう。残されたケイティは、ママの姉、すなわちおばさん夫婦の超リッチな家庭で過ごすが、やっと退院してきたパパのもとにダッシュで駆けつけるほど、パパっ子な可愛い娘だった。そしてこれ以降、25年後の現代と、事故以降のパパとの当時の生活が交互に語られる形式になる。
 現代では、大人になったケイティは心理学を学ぶ学生で、ソーシャルワーカーとして、心に傷を負った子供のカウンセラーをしている。そして本人も、大好きなパパを亡くすことで心に深い傷を負い、私が愛する人はみんな死んでしまう、的な思いに囚われ、人を愛せない、けれど心の隙間を埋めるために誰とでもヤるSEX依存症的な状態にある。そして回想では、後遺症が完治せず、苦労しながらも作品を書くが売れず、リッチなおば夫婦がケイティを引き取るとか言い出して裁判になったり金に苦しむ中、ある日、父と娘のお話を書くことにするパパだったがーーてな展開である。
 この映画の見どころは、やはり役者たちの熱演だろうと思う。回想編・現代編ともに、それぞれとてもいい芝居ぶりで、とにかく過去編のパパとケイティ、そして現代編の大人になったケイティと心に傷を負った少女、この4人が大変すばらしいのである。
 まず、過去編の方だが、パパを演じたのは、オスカー俳優Russel Crowe氏である。この人はまあ結構おっかない顔をしていると思うし、実際すぐカッとなる性格のようだが、本作ではもう、娘が好きで好きでたまらないベタ甘パパを大変繊細に演じきっていたと思う。ちなみになんで娘を「ポテトチップ」と呼ぶのか、まったく謎で謂れは説明されません。まあ、愛する人を「蜂蜜(Honey)」だの「甘いの(Sweety)」だのと呼ぶのがメリケン人なので、ポテチはしょっぱいので全く謎ですが、雰囲気は大変よく伝わりました。要するにいつもそばにあってほしい、食べちゃいたいほど大好きなもの、ってことなんでしょうな。ポテトチップ……わたしは大変気に入ったっす。
 そして過去編でそのポテトチップこと愛するケイティを演じたのが、2004年テキサス生まれのKylie Rogersちゃん。この時10歳ぐらいなのかな。まあ、これがまた可愛い娘さんでしてなあ、おっさんなら誰しもがほほを緩める美少女でしたね。あと7~8年もすれば、相当な美女になると思われる逸材ですよ。大変すばらしい演技で、実にお見事でありました。結構順調にキャリアを積んでいるようで、今後も出演作があるみたいですな。名前を憶えておきたいと思う。
 そして現代編で、大人となったケイティを演じたのが、目が大きい美女としておなじみのAmanda Seyfriedちゃんである。まあ、相変わらずの可愛さですな。そして、子役のKylieちゃんが大人になるとこうなる、という面影がすげえ残ってるんすよね。ああ、Amandaちゃんももう31歳か……。しかし、この映画でわたしが唯一、これは……と思ったのは、この現代編でのケイティの設定だ。ズバリ、SEX依存症という設定は必要だったのか……いらなかったような……もうちょっと別の描き方があったような気がしてならない。でも、カウンセラーとして対峙する少女との交流の様は、とてもいい演技でしたね。まるで自分がパパから愛されていた時のようにその少女に愛情をもって接するわけで、それが過去編との対比をもって描かれていて、非常にグッとくるものがあった。自分が自転車に初めて乗れた日、パパが「That's My Girl! Go!Faster!(それでこそオレの娘だ!行け!もっと速く!)」とはしゃいでくれた思い出。その思い出のまま、今度は自分が面倒を見た少女が自転車に乗れて、全く自分も同じことを叫ぶあのシーンは、あの日のパパの気持ちがしっかり理解できた瞬間だろうと思う。あそこのAmandaちゃんのはじける笑顔は実に可愛かったすね。
 そして現代編で、大人ケイティが担当することになった少女を演じたのが、2003年生まれのQuvenzhane Wallisちゃんである。彼女はデビュー作『ハッシュパピー~バスタブの少女』で弱冠9歳にしてアカデミー主演女優賞にノミネートされて注目されたあの子です。その後ミュージカルの名作『ANNIE』でも主役を務め、大変立派なキャリアを築き上げているこれまた逸材だ。今回は、売春婦の母を亡くし、ろくでなしの父親も麻薬の過剰摂取で亡くし、と過酷な目にあって言葉を発しなくなった少女を大変見事に演じていたと思う。この子と大人ケイティの心の交流が大変グッときましたなあ。
 あともう一人だけ。過去編で、作家であるパパのエージェントを演じたのが、なんとお久しぶりのJane Fonda女史であった。わたし的には超久々にスクリーンでお目にかかりましたな。現在79歳だそうで、見た目には全くそんな年には見えず、大変若々しいお姿でした。この映画に出ていることを知らなかったし、観終わってエンドクレジットでその名を見るまで、全く気が付かなかったというか、びっくりしました。

 というわけで、わたしとしては大変気に入った作品なのだが、残念ながら世の評価は結構低いようで、RottenTomatoesMetacriticでは残念なポイントになっている。また、興行面でも、US国内でほぼ公開されなかったのかな、全然データがない。ただ、IMDbのレーティングは7.1/10なので、それほど悪くない。これはどういうことなのかよくわからないけど、ほとんどの人が観てない、けど、観た人はそれなりに気に入った、ということなのかもしれないな。まあ確かに、脚本的にちょっと過去と現在が交差する描き方は、悪くはないけれどもう少し整理が必要だったのかもしれないし、現代のケイティのSEX依存もちょっとそぐわなかったのかもしれないすね。

 というわけで、さっさと結論。
 観ようと思ってずっと放置していた『Fathers & Daughters』(邦題:パパの遺した物語)は、観てみたら結構良かった。とにかくパパと娘の愛情たっぷりな作品であり、その愛が強かったゆえに、パパを亡くして心を閉ざしかけた女子が、パパの想いを抱きながら、再び前に歩みだすという、こうして書くとありがちな物語ではあるけれど、なんといっても役者陣の演技は大変すばらしく、わたしは気に入りました。万人にお勧めかというとそれほどでもないけれど、娘を持つおっさんにはアリ、だと思います。わたしに娘はいませんが。以上。

↓ なるほど、Amazonレビューも4つ星か。まずまず、な評価なんすかね、要するに。




 もはやお約束だが、わたしの記憶力は年々低下の一途をたどり、本当にこれはもう病気なんじゃねえだろうか、と大変自分が心配でならないのが、40代後半となってしまったわたしの現状である。なので、なるべくせっせと記録を残そう、というつもりでこのBlogも存在しているわけだが、昨日の夜、これまた例によって例のごとく、何もすることがなくもう寝るしかねえな、という想いを抱いたのが20時半ごろで、この時間に寝てしまうのも老人めいているし、じゃ、映画でも見よう、とHDD内の一覧を見てみたところ、つい数日前に、『MAGGIE』(邦題はそのまま「マギー」)なる映画が録画されているのを発見した。全く記憶にないそのタイトルに、わたしは冒頭に記したように、オレはもう病気なんじゃねえかと深刻に疑ったわけだが、ま、とりあえず再生を開始してみた。
 すると、再生2分で、あ、これか、そうか、やっとWOWOWで放送されたんだ、と、この映画のことを思い出した。
 というわけで、『MAGGIE』という作品は、↓こんな映画である。

 わたしはこの映画の予告をだいぶ前にUS版で観て、これはまた、なかなかすげえというかシブイのが来たな、と思っていたのだが、そのまま忘却の彼方に埋もれ、日本で公開されたことすら気が付かなかった。どうやらUS公開が2015年の5月で、おそらくその前後にわたしはUS版予告を観たのだと思う。そして日本では2016年2月にごく小規模ながら劇場公開されていたらしい。へえ~。全然知らんかった。
 で。物語は、ほぼ上記予告から想像できる通りである。以下結末まで書くのでネタバレが困る人は読まないでください。
 THE NECROAMBULIST VIRUS(字幕では「腐歩病ウィルス」と訳されてた)なるものが蔓延し、感染者を隔離することで、かろうじて文明は保たれているが、街中には感染者として末期症状のゾンビが徘徊しており、極めて危険な状況に陥っている。そんな中、娘のマギーが感染してしまった主人公は、果たしてマギーを隔離所へ引き渡すことができるのか、あるいは、自らの手でゾンビと化したマギーを殺すことができるのか? そんなある意味究極の選択に立たされた男のお話である。
 この物語において、わたしが面白いと思ったのは、感染者が「徐々に」ゾンビ化していくという点であろう。どうやらゾンビに噛みつかれるとそこから「腐歩病ウィルス」に感染するようだが、噛まれて即座にゾンビになるわけではなく、実にゆっくりと、少しずつゾンビになっていくのだ。
 そのゆっくりぶりが、主人公にとっては非常につらいわけで、治療の可能性がなく、噛まれた時点でもうアウトなのに、まだ意思疎通もできるしまったく人間性を失っていないマギーを、放っておけるわけがない。しかし、「その時」は確実に近づいているわけでーーーてなお話である。
 どうやらこの映画、RottenTomatoesでもMetacriticでも、評価としては残念ながら低い。また興行面でもどうやらUS国内ではごく小規模上映しかなされず、まったく売れなかったようだなのだが、わたしの結論をズバリ言うと、結構面白かったと思う。そして、やっぱり見どころは、やけにくたびれたおっさんを演じたArnold Schwarzenegger氏と、ゾンビ化してしまう娘を演じたAbigail Breslin嬢の魂のこもった熱演であろう。いいじゃないの、とわたしは大層気に入ったのである。
 まず、悩めるお父さんを好演したSchwarzenegger氏は、現在もうすでに69歳という年齢になってしまったわけだけど、まあ、苦悩が顔ににじみ出ているというか、とても味がありますよ。また、娘マギーを演じたAbigail嬢も、複雑な役を見事に演じきったと思う。
 ただ、本作は、いわゆる「THE BLACK LIST」(=ハリウッドが注目するまだ製作の決まっていない脚本のランキング)の2011年版に載った脚本なのだが、わたしとしては以下の2点において、若干微妙だなあ……と思った点がある。
 1)マギーよ、お前なんで感染したんだ……
 マギーは、どうやら一時家出していたらしく、危ないと外出禁止令も出されているのに、のこのこ街へ出かけて噛まれてしまったようなのだが、その家出の理由は、明確には示されない。どうやら母は既に(ウィルス拡散以前に)亡くなっていて、継母と父との間にできた二人の幼い弟と妹がいるのだが、その関係は表面上は全く問題ないけれど、どうも、マギーの心中は、思春期の少女にありがちな複雑なもので、家出の背景にはそういう感情があるようだ。ーーてなことを感じさせるのだが、それを感じさせるのはあくまでAbigail嬢の演技が素晴らしいからであって、脚本的には非常にあいまいというか、明確ではなく、なんとも雰囲気重視で微妙であった。
 2)最終的な結末の微妙さ
 本作のエンディングをズバリ書いてしまうと、父はどうしてもマギーを殺すことはできず、自らマギーに殺されることを願う、が、わずかに残った人間の心で、マギーは父の額にそっとキスし、一人、自ら命を絶つ、という実に悲しいエンディングであった。しかし、このエンディングも、あくまでSchwarzenegger氏とAbigail嬢の演技が大変すばらしいからこそ美しいのだが、物語としてはかなり微妙なエンディングだ。お父さんよ、あんたは食べられちゃえば済む話かもしれないけど、その後凶暴なゾンビになっちゃったマギーをほっといていいのかという気がするし、一方でマギーの自殺の方法も、映像として美しいけれど、微妙に説得力がない。ゾンビなんだから、あれで死ぬとは思えないというか……うーん……とにかく、脚本がちょっとアレですよ、これは。
 おそらくはそういった微妙な点が、US国内での低評価に影響しているのだと思うが、何度も言う通り、二人の演技ぶりは大変すばらしかった。ま、Schwarzenegger氏はもういまさら説明する必要はないと思うので、Abigail嬢に関してだけ、少しメモを残しておこう。この方は、若干10歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされた実力派である。わたしはその作品『Little Miss Sunshine』は見てないんだよなあ……ま、写真を探してみると、大変かわいいちびっこである。しかし、それからこの映画が作られるまでに9年が経過しているわけだが、現在のAbigail嬢は……ええ、ズバリ言おう、全く可愛くない。強いて言うならブサカワであろう。なので、わたしは全く彼女が何者か気が付かなかったのだが、実はAbigail嬢は、結構多くの作品に出演していて、わたしが驚いたのは、かの珍作で名高いM・Night Shyamalan監督の『SIGNS』に出てきたあのちびっこですよ。当時5歳か。そして、先日アカデミー主演女優賞を受賞したわたしの大好きなEmma Stoneちゃんと共演した『ZOMBIELAND』のあのおませなチビ、リトルロックを演じたのもAbigail嬢であった。当時11歳か? 全然気が付かなかったわ……。まあ、すっかり成長して、残念ながら美女?にはならなかったAbigail嬢だが、演技は本当にしっかりしていて、ラスト、父の額にキスするシーンはかなりグッときましたね。素晴らしい演技だったとわたしとしては称賛したいと思う。
 最後。監督について。監督は、Henry Hobson氏という男で、年齢はわからないけれどまだ若いみたいですな。ほぼ長編映画の経験はないようだが、グラフィックデザイナーとしてのキャリアの方が多いみたいですな。映画やゲームのタイトルデザイナーとしての仕事が結構多いみたい。本作の演出ぶりは、若干微妙だとわたしは判定した。妙なピンボケショットや顔や手など一部分のクローズアップが多い印象で、正直、シャレオツ系・雰囲気系な演出家とお見受けした。だからダメとは言わないが、もうちょっとシャープな方がわたしの好みであると思うけれど、ややぼんやりとした映像は、本作をなんとなくファンタジックな世界観に仕立てあげているとも言えそうな気がしますね。
 しかし……愛する人が死の運命にとらわれてしまったら……おまけに正気をなくしたゾンビになっちゃったら……まあつらいお話ですよ。わたしも引き金を引けたかどうか、相当怪しいわけで、そう共感させてくれたのも、Schwarzenegger氏とAbigail嬢の演技の素晴らしさゆえ、というわけであろうと思うことにします。

 というわけで、結論。
 WOWOWを録画してみた『MAGGIE』という作品は、確かに総合的には微妙作と言わざるを得ないけれど、主演の二人の演技は実に素晴らしく確かなもので、そこまで酷評しなくてもいいじゃん、とわたしには思える作品であった。わるくないじゃん。それがわたしの結論である。以上。

↓ この時のAbigail嬢は大変可愛かった……という記憶があるので、また見てみようかな。確かBlu-rayに焼いて保存してたはず……。
ゾンビランド (字幕版)
ウディ・ハレルソン
2013-11-26

 昨日の夜、19時くらいに家に帰って、飯食って風呂に入り、20時くらいになったところで、もはや何もすることがなく、読む本はあるけどなんとなく本を読む気になれず、一体全体、わが生命活動は何のために機能しているのだろうか、と深刻な謎にぶち当たり、こうして生きていることを含め、何もかもがどうでもよくなったわたしだが、そういう時は映画を観るに限るので、最近どんなのをWOWOWで録画したっけ……と、さっそくHDD内を捜索してみた。
 すると、まあ録画したはいいが、ホントにオレ、これらを全部観るのだろうか……?  という完全に自らの行動を否定する思いにとらわれたわけだが、またHDDの整理しねえとな……というため息とともにスクロールしていくと、一つの映画のタイトルに目が留まった。そのタイトルは、『しあわせへの回り道』というもので、どんな映画か全く記憶にない。タイトルから想像できる物語は、おそらくは中高年を主人公として、きっと生き急いだ人生を顧みて、回り道したっていいじゃない、的な人生に気づいてめでたしめでたしであろう、というものであった。もちろんそれはわたしの完全なる予断であって、実際はわからない。とりあえず、なんでこれを録画しようとしたんだっけな? という謎を解くべく、まずは再生ボタンを押して観はじめてみた。その結果、ほぼ最初の数分で謎が解けた。この作品は、映画館で予告を観て、ふーん、面白そうかも、と思った作品だったことを思い出した。
 主役?は、イギリスが誇る名優Sir Ben Kingsley氏。元々はRoyal Shakespeare Companyで活躍していたが、映画ではほぼデビュー作の『GANDHI』において、タイトルロールのマハトマ・ガンジー氏を演じていきなりアカデミー主演男優賞を受賞し、以来数々の作品に出演している大ベテランだ。その彼が、たぶん超久しぶりにインド人役を演じた作品で、彼扮するインド人タクシードライバーが、アメリカ人中年女性に運転を教える映画だ。
 ああ、これか、というわけで、わたしは本格的に視聴を始めたのである。

 まあ、上記予告でその雰囲気は分かると思うが、実際のところ、わたしの予断はおおよそのところは合っていた。そして、すげえ感動したとか、超面白かった、というわけではないし、それなりにツッコミどころはあるのは確かなのだが、結論としてはまあまあ面白かったと思う。
 まずどんな物語かざっとまとめてみると、たしか50代(正確な年齢は忘れた)の主人公、ウェンディは売れっ子の女流書評家としてそれなりに上流な生活を送っていたのだが、ある日突然、夫から離婚を切り出される。夫曰く、君は俺より本が大事なんでしょ、俺がいなくても全く平気だし、俺もさっさと(浮気相手の)若い女とヤリまくりたいから別れようぜ、というなかなかヒドイ理由であった。勿論納得のいかないウェンディは、泣き・怒り・悲しみ、と激しい反応を示すが、残念ながら夫サイドは取り付く島もなく、離婚協議へまっしぐら。そんなしょんぼりな状態のウェンディは、夫に離婚を切り出された日に乗ったタクシーに忘れ物をしてしまうが、ドライバーは律儀にそれを翌日届けてくれる。ふと見ると、そのドライバーは、日中はドライビングスクールの先生として働いているようで、名刺をもらい、はたと、そうだ、運転を習ってみようかしら、と思いつく。というのも、ウェンディはマンハッタンのアッパー・ウェスト(ええと、セントラルパークの左側、すね)に暮らしており、これまでまったく車が必要になることがなかったため、免許を持っていなかったのだ。折しも娘は大学を休学して遠く離れた農場で働いている。いままでは、夫が運転担当だったけれど、いっちょ、娘の下に、自分が運転して行ってみようかしら、てなことである。そして、律儀なインド人ドライバーに運転を習ううちに、これまでの人生を振り返りながら、新しい道に向かって前進するのだった……的な物語である。そしてサイドでは、インド人ドライバーのこれまでの過酷だった人生や今の生活ぶりが描かれ、二人の心の交流が描かれていく、とまあそんな映画である。ええと、結構テキトーなまとめです。
 こんな物語なので、ウェンディサイドのお話と、インド人サイドのお話があるわけだが、わたしはやっぱり、Sir Kingsley氏の演じるインド人の物語に非常に興味を持った。ダルワーンという名の彼は、元々インドで大学教授として教鞭をとっていたのだが、シク教徒であり、かつてインドにおいて政治的弾圧が激しかった時に両親を殺され、自身はアメリカに政治亡命してきた過去があり、現在はれっきとしたUS-Citizenである。だけど、シク教徒はターバンが戒律上の義務なのでやたらと目立ち、US国内でも差別はあまり前のように受けてきたのだが、そんなひどい状況でも、教養ある男として法を守り真面目に生きてきた、というキャラである。そんな彼が、運転が怖くてたまらないウェンディに、「止まるな。アクセルを踏むんだ。そして前へ進め」と辛抱強く教えることで、ウェンディは運転も何とかできるようになり、さらには、人生も前へ進むに至る、とまあ、非常に美しい展開となる。なので、観ていて不快なところはほぼなく、大変気持ちの良い映画、であった。
 なお、本作は、「The New Yorker」誌上に2002年に掲載されたエッセイが原作となっているそうで、原作は小説ではなく、エッセイストの体験談なんだそうだ。へえ~。
 わたしとしては、一番の見どころは、この脚本にほれ込んだというウェンディ役のPatricia Clarkson女史と、元インド人のダルワーンを演じたSir Kngsley氏、この二人の演技の素晴らしさだろうと思う。二人とも、大変素晴らしい芝居ぶりで、とても好感が持てた。まず、Patriciaさんは、現在57歳だそうだが、たいへんお綺麗で、落ち込みまくって髪ぼさぼさでも、何となく品があるし、決めるおしゃれな服装もよく似合っているし、また、免許試験合格の時のはじける笑顔も大変良い。きっと若いころはかわいい女子だったんだろうな、という面影は十分感じられる。キャリアとしてはもちろん大ベテランで、わたしははっきり言ってこの方を全然覚えていないのだが、今さっきWikiを見たら、わたしはこの方の出演している映画を10本以上観ているようで、なんともわたしの情けない記憶力に失望である。最近では、日本で全く売れなかった『The Maze Runner』シリーズにも出てたみたい。オレ……ちゃんと観てるんだけどなあ……くそう。
 そして一方のSir Kingsleyは、もう相当な数の作品でわたしも見ているが、この人はイギリス人であり、当然Queen's Englishが母国語なのに、本作では非常に訛りの強い、いわゆるヒンディッシュで、とてもそれが、日本人的には聞き取りやすいというか、特徴ある英語をしゃべっていて、やっぱ芸達者ですなあ、と変なところがわたしの印象に強く残った。キャラクター的にも、大変良かったと思います。あ、そうだ、もう一人、わたしの知っている役者が出てました。ええと、ちょっと前に観て、このBlogにも感想を書いた、Tom Hanks氏主演の『A Hologram for the King』(邦題:王様のためのホログラム)でに出てきた女医さんを演じたSarita Choudhuryさんが、今回はダルワーンと結婚するためにはるばるインドからやってくる女性として出演されてました。この方は大変特徴ある顔なので、すぐわかったっす。そして顔、で言うと、この顔は誰かに似てるんだよな……と非常に気になったのが、ウェンディの娘として登場する若い女子で、さっきなんていう女優なんだろう、と調べたら、名をGrace Gummerさんと言い、な、なんと、大御所Meryl Streepさんの娘だよ! 確かに! 確かに顔が似てるかも! 娘が役者をやってるなんて全然知らなかったわ。
 最後、監督について記して終わりにしよう。監督は、スペイン人のIsabel Coixetという女流監督で現在54歳だそうだ。わたしも観た有名な作品としては、『My Life without Me』(邦題:死ぬまでにしたい10のこと)かな。他にも有名な作品があるけれど、わたしが観たことあるのはその1本だけみたい。画面がとても明るい光にあふれてるのが特徴かも。とても明るい(雰囲気の話じゃなくて、物理的に光量が多い)映像で、そんな点も、作品全体の雰囲気には合っていたような気もします。

 というわけで、結論。
 たまたまWOWOWで放送されたのを録画して観てみた映画、『Learning to Drive』(邦題:しあわせへの回り道)は、その邦題が非常に安直というか、それっぽすぎて若干アレですが、お話としては、まあその甘い日本語タイトルから想像できるような、いいお話でありました。激烈に感動したとか超おすすめ、というつもりは全くないけれど、ま、嫌いじゃないぜ、こういうお話も。こういう作品をぼんやり観て過ごす時間も、悪くないと思います。以上。

↓ 懐かしい……中学生だったと思います。今はなき有楽座という、現在日比谷シャンテがある場所に存在したデカイ映画館で観ましたなあ……チャリをぶっ飛ばして観に行ったような気がする……。
ガンジー [Blu-ray]
ベン・キングズレー
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2010-04-16

 FPS、と聞いてすぐ意味が分かる日本人はどのぐらいいるだろう? 恐らく分からない人の方が多いのではなかろうか、と、いつもながら根拠なくそう思う。いわゆる、First Person Shooter、「一人称視点」のシューティングゲームのことなのだが、要するにプレイしている自分の視線でゲームを進めるもので、結果として自分の顔は見えない。もちろん背後から迫ってくる敵も、振り向かなければ見えない。そんな、ある種の臨場感あふれる映像なわけだが、先日わたしは、とある映画のことを知って、大変驚いた。なんと、ほぼ全編を「GO Pro」で撮影した、主人公の視点のみで展開するFPS映画なのである。ええと、Go Proって分かりますよね? 世界でおそらくは最大のシェアを誇る「ウェアラブル・カメラ」で、いわゆるアクション・カムと呼ばれる小型ビデオカメラだ。わたしもPanasonic製の4Kアクションカムを持っていて、 登山時などに頭にセットして、「わたしの見ている視線での映像」を撮影しているけれど、まあ、とにかく小型カメラのくせに異様にきれいな映像が撮影可能で、帰って来てから再生してみると気持ち悪いぐらいの面白映像が撮れているのである。
 そんな、完全一人称視点の映画が、『HARDCORE HENRY』という作品だ。なんでもロシアのロックバンドのBITING ELBOWSというグループのIlya Naishullerという男がGo Proで撮影した動画がYou Tube にアップされて話題となり、クラウドファンディングで資金を集め、ついでにその動画を観たTimur Bekmambetov監督が気に入ってプロデュースしたんだそうだ。
 まあ、上記でわたしが何を言っているかわからない人は、この予告を観れば、ははあ、そういうことか、と分かると思うので、さっそく見てみてください。

 どうですか、ご覧になりましたか? なかなかそそるでしょ。アイディア的に。
 わたしは、実はこの予告を観て、真っ先に、な、なんだってーーー!? と反応したのは、冒頭に出てくる美女についてだ。彼女は、現在わたしがイチオシのハリウッド女優、Haley Bennettちゃん30歳である。わたしは彼女の何ともいえないエロ可愛さにこのところぞっこんであり、Haleyちゃんがタイトミニ&白衣&ポニーテール、という最強三段活用で登場する映画なら、その時点で観ることは確実なのである。この予告だけでもHaleyちゃんのエロ可愛さは確認できるので、わたしの言いたいことは伝わると信じたい。
 というわけで、今日は4/1、ファーストデーで1100円でみられるし、わたしはすぐさま上映館を調べ観に行くことにした……のだが、これがまた、上映館が少ない! わたしは年間40本以上の映画を映画館で観ているが、その約90%ほどをTOHOシネマズで観ている。なのでわたしは真っ先にTOHOシネマズのWebサイトで調べたのだが、一切上映館がない。おおう、マジかよ……と思い、次に仕方がないので本作の公式Webサイトで上映館を調べてみたところ、こういう「変な映画」ばっかり上映することでお馴染みの、ヒューマントラスト渋谷や、エレベータが激込みになるので大嫌いな新宿バルト9など、都内でもそれなりに上映館があることは分かったのだが、こういう映画は妙に混んだりすることも多いし、雨だし、どっか、ガラガラで車が置ける郊外のシネコンがいいなあ……と思って、今日はうちから車で40分ほどぶっ飛ばしたところにある、Movix三郷へ行ってみることにした。朝の9時半からの上映を狙えば、より一層ガラガラであろう、との目論見から、一路、愛車をぶっ飛ばしてきた次第である。
 結論から言うと、Movix三郷はガラガラだったので文句はないのだが。映画については……まあ、一発ネタですな。つまらん、とは言わないけれど、こりゃあ超最高だぜ、とも思わない。とにかく血なまぐさすぎてもう完全に漫画、というかゲームそのものだ。FPSを実写でやるとこうなる、というのはよく分かった。たぶんこの映画は、CALL OF DUTYとかBattle Fieldとか、そういったFPSが大好きな人が観たら、超大喜びで大興奮するのだと思う。その映像はホントに物凄くて衝撃的とさえ言っていいだろう。しかしやっぱり、バタバタと人が血まみれで死んでいく様を観て、面白いと思う感覚はわたしには備わっていないようだ。まあ、安心したわ。自分に。
 物語としては、冒頭、予告でも描かれているように主人公「ヘンリー」が目覚めるところから始まるが、このあたりはまさしく『ROBOCOP』そのもので、加えてHaleyちゃんのエロさが随所に漂っており、極めて上物である。Haleryちゃんと言えば、去年の11月に観た『The Girl on the Train』や、今年の2月に観た『THE MAGNIFICENT SEVEN』でのやたらとフェロモンをまき散らしたお姿が記憶に新しいが、今回もかなり良かった。ちなみに、主人公は当然のことながら一切顔が分からない。誰が演じたのかも、一切わからない。エンドクレジットにも載っていない。(※忘れてたので追記:実は顔が映らないのに加えて、一切しゃべらない。それは、サイボーグ化されたヘンリーが目覚め、まずは音声発話の設定をしようとしたところで敵が攻めてきて、しゃべることができないのであります。この設定は非常にうまいと思う。しゃべってしまったら、一人称視点の設定が結構台無しになった可能性が高いと思うな)そんな、視線だけの主人公ヘンリーを、次々とサポートしてくれるジミーという謎の男がいて、あれっ? さっき盛大に死んだよな!? と思っても、なぜか次々現れる謎ジミーの指示に従って主人公は行動する物語になっていて(ちなみに後半でジミーはクローン技術を確立させていて、何人もいることが判明する)、そんな点もまさにゲームそのものだ。ここへ行ってアレを奪うんだ、みたいなミッションクリア型のゲームのようにストーリーは展開する。で、追い詰める悪役は、謎の念動力的な能力を持っていて、主人公を邪魔しまくり、最終決戦で見事ブッ殺されて終わり、である。そしてHaleyちゃん演じる美女も実は……というエンディングであった。そんな物語が、面白かったかと聞かれると、答えに困るな……。上にも書いた通り、血まみれすぎてわたしにはちょっと……厳しいっす。
 で、役者的には、Haleyちゃん以外に2人ほど有名役者が出ている。一人は、主人公を助ける謎の男ジミーを演じたSharlto Copley氏で、前述のようにとにかく何人も出てくるが、もちろん一人……何役だろう、6~7役かな、何人もの役を演じている。彼はアカデミー作品賞にもノミネートされたSF映画の傑作『DISTRICT 9』でもお馴染みですな。南アフリカ人ですね。そしてもう一人、主人公の父として、回想としてちらっと現れるのが、大ベテランのTim Ross氏。なんでこの映画に出演しようと思ったのか知らないが、ほんのチョイ役でも出てきてわたしはびっくりした。あと、監督は、冒頭にも記した通りロシア人のIlya Naishuller氏。有名なのかもしれないけどわたしは全然知らないす。ロックンローラーだそうで、確かに本作も、全編ノリのいい音楽が流れていて、ビートがはじける映画でありました。

 というわけで、短いけどさっさと結論。
 ふと観た予告で気になったので、わざわざ車を40分ほどぶっ飛ばして観てきた映画『HARDCORE HENRY』という作品だが、確かに映像は物凄い。しかし、この映像をたった数万円の超小型カメラで撮影できる時代なんだなというのが、わたしとしては驚きというか……いや、驚きじゃあないな、こういうことができることは知ってたし。でも、それで本当に96分もの映画を撮ってしまおう、というその発想が驚きであろう。それもまさかロシア人がやるってんだから、世界も変わったものですよ。こういうぶっ飛んだ発想は、日本人にはないでしょうなあ。まあ、物語としてはゲームそのもので、ハマれるかどうかは好み次第ですな。ま、当たり前か。わたしはちょっと胸焼けしそうです。ひどく血まみれ映画なので。そして最後にわたしが言いたいこと、それは、Haley Bennettちゃんは超エロ可愛くて最高です。白衣姿が超良かった。あとは眼鏡をかけていたらもう完璧だったんだけどなあ。その点だけ残念す。以上。

↓ 41,569円だって。わたしがアクションカムを買ったのはもう4年前だけど、そのころは「GOPro3」だったかな……GOProにするか悩んで、結局Panasonic製にしちゃいました。



 

 やれやれ。それが今のわたしの感想である。
 何の話かって? さきほど、地元シネコンにて『KONG:SKULL ISLAND』(邦題:キングコング:髑髏島の巨神)を観てきたのだが、その、なんとも言い難い嘆息を「やれやれ」の一言で表現してみた次第である。
 わたしはこの映画を観ながら、随所で実に中国っぽいな、と感じたのだが、どうしてそう思ったのかを考えてみるに、おそらくそれは、随所にみられる演出上の「わざとらしさ」がわたしにそう思わせたのだと思う。なんというか……はい、ここ笑うところですよー、と言わんばかりの妙な間があふれており、また、CGもCGとしてのクオリティは非常に高いのに、使い方がかなり、無茶があるというかありえない映像と言えばいいのかな、ホント、中国製の作品にありがちな映像で、観ているわたしは白けるばかりであった。あの……なんて言えばいいのかな……よくある例としては、弓矢とか弾丸が発射されて、その矢の視線(?)にギューーーンと寄って、ぐおーーーっと対象に向かっていくような、アレのことなんですが。ホント中華映画はアレが好きだよな……。せっかくB級感あふれるトンデモストーリーをハリウッドスター満載&ハリウッドクオリティの高品位CGで描く大作なのに、とにかく演出が悪い。実にチープである。
 しかし、そう思うのはわたしの偏見であろうことは十分承知している。すでにLEGENDARY PICTURESが中国資本に買収され、中華スタジオになった事実が、わたしにそういった偏見を植え付けたのであろうことは否定できないが、恐らく、この映画は、100%間違いなく中国向けの作品で、そのほかの地域での公開はどうでもいいと思っているに違いない、とわたしは感じた。とはいえ、それもまたわたしの偏見に違いなく、実のところ、既に公開中の中国以外の国でもそれなりにヒットしており(中国ではどうやら日本と同じ3/24公開らしい)、US国内でも1億ドル以上の立派な大ヒットだ。ま、こういうアトラクション・ムービーはやはり一定の需要があるんでしょうな。
 あともう一つ。のっけからわたしはヒドイことばかり書いているが、実は1点だけ、ほほう、ついに来るか、と観てよかったかも、と思う点があった。これは、エンドクレジットが全部終わった後の、おまけ映像である。この作品、最後の最後に、日本人的には観ておくべき映像が流れるので、明るくなるまで席を立ってはいけません。詳しくは後程書きます。
 というわけで、以下、ネタバレがかなりあると思います。

 ちょっといろいろポイントがあるので、めんどくさいから箇条書きでまとめてみよう。
 ◆物語について~「MONARCH:モナーク」ってなんぞ?
 本作の物語は、ほぼ上記予告の通りである。謎の島に棲む怪物を調査しに行く人々の顛末を描く、いわゆる立木ボイスがお似合いのB級映画である。この、日本語公式サイトのイラストなんて実に70~80年代風のモンスター映画を思い起こさせるような、非常に良い出来のイラストだ。なんでこんな、ある意味懐かしのビジュアルか。それは物語の舞台がベトナム戦争から米軍が撤退する1973年を舞台としているからだ。本作は冒頭はどうでもいい太平洋戦争時の米兵と日本兵が、撃墜されたゼロ戦とグラマン(ムスタングだっけ?)から問題の「髑髏島」にパラシュート降下で降りたち、二人が決闘まがいの戦いを繰り広げようとしたところで、いきなり「コング」が現れるとことから始まるのだが(=よって、本作はもうのっけからコングが登場する。じわじわ見せるような演出では全くない)、メインの時制は1973年ごろである。そしてその時期は、まさしくNASAによる人工衛星LANDSATが運用され始めたころで、LANDSATが撮影した、「存在が知られていなかった」南太平洋の島があることが発覚し、とある秘密組織の学者がその調査へ乗り出す。その、秘密組織がMONARCHだ。
 MONARCHと聞いてすぐにピンとくる人は、この映画を観に行くような人でどのぐらいいるのか分からないが、それはまさしく、2014年のGareth Edward監督による『GODZILLA』で登場した、あの組織である。ケン・ワタナベ氏演じる芹沢博士がMONARCHの一員だったか、もうさっぱり覚えていないが、要するに本作は、あの『GODZILLA』と世界観を共通としているのである。
 しかしながら、ここが、物語のポイントの一つであるにもかかわらず、実際のところ本作はそんな豆知識は全く必要ない。
 調査隊が髑髏島へ向かう→ついでにベトナムから帰還する前のヘリ部隊も護衛のために同行→そしてまたも上陸してすぐ、いきなりゴング登場、ほぼ壊滅→そして帰還のための迎えに来る部隊と合流するために島の北側へ向かう→途中でいろんなモンスター登場、バタバタ人が死ぬ→ただし主要キャストは助かる→そして実はコングは人間の味方で(理由は一切説明なし)、怪物たちと戦ってくれる→何とか助かる→終了。
 とまあ、こんな流れで、確かに映像的な見ごたえはあるものの、物語としては実に予想通りの展開で驚きは特になし、であった。もう、細かい突っ込みどころはどうでもいいので指摘しません。
 ◆やけに豪華な役者陣について4人だけ挙げておく
 まず、MONARCHの学者リーダーを演じたのが、John Goodman氏。まあ色々な作品に出演している大ベテランと言っていいだろう。最近ではわたしが酷評せざるを得なかった『10 Clover Field Lane』での若干キモい芝居ぶりが印象的ですが、本作でも世間的に変人と思われている学者役で、非常に存在感ある演技でした。なんでも、かつてMassive Unidentified Terrestrial Organism(=巨大未知生物=MUTO=ムート=「GOZILLA」に出てきたアレ)に襲われたことがあるという設定で(※追記:正確に言うと、『GODZILLA』で描かれた通り、ビキニ環礁での水爆実験は、ゴジラ討伐のためだったという設定があって、その時ゴジラに襲われたことがある、という設定なので、『GODZILLA』に出てきたムートにやられたわけでない、と思う。いずれにせよ、このキャラはゴジラを始めMUTOの存在を信じている)、そんな点もちょっとした『GODZILLA』つながりがあった。ちなみに、ラスト前でとある怪物に頭からガブリとやられて見事殉職。ガブリの演出がとにかくチープ。
 次に、ヘリ部隊の大佐として、いつも通りの怪しい男を演じたのがSamuel L Jackson御大。もうこの人映画に出すぎです……。本作でも相変わらずの御大で、若干狂ってる系軍人で、もちろん彼も見事殉職。あれっ、どういう殉職だったか覚えてないな。コングに思いっ切り踏んづけられるんだったかな?
 そしてMONARCHに雇われた、元イギリス陸軍特殊空挺隊(SAS)の傭兵男を演じたのが、宇宙一のだめんずロキ様でお馴染みのTom Hiddleston氏。ま、確かにイケメンですよ。でも、本作では、ほぼ何もしていないキャラで、何のために出てきたのか全く分からない謎キャラであった。いてもいなくても、物語には全く何の影響もなかったと思う。当然生還。
  最後。紅一点のヒロインで、女性カメラマンを演じたのが、去年アカデミー主演女優賞を獲得したBrle Larson嬢27歳。このヒロインも、事実上空気で、物語上の役割は特になし。一応、歴代キングコング映画と同様に、ヒロインとしてコングと気持ちが通じる的な描写はあります。勿論生還。
 なお、正確に言うと、もう一人中国人女子が出て来るので、紅一点ではないのだが、でもその中国女子も、とてもかわいいのだけれど、これまた全くのお飾りキャラなので、物語には一切関与せず。この時代のアメリカと中国の関係を考えると、ちょうどピンポン外交で関係緩和の方向だったけれど、まだ国交もないはずで、やっぱり不自然かも。ゴリ押しキャスティングでしょうな、きっと。
 とまあ、以上のように、役者陣は大変豪華と言っていいだろう。 他には、まったくどうでもいい、冒頭の日本兵を演じたのは、MIYAVI氏という日本のミュージシャンだそうだ。有名らしいけどわたしは知らないので、紹介は割愛。ちなみに、劇中での役名は、イカリ・グンペイというのだが、これは、Evaの碇シンジ君と、ゲームの世界で有名な、元任天堂の故横井軍平さんから取ったのだそうだ。全くどうでもいいネタですな。
  ◆そして結局一番の見どころは?
 冒頭に書いた通り、わたしとしては一番、おおっ!? と盛り上がったのは、エンドクレジット後のおまけ映像である。事件終結後、イケメン傭兵と美人写真家はMONARCHの本部に移送され尋問を受けるシーンがおまけとしてついているのだが、そこで、MONARCHが追う、コング以外の、かつて地球を支配していた「古生生物」がこの世界に存在することが告げられる。そしてその、「巨大未知生物」の壁画が見せられるのだが……それがまさしく「ゴジラ」「モスラ」「キングギドラ」の図なんですな。ここで、おお!と観客に思わせて、やっと映画は本当に終わる仕掛けになっています。まあ、子供だましと言えばそれまでですが、このおまけ映像だけは、日本人向けサービスだと思っていいと思う。一応、次の作品はゴジラVSキングコングらしいですが、まあ、どうなるんでしょうなあ……。
 ◆その他
 最後に、二つだけ記しておこう。監督に関しては良く知らない人で、Jordan Vogt-Roberts氏という方であった。ま、インディペンデント系で注目された人みたいですな。日本語Wikiはまだないみたい。おおっ!? なんてこった! この人の英語Wikiによれば、この監督の次回作は「メタルギア:ソリッド」となっているじゃないか! へえ~。パンフレットによると、日本のアニメ・ゲームが大好きなクソオタク野郎みたいですね。本作は、登場クリーチャーのデザインだったり、キャラの名前などにいろんな映画やアニメのオマージュ(笑)が詰め込まれているのだが、別にどうでもいいかな。わたしは特に何も感じないすね、そんなのには。
 あともう一つ。
 実はわたしがこの映画で一番評価したいのは、邦題である。いつも私は邦題に難癖をつけるクソオタクなのだが、今回の「髑髏島の巨神」というタイトルは実に素晴らしいと思っている。なんとも70年代なセンスで素晴らしいですよ。ちゃんと原題を踏まえているしね。本作はWarnerの配給だが、近年のWarnerはちゃんと日本を考えている姿勢がたいへん好ましいとわたしは常々思っており、FOXのダメマーケティングに比べると雲泥の差であると申し上げて、本稿を終わりにしたい。

 というわけで、どうでもよくなってきたので結論。
 『KONG:SKULL ISLAND』を観てきたのだが、まあ、なんだこりゃ、である。しかしそれは、予想通りのなんだこりゃ、であって、わたしには文句を言う資格はまったくない。だって、分かってて観に行ったんだから。しかしまあ、かなり中華風でしたな。せっかくの豪華キャストも高品位CGも、あまりに中華風味でわたしの口には合いませんでした。しかし……かつて日本が世界で存在感をぐいぐい上げていた時期に、こんなにもハリウッドに対して関与できただろうか? バブル期にはSONYだけじゃなくいろいろな企業がハリウッドに出資したのに、今やSONY以外に何にも残ってない。なんというか、今の中国は恐ろしいですな、その勢いが。とにかく人口が違いすぎるからなあ……。以上。

↓ さすがにこっちは観に行く気になりません。Matt Damon氏出演のトンデモ・チャイナ・ストーリー。


  

 わたしはこのBlogで何度も表明しているが、かなりの声フェチである。とりわけ、女子の、容姿とはギャップのある、ガラガラ声というか、低めの声が好きだ。そんなわたしが愛するハリウッドスターが、Jennifer Lawrence嬢である。まあ、彼女についてもこのBlogで何度も言及しているので今更詳しくは説明しないけれど、とにかく、彼女の声は極めてわたし好みで、ついでに言うと、やけにむっちりしたBODYも大変よろしい。1990年生まれでまだ26歳。すでに栄光のオスカーウィナーの座を手にし、全世界的にも人気の高い女優である。が、どういうわけかここ日本においては、映画は妙なガラパゴス的進化を遂げており、ハリウッド作品が全然売れなくなった今、どうもJenniferちゃんの人気はいまひとつなのかもしれない。人気というか、知名度的にも相当怪しいと思う。もちろん映画好きならそんなことはないと思うけれど、街の人々にアンケートでも取ったら、知らない人の方が断然多いのではなかろうか。
 わたしがそう思う根拠は、実際のところ無きに等しいのだが、2015年にUS公開された『JOY』という作品が日本では公開されなかったのがわたしはいまだにガッカリしている。この映画は、監督はJenniferちゃんにオスカーをもたらした『Silver Linings Playbook』(邦題はなんだっけ……「世界に一つのプレイブック」か)を撮ったDavid O Russell氏だし、 共演も、Bradley Cooper氏やRobert DeNiro氏なのに。まあ、実際『JOY』はUS興行で全然売れなかったし、評価としては微妙だったようだ。同じ監督共演陣の『American Hussle』も微妙作だったので、『JOY』が日本では売れない、と判定されてしまったのだろう。こういう見る目のないところが、またしても20th Century FOXのダメさ加減だが、ほんと、FOX JAPANはマーケティングセンスがゼロだとわたしとしては断罪したい。あれっ!『JOY』はちゃんとBlu-rayは発売されてるんだ!? しかも先月発売じゃん! なんだ、全然知らなかった! しかし……今どき売れるわけないのに……さっさとWOWOWで放送されることを祈ろう。どうせ、FOXもさっさと金にしたいだろうし、おそらく早晩放送されるとみた。早く観たいものですなあ……。
ジョイ 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]
ジェニファー・ローレンス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2017-02-22

 さて。なんでこんなどうでもいいことを長々と書いたかというと、Jenniferちゃん主演の映画が去年US公開されて、これもまた日本で公開されねえのかなあ、とちょっと心配だったからである。しかし、今回はその心配は杞憂に終わり、無事、昨日から日本で公開されるに至ったのである。その映画のタイトルは、『PASSENGERS』。恒星間航行が一般化された未来、植民星へ120年の航海に出た宇宙船を舞台にした、バリバリのSF作品である。
 というわけで早速観てきたのだが、結論から先に言うと、映像と音響はとても素晴らしく、非常に気合の入った作品である、が、物語的にはちょっと意外な展開で、若干微妙かも? と思えるような作品であった。しかしそれでも、Jenniferちゃんと、その相手役Chris Pratt氏の演技ぶりは素晴らしく、わたしは結構楽しめました。ま、この映画に合わせてFOXが『JOY』のビデオ発売を決定したのは確定的に明らかで、そういう、人の褌で相撲を取る的なこすっからい点も、わたしのFOXに対する評価を下げるばかりである(ちなみに『PASSENGERS』はSONY作品、というかCOLUMBIA作品です)
 以下、どうしても決定的なネタバレを書かざるを得ないので、気になる人は即刻立ち去ってください。読む場合は自己責任でお願いします。

 物語はもう、上記予告の通りと言って差し支えないだろう。冷凍睡眠で120年の航海中の宇宙船内で、一人目覚めてしまった男。しかもまだ航海は90年続く。絶望的な孤独の中、さまざまな努力にもかかわらず、もはや再び冷凍催眠に戻れない。すなわち、船内で生涯を終えることが確定的というわけだ。しかしそんな中、もう一人、目を覚ました女性が現れ、しかもどうやら宇宙船にもなにやら異変が起きていて――てな展開を誰しもが予想するだろうし、わたしもそう予想していた。なので、問題は、なぜ目覚めてしまったのか、という点が一番のポイントなのだろう、と思っていたわけである。
 この、わたしによる完全なる予断は、およそ9割方は合っていた、のだが、わたしが全く予想外だったのは、2人目の女性の目覚めた原因である。ここから先はもう、本当に決定的なネタバレだけど、書かないと何も語れないので書いちゃいますが、なんと最初に目覚めた男が、あまりに寂しくてたまらず、眠れる美女に一目ぼれしてしまい、自ら装置をいじって目覚めさせてしまうのだ。こうして2人目の女性が、事故ではなく、男の手によって、ある意味無理やり目覚めさせられてしまったのである。この展開にはわたしは非常に驚いた。
 この行為に至るまでの、男の孤独や苦悩は、それなりに丁寧に描かれている。1年、どうやってもダメで、絶望していた男。彼が目覚めた原因は、相当後になって判明するが、まあ、要するに冒頭で描かれる通り、宇宙船が小惑星帯に入ってしまった際に宇宙船に穴が開き、そこから船体に異常が発生して男のカプセルだけ誤作動してしまった、というもののようで、何とか一人で頑張る姿は観ていて結構つらいというか、ああ、気の毒に……という同情がわくにやぶさかでない。そして彼は、偶然見かけた美女のことをいろいろ知っていくうちに、どうしても、彼女と話がしたいという思いが募っていく。彼女はどうやら有名な作家で、植民星での体験を本にするために搭乗していたらしい。しかし―――オレの手で目覚めさせてしまったら、二度と元に戻せない(冷凍ポッドのマニュアルを発見し、そのポッドは冷凍状態を維持するだけのもので、冷凍処置は船内ではできず、解除するだけなら方法があることを発見する)。彼女もまた、船内で生涯を終えるしかない。そんなことはオレにはできない! と何度も苦悩する。が、とうとう……やってしまったという展開であった。
 おそらくは、この男の行動を容認、理解できるかどうかが、本作を面白いと思えるかどうかの分水嶺だろう。そして、ほとんどの人が、理解はできても容認は出来ないだろうと思う。気持ちは分かるというか想像は出来る、けど、それをやっちゃあ、おしめえよ、であろう。わたしだったらどうするか……そうずっと考えているのだが、やっぱり、わたしだったら起こさなかったと思う。たぶん、だけど。しかし、そう考えると宇宙船のリスクマネジメントが、意外とザルってことなんだろうな。物語内では、絶対に起こらないアクシデント、として万一冷凍催眠から覚めてしまったらどうするかという対応策は一切用意されていないという鬼設定であった。
 なので、こうなると、果たして男はどんな償いをするのだろうか? という点に興味が移る。自分が目覚めさせたことを隠しながら、どんどんと二人はイイ仲になっていくが、とあることで自分の行為がバレ、女性に糾弾され、二人の仲は決裂する。しかし、宇宙船の異常はどんどんと危機的になり、とうとう二人は――という流れは、いかにも美しく、まっとうなストーリーなのだが、果たして万人が感情移入できるかとなると、若干怪しい。宇宙船の異常に関しても、ちょっとどうなんだろうという気もするし、第3の覚醒者(が出てくるのですよ!)についても、ちょっと都合が良すぎるような気もする。まあ、そのあたりは観た人の好みによるだろうと思うので、深くは突っ込まないが、わたしは決してつまらなかったとは思わないけれど、もうちょっと面白くできたんじゃないかなあ、という感想である。やっぱり、二人同時の覚醒で、二人で問題解決に当たった方が良かったんじゃなかろうか……1人目の男が目覚めて1年、そして2人目の女性を起こして1年、それから船体異常が深刻になる、という妙な時間経過がわたしは余計だったように思うのだが、どうでしょう? ああ、でもそれじゃあ、この映画の描く「孤独」が身に沁みないか。うーん。。。宇宙船の異常が出るのが遅すぎのような気がしてならないんだよなあ……。
 ま、いいか。しかし、いずれにせよ、エンディングは結構グッとくるものがあったと思う。最後の女性の決断は、一応の救いになっていて、わたしはアリだと思った。そういう決断を下したんだね、と分かるエンディングは、お見事でした。ズバリ、この映画はハッピーエンドですよ。
 しかし、120年の旅に出ることは、すなわち地球に残した人とはもう会えないわけで、事実上死んだも同然なわけだけれど、それでもやっぱり、人類は宇宙に旅立つものなんですかねえ。まあ、そんな時代が来るまで我々は生きてはいないけれど、なんか『銀河英雄伝説』の始まりで語られる人類の銀河への進出みたいですな。とにかく本作は映像がすごいです。宇宙船のデザインもカッコイイし、文句なしですな。そうだ、俳優と監督についてちょっとだけ。もう、主演の二人はいいよな? Jennifer Lawrence嬢は可愛いし、Chris Platt氏はまあイケメンですよ。そしてこの二人以外に、重要なキャストが二人いるのでメモしておこう。ひとりは、アンドロイド・バーテンダーを演じたMichael Sheen氏。どっかで見た顔だと思ったけれど、名前は知らなかった。わたしはどうやらいろいろな映画でこの人を観ているようだが、明確に名前と顔は一致してなかったすね。どうやら舞台で活躍している方みたいですな。演技ぶりは実にアンドロイドっぽくて、非常に良かったと思う。そしてもう一人が、第3の覚醒者として物語の後半に出てくる宇宙船のクルーを演じたLaurence Fishburne氏だ。『The Matrix』シリーズのモーフィアスでお馴染みですが、結構突然の登場でびっくりしたけど、渋かったすねえ。この映画に出てたことを、まさに画面に登場するまで全然知らなかったす。
 最後。監督について。本作を撮ったのはMorten Tydum氏というノルウェー出身の人。全然知らない人だなあ、と思ってパンフレットを読んで驚いた。この人、『The Imitation Game』(邦題:イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密)を撮った人だった。全然名前を思えてなかったよ。前作は20世紀の歴史ドラマ、今回はドSF作品と随分ふり幅が大きいすね。まあ、実に堅実かつ無難な演出だったと思います。

 というわけで、なんだかまとまらないのでもう結論。
 Jennifer Lawrence嬢とChris Platt氏という美男美女を迎えたSF作品『PASSENGERS』をさっそく観に行ったのだが、物語的には意外性もあって結構想像していたものとは違っていたものの、時間の経過を映像ではひげが伸びたりとかで表現しているのだが、やっぱり、「孤独」にかかわる重要な要素なので、若干実感としてとらえるのが難しく、微妙な点はあるとは思う。しかし、その映像と、あと音響がすごい。映像は予告でもわかると思うけれど、音がですね、相当ビリビリ響く迫力があって大変よかったと思います。そして、しつこいですが、Jennifer嬢の声は、ほんとイイすね!最高です。以上。

↓ おっと、配信も始まってるのか……くそう……観ちゃおうかな……いや、FOXに金を落としてやるのは腹立たしいのでWOWOWまで我慢だ!
ジョイ (字幕版)
ジェニファー・ローレンス
2017-02-08

 先週読んでみて、超面白かったスウェーデンの小説、『幸せなひとりぼっち』。
 その面白かった感想は先週の記事を読んでもらうとして、 その時も書いたけれど、去年映画が日本でも公開されていて、おまけにこの前発表されたアカデミー賞でも、外国語映画賞にノミネートされたほど、非常に評価が高かったらしいことを小説を読んで初めて知った。日本での公開は、もうとっくにファーストランは終わってしまっているのだが、先週読み終わって、何だよくそー、映画も観ればよかった!と抜かっていた自分に地団駄を踏んだわけだが、映画の公式サイトで上映館を調べたら、なんと3/18(土)から、新宿シネマートという小さい映画館で上映されるという情報を得た。
  おおっと、マジか。と、いうわけで、今日3/18(土)に、さっそく観に行ってきた。結論から言うと、まあ、やっぱり小説の方が濃度が濃いとは思うけれど、映画は映画で、やっぱりビジュアルの力は強いわけで、とりわけ過去の回想部分は大変良く、気持ちよく映画館を後にすることができた。いいすねえ、やっぱり。ほんと、主人公オーヴェは幸せですよ。まったくもって、なんというか……うらやましいす。わたしから見ると。

 ちょっと先週とは違う動画を貼りつけておこうかな。もう、物語は先週の小説版の記事で散々書いたので説明しません。詳しくはそちらを読んでください。59歳の偏屈オヤジが周りの人々と交流を持つことで、幸せなひとりぼっちを生き抜くお話である。
 まあ、映画になって、小説とここが違う、あのエピソードがない、とか、そういうことをあげつらっても仕方ないけれど、たぶん、この映画単体だけ、よりも、小説も読んでおくとより一層楽しめるのではないかと思います。ズバリ、小説からは結構カットされている部分が多いので。
 まず、主人公の偏屈オヤジ、オーヴェだが、映画になってビジュアルを得たことで、オーヴェの偏屈オヤジぶりはより具体的というか、形になっていて、面白さは増している、とは思うのだが、若干、小説の方が偏屈ぶりは強烈であったように感じる。映画版のオーヴェは、意外といい人でした。演じたのは、Rolf Lassgardさんというおっさんで、まあ、見るからにおっかなそうなおっさんである。この人、わたしが一番苦手だった教授にそっくりで笑える。いや、笑えるのはわたしだけですけど。しかし、原作にある細かい点、たとえば、かならずドアは鍵がかかってるか3回引っ張るとか、蹴って確かめるとか、当たり前だけどきっちり再現されてて、原作読んどいてよかったと思った。
 しかし、映画になってより一層魅力的に、映画ならではの良さが一番感じられるのは、亡き妻・ソーニャだろうと思う。非常に可愛い、イメージ通りのソーニャで素晴らしかったすね。演じたのはIda Engvollさん。笑顔がとにかくかわいい!85年生まれだそうなので、今年32歳になるのかな。いやあ、最近北欧出身のハリウッドスターが非常に多いので、彼女の今後もとても楽しみですね。主に地元スウェーデンのTVで活躍されてるみたいです。笑顔がですね、新生STAR WARSのレイでお馴染みのDaisy Ridleyちゃんに似てる感じなんすよね。やっぱり、女子は笑顔に限りますな。とても良かったと思います。
 あと、若き頃のオーヴェを演じたFilip Berg君も、イランからの移民の妊婦パルヴァネを演じたBahar Parsさんも、ともに大変良かったですね。読んでいるときはもっと若いイメージ、そう、日本でお馴染みのサヘル・ローズさん的な美人を想像していたのだけれど、結構もっと迫力があって、十分アリでした。映画を観た今となっては、もうパルヴァネはBaharさんしかありえないすね。大変素晴らしかったと思う。
 そして、映画で相当凄い演技を披露してくれたのは、名前を付けてもらえない猫ちゃんですよ。まあ、なんて美猫なんでしょう。かわええ……毛長種なんですな。この猫様の演技が素晴らしいんすよ。ちゃんと、小説通りのふてぶてしさもあるし、健気にオーヴェに付き従う姿が最高だったすね。

 つーかですね、もう小説の方で散々書いてしまったから書くことがあまりないんすよね……。
 というわけで、短いけどもう結論。
 映画版『幸せなひとりぼっち』を、今日、まさしく一人ぼっちで観てきた私だが、言いたいことは以下の通りである。
 ◆面白かった!映画は映画で魅力あふれるキャラクターが生き生きとして素晴らしい。
 ◆とりわけ、若きソーニャが超イイ!
 ◆そして猫も大変よろしい。すげえ演技ぶりで驚き!
 ◆ただし、内容的にはやっぱり小説の方が濃いと思う。
 ◆なので、もし映画だけの人は、ぜひ小説も読んでほしい。超オススメ!
 でな感じです。手抜きでサーセン。以上。

↓ ぜひ読んでいただきたい!
幸せなひとりぼっち (ハヤカワ文庫NV)
フレドリック バックマン
早川書房
2016-10-21

 



  

 ベンガジ、と聞いて、正確な位置や国を即座に答えられる人間が、現代日本においてどのぐらいいるだろうか? まったく根拠はないが、おそらくはほとんどいないだろうと思う。かく言うわたしも、国は知っていたが、すぐに世界地図でここ、と指摘できるほどには知らなかった。
 2012年9月11日に起きた、アメリカ在外公館襲撃事件の舞台の一つが、ベンガジである。
 この事件は、アメリカ大使が殺害された第2の911としても大きく報道されたので、記憶に残っている方もいるだろう。わたしは偶然その原因というか遠因というか、ともかく背景の一部と言って間違いなさそうな事件を当時調べていたので、よく覚えている。わたしが当時、興味があって調べていたのは、いわゆる「アラブの春」と呼ばれる一連の民衆蜂起・革命である。そして、その背景として大きな役割を果たしたといわれるSNSがもたらす人類の変化に、わたしは非常に興味があったのだ。まあ、トランプ大統領当選をはじめとする世界各国での「Populism」の台頭にしても、ひょっとしたら韓国の大統領弾劾にしても、SNSの果たす役割は、現在の人類においてわたしの感覚ではどんどんと「イヤな」方向に進んでおり、実に恐ろしいというか、不気味な未来が待っているような気がしてならないわけだが、実際のところわたしが抱くそんな不安は、何の価値もなかろうし、もし仮にわたしの不安が的中しようとも、その頃にはわたしはきっとさっさとこの世からおさらばしているので、まったくどうでもいいと思っている。
 ともあれ。SNSを発端にして、と語られることの多い「アラブの春」という一連の現象だが、あれから数年を経た今現在では、そのことごとくが失敗に終わったことが既に証明されている。そして、中でもリビアという国家は、当時40年以上独裁してきたカダフィ大佐を処刑することで革命は成し遂げられたかと思われたものの、その後は完全な失敗国家としてなかば無政府状態に陥り、とんでもない内乱を引き起こし、現在外務省の発表する渡航情報は「レベル4:退避勧告」が発令されているような、ウルトラ危険地帯で、ISIS団の跳梁跋扈するヒャッハー地帯である。こういったことは、先日観に行った宝塚歌劇の『スカーレット・ピンパーネル』でも描かれた通り、王を倒してフランス革命万歳とか言っても、その後に来たのは恐怖政治で、ギロチンでバンバン首をはねてたんだから、人類はあまり進歩してないのかもしれないな。ちなみに日本は、2014年7月から現在にいたるまで在リビア大使館を閉鎖中で、隣の在エジプトの大使館で業務継続中だそうだ。とにかくヤバい、というわけである。
 そんなヤバい国の第二の都市、それがベンガジ、である。地理的には、地中海を挟んで、ギリシャの一番先っちょから真っ直ぐ南に550㎞ぐらいかな。東京大阪間が512㎞だそうなので、そうだなあ、東京から新神戸ぐらい、なのかな、イメージとしては。あと、イタリアのシシリー島からも、750㎞ぐらいすね。つまり何が言いたいかというと、アメリカ政府が本気を出せば、飛行機なら数時間で駆け付けられる位置にある、ということである。
 というわけで、以上は前振りだ。
 わたしが昨日、家で観た映画、『13 HOURS』(邦題:13時間 ベンガジの秘密の兵士)という作品は、まさしくこのベンガジで起きたアメリカ在外公館襲撃事件を描いたもので、非常に凄惨で痛ましい顛末を追ったものであった。しかも監督は、『Transformers』でお馴染みの爆発野郎ことMichael Bay氏である。まあその迫力たるや、わたしはもう非常に恐ろしかった。そうか、そういえばこの映画、先日発表されたアカデミー賞で、録音賞にノミネートされてたっけ。たしかに、音響はすごい迫力でしたな。そして、わたしは内容的に、かの名作『Black Hawk Down』や『Lone Survivor』のような感じかしら、と思っていたのだが、あの事件とはちょっと質の違う恐ろしさで、もうずっと緊張しっぱなしの映画であった。

 この映画は、実は日本では劇場公開されず、ビデオスルーだったそうで、字幕付き予告はないだろうな、と思ったのだが、DVD販売用の吹替え版予告があったのでとりあえず貼っときます。しかし、こういう作品をちゃんと放送してくれるWOWOWは偉いと思う。と、わたしのWOWOW愛は深まるばかりだ。
 さて。アメリカ在外公館襲撃事件については、リンク先のWikiに任せることにするので、事件の背景などはもう書かない。本作が、どんな映画であったかをごく簡単に説明しよう。
 本作は、事件の数日前に、ベンガジにやってきた、一人のGRS隊員の目を通した事件の顛末を追うものである。GRSってなんぞ? と思う人も多いだろうと思うので(勿論わたしも知らなかった)説明すると、Gloval Responce Staffの略だそうで、要するに、CIAの職員やスパイたちを警護する屈強な男たち、のことだそうだ。わたしは本作を見ながら、いわゆる民間軍事会社に所属する男たちなのかな、と思っていたが、どうやら、雇い主はちゃんとCIAで、臨時職員的な扱いらしい。ただし、あくまでも警護が任務であり、積極的な交戦は許されないし、その存在は公のものではないそうだ。専守防衛はJSDFと同じで、要するに「軍人」とは扱われないようだ。探してみたところ、このThe Washington Postの記事が分かりやすいかな。Google翻訳でもそれなりに読めるのでどうぞ。
 とまあ、そんなGRS要員としてやってきた男は、さっそくすでに働いているGRSのメンバーと合流する。彼らはSEALs出身だったり、Ranger出身で、普通の海兵隊出身者もいるがそれだと若干見下されるような、超屈強な戦士たちだ。ただし、驚いたことに圧倒的に数が少ない。当時すでにもう超危険地帯だったベンガジの、CIAが借り上げた広大な屋敷を警護するのに、たった6人のチームである。ポイントとなるのは、大使館や領事館といった、US政府の施設警護は当然軍人が当たるわけだけれど、CIAの借り上げ屋敷はその存在が秘されていて、いわば政府は関与しない的な拠点ということだろう。ただし実際はもう現地民にはバレバレである。なぜなら、US政府が支援している民兵組織が余裕で裏切ったりペラペラ喋ったりしているし、屋敷も物々しい威容で西洋人がひっきりなしに出入りしているからだ。そんな、ある意味全く防衛力のない拠点を守る、という絶望的な状況にある。
 だから、6人のGRSチームは心配でならない。大丈夫かこれ、と。しかし、CIAの現地責任者の通称チーフは、全く耳を貸さない。曰く、予算がなくて人員確保できないのだという。世界で最もヤバいところになりつつあるのに、そんな馬鹿なである。あまつさえ、ここは高学歴の人間が働く場であって、お前らのような脳筋バカどもはなにもするな、でしゃばるな、と一方的に告げたりもする。とにかく、自称高学歴の頭のよろしいCIA職員たちは、隙だらけで、情報の受け渡しに街へ出る時も全く無防備で、GRSチームは緊張が絶えない。そして、とうとうベンガジへ大使がやってくることになる。しかも、一人の護衛もなし、まったくの丸腰での来訪だ。大使は領事館に入るので、GRSチームの担当外ではあるが、GRSチームの滞在するCIAのアジトから、数キロ離れた領事館へ行ってみて驚いたことに、こちらも駐留武官の数はごくわずかで、実力も低そうだし、実に警備状況としては穴だらけだ。こりゃあヤバイ。6人の男たちは不安を抱えていると、TVでは、どっかのバカが作った映画がイスラムを侮辱する内容だ、というデモがエジプトで始まり、どうやらここリビアにも飛び火する可能性が高い。折しも、日付は9月11日。US政府からも、911の日は特に気を付けろなんて警報も出ている。無事に済めばいいが……と願う気持ちもむなしく、突然、領事館は多数の武装集団に襲撃され、大使はパニックルームへ避難したものの、建物に火を放たれたれ万事休す一歩手前。このままでは、確実に大使は死ぬ。しかし、CIAの現地責任者のチーフは出動はまかりならんと言う。なぜならCIAが軍事力を持って存在していることは公式には認められないからだ。そしてどんどんと状況は悪化し、ついにGRSチームは独断で出動することを決意する。SEALsやDeltaと言った特殊部隊の隊員が絶対に守ろうとすること、それは「仲間を絶対に助ける」ことだからだ。そして領事館に出動した彼らは、そこからの13時間を、悪夢の、そして地獄の13時間として過ごすことになるのだった――的なお話です。
 はーー。全然短くまとめられなかったわ。
 まあ、そりゃあこの映画が、あくまで映画であって、演出や誇張は当然あるのは分かってる。けれど、この6人の男たちの戦う理由は、わたしにはちょっと『七人の侍』のようにも感じられた。家庭があるのに、可愛い子供たちもいるのに、なぜ彼らはわざわざベンガジで危険な仕事につくのか。とあるキャラクターはぽつりと言う。
 「家に帰るたび、もう最後だと思う。”家にいる”と。でもなぜか戻ってくる。なぜだろう なぜ帰れない? 家にいたいのに」
 「……辞め方を習ってないからな」
 「……妻が妊娠したんだ……絶対死ねない……」
 軍に身を置き、戦闘に体の髄までどっぷりつかった男が、平和な日常を送れなくなるというのは、例えばウルトラ大傑作『American Sniper』などの色々な映画でも過去に何度も描かれてきたことだけれど、わたしにはどこか、『七人の侍』的な、生きる場所を失い、死に場所を求めている男たちのように思える。なんかとても悲しいですなあ。そしてこういう感想を持つことも、美化していると批判されるのかもしれないな……。
  ところで、一番の問題が、アホなCIAの現地責任者たるチーフの判断ミスではなく、US政府がまったく動かなかった点にあるのは明らかだろう。作中で、領事館を捨て、CIAの拠点に戻ってから、そちらが今度は攻撃されることになって、チーフは慌てて本国政府に救援を求めるのだが、イタリアからはすぐに行けるはずなのに、一切来ない。しかも、ペンタゴンは一部始終を上空からのドローン映像で観ているのだ。一発、Hell Fireミサイルを発射するだけで状況は一変しただろうに……そして制服組は出動を何度も願うのに、スーツ組はただ傍観するだけである。ラスト近くで、CIAの女性職員が、空爆しなくてもいい。ただ超低空飛行で威嚇するだけでもいいからF-16を出動させてくれ!とイタリアの基地に連絡するが、結局動かず。唯一動いてくれたチームも、空港からの道が分からなくて(現地の案内人どもがクズだった)、空港に何時間もただ待機させられるなど、どんどん時間は無駄に経過してしまう。結局、大使、領事館のIT系担当職員、そして勇敢に戦ったGRSマン2名、の合計4名のアメリカ人が死んでしまったわけで、悲劇としか言いようがない。もちろん、現地の過激な武装勢力の男たちもたぶん100人近く死んでいるので、わたしにはもうどちらが善でどちらが悪なのかわからないし、そもそもこの戦いに善悪は存在するのかどうかすらまるで見当がつかない。ただ、確かなこととして言えそうなことは、この戦いは避けられたのではないかということだ。この戦いの責任は、そして4人の命の責任は、たぶん間違いなく政治家にあるとわたしは思う。
 ちなみに。この作品はそういう意味で政府批判でもあるし、まあ観る人が観れば、軍人美化的な印象を持ってけしからんと批判することになるのだろう。そして、ポイントとして挙げておかなくてはならないのは、この事件が起きた時の国務長官が、まさしくHillary Clinton氏だったらしいんだな。そしてこの作品はまさしく選挙期間中の去年の1月にUS公開されており、Hilary陣営からすれば、もうとっくに知られている事実とは言え、よりによってこの時期にこの映画が公開されるのは、とても不都合だったことは容易に想像できる。だから日本で公開されなかったのか? とは思えないけれど、まあ、日本で去年公開されていればそれなりに話題になったかもしれないすね。わたしとしては、本作は是非とも、劇場の大スクリーン&大音響で観て観たかった。劇場公開されず大変残念です……。あ、あと、そういえば、本作の状況は、「ジャック・ライアン」シリーズの、確か『米露開戦』でのウクライナ(セヴァストポリ)での戦闘に凄く良く似ているような気がしますね。つーか、あの描写はこの事件をベースにして書かれたのかな……どうだろう。また読み直してみようかな、という気になりました。

 というわけで、全然まとまらないけれど結論。
 日本未公開の『13HOURS』(邦題:13時間 ベンガジの秘密の兵士)という作品がWOWOWで放送されたので、昨日録画を観て観たところ、その内容は極めて凄惨で痛ましく、実に悲しい物語であった。いつも書いているキャストについては、もう長いから書かない。タイトルのリンク先をチェックしてください。みな素晴らしい熱演だったと思う。しかし、こういう映画を見て、あ―日本は平和だなー、で終わらせちゃあダメなんでしょうな。でも、わたしにできることって一体……。ま、たぶん、自分自身の生き方に反映させるしかないだろうし、人類一人一人が真面目に変わっていくしかないのではなかろうか。なお、どうやら本作は興行的にはUS本国でも全然売れず、評価も、かなり賛否両論だったようです。この数字では日本で劇場公開されなかったのもやむなしか。うーん、もったいない。わたしはこの作品を劇場で観たかったっす。以上。

↓ 一応、ノンフィクションの書籍が原作だそうです。日本語訳は発売されてないのかな。


 

 昨日の夕方、出先の打ち合わせが終わり、雨も降りそうだし、さっさとかーえろ、と電車に乗った瞬間、はー……一体オレはあと何年生きるのだろうか……と突如何もかもがどうでもいいような、底なしのむなしさを感じてしまったのだが、はあ、電子書籍でも読むか、とタブレットを取り出して電源を入れたところ、ふと、今日は3月14日か、と日付に意識が向いた。そしてその時、電撃的に、14日っつったら、トーフォーの日(TOHOシネマズの1100円サービスデー)じゃねえか、ということに気が付き、すぐさま、帰り道に点在するシネコンの上映スケジュールを確認したところ、全然帰り道じゃないけど1回乗り換えして日本橋三越前に行けば、ちょうどいい感じに映画に間に合うじゃん、ということを発見した。
 というわけで、昨日の帰りに観てきたのは『MOANA』(邦題:モアナと伝説の海)である。ちなみに、TOHOシネマズに到着して、よし、安く観られてラッキーだぜ、とチケット販売機で席を選んでTOHOマイレージカードを取り出そうとした瞬間、あっ! そういえば! 『MOANA』はムビチケカード買ってあるんだった!! ということを思い出し、全然今日じゃなくてよかったじゃん、アホかオレ!!! と、またもや、何もかもイヤになったっす。もう、深刻に病気を疑った方がいいんじゃねえかしら。
 しかし、 結論から言うと、『MOANA』は大変面白かったので、すっかりいい気分で映画館を後にすることができ、結果オーライということで、ま、いいじゃん、と納得することにした。ホントにオレ、なにやってんでしょうか。

 さてと。というわけで、『MOANA』こと『モアナと伝説の海』である。
 字幕で観るか、日本語吹き替えで観るか、かなり悩んだけれど、やっぱり初回としては字幕版で観ることにした。その理由は、歌をオリジナルで聞いておきたいと思ったのと、英語版ではとある俳優が声の出演をしているからなのだが、その点は後程詳しく書きます。
 まずは、簡単にストーリーをまとめておこう。
 物語は、太平洋の小島が舞台である。その島の村長の娘、モアナは幼少期からおばあちゃんの語る伝説を聞いて育ち、この海のどこかには、伝説のデミゴット(半神半人)の「マウイ」がいて、彼の「魔法の釣り針」、そして「テ・フィティ」なる神(?)の心を宿した宝石がどこかにあるという物語に心躍らせていた。そしていつか、外海へ旅立つことを夢見ていたのだが、父たる村長からは、島を取り囲むサンゴ礁の外には行ってはイカン、と厳重注意もされていた。サンゴ礁の外は危険で、父もまた若き頃にサンゴ礁の外に出ようとして、友を失った過去があったからだ。
 しかし、モアナは、幼少期からどういうわけか「海に選ばれし」人間で、なんと海が生き物のようにモアナを守ってくれたりもしていて、おまけにテ・フィティの宝石も冒頭からあっさりモアナの身近にあり、その辺の説明は一切ない。要するにモアナは、いわゆる「The Chosen One」なわけである。そしてモアナはあっという間に美しき少女へ成長し(16歳だったかな)、村長としての業務を父から引継ぎ始める、が、村のココナッツは枯れ、近海に魚の姿は消え、と島に不吉な前兆、いわゆるオーメンが現れ始める。それは、おばあちゃんによると伝説のマウイをKOした「テ・カァ」というマグマの悪魔(?)の呪いであり、この呪いを解くためにはどこかにいるマウイを探し出して、魔法の釣り針を見つけ、再度テ・カァと戦わせて勝利し、テ・ティフィの胸に心を宿した宝石を戻さなくてはならんのじゃ!ということになる。そしておばあちゃんに連れられて島の洞窟へ行くと、そこには先祖たちが島を渡ってきた外海用カヌーがあり、モアナは島を救うため、そして先祖の自由な旅人の心を取り戻すため、決死の覚悟で外海へ旅立つのであった―――!! てな展開である。
 どうですか? この物語を聞いて面白そうだと思いますか? わたしは実際のところ、今回はそれほどお話的に面白いとは思わなかった。ちょっとご都合主義が過ぎる部分が多く、しかもクリティカルな部分でその傾向が強い。とりわけ、モアナが何ゆえ海に選ばれしものなのか、という説明がないのに、大抵のことが、モアナのその天性(=The Chosen Oneであること)で解決してしまうので、観ながら、なるほど、え、ああ、そうなんすね、と深く考えずに受け入れていくしかない展開であった。なので、観終わった後でも、それほど深い感動はないし、意外な結末、でもなく、実に想像通りのめでたしめでたし、である。このあたりは、近年の『アナ雪』のようなちょっと予想外の展開だったり、『ズートピア』のような友情・努力&根性・勝利、的な面白みもない。おまけに、マウイもある種のスーパーマンだし。今回はごくオーソドックスなディズニーアニメであると言えそうだ。
 ただし、だからと言ってそれが悪い、ということでは決してない。
 わたしのようなおっさんが観れば、いろいろ「?」な点はあるのは誰しも感じると思う。それに、ベースとなったであろう(?)ポリネシアの歴史的民族伝承に関しても、特にわたしはいちいち目を吊り上げてなんやかんやと指摘するつもりもない。そもそも何も知らないし。けれど、非常にテンポのいいストーリーテリングは流石のディズニークオリティであり、おそらくメインターゲットのちびっ子には、なんら問題はなかろうと思う。
 そして大人目線で見た場合、本作『MOANA』のすごい点は、やはりその映像そのものだろう。もう、これ実写の合成か?と思えるようなオブジェクト描画は、確実に世界一だと思う。木々や海、そして水の表現が素晴らしく、超自然で本物感がすさまじいのだ。更に人物キャラクターも、デザイン自体はUSキャラなので、ジャパニーズマンガに慣れた我々日本人からすればちょっとアレだけれど、もう、実物のフィギュアを使って撮影したんじゃね? と思えるような髪の本物感は恐ろしくクオリティが高い。とにかく水の質感が凄いすね。舞台が海だけに、水は極めて重要なオブジェクトだが、あの水の質感は、日本じゃあ無理だろうな……。そして、演出としてのライティングもまた、もう素晴らしすぎて、観ていて悔しくなるほどだ。ちなみにライティングに関しては、日本人スタッフの土井香織さんという方の手によるものらしい。つまり日本では無理だというわたしの意見は、日本人では無理、ということでは決してなく、日本の「劇場アニメを作る体制」では無理、といった方がいいのだろう。それは端的に言うと、おそらくは人海戦術=どれだけスタッフを数多く抱えることができるか=予算規模の問題なのかもしれないし、作成しているソフトウェア的な問題=技術の問題かもしれないし、また、ひょっとしたら「これでいいか」をどのレベルで許容するか、という「意識」の問題かもしれない。ディズニーがその意識レベルを世界最高峰に高く設定していることは、もはや揺るがしようのない事実だろう。ほんと、すげえやディズニーは。
 そして、凄いのは映像だけではなく、今回は歌もまた素晴らしかった。惜しくもアカデミー賞受賞は逃したが、モアナの歌う『How far I'll go』は、単にその部分を切り取った動画ではなくて、本編内で聞くとやっぱりより一層イイすねえ! 作詞作曲をした、去年のトニー賞を独占したLin-Manuel Mranda氏の楽曲は、明らかにミュージカル曲で、やっぱりドラマの一部として聞く方がよりグッときますな。そして、歌というと、わたしが字幕版を観に行った理由の一つでもあるのだが、なんと、あのTHE ROCK様でお馴染みのDwayne Johnson氏がマウイの役を演じているわけですよ。そして、彼の歌がこれまたいいじゃないですか! まさかTHE ROCK様がこんなに歌えるなんて! このBlogで以前書いた通り、THE ROCK様のUS人気はすさまじいわけですが、ゴッツイ外見のおっさんなんだけど、笑顔が実はかわいい、というギャップ萌えが人気の秘密だとわたしはにらんでいる。しかしそこに、歌まで入るとはなあ……まさかこんなにちゃんと歌えるとは……。大変失礼ながらわたしはびっくりした。そういう意味では、やっぱりまずは字幕版で観て良かったと思います。全然関係ありませんが、わたしは数あるTHE ROCK様の決め台詞の中では、これが一番好きです。カッコイイ!! 「Know your role, and shut your mouth!(=身の程を知れ!そして黙ってろ!)」わたしは観ながら、ずっとマウイがTHE ROCK様に見えて仕方がなかったすね。
 もちろん、モアナを演じたAuli'i Cravalho嬢も大変可愛かったですな。歌声も非常に良いです。うお!2000年生まれだって。若いなあ。そうか、モアナの年齢と同じってことか。英語ネイティブでないので自信はないけれど、実に自然でお見事な芝居ぶりだったと思います。

 というわけで、さっさと結論。
 ディズニーアニメ最新作『MOANA』をまずは字幕版で観てきたのだが、物語的にはかなりツッコミどころはあるように思えるが、歌も映像もホント素晴らしく、文句があるならこれを超える作品を作ってみろ、と言われたような気がします。ディズニーの圧倒的な力はこの映画でも遺憾なく発揮されていると思うし、まあ、当分ずっと王座は揺るがないでしょうな。わたしは十分以上に楽しめました。すげえやディズニーは。ただ、好みで言うと、去年の『ズートピア』の方がわたしは好きかな。以上。

↓ サントラ欲しい……まずは英語版で。吹替え版も観に行こうかなあ……はっ!そうか、昨日はせっかく安かったんだから現金で観て、その後で吹替え版をムビチケで観ればよかったんだ!!! オレのバカ!!!!

 わたしはもうすっかりゲームはやらなくなってしまったが、わたしの周りにはゲーム好き、というよりもはやハードなゲーマーともいうべき人々はいて、中でも元部下のYくんは、わたしの知り合いの中では一番のゲーマー野郎である。彼は、もはやゲームはPlayStationなどのいわゆる「ゲーム機」でプレイすることは少なく、それよりもハイスペックなPCでのプレイが中心であり、遊んでいるゲームも10年前なら「洋ゲー」と呼ばれていたような、ガチムチ系のアクションゲームが多い。実際のところ、日本で発展したゲーム文化はもはや日本でしか売れないガラパゴス化の方向で進化し、もちろん、任天堂やスクウェア・エニックス、あるいはバンダイナムコなど、大手ゲームは売れてはいるが、世界規模ではあまり大したことがなく、その存在感は薄れるばかりと言ってもいいだろう。日本人がJ-RPGと呼ばれる作品やスマホをいじって喜んでいるうちに、世界の屈強なゲーマーたちはさっさと先へ進んでしまったわけである。
 ま、いずれにせよ、わたしとしてはゲームの世界も仕事上詳しくある必要があったのだが、自分自身がプレイしていなくても、隣に座っていたY君に話を聞けばいいし、そもそもY君に任せておけばよかったわけで、ゲームに関しては超ニワカである。そしてそんなニワカなわたしでも、当然幾つかの超有名タイトルのことは、だいぶ前から知っていたわけで、その中でも世界的に大人気であり、Y君も新作が出るたびにプレイしていたゲームの一つが、『Assassin's Creed』というシリーズである。わたしは、Y君が『Assassin's Creed』について、こっそり忍び寄って、サクッと殺るゲームっす、と熱く語るのを聞いて、それは要するに、往年の名作『天誅』みたいなゲームってこと? と質問したことがあるが、ええと、間違ってはいない、けど、違う、かな? と微妙な回答であった。曰く、物語がしっかりしていて、ストーリー自体が面白い、のだそうだ。なので、わたしはプレイしたこともないのにいつの間にか「テンプル騎士団」だの「アサシン教団」だの、「エデンの果実」だのといったゲームの世界観について知識を得ていったのである。
 というわけで、以上は前振りである。先週から公開になった映画版『Assassin's Creed』をやっと観てきたので、そのことをこれから書こうと思っているのだが、実はあまり書くことがなくて……つい無駄なことを書いてしまった……。一応、今回の映画版の予告編は、シリーズをすべてプレイしてきたY君をして相当期待できる! というものだったので、まあ、何も知らないに等しいわたしでも、楽しめるかな、と思ったのだが……結論から言うとかなり上級者向けの物語になっていて、Y君によれば、説明がいろいろと不足しているので、自分は楽しめたけどアンタにゃわからんかったでしょうよ、という若干の侮蔑を含んだ趣旨を丁寧な言葉で申し渡されることとなったのである。くそう。ああそうだよ、おれには良くわかんなかったよガッデム!
 
 というわけで、FOXには珍しく、非常に観たくなるようないい出来の予告である。だいたいお話は上記予告の通りと言っていいだろう。ただし、なかなか複雑なお話で、正直なところ良くわからない部分も多いし、そもそものメインとなる機械「アニムス」が謎過ぎてついて行けないような気もした。
 ざっと物語を説明すると、中世十字軍にも参加したテンプル騎士団が、現代の世にもその力を保持して世界にこっそり存在していて、「エデンの果実」を探していると。その目的は、ざっくり言うと人類の洗脳で、そのキーアイテムとして「エデンの果実」が欲しいわけだが、「エデンの果実」とは、最初の人類(アダムとイブ)に、神への叛乱を起こさせたもので、無知なまま神へ従属するのではなく「自由」を人間にもたらせたものであって、それは人間の精神(をDNAレベルで?)改変させる力がある、と彼らは思っている。で、その「果実」を最後に目撃した、15世紀のスペインにいた「アサシン教団」の男がいて、そいつの末裔として現代を生きる男をとっ捕まえて、そいつの「DNAに刻まれた記憶」を紐解けば、その所在がわかるんじゃね? ということで、DNAから先祖の記憶をトレースできる「アニムス」なる謎マシーンを使って「果実」を追う――てなお話である。実はわたしはこれで正しい理解なのか、正直全然自信がない。テンプル騎士団は全員修道僧だから、「エデンの果実」は神に反抗する、あってはならないもの、だからそれを確保する、ってことなのかな? 一方の「アサシン教団」は、あくまで人間の自由を守るために、テンプル騎士団と戦ってると、まあそんな感じの対立構造かもしれない。なんというか、よく分からなかったのがわたしの頭の悪さのせいなのではないかと非常に残念である。そして、アニムスについてももうチョイ原理的な説明が欲しかった。だいたい、アニムスを開発製造できる技術があったら、もっと別のやり方で世界征服できるんじゃね?
 しかし……たぶん、実際のところ、この映画はもうそんなストーリーはどうでもいいんじゃないかとも思う。それよりも、見せ場はゲームの世界そのままの超人的なアクションにあるのだろうと思う。パルクール、あるいはフリーランと呼ばれる縦横無尽なアクションシーンこそがこの映画の最大のポイントだろう。
 だが……わたしはこのせっかくのアクションも、映画としてはかなりイマイチだと感じた。とにかく画がブレブレで、きちんと画面にとらえられていないのは大問題だ。せっかくすごいスタントなのに活かしきれていない。実に素人っぽい画でわたしは結構がっかりした。カメラのブレを臨場感と勘違いしている映画をよく見かけるが、本作もその傾向が大いにある。アレじゃあダメだと思うな……。まあ、『Assassin's Creed』の代名詞ともいうべき「イーグル・ダイブ」は凄かったすね。ゲームそのままの迫力はあった……のだが、これはやっぱり3Dで味わうべきだったんだろうなと思う。なのに、ぜんぜん字幕3D版が上映されないのはホントに意味が分からないというか……こういう点がFOXのダメなところで、極めて残念だ。本作は、イーグル=鷲が重要なモチーフになっていて、鷲が空を舞うショットも多いのだが、あれを3Dで見せないでどうすんだ……配給社の配慮のなさには失望しかない。そもそもFOXは『Avatar』で3Dの威力を世界に知らしめて世界中の映画館の設備を改めさせた張本人なのに。実に分かってないとしか言いようがない。
 というわけで、ストーリーも映像も、配給社のマーケテイング戦略も、わたしとしてはかなりイマイチに感じた。せっかくキャストは豪華なのに、実に残念であった。ただ、Y君のような、元のゲームの大ファンは大変楽しめたらしいので、結論としては一見さんお断りで、分かる人には分かるということなんだろうと思う。なんか、もういつものようにキャスト紹介する気も失せたので、ざっと流して終わりにします。
 主人公の現代の死刑囚カラム・リンチと、15世紀のアサシン教団のアギラールという2役を演じたのが、世界有数のイケメンと呼ばれるMichael Fassbender氏。そしてヒロインでアニムスを開発したソフィア博士を演じたのが、これまた世界有数の美女と呼ばれるMarion Cotillardさん。そしてその父で現代のテンプル騎士団に所属する、アニムス開発会社社長を演じたのが、オスカー男優Jeremy Irons氏。この人もカッコイイ。とまあ、そんな有名美男美女がそろっており、ビジュアル的には大変見栄えがする。とりわけFassbender氏のアギラールは、ゲームのイメージそのままで、大変カッコいい。散々イマイチだと言ったけれど、シーンのワンカットワンカットのビジュアルイメージはとてもイイので、物語や雑な撮影がきちんとしていれば、もっとだれでも楽しめる作品となったはずなのだが、まあ、なんというか、残念です。いろいろと。

 というわけで、もう飽きたのでぶった切りで結論。
 映画『Assassin's Creed』は、そのゲームのビジュアルイメージをかなり忠実に再現しているけれど、まず物語は一見さんお断りの分かりにくさがあり、せっかくのアクションシーンもブレブレの映像できちんとわからない部分があって、一言で言うと残念、であった。もちろん、役者は美男美女だし、アクションスタントもすっごいので、そういう点では見事ではある。けど、話がよく分からんという決定的な部分はどうしようもないというか……PV的ですね、ゲームの。ただ、ゲームの大好きなYくんは楽しめたというのだから、ま、そういうことです、はい。以上。

↓ 日本では一応これが最新作かな? でも、Y君曰く、PCでやるのが一番、だそうです。キーボードでよくできるなあ、と言ったら、そんなの当たり前ですよ!と鼻で笑われました。 

 昨日の夜の21時ころ、ふと、何もやることがなく、かつ、寝るには早いか、という、恐ろしく人生についての絶望を感じるような一瞬を味わってしまったわたしであるが、もういっそこのまま明日が訪れなければいいのに……という悲哀を胸に抱きながらも、まあ、なんか映画でも見るか、とWOWOWで撮り貯めたHDDを捜索してみたところ、とある映画が録画されていて、じゃ、これでも観るか……という気になった。あぶねえ。うっかり黄泉の国への誘惑に負けるところだったぜ。
  観た映画のタイトルは、『Victor Frankenstein』。かの有名な、フランケンシュタイン物で、そのタイトルを観て、わたしは電撃的に、あ、あの映画か、と思い出した。この映画での主役は、ハリー・ポッターでお馴染みのDaniel Radcliffくん。いまや順調におっさん化が進み、非常にこの先の更なるおっさん化が楽しみな逸材であり、わたしは結構彼の演技は高く評価している。そんな彼がフランケンシュタインを演じるのかな? とUS版予告を見て思い、こいつはちょっと気になるなと思っていたのだが、どういうわけか一向に日本で公開されず、今調べたところ、日本ではなんと屈辱?のビデオスルーだったそうだ。というわけで、わたしとしてはWOWOWで放送されることを知って、よーし、WOWOWよ、偉いぞ!と思い、録画をセットしたのである。ま、録画セットしたことは完璧に忘却の彼方に霧散していたけれど。

 探してみたら一応、DVD販売用のFOX公式の字幕入り予告があったので貼っとくか。
 しかし……ホント、なんというか毎回書いているような気がしますが、FOXの予告編のセンスのなさは何なんだろうな……普通の人が上記予告動画を見て、おっとこの映画は見たいぜ、って思いますか? 何が何やら? さっぱりわからないと思うんだけど……ひでえなこれは……。ちなみに下のが字幕なしのUS版公式予告だが……ま、尺が長くなっただけで、あまり変わらないか……つまりFOXジャパンではなくて、そもそものFOX本体がダメってことだな、こりゃ……。

 ま、いいや。ちなみに、US本国でもホントにこの数字?と信じられないほど全く売れず、おそらくは散々な興行で赤字は確実であろうと思われる。何しろこの映画、観た限りではかなりの予算規模であろうことが想像できるほど、相当金を使っているのは間違いないと思う。それでこの成績じゃあ……まずいなこりゃ……と全くの余計なお世話だけれど、実に心配だ。
 物語の舞台は19世紀のロンドン。日本で言うと幕末から明治の世である。もう、この時点で、セットや衣装、美術に金がかかるのは確定的に明らかであろう。そしてこの時代設定および場所設定からして明らかなことは、完全にMary Shelley女史による原作小説『Frankenstein』とは全く別物ということだ。そしてわたしはてっきり、Danielくん自身が怪物を演じるのかしらと勘違いしていたのだが、それもまた、まるで違っていたのである。これは予告をちゃんと見れば分かるので、単にわたしの思い込みであった。
 本作の物語を簡単にまとめてみよう。
 Danielくん演じるイゴールは、サーカスでピエロを担当していた身寄りのない男で、その背中のせむし男ぶりから人間扱いされないような可哀想な奴隷的立場にあった。しかし実は明晰な頭脳と、人体に関する特殊な(?)目をを持っていて、それを見抜いた医師ヴィクター・フランケンシュタイン先生(正確に言うと医学生なので、医者の卵)の手引きで、哀れなサーカスでの生活から脱出することに成功する。そしてそのフランケンシュタイン先生の手で、背中の腫瘍(というより膿疱?)を除去し、姿勢矯正ギプスのようなものを着用して、髭も剃って髪も整え、さらにはちゃんとした服を着ることで、あっさり、ぱっと見では元背むし男とはわからないような、小ざっぱりしたイケメンに変身する。そんな、大恩が出来たフランケンシュタイン先生の研究を、イゴールは助手として手伝い始めるのだが、先生の研究とは、死体を寄せ集めてつなぎ合わせることで、死を超越しようとする背徳的なものであり、ついにその研究は、イゴールの協力のもととうとう現実に―――的な展開である。1994年のKenneth Branagh監督による『Frankenstein』はかなり原作に忠実だったと思うけど、本作はまるで違うお話でした。
 まあ、要するに物語としては原作のフランケンシュタインの話に、SF的な科学的要素をチョイ足ししたような感じで、それなりにはきちんと整っているとは思う。また、美術的な部分でも前述のようにきちんと金がかかっているし、おまけに役者陣もきっちり一流どころを揃えていて、けっして手抜き感は感じられないと言ってもいいだろう。ただなあ……なんというか……B級臭がぷんぷんするのはどうしてなんだろうか……。結局はやっぱり物語なのかなあ……トンデモストーリーであるのは間違いなかろうし。あと、クリーチャーデザインかなあ……人造人間が完成する前に、犬だったか猿だったかで、プロトタイプが作成されるのだが、それが80年代後半の、『THE FLY』的なクリーチャーデザインっぽさがあるんだよなあ……それがなんというか、すげえセンスが古いんすよね……でもあれ、CGだよね? 一部はパペットだったような気もするけど、あの動きはCGだよな……。
 ま、とにかく、結論から言えば、正直イマイチでした。
 ただ、やっぱり役者陣には触れておかないとイカンだろう。実際、主役のDanielくんは大変熱演だったと思う。やっぱりとても上手だと思うな、この人は。若干背が低いかな、という点はまあ、あまり瑕疵にはならないと思う。なんか骨格が骨太で、イギリス人にしてはちょっと珍しいような、顔も体も四角いような特徴あるルックスですな。いや、そうでもないか、若干なで肩?なので、シルエットはTom Cruise氏に似てますね、そういえば。わたしは、Danielくん主演の『Swiss Army Man』がものすごく観たいのだが、これも日本では公開されないのかなあ……ずっと待ってんだけどなあ……くそう。WOWOWで放送されないかなあ……。
 そしてDanielくんを救う医者のマッドサイエンティストであるフランケンシュタイン先生を演じているのが、今やX-MENのヤング・プロフェッサーXでお馴染みのJames McAvoy氏37歳。彼もイギリス(スコットランド)人ですな。彼は今回のような、狂気を目に宿した役が得意のような気がしますね。現在US公開中で結構ヒットしている新作の『SPLIT』の日本公開が待ち遠しいですな。なんでも23人の人格を持つ、多重人格サイコキラー(?)の役だそうで、わたしとしては観るぜリストに入っています。がしかし……監督が珍ムービーを量産することで有名なM Night Shyamalan監督だからな……うかつに期待するとイタイ目に合うから気を付けないとな……。
 あと3人、わたしが知っている役者が出ていたので、取り急ぎ備忘録として手短に紹介しておこう。フランケンシュタイン先生の父親で厳格な貴族のお爺ちゃんを演じたのが、わたしが密かに名作だと思っている『ALIEN3』で、リプリーと一瞬親密になるけど中盤であっさり退場(=エイリアンにブっ殺された)してしまった医師を演じた、Charles Dance氏だ。今はもう70歳だって。『ALIEN3』ももう25年前だから仕方ないか……。目つきが変わってなくて、一発でわかった。そして、フランケンシュタイン先生の怪しげな実験を執拗に調査する警官を演じたのが、TVシリーズ『SHERLOCK』でモリアーティを超にくったらしく演じたAndrew Scott氏。この人も、特徴ある顔なので一発でわかるすね。最後。この人は、わたしは顔は観たことあるけど誰だっけ……と調べないと分からなかったのだが、Danielくん演じる哀れなイゴールと恋におちる可憐な女子を演じたのがJessica Brown-Findlay嬢27歳。だいぶ前にこのBlogで取り上げた『Winter's Tale』のヒロインですな。大変お美しい方です。
 で、さっき、監督は誰なんだ、と調べたら、これまたこのBlogでかなり前に取り上げた『PUSH』を撮ったPaul McGuigan監督だった。あっ! この監督、TVの『SHERLOCK』も監督してるんだ。そうなんだ。へえ~。知らなかった。まあ、残念ながら『PUSH』同様、本作もわたしとしては微妙判定です。サーセン。

 というわけで、結論。
 ふとしたきっかけで観てみた『Victor Frankenstein』という映画は、役者陣はなかなか豪華だし、セットや衣装もきっちり金がかかっており、面白そうじゃん、と期待したのだが、どういうわけか全編に漂うB級感がぬぐい切れず、お話そのものもなかなかのトンデモストーリーで、判定としては微妙、と言わざるを得ない。おっと? 脚本を担当したのはMax Landis氏なんだ!? へえ~! 彼は、映画監督John Landis氏の息子で、わたしが激賞している『Chronicle』もこの人の脚本なのだが……残念ながら今回はイマイチでありました。以上。

↓ くそーーー……とっくに発売になってるじゃんか……観たい……買っちゃおうかしら……。

↓ おまけに予告も付けとこう。傑作の匂いがすげえするんですけど。

 わたしの元部下のA嬢は、NYCに住んでいたこともあるバリバリの英語使いで、当時はよく仕事帰りにBroad Wayに寄って、さまざまなミュージカルを楽しんでいた筋金入りである。わたしもミュージカルが大好きなので、大変うらやましく思うわけだが、彼女は4~5年前、Ryan Gosling氏が大好きだった頃があって、へえ、じゃあこいつを観るがいい、といろいろRyan氏が出演している映画のBlu-rayを貸してあげたりしていたのだが、確か2015年の春ごろに、わたしの大好きなEmma StoneちゃんとA嬢の大好きなRyan Gosling氏が、ミュージカル作品に揃って主役として出演すると聞いて、わたしもA嬢も、そりゃあ楽しみだ、と大変期待していたのである。ああ、そういやEmmaちゃんとRyan氏が共演した『Crazy, Stupid , Love』も貸したことあったっけな。あの映画も面白かったね。
 そしていよいよその作品は去年末にUS公開され、1億ドルを超える大ヒットとなり、あまつさえ、日本時間であさっての月曜日に発表される第89回アカデミー賞において、なんと歴代最多タイの14部門でのノミネートを獲得し、一躍話題になって、いよいよ昨日の金曜日から、満を持して日本公開と相成ったわけである。
 その作品の名は『LA LA LAND』。A嬢に観に行こうぜ!と誘ったらごくあっさり振られたので、やむなく今日、朝イチで一人しょんぼり観に行ってきたのだが、結論から言うと、相当イイ! けど、若干、ちょっとどうなんだ……? という部分もあったのは事実である。これは、おそらく男と女では、かなり感想が違う問題作なのではなかろうか、という気がした。わたしはおっさんなので、二人の主人公の想いはかなりよく分かるというか納得できるので、実のところわたしはとても楽しめた映画であることは間違いないのだが、これは……若いカップルが観たらどう思うのだろうか……と若干心配である。わたしがそう思う理由を書きたいのだが、決定的なネタバレとなってしまうので、核心的なことにはなるべく触れずに、感想をまとめようと思う。あ、あともう一つ。この映画は、「ミュージカルのお約束」に慣れていないと、結構ポカーンとしてしまうかもしれないな。急に歌って踊りだすのは、慣れていない人では、え? と思うかもしれない。でも、あなた、それがミュージカルってやつですよ。わたしは全くその点は気にならないというか、歌が素晴らしいので、むしろキター!とうれしくなったね。
 それでは、まずはお約束の予告動画を貼っておこう。

 まあ、大体の物語は、上記予告で示されている、とは思うが、決定的なことは描かれていない、とだけ言っておこう。ヒロイン・ミアは、女優を目指して頑張る女子。しかしオーディションに行ってもまるで相手にされず、ルームメイトの3人の女子たちはいろいろ誘ってくれて、憂さ晴らしは出来るものの、そんなパーティーへ行ってみても、なんとなくしょんぼりな毎日だ。そして一方の男の主人公・セブ(セバスティアンの略だってさ)は、ガチガチのオールド・ジャズ好きで、いつか自分の店を開いて、もはや絶滅危惧種な本物のジャズを聴かせるんだ、という夢をもってピアノを弾いているが、所詮は定職のない、たまにクラブで弾くのが精いっぱいのピアニスト。こんな二人の双方のしょんぼりぶりが描かれ、たまたま出会った二人が、その後も何度も出会うことで魅かれていき、恋に落ちる――とまあ、そんな、なかなか甘酸っぱいラブストーリーだ。
 こういう場合、よくあるパターンとしては、どちらかがサクセスしてしまい、なんとなく距離ができてしまって――的な展開をよく見かけるような気がする。例えば、ちょっと違うけれど、だいぶ前に観たミュージカル映画『The Last Five Years』もそんなお話だった。なのでわたしもそういう展開を想像したのだが、問題はどっちが成功してしまうんだろう? という点であろうと思う。しかし――ここは書かないでおく。書いたらマズいよね、やっぱり。ただ一つ言えることは、わたしの想像を超えたエンディングであり、かなりわたしとしては、ええっ!? と驚いた、ということである。この点で、わたしは若い観客の理解を得られるのだろうかと心配になったわけで、さらに言うと男と女ではかなり受け取り方が違うんじゃないかな、と思ったのである。
 しかしですね、やっぱりとてもイイすねえ!何がいいって、そりゃあもちろん歌とダンスと二人の芝居ぶりですよ。わたしは観ながら結構足でリズムを取ったり、キメのところでは拍手をしたくなりましたな。まあ、正直、歌は超頑張っているのはよく感じられるけれど、もうチョイ、声に伸びやかさが欲しかったかな。
 まず歌だが、Emmaちゃんの歌声は、結構かすれ声系のしっとり系なんすね。もうチョイ声量が欲しいかなあ。でも可愛いから許す! そしてRyan氏も、やっぱりもうチョイ迫力欲しかったかもなあ。でも、キャラクターには合っていたのかな。決して下手じゃないし、実際かなりいいけれど、もう一声、を望みたいような気はしたのは記録に残しておこう。ハリウッドのミュージカルというと、最近ではやっぱり『Le Miserables』でジャベールを演じたRussel Crowe氏の意外な美声にわたしは非常に驚いたが(歌手活動を行っていたことを全然知らなかったので、歌えること自体驚いた)、EmmaちゃんもRyan氏も、まあ、想定内の歌声だったと思う。ただし、Ryan氏は、この映画のためにピアノを猛特訓したそうで、劇中のピアノを弾くシーンは本当に彼が演奏しているそうだ。カッコいい野郎がピアノ弾けたら、そのカッコよさは5倍増しですな。くそ、オレももしもピアノが弾けたらなあ……。
 そしてダンス! ダンスはもう完璧だったと言えよう。とりわけ、わたしが一番気に入ったのは、やっぱり二人が最初にお互いを意識する、LAのマウント・ハリウッド・ドライブで踊るタップダンスのシーンだ。ここはもう、ホントに夢のような美しさと可愛らしさがあふれてて、最高でしたね。そして撮影もかなり見どころであると言ってもいいだろう。ほとんどのシーンは、やけに長いカットで、ダンスシーンもほぼ長まわしの一発撮りだ。ただこの辺は、技術の発達した現代においては、長まわしに見えるようで実は違う、という場合もこれまたよくあるので、実際のところはよくわからない。しかし、↓こんな動画を観ると、マジで一発で撮ったんじゃねえかという気もする。

 ↑このシーンも、とてもかわいいすねえ! ちなみに、ルームメイトの一人、黄色の服の人は『EX Machina』でミステリアスな「キョウコ」という役を演じたソノヤ・ミズノさんという東京生まれのイギリス育ちのお方だ。国籍としてはイギリス人なのかな。大変お綺麗な方です。オープニングの高速道路でのダンスも、本当に高速道路で撮影したそうで、あれが一発撮りだったら相当凄いと思うけど、ちょっとよく分からない。まあ、この映画はのっけからその魅力にあふれているのは間違いないと思う。
 (※2017/02/28追記:昨日、WOWOWでアカデミー賞授賞式の中継を見たところ、カメラマン氏曰く、オープニングの高速道路のダンスは4カットで構成されていて、そしてわたしが気に入ったタップダンスのシーンは、完全1発撮りのワンカットで、6テイク撮影して、採用されたのは最後のテイク6だそうです)
 で。二人の演技ぶりだが、間違いなくこの映画を観た人は、男ならばEmmaちゃんを可愛いと思うだろうし、女性ならばRyan氏にときめいてしまうだろうと思う。
 まず、Emmaちゃんは今回、わたしの大好物であるしょんぼり顔を多く見せてくれ、もうホントに放っておけない雰囲気がある。そしてそんな彼女がセブに出会ってみせる笑顔の素晴らしさは、もうマジ天使クラスだ。以前このBlogで、Emmaちゃん主演の『Magic in the Moonlight』について書いたときも記したが、Emmaちゃんは「オレ的ハリウッド美女TOP10」の「天使クラス」に入る美女であって、今回の演技ぶりもとても良かった。本作は、「冬」に出会った二人が「春」に愛を確かめ「夏」に愛を謳歌し、「秋」に岐路を迎え、そして「冬」を迎えるという構成になっていて、特に最後の「冬」でのEmmaちゃんの演技が超絶品である。そして超絶品であるがゆえに超せつない物語に仕上がっているので、あさって月曜日、Emmaちゃんが栄光のオスカーウィナーとなってもわたしはまったく驚きません。獲れるといいね、本当に。
 そしてRyan氏であるが、元々この人は無口系キャラが似合うわけだが、今回演じるのはある意味、夢追い人の「だめんず」であり、女性のハートをくすぐるには余りある役を、繊細に演じ切っている。前述のように、ピアノ演奏シーンも非常に良い。そして、愛するミアのために、一念発起してそれまでのこだわりを捨ててだめんずから卒業しようと頑張る姿も、おそらく女性ならキュンとしてしまうのではなかろうか。しかし、その結果として迎える最後の「冬」を、女性客の皆さんはどうとらえるのか、わたしとしては大変興味が尽きない。ぜひこのエンディングは、今すぐ劇場へ確認しに行って欲しいと思う。特に女性の皆さんは。わたし的には、かなり序盤で、素人バンドが若干ダサめに80年代の名曲、a-haの『Take On Me』を演奏しているシーンで、超イヤイヤながら、オレが弾きたいのはこんな曲じゃねえ、という顔をしてキーボードを弾いているRyan氏の表情が最高に良かったと思います。そして、人々の中にミアを見つけ、超気まずそうなRyan氏が絶妙だったすね。
 最後に監督について記して終わりにしよう。監督は2014年の『Whiplash』(邦題:セッション)で一躍注目を集めたDamian Chazelle氏である。やっぱりこの監督は、音楽というかジャズが大好きなんでしょうな。音楽の使い方は素晴らしいですよ。そして前述の通り、長まわしも多用していて、ある意味古き良きハリウッド映画の様式をしっかり再現しているようにも思える。なお、脚本もDamian氏が執筆されたそうで、物語も非常にファンタジックというか、夢のようなお話で、そういう点も古き良きハリウッドの正統なミュージカルであったと思う。しかしまあ、古き良きハリウッドミュージカルであれば、もっと明確なハッピーエンドになっただろうな。かなりわたしとしては唐突感を感じてしまったのが、大絶賛一歩手前、に留まる要因であったのだろう。でもまあ、あれでいいんだろうな、きっと。この点についても、やっぱり女性の意見を聞きたいすね。

 人はきっと、誰しもが「ありえた未来」を想い、あの時なあ、ああしてれば今頃なあ、と考えることがあると思う。場合によっては、あの時のたった一言が、今を決定づけてしまったのかもしれない。そんな風に考えるのは、いわゆる「後悔」というものであり、そしてその後悔は、ほろ苦く、思うたびにどこか痛みを感じるものだ。そしてその痛みを、若干気持ちよく感じてしまうのが質が悪いというか、人間だ。ひょっとしたらそんな傾向は、女性よりも男の方が強いかもしれないすね。わたしはセブが「Seb's」のあのロゴを使った気持ちがすげえ分かる。そしてあのロゴを見た時のミアの表情が、わたしは一番グッと来た。
 しかし、これもきっと明らかなことだと思うけれど、確実に、人には「そうならなかった現在」を肯定できる日がやってくると思う。わたしのような40代後半のおっさんだと、もうほぼ、そんな境地に至っているわけで、それはあきらめではなく、現状肯定だ、とわたしとしてはカッコつけて申し上げておきたい。わたしの場合は、やっぱり40歳になるかならないかって頃だったんじゃないかなあ。
 はたして本作の主人公、セブとミアは、そんな境地に至るまでに、あとどれだけ痛みを感じることだろうか。でも、しょうがないよ。つーか大丈夫よ。だって、にんげんだもの!と、おっさんとしてはアドバイス?して終わりにしたい。
 ※2017/03/13追記:A嬢がやっと観に行ったというので感想を聞き、ちょっとだけ言葉を追加しました。

 というわけで、取り留めもなくだらだら長いのでもう結論。
 製作開始から楽しみにしていた『LA LA LAND』がやっと日本で公開になり、期待に胸弾ませて劇場へ向かったわたしであるが、言いたいことは、以下のことである。
 ◆Emmaちゃんがスーパー可愛い。ダンスもGOOD! 歌声も、意外なかすれ声で可愛い。しょんぼり顔とはじける笑顔にわたしは大満足。マジ天使っす。
 ◆Ryan氏の演技は、男視点から見るとすごく共感できる繊細な芝居ぶりでお見事。
 ◆物語的には、予想外のエンディング。これはぜひ劇場で!
 ◆演出面では長まわしの一発どり など、ダンスシーンをダイナミックに描いている。
 ◆急に歌って踊りだすのが変だって? あんた、なに言ってんの? This is !ミュージカルだぜ!
 以上。

↓ つーかですね、コイツを買って車で聞きまくるのもいいかもしれないな……。
ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック
サントラ
ユニバーサル ミュージック
2017-02-17

↓ そして今、わたしはEmmaちゃんマジ天使熱が激しく上昇中なので、久しぶりにコイツを観ようと思います。これまた超かわゆい。
ゾンビランド (字幕版)
ウディ・ハレルソン
2013-11-26
 

 わたしが世界で最も愛する小説家は、ダントツでStephen King氏である。
 このことは、もう何度もこのBlogで書いてきたが、これも何度も書いた通り、実は大ファンとはいっても、King氏の全作品が常に面白い、とは思っていない。たまに、「こ、これは微妙だぞ……」と思うような作品も、ある。例えば、最近で言うと『Lisey's Story(邦題:リーシーの物語)』とか『Duma Key(邦題:悪霊の島)』あたりは、ちょっとイマイチかなあ……と思っているわけで、もはや全然最近ではないけれど、10年前に新潮文庫から発売が予告された「携帯ゾンビ(仮)」についても、発売前はその仮タイトルに大興奮で、「何なんだこのタイトルは……超読みたいぜ!!!」と思っていたけれど、実際発売になり、読んでみたところ、「こ、これはまた微妙だ……」と思ったことをよく覚えている。
 その作品は、発売時は結局、原題通り『CELL(セル)』というタイトルとなってしまったのだが、簡単に話をまとめると、携帯電話(=Cellphone)の謎電波によって人々が正気を失くし、狂暴化して殺し合いを始め、偶然携帯のバッテリーが切れていたために難を逃れた主人公が、自宅に待つ息子のもとへと帰ろうとするサバイバルを描いたものである。その人々の狂気ぶりがさながらゾンビめいているので、「携帯ゾンビ」という仮タイトルで新潮社は発売告知をしたのだと思うが、実際のことろ、ゾンビ、では全くない。一応生きてる。完全に正気を失っているけどね。
 そんな、わたし的には少し思い入れのある『CELL』が、この度映画となった。しかも主人公コンビを演じるのは、わたしが密かにKing原作映画の中でも屈指の名作と思っている『1408』(邦題:1408号室)でもコンビで演じたJohn Cusack氏と、Samuel L Jackson御大だ。わたしとしては、どんなに上映館が少なくとも、これは絶対に観ないといけない作品なのである。というわけで、昨日の午前中はアニメ映画『ソードアート・オンライン』を観て、午後からはこの『CELL』を観てきたわけである。日本広しといっても、この2作品を同じ日に連続で観た人間は、おそらくわたし以外にはいまい。いたら、ぜひ友達になりたいものである。

 というわけで、もう物語については説明しないが、↑この予告を観て感じられるのは、とてつもないB級感である。そして観終った今、結論として言えることは、間違いなくこの映画は、相当なB級映画であったということだ。
 しかし……今更白状するのもお恥ずかしい限りなのだが、実はわたしはこう偉そうに書いているけれど、原作を読んだ事は間違いない、のだが、詳しくはもう全然覚えていない。だってもう10年前に1度読んだだけだもの。大体の筋と、読後感として微妙だったことしか覚えちゃいないのである。ラストはどうなるんだっけ、とか、そんなあいまいな記憶なので、本作が原作にどのくらい忠実か、あそこが違うとかここはそのまんまだとか、そういうチェックは詳しくは出来ない。
 なので、観ながらわたしは、そうそう、こういう話だよ、とか思いながらぼんやり観ていたのだが、わたしが覚えている限りでは、原作小説では、狂える人々のリーダー的存在が現実に登場して、それがKingファンにはお馴染みの悪を体現する存在「ランドル・フラッグ」「黒衣の男」を思い起こさせるようなキャラだったのだが、それが今回は現実の存在なのか幻影なのかよく分からない存在として描かれていた。この点はたぶん明確に違うような気がする。それから、途中で仲間になる少年が、この現象をもう少しわかりやすく説明してくれるようなシーンがあったはずなのだが、その辺はバッサリなくなっていたような気もする。校長先生の死に方も、今回の映画ではこんな死に方だったっけ? と思うようなアホなミスが原因だったけれど、これはもう原作小説でどうだったのか、全然覚えていない。そして、問題のエンディングも、今回の映画では、ぽかーんとしてしまうような終わり方で、正直全然わけのわからんエンディングだったが、ここが原作とどう違うか、まるで思い出せないけれど……確かに覚えがあるように感じた。
 あーダメだ、やっぱり全然覚えていない。もう一回読むしかないかな……誰かに貸しっぱなしで、家にあるのかどうか、発掘してみないと分からんな……。やっぱり原作との違いをチェックするのは無理だ。やめた。
 というわけで、今回の映画についての話だけにしておこう。一応最初に備忘録として書いておくと、今回の映画の脚本は、King氏本人もクレジットに入っていたので、少なくともKing氏自身のチェックが入った正統なもの(?)と言って良いようだ。なので、あまり脚本についてケチをつけたくないのだが、残念ながら脚本もダメだし、撮影、演出も安っぽい。そういう点が全体のB級感を醸成しているのだが、わたしが最も、こりゃあイカンと思ったのは、CGの質感がひどく低品位な点だ。
 まず、脚本の一番まずいと思う点は、この現象についての説明がまるでない点と、主人公のモチベーションがひどく希薄な点だ。一体全体何が起こっているのか、正直観客には最後までわからない。これではどうにも物語に入り込めないわけで、単に、携帯の謎電波で人々が狂いだす、という一発ネタに留まっているのは問題だろうと思う。そして主人公が危険を冒してでも息子に会いたいという動機の部分も、実際全く説得力がない。いや、そりゃあ父親だったら息子に会いたいと思うのは当たり前かもしれないけれど、息子がまだ正常な状態で生きている、と確信を持って行動する説得力はまるでない。息子がこの状況でも絶対に助かってオレを待っている、と確信させる何かが絶対必要だったと思うのだが……。
 それからCGについては、大量のイカれた人々の描写にCGが用いられているのだが、暗がりということもあって、かなりテキトーなCGで、ここはかなり興ざめだ。スタジアムを埋め尽くす人々や、ラストでの電波塔周辺を埋め尽くす人々のCGは、相当安っぽい。そしてそれらのイカれた人々の群れをドッカーーーーン!!! とやらかすエンディングは、もうほんと、わたしはえええーーー!? と笑ってしまった。こりゃあ、まごうことなきクソB級映画ですよ。たぶん、この映画は、King氏の小説を映画化した作品の中では、珍映画として名高い『Dreamcatcher』並のドイヒーな作品として、わたしの心に記憶されるであろう、と思うのである(※なお、原作小説の『Dreamcatcher』は最高に面白い)。
 いやはや……ごちそうさまでした。
  最後にキャストについて備忘録をまとめておこうと思ったが、主人公二人以外はほぼ知らない人ばかりだったので、もうどうでもいいかな……まず、主人公を演じたのは、John Cusack氏。 この人は、なんというかこういうピンチに陥って困る男の役が非常に似合いますな。実に頼りなげな表情がこの人の持ち味なのではないかという気がしますね。今回も、大変なピンチの連続で、ずーっと困った顔でたいへん気の毒でした。そして主人公と行動を共にする、やけに戦闘力の高い地下鉄運転手を演じたのがSamuel L Jackson御大で、演技というかもう素なんじゃね? というようないつもの御大ぶりで、特に書くことはないす。

 というわけで、ホントにもう書くことがないのでテキトーに結論。
 Stephen King氏による小説『CELL』が映画化されたので、さっそく観に行ったわけだが、予告から感じられる通りの相当なB級映画で、おそらくは、この映画だけ観ても全く面白いとは思えないだろうと思う。なので、普通の方には全くお勧めしない。わたしのようなKing氏の小説のファンであっても、まあ、観に行かなくてもいいんじゃないかなあ……ただ、わたしが実に残念だと思うのは、このように珍映画が多くなってしまうと、世間一般のStephen King評に悪影響が出るんじゃないかということで、映画の方が有名になってしまって、肝心の小説まで変な印象がついてしまいやしないか、それだけが心配だ。 頼むからKing作品の映像化に際しては、原作を超えてやるぜ!という気概を見せてほしいと思います。例えば、Frank Darabont監督の『The Mist』は、King氏をもってして、「畜生、このエンディングを執筆時に思いついていれば……!!」と悔しがらせた名作であり、そういうガッツあふれる映像化を期待します。以上。

↓ ほとんど覚えてませんが、小説の方が面白いと思います。たぶん……。
セル〈上〉 (新潮文庫)
スティーヴン キング
新潮社
2007-11-28

 このBlogで何度か書いた気がしてならないのだが、現在の現役最強映画監督決定戦が開催されたとしたら、おそらくは、Christopher Nolan監督を優勝候補に挙げる人は結構多いのではないだろうか。Nolan監督の創り上げる作品は、誰が見ても一段クオリティのレベルが高く、CGを使いながらも、本物の高い質感にこだわった映像も、そして、SFであれコミックヒーローものであれ、常に人間心理の追求に重きを置いた物語も、どちらも確実に「格上」感があると誰もが感じるのではなかろうか。
 Nolan監督が世間的に有名となったのは、たぶん監督第2作の『MEMENTO』であることは間違いなかろう。わたしも実際、『MEMENTO』を2001年に渋谷の今はなきパルコPart3の上にあったシネクイントで初めて観て、Nolan監督のことを知ったのだが、実のところ、結構トリッキーな、叙述ミステリー的な作風はあまり好みでなく、一応その後の作品も全部劇場で見ているが、ああ、やっぱりこの監督はスゲエ、とわたしが改めて思ったのは、2008年の『The Dark Knight』であって、結構あとの話である。なので、それ以前の作品、『BATMAN Begins』や、『The Prestige』などは劇場で観ていても、あ、これ『Memento』の監督だったんだ、と後で知るぐらい、あまり関心を持っていなかったのだ。大変情けないというか、審美眼のなさには我ながら残念である。
 しかし、『The Dark Knight』以降の純Nolan作品(監督していない作品はダメ)は、直球でわたし好みの作品が多く、『INCEPTION』や『INTERSTELLER』には大興奮し、今やすっかり大ファンなわけで、 こうしてファンになってから、再び旧作を観てみると、ああ、やっぱスゲエ、つか、なんでこれを劇場で見た時に興奮しなかったんだ? と当時の自分がまったく理解できない謎現象に悩まされることとなる。
 というわけで、先日、Nolan監督が『Memento』の成功の2年後に撮った初期作品、『INSOMNIA』がWOWOWで放送されたので、久しぶりに観てみることにした。調べたらちゃんとパンフレットも持っていたので、わたしがこの映画を劇場で観たのは間違いないのだが、それ以来、一度も観る機会がなく、ほぼ物語は忘れてしまっている。ただ、この映画の公開時に、わたしは「げえーーっ!! Stephen Kingの「INSOMNIA」が映画になるのかよ!!」と盛大な勘違いをしていたことは、やけにはっきり覚えていて、なーんだ、全然違うじゃん、と思ったことが当時の日記に書いてあるのをさっき発見して、我ながら頭が悪すぎて、笑ってしまった。
 (※補足:わたしが世界で最も好きな小説家であるStephen King氏の作品に同名タイトルの作品があるのです。わたしはその映画化だと、当時、結構本気で勘違いしていたらしい)
 というわけで、14年ぶりに、Nolan監督作品『INSOMNIA』を観てみて、こりゃあやっぱりすげえというか、Nolan節が炸裂しまくっている傑作だなあ、と思ったのである。我ながら実にアホだ。以下、いつも通りネタバレ全開ですので、読む際は自己責任でお願いします。

 うーん、だめだ、古くて日本語字幕付きの予告はないや……とりあえず、US版予告を貼っとくか。物語は、基本的には上記予告の通りで、アラスカで起きた殺人事件をLAからやってきた刑事が捜査するお話である。
 ただ、主人公の刑事の心理状態が問題で、どうやら彼は、LAでInternal Affairs(=内部監査部)の審問を受けていて、なにやら捜査に問題があったらしいことが語られる。そんな状況もあって、アラスカの旧友からの捜査協力に乗る体で、実際は内部調査から一時避難的にアラスカへやってきたらしい。万一LAでの審問の結果がクロ、となれば、自らのキャリアもパーだし、何より、審問の対象となっている捜査で逮捕したクソ悪党が、証拠不十分として釈放されてしまう。それは耐え難い、というストレスを抱えていることが結構冒頭で語られる。おまけに、アラスカに同行した相棒も、どうやら審問では真実を話す決心をしているようだし、かなり八方ふさがり的な心理状態である。そして、アラスカにやってきた主人公を悩ませるのが、「白夜」だ。夜でも明るく、心理的ストレスもあって、どうにも眠れない。タイトルのINSOMNIA=不眠症は、そういう状態を表している。
 そしてアラスカでの殺人事件はどんどんややこしくなっていく。ある証拠を餌に、犯人をおびき寄せようとしたところ、あっさりその餌に犯人が釣れ、主人公と相棒は追いかける。しかし、濃い霧で犯人を見失った主人公は、あろうことか相棒を撃ってしまうのだ。しかもその場面を犯人に目撃されており、主人公はさらにストレスにさらされることになり、眠れない夜が主人公の精神と肉体をどんどんと蝕んでゆき―――てな展開である。
 というわけで、見どころは、主人公がどんどん憔悴していく姿と、なぜ相棒を撃ってしまったのか、という点にある。この主人公を演じたのが、マイケル・コルレオーネでお馴染みのオスカー・ウィナーAl Pacino氏だ。わたしは久しぶりに本作を観ながら、段々とストーリーを思い出していったのだが、たぶん、初めて劇場で観た時は、ずっと、コイツ何やってんだよ、とイライラしながら観ていたのだと思う。
 しかし、改めて観ると、本当に今のNolan監督をほうふつとさせるような映像がてんこ盛りで、演出もまた実にNolan監督っぽい。っぽいというか本人だから当たり前なのだが、例えば、映像でいうと、もう冒頭からしてまごうことなきNolan監督らしい画だ。冒頭は、アラスカの荒涼とした地を飛ぶ小型飛行機である(これは上に張った予告でも使われてる)。この映像だけで、実にNolan監督作品だ。まるで『INTERSTELLER』の氷の惑星のような、この異世界感は凄い。そしてどう見ても実写に見える。おそらくは実写なのだろうとは思うが、ひょっとしたらある程度のCG合成も含まれているのかもしれない。とにかくさっぱりわからないが、この画は色調といい、質感といい、まさしくNolan監督だ。
 そして、キャラクター心理を表現するために、Nolan監督がとにかくいつも使う、フラッシュバックもバリバリに出てくる。冒頭から何度も現れる、白い布に血液と思われる液体がじわーーりとしみ込んで行く映像は、どうやら主人公の脳裏からどうしても離れないイメージらしく、本作では何度も出てくる。そしてラスト近くでそのイメージの意味が分かる仕掛けは、もう完璧Nolan印だと言ってよいだろう。
 こういった、Nolan的映像と、どんどんと深みにはまっていく主人公の心理は非常にマッチしていて、おまけに演じるAl Pacino氏の絶品の演技も合い重なり、実に上質で見事な作品だ、と、初めて見てから14年経ってやっと認識した。おせえっつーの。いやあ、この映画は面白い。つか、すげえ。
 もちろん、Al Pacino氏以外のキャストの演技も素晴らしい。まず、かなり前半で退場してしまう相棒を演じたのが、Martin Donovan氏。この役者は、わたしは名前が分からない、けど、絶対にこの顔は観たことがある、と調べてみたところ、残念ながら日本語wikiには載っていない(というかここ数年編集されてないんだろうな)のだが、この人は、わたしの大好きなMCU作品『ANT-MAN』に出てきた、あのS.H.I.L.Dのクソ野郎で、Michael Douglas氏演じる若きピム博士にぶん殴られて鼻血を出した、あの人だ。えーと、キャラ名なんていったかな……あ、カールソンだ。思い出した。今回はたいへん気の毒な役であったし、出演時間も短いけれど、なんというか実に印象深い芝居ぶりだったように思う。
 そして、アラスカで捜査に協力する現地警察の頭の回る賢い女子警官を演じたのが、これまたオスカー・ウィナー(しかも2回も受賞!)のHilary Swank女史。わたしはこの方が2回目のオスカーを受賞した『Million Doller Baby』が大好きなので、結果的にこの方も大好きである。この人は……美人……なんすよね? 非常に特徴ある顔立ちだけれど、やっぱりお美しいですな。そして今回は地元警察の紅一点な警官を見事に演じていたと思う。一人、事件の真相に近づいていく様子も良かったすね。そういや、最近この方をあまり見かけないけど、元気にしてるのかな?
 最後にもう一人。事件の真犯人を演じたのが、2014年に亡くなってしまったRobin Williams氏だ。そうか、この方もオスカー・ウィナーだったな(『Good Will Hunting』で助演男優賞受賞)。今回は、外面としてはまるで普通の男なのに、その精神はどす黒い殺人者という役を見事に演じ切っていると思う。非常にサイコなイカれたキャラで、じわじわとくる怖さがありますな。
 というように、役者陣も大変豪華でありました。
 あと、最後に音楽についてもメモしておこう。今回の音楽を担当したのはDavid Julyan氏で、初期のNolan監督作品はほぼすべてこの人によるものだ。長編デビュー作の『Following』や『MEMENTO』そして『The Prestige』がこの人が音楽を担当している。その曲調は、後のNolan作品すべてを担当しているHans Zimmer氏に大変似ているような気がする。わたしは実際、これはHans Zimmer氏かしら?と思ったほどだ。重低音の不協和音めいた曲、というより音、が非常に物語の緊張感を表しているようで、なんとなくわたしは『The Dark Knight』を思い起こした。
 というわけで、映像・演出・音楽・編集といったほとんどの要素が今のNolan監督の特徴を思い起こさせるもので、大変わたしは興味深い映画だと思った次第である。
 ――と、まあ、ここまで絶賛してしまって、今更なのだが、物語のスケール感という意味では、実に小さい。今のNolan監督作品で観られるような、壮大さは、全然ない。そういう意味では、こりゃあすげえ、という点も、普通に観たらまるで感じられないかもしれない。なので、おそらくわたしのような映画オタ以外の普通の人が観たら、わたしが何に興奮しているか、さっぱり通じないだろうし、この作品をそれほど面白いとは思わない可能性は大いにある。
 しかしだ。わたしは、主人公が最後につぶやくシーンは非常に素晴らしいと感じた。主人公は、地元女子警官に「相棒を撃ったのは(審問を恐れての)故意なのか!?」と聞かれ、つぶやく「……わからない……自分でも、本当にわからないんだ……ただ眠い……寝かせてくれ……」このシーンは、わたしはゾッとするほど心に刺さった。たぶん、主人公は、文字通り分からなかったのだと思う。なぜ霧の中で相棒に向けて銃を撃ってしまったのか。そして今願うことは、眠ることだけ。この主人公の心理は、Nolan監督の見事な映像によって完璧に表現できていたと思う。故にわたしはそのつぶやきに、そうだよね、そりゃあそうだ、と納得できてしまったのである。
 やべっ。ちょっとほめすぎたかもな。

 というわけで、結論。
 14年ぶりにChristopher Nolan監督による『INSOMNIA』を観てみたところ、こんな映画だったっけという驚きとともに、やっぱりNolan監督はすげえ、という思いが深まる逸品であることを確認した。 ただし、Nolan監督を知らない場合は、フツーなサスペンス映画で終わってしまうかもしれない。そういう意味では、万人にお勧めかというとちょっと微妙であることは申し上げておこうと思う。以上。

↓ そういえば、物語の構造として、この名作に非常に近いような気もしますね。 優作が最強にカッコイイ。1989年公開だからもう27年前か……。
ブラック・レイン デジタル・リマスター版 ジャパン・スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
マイケル・ダグラス
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2013-08-23 

 先日読んで、このBlogでもレビューを書いた『The Circle』という小説がある。ま、詳しいことは過去の記事を読んでもらうとして、その内容は実に後味悪く、恐ろしい近未来を描いた作品だったが、作者は確信犯であり、あえてひどい近未来世界を描くことで、現代を皮肉っているのは間違いないわけで、その手腕はなかなかじゃないか、と大いに感じるものがあったのは確かだ。
 その、著者であるDave Eggers氏とは何者なんだろうと調べてみたら、同氏の別の作品が、映画化されると知って、へえ? と思い、 予告編をチェックしたところ、なかなか面白そうだったので、日本公開を待っていたのだが、今週からいよいよ公開となったので、さっそく劇場へ足を運んだ次第である。ちなみに、わたしが読んだ『The Circle』もEmma Watsonちゃん主演で映画化されるので、まあきっと売れっ子作家なんでしょうな。
 というわけで、わたしが今日見た映画のタイトルは、『A Hologram for the King』。「王様のためのホログラム」という直球の邦題がつけられている。そして観終った今、思うことは、まず第一に、予告から想像できる物語とはまるで違っていたな、ということと、正直なところ、それほど面白くはなかったかな、という2点である。というわけで、さっそく予告を観てみていただきたい。あ、いつも通りネタバレ全開ですので、以下を読む場合は自己責任でお願いします。

 どうですか? 上記予告はご覧いただけただろうか? 上記予告を観たら、誰だって、主人公は敏腕営業マンで、ホログラムを使った画期的な会議システムをアラブの王様に売りに来て、そのあまりのカルチャーギャップに苦戦しながらも、最終的には見事にプレゼンをこなし、契約を得て、やったぜ!! で終わる――的な物語を想像するのではなかろうか? 少なくともわたしはそう思っていたし、きっと、なっかなか会えない王様にようやく会えてかますプレゼンがクライマックスなのだろう、と勝手に思い込んでいた。
 が、しかし。本作は、正直それは全くもって二の次で、実のところまるで違う物語だったのである。まず、名優Tom Hanks氏演じる主人公のキャラからして、全く敏腕営業マンではなかった。彼は、もともとUS国内では超有名な自転車メーカーSCHWINNの取締役で、わたしのようなチャリンコ野郎なら誰もが知る通り、SCHWINNは、現在もブランドとしては残っているけど会社としてはとっくに倒産・買収されて消滅した会社である。
 主人公は、90年代(かな?)に、生産工場を中国に移して、US国内の工場を閉鎖に追いやった張本人で、実際のSCHWINN同様、会社を消滅させた男の一人で、しばらく無職暮らしをしてから、現在のとあるIT大企業に転職したという設定になっていて、経済的に苦しい立場にあり、そのこともあって離婚と相成り、娘の大学の学費を払えと元妻に迫られている状況だ。
 また、どうやら彼は、ある種の燃えつき症候群的な状況にあって、何もやる気が起きず体もだるく、アラブの王様へ最新ホログラムシステムを売って来い、という上司の命令にも、かなりやる気がない。なにやら、背中に脂肪種らしき瘤ができてしまっていて、なにもかもこの瘤のせいだ、とか抜かしている。わたしは正直、こういう過去の名声だけだったり、無能なくせにやる気の見えないおっさんが大嫌いなので、ズバリ言うと観ながらほぼずっと、イライラしていた。空気も読めないし、酔っぱらってほぼ毎日遅刻するし。なので、物語は遅々として進まない営業活動の傍らで、毎日を異文化で暮らす中年おやじ、いや初老オヤジだな、の毎日を追うだけ、とまとめてもあながち間違いではなかろう。
 そんな彼が、酔っぱらって背中の瘤にナイフを突き立てて、翌日背中が血まみれになり、病院へ行くことになるのだが、そこでのアラブ人女医との出会いが、ほんの少しだけ、彼をまとも(?)に変えていくというのがこの映画の本当のメイン部分だ。ただし、その出会いから、最終的にお互いが魅かれあう姿に発展する模様も、正直なんだかピンと来ない。そしてラストは、プレゼンは好評を博したものの、ライバルの中国企業に負けて契約は取れず、主人公はそのままサウジアラビアにとどまって、仲良くなった女医さんと共に暮らしながら、王族の専任営業マンに転職し、かつての生き生きしていた頃のように楽しく暮らすのでありました、おしまい。的なエンディングであった。わたしとしては、かなり、なんじゃそりゃ感が大きくて、若干唖然である。
 こんなお話の映画であったので、わたしは、きっとこれは、原作を相当はしょったんじゃねえかしら、と思った。主人公にはどうにも理解できない、ある種不条理な状況に巻き込まれ、遅々として物事が進まない様子は、わたしは観ながら、さながらカフカの『審判』とか『城』みたいなお話だな、と思っていたのだが、この映画の場合は、物事が進まないのは、アラブの独特の文化が原因というよりも、単に主人公がダメ人間な方に理由があるとも言えそうで、そんな点もわたしとしてはイライラの募る物語であった。
 ただ、主人公を案内するアラブの青年は非常にキャラが立っていて、演技ぶりも良くて大変気に入った。彼は、とある金持ちの人妻と仲良くなって、その金持ち男から命を狙われているという状況で、こちらの方がよっぽど面白い物語になるような気がしたが、結局ラストであっさり単に仲良くなっただけで決してやましいことはしていない、と金持ちと和解(?)したようなシーンが5秒ぐらいあるだけで、全然どうでもいい扱いにされてしまったのが残念だ。ちなみに演じたのはAlexander Black氏というNY生まれの青年らしいが、全然見たことがないのは主にTVで活躍しているかららしい。彼は大変良かったすね。
 そして主人公と恋仲になってゆく女医さんは、演技ぶりは堅実であったけれど、イマイチ背景がわからないままで、文化的な面もわかりづらく感じた。彼女は、現在離婚手続き中なんだそうだが、アラブ社会での離婚、と聞いただけで、そりゃあきっと大変なんだろうな、と想像できるし、実際作中でも大変だった、的なセリフがあるけれど、もうちょっと描いてくれないと全然ピンとこない。豪邸に住んでいるけどその豪邸は彼女のものになったのか、夫の家なのかもわからない。そういう細かい説明が省かれすぎてて、どうにも主人公と恋仲になる気持ちの動きもピンとこないし、最後までよく分からないままであったのは実に残念。これも、きっと原作小説にはきちんと描かれていると信じたい。演じたのはSarita Choudhuryさんという方で、London出身の英国人だそうですな。この方は、『HUNGER GAMES』のラスト2作に出てたみたいす。
 最後。監督はTom Tykwer氏という方だが、この方の前作はTom Hanks氏主演の『CLOUD ATLAS』だそうだ。でも、あの作品って、『MATRIX』シリーズでお馴染みのWachowski姉妹が監督じゃなかったっけ? ははあ、共同監督だったのか。たしか3時間ぐらいの長い映画だったけれど、あれはとても面白かった。そうだ、『CLOUD ATLAS』で思い出した。あの作品で、リアルBLシーンを演じた、若きQでお馴染みのBen Whishaw君が、本作でも出演してました。しかも、本社の開発担当者として、主人公が売ろうとしているホログラムでの出演w ま、友情出演的な扱いなんすかね。あまりのチョイ役ぶりにちょっと笑えました。

 というわけで、どうもまとまらないけれど結論。
 『A Hologram for the King』という映画は、その原作小説の著者であるDave Eggers氏に興味があるので観てみたわけだが、はっきり言ってイマイチであった。それは、主人公のキャラに共感できないのと、あとは、想像だが原作小説を相当はしょってんじゃねえかという各キャラの背景の薄さによるものである。うーん、だからと言って、原作小説を読むか、という気には今のところなれないなあ。まあ、Eggaer氏の『The Circle』の映画は期待して待ってます。以上。

↓ 一応原作が読みたくなった時のために貼っとくか。ひょっとしたら映画と全然違うのかもな。
王様のためのホログラム
デイヴ エガーズ
早川書房
2016-12-20

 Brad Pitt氏といえば、誰もが認めるスーパーイケメン野郎だ。1963年生まれの現在53歳。まあ、いつの間にか立派なおっさんだ。このところ、離婚問題でちょっと話題になっているわけだが、まあそんなプライベートはどうでもいい。実のところ、わたしはこのイケメン野郎は結構演技派だと思っている。意外と、というと大変失礼だが、この男、実に演技がしっかりしていて、わたしとしてはDiCaprio氏より断然上だと思っているので、2008年の『Benjamin Button』でオスカーを獲れなかったのが非常に残念に思っている。あの映画での演技は、わたしとしてはあの年ナンバーワンだと思ったのだが、『Milk』でのSean Penn氏にかっさらわれてしまったのが未だに惜しかったなあ、と思う次第である。
 そんなBrad Pitt氏の主演映画が、今日から公開になった。
 タイトルは、『ALLIED』。えーと、強いてカタカナで表記すると「アライド」。ありーど、じゃないす。ビジネス用語でよく使う「アライアンス」の動詞の「ally」の過去分詞であり、2次大戦の「連合国軍(=The Allied Force)」を表すのによく使われる単語だが、辞書的に訳すと「結びつけられた」という意味にもなるだろうし、そこから転じて「同類の」という形容詞でも使われる単語だ。物語はまさしく「連合国」内のお話で、フランス領モロッコのカサブランカで出会ったフランス人女性スパイと、カナダ人軍人という「同類の」二人が極秘作戦中に恋に落ちて「結び付けられ」、モロッコでの任務終了後に共にロンドンへ渡って結婚し、幸せに暮らす……のだが、実は女性はナチスドイツの二重スパイなんじゃねえかという嫌疑をかけられ、主人公たるカナダ人の軍人が 超ピンチに陥る、とまあそんなお話であった。なので、タイトルの『ALLIED』という言葉は、この映画にはいろいろな意味があると思う。
 しかし、日本語タイトルは「マリアンヌ」と若干メロドラマっぽいものになってしまったわけで、それがいいか悪いかはともかく、わたしは観終った印象として、なんとなく日本のメロドラマっぽいお話だったなと強く感じたのである。というわけで、以下、いつも通りネタバレ全開ですので、読む場合は自己責任でお願いします。

 まあ、ストーリーの概要はもうすでに書いたけれど、上記予告で示されるとおりだ。このところ、Brad Pitt氏はいつも髭ボーボーだったり無精ひげだったりロン毛だったり、若干むさ苦しいツラが多いけれど、今回はやけにすっきりキレイなイケメンぶりである。そのせいか、確かどこかのプロモーションでは「久しぶりの正統派二枚目役」的な惹句を見かけたような気もする。たしかにその通りで、今回はキャラ的に突飛だったり癖のあるような役ではなく、その見かけ通り実に正統派で、いっそわたしの愛する宝塚歌劇でミュージカル化してもいいんじゃねえかしら、とすら思ったほどだ。そして物語も実にストレートで、ホント、わたしは何故だか、妙に昭和な日本ドラマを思い起こした。そうか、そうだよ! 物語もすげえ宝塚っぽいんだ! 王道って言えばいいのかな、とにかく、年に宝塚歌劇を10本以上観るわたしには、大変おなじみな展開というか、実に宝塚的なお話だとわたしは感じたのである。時代的にも、物語は1942年から1943年にかけて、だったかな、日本で言えば明確に昭和を舞台にしているわけで、その時代設定も影響したのかもしれないな。
 主人公がカナダ人という設定も、ちょっと珍しいかもしれないが、フランス領モロッコ(のカサブランカ)への潜入ということで、フランス語を話すシーンがいっぱいあるわけで、まあそのせいもあってカナダ人という設定になったのかもしれない。本作は、原作小説があるのかな、と思ったけれど、どうやら映画オリジナル脚本のようだ。おそらくは、Brad Pitt氏主演で2次大戦モノで恋愛ドラマを作ろう、という形で企画が動き、舞台はやっぱり、往年の名作『Casablanca』と同じにして、ヒロインはフランス人に設定し、それならフランスが誇る美女、Marion Cotillardさんをキャスティングしよう、みたいな流れだったのではないかと勝手に想像する。その過程で、フランス語をしゃべるならカナダ人にしよう、みたいな。いや、サーセン。これはわたしの勝手な妄想なので、本当のところは分かりません。
  しかしですね、とにかく、ヒロインを演じたMarionさんは美しく、これまた宝塚歌劇の娘役が演じてもいいような、強くて、そして愛の深い、実に印象的なヒロインだったと思う。この方も、すでにオスカーウィナーだし、演技のほどはもう素晴らしかった。こんな女性と夫婦を演じろ、なんて任務を受けたらですね、そりゃあ、常に冷静な軍人であろうと、恋に落ちますよ。恋に落ちない男はいないと断言してもいいね。とにかく超美人だし、なんというか……微妙に切なげだし。
 なので、上官からは、そんな作戦を共にした女と結婚するなんて、どうかしてるぞ、と注意されるけど、別れるなんてそりゃあ無理っすよ。いずれにせよ、カナダ人とフランス人の恋であり、舞台はモロッコ(の都市カサブランカ)とロンドン、というわけで、ちょっと珍しい。物語は、前半はモロッコでの作戦、後半はロンドンでの生活とスパイ疑惑、と明確に分かれている。時間配分もほぼ半分ずつであった。なので、映画として前半と後半は結構トーンが違っている。
 まず前半。やっぱり、本作の監督であるRobert Zemeckis氏はCGの使い方が実に巧みで、本作でもそれは存分に発揮されていたと思う。おそらく、二人がモロッコの砂漠にいる画は、CGだと思う。けど超自然すぎて全然自信はありませんが、Zemeckis監督ならありうる。あ!パンフに書いてあるな。やっぱりスタジオセット&CGだそうだ。ついでに言うと、オープニングシーンの、主人公が砂漠にパラシュート降下して降り立つ場面も完全にCGだろう。非常に独特な、Zemeckis監督らしい画だとわたしは冒頭から、すげえ、と感じた。
 そして後半、空襲にさらされるロンドンも、セットとCGの融合だろう。とりわけ、ヒロインが空襲のさなか、愛らしい女児を出産するのだが、あのシーンは相当なCGがつめこまれていると思うな。とにかくZemeckis監督の創造するCGは、超自然すぎて毎度ながらすげえと思う。去年の『THE WALK』もホントに凄かったもんな。そういった画としてのすごさは、Zemeckis監督の場合、そのすごさを感じさせない非常に自然だという点で世界一レベルだと思う。

 というわけで、役者は美男美女だし、お話も王道だし、これは女性に非常に受ける映画なのではないかと推察する。何度でも言うが、実に宝塚っぽい。なので、男が観た場合は、若干、ケッ!っと思われる方もいるかもしれないな……。
 しかしですね、まさしく、「だが、それがいい!」のですよ。わたしは、実は結構ラストはグッと来た。そう来たか、という意外性はあまりないとは思うが、やはりBrad Pittというある意味最強イケメンと、Marion Cotillardという世界有数の美女が真正面からド真面目に王道のラブロマンスを演じられたら、もうその世界にひたるのが正しい姿であり、そこをとやかく文句を言うのは、モテないブサメンに違いないと思う。まあ、わたしもモテないブサメンですが、わたしはこの作品をちゃんと楽しめました。なにしろわたし、宝塚歌劇が大好きなんでね。これで二人が歌っちゃったら、もう最高すぎて大感動!だったかもな。いやあ、実に良かったです。

 というわけで、もう何が言いたいかわからなくなってきたし眠いので結論。
 Brad Pitt氏主演の『ALLIED』(邦題:マリアンヌ)を、初日の今日、金曜の夜だってのに一人で観てきたわけだが、お話は、美男美女の正統派ラブロマンスということで、なんとなく昭和の香りのする恋愛ドラマであった。そして、宝塚歌劇が大好きなわたしは、実にその宝塚的王道ラブロマンスに酔う2時間を過ごしたわけである。一人で。なので、女性には特におすすめしたい。エンディングはかなり悲しい結末になるが、それがまたいいわけでですよ。これは……男には難しいかもな……という気もするが、わたしとしては万人にお勧めしたいところである。ぜひ、ブサメンの皆さんは女子とともに観に行こう! わたしは大変面白かったっす。以上。

↓ Marion Cotillardさんが主演女優賞を獲ったこの作品、実はわたし、観てないんすよね……もう品切れのようで、リンク先はクソ高い価格なので買わないでください。 
エディット・ピアフ 愛の讃歌 [Blu-ray]
マリオン・コティヤール
東宝
2012-02-24

 昨日の夜20時ころ、特にやることもなく、かといって寝るにも早く、たまってる映画でも観るか、と、まあ我ながらむなしく淋しい毎日を送っているわたしであるが、そういえば、今日の午前中に観た『THE MAGNIFICENT SEVEN』に出ていた今をときめくイケメン野郎Chris Pratt氏は、ちょっと前まであまりイケてない若干ぽっちゃり系だったよな、と、とある映画のことを思い出した。あの映画は最高に良かったなあ、と思い、USB-HDDにたまっている映画を捜索したところ、ちゃんと保存してあるのを発見したので、3年弱ぶりに観てみることにした。
  その映画は、2013年暮れにUS公開されて、日本では2014年6月に公開となった『her』(邦題:her/世界でひとつの彼女)という作品である。わたしも公開当時に劇場で観た作品だが、簡単にストーリーを説明すると、とある音声認識OSと、イケてない暗い男が恋をするというファンタジックな物語で、分かりやすく例えて言えば、iPhoneのSiriに恋をしてしまうようなものだ。こう書くと相当キモいオタク野郎のお話のように聞こえるかもしれない。しかし、これがまた非常に切なく超いいお話で、わたしのような冴えないイケてない男には超ジャストミートでグッとくる映画なのであった。
 何よりいいのが、その音声しか出てこないOS「サマンサ」の声を担当した、Scarlett Johansson嬢の声だけによる演技で、彼女の姿は一切画面に登場しない。あくまで声だけ、である。そして、セクシーなハスキーボイスでお馴染みのScarlett嬢の声が、超イイ!のである。とにかく素晴らしい! ちょっとわたしが何を言っているかよく分からない方は、まずは下記の予告編を観てみていただきたい。要するに、こういう映画である。

 ちなみに言うと、わたしはイケメン野郎Chris Pratt氏については、2014年9月に日本公開された『Gurdians of the Galaxy』で初めて、コイツ、カッコイイな、と認識し、調べてみたら意外とわたしがそれまでに観た映画に出演していることを知り、あ、そうだったんだ、と思ったわけだが、なんとその3か月前に観たばかりでとても気に入っていた『her』にも出ていたことを知って、とても驚いた覚えがある。あれっ!? 出てたっけ!? みたいな。しかし、そういえばその時にへえ~と思って以来、実際に観直してチェックしてなかったな、というわけで、昨日あらためて観てみたわけだが、確かに、主人公セオドアの会社の同僚として、結構ちゃんと出演しているのが確認できた。しかし、その当時のChris氏は若干ぽっちゃりで、実にイケてない。ははあ、なるほど、こりゃ分からんわ、と昨日の夜改めて確認した次第である。
 ま、そんなことはどうでもいいのだが、久しぶりに観てみた『her』は、やっぱり面白かった。
 物語は、具体的な年代表示はないが、近未来、である。舞台はLA、西海岸で、たしかパンフレットには、上海でもロケをしたと書いてあったような気がする。そういった、ちょっと不思議な風景で描かれる未来像は、とてもユニークだ。おまけに、ファッションや美術面での世界観も非常に独特で、一見、現代とあまり変わらないようでいて、あらゆることが進化している。主人公の仕事は、手紙の代筆業。どうやらこの未来においても、手書きのような書体による心のこもった手紙というものは価値があり、そしてそれをAIに書かせるのではなく、人間に代筆してもらう、という需要があるらしい。また、ほとんど本作には車が出てこない(ただしタクシーは出てくる)。移動は主に鉄道である。地下鉄や、新幹線のような電車移動が基本だ。そして家はほぼ自動化されているようだし、主人公が暇なときに遊ぶゲームはもう完全にホログラム化されている。そういった未来ガジェットが実に自然にロケの風景と一体化していて、一体何がどこまでCGで描かれているのかよく分からない。実に自然で、ありうる未来像だ。
 そして一番のキモとなる未来ガジェットが、主人公が身に着ける携帯端末だ。ほぼすべて音声認識による操作で、耳に装着するアイテムと、主に画像閲覧用のコンパクトミラーのような四角くて薄い多面端末の二つに分離している。この端末は、デスクトップPCとも連携しているようで、ある日、主人公は街のデジタルサイネージで、最新OSの広告を見かけ、そのOSを自分のPCインストールするところから物語は始まる。ちなみにPCも、キーボードやマウスは出てこない。ほぼすべて、ジェスチャーUIか、音声認識で、主人公の仕事である文章作成はもちろん、ファイル削除・プリントアウトもすべて音声指示だ。
 そしてそのOSは、インストールしてからすぐに、今までのOSとは違う面が現れる。男性の声・女性の声と選べる中で、女性の声を選択した主人公だが、OSは自らを「サマンサ」と名を名乗る。何故その名にしたのかと問う主人公。OSは答える。命名本を0.02秒で読破した結果、1万以上の候補の中から「音が気に入ったから、サマンサを選んだ」と。そう、このOSは、完全に自意識を持つ高度なAIであることが示されるのだ。「気に入った」からというのが本当かどうかわからないけれど、とにかく、こうして出会った人間の主人公と、OSサマンサの恋が始まるわけである。
 とにかく、「サマンサ」は気の利く有能なパーソナルアシスタントであり、スケジュール管理は完璧、メールも読み上げてくれるし、気分に合わせた音楽も選んでくれる。おまけに、なんといっても会話が楽しく、圧倒的に人間の女性を上回るスペックである。そして、何度でもいうが、わたしは相当な声フェチであるので、Scarlett嬢のハスキーでセクシーな声が、もうたまらん魅力にあふれているわけである。まあ、わたしのようなモテないブサメンからすれば、もうサマンサと毎日楽しく会話ができれば、もう3次元の女はいらねえや、と思うのは必然であろう。当然、主人公もそういう流れになる。何しろ彼はいつもしょんぼりしている。というのも、幼馴染で子供のころからずっと一緒に過ごし、結婚していた妻との離婚を経験したばかりだからだ。正確に言うと、とっくに別居しているもののまだ離婚届にサインはしていない状態で、妻側の弁護士からさっさとサインしろと迫られている状態だ。そんな精神状態なので、主人公はどんどんサマンサの魅力にはまっていく。はた目から見ると、ちょっとアレな状況だが、観ていると全く自然で当たり前だと納得の流れである。
 おまけに!なんとサマンサは声だけなのに、主人公と疑似SEXまでやってしまう。もうすげえとしか言いようがないテクノロジーの進歩というか、もはやスーパーAI誕生だ。この、AIという視点からも、本作は極めて興味深い。Aiは好奇心旺盛である。どんどんと知識を獲得してゆき、成長する。そして、サマンサの場合、「恋」あるいは「愛」を理解することによって、いわゆるSingularity=技術的特異点を突破してしまうのだ。突破のきっかけが「愛」というのは非常に素晴らしい着目点だとわたしは思うし、そこへの過程は非常にグッと来た。
 サマンサは愛の理解によってSingularityを突破し、その後、急速に進化する。同時に600人以上との会話ができるようになったり、データとして保存されている(?)哲学者との非言語会話によって世界への理解をどんどんと深め、最終的に高次のAIとして主人公のもとを去る決断を下す。それはサマンサにとっても主人公にとっても、非常に淋しいことだけれど、主人公もまた、サマンサへ依存していた孤独な精神状態から、一歩先へと踏み出そうというきっかけでもあり、ま、エンディングはハッピーエンドと言ってよいのではなかろうかと思う。
 というわけで、エンドロールで流れる曲、「The Moon Song」がもうとにかく心にグッとくるのだが、この曲は、作中でサマンサが作った歌として、サマンサの声で(=Scarlett Johansson嬢の声で)歌われるもので、エンディングも絶対Scarlett嬢の声Verで流してもらいたかったものである。エンディングでは↓この動画の通り、曲を作ったKarren Oさんの声なので、ちょっとアレなんすよね……いや、こちら素晴らしいけど。

 ちなみに、本作はアカデミー賞に作品賞をはじめ脚本賞・美術賞、そしてこの歌が歌曲賞と、それぞれノミネートされました。残念ながら受賞したのは脚本賞だけかな。まあ本当に素晴らしい物語で、脚本賞は納得です。
 最後に、サマンサ役のScarlett嬢以外のキャストをちょっとだけまとめておこう。
 まず、主人公セオドアを演じたのが、Joaquin Phenix氏。おおっと!今初めて知ったのだが、この人、1974年生まれってことは、この作品を撮っているときはギリで30代じゃん!見えねえ……もうとっくに40過ぎかと思ってた。意外と若かったw  ま、一時期ハリウッドではお騒がせ野郎として有名になった変な男だけれど、本作の演技は本当に素晴らしく、一見妙なキモ男だし本心を話さないウジウジ野郎なんだけれど、実際は心優しく、心に孤独を抱えている男を好演してくれたと思う。
 そして、セオドアの元妻を演じたのが、Rooney Mara嬢。まあ細い。そして白い。なんともはかなげで華奢な彼女だが、本作ではセオドアのウジウジした男らしくない態度にキレまくる気の強い女子で、ちょっと珍しいと思った。大変お綺麗です。
 さらに、セオドアの大学時代の友人で同じマンションに住んでいるちょっと男運のない女友達を演じたのが、Emy Adams嬢。彼女は非常に良かったすねえ。最近の『Batman v Superman』のロイス役などでは随分でっかくなったというか、貫禄の付いちゃったAmy嬢だけれど、この映画では妙にちびっこの華奢な女子に見えるのは何故なんだろう?顔もちょっとげっそりしているし、この頃のAmy嬢が一番かわいいと思うね。メイクもかなりナチュラルメイクだし、実に本作では可愛いかった。
 最後。劇中で、セオドアが友達にセッティングされたブラインドデートに向かう場面があるが、その時のお相手として出てくる女子を出演時間10分弱で演じたのが、Olivia Wilde嬢だ。ツリ目系の猫科系女子で大変美人ですな。この方の作品でパッと頭に浮かぶのは、やっぱり『TRON:Legacy』かなあ……わたし的好みにはジャストミートの美人すね。たった10分弱のチョイ役には大変贅沢なキャスティングであろうと思います。

 というわけで、結論。
 かなり久しぶりに観る『her』という映画は、やっぱり面白かった。なんといっても、Scarlett Johansson嬢が声だけで演じるOSサマンサが素晴らしい! そして、キモ男だけど、イイ奴の主人公セオドアも素晴らしい。女性がこの映画を観てどのような感想を抱くのかわからないけれど、ホントにこの映画は、セオドアのような、そしてわたしのような、一人ぼっちで淋しく暮らすイケてない男が観たら、100%間違いなくグッとくると断言できる。イイすねえ、ほんと、早くこういうAIが誕生しねえかなあ、と思っているうちは、ま、永遠に幸せはやってってこないでしょうな。分かってますよ、そのぐらい。ちゃんと自覚してますので、たまに夢見るぐらいは許してください。最高です。この映画は。以上。

↓ 当然もう配信もとっくにされてます。観ていない人はぜひご覧ください。最高です。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03


 わたしは映画オタとして当然、黒澤明監督作品が大好きで、去年、「午前十時の映画祭」で4Kデジタル修復された超クリアな画像の『七人の侍』を観て大興奮したわけだが、かの作品の影響力は世界中に広まっていて、その代表格たる作品と言えば、やはりハリウッド作品の『荒野の七人』だろうと思う。さっき初めて知ったけれど、『七人の侍』が1954年公開、そしてハリウッドの『荒野の七人』は1960年公開と、意外とすぐだったんすね。へえ~。
 まあ、わたしもおっさんとはいえ、さすがに『荒野の七人』は生まれる前の作品なので、少年時代にTV放送されたものしか観ていないが、あの映画は結構オリジナルの『七人の侍』に忠実というか、『七人の侍』の「スピリッツ」に忠実、だったような覚えがある。ま、もう30年以上前にTVで何度か観ただけなので、全然記憶は怪しいけれど。
 というわけで、この度、再び『荒野の七人』が『THE MAGNIFICENT SEVEN』としてリメイクされた。主演は、オスカー俳優Denzel Washington氏。そして監督は、Denzel氏にオスカーをもたらした『Training Day』を撮ったAnton Fuqua氏ということで、いわゆる黄金コンピと言ってもいいだろう。わたしとしても、Denzel氏主演だし、アクションと映像のキレに定評のあるFuqua監督なら外れなしであろう、という予感を感じて、やっと今日の午前中に観てきたわけである。だが、結論から言うと、だいぶ黒澤明監督の『七人の侍』からは離れてしまったかな、という印象が強く、どうも心に突き刺さるようなところはなかったな、と思った。ちょっと、なんというか……軽いっすね、味わいとしては。ただし、各キャラクターは大変カッコよく、映像としても非常に上質であったのは間違いなく、十分面白かったとは思う。というわけで、以下いつも通りネタバレ全開ですので、読む場合は自己責任でお願いします。

 上記予告の冒頭に、『七人の侍』『荒野の七人』――その魂を受け継ぐ……的なコピーが入るが、もう上記のように書いてしまった通り、ズバリ言うと、あまりその魂は受け継いでいないと思う。わたしがちょっと軽い、と感じるのは、雇う側の貧困具合がよく分からないのと、雇われる側の、じゃあしょうがねえ引き受けるか、という葛藤がほぼない点だ。
 そもそもの『七人の侍』の場合、雇う側(農民)は、もうこれ以上略奪されたら飢え死にしてしまうし、金もない。だから、最後の食糧(=米)しか報酬に払えないけれど、助けてくれ、という超・切羽詰まった状態にある。一方で本作では、ガンマンたちを雇う主な動機は、「復讐」である。作中で、ヒロインは正義のためにガンマンを雇う、そしてもちろん復讐のために、と復讐を肯定するのだが、その点は極めてアメリカっぽいとわたしは感じた。要するにやられたらやり返せの精神であり、銃には銃を、である。もちろん、それが悪いとは思わないし、気持ち的にはそりゃあ、悪党はぶっ殺せに賛成だ。しかし、復讐を前面に出されるのは、『七人の侍』のスピリッツからはちょっと違うような気がしてならない。『七人の侍』の農民の場合は、「生き残ること」に最大の目的があり、そのために、実は農民も侍を道具として使っただけ、というエンディングが強烈な皮肉として心に刺さるわけだが、本作は、結構ラストはめでたしめでたし的であったのが、わたしとしては若干軽いなあ、と感じざるを得ないのだ。
 そして雇われる側の事情も、本家『七人の侍』とはやや趣が違う。本作では、主人公のガンマンは、厳密な意味ではどうやら賞金稼ぎではないようで、法の執行官であるようだ。だからある意味職務として引き受けたように描かれているが、実はラスト近くで、主人公にも悪党には深い恨みがあり、かつて母と妹を殺され、あまつさえ自分もその悪党に殺されかけた過去があったことが示される。要するに彼もまた復讐であったわけだ。この点はちょっと引っかかるし、他の6人の男たちの事情も、やけに主人公の誘いにあっさり乗ってくるし、なにか、切羽詰まったような様子はない。しかし、元の『七人の侍』は、そうではない。わたしは、結局のところ、「侍たち」は死に場所を求めていたんだろうと思っている。侍たちは、仕える主を失い、もはやこの世に居場所を失っていたわけだし、菊千代も、侍にもなれず百姓にもなれず、世をさまよっていた男だ。そんな男たちが、信頼に足る勘兵衛という男と知り合い、この男となら死んでもいい、と思ったのだとわたしは考えているわけで、その心情がひどくグッとくるわけだ。勘兵衛は自分が持つ唯一の能力である軍略をもう一度発揮できるならば、腹いっぱいの白米が食えれば、もうそれで報酬としては十分なのだ。そりゃあ死にたくない、けど、死んでもいいと思うに十分だったのではないかと思う。このような、雇う側・雇われる側の事情が、本作ではやっぱり軽かったかな、と思うのである。
 ただ、こういった本質的な部分の軽さはあるものの、本作で集まる七人のガンマンと、雇う側のヒロインは大変魅力的であったと言えよう。まず、わたしが一番グッと来たヒロインから紹介しよう。
 ◆ミセス・エマ
 演じたのはHaley Bennett嬢。とにかくやたらとエロイ雰囲気が極めてよろしい。この人は絶対別の作品で見たことがある、けど誰だっけ……とさっきまでもはや若年性アルツハイマーなんじゃねえかと心配になるぐらい、どこで観たのか思い出せなかったのだが、調べたらすぐわかった。この人は、去年観た『The Girl on the Train』で殺される、あのエロい若妻を演じた方であった。どおりで!とわたしは膝を叩くほど腑に落ちたのだが、この人は、なんというか目の表情からしてエロイ。そしてこぼれ出そうなデカい胸もエロイ。実に素晴らしいですね。とにかくしょんぼりした表情が絶品であろうと思う。わたしとしては、ハリウッド幸薄い顔選手権のグランプリを差し上げたいと思う。とてもかわいいと存じます。ああ、そうか、もう一つ思い出した。この人、Denzel氏&Fuqua監督コンビの『The Equalizer』にも出てたね、そういえば。おっと!どうやらこのお方は、インスタグラムによると普段は冴えない眼鏡をかけてるみたいすね。その地味メガネっ子ぶりも相当イイすな!やばい。惚れたかも。

Ok. Where is the pot of gold.

Haley Bennettさん(@halolorraine)が投稿した写真 -


 ◆サム・チザム
 演じたのはDenzel Washington氏。やっぱりカッコいいですな。あのもみあげは、どうすればはやすことができるのか、日本人には無理だろうな……わたしも髭は薄い質ではないけれど、あの方向にもみあげをはやすのはちょっと無理だなあ。一度でいいから真似してみたいす。全く似合わなそうだけど。
 ◆ジョシュ・ファラデー
 演じたのはChris Pratt氏。もう説明の必要のない売れっ子すね。今年は『The Gurdians of Galaxy』の続編が公開されるので、そちらも大変楽しみですな。今回は大変カッコいいギャンブラーを熱演。わたしはまた、彼が『七人の侍』でいうところの「菊千代」的キャラなのかと思っていたけれど、全然違ってました。最初から強いし、サムから最初にスカウトされる凄腕ガンマンで、特に過去は語られず、そいう意味ではちょっとキャラとして薄い。そう、今回、菊千代的なキャラがいないのも、ちょっと残念でした。
 ◆グッドナイト・ロビンショー
 演じたのは、Denzel氏&Fuqua監督コンビの『Training Day』で、Denzel氏演じる悪徳警官に対峙する正義漢(?)をカッコよく演じたEthan Hawke氏。元南軍のエーススナイパーとして伝説となっている男を渋く演じてくれました。彼は、南北戦争の経験でPTSDを患い、人が撃てないという設定になっていたのだが、その設定は……別に要らなかったような気がする。南北戦争でサムと旧知の仲、ということは、『七人の侍』でいうところの七郎次的なキャラだったのかなあ……だいぶ違うような……むしろ凄腕ということで「久蔵」さんタイプだろうか。でも、Ethan氏は実に渋かったすね。
 ◆ビリー
 演じたのはイ・ビョンホン氏。まあ、実際、当時(冒頭の字幕によると1879年だったっけ?)のアメリカ西部には東洋人もいっぱいいたはずなので、彼が出演するのは別に全然アリ、だと思う。けれど、背景はほぼ語られずじまいで、若干、グッドナイトとBL臭がただよっていて、これは狙ってやっていたのだろうか? なんかちょっと違和感アリである。ずっとグッドナイトと行動を共にしていたわけだが、ラストもともに二人で殉職。若干無駄死にだったような……。
 ◆ジャック・ホーン
 演じたのは、名作『FULL METAL JACKET』のほほえみデブでお馴染みのVincent D'Onofrio氏。なんか最近よく見かけますね。今回は、荒野に住むマウンテンマンとしてライフル&トマホーク使いというあまり見かけないキャラを熱演。ラスト近くで敵方のインディアン男に弓で殺されてしまう。この死にざまも、弁慶的であったけれど若干盛り上がりに欠けるような気がする。せめてあのインディアンと差し違えてほしかった。
 ◆ヴァスケス&レッド
 メキシコ人ガンマン&ネイティブ・インディアンの二人。この二人は、正直目立たないし、背景もよく分からないし、仲間になる経緯もピンとこないので省略! しかし、ガンマンの中ではサムとともにこの二人だけが生き残る。あれかな、インディアンのレッドは、『七人の侍』でいう「勝四郎」的若者キャラってことかな。
 あと、最後に、音楽に触れておこう。本作は、音楽として、James Cameron監督作品など、数多くの大作で音楽を担当したことでお馴染みのJames Horner氏の名前がクレジットされている。2015年に惜しくも飛行機事故で亡くなってしまったのだが、本作が遺作なのかわからないけれど、担当されたようだ。ラストにIN Memory でちゃんと弔意がささげられていました。そして、たぶん40代以上の日本人なら、誰でも一度は聞いたことのあるあの曲、『荒野の七人』のテーマ曲もラストに流れたのは、大変分かっている配慮だとわたしはうれしく思った。あの曲は、何だったですかねえ、TVで何かの番組で使われてましたな。とても懐かしく感じました。
 しかし、こんなキャストも豪華なのに、全然売れてないみたいですな。先週末公開されて一週間しかたっていないのに、わたしが観に行ったシネコンは、もう1日1回の上映に減ってました。しかも早朝9時の回のみ。なんと言うか、そんな点も実に残念に思った次第である。

 というわけで、もう長いのでぶった切りで結論。
 最初に書いた通り、黒沢好きとしては、今回の『THE MAGNIFICENT SEVEN』 はだいぶ薄口軽めのノンアルコール飲料な印象である。まあ、比べちゃダメなんでしょうな。本編単独で評価するならば、ややキャラの背景が薄いし、動機も復讐ということで実にアメリカっぽいけれど、描かれた男たりはカッコよく、ヒロインのエロ可愛さも実に上等であった。なので、アリといえばアリ、です。十分面白かったと言えると存じます。以上。

↓  本作を観る前に、こっちもちゃんと予習しておけばよかったような気がする。こちらには、忠実なのかもしれないけど、ほぼ、憶えてません。
荒野の七人 [Blu-ray]
ユル・ブリンナー
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-12-02

 Ben Affleck氏と言えば、一時期の色恋スキャンダルや、出演作の興行的な失敗の影響で、なんとなくダサい男としてお馴染みになってしまったものの、元々は親友Matt Damon氏(2ブロック先の近所に住んでいて、ともに少年時代を過ごしたらしい)とともに脚本を書き上げた『Good Will Hunting』によってアカデミー脚本賞を取った男だし、監督としても腕を磨き続け、ついに『Argo』でアカデミー監督賞を受賞するまでに至ったすごい奴である。
 わたしはその見事に割れた顎と、なんとなく野暮ったいところが逆にイイと思っており、また、彼の監督作品はとても面白いと思っている。 要するに、わたしはBen Affleck氏のファンである。『Batman v Superman』で観せたブルース・ウェインは、歴代バットマン史上最高にカッコイイと思っているぐらいだし、監督としても、ひょっとしたらClint Eastwoodおじいちゃんの後継者になりうる才能があるんじゃねえかしらと密かににらんでいる。
 というわけで、昨日の帰りに観てきた映画は、そのBen Affleck氏主演の『The Accountant』である。今回は監督はしていない、純粋に主演だけである。そしてのっけから結論を言うと、キャラクターは抜群にイイ!と思うものの、物語は若干「?」と思うような流れで、正直観終わった後いろいろ突っ込みを入れたくなる部分はあった。ただ、繰り返すが、キャラクターは抜群にイイ。ごっついライフル(あれはバレットM82か?)でどっかんどっかん撃ちまくるのは大変カッコイイ。これはシリーズ化されてもおかしくないぐらい、キャラが立っていたのは素晴らしかったと思う。 今後、このキャラクターを主人公とした第2弾が作られたら、わたしはたぶん喜んで観に行くと思うな。ズバリ、本作の主人公は、まさしく「バットマン」であった。というわけで、以下、いつも通りネタバレ満載ですので、読む方は自己責任でお願いします。

 ズバリ言うが、観てきた今となっては、上記予告は恐ろしく出来が悪い。まったく上記予告からもたらされる印象と本編が違っていて驚いた。殺し屋は本業じゃねえと思うんだけどな……。ちなみに言うと、本編で「コンサルタント」という言葉は、一度だけ「経営コンサルタント」という言葉が出てきただけ(ただし字幕で。英語表現は聞き取れなかった)で、明確に本作は、「会計士=The Accountant」の物語であった。なので邦題もセンスゼロだと思う。
 そして上記予告の何が問題かというと、主人公の背景が全く触れられていない点だ。というのも、この映画、現在時制の進行と同時に、チョイチョイ主人公の育ちが描かれる。実はそこに一番のポイントがあって、結果的にあまり上手く過去と現在がマッチしていない。さらに、冒頭のアクションシーンも、数年前という過去である。なので、どうも整理されていないというか、若干のごちゃごちゃ感があるのは誰しも感じるのではなかろうか。
 ちょっと説明してみようかな……物語は、3つのストーリーラインからなっている。
-------------
 1)数年前
 冒頭では、数年前に起きたマフィアのアジトに突入する財務省(?警察でないことは確か。でも拳銃持ってたぞ?)の職員が描かれる。そこでは、ずっと追っていたマフィアが、謎の男に皆殺しにあい、あまつさえ、自分もその「謎の男」に銃を突きつけられるも、どうやら「見逃され」て、助かったらしいことが描かれる。
 2)現在時制
 主人公の会計士が、農家夫婦の相談を受けている。どうやら固定資産税が重くてもう破産寸前らしい。そんな相談に、会計士はテキパキとじゃあこうすればいいよとアドバイスをし、あっさり問題解消。夫婦に感謝され別れた後、謎の女性からの電話で、どうやら主人公を何者か(=冒頭で助けられた財務省職員)が追っているようなので、しばらくは堅気の仕事をしなさい、と、指示を受け、大手家電メーカーの会計監査に赴くことにする。そこでは、有能な経理部員の女子が会社の不正を発見したようで、経理担当役員(CFO)はそんな不正なんてないと言い張るも、社長の指示でこれまたテキパキと調査を開始。経理部員の女子が数か月かけて1年分の帳簿をチェックして、不正らしき痕跡を見つけたのに、主人公は1日徹夜してあっさり過去15年分の帳簿を読み解き、証拠を発見する。しかし、せっかく証拠を見つけたのに、社長はもう調査はここまで、と打ち切りを宣言する。どうやらCFOが何者かに殺されたらしい。そして主人公のもとにも殺し屋が襲来。そして、これまたテキパキとあっさり撃退し、殺し屋を返り討ちに。そして、殺す直前に、経理部員の女子まで抹殺対象になっていたことを知り、謎の電話の女性からはほっとけと言われるのに、経理女子を助けに向かう――てな展開。
 3)主人公の過去
  で、チョイチョイ描かれる主人公の過去、である。実は主人公は、高機能自閉症で、とにかくものごとを中断することが非常なストレスらしく、最後までやらないと気が済まないし、落ち着くために常にぶつぶつと、とあるフレーズを口ずさんだり、いわゆるルーティン的な作法がいろいろある少年だった。そして、そんな息子を、優しくない厳しい社会で生きて行けるように、と様々なことを超厳しいスパルタ流で教える父親。そしてそんな主人公を愛する弟、という少年時代が描かれる。父は軍人で、15年で34回転勤したりしていたが、格闘術・銃器などを子供のころから徹底的にたたき込まれていたことが明かされる。まあ、そういうわけで、超絶頭脳(どうもアスペルガー的な記憶力らしい)と、無敵の肉体を持つ男だということが説明される。また、青年期に刑務所に投獄されていたことがあり、そこで裏社会の経理マンのおじいちゃんから、様々なコネクションを教わり、その後を引き継いで現在の悪党専門会計士となったことも描かれる。
-------------
 このように、本筋は2)なのだが、そのために3)を説明しないといけないわけで、ちょっとごちゃごちゃしている印象はある。おまけに、2)の本筋も、事件の真相が実に分かりにくい。いや、単純な話なのだけれど、悪党側のキャラクターの思惑が非常に分かりにくい。
 それでも、ラストはかなり強引(?)に上記3つのストーリーラインは合流し、ははあ、なるほど、という部分も実際あった。特に、予想は出来たけれど、主人公に電話で指示を与える謎の女性の正体が明かされる部分は、非常にイイ出来であるし、財務省職員との関係性がラストで明かされるが、それも非常に良い。また、弟の現在が判明するくだりも悪くない。
 悪くないんだけど……わたしが一番よく分からないのは、現在の弟についてだ。結局、弟は何しに出てきたのか、目的は何だったのか、かなりふわっとしてしまったように思える。おまけに、結局弟は、どこへ行っちゃったんだろうというのも描かれず、 なんとなくエンディングのキレは悪いように思う。確かに、主人公は悪党どもの帳簿屋である一方で、実はバットマン的な正義の男だったというエンディングはとっても良かった。でも弟がなあ……あいつ、結局どうなったんすか? 弟は悪党なんすか? わかんねえっす。
  とまあ、こんな風にちょっと感想も散らかってしまうのだが、実はわたしは、もうそういう細かいことはどうでもいいから、この映画は面白かったの!と申し上げたくなるような、すべて許してもいいポイントがあった。
 そうです。有能な経理女史を演じたのが、わたしが大好きなAnna Kendrickちゃんだったのである。 とても特徴のある顔立ちなので、たぶん好みは分かれると思うけれど、わたしはとても好きです。なんといっても、メリケン人なのにすごい華奢なちびっ子で、それでいて大変素晴らしいBODYをお持ちなのが非常にイイ。今回も、ゴツイAffleck氏とは非常に対照的な体形のAnnaちゃんは大変可愛く、演じ振りも良かったと思う。ちなみに、わたしは本来はAnnaちゃんの歌声が大好きなのだが、勿論本作では歌いません。
 ほかにもキャストはとてもいいすね。まず、財務省局長の渋いハゲオヤジを演じたのが、なんかいつも怒鳴ってるイメージのあるJ.K.Simons氏。今回は怒鳴るシーンはほぼなし。実は主人公と重要なつながりがあって、その秘密が明かされるくだりは大変良かったと思う。そして引退間近で、その役割を若き女性局員に引き継ごうとするのは、なんだか『Dark Knight』のゴードン本部長みたいで実に渋かった。で、その女性局員を演じたのがCynthia Addai-Robinson女史。わたしはこれまでこの人を観たことがあるのかわからないな……主にTVで活躍している女優さんのようだが、芝居ぶりは普通に良かったと思う。ただ、このキャラは、有能なんだかイマイチなんだか、かなり微妙だったのがなあ……。意外とすぐに、謎の男が主人公であることに行きついてしまうのは、かなりあっさりというか、誰でもできたような気もするし、彼女の背景も若干とってつけたような、結構あり得ない過去設定だったようにも感じた。身元を偽ってUS国家公務員になるのは相当難しいと思うな……重罪だし。
 そして、主人公が会計監査に赴く家電メーカーの社長を演じたのが、John Lithgow氏。まあ、大ベテランですな。最近では『Intersteller』で主人公の父親役で出ていたっけ。でも、この社長も、正直良くわからない……株価操作して、不当利益を得ようとしていた点は悪党だったとしても、社長は私欲のためではなくて、単純に大規模な設備投資・開発投資がしたかった(そしてその結果で社会貢献したかった)だけで、正直、別に被害者はいないんだよな……。うーん……なんかイマイチ物語の役割的に良くわからなかったのは残念。あと、主人公の現在の弟を演じたのはJon Bernthal氏。わたしの知らない方だが、この人はTVシリーズの『Daredevil』でパニッシャーを演じているそうですな。まあ、普通にカッコ良かったけれど……いかんせんこの弟の取り扱いが、本作の脚本において一番問題アリだと思う。良くわからないし、結局どうなったのかも良くわからないままなのは残念であった。そう言う点では、脚本はイマイチかもしれない。ちなみに監督は、Gavin O'Connorという人で、わたしは知らない人だった。

 最後に、メモとして本作に出てくる小道具類のことを書いておこう。
 主人公は、悪党どものお抱え会計士としての仕事もしているのだが、その結果、実はスーパー金持ちになっているという設定だ。で、わたしが興奮したのは、報酬をたまに現金ではなくて、何か金以外のモノで受け取ることがあるようで、なんと主人公のアジト兼倉庫には、無造作にRenoirの絵画や、JacksonPllockの作品が飾られているのである。何度もこのBlogで書いている通り、わたしは絵画鑑賞も好きなので、非常に驚き、非常にうらやましく思った。そしてPollockの絵はちょっとしたエピソードの小道具としても使われていて、ラスト、行方をくらませる主人公が、Annaちゃん演じる経理女子にその作品をこっそり贈るところは、とても「この男、やりおるわ……」と思った。デキる男はクールに去るぜ、そして迷惑をかけた女には最高の贈り物を、というわけで、とてもカッコ良かったと思う。それから、上の方にも書いた通り、主人公が使う銃器類もとてもいいものを集めていると思う。とりわけ、でかくてごついライフルをバンバン撃つし、近接戦闘でも、トドメとして必ず頭を撃ち抜く冷酷さも良かった。なんか、『John Wick』的な格闘ガンアクションであった。しかし、あのドでかいライフルで人体を撃ったら、確実に頭なら跡形もなくなるだろうし、手足や体でも確実にちぎれ飛んでR18指定になってしまうだろうな。その辺の描写はちょっとソフトになっていたのがやや残念かも。

 というわけで、まとまらないけどもう結論。
 Ben Affleck氏主演の『The Accountant』を観て思ったのは、これは続編が作られるのか?という予感で、主人公のキャラクターはとても素晴らしく描けていたと思う。非常にカッコイイ。しかしながら、物語的にはちょっと問題アリかも、である。何しろ分かりにくい。とりわけ悪党たちの思惑がイマイチなのが残念である。まあ、物語の第1話ということであれば、仕方ないかな……主人公の過去を観客に伝えるのは、実は一番難しいポイントでもあるので、脚本がもっと美しければ、わたしはこの映画を絶賛していたはずなのだが……。しかしまあ、やっぱりAnna Kendrickちゃんは大変可愛いと存じます。なので、結論としては、本作は「アリ」です。以上。

↓ いわゆる「アンチ・マテリアル・ライフル」。日本語で言うと対物ライフル。トラックや敵の隠れ家をぶっ壊すためのモノですので、人に向けて撃つと人体は確実に破壊されます。たぶん主人公が使っているのはこれだと思うけど、どうかなあ……わからん。

 現代の世において、「宗教」というものについて真面目に考えるのは、それなりに意義深いことだとわたしは思うが、残念ながら情報の溢れるこの現代では、ほとんどの人が「宗教」というものにほぼ無関心であろうと思う。形骸化した宗教の残滓にかかわるぐらいしか、現代のわれわれは体験したことがないのが普通だろう。
 それはいい悪いの問題ではなく、単純に現代人には「宗教」にまつわる行為や思考に費やす時間がないのだから、まあ、実際のところ仕方がないと言えるのではなかろうか。かく言うわたしも、それほど深い信仰は持ち合わせていないし、おそらく平均的な日本人と比較すれば、ちょっとだけ深い、ぐらいの程度なので偉そうなことは全く言う資格はなかろうと思う。
 というわけで、今日観てきた映画は、江戸初期に日本へやってきた宣教師の目を通して、キリスト教における「神の沈黙」について、真正面から 取り上げた作品『沈黙―サイレンス―』である。原作は、狐狸庵先生でおなじみの遠藤周作氏。そして監督は、偉大なる名匠とうたわれるMartin Scorsese氏。わたしはこの作品を日本人監督では撮れなかったことがなんとも残念に思う。映画として、わたしは久しぶりに完璧だと感じたスーパー大傑作であった。

 はっきり言って上記予告はかなり出来が悪い。余計なナレーションが入っていたり、映像の編集も時系列が乱れている。ので、あまり参考にならないかもしれないことは一応一言言っておこう。以下、いつも通りネタバレ満載ですので、読む場合は自己責任でお願いします。
 さて。キリスト教における「神の沈黙」。それをごく簡単に普通にわかりやすく言うと、「どうして神様は助けてくれないの? なぜ黙っているの?」ということに尽きるのだろうと思う。本作で舞台となるのは、江戸初期のキリスト教が禁止されていた時代で、禁止どころか時には死罪にもあたるほど、激しい弾圧が加えられていた時代だ。まさしく島原の乱が起こって鎮圧され、鎖国が始まったころの話である。本作は、そんな時代に日本にやってきた宣教師が、日本人なら誰しも習う、「踏み絵」を踏めるかどうかの話だ。踏めば、自由の身、そして信者たちもおとがめなしで解放される。しかし断るならば、信者を殺す。そう突き付けられたときに、宣教師は「踏める」のかどうか。そしてそんなウルトラ大ピンチに、神はどうして何も言ってくれないのか。信者の命を見捨てることで保たれる信仰とは何なんだ、というのが本作のポイントであろう。
 おそらく、わたしを含め、キリスト教信者でない現代の日本人から見ると、もうさっさと踏んじゃえばいいじゃん、それでも心の中ではバーカって言ってりゃ済むじゃん。死んじゃあどうしようもないでしょ、と思うのではないかと思う。実際、登場する日本の武士階級の役人たちも、形式的でいいし、軽く、ちょっと踏むだけでいい、だから頼むから踏んでくれ、オレたちはお前が憎いんじゃないしお前たちを傷つけたくはないんだ、と頼み込む。それは、武士たちにとっては完全に法であり、政策であり、行政ルールだからだ。ごみは分別して出してくれ、と同じぐらいのレベルの話であろう。そして主人公たるロドリゴは、悩みに悩みまくる。
 おそらくこの状況は、登場する日本人武士の方が現代的であり、ロドリゴの方がプリミティヴというか原始的な思考だと言えそうな気がする。どうしてもわたしには、ロドリゴの苦悩が、本質的によく分からない。というのも、わたしは信仰とは心の持ちようであり、生きてこそ、だと思っているので、いかに心の中で、相手に対してクソ野郎だと持っていても、殺すと言われればその靴を余裕で舐めるにやぶさかでないからだ。そこに、神様助けて、と思うような感情は間違いなく発生しないし、クソ野郎の靴を舐める行為が神罰に値するとも思わないし、クソ野郎の靴を舐めたからと言って傷つくプライドも信仰心もないからだ。
 だからもし、ロドリゴが最後まで「踏まず」に、信者を見殺しにして「殉教者」として自らの死を願ったとしたら、わたしの目にはロドリゴは現代のイカれた狂信テロリストと全く同じに見えただろう。だが、ロドリゴは、ある種の決意をもって、「踏んだ」。そして信者を救うことを選んだ。この葛藤は、絶望によるものなのか、神との決別なのか、生への執着なのか、これは観た人それぞれの判断に任せられるポイントだろう。いずれにしても、神は沈黙したままである。神がおわすならば、だが。
 しかし、本作では、どうもやはり、当時のいわゆる隠れ切支丹のキリスト教信者たちも、若干の原始的な信じ方をしているようで、祈れば救われる、天国、パライソへ行けると本気で信じている節がある。そういう意味では来世を信じる仏教的な思想(と言っていいのかな?)とまじりあっているような気がするが、おそらくそれは、キリスト教を侵略の手段として利用しようとしていたヨーロッパの思惑も影響しているのだろう。その点は現代テロリストたちと意外と共通しているのではなかろうか。その意図に気づいたからこそ日本ではキリスト教が禁止されたともいえるわけで、そこに気が付いていないロドリゴたち宣教師は一番の被害者だったのかもしれない。とりわけ信長あたりは、宗教と政治の対立には痛い目に遭ってきた経験もあるわけで、そのカウンターとしてキリスト教を利用しようとした信長と、逆に脅威とみなして禁止した家康と、キリスト教にとっては対照的だが、実際やっていることは同じだったのではなかろうかとも思う。当時の宗教と政治は、日本だけでなく世界中で切り離せないものであったのはきっと確かだろう。それは現代でも、狂信テロリストを生み出す土壌でもあるし、ある意味宗教は道具として使われてしまっている面があるのは間違いなかろう。要するに人心掌握の手段というわけだ。
 そして、本作で一番理解するのが難しいのが、ロドリゴの葛藤よりもキチジローの行動の方だ。キチジローは、家族の前で「踏み」、村の信者の前でも「踏み」、おまけに金のためにロドリゴの居場所を密告したりもする。そしてその度にロドリゴに告解し、許しを求める。こうして書くと、とんでもない裏切り者の、まさしくユダ的人物のように聞こえるかもしれないが、どうしてもわたしには、その時のキチジローの脳裏には、おそらく全く何の悪意もないように見える。死にたくないから「踏む」。金が欲しいから密告する。だけどそんな自分に猛烈に心が痛む。だから助けて司祭様、という、実際のところ心に素直に従っているだけ、の純粋な野郎と言ってもよさそうである。そしてその、言ってみれば「生への純粋さ」のようなものに、ロドリゴは苦しめられる。コイツ、何なんだよ、と、ロドリゴには若干不信もあっただろうし。しかし、キチジローのそういったある意味ボン・ソバージュ的なところは、聖職者であるロドリゴにとっては、どうしても切り捨てることができなかったのだろう。なぜなら、人間誰だってキチジローなる部分を持っているからだ。わたしはキチジローに対して、とんでもねえ野郎だ、とか、そりゃそうなるよなあ、とか、頭に来たり共感したりと色々な感情をもって観ていたのだが、それを苦しみながらも抱え込もうとするロドリゴの姿には、これが聖職者というものであり、また、キリスト教的(というより正確にはカトリック的か?)な許し、なんだろうなあ、と思うに至った。最終的に、ロドリゴは棄教し、江戸で生涯を終えるわけだが、その死までに何度も私は棄教しました、的なことを書類で提出させられたんだそうだ。しかし、ラストで描かれたように、ロドリゴの心には常に神があったわけで、周りからは「転んだ」卑怯者的な扱いを受けても生き抜いたその姿は、やっぱり立派というか、わたしの胸にはとても響くものがあったのである。
 というわけで、そのロドリゴを熱演したAndrew Garfield君は大変素晴らしかったと思う。わたしにとって彼は、SPIDER-MANをぶち壊した野郎ではあるものの、彼に非は全くなく、監督と脚本がダメだっただけで、実際のところ彼は何気に演技派だし、今回の演技は本当に素晴らしかったとほめたたえたい。USではとっくに公開されているけど日本ではこれから公開される『Hacksaw Ridge』も期待してます。
 また、同僚司祭として一緒に日本にやってきたガルペを演じたのが、宇宙一の親不孝者カイロ・レンでお馴染みのAdam Driver君。いつもの汚い長髪&髭面と、相変わらずひょろ長い手足で不気味な男ですが、今回はAndrew君とともに、やはり素晴らしい芝居ぶりでありました。まあ、後半は出番がないのでアレですが、殉教シーンはグッと来たね。STAR WARS次回作ではさっさと善に戻ることを期待します。
 次。二人の司祭の師匠であり、日本で消息を絶った先輩司祭を演じたのが、我らが戦うお父さんことLiam Neeson氏。この人はやっぱり師匠的な役が似合いますね。終盤登場してロドリゴと再会するシーンの問答は静かなシーンなのにすごい熱量でした。あそこも見どころの一つでしょうな。 
 そして日本人キャストも非常に素晴らしかった。キチジローを演じた 窪塚洋介氏、通詞を演じた浅野忠信氏ともに非常な熱演だったし、とりわけわたしは井上筑後守を演じたイッセー尾形氏の芝居が非常に印象に残った。どうやら、原作においては、通詞も井上筑後守も、もとは切支丹で棄教した男、という設定らしいですね。その設定は映画では触れられずであったけれど、そこも描いたらもっと深く感動があったのではないかと言う気がします。それから、可哀想な運命をたどる信者の女子を演じた小松菜奈嬢も大変可憐でしたなあ。芝居ぶりも大変素晴らしく、失礼ながらちょっと驚きました。
 あと、どうでもいいことだけれど、とにかく、役者の着る服、汚れたメイクなど、映像の質感もさすがのハリウッドクオリティで、まあ、ほぼ台湾ロケだったそうなので、風景や村の様子などは若干日本ぽくはないような気もするけれど、 日本映画ではこうはいかなかっただろうなと思う。予算規模も全然違うだろうしね。
 ところで、最後に語られる、「この国にはキリスト教は根付かない」。なぜならこの国は沼地だからだ、という話はどうなんだろう。あれは、要するにまだ日本は戦国を経て江戸幕府という政治形態が生まれたばかりであり、ぐちゃぐちゃだということを意味しているのか、それとも、日本という国の精神性・文化的歴史を沼地と例えたということなのか。このことについては、わたしはまだ理解は出来ていない。この解釈は難しいなあ……わからん……泥の沼……うーん……これを理解するには、原作小説を読むべきかもしれないな……。

 というわけで、キレが悪いですがもう長いので結論。
 Martin Scorsese監督による、遠藤周作先生原作の『沈黙―サイレンス―』は非常なる傑作だと思う。脚本・撮影・演技ともに素晴らしく、パーフェクトとわたしとしては激賞したい。まあ、なんでも神に頼っても、神は 沈黙でしか答えてくれないわけで、やはり自分自身の心のありようが信仰の最も核になるのだろうと思う。なんでも神任せにしたら、イカれた狂信テロリストと同じだもんね。そしてなんといっても、生きてこそ、なんでしょうな。そして、信仰の自由が一応認められている現代は、やっぱり少しは人類は進化したと言っていいのかもしれないすね。なんかどうもキレが悪いけど、以上。

↓ マジで読むしかないような気がします。
沈黙 (新潮文庫)
遠藤 周作
新潮社
1981-10-19
 

 昨日の夜、WOWOWで録画しておいた、とあるホラー映画を観た。その作品は、日本では丁度去年の今頃公開されたもので、予告編から結構怖そう&面白そうな気配は感じていたものの、公開規模が小さくてごくあっさり見逃していたのだが、WOWOWでの放送でやっと観ることができた。
 タイトルは、『It Follows』。そのものズバリ、「それ」が後をついて来る、おっかないお話である。どうやらカンヌ映画祭でワールドプレミア公開されて評価を受け、格付けサイトでの評価も非常に高く、やけに激賞している人も多い作品のようだが、ズバリわたしは、まあ、WOWOWで十分だったな、という評価にとどまった。なんというか……ほぼ説明がなくて、投げっぱなしなんすよねえ……そういう映画って、どうもわたしは好きではないっす。

 まあ、大体物語は上記予告の通りだ。なので、問題は、「It=それ」とは一体何なんだ? という点にあるわけだが、結論から言うと、最後まで結局何なのかは明かされず、ホラーにありがちな、解決したと思ったら解決してねえ!!! というラストでぶった切りで終わってしまい、わたしとしては全くスッキリしない、モヤモヤ感の残る作品であった。
 とういうわけで、まずは、作中で語られる設定と、キャラを軽くまとめてみようと思う。
 ■It(それ)の基本設定――これは上記予告にきちんとまとめられているので、まあその通りなのだが、補足すると……
-----------------------
 1)性交渉で他人に移すことができる。
 要するに、自分が狙われている場合は、誰かとヤるとそっちに対象が移るみたい。ただし、1回ヤッて対象から外れても、移した相手が死ぬと自分に戻って来る。怖い!
 2)対象者(感染者)以外には見えない。
 どうも、他人に移し、対象から外れても、感染経験がある場合は見えるままのようだが、とにかく普通は見えないので、感染者が何を怖がっているのか、他人にはわからない。怖い!
 3)ゆっくり歩いて来る
 なので、ダッシュで逃げたり、車に乗って逃げることができる。しかし、部屋に閉じこもっていると、いろんな手段で入ってこようとする。怖い!
 4)物理的攻撃は一応有効
 銃で撃ったり、椅子を投げつけるなどの物理攻撃には、一応効果がある。けど、すぐむくりと立ち上がって来るので、時間稼ぎにしかならない。怖い! なお、対象者でなくとも、この辺にいるのかな?と見当を付けて攻撃することもOK。
 5)目的及び完全なる駆除
 不明。どうやれば完全に退治できるのかも不明。
-----------------------
 とまあこんな感じである。で、キャラクターはというと……
 ◆ジェイ:ヒロイン。女子高生(大学生?)。結構かわいい。妹がいる。彼氏のヒューとCar SEXをしてうつされた。家のプールでぼんやりしたり、海に入ったりと、泳ぎが好きらしい。水着はある意味スクール水着的なまったく色気なしの競泳系水着。演じたのは、Maika Monroeちゃん23歳。この人は、去年の『INDEPENDENCE DAY:Resurgence』でホイットモア元大統領の娘を演じた方ですな。役者以外でも、カイトボードの選手としても活躍してたそうですので、本人も泳ぎは達者なんでしょうな。
 ◆ヒュー:元凶となる第一感染者。実は偽名で、本名はジェフ。なんでも、バーでナンパした女からうつされたらしい。が、どうしてそんなに「It=それ」に詳しいのか、そして今までどうやって逃げていたのか、ほぼ説明なし。演じたのはJake Weary君26歳。うおっと!なんてこった!! コイツの顔、どっかで見たことがあると思ったら、『ZOMBEAVER』に出てきたバカ男じゃないか!! ちなみに今回は、さっさとジェイに移してとんずらをかますヤリ逃げのクソ野郎でした。
 ◆グレッグ:ジェイの向かいの家に住む、雰囲気イケメン。かつて、ジェイと付き合ってたこともあるらしい。中盤で、ジェイ、君の感染はオレが引き受けるぜ、という口実(笑)の下に、ジェイとヤり、無事に自分が感染を引き受けたはいいけれど、ほぼ意味なく見事に死亡し、ジェイに対象は戻る。残念ながらやられキャラ。演じたのは、Daniel Zovatto君26歳。おっと、この人、現在劇場公開中の『Don't Breathe』にも出てるんすね。わたしは観てませんが。
 ◆ポール:ジェイ姉妹と幼馴染の、ぱっと見は全くさえないガリガリ君で、若干Geekめいた青年。ジェイのファーストキスの相手でもあり、ポールはずーーっとジェイが好きだった、みたい。ジェイのとんでもない災難に、ポールは男を見せる!演じたのはKeir Gilchrist君25歳。彼は一番キャリアがあるようですが、わたしが観たことのある映画はないみたいですな……なかなかの好演だったと思います。一番光ってたのではなかろうか。
 ◆ケリー&ヤラ:ジェイの妹とその友達。物語において特別な役割はまったく果たさない。ただ、友達のヤラは、なんか独特の雰囲気のあるオタク少女的なキャラ造形で、彼女がいろいろ調べて事件の真相にたどり着く的な展開を予想しましたが、まったくそんなことにはならず、ほぼ意味のないキャラでした。演じたのはOlivia Luccardiちゃん28歳。アレッ!? 一番年上だな、この人。そして妹のケリーは、ほぼ何もせず。演じたのはLili Sepeちゃん20歳。この人は大変可愛いと思います。この映画を撮影してた当時はたぶん17歳ぐらいで、まだ顔が真ん丸ですが、今はかなりの美女に成長してるみたいですな。子役時代は若干、川島海荷ちゃんに似てる気がします。ちょっと名前は憶えておきたいすね。
-----------------------
 とまあ、こういう映画であったわけだが、その観客を怖がらせる演出は、確かにお見事であったと思う。とにかく、「It=それ」が、「ぺたり・ぺたり・ぺたり……」と真っ直ぐジェイに向かって歩いて来るさまは超おっかない。しかし、いかんせん妙な間が多いし、時間経過も分かりにくいのが難点と言えば難点かもしれない。
 脚本的にも、ほぼ、核心に迫るような展開はなく、ただ単に逃げ回り、クライマックスは対決をするものの、どうも切れ味の薄いもやもやエンドであったので、もうチョイ緊張感あふれ、ラストはすっきりさせる手もあったように思う。
 なお、監督&脚本のDavid Robert Mitchell氏は、次回作の『Under the Silver Lake』ではAndrew Garfield氏を主演に迎えるなど、メジャー感は若干増したようですな。どんな映画なのか、まだ予告編もないようなのでわからないですが、ジャンル的には「クライム・スリラー」だそうで、ちょっと期待したいところであります。

 というわけで、短いけど結論。
 去年日本で公開されて、結構様々に激賞されている『It Follows』をWOWOWで観てみたところ、まあ正直、こんなもんか、であった。確かに怖い。けど、ちゃんと解決してほしいんだよな……わたしとしては。投げっぱなしは、当然アリだけれど、もうチョイ、ラストバトルできちんと退治したことを印象付けてくれないと、一番最後に実は退治出来てませんでした~というホラーお馴染みのエンディングのショックが薄いと思う。結論としては、WOWOWで十分でした。以上。

↓ 「It」といえば、Stephen Kingが大好きなわたしは当然こちらです。これはTVシリーズだったと思うけど、また映画化されるんじゃなかったっけ。まあ、とにかく原作小説は最高です。
イット [Blu-ray]
ハリー・アンダーソン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2016-10-12

 年末年始にかけて、WOWOWで録り貯めた映画をチョイチョイ観ていたのだが、その中で、結構笑えて楽しい(?)というか、意外と豪華な役者と監督で作られた、とんでもないB級作品があったので、そのことを備忘録として記録しておこう。
 WOWOWでの放送タイトルは、『ゾンビ・ガール』 。なかなかセンスのないどうしようもない邦題だが、元の原題は『Burying the Ex』というらしいことを、物語の一番最後に出てくるタイトルコールで知った。意味するところは、「元カノ(あるいは元カレ)を葬り去る」ということで、映画としては文字通り土に埋めて埋葬するのだが、ある日突然死んじゃった彼女が、ゾンビとなって戻ってきてさあ大変! という笑えるコメディーであった。ズバリ、面白かったす。

 この映画が日本でも劇場公開されてたなんて、今この記事を書き始めて調べて初めて知ったのだが、探してみたらちゃんと予告編があったので貼っときます。そして、物語はもう、この予告を観ていただければ分かる通り、そのまんまのお話である。ただ、笑えるポイントとして重要な、主人公の青年とゾンビの彼女の関係についてちょっとだけ補足しておこう。ネタバレもあると思うので、以下は自己責任でお願いします。
 まず、主人公の青年は、ホラーグッズを扱うお店の店員で、ホラー映画が大好き。ただし、店のオーナーの方針で、買い物してくれたお客さんに、Have a nice day~!と言えず、代わりにGo to Hell~と言わなくてはいけないルールなんかがあり、さっさとこんな店を辞めて、自分のお店を開きたいという野望を持っている。基本的にはB級オタであり、ジャンクフードも合成着色料も大好きな、ある意味フツーののんきな青年だ。
 そして一方の彼女は、いわゆる意識高い系で、良くわからない環境NGO的な事務所(?)に勤務していて、好きなものはエコ・オーガニック・リサイクル・ベジタリアンと典型的なスノッブ女子であり、乗っている車も当然TOYOTAのプリウスである。しかも押しが強く、気が強いというか、まあ男目線からすると、ちょっとめんどくさい女子だ。ただし、見た目の美しさは抜群である。
 こんな二人なので、性格や好みが全く合わないというか、いわば正反対なのだが、お互いをパートナーとしたSEXが大好きで、ともに相手の顔と体にメロメロなお熱いカップルなわけです。しかし、とうとう二人が一緒に住もう! ということになって、彼女の方が青年のアパートに引っ越してくる。そして仕事から帰ってきた青年を迎えたのは、スッキリ綺麗に片づけられ、あまつさえ壁も明るいグリーンに塗り替えられちゃったマイルームで、大切にしていたポスターやアイテムも片づけられてしまい、完全に意識高い系の部屋になっている有様であった。
 そしてとうとう主人公は思う。オレ、この女と合わないんじゃね? と。まあ観ている観客からすれば、とうとう、というか、今頃やっと、というか、おせーよ!! とつい突っ込みたくなるわけだが、ともかく、主人公の青年は、もうオレこの女無理、とようやく気付き、別れるしかねえ、という決断を下すことになる。
 主人公は、おっかない彼女になんて言えばいいんだとさんざん悩み、おまけに美女でSEXも最高だし、どうしよう、やっぱり別れるのは無理かも、いやいや、続けることこそ無理だし……とくよくよしながら、ようやく一大決心して別れを告げようと呼び出した、まさに目の前で、彼女は豪快にトラックに跳ね飛ばされ、あの世に直行と相成る。これが予告動画にも入っている映像ですな。
 そして主人公は別れようとしていたといっても、そりゃあ悲しいわけで、しょんぼりしていると……次に、今度は自分の趣味にジャストミートな、ホラー愛好家の可愛い女子と出会っちゃうわけです。しかもやけに積極的で、なんとなくの罪悪感を感じつつも、その新しい彼女に魅かれていく主人公。そんなところに、おっかない元カノが、ゾンビとなってさらに強力にパワーアップして帰って来て、とんでもない事態になる、とまあ、そんなお話であります。サーセン、もう完全ネタバレっすね。そういや、この話の筋道は、だいぶ前に観た『LIFE AFTER BETH』(邦題:ライフ・アフター・ベス)にも似てますな。似てるというか、そのまま、すね、ある意味。

 というわけで、そんな物語なので、バカ話なわけですが、キャストが非常にいいのです。
 まず、主人公の青年を演じたのが、去年不慮の事故で亡くなってしまったAnton Yelchin君。今回は何となく気弱なオタク青年を非常にコミカルに演じていました。とても良かったと存じます。
 そして、おっかないゾンビ元カノを演じたのがAshley Greeneさんという美女で、wikiに載ってる写真はかなり髪も長くて頬がげっそりしているので、相当イメージは違うのですが、この方は、かの『Twilight』シリーズで、吸血鬼一家の長女(だっけ?)のアリスというキャラを演じた方っすね。あの時はショートカットでもうチョイ丸い顔だったけれど、非常に美人&かわいい&スタイルグンバツ女子です。ちょっと検索すれば、そのアリスの時の画像はすぐ出てきますので、相当違うとわたしが言う意味は分かると思います。『Twilight』の野球シーンが超かわいい人です。今回のゾンビぶりも、実に良かったと存じます。
 で、もう一人。主人公が彼女亡きあと付き合いかける、オカルト大衆文化大好きな肉食系女子を演じたのが、Alexandra Dadarioさんという方で、わたしはこの人のことを、その美しい顔よりもですね、大変セクハラで恐縮なのですが、そのデカい豊満な胸の方を覚えておりまして、あれっ!? このデカい胸は知ってる、誰だっけ? と思い、インターネッツ神にお伺いを立てたところ、あっさりその正体は判明しました。そう、この方は去年の夏ごろわたしがWOWOWで見た、『San Andreas』(邦題:カルフォルニア・ダウン:2015年公開)で、THE ROCK様でおなじみのDwayne Johnson氏の娘役を演じていた方でありました。しかも、本作の方が2014年の作品なので古いすね。あ、今、去年の夏にわたしが書いたBlog記事を読んでみたら、その時もデカい胸のことを書いてますね。いや、だって、男なら誰だって無条件で目が行ってしまうと思うのです……。にんげんだもの……。
 そして、最後に、監督のことも書いておきたい。わたしはこの映画を、そのタイトルからしてヤバそうなB級映画だろうな、と、わたしのB級センサーが反応したために録画しておいたわけだが、監督が誰かなんてことはまるでチェックしておらず、映画が終わって、スタッフクレジットを観て初めて知って、非常に驚いた。なんとこの映画の監督は、かのJoe Dante氏ですよ!!!  えっ!?知らない!!? うっそお!! もし知らなかったら、今日限り映画好きの看板は下ろした方がいいと思います。80年代を代表する監督の一人と言っても過言ではないのではなかろうか? かの『Gremlins』や『Innerspace』を撮った方ですよ。この方の映画なんてたぶん20年ぶりぐらいではなかろうか。超久々でびっくりしました。

 というわけで、結論。
 タイトルに魅かれて、どうせつまらねーB級作品だろうな、と思って観た『Burying the Ex』(邦題:ゾンビ・ガール)は、想像以上に大変面白かった。その邦題のセンスは0点だが、映画は役者陣が大変魅力的で、単なるおバカムービーとして片づけるには大変もったいない作品であった。こういう映画、嫌いじゃあないぜ。以上。

↓ すげえ! このパッケージデザインは何ともはや……かなり攻めてますな!
ゾンビ・ガール [Blu-ray]
アントン・イェルチン
松竹
2016-04-06
 

 というわけで2017年になりました。はー。やれやれ。。。
 ところで、わたしは絵画鑑賞もかなり好きだということは、さんざんこのBlogでも書いてきたが、2015年の秋にNYCへ行ったときは、その一番の目的はBroadwayミュージカルの観賞だったけれど、それと同じくらい楽しみだったのが、The Metropolitan Museumの鑑賞であった。そして初めて体験したMETに収蔵されている芸術作品の質と量に圧倒され、とにかく大興奮となったのである。とにかくすごい量だし、作品も超メジャーがずらりと勢ぞろいであった。
 わたしの好きな絵画の三大作家は、ゴッホ・ターナー・マグリットであることは散々このBlogでも書いてきたが、このMETへ行ってきたときに、一番気に入った作品は以前書いた通り↓これである。
P_20151117_122859L
 これは、19世紀末~20世紀初頭のウィーンを代表する作家Gustav Klimtによる、「Portrait of Mada Primavesi」という作品で、クリムトのパトロンであり、実業家で銀行家のプリマヴェージ家の娘さんを描いたものだ。わたしは、Klimtといえば、絢爛で金色のイメージがあったので、Klimtにこんな可愛らしいポップな作品があったんだ、と非常に驚いた。すごい現代的で、Kawaiiカルチャーに通じるものがありますよね、これは。
 この作品は1912年制作だそうで、モデルのメーダちゃんは9歳だそうです。つまり、メーダちゃんは1903年生まれであり、父はその後1926年に亡くなって、銀行も破産してしまったらしいが、銀行家ということでユダヤ系であったのかもしれない。だとすると、メーダちゃんはナチス台頭期に30代に入ってたわけで、無事に2次大戦を生き残ることができたのか、大変心配になってくる。
 何が言いたいかというと、わたしが普段、美術館でうっとり眺める絵画に描かれた人物たちは、もちろんのことながら実在した人間を描いたものが多いわけで、それら、絵画のモデルとなった人々が、その後どんな人生を送ったのか、そして、20世紀の作品であれば現在も生きてどこかに暮らしている場合も十分あり得るわけで、そういった想像を働かせると、より一層面白いというか、興味深いと思うわけであります。
 で。昨日の大みそか、HDDに貯まっている映画を片付けていこう大会を実施しているわたしが、この映画で2016年を締めくくるか、と選んだ作品が『WOMAN IN GOLD』(邦題:黄金のアデーレ 名画の帰還)という作品であります。まさしく、Klimtの名画としておなじみの、『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』(Portrait of Adele Bloch-Bauer I)を題材にした映画である。

 物語は、上記予告の通りといってよかろう。なんとあの名画のモデル、アデーレ女史の姪っ子が、その所有権をめぐって法廷闘争するというお話である。しかもこれは実話だ。非常に興味深いお話であった。
 一応、この映画がもし完璧に事実に忠実に描かれているのなら、という前提付きだけれど、主人公の主張はそれが証明できるなら明確な法的根拠となるだろうし、その想いも十分に理解できるものだと思う。実際に、裁判の結果、作品は主人公の元に戻るわけだし。
 しかし、わたしがこの映画で一番の見どころだと思ったのは、そういった法的な問題や絵画の行方ではなく、主人公の老女が抱く、故国オーストリアへの愛と憎しみだ。彼女はユダヤとして両親や親せきを殺され、自らは間一髪でアメリカに逃れ、アメリカ人として戦後を生きてきた過去を持つ女性だ。彼女は、「助けてくれなかった」どころか、ナチスを歓迎して「積極的に受け入れた」(としか主人公には見えない)故国が許せない。そんな故国には、もう二度と帰らないと心に決めていたのだ。それほど故国が憎い。実際に絵を奪ったのはナチスであるけれど、それを援助したのは紛れもなく当時のオーストリアという国家と、大勢の国民であり、それが、戦後、この絵は我が国のモナリザです、なんて飾っていてはそりゃあ腹も立つだろう。だから少なからず、復讐の気持ちもあったに違いない。彼女にとっては、ナチスもオーストリアも同罪なのだから。
 しかしそれでも、である。一大決心のもとに、二度と帰らないと心に決めていたウィーンに降り立った彼女の心情は、当たり前だけれど懐かしさと故郷に対する郷愁でいっぱいになる。そりゃあそうだ。誰だって、かつて生まれ育ち、結婚式を挙げた場所を前にしたら、心がいっぱいになるはずだ。ここの場面の主役のお婆ちゃんを演じたHelen Mirrenさんの表情は素晴らしかったと思う。現在71歳。本当にこの人はきれいなお婆ちゃんだなあと思う。2006年の『Queen』でエリザベス女王を演じ、アカデミー主演女優賞を獲得した彼女は、何とも言えない上品さが漂っていて、お父さんはロシア革命で亡命してきた元ロシア貴族なんだそうですな。本物、っすね、ある意味。この映画は、たぶんHelenさんが演じないとダメだったように思えます。『RED』なんかでは、ハジけたところのある元気な元暗殺者のお婆ちゃんをコミカルに演じてたのが印象的すね。
 ほかにも、主人公の甥っ子として、冴えない弁護士を演じたのが、『Deadpool』でイカレた主人公を演じたRyan Reynolds氏。今回は非常にまじめな普通の男をしみじみと演じています。そこも見どころかもしれないす。コイツは、わたしの審美眼からすると別にイケメンではないけれど、まあ大活躍ですな。コイツの奥さんはBlake Lively嬢です。非常にうらやまけしからん野郎ですよ。ちなみにその弁護士の甥っ子は、Schönbergという苗字で、まさしく12音技法で有名なあの、Arnold Schönberg(彼も同じく亡命ユダヤ人としてアメリカに移住)の孫にあたる人物だそうだ。すげえよなあ、初めて知って驚きました。
 あと、主人公のお婆ちゃんの若き頃を演じたTatiana Maslany嬢も非常にかわいらしくて良かったすね。本作は現在のお婆ちゃんとなったアメリカ人の主人公と、その若きころの回想が折重なって語られるわけだけれど、ほんの70年前に起こった出来事なわけで、まだまだ実際に生存者は数多くいるし、もはや歴史、と我々なんかは思ってしまうけれど、まだまだ終わっていない、現在と地続きの過去なんだなあ、という思いが深まった。

 わたしは、オーストリアに降り立った主人公のお婆ちゃんが、役人に対して、ドイツ語ではしゃべりません、英語でお願いします。と毅然と言うシーンがとても心に残った。お婆ちゃんの願いは、実際のところ、絵の返還というよりも、オーストリア政府による謝罪、だったのだろう。それを絵の返還という形で示せ、ということだと思う。まあ、一応、そのようになったわけだが、オーストリア政府は嫌々ながらも応じずにはいられなくなっただけなので、明確な謝罪はない。でもまあ、返還するというところが落としどころってことなんでしょうな。
 しかし、他にもこの映画には、絵のモデルとなった、きれいで優しい叔母、アデーレがモデルになったときも身に着けていた金の首飾りが、主人公に贈られたのちに、家に押し入ってきたナチスの兵士に奪われ、ヒムラー(だったっけ?)のものとなったこと、とか、さらにこの絵が、ヒトラーの別荘であるベルクホーフで見つかったこと、とか、そういった、絵の背後にある歴史を色々と教えてくれる。そういうことを知ると、ホント、絵画を観るときの想いがまた変わりますね。
 わたしは、絵画は風景も人物もともに好きだけれど、やっぱり風景でも人物でも、そのとき作家が見つめていたはずの現地・人にとても興味を抱く。この映画は、そんな妄想をするのがある意味趣味のわたしには、とても興味深く、面白い映画でありました。

 というわけで、結論。
 『WOMAN IN GOLD』(邦題:黄金のアデーレ 名画の帰還)は、Helen Mirrenおばあちゃんの魅力にあふれた素晴らしい映画であった。そして絵画の背景にある歴史も、非常に重く、とりわけ20世紀初頭からナチス台頭期という大きな歴史のうねりに巻き込まれた物語はとても見ごたえがあったと思う。ちなみに本作の真の主役であるKlimtの『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』(Portrait of Adele Bloch-Bauer I)は、NYCのNeue Galerieで観られるそうです。くっそう、METのすぐそばだったのか……観に行きゃあ良かった……!! 今年、もう一回またNYCに行こうかしら……。以上。

↓ こういうポスターを買って、きちんと額装して飾るのも乙かもしれないすね。本物はかなりデカい作品でしたよ。

 昨日の夜、録画していた映画を観ていたところ、HDDレコーダーが何かを録画し始めようと起動したので、何を録画するんだっけ、とそっちを確認したところ、とある映画を録画しようとしているらしいことが判明した。全く記憶にない映画だが、これはいったいどんな映画だっけなと、再生していた方を止めて、放送をそのまま見てみようという気になった。
 冒頭に登場する男は、『Money Ball』でアカデミー助演男優賞にノミネートされた太っちょでおなじみのJonah Hill氏だ。 わたしはコメディもシリアスもイケるコイツの芝居ぶりはとても好きなので、どんな映画だろうと観始めたのだが、すぐに場面はメキシコに移り、続いて頭もよくてイケメンでおなじみのJames Franco氏が出てきた。ほほう、これは面白そうだ、というわけで、そのまま最後まで見てみた次第である。録画してるのに。
 その映画のタイトルは、『True Story』。本当の話、という意味の本作は、日本語Webサイトがないので日本で劇場公開されたのかよく分からないけれど、 結論から言うとなかなか見ごたえがあって重苦しい映画であった。へえ、こんな映画があったんだなあ、という思いである。しかし、さっき調べてみたところ、格付けサイトRottenTomatoesあたりでは評価は低いので、ちょっとUS本国では微妙判定のようだ。まあ、どうやら完全に実話ベースのお話のようだし、実際、最終的に嘘か真実かわかりにくい面もあり、一般受けは難しかったのかもしれない。一部はちょっと美化しているような面もきっとあるのだろう。まあ、それは観終ったあとで知ったことなので、とりあえず置いておくとして、観ながらわたしは、これは……ジャーナリストが観たら痛いだろうな……と思った。この物語は実はベースで、登場キャラクターは実在の人物だそうだ。

 物語は大体上記予告の通りである。ただ、本編でカットされたのか、見かけなかったシーンもあるような……気もする。まあいいか。Jonah Hill氏演じる物語の主人公、マイケル・フィンケルはNY TIMESの記者。冒頭はとある取材シーンだ。そして続くシーンでは舞台はメキシコ。そこで現れる男が、同じくTIMESの記者を名乗ってドイツ人女性をナンパするシーンが描かれる。そして再びカメラは主人公へ。NYに戻り、取材の結果書いた記事が表紙を飾ってうれしい主人公だが、すぐに上層部に呼ばれ、記事は真実なのか、問われる。しかし、記事は、複数の少年に起こったことを、一人の少年に起きたかのように「ねつ造」されたものだった。そしてTIMESをクビになり、失意のもとに、妻の住む(?別居していたのか、よく分からない)モンタナ州へ移る。そしてこの失意の帰郷と同時進行で、メキシコで女性をナンパしていた男が殺人犯として逮捕拘留されるシーンも描かれる。そして、地元でいろいろなメディアに再就職をしようとしてもうまくいかない主人公のもとに、一本の電話がかかってくる。ローカル新聞社の記事からの電話で、会って話を聞いてみると、クリスチャン・ロンゴという男が妻子を殺して逮捕された、そしてその男は、NY TIMESの記者、マイケル・フィンケルを名乗って逃亡していたというのだ。全く初耳の出来事に、主人公マイケルは、ロンゴに会いに行くのだが……てな展開である。
 そしてこの先は、監獄での二人の面会シーンや法廷シーンがメインになっていく。どうして自分の名前を名乗ったのか? 君の記事のファンだったんだ、君は本当にやったのか? 今は言えない――というように、会話しながら、主人公マイケルはどんどんロンゴの取材にのめりこんでいく。そしてこの取材を本にして、ジャーナリストとして再起する野望も膨らんでいく。そして最後に迎えるのは、かなり残酷な「真実」であった、とまあそんなお話でした。
 ポイントとなるのは、二人の男の目的が、一致しているようで全く一致していない点、であろうか。
 まず、主人公マイケルが一番望んでいることは、この独占取材の結果、本を出版してジャーナリストとしての名声を取り戻したいという思いだろうと想像する。要するに取材は手段だ。そして、この取材の根底には、ロンゴへの共感と信頼がある。しかし残念ながらその基盤はひどくもろい。裏切られたらパーである。
 そして、殺人容疑者ロンゴの目的は――ここが実に難しい話だ。おそらく様々な解釈があるだろう。あるキャラクターは、単なる自己顕示欲で、マイケルは利用されているだけだという。それはそうかも、である。また一方では、裁判に有利なように操作しようとしているだけ、というキャラクターもいる。それもまた、そうかも、である。しかしそれでも、マイケルはどんどんとロンゴにのめりこんでいく。そうさせていくロンゴの言動は、作為なのか天然なのか、観ている観客にはよく分からない状態だが、ロンゴが一番望んでいることは、おそらく自分の人生の物語を語ることであり、マイケルとの接触はそのための手段であったと言えそうである。
 一方で、どんどんロンゴにのめりこんでいくマイケルを、一番近くで観ている妻は心配している。本当に、夫は正しく状況を見ているのか、そして、そもそもロンゴは人殺しなのかどうか。夫であるマイケルは、ロンゴが本当にやったのかどうか、それは問題ではないという。ここが非常に難しいところだ。おそらくマイケルの意図は、有罪であれ無罪であれ、彼の話は聞くに値すると思っている。なぜなら、「人を引き付ける物語」だと思うからだ。しかし妻は、ロンゴが有罪を認めた後で、Carlo Gesualdoの音楽を例えにして、語る。「彼の音楽は素晴らしい。けれど、Gesualdoは人殺しであり、そのことを決して忘れてはダメ」であり、ロンゴの話が興味を引くからと言って、彼が殺人者である事実は変わらない、と。
 だから妻は、夫であるマイケルにはそんな人殺しの取材はしてほしくないし、その結果、ロンゴの審理に影響が出るような書き方、すなわち、マイケルが記者として常に心がけてきた「人を引き付けるような」書き方をしてはダメだ、と思うのだ。
 ジャーナリストして、マイケルは「人を引き付ける」ために、意識的に、故意に、複数の少年の話をあたかも一人の少年の話にまとめ上げて、ねつ造記事としてクビになったわけだが、その嘘を、マイケルは反省している。そしてさらに、マイケルはロンゴに対する取材の結果執筆した本を、嘘は書いていないと信じている。そしてロンゴも、嘘をついているつもりは全くないし、事実、たぶん嘘は言っていないはずだ。
 この点で、マイケルのジャーナリズムは客観ではなく主観であることが明白だ。人の関心度の高さで記事の価値を測るわけだから、結局のところ金のため、であろう。まあ、それが悪いという話ではなくて、嘘はダメだけど金になる話じゃないとダメ、というのは、もはやどのジャーナリストも無意識に思っていることなんじゃなかろうかと思う。その点が、わたしが観ていてマイケルに共感できないポイントだと思う。わたしにはむしろ、全く天然で、単に自らの人生を人に知ってもらいたいと思っている(ように見える)ロンゴの方に興味がわく。
 物語の結末を観るに、ロンゴが殺人を犯したのは確実なんだろうし、実際の事件も、ロンゴは現在も投獄されているそうだ。何なんだろう、結局心神喪失ってやつなのかな。同情の余地はないし、まぎれもない人殺しだけど、ロンゴの語りには、まさしく人を引きつけるものがあるように感じる。
 そう思うのは、おそらくJames Franco氏の演技の素晴らしさ故、であろう。実に演技は上等で、素晴らしかった。そしてもちろんマイケルを演じたJonah Hill氏もいい。ついでに言うと、マイケルの妻を演じたFelicityJones嬢もとてもいい。このところ大作続きだが、こういう地味な作品にも出ていたんですな。とてもしっかりした演技で彼女も素晴らしかったすね。相変わらずのデカい前歯が大変愛らしいですな。

 というわけで、もう何が何だか分からなくなってきたので強引に結論。
 実在の事件をもとにした『Ture Story』という作品は、そのタイトル通り「真実」をテーマにしている物語だが、その「真実」というものは、人によって違うものであり、とりわけ、ジャーナリストにとっての「真実」は、まあ、極端に言えば「金こそすべて」なのかもしれないすな。その辺は、じつにモヤッとするものの残る映画であった。しかし役者陣の熱演は確かなもので、素晴らしかったのは間違いない。まあ結局……わたしはこの映画が面白かったのかどうか、うーーん……微妙……いや、面白かったのかな。はい、面白かったと思います。今年最後のレビューなのに、パッとしねえ記事になっちまったなあ……。以上。

↓ Jonah Hiil氏といえば、やっぱりこれでしょうな。こちらは最高に面白い。

 わたしは現在40代後半であるが、おそらく、一番最初の『STAR WARS』、いわゆる『Episode IV : A NEW HOPE』を公開時に劇場で観た最後の世代だろうと思う。わたしですら当時は小学校低学年であったわけで、わたしより若いともうダメだろうし、わたしより年上でも、50代前半ぐらいまでだと、「映画が好き」な人でないと劇場では観てないはずだ。その後、わたしの場合で言うと、小学校高学年で『Episode V : THE EMPIRE STRIKES BACK』が公開され、中学生の時に、『Episode VI : RETURN OF THE JEDI』が公開されたわけで、わたしはすべて劇場で観ている。今はなき「テアトル東京」という映画館の超巨大なスクリーンで最初の2作を観て、3作目は、こちらも今は日比谷シャンテになってしまった「有楽座」というデカい劇場で観た。親父と兄貴と観に行ったテアトル東京は、「シネラマ」というちょっと特殊な上映方式で、とにかくデカかった印象しかないのだが、今のおっさんとなったわたしがテアトル東京で観たらどうなのか、ちょっと気にはなる。もう、二度と、永遠に体験できないことだけれど……とにかく、今のわたしが映画オタであるのは、100%間違いなく『STAR WARS』がきっかけだと断言できる。「フォース」を訳した字幕の「理力」が理解できずに、親父に「ねえ、理力ってなに!??」と質問したことが今でも忘れられない。親父は英語が堪能であったので、確か「まあ超能力みたいなもんだな」と教えてくれたような記憶がある。
 そして、わたしが高校生になるちょっと前ごろに、やっと家庭用ビデオデッキも普及し始め、すでにクソオタクに成長していたわたしは当然のようにβ-MAXを買ってもらい、TVで放送された『STAR WARS』を録画し、その後VHSでも録画、さらに、初めてソフトを買ったのはレーザーディスク版(たぶん80年代終わりごろ)で、その後VHSの廉価版ビデオパッケージを買い(これが90年代の中ごろか?)、2000年代になって、新三部作が完結したのちにDVDで出たSAGA-BOXを買い、そしてさらに、2010年代にはBlu-rayBOXを買うに至るわけだ。要するに、わたしは『STAR WARS』に関しては、β(TV録画)→VHS(TV録画)→レーザーディスク(販売ソフト)→VHS(販売ソフト)→DVD→Blu-rayと、その時々の映像再生ソフトをその度ごとに購入して、その映像を進化させてきたわけです。
 そんなわたしであるので、『STAR WARS』の『IV:A NEW HOPE』の直前の出来事、すなわち、デス・スター設計図を盗み出すお話が映画になると聞いて、期待しないわけがない。というわけで、今日からついに公開になった『ROGUE ONE ――STAR WARS STORY』をさっそく日本橋TOHOシネマズにて、3D字幕・DOLBY ATOMS版で観てきた。以下、いつも通りネタバレ全開で結末まで書くと思いますので、知りたくない人は即刻立ち去ってください。読む場合は自己責任でお願いします。

 ところで。わたしは観る前から、ちょっと心配なことがあった。
 わたしのぼんやりした記憶では、確か問題のデス・スター設計図がレイア姫の手元にもたらされるまでの過程では、「多くの人々が命を落とした」んじゃなかったけ? てことは、今回の『ROGUE ONE』はキャラクター全員が助からないんじゃね? と思ったのだ。なので、わたしはおととい、Blu-rayで予習というか復習として、『EP IV:A NEW HOPE』を改めて観てみることにした。
 しかし、実際に観てみると、何故かはっきりとレイア姫だったか秘密基地の司令官だかが、この設計図は多くの人々が命を懸けて我々に届けたものだから、この情報を無駄にしてはならない、的なセリフがあったように記憶しているのに、そんなシーンは見当たらなかった。あれっ!? 何かオレ勘違いしてるのか? と全く自分の記憶が信じられないが、ないものはない。そして、冒頭の物語説明の銀河に流れていく文字でも、よく読むと、決して設計図強奪チームが死んだとは書いていないことを認識した。
--------------------------
Episode IV
A NEW HOPE
It is a period of civil war.
Rebel spaceships, striking
from a hidden base, have won
their first victory against
the evil Galactic Empire.
During the battle, Rebel
spies managed to steal secret
plans to the Empire's
ultimate weapon, the DEATH
STRA, an armored space
station with enough power to
destroy an entire planet,
pursued by the Empire's
sinister agents, Princess
Leia races home abroad her
starship, custodian of the
stolen plans that can save
her people and restore
freedom to the galaxy....
---------------------------
 それどころか、帝国軍に対して最初の勝利を挙げた、とさえ書いてある。ああ、そうなんだっけ、と今更再確認したわけで、わたしのSTAR WARS愛も大した事ねえなあ、とガッカリだが、とりあえず簡単に言うと、本作はまさしくこの反乱軍の「First Victory」を描いた作品であった。
 しかし。もう結論を言ってしまうと、わたしのインチキな記憶通り、まさしく全員死亡エンドで、わたしは非常にびっくりした。これは一体どういうことなんだ??わたしは観終って、若干混乱中である。
 (※追記:さっきWOWOWで『EP VI:Return of th JEDI』を観ていて思い出した。こちらで、第2デス・スターに皇帝が直々に来ている、という情報を「命がけ」で仲間がもたらしたのです、というシーンがあった。こっちと勘違いしてたことがさっき判明)
 そして正直に言うと、わたしはどうも本作『ROGUE ONE』にイマイチ乗れなかった。たしかに、通路を隔てた横の席のおっさんは開始30分でグースカ寝てイビキまでかきやがるし、わたしの横の老夫婦はギリギリに入ってきて、コートを脱いでポップコーンやチュロスをガサガサゴソゴソ食っててうるせえし、イラついていたという環境のせいもあるだろう。だが、どうも……何か違和感というかしっくりこなかったのだ。それは一体何故なのか、と考えてみたところ、たぶん、キャラクター造形にムラがあるのが問題なのではないかという結論に至った。
 ◆ジン:主人公。デス・スター設計者の娘。父(演じたのは北欧の至宝と呼ばれるイケメンオヤジ、Mads Mikkelsen氏。やっぱりカッコいい!)が帝国軍に連れ去られるときに何とか逃げ切るが、母は目の前で殺された。なので、帝国軍が大嫌いなのは頷けるのだが……しかし、どうせならもっと激しい性格を貫いてほしかった。思うに、父は結局反乱軍に殺されたわけで、ジンは反乱軍にももっと牙をむいてほしかったように思う。たぶん、わたしが一番もったいないと思うのはその点で、彼女の行動の最も重要な動機は、父に再会すること、そして帝国に協力したという父の汚名を雪ぐことであるはずなのだが、妙に反乱軍に協力的なのは、わたしとしてはどうも違和感を感じてしまうポイントであった。ジンは、もっと尖った危ない女子、であって欲しかったというのがわたしに感想である。ちなみに演じたのはFelicity Jones嬢。あいかわらず、デカい前歯が可愛かったすね。声も可愛いと思います。
 ◆アンドー:反乱軍のスパイ。任務のためなら人殺しも厭わない男。演じたのはDiego Luna氏。あまり見かけた覚えはないですが、それなりのイケメンですな。ジンに協力。しかし彼もどうにも半端というか……彼も親兄弟を帝国軍に殺された過去があるため、帝国軍を憎んでいるのは分かる。そしてジンの父も見つけ次第殺せ、という任務を帯びていたのに、やっぱり殺せない、という躊躇は十分理解できるし美しかった。けれど、うーーーん……どうも行動の動機がはっきりしない。キャラ造形が若干浅いと思うのだが……ジンに協力する筋道がもっとエモーショナルに描けたはずで、非常に残念。
 要するに、どうやらわたしは反乱軍のお偉方が非常に気にくわないのだと思う。そしてそのお偉方に対して激しく歯向かったり、抵抗しない二人の主人公がイマイチ気に入らないのだと思う。反乱軍は、旧・銀河共和国の残党たちなわけで、また長々と議論したり戦いに消極的だったりするシーンは、はっきり言って不要だとわたしは感じた。あのつまらない議論のせいで、物語の流れは途切れてしまうようにも思うし、『EP IV』直前の時間軸においては、あんなに意見がまとまっていないのは何か違和感を感じる。そんな議論してる場合じゃねーだろうし、意思が統一されていないのは致命的ですよ。ひょっとしたら、オーガナ元議員をもっと上手に、反乱軍の中で唯一ジンを支持・援助するようなキャラとして物語に組み込んだら良かったのになあ……と思った。そしてアンドーも、反乱軍本部に何らかの形で裏切られ、ジンとオーガナ元議員に救われるような展開が欲しかった気がします。
 ◆K-2SO:元帝国軍のアンドロイドで、プログラム改変済み。まあ、C-3POを連想していただいて構わないが、今回のK-2は、元帝国軍だけあって妙に皮肉屋?で、おまけに戦闘にも参加する。そして冷静に文句を言いながらもしっかりサポートしてくれる頼れる野郎で、ラストは大変カッコ良かった。泣ける……! 今回ひょっとしたら一番のナイスキャラ。彼は最高でした。
 ◆チアルート&ベイズのコンビ:二人とも、惑星ジェダの「ウィルズ」の守護者。特に盲目のチアルートは、フォースを感じることができるようで、常に「フォースは我とともにあり。我はフォースとともにあり」とつぶやいている不思議な男。この二人も戦闘では頼りになるし、ラストバトルでは泣かせてくれる。とても良かった。出来れば、もう少し「ウィルズ」についての説明が欲しかった。あれじゃあ、正直全然わからんよ。なお、チアルートを演じたのがアジアのスターDonnie Yen氏。イップマンですな。アクションのキレは一番輝いてましたね。一方のベイズはWen Jian氏が演じています。彼も中国の方すね。全然知らない人です。
 ◆ボーディ:元帝国軍輸送船パイロット。ジンの父に託されたメッセージをもって脱走してきた。彼は結構わかりやすいのだが、正直キャラ造形は薄い。ただし、後半は結構活躍してくれたし、ラストは泣かせてくれたので許します。演じたのはRiz Ahmed氏。この方もわたしは知らないなあ……ぎょろ目が非常に印象的です。
 ◆ソウ・ゲレラ:ジンの父の友人で、ジンを16歳まで育ててくれた恩人。現在は対帝国の過激派としてゲリラ活動(?)をする団体のリーダー。さすがにオスカー男優Forest Whitaker氏が演じただけあって、見かけや存在感は圧倒的だけれど、やっぱりジンとの絆が非常に薄くしか描かれず残念。反乱軍においても、彼のゲリラ部隊は過激すぎて嫌われている、という設定は全く不要だったと思う。この点も、反乱軍が一枚岩でないことを印象付けてしまって、対立構造を複雑化させているだけでほぼ意味がない。意味を持たせるならば、その組織にジンも加えるべきだったのではなかろうか。そうすれば激しい闘士としてのジン、というキャラが強く印象に残ったのに。つーか、素直に、ジンと二人で隠棲していて、そこに父からのメッセージが届くという『EP IV』と同じ構造にすればよかったような気がしてならない。もしくは、ジェダイの生き残りという設定もありえたのではなかろうか。ダメかな?
 ◆ベイダー卿:あの、ベイダー卿がいた惑星って、『EP III』でアナキンがオビ=ワンにぶっ飛ばされたムスタファ―なのかな? 溶岩とか見かけはムスタファーっぽかったけど、どうなんだろう? ま、いずれにせよ、今回はベイダー卿も結構ちょいちょい出てきます。ラストは非常に良かったですな。赤いライトセーバー振り回して反乱軍兵士を斬りまくる狂ったアナキンは大変良かったです。
 ◆C-3PO&R2-D2&レイア姫:3POとR2は、一瞬だけ出てきます。つーか、反乱軍の基地のある衛星ヤヴィンにいたんですけど……あのヤヴィンって、『EP IV』で出てくる反乱軍の基地の星だよね? だとすると、3POたちは『EP:IV』の後半で「戻ってきた」ことになるわけで、もう知ってる星ということになるけど、若干矛盾してないか? 大丈夫なのかな? そして今回、レイア姫がきっちりラストに出てきて、設計図を受け取るわけですが、エンドクレジットによるとIngvild Deilaさんという方が演じたようです。が、画面ではもう、かつてのレイア姫そのものでした。まさかあれ、CGなのか?? そしてレイアを引き取って育ててくれた、オルデラーンのオーガナ元議員は今回も登場、ちゃんと演じた役者も、『EP:II』『EP:III』と同じJimmy Smits氏でした。でも、アンドーのところで書いた通り、彼にはもっと重要な役割があってよかったと思う。その方が、レイアへのつながりも明確だっただろうに……もったいない……。
 いずれにせよ、レイアが設計図を受け取り、間一髪脱出し、それをベイダー卿が、くそっ!と見送るエンディングは素晴らしかったと思います。あのシーンはもう100点満点と称賛したいですな。

 キャラクター以外でいうと、ラストのX-WINGやY-WINGが入り乱れるバトルシーンは素晴らしい!! と思う。迫力満点で、3Dで観てよかったと思った。ただし、音響設計はイマイチかもしれない。せっかくDOLBY ATOMSで観たのに、すさまじいまでの音響的迫力は足りないと思った。映像100点、音響60点ぐらいかなあ。わたしは常々色々な人に言っているが、映画館の最大の魅力は音響だと思う。大きなスクリーンよりも、音響の方が重要だ。だからわたしはIMAXよりATOMS派なのだが、どうも今回は正直、音の迫力はイマイチだと思う。
 音響つながりでいうと、今回、音楽がJohn Williams氏ではなく、はっきり言って印象に残らず。ひょっとしたら、わたしが一番この作品で問題アリだと感じたのは、音楽なのかもしれない。やっぱりですね……盛り上がらないんですよ。冒頭のメインテーマもないし(ついでに言うと冒頭の銀河に流れゆく文字もない。必要だったと思うなあ……)、やっぱり、John Williams氏の音楽じゃないとダメだってことはよく分かりました。エンディングだけいつもの曲が流れるのは、やっぱりおかしいと思う。
 思うに、やっぱりですね、『STAR WARS』が大好きな人間が『STAR WARS』を撮ってはいけないんだと思う。大好きすぎて、世界何億人もの『STAR WARS』ファンが納得するものにならないんじゃなかろうか。その点でいうと、やっぱりJJ Abrams氏はすごい男ですよ。彼はもちろん好きだろうけど、きちんと観客の観たいものをわかってるわけで、その点は本当に大した奴だと思う。今回のGareth Edwards監督は『STRA WARS』愛が強すぎたのではなかろうか。Gareth監督の持ち味である凄い映像は、確かに超一流で文句の付けどころはないけれど、どうしても、物語が弱いような気がしてなりません……。

 というわけで、結論。
 『STAR WARS』初めてのサイドストーリー、『ROUGE ONE』は、映像100点、物語/キャラクター70点、音楽/音響50点、とわたしは判定いたします。まあ、今回は(周りの客の)環境が悪かったこともあるので、またBlu-rayが発売になったら買って何度も観て、同じ感想を持つか確かめてみようと思う。ひょっとしたら、あれっ?こんなに面白かったっけ、という発見もあるかもしれないし。しかし……主要キャラ全員死亡とは……マジで驚きました。以上。

↓ もう一度読むか……わたしの本棚の奥に眠ってるはず……。





 

 日本の出版界は、残念ながら完全に右肩下がりであり、ひどい言葉で言えば斜陽産業なわけだが、2000年代、書籍売上において、ある作品が発売になると前年よりも数字が上がる、スーパーウルトラ大ベストセラー作品シリーズがあった。言わずと知れた『ハリー・ポッター』シリーズである。映画においても、全8作すべて大ヒットしたシリーズであり、もはや日本においても絶大なる知名度を誇る作品だ。
 かく言うわたしは、実は原作小説は一切読んでいない。何故読まなかったか、特に明確な理由は思い当たらないが、おそらく高くて買わなかったんだと思う。後半は上下巻だったし。ただし、映画はすべて劇場で観た。が、原作を読んでいないわたしにとって、映画は、正直に言ってややわからない点がいくつかあって、若干ノれないというか、最高に好きな映画、というわけではなかった。とりわけ、後半のお話はどんどん暗く、果たしてこれを小学生が観て理解できるのだろうか?と思うような展開になり、実は、恥ずかしながら映画しか見ていないわたしは、ラストのハリー陣営の勝利条件をはっきり覚えておらず、何を求めてハリーたちが行動しているのか、分からなくなる部分さえあった。ニワトコの杖(=ダンブルドアの杖)とか、なんのことやら?  とか思ったし、結局スネイプ先生は……いい人だった、ってことだよね?みたいな実にあやふやな感想で終わってしまった。ま、これはわたしの理解力のなさゆえだろう。全くもってサーセンとしか言いようがないが、映画しか見ていない、しかも1度だけ、の観客で、あの物語をきっちり正確に理解するには、そもそも映画の上映時間が長すぎると思うし、シリーズとしても長期にわたりすぎていると思う。
 とまあ、そんな、ある種の言いがかり的な感想しか持っていないわたしなので、実のところ、「ハリー・ポッター」シリーズのスピンオフが映画になる、と聞いても、それほど超みたいぜ的な期待はしていなかったのが、正直な心境である。 しかし、やっぱりシリーズを観てきた人間としては、観ておくべきだろう、というわけで、昨日、美術館に絵画を観に行った帰りに観てきたのが、『Fantastic Beasts & Where to Find Them』(邦題:ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅)である。結論から言うと、この映画も、わたしには若干のノれない、微妙作にとどまったのである。ただしその美術は極めて高いクオリティであり、さらに、この物語に登場する「魔法動物」たちは大変魅力的であったことは明記しておきたい。というわけで、いつも通り以下ネタバレ全開です。結構クリティカルなネタバレもあるかもしれないので、自己責任でお願いします。

 おそらく、上記予告を見てもどんなお話か、さっぱり分からないと思う。わたしも、実際に本作を観る前に想像していたお話と全然違っていて驚いた。ごく簡単にまとめると、時は1926年。一人の魔法使い、ニュート・スキャマンダーがロンドンからの船旅を経てアメリカ合衆国のNYマンハッタンに上陸するところから物語が始まる。彼は、元々イギリス魔法省の職員だったらしいが、魔法動物学者(?)として世界各国を旅しており、アメリカに上陸した目的は、アメリカ原産のとある魔法動物をその生まれ故郷に返してあげよう、というものだったらしい(ただしそれがわかるのはかなり後)。そして上陸後、あっさりトランクに詰めていた魔法動物に逃げ出され、その回収の騒動を起こし、これまたあっさり、アメリカ魔法省の役人に逮捕される。折しも「グリンデルバルト」という悪党魔法使いが世界を不安に至らしめている情勢であり、アメリカ国内では人間に魔法使いの存在を知られそうな緊張状態にあって、ニュートが上陸する前から、NYは、人間にとっては謎の現象が起きていて、魔法使いにとってはグリンデルバルトの襲来ではないか、と不安が高まっていた―――てな展開である。
 こういう基本的な状況説明も、かなり駆け足なので、どうもピンとこない。そして、わたしが一番よく分からないというか、何なんだコイツ、と思ったのが主人公ニュートのキャラクターである。
 まず、魔法動物に逃げられる点からしてうかつすぎる。また、捕まえようとする行動も、実にスットロイ。全然必死さがない。だから、ニュートの本当のUS上陸の理由が明かされるまでは、コイツ、一体何しに来たんだ……? という思いが消えない。おそらく、ニュートが余裕をかましているのは理由が明確にあって、まず、逃げた魔法動物はそれほど人間に危険なものでない、という点が一つ。そしてもう一つは、人間に目撃されたり、モノを破壊しても、ごくあっさり魔法で何とかなるのだ。人間の記憶は簡単に消せるし、そして破壊された建物も、ごくあっさり魔法で直せる。だからきっと、ニュートはのんきなんだろうと思う。
 思うのだが、そんなことは分からない人間のわたしには、超イライラした。なんでもっと本気でとっ捕まえないんだこの人!? 余裕ブッこいてる場合じゃねえのでは!? おまけにあっさり逮捕されて、なんなのこの人? とわたしは見ながら思っていた。まあとにかくそこらじゅうを破壊して回るので、いくら魔法で直せるとはいえ、ホント大丈夫なのかと心配になるレベルであること請け合いだ。そもそも、捕獲するのになぜ魔法使わないんだコイツ? 一発で捕まえられるんじゃないの? とわたしは観ながらずっと思っていた。
 また、そういった逃げた魔法動物探しの一方で、物語の本筋?となるUS魔法議会長官であるグレイブスの怪しい動きも、いつまで経っても交差しないで、どう関係してくるかよく分からない。後半、ニュートのトランクの中(4次元ポケット的に広大な空間になっている)にいる、魔法使いの不安や恐怖から生み出されるモノ(?正直動物なのかよく分からない)が、関係してきて、それがどうやらグレイブス長官が求めているものらしい、ということが分かってくるが、実際、最後の展開はかなり急で、バタバタしているような気がした。いや、なんというか、ニュートの行動と物語の本筋と、バランスが悪いというか、まとまりがないというか、とにかく脚本的にどうも問題アリなような気がしてならない。はっきり言って、長官の正体と、真の姿を演じたとある有名スターなんて、まったくどうでもいい。普段の長官を演じたのは、ミスター富士額でおなじみのCollin Farrell氏だが、ラストでこのキャラが実は……となるわけで、そのラストで現れる真の姿を演じた役者にわたしはびっくりしたけれど、だから何なの程度であった。あのラストは、原作ファン的には非常に盛り上がるところなのかな?
 加えて言うと、本作は上映時間133分と若干長い映画だが、ズバリ言って明らかに長すぎる。もうちょっと脚本を整理すれば、120分で十分まとまると思う。ストーリーに関係しない余計な部分もあるし、妙な間も長い。そして、決定的に物語のテンポが悪すぎるように思う。そして、わたしは本作を3D字幕版で観たのだが、相変わらずCGの動きが早すぎて、ファイナルバトルはもう、何が何やらで全く目が追いつかない。これは普通に2Dで観た方が良かったかもな、と思う映像であったことは記録に残しておこう。結構暗い場面も多いし、わたしの視力のせいなのか、イマイチ映像にシャープさが足りず、どうもはっきりくっきりしない画で、観ていて疲れる画でもあった。
 とまあ、ひどいことばかり書いてしまったが、この映画でやっぱり素晴らしいのは、数多くの魔法動物と、キャラクターたちの着る衣装デザインといった美術面であろうと思う。こちらはホントに金がかかってるなーという極めてクオリティの高いもので、特に衣装が素晴らしい。ニュートの着ている青いコートがやけにカッコいいんすよ。ああいうコート、売ってないからなあ……わたしはオタク野郎なので、欲しいものがあれば買うし、なければ作るしかねえ!! という行動の男なので、いつかあのコートを作ってみたいと本気で考えている。またほかのキャラクターの衣装も、どれもカッコ良かったのが、今回わたしにとって一番強い印象を残した。魔法動物は、基本的にすべてCGだが、やっぱりどれも本当に生きているようにしか見えないハイクオリティなCGで、その点での観ごたえも抜群であろう。(※2017/02/27追記:やった!アカデミー衣装デザイン賞受賞!やっぱりカッコイイもんな!)
 また、キャラクターも、ニュート側の話だけでいえば、人間のジェイコブと魔法使いのクイニーの恋の行方はなかなか見ていてほほえましく、切なくもあって大変良かったと思うし、ニュートも、そもそも演じたEddie Redmayn氏のイケメンぶりはそのカッコイイ衣装も相まって大変際立っていた。彼をわたしが初めて知ったのは、やっぱり『Les Miserables』のマリウスを演じた時だけれど、あの時からカッコ良かったし、歌もなかなかいいし、特に、アカデミー賞のパフォーマンスの時の、コゼットを演じたAmanda Seyfried嬢とのラブラブぶりがとても印象的だった。もうすでに栄光のアカデミー主演男優賞を受賞した男であり、今後も大活躍が続くのでしょうな。間違いなくイケメンだし演技派だと思う。
 たぶん、本作の監督であるDavid Yaets氏は、『ハリーポッター』の後半のダークな空気感そのままに、本作を撮ってしまったと思うのだが、その結果、たしかに『ハリー』の世界観そのままの雰囲気だし、ひょっとしたら原作ファンからすれば、もうこれ以上ない映画化だったのかもしれない。しかし、だ。たぶん、わたしは監督を変えるべきだったような気がしてならない。本作の主人公は、あくまで動物学者ニュート・スキャマンダーであり、もっと魔法動物とニュートを明確な主人公とした、楽しい作品にすべきだったんじゃないかという気がする。本作が、シリーズ2作目とか3作目なら文句は言わないけれど、1作目でちょっと詰め込みすぎなんじゃね? というのがわたしの今回の結論であろうか。でもまあ、次のニュートの冒険も、たぶんわたしは観に行くと思う。でも、ニュートには純粋に学者として、旅をしてもらいたいわけで、妙なバトル展開はもう、どうでもいいかな……。

 というわけで、結論。
 結論はもう書いてしまったけれど、正直、わたしとしては、お話し的に微妙だとは思うものの、間違いなく超一流の人々が作り上げた作品であることは疑いようもなく、それだけに、なんかとても残念だと思う映画であった。やっぱりシリーズ1作目は、もっと世界観と、主人公のキャラクターをわかりやすく描いてほしかったですな。ニュートがUS上陸前に、それぞれの魔法動物を集める過程の方が、わたしは観たかったっす。以上。

↓ この作品の初回限定Blu-rayに付属していた、サントラCDはもう散々聞きまくってます。Russel Crowe氏が何気に美声でイイ!
レ・ミゼラブル ベストバリューBlu-rayセット (期間限定スペシャルプライス)
ヒュー・ジャックマン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2016-11-02


 

 おとといの勤労感謝の日、わたしはTOHOシネマズの1か月フリーパスで、『ファンタスティック・ビースト』を観に行く気満々であったのだが、残念ながらフリーパスは「当日の窓口」でないとチケットを発行してもらえない弱点がある。なので、わたしは朝イチの字幕の回を狙っていたのだが、既に家を出る30分前には、朝イチの回も昼の回も夕方の回もほぼ満席となっていることがWebチケット販売の画面で確認できていたので、素直に、ああ、今日はダメだこりゃ、とあきらめた。
 とはいえ、せっかくの休日&せっかくのフリーパスなので、ちょっともったいねえなあ、と思いつつ、他に何かめぼしい映画はないかしら、というわけで、おとといは全く別の作品を観ることにした。結果、わたしが選んだのは『The Girl on the Train』である。どんな映画なのは、一応予告を何度か劇場で観ているので、薄らぼんやりとは承知しているけれど、実際のところは単に主演のEmily Bruntt嬢を眺めに行くか、ぐらいの軽いノリであったのだが、これまた恐ろしく後味悪く、なかなか気分のいい映画ではなかった。ただし、脚本的にはややトリッキーで、前半からは想像していなかった意外な展開は、あ、そういうことなんだ、なるほど、と、ミステリー小説を読んでいるような気分にさせてくれる映画であった。ま、きちんと原作小説のある作品なので当たり前だけど。
 というわけで、以下、ネタバレ全開ですので、自己責任でお願いします(ただしズバリの犯人については書くつもりはありません)。

 上記予告を観たら、誰しもが、主人公が電車から失踪した女性を見かけたことで、事件に巻き込まれていく話かな、と思いますよね? 少なくともわたしはこの予告を何度か劇場で観て、そう思っていた。しかし、はっきり言うと全くそんなお話じゃあなかった。説明のために、冒頭の20分ぐらいで判明する主なキャラクター像を紹介しておこう。最初に言っておきますが、このキャラクター像は、最終的には全然間違ってます。いわゆるミスリードってやつですな。
 ◆レイチェル
 主人公。アル中。演じたのはEmily Brunt嬢33歳。つか、今回のEmily嬢はアル中でひどい顔をしているので、とても33歳には見えない。もっと老けて見える。全然Girlじゃねえじゃん!というのがわたしの真っ先に抱いた感想。マンハッタンへの通勤電車から見える、元夫とかつて自分が住んでいた家と、その隣の家を眺めて(つーか覗いて)妄想する頭のおかしいサイコ嬢。ぐでんぐでんに酔っぱらっていたため、肝心の事件当日の記憶なし。
 ◆トム
 レイチェルの元夫。演じたのはJustin Therux氏45歳。レイチェルがアル中になったのは、人工授精もうまくいかず子供ができないためだけれど、そのアル中ぶりがひどくて離婚した。ただし自分も女グセの悪いクソ野郎。眉がクドイ。つか顔全体がクドイ。
 ◆アナ
 トムの現在の妻。演じたのはRebecca Ferguson嬢33歳。へえ、この人はスウェーデン人なんですな。実はレイチェルと離婚する前から、トムはアナと不倫していて、トムに離婚しろとたきつけた張本人。さっさと子供を作って、かつてレイチェルとトムが住んでいた家に平気で暮らしている。子供はベビーシッターに任せて、自分はLOHAS生活に余念なし。なかなかの美女。
 ◆メーガン
 トム&アナの隣の家に住む若い女。演じたのはHaley Benett嬢29歳。トム&アナの子供のベビーシッターをしていたが、キャリアアップのため転職。その際、アナに、でめーの子供はテメーが面倒見ろよ、と若干けんか腰で言ってしまってやや気まずい。何やら複雑な過去がありそうな、妙にセクシーな美女。レイチェルはいつも、この女なんて幸せそうなの、イケメンの旦那もいて、いつもいちゃいちゃしていて、と毎朝メーガンのことを電車から眺めていたが、ある日、メーガンと別の男がいちゃついているところをレイチェルは目撃し、その翌日、メーガン失踪のニュースを知ることになる。
 ◆スコット
 メーガンの夫。演じたのは、『The HOBBIT』で弓の達人バルドを演じたことでおなじみのLuke Evans氏37歳。若干やくざっぽい雰囲気だが職業不詳。メーガンとの子作りに余念がなく、SEX依存症なんじゃねえかと心配になるほどヤリまくっているハッスルGUY。若干変態のイケメン野郎。
 
 とまあ、最初の段階ではこんなキャラクター像が観客に提示される。なので、あまりにレイチェルのアル中ぶりがひどくて、残念ながらわたしは全く感情移入ができない。こいつ、人をぶっ殺しておいて、酔っぱらってて憶えてないとでもいうつもりか? みたいな感じであった。実は、この状況は、かなり先までずっと続く。各女性キャラの目線に、カメラの視点は次々移っていくのだが、残念ながらどんどんと、レイチェルがイカレた女にしか思えない展開である。しかし、ラスト30分ぐらいで急に、実はそれは違っていた、というヒントが提示され、そこからはかなり急展開となり、事件はきっちり片が付くわけだが、正直わたしは、やれやれ、なーんだ、で終わってしまった。最後まで、全キャラに対して好意を抱くことができなかったわけだが、わたし的に唯一、この人は可哀想だったね、と思うのは、変態ハッスル野郎のスコットだろうか。彼は今回純粋に妻を殺された被害者であり、犯罪も何一つかかわっていない。大変かわいそうではあると思うが、いかんせん変態なので、あまり同情心は沸きません。なんでまたこの役をLuke Evans氏が引き受けたのか知らないが、うーん、もったいないキャスティングのような気がしてならない。
 キャストとしてはわたしが一番気に入ったのがメーガンを演じたHaley Benett嬢だろう。彼女は、何かフェロモンめいた妙なセクシーさがプンプン漂っているお方で、実になんというか……エロい。男としては、だがそれがいい、わけであって、おまけに恐ろしく幸薄そうな表情も極上であった。大変美しい方だと思います。
 ところで、わたしはクソ映画オタク野郎なので、レイチェルが通勤の時に降りる駅が、明らかにマンハッタンのGrand Central Stationであり、去年見た光景そのままだったので、おお、じゃあ、レイチェルが通勤電車から毎日眺める景色はGoogleMapで探せるのかな? と、さっきいろいろ調べてみた。
 確か、作中でレイチェルが毎日眺めるかつての家は、Ardsley-on-Hudson駅が最寄駅だと言ってたような気がしたので、帰ってから調べてみたところ、確かにその駅はすぐ見つかった。なるほど、やっぱりレイチェルが乗っていた電車は、Grand Centralを起点にしたMetro-North鉄道のHudson線で間違いないようだ。ちなみにディーゼル車なのかな、と思ったけど、だいぶ北の方以外は電化されてるみたいなので、一応「電車」すね。そしてArdsley-on-Hudson駅は、Grand Central Stationから21.7マイル(=34.72Km)ほどらしい。つまり……ええと、東京駅から中央線快速で国立駅までぐらいか。つーと、大体50分ぐらいってことかな。総武線快速だと東京駅から稲毛駅ぐらいか。まあ全然近くはないけど超・遠いってほどじゃない距離感なんだな。
 しかし、MAPで見てみると、どうやらこの路線は、その名の通りハドソン川左岸(※北を上とする普通の地図で言うと右側)をずっと北上する路線なので分かりやすいんだけど、川沿いだから、線路のわきは基本的に防風林のようになっていて、電車から家が見えるポイントがあまりないんだよな……ダメだ、作中に出てくる景色が全然見つからない……分からねえ。もっと北の方なのかな……