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 わたしはもう20年とかそのぐらい前に、小説でも書いてみようかと思ったことがある。まあ、高校生から大学生あたりの頃で、典型的ダメ人間の中2病に侵されていたころなので(いや、中2じゃなかったけど)、今思うと笑っちゃうどころか完全に黒歴史なわけだが、何本もネタを考えている中で、「天候を自由にコントロールできる能力者」の話を考えたことがあった。おそらく、天候を自由にできれば、相当な軍事的・経済的優位に立てるのは間違いなく、ある意味地球を支配できるんじゃね?とかわたしはガキ臭いことを考えていたわけだが、結局その小説はちゃんと最後まで書かれず、黒歴史に埋もれることになった。その理由は、わたしがグズグズしている間に、『ジョジョの奇妙な冒険Part.6 ストーン・オーシャン』において、ウェザー・リポートというまさしく天候を操れる能力者が出てきて、それが超カッコよくて、これを上回るものは作れん、とわたしは完全に白旗を上げたためだ。
 そして月日は流れ、去年の夏ぐらいにわたしはとあるハリウッド映画の予告を観て、おおっと、こ、これは? と思う作品に出会った。それが、わたしが今日観てきた『GEOSTORM』という作品である。US公開は去年の10月かな? やっと日本公開である。

 わたしは、いわゆる「ディザスター・ムービー」が大好物である。なのでこの予告を観たら、ああこりゃあクソ映画っぽいな……と感じても、それを確かめに行かないと気が済まないタチなので、当然この予告を観て、これは観ないとダメだ、と思ったわけである。おまけにネタは「天候のコントロール」という、遠い昔にわたしが妄想していた中2病的アイディアなので、その期待は倍増である。
 ただ、ふと考えると、わたしが好きなディザスター・ムービーというものは、あくまで自然現象によるものでなくてはならず、この映画は、どう見ても人災、である。どうやら、天候を人為的にコントロールする衛星なるものが実用化される、けど、なんらかのトラブル?によって暴走、結果として東京に巨大な氷が降って来る、的なお話のようなので、これはまたクソ映画度が高そうだな、という予感を抱いて今日は劇場へ向かったわけである。
 そして結論から言うと、この映画はかなりトンデモムービーで、その香ばしいB級感は大変結構なお手前であったが、それよりも、やけに政治的なメタファーともいうべきメッセージ性が鼻に付いて、単純に楽しめず、正直に言うと、劇場で観る必要はなく、WOWOWで放送されるのを待ってりゃ十分だったな、というのがわたしの感想である。
 というわけで、物語については、大筋はもう、予告から想像できる通りのお話だ。2019年に地球は数々の自然災害で大きなダメージを受け、世界各国が一体となって、「天候をコントロールする」防衛衛星網を建造した世界である。問題は、その「天候をコントロールする」衛星なのだが、18か国が協力して、地球環境を守るために建造されたものという設定だったのだが、この時点で、もはやあり得ないだろうな、と誰しも感じるだろう。アメリカと中国主導で進んだ計画のようだが、国際情勢からして、まずそんな協力関係が築かれるとは到底思えないし、完成後、US管理下に置かれ、それが国連へ移譲される数か月前、という設定だったのだが、そんな危険な代物をUS管理に任せるわけもあるまい。また、ケープカナベラルに基地があって、そこからシャトルで衛星をコントロールするISSに行くのだが、あれだけの大規模施設をUS財政が支えられるはずもないし、恐らくはランニングコスト、運用コストも莫大なはずで、まあ、一言で言えば無理、だと思う。例えば、どうも発達する低気圧を解消するために、衛星から何やら射出して、雲を散らすような描写もあったが、その射出物を宇宙に持っていくコストも膨大だろうし。あと、SFとしての描写で、なんとISSには人工重力が効いているらしく、全然普通に登場人物はISS内で直立して暮らしていたけれど(なにやらグルグル回るものの遠心力を利用した?人工重力のようだった)、まあ、ナイすな、あれは。
 物語としては、アメリカファーストな悪党(US大統領ではなく国務大臣)が、国連に移譲なんてしててたまるか! 何なら大統領ぶっ殺してオレが大統領になって世界を支配してやるぜ!という野望の元にいろいろ悪さをたくらむという流れだったが、あんた、もしあんたが大統領になったとしても、あんたの悪事で推定数百万の人々が死んだわけで、うっかり大統領にでもなっちまったら、その責任追及でえらい目に遭うぞ……とわたしはもう、生暖かい目で見守らざるを得ず、何とも浅い脚本にがっかりであった。いやあ、びっくりしたなあ、この脚本には。おまけに、主人公を最後に助ける人間がメキシコ人で、助かったよ!と喜ぶ主人公に、そいつは誇らしげにメキシコ国旗をアピールするシーンなんかもあって、明確に現大統領で元不動産王のおっさんへの当てつけだと思ざわるを得ず、なんかもう、いろいろがっかりである。
 そして更に、わたしとしてはまたしても中国アピールな点もガッカリを増長していたようにも思う。最近のハリウッド映画は、中国資本及び中国市場での興行をあてにしないわけにはいかず、いろいろと中国アピールが垣間見えるわけだが、本作では、人工的にもたらされた異常気象で破壊されるのは香港で、本土は安泰、オープニングシーンは上海なのに、その上海は無傷、であった。もう笑うしかないよな……こういうのって。ちなみに、我らが日本は、協力した18か国には入っているようで、シャトル側面の各国国旗に日の丸は確認できたが、登場人物としては日本人は出てこない。チラッと東京の銀座が破壊される様子が映されるだけであった。あーあ。ちなみに本作は、中国でもそれほどのウルトラヒットではなかったようで、US本国でも全然売れてないし、なんというかもう、お疲れっした!としか言えないすな。
 おそらく、やっぱりディザスター・ムービーというものは、やっぱり自然災害じゃないとダメなんだと思う。わたしの大好物なディザスター・ムービーというものは、まず、地球の各地で、何やら異変が起こる。だけど誰も、その関連性に気が付かない。しかし、一人のうだつの上がらない科学者がそれに注目し、「やばい、このままでは地球が!」と気づく。そしてそれを政府首脳に伝えようとする。すると都合よく、その科学者の近親者に政府首脳の秘書とか、そういう人物がいて、話が伝わるルートがあることに気が付く。そして全世界が「な、なんだってーー!?」という事態になるも、危機的状況はもう始まっており、どんどん都市が崩壊していく―――的なお話だ。なお、パターン2としては、その危機を科学者が政府首脳に伝えたときには、すでに政府はそのことに気づいていて対応策として巨大な舟とか宇宙船を建造していた、みたいなことも良くありますな。もっと面白い話にできるネタだと思うのだが……残念す。
 まあ、さんざんなことを書いてしまったけれど、CGの出来はさすがにハリウッドクオリティで、特に、破壊される都市の図よりも、宇宙空間の描写はとても素晴らしく、画としての見ごたえは十分であった。
 というわけで、キャストをざっと紹介しておこう。もう手抜きでざっと流します。
 まず、主人公の衛星の生みの親を演じたのがGerard Butler氏。もう彼については有名人で出演作も多いので説明しません。典型的な、技術力や頭脳はすごい、けど上のいう事を聞かず煙たがれ左遷される、というよくあるパターンの人物。結果妻に逃げられ愛する娘に2週間おき?にしか会えないダメオヤジ。これまたよくあるパターンとして、フロリダの田舎に引っ込み日夜電気自動車をせっせと作っているという設定だった。
 そしてその主人公の弟で、国務省の高官として兄に代わって衛星の管理官?として働く男を演じたのがJim Sturgess氏。彼が出演した映画でわたしが一番覚えているのは『21』かな。日本語タイトルは「ラスベガスをぶっつぶせ」という凄いセンスのものだったが、映画自体は面白かった。カウンティングをしてベガスでギャンブルをする青年の話すね。今回はまあ、うーん、普通にまじめで普通に良心を持った普通のアメリカ青年でした。Jim氏自身はイギリス人ですけど。
 次。主人公の可愛らしい娘を演じたのがTalitha Batemanちゃん。ああ、今16歳なんだな、もっと子供かと思った。今回、彼女の絶対帰ってきてよと流す涙が一番美しいすね。
 次。主人公弟の彼女で、やけに職務に忠実なクール美女のシークレットサービス要員を演じたのがAbbie Cornish嬢。このお方は初めて見る顔かな……じゃねえ! な、なんだって!? リメイク版『ROBOCOP』のマーフィーの奥さんを演じた人なんだ? へええ! 全然気が付かなかった。今回は、実は悪者サイドのキャラなんじゃないかとわたしは疑いながら観ていたけど、全然そんなことはなく、善良なシークレットサービスでした。
 次。US大統領を演じたのは、Andy Garcia氏。もう61歳だって。彼と言えば『UNTACHABLE』や『BLACK RAIN』を当然思い起こすわけだが、もう30年前の作品か……そりゃ年取るわけだ。しかし、この大統領は、事件は一件落着してめでたしめでたしだけど、きっと膨大な賠償責任を負っているわけで、US財政は破綻の危機に陥るのではなかろうか。死んだほうが良かった、と思わないことを祈ります。
 そして最後に、今回の悪役である国務長官を演じたのが、世界セクシーハゲ連盟の大御所、Ed Harris氏。相変わらず渋いすなあ……最近悪役が多いすけど、ま、宇宙モノでは外せない重鎮ですな。

 というわけで、もう何も書くことがないので結論。
 いわゆる「ディザスター・ムービー」が大好物なわたしが予告を観て、これは観ないと!と感じた作品『GEOSTORM』を観てきたが、まあ、劇場で観る必要はなかったかな、というのが結論である。やっぱり、ディザスター=自然災害でないとダメっすね。この映画は完全なる人災で、明確に悪党もいて、ラストはその悪事を完全に暴いてめでたしめでたし、であった。おまけにやけに政治的なメタファーめいた空気感も鼻に付き、どうも気に入らないす。もっと面白くできたはずだと思うけれど、代案を提示する才能のないボンクラなわたしには何も言う資格はないのでこの辺にしておきます。ま、CGはすごいすね。その点は大いにすごかったと称賛できます。以上。

↓ やっぱり、ディザスター・ムービーの最高傑作はコイツじゃないでしょうか。最高です。
日本沈没
小林桂樹
2013-11-26

 約2年前の2015年9月に日本で公開され、それなりに話題となった映画『Kingsman:The Secret Service』。わたしはこの映画を結構楽しみに観に行ったものの、意外なグロ描写満載で胸焼けするというか、なんかアレだなあ、と思い、イマイチ判定を下していたのだが、日本はともかく世界的には結構なヒットとなって、全世界興収4億ドルを超える大ヒットとなったため、さっそく続編が制作されることになり、今般、日本においてもその続編『Kingsman: The Golden Circle』が公開される運びとなった。
 わたしはこの映画を観るつもりは実は全くなかった。理由は二つあって、一つは前述の通り1作目があまりわたし好みでなかったこと、そしてもう一つは、これもどうでもいい理由なのだが、わたしの嫌いなFOX配給だからだ。これはちょっと説明しておくと、もはやハリウッド作品が全く売れない日本において、実は前作は、日本ではFOX配給ではなく、なぜかKADOKAWAの配給だった。おそらくは、FOXの日本担当が、こりゃあ日本じゃ売れねえだろうと見込み、KADOKAWAに配給を卸したのだと想像する。しかし、これまた前述の通り、日本でもそれなりに話題となって、おまけに全世界興収は大ヒットレベルまで稼いだため、やっぱ続編は自分で配給しよう、と考え直したのだろう、とわたしは邪推したのである。よって、この作品は観に行ってやらん、WOWOWで放送されるのを待てば十分じゃい、と判定したのだ。
 なのに、なぜわたしは観に行ったのか。答えは簡単。今現在わたしはTOHOシネマズのフリーパスポート有効期限内で、タダで観られるからだ。そして今、ほかに観てみたい映画が何もなかったからだ。つまり、なんか暇だし、タダならいいか、という実に消極的な理由で観に行ったというわけである。
 そして結論から言うと、やっぱり本作は明確に「コミック」=漫画であり、その描写は大げさで悪ノリが激しく、今回もグロ描写はあり、やっぱりあんまりわたし好みじゃあなかったかな、というある意味想定通りの感想しか持ち得なかったのである。つまり一言でいえば、やっぱりWOWOW放送を待てば十分だったかな、と思った。ただまあ、あくまでわたしの好みの話なので、前作が気に入った方にはある意味前作通りのノリなので、今回もまた気に入ってもらえるものと思う。

 物語は、まあ、大体上記予告の通りである。新たなる敵?が「キングスマン」を崩壊に導き、生き残った主人公のガキが「アメリカの親戚」たる「ステイツマン」の協力のもとに敵を倒す、というものである。
 というわけで、ポイントとなるのはこの敵は何者か、そして前作で明確に死んだはずの先代「ガラハッド」はなんで生きてるんだ? そして「ステイツマン」の面々のキャラはどういう奴らなんだろう、という点にあるとわたしは思っていた。
 これらを順番に説明すると、まず、今回の敵は、麻薬王、なわけだが、そのキャラクターは実に漫画チックで、ビジネスとして大成功しているわたしがなんでこんな名もなき地に隠れなきゃいけないのよ、と思っていて、アジトを50年代アメリカ風なある意味アミューズメントとパークめいたモノに仕立てていて、おまけに暇なので、Elton John氏を誘拐してきて住まわせて歌わせてもいるという、若干狂った女性であった。演じたJulianne Mooreさんが貫禄たっぷりに、そしてやたらと楽しそうに演じていたのが非常に印象的で、わたしとしては十分以上にアリ、だと思う。ただ、この麻薬王がどうしてまたKingsman組織と敵対しようとしたのかはよく分からず、単に手下として雇った若僧が、元Kingsman養成生の落ちこぼれだったために、Kingsmanという組織を知って、将来的な脅威になるから先にぶっつぶじておこう、と思ったから? なのだろうか? ほっといても良かったんじゃね? という気がしなくもない。
 で、先代「ガラハッド」がなぜ生きているか、については「ステイツマン」に実はこっそり助けられていた、というのが答えで、どうやら前回の事件がUS国内で起きた(んだっけ?)ために、実は「ステイツマン」も活動していて、ガラハッドが撃たれた直後に駆け付け、すぐさま謎テクノロジーで傷を修復していた、てなことだったらしい。なんというか、ホント漫画である。つうか、もはや『男塾』とか『聖闘士星矢』的展開と言っても良かろう。それはそれでアリ、とは思うが……わたしとしては、なんだかなあ、と思ってしまった。
 そして「ステイツマン」だが、役者陣は豪華だし、ガジェット類もいちいちオタク心をくすぐる楽しい?ものであるのはいいのだが、キャラ付けがなんというか……せっかく登場するChaning Taum氏ふんする「エージェント・テキーラ」はほとんど活躍しないし、大活躍の「エージェント・ウィスキー」はどういうわけか悪役になってしまうし、なんというか……正直イマイチであった。
 というわけで、本作を彩るキャラたちと演じた役者を紹介しておこう。
 ◆現・ガラハッドことエグジー:演じたのは前作に引き続きTaron Egarton君28歳。前作はとんでもないゆとり小僧だったけれど、Manners make the Manということで、すっかりスーツの似合うイギリス紳士になりましたな。その成長ぶりは大変良かったです。なお、Kingsmanにおいてはエージェントは円卓の騎士の名を名乗るわけですが、ランスロットの名を継いだロキシーが冒頭で殉職してしまうのは大変残念でした。もったいない……彼女も実は生きていた、と次回また登場してほしいと思います。
 ◆マーリン:まあ、魔術士マーリンというわけで、エージェントではなく指導教官兼バックアップ要員として今回も登場。そしてエージェントでないために難を逃れ、今回ガラハッドとともに活躍。演じたのは、前作同様セクシーハゲ界のイギリス代表としておなじみのMark Strong氏。今回は、酔っ払って泣き上戸だったことが判明。あのシーンは笑えました。そして今回歌も歌うわけですが、あの歌が上手なのかド下手なのか、わたしには判定できないす。残念なことに終盤で殉職。もったいないというか残念す……。
 ◆先代ガラハッドことハリー:演じたのは英国王でおなじみColin Firth氏。まあ、生きていたのは漫画的にアリとしても、実はわたしはいまだになぜハリーがウィスキーをあの場で撃ったのか良くわからんです。正直、別に本作に登場する必要はなかったような気が……。
 ◆エージェント・テキーラ:前述のように演じたのはChaning Tatum氏。ステイツマンはエージェント名がみな酒の名前になってます。今回、いかにもヤンキー的なキャラで、エグジーとぶつかり合いながら活躍するんだろう、と思っていたらほぼ出番なし。出る意味あったのだろうか……。
 ◆エージェント・ウィスキー:演じたのはPedro Pascal氏。そのルックスは非常にメキシカンっぽくて(※Pedro氏はチリ出身なので全然メキシカンではない)、彼の方が「テキーラ」なんじゃね? とわたしは思いながら観ていたが、なんというか謎の離反? で悪役扱いに。そして無残な最期を……。US大統領と通じていた、という事らしいが、かなり唐突に感じて、わたしには良くわからなかった。わたしは知らない役者さんですが、TVのGame of Thronesで有名なお方らしいすね。
 ◆ジンジャー:ステイツマンにおけるバックアップ要員の女子。演じたのはHalle Berryさん51歳。ええっ!? ご、51歳!? 見えねえ! もうそんなお歳なんですなあ! わたしには大変キュートに映り、やっぱHalle Berryさんは可愛いなあ、とか思ってたのに、わたしより全然年上だった! あーびっくりした。眼鏡と外跳ねショートヘアが大変お似合いでしたな。大変良かったと思います。
 ◆シャンパン:ステイツマンの長。演じたのはJeff Bridges御大68歳。存在感はバリバリながらもあまり出番なし。余裕な感じの貫禄十分でしたね。
 ◆ポピー:スーパー頭脳で麻薬戦争を終わらせ麻薬界に君臨する女性ボス。演じたのは前述の通りJuliannne Mooreさん57歳。とにかく楽し気に演じている姿が非常に印象的。どうでもいいけれど、ポピーが誘拐してきたElton John氏は、わたしは最初、そっくりさんかと思ったのだが、どう見ても本人で、彼もまた、思いっきり楽しそうにバカ演技を披露してくれています。なにやってんすかもう!w
 ◆US大統領:演じたのはそこらじゅうに出演しているので誰もが顔は知っている、のではないかと思われる名脇役のBruce Greenwood氏。わたし的には、このお方はJJ版『STRA TREK』のパイク艦長ですな。
 ほかにも、前作でエグジーの飼犬になったJBも出てくるし(ただし悲しい最後……)、前作でエグジーが救出したスウェーデン王女だったり、あの嫌な奴だったライバル候補性のチャーリーがポピーの手下として登場したりするので、前作が大好きな人には大変楽しめる作品だと思う。
 そして監督は、前作に引き続きMatthew Vaughn氏が担当。わたしはこの監督が撮った『X-MEN:First Class』がX-MENムービー最高傑作だと思っているほど大好きなのだが……やっぱりこのお方の本質は血まみれグロなんすかねえ……。自分で脚本も書く優れた才能の持ち主であるのは間違いないのだが……なんか、もうチョイ真面目?な、ドシリアスな作品を撮ってもらいたいと思います。

 というわけで、結論。
 全く観るつもりがなかった映画『Kingsman: The Golden Circle』をふと観に行ってみたところ、まあ、想像通りのコミックドタバタ作品であったと結論付けて良いように思える。それが悪いというつもりはなくて、それが好きな観客は多いわけで、実際本作も既に全世界興収4億ドルを超える大ヒットとなっている。なので、間違いなく言えそうなことは、前作が好きならば今回も間違いなく楽しめるであろう、ということでしょうか。わたしは前作をそれほど楽しめなかったので、WOWOW放送待ちで十分だったかな、と思った。わたしが一番残念だったのは、セクシーハゲMark Strong氏の最期で、今後シリーズに出られないとしたら大変残念す。しかし、結局Kingsmanって組織は何なんすかね? 資金源はあのTalorだけなのかな? 実は前作からずっとわたしには良くわかりません。以上。

↓ 基本的に完全なる続編なので、前作を観てないと全然意味不明だと思います。観てない方は今すぐ観てから劇場へ!
キングスマン(字幕版)
コリン・ファース
2015-11-25

 昨日は昼から夜までずっと予定が入っていて、年末だってのにやれやれだぜ、と思っていたところ、夕方と夜の予定が急に年明けに延期になり、それじゃさっさと帰って家で何か映画でも見るか……と思って会社を出た5秒後に、そうだ、オレは今、マリオで言うところの無敵スター状態なんだから、映画観て帰ろう、という気になった。そうです。わたしは今、TOHOシネマズの1か月無料パスポートを所持しているので、何でもタダで観られるのでした。
 というわけで、会社から最寄り駅までの60秒間の間に、そうだよ、アレを観ようと心に決め、家への帰りのJRではなく、地下鉄に乗って有楽町へ行き、目指したのは日比谷のシャンテである。わたしが観たいなあ、と思いつつも見逃していて、身近なシネコンではもう全然上映していない映画がまだシャンテで上映中なのであった。
 わたしが昨日観た映画は、タイトルを『gifted』と言い、邦題もそのまま「ギフテッド」である。その意味は、生まれながらにさながら神様から贈られたかのような才能を持つ、天才児のことだ。ズバリ、結論から言うと、はっきり言ってよくある話だし、脚本的に突っ込みたくなる点も結構ある。けれど、とにかく、やっぱり子役には勝てないすな。もう泣けてたまらん仕上がりとなっており、その「スーパー天才児」を演じたちびっ子の涙に、おっさんとしてはもう、主人公と完全に同化して「ごめんよ、オレが悪かった……」とクスンクスンとせざるを得なかったのである。これは泣けますわ。隣に座ってた結構美人のお姉さんも盛大に涙を流されていたのが印象的であった。
 というわけで、以下、結末まで書いてしまうと思うので、気になる方は絶対読まないでください。何も知らないで観た方が、感動すると思いますよ。

 さて。わたしがこの映画の予告編を見たのはずいぶん前で、US版の字幕なしのものだったが、わたし的に、これは観ないとイカン、と思ったポイントは以下の2つである。
 その1)主役がキャップでお馴染みのChris Evans氏じゃんか!
 その2)おっと、監督はMarc Webb氏じゃん!
 つまり、監督主演がわたしには大変おなじみの男たちであったから、である。キャップことChris Evans氏は、もうすっかりキャップのイメージが強くなりすぎている今、他の役を演じるのはわたし的には結構久し振りで、キャップじゃないChris氏を観るのは楽しみだし、監督のWebb氏も、『THE AMAZING SPIRED-MAN』シリーズを失敗させた男として散々評判を落としてしまったけれど(実際わたしもアレはナシ、だと思っている)、彼の出世作である『(500)Days of Summer』は大変な傑作なのは間違いなく、わたしも大好きな映画であるので、やっぱりこの人はこういう、笑いの中にもちょっと泣かせるような、ある意味地味なハートウォーミング系ヒューマンドラマの方が向いてるんじゃね? と思っていたので、今回の作品はまさしくそういう匂いが漂っていたため、大変期待していたのである。
 そして実際に観てみたわけだが、わたしの期待に応えるなかなかの佳作であり、わたしとしては満足だ。ただ、冒頭に記したように、はっきり言ってよくある話というか、なんか前にもこういう話があったような、という気のする物語であり、また、ツッコミどころもなくはない。まずは簡単に物語をまとめてみよう。
 主人公フランクは、フロリダの海沿いの(?)街で、船の修理をしながらしがない日銭を稼ぐ、若干ぱっとしない男だ。彼は、亡くなった姉の娘(つまり姪っ子)とともに暮らしているのだが、まずその姉は、数学で天才的な才能を持ち、ミレニアム問題の一つでもある「ナビエ-ストークス方程式」を解き明かすのではないかと期待されていたほどの才女だったのに、ある日フランクの元に娘を連れてやって来て、自らは命を絶ってしまったのである。というわけでその残された娘とともに暮らしているわけだが、その娘、メアリーも、弱冠7歳にして早くも天才としての才能を顕しており、小学校では「いまさら1+1=2って、マジ勘弁してよ……」的な若干の問題児であった。そんな暮らしの中でも、メアリーはフランクが大好きで、フランクもメアリーを心から愛し、そもそも賢いメアリーは、周りの小学生どもにうんざりしながらも、空気を読みながら、片目の猫フレッドとともに2人+1匹は幸せな毎日を送っていた。そんな時、フランクと姉の母であり、メアリーのおばあちゃんであるイヴリンという女性がやって来る。彼女もまた数学者で、大変頭のいい女性なわけで、イヴリンおばあちゃんはメアリーにいわゆる「ギフテッド教育」を受けさせるべきだと主張。あくまで普通の女の子として日々を送らせるべきだとするフランクと真っ向から対立し、やがて親権を巡って法廷闘争にまでもつれてしまうのだが、そこには自殺した姉の想いがあって―――てな展開である。
 どうですか。結構ありがちな話でしょ。しかしですね、これが泣けるんすよ。何故泣けるか。それは、もうメアリーを演じたちびっ子が、超かわいいからに他ならないのです。以下、各キャラを演じた役者陣をまとめておきます。
 ◆フランク:演じたのは前述の通り、キャップことChris Evans氏。大変いい演技ぶりでとても良かったと思う。フランクという男は、過去、自らも哲学の准教授としてボストン(だったかな?違うか?)で大学の教壇に立っていた男であるが、姉の自殺によってフロリダに移住した、という設定になっている。そして、母による姉への態度を長年嫌ってきたらしく、母とは全く話が合わない。まあ、完全に理系と文系、ですな。ただ、わたしが本作で一番突っ込みたいのは、なんでまたフランクは船の修理なんかで経済的に不安定な暮らしをしてたんだ? という点である。いや、姉の自殺に、おれのせいだという罪悪感を抱いているのはアリだと思うし、姉の自殺によってフロリダに引っ越した、というのも全く理解できる。けれど、法廷闘争になって、判決の一番のポイントがフランクの経済状態がよろしくない、という点になってしまったわけで、わたしは、これはきっと、フランクは一念発起してまたきちんとした職に就くのだろう、と思っていた。だって、フランクに養育能力ナシと判定されそうになったのは、ズバリ金の問題だけだったわけだし。でも、そういう展開にならず、結果としてメアリーを手放すことになってしまったわけで、わたしは観ながら、お前、ちゃんと働きなさいよ!メアリーを泣かせやがって!メアリーとの約束を破りやがってこの野郎! と若干イラっとした。でもまあ、最終的には大変美しくお話は着地するので、とりあえずはお咎めナシ、にしてあげたいと思う。
 ◆メアリー:演じたのはMckenna Graceちゃん11歳。前歯が全部なくて絶賛生え代わり中。天才児らしく、眉を寄せて考え込んでいる様子も可愛いし、勿論はじける笑顔もイイ。そしてなんと言っても、「ずっと一緒だからな」と言っていたフランクに約束を破られて、里親に引き渡される時の超大号泣には、もう人間なら誰しも彼女を抱きしめて慰めたくなるような、グッとくる演技を見せてくれました。ホントに劇場中が涙してたようにさえ思いますね。素晴らしいす。途中に出てくる、病院で子供が生まれることろを見せられて、お前もあんな風に、みんなの祝福に囲まれて生まれてきたんだよ、と教えられて、スーパーハイテンションで満面の笑みになるところや、ラスト、普通の女の子のように、ガールスカウトの服を着て、子どもらしい笑顔を見せてくれるのも非常に印象的でした。若干、わたしの大好きなAnna Kendrickちゃんに似ているような気がしますな。どうかすくすくと育って、美人になるのだぞ……。とりあえず彼女の名前は忘れないようにしたいと思います。
 ◆イヴリン:フランクの母でありメアリーのおばあちゃん。演じたのはLindsay Duncanさん67歳。この方は舞台人なんですね。そして映画だと、『Birdman』に出てきた辛口批評家のおばちゃんを演じたのがこの方らしい。なるほど。イヴリンおばあちゃんは、良かれと思って娘の才能を伸ばすためにギフテッド教育を与え、そして孫のメアリーにもそうしたい、と思っているわけで、実際悪意は全くないし、娘の自殺にもとても心を痛めている。だから冷たい人、という評価は本人には心外だろうと思う。でも、もうチョイ、耳を傾けるべきだったんでしょうな。そして、猫アレルギーで、メアリーの大切な猫、フレッドを保健所に引き取らせる暴挙を働いたのはまったくもって許しがたい! が、何度も書くけれど、ラストは大変美しい着地なので、おばあちゃんもまあ、許します。わたし的には猫のフレッドが助かってホッとしました。
 ◆ロバータ:フランクたちのお隣さんで、なにかとお世話になってるおばちゃん。演じたのはOctavia Spencerさん47歳。余り出番はないけれど、フランクとメアリーを見守る近所のおばちゃんで、超イイ人。メアリーも懐いているし、フランクも信頼している模様。もう少し、物語に関与しても良かったような……。
 ◆ボニー:メアリーが入学した「普通の」小学校の担任の先生。若干セクシー。そしてフランクとイイ仲に。一夜を共にしてしまった翌朝、メアリーに目撃されて、「やっちゃった……」とショックを受けるも、この時のメアリーの「Good Morning, Ms Stevenson!(ニヤニヤ)」には劇場内は大爆笑でした。本作をまだ観てない人には全く通じないと思いますが、観た人なら誰しも笑うところだと思います。このボニー・スティーヴンソン先生を演じたのはJenny Slateさんというお方で、わたしは観たことない女優さんだな、と思っていたのだが、どうやら声優もやられているお方だそうで、なんと、『Zootopia』の羊のベルウェザー副市長を演じられた方だそうです。へえ~。

 というわけで、もう書くことがなくなったので結論。
 昨日の夜、突発的に観に行った映画『gifted』は、ありがちなお話と言えばそうだし、若干の脚本的なツッコミどころもなくはない。だがしかし、そんなのはもうどうでもいいんです。なにしろ、天才児メアリーがとにかくかわいい! そしてそんな天才児を不器用に育てようとするキャップの姿も、なかなかいいじゃないですか。ちゃっかりセクシー先生とイイ関係になるのは若干うらやまけしからんけれど、総評としてはこの映画、わたしは大変気に入りました。アリです。Marc Webb監督は、もう巨大予算のかかった大作よりも、こういった日常的な人々を描く、等身大の作品を作っていってほしいすね。やっぱり、Webb監督はなかなか腕の立つ男だと思います。以上。

↓ 大変面白く、わたしは大好きです。ラストのオチもイイ!
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ジョセフ・ゴードン=レヴィット
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2012-09-05

 

 1990年代、わたしは大学生~大学院生~サラリーマン序盤という人生を送っていたわけだが、当時は結構リア充だったんじゃねえかという気はするものの、映画に関しては小学生からずっとオタク道を邁進しており、90年代も様々な映画を映画館に行って観ていた。
 その中でも、比較的忘れられない面白かった映画として記憶に残っている作品の一つに、1991年に観た『FLATLINERS』という作品がある。どうやらUS公開は前年の1990年だったようだが、Wikiによれば日本公開は1991年の2月らしいので、わたしが観たのもその辺りだろう。当然当時のパンフレットは持っているし、後にWOWOWで放送されたのもHDDに眠っている。さっき、ちょっと部屋を発掘したところ、こんなのが出土されたので、スキャンした画像を貼っとこう。
flatliners
 これ、当時の前売券の半券、ですな。わたしはオタクとして馬鹿みたいになんでも取っておく、余人には全く理解の得られない習性を持っているが、まあ、そういうわけです。
 というわけで、わたしはこの映画をかなり覚えていて、主演たるKiefer Sutherland氏がまだ20代で(現在51歳・当時24歳か?)、実際カッコイイ野郎だった彼が、「Today is a good day to die」今日は死ぬにはいい日だ、と冒頭でつぶやくシーンもはっきり覚えている。そしてわたしの大好きなKevin Bacon氏(現在59歳・当時32歳)も大変カッコ良かったことが思い出される一作だ。この作品を撮ったのは、80年代後半から2000年代まで、結構な売れっ子だったJoel Schmacher監督で、この監督と言えば「赤」と「青」を象徴的に使うことでもお馴染みだ。「赤」=死、「青」=生、みたいな。いや、逆か? 青が死、かな?
 お話としては、結構とんでもないお話で、臨死体験者の話には、「光」や「近しい人」が出てくると言ったような共通点があり、いっちょ自分で心臓を止めて「死」を自分で体験し、その謎を解こう、そして見守る仲間に蘇生してもらって「臨死」を経験(near death experience)するのだ、というもので、医学生たちの禁断の実験が、とんでもない恐怖を招いた―――的なサスペンスホラー? ともいうべきものだ。
 というわけで、またもや以上は前振りである。
 今般、この映画『FLATLINERS』が今再びリメイクされ、当然キャストも一新された新作として公開になったので、わたしとしてはもう、マジかよ! とワクワクしながら劇場へ向かったのである。
 結論から言うと、わたしは結構楽しめた作品であった。内容的にちょっと1990年版から変わっていて、とりわけ主人公の身に起こる出来事が、全く予想外でわたしは大変驚いたのである。以下、クリティカルなネタバレにも触れる可能性が高いので、気になる方は絶対に読まないでください。

 探したけれどこの30秒Verしかなかったのでやむなくこれを貼っときます。しかし、相変わらずSONY PICTURESの予告はダサいというか、日本語ナレーションは全く不要だと思うのだが……。まあいいや。この予告ではさっぱりわからないと思うけれど、お話としては上の方にわたしが書いた通りです。どうでもいいけれど、たしか1990年Verは舞台がシカゴだったような記憶があるけれど、今回はトロントでした。シカゴ大学もトロント大学も、医学部は名門みたいすね。
 さて。前述のように、わたしがびっくりしたのは、主人公の運命が1990年Verと大分違っていたことなのだが、ズバリ、ネタバレを書いてしまうと、この、「人工的臨死体験」をした医学生たちは、幻覚に悩まされるようになるんだな。それも、過去の、「ひどいことをしてしまった」という罪悪感が幻覚となって現れ、精神的に追い詰められてしまうわけだ。そしてそれを克服するには、その原因となった人に対して、心からの謝罪をするしかなく、そうして自分も相手も、完全ではないだろうけど、心の落ち着きを取り戻せる、という展開になる。しかし問題は、その「ごめんなさい。あの時のおれはホント最低でした」と「謝りたい相手」がもう既にこの世にいなかったら? という点がポイントになるわけだ。
 というわけで、今回のキャラクター達と、演じた役者を紹介しておこう。
 ◆コートニー:主人公の医学生の女子。実験を考え付いた首謀者。9年前、自らが運転する車で、うっかり携帯を見ながら運転するというミスを犯し大事故を起こしてしまい、同乗していた妹を亡くす。演じたのはハリウッドきってのちびっ子でお馴染みEllen Pageさん30歳。この人はかなりの演技派で、今回も大変良かったと思う。しかしまさかあんな最期を迎えるとは……。主人公なのに途中退場という衝撃の展開にわたしはかなりびっくりであった。
 ◆レイ:仲間の中では一番のキレ者?的な、医学生。元消防士で救急蘇生は慣れているらしい。社会人経験のある年長者で、事件の中で唯一、人工臨死を体験しない男。演じたのは、顔を見て一発で、あれっ!? キャプテン・アンドーじゃん!と分かるDiego Luna氏37歳。去年の今頃『ROGUE ONE』で活躍した彼っすな。彼がこの映画に出ていることをまったく予習してなかったので、アンドーが出てきて驚いた。今回はロン毛を縛って若干マスター・クワイ=ガン風で、実にイケメンないでたちでした。そして、なかなか演技も素晴らしく、文句は何一つありません。カッコイイじゃん。
 ◆ジェイミー:2番目の人工臨死体験者。金持ちのボンボン。LAで美容外科医として金儲けがしたいと思っているドスケベ野郎。彼には、かつて妊娠させた女子を裏切った過去があって、その女子が恨めしそうな表情で幻覚となって彼に襲いかかることに。つまり生霊、みたいなもんですな。演じたのは、James Norton君32歳。わたしは知らない方です。あまりイケメンとは思えないけれど、まあ、モテるんでしょうな。前作で言うところのWilliam Boadwin氏が演じた役柄に近いかな。前作では、自分が連れ込んだ女子とSEXしているところを隠し撮りしてコレクションする変態でしたが、今回はそれはなかったす。
 ◆マーロー:3番目の体験者。金持ちのお嬢さん。彼女は、1年前?に急患で運ばれてきた男を投薬ミスで死なせてしまった過去があり、深く後悔している。レイのことが好き。演じたのはNina Dobrev嬢28歳。ブルガリア生まれでトロント在住だそうな。なかなかお綺麗な女子だが、今まで観たことはないかな……。
 ◆ソフィア:4番目の体験者。いまだ自宅暮らしで、シングルマザーの母親が、人生の全てを「娘を医者にする」ことに賭けていて、それ故にちょっとプレッシャーに負けそうなおとなし目の女子。高校生時代に、自分よりデキる女子の携帯をハックして、保存してあったセクシー自撮り画像を拡散させて笑い者にしてしまったことに、罪悪感を抱いている。演じたのは、これまたわたしには知らない人のKierseyClemons嬢24歳。主にTVで活躍されている方のようですな。
 とまあ、こういう5人の物語である。ちょっと、ついでに、オリジナルVerではどうなっていたかも短くメモしておこうかな。たしか、各キャラ以下のような「罪悪感」を背負っていたような気がする。
 ◆Kiefer Sutherland氏演じた役:首謀者で1番目の体験者。子供時代いじめ?が行き過ぎて、事故死してしまった子がいた→もはやこの世にいないこの子に、主人公がどう謝るか、そして許しは得られるのか、がポイント。なお、今回のリメイクVerではKiefer氏が主人公たちの先生として登場する。わたしはまた、オリジナル版の主人公のその後かと思って、「まさか君たちは、『あの実験』を始めたというのか!?」的に、物語に絡んでくる役なのかとドキドキしたのだが、そんなことはまるでなく、別人としての出演でした。ちょっと残念。
 ◆William Baldwin氏演じた役:2番目の体験者。数多くの女子を泣かせた。どう謝ったか覚えてない……。
 ◆Kevin Bacon氏演じた役:3番目の体験者。子供時代、黒人の女子をいじめていた→謝罪に出向いて許してもらう。わたしは今回のレイが、Kevin氏の役に近いかと思って観ていたのだが、レイは人工臨死を体験しなかったすね。そしてかつていじめていた相手に謝りに行って、許してもらうのは今回はソフィアでした。
 ◆Julia Robertsさん演じた役:4番目の体験者。確か、お父さんがベトナム帰りで、精神を病んで自殺してしまったが、自分のせいだという罪悪感をずっと抱いていた。→幻影の父に許される。
 ◆Oliver Platt氏演じた役:確か最後まで人工臨死を体験しない慎重派(というより臆病だったっけ?)、みたいな記憶だけど自信なし。アカン。こりゃあまた観ないとダメだな……
 こんな感じだったと思うので、今回はいくつかの役が混じっていたり、役がチェンジしているような印象だが、それは別にまったく問題ないと思う。それよりも、本当に主人公コートニーの運命にはびっくりした。まさか途中退場とはなあ……妹の幻影に許されてもいいと思うのだが……。オリジナル版でのめでたしめでたし感は、本作ではコートニーの悲劇によって若干薄らいでしまったように思える。むしろわたしはマーローの方が許されないと思っていたけど、本作ではコートニー以外の体験者3人はきちんと落とし前をつけたわけで、それはそれで、観ていてよかったね、と安堵したのも確かだ。
 しかし……やっぱり、人類にとってのカギは、「赦し」にあるんだとわたしはつくづく思う。そこには、「赦す」側と「赦される」側の2つがあって、どちらかと言えば謝罪をする側よりも、それを「赦す」側の方が、気持ち的に難しいような気がしますね。いや、書いといていきなり否定するのもアレだけど、それはどうかなあ……。わたしは、幸いなことに罪悪感のようなものを持つべき相手よりも、「赦せねえ!」と思っている人間の方が多い、ような気がするけれど、それはわたしが単に、自分の中で解決してしまっているだけで、本当はわたしが「ごめんなさい」というべき相手がいっぱいいるのかもしれねえなあ、という気もすごいしてきた。そうかも。そうかもな……。「赦す」前に、「赦されている」ことに気づいていないだけかもしれないすね。
 となると、やっぱり、わたしが気付いていないわたしの罪を赦してもらうためにも、わたしも「赦せねえ」連中を、わたしの方から赦していかないといけないんだろうな……という気がとてもします。なるほど、これが「にんげんだもの」ってやつか。やっぱみつをはすげえなあ……。

 というわけで、話は逸れたけれどもう結論。
 27年ぶりのリメイクとなる、新版『FLATLINERS』を観てきたのだが、メインプロットは変わらないものの、キャラクターの言動は変わっており、意外と新鮮に観られた映画であった。まさか主人公が途中退場するとは思わず、大変驚いたけれど、「赦し」ってのは、非常に人類にとって重要な、重いテーマですな。ただ、それがどうして臨死体験と繋がるのか、そこんところは実際良くわからんです。これはオリジナル版でもたしか明確には描かれていなかったような気がする。ちょっと気になるので、HDDに録画してあるはずのオリジナル版を、ちょっくら発掘して観てみよう。と思うわたしでありました。以上。

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 わたしは恐らく日本語で読めるシェイクスピア作品はほとんど読んでいるはずだが、読み始めたのは大学2年のころ、当時わたしが一番仲の良かった後輩女子が「シェイクスピア研究会」、通称「シェー研」に入っていたためで、シェー研とは要するにシェイクスピア作品を上演する演劇集団だったのだが、今度わたしオフィーリアを演じるんです!絶対観に来てください!と後輩女子が目を輝かせて言うので、ええと、それはつまりハムレットを読んどけ、ってことか、と解釈し、それからシェイクスピア作品を片っ端から読み始め、その面白さに目覚めたのである。
 以前もこのBlogのどこかで触れたような気がするが、わたしがシェークスピア作品で一番好きなのは、おそらくは『ヘンリー4世』だと思う。めっぽう面白い作品で、おそらく、読んだのは上記のきっかけから1年以内の話で、やっぱシェークスピアはすげえ、なんて思っていたのだが、そんな時にとある映画が公開されて、当時少し話題になった。その映画は、当時弱冠29歳の男が撮った『Henry V』、すなわち『ヘンリー5世』という作品である。この映画を撮った29歳の若者、それがSir Kenneth Branagh氏だ(Sirと氏はかぶってるか?)。
 この映画で彼はアカデミー監督賞と主演男優賞にノミネートされ、一躍注目の監督&役者として名を上げたわけであるが、そもそもは王立演劇学校を首席卒業しRoyal Shakespeare Companyで活躍していた、バリバリの舞台人だ。その彼が初めて撮った映画『Heny V』は非常に面白くてわたしも大興奮であった。わたしの記憶だと、確か都内では渋谷のBunkamuraでしか公開されていなくて、2回観に行った覚えがある。わたしが大好きな『ヘンリー4世』では、のちのヘンリー5世となる「ハル王子」はまだやんちゃな小僧なんだけど、第2部ラストの戴冠式で「ヘンリー5世」に即位し、それまでのやんちゃ仲間だった連中ときっぱり縁を切り、有名な酒飲みのおっさん「フォルスタッフ」をも投獄させるというところで終わって非常にカッコよく、その後の続きの話が『ヘンリー5世』で語られるわけだ。なんだか、日本的に言うと「うつけ者」と言われ続けた織田信長が、立派な武者として新たな人生を踏み出す的なカッコ良さがあって、わたしは『ヘンリー4世』が非常に好きだ。続く『ヘンリー5世』は、まさしく信長にとっての桶狭間的な、フランスとの圧倒的な戦力差のある戦闘に勝利するお話で、実に面白いのであります。そして、Kenneth氏の撮った映画版は、演出的にも、主役としての演技においても、極めてハイクオリティでとにかく面白かった。全く現代人の語り手が画面の中で解説、というか狂言回し風に現れて状況をト書き風に説明したり、とても斬新で大興奮したことが懐かしく思い出されるのである。
 というわけで、以上は前振りである。今日、わたしはそのSir Kenneth氏が監督主演した『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』を観てきたのだが、監督デビュー作『Henry V』から28年が経ち、すっかりイギリスの誇る名優&名監督となったSir Kenneth氏の演じるポアロは大変素晴らしく、やっぱりこいつはすげえ男だな、と、なんだか妙な感慨がわいてきて、大変楽しめる一品であったのである。まあ、原作のしっかりある作品で、どうも賛否両論のようだが、わたしは本作の結末は知っていたけれど、間違いなく面白かったと思う。
 というわけで、以下、ネタバレに触れる可能性もあるので気になる人は絶対に読まないでください。まあわたしは知ってても面白かったですが。

 わたしは海外ミステリー好きとして、中学生ぐらいの時からいろいろ小説を読んでいるつもりだが、実は恥ずかしながらAgatha Christie女史の作品は1作しか読んだことがない。その1作が何だったか、実に記憶があいまいで、たしか『ABC殺人事件』だったと思うのだが、なぜ1冊しか読んでないか、の理由は明確に覚えている。それは、兄貴が早川文庫のクリスティー作品をいっぱい持っていて、それをある日勝手に読んで、兄貴の部屋に戻そうとしたときに「てめー勝手に何してんだこの野郎!」と大喧嘩になったのである。なので、以来わたしはクリスティー作品は絶対に読まん!と誓いを立ててしまったんだな。しかし、テレビや映画は別物、と思ったのか、わたしも我ながら良くわからない心理だが、テレビシリーズのポアロやミス・マープルは観ていたし、映画版の『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』はテレビで、『地中海殺人事件』『クリスタル殺人事件』は劇場で観ており、今日、改めて観た最新Verの『オリエント急行』も、たしかラストは……だったよな、と思いながら観ていたのだが、各キャラに関してはすっかり忘れていたものの、ラストはちゃんと記憶通りで、ちょっとだけ安心した。
 本作は、最新Verという事で、衣装も美術セットも極めて金がかかって豪華だし、おそらくはCGもふんだんに使われているであろう画作りで、大変高品位である。その点も見どころであるのは間違いないが、やはり、一番はメインキャスト全員が名の通った一流役者で、その豪華オールスターキャストにあるのではないかと思う。というわけで、以下、各キャラと演じた役者を紹介してみよう。全員、は面倒なので、わたしが、おっ、と思った方だけにします。なお、わたしは原作未読だし、74年版の映画もほぼ忘れかけているので、原作とどう違うかとかそういうことは書けません。あくまで、本作最新Verでのキャラ、です。
 ◆エルキュール・ポワロ:ご存知「灰色の脳細胞」を持つベルギー人の名探偵。演じたのは最初に散々書いた通り、監督でもあるSir Kenneth Branagh氏。わたしはこの映画で初めて知ったのだが、「エルキュール」の綴りは、Hercule、つまりフランス語だからHはサイレントなわけで(ベルギーはフランス語圏でもある)、要するにカタカナ英語で言う「ハーキュリー」、日本語で言う「ヘラクレス」のことなんですな。まったくどうでもいい話ですが、作中で何度か読みを間違えられて、わたしは怪力の英雄じゃありませんよ、なんてシーンがあって、あ、そう言う意味か、とわたしはちょっと自分の無知が恥ずかしくなったす。そして演じたSir Kenneth氏だが、わたしとしては全く堂々たるポアロで、文句の付け所はないように思えた。大変良かったと思うが、どうもあの髭のわざとらしさとかは、鼻に付く方もいらっしゃるようですな。わたしは全然アリだと思います。
 ◆ラチェット:演じたのはわたしがあまり好きでないJohnny Depp氏。ある種のネタばれかもしれないけれどズバリ書きますが、殺されるアメリカ人実業家の役である。そして実は犯罪者の悪党。つまり被害者である彼には、殺される理由が明確にあって、その理由と乗客たちにはどんな関係が……? というのがミソとなっている。Depp氏はまあいつものDepp氏で、とりわけ思うところはなかったす。変にエキセントリックなところはなく、表面的には紳士然としているけれど、その内面はどす黒い、という普通の悪党な感じでした。
 ◆メアリ・デブナム:演じたのは、STAR WARSの新ヒロイン・レイでおなじみのDaisy Ridleyちゃん25歳。可愛い。実に可愛い。この女子は声がちょっと高くて、そしてわたしには気取って聞こえるイギリス英語がなんか妙に可愛い。笑顔もしょんぼり顔もイイすな。演技も、ほぼド素人だった『SW:Ep-VII』からどんどんと良くなっていると思います。この女子はもっとキャリアを伸ばしていけるような気がしますな。役としては、 バクダッドで家庭教師をしていた先生で、ロンドンに帰る途上のイギリス人。本作では、医師の青年と恋愛関係にあるような感じだが、ポアロには平然と関係がないような嘘をつく、若干訳アリ風な女子の役。それが原作通りなのかわかりません。そして彼女とラチェットの間には何の関係もないように思えるが実は……な展開。
 ◆マックイーン:ラチェットの秘書。演じたのは、オラフの中の人、でおなじみのJosh Gad氏。今年の春の大ヒット作品『Beauty and the Beast』のル・フウを演じたことでもお馴染みですな。マックィーンも、ラチェットの秘書として実は帳簿を操作して金を横領していた……という怪しさがある容疑者の一人。
 ◆ハバート夫人:演じたのは30年前は超かわいかったし今もお美しいMichelle Pfeifferさん59歳。わたしにとっては初代CAT WOMANことセリーナ・カイルだが、やっぱりお綺麗ですなあ。笑顔がいいすね、特に。しかし本作ではあまり笑顔はなく、妙に色気のある酔っ払いでおしゃべりな金持ちおばさんというキャラクターで、事件とは無関係のように思えたが、実は悲しく凄惨な過去が……的な展開であります。なお、わたしは終わった後のエンドクレジットで流れる歌がとてもイイな、と思って、誰が歌っている、なんという曲なんだろう、とチェックしていたのだが、曲のタイトルは「Never Forget」、そしてどうも歌っていたのは、まさしくMichelle Pfeiferさん本人だったようです。そうだよ、このお方は歌えるお方だった! お、YouTubeにあるから貼っとこう。

 ◆ドラゴミロフ侯爵夫人:いかにも金持ちで意地悪そうなおばあちゃん。いつも犬と、お付きの侍女的なおばちゃんを連れている。そしてこういう役をやらせたら、この人以上の女優はいない、とわたしが思うJudi Denchおばちゃまが貫禄たっぷりに演じてくれて、大変良かったと思います。御年83歳。ただ、物語的には今回の映画では結構出番は少ないかな……。あ、Denchおばちゃまも『Henry V』に出てたんだ? 覚えてないなあ……やっぱり、わたしとしてはこのお方以上の「M」はいないすね。なぜ『Skyfall』で退場させたんだ……。
 ◆ピラール・エストラパドス:何やら世をはかなみ、いつもお祈りをしている宣教師?の女子。演じたのはスペインが誇る美女Penélope Cruzさん43歳。生きているラチェットを最後に見かけた女。全くラチェットとのかかわりはないように見えたが、実は……な展開。ちなみに、74年の映画版ではかのIngrid Bergman様が演じた役(役名はグレタ・オルソンと原作通りで、今回の方が原作と違うとさっきWikiで知りました。へえ~)で、アカデミー助演女優賞も獲ったんですな。それは知らなかったわ。
 ◆ハードマン:オーストリア人大学教授という偽装でオリエント急行に乗っていたが、実はピンカートン探偵社の探偵で、ラチェットの周辺警護を依頼されていた、が、実は……といういくつも裏のある男。演じたのはわたしの大好きWillem Dafoe氏62歳。本作ではあまり出番なしというべきか? しかしその存在感は非常に大きい感じがした。相変わらず渋くてカッコイイ。
 ◆マスターマン:ラチェットの執事。演じたのは、『Henry V』の中で一人現代人として出てくるあのおじさんでわたし的に忘れられないSir Derek Jacobi氏79歳。Kenneth監督が尊敬し愛してやまないバリバリのシェイクスピア役者ですな。わたし的にはイギリス物、時代物には欠かせないおじさんですよ。残念ながら本作ではあまり目立たない存在でした。が実は彼も……な展開。

 はーー疲れた。もうこの辺にしておこう。要するに、出てくるキャラクターはことごとく、「実は……」という背景があって、そういった過去をポアロが次々に暴き出すものの、じゃあいったい誰が殺人者なんだ? つうか全員に動機があるじゃねえか! という驚きの展開になるわけです。そしてポアロが導き出した、真実は―――という物語なので、さすがにそこまでは書きません。わたしはその答えだけしか覚えてなかったわけですが、それを知っていても全く問題なく楽しめました。なので、まあ、この正月に映画でも観るか、という方にはそれなりにお勧めだと存じます。映像的にも、役者陣の演技的にも、なかなか見ごたえアリ、な作品でありました。

 というわけで、結論。
 誰もが知っている名探偵ポアロ。そんなおなじみのキャラを、イギリスの誇る名監督&名優Sir Kenneth Branagh氏が21世紀最新Verとして映画化したのが『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』であります。公開からもうちょっと経ったけれど、今日やっと観てくることができました。ま、すっげえ、めっちゃおもしれえ! と興奮するほどでは全くないけれど、やっぱり面白かったすね。衣装もセットもCGも豪華だし、役者陣もオールスターキャストで、大変華やか? というか、非常にゴージャスですよ。わたしはアリだと思います。時代背景が良くわからないけど、原作小説が発表されたのが1934年だそうで、まあその辺りのお話なんでしょう。1934年は昭和9年だから、昭和の初期、ってことですな。ちなみに、ラスト、ポアロは「エジプトで事件が起こった」知らせを聞いて、そちらへ駆けつけるべく去っていきます。つまり、この映画が大ヒットするなら、次は「ナイル殺人事件」を映画化する気満々、ってことですな。売れているかどうか調べてみると、現在、全世界興収は3億ドルほどだそうで、十分ヒット作と言えるとは思うけれど、どうかな……まあ、わたしとしてはSir Kenneth版「ナイル」もぜひ観たいと存じます。楽しみっすね。以上。

↓ この映画が大好きでした……Michelle Pfeiferさんの歌う歌がことごとくイイ!
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 【追記:スター・ウォーズEp:VIIIを観ていない方は絶対に読まない方がいいと思います】

 2015年に開幕した、新たなる『STAR WARS』サーガの三部作。もともとサーガが9部作であることは80年代にとっくにLucas監督が言ってたので、復活に驚きはないのだが、10年ぶりとなる新作『Episode VII』は全世界のファンが待望し、待ちに待っていたというブーストもあって、世界的に大ヒットとなった。そして、監督を務めたJJ Abrams氏は、その期待に十分以上に応えた見事な作品を世に送り出し、ファンとしては大歓喜の夜を迎えたのが2年前の話である。
 JJ監督は、わたしは前々から、ファン心理を非常に「わかっている」男としてわたしは高く評価していたが、『VII』は、たった一つだけ問題点はあるものの、実に見事な作品だったとわたしは思っている。そしてその問題点とは、「謎が謎のまま終わっちゃった」ことである。ただしこの点は、「シリーズ」という観点に立てば、瑕疵とは責められないかもしれない。次へ引っ張るヒキとしてはアリであろうし。しかし、全くヒントナシで、悪く言えば投げっぱなし、風呂敷広げすぎ、ともいえるとわたしは思っていたのである。
 よって、次の『VIII』においては、確実に次の点が問題となるはず、とわたしは考えていた。
 1)レイ、君は何者なんだ?
 2)ルーク、あなたに何が起こったんだ? なぜベンと決別したのか?
 他にも、実際のところ謎はいっぱいあって、スノークって何者なんだ? マズ=カナタはなぜルークのライトサーベルを持っていたのか? FN-2187ことフィンはどうして職場放棄できたのか、とか、さまざまあるのだが、重要なのは、上記の1)2)だけ、であると極言してもいいのではなかろうか。
 というわけで、わたしは、昨日から正式公開となった『STAR WARS Ep:VIII』では、完全なる回答はまた『IX』に持ち越しになるかもしれないけれど、謎1)2)についてはある程度の「な、なんだってーーー!?」という衝撃が用意されているものと期待して、昨日の会社帰りに劇場へ駆けつけたわけである。
 しかし―――。結論を言おう。わたしは今回の『Ep:VIII』が全く面白くなかった。もう、これ、本当に、本物の『VIII』なのか? といまだに信じられない。ファンメイドの偽物を観たのではないか? というぐらいがっかりだ。確かに、レイ・ルーク・ベンの3人をめぐる本筋だけの部分は、大変良かった。けれど、本作は、シリーズ最長の153分の上映時間だが、全く不要な、どうでもいい話に多くの時間を割いていて、いらないシーン・いらないエピソードのオンパレードとしか思えず、わたしなら間違いなく120分以内に収められると思った。まあ、もちろん言うだけ詐欺ですが、以下、今わたしが感じている「コレジャナイ!」感をまとめてみようと思う。以下はもちろんネタバレを気にせず書きなぐる予定なので、まだ見ていない人は絶対に読まないでください。間違いなく、何も知らないで観るべきだと思います。じゃあ書くなって? いや、これ、わたしの備忘録なので、書く必要があるのです。わたしには。

 今思い返してみると、すでに予告からして、『VII』の時のような興奮はないように感じる。『VII』の時は、大気圏内を飛ぶファルコン号だけで大興奮だったのに。まあ、10年待ったのと、2年では期待値が違うのは当然といえば当然か……。今回の予告で、「こ、これは!!」と誰しもがドキドキしたのは、宇宙一の親不孝者でおなじみのベン・ソロことカイロ・レンが、今度は母殺しをするつもりか!? というシーンぐらいだったようにも思う。
 さて。それでは、観終わった今、感じたことを書き始めたいのだが、わたしが一番感じているのは、無駄にキャラクターを増やし過ぎたのがマズかったのだろう、という思いだ。主軸であるレイ・ルーク・ベンの3人に集中して物語を追えばよかったのに……。おまけに、その無駄なキャラたちが、おっそろしく無能で、ズバリ愚かなのである。そんな連中の話なんて、ホントどうでもいいわ……と強く感じた。それ故、ここはいらねえと思うシーンが多かったわけである。
 物語の流れとしては、『Ep:V The Empire Strikes Back』に近いというか、物語の進行が『V』の終わりから始めへと逆にたどったような印象だ。故に、かなり舞台がバラバラで分散している。そして、分散している舞台をつなぐ、シリーズではおなじみの「ワイプ」(?)による場面転換は今回は明確には使用されない。おまけに、I have a bad feeling about this もない。その点も、ファンとしては「わかってない」と言わざるを得ないようにも感じた。JJ監督の『VII』ではそういう「作法」も完璧だったのになあ……。そういう「作法」を無視することと、自由に創作することは、全く別の話で、断じて容認できるものではない、とわたしは思う。というわけで、もう、今回は物語をまとめる気にもなれないので、各キャラクターについて思う事を書いていくこととしたい。
 ◆レイ:主人公の女子。最大の謎である、「レイはいったい何者なのか?」は、今回うっすらと語られるだけで、しかもそれが真実とはまだよくわからず、ぼんやりしたままであった。本当にがっかり。ただ、何者であるかはさておき、ルークとのやり取りやベンとの関係は大変素晴らしく、演じたDaisy Ridleyちゃんも芝居がグッと良くなって、実際可愛かったので許してもいい。しかし、いかんせんレイの出自が謎であるために、いったい何故、ルークが驚愕するほどのフォースを身に着けたのか、全く腑に落ちない。一応今回、ジャクーの名もなき両親に、はした金で売り飛ばされた、的な過去は語られるが、それが本当なら、なんだよ、スカイウォーカーの血筋じゃなかったのか……と 相当わたしとしてはがっかり。しかし、本当にそれでいいのかなあ……。次作では、「な、なんだってーー!?」という驚愕の真実が明かされることを祈ります。
 ◆ルーク:ご存知ジェダイナイト。わたしは今回は、『VII』のラストの、ライトセーバーを差し出すレイのシーンから始まるかと思っていたがまるで違ってました(オープニングに関しては後で触れます)。で、始まって10分ぐらいで、その、手渡すシーンが始まるのだが、なんといきなりポイッとライトセーバーを捨てちゃうルークにまず驚き。そしてどうも、ルークとレイは知らない者同士というかまったく過去につながりがない模様(今のところは、と一応言っておこう)。問題の、ルークに何があったのか? に関しても、正直浅いというか、あまり感動的でなかったのも残念。要するに、強力なフォースを操るベンに期待をしていたけれど、いつのまにか? スノークにそそのかされて? ダークサイドの力を身に付けつつあるベンに、「今、殺るしかない」とまで思い詰めてしまって、けど可愛い甥っ子なので出来ない、なんて躊躇しているうちに反撃されたという、極めて残念なオチであった。でも、それだけじゃあ、辺境の星にひきこもってた理由にならないよ……致命的に浅すぎると思う。しかし、やっぱり演じたMark Hamill氏の「ただものじゃない」鋭い眼光は実にカッコよかったし、ラストのベンとのチャンバラは実に映像的にも素晴らしかった。また、そのファイナルバトルのオチ、実は実態は辺境の星にいるままで、虚像を飛ばしていた、というのも実に見事だったと思う。「フッ……最後のジェダイは俺じゃあない。またな、小僧(ニヤリ)」というラストはしびれるカッコ良さだったすねえ! ちなみに、今回ヨーダおじいちゃんも満を持して登場するが、『Ep:I~III』でのCGでバリバリに動くおじいではなく、『Ep:V~VI』のマペットの、動きのぎこちないおじいだったのが新鮮。ただしその言動は、相変わらず無責任なおじいで、「ジェダイなんてもうぶっ壊しちゃえばいいよ」という無責任発言には、もう唖然というか、ああ、やっぱりこのおじいが銀河の平和を壊した張本人なんだな、と改めてその無能ぶりを知らしめてくれたような気がする。これは悪い意味じゃなく、ジェダイといえども神様ではなく、ただの人間なんだ、という意味では十分アリ、だと思う。
 ◆ベン・ソロ=カイロ・レン:前作『VII』ではとんでもないゆとり小僧で、どうしようもなかった彼が、今回大成長! わたしは今回の彼はとても良かったと思う。周りがみな愚かでどうしようもなかったから相対的にまともに見えただけ、という可能性も捨てきれないが、今回、スノークをぶっ殺して、レイと二人共同で戦うシーンにはもう大興奮であった。あれはカッコよかった! 演じたAdam Driver君も、今回は前回ほど虚弱ではなく、まずまずのいい演技だったと称賛したい。予告でわたしがドキドキした母殺しも、オレにはできない!とトリガーから指を離すシーンも良かったと思う(けど、その後のレイアのアレはナシ。断じてナシ!)。しかし改めて考えると、師匠(ルーク)には殺されそうになり、父親(ハン)には疎まれ、そして頼った師(スノーク)にはある意味道具と利用されただけ、とも言えそうで、同情すべき点はあることはある。なので、最後まで信じてくれたように思える母だけはその手にかけられず、自分を支配しようとした奴らを全員ぶっ殺す!という決意は、ガキ臭さはあっても、男としては十分に共感できた。わたしの目から見ると、完全にベンはレイに惚れてますな。そしてその惚れた女に軽く振られたわけで、もうコイツは完全に、「世界をぶっ壊してやる!」と思ってますよ。ホントにもう、ゆとり乙としか言いようがないけれど、非常に分かりやすくて、極めてアリ! だとわたしは思った。まあ。次作でキチンと改心して、レイに許してもらうことですな。
 ◆レイア:今回のレイアは、非常に良かった点と、唖然とするとんでもない点と、両極端だったように思う。まず、反乱軍のTOPとしての振る舞いは実に良かった。愚かな現場連中とは違って大局を見据えての行動は、TOPとしてあるべき姿であり、演じたCarrie Fisherさんの堂々たる演技も相まって、実に貫禄あるお姿だったと思う。しかし……あの、「宇宙空間に投げ出されても、死なないし、宇宙空間を移動できる」謎の能力は完全に物語をぶち壊すとんでもないシーンだったとしか思えない。アレはもう、断じてナシだ。せっかくその直前は、ベンがトリガーから指を離し、レイアは無事、と思わせておいて、その直後ベンの部下による攻撃で死亡、となる流れは完璧だったのに。Carrieさんが去年、急な心臓発作で亡くなってしまったのは大変痛ましいし哀しい出来事だが、ルーカスフィルムは、次の『IX』には、Carrieさんは登場させないと言明したわけで、わたしは今回の『VIII』で、レイアの出番は終わるのだろう、と思っていた。なので、なるほど、こういう最期を迎えたのか……と非常にしんみり悲しい気分だったのに……なんとあろうことか、突然謎の能力が発揮されて生還、結局本作『VIII』のラストまでレイアは元気にしており、次の『IX』に出てこないことの方が不自然になってしまった。何を考えてあんな脚本としたのか、いまだにわたしにはさっぱり理解できない。断じてナシ、だとわたしは思う。ちなみに、レイアは謎の能力で生還したけれど、一緒に被弾したアクバー提督は残念ながら殉職してしまって超ショックだ。ひどくないすか? アクバー提督……あなたの「It's a Trap!」がまた聞きたかったよ……。
 ◆ホルドー中将:今回の新キャラで、レイアが意識不明状態の時に代わって反乱軍の指揮を執る女性中将。わたしはこのキャラはとても素晴らしく、今後の反乱軍はこのお方が率いるのだろうと確信していた。彼女もまた、無能な現場連中とは違って、正しく大局を見据える、将にふさわしい人物だと思いながら観ていたので、その最後にも大変ショックを受けた。演じたLaura Dernさんも大変良い芝居を見せてくれていたのになあ……なんか、このキャラはCG補正されて(妙に首が長く縦に細長く見える)いるのか、素なのか良くわからなかったけれど、Lauraさんの演技はほぼ完璧だったと思う。この方は、若き頃よりもここ数年の、お母さん的キャラの方が断然イイすねえ。せっかく、Carrieさん亡きあとの反乱軍を率いる絶好のキャラだったのに、なぜあんな最後を……これも脚本的にまったく容認しがたい。断然ナシ! とわたしは断罪したい。
 ◆ポー・ダメロン:今回、筆頭クラスの愚か者。まず、冒頭の宇宙戦闘シーンも良くない。これはポーには全く関係ないことなのだが、なんというか、ディズニーは本当に中国市場を一番大切にしているんだな……という事が物語に関与してしまっていて、ダメになっていくんだなあ……と感じたのが、冒頭の爆撃機の中で、中国人美女?と思われる東洋人が必死の思いで活躍するシーンだ。はっきり言って、『STAR WARS』サーガに、そういった本筋に関係ないキャラクターの描写は全く必要ない。あの一連のシーンは全て不要だ。冒頭の宇宙戦闘シーンは、あくまでも、反乱軍が追い詰められていて、大ピンチな状況にある、けれど、レイアの知略とポーたち現場の勇気で何とか持ちこたえている、そしてそれももはや限界にきており、ルークの参戦が、銀河の希望としてどうしても待ち望まれている、という状況を描くだけでいいのに、ポーの独断専行、からの降格、という脚本的な展開は全く不必要だったとわたしは感じた。愚かすぎるし。無駄だし。ただ、ポーは、ホルドー中将の勇気ある最期を見て、やっと改心し、大局観を抱くようになるわけで、その成長は大いにアリだけど、まあ、時すでに遅しだし、お前の成長に何人の人々の命が費やされたんだ! と思うと、若干腹立たしくさえある。ポーよ、君にはかつてのハン・ソロ的な役割を期待したけれど……まったく期待外れだったよ。ラストのスキー・スピーダーでの謎の特攻作戦も、効果ゼロでまったく無意味だったね。そもそも何がしたかったのかさえ意味不明だし、ああいう場面で、さっそうとX-Wingで救援に駆け付けるのが君の役割だっただろうに。全くもってがっかりである。もちろん、演じたOscar Isaac氏には何の責任もありませんが。
 ◆FN-2187ことフィン:今回全く不要だったキャラの筆頭格。何の意味もない行動ばかりで、わたしなら一切カット、別の任務を与えていたと思う。そもそも、なぜFN-2187だけが命令違反できたのか、という謎も一切触れられず。あまつさえ、完全武装の元上司に勝っちゃうし。あれも全くあり得ないというか、断じてナシ、と断罪したい。今回、最もいらないとわたしが感じたのが、新キャラであるローズとの潜入ミッションで、ローズも謎の助っ人も全く不要だったし、そもそもあの作戦自体が全く不要だったと、見た人なら誰しも感じたのではないだろうか? なお、謎の助っ人を演じたBenicio del Toro氏は、役名をDJというらしいが、本編でちゃんと名乗ってましたっけ? 吃音のあるキャラ付けも不要だし、物語においても全く不要だったとしか言いようがない。わたしは助っ人が「ギャンブラー」でコード破りの達人、と話すマズ・カナタの通信を聞いたとき、おおっと、まさかここでランド・カルリジアン将軍登場か⁉ と超ドキワクしたのに……全然違ってました。またローズを演じたKelly Marie Tran嬢も、全く可愛くないし。彼女は生粋のUS生まれのUS市民だそうだが、まあ、中国配慮キャラと見なさざるを得ないだろう。なんであんな無駄なエピソードを入れる必要があったのか、全く理解に苦しむ。しかも見どころもないしそもそも面白くもないし。とにかく、がっかりだ。フィンは伝説のいらないキャラであるジャージャー並みに、今後語り継がれていくのではなかろうかという気がした今回の『VIII』であった。
 ◆ファースト・オーダーなる無能集団:今回の筆頭アホキャラはハックス将軍だが、まあ、彼は最初から小者として、ベンの引き立て役としての役割しかないので、あれはあれでアリ、ではあると思う。しかし、今回最大のがっかりキャラ、最高指導者スノークには深く失望したと言わざるを得ない。そもそも、前作『VII』において、謎の巨大ホログラムとして登場していたスノークだが、今回、生身の姿が出てきて、普通のキモイおじいちゃんだったらがっかりだな、と思っていた。そして今回、そのがっかりは的中してしまったのだが、がっかりはそのビジュアルだけでなく、全然弱かったことに対してももう、失望を通り越して怒りすら感じたほどであった。ただ、それはわたしが過度の期待をし過ぎていただけのことで、物語として、ベンがスノークをぶっ殺すくだりは大変良かったと思う。ベンの、ごちゃごちゃごちゃごちゃ……みんなうるせーーんだよ!!という怒りは非常に分かりやすく上手に表現できていたし、ベンのキャラクターの引き立て役としては十分以上その役目は果たしてくれたとも思う。しかし、しかしですよ。あの、伝説のジェダイナイト、ルークをして、つかめなかったベンのハートをいともたやすく操っていた黒幕、としてはあまりに弱すぎる。そもそも、スノークはなぜ、フォースを操れたのか、スノークの目論見は何だったのか、どうしてそういう野望を抱くに至ったかは、もはや永遠に謎となってしまったわけで、わたしとしてはこの脚本はナシ、とやっぱり断罪せざるを得ない。軽すぎるし、投げっぱなし過ぎる。これじゃあ、ダメだと思うな……。そもそも、ファースト・オーダーの連中の、逃げる反乱軍をただじっと追いかけるだけ、という作戦自体も、脚本的にもう全然ナシ!だ。あれじゃあ、ドラマが生まれようがないよ。

 はあはあ……なんというか、本当にまだ信じられない。わたしが観たのは、本当の『VIII』だったのだろうか? ファンメイドのインチキ『VIII』だったのではないかといまだに思いたいわたしがいる。要するに、とにかく、「わかってない」。キャラクターも生き生きしてない。脚本が0点であるというのがわたしの結論である。
 そんな脚本を執筆し、監督をしたRian Johnson氏にすべての責任があるとわたしは断罪したいのだが、わたしは氏の作品は過去に『LOOPER』しか観ていないので、何とも言えないけれど……確かに『LOOPER』は面白かった。面白かったけれど、大絶賛というほどではなく、どうしてまた、ルーカスフィルム社長のKathleen Kennedy女史がそこまでほれ込んだのか、実は良くわからない。確かに、本作でも画として、ラストのベンとルークのタイマン勝負は猛烈にカッコ良かった。『LOOPER』でも、ラストの1対1のタイマンはカッコ良かったし、そういう場面に優れた才能を持っていることは明らかだと思う。しかし本作は、端的に言ってキャラが多すぎた。そしてそれらのキャラクターを点でばらばらに動かし過ぎて、全く焦点が合わない、ピンボケ作品になってしまったように感じている。やはり、本作にもJJ氏を脚本面でも参加させるべきだったと思う。今回、製作総指揮という肩書でJJ氏はクレジットされているが、やっぱりシリーズは、完全に全体の物語を統括する存在が必要で、JJ氏はもっと物語に関与すべきだったとわたしは思うのである。次回作の『IX』は、JJ氏が再び監督復帰することがすでに発表されているが、わたしは本作でも、JJ氏が作り上げるべきだったと強く感じた。そう考えると、最大の責任者、Kennedy女史にすべての責任があるというべきだろう。ホント、大いに、心の底から反省してほしい。オレの観たかった『VIII』はコレジャナイ!!!

 というわけで、結論。
 超期待していた、2年ぶりの新作となる『STRA WARS Episode:VII The Last Jedi』を観終わって、わたしが真っ先に思ったのは、「オレが今観終わったこの映画は、本当に、本物のSTAR WARS Ep:VIII」なのか? という信じられない思いで、きわめて深く失望した作品であった。わたしが思う、本作の欠点は、登場人物が多すぎて、しかも物語にほぼ無意味な行動をし、結果的に重要な人物や出来事にフォーカスされず、実に緩慢になってしまっている点で、脚本が全くダメだということである。ただ、本筋部分の進行はかなり見どころがあり、レイ・ルーク・ベンの3人は非常に良かった。とりわけ、前作でまったく共感できなかったベンがとった行動は、ガキ臭いものであっても理解はできるもので、その点は非常に評価したい。しかし結局、多くの謎はほぼ解明されず、実に消化不良でもある。しかし……そう考えると、ホントに『V』、帝国の逆襲は素晴らしかったんだなあとしみじみ思いますな。しかし、今回ロゴを赤くした意味も、ほぼなかったすね。黄色に戻っしてほしいですな。マジで。つうか、もうこの『VIII』も、正史として受け入れざるを得ないわけで、大変悲しいです。わたしはいまだに『III』はナシ、と憤っているが、この『VIII』は、『III』よりさらにナシです。以上。

↓ 今日、そういえばWOWOWで放送される『ROGUE ONE』。こちらも若干問題アリだけど、こちらの方がずっとずっと面白かったすね。

 実際のところ、わたしはDCコミックのキャラクターにあまり詳しくない。勿論、BATMANやSUPERMAN、WONDER WOMAN、それからAQUA-MANやGREEN LANTERN辺りは分かっているつもりだが、そのVillain(悪役)を全部知ってるわけではなく、正直に告白すると、全然にわか野郎である。
 それでも、映画オタクとしてはDC-Extended Univers(DCEU)は当然楽しみにしていたわけで、今日から公開された『JUSTICE LEAGUE』を初日にさっそく観てきたわけである。わたしは本作を観るにあたって、ポイントとなるのは2つ、Villainが誰か、そして、前作『BATMAN v SUPERMAN』で見事殉職したSUPERMANがいかにして復活を遂げるか、にあると思っていた。しかし一方では、実はわたしが最も楽しみにしていたのは、実際のところもはやストーリーではなく、美しき闘う女神、Gal Gadot様が演じるWONDER WOMANのワンダーな美しさを堪能することのみにあったと言っても過言ではない。
 で、結論から言うと、Villainは訳が分からんし、SUPERMAN復活もあまり劇的でなく、ただただ、Gal様の美しさと可愛さとセクシーさがワンダーな作品であったと言えるような気がしている。というわけで、以下、ネタバレ満載になる可能性大なので、知りたくない人は今すぐ立ち去ってください。では、中身を観ていこう。

 というわけで、事前に公開されていた予告では、一切SUPERMANは出てこない。けど、出てくるのは100%間違いないのは誰しもが分かっていることで、それがどう、感動的な復活となるか、が本作の本来の一番の鍵であったはずだ。が……どうなんでしょうなあ……アレは……。
 物語は、どうやら『BvS』の数か月後、らしい(よって『SUICIDE SQUAD』と時間軸的に被るのかも? よくわからん)。『BvS』で殉職したSUPERMAN不在の地球には、何やら謎の、羽の生えた昆虫めいた気持ち悪い化け物が現れていた。その化け物は、どうやら人間の感じる「恐怖」が大好物?らしく、20年間、Gotham Cityを守ってきたBATMAN曰く、こいつらは偵察隊だ、とのこと。一体何の偵察なのか? それは「侵略」であった。WONDER WOMANの話によると、この地球に3つある「箱」は、かつてアマゾン族とアトランティス族、そして人間が力を合わせて守ったもので、ウルトラパワーを秘めていて、それが一つになると超ヤバい事態になるらしい。そんな時、WONDER WOMANの故郷セミスキラで保管されていた「箱」が化け物の親玉に奪われる事態になってさあ大変。ブルース・ウェインは仲間を増やすためにFLASHとAQUA-MANを、そしてダイアナことWONDER WOMANはCYBORGをスカウトするために出かける。
 FLASHはごくあっさり仲間入りするも、AQUA-MANにはごくあっさり断られるブルース。そしてダイアナの方はというと、CYBORGは、どうやらその「箱」のパワーで誕生したらしいが、最初は警戒心バリバリで誰も信じようとしなかったものの、結局はWONDER WOMANの真摯な説得と美しさにノックアウトされて仲間入りを果たす。そんなころ、海中のアトランティスに現れた化け物の親玉=Steppen Wolfに、AQUA-MANもまるで歯が立たず余裕で「箱」を奪取され、最初は誘いを歯牙にもかけず断ったくせに、事ここに至って仲間入りする。かくして、「正義同盟」が成立、最後の箱を守るためにSteppen Wolfと戦う、のだが、これがまた恐ろしく強く、ならば、と天才的頭脳を持つブルースと超頭脳を授かったCYBORGが考えた結論は、死んだSUPERMANを「箱」パワーで蘇らせよう、というものだった―――てなお話でありました。
 どうですか? あんまり面白そうじゃないでしょ?
 やはり、決定的にMarvel Cinematic Univers=MCUと違うのは、BATMANとWONDER WOMANの二人以外はかなりキャラが薄いという点だろう。そして、SUPERMANも、わたしがさんざんコレジャナイ、と憤っている『MAN OF STEEL』での設定を踏襲しているので、相変わらず頭が悪いし、能力がスーパーすぎるチートキャラだ。最後はいつもの通り、超絶バトルとなるのだが、もう、またこれか、としか感想を抱けなかった。そもそも、殴っても殴られても、全く痛くもかゆくもない超人同士がどかーんと殴って吹っ飛び、さらにずばーんと殴り返して吹っ飛び、という、あの戦闘は意味があまりないような気がしてならない。アレが始まると、いかんともしがたい退屈さを感じてしまうのだが……。どうも、Warnerの幹部は、DCEUは暗いとか描写が暴力的とか、そういう点を反省材料としていて、軌道修正を図ろうと懸命のようだが、本作でそれが払しょくされたかというと、あまりそうは思えず、確かにFALSHのキャラはギャグ担当なんだろうけど特に笑えないし、ただの友達のいないおかしなガキにしか見えなかったのも残念だ。そもそも、Warner幹部の反省点がズレていて、ダークでも真面目でも暴力的でもそれは一向に関係なく、単に、キャラクターの設定が間違っているのだとわたしは思う。とりわけSUPERMANがマズイ。あれはイカン。
 今回、蘇ったSUPERMANは、当初記憶が混乱しているようで、『BvS』でボコられたこと(だけ)を覚えているにっくきBATMANをボコり返し、あまつさえ我が女神WONDER WOMANにこぶしを振り上げ、FLASHもAQUA-MAN、CYBORGもボコられる。あのシーン、本当に必要だっただろうか? いらないと思うのだが……まったくもって。素直に、善なるSUPERMANであればいいのに……。そして再生のきっかけも、謎の箱のパワーであるのはいいとして、やっぱり鍵は恋人のロイスか、母のマーサ・ケントであるべきだったと思う。今回もロイスはまるでどうでもいい扱いだったような気がしたのは残念過ぎる。なお、今回のロイスは、暴れまくるSUPERMANを止める単なる猛獣遣い役で、復活には一切関与せず、で、わたしはもう、がっかりであった。
 そしてあろうことか、VillainたるSteppen Wolfも、復活したSUPERMANにボコられ、うっかり、コイツ、怖え……とか恐怖を抱いてビビッてしまったために、恐怖が大好物の手下の化け物たちにむしゃむしゃ齧られてしまい、チクショー、覚えてろよー! と逃げてしまうオチ。なんじゃい! 笑うところだったのか、あれは?
 というわけで、かなり、何というか、もはや何も言えないような、決してつまらなかったとは思わないけれど、なんか……これでよかったのか? と良くわからない映画であった。
 なお、本作は、DCEUでは珍しく、エンディング後のおまけ映像が二つあるので、長~いエンドクレジットが終わるまで、席を立ってはいけない。一つ目は、すぐ現れるのだが、FLASHとSUPERMANどっちが速いの?選手権大会開催というある意味ギャグ映像なので、これは全くどうでもいい。問題は二つ目、エンドクレジットが全部終わってから映される映像だ。そこでは、アーカム(?)を脱獄したレックス・ルーサーが豪華なクルーザーで、とある有名Villainと会合を開くシーンが描かれている。このVillainはDeathstrokeという奴で、DCコミック的に言うとTVの『ARROW』にも出てきた悪役だ(※ただし役者はTVとは別人)。まあ、今後こいつとルーサーのタッグでSUPERMANとBATMANを苦しめるんでしょうな。DCEUが今後も続くなら、だけど。
 わたしとしては、DCEUは、SUPERMANのキャラクターを抜本的に変更しない限りダメだと思う。今回、前作『BvS』でさんざんSUPERMANをぶっ飛ばしたブルース・ウェインも、俺じゃなくてアイツの方が必要なんだ、とか、すっかりSUPERMAN擁護派になっていて、わたしとしてはなんだか興ざめだ。だって、今回だってBATMANのリーダーシップで何とか事件を解決できたようなものだし。なぜそんなにSUPERMANを持ち上げるのか良くわからない。なんというかな……正義のヒーローたちは、基本的に「愛の戦士」であるべきだとわたしは思うのだが、彼ら・彼女は、所詮身近な恋人のことばかりで、「愛の戦士」ではなく、単に「恋愛の戦士」のようにわたしには思える。それじゃあ薄っぺらくてダメだと思うなあ……。その点では、まともなヒーローはBATMANだけではなかろうか? ゆとり星人SUPERMANは、もっとちゃんとロイスやお母さんだけじゃなくて、人類への愛を持たないと、ヒーローになれないとわたしは思う。その点が、一番の問題だとわたしは思うのだが、Wanerの幹部はそんなことには気が付いてないのではなかろうか。かつての、Chjristopher Reeve版のSUPERMANは、人類のための戦士であり、そのためにはロイスでさえある意味見捨て、その結果死んでしまったロイスを復活させるために、地球の自転を逆回転させて時間を巻き戻すという荒業を使ったわけで、ああいった姿こそがSUPERMANだとわたしは思うのである。
 はーーーやれやれ。ポイントポイントは大変良かったけっれど、とにかくSteppen Wolfがザコ過ぎたのと、SUPERMAN復活のくだりが全く感動的でない、この2点においてわたしは深く失望した作品であった。
 しかし! 最後に、良かった点もちゃんと書いておこう。良かった点、それはもう、間違いなくWONDER WOMANのワンダーな美しさですよ。とにかくカッコよく、きれいで、可愛くて、セクシーで、もう満点です。冒頭の爆弾処理シーンもカッコよかったですなあ!! あの自動小銃乱射でばら撒かれた銃弾をすべてカキーーンと弾き返すGal様の美しさは失神モノでありました。本当に最高です。そして、役者陣では、やっぱりケツアゴでおなじみのBen Affleck氏演じるBATMANはカッコよかったし、アルフレッドのJeremy Irons氏も実にシブくてカッコよかった。新キャラ3人は、まあ、もちろんその見かけはカッコいいけど、キャラ的には微妙な感じすかね……一人、わたしが、おお!と思ったのは、CYBORGのお父さんの博士をJoe Morton氏が演じてましたな。『TERMINATOR2』で後にスカイネットを生みだしてしまう運命のマイルズ・ダイソン博士を熱演した彼ですね。え! うそ、今年70歳だって!? そうか、そんな歳なんですなあ。『TERMINATOR2』が公開されたのは1991年、もう26年前の映画か……やれやれだ。
 あともう一つ、わたしがこの映画で素晴らしいと褒め称えたいポイントは、音楽だ。今回音楽を担当したのは、1989年のTim Burton監督版の『BATMAN』で音楽を担当したDanny Elfman氏で、今回1989年版のオリジナルテーマもチラリと使われており、大変良かったと思う。わたしは1989年版のスコアはCDも持っているぐらい大好きで、Danny Elfman氏の音楽の大ファンなので、今回の音楽は非常に素晴らしかったと思います。

 というわけで、もうさっさと結論。
 DCコミックのヒーロー映画は、現在DC Extended Universという共通世界観で描かれているわけだが、その最新作『JUSTICE LEAGUE』は、わたしとしては2つの大問題があるように感じられた。それは、敵がショボいこと、そしてもう一つは、SUPERMAN大復活の様子が全く感動的でない点である。墓を掘り起こして死体まで見せる必要はあったのだろうか……。この2つがある意味最大のポイントだったはずなのに、見事にイマイチ感漂う仕上がりにあってしまっていて、非常に残念に感じた。ただし、今年の夏から大活躍のWONDER WOMANの美しさは際立っており、実はわたしはそれだけでもう、この映画を見に行って良かったと思えるほど大満足である。いや、本当にGal様は最高です。ホント可愛いよなあ……そして美しい……マジ最高です。Gal様は。以上。

↓ ちゃんと読まないとダメかもなあ……
ジャスティス・リーグ:誕生(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)
ジェフ・ジョーンズ
小学館集英社プロダクション
2012-12-15

 わたしがDave Eggers氏なる小説家の作品『The Circle』を読んだのは、去年の12月のことで、その時このBlogにも散々書いたが、おっそろしく後味の悪い、実に気味の悪い作品であった。しかし、たぶん間違いなく、Eggers氏は確信犯であり、読者を不愉快にさせ、SNSなんぞで繋がってる、なんて言ってていいのかい? というある種の皮肉を企図している作品なので、その手腕はなかなかのものだと思った、がーーーいかんせん、物語に描かれたキャラクターがとにかく絶望的にひどくて、とりわけ主人公の女性、メイのキャラには嫌悪感しか抱かなかったのは、その時このBlogに書いた記事の通りである。
 ↓こちらが原作小説。あ、もう文庫になってら。映画合わせか。そりゃそうか。
ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14

 というわけで、わたしがこの小説を読んだのは、この作品が映画化されることを知って興味を持ったためなのだが、その映画作品がようやく日本でも公開されたので、さっそく観てきた。
 ズバリ結論から言うと、映画版は小説のエッセンスを濃縮?というか、要するに短くまとめられており、雰囲気は非常に原作通りなのだが、結末はまったく違うもので、映画版はほんのちょっとだけ、すっきりすることができる仕上がりとなっていた。まあ、原作小説通りの結末だと、わたしのように不快に思う人がいると思ったからだろうか? わからんですが。しかし、なんか、うーん……そのせいで、若干中途半端であり、かつ、ある意味、本作の持ち味は相当薄れてしまったようにも思える。
 以下、いつも通りネタバレに触れる可能性が高いので、これから観に行く予定の人は読まないでください。つーかですね、わたしのBlogなんて読んでないで、原作小説をちゃんと読んだ方がいいすよ。

 さてと。えーと……今、ざっとWikiのこの映画のページを読んでみたのだが、ストーリーを記述した部分は……ちょっと違うんじゃね? と思える部分があるので、あまり信用しない方がいいと思う。わたしももう、ストーリーに関しては、さんざん小説版の記事で書いたので、もう書かない。以下に、原作とちょっとキャラの変わった二人の人物を簡単にまとめてみようと思う。
 ◆メイ:主人公。基本設定は小説版のまま変わってはいない、が、やはり、演じているのがハーマイオニーあるいはベル、でおなじみの元祖美少女Emma Watsonちゃんであるため、原作通りの頭の悪い女子を演じさせるのは難があったのだと邪推する。映画版のメイは、小説版よりほんの少しだけ、まともな人間になっていた。なお、小説版ではメイは何度かセックスシーンがあるが、映画版では一切ございません。別に期待したわけでは全くないけれど、メイのキャラクターを表す行動の一つだったので、その点でも映画版のメイは「まともな」人間に見えました。序盤は。わたしが印象的だったのは、かなり序盤で、入社1週間目にやって来る二人のイカレた男女に、結構露骨に嫌そうな顔をしていたシーンだ。その二人がどうイカレているかというと、メイは入社して1週間、頑張って仕事をしていたので、全く自分のプロフィールを編集したりする暇もなく、大量に寄せられるメッセージへの返事なんかも放置していたわけですよ。それを、「なんであなた、プロフィール公開しないの? え! カヤックが好きなの? なんだ、僕も好きなんだよ! それを知ってたら一緒に行けたのに!」とキモ男に言われるのだが、観ているわたしは、(なんでてめーと一緒に行かねえとならんのだこのボケが!)とか思っていたところ、Emmaちゃん演じるメイも、(……なんであんたと行かなきゃいけないのよ……)という顔を一瞬して、すぐに「ええ、ご、ごめんなさい、ちゃんとプロフィールも入力するわ」と慌ててつくろった笑顔を向けるという流れで、わたしはこのシーンにクスッとしてしまった。しかしこのシーンはこの物語を示すのに非常に象徴的であったとも思う。
 そしてラストに描かれる、「メイの元カレを探そう、イエーイ!」のコーナーも、小説版では極めて後味が悪く腹立たしいシーンだが、映画版でも実に気持ち悪く描かれていた。ここは原作通りなのだが、映画版ではこの事件をきっかけに、メイはまともな人間の反応を示す方向に行ったので、ここは物語が大きく原作と変わる重要ポイントとなっていた。そりゃそうだよ、映画版の反応は普通の、自然な反応だと思う。たぶん、小説版ではそれまでの出来事がかなりいっぱいあって、それらは映画版ではかなりカットされてしまったので、小説版のような反応をする説得力を持たせられなかったのではなかろうか。そのため、ごく自然な人間の反応を映画版は描かざるを得なかったように思う。そういう意味では、やっぱり映画版はかなりの短縮版だったと言えそうだ。
 ◆タイ:The Circleの創始者。会社経営のために雇ったCEOともう一人の重役の暴走を傍観するだけの役立たず、であり、小説版ではメイには正体を隠して仲良くなり、最後はごくあっさりメイに裏切られる愚か者、というキャラだったが、映画版では中盤? 前半?の段階でメイに正体を明かす。そしてキャラとしてもかなり変わっていたし、そもそも名前も変わっている。演じたのは、FN-2187ことフィンでおなじみのJohn Boyega君25歳。STAR WARSの”フィン”は確かに熱演だったと思うけれど、あれは元々が素人同然だから頑張ったと称賛できるわけで、はっきり言って、彼はまだ演技が全然だと思う。存在感が非常に薄く、物語的にもほぼ活躍しない。その結果、なぜタイはメイをこいつは使える、と見染めたのかもよくわからないし、エンディングも何となく、小説版のショッキング(?)なものではなく、若干のとってつけた感を感じた。
 とまあ、以上のように、小説がはらむ猛烈な毒はかなり薄まっているような気がする映画であった。小説版が猛毒なら、映画版は軽いアルコールぐらいな感じだとわたしには思えたのが結論であろうか。
 ただし、やっぱり映画という総合芸術の強みはその映像にあり、小説では脳内で想像するしかなかった「Circle」の各種サービスが鮮明な映像として提示されると、非常にリアルで、ありえそう、という実感が増していると思う。
 しかし思うのは、本当に現実の世はこの作品(小説・映画とも)で描かれる世界に近づいているのだろうという嫌な感覚だ。まあ、一企業のシステムに政府そのものが乗っかる、というのはあり得ないかもしれないけれど、現実に、納税とか公共サービスの支払いを既にYahooで支払えたりできるわけで、「あり得ない」が「あり得る」世界がやってきてしまうのも時間の問題なのかもしれない。わたしが願うのは、そうだなあ、あと30年だけ、そんな世界が来るのは待ってくれ。30年経ったらわたしはくたばっているだろうから、そのあとはもうどうでもお好きなように、知ったことかとトンズラしたいものであります。しっかし、メイにプロフィールを更新しろだのメッセージに返事しろ、コミュニティに参加しろ、なんて、「自由意志」よ、といいつつ「強制する」恐ろしい連中に対して、生理的嫌悪をいただかないとしたら、もうホントに終わりだろうな。おっかねえ世の中ですわ。
 あと、そういえばこの映画でわたしがとても痛感したのは、日本の国際的プレゼンスの失墜だ。本作では、主人公メイが透明化して以来、画面にさまざまな言語でコメントが現れるのだが、ロシア語や中国語、アラビア語なんかはかなり目立つのに、わたしが認識した範囲内では、日本語は一切現れなかった。とりわけ中国語が目立つわけで、なんというか、20年ぐらい前はこういう未来描写に日本語は必ずと言っていいほど現れてきたのに、残念ながらそんな世はもうとっくに過ぎ去ったんですな。実に淋しいすねえ……。
 というわけで、他のキャストや監督、脚本については特に思うことはないので終わりにするが、最後に、名優Tom Hanks氏演じたCEOと、メイの父親を演じたBill Paxton氏についてだけ記しておこう。
 本作映画版に置いて、Hanks氏演じたCEOは、結局は金の亡者(?)ともとれるキャラで破滅エンド(たぶん)を迎えたが、小説版ではもっと、本気で自分のやっていることがいいことだと信じて疑わない天然悪だったような気がする。そういう意味では小説版の方がタチが悪く、キャラ変したキャラの一人と言えそうだ。
 そして、Bill Paxton氏だ。彼と言えば、わたしが真っ先に思い出すのは、『ALIENS』でのハドソン上等兵役だろう。お調子者で文句ばかり言う彼が、最後に見せる男気が印象的な彼だ。Paxton氏は今年の2月に亡くなってしまい、エンドクレジットで、For Bill(ビルに捧ぐ)と出るので、本作が遺作だったようだ。享年61歳。まだお若いのに、大変残念であります。
 あ、あともう一人メモしておこう。主人公メイをサークルにリクルートする友人アニーを演じたのが、Karren Gillan嬢29歳。アニーのキャラは、ほぼほぼ原作通りであったが、演じたKarenさんは、わたしは観たことない顔だなーとか思っていたら、なんと、『Guardians of the Galaxy』の超危険な妹でおなじみのネビュラを演じた方だそうです。素顔は初めて見たような気もする。いや、初めてじゃないか、『The Big Short』にも出てたんだ。全然知らなかったわ。意外と背の高い彼女ですが、素顔は……うーん、まあ、わたしの趣味じゃないってことで。

 というわけで、またしても全くまとまりはないけれど結論。
 去年読んだ小説『The Circle』の映画版が公開になったので、さっそく観に行ったわたしである。その目的は、あの恐ろしく後味の悪い嫌な話が、映画になってどうなるんだろうか? という事の確認であったのだが、エンディングは全く変更されており、ほんの少し、まともな結末になっていたことを確認した。まあ、そりゃそうだろうな、といまさら思う。小説のままのエンディングだったら、相当見た人に不快感を与えるであろうことは想像に難くないわけで、映画という巨大な予算の動く事業においては、そこまでのチャレンジはできなかったんでしょうな、と現実的な理解はできた。それが妥当な理解なのか、全く根拠はありませんが。しかしそれでも、世はどんどんとこの作品で描かれる世界に近づきつつあり、小説版を読んだ時の感想と同じく、わたしとしてはその前にこの世とおさらばしたいな、と思います。切実に。長生きしていいことがあるとは、あんまり思えないすねえ……以上。

↓ どっちかというと、この作品で描かれる未来の方がわたし好みです。結構対照的のような気がする。こちらは完全なるファンタジーかつ、わたしのようなもてない男の望む世界、かも。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03




 というわけで、昨日は午前中にわたしの大好きなStephen King大先生原作の『IT』を観て、午後は立て続けに、これまたわたしの大好きなMARVEL CINEMATIC UNIVERS最新作『THOR:RAGNAROK』を観てきた。のっけから結論を言うと、ちょっと悪ふざけしすぎじゃね? という今までとはまるで違うギャグ映画となり果てており、わたしとしては、ナシ、と否定はしたくないものの……ちょっとやりすぎじゃね? と言わざるを得ない微妙作であった。おまけに、予告編から想像していた物語とは全然違うお話であり、正直、わたしはかなり肩透かしを食らったような気がしている。ただし、それはわたしが予告を観て勝手に盛り上がっていただけの話であり、ギャグもやりすぎとは言え、いちいち、くすっと笑えてしまうわけで、なんだかんだ文句を言いつつ、やっぱり面白れえなあ、というのが結論なのかもしれない。それでは、以下、思ったことを書き連ねていこうと思う。なお、もちろんのことながら、いつも通りネタバレ全開になる予定なので、まだ見ていない人は読まないでください。

 つーかですね、これは観た方なら誰もが思う事だと思うのだが……上記予告はすっげえカッコイイというか、わくわくする最高の出来じゃあないですか? でもですね、なんと、上記予告は予告専用の映像ともいうべきもので、本編での使用シーンと相当違う! ことにわたしは結構驚いた。端的に言うと、THOR様の大切なムジョルニア(=トンカチ)が砕かれてしまうでしょ? 個々のシーンは確かに本編にもある、けれど、背景が全然違う! のにわたしはとても驚いた。『SPIDER-MAN:Home Coming』の時も、予告だけで本編に存在しないシーンがあったし、最近はネタバレ防止にそんなことまでするんすかねえ……ま、いいや。
 で。今回のお話だが、予告を観て、わたしのようにMCUが大好きな人間ならば、確実に次の4つのことがらについて、いったいどういう事なんだろう? と思い、その点に注目して本作を観たはずだ。
 ◆その1) HULKは一体、どうして、どうやって惑星サカールに来たのか?
 この点については、まずは復習が必要だろう。MCUにおいて、HULKの一番最後の描写は、『Ultron』のラスト近くで、S.H.I.L.D.のクィンジェットをかっぱらって一人どこかへ身を隠してしまったシーンである。大好きなBLACK WIDOWの言葉も無視してどこかへ消えたHULK。そのHULKがいきなり宇宙の果て?の惑星にいるのはなぜなんだ? と誰しも思うはずである。わたしはまた、なんらかのMCU的な重大事件が起こって宇宙に飛ばされた、その背景にはサノスの影が……とかいう展開なのかと勝手に想像していた。が、結論をズバリ言うと、「特に説明はナシ」であった。うっそお!? それでいいのか? とびっくりしたのは言うまでもない。これは原作的にそうなってるのかどうか、わたしは知らないので何とも言えないのだが……あまりにテキトーな感じがして、今までの、「綿密に計算されたMCU」の世界観にそぐわないというか……なんだかとてもがっかりした。おまけにHULK状態で2年間いたらしく、HULK状態で普通にしゃべってるし! そんな……悩めるバナー博士像はどこ行っちゃったんだよ……。
 ◆その2)ムジョルニア破壊!? ムジョルニアはどうやって復活するのか?
 わたしは予告で描かれたムジョルニア破壊シーンに超興奮し、こいつはスゲエ展開だ! と超ワクワクしていた。そして、ひょっとしたら、いまだ登場していない最後の「インフィニティ―・ストーン」がムジョルニア復活のカギなんじゃね? とか勝手に想像して興奮していたのである。このことについても、もう結論を言おう、「ムジョルニアは復活しない」が本作の回答であった。えええ!? いいの!? ムジョルニアなしでTHOR様は今後戦えるの? 空飛べなくなっちゃうじゃん!? とわたしはこれまた激しくびっくりである。これでいいのかなあ……うーん……。
 ◆その3)そもそもTHOR様の現在の任務は……?
 MCU世界では、『Ultron』事件の後に、地球においては『CIVIL WAR』が勃発してトニーとCAPが大喧嘩していたわけだが、そもそも、THOR様は、『Ultron』事件の後は、インフィニティストーンの謎を追ってアスガルドへ帰って行ったために、地球におらず、『CIVIL WAR』にも参戦しなかったわけで、わたしとしては、本作では確実に、最後のインフィニティ・ストーンに関連する事件が描かれるのであろうと勝手に想像していた。しかし、である。冒頭でごくあっさり、「分かんねーから探すのやめた」的な一言で終了である。そんなバカな!? わたしはこの冒頭のTHOR様のセリフでイスから転げ落ちそうになるぐらいびっくりした。えええ? うっそお!? ほっといていいんすかTHOR様!? あなた、『Ultron』事件のときに観た幻影に従って、トニーに味方してVISONさん誕生を手伝ったんだし、その幻影で描かれた未来が気になって仕方ないから、インフィニティ・ストーンの謎を追う旅に出たんでしょ? いいのかなあ……これで。
 ◆その4)RAGNAROKとは? ま、まさか……?
 たぶん、世間一般的に言う「ラグナロク」とは、北欧神話で言うところの終末の日であり、Wagnerのニーベルングの指輪の最終章「神々の黄昏(Götterdämmerung)」のことを指すものだ。THOR様自身が北欧神話的世界観なわけで、ラグナロクという言葉は、アスガルド最大の危機を連想させるものとして、非常にそれっぽくもある。しかし一方で、MARVELコミックに通じている人ならば、ラグナロクと聞けば、原作の「CIVIL WAR」に出てきたTHOR様のクローンであるRAGNAROKというキャラを思い出す人も多いはずだ。おまけに予告の終わり近くには、何やら雷光をまとった、いつもと様子の違うTHOR様がカッコよく登場するシーンもあって、ま、まさかこれって、あのクローン・ソーが登場するのか!? と興奮したはずである。しかし―――結論を言おう。確かに、アスガルド最後の日ではあったので、タイトルとしてRAGNAROKは非常にピッタリではあったが……クローン・ソーは登場しない。その点では、正直肩透かしというか、なーんだ、であった。そして予告に出ていた「雷光をまとうTHOR様」は、ムジョルニアを失って覚醒した新たなTHOR様のお姿であったのである(しかもここも、予告の映像と本編は重大な違いがある)。しかしそれでも、「ムジョルニアを失ったからって何だ、お前はなに? トンカチの神様なのか? 違うだろ、お前は」「そうだ、オレは……雷神だ!」と、オーディンの幻影との会話で真の力に覚醒する流れはとてもカッコ良かったので、これはこれでアリだと認めたい。本作では、惑星サカールでの奴隷戦士の時には、さんざん「神様じゃなくて、お前、雷様だろ?」「雷様じゃねえ、雷神だ!」「はいはい、頑張ってね、雷様」みたいなやり取りが何度もあったので、強いTHOR様大復活はとても興奮出来て満足です。
 とまあ、わたしとしては驚き4連発で、ズバリ言うと「オレが観たかったTHOR3はコレジャナイ!」と思わざるを得なかった。
 しかし、である。ちょっと悔しいことに、単体として本作を観ると、やっぱりギャグには笑えちゃえるんだな……そういう点では大変デキのいいコメディであったのは間違いないと言える。まさかLOKI様まであんなコメディキャラになり果てるとは……哀しいやら笑えるやらで、わたしとしては大変微妙な気持ちである。
 はあはあ……だいたい言いたいことはもう書いたかな……では、ちょっと気を取り直して、本作の物語を軽くまとめてみよう。
 本作は、冒頭は鎖でがんじがらめに拘束されたTHOR様の愚痴から始まる。こういう、主人公の愚痴というのは、ハードボイルド小説の定番だが、THOR様は、インフィニティ・ストーンの謎を追って旅していたものの、その謎は解明できずにいた。そんな時、かつて父オーディンが封印(?)したスルトという火の王(?)が復活しかけているところに出会い、その討伐に出かけ、まあズバリ言うと楽勝で再封印成功、アスガルドに帰還するーーーが、帰還したアスガルドでは、何と愚弟LOKIがオーディンに成りすましており(※THOR:DWのエンディングでLOKIがオーディンに成りすましていることは描かれていた)、ふざけた芝居を上演して民衆と楽しんでいた。そのバカバカしさにカチンときたTHOR様は再び愚弟LOKIをとっつかまえ、つーかお前、父ちゃんをどうしたんだよ!? と尋問すると、なんと父オーディンは地球に追放されていたことが判明。すぐさまLOKIを伴って、LOKIがオーディンを置き去りにしたNYCへ再降臨する。しかし、その場所は既に建物が取り壊され、オーディンの行方は不明。まじかよ……と困っていると、なんとLOKIの足元に、オレンジ色の魔法陣グルグルが発生、なんだこりゃあ!? と戸惑うTHOR様の前に現れたのは、なんとなんと、Dr.Strangeであった。Dr.は、地球に害なす存在の監視をしていて、LOKIはそのブラックリストに入っていたのである。事情を説明するTHOR様に、Dr.は、オーディンが見つかったらすぐ帰るんだな、じゃあ、その場所を教えてやろう、今、ノルウェーにいるから、と魔法陣グルグルでTHOR様とLOKIをあっさりノルウェーに送り込む。そして再会する3人。しかし事態は急展開で、なんとオーディンの寿命は尽き欠けており、故郷は場所じゃない、人じゃよ……そしてマズイことに、わしが死ぬと、かつて封印したわしの第1子、つまりお前たちのお姉さん、凶暴なヘラが復活しちゃうのじゃよ……と言い残してオーディンは存在が消滅してしまう。おいィ! 無責任すぎじゃないすか! オーディン様! というわけで、オーディンの姿が消えるとすぐに、ヘラ様が降臨。バトルが始まる! のだが、ヘラ様は超強い! ムジョルニア破壊もこのシークエンスで、つまり地球での戦闘で起こったことです。予告と全然背景が違って驚いた。で、こりゃマズイ、とあせった愚弟LOKIは、戦闘のさなか、アスガルドへの帰還を要請、THOR様、LOKI、ヘラ様の3人はアスガルド召還の光に包まれ、アスガルドへ引っ張られるのだが、その中でも戦闘は続いており、LOKIが光の道の外に吹っ飛ばされ、そしてついにTHOR様も同様に吹っ飛ばされ、ヘラ様だけがアスガルド帰還を果たしてしまう。ヘラ様は、アスガルドにいるとますます無敵パワーを発揮できる体質で、なんとTHORの盟友であるウォリアーズ・スリーもごくあっさり殺され、アスガルドに君臨するのであった。一方、どこかへ吹っ飛ばされたTHOR様とLOKIは……てな展開であります。はーー、全然軽くまとめられなかったわ。
 というわけで、THOR様は惑星サカールへ吹っ飛ばされ、現地にいたアスガルト人のヴァリュキュリーに捕縛され、奴隷戦士としてサカールを治めるグランドマスターに売り飛ばされる。そして自由を得るには、闘技場で行われる試合に勝たなくてはならない。しかもどうやら現チャンピオンはおっそろしく強いらしい。上等だ、戦ってやるぜ! と気合十分なTHOR様の前に現れた、現チャンピオンこそ、盟友HULKであった―――てなお話です。
 まあ、とにかく以上のような、かなりとんでもないお話で、面白いけれどとにかくギャグがしつこく、どうも狙いすぎというか、全くこれまでとは作風の違う異色作であった。なんか……いろいろ今までのことを無理矢理無視しているようで、わたしとしてはどうにもコレジャナイ感をぬぐい切れなかったすね。以下、キャラ紹介を軽くやってみます。
 ◆THOR:アスガルドの王子様。試合直前に自慢の長髪を宇宙バリカンでバッサリ刈られてしまう。ちなみにその散髪屋さんを演じたのがStan Lee大先生御年94歳。楽しそうなのが印象的。今回のTHOR様はとにかくコメディキャラで、ツッコミ担当。演じたChris Hemsworth氏も大いにコメディセンスのあるお方なので、実際とても笑えるんだけど……まあ、いいんすかねえ、あれで。しかし後半の、真の力に目覚める雷光バリバリのTHOR様はカッコ良かった! しかし、ムジョルニアを失ってしまったTHOR様は、次の『Avengers:Infinity War』では大苦戦しちゃうだろうな……完全に故郷を失った宇宙難民になってしまい、地球はアスガルド人を受け入れることができるのでしょうか……。なお、地球の恋人ジェーンとは、どうやら完全に別れたようで、それもモブキャラのセリフでごくあっさり流されました。THOR様曰く「振られたんじゃねえ、お互いに振ったんだ」だそうです。いっそ、「彼女(を演じてるNatalie Potman)とはスケジュールが合わないんだよ!」と現実の理由を言ってくれた方が笑えたのに。
 ◆LOKI:宇宙一のデキない弟。今回はやけにTHOR様と仲良し。そしてボケ担当として笑わせてくれる。あんたも大丈夫なのかね……あんたを地球でブラックリストに入れてるのは何もDr.だけじゃないと思うのだが……ラスト、「地球はわたしを受け入れてくれるだろうか……」「俺に任せとけ!」という謎の兄弟愛は美しいけれど、そんなに甘くないぞ! 演じたTom Hiddleston氏もなんだか楽しげに演じられていたのが印象的。
 ◆Dr.Strange:今回チョイ役として出演。しかし相当成長している様子で、ソーサラー・スープリームとしての腕は格段に上がっている様子でした。どうも魔法の腕は既にLOKIをしのぐほど、の模様。Benedict Cumberbatch氏による偉そうなキャラは健在。
 ◆Odin:オーディン様はどういう理屈かよくわからなかったけど本作で寿命が尽きてしまった。しかし……第1子ヘラ様のことを丸投げで消えてしまうなんて……ちょっと神様としてどうかと思う。演じたSir Anthony Hopkins氏は今回コメディっぽさは一切なく、静かに消えていきましたな。もうチョイ、ちゃんと引継ぎした方がいいと思うの……。
 ◆HULK:結局なぜサカールにいたのか、わたしには良くわからんです。そしてHULK状態でもしゃべれるというか一定の理性を保っていられるのにも驚き。バナー博士状態に戻ってからは、クイン・ジェットに残されていたトニーの服をいやいや着るなど、この方もコメディ成分がかなり増量されていました。わたし的に一番笑えてしまったのは、トニーのパンツ(ズボン)がピタピタ過ぎて、常に股間のポジションを気にしてモジモジしている下ネタ系ギャグで、バナー博士のイメージ崩壊でありました。それにしてもバナー博士、あなた、結局『Ultron』事件の後で何がしたかったんすか? 単に隠棲したかっただけなの? ガキか!
 ◆HELA:オーディン様の第1子であり、THOR様の超凶暴なお姉さまだという事は全然知らなかった。とにかく演じたCate Blanshett様がおっそろしく美しい! まさしく女神! そして、髪をかき上げるしぐさが超セクシー! 長い黒髪をかき上げると、あのトゲトゲヘルメットに変化するシーンにわたしは大興奮。実際最高でした。本作1本で退場させてしまうのはもったいない……けど、再登場は無理かな……どうでしょうか。Cate様は本当に楽しそうに演じてましたなあ。
 ◆VALKYRIE:はっきり言って強いんだか弱いんだかよくわからない女戦士。元々オーディン様直属の女戦士部隊の総称で、かつてヘラ様に完敗して一人生き残ったのが彼女。彼女自身の個人名があるのか良くわからなかった。強そうにも見えないし、一応活躍はするけど、わたしとしてはほぼ空気。演じたのはTessa Topson嬢で、かなりイメージは違うけれど、『CREED』においてアポロJrことアドニス君の彼女を演じた方ですな。
 ◆HEIMDALL:アスガルドの門番でおなじみのヘイムダル。そもそもこの人はなんで職場放棄していたのか良くわからない。LOKIがODINに成りすましていた時に解任されたのかな? でもこの人スーパー千里眼の持ち主なので、なりすましを見抜いていただろうに……逃げるならあの刀を持って逃げていれば……この人が門番をきっちり務めていれば、ヘラ様のアスガルド帰還を防げたような気がしてならない。演じたIdris Elba氏は全く笑いを取りにいかない真面目演技でした。
 ◆GRAND MASTER:惑星サカールの統治者。原作的には無類のゲーム好きで、『GUARDIANS』に出てきたコレクターの兄弟。演じたのはベテランJeff Goldblum氏。この方は元々いつも笑わせるちょっとしたギャグ担当なので、ある意味いつも通りの芝居ぶりでしたな。

 というわけで。この『THOR:RAGNAROK』という作品はかなりいつもと違う作風で、MCU的にも位置づけが微妙な作品だったわけだが、恒例のおまけ映像で描かれたのは、おそらくはMCU的には次の『Infinity War』へつながるであろうワンシーンであった。アスガルド人を連れて難民として地球へ向かう宇宙船。THOR様とLOKIの、地球に行けば何とかなるさ的会話は、突然宇宙船を覆う影で遮られる。映像が引きになると、THOR様たちの宇宙船の上に、巨大な宇宙船が……というおまけ映像であった。わたしにはこの、謎の巨大宇宙船が何者か良くわからなかったが、おそらくは『GURDIANS』関連の宇宙海賊の船かなにかだろう。こうしてTHOR様はガーディアンズのみんなと出会い、『Infinity War』につながっていくんでしょうな、きっと。また、おまけ映像は最後の最後にももう一つあって、そこでは散々な目に遭ったGRAND MASTERのその後が描かれるのだが、ま、これは全く重要ではないと思うので、流していいです。
 それより気になるのは、アスガルドが滅亡してしまった結果、「オーディンの武器庫」に保管してあった「コズミック・キューブ」は一体どうなってしまったんだろうか? という点であろう。劇中では、どうもLOKIがまた悪さを企んで、こっそり持っているようにも思えたが……どうなんでしょうなあ? 確実に『Infinity War』ではキーアイテムの一つになるはずなので、行方が大変気にかかるところであろう。
 MCUの次回作は、来年GW公開の『Infinity War』の前に、日本では来年3月に公開の『BLACK PANTHER』を挟むことになっている。『BLACK PANTHER』と言えば、『CIVIL WAR』の結果、現在国際指名手配犯になっているはずのCAPたちをこっそり匿ってはずで、今のところの予告などではCAPたちが登場するとは一切描かれていないが、本当にCAPたちは出てこないのかな……時系列的に『CIVIL WAR』より前の出来事を描くならそれでもいいけど、そうでないなら、不自然だよなあ……。でもまあ、とにかく我々としてはドキドキワクワクしながら待つのが正しいのでしょうな。わたしも非常に待ち遠しく思います!

 というわけで、もはや収拾がつかないのでぶった切りで結論。
 超期待したMCU最新作『THOR:RAGNAROK』をさっそく観てきたわけだが、実のところMCU的にはかなり微妙な立ち位置の作品で、内容的には非常にコメディ色の強い異色作、であった。ほぼ日本とUS本国とは同時公開にしてくれたのはとてもうれしく、US本国ではどうやら上々の滑り出しのようだ。まあ、US本国ではこういう笑える映画は人気が出るでしょうな。わたしの前の列に座っていた白人のおっさんはもうずっと一人で爆笑していたし。わたしも、つい笑ってしまったのも事実だ。でもなあ……これで良かったのかなあ……ムジョルニアはどうするのだろうか……いくら真の力に目覚めたと言っても、ムジョルニアなしでTHOR様が戦い抜けるとは思えないし……あああ……くそう、早く『Infinity War』が観たいですなあ! その思いが強まった作品でありました。あ、その前に『BLACK PANTHER]』ですな。そちらも超楽しみです! 以上。

↓ 実は『BLACkPANTHER』は原作を読んでません。ので、かなりにわか知識です。

 このBlogを書き始めた一番最初の記事の冒頭で宣言した通り、わたしが世界で最も好きな小説家はStephen King大先生である。これはもう何度も書いてきたことだが、とにかく面白い。たまーに、微妙作もあるのは認めよう。だけど、やっぱりダントツナンバーワンでStephen King先生の作品が好きだ。
 まあ、日本の小説家の先生の中にも、King先生のファンを公言している作家はいっぱいいるし、ちょっとインターネッツなる銀河を彷徨えば、わたしよりはるかに凄い、重度のKing先生のファンの方もいっぱいおられるのは間違いないのだが、残念ながらKing先生の作品は、それほど日本で売れるわけではなく、新刊が出てもあっさり品切れ重版未定という名の絶版に追い込まれるわけで、とにかく見かけたら買うべし、が掟である。そんなファンの中で、おそらく人気TOP5に入るのではないかとわたしが根拠なく勝手に思っている作品、それが文春文庫から出ている『IT』である。
IT〈1〉 (文春文庫)
スティーヴン キング
文藝春秋
1994-12-01

 文春文庫版で全4巻にわたる長いお話だが、わたしも当然20年近く前に読んでいるし、その後10年ぐらい前に1回読み直したことがある作品だ。わたしとしては、長編で言うとこの『IT』よりも『THE STAND』の方が大好きなのだが、この『IT』は映像化も当然過去になされている(TVミニシリーズ)作品である。そもそも出版されたのもずっと前だし。
 だが、この度、どういう経緯か知らないが、今再びその『IT』が劇場映画となって帰ってきた。しかも、9月から公開されているUS国内はおろか全世界でも、おそらくは大方の予想を超える超ウルトラ大ヒットである。US国内ではすでに3億ドルを突破し、日本以外の全世界でも3億ドルを超え、合計6億7千万ドル(1$=114円として765億円)を既に超えて大ヒットとなった新・映画版『IT』。わたしとしては、早く日本で公開にならねえかな……と待つこと2か月。いよいよ今日から公開となったのでさっそく観てきたのだが、結論から言うと、わたしのオレ的2017年ナンバーワンかもしれないほどの出来の良さで、ウルトラ大ヒットも納得の仕上がりとなっていた。実に面白かった。そして実にハイクオリティであった。
 以下、ネタバレ全開になるはずなので、知りたくない人は読まないでください。

 まず、どうでもいいことからメモしておくと、日本公開タイトルは、何やらセンスのない邦題が付いているが、全く不要なので本Blogでは一切その邦題を記さないことにする。この映画は『IT』であり、日本語で言うなら「それ」、強いてタイトルとして表記するなら『イット』とカタカナで表記する以外になかろうと思う。つまらん邦題はゴミ箱行きでよかろう。
 そして、King先生による原作を読んだことがある人なら、絶対に思うのは、「あの長大な物語をいかにして2時間チョイに収めたのだろうか?」という疑問であろうと思う。わたしも実際、それが一番気になっていたし、どういう脚本になったのかについて最も興味を持っていた。
 この点について、もうのっけから書いてしまうが、King先生の『IT』という小説は、過去の少年時代編(1957~58年)と、大人になった現代編(1984~85年)、に分かれているのだが、今回の映画版は、完全に「大人編」を切り捨て、「子供時代編」のみに絞って描かれていた。しかも今回の少年時代編は1988~89年に改変されていた。これは大胆といえば大胆だが、かえってストレートに物語が進行し、結果的には大成功だったのではないかと思う。ちなみに、エンディングで「CHAPTER:1」と出るので、「大人編」を「CHAPTER:2」として今後製作するのかもしれない。何しろ本作は、製作予算3500万ドル(=約40億円)と、ハリウッド基準では低予算であるため、もはや黒字は確実で、同じ規模なら続編を3本ぐらい製作できるほど稼いだのだから。そして、時代を1988~89年に変更したのは、その27年後(※27年周期、が重要なのは後に書きます)がまさしく2015~2016年と現代にするためではないかと思う。要するに、大人編を作る気満々ってことと理解してもよいとわたしは確信している。
 さて。以下物語を追ってみよう。なお、今回はあえて、映画版のみを話題とし、原作小説とどう違っていたかは記さないものとする。なぜなら……ええ、正直に告白しよう。比較できるほど原作小説の細部を覚えてないからです。サーセン。
 物語の舞台は、King作品では超おなじみのメイン州にある町、デリーである。もうKing先生の作品では、同じくメイン州「キャッスルロック」と同じくらい舞台になっている町で、架空の町だ。デリーに住む少年、ビル・デンブロウ君13歳は、1988年の10月の雨の日、弟のジョージーを失う。ジョージーは、ビルの作ってあげた紙の船を雨の中流して遊んでいて、行方不明になってしまったのだ。それから数カ月、デリーの町では少年少女の失踪が相次ぎ、ジョージーの死を受け入れられないビルは、仲間の「負け犬クラブ」のさえない少年たちと、デリーの町の地下を流れる下水道に調査に向かうのだが、そこには恐るべき「それ」が棲んでいて……てなお話である。
 とにかくこの作品の面白さは、やっぱり「負け犬クラブ」のダメ少年たちと、紅一点の勇気ある少女べバリーのキャラにあると言っても良いだろうと思う。そして、超おっかないピエロの格好をした謎の「それ」、ペニーワイズの恐怖がヤバいのだ。わたしは今回の映画で、ペニーワイスのビジュアル的な怖さも凄いと思ったし、やっぱり少年少女たちキャストの熱演がとても素晴らしかったと思う。また、演出も、闇と光、それからカメラアングルあたりは、ホラーとして古典的かもしれないけど、非常にハイクオリティだったと称賛したいと思う。また、いままで脳内で描いていたデリーの町を実際の映像で見せられるとこうなるんだ、というのも非常に興味深かったし、ジョージーの原作での忘れられないセリフ「お兄ちゃん、プカプカ浮かぼうよ……」も、実際の映像で「浮かんで」いる様が観られてわたしは大興奮であった。
 というわけで、以下、キャラ紹介とキャストについてまとめておこうと思う。
 ◆ビル・デンブロウ:演じたのはJaeden Lieberher君。2003年生まれらしいから14歳かな。ビルは、吃音のある少年で、ひょろっとして色白な、若干虚弱少年だが、愛する弟が死んだのは(行方不明になったのは)自分のせいだと心を痛めている。勇気は十分で、なんとなく学校の「負け犬クラブ(Losers Club)」のリーダー的存在。彼は大人になってホラー作家として成功する(くどいけど今回の映画は子供時代のみ)。
 ◆べバリー:演じたのはSophia Lillisちゃん15歳。2002年生まれだそうです。目鼻立ちの整った美人に成長する可能性大ですな。べバリーは、学校のイケてる派の女子たちからいじめられていて、おまけに、お父さんがクソ野郎(原作小説でもそうだったか思い出せない……)という気の毒な境遇にあるが、彼女もまた度胸の座った勇気ある少女。とあるきっかけで負け犬クラブの仲間に。クラブの紅一点で、実はビルもべバリーも、お互いが大好き。べバリーは大人になってからファッションデザイナーとして大成する。なお、ビルとべバリーは、なんとKing大先生の『11/22/63』にちらっとゲスト出演している。まさかまたビルとべバリーに会えるとは思ってもいなかったので、『11/22/63』を読んだときは大興奮しましたな。※追記:間違えた!さっきチラッと『11/22/63』をパラパラ流し読みしたところ、ビルじゃなくてリッチーとべバリーが出てくるのが正解でした。サーセン。間違ってました。
 ◆リッチー:演じたのはFinn Wolfhard君。リッチーはメガネのおしゃべり少年でずっとDirty Word連発で下ネタギャグをかます突っ込み役。ビルと一番仲がいいんじゃなかったかしら。大人になってからはLA住まいのDJとして暮らす。
 ◆エディ:演じたのはJack Dylan Grazer君。この子はイケメンにの成長するんじゃないかなあ。エディは喘息もちで超過保護?なお母さんの元、常に薬を持ち歩いている少年だが、結構毒舌で喧嘩っ早くて活発とも言えそう。病弱には見えない。薬やバイ菌に詳しくみんなの傷の手当担当。後半、自分も腕を骨折し、そのギプスに、薬局のブス女にLOSERと書かれてしまい、SをVに自分で書き直す(LOVER)涙ぐましい努力をする。大人になった彼はたしかNYCでリムジン会社を経営してるのではなかったかな。
 ◆スタンリー:演じたのはWyatt Oleff君。彼はなんと『Guardians of the Galaxy』の冒頭の少年時代のピーター・クィルを演じた子ですって。全然気が付かなかった。で、スタンリーはユダヤ教のラビの息子。結構おどおど君だが仲間の中では明るく元気。負け犬クラブ内ではいつも慎重派。大人になったスタンは裕福な会計士だったかな。
 ◆ベン:演じたのはJeremy Ray Taylor君。ベンは、太っちょの転校生で友達がいなくて、いじめられているところを負け犬クラブのみんなに助けてもらって仲間入り。図書館に入り浸っていて、べバリーに恋心を抱いていた。詩を送っちゃうような内気な少年。大人になったベンはすっかりスリムに変身、建築家として成功している。なお、ベンが図書館でデリーの歴史を調べているときに、どうやら「27年周期」でデリーでは大量に人が死ぬ事件が起きたり失踪事件が相次いでいたらしいことを発見する。
 ◆マイク:演じたのはChosen Jacob君。マイクは原作で黒人少年という設定だったか覚えていないけど、羊を飼育する農家の少年で、大人になってからも唯一、デリーで暮らしている。彼もまたいじめられているところを、負け犬クラブのみんなに助けてもらい一番最後に仲間入り。大人編は、デリーにいまだ住んでいる彼からの電話で物語は始まる。
 こうしてみると、大人編もぜひ映画化してほしいものですなあ! 現代に置き換わるはずだから、メールとかFACEBOOKとかで連絡とるような描写に変わるんだろうな……。
 そして、少年編で本作は終わってしまったので、実際のところ、真のエンディングには達していない。重要な「亀」がチラッと出てきたのは、原作小説を知らない人には全く印象に残らなかっただろうと思うし、「それ」の真の姿も出てきていないというべきだろう。
 だが、それでも本作はとても面白かった。むしろ、大人編は結構トンデモ系なお話になってしまうような気もするので、純粋にホラーとしては少年時代編のみに絞ったのはとても良かったようにも思う。少年時代という事で、本作は同じKing先生の『Stand by me』的な空気感というプロモーションを見かけたような気がするけれど、お話の構造としては、大人編と少年時代編が分かれている『DREAM CATCHER』の方が近いと思う。そしてその『DREAM CATCHER』も映画化されたけれど、かなりキツイ、トンデモ珍ムービーになってしまったのは、ひょっとしたら大人編・子供時代編を一気に描いたからなのではなかろうか……まあ、『DREAM CATCHER』は明確に分けられないだろうから仕方ないけどね……。
 で、最後に、本作を撮った監督をメモしておこう。
 本作を撮ったのが、Andrés Muschietti氏というアルゼンチンの方だ。キャリアとしては、まだ本作が長編2作目だそうで、1作目は『MAMA』というホラーだそうだ。待てよ……この映画、わたしWOWOWで観たかもしれないな……Jessica Chastin嬢が主役だったらしいから、観てるかも。

 これか……いや、これは観てないなあ……怖そう……。ま、とにかく、『IT』における演出技法としては実に正統派というか古典的で、実にしっかりとられた作品だと思う。ペニーワイスの怖さはもう、ホントヤバいすよ。映像が実にクリアというか、ピントがきっちり合っているというか……非常に見やすく、光と闇のコントラストがはっきりしている印象を受けた。たぶんこのことは、King先生の作品においては重要なことで、光の先、日常のちょっと隣に怪異が棲まうという空気感を醸成するのに貢献していたように感じた。この監督が撮る、ホラー作品以外も観てみたいと思います。
 あ、なんだ、もうすでにIMDbに、『CHAPTER:2』がアナウンスされてますね。2019年公開か……これは楽しみだ!

 というわけで、まとまらないので結論。
 わたしが世界で最も好きな小説家はStephen King先生である! このことはもうこのBlogで何度も書いてきた。そんなわたしが、映画『IT』を楽しみにしていないわけがない。そして実際に観てきて、わたしの期待は十分かなえられたと断言できる。大変面白かったし、実にクオリティの高い作品であった。長大な原作を、「少年時代編」のみに集中した選択も実に効果的だったと思う。もしこの映画を観て、負け犬クラブの彼らに「その後」があることを知らない方は、今すぐ原作小説を読んでほしい。つーかわたしも読みたくなってきたのだが、本棚にどういうわけか3巻だけないんだよな……誰かに貸しっぱなしなんだろうな……くそう! あ、ちゃんと電子書籍版が出てるじゃないか! いつの間に……この映画に合わせて10月に電子版を出してたのか……これはさっそく買うしかないすね。以上。

↓ というわけで、電子書籍版が出てました。
IT(1) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03

IT(2) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03

IT(3) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03

IT(4) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03

 今を去ること35年前。わたしは中学生ですでに順調に映画オタクの道を歩んでいたわけだが、35年前の夏、わたしは臨海学校で、早く帰りてえなあ……と思いながら、それでいて海を楽しんでいた。そして海から帰ってきた翌日、わたしは一路20㎞程離れた東銀座までチャリをぶっ飛ばし、とても観たかった映画を観に行ったのである。それがまさか、後にカルト的人気作となって、「いや、オレ、中学んときに劇場で観たぜ、ほれ、これが当時のパンフレットと前売券」なんて言って見せびらかすと、若い映画オタクを名乗る小僧どもにはことごとく、うお、まじっすか!と驚かれる作品になるとは全く想像もしていなかった。その映画こそ、Sir Ridley Scott監督作品『BLADE RUNNER』である。
 ↓これが当時のパンフの表紙と、わたしは当時、表紙の内側に前売券の半券を貼りつけてた。
BLADERUNNER01
 当時、わたしは単に、Harrison Ford氏が大好きで、おまけに『Chariots of Fire』でアカデミー作曲賞を受賞して注目されつつあったVangelis氏が音楽を担当しているというので観たかったのだが(※映画『炎のランナー』は、日本では『BLADE RUNNER』と同じ年の夏公開)、35年前に初めて観た時は、『BLADE RUNNER』の描く未来のLAに大興奮し、そのやや難解な物語も何となくわかったふりをしつつ、コイツはすげえ映画だぜ、と夏休み明けに周りの友人たちに宣伝しまくった覚えがある。
 そして時は流れ―――なんとあの『BLADE RUNNER』が描いた未来、2019年はもうすぐそこに来ており、そりゃあIT技術の進歩はもの凄いけれど、実際の街並みなんかは、なんとなく何にも変わってねえなというつまらん未来を迎えようとしているわけである。日本もすっかり国際的プレゼンスを失っちまったし。
 しかし! 何を血迷ったか、元々『BLADE RUNNER』という作品はワーナー作品だが、わたしの嫌いなSONYピクチャーズが権利を買い(?)、その正当なる続編『BLADE RUNNER 2049』という作品を世に送り出した。前作から30年後を描く、本当にまったくの続編である。当然、もはやアラフィフのおっさんたるわたしは狂喜乱舞、であり、まさしく俺得ではあるものの、マーケティング的に考えれば、とうていこの作品が大歓喜をもって世に受け入れられるとは思えない。結果、US本国などでは興行数値的には若干厳しく、失敗作だとかそういう判定をしている批評を見かけるが、そんなの当たり前じゃん、というのがわたしの意見だ。だって、そりゃ無理だろ。今さらスラムダンクの続編を出したって……いや、スラムダンクなら大ヒットするか、えーと、そうだなあ、うーん、マニアックに言うと……今さら楳図かずお先生の大傑作『漂流教室』の続編を出したって、そりゃあ売れんでしょうよ。わたしは超嬉しいけど。
 しかし、そんな世の中の評価なんぞはわたしにとってはどうでもいい。
『BLADE RUNNER 2049』という映画は、わたしとしては絶対に観なくてはならない作品であるわけで、さっそく昨日の土曜日にIMAX-3D版で観てきたわけだが、間違いなく超ハイクオリティであり、実はお話としてはややツッコミたいところはあるものの、演出・撮影・音楽、すべてが満点であり、わたしとしては大満足であった。コイツはすごい。懐古厨のおっさんどもの中には、観てもいないうちから否定している人もいるようだが、紛れもなく本物の続編であるとわたしは断言したい。そしてこの映画を撮り上げたDenis Villeneuve監督は、現時点では、もはや天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかと言うぐらいの実力があるとわたしは強く感じた。

 相変わらずSONYの予告編は字幕がいい加減だが、よーく元の英語を聞いてほしい。チラホラ、ミスリードの翻訳になっていることは一応突っ込んでおこう。だが、映像のすごい出来はこの予告編だけでも感じられると思う。スピナーの超自然な浮遊感なんかは時の流れと技術の進化が物凄く感じられますなあ!
 では、物語を軽くまとめてみよう。以下、完全にネタバレ全開になるはずなので、気になる人は絶対に読まないでください。確実に、何も知らないで観に行く方がいいと思います。
 まずは前作から説明しないとダメなので、前作から。時は2019年。地球は深刻な環境汚染によって、人類は外宇宙への移民を開始、その宇宙での過酷な環境でテラフォーミングするための労働力を確保するために、「レプリカント」という人造人間を製造し、任務にあたらせていたのだが、レプリカントの反乱がおき、数人の武闘派レプリカントが地球に潜入、その専門捜査官「ブレードランナー」がレプリカントを追う、というお話である。ええと、汚染の原因が何だったか忘れました。核戦争とかじゃなくて産業の発達によるものだったような……。
 そしてこの35年、ずっとオタクどもの議論の的になったのが、主人公デッカードもまたレプリカントなんじゃねえか説である。実は、この議論の結論はどうもオフィシャルに出ているようだが、わたしはあくまで35年前に観た「劇場版」を正典だと思っているので、納得はしていないし、その結論もここに書かない。実際どちらでもいいと思っている。
 いずれにせよ、前作『BLADE RUNNER』は、主人公デッカードが、レプリカントであるレイチェルを伴って酸性雨の降りしきるロスから脱出し、緑あふれる地へ逃走するところで終わる。このエンディングでは大変印象的なヴァンゲリス氏のシンセサイザーミュージックが流れて、実に味わい深く仕上がっているわけである。
 そして今回の『2049』は、そのタイトル通り前作から30年後の2049年が舞台だ。この30年間で何が起きたか。このことに関しては、スピンオフ的な短編が公式サイトやYouTubeで公開されているので、できれば観ておいた方がいい。一応作中でも語られるけれど、かなりざっくりとしか説明されないので。その短編は3本あるのだが、まずはこれ。2022年5月に起きた「大停電」のお話。15分もあるアニメです。タイトルは「BLADE RUNNER BLACK OUT 2022」。この「大停電」事件は本作『2049』でも重要なカギになっている。

 次がこれ。2036年に、天才科学者ウォレスが新たなレプリカントを製造した「夜明け」の話。タイトルは「BLADE RUNNER NEXUS DAWN 2036」。撮ったのはSir Ridley Scott監督の息子。

 最後がこれ。特にこれは観ておいた方がいいかも。今回の『2049』の直前のお話で、冒頭のシーンに出てくるレプリカントが何故見つかってしまったのか、が良く分かる重要なお話。地道にまじめに生きようとしても「どこにも逃げ場はない」哀しさが伝わるもので、本編に入っていてもおかしくない。タイトルは「BLADE RUNNER NOWHERE TO RUN 2048」。

 というわけで、2049年までにこういう事件が起きているのだが、もう一つ、「レプリカント」に関しても簡単にまとめておこう。
 2019年(前作):NEXUS-6型アンドロイド。寿命が短い。タイレル社製
 2022年(大停電=BLACK OUT):同じくタイレル社製のNEXUS-8型に進化していて、寿命は長く(不老不死?)なったが、相次ぐレプリカントの反乱に、「大停電」もレプリカントの犯行とされ、この事件ののちレプリカント製造は禁止になった。そのためタイレル社は破綻。
 2036年(夜明け=DAWN):食糧難を解決する発明で財を成し、破綻したタイレル社のすべての資産を2028年に買収していた天才科学者ウォレスは、反逆しない人間に完全服従の次世代レプリカント製造にとうとう成功する。
 ということになっている。はーーー長かった。以上は前振りです。以上を踏まえて、本作『2049』は始まる。依然として世は不穏な空気をはらみ、上流階級はすでに宇宙へ移住し、地球はある意味底辺であって、環境汚染されたまま、食料もウォレスの会社が作る合成たんぱくしかない状況。
 そんな世にあって、NEXUS-6はもうすでに皆、寿命が尽きて絶滅したけれど、長い寿命を持つNEXUS-8は人間に紛れて生活しており、それらの「8」に仕事は終わったよ、と「解任」を言い渡す役割を果たしている者たちがいた。人は彼らを「ブレードランナー」と呼び、主人公のKD9-3.7というコードを持つ男もまた、ウォレス・カンパニー(?)の製造したレプリカントである。彼は、人間に忠実なわけで、冒頭は命令に従って、とある違法な「8」に解任=殺処分を言い渡しに行くところから物語は始まる。そして無事に任務は完了するが、その「8」は謎の「骨」を埋葬していて、いったいこの骨は何なんだ? という物語の流れになる。検査の結果、どうやらこの骨は、古い世代のレプリカントの物らしい。そして、どうやら「妊娠・出産」しているらしい痕跡が発見される。折しも、天才ウォレスをもってしても、現在の従順な次世代レプリカントの製造には時間も金もかかり、需要に供給が追い付かない状態であり、いっそレプリカントも「生殖による繁殖」が可能だったら、と研究しているところだった。というわけで、一体この骨の正体は、そして生まれた子供は今どうしているのか、そして、主人公はいったい何者なのか―――こんなお話である。
 正直に言うと、わたしは最後まで、主人公KD6-3.7(ケーディーシックス ダッシュ スリー ドット セブン。K-9と言えば警察犬。そんな意味も込められてるのかなあ……※わたし勘違いしてKD9だと思い込んでたので、KD6に修正しました)が何者であり、なぜ命令に背いて行動できたのか、良く分からなかった。中盤までのミスリードはお見事で、ははあ、てことは……と思わせておいて、実は違ってた、という展開は美しかったけれど、じゃあ何者? という点に関しては、1度見ただけでは分からなかったです。その点だけ、わたしとしては若干モヤッとしている。また、天才ウォレスの本当の狙い? なるものがあるのかどうかも良く分からなかった。彼って、意外と普通な実業家だっただけなのでは……という気もしているのだが、これもわたしが理解できなかっただけかもしれない。
 しかし、それ以外の点はほぼ完ぺきだったとわたしは絶賛したい。役者陣の演技、演出・撮影・音楽、すべてがきわめてハイレベルで極上であった。
 役者陣は最後に回して、まず監督であるDenis Villeneuve氏の手腕を称賛することから始めよう。わたしは映画オタクとして、映像を観ただけで、これって●●監督の作品じゃね? と見分けられる監督が何人かいる。例えばDavid Fincher監督とか、Christopher Nolan監督とか、Sir Ridley Scott監督とか、画そのものに特徴がある監督たちの場合だ。わたしは本作をもって、Denis Villeneuve監督もその一人に入れられるようになったと思う。
 この監督の目印は、上手く表現できないけれど……ロングショットで画面に入るオブジェクトの巨大感が圧倒的なのと、超自然なCG、それから、「ほの暗いライティング+スポットライト」にあるような気がしている。本作では、かなり多くのシーンが薄暗く、そのほの暗さが超絶妙だ。そう言う意味では、IMAXのきれいな画面で観たのは正解だったように思う。もちろんそういった「画」そのものは、撮影およびライティングの技術の高いスタッフに支えられたものだが、今回も街の壮大さ、建造物の巨大感、そしてもはや本物にしか見えない数々のオブジェクトは完璧だったと思う。35年前のスピナー(※主人公の乗るパトカー)の動きと比較すると、もう完全に本当に飛んでいるようにしか見えないもの。さらに演出面では、そのほの暗い中からキャラクターがだんだん出てくる、と言えばいいのかな……キャラの顔の陰影が凄く印象的で、段々見えてくるような演出が多い? ように感じるが、そのため、役者の表情が非常に物語を表しているというか……苦悩、疲労感、あるいは怒り? が画から伝わるのだ。非常にわたしは素晴らしいと思う。実に上質だ。
 そして、Denis監督で、わたしが一番特徴があると思っているのは、実は音楽だ。いや、音楽というより効果音? というべきかもしれない。とにかく、常に、ビリビリビリ……ズズズズ……といった重低音が響いていて、わたしは以前、Denis監督の『SICARIO』を観た時、この音は要するにJOJOで言うところの「ドドドドド」に近い、というか、そのものだ、と思ったが、今回ももう、漫画にしたら確実に「ドドドドド」と文字化されるであろう背景音のように感じられた。そしてその背景音は、不穏な空気をもたらし、緊張感を高めることに大いに貢献していると思う。とにかくドキドキする! こういう演出は、今のところDenis監督とChristopher Nolan監督作品以外には感じたことがないような気さえする。わたしは本作が、来年2月のアカデミー賞で音響効果賞を獲るような気がしてならないね。【2018/3/6追記:くそー! 録音賞と音響編集賞はダンケルクに持っていかれた! でも、撮影賞と視覚効果賞はGET! おめでとうございます!】
  そして、役者たちの演技ぶりも、わたしは素晴らしかったと称賛したい。わたしが誉めたい順に、紹介していこう。
 わたしが本作『2049』で一番素晴らしかったと称賛したい筆頭は、Dave Batista氏である! 素晴らしかった! MCU『Guardians of the Galaxy』のドラックス役でお馴染みだし、元プロレスラーとしてもおなじみだが、今回はもう、実に疲れ、そしてそれでも心折れないレプリカント、サッパーを超熱演していたと思う。サッパーは、冒頭で主人公が「解任」を言い渡しに行くレプリカントだが(上に貼った短編の3つ目に出てくる大男)、実に、前作でのレプリカント「ロイ」と対照的でわたしは大興奮した。前作でロイは、前作の主人公デッカードに対して、過酷な宇宙での体験を「オレは地獄を見た!」と言い放ち、故にある意味サタンとなって復讐に来たわけだが、今回のサッパーは、「オレは奇蹟を見た」と宣言する。故にエンジェルとして秘密を守り、真面目に暮らしていたわけで、レイとは正反対と言っていいだろう。地獄を見たロイと奇蹟を見たサッパー。この対比はホント素晴らしかったすねえ。あ、どうでもいいけれど、サッパーが養殖している虫の幼虫を、字幕でなぜ「プロティン」としたのか……あそこは「タンパク質」とすべきだと思うんだけどなあ……。イメージが違っちゃうよ。ねえ?
 次。2番目にわたしが褒め称えたいのが、孤独に暮らす主人公の心のよりどころである(?)、3Dホログラムのジョイを演じたAnna de Armasちゃんだ。とんでもなくかわいいし、実に健気だし、最高でしたね。こういうの、早く現実に普及しないかなあ……ジョイちゃんがいれば、もう完全に一人で生きて行けますよ。最高です。Annaちゃんと言えば、わたしは『Knock Knock』しか見ていないのだが、あの映画でのAnnaちゃんは超最悪なクソビッチだったので、印象が悪かったのだけれど、本作で完全にそのイメージは払拭されました。何度も言いますが最高です。
 そして3番目が、主人公たるKD9-3.7を演じたRyan Gosling氏であろう。彼はやっぱり、無口で常に悩んでいるような役が一番しっくりきますねえ。実にシブくてカッコ良かった。KD9-3.7は、「奇蹟を見た」という言葉に、一体奇蹟って何なんだ? そして俺の記憶は……? とずっと悩んでいたわけで、その悩みが、人間の命令をも上書きしたってことなんすかねえ……その辺が良くわからないけれど、彼もまた、ラストシーンは、前作のロイと同じようでいて対照的な、実に素晴らしいエンディングショットでありました。前作でのロイは、デッカードを助け、まあいいさ、的な表情で機能停止するラストだったけれど、今回は、すべてに納得をして、実に晴れやかな、やれやれ、終わった、ぜ……的な表情でしたね。Ryan氏の若干ニヒルな、けど実は大変優し気な、実に素晴らしい表情でありました。前作は雨の中だったけれど、今回の雪の中、というのも幻想的で良かったすねえ!
 4番目はソロ船長ことHarrison Ford氏であろうか。まあ、やっぱりカッコイイですよ。もう75歳とは思えない、けれど、やっぱりおじいちゃんなわけで、実にシブいすね。デッカードは、この30年をどう過ごしてきたのか、若干謎ではあるけれど、実際に35年経っているわけで、その顔にはやっぱりいろいろなものが刻まれてますなあ……。ラストシーンの、お前なのか……? という驚きと感激の混ざった複雑な表情が忘れられないす。素晴らしかったですよ。
 最後に挙げるのは、まあ、物語上良くわからない点が多いのでアレな天才科学者ウィレスを演じたJared Leto氏である。勿論この人の演技は毎回最高レベルで素晴らしいと思うけれど、どうも、わたしには若干雰囲気イケメンのように思えて、その独特のたたずまいで相当得をしているようにも思える。どうしても、物語的に良くわからないんすよね……もう少し、物語に直接自分で介入してほしかったかな……。でもまあ、確かに非常に存在感溢れる名演であったのは間違いないと思います。

 はーーーー書きすぎた。長くなり過ぎたのでもう結論。
 35年ぶりの続編である『BLADE RUNNER 2019』をIMAX 3D版でさっそく観てきたわたしであるが、一つ断言できるのは、まったく正統な完全なる続編であることであろう。これは本物ですよ。懐古厨のおっさんも、まずは観てから文句を言ってほしい。そして前作をDVD等でしか見ていない若者も、少なくとも前作を面白いと感じるなら、本作も十分楽しめると思う。そしてその内容は、物語的には若干良くわからなかった部分があるのは素直に認めるが、それを補って余りある、極めて上質な、とにかくハイクオリティな一品であった。監督のDenis Villeneuve氏は、わたしとしては現代最強監督の一人であると思います。そしてわたしの中では、かの天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかとすら思えてきて、今後が大変楽しみであります。ただ、興行成績的にはどうも芳しくないようで、そのことがDenis監督の今後に影響しないといいのだが……その点だけ心配です。そして最後に、ホログラムAIプログラムのジョイが一日も早く販売されることを心から願います。頼むからオレが生きているうちに実用化されてくれ……車は空を飛ばなくていいから……以上。

↓ うおっと、高いもんだなあ。80年代の映画のパンフ、ごっそりあるんだけど……売るつもりはないす。

 最近、ガンアクションの派手な映画がちょっと流行りなのだろうか。いや、そんなのはずっと昔からあるのだから、別に最近の流行りじゃあないか。強いて言うなら、最近流行っているのは、容赦ない血まみれアクション映画、というべきかもしれない。
 いわゆる「レーティング」というものが映画やTV放送には存在していて、それは法律ではまったくなく、単なる業界内の自主規制ルールなわけだが、要するに、やれ暴力だの、やれ猥褻だの、といった文句を言う人々に対して、いやいやいや、我々はちゃんとそういうのをチェックしてますよ、だからこの映画は15歳以上は観ちゃダメよと警告してまっせ、という言い訳、あるいは自己防衛をするもので、とにかく、予防線を張っているという腰抜け的な意味で、なんか興ざめなものである。はっきり言ってそんな規制の外にいる我々おっさんにはどうでもいいものだが、そういった規制によって、どうも一時期、映画やTVからは血が吹き出たり、あるいは女性のヌードをほとんど目にすることがなくなっていったような気がするけれど、ここ最近は、むしろCGの発達によって、手足がもげたり、銃で撃たれた時の血しぶきエフェクトも派手で、なんだかどんどん過激になっているような気さえする。
 というわけで、今日わたしが観てきた映画『ATOMIC BLONDE』という作品は、US公開時のレーティングはR15+である。だが、ここ日本においては特に指定なし、で公開されており、きっと中学生当時のわたしが観たら大興奮な、血まみれ&ヌードシーンアリの、スパイアクション映画であった。ただし、物語に関しては、正直わたしが勝手に想像していた物語とは全くの別物で、その点に若干驚きつつも、結論としては少々キレが悪いというか、どうも冗長?で、スッキリしない微妙作であった。うーん……たぶん、脚本的にやや凝りすぎ? のキャラ造形で、さらに現代時制と、数日前の事件の回想という枠構造そのものが若干ストーリーのテンポを悪くしているような気もした。結果、どうもわたしには「キレが悪い」ように感じたのである。
 以下、ネタバレに触れる可能性が高いので、気になる人は今すぐ立ち去ってください。

 というわけで、物語はほぼ上記予告のとおりである。ただし、映像は相当恣意的に時系列を無視してそれっぽいシーンを編集して作られており、セリフとシーンが別なものもかなりある。ちなみに、上記予告内で「Asshole(クソ野郎)」と主人公がつぶやくシーンは、本編では「Cocksucker」であった。
 ま、そんなことはともかく。本作の舞台となる時は1989年11月、場所はベルリンである。そう、かのベルリンの壁崩壊の数日前、イギリスMI6の諜報員がソヴィエトKGBに殺害される事件が起こる。東ドイツ(DDR)の秘密警察、通称シュタージにMI6やCIAの活動中のスパイの詳細が記録されたマイクロフィルムがもたらされ、それをシュタージに潜り込ませていた資産から受け取ることに成功したものの、KGBに奪われてしまったのである。しかしそのフィルムがモスクワへ運ばれては超マズイわけで、すぐさまMI6は、近接格闘にも長けた女スパイ、ロレーンをベルリンへ派遣、現地のMI6諜報員パーシヴァルと組んでそのフィルム奪還せよ、と指示するのだが、ロレーンのベルリン派遣さえもKGBには悟られており、到着したとたんにピンチに陥るのだが―――てなお話である。
 こういう流れは、わたしの大好きな海外翻訳ミステリーでは実にありがちで、実際わたしも大好物なのだが、登場する各キャラクターは、ほとんどが「実は彼・彼女は……」といった裏切りをしていて、素直に共感できるキャラクターがどうも少なかったように思う。何と言うか……しつこいぐらいにキャラの行動原理には裏があって、若干やりすぎのようにわたしには感じられた。
 わたしの好みとしては、小説であれば読者、映画であれば観客、の期待や信頼を裏切らないキャラクターが、様々なピンチを持ち前の技量と心意気で乗り切るようなお話の方が、やっぱり共感できるし、ラストもスッキリすると思うのだが、本作はどうもそういうわけにはいかず、行動も遅いし、それほど頭が切れるキャラでもないため、結構観ていてイライラする。ロレーンは、ベルリンへ出動する前に「誰も信頼するな」と言われて送り出されるわけだが、まさしく誰も信頼できない。そして、観客としては、実はロレーンさえ信頼できないのである。この、ロレーンの「実は……」が明かされるのは本当に一番最後なので、正しい観客としての態度は、「そうだったのか!」と驚き膝を叩くべきなんだろうとは思う。けれど、わたしは「なーんだ、やっぱりな」という気持ちの方が強まってしまい、若干がっかりしたことは記録に残しておきたいと思う。
 ただ、本作は、わたしとしては物語自体には上記のように文句を言わざるを得ないものがあったものの、演出や音楽、そして役者陣の熱演はかなり高品位で、映像としての見ごたえやカッコ良さ?はとてもレベルが高かったと思う。
 たとえば、主人公ロレーンを演じたCharlize Theron様がとにかくいちいちカッコイイ! のだ。これはもう間違いない。ロレーンはベルリンについて早々、迎えに来た二人の男がKGBであることを見抜いてぶっ飛ばすのだが(それが予告にある赤いハイヒールでボコボコにするカーアクション)、その背景にはDavid Bowie版の「Under Pressure」が流れていて、そういうアクションシークエンスにはほぼ必ず、当時のヒット曲が使われている。また、今回はTheron様の超絶な格闘シーンもふんだんで、しかもそのアクションシークエンスもやけに長回しな一発撮り、に見える編集がなされている。本当に一発撮りなのか、編集やCGによるマジックなのか良く分からないが、とにかく大迫力である。とりわけ、後半のスパイグラスというキャラを守っての大乱闘は凄い出来で、こういう点は大絶賛したい。
 だた、その反面で、ちょっとしつこいというか、なかなか格闘のケリがつかないのは、やや冗長にも感じられた要因なのかもしれない。まあ、女性なので攻撃が軽くて一発では効かず、とにかく相手が何度も立ち上がってくるので、リアルではあるのかもしれないな……そういう点は、普通の映画のように主人公の一発で相手がKOされるようなものの方がインチキ臭いかもしれないけれど……とにかくしつこいよ、もう! とも感じられた。
 というわけで、以下、主なキャラ紹介と役者紹介でまとめておこう。
 ◆ロレーン・ブロートン:演じたのは上記の通りCharlize Theron様。本作の主人公でイギリスMI6の腕利き諜報員。美しくカッコイイ。演技としてはもう文句なしのクールで危険な女性。どうやら、冒頭で殺害されるMI6の男とは、過去恋人だったらしい。その格闘スキルは超一流で、とにかく殴る蹴るのシーンが満載。ただし、若干頭の回転は問題アリかも……もうチョイ、すべてお見通しよ、的なキャラであってほしかった。そして本作では、Theron様は結構堂々脱いでました。おまけに、フランスの女性諜報員との百合Hシーンなんかもあります。しかしその正体はーーーラストに明かされます。
 ◆パーシヴァル:演じたのはJames McAvoy氏。ワーグナーのオペラ「Parsifal」や円卓の騎士の一人としてもお馴染みの名前ですが、実はわたし、このパーシヴァルがコードネームなのか本名なのか、良く分からなかった。そしてキャラクターとしても、彼の真の狙いは若干分かりにくかったように思う。MI6ベルリン支局の男でロレーンに協力しているように見えるが実は……な展開。そしてその実は……も、さらに実は……とミスリードを誘う複雑なキャラ。
 ◆デルフィーヌ:演じたのは、最近いろんな作品に出て売り出し中のSofia Boutella嬢。とにかく太くキリっとした眉毛が魅力的なフランス美女。あれっ!? マジかよ!? Wikiによるともう35歳だって。完全に20代だと思ってたのに! 今回彼女も脱いでおりまして、Theron様との百合Hのお相手が彼女です。フランスDGSEのベルリン支局所属(?)。大変セクシーな美女であったけれど残念な結末に。
 ◆メルケル:ロレーンを支援する現地工作員。わたしは彼もどこに所属している男なのか、若干良く分からなかった。ドイツ人であることは間違いないけど、東ドイツ人なのか西ドイツ人なのか、実はわたしには良く分かっていない。たぶん東ドイツ人で、西側のスパイをしているってことだと思うけど、どうなんだろう。演じたのは、Bill Skarsgård氏27歳。その名の通りスウェーデン人。彼は、2週間後に日本で公開となる『It』で、あのペニーワース(あの超おっかないピエロ)を演じているので、わたしとしては超注目です。
 ◆スパイグラス:東ドイツシュタージ所属、だけど西側のスパイ。演じたのはEddi Marsan氏。この人は、Robert Downey Jr.氏版の『Sherlock Holmes』でレストレード警部を演じた方すね。
 ◆エリック・グレイ:MI6幹部。ロレーンの上司。イマイチ使えない奴(?)。本作は、ある事件の当事者としてロレーンを聴取をしているのが現在時制で、その事件そのものが聴取中の回想として描かれる形式になっていて、チョイチョイ、この聴取側であるエリックが出てくる形になっているのだが、それが若干、物語のテンポを悪くしているように感じた。演じたのはToby Jones氏。まあ、特徴のある顔なので、結構いろいろな作品でお馴染みですが、そうだなあ、わたしとしては、彼はやっぱり『CAPTAIN AMERICA』に出てくるヒドラの悪い博士役が一番覚えてますな。
 ◆カーツフィールド:ロレーンの聴取に同席するCIAの男。作戦中、CIAはほぼ関係していないのだが、実は……という展開。演じたのはJohn Goodman氏。それこそそこらじゅうの作品に出ているベテランですな。

 最後に、監督についてメモして終わりにしよう。本作を撮ったのはDavid Leitch氏。もともとスタントマン→スタントコーディネーターとしてのキャリアが長い人で、数多くの作品に参加しているらしいが、監督としては、クレジットはされてないけれど、わたしの大好きな『John Wick』を共同監督した方だそうですな。単独監督作品としては本作が初めてだそうで、そのアクションはスタントマン出身だけに、大変見ごたえはあります。何と現在、『DEADPOOL2』を制作中だそうですね。

 というわけで、結論。
 実はわたしは、本作は『John Wick』女版、的な凄腕暗殺者が活躍する物語かと思いきや、意外と正統派なスパイアクションであった。しかし、キャラの行動が若干わかりづらく、ちょっと盛りすぎな脚本だったようにも感じ、観終わった後、何となくキレが悪かったな、と感じたのである。しかし、そのアクションや演出、背景に流れる音楽など、センスはかなり上質であったことも、また確かであろうと思う。でもなあ、わたしの好みではなかったかな……わたしとしては、『John Wick』のような単純一直線なお話の方が好きだし、もっと主人公には、何もかもお見通しだぜ的な頭のキレる人物像を期待したかったす。なので、結論としては、若干イマイチだったかも、というのがわたしの偽らざる感想です。以上。

↓ ジョンさんは最高です。早く「3」が観たいすなあ。


 『猿の惑星』といえば、わたしのような40代後半のおっさんとしては、当然オリジナルのCharlton Heston氏が主演した、ラストに自由の女神が現れ、なんてこった、ここは地球だったのか! で終わるあちらを思い出す人の方が多いだろう。もしくは、フランス人のPierre Boulle氏が執筆した原作小説の方かもしれない。わたしはもちろん、オリジナルの映画版シリーズを全て観ているし(もちろんテレビで。さすがに劇場に観に行った年代じゃあない)、原作小説も読んだ。原作小説は、宇宙を旅する語り手が、たまたま宇宙で拾った日記(?)を読んで、うっそだろこんなことありえないよ、なあ? と実はその語り部も猿だったというオチだったと思うが、映画も原作小説も大変面白かったと記憶している。
 その後、この『猿の惑星』というIPは、かのTim Burton監督によって一度リメイクされ、物語的にはオリジナルの映画第1作をアレンジしたものだったが、はっきり言ってあまり面白くはなかった。それが2001年のことである。そしてさらに10年の時が流れ、再び『猿の惑星』は新たな映画となって登場した。それが、2011年に公開された『RISE OF THE PLANET OF THE APES』である。
 この新たなシリーズの第1作は、しいて言うと、オリジナル映画シリーズの第3作目の『新・猿の惑星』に物語的には近くて、地球がいかにして猿の惑星となってしまったか、の(時間軸的に)一番最初のきっかけを描いたものだ。なお、オリジナル映画シリーズについて書き始めると超長くなるので、ごく簡単にメモしておくが、この『新』は、未来(の猿の惑星となった地球)からタイムスリップしてきた猿が、現代地球に現れるという話だったのに対し、『RISE~』の物語の流れは完全に独特で、『RISE~』においては、アルツハイマー病のために開発していた新薬によって、猿が知能を得てしまうという物語で、実に現代的かつあり得そう、と思わせる見事な脚本であった(いや、まあ、あり得ないけど)。わたしはこの『RISE~』という作品は大変な傑作だと思っている。
 しかし、続くシリーズ第2弾『DAWN OF THE PLANET OF THE APES』は、若干無茶? な設定で、なんと人類は「猿インフルエンザ」なる謎の病気が蔓延して大半が死に絶えてしまい、残った人類と猿たちの戦いが描かれることになった。そこでは、主人公たる知能の高い猿「シーザー」と、人間を深く憎むが故に、人間との宥和を模索するシーザーを許せない猿の「コバ」の対立なんかもあって、人間VS猿VS猿というように若干対立関係が複雑になってしまって、憎しみが憎しみを生んでいくという悲しい連鎖が結論のないままに終わってしまった印象を受けた。
 ただし、この『RISE~』も『DAWN~』も、とにかくすごいのが「猿の表情」で、フルCGなわけだが、もう本当に本物にしか見えないクオリティが凄まじく、とにかく一見の価値のある凄い映画だったわけである。
 というわけで、昨日の金曜から、シリーズ第3弾となる最新作『WAR FOR THE PLANET OF THE APES』が公開になったので、わたしも今日、さっそく観てきた。結論から言うと、やっぱり若干微妙な点はある、けれど、きっちり物語は向かうべき地点へ向かい、そしてわたしとしては一番気になっていた「憎しみの連鎖を断ち切ることが出来るのか」という点にも明確な回答が示されており、わたしとしては、やっぱり面白かった、というのが結論である。観に行ってよかったわ。これは凄い映画だと思う。なお、この作品単独では全く意味不明です。前2作を観ていることが、本作を観る絶対条件であることは断言してもいいと思う。
 以下、ネタバレ全開になると思うので気になる方は読まないでください。

 なお、新シリーズは、それぞれ妙な日本語タイトルがついている。
 第1作『RISE~』→猿の惑星 創世記(ジェネシス)。これはまあ許せる。75点。
 第2作『DAWN~』→猿の惑星 新世紀(ライジング)。微妙……。30点。
 第3作『WAR~』→猿の惑星 聖戦記(グレート・ウォー)。これはナイな。作中で、これは聖戦だ、というセリフがあるにはあったが、グレート、は明らかに変だよ。辞書的には、Great Warは第1次大戦のことらしいすね。この日本語タイトルは0点だと思う。
 ま、そんなことはともかく、『WAR~』である。
 わたしは、前作までの流れから言うと、前作において、主人公猿シーザーは「猿は猿を殺さない」という猿の掟を破ってしまい、さらには人間に対する憎しみの連鎖もある中で、いかにして落とし前をつけるのか、に最大のポイントがあるのだろう、と思って劇場へ向かったのである。確かに、喧嘩を売ってきたのは人間だし、仲間の猿のコバだ。だから、シーザーは悪くない、という見方はあまりに浅すぎるだろう。しかし、このままでは永遠に殺し合いが続いてしまうし、リーダーとして、猿の掟を破ったことに対して何らかの落とし前をつける必要があるはずだ、と思ったのである。
 結論から言うと、本作では、この点に対し、見事に回答を用意していたと言えると思う。
 シーザーは、やむをえなかったとはいえ、前作でコバを殺してしまったことに、本作でもずっと心を痛めている。あまつさえ、後半では一番の理解者であるオランウータンのモーリスにも、あんたはコバと同じじゃないかとなじられてしまう。それは、冒頭で、せっかく生かして解放してやった人間に裏切られて、あまつさえ愛する妻と息子を「大佐」に殺されて、恨みの念にとらわれていたためでもあるのだが、それでも、シーザーは、葛藤する。これでいいのかと。
 その悩みぶりがもう完全に猿ではなく、人間そのものなわけで、そこが本作の一番の見どころなわけだが、その演技、そしてそのCGがとにかく本物にしか見えず、まったく違和感がないのがとにかく凄いのだ。そしてなんといっても、シーザーの「赦し」が心に刺さるのである! シーザーは、人間が始めた戦争を、赦しで解決しようとするのだ。
 我々現生人類がどうしてもいまだに「憎しみの連鎖を断ち切る」ことができずにいるのは、世界中で起きている戦争やテロを観れば誰も反論できないだろう。自分は大丈夫なんて思っている人っているのかな? 目の前で、自分の大切な人が殺されて、その相手を赦せるわけないよね。そりゃあ、時間をかければ、なんとか赦せる境地に至ることが出来るかもしれない。でも、どうしたって時間が必要なのは明らかだろう。しかしシーザーは、人間以上の理性?を総動員して赦すのである。わたしはこの赦しに、非常に驚いたし、結構グッと来てしまった。もう、はっきり言って感動させようとする制作側の意図はあからさまで、音楽もそれっぽくて、ひねくれもののわたしなら、ケッ!とか言ってもおかしくないはずなのに、グッと来てしまったわけですよ。それはきっと、やっぱり人間にはまだできないことだと感じたからなのだろうと思う。
 おまけに、本作では、前作から出てきた、若干狂っている「大佐」が、なぜ狂っているのか、についてもきとんと説明されていて、わたしはとても驚いた。なんと、「猿インフルエンザ」の副作用?で、人類が発話能力を失いつつあるらしく(おまけに知性も失いつつある?)、このままでは、体力的に猿に勝てない人類は、完全に家畜に成り下がってしまう、ゆえに、保菌者の人間は殺すしかないし、猿も生かしては置けない、ということだったらしい。そう、大佐には大佐の明確な正義があったのだ。何だ、そういうことだったんだ!? と激しくわたしはびっくりした。それを知っていれば、わたしは結構大佐の行動は理解できるというか許せてしまうような気すらした。シーザーは、そういった大佐の事情も考慮して、赦すのである。しつこいけれど、これは凄いことだとわたしは思う。
 ただ、まあ、映画としては、シーザーが赦しても人間サイドが赦すわけないじゃん、このまま戦争が続くのか? と思うところで、巨大な雪崩が発生し、人類軍全滅、となって終わるのだが、この結末は、まあ、若干アレだったかもしれないすね。そしてその後、猿たちが新天地に到着して物語は終わるわけだが……わたしが本作で、実はどうも良く分からないのが、今回出てくる人間の少女についてだ。たしかに、非常に可愛らしく、人間と猿の将来においては、きっと重要なカギになるのだろう、という想像はできるものの、実際のところ、本作の中では、若干お飾り的であったような気もする。そりゃあ、たしかに、ゴリラのルカが、そっと少女にお花を挿してあげるシーンなんかは、実に美しい。そしてラストで猿たちと無邪気に戯れる少女の姿は、良かったね、という安堵も感じる。けどなぁ……やっぱりこれもあざといというか、制作側のしたり顔が想像できちゃうんだよなあ……シーザーには大感動したわたしだが、この少女に関しては若干辛目の観方しかできなかったのはなぜなんだろう。いまだに謎です、はい。
 
 というわけで、なんだかまとまりがないので、監督についてと、感動的な猿たちを演じた役者についてメモして終わろう。まず、監督はMatt Reeves氏が前作『DAWN~』に引き続き続投。この監督は、わたしの中では傑作認定されている『CLOVER FIELD』と『LET ME IN』の監督なのだが、かのJJ Abrams氏と学生時代からの友達ということでも有名ですな。本作では、演出面でとりわけここがすごい、というポイントはあまりないけれど、とにかくCGの出来、端的に言えば猿たちが物凄いクオリティであることは誰しも感じるだろう。すべて、役者に演技をさせて、モーションキャプチャーで猿に変身させているわけで、オリジナル映画シリーズのような着ぐるみ感は一切なし。完全に生きているようにしか見えないすさまじい質感はやっぱりお見事だ。
 そしてその迫真のモーションキャプチャーでの演技を披露しているのが、もうそこらじゅうのモーションキャプチャーキャラを演じまくっていることでおなじみの、Andy Serkis氏だ。Serkis氏が演じたモーションキャプチャーキャラを列挙すると、まず、その名を一躍有名にしたのが『The Lord of the Ring』のゴラムだ。あの、指輪の元の持ち主で呪いにかけられた素っ裸の小さいおっさんですな。そして同じくPeter Jackson監督の『KING KONG』でも、コングを演じているし、ハリウッド版ゴジラもこの方、そして最近では、新生『STRA WARS』の恐らくはラスボスと思われる「最高指導者スノーク」もこの方が演じているわけで、もはや素顔の方が全然お馴染みではないだろう。とにかく、その彼が主人公猿シーザーを演じているわけだが、怒り、苦悩し、葛藤するその表情は、猿なのにまったく違和感がなく、さすがのSerkisクオリティだったとわたしは絶賛したい。
 あともう一人、凄いと思ったのが、シーザーの理解者、オランウータンのモーリスを演じたKarin Konovalさんだ。さっき調べて女性であることを知って驚きです。主にTVで活躍されている女優さんのようですな。このモーリスは、シリーズ3作すべてに登場してきたけれど、物静かで知性があふれているキャラで、実にその演技ぶりは見事だと思う。やっぱり、猿とはいえ重要なのは「目」なのかな……とにかく素晴らしい演技だったと思う。
 最後。わたしがどうもわからなかった、人間の少女を演じたのがAmiah Millerちゃん13歳。2004年生まれだそうです。あ、すげえ、TwitterとかFacebookとか盛んにやってるみたいだな。綺麗な顔してるよね……。すくすくと育っておくれ……。


 というわけで、もうホントにまとまりがなくなってきたので強引に結論。
 新生『猿の惑星』シリーズ第3作『WAR FOR THE PLANET OF THE APES』を観てきたのだが、本物にしか見えない猿たちの映像的な凄さはもう間違いない。そして、わたしは今回、けじめをつけた主人公猿シーザーの、「赦し」にかなりグッと来た。人類には、いつか憎しみの連鎖を断ち切ることが出来る日が訪れるのだろうか? わたしはそんなことを考えながらこの映画を観ていました。まあ、少なくともわたしが生きているうちに、世界から戦争がなくなることはないだろうし、下手したら生きているうちに身近で戦争が起きるかもしれないし、そういう意味では人類はまだまだ、進化の途中なんですかねえ……それとも進化の停滞にあって、これ以上の進化は望めないかもしれないなあ……だとすると、いつか、新たな地球の支配者となる「種」が現れてもおかしくないかもなあ……などと想像しつつ、気分が重くなりましたとさ。以上。

↓ わたしとしては、オリジナル映画シリーズでは第4弾のこれがやけに好きです。シーザーが、自分の名前を本で(辞書?)指さすあのシーンが忘れられない。

 もう1年以上前に、US版予告を観て、うおお、コイツは超面白そうだぜ!と思っていた映画がある。しかし、日本では一向に公開される気配がなく、こりゃあお蔵入りで、そのうちWOWOWで放送されないかなあ、と待っていたところ、US公開から1年3か月経ったおとといの金曜日からようやく日本公開の運びとなった。ので、今日、さっそく観てきた。
 その作品のタイトルは、『SWISS ARMY MAN』。とんでもなく奇想天外な物語で、わたしは観ながら結構笑ってしまったのだが、結論から言うとラストは若干微妙で、ちょっとまだわたしはこの映画を消化しきれていないというか、若干胃もたれしているところである。
 ところで、タイトルの意味を理解するには、コイツのことを知っていないと困るのだが、まあ、男なら絶対に知っていると思う、↓これである。

 そう、いわゆる「スイス・アーミー・ナイフ」、通称「十徳ナイフ」といういろんな機能が搭載された、アウトドア野郎なら必ず1本は持っているアレである。なんとこの映画は、「死体」をこの十徳ナイフのように便利に使っちゃう、漂流サバイバル映画であった。というわけで、以下、確実にネタバレ全開で書くことになると思うので、気になる人は絶対に読まない方がいいと思います。これは何も知らないで観に行った方が面白いと思うので。観てから、読んでください。

 というわけで、まずは上記予告を観てもらいたい。もう大変なことになっている。わたしはUS版の予告を観て、な、なんだこれ!? と超興味を抱いたのだが、この予告からわたしは、前述のように「漂流サバイバル映画」だと思ったものの、いきなりで恐縮だけど、まずは前言撤回である。そう、実は全然「漂流サバイバル映画」ではなかったのだ。無人島&海、は、実は冒頭の5分ぐらいしか出てこない。冒頭はもう予告にある通りで、船が難破し(?)、小さな無人島で絶望とともに首を吊ろうとしていた男がふと見ると、波打ち際に人影が。慌てて駆け寄ってみると、すでに完全に死んでいる。が―――その死体は、豪快な音を立ててオナラをしており、何だよこれ……と見ていると、どんどん波にさらわれて死体が海の方に流れていく。しかも、ケツからは、ブビビビビ……とガスが放出されていて、おい、ちょっと待って、もしかして……と死体に飛び乗ると、死体はまるでジェットスキーのように、ガスパワーで海を豪快に駆けていくではないか! ひゃっほう! これで助かったぜ! というのが予告にある通りだが、あっさり男はバランスを崩して海に投げ出され……気が付くと陸地に打ち上げられていた。けれど、一体全体ここはどこ? というわけで、男は助けを求めて、陸地に分け入って行く。死体を背負いながら……てなお話であった。ちなみにここまで、開始10分ほどである。
 なので、冒頭だけが海&小島で、物語の本筋は、ほぼ森の中である。とにかく死体が便利すぎて、そのあたりの描写は、もう笑うしかない奇想天外なシュールな映像となっていくのだが、とある怪現象が起きてからは、かなりその趣は変わってくる。そうなのです。完全なる死体なのに……どういうわけかしゃべりだす、のだ。死体なのに!
 この、死体がしゃべるメカニズムは、ズバリ言うとラストまで一切説明はない。わたしは、実はこれは夢オチ的なエンディングで、死体がしゃべっていると思っているのは主人公の男だけで、なにか幻想のようなものを見ているだけなんじゃないのかしら、と思っていたのだが、どうもそうではない、らしい。そしてしゃべる死体との会話も、どんどんシュールになっていく。生前の記憶のない死体に、いろいろ教えていく主人公。そして主人公のこれまでの人生も語られていく。そして極めて残念ながら、その人生が全く共感できないものなんだな……なので、中盤からは、死体を使った笑えるシーンにはゲラゲラ笑ってしまうものの(これって不謹慎?)、主人公がバスで出会った美女に対する想いが観客に提示されていくにつれて、はっきり言ってわたしはドン引きになっていくという残念な状況となった。
 どうも、主人公が海で遭難した理由、もっと言えばなんで船で海に出でたのか、も、はっきりとはわからない。どうやら主人公は、とにかくコミュ障で、人と関わるのが苦手であったようだ。そして舞台はどうやら西海岸で、冒頭の無人島&海は太平洋の孤島らしい。よって、場面が変わってからの森は、西海岸のロスだかシスコのあたりのようなのだが、ともかく、主人公は全く見知らぬ美女に一方的に惚れ、そして美女に娘も旦那もいることは知っていたようなので、軽いストーカー野郎といってもよさそうだ。そんな見知らぬ美女をスマホの壁紙にしているのだから、まあ、ちょっと問題アリな男と言わざるを得ないだろう。
 あれっ!? なんだか書いていてドンドンつまらない映画のような気がしてきた。
 しかし、間違いなく笑えて面白かったのだが、冷静に考えると、結局のところ、この映画でわたしが面白かったのは、死体を便利な道具として使うという1点に集約されるわけで、そういう意味で完全なる一発ネタムービーだったのかもしれない。やたらと、さわやかな青春ムービー的なキャッチコピーで宣伝されているような気がするが、わたしには全くさわやかには感じられず、とりわけ感動もなかったのは事実だ。
 恐らく、わたしがこの映画で一番感動(?)したのは、「死体」を演じたDaniel Radcliffeくんのスーパー熱演であろうと思う。とにかくすごい! 完璧な「死体」であり、この渾身の「死体」の演技だけでも、この映画は観る価値があると思う。しかも、ケツ毛もじゃもじゃのケツもさらして、Harry Potterのイメージはもう完全にぶっ壊しており、わたしとしてはもう、順調なおっさん化を遂げたRadcliffeくんの姿には実に感動した。下品と言わないでいただきたい。だって人間だもの!
 そして主人公たる男を演じたPaul Danoくんもなかなかの熱演だった。彼は、かなりの出演作をわたしは観ているはずだけれど、正直あまり覚えにないかなあ……冒頭ではヒゲもじゃな彼が、中盤以降はすっきりした顔で出てくるのだが、そのスッキリした顔を観ても、ちょっとピンとこなかった。なお、どうやってひげをそったのかは、ぜひ本編を観て確認いただきたい。もちろん使ったのは、超便利な「死体」だが、どの部位を使ったかは書かないでおこう。若干……じゃあ済まないか。かなりドン引きな髭剃りなので。ちなみに、主人公が故郷への方向を知る道しるべになるモノも、死体の一部の謎反応によるものなのだが、それがナニかも書きません、つーか下品すぎて書けません。
 あと、主人公が一方的に(?)好きになった女性、を演じたのがMary Elizabeth Winslead嬢だが、この人、なんか老けたか? この人で思い出すのは『Die Hard 4.0』のマクレーン刑事の娘役とか、『The Thing(邦題:遊星からの物体X:ファーストコンタクト)』や、去年みて失望した『10 Clover Field Lane』など、結構わたし的にはおなじみの女優だが、本作では、顔を観ても一瞬誰だか分からなかったぐらい、何となく印象が違って見えました。なんでだろうな……自分でも良く分からんです。
 最後は監督についてメモして、もう終わりにしよう。この奇想天外な物語の監督・脚本を担当したのは、クレジット上ではDanielsと表示されていたけれど、Daniel Sceinert氏とDaniel Kwanという二人のダニエルさんのコンビだそうだ。正直知らない方々です。まあ、長編初作品らしく、そのアイディアは凄い、と思うけれど、どうして死体にしゃべらせたのか……その点だけ、わたしには良く分からないし、実際必要なかったのではないかという気も非常にする。あくまで、主人公の一人語りで十分だったのではなかろうか……どうなんだろう……ちょっとマジでわたしには良く分からんです。

 というわけで、もう全然まとまらないので結論。
 最初にUS版予告を観た時から超期待していた『SWISS ARMY MAN』が、US公開から1年3か月経ってやっと日本でも公開されたので、早速観てきたわたしだが、映画としては、全然想像していたものとは違っていたのは間違いない。全然漂流サバイバルじゃないし。そして、物語は実に微妙なお話であったことも事実だ。しかしそれでも、わたしはこの映画を観に行ったことを1mmも後悔していない。なぜなら、「死体」を演じたDaniel Radcliffeくんの演技が凄まじく素晴らしいからだ。その1点だけは保証できる。死体を使った数々の面白描写にも、相当笑わせてもらったし。だが、この映画が万人にお勧めかというと、これは無理だろうと思う。まず、相当な下ネタが多いし、そもそも死体をこんな風に扱うなんて、と真面目な人なら眉を顰めるかもしれないし。なので、まあ、とにかく予告を観て気になるなら観に行った方がいいし、予告の段階で、何じゃこりゃ、と嫌悪感を感じたならやめておいた方が無難だと思う。あ、それは当たり前か。サーセン。なんだかまだ、わたしはこの映画に対して消化不良で、全然うまくまとめられませんでした。以上。

↓ わたしは実は「漂流サバイバル映画」はジャンルとして結構好きで、今のところそのジャンルで最高峰は、この映画だと思います。とにかく壮絶。そしてカッコよく、悲しい……。




 昨日観に行った『ALIEN COVENANT』だが、まあ正直内容的にイマイチだったのは昨日書いた通りだ。実は昨日の記事は、もっと膨大に長くて、それは今までのシリーズまとめも一緒に書いていたからなのだが、こりゃあ我ながらもう長すぎる、と思って、そのまとめ部分は全部削除しちゃったのです。
 けど、自分的になんかそのまま捨てるのはもったいないような気がしたので、そのまとめ部分だけ、別記事として残しておくことにした。なので、順番はどうでもいいけど、昨日の『ALIEN COVENANT』の記事と一緒に読むことを推奨します。
 それでは、行ってみるか。

 ◆『ALIEN』:1979年7月公開。わたしは小学生。監督はSir Ridley Scott氏。あれっ? Sir と氏はかぶってるか? まあいいや。で、物語は2122年、宇宙貨物船ノストロモ号が地球へ帰還する途中で、コンピューター(通称:マザー)が謎の怪電波をキャッチし、コールドスリープ中の7人のクルーをたたき起こすところから始まる。その怪電波の発せられている惑星へ調査に行き、一人のクルーの顔に謎生物が付着し、衛星軌道上に待機させた母船(ノストロモ号)に戻ったところで、そのクルーの胸をぶち破ってエイリアン誕生、宇宙船という閉鎖空間で、壮絶なバトルとなるお話である。次々にクルーは襲われ死亡、中には実は人間ではなくアンドロイドだったというクルーもいて、そいつは会社の命令で未知の生命体を見つけたらそれを持ち帰れ、例えほかのクルーを犠牲にしてでも、という指令を受けていた、というおまけもあって、最終的には航海士のリプリーだけが生き残る。とまあそんなお話である。
 わたしの評価としては、もちろん最高に面白い、名作と認定している。何度観ても最高です。わたしはたぶん、回数は数えてないけど通算20回以上は観ていると思う。かつて、TV放送時の日本語吹き替え版のこともよく覚えていて、ノストロモ号のコンピューター「マザー」をTV放送では「おふくろさん」と呼んでいたのが超印象深い。ラスト、ノストロモ号の自爆装置をセットし、脱出艇に向かったリプリーは、脱出艇にエイリアンが侵入したことを知って、ヤバい、自爆装置を解除しなきゃ、と慌てるのだが、ほんのちょっとのタイミングで自爆装置は解除不能になってしまう。その時の「おふくろさん!! 解除したのよ!」というリプリーの絶叫がちょっとだけ笑える。たしか初回放送時のリプリーの声を担当したのは野際陽子さんじゃないかな。まあ、とにかく最高です。

 ◆『ALIENS』:1986年公開。わたしは高校生に成長。当時は「エイリアンかよ懐かしい!」とか思っていたけど、そうか、たった7年後だったんだな。で、監督は、『TERMINATOR』の1作目の大ヒットで有名になりつつあったJames Cameron氏。お話は、前作から57年後。てことは2179年か。なんと、前作でノストロモ号を脱出したリプリーを乗せた救助艇が、地球を通り過ぎて彼方まで行っちゃっていたところを運よく発見され、リプリーは57年のコールドスリープから目が覚めるところから始まる。そのため、リプリーには実は娘がいて、その娘は既に亡くなっていたとか、ちょっと悲しい出来事も。さらに、リプリーは高価な貨物船を爆破した責任を追及されるが、誰もエイリアンの存在を信じない。なぜなら、かつて、ノストロモ号のクルーが襲われたあの星が、今やLV-426と呼ばれて開拓されており、入植者がいっぱいいて、全然平気に暮らしてるぜ、という状況だったのだ。それを知ったリプリーは「な、なんだってーーー!? あの星は危険よ!」と訴えるも誰も聞き入れず。しかし、その入植者からの連絡が途絶える事態となり、リプリーはエイリアンと遭遇した経験者として、宇宙海兵隊の屈強な男たち&女たちとともに、再びあの星へ向かうのだった、てなお話。
 実は、その背後には、リプリーの話を聞いたウェイランドカンパニーの男が、入植者たちに、ホントにそんな宇宙船とか遺跡のようなものがあるのか調査してみろ、という指令を出していて、まんまと「エイリアンの巣」で活動休止していたエイリアンたちを目覚めさせてしまったという事実があった。なので、前作は1体のエイリアンにやられたわけだが、本作では「巣」から目覚めた大量の群れで襲ってくるし、おまけに、卵を産むクイーンまで登場する。ラストはクイーンとリプリーのタイマン勝負で決着。最終的には、リプリーと、入植者の女の子(ニュート)と宇宙海兵隊のヒックス伍長の3人+同乗のアンドロイド・ビショップの上半身だけが助かり、地球目指して帰還するところで終わる。わたしの評価は、これまたもちろん最高。何度観ても面白い! これもわたしはたぶん20回以上見ていると思う。公開時のキャッチコピー「今度は戦争だ!」がぴったりな超傑作。

 ◆『ALIEN3』:1992年公開。わたしは大学院生に成長。最初にわたしの評価を言うと、実はこの『3』はやけに世間的評価は低いのだが、わたしはかなり好き。非常に映像的に印象的なシーンが多く、物語的にも非常に良いとわたしは思っている。この作品を当時29歳で撮ったDavid Fincher監督(公開時は30歳になってた)の才能に激しく嫉妬しつつも、素晴らしい出来に大いに気に入り、以来、Fincher監督作品はすべて観ている。その後、次々と大ヒットを飛ばし、名監督の仲間入りしていることはもうご存知の通り。で、お話は、正確な年代表記があったか良く分からず、前作からどのくらい時間が経っているか分からん。あっ!? 今回の『COVENANT』のパンフレットに年表が載ってるな。それによると、この『3』の物語は2270年のお話だそうで、『2』から約100年後の話だったんだ。これって……わたしが忘れているだけかもしれないけど、初めて知ったような気もする。
 で、お話は、前作ラストで地球帰還の途上にあったはずの宇宙海兵隊の船スラコ号船内で、リプリーたちがコールドスリープ中に謎の火災が起きて、リプリーたちが眠っているカプセルは自動的に脱出艇に移動させられ、船外に射出、その脱出艇がフィオリーナ161という監獄惑星に不時着するところから物語は始まる。しかし、非常に賛否両論なことに、その地表への不時着時に、なんと、前作で助かったニュートやヒックス伍長は死亡したという設定で始まるんだな。そしてリプリーだけが生き残って、その星にある刑務所に保護される。で、結論から言うと、どうもスラコ号にエイリアンが乗っていたらしく、そのために火災が起き、さらには、リプリーの体内に、すでにエイリアンの幼生が産み付けられていたことが判明する。おまけに、脱出艇にもフェイスハガーが1匹紛れ込んでいて、フィオリーナで犬に寄生し、4足歩行のエイリアンが誕生、人々を殺しまくる展開となる。ラストは、リプリーが溶鉱炉へ身投げDIVEし、体内にいたエイリアン(しかもクイーン)とともに死亡、で幕を閉じる。わたしはすごい好きなんだけどなあ……なんでそんなに評価が低いんだ……。とにかく映像が美しく、わたしは最高に面白いと今でも思っている名作。なのだが、どうも世間的評価は低い。とても残念。

 ◆『ALIEN:Resurrection 』:1998年公開。わたしはサラリーマンに成長。結論から言うと、ズバリ面白くない、とわたしは思っている。これは観なくていいよ、といつもわたしは周りに言っている作品。なんと前作で死んだリプリーがクローンで復活。おまけに何と、エイリアンが体内にいた時点でのリプリーのクローンなので、性格も全然変わっちゃったし、人間とエイリアンのハイブリッド的クローンとなって大復活する。その時点で、うわあ、面白くなさそう、とわたしは感じていたが、実際イマイチすぎたので、もう説明はしません。この作品で特徴的なのは、初めてエイリアンが水中で泳ぐシーンがあったのと、地球が初めて出てきたことぐらいかな。ラストもなかなかひどかったすね。今のところ、わたしはこの作品を面白かったという人に出会ったことはありません。ちなみに監督はフランス人のJean=Pierre Jeunet氏というお方で、この人は長編デビュー作『Dericatessen』という変な作品で注目された監督なのだが、その『Dericatessen』もわたしの趣味には全く合わず、面白いとは思っていない。この『4』はたぶん3回ぐらいしか観てないと思う。とにかくイマイチ。

 ◆『PROMETHEUS』:2012年公開。監督はSir Ridley Scott氏が再登板。超・超・問題作。予告編は、シリーズのファンなら絶対にドキドキわくわくする最高の出来であったが、いかんせん物語が微妙すぎた。なんと時は2089年、つまりリプリーとノストロモ号の物語の33年前にさかのぼる。ウェイランドというおじいちゃんの長年の夢である「人類の起源の謎解明」のために宇宙を旅するプロメテウス号の遭遇した悲劇。昨日も書いた通り、とにかく謎が多くて、正直良く分からないのが困る。
 物語は、太古の地球?と思われる惑星の描写から始まるのだが、そこで、全身まっしろ&無毛の筋肉ムキムキマンが、謎の「黒い液体」を摂取、するとムキムキマンの体はぐずぐずと崩壊し川に転落、かくして太古の地球に「命の素」となるDNAが拡散する……ような謎の描写から物語は始まる。そして2080年代? に時は移り、科学者チームは地球の各地に存在する謎の星図を見つけ、これはムキムキマン、通称「エンジニア」からのメッセージではないか? というわけで、プロメテウス号で宇宙に旅立つのだが……というお話。そしてその星図に従ってたどり着いた惑星LV-223には、あの第1作目で登場した宇宙船や通称スペースジョッキーの遺体もあって、ファンは大興奮なわけだが、そこでアンドロイドのデイビットによる、クルーを被験者とした「黒い液体」実験で次々にクルーは死亡、あまつさえ、ラストはエイリアンのオリジン的な謎生物も誕生し、主人公のエリザベス・ショウ博士とデイビットの頭だけが助かり、ショウ博士(とディビットの頭)はエンジニアの宇宙船で、エンジニアの母星へ旅立つところで幕切れとなる。昨日も書いた通り、本作に関してはWikiに詳しいストーリーが書いてあるけれど、わたしは全然その解釈に納得がいってません。Wikiの内容はホントなのかなあ?

 はー長かった。以上でシリーズのこれまでの歴史の振り返りは終了です。
 とまあ、こんな歴史があるわけで、わたしとしては今回の『COVENATN』で、前作から積み残しの謎がそれなりに説かれるのだろう、と思っていた。その結果は昨日書いた通りだが、何とも微妙というか……なんか残念である。
 ところで、昨日の記事には書かなかった、おまけ情報を記録として残しておこう。
 ■そもそも、タイトルの「COVENANT」ってどういう意味だ?
 この言葉は、たぶん全国の財務部の人、あるいは経営企画の人なら絶対に聞いたことのあるビジネス用語、いわゆる「コベナンツ」と同じ英語だ。ビジネス用語でいうところの「コベナンツ」とは、日本語にすると「財務制限条項」のことで、企業が社債を発行したり借り入れをしたりするときに、こういう事態になったら(例えば債務超過になるとか)一括で金を返してもらいますぜ、と契約書に記載される条件であり、英語本来の意味は「契約」とか「誓約」という意味である。
 わたしは『ALIEN』シリーズの新作が『COVENANT』というタイトルであることを知ったとき、それは一体どういう意味を持つのだろう? といろいろ想像していたのだが、まあ結果的には宇宙船の名前であり、それほど深い意味はなかったように思われる。もちろん、ウェイランド氏とデイヴィットの間に取り交わされた誓約であるとか、いろいろな解釈は可能だと思うけれど、ま、そんなに深読みしてもほぼ意味はなかったかな。なんか、なーんだ、であったように思う。
 ■時間軸で観ると?
 時間軸をシリーズで整理してみると、今回の『COVENANT』は、前作の15年後、そして第1作の20年前、ということになる。てことは、本作のエンディングで、大量の人体及びヒトの胚芽を手に入れたディビットが、エイリアン大量製造を始めるということになるのかな。何しろエイリアンは人体がないとダメなので、まんまと原料を入手したわけだ。なんか、そのためにあの後味の悪いエンディングとなったかと思うと、実に腹立たしいというか……。ところで、第1作及び『2』の星であるLV-426は、結局今回のエンジニアの母星ではなく、アレなのかな、本来CONENANT号が向かうはずだった惑星、ということなんだろうか? そこへ向かってデイヴィットは旅立ったのでしょうか? ここが良く分からないす。少なくとも、1作目に出てきた宇宙船とスペースジョッキーは、『PROMETHEUS』でいうLV-223にあるわけで、それが後の『2』でいうLV-426と同一なのか、それも良く分からん。
 ■で、エイリアンって、どんな生き物なの?
 実はわたしはいまだに良く分かっていない。エイリアンは人間を襲うけど、別に襲ってむしゃむしゃ食べる、つまり捕食するために人間を襲うわけでは全くなさそう。一応、『2』での描写を観ると、エイリアンは人体(『3』で描かれた通りヒトである必要はなく、犬でもOKなので、どうも哺乳類なら何でもいいのかも)をある意味保育器として利用する必要があるため、人を襲って「生かしたまま」巣に持ち帰って、寄生する繭に利用する習性をもっているらしい。
 でも、どう見ても他の作品では余裕で人を殺しているので、『2』での描写も若干シリーズで一貫していない。何なんだろう? エイリアンって、何を食ってどういう代謝組織をもって生命活動を行っているんだろう? 宇宙でも平気なので、酸素も必要なのかどうかも分からんし……とにかく謎である。わたしとしては、今回の『COVENANT』は、そういう生態についてきちんと説明される作品になってほしかった。

 というわけで、結論。
 わたしとしては、『ALIEN』シリーズは「3」までは最高、その後はイマイチ、と言わざるを得ない。そして声を大にして言いたいのは、何で「3」の評価が世間的に低いのか良く分からん。面白いんだけどなあ……そして、結局エイリアンって何を食って生きてるんすか? その点もわからんす。まあ、それでも、エイリアンのデザインは最高にCoolだし、おそらくは未来永劫、映画史に残る傑作のひとつに数えられるだろう、と思います。なので、シリーズを観ていない人は今すぐ観ましょう! 以上。

↓ 今回の『COVENANT』に出てくる奴は、白いっす。わたし的には、産まれたてのチビ状態の凶暴さが一番恐ろしかった。しかも今回は背中からバリバリバリッと出てくるし。実際コワイ!

 もはや誰もが知っている「エイリアン」という言葉は、おそらく映画『ALIEN』によって我々日本人にも通じる言葉となったと思うが、わたしはおっさんとして、シリーズ全てを映画館で観ている。今わたしの部屋には1000冊以上の映画のパンフレットがあるのだが、兄貴からもらったものを除いて、たぶん、わたしが自分で買ったパンフレットの中で、恐らくは最も古いものが『ALIEN』のパンフだと思う。もちろん、『STAR WARS』とかも一番最初の劇場公開時のものを持っているけれど、それらは正確には兄貴が買って、わたしが貰っちゃったもののはずで、明確に自分のお小遣いで買った最古のものは『ALIEN』であろうと思う。公開された1979年当時、わたしは小学生。確か、日本ではほぼ同時期に『SUPERMAN』も公開になっていて、親父に『SUPERMAN』と『ALIEN』どっちがいい? と言われ、ホントは『SUPERMAN』を観たかったけれど、既に兄貴が『SUPERMAN』を観ていて、なにかと自慢していたので、ちくしょうと思っていたわたしは「ALIENがいい!」と主張したのである。場所は日比谷の有楽座。今現在、日比谷シャンテの鎮座するあそこに存在した、日本有数のデカい映画館である。当時は、公開土日にデカい劇場でパンフを買うと、ちゃんと表1に映画館の名前が印刷してあったのだが、今わたしの手元にある、結構ボロボロになった『ALIEN』のパンフにもちゃんと「有楽座」と印刷してあるので間違いない。ホント、今でも『ALIEN』を親父に連れられて観に行った日のことを超覚えてるなあ……。なお、もちろん『SUPERMAN』も、その後近所の映画館に来たときに観に行きましたけどね。
 そしてその後順調に映画オタクの道を邁進してきたわたしは、『ALIENS』(エイリアン2)は高校生の時にマリオンの日本劇場(来年だっけ、閉館が決定済み)に観に行ったし、『3』も同じく日本劇場へ、そして『4』はもう社会人になってた頃であったはずだ。さらに、『PROMETHEUS』はつい最近というか5年前か、これは近所のシネコンで観たっすね。
 何が言いたいかというと、こんなわたしなので、『ALIEN』シリーズには深い思い入れがあり、その新作が公開となれば、100%間違いなくわたしは観に行くということである。そして当然のことながら、昨日の金曜日から公開になったシリーズ最新作『ALIEN COVENANT』も、今日の朝イチで近所のシネコンへ観に行ってきた。そして結論から言うと……うーーーん……やっぱり微妙と言わざるを得ないだろうな……正直、イマイチUSでの評判は良くないと聞いていたので、あまり期待していなかったのだが、その期待よりはずっと良かった、けれど、やっぱり……いろいろと突っ込みたくなっちゃう物語で、大変残念である……。というわけで、以下、『ALIEN』シリーズ全般にわたってネタバレ全開になる予定なので、気になる人は読まないでいただきたいと思います。

 ズバリ言えば、本作『COVENANT』の物語はほぼ想像の範囲内であったのだが、本作は、明確に前作『PROMETHEUS』の続編であった。なので、前作を観ていない人には、まったく意味不明な部分が多く、あくまで前作を観ていること、もっと言えばシリーズ全作を観ていることが、本作を鑑賞する必要条件となっていると思う。
 しかし、である。前作『PROMETHEUS』は、あまりに微妙かつ謎すぎて、正直良く分からん物語であった。ここで、わたしが思う、前作での謎ポイントを2つ挙げておこう。
 1)一体全体、デイヴィットというアンドロイドの目的は何なのか?
 2)エンジニアと呼ばれる謎種族の目的は何なのか? 結局「黒い液体」は何だったのか?
 まず、1)については、本作『COVENANT』冒頭でかなり明確に描かれていた。本作は、まず『PROMETHEUS』の恐らく10年とか20年ぐらい前のシーンから始まる。前作ではヨボヨボのおじいちゃんだったウェイランド氏がまだちょっとだけマシな老人(なお、演じたのは前作同様Guy Pearce氏)として登場し、ディビットとの哲学問答めいた会話が描かれる。そこで、ウェイランド氏は、生命の誕生が分子科学的な偶然によるものだなんて信じたくない、なにか「偶然ではないこと」、すなわち「創造主」がいたはずだという信念が語られる。これは、デイヴィットの、「わたしを創造したのはあなたですが、あなたを創造したのは誰なんですか?」という問いに答えたもので、「人間の種の起源の謎を解明すること」が、ウェイランドとデイヴィットの解くべき至上命題であったことが描かれる。つまり、前作の謎1)デイヴィットの目的=人類の起源の解明=命をもたらしたのは誰なんだ? というものらしい。そういう意味で、人間に火を与えたプローメテウスを宇宙船の名にしたウェイランド氏の意図ともつながるわけだが、しかし、前作や本作を観ている限り、デイヴィットの目的は、人類の起源の解明から、「新種の生命の創造=自らが創造主となること」に方向が変わってしまっていて、本作ではもう完全にMADサイエンティストのような悪役扱いであった。なお、この冒頭のシーンで、デイヴィットはウェイランド氏に名を尋ねられ、「わたしは……ディヴィットです」と「ダヴィデ像」を見て、自らを命名するシーンがある。ここはディヴィットに搭載されているAIが超高位のAIで、自意識すら獲得している=目的を自ら変えられることを表すものとして重要だと思った。
 そして2)の方は、結論から言うと本作を観てもさっぱり不明、であった。そもそもの「黒い液体」も良く分からない。Wikiの『PROMETHEUS』のページにはかなり詳しいストーリーが記述してあるが、それによると「黒い液体=兵器」なんだそうだ。そして、本作『COVENANT』では、デイヴィットが謎の「黒い液体」をエンジニアの母星(=今回の舞台となる惑星)でばらまき、エンジニア種族を全滅させるシーンがチラッとあるが、どうやらそれは、自らの創造主であるウェイランド氏を前作でエンジニアに殺されたデイヴィットの復讐、であるようだ。でも、わたしにはその説は受け入れられないなあ……じゃあ『PROMETHEUS』冒頭の太古の地球と思われるシーンは何だったのよ? とまるでわたしには良く分からんままである。

 まあ、ともかく、本作『COVENANT』に話を戻そう。宇宙船COVENANT号は、人類の外宇宙への移民船で、15名のクルーのほかに2000名の移民者(真空パックみたいなのに入れられて熟睡中。本編では彼らは目覚めない)や、1140体の受精胚を載せていて、テラフォーミング機材も満載しており、とある星に向けて航行中である(つまりウェイランド氏の目的=人類の起源の探索には全く関係ない。ただしウェイランド社の船ではある)。起きているのはアンドロイドのウォルターと制御プログラムのマザーだけで、クルーたちはコールドスリープ中であったが、あと目的の星まで7年チョイの距離で、宇宙嵐的な障害で船体を損傷し、コールドスリープ中のクルーは全員強制起床させられ、対処にあたる。その際、船長はカプセルの不調で死亡。なお、船長を演じたのは面白イケメン野郎でおなじみのJames Franco氏で、本作ではほぼ出番なしであるが、事前に公開されていた「LAST SUPPER」は観ておいた方がいいだろう。こちらにはきちんと船長が出てくるし、クルーたちの関係性を知るうえで結構重要だ。どうもクルーたちはことごとくカップルというか夫婦で、そういう意味でも移民船という目的にかなっているのだろうと思う。

 で、クルーたちは船長を失って重い空気になるが、まあ航海を続けないといけないので、船外活動もして船を直していると、シリーズでおなじみの展開、謎の通信電波を受信、なんとその通信電波は、明らかに人類と思われる存在が、John Denverの「Country Roads」を歌っていることを発見するにいたる。カントリロ~ド、テイクミーホ~ム、のあの歌である。マザーが発信源を追跡した結果、その謎電波の発信地は現在位置から3週間ほどの近い位置にあるらしい。おまけに、どうもその星は人間が呼吸可能な大気組成で、水もあり、テラフォーミングには極めて適しているようだということが判明する。
 クルーたちは、またしても宇宙嵐に遭遇するかもしれず、また7年間もコールドスリープに入るのは嫌だという声が多数を占め、新たに船長になった男も、じゃあ、行ってみるか、と決定する。ひとり、ダニエルズという、亡くなった船長の嫁である航海士だけが、そんなバカな、今までの調査で一切引っかかってこなかった星があるなんて信じられないし、危険だし、私は反対!と声を上げるが、結局COVENANT号はその謎の星へ向かうことにする。しかしその星こそエンジニア種族の母星であり、前作で生き残ったアンドロイド・デイヴィットが待ち受ける、罠だったのだーーーてなお話である。
 なお、なぜCOVENANT号が旅立つ前にその星は調査に引っかからなかったか、という謎は、おそらく前作の物語のラストでエンジニアの母星に旅立ったデイヴィットが到着する以前に、COVENATN号は地球を出発していたから、なのだと思う。つまり入れ違いというか、COVENANT号が地球を出発して、ぐっすりクルーたちがコールドスリープに入っている間に、デイヴィットはエンジニアの母星にたどり着き、テラフォーミングして罠を張った、てなことだと思う。たぶん。
 わたしは、ここまでの展開は、非常に面白い作品になるのではないかという予感にゾクゾクしていたし、もちろん映像は、Sir Ridley Scott氏による超美しい映像で、ぐいぐい物語に引き込まれていたのは間違いない。とにかく映像が綺麗でおっそろしくハイクオリティである。しかし、この後の展開が……もう正直、あーあ……であった。

 おそらく、本作を観た人なら誰しもが、以下の2点に全力で突っ込みを入れたい気持ちだろうと思う。少なくともわたしは、以下の2点さえきちんと改良されていたら、本作は相当素晴らしいものになったはずだと考えている。
 1)あの……みなさん、無防備すぎじゃあないですか?
 なんと、その謎の星に向かったクルーたちは、宇宙服もヘルメットもなく、フツーに上陸しちゃうんだな。いやいやいや、それはあり得んだろ……常識的に考えて。大気が呼吸可能だとしても、どんな未知の脅威、具体的に言えば細菌類やウィルスの類が存在しているかわからないんだから、完全防備で上陸するのが当然だと思うのだが……おまけに、思いっきり植物の繁栄している状態なんだから、どんな毒物があるかも分からないし、完全防備が当たり前だと思うけれど、作中キャラたちは普通に上陸し、結果的には、まんまとあの「黒い液体」から派生したと思われる「黒い微粒物」を吸い込んだり耳から侵入されたりして、体内で謎生物を宿すに至り、死亡する。そりゃあそうなりますわな。あれがきちんと完全防備だったら、本作の悲劇は相当軽減されていたと思うんだけど……この点は、もう、観た人なら必ず突っ込みを入れるはずだろうと思う。
 2)ダニエルズさん! 気づけよ!!
 ズバリ言うと、本作のエンディングは、実に後味が悪い。作中に登場するアンドロイド、デイヴィットとウォルターはともにウェイランド社謹製の同シリーズであるため、要するにまったく同じ顔をしており、Michael Fassbender氏の渾身の一人二役で演じ分けられている。そして、前作から引き続き登場するデイヴィットが、前述の通り悪党、そして今回初登場のウォルターがクルーの味方となってバトルとなるのだが……はっきり言って、観客全員、勝ち残ったのはウォルターではなくてデイヴィットだと見抜いていたのではなかろうか? 少なくともわたしは、こいつ、ウォルターです、みたいな澄ました顔してるけど、どうせデイヴィットなんでしょ? そしてダニエルズはそれを見破ってぶっ殺すんでしょ? と思っていた。が、なんとダニエルズは全く気づいておらず、物語は最悪の後味の悪さを残して終わるのである。ありゃあナイなあ……この脚本はナシだ、とわたしは極めて不満である。きちんとダニエルズはデイヴィットを始末して、気持ちよく眠りにつくべきだったと思う。せっかく、ダニエルズと新種エイリアンの最終バトルはかなりの迫力で映像的にも素晴らしかったし、なにより、かつてのリプリーVSクイーンを思い起こさせるような見事な展開だったのに! 正直台無しだよ、とわたしは極めて残念に思った。
 
 というわけで、わたしとしては本作『COVENANT』に関しては、結構微妙というか、はっきり言ってしまえばガッカリである。やっぱり、シリーズは『3』で終わらせるべきだったんじゃあないかなあ、とさえ思う。やるなら、きちんと最初から3部作ぐらいの構想を決めてからにしてほしかった。なんというか、場当たり的ですよ、実に。これじゃあダメだと思う。せっかくの超ハイクオリティな映像も、この物語じゃあどうしようもないとすら言いたい。
 キャストに関しては、もう今回の主人公、”うっかり”ダニエルズさん一人だけ取り上げて終わりにしよう。演じたのはKatherine Waterston嬢37歳。『Fantastic Beast』のヒロインを演じた彼女だが、ズバリわたしの趣味じゃあない。でもさっきいろいろ検索してみたところ、このお方は髪が長いときは結構美人すね。つまりショートカットが似合わないのではなかろうか。わたしとしては残念だが、なんだ、ロングだとかわいいじゃん、ということをさっき発見して驚いたっす。で、本作においては実に熱演で、演技自体はかなり素晴らしかったと称賛したい。
 また、わたしのようなおっさんファンにとっては、冒頭のタイトルの出方? が、第1作と同じで、その辺はもう、わたしは非常に興奮していました。これは期待できる、と最初は思ってたんすけどね……なんか、もったいないというか残念す。上記でわたしが挙げた2点が改善されていれば、相当面白かったなあ、という気持ちで劇場を後にすることが出来たのだが……ホント残念でした。

 というわけで、もうクソ長いので結論。
 わたしの大好きな『ALIEN』シリーズ最新作、『ALIEN COVENANT』が公開され、超ワクワクしながら劇場へ向かったわたしであるが、残念ながらあーあ……という気持ちで劇場を後にせざるを得ない内容であった。微妙というか、イマイチだったすねえ……。たった二つのポイントだけなんだけどなあ……映像は本当に素晴らしく、見ごたえバッチリだっただけに、本当に残念だ。どうしてあんなエンディングにしようと思ったんだろう? 続編を作るため? もうそういうの、ホント勘弁してもらえませんか? 続編を作る気があるなら、最初っから、全体の構想をきっちり設計してからにしてほしい。場当たり的な続編製作は、シリーズIPとしての価値を下げるだけですよ。ホントもったいないし、残念す。以上。

↓ 久しぶりに、エイリアン祭りを家で開催しようと思います。でも対象はこの3本だけっす。





 今年の初めに観た映画『PASSENGER』のことをこのBlogに書いた時も触れたが、わたしはかなり声フェチである。とりわけ、その容姿にミスマッチな、ガラガラ声というかハスキーボイス? な女子は大好物で、ちょっと昨日の夜にカラオケでハッスルしすぎたのか? というようなガラガラ声、なんだけど、やけにちびっ子だったりとか、その声に似合わない可愛らしい容姿の女子は、無条件で好きになるといっても過言ではない。そしてもう一つ、これもこのBlogで散々書いてきたが、わたしは女子がしょんぼりした顔をしていると、これまた無条件で、ど、どうしたんだよ……? と無性に胸がざわめく。そのざわめきを恋と勘違いしてやけに気になる存在に昇格するのだが、とにかくわたしは、女子のしょんぼりフェイスに弱いのである。
 いや、まあそんなわたしの変態趣味をここで表明しても、ほぼ意味はないのだが、ハリウッド女優の中で、わたしのそんな若干変態的趣味にジャストミートなのが、Jennifer Lawrence嬢である。栄光のオスカーウィナーである彼女は、Wikiによれば身長171cmなので全然ちびっ子ではないというか、ほぼわたしと同じぐらいあるので日本人的には背の高い女子だが、その表情はどうも若干童顔で、それでいて声はガラガラ、そしてやけにむっちりしていてグラマラス、そして、これまでの映画ではどういうわけかしょんぼりした表情がやけに印象に残る役柄を多く演じてきた女優である。というわけで、完璧にわたしの趣味にジャストミート、なのである。変態的告白サーセン。
 おそらく、日本人で彼女を知っているのは、ある程度映画が好きな人種だけであろうと思う。普通は全く知らない人の方が多いだろう。だが、間違いなく世界的有名女優であり、前述のとおりオスカーウィナーでもあるわけで、彼女主演の映画であれば、まず間違いなく、一定の興行は見込めるはず、であろうと思う。しかし、ここ日本は、すでに世界的映画マーケットとはほぼ道を分かち、独自のガラパゴス的進化を遂げつつあることは、毎週わたしがせっせとまとめている週末映画興行データからも明らかだろう。それが悪いことだと批判するつもりは毛頭ないが、今の日本は、ハリウッド作品が全然売れない。売れるのはディズニー作品やCGアニメ作品ばかりである。もちろん例外も数多いが、少なくとも、USアカデミー賞を受賞した作品であっても、それほど興行が盛り上がることがないのが現実だ。
 というわけで、前置きが長くなったが、先日、日本では結局劇場公開されなかった、Jenniferちゃん主演の映画が、WOWOWにて放送されたため、わたしは超期待して録画し、昨日の夜、ぼんやりと観てみることにしたのである。その作品のタイトルは『JOY』。監督は、Jenniferちゃんにオスカーをもたらした作品『Silver Linings Play Book』(日本公開タイトルはなんだっけな……世界でひとつのプレイブック、かな)を撮ったDavid O. Russell氏である。このコンビは3作目であり、前2作はともにアカデミー監督賞・作品賞・主演男優&女優賞と主要賞にノミネートされており、今回も当然期待しますわな。しかし結論から言うと、本作は興行的にも厳しく評価もイマイチであったため、日本では劇場公開を見送られてしまった。そして観たわたしの結論も、正直、かなりイマイチな映画であったと言わざるを得なかったのである。

 まあ、物語はほぼ上記予告から想像できる範囲のものだ。ちなみにいうと「JOY」とは、「喜び」のJOY、でもあるのだが、そもそもは主人公であるJoy Mangano女史の名前である。日本風に言うなら、喜子さん、てな感じなんすかね。喜子さんことMangano女史は、我々日本人は全く知らない、というかわたしは知らなかったが、US国内では有名な億万長者のおばさまだそうで、現在61歳、その発明の才能で次々と生活雑貨の特許をとって財を築いた才人である。その、立身出世のきっかけとなった発明品が「Miracle Mop」というモノで、それを1990年にTVショッピングでおなじみのQVCで売り出して大ヒット、となった経緯が本作では描かれている。あ、今調べて初めて知った。1990年だったんだ。作中に年代表示ってあったかなあ? なかったような気がする。意外と最近すね。
 で。映画は単純なサクセスストーリーではなく、Mangano女史の苦労の歴史に重点が置かれている。ズバリ言うと、家族がもうとんでもなくどうしようもないクズばっかりだったのだ。簡単にまとめると、こんな感じである。
 ◆父:人間のクズ。Joyさんの母とは2度目の結婚。そして離婚し、いい歳したおっさんというか爺さんのくせに、いまだに出会い系で熟女ハントにいそしむ。どうしようもないクズ。一応、自分で経営している自動車整備工場があるが、Joyさんはせっせと経理を手伝い、支えてきた。ちなみに、Joyさんは高校を首席で卒業した才媛で、大学もシカゴだったかな、決まっていたが、離婚のごたごたで大学進学をあきらめた過去がある。大変気の毒。
 ◆母:人間のクズ。ずっとベッドでTVのクソつまらなそうなメロドラマを観ているTV依存症。家事は一切Joyさん任せ。どうしようもないクズ。
 ◆姉:人間のクズ。父の1度目の結婚での子供なので、Joyさんとは腹違い。可愛くて頭のいい妹のJoyさんにずっと嫉妬していて、常にJoyさんの足を引っ張って邪魔することしか考えない邪悪な存在。どうしようもないクズ。
 ◆元夫:真面目なJoyさんが初めて恋して、勢いで結婚してしまったベネズエラ出身の男。生活能力なしで離婚済み、だけど、いまだJoyさんちの地下室に住んでいる。こいつもクズかと思いきや、どういうわけか離婚し、歌手活動なんかを開始して自由を得てからは、結構いい奴になった不思議な自由人。事業立ち上げ後は何気にJoyさんを助けてくれる。
 ◆子供たち:Joyさんと元夫には2人の子供がいて、大変可愛らしいチビども。
 こうした、ある意味最悪な家族環境の中で、唯一おばあちゃんがJoyさんの才能を評価し、いろいろ助言してくれるのだが、いかんせん体も弱っていて、実質的には何もしてくれないというか何もできないため、Joyさんは一人奮闘するわけだが……もうとにかく痛ましくて、気の毒な事極まりなく、そして余りに家族がクズばっかりで、正直に告白すると、わたしはもうこれは最後まで見られない……と何度か再生をやめようかと思ったくらいひどい話だった。
 お話がいい方向に向かうのは、約1時間20分ごろで(それまでがとにかく観ててつらい!)、元夫がかなり無理やりな伝手を頼って、JoyさんをQVCに紹介してからである。今は日本にもQVCは進出しているけれど、US企業だったことは、恥ずかしながらわたしは初めて知った。Q=Quality(品質)、V=Value(価値)、C=Convinience(便利)の略なんですって。これって常識なのかな? 全然知らなかったわ。そして、本作では、通常のQVCのフォーマットだと専属のナビゲーターが商品説明するのが当たり前、なんだけど、初回はそれでやって惨敗、そのため、Joyさんの直訴で、Joyさん本人が商品説明することになり、その結果大ブレイクした、という経緯が描かれている。ここは大変胸のすく、気持ちのいいシーンで、Joyちゃん良かったねえ……と素直にわたしは嬉しくなった。
 しかし、成功後も、父と姉、そして父の恋人で金持ちのクソ女、このトリオがなにかとJoyさんの邪魔をして足を引っ張る展開で、もうホントいい加減にしろこのクズどもが!! とわたしの怒りはますます高まり、ホントに最後まで観るのがつらい映画であった。
 まあ、最終的には、Joyさんはきっちり成功をつかむわけで、それはそれで大変良かったね、なのだが、どうにも、人間の、とりわけ家族という厄介な存在の邪悪さしか印象に残らず、わたしとしてはこの映画を観て良かったとは思えない、というのが最終的な結論である。ホントつらかったわ……。

 ただ、それでもJoyさんのめげないハートを演じ切ったJenniferちゃんの熱演には、惜しみない拍手を送りたいとも思う。いやあ、予告にある制服姿は、冒頭でJoyちゃんが働いている航空会社の制服なんだけど、まあ可愛かったすねえ! そしてやっぱり、Jenniferちゃんのしょんぼりフェイスは最高すね。今回もJenniferちゃんは、家族を背負って苦労するヒロインという役柄であり、これは20歳で初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされた『Winter's Bone』や、US大ヒット作『The Hunger Games』と似たような境遇のヒロイン像だ。女子のしょんぼりフェイス愛好家としては、この映画ではJenniferちゃんの極上のしょんぼりフェイスが十分に堪能できます。おまけに今回はワンシーンだけ、持ち前のガラガラ声で歌う場面もあって、それがまた下手くそというか上手ではなく、だけどとっても一生懸命というのが非常に伝わるとてもいいシーンもあった。結論を言うと、Jenniferちゃんはやっぱり大変可愛いと思います。
 最後にキャストをチラッと触れて終わりにしよう。まず、クソ親父を演じたのがRussell監督チームの常連Robert De Niro氏。とにかくクズ過ぎてDe Niro氏を嫌いになりそうなぐらいひどいオヤジだったすね。そして元夫の不思議な自由人を演じたのは、Édgar Ramírez氏。この人はちょいちょい見かけますね。そしてこの人はホントにベネズエラ人ですな。そしてQVCの敏腕プロデューサーを演じたのが、これも常連のBradley Cooper氏。相変わらずイケメンで、何気に演技の素晴らしい男ですな。今回も大変良かったと思う。あともう一人だけ。父の恋人の金持ち女のクズを演じたのが、なんとIsabella Rosselliniさんですよ。久しぶりにお見掛けしたような気がする。現在65歳だって? 年取ったなあ! まあ、本作ではあまりに嫌な女だったので、彼女のことも嫌いになりそうです。

 というわけで、もう結論。
 日本では劇場公開されなかった、Jennifer Lawrence嬢主演の『JOY』が、WOWOWにて放送されあので早速観てみたのだが……まあ、確かにこの映画が日本で公開されていてもまったく売れなかったことは間違いないだろう。実際のところ、Jenniferちゃんの演技はよかったし、元となったJoy Mangano女史には大変興味を持ったけれど、とにかく回りがクズばっかりで、観ていて腹立たしいことこの上なく、実に不快で最後まで観るのがつらかった作品であった。なので、わたしのような、Jenniferちゃんが大好きであり、ガラガラ声の女子、または女子のしょんぼりフェイス愛好家でない限り、この映画はおススメしません。逆に、わたしの趣味に賛同できる方には超おすすめです。以上。

↓ これっすね。US本国では有名、なんでしょうな。どうだろう、ミラクル・モップって、日本でも流行ったのかな? あ、高っけえ!

 多くの映画オタクの人々の中には、「現代最強の映画監督といえば誰?」と聞かれれば、「まあ、そりゃあやっぱりChristopher Nolan監督っすね」と答える人も多いだろう。かく言うわたしも、ナンバーワンかどうかはともかくとして、最強の一人として挙げることにやぶさかではない、というか、ズバリ、わたしもNolan監督作品の大ファンである。
 Nolan監督といえば、どうも世の中的に「実物」を使って作品を撮る男で、CGを使わない男、みたいに若干誤解されているような気もするけれど、実際のところCGもかなりバリバリに使う男である。Nolan監督がすごいのは、その実物とCGの区別が全くつかない画の質感にあるとわたしは思っているのだが、わたしとしてはやはりNolan監督の一番すごい点は、その超ハイクオリティなリアルな映像自体よりも、「物語力」にあり、端的に言えば脚本がすごい、と思っている。映像が「リアル」なのは誰がどう見てもそうだけれど、とにかく描かれるキャラクターが「リアル」であり、そして「ほんの一つまみの嘘」がスパイスとして超絶妙な味を醸し出しているのである。これは以前もこのBlogで書いたことだけれど、例えば『Memento』における「記憶を保てない状態」、『Prestige』における「奇術」、『DARK KNIGHT』3部作における「BATMANという存在」『Inception』における「夢に入り込む謎装置」、『Interstellar』における「滅びゆく地球と恒星間飛行」、そういった、たったひとつの「フィクション」の種が、「リアル」な人物像と完璧に調和して深い味わいをもたらしているのである。さらに、映像、脚本とともに音楽もまた素晴らしく、とにかくその3つが、役者陣の渾身の演技と完璧に一体化して、まさしく総合芸術たる「映画」としてすごいのだ、というのがわたしの持論である。これも以前書いたことだが、よく、世の中に「映像化不可能!」と言われる小説があるけれど、Nolan監督の作品は、まさしく「小説化不可能!」なのだとわたしは思っている。わたしは小説好きであり映画好きだけれど、ずっと、小説の方が想像力を掻き立てるのに最も適した芸術なんじゃないかと思っていたが、Nolan監督の『Inception』を観た時、ああ、小説化できない映画もあるんだ、と初めて認識し、深く感動したものだ。
 というわけで、現在全世界的に大ヒット中であり、評価的にも非常に高い作品、Nolan監督最新作『DUNKIRK』がやっと日本でも公開になったので、さっそくわたしも朝イチの回へ観に行ってきた。今回はNolan監督作品には珍しく120分を切る短い作品で、なんと上映時間106分である。そしてとにかく大絶賛の声ばかりが聞こえてくるので、当然わたしも超ワクワクしながら劇場へ向かったわけであるが、観終わって思ったことは、これはすごい映画だったし、面白かった、けど、期待したほどじゃあなかったかな……という若干の肩透かし感だ。これは、わたしが単にひねくれものだからなのか、それとも、IMAXではなく通常フォーマットで観るというオタクにあるまじき行為を働いてしまったせいなのか、原因は実は良く分からない。今思うことは、どうもわたしはキャラクターに感情移入できなかったのではないかという疑惑である。そこのところを、これを書きながら自分でも整理してみたいと思う。以下、ネタバレ全開になる可能性大なので、気にする人は読まないでいただければと思う。

 というわけで、相変わらずの「本物」感あふれる迫力は、予告編からも感じ取られるだろうと思う。わたしも予告を観て、このスピットファイアが本物だということは誰が観ても明らかだし、これはまたすげえのが来たぞ、さすがNolan監督だ、と超期待していた。
 物語についてはもはや説明の必要はないだろう。第2次大戦の序盤戦、ナチスドイツによるフランス侵攻が始まり、パリ陥落(1940年6月10日)直前の1940年5月24日から6月4日の間に起った戦闘「ダンケルクの戦い」での、イギリスへ撤退するイギリス軍視点のお話である。
 この作品でNolan監督は、今までの作品にない、いくつかの、具体的に挙げると以下の3つの挑戦をしているようにわたしには思われた。
 ◆初めてのノンフィクション
 ◆極端にセリフが少ない脚本
 ◆3つの視点に分割された構成
 これらはすべて脚本に関する問題であり、わたしがNolan監督で最も優れていると思っている「物語力」に直接関係するポイントだ。
 Nolan監督は、これも何度も書いているけど、ロンドン大学英文学科卒である。それすなわち、日本で言えば国文科なわけで、相当地味でまじめな青年だったのだろうとわたしはにらんでいる。まあそれはわたしが文学部を卒業した男だから実感として思うのだが(ちなみにわたしは国文科ではないですが、国文科の友達はみんな地味でまじめでちょっと変わった、面白い奴らだった)、ともかく、Nolan監督が小説、すなわちフィクションが大好きなのは間違いないだろう。冒頭に記した通り、Nolan監督の作品は、人間に対する深い洞察が極めてリアルで、そこに、一つだけ嘘を交え、面白い作品を創造してき男である。そのNolan監督が初めて描く「ノンフィクション」。となれば、残るのは「リアル」だけになってしまうわけで、わたしは一体全体、どんな物語になるのだろうとドキドキして観ていたのだが、どうもNolan監督は、キャラクターに「しゃべらせない」ことで、「リアル」を担保したように思えた。
 100%確実に、77年前のダンケルクの海岸でキャラクターがしゃべるセリフは「創作」にならざるを得ない。当たり前だよね。「創られたセリフ」をしゃべった時点で、嘘になってしまうし。だからもう、とにかくセリフが少なく、出来事を、冷静な視点のカメラが追う形式にならざるを得なかったのではなかろうか。それは映像としては実に効果的で、迫力の大音響とともに、観客をまさしく戦場へ放り込む効果はあっただろう。実際、わたしも観ながら上空を飛ぶ戦闘機の爆音、ドデカい爆発音などにいちいち驚き、緊張感は半端ないものがあったのは、おそらく本作を観た人ならだれでも感じたはずだ。「怖い」。まさしく戦場の恐怖である。
 しかし、である、やっぱりわたしには、セリフの少ないキャラクター描写は、リアルとトレードオフで、キャラへの共感を失ってしまったように思えたのである。確かに、勇気をもって船でダンケルクへ向かう船長や、なんとかしてドイツ機を撃墜して、船や海、海岸にいる味方を守ろうとする戦闘機パイロットの勇気ある行動には深く共感はできたけれど、最も長い時間描写される若い陸軍兵にはそれほど深い共感は得られなかった。基本的にこのダンケルクの戦いは、撤退戦であり、極端に言えば(一時的な)敗北であって、キャラクターは逃げるだけで、戦うこともほぼせず、最終的な勝利もないので、いわゆるカタルシス、スッキリ感も薄いのも、共感の度合いが浅かった原因なのかもしれない。まあ、徴兵されたと思われる若者だから、極めてリアルではあったのだと思うけれど……。
 そして、視点が3つに分かれている点に関しては、最終的に3つが一つに融合する脚本は実にお見事だった! が、これも、キャラクターへの共感という意味では、若干阻害要因だったのかもしれない。繰り返しになるが、船長と戦闘機パイロットは抜群にカッコ良かったのだが……若い陸軍兵士がなあ……演じたFion Whitehead君の演技に問題があったわけでは決してないんだけど……。なお、本作は、「The Mole(=防波堤):1Week」「The Sea:1Day」「The Air:1Hour」と3つの視点に分かれていることは、事前に散々プロモーションされていたので分かっていることだったが、実は「時間の流れが違う」ことは全然事前に触れられていなかったような気がする。わたしも知らなかった。この時間のズレも、若干わかりにくかったかもしれないな……この辺のトリッキーさは、ぼんやり見ていると全然気が付かないかもしれないが、構成としては抜群にお見事な点であったと、わたしとしてはさすがNolan監督、と絶賛したい点ではあるのだが、このことがキャラクターへの共感を、とりわけ陸軍兵士に対して減退してしまった要因の一つのような気もしている。まあ、わたしの考えすぎという説も濃厚だけどね。
 なお、勇敢な民間人船長を演じたMark Rylance氏、絶対に諦めないパイロットを演じたTom Hardy氏、そして防波堤で全員(?)を送り出した後、わたしはここに残るとシブく決めてくれた海軍中佐を演じたSir Kenneth Branagh氏、この3人は実にカッコよく素晴らしい演技で、わたしとしては大絶賛したいと思う。こういう、言葉は悪いけど映画的な勇敢さは、やっぱりわたしのような単純な男はコロッと共感してしまいますな。
 あ、こんな記事がありますね。Wikiから引用元を観てみると、
 The empathy for the characters has nothing to do with their story,” added Nolan. “I did not want to go through the dialogue, tell the story of my characters… The problem is not who they are, who they pretend to be or where they come from. The only question I was interested in was: Will they get out of it? Will they be killed by the next bomb while trying to join the mole? Or will they be crushed by a boat while crossing?”
 訳はWikからパクっとくか。
「キャラクターへの共感は彼らのストーリーとは無関係だ。私は台詞を通して自分のキャラクターのストーリーを伝えたくなかった。(中略)問題は彼らが誰であるかでも、彼らが誰になるかでも、どこから来たのかでもない。私が興味を持った疑問は、彼らが脱出するのか、彼らが突堤に行く間に次の爆弾で殺されるのか、それとも横断中にボートで潰されるのか、それだけだ」
 なるほど、つまり、キャラはどうでもいい、共感してもらわなくてもいい、ただただ、こいつは次の瞬間にどうなるんだろう、とドキドキして観てろ、ってことかな? だとするとそれは大成功しているといっていいだろう。とてつもない緊張感は106分持続しているのは間違いないと思う。うーん、でも観客としてはそれが面白いのかどうかとなると……どうなんでしょうなあ……。

 とまあ、いずれにせよ、本作はNolan監督作品としてはかなり異例だとわたしは感じた。もちろん面白かったし、ドキドキしたのは間違いない。でも、どうも……やっぱり期待よりは下だったかなという思いがぬぐい切れないのである。それは上記のような理由からなのだが、うーん……これを傑作と思えないわたしはやっぱりひねくれものなのか? それともIMAXで観たら全く別物なのかもしれない。ダメだ、やっぱりもう一回、IMAXに観に行こう。どうもそれは、映画オタクとしては義務のような気がします。
 で、その映像なのだが、わたしはNolan監督がIMAXにこだわるのは、別に非難するつもりはないけれど、そのことがNolan監督に余計な枷になっているのではないかという気もしていて、実は若干心配である。わたしは最新技術肯定派なので、まったくデジタルに抵抗はない男だが、例えばNolan監督が一度でもGoProを使って何かを撮影してみたら、そのあまりの高品位な映像にびっくりするんじゃないかという気もする。Nolan監督はまじめだからなあ……今の最新テクノロジーを享受しない理由はないと思うのだが……IMAXにこだわることで、いろいろな制約があるはずで、それはかなりもったいないことなんじゃないかと思う。もう、James Cameron監督みたいに、オレが撮りたい絵を撮るためなら、機材もソフトも自分で開発したるわい! ぐらいの勢いでいいと思うんだけどな。だって、確実にもう、フィルムは絶滅するもの。それが現実なわけで、こだわりを持つのは大いにアリ、だけど、あるものでそのこだわりが体現できないと思うなら、それが実現できる機材を作っちゃえばいいのにね。それが許される、世界に数少ない男の一人だとわたしは信じてます。
 最後。音楽について触れて終わりにしよう。本作は、Nolan監督自ら「タイムサスペンス」と言っているように、「時間」がカギとなっている。とにかく、観ていて「早く早く! やばいやばいやばい!」とドキドキするわけだが、今回の音楽は、「チッ・チッ・チッ・チッ……」という秒針の音を思わせる音楽が超絶妙で、緊張感を高めるのに極めて大きな役割を果たしているといえるだろう。その音は、超極小な音量からだんだんと大きくなり、かつテンポも上がってきて、とにかく「早く早く!」とドキドキである。もちろん音楽を担当したのはHans Zimmer氏。相変わらずのNolan監督とのタッグは大変素晴らしかったと思う。

 というわけで、若干整理しきれていないけれど、現状での結論。
 現代最強映画監督の一人とわたしが認定しているChristopher Nolan監督最新作、『DUNKIRK』がやっと日本公開となったので、初日の今日、さっそく観に行ってきたわたしであるが、確かに、確かにすごかったし面白かった。それは間違いなく断言できる。だが、どうもわたしが期待していたほどではなく、現状のわたしには、超傑作の判定は下せないでいる。その理由は、「リアル」一辺倒で、Nolan監督最大のポイントである「一つまみの嘘」というスパイスが効いていないためではないか、と思うのが一つ。そしてその結果、キャラに共感できなかったということが主な要因ではないかと思われる。ただ、IMAXで観ると、そのド迫力に、さすがはNolan監督、オレが間違ってました、と完全降伏する可能性もあるので、これはやっぱり、もう一度、IMAXで観ようと思います。以上。

↓ やっぱりわたしは、『Inception』『Intersteller』のような「Nolanオリジナル作品」の方が好きみたいです。この2作は、まさしく「小説化不能!」の超傑作だと思うな。
インセプション (字幕版)
レオナルド・ディカプリオ
2013-11-26

インターステラー(字幕版)
マシュー・マコノヒー
2015-03-25

 去年2016年の暮れに公開され、30数スクリーンからのスタートというごく小規模公開だったにもかかわらず(最終的には50スクリーンぐらい拡大された)、それなりに売れて、評判も上々だった映画がある。わたしも気になっていたものの、タイミングとシネコン場所が合わず、結局見逃してしまった作品なのだが、先日、もうWOWOWでの放送があったので、やった、と喜んで録画し、さっそく観てみた。
 その作品のタイトルは『DON'T BREATHE』。そのタイトルの意味は「息をするな」というもので、ごく簡単に言うと、盲目の元軍人の家に泥棒に入ったガキが、痛い目に合う物語である。相手は盲目ということで、息を殺してこっそり、ってことだろうとわたしは思っていたし、まあ実際そういうお話だったのだが、結論から言うと、ガキどもにも、そして元軍人にもまったく共感できず、正直不快な思いのする作品であった。どうしてそんなに評判が良かったんだろう? と素朴に疑問である。というわけで、公開されてもう9か月弱経っているので、超今さらなのだが、以下、ネタバレ全開になる可能性が高いので、気になる方は読まないで立ち去ってください。

 わたしが初めて見た予告は、US版の字幕なしでもうチョイ尺があったと思うが、その予告を見た時は、まず第一に、盲目の元軍人を演じているのが、『Avatar』で超強力な大佐を演じて強烈な印象を残したあのStephen Lang氏だったので、あれまあ、ずいぶん年取ったというか、そういう年齢のお方なんだろうか? と若干どうでもいいことを感じた。今調べたらまだ65歳だって。うーん、まあ、年相応、なのかな。で、肝心の物語としては、きっとクソガキが痛い目に遭って、大佐が大勝利して終わるんだろう、とかなり平和?なストーリーを想像していた。そもそも、US版予告を見た時は、盲目のおじいちゃんとはわかっても、元軍人とは全く気が付いてなかったし。
 なので、問題となるのは、その泥棒に入るガキどもはどんな奴らなのか、そして目的は現金らしいけれど、なんでまたそんな現金が家にあったんだろう? という点にあるのではないかとわたしは想像していたのである。
 しかし、実際に観てみたところ―――そんな予想をまったく覆す凄い展開が待っていたのであった。以下、各キャラ紹介をしながら、物語の顛末をまとめてみよう。なお、役名はちゃんとあるけれど、ほとんど記憶に残らないので、役名は割愛します。ある意味どうでもいいので。
 ◆ガキA_真面目風少年:そもそも、泥棒に押し入ったガキどもが高校生なんだか大学生なんだかわたしにはちょっと良くわからなかったが、学校に行っている描写はあったので、まあ学生さんなんだろう。そしてこのガキAは、父親がセキュリティ会社を経営(?)しているらしく、金に困ってる様子はない。が、父親の会社のシステムを導入している家に、父親の部屋からかっぱらってきた鍵で侵入し、悪さを働いている。この時点でわたしとしては、ガキAへの同情は1mmもなく、さっさと痛い目にあうがいい、と思っていた。なお、このガキAは、若干の道徳心はある、けど、次に紹介するガキB_綺麗目女子の関心を得たいがために、悪さに付き合ってるという設定のようだった。アホなガキだ……。なお、演じたのはDylan Minnette君20歳。どうやら『Let Me In』に出ていたらしい(主役のあの少年ではない)が、顔に覚えはないなあ……。
 ◆ガキB_綺麗目女子:大変顔立ちは綺麗でかなりのちびっ子女子。演じたのはJane Levy嬢27歳。あれっ!? 一番年上じゃん。まあいいや。この女子は、残念ながらいわゆるPoor Whiteな典型的家庭崩壊の中にいて、母親はどうもクソビッチであり、娘に金をせびったり、金がないなら体を売ってこい的な言動までするクズである。おまけに母親が現在付き合っているチンピラからは色目で見られている(?)、ような、実際気の毒な境遇にある。それゆえ、幼い妹とともにこの状況から逃げ出したいと思っている。なお、舞台はDetroitで、残念ながらDetroitは全米ナンバーワン犯罪都市としてお馴染みであり(ナンバーワンは言い過ぎか?)、彼女としては西海岸へ妹とともに移住することを夢見ている。故に、金が欲しい、という設定だ。しかし、わたしとしてはそういう気の毒な身の上には同情するけれど、どんどんとエスカレートする犯罪者ぶりにはまったく共感できなかった。ズバリ悪党であると断罪せざるを得ない。どうやら、やっぱりDetroitにはROBOCOPが必要ですな。
 ◆ガキC_チンピラ小僧:いかにもな、ラティーノなチンピラ小僧で、コイツが盗品を故買屋に持って行って換金するが、今の時代、盗品なんてすぐに足がつくわけで、故買屋からは買いたたかれ、もう現金をかっぱらうしかねえな、と思っていた。彼は単に金が欲しいだけのクズ。そして綺麗目女子をオレの女だ、と思っている。わたしとしては、確実にコイツはあの世に行くな、と登場時から確信していたような、ホント、典型的なクズのチンピラで同情の余地なし。銃を持っている。そして予告にあるように、最初に元軍人にごくあっさり銃を奪われ死亡。演じたのはDaniel Zovatto君26歳。Zovatto君自身はコスタリカ出身だそうです。あっ!この顔、どっかで観たことあると思ったら『It Follows』のグレッグじゃないか! しかも『It Follows』を見た時に書いたこのBlogの記事で、この役者は『DON'T BREATHE』にも出てるみたいですな、とか書いてるし! アホだ、すっかり忘れてたわ。
 とまあ、わたしのアホさ加減はどうでもいいとして、こんな3人のガキが、元軍人の家に泥棒に入るわけだが、その理由は、
 1)元軍人は、娘を交通事故で失い、その加害者が金持ちだったので慰謝料(示談金?)で30万ドルは貰ったらしいぞ。
 2)元軍人は盲目らしいので、こっそり忍び寄って、薬をかがせて眠らせれば楽勝じゃん。
 というものらしい。なんで現金を家に持っているとガキどもは思ったのか、何か理由があったように思うけど、サーセン、忘れました。
 で。ここまでは、おおむね予想通りというか、想像の枠を超えないものであろう。
 が、問題は元軍人のおじいちゃんであった。
 ◆盲目の元軍人:演じたのは、前述の通りStephen Lang氏。眼をやられたのはイラクで手榴弾?の破片にやられたため。体は屈強。実際コワイ! 娘を事故で亡くした。
 とまあ、ここまでは、それほど特異でもないし、そんなおっかない元軍人さんが、その持てる軍事スキルをフル動員して、泥棒のガキどもをぶっ飛ばすのかとわたしは考えていた。しかし、よく考えれば気が付くことだが、それだけじゃあ、2時間の映画にならんすわな。実際のところ、本作は88分と非常に上映時間は短い作品なのだが、それでも、ガキどもが忍び込むまでに30分かけたとしても、その後、元軍人に遭遇して、バトルだけでは、20~30分あたりが限界だろう。あと30分、尺が余ってしまう。ここで、元軍人が地下室でとんでもないことをしていたという秘密の暴露が行われるのだが―――それはもう書かないでおく。正直相当キモイというか、わたしはもう、な、なんだってーーー!? と相当驚いた。そしてその内容が極めてキモチ悪いために、わたしの元軍人のおじいちゃんへの共感は吹っ飛び(それまでは、ガキをぶっ殺す姿に応援さえしていたわたしなのに)、こりゃあもう、全員死亡エンドしかねえ! とさえ思うに至った。
 しかし、結果を言うと、まずガキCのチンピラは、最初にごく簡単に殺られるし、これは当然の報いなので心は痛まない。そして次にガキAが、まあ正直ちょっとかわいそうだけど、さっさとトンズラしたのに帰ってきた勇気は実らず、逝っちまいます。若干気の毒。そしてラストはガキBの女子VS元軍人という展開になるのだが……両者ともにまったく共感できず、わたしとしては相打ちエンドを望んだのだが……この結末も書くのはやめとこう。正直わたしとしては、なーんだ、という終わり方であまりスッキリはしなかった。
 
 というわけで、わたしとしては、キャラクターに共感できない物語は評価が低くなってしまうし、実際、それほど面白かったとは思っていないのは間違いないのだが、その演出テクは実に上等で、これはなかなかのワザマエであると認めるにやぶさかではない。無駄な部分はほとんどなく、88分間テンションを維持する画面作りは才能を感じさせるものがあったと思う。なので、先ほど、いったい監督は何者なんだ? と調べて、これまた一つ驚きの発見をした。監督・脚本はFede Álvarezというウルグアイ人の39歳のお方なのだが、わたしが驚いたのは、本作の次に現在彼が製作中(?)の作品は、なんとなんと、2年前発売になってわたしが大興奮した、あの! 「ミレニアム」シリーズ第4作目『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』(The Girl in the Spioder's Web)じゃあないですか! すげえ、大抜擢ですなあ! まあ、本作もSONY作品で「ミレニアム」もSONY作品だから、きっと本作のクオリティがSONY幹部をして、コ、コイツはなかなかやる男だぞ……と認めせしめたのだろう。へえ~そりゃあ凄いや。まだ正式にキャストなどが発表になっていない、プリプロ中のようだけど、これは楽しみですなあ! つーか、あれっ? そういえばシリーズ第5弾は今年の発売じゃなかったっけ? おっと、USでは9月発売か。つか来週じゃんか。

 これは楽しみだ! Take an Eye for an Eye、目には目を、か。どんな日本語タイトルになるのだろうか。早川書房様、どうか年内の日本語版の発売をよろしくお願いいたします!!! 俺たちの早川さんならやってくれると信じてます!

 というわけで、見事に脱線したのでもう結論。
 去年暮れに公開になり、ちょっとした話題となった映画『DON'T BREATE』がWOWOWで放送になったので、超今さら視てみたのだが、正直、キャラクターがことごとくクズで、わたしはとても共感できず、実際不快なお話であった。が、その演出はなかなかキレがあってお見事で、そういう点では高評価なのはうなづけるけれど、どうも、世間一般のこの映画に対する高評価は、わたしには実際なぞというか良く分からんです。面白い話ではないような……というわけで、あまりお勧めはしないでおきます。怖いというより……わたしはキモチ悪い、と思う感情の方が大きかったす。以上。

↓ わたしは素直に、こういう映画かと思ってました。
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オードリー・ヘップバーン
ワーナー・ホーム・ビデオ
2011-12-21

 以前も書いた通り、わたしの愛するハリウッド女優は何人もいるが、その中でも最高レベルに、もはや女神とさえわたしには思える二人のスーパー美女、その双璧がCate Blanchett様と、Gal Gadot様のお二人である。これはほぼ確信に近いのだが、おそらくわたしは生のお二人をその目にしたら、その美しさと神々しさの前では、自然と跪き、失神もしくは失禁することは間違いなかろうと思う。とにかく美しく、かわいくて、セクシー極まりない、人類の中で最も女神に近いお方だとわたしは感じている。
 しかし、わたしとしてはどうも不思議なのだが、わたしは映画オタクとして何度もお二人をスクリーンでお見掛けしているのにもかかわらず、それまでは普通に綺麗な人だな、程度の想いしかなかったのに、とある映画を観た時から急にその神々しい美に魅了され、大ファンとなったのである。まあ、要するにわたしの目は節穴だったということに過ぎないのだが。Cate様の場合は、どういうわけか2015年公開の『Monuments Men』(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)という作品を観て急に好きになったし(それまでさんざんCate様出演作を観てるのに!)、Gal様を好きになったのは、去年の『Batman v Superman』を観てから、である。
 Cate様について語るのは、11月公開予定の『THOR: RAGNAROK』の時に譲るとして、今日はとにかく、Gal様について書くつもりでいる。なぜかって? そんなの、今日、待ちに待った『WONDER WOMAN』を観て大興奮してきたからに決まってるでしょうが!
 というわけで、『BvS』で初登場した女性ヒーロー(こういう場合ってヒロインと呼ぶのか?)、WONDER WOMAN単独主演作品がとうとう日本でも公開になり、さっそく観てきたわたしである。ズバリ、結論から言うと、非常に面白かった。が、本作を単独映画として観た場合はもうパーフェクト! と大絶賛したいけれど、一方で、本作がDC Extended Universの一つのピースであるという観点に立つと、若干、ほんの若干だが、問題は残るように思えた。
 というわけで、以下はネタバレが含まれる可能性が高いので、気になる方は読まないでください。まずはいつも通り予告を貼っておこう。

 ダメだ、日本語字幕版はひどいセンスのナレーションが入ってたり、どうしようもないキャッチが極めて下品かつ不愉快なので、US版を貼っておくことにする。
 わたしは、本作『WONDER WOMAN』を観る前から、今回はどんな映画になるのだろうかと『BvS』が終わったそばから大変期待していたのだが、『BvS』のエンディングシーンからわたしが想像していたのは、おそらくWonder Womanことダイアナは、100年前の出来事によって人類に失望し、隠棲を決意するに至った何か悲劇的な出来事が起こったのだろう、と想像していた。ちょっと、『BvS』のラストでの、葬列を見送るダイアナとブルース・ウェインの会話を以下に記しておこう。わたしのリスニング能力は全くあてにならないので、一部間違ってるかもしれないことはお許しいただきたい。
 ダイアナ:A hundred years ago I walked away from mankind; from a century of horrors... Men made a world where standing together is impossible.
 ブルース:Men are still good. We fight, we kill, we betray one another, but we can rebuild. We can do better. We will. We have to.
 わたしは『BvS』におけるこのセリフで、もう完全にダイアナことWonder Womanは人類にうんざりしちゃっているんだろうなと感じた。
「100年前、わたしは人類から逃げたの。あの恐怖の世紀から。人類は世界を共に立つことができないようなところに変えてしまったわ……」直訳するとこんな意味である。それに対するBATMANのセリフがかっこいいすよね。
「人はまだ善を忘れちゃいないさ。俺たち人間は、お互いに争い、殺し、裏切る。でも、それでも俺たちはやり直せるし、もっと善くなれる。善くありたいし、善くあらなきゃいけないんだ」
 こんなBATMANの言葉に、ダイアナは再び立ち上がり、秋公開の『JUSTICE LEAGUE』へつながっていくわけだが、肝心の「100年前」に何が起こったのか、そしてなぜダイアナは人類に背を向けてしまったのか。これがきっと、本作での一番のポイントだろう、とわたしは想像して劇場へ向かったのである。
 というわけで、本作は、『BvS』事件ののち、現代のパリのルーブル美術館で働くダイアナの元に、ブルース・ウェインから100年前のダイアナが写っている銀塩写真のネガのガラス板が届くところから始まる。ブルースの手書きメモには、原版を見つけた、これは君のものだ。なんて書いてある。もう、大富豪はやることが粋でカッコイイじゃねえか、とのっけからわたしは大興奮である。ここから、ダイアナの想いは100年前の写真に記録されている「あの頃」へ移り、幼少期から過去が語られていく展開となる。先にエンディングを言ってしまうと、回想を終えたダイアナは、うっすらと微笑みながら、ブルースに「ありがとう。大切な人にまた会わせてくれて」とお礼のメールを送って物語は幕を閉じるのだが、その物悲しくもうれしそうなダイアナを演じるGal様の表情は超最高であった。※ちなみに、エンディング後のおまけ映像はありません。てっきり、『JUSTICE LEAGUE』の何らかの映像が入るかと思ってたのに。
 しかし、だ。肝心の「100年前に起きた悲劇」に関しては、かなり予想と違っていてわたしは驚いたのである。100年前といえば、真っ先に思い浮かぶのは第1次世界大戦だ。2次ではなく、1次のほうである。世の中的に、2次大戦の方は様々な映画や物語で描かれているように思うが、ふと考えると1次大戦の方を描いた作品は意外と少ないように思う。すぐ思いつくのは、名作『西部戦線異状なし』ぐらいだが、とりわけヨーロッパにおいては、1次大戦の方がより苛烈な印象を残しているんじゃないかとわたしは思っている。なぜそう思うかというと、1次大戦に従軍した芸術家がいっぱいいて、画家や作家が多くの作品を残しているからだ。従軍した結果、精神を病んでしまった芸術家もいっぱいいることは、あまり知られていないかもしれないけれど、『西部戦線異状なし』の著者Erich Remark氏も従軍した一人で、その凄惨な戦場の模様は有名であろう。そんな、人類初の大規模・多国籍間紛争である第1次世界大戦に、ダイアナは参加しているのである。そこで目の当たりにした人類の醜い争いが、ダイアナをして人類に失望させたのだろう、というざっくりとした予想は、結論から言うとおおよそ合っていた。しかし、細部に目を転じると、そこには、ダイアナに「人の善」を説く男の存在と、邪悪を体現する「軍神アレス」という存在があったのだ。これは全然想像していなかった点である。
 まず、アレスの方から見てみると、そもそも、ダイアナは汚れを知らない箱庭世界ともいうべき「セミスキラ」という島で生まれ育った非・人類である。ちなみにいうと、粘土で作られた人形に命が吹き込まれた存在、だそうだ。彼女および彼女の属する「アマゾン」族は、世に戦いをもたらす「軍神アレス」への対抗手段としてゼウスが作った一族(?)で、「GOD KILLER」という神を殺せる剣を持っている。つまりダイアナは、アレスがこの世に現れたら、わたしが倒す、と子供のころから考えていて、母は世は平和なのよ、アレスはもういないのよ、と言い聞かせていたものの、平和な箱庭たるセミスキラに、一人の男が流れ着き、彼を追ってきたドイツ兵たちとの戦闘によって、どうやらアレスが現れているに違いない、わたしはアレスを倒すために外の世界へ行くわ! と、半ば強引に我々の世界へ旅立つという展開になる。しかし、セミスキラで膨大な書物によって世界の勉強をしてきたダイアナであっても(なんと超多数の言語もペラペラ!)、実際に目にする「世界」はまさしく別世界で、初めて食べたアイスクリームの美味さにうっとりと目を細め(ここのGal様も超かわいい!)、あなたはこの味を誇るべきよ、なんて売り子に真面目に言ったりする、ちょっとズレた面も持った美女である。
 しかし、彼女の目的は、アレス討伐であって、アレスさえ倒せば、世は善で満ち、戦いはなくなると固く信じる幼い少女でもある。そんな彼女を見守り、保護する男がスティーブ・トレバーという男だ。スティーブは言う。一人を倒したって、世界は変わらない。段取りを踏んで、協議によって戦いを止める方法があるんだ、とスティーブが言っても、ダイアナには若干ぴんと来ない。そこに葛藤が生まれるわけで、ここにドラマがあるわけだが、残念なことに、本作の脚本としては、結果論ではあるかもしれないけれど、結局はダイアナの言うことの方が正しく、単に、ダイアナもスティーブも、アレスの本体を見誤っていただけのことになってしまう。
 最終バトルで、アレスだと思っていた悪党をぶっ殺したダイアナ。それでも全然戦争は終わらない。そこにけっこう唐突に(脚本的には確かにこいつはきっと悪党なんだろうなとは思わせてはいた)別の男が実はアレスでした、と正体を現してからは、完全に神VS神、いうなれば『Man of Steel』で描かれたSUPERMAN vs ゾット将軍のような超絶バトルが始まってしまうのだ。わたしは正直、まーたこの展開かよ、DCコミックってやつは……と若干あーあ、と思ったのは事実なのだが、一方で、人を護るために殉じたスティーブの姿には、やけに感動してしまったし、そのスティーブの哀しい最期を見て、真の力を開放し、自らこそがGOD KILLERだった、として戦うダイアナの勇姿にも、もちろん大興奮であった。ダイアナは哀しみによって真の力を得たわけであり、そしてその哀しみは、スティーブの説く愛、によって生じたわけである。なるほど、まさしくわたしの大好きな『北斗の拳』的で、お見事である。しかも、わたしが注目に値すると思ったのは、スティーブはダイアナに対して、わたしが上の方で引用した『BvS』におけるブルース・ウェインとほぼ同じセリフで、ダイアナに人間の善を説くのである! この流れは確かに大変見事な脚本だとわたしは感じた。
 なので、わたしは本作が、完全に独立した一つの作品であるならば、この大感動とともに劇場を後にすることが出来たはずだと思う。しかし、である。ふと頭によぎるのは、じゃあダイアナは、2次大戦の、ナチスドイツに対しては何もしなかったのか? ということだ。絶望はしたけれど、愛の尊さは知ったダイアナ、という展開は確かに美しかったけれど、ひょっとしてアレなの、愛するスティーブがもうこの世にはいないことに絶望しちゃってたの? という思いが頭から離れないのである。『BvS』でのダイアナを見る限り、そして本作の回想部分のラスト、スティーブの写真にそっと触れた時のダイアナの哀しみをたたえた美しい表情を見る限り、まあ、きっとそういうことなんだろうと思う。でもそれって……ちょっと……どうなんでしょうなあ……原爆投下も、わたしには関係ないわ、と、どこかに隠れて見ていたのだろうか……。
 こういう点が、DC Extended Universの微妙な点で、おそらくは、本作に問題があるのではなく、『BvS』での描き方が悪かったのではないかとわたしは思う。つまり、やっぱり最初からきちんとした大きな絵が描けておらず、Wonder Womanの背景をきちんと美しく描いた本作の構想を先に練っておいてから、公開の順番は本作の方が後でもいいので、きちんと『BvS』に反映すべきだったんじゃないかという気がしてならない。
 ダイアナは、スティーブを失った哀しみで、2次大戦は完全にスルーしていた、ということにしよう。それはそれで、本作を見れば理解できなくもない。でもそれならなぜ、『BvS』のドゥームズデイとの戦いに参戦してきたのか。そもそも、SUPERMAN VSゾット将軍の超絶バトルにはどうして絡んでこなかったのか。そういう、何か理由があるだろうこと、をDC-EUはきちんと答えてくれないのだ。わたしとしては、『BvS』で、ブルースがダイアナに画像データを送った時、「これは君か?」の一言だけじゃあなく、「I need your help. PLEASE」君の助けが必要だ。頼む。という一文があればよかったのだと思う。そして『BvS』のラストで、ダイアナは、「これきりよ」と言いながら、あの「わたしは100年前に人類に背を向けたの……」のセリフにつなげ、そしてブルースのセリフがあればよかったのだ。そして、「昔……同じことを言った男がいたわ……死んでしまったけれど……わたしの大切な人……」みたいなことをダイアナにはつぶやいてほしかった! そうすれば完璧につながったし、ダイアナがもう一度、人類のために戦う決意を示せたのに!!!
 まあ、そんな風に思うわたしの方が圧倒的少数であろうから、別にもういいけれど、何となくもったいないような気はする。しかしそれでも、やっぱり本作のヒロイン、ダイアナを演じたGal様の美しさと可愛らしさは一切損なわれておらず、実に楽しめたのは間違いない。
 Gal様は、もうご存知の通りイスラエル国民であり、たまーにInstagramにヘブライ語で投稿する絶世の美女だ。そしてイスラエルは女性にも兵役義務があり、Gal様も軍務経験があるお人である。先日、と言っても結構前か、出産したばかりとは思えないスリムなプロポーションで、今回のWonder Womanの衣装が超似あってましたね。ブーツもカッコ良かったなあ。なんというか、聖闘士星矢の「聖衣」っぽい、なんか金属のような質感でしたな。インスタにこんなのがありますね。

Wonder Woman boot making 💪 #flashback #wonderwoman

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 Gal様、足の型をとるの図。これはブーツ製作のためでしょうな。おお、なんて可愛らしいんでしょう! 身長177㎝だそうで、まあ、スーパーモデル体型ですなあ……お美しい……とにかくわたしがグッとくるのは、その目と唇ですね。何ともセクシーかつキュート、もはやこの世にGal様に対抗できるのはCate様しかいねえ、というのがわたしの見解であります。とにかくGal様にとってWonder Womanというキャラクターはハマり役であり、今後もまだその活躍が観られるのは大変うれしい限りだ。まずは秋の『JUSTICE LEAGUE』、正直、物語的に面白いかどうか非常に心配だが、Gal様目当てに観に行くことは確実であります。
 さて、これ以上Gal様への想いを書いても変態的になるだけなので、もう男性キャストには触れないで、最後に監督についてだけ、備忘録として記して終わりにしよう。本作の監督はPatty Jenkins氏という46歳の女性だが、長編監督デビュー作『MONSTER』においてCharlize Theron様に栄光のアカデミー主演女優賞をもたらした才媛である。ただ、その2003年以降はどうやらTVの方で活躍していたそうで、劇場作品は本作が2本目の監督作品だそうだ。へえ~。しかし、本作はUS本国で4億ドルを超え、世界中で大ヒット中であるし、その評価もとても高く、どうも来年2月のアカデミー賞監督賞候補、なんて声もあるようだ。でも監督賞……うーん……そこまで優れた演出があったかとなると、どうだろうなあ……むしろキャラの見せ方や画自体の質感はDC Extended Universの生みの親(?)たるZack Snyder氏に近いものがあったように見受けられたが、うーん……わたしには若干わからないす。

 というわけで、結論。
 『BATMAN v SUPERMAN』でその勇姿の一端をさらしたWonder Woman。とうとう待ちに待った単独主演映画『WONDER WOMAN』が公開されたので、超ワクワクしながら観に行ったわたしであるが、完全に独立した一本の作品として観るなら、Gal様の美しさにあふれた最高の作品である、と断言してもいい。が、一方で、DC Extended Universの中の一つと考えると、どうも若干引っかかる点もあるようにわたしには思えた。ま、そこが、わたしの愛するMCUとの違いで、DCのダメなところだが、もはや完全にオタク野郎としてのわたしのいちゃもんに過ぎないので、普通の人がこの作品を観たら、存分に楽しめるのは間違いないと思います。そして、何度でも言うけれど、Gal様は最高です! 以上。

↓ Gal様のハリウッドデビュー作がこれ。4作目かな。大変かわいくて小悪魔的な「ジゼル」を演じていらっしゃいます。Gal様の魅力に気づいていない、そんな時期がオレにもありました……。


 ちょっと前に、予告編をWeb上で観て、おっと、こいつは面白そうだ、と楽しみにしていた映画がある。しかし、どういうわけか公開スクリーン数がやけに少なく、さっき公式サイトで数えたところ、日本全国で50もないようだ。こういう映画は、都内だと確実に混雑するので、そういう時は郊外のシネコンの朝イチの回に限る、というわたしの鉄則が働き、まずは配給のSONY PICTURESに対して軽くチッと舌打ちしてから、今日は朝8時に家を出て、家から15㎞程離れた郊外のシネコンまで車をぶっ飛ばして観てきた。
 その映画のタイトルは『BABY DRIVER』。ビートに乗せたクライムアクションと言っていいだろう。はっきり言ってそこはかとなく漂うシャレオツ感が鼻につくが、物語というよりもキャラクターがとても魅力的で、大変楽しめる映画であった。

 まあ、物語としてはだいたい上記予告のとおりだ。主人公ベイビーは凄腕の「逃がし屋」である。常に音楽を聴く彼は、仕事中もガンガンに音楽をかけまくって車の運転をするのだが、10年前のまだガキの頃、麻薬が積んであった組織のボスの車を、それと知らずに盗んで逃げ回り、車ごと麻薬をお釈迦にしたことがあって、ボスは怒るというより感心し、許してやるも麻薬の代金は返せ、というわけで借金を背負っている。その借金返済のために、ボスが手配する強盗の運転手を務めている(というような過去が、いかにも説明文的なセリフで語られた)というわけだ。そして彼は、上記予告にある通り、幼少期に事故に遭い、両親は死亡、以来耳鳴りがするために常に音楽を聴いている、という設定になっている。彼は現在、里親のおじいちゃん(しゃべれないため手話で会話する)と暮らしており、さっさと逃がし屋稼業もやめたいと思っているのだが、最後の仕事を終え、借金完済、自由の身になったと思いきや、超絶ドライビングテクニックを持つ彼をボスは手放すわけもなく―――てな展開のお話である。
 凄腕の逃がし屋というと、真っ先に思い出すのはRyan Gosling氏主演の「DRIVE」だが、主人公が寡黙でほとんどしゃべらない凄腕運転手、という共通点以外は全然別物であった。なによりも、主人公を含めてキャラクターが本作の方がもっとわかりやすく、役者陣も豪華で、シリアスで暗い雰囲気のお話だった『DRIVE』よりもずっと明るい(?)空気感はあると思う。ラストも、アレは明確なハッピーエンドと言っていいだろうし。
 本作は、その物語というよりもキャラクターがすべてなので、軽くキャラ紹介をしつつ役者のこともまとめておこう。以下、結末に至る完全なネタバレを含むと思うので、気になる人は読まないでください。
 ◆ベイビー:演じたのはAnsel Elgort君23歳。彼の映画デビュー作はリメイク版『Carrie』なんですな。わたしは『Divergent』も観たし『The Fault in our Stars(邦題:きっと星のせいじゃない。US版セカチュー的な難病ものラノベ)』も観たので、良く知った顔であるが、彼はイケメンと言っていいのか実に微妙な感じであろう。Ansel君は、とにかく肌がつるっとしていて、若いというか、まさしくBABYな感じがあふれていて、本作のキャラにぴったりだったと思う。もちろん本作の”ベイビー”という名はあだ名(?)で、本名は一番ラストにチラッと出て来るけど忘れました。作中で何歳という設定であったのか、不明。オープニングアクションの、赤いSUBARU WRXをかっ飛ばすシーンはすごい迫力であった(ま、Ansel君自身が運転しているわけじゃないですが)。本作では、まだまだガキ、ということで、犯罪にはもちろん積極的にかかわりたくないし、殺人なんて、と思ってはいるものの、一目ぼれした女子のためなら犯罪者まっしぐらな道を決断も下すあたりは実にお子様なキャラであろうと思う。いつも人の話を録音していて、その音源からオリジナルの歌を作るのが趣味、というのが変というか面白い。しかし、本作はほぼ全編アトランタで撮影しているようなのだが、アトランタって、一応US国内では大都市だろうに、あんなに簡単に大金強奪の強盗が発生するもんなのかなあ? そのあたりの感覚は正直良く分からんす。つーか、やっぱり銃は規制されるべきでしょうな。まずはそこからUS市民は考えてほしいものだ。
 ◆ドク:組織のボス。演じたのはオスカー俳優Kevin Spacey氏58歳。いつも通りの貫禄たっぷりなボスで、警察すらも子飼いにしているような影響力を持っているらしい。だったら強盗なんてちゃちな犯罪を指揮しなくてもいいのでは……という気もする。いずれにせよ、ベイビーとの約束をあっさり反故にするような冷徹なBADGUYであると同時に、どうもベイビーをホントに可愛がっているかのようなGOODGUY的雰囲気もあって、Kevin氏の持つ、イイ人っぽくて悪い人、あるいは悪い人っぽくていい人、という雰囲気にぴったりであったと思う。
 ◆バッツ:演じたのはこれまたオスカー俳優Jamie Foxx氏49歳。やっぱりこの人の演技は上手いんだよなあ……完全に役者としての格が上というか、まあ貫禄と余裕たっぷりな演技ぶりで、殺人を平気で犯すような、キレててイカレた男として、ベイビー君を威圧しまくっていたと思う。まさかあんな最期を迎えるとは……というある種あっけない退場となる。ラストは彼が最後までベイビー君を追い詰めるような展開かと思ってたら全然違ってました。
 ◆バディ:演じたのはJon Hamm氏46歳。ベイビー君とは何度か仕事をしたことがあるらしく、最初からベイビー君の腕を信頼している男。インテリ風で、結構ベイビー君をかばうような言動もあって、イイ奴かと思ってたら……この恨み晴らさでおくべきかと最期までベイビー君を追う執念を見せる。Hamm氏に関しては、わたしが過去に観た中では、結構多くの作品でちらほら出ていたみたいだけど、ほぼ覚えにない。どうもTVの方の活躍の方が有名みたいすね。おっさんだけどなかなかのイケメンでしょうな。若干、Jean Reno氏風なチョイ悪オヤジ的な風貌です。
 ◆ダーリン:演じたのはEiza González嬢27歳。大変お綺麗なメキシコ美女。歌手活動もされている方のようだが、わたしは全然知らない方であった。本作のダーリンというキャラは、バディの彼女で、常にバディといちゃついている設定で、やっぱりベイビー君の腕を信頼して、時にはベイビー君をちょっとからかうような、セクシーなお姉さん、という感じだったので、この女子もイイ人かと思いきや、いざとなれば警官に向かってバンバン銃を撃つおっかないお姉さんでした。
 ◆グリフ:演じたのはJohn Bernthal氏40歳。この人は、TVの『WALKING DEAD』が一番有名かな。あとNetflixでのマーベルヒーロー『THE PUNISHER』のお方ですな。映画では、結構な数の作品にちらほら出てますね。本作では、ベイビー君が気に入らなくて何かといちゃもんをつけてくる男として出演。あまり大した役ではないです。
 ◆デボラ:演じたのはLily James嬢28歳。ダイナーの制服がウルトラ似合っていて可愛い! ベイビー君との運命的な出会い(?)で事件に巻き込まれていく女子を好演。2015年の『Cinderella』でも大変可愛かったですが、本作のデボラ役も大変良かったと思います。
 とまあ、メインキャストとメインキャラは以上かな。最期に監督のことを書いて終わりにしよう。本作の監督は、何かと話題(?)のEdger Wright氏43歳。わたしは、恥ずかしながらこの監督の作品を一度も観たことがなく、話題となったデビュー作『Shaun of the Dead』も見損なったったままである。わたしにとって彼の名前は、わたしの大好きなMCU作品『ANT-MAN』の監督を途中で降板した男としての方がお馴染みだ。前々から、この監督が撮った作品を観たいと思っていたので、今回ようやくそれが叶ったわけだが……確かに、オープニングアクションが終わったのちの、ベイビー君が軽やかに街をふらふらしながらコーヒーを買って帰る、という5分近い(?)長回し一発撮りは凄かったと思う。わたしはそのシーンを観て、なるほど、Edger Wrightとはこういう腕の立つ監督なんだな、と初めて認識した。ずっと前から、わたしはこの監督がわたしの愛するAnna Kendrickちゃんの元カレだということだけで、大嫌いだったのだが、本作を観て、なるほど、監督としては……認めたくはないが腕は確かなようだな、と思った。本作は、どうも上手く説明できないのだが、ガンガンに響くロックサウンドがキャッチ―なのかな、とにかく、どことなくシャレオツ感があって、本来のわたしなら好きになれないような空気感が若干漂っているのだが、意外とまっとうなエンディングはハッピーエンドと言えるだろうし、なにより、ベイビー君のある意味まっすぐな正義感というか、まっとうな行動に敬意を表して、面白かったと絶賛することとしたい。

 というわけで、結論。
 昨日から公開となった『BABY DRIVER』を観たいと思ったら意外と公開規模が小さく、仕方ないので車をぶっ飛ばして郊外のシネコンへ観に行ってきたのだが、わたしとにとって初めてのEdger Wright監督作品は、積極的に認めたくないけれど、大変面白かった。最初は、きっと『DRIVE』を音楽に合わせて軽くした映画でしょ、とか思っていたのだが、なかなかどうして、キャラクターは大変良く描けているし、ちょいちょい現れる長回しもなかなかお見事で、完成度はかなり高いと思う。というわけで、この映画は大変おススメです。近所で上映していないところも多いと思うけれど、これは劇場で観る価値のある映画だったと思う。以上。

↓ こちらは、とにかく主人公が超寡黙でセリフが超少なく、超COOLです。そして後半かなりのヴァイオレンス展開もあって、初めて観たときは北野武作品に似ていると感じました。こちらも大変面白いです。

 このところ、WOWOWで録画した映画を全然観てねえなあ、ということに、ふと、昨日の夜気が付いた。まあ、実はここ数カ月、録画してから観たものの、イマイチな作品が多くて、このBlogに備忘録を記すまでもあるまい、と思った作品は何本か観ているのだが、特にこの1カ月ぐらいは、全然観ていない。恐らく、わたしの部屋がクソ暑くて、おまけにわたしが使っているTVが2008年に買った42インチのプラズマテレビであるためなのか、夏はどうもTVがクソ熱くなってさらに室温があがっているのでは? という疑惑があるため、暑い夏の夜に部屋でぼんやり2時間、クソ熱くなるプラズマTVを付けて、映画を観よう、という気にならんのが、現在のわたしの状況であった。どうでもいいけれど、今はもうプラズマってもう絶滅したんだろうか? とにかく、画面が熱いんすよね……。熱ッツ!というほどではないけれど、温かいと表現するより熱いと言うべきな程の発熱をするので、大変困る。
 しかし、昨日は、若干涼しかったし、こんな時間に寝ちまったらもう老人だよ……という時間だったので、そういう何もすることがない、けど寝るには早すぎる、という深い絶望と孤独と虚無に囚われたため、とりあえずHDDデッキを起動、どんなの録画して、まだ観てないんだっけ……と録画リストを眺めてみた。すると、おお、この作品は劇場で観たかったけど公開スクリーン数が少なくて見逃してたんだよなー、という、わたし好みのB級くさい作品がいくつか録画されていた。まあ、録画予約したのはわたし自身だが、そんなことは完璧忘れており、その中から昨日は、『SELF/LESS』(邦題:セルフレス/覚醒した記憶)という作品を観てみることにした。まあ、結論から言うと、アイディアは、今までもこういう作品はあったかもしれないけれど、十分面白い、けど、やっぱりちょっと微妙かなあ、という感想を持つに至ったのである。ちなみに調べてみると、US興行では全然売れず、評価もかなり低い残念ムービーと判定されているようである。

 物語はだいたい上記予告で示されている通りである。主人公はNYCの不動産王。しかしガンに蝕まれており、余命は幾ばくも無い。そんな彼の前に、別人の肉体に記憶を植え替える謎技術を持つ集団が現れる。そして新たな若い肉体を得た主人公だったが、徐々にその肉体は「元の記憶」を取り戻し始め―――てなお話である。
 こういった、姿と中身が別人、という映画は結構今までもあると思うが、わたしが真っ先に思い出したのは、ニコ様でお馴染みのNicolas Cage氏最高傑作とわたしが認定している『FACE/OFF』だ。あの作品はニコ様最高傑作であると同時に、John Woo監督最高傑作だとわたしは思うぐらい、大好きな作品だが、凶悪犯が仕掛けた爆弾のありかを探るために、凶悪犯の姿形に整形手術をして捜査するというトンデモストーリーで、まあ、何度観ても面白い娯楽活劇であることは間違いなかろう。
 というわけで、わたしは本作も、派手な娯楽アクションだろう、と勝手に思い込んで視聴を開始したのだが、その趣はだいぶ違っていて、SF……うーん、SFだろうけど、なんと言えばいいのか……まあ要するに、キャラクターに感情移入しにくい微妙なお話であったのである。どう微妙に思ったか、各キャラを紹介しながらまとめてみようと思う。以下、完全ネタバレ満載になるはずなので、気になる方は読まないでください。
 ◆主人公ダミアン:演じたのは、ガンジーでお馴染みのSir Ben Kingsley氏。演技自体は極めて上質なのは間違いない。NYCで不動産王として財を成したが、娘はそんな仕事一徹の父に反発して出て行ってしまい、しがない(としか言いようがない)NPOを主宰している。ダミアンとしては、死が迫る中、娘と和解したいのだが、娘は全く相手をしてくれず、実にしょんぼり。わたしは観ていて、この娘に対してまったく好感をもてなかった(そもそもあまり可愛くない)。そして、そんな「やり残したこと(=娘との和解)がある」といった思いを抱くダミアンは、とあるルートから聞いた「脱皮(=Shedding)」技術を用いて若き肉体を手に入れる。なのでSir Kingsleyの出番はそこまで。そこからは、若い肉体としてのダミアンをDEADPOOLでお馴染みのRyan Reynolds氏が演じる。
 問題は、まず、ダミアンはその若き肉体がどのように提供されたのか知らない点で、誰がどう考えたって、どっかの男が死んだか、(自らの意志で)金で提供したか、(自らの意志によらず)無理矢理ドナーとされてしまったか、どれかであろうことは想像がつくはずだ(とあるキャラは、クローン培養または試験管受精で培養された素体だと信じていた。そんなバカな!)。要するに、その提供された肉体には、その元の「記憶」はなくても「過去」があるのは当然で、遺族とか、その「過去」を知る人間がいるだろうことは、容易に想像がつく。
 わたしは、ダミアンはそれを承知で「脱皮」技術を受け入れたんだろう、と思っていたのだが、どうもそうではないようで、新たな肉体に宿る「過去」のフラッシュバックを見るようになってから、初めて、あ、元のこの体の持ち主にも奥さんや娘がいたのか、と知って動揺するのである。いやいやいや、そりゃそういうこともあり得るでしょうよ、今さら何言ってんの? とわたしはその時点で大分白けてしまったような気がする。そもそも、肉体を提供した男は、娘の難病治療のためにどうしても金が欲しくて、自らの命と引き換えに金を得た男である。覚悟は完了していたはずだ。そして妻は夫が死んだことしか知らず、その保険金と思って得た金で、娘はすっかり元気になって、新たな生活を始めていたんだから、いまさら夫の姿をした(中身はダミアンの)男が妻と娘の前に現れても、混乱を引き起こすだけで何の意味もないんじゃないの? と心の冷たいわたしは観ながら感じたのである。つまり、ダミアン自身に覚悟が足りなかったわけだな、というわけで、ラストのダミアンの選択は実に美しく泣かせる決断なのかもしれないけれど、わたしとしては、ううーーーむ……と素直には感動? できなかったす。
 わたしだったら、そうだなあ、例えばダミアンは、自ら隠した遺産目当ての連中(例えば実の息子でもいい)によって無理矢理に、事故かなんかで亡くなった若い男の体に転生させられてしまって、その遺産争奪バトルが勃発、一方では、事故で夫を亡くした未亡人と再会し(あるいはバカ息子の彼女でもいい)、よろしくやる、的な展開を考えるかなあ……はっ!? いかん、全然面白そうじゃない! ダメだ、わたしの才能ではどうすれば面白くなったか、対案が出せん……。とにかく、他人の体に記憶を植える、中身と体が別人、というアイディア自体は大変面白いけれど、どうもノれなかったす。
 ◆元の肉体の持ち主、の妻と娘:まず、妻を演じたのはNatalie Martinez嬢という方だが、知らないなあ……一応、わたしが大好きなJason Statham兄貴の『DEATH RACE』のヒロインを演じた人みたいだけど憶えてない……。そして今回のキャラとしては、とにかく主人公の話をまともに聞こうとしないでギャーギャーいうだけだったような……そりゃあ、混乱してそうなるだろうとは理解できるけれど、ほとんど物語に何の寄与もしない。そして主人公がこの妻に対してやけに同情的なのも、「娘を持つ親」という共通点ぐらいで、どうもスッキリしなかった。なにより、妻も娘も、ビジュアル的にあまりかわいくないというか……サーセン、これはわたしの趣味じゃないってだけの話ですので割愛。
 ◆謎組織の謎技術:まず組織の長であるオルブライトを演じたのが、Matthew Goode氏で、わたしは彼の特徴のあるシルエット(体形?)で、一発で、あ、この人、あの人だ! と分かった。そう、彼は、わたしのオールタイム・ベストに入る超傑作『WATCHMEN』のオジマンディアスを演じたお方ですよ。妙にひょろっとしていて、やけに背が高く、顔が小さいという特徴あるお方ですな。このオルブライトというキャラは、作中では一番ブレがなく、分かりやすかったと思う。実は彼こそが、この謎の「脱皮」技術の考案者の博士で、既に自身も弟子の若い研究者の体を乗っ取って(?)いたというのは、大変良い展開だと感じたけれど、一番のキモとなる、脱皮者が元の記憶を消すために服用し続けなければならない薬、のレシピが結構あっさりばれてしまうのは、ちょっと脚本的にいただけなかったのではなかろうか。あの薬は、主人公にとっていわば「人質」であったわけで、主人公としてはどうしてもオルブライトの支配から抜け出せない状態に置かれる鍵だったのだから、あの扱いは大変もったいないと感じた。あんな薬のレシピなんて、化学的に解明される必要はぜんぜんなく、そもそも「脱皮」自体が謎技術なんだから、薬だけちゃんと解明されるのは実に変だと思う。
 とまあ、どうやらわたしが本作を微妙だと感じたのは、1)女性キャストが可愛くない(→これは完全なわたしの言いがかりなのでごめんなさい) 2)主人公ダミアンの思考がイマイチ甘い 3)キモとなる薬が意外と現実的で世界観から浮いている。といった点から来ているのではないかと思われる。
 ただ、元の主人公ダミアンを演じたSir Kingsley氏や、若い肉体となったダミアンを演じたRyan Reynolds氏の演技ぶりは大変良くて、その点においてはまったく不満はなく、素晴らしかったと称賛したいと思う。脚本がなあ……イマイチだったすねえ……。なお、監督はインド人のTarsem Singh氏というお方で、『The Cell』で名声を挙げた監督のようです。この監督の作品でわたしが過去に観たのはその『The Cell』と『Immortals』ぐらいかな……本作においては、その演出に関してはとりわけここはすごいと思うところはなかったけれど、謎装置のセットや、あと衣装かな、そういった美術面のセンスは大変イイものをお持ちだとお見受けしました。画はスタイリッシュだと思います。

 というわけで、もう結論。
 劇場公開時にスクリーン数が少なくて見逃していた『SELF/LESS』という映画がWOWOWで放送されたので、録画して観てみたところ、まあ、結論としてはWOWOWで十分だったかな、という微妙作であった。他人の体に人格を移すというアイディアは大変面白いのだが、どうも……焦点はその元の体の持ち主の記憶、の方に寄っていて、しかもその記憶は別に特別なものではなく、普通の男の記憶であって、記憶自体ではなく、その記憶を見た主人公がどう行動するか、という点に重点が置かれている、と説明が難しいというか、軸がぶれているというか、とにかく微妙、であった。でもまあ、実際予告を見た時に気になっていたので、観ることができて大変良かったと存じます。主役のSir KingsleyもRyan Reynolds氏も、芝居としては大変な熱演でありました。以上。

↓ やっぱり「入れ替わりモノ」としてはコイツが最高だと思います。
フェイス/オフ [Blu-ray]
ジョン・トラボルタ
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2010-12-22

 いやー、最高でした。今年2017年暫定ナンバーワンです。
 今日からいよいよ公開となった、MCU最新作『SPIDER-MAN:Home Coming』を観てきたわたしが、真っ先に思った感想である。もはやMCUってなんぞ? という方はいないと思うので、説明しない。.現在MCUはPhase-3と呼ばれる第3段階に入っている。去年2016年にわたしが劇場で観た映画ナンバーワン作品である『CIVIL WAR:CAPTAIN AMERICA』から始まったこのPhase-3は、その次に公開された『DOCTOR STRANGE』、そして先般公開された『GUARDIANS OF GALAXY VOL.2』』を経て、本作が第4作目となる。先に言っておくと、次は11月3日公開の『THOR: RAGNAROK』、そして来年2月ごろUS公開予定の『BLACK PANTHER』、そして来年GWに公開予定の『AVENGERS:INFINITY WAR』に至る道がすでに公表されている。どの作品も、とにかくわたしは楽しみであり、今からもうわくわくしているわけで、まずは今日公開の『スパイディ』の素晴らしい出来の良さに、わたしはもう、MCUの成功は疑う余地はあるまい、とその確信を深めたわけである。

 (※追記:ちなみに上記予告にある、IRONMANとスパイディが揃って飛んでいる印象的なシーンは本編になかったす。カットされたのか?と思いきや、予告専用の映像なんですって。へえ~)
 えーと、何から書こうかな……今回わたしが一番これはすごい、と思ったのは、やはり脚本だ。つまりそもそものお話が実に興味深くて面白いのだ。そして我々観客をえっ!と思われせるような見事な展開で、はっきり言って上映時間2時間13分は若干長いけれど、むしろわたしは2時間半ぐらいあったのかな、と思うぐらい内容が分厚くて、逆にちょっとびっくりしたぐらいだ。たとえば、『CIVIL WAR』は2時間27分の上映時間をまったく感じさせない素晴らしい脚本だったが、本作のように、実際より長く感じるというのは、わたしとしてはかなり珍しいことだと思う。そういう映画はえてして退屈を感じてしまったがゆえに長く感じるものだと思うが、どういうわけかそんなことはなく、最後まで本当に楽しめる作品であった。
 とにかくわたしは今、興奮しているので、思いついた順に、脚本の素晴らしさやキャストについて箇条書きで書きなぐって行こうと思う。もちろん、ネタバレ満載なので、まだ観ていない人は今すぐ読むのをやめた方がいいと思います。
 ◆完全にMCU作品である。それすなわち、この作品単品ではダメ!
 まあ、この作品だけを観ても十分楽しめるとは思うが、実際それじゃあ全然ダメ、なのは、MCUを愛する人なら同意してもらえると思う。完全に『CIVIL WAR』の続編であり、これまでのMCUの流れを知らないと本作をきちんと楽しめないと思う。
 ◆SPIDER-MANことピーター・パーカーはなぜ戦うのか?
 前知識としてのポイントは2つあって、まず一つは、『CIVIL WAR』からMCUに登場したスパイディの、戦う動機についてだ。このことを知らないで本作を観ると、かなりピーターのゆとりKIDSぶりにイラつく可能性もあると思う。確かにSam Raimi監督版とはかなり性格も違うし、非リア充だけど何とも明るく元気な少年として描かれていて、本作のピーターは、そもそもの原作の性格に最も近いと言われている。わたしもその意見に賛成だ。そう、SPIDER-MANは、そもそもはガキなのである。だからゆとりでいいのだが、本作ではピーターの戦う動機がほぼ触れられていない。おまけに言うと、過去のスパイディ映画で描かれたような、蜘蛛に噛まれて、スーパーパワーを得たという誕生秘話も完全にカットされており、本作でちょろっと、主人公ピーターが親友のデブオタに「いやー、蜘蛛に噛まれてこうなったんだよ」の一言で終了である。
 しかし、なぜスパイディは戦うのか、そしてなぜ、IRONMANことトニー・スタークは、ピーターを仲間にしようと思ったか。それは前作『CIVIL WAR』で明確にされている。ピーターは、『CIVIL WAR』の最中に突然家にやってきたトニーに言う。「自分に力があるのに、何もしないでいて、それで良くないことが起きたら、なんか自分のせいじゃないかって気がしちゃうんだ」。トニーはそう語るピーターの、少年としての真っ直ぐな正義感に感心し、このガキなら、ともに戦える、と考えるわけである。本作では、ピータを仲間に入れることをみんなに反対された、とトニーは言っていたが、いわば、IRONMANとして活動を始めた初期のころの自分を見る思いだったのではないかとわたしは感じている。これは、名作といわれるSam Raimi監督の『SPIDER-MAN』第1作で語られた「大いなる力には大いなる責任がある」というベンおじさんの名言と同じ考え方だろう。ピーターは、突然身に着けてしまったスーパーパワーを持て余している、けれど、なんとかそれを世の中の役に立てたい、とうずうずしているのだ。そして憧れのトニーに、認めてもらいたくてたまらないのである。
 わたしが本作でこの描き方は素晴らしい!と絶賛したいのは、Sam Raimi版のピーターが、非常に根暗で非モテ人種で、超リア充の親友に対して嫉妬すら抱える少年であり、ある意味一番の動機として大好きなMJへの恋愛感情が物語の軸にあったのに対し、本作ではそういった恋愛感情は脇に置かれ、あくまでメインは「世の中の役に立ちたい」という、子供らしい真面目さ、に置かれている点だ。
 デブオタの親友も、スーツに組み込まれたAIも、さあピーター、今こそ憧れの女の子に自分がSPIDER-MANであることを打ち明けるんだ! と何度か背中を押すのに、それは違うだろ、と思いとどまる。そしてなんと、ラストでトニーが用意してくれた記者会見の場を、自らの意思できっちり断るのだ! 原作の『CIVIL WAR』では、トニーとともに会見に臨み、衆人環視の中でマスクを脱ぎ、自分がSPIDER-MANであることを全世界に公表するのだが(→身元を明かした結果、メイおばさんが巻き込まれてヤバいことになり、後にピーターはトニー派を離脱し、CAP派に転向する)、まさに本作はその逆になっている。本作のピーターは、オレがSPIDER-MANだ!と世界に宣言したい、とは考えないのである。MCUの記念すべき第1作である、2008年の『IRONMAN』のラストシーンを思い出してほしい。「わたしがIRONMANだ!」と宣言したあのトニーの姿を! トニーとは正反対の決断をしたピーター。わたしはこの展開に結構感動すらしてしまったほどだ。これらのことは、やっぱりこれまでのMCUを観ていないと、ちゃんと理解できないんじゃないかな、という気がするのである。
 ◆トニー・スタークのこれまでの行動
 もう一つ、前知識として知っておかないと、本作を楽しめない重要なポイントは、トニー・スタークの心中である。トニーは、イケメン&スーパーリッチ&天才科学者、という地球上で最強のリア充野郎である。しかし、その心中は実はかなり真面目な男で、自分の作った武器が横流しされてテロに使われていることを知り、おまけに自分も殺されそうになった経験から猛反省し、まずは武器商売をやめ、それまで製造してきた武器を根絶するために、IRONMANスーツを着用して戦いを始めた男だ。そしてAvengersとして宇宙人との戦いを経験し、撃退したはいいけれどNYCは壊滅。そしてさらなる脅威に対抗しようとして、うっかりULTRONを作ってしまい、撃破したはいいけれど、またしても街はボロボロ、遺族になじられてもうしょんぼりな状態であった。そこで『CIVIL WAR』事件が起き、国連管理下に置かれることもやむなし、と思い至るが、CAPとの大げんかの末、確かに、CAPの言う通り、国連管理下でも対応できないこともあるかもしれない、けど、母親を殺されたことは話が別だ!と大激怒、CAPとは分かり合えず決別してしまう。
 わたしは完全にトニー派なので、CAPの考えは傲慢かつわがままで実にけしからんと今でも思っているし、CAPの腰ぎんちゃくに過ぎないファルコンやホークアイがトニーを生意気に批判するシーンには心底頭に来たが(ウィンターソルジャーことバッキーは一番ちゃんと反省してるので許すけど、ホークアイはワンダを巻き込んだ張本人で許せない!)、重要なのはトニーが常に自分をも疑って、客観的かつ理論的に、きちんと考えて行動する男であり、自らの行動の過ちをきちんと認められる大人の男だという点だ。
 本作は、そんなトニーの性格を知らないと、まったく話が通じない可能性があるとわたしは思う。それは、トニーのこれまでの行動が、今回の悪党であるヴァルチャーを生んでしまったからだ。そう、またしても、トニーが良かれと思ってとった行動が裏目に出てしまったのである。
 ◆ヴァルチャー誕生の説得力が素晴らしい!
 トニーが、2012年に地球にやってきた宇宙人を命がけで撃退した顛末は、『AVENGERS』第1作で描かれた通りであるが、その戦いでNYCがボロボロになったのは、MCUを見続けている我々にはもうお馴染みであろう。しかし我々日本人は、数々の災害や戦争に遭っても、時間をかけて街を再建してきたわけで、NYCもきっと立ち直れる、と直感的に理解できると思うが、問題は、あの巨大な宇宙船(宇宙生物?)とか、兵士の残骸とか、あれはいったいどうするんだ? という点についてはちょっと想像ができないでいた。が、本作では、その点がきっちり描かれている。
 まあ、普通に考えて、瓦礫と化した建物と同様に、バラして運んで、と地道に片づけていくしかないわけだが、相当な物量であることは想像に難くない。そして、そのがれき撤去だけで相当な雇用が生まれ、不謹慎な言い方かもしれないが、経済が回るのは確かなことだろう。本作の悪役であるヴァルチャーは、元々そのがれき撤去業を地元で営む真面目な家族思いの社長さんだ。えらいことになったNYCで、従業員を増やし、トラックも新たに買って、NYC復興のために頑張ろうぜ!とみんなにはっぱをかけていた矢先に、トニーが政府と合弁で設立した「ダメージコントロール局」が活動を開始し、がれき撤去の「仕事」が一切奪われてしまう展開になる。トニーは、間違いなく金のためではなく、単純に宇宙人たちのテクノロジーが散らばっているがれきを危険だと思って、そうしたわけだが(おまけに、もう街に迷惑はかけられん、とマンハッタンに建つあのAvengersビルも手放し、北部の田舎に引っ越す決断もする)、要するにまた、トニーの善意が裏目に出てしまったわけだ。「畜生、あいつ、自分で壊しといて自分で稼ぐのかよ、オイシイわけだぜ!」というような「仕事」を奪われたヴァルチャーのセリフに、わたしは実に見事な脚本だと思った。確かにその通りではある。
 こういった点が、トニーの弱点で、いかに天才で大富豪とはいえ、結局一個人の力というものが、現場の末端まで行き届かないのは残念ながら事実であろう(それが分かっているからこそ、トニーはCAPの主張する個の力に頼る考えに同意できない)。しかし一方で、組織の端末の人間は、「上に命じられたこと」しかやらないお役所仕事のボンクラばかりであり、作業現場に乗り込んできた偉そうなボンクラも、「文句があるなら責任者に言え」としか言わないお役所対応である(そしてだからこそ、CAPは組織を信頼できないというジレンマが発生する)。バルチャーは「そりゃねえよ!その責任者って誰だよちくしょう!」と悲痛な叫びをあげても答える人間はいない。結果、ヴァルチャーはトニーに対し、この恨み晴らさでおくべきか! とメラメラと怒りの炎を燃やすことになる。何という皮肉! そして何という見事な説得力! 素晴らしいとわたしは大絶賛したい。トニー派のわたしとしては、ここで、なんとかトニー本人にヴァルチャーの声が届いたなら、絶対にトニーは、じゃあ、ダメージコントロール局の仕事の外注先に御社も入れましょう、と判断したはずだと思う。結局、「誰かがやらなくてはならないこと」であるのは間違いないのだから。トニーはそのように民間に金が回ることをむしろ歓迎したはずだと思う。そういった、ヴァルチャーがなんとかトニー本人に会って話をしようとした、けどダメだった、という流れがきちんと描かれていたらもっともっと良かったのに、という気もしなくないが、まあ、そこまですると、ちょっと重すぎるというか、この作品が『IRONMAN4』になっちゃうか。この映画の主人公はあくまでスパイディだしな……。でも、そういったシーンがあっても良かったと思う。
 結局ヴァルチャーは、がれきの中の宇宙人技術をこっそりと持ち出し、せっせと武器開発にいそしみ、悪党になってしまったわけで、実にリアルで、ありうる展開だとわたしは大絶賛したい。
 ◆脚本的にお見事!と思わず観ていて「えっ!? あっ!!!」と驚いた点
 今回、わたしは観ていて、上記以外にもいくつか、主にキャラクターの正体(?)が判明するシーンで思わず声が出ちゃうぐらいびっくりした点があったので、4つほど紹介しておこう。これは本当に完全ネタバレなので、未見の方は絶対に読まない方がいいと思う。知ってたら、わたしのように「えっ!?」と驚けないよ。そしてそれは超もったいないと思います。
 1)お父さんは実は……
 劇中では、ピーターはとある女子にぞっこんで、いいなあ、あの子可愛いなあ、おっと、ずっと見てたらオレ変態だよ、あっぶねえ!とか実に男子高校生らしい日常を送っているのだが、なんとその女子のお父さんこそ……であった。これは本当に見事でしたねえ! わたしは全然予想しておらず、超びっくりでした。どうだろう、何か伏線はあったかなあ? 何もなくかなり突然だったような気がするけど、単にわたしが見逃してバカだっただけかもしれないが、とにかく実に効果的なタイミングで効果的なつながりであったと思う。ホントにお見事!とわたしは大絶賛したい。これほど、あっ! と思ったのは、かの名作『The Silence of the Lambs』(邦題:羊たちの沈黙)のクライマックスで、FBIチームが犯人の家に乗り込む、とそこはもぬけの殻、実は主人公クラリスが訪れた家の方こそ、犯人の家だった!のあの演出以来かもしれない。いや、それは褒めすぎかな。まあ、それぐらいわたしはお見事だと思いました。
 2)えっ!君がまさか……!
 今回、ピーターの身近に、何かと変なことばかり言うちょっと変わり者でひねくれもの的な、とある女子がいる。どうも、ピーターをいつも見ていて、実は君はピーターが好きなんでしょ? とわたしは思いながら見ていたのだが、なんとラスト近くで、彼女のとあるニックネームが明らかになるのだが……そのニックネームは、Sam Raimi版を観ている人なら絶対に知っている彼女の名前でした。これは驚いたすねえ! まあ、コアな原作ファンなら最初からわかってたのかな? そういうことだったのね!? とわたしは驚き、ニヤニヤするしかなかったす。ホントお見事!とわたしは大絶賛したい。
 3)トニーよ、いつの間に!?
 トニーは、『IRONMAN3』事件でIRONMAN引退宣言をしたわけですが、まあ、全然引退していないわけで、その結果、愛するペッパーと喧嘩・別居状態にある、のは、『Ultron』事件や『CIVIL WAR』でも描かれた通り、MCUファンにはお馴染みであろう。しかし! 朗報です! ペッパー is Back!ですよ!! ほんのちょいしか出てきませんが、どこで出てくるかは観てのお楽しみってことでお願いします。いやあ、トニー、良かったね! なかなか粋な脚本的はからいだとわたしはうれしく思いました。
 4)ピーターーーー!!! うしろうしろ!!
 もう完全に志村けん的コメディのお約束展開ですが、一番ラストのシーンは、家に帰ってきたピーターが、一度は取り上げられてしまったスパイダー・スーツが紙袋に入れられてベッドに置いてあるのを発見し、え、いいの?やった―――!と大喜びで再びスーツを身にまとうシーンであった。けど、ピーター、お前、ちゃんとドア閉めとかないと……つか、うしろうしろ―――www という笑わせてくれるもので、実にハッピーなエンディングだったと思う。これはお見事でしたねえ! ホントに素晴らしい脚本でありましたよ。このエンディングはぜひ劇場でお楽しみくださいw わたしとしては、まったく何の変哲もない紙袋に無造作に入れられていて、トニーから直筆で「君のものだ This suite belongs to you」的なメッセージが紙袋に直接書いてあるのが実にトニーっぽくて粋でカッコイイと思いました。
 ◆トニー謹製「新スパイダー・スーツ」に秘められた、オタク向けニヤニヤポイント。
 1)超多機能!であるのと同時に……
 今回のトニー謹製「新スパイダー・スーツ」は、『CIVIL WAR』でプレゼントしたものなのだが、実はまだ「トレーニング・モード」というEASY設定にプログラムされて機能が制限されており、おまけにGPSでスーツがどこにあるか、トニーに監視されている設定になっていた。実は原作の『CIVIL WAR』では、その監視されていることが重要なポイントで、そのことでピーターはトニーへの信頼を失うきっかけにもなってしまうわけで、本作では、デブオタの親友とスーツをいじっていて、その位置探知機能を切断し、さらにモード設定も勝手にプログラムをハックして、ロックを解除しフル機能実行可能なモードに変更してしまうシーンがある。この変化はとても観ていて面白く、また、原作オタクもニヤリとするシーンであろう。ちなみに、ラストの記者会見に臨むピーターのために、トニーはさらに新型スーツをプレゼントしようとするのだが、それがまさしく原作の『CIVIL WAR』で出てくる通称「アイアン・スパイダーマン・スーツ」のデザインで、ここも原作オタクのニヤリポイントであろうと思います。
 2)そしてスーツのプログラムAIがしゃべるように変化するのだが……
 ピーターがスーツのモードを勝手に改変し、その結果スーツがIRONMANスーツの現在のフライディのように、女性の声でしゃべるようになり、ピーターは、スーツレディ、カレン、と名付けて仲良くおしゃべりをするようになるのだが、わたしは観ながら、果たして、このスパイダー・スーツ=カレンの声は誰だろう? とちょっと気になっていた。ので、エンドクレジットを観て、わたしのようなオタクファンは、あっ! と驚き、そういうことね……とニヤリ、としたはずだ。なんと、カレンの声を担当したのはJennifer Connellyさんですよ! なぜ彼女が担当してることでニヤリとできるかというと、彼女の現実世界での旦那は、Paul Bettany氏なんだな。えっ!わからない!? うっそお! 彼は現在のVISIONさん、先代IRONMANスーツの忠実な電脳執事、ジャーヴィスの声の人ですよ。夫婦そろってトニーに仕えてたのね、というわけです、はい。

 あーーーもうすげえ長くなってしまったので、今回わたしが特に気に入った3人のキャストと監督について書いて終わりにしよう。
 ◆Tom Holland君 as 3代目ピーター・パーカーは最高だった!
 いやあ、やっぱりTom君はいいですねえ! 彼は元々、2008年に『BILLY ELIOT』のBroadway版で主人公Billy演じた男なわけで、2週間前に日本版『BILLY』を観たばかりのわたしとしては、なんかBillyが後にこんなに立派に育って活躍している姿を観るとホントうれしいすね。本人も言っている通り、『BILLY』で相当鍛えられたんだろうな。なかなかの肉体美も披露してくれるし、とにかく、元気なピーターはわたしとしては歴代最高だと思う。ちなみに、一緒に観に行った元部下のA嬢は、やっぱり初代のToby Maguire氏の方が良かったと評していた。友達もいないしイケてないし、というしょんぼり野郎がヒーローになる、という展開の方がよかったそうで、まあ、女子目線からすると今回のピーターはちょっと軽いというかチャラすぎ、と感じるのかもしれない。その辺は、いろいろな意見があってしかるべきだろうと思うが、わたしとしては最高に良かったと思う。
 ◆デブオタだっていいんだよ。だってにんげんだもの!
 今回、やけに光るのが、ピーターの親友のデブオタ君ことネッドを演じたJacob Batalon君だろう。いいすねえ、彼は! ネッドなしにピーターの活躍はあり得なかったし、ネッドがいなければピーターの高校生活もまるで暗いものになってしまったかもしれないわけで、何気に重要な役をきわめてさりげなく、巧みに演じてくれました。彼の存在が本作を明るくしてくれているといっても過言じゃあないでしょうな。もう大活躍で、今後のシリーズにもぜひ、登場してもらいたいと思います。
 ◆蝙蝠男~鳥男~そして禿鷹男への進化を遂げたMichael Keaton氏が素晴らしい
 いやあ、やっぱり本作での悪役、ヴァルチャー(禿鷹)を演じたMichael Keaton氏は良かったすねえ! まあ、キャラについてはもう前述の通りなのだが、その正体を明かしてからのピーターに対する態度がやけに恐ろしくて素晴らしかった。さすがは元BATMANであり、BIRDMANとしてオスカー候補になっただけはある、貫禄と威圧感たっぷりのおっかない大人を熱演されていました。なお、今回のおまけ映像は、刑務所に入れられた彼が、とある男に脅されるシーンで、その脅す男が次回の悪役なのだろうと思われます。サソリのタトゥーの男で、原作に詳しくないわたしは何者か実は良く分からなかったです。まあ、MCU的に今後のAvengersにつながるような大物悪役、ではないと思います。たぶん。
 ◆監督はあの『COP CAR』のJohn Watts氏!
 去年わたしはWOWOWで『COP CAR』を観て、その抜群の演出センスに相当驚いたのだが、今回も様々な驚きをわたしにもたらしてくれた演出テクは、とても上質だったと思う。脚本にもクレジットされているWatts監督なので、まだ監督作品3作目というキャリアとしては全然浅い男だけれど、今後が大変楽しみな才能だと思います。

 というわけで、まだまだ言いたいことはあるけど、もう長すぎなので結論。
 やっぱり、MCUは最高である! その最新作『SPIDER-MAN:Home Coming』は期待を裏切らない最高の出来であり、わたしとしては大満足であった。しかし、わたしのこの興奮と満足感は、あくまでMCUを全て観てきており、MCU全体を愛しているが故、であるわけで、本作も、単独ではなく、MCUの一部として観るのがやっぱり正しいように思う。よって、言いたいことはただ一つ。MCU全作を観てくれ! そしてこの『SPIDER-MAN:Home Coming』を楽しんでほしい。ホント最高でした。以上。

↓ 次はコイツですよ! 準備はいいですか!? 一応、劇場でもこの予告編が流れてました。Kate Blanchett様が超COOLで最高です!

 何度もこのBlogで書いている通り、80年代に中高生として青春を送ったわたしであるが、当時からすでに、順調に映画オタクの道を究めんと精進していたわたしは、当時のいわゆる「角川映画」が大好物であった。もちろんわたしがいまだに一番好きな芸能人は、原田知世様一択なのだが、一方で、男として、この人はホントカッコイイな、とずっとあこがれ続けたのが、今やすっかりハリウッドスターとして活躍を続けている真田広之氏である。わたしは高校3年の時に、本気でJACに入ろうと思い、わざわざ恵比寿に当時あったJACの事務所に入所手続きの書類をもらいに行ったことがあるほど、千葉真一氏と真田広之氏は今でも大ファンである。
 まあ、映画好きな方なら、真田広之氏の現在の活躍はもうお馴染みだと思うが、半年ぐらい前に、わたしはとある映画のUS版予告編を観て、非常に興奮したのである。その作品が、わたしが今日観てきた『LIFE』だ。なんと真田広之氏以外にも、『DEADPOOL』でおなじみのRyan Reynolds氏や、わたしの大好きなJake Gyllenhaal氏など有名スターとの共演で、舞台は宇宙、どうやら未知の生命体とのお話らしいことを知って、わたしはもう、こいつは観ないとダメだ! と思ったのである。しかし、残念ながらUS興業ではあまり売れず、ほぼ話題にもならず、こりゃあ日本公開はないかもな……と思っていたところで、わたし的には結構突然、日本公開が決まり、今日の初日にわくわくしながら劇場へ赴いた次第である。そして結論から言うと、少しだけ惜しいようなポイントはあるけれど、映像的にも役者陣の熱演においても、かなり楽しめる良策であることが判明した。これは面白い、が、若干ありがちな展開で、オレだったらここは脚本会議で問題ありと指摘するだろうな……と思うような点がいくつかあった。まあ、いつもの言うだけ詐欺で対案が思い浮かばないので、映画オタの戯言と思っていただければと存じます。
 というわけで、以下、備忘録として誰がどんな最期を迎えたか、まで書いてしまうので、ネタバレが困る方は決して読まないでください。

 物語は、まあ、上記予告を見て想像できる通りのお話であるといっていいだろう。舞台はISS船内。冒頭、火星の地表から採取されたサンプルを積んだ無人船を、ISSがキャッチするところから始まる。この冒頭のシーンは、5分以上あると思うのだが、完全にワンカット(のように見えるだけかな)の長回しで、おまけにISS内の無重力状態を反映して、極めて自由にふわふわと漂うか如くに、ISSの6人のクルーたちの活動を追っていく。非常にクオリティの高い撮影技術とVFXで、もう冒頭からかなり期待感と緊張感があふれる出来になっている。
 そして無事回収したサンプルの解析作業に入るクルーたち。するとその中から、1個の単細胞生物が発見される。それは細胞膜と細胞壁を備え、核が存在している、ゾウリムシ的なものだったが、活動を停止していたため、厳重に隔離したラボ(=日本がISSにドッキングさせた「きぼう」。これがあったので日本人キャストを入れたんでしょう、たぶん)内で、温度を上げたり酸素を供給したり、と実験しているうちに、とうとうその細胞は目覚め、活動をはじめる。人類初の地球外生命の発見に沸くクルーや地球の人々。NYCのタイムズスクウェアで大々的なTV中継までされて、子供たちに公募した名称「カルビン」という名がその単細胞生物に与えられる。しかし、まだその時、クルーたちは誰も予想していなかった。カルビンは生物であり、それはすなわち、「生きるため」に必要な酸素やエネルギーを、貪欲に欲する存在であることを……てなお話である。
 要するに、例えていうと『ALIEN』と『GRAVITY』が合体したようなお話なのだが、大変スリリングで面白かった。まずは、6名のクルーを書き記しておこう。ええ、はっきり言って完全なBAD-ENDです。そこにわたしはケチをつけたいような気がするんすよね……。
 ◆ローリー:第1の犠牲者。役割的にはパイロット兼メカニック、かな? いろいろ修理したり船外活動もする陽気なアメリカ人。演じたのはRyan Reynolds氏。結構冒頭で殉職。元々は、うっかり野郎の生物学者を助けるために、勇敢にラボに突入し、生物学者は助けるのだが、代わりに犠牲になってしまう。実に可哀想。
 ◆キャット:第2の犠牲者。ミッションオフィサーたる勇敢なリーダーのロシア人女性。ロシアなまりの英語がセクシーな美女。演じたのはOliga Dihovichnayaさんという知らない方。壊れた通信装置の修理のため、船外活動をしているときに襲われ殉職。カルビンを船内に入れないため、勇敢な決断を下す立派なリーダー。しかしわたしは「あれっ!? 宇宙空間に耐えられるって、極低温・無酸素に耐えられる生物なのかよ?」とびっくりしたが、「奴は酸素をある程度体内に貯められるんだ……」的な解説セリフだけで流された。えーと……だとしたら後半の「閉じ込め→酸素供給を断つ」の作戦は何だったんだ……
 ◆ヒュー:第3の犠牲者。生物学者のイギリス人。眼鏡の黒人のおじさん。どうやら地球では車いすが必須な方らしい。演じたのはAriyon Bakare氏。この方も知らないなあ。キャラとしては、カルビンに愛情を注ぎ、ラボの研究主任として一番カルビンに触れる役割なのだが、ある時ちょっとしたミスでラボの環境を崩してしまい、また活動停止に陥ったカルビンに、軽い電気ショックを与えてみよう、と言い出し、みんなが気をつけろ、と言ってるのにまんまとカルビンの攻撃本能を刺激してしまい、最初に襲われ右手をボッキボキに砕かれてしまう(が、前述のようにローリーの英雄的行動で助かる)。その後、普通にしていたが突如弱りだし、なんだなんだと調べてみると、足にカルビンが寄生していて……という最期を遂げる。ただ、この時、カルビン探しで生き残っていたクルーたちは懸命になっていたのに、いつの間にか足にくっついていたのは突然すぎて若干変だと思った。わたしは、実は最初にヒューを襲った時に分裂していて、2体になっていた!のかと思ったがどうもそうではない模様。実際良く分からん。
 ◆ショウ:第4の犠牲者。日本人のシステムエンジニア。演じたのは我らが真田広之氏。みんなに頼られる知恵袋的存在。地球では奥さんがまさに出産するところで、生まれたときはみんなが祝福してくれた。ショウは、カルビンから逃げるときに、敢えて自分を追わせるように別ルートをとって隠れるが、そのことで、ISSにドッキングしてきた船を救援隊と勘違いし(本当は、カルビンのいるISSを地球降下軌道に入れないために、ISSに強制着艦して軌道を変えようとした船だった)、ハッチで待ち伏せていた?カルビンに襲われ、残りの二人を救うために自らおとりとなって殉職。
 ◆デヴィット&ミランダ:デヴィットはアメリカ人医師(演じたのはJake Gyllenhaal氏)で、宇宙滞在470日を超えるベテラン。元軍医でシリアにも派兵されたことがある。戦地での経験や、10日前まで赴任していた学校(病院だっけ?)が破壊されたりという経験から争いを嫌い、地球の人々を80億の馬鹿ども、と軽蔑しているようなキャラ。ミランダはイギリス人検疫官(演じたのはRebecca Fergusonさん)で、ずっと、「隔離」の重要性をクルーに説き、カルビンに対しても、最初から未知の脅威とみなしていた。第1の隔離が培養器、第2の隔離がラボ=きぼう、それらが破られたとき、第3の隔離としてISS全体を、絶対に地球に降下させてはならないとして、1人乗りの救命艇×2機を使って二人は最後の決断を下すのだが―――!! という展開になる。
 というわけで、物語の端々に、若干良く分からないところがあって、微妙にアレなのだが、狭い閉鎖空間での緊張感ある展開は最後まで飽きさせず、大変お見事であったと思う。ただラストは、ホラー映画にありがちな、終わったと思ったら実は終わってませんでした!というもので、まあズバリ想定内であり、後味はあまり良くない。なんか、基本的にカルビンが圧倒的に有利、というか追い詰められてばかりで、もっと明確に、人類の知恵を駆使した反撃がわたしとしては欲しかったと思う。その点が一番残念かな。せっかく最強の頭脳を持つ人々なんだから、もっと戦えてしかるべきだったような気がする。
 最後に監督についえメモして終わりにしよう。本作を撮ったのは、スウェーデン人のDaniel Espinosa氏で、『Child 44』を撮った監督さんですな。まだ40歳だって。若いなあ! 演出的には、まさしく『ALIEN』を撮った若き日のSir Ridley Scott監督のような、画としてきれいでキレのある演出であったとは思う。日本人で、40歳で、このレベルの作品を撮れる監督は一人もいないだろうな。そして本作は、エンドクレジットによるとILM謹製のハイクオリティCGなので、質感も申し分なしでありました。惜しむらくは脚本が……もうちょっときぼうのある終わり方であってほしかったかな……変にホラー的なオチはつけなくてもよかったのにね……という気がしてならないす。スッキリしたかったなあ。

 というわけで、結論。
 今日から公開になった『LIFE』という作品は、我らが真田広之さんが大活躍するSF作品で、映像そのもののクオリティは極めて上質で素晴らしいのは間違いないし、豪華キャストといってもいいだろう。しかし、お話は、実際ありがちでこういう作品はこれまでにもいっぱいあったわけで、もうひとひねり、オリジナリティがあってほしかったかもなあ、という気はした。そういう意味でわたしは、ほんの少し微妙、という判定をせざるを得ないけれど、おそらく誰が観ても楽しめる一級品だと思いますので、ええ、結論としては、実際面白かったし、おススメです。はい。日本政府はきぼうをISSに送っといてよかったね。それがなければ、きっとまた中国人が出てきたんじゃないかしら。真田広之さんは現在56歳だそうだが、相変わらず、イケメンのかっこいいおじさんとして存在感のある熱演でありました。以上。

↓ まさかこの2作を観てないなんて言わないすよね? 両作ともに最高です。
ゼロ・グラビティ(字幕版)
サンドラ・ブロック
2014-04-09


 いやあ、ホント最高でした。
 2年前の10月に日本で公開された映画『John Wick』。日本が大好きなことでおなじみのKeanu Reeves氏が、ウルトラ凄腕の殺し屋を演じた痛快アクション作である。まあ、物語的に若干アレな作品だが、Keanu氏演じるジョンさんが大変面白いというかイイキャラクターで(※善悪で言えば純然たるBADGUYではある)、そのばったばったと敵を倒すGUNアクションは最高に気持ち良く、わたしも大変楽しませてもらった映画である。
 そのジョンさんが、帰ってきた!のである。わたしとしてはもうとても楽しみで、我慢できずに今日は仕事をさっさと切り上げ、日本橋TOHOシネマズへ行き、その続編たる『John Wick:Chapter2』を早速観てきたのだが、感想は冒頭に書いた通り、最高でありました。いやあ、これは面白い! しかし、1点だけ注意点として挙げておくと、やっぱり前作を観てないとちゃんと楽しめないと思います。そういう意味では完全なる続編と思っていいのではなかろうか。というわけで、以下、たぶんネタバレまで全開で書いてしまうと思うので、気にする人は読まないでください。

 さてと。まずは前作がどんなお話だったか、軽く復習しておくと、主人公ジョン・ウィックは殺し屋である。が、愛する妻を病気(だったと思う)で亡くし、殺し屋稼業も引退、妻の遺したわんことともに、静かに暮らしていた、が、ヤクザの親分を父に持つゆとり小僧が、ガソリンスタンドで給油していたジョンさんの愛車、ビンテージのFORDマスタングに一目ぼれし、「金ならいくらでも出すから売ってくれよ(ニヤニヤ)」「彼女は売り物じゃあない(She is not for sale)」とぴしゃりと断られる。バカなゆとり小僧はカッとなって、あろうことかジョンさん邸に仲間を引き連れて夜襲をかけ、大事なわんこを殺し、おまけにジョンさんの愛車をかっぱらって逃亡。ジョンさんは深く静かに激怒しながら、親分も、「ジョンさん、うちのバカ息子が申し訳ねえ、なんとか怒りを収めちゃくれねえか」と最初は手打ちにしたかったものの(ジョンさんは業界的スーパー有名人のため、親父は真っ先にバカガキに何てことしてしてくれたんだこのドアホが!と激怒する)、ジョンさんとしてはバカ息子に落とし前をつけてもらわないと怒りが静まらないわけで、交渉決裂、親分も事ここに及んでは後に引けず、壮絶な殺し合いに発展。怒り心頭に達したジョンさんは、封印していた銃を再び手にし、舐めたクソガキをぶっ殺しに出陣するのであった―――てなお話であった。
 そして今回の『Chapter2』では、前作ラストで無事にガキとヤクザの親分をぶっ殺し、やれやれ、となったーーかと思いきや、愛車がまだ戻ってきていないので、その愛車奪還の壮絶なアクションシークエンスから物語が始まる。このオープニングアクションもすごくいいです。前作でぶっ殺したヤクザの親分(ちなみに演じたのはつい先日亡くなったMikael Nyqvistさん。非常にシブくて味のある役者さんで惜しい方を亡くしました……)、の弟が保管していたジョンさんの愛車を取り戻し、まあ取り戻したはいいけど、これでもかってくらいぶつけまくってボロッボロになって(ドアも1枚外れちゃってる)しまったため、前作にも出てきた車屋の旧友に、「どう? 直る?」「……どうって……エンジンもドライブシャフトも何もかもいかれてるじゃん……でもまあ、直るよ。クリスマスごろかな。つっても、2030年のクリスマスだけどな(笑」みたいなちょっと笑えるやり取りがあって、とりあえずひと段落。
 そしてジョンさんは家に帰り、前作で物置の地下に保管していた、けど掘り出した武器、を元に戻して、一人せっせとセメントを練って、再び封印する。そんな地道な作業が終わって、やれやれ、と一息つくと。何やらドアベルが鳴り、来客がやってくる。その客は、どうやらジョンさんが引退する際に、ちょっとだけ助けてもらったイタリアンマフィア(=カモッラ)の野郎で、この作品に特有の「殺し屋協会」の会員として、「一度作った借りは必ず返すべし」みたいな掟を盾にとって、とある仕事を依頼しに来たのだった。ジョンさんは、俺はもう引退したし、無理なもんは無理だ、と当然断る。しかしイタリア野郎は、へえ、掟を破るのか。そりゃあ残念だ。ジョン、オレは友達だと思ってたけどなあ。しょうがない、じゃあまたな。と一度帰るも、すぐさまジョンさん邸を焼夷弾(?)で攻撃、焼き討ちにする。
 激怒したジョンさんは、焼け出されてボロボロな姿で、てくてくと徒歩でマンハッタンへ向かい(あれは……ブルックリンブリッジかな? 左から右に歩いてたから、違うのかも……?)、前作でも出てきた「殺し屋協会」が経営するあの「コンチネンタル・ホテル」(どうやらロケ地としてはウォール街のそばの、Pearl StとBeaver Stの交わる三角のところらしいので、ブルックリンブリッジからはすぐ近くではある)へ直行、支配人に面会を求めるが、支配人には、ジョンさん、そりゃあ、あんたがあいつに借りを作っちまったんだから、どうしようもないよ、と言われてしまう。真面目で律儀なジョンさんは、マジかよ……としょんぼりして覚悟を決め、イタリア野郎に会いに生き、まったく気が進まないながらも、仕事を受けることに。その依頼とは、カモッラの次期BOSSに指名された、自分の姉を殺してくれ(そして自分が次期BOSSになる!)というものだったーーーかくしてジョンさんの死闘は舞台をローマに移すのだが、ローマでの「殺し屋協会ローマ支部」がまた非常にいい感じで、銃の専門家のおじさんを「ソムリエ」と呼び、まるでワインのテイスティングするかのように、必要な武器を見立ててもらい、服も、カッコイイイタリアンオーダーメイドのスーツを仕立てるのだが、完全防弾仕様で(ただし衝撃は消せないので、超痛い)、以降このスーツは大活躍する。で、仕事自体はあっさり片が付く(ターゲットのお姉さんもジョンさんの旧友?で、超潔い死に方)のだが、その後の脱出劇では大勢VSぼっちのジョンさんの激しい戦いとなり、途中からは、ジョンさんに仕事を依頼したイタリア野郎も裏切ってジョンさん抹殺に参加、複数勢力が入り乱れる大乱戦となる。その戦いもなんとか切り抜け、ジョンさんはボロボロの体で「殺し屋協会ローマ支部」のホテルに帰り着き(※前作通り「殺し屋協会」のホテル内では、仕事=殺しは厳禁のルールがある)、一応無事にNYCへ帰ると。で。帰ってきたNYCでは、イタリア野郎がジョンさんに700万ドルの懸賞をかけて、ジョンさんはマンハッタンのいたるところで狩りの対象となってしまうのだがーーーてなお話でありました。はー。短くまとめられなかった……。
 まあ、本作の見どころは、激しいGUNアクションにあるのだが、今回は前作以上に「殺し屋協会」の各キャラが大変良かった。ホテルのメンバーは前作通り。キャストも同じ。今回も、NYCのホテルのコンシェルジュの黒人青年は出てきます。大変ナイスキャラで、今回はジョンさんのわんこも預かってくれます。「当ホテルでは預かれません……が、もしよろしければ、わたくしが個人的にお預かりいたしましょうか?」「ああ、助かるよ」みたいな、ジョンさんとコンシェルジュの性格が良く分かるほほえましいシーンですな。もう一つ、今回は「殺し屋協会」の本部の描写があった。なんと! ちょっと笑えることに、本部は60年代風のレトロな装置を使っていて、働いているのはみんな中高年のおばちゃんたちで、極めて事務的に、殺しの依頼を協会員にメールを送ったりする様がとてもよかったと思う。ちなみに、NYCの支配人は、ジョンさんのことを「ジョナサン」ときちんと呼ぶのだが、まあ、信頼関係があるんでしょうな。そして今回、ラストでジョンさんはとある掟を破ってしまい、支配人も苦渋の判断でジョンさんを協会から破門せざるを得ず……なエンディングで、まあ確実に続編は作られそうですな。それもまた楽しみです。
 というわけで、わたしは大変楽しめたわけだが、わたしが一番面白いと思うのは、やっぱりジョンさん本人のキャラクターだろうと思う。なんというか……ほんとKeanu氏そのもの?のような、妙に律儀で妙にきちっとした真面目な殺し屋なんすよね。そこが一番わたしは笑えたし、なんつうか、愛すべき殺し屋なんですな、とても変な言い方ですが。そして今回のアクションは、もうすさまじいの一言に尽きるだろう。今回、ジョンさんは、殴られる・蹴られる・刺される・撃たれる・車に跳ね飛ばされる・階段から転げ落ちる、など、とにかく満身創痍で痛そうなこと甚だしく、まあ大変な目に遭います。観ているわたしはもう、ずっと、アイタタタ……とつぶやかざるを得ず、一方であまりの状況に笑いも抑えられないという妙な状態であった。
 そして、もちろん他のキャラクターも魅力がいっぱいで、わたしが気に入った5人のキャラと演じた役者をメモしておこうと思う。まずは、NYCのコンチネンタル・ホテルの支配人ウィンストンを前回に引き続き演じたのは、Ian McShane氏74歳。実に渋くて、何気にジョンさんをいつも助けてくれるが、今回ラストでは苦渋の決断を下すことに。大変かっこいい。そしてその部下であるコンチネンタルホテルのコンシェルジュ、シャロンを演じたのがLance Reddick氏54歳。あれっ!全然青年じゃねえ!54歳なんだ……もっと若いかと思ってた。今回もきわめて丁寧というか慇懃無礼で有能なコンシェルジュを好演。まあ、いわゆるギャップがもたらす笑い、ですな。
 で、今回の新キャラとしてわたしが気に入ったのが以下の3名だ。
 まずは、NYCのホームレスを束ねるギャング?なのか良く分からない影の実力者的なキャラとして、なんと! Laurence Fishburne氏が登場、名作『The Matrix』以来のネオ&モーフィアスのツーショットを披露してくれます。このお方は、前歯が猛烈にすきっ歯で、なんかいつもすごくシブくてカッコつけてるのに、そのすきっ歯がわたしは気になって仕方なくなっちゃうんすよねえ……しかし今回のキャラは、わたしは実は良く分かりませんでした。あれは……殺し屋協会の理事の一人ってこと? 違うよな……何だったんでしょうか。そんな良く分からないキャラだけど、やっぱりFishburne氏が堂々と演じると、やけに存在感バリバリですね。Wikiによるとこのお方は、日本のアニメが大好きだそうです。
 次。イタリア野郎の護衛団のTOPである、しゃべれず手話を使う超攻撃的なおっかない女子を演じたのはRuby Rose嬢31歳。非常に印象に残る殺し屋でした。大変な美人さんです。そう、ジョンさんは、この作品では、ロシア語、イタリア語、そして手話まで出来ちゃう凄い語学力のお方であることも描かれました。さすがデキる男は違いますな! ジョンさんと、この女子とは殺しあう仲なんだけど、ジョンさんのラストの手話はちょっとカッコ良かったすね。
 ラスト。今回初めて出てきた、殺し屋協会ローマ支部、のコンチネンタル・ホテル・ローマの支配人ジュリアスを演じたのは、往年のマカロニウエスタンの大御所、Franco Nero氏でありました。いかにおっさんのわたしでも、さすがにマカロニウェスタンはEastwood先生の作品ぐらいしか見てないんだよな……なので、わたしが一番覚えているFranco Nero氏といえば、やっぱり『DIE HARD2』のエスペランザ将軍でしょうな。あとは、『Letters to Juliet』のロレンツォおじいちゃんかな。アレもいい映画でしたね。
 とまあ、こんな感じに、新キャラも魅力いっぱいで、ジョンさんの激闘を盛り上げてくれました。まあ、おそらくは続編も作られるであろうと思うので、また2年後ぐらいに、ジョンさんのその後が観られることを期待しつつ、今回はこれにておしまいにしようと思う。

 というわけで、結論。
 2年前に大興奮した『John Wick』がパワーアップして帰ってきた! というわけで、さっそく初日の今日、その続編である『Chapter2』を観てきたのだが、今回もやっぱり大変面白かった。ただまあ、ものすごい数の死者が出るので、それを面白がっていいのかという気がするけれど、その様子は、下品なものではなく、ジョンさんに完全に感情移入しているわたしとしては、向かってくる奴は全員ぶっ殺す! しかないわけで、大変痛快でありました。ただ、最初に書いた通り、この作品を楽しむためには、前作を見ていることが必須条件ですので、もしまだ観ていないならば、今すぐ観て、そして明日にでも劇場で『Chapter2』を観に行くことをお勧めします。以上。

↓ 観ていないならば、今すぐWatch This Right NOW!でお願いします。最高です。



 Mel Gibson氏と言えば、80年代に青春を送った我々40代後半のおっさんにとっては、初代マックス、あるいはリッグス刑事としてお馴染みのヒーローの一人であるし、監督としてはアカデミー監督賞も受賞した映画界の大御所の一人、であるはずなのだが、どういうわけか2000年代後半からはDVや飲酒運転でお騒がせオヤジと化し、一時期完全にハリウッドから背を向けられてしまった残念なオーストラリア人である。
 まあ、そんな怒れるオージーとしてハリウッドから半ば追放されたわけだが、これまたどういうわけか、みそぎが済んだのか良く分からないけれど、2010年代に入ってからはまたぽつぽつと映画に出演し始め、いよいよ久しぶりの監督作品を世に送り出した。タイトルは『HACKSAW RIDGE』。対日沖縄戦を描いたものらしい、と最初に情報を得たとき、わたしは、へえ? と思って調べてみたところ、タイトルの「HACKSAW RIDGE」とは「弓鋸の崖」という意味であり(※Saw=のこぎり、Ridge=崖)、沖縄の現在の「浦添城址」の南側の「高田高地」と呼ばれた崖のことであることを知った(※浦添市の公式サイトにすっげえ詳しい解説があります→http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017052900033/)。なるほど、てことは、沖縄戦の激烈な戦いを舞台とした『PLATOON』とか『Heartbreak Ridge』的な、ああいう映画かな、と、まずはわたしは盛大な勘違いをしていた。Mel Gibson監督なら、大規模戦闘の描写は文句なく激しく迫力満点であろう、なんてことも頭にあったのは間違いない。しかし、US版の予告が公開されて、観てみると、どうも、わたしの完全なる予断は8割方は合っているように思える、が、どうやら主人公は衛生兵(Medic)で、しかも銃を手にしないという点にドラマの主軸があるということを知って、ますます興味がわいたのである。
 というわけで、今日、早速観てきたのだが、確かに物語は米軍側から観ればかなり美しものの……結論から言うと……なんというか、日本人的にはやっぱり複雑だし、やはり、日本人としてはいろいろと理解が難しい物語であるように思えた。わたしはキリスト教徒じゃないし……そもそもの殺し合いは否定しないんだ、というのはちょっと不思議に思えたのである。これは賛否両論だろうな……まあ普通の人なら、主人公の戦場での献身に心打たれてしまうのかな……要するにわたしが冷たい男である、ってことの証左なのかもしれないなあ……。

 基本的には、上記予告のとおりである。一人も敵を殺さない兵士。いかに衛生兵(Medic)とはいえ、まあ、ズバリ言えばそれは矛盾しているというかあり得ないわけで、わたしとしては本作のポイントは、主人公デズモント・ドス君が、「人殺しはしない」ことと「軍人であること」をいかにして矛盾せずに成立させるのだろうか、という点にあるのだろうと思っていた。おそらく、決して先制攻撃をしない専守防衛を任務とする日本の自衛官であってさえ、有事となれば人を殺し、そして自らも殺される可能性があることを明確に想定し、覚悟しているはずだ(たぶん)。
 もちろん誰だって、人殺しはしたくないのは当たり前だけど、なら軍人にならなきゃいいじゃん、と、普通は考えると思う。戦中の日本では考えられないことだが、US国内においては「良心的兵役拒否」というものがあるわけで、軍人にならずとも国家に貢献できる道は制度としてきちんと存在したのだから、あえて軍人になる必要は、実際のところないといっていいはずだ。この点を理解するのは、はっきり言ってちょっと難しいと思う。
 劇中では、なぜ人殺しをしたくないか、銃に触れたくないか、という点が前半語られている。
 幼少期に起きた出来事として冒頭に描かれるのは、兄との楽しい毎日だ。しかし、ある日、庭で喧嘩をしていて、思わず手にしてしまったレンガで兄をぶっ叩いて、危うく殺しかけてしまう事件が起きる。兄は幸い無事で命に別状はなかったが、危うく殺しかけたのは事実で、そのことで、幼いデズモントの心には、十戒でいうところの第6番目「汝、殺すなかれ」を破ってしまいそうになった自分におののき、ますます信心を深める、ということになる。正直に言えば、キリスト教徒ではないわたしには、なんだそれ、である。いや、兄弟げんかにレンガはナシでしょ、宗教は関係なしに。
 そしてもう一つのカギとなるのは、父との関係だ。父は、第1次大戦に従軍した退役軍人である。1次大戦で多くの友を失い、心に傷を負った父。そして退役後は信心を深めるも、心をの傷をいやすためか、飲んだくれてしまい、よく母とけんかをしていた父だったが、ある日、母に向かって銃を向けてしまい、両親のけんかに耐えられなくなったデズモント君(推定10代後半にまで成長)は、父から銃を奪い、思わず父に銃を向けてしまう。しかし父は、むしろもう死にたくなっていた。引き金を引け!と涙を流しながら乞う父。こんな出来事があって以降、デズモント君は銃には二度と手を触れない、と誓うのであった……って、これまたなんじゃそりゃ、である。なんか……当たり前っつーか……。
 とまあ、以上の二つの出来事によって、デズモント君は、殺しはしない・銃は手に取らない、ということを信条にした青年であることが、わたしには全然理解できないけれど、説明されている。けど、軍に入隊するきっかけは、正直わたしには良く分からなかった。一応、劇中で語られているのは、自分だけ安全なところでのんきにしていられない、的な言葉はあったけれど、まあ実際それだけである。
 で、入隊した訓練キャンプでは、当然、問題になる。銃をとれ。できません。これはお願いじゃない、命令だ。銃をとれ。できません。上官の命令に聞けないなら、それは重大な軍規違反であり、軍法会議にかけられるがいいんだな。はい。―――とまあそんな展開である。しかも上官は、お前には無理だから、もう除隊なさいよ、とかなりデズモンド君を思いやっているのだ。それでも引かないデズモンド君。そして嫌がらせを受けても、決して誰のせいにもしない態度で、周りの仲間たちの信頼も芽生えてくる。それでも信念を曲げず、貫こうとする姿に、わたしは今年の初めに観た『Silence』を思い出した。主人公デズモントを演じたのは、まさしく『Silence』で宣教師ロドリゴを演じたAndrew Garfield君である。誰もが、本心では信仰を捨てないでいていいから、ほんの形でもいいから踏み絵を踏んでくれ、と願ったあの状況と、実によく似ている。ライフルに触るだけでいい。もう撃たなくていいから、と言っているのに突っ張り、軍法会議に立たされることになったデズモンド君。もちろん、江戸時代の宣教師ロドリゴとデズモンド君では、その危機的状況は較べようもないほど違うものだ。ロドリゴは、拒めば自分ではなく大勢の信者が殺される。デズモンド君の場合は、有罪となれば終戦までずっと監獄で過ごすことになるが、別に命はかかっていない。そもそも、どうも信仰の問題、ではなく、あくまで自分の生き方の問題、すなわち信条、信念の問題という違いがあるような気がする(もちろんその信条の基本にあるのは信仰だろうけど)。なのでわたしはこの軍法会議の行方は一体どういう決着がつくんだろう? と思って見守っていたのだが、なんとこの場を収めたのは、父の愛であった。父が、1次大戦を共に戦った元上官が、現在かなり高位に出世していたため、その高官に直訴してなんとかなったのである。わたしはこの、ある意味スーパー他力本願な結末に、結構、がっかりしたというか……なーんだ、と思った。
 わたしは、こういった前半での物語に、結構冷めた目で見ていたため、なんつうか、良く分からねえ、とかそんな思いでスクリーンを眺めていた。
 そして物語は後半、沖縄での戦場に移る。だがこの戦場シーンも、きっと史実に即した正しい描写なんだろうけど、どうもわたしには良く分からないところがあった。それはUS陸軍の作戦で、戦略拠点の制圧を目的に侵攻しているのだが、洋上の戦艦からの艦砲射撃で徹底的にたたく→歩兵を投入して残存兵力掃討→制圧、というある意味鉄壁な作戦なのだが、すさまじい艦砲射撃(多分当時の最大火力ではなかろうか)で日本軍はボロボロ、と思いきや、US陸軍の歩兵が掃討戦を始めると、日本兵が異様にもうわらわらと湧いて出てくるのである。そしてUS側には航空支援は一切なし。あれは……どういうことなんだろうか?? US側はもう制空権をがっちり握っていると思うのだが……そして一応、日本兵は硫黄島並みの地下通路を張り巡らせていた的な描写はあったけれど、戦艦の艦砲射撃にも耐えうるものだったのだろうか?? これはわたしが無知なだけかもしれないけれど、まあ、日本軍はおっそろしく強い相手として描写されていましたね。結果、US陸軍の歩兵たちにも甚大な被害が出る。そして、いよいよ衛生兵Medicデズモンド君の大活躍が始まる、という展開である。
 とまあ、こういう物語なわけで、なんだか突っ込みを入れてしまいたくなるお話なのだが、そういえば、デズモンド君の個人的信条は、一応、だれにも迷惑をかけていないのかも、ということに、わたしは観終わってふと気が付いた。軍法会議を開催するにあたっての事務方の負担ぐらいじゃないかな、デズモンド君がかけた迷惑は。衛生兵としては間違いなく英雄的な活躍をしたのは確かだし、結局デズモンド君を衛生兵として従軍すること許したUS陸軍も、日本人的にはあり得なくても、欧米的価値観、というよりキリスト教的価値観?においては、まあ美しいんでしょうな、と理解することとした。この余裕が、戦勝国なんですかねえ……。

 というわけで、わたしとしてはこの物語を理解するのが結構難しかったわけだが、役者陣の熱演は大変素晴らしく、その点は手放しで称賛したい。まず、主人公デズモンド君を演じたAndrew君は、前作『Silence』に続いて受難な役柄を見事に演じ切っていたと思う。ただ、わたしはキャラとしては好きになれないかなあ……何というか……いつもへらへらと薄ら笑いを浮かべてるのが気に入らないんすよね……ニヤつくのはやめろ!とわたしが上官だったら言うと思う。あのニヤついたツラは演出なんだろな……きっと。わたしにはちょっとアレっすね……。
 あと二人、わたしの印象に残った役者を紹介しておこう。まず、デズモンドの父を演じたHugo Weaving氏である。『The Matrix』シリーズのエージェント・スミスや『The Lord of the Rings』シリーズのエルロンド様でもお馴染みのHugo氏だが、今回も非常にシブくてカッコ良かった。とりわけ、1次大戦での体験から、もう決して軍とはかかわりを持たないと決めていたのに、息子のためにかつての軍服を着用して行動するシーンは、それまで飲んだくれのダメオヤジなのかと思わせておきながら実に男らしかったすね。大変良かったと思います。
 もう一人は、『Avatar』の主人公ジェイクでお馴染みのSam Worthington氏だ。デズモンドの上官として、最初は、お前いい加減にしろよ、という態度だったのだが、だんだん、こ、こいつ本物のバカだ……だがそんなバカが一人ぐらいいてもいいか……みたいな感じで理解を示し、戦場ではデズモンドを信頼するに至るという流れはとても良かったし、その心境の変化が表情にも表れていたと思う。何気に名演でしたよ。カッコ良かったす。

 というわけで、どうもまとまらないし長いので、ぶった切りで結論。
 Mel Gibson氏の10年ぶり?となる監督作品『HACKSAW RIDGE』を早速観てきたのだが、そりゃあまあ、美しいと思いますよ、主人公の献身的な活躍は。でも、どうしてもわたしには、「納得」はできない、ような気がする。大体の理解はできるけれど、なんというか……他力本願というか自分勝手というか……うまく言えないけれど、あくまで自分の考えを押し通しただけで、別に戦争自体は否定していないし……でもその意志力がすげえ、ってことなんでしょうな。少なくとも、こうして偉そうに平和な日本でだらけた毎日を送るわたしにはできないことなので、それは素直に凄いというか、感動的であると思います。まあ、周りに恵まれていたってことなんだろうな。あ、最後に付け加えておくと、戦場シーンの迫力はすさまじいです。アカデミー録音賞と編集賞受賞は伊達じゃないす。以上。

↓ ちゃんと読んで勉強したくなりました。これを読めば、わたしの抱く謎(航空戦力のこととか)は答えが得られるのかもしれないすね。よし、買ってみるか。

 わたしは走る男として、わたしを知る人々から認識されている。が、実は、震災でわたしがエントリーしていたレースが中止になって以降、1度もレースに出ていないので、実際のところ過去形で語るべきかもしれない。まあ、いずれにせよ、わたしが皇居を走ったりレースに出ていたのは2000年代で、まだ、当時は今のようなブーム的な盛り上がりまでは来ておらず、例えば、今現在の皇居の周りは平日の昼でもなぜか走ってる連中が多く、しかもクソ遅いスピードで多くの人がちんたらしている姿を見かけるけれど、10数年前はほとんどそんな姿は見られなかった。当時、わたしはよく仕事終わりに皇居で走り、真っ暗な桜田門の誰もいない広場で、全裸で着替えをするのも全然当たり前だったものだ。今やったら、確実におロープ頂戴で即逮捕は間違いない。
 そして時が過ぎ、2013年4月15日。「PATRIOTS DAY(=愛国者の日)」という祝日に開催されたボストンマラソンにおいて爆弾テロ事件が発生したことは、我々日本人もまだ生々しい記憶として覚えている人も多いはずだ。最近のマラソンブーム的な世の中においては、結構世界のマラソン大会に出場するためのツアーなんかもあるけれど、このボストンマラソンは、そういうなんちゃって野郎はお断りで、出場条件となるレースタイムが結構シビアというか、普通の市民ランナーだとちょっと速い人でないと出られない条件となっている。わたしの持ちタイムでも、やっと出場条件を10分クリアしているぐらいである。瀬古選手が2回優勝したことでもお馴染みのレースですな。
 というわけで、わたしが今日観てきた映画『PATRIOTS DAY』という映画は、まさしくそのボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を追う物語で、実に痛ましく、観ていてなかなかつらい作品であったのである。以下、結末まで書くと思うので、ネタバレが困る方は読まないでください。

 まあ、物語はもう上記予告のとおりである。ボストンマラソン開催中のゴール付近で爆弾テロが起き、そのテロリストを捕まえようとする警察とFBIの捜査を追ったお話だ。直接的な爆弾による死者は3名。後の捜査中に射殺された警官1名、合計4名がこの事件で亡くなっている大変痛ましい事件だ。
 ただ、映画の展開としては、若干群像劇的で、冒頭から爆弾が炸裂するまで、およそ30分ぐらいは、のちにこの事件を中心的に捜査することになる警官、爆弾で片足を失うことになる若いカップル、のちに犯人に車を奪われることになる中国人青年、また、のちに犯人に射殺されることになる警官、そういった、事件によって人生が変わってしまった、あるいは奪われてしまった複数の人々の、「なんでもない日常」が描かれてゆく。もちろん、犯人の二人組の、決行に至るまでの様子も、だ。
 わたしがこの映画を観て感じたことは、主に二つのことであろうか。
 1)一体全体、どうして犯人はこんなことをしようと思ったのか。そして実行できたのか?
 この点は、実際のところあまり深くは描かれない。単に、イスラム過激思想に染まったゆとり小僧二人が行った、ある意味何も考えていない短絡的な犯行であるようにわたしには写った。はっきり言って子供の悪ふざけと変わらない幼稚な思考である。しかし明確な人殺しなわけで、きっちり落ちまえをつけてもらう必要がある。おまけに犯人二人は兄弟なのだが、兄の方は妻も子もいる。どういう経緯で過激思想に染まったのか知らないが、100%悪党と断言せざるを得ないだろう。意外と計画はずさんで(それゆえに100時間で事件は解決する。100時間が長いのか短いのか、もはやわたしには何とも言えない)、様々な場所の監視カメラにバッチリ写っている。この事件はいわゆる「自爆テロ」ではなく、自分はさっさと逃げて無傷だったのだから、まあ、きっと死ぬつもりはなかったんだろう。でも、あんな計画で逃げ切れるとでも思っていたなら相当知能は低い。ちなみに二人の犯人は事件後、家にこもっていたけれど、顔写真が公開されて、その時点で初めてヤバい、逃げよう、と、NYC目指して逃亡するのだが、バカかこいつら、死ねよ、と本当に腹立たしく思った。おまけに、二人は逃亡のために、わざわざ超目立つメルセデスの新車のSUVを奪って、その持ち主も乗せたまま逃亡するのだが、ごくあっさりその持ち主に逃げられ、追い詰められることになる。行動に一貫性がなく、確実に言えることは、この二人はど素人、である。
 そしてわたしがもっと腹が立ったのが弟と、その大学の友人のクソガキたち(こいつらは別にムスリムではないただのゆとり小僧たち)の方だ。この事件当時19歳だったそうで、まさしく何も考えていないとしか言いようがない。こういう凶悪なクソガキが平気な顔をして暮らすUSAってのは、ホントにおっかないですなあ。そしてその友人どもも、写真が公開された時点で、あ!これってあいつじゃん!と認識しているのに、一切警察へ通報したりしない。このガキどもがさっさと通報していたら、ひょっとしたら警官は死なずに済んだかもしれないのに。まあ、まさしく悪意そのものですよ。ちなみに、このガキどもも、事件後捜査妨害の罪で逮捕されたそうなので、心底さまあである。キッツイお仕置きをくれてやってほしいですな。そしてもうひとつちなみに、兄貴の方はきっちり死ぬのだが(しかも警官に撃たれて死ぬのではなく、弟の運転するメルセデスに牽かれて死亡)、このクソガキ弟の方は生き延び逮捕される。現在も収監中だそうで、一応死刑判決が出ているそうだが、さっさと執行してもらいたいものだ。
 あと、悪意そのものといえば、犯人の兄の妻、も相当なタマと言わざるを得ないだろう。狂った信心に心を閉ざし、捜査に一切協力しない。劇中、ラスト近くで、超おっかないおばちゃんがこの妻を尋問するシーンがあるのだが、ちょっとわたしには意味不明で、その超おっかないおばちゃんが何者なのかさっぱりわからなかった。あれって……誰なんすか? ミランダ警告(※よくUS映画で刑事が犯人を逮捕するときに「あなたには黙秘権がある……」と読み上げるアレ)なしで妻を逮捕させる権限を持つ何者か、なのだが……だめだ、キャストとしてもInterrogator(尋問者)としか載ってないな……まあとにかく、この邪悪な妻も、さっさとこの世から抹消すべきでしょうな。もちろん現在も収監中?のようです。なお、その妻を演じたのは、TVシリーズ『SUPERGIRL』でおなじみのMelissa Benoist嬢でびっくりしました。
 2)捜査規模が尋常じゃない。当たり前かもしれないけど。
 本件の捜査は、警察が始めは場を仕切る、が、US国内における防諜・対テロ案件は、当然FBIの管轄だ。なので事件後数時間でFBIチームが現場に到着する。そして爆発現場に転がっているボールベアリングなどを見て、明らかに殺傷力を高めた対人爆弾であることから、本件はテロ事件であることを宣言し、FBIが捜査権を握る。このシーンは上記の予告のとおりだ。
 そしてその後、でっかい倉庫に現場を再現し、膨大な動画の中から犯人を特定し、前述のように、犯人に車を乗っ取られた中国人青年が逃げて通報し、と犯人に迫っていく。そして車を発見し、銃撃戦となって兄が死んだところで、弟には逃げられてしまう。ここからの展開がすごいんですよ。なんと、ボストン全域(?)にわたって、「外出禁止令」を発令し、商業活動も一切すべて止めてしまうんだな。車一台通らないボストンの図は、まさしく劇中のセリフにある通り、Martial Law=戒厳令そのものだ。これは日本ではありえないだろうな……あり得るのかな? それを可能にする根拠となる法が日本には存在しないんじゃないかしら……。まあ、最終的には、隠れていた弟は見つかって御用となるわけだが、その大捕物も、そりゃ銃や爆弾を所持している可能性があるから当然かもしれないけど、過剰なほどの銃・銃・銃、での大包囲となる。
 わたしは観ていて、やっぱりこれは、要するに戦争なんだな、と思った。戦争とテロ、何が違うかといえば、常識的に答えるならば戦争はプロ同士の殺し合いであり、戦闘員以外は対象から除外されるものである一方で、テロは、非戦闘員をも殺傷対象にしている、という点にあろうと思う。しかし、やっぱりテロは「いつでも」「どこでも」「誰でも」が無差別に対象となる戦争そのものなんだな、ということをわたしは強く感じた。なんというか、人類は憎しみの連鎖を断ち切ることはできず、ずっと殺しあうんだろうなという絶望を感じざるを得なかった。
 本作は、そういったテロに対する憎しみや、失われた命に対する悲しみを克服することができる、唯一の力として「愛」を讃美しているのだが、まあ、そうあってほしいとわたしも深く同意したい、とは思う。心から。けど、無理なんじゃないかなあ……。それならとっくに克服しててもおかしくないはずなのではなかろうか……人類は、どうやら何千年たっても、肝心な部分が進化できていないのかもしれないすねえ……。ラストの、おそらくは当時の本物映像を使ったと思われる、ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークでの「BOSTON STRONG」の演説(?)シーンは、わたしは結構グッときましたね。なんか、映画館でも鼻をすすってる人も多かったように思います。
 ※ちなみに、生粋のボストン人は「ソックス」ではなくて「ソークス」と発音するそうで、とある二人のキャラが「ソックスでしょ?」「いやいや、ソークスだよ」とやり取りするシーンは、後々ちょっとグッときます。

 というわけで、まあ、暗くもラストは希望を一応は描いてくれた映画なのだが、キャストは結構豪華で有名どころが多く出演している。もう長いので、二人だけ紹介して終わりにしよう。まず、主人公的視点のキャラとなる警官を演じたのが、サル顔でおなじみのMark Wahlberg氏。4月に観たばかりの『Deepwater Horizon』での熱演も記憶に新しい彼だが、本作は、監督も同じPeter Berg氏だ。やはり音響の迫力はばっちりだし、当時の本物の映像を巧みに使い分けながら非常にキレのある作品であったと思う。Wahlberg氏も、なんか、この人は「アメリカの良心」的な役が似合うんすかね。大変共感できる芝居ぶりであったと思います。
 そして次は、わたしが大好きなKevin Bacon氏の名をあげなくてはなるまい。今回はFBIの特別捜査官として、久しぶり?に悪党ではなく善の人でありました。いやー、シブい。実にカッコ良かったと思います。今回はそれほど活躍のシーンはないんだけど、犯人の写真を公開するか否かで警察とFBIが対立した時に、どっかのTV局がその写真を入手し、公開に踏み切るという話を聞いて、それまでは比較的冷静だったのに、いよいよブチ切れるシーンはもう、わたしの大好きなBacon節が炸裂してましたね。「……いいだろう。もう公開するしかあるまい。TVより先にな。だが! いいか! 覚えておけ! 絶対に写真をリークした警官を見つけ、必ず破滅させてやる!!!」わたしも観ながら、誰だ情報漏らしやがったのは!と腹が立っていたので、Bacon先生の大激怒で超スッキリしました。Bacon先生を怒らせるとは、恐れ知らずもいいとこだぜ……! あの大激怒を目の前でやられたら、おそらくほぼ確実に失禁せざるを得ないと思いますw 最高でした。

 というわけで、結論。
 2013年4月15日に起きた、ボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を描いた『PATRIOTS DAY』を観てきたのだが、とにかく思うのは、テロはもう戦争そのものだということで、まあ断じて認めるわけにはいかないということだ。ま、当たり前か、それは。しかしなぜなんだ? なんでそんなに憎しみを身に抱えられるんだ? なんで平気で人を殺せるんだ? 映画としては、本作はわたしのその疑問には答えてくれなかったけれど、代わりに、憎しみと悲しみを克服するのは「愛」しかねえ、と教えてくれます。でも……どうなんだろうな……いや、やっぱりそう信じて、行動するしかないすかねえ。なんというか、信じて損はないと思うけど、相手もそうとは限らないわけで、どうしたらいいのかなあ……以上。


↓ こういうのが売ってます。まったく関係ありませんが、わたしが世界で最も好きな小説家、Stephen King先生は、レッドソックスの大ファンとしても有名です。

 去年の夏、日本で公開されてまったく売れなかった映画『X-MEN:APOCALYPSE』。その映画を観て書いた本Blogの記事でも記した通り、わたしは20th Century FOXによる映画「X-MEN」シリーズは、さっさと終了させて、MARVEL=DISNEY帝国によるMCUに「X-MEN」キャラたちも参加してほしいと今でも心から祈っている。とにかく、全体としてきちんとシリーズ構成が設計されておらず、場当たり的である。もちろんわたしは映画「X-MEN」シリーズに関しては、2000から始まった最初の3部作は大好きだし、ウルヴァリンのスピンオフ2本もいいし、それから、第1世代ミュータントの悲劇を描いた『X-MEN:First Class』は最高に面白かったと思っている。だが、その次の『X-MEN:Days of Furute Past』でとんでもない展開となり、そのトンデモ設定を引き継がざるを得なかった去年の『X-MEN:APOCALYPSE』でもはや手の施しようがなくなってしまった。故に、もう終わらせてほしい、とわたしは思ったのである。
 折しも、去年は「X-MEN」世界における異端児『DEAD POOL』単独スピンオフがUS国内ではシリーズ初の「R指定」ながらも、本編の倍以上を稼ぐ超える驚異の大ヒットとなってしまい、本末転倒というか、もはやどうにもならない状況となり果てていたわけで、わたしはもう、本当にFOXによる映画「X-MEN」シリーズに絶望していた。
 そんな状況下で、またもやFOXは、一番の人気キャラであるウルヴァリン単独作品『LOGAN』を世に送り出した。しかも本作もUS国内では「R指定」である。わたしは、はっきり言ってまったく期待していなかったし、どうせ『DEAD POOL』の大ヒットに乗じて、首が飛んだり手がちぎれたり、血まみれ映画になり果てたんでしょ、という完全なる予断を抱いて、わたしは昨日、劇場へ向かったのである。そして、本Blogにおいてこき下ろしてやる!とさえ思っていたのが本音だ。
 しかし―――結論から言うと、本作は紛れもなく超名作であり、これはすげえ、こいつは最高の「X-MEN」の真のファイナルじゃねえか!!! と絶賛するに至ったのである。FOXよ、頼むから調子に乗ってこの先また「X-MEN」作品を作ろうと思うなよ。本作で完結させるのが、最高なんだから! さっさと、もう莫大な金額を提示してもいいから、今すぐMARVEL=DISNEY帝国に権利を売り戻してくれ。頼むよ!
 以下、ネタバレがあると思いますので気にする人は読まないでください。

 まあ、あいかわらずFOXの予告は肝心の物語がさっぱり伝わらない内容だが、その世界観は伝わると思う。最初に言ってしまうけれど、本作は、これまでの「X-MEN」映画の歴史をまたもや完全に無視しているといっていいだろう。あれはどうなった、あのエンディングと繋がらねえじゃん。そんな世界観であるので、はっきり言ってわたしは序盤は結構いらいらしながら観ていた。まーたFOXの野郎、めちゃめちゃにしやがって……と、実際腹立たしくさえ思っていた。おまけに、そもそも不老不死であるウルヴァリンが、何故年老いているのか。そして、なぜ他のミュータントたちがみな死に絶えてしまったのか。この最大のポイントも、まったく説明はない。そういう意味では全く不親切というか、ぶった切りである。一応、これまでの映画シリーズは時系列で示すと次のようになると思う。ちょっと簡単にパワポで図を作ってみた。記憶だけで書いたので年号は自信なし。
X-MEN
 まあ、要するに超問題作『FURUTE PAST』で歴史が大きく改変されてしまったわけだが、実際、原作のコミックでもそういうことは実のところ頻繁に起こっているので、ここでけしからんとわたしが非難しても、実はほぼ意味はない。なので受け入れるしかないわけだが、本作『LOGAN』は、これまでのシリーズのどの流れなのか、明確にはわからない。完全に独立した別の歴史かもしれないし、一方ではちょろちょろと、「それっぽい」ことを示唆する小道具とかが映されるため(例えば『SAMURAI」の刀とか)、どういうことなんだよ、とこれまた観ていてイライラする。
 しかし――である。X-23として原作でおなじみのローラが出てきて、ローラと、もう完全におじちゃんで耄碌してしまったプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアとの逃避行が始まると、そこからはどんどん面白くなってくるのである。もう完全に、戦いに疲れた男と無垢な少女とのロードムービーであり、実に心にしみるのである。とにかく渋く、カッコよく、泣かせるのだ。
 展開としては、人為的に「製造」されたミュータントの少女を、コミック「X-MEN」で描かれているミュータントの住まうコロニー「エデン」に連れて行ってくれ、と製造していた会社の女性に頼まれたウルヴァリンが、その会社からの追手の追撃をかわしながら、「エデン」を目指すというものなのだが、わたしは心底驚いたことに、本作『LOGAN』の世界には、「X-MEN」のコミックが存在するのである。こ、これはまさか「第4の壁」を突破(=自分がコミック世界の人間であることを自覚している状態。DEADPOOLがその例)しているのか!? とわたしは興奮したが、劇中でのウルヴァリンの話によると、「そんな漫画は、事実に基づいてはいるけれど、面白おかしく誇張したインチキだ。エデンなんてものはありはしない」だそうで、どうやらこの世界ではX-MENたちの活躍は知られていて、それが漫画化されているだけらしい。なるほど。しかし、コミックを信じるローラは、エデンの存在を信じ、そこに向かうことだけを希望としている。ウルヴァリンとしては、何にもありゃしねえよ、そこに行っても失望するだけだぜ……と思いながら、ボロボロな体でエデンを目指すわけだ。
 その道中では、当然激しいバトルが繰り返される。あろうことか、X-24として、ウルヴァリンそのものといえるクローン・ミュータントまで出てきて(=だからHugh Jackman氏は一人二役)オールドマン・ウルヴァリンはもう満身創痍だ。そもそも、たまに勘違いしている人と出会うけれど、ウルヴァリンの爪は、あれは人為的に後付けされたただの武器で、ミュータントとしての重要な力はどんな傷もたちどころに治っちゃう「ヒーリング・ファクター」の方だ。それがあるからこそ、強い戦士だったわけで、本作では「ヒーリング・ファクター」能力が弱まっている。いくら爪があっても、例えるならただの中年オヤジが刀を振り回したって怖くないでしょ? そういう状態なので、あのウルヴァリンが、もうボッコボコである。そんなピンチを救うのが、まだ10歳程度の少女だ。その少女は、研究所の連中からは「特許物」と呼ばれ、製品の一つに過ぎない。しかも、ウルヴァリンのDNAから製造されており、いわば娘である。そういう意味では、明確に父と娘の心の旅路を描く作品となっているわけだ。まあ、鉄板ですわな、そういう展開は。はっきり言って、ラスト、少女がウルヴァリンを「パパ」と呼び、そして墓標の十字架を、一度抜いて、斜めに、「X」の形に直して据えるシーンはホントにもう、ジーンと感動したね。いや、マジで最高でした。これ以上ない、映画「X-MEN」の完結だと思う。
 というわけで、物語的には、これまでの映画「X-MEN」シリーズが大好きな私としては、結構突っ込みどころというか良く分からない点もあるものの、中盤からはもう大興奮&大感動してしまったわけで、それは確実に、役者陣の素晴らしい演技に支えられていると断言してもいいだろうと思う。
 まず、主人公ローガンことウルヴァリンを演じたのが、当然のことながらHugh Jackman氏。本作限りでウルヴァリン役からの引退を表明しているHugh氏だが、その言葉が守られることを切に願う。もうこれ以上の感動的なラストはないでしょ。それにしても、本当に疲れ、くたくたになったウルヴァリンをよくぞ演じ切ってくれました。完璧だったと思います。来年2月のアカデミー賞にノミネートされてもまったくおかしくないと思うな。とにかくカッコよく、最高です。
 次は、これまた疲れ切っていて、もう完全に要介護状態ですらある老いたプロフェッサーXを演じたのが、これも当然、Patric Stewart氏だ。本作では、能力の暴走を恐れながらも、ウルヴァリンのメンターとしての最後の教えを施すおじいちゃんとして、実に渋い演技ぶりだった。本作では、プロフェッサーXは「世界で最も危険な脳」の持ち主として、その能力の暴走はもはや災害みたいな認識がされている。そのために抹殺対象になっているわけだが、その設定はわからんでもないけど、一体全体、どうしてこうなった……他の仲間はどうしちゃったんだろうな……まあ、そちらの説明をし始めちゃうと、軸がぶれちゃうのかな……本作はあくまで、ローガンとローラのお話だからな……。
 で。X-23こと、ウルヴァリンのDNAから製造されたローラを演じたのが、Dafne Keenちゃん12歳。素晴らしい! 実に素晴らしい演技で、おっさん客はもう号泣必至であろうと思う。いや、わたしは泣いてないすけど。本作ではほぼ笑顔はなく、常に深刻な顔をしているし、本当にもうクライマックス直前までセリフすらないのだが、しぐさや表情は結構可愛らしく、実に守ってあげたくなる少女でしたな。凶暴だけど。その見事な演技については、わたしとしては、天才少女現る!と絶賛したいと思う。成長が楽しみなちびっこですよ。どうか美しい女優に育っておくれ……。

 はーーー。なんかもう書くことなくなっちゃったな……まあ、わたしはこの映画を絶賛したいわけだが、一つ注文を付けるとすると、本作は2029年と明確に年代が示されるが、ウルヴァリンが乗っている車だけは、若干の未来調で2024年モデルとか言っていたけど、ほかの車が、まったく今の2017年の車なんだよな……わたしは車好きなので、その点はちょっと甘いというかイマイチだったすね。ま、まったくどうでもいいことですが。未来感で言うと、ローラを追う勢力の男のメカニカルアーム(義手)とかは、ほんの些細な小道具だけど実にクオリティの高いCGで、大変良かったと思います。
 しかし、やっぱり年老いて、死が自らに迫ってくると、一番に考えることは自らの遺すもの、端的に言えば子供のことなんだろうな。死に瀕すれば、今までのオレの人生って何だったんだ、オレは一体何のために生きて来たんだ、と思うのは、ミュータントでも変わらないわけで、自分の生きてきた証、ってやつなんでしょうな。ほんと、心にしみる作品でした。ラストが最高です。

 というわけで、結論。
 映画『LOGAN』は、その背景はあまり語られず、これまでのシリーズとの関連性もかなりあいまいで、またしてもFOXがひどい「X-MEN」を作りやがった……と思ったら、中盤以降はもう最高で、感動すらある超名作であった。ほんと、マジでもうこの作品を完結作として、FOXは二度と「X-MEN」映画を作らないでほしい。そして、いつかMCUに「X-MEN」が参戦する日が来ることを、わたしとしては切に望みたいと思う。しかしHugh氏は本当にお疲れさまでした。あなたの演じたウルヴァリンは最高でした。以上。

↓ 一応、複数作品のエッセンスを取り込みつつ、メインのビジュアルイメージはコイツだそうです。マーク・ミラー氏の作品は、もはやコミックではなくグラフィック・ノベルですな。激シブすね。

 こりゃまたわっかんねえ映画だなあ……というのが、わたしの偽らざる感想である。
 先日、夜、もう寝るべか、と部屋の電気を消して電子書籍を読もうとベッドに横になった時、突然HDDデッキが動き出し、何かを録画し始めた。お? なんじゃ? と思ったものの、わざわざ確認することはせず、その時は放置したのだが、翌日、そういや昨日の夜は何を録画したんだろうとふとチェックしてみると、なにやら『ロブスター』なる映画が録画されているのを発見した。
 『ロブスター』……どんな映画だっけ? と考えること3秒ほど。すぐに、あ、ひょっとしてアレか? 独身者が虐げられていてカップルにならないと動物だか何だかに変身させられちゃうっていう、あのへんな話か? とすぐに記憶がよみがえった。ははあ、やっとWOWOWで放送されたのか。ならばちょっと観てみるか。というわけで、再生を開始した。結論から言うと、この物語には様々なメタファーめいた、いわば裏の意味がたぶんあるわけだけれど、ズバリ言ってわたしの好みには全く合わず、なんだか……ガッカリであった。以下、いつも通りネタバレまで書くかもしれないので、気にする方は読まないでください。

 とまあ、そういうわけで、物語は基本的に上記予告の通りである。
 が……実のところ、作品の中ではほとんど何も説明されないので、実際良くわからないことが多い。物語は、冒頭50代ぐらいの疲れた表情の女性が運転する車内の映像から始まる。そしておもむろに車を止め、銃を取り出し車外へ出る。するとそこには、草を食んでいる2頭のポニーがいて、何の脈絡もなく、そのうちの1頭に銃を向け、3発発砲、ポニーを殺す。なんのこっちゃである。そして、場面はどうにもさえない男が妻と別れ、ライトバンに乗せられてホテルへ到着し、私物をすべて取り上げられ、説明を受けるシーンに代わる。服や必要なものはすべて支給する。滞在日数は45日。その期間内にカップルにならないと動物?に変身させられてしまうのだが、あなたは何になりたい?と質問を受ける。どうやら男が連れてきたわんこは、自分の兄貴(が犬に変えられてしまった姿)らしい。「ロブスターがいい。100年生きるっていうし、海も好きだし。死ぬ直前まで生殖能力があるし」「いい選択ね」とまあこんなやり取りがあって、じゃあ、初日は拘束するから、と、左腕をベルトに拘束され、その体制ではズボンも脱げずにやっとこさ、ベッドに入る。そして翌朝から、奇妙な滞在記が始まるーーーてなお話だ。
 良くわからないのだが、どうやら「独身者」は虐げられているというか、完全に人権をはく奪されているらしく、街に住むことは許されていないようで、そういった「不法独身者」というか「野良独身者」は、森にコロニー?を築いて暮らしているらしく、ホテル滞在者は、その森に住む野良独身者たちを麻酔銃で「捕獲」すると、滞在日が1日増える、らしいことも語られる。ちなみに、森には動物に変えられちゃった元人間と思われる動物たちが結構うろうろしていて、森の中にラクダがいたり、やけにシュールな絵面であった。
 そして動物に変えられてしまう、というのも、全く説明がなく、何らかの謎テクノロジーによるもののようで、劇中1回だけ、「THE TRANSFOMATION ROOM」なる部屋は出てくるが、どんな仕掛けなんだかさっぱりだ。魔法なのか科学技術なのか、一切触れられないままである。
 かと言って、街には全く普通に現代文明が築かれており、独身でない(=結婚している)なら普通に生活しているようで、意味不明なディストピア的な世の中でもない。ただ単に、独身=アウト、という全くの不条理世界である。しかも、その街とホテル、それから野良独身者たちが住まう森、の地理的な位置関係がまったく良くわからない。後半、主人公は、ホテルから脱走し、野良独身者の群れに加わるのだが、その野良独身者たちには女性のリーダーがいて、恋愛禁止の妙に厳格なルールの元に暮らしている。しかし、そこでは完全野宿のホームレススタイルで生きているのに、たまに、その女リーダーはきちっとビジネススーツに着替えて、街にある実家に帰って、良くわからないけれど両親にちゃんとやってるところを見せたりもする。しかもテクテクと徒歩で街へ向かうわけで、どれだけ遠いのかとか、まったく良くわからない。街に行く理由は……生活物資の調達なのかな、あれは?
 というわけで、要するに、まったく理解できないルールに縛られた人々を描いている物語である。
 これを現代社会に当てはめると、「政府の意味不明な方針・法律に対してまったく疑問を持たずに、ある意味Naivに通常の生活を送っている人」、それから、「きちんと考えてその謎ルールに異を唱え、世間から逸脱している人」、という構造のような気もするし、まともに考えたが故に周りからはアウトサイダーだと見做されてしまうと、こういう扱いを受けることになる、みたいなメタファーなのかしら、ということは確かに想像できる。できるけど……浅いというか……突拍子もないというか……回りくどいというか……はっきり言って全く心に響かない。
 恐らくわたしの心に響かなかった理由は、以下の2点のような気がする。
 1)独身=悪、結婚しないと動物にしちゃうぞ法、の成立の背景が全く不明である点
 どんな悪法であれ、一応はその背景というか思惑があるはずで、反対するにはその成立理由を論破する必要があると思うのだが、その点について何の説明もないので、どうもキャラたちの動機が理解できない。嫌なら結婚すればいいじゃん。例え仮想結婚であろうと、お相手候補をあてがってくれるんだから。もし、きちんとしたこの法の成立背景が語られていればそう思うかもしれないし、めちゃめちゃな理論ならふざけんな、と世界観を理解できるかもしれないけれど、そこが語られなければ戸惑うしかない。そして、そういう背景を理解せずに、単に表層の現象だけで政府批判をすることは、どっかの野党のような愚かさの極みであり、わたしには全く共感できない。想像するに、結婚しないと動物にしちゃうぞ刑のアイディアありきで、細かいことは何も考えていなかったのではなかろうか……。確かに抜群に面白いアイディアであることは大いに認めます。コメデイにした方が良かったんじゃね……?
 2)主人公の男がクズ過ぎる。
 これは演技のせいでなく純粋に脚本的な問題だろう。この映画を観て、主人公の男の心理を理解できる人っているのかな? いや、いるだろうけど、わたしにはできなかった。だって、主人公は、とりわけ動物にしちゃうぞ法に対して異論を持っているわけではなく、かと言って独身でいたいとも思っていない。なぜならちゃんとホテルで女性を口説こうとするし。上手くいかないのは自分に魅力がないせいで、せっかく知り合った男が晴れて女性とカップルになったら露骨に妨害活動するし。何なの一体。そもそもなんで脱走したんだコイツ? いや、脱走したのは、せっかくホテルでカップル契約した非情な女性をぶっ殺したからだろうけど(そしてぶっ殺したのは、犬に変身させられてしまった兄貴を殺されたからだろうけど)、野良独身者グループに参加した意味も分からない。おまけに、そこでは恋愛禁止なのに、あっさり変な女性に恋しちゃって、今度は野良独身者グループの女リーダーをぶっ殺そうとするし。わたしには主人公の心理が全く意味不明で大変イライラした。思うに、この主人公は実に動物的なのではなかろうか。要するに、食って、寝て、SEXする。それだけが主人公の行動原理で、そこに人間的な心情はほとんどなく、自らの欲を妨害する存在を避ける・排除する、というだけだったような気がする。つーか、やけにSEXに対してだけは貪欲で、実に気持ちが悪い。ビジュアル的にも非常にキモ男で、一言で言うと、クズ野郎、ではなかろうか。なので、まったく心に響かなかった。
 
 というわけで、残念ながらこの映画はわたしには全く楽しめなかったのだが、出演キャスト陣はなかなか有名どころが揃っていた。まず、主人公のキモ男を演じたのは、ミスター・富士額でお馴染みのCollin Farrell氏である。元々アイルランドのダブリン出身のFarrell氏であるが、どうやら本作はほとんどをダブリンで撮影したらしいですな。本作では、ぱっと見ではFarrell氏には見えない、実にキモチ悪い、中年の腹の出たキモいおっさんで、おそらくは大多数の女子は、生理的に無理、と評するのではなかろうか。ただそれは、Farrell氏の役作りが完璧であるが故で、実際、演技としては素晴らしいと言えると思う。まったく共感できないけれど、まさしくそういうキャラを目指したのでしょうな。
 次。森に住まう謎の野良独身者グループの女リーダーを演じたのが、フランス美女でお馴染みのLéa Seydoux嬢。この女子はホントに独特な微妙なツラというか……『007 SPECTRE』では、微妙ツラだけど妙にエロカワイイのが大変極上であったけれど、本作では無表情で全く笑わない、リーダー然とした女子を熱演されていたと思う。なんでまた彼女はフランス語をしゃべるシーンがあったんだろう? いや、そりゃ彼女がフランス人だからだけど、なんなんだ? あれか? 実は世界観的に、既にヨーロッパ全土で「独身は動物に変えちゃうぞ法」が支配しているってことなのか? フランス語を喋らせる必然性があったのか、わたしには全くわかりません。
 次。主人公の数日前?にホテルに収容され、主人公とちょっと友達になるも、さっさとホテル内で一番かわいい女子とよろしくやって、主人公に露骨に恋路を妨害される変な男を演じたのが、若き「Q」でお馴染みのBen Whishaw君。私生活ではLGBTだそうですが、それで思い出したけど、本作における独身=悪、という風潮は、要するにきっとなんらかの人口減少にあって、生殖し人類を存続させることが最も重要とされている的な世の中なのかな、とわたしは思っていたのだが、ホテルに収容される際に、LGBTでも全然OKらしいことが語られるので、どうも生殖が最優先ではない、みたいである。その点も実にふわっとしていて、わたしは実にイライラした。なお、Ben君の、なんというか……若き「Q」で見せたような、いかにも現代の若者めいたキャラの芝居は非常に良いと思います。
 次。Ben君同様に、主人公とほぼ同時期にホテルに収容されて主人公とちょっと仲良くなるおっさんを演じたのが(ええい……!役名が一切ないから説明するのがめんどくさい!)John C. Reilly氏。もう大ベテランでかなり多くの作品で見かけるおっさんですな。最近では『KONG:Skull Island』にも出てましたね。本作での役は……主人公に利用されちゃう、と言っていいのかな、まあとにかく気の毒な、そして全くモテなそうな、キモイおっさんでしたね。
 最後。主人公が惚れてしまう、野良独身者キャンプにいた目が悪い女性を演じたのがRachel Weiszさん。この方も、元々大変な美人なのに、本作では若干薄汚れてぱっと見ではRachelさんとすぐに分からないような容貌でした。わたしがこの方で一番印象深いのは、『Enemy at the Gates(邦題:スターリングラード)』で、Jude Law氏演ずる主人公と恋に落ちる女性役ですかねえ。あの、兵舎でのHシーンはやけにエロかったすね。全然関係ありませんが、この方は最強イケメン007でお馴染みのDaniel Craig氏の奥さんす。

 というわけで、もう書くことがなくなったので結論。
 WOWOW放送されたので、ふと観てみた映画『THE LOBSTER』という作品は、まったくわたしの趣味には合わなかった。しかし、どうも世間的には、こういう雰囲気重視のシャレオツ系?映画を喜ぶ風潮があり、RottenTomatoesをはじめとしてやけに評価は高いようである。おまけになんと、アカデミー脚本賞にもノミネートされているわけで、本作を楽しめなかったわたしの理解力が劣っているんじゃねえかという気もしなくもない。そりゃあね、すべて説明しろとは思わないよ。でも、せめて主人公の行動は理解したいわけで、そこの共感なしには、わたしとしては面白いとは全く思えないのである。一言で言うと、キモイす。なのであまりオススメはできないす。以上。

↓ なんとなく主人公のビジュアル的なダサさ加減で、この映画を思い出した。こちらは最高に面白いです。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03

 昨日の夜、HDD内に撮り貯めている映画の中から、なにか観ようかしら……と画面をスクロールしているときに、ふと目に留まった作品がある。録画したのはもう数年前のようでそのまま放置していたのだが、なぜ録画しようと思ったのか全く記憶にない。が、確かにそのタイトルはやけに気になるというか、どんな映画なんだろうと想像を掻き立てるもので、もはやどんな映画なのかという内容についてもわたしの記憶からは完全に消失してしまっていたし、ともかくタイトルに惹かれて、まずは観てみることにした。
 その映画は、邦題を『やさしい本泥棒』といい、最初に画面に出るタイトルコールで、そもそもはドイツ語で「Die Bücherdiebin」というタイトルであることを知った。このドイツ語タイトルは2秒ぐらいで英語の「THE BOOK THIEF」と変わるのだが、1937年から1945年ごろにわたるドイツを舞台とした物語で、わたしはヒロインの少女リーゼルの印象的な目と、ヒロインを一途に惚れぬく少年ルディのけなげさに大変グッと来た。また、その結末はとても悲しく、一方で希望に満ちた大変泣ける映画であることを確認した次第である。いやあ、とても面白かった。これはいい映画でありました。

 実際のところこの映画の原作本は、オーストラリアの小説家Markus Zusak氏によって書かれた英語の小説のようなので、別にドイツ語のタイトルはどうでもいいのだが、一応、作者の生まれとしてはドイツ人の母とオーストリア人の父を両親に持つ方だそうで、実際ドイツ語はできる人なのだろうと思われる。物語の舞台もドイツだし、ドイツ語もかなり頻繁に出てくる。が、なぜかキャラクターたちは英語をしゃべるという、その点は正直奇妙ではあった。
 ただ、わたしはドイツ語で修士論文を書いた男なので、この「Die Bücherdiebin」というドイツ語のタイトルを見た時に、すぐに気付くことがあった。これはドイツ語を勉強した人ならご存知のように、BücherはBooks、本の複数形であり、diebはthief、すなわち泥棒である。肝心なのは語尾の -in で、ドイツ語ではこの語尾がつくと、女性を意味するのである。つまり Der Diebは泥棒、Die Diebinとなると女泥棒という意味だ。これは英語表現にないものなので(正確に言えば一部単語には残ってる)、英語にすれば男であろうと女であろうと The Book Thief となってしまうけれど、わたしはタイトルを観た時に、その本泥棒とやらは女性なのね、ということを知った。
 この物語は、時代としてはすでにナチスが台頭しつつある、開戦前夜のドイツを舞台に、やがて戦争が起こり、終戦までの人々の生き方が、ヒロインであるリーゼルの眼を通して描かれるのだが、ユダヤ迫害や焚書といったナチスの蛮行もかなり生々しく描かれ、なかなか見ていてつらい作品だ。
 まずは簡単に物語をまとめてみようかな。実は、結構説明が少なくて、よくわからない点も多いのだが、ヒロインの少女、リーゼルは推定12~13歳ぐらい。母はどうやら「コミュニスト(=共産主義者)」らしく?、ナチスに連行されてしまい、弟も亡くし、一人、とある夫婦のもとに養子に出される。その養父ハンスはとても心優しいおじさんで、アコーディオンが上手なペンキ屋さん?である。そして養母は、とにかく言動がキッツイおっかないおばさんだ。当初、まったく心を閉ざしていたリーゼルは、学校へ行く初日に近所の少年ルディの迎えで学校へ行くも、字が読めない・書けないリーゼルはイジメに遭うが、リーゼルは鉄拳でいじめっ子を黙らせるほど気が強く尖がっていた少女だった。しかし、いつも一緒にいてくれるルディや養父ハンスの温かい心に触れていくうちに心もほぐれ、笑顔が戻っていく。ハンスがリーゼルに、一緒に本を読むことで言葉を教えていくシーンはとても印象的だ。しかし世はどんどんとナチスの暴力が進み、焚書も町の広場で行われていく。そしてある夜、ナチスの摘発から逃れてきたユダヤ人青年マックスがハンスのもとにやってきてーーーという展開である。
 わたしがこの映画で一番、衝撃を受けたのは、その焚書のシーンだ。知識としてそういうことがあったことは当然知ってはいたけれど、このシーンは怖いすねえ……しかも、その場では群衆があの歌を歌うのである。その歌は、これまたドイツ語を勉強した人なら多分お馴染みの、「Deutschlandlied」である。しかもその1番だ。
 Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.
 現在のドイツ連邦共和国でも国歌である「Deutschlandlied(=Liedとは歌のこと。ドイツの歌)」は、3番が採用されているが、ナチス時代は1番が採用されていたことは、ドイツ語を勉強したことがあるなら知っていると思う。ちなみに現在、この1番を人前で歌うことはタブーだ。かなりマズイことだと思っていい。その歌詞、Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.とは、ドイツ、すべての上に立つ、世界で最も上のドイツ、という意味だ。そう直訳すると実にナチスっぽい意味に取れると思うが、もともとこの歌は1797年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世にささげられたものだ。この,Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.を群衆が歌いながら本を燃やすのである。わたしは文章としてこの歌の歌詞を読んだことはあるけれど、大勢の人が実際に歌うシーンを見たのは初めてかもしれない。ナチスが悪であることはもはや歴史が証明しているが、それを民衆が支持していたことが分かる、結構怖いシーンである。もちろん、それは全部の市民が心から支持していたわけではなく、主人公リーゼルや養父ハンスたちは、歌わないと命にかかわるから仕方なく歌っているのだが、とにかく……象徴的でとても怖いシーンだと思う。
 そして、リーゼルも、「本を投げ入れろ!」と命令されて、戸惑い、ためらいながらも、えいっ!と投げ入れる。そして人々が帰り着いた後で、広場に燃え残る本をそっと手に取って帰る。ここが、「女本泥棒」というタイトルの意味が分かる重要なシーンだ。そしてその場を見られなかったかと心配するハンス。もし見られていたらただでは済まない。けれど、実はリーゼルが本を持ち帰ったところを、一見やけにおっかない、市長の奥さんに見られていた。観客としてはもう、ドキドキである。リーゼル、お前見られていたぞ!? だ、大丈夫なのか……と心配していると、実はその市長の奥さんも大変な読書家であることが判明し、本が好きなリーゼルに、自宅の蔵書をいつでも読みにいらっしゃいとやさしくしてくれる。そしてこの奥さんの蔵書をリーゼルは後にこっそり盗む(リーゼルは「借りるだけ」と言い張る)展開になるのだが、この時も、なにげに見守って助けてくれるルディ少年がとてもいいんすよね。
 リーゼルは、ナチスという狂気が世を覆っていても、ハンスというやさしい養父と、実はとても根のやさしい養母のローザ、そして、いつも一緒にいてくれるルディ少年に囲まれていたおかげで、「人として当たり前のこと」を忘れずにいることができたわけだけど、エンディングはなあ……もうちょっと明るく終わってほしかった……悲しすぎる……せめてルディにはキスしてあげてほしかったよ……。というわけで、それぞれのキャラと演じた役者を短くまとめて終わりにしよう。
 ◆リーゼル:ヒロインの少女。とても勝気で強い眼力のある美少女。演じたのはSophe Nélisseちゃん。2000年生まれだそうで、この映画は2013年US公開だったようなので当時12歳とか13歳。現在は17歳か。カナダ人みたいですな。おお、Instagramやってんだ。なかなかの美女になりつつありますな。

Cuz summer's just around the corner🌞🌷 @nakdfashion #nakdfashion

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 ◆ルディ:リーゼルに出会った時からもうひとめぼれをした男の子。とてもきれいな目をした、なかなかのイケメン少年。そして、足が速いのが自慢で、その高い身体能力のせいでナチスのヒトラー・ユーゲントにスカウトされてしまう。何度も、「じゃあ・・・したら、僕にキスしてよ」とリーゼルにお願いしまくる積極派。ホントに君は勇敢でカッコ良かったよ。君には生きていてほしかった……。演じたのはドイツ人でミュンヘンにお住いのNico Liersch君。彼も2000年生まれみたい。今はあまり芸能活動してないのかな……ドイツ国内での活動にとどまってるみたいだな。ちょっと良く分からん。
 ◆ハンス:リーゼルの養父。義を重んじるいい人。とあるユダヤ人をかばったことで、もうお爺ちゃんレベルの年齢なのに国防軍へ強制入隊。無事に帰ってきてくれたのはいいけれど……死神は残酷ですなあ……本作は、冒頭、なぞのおじさんのナレーションで始まるのだが、そのナレーションが「死神」の声であることが後半判明します。ハンスを演じたのはGeoffrey Rush氏65歳。オーストラリア人ですな。まあ大ベテランで数多くの作品に出演されているけど、最近で一番印象的だったのは『THE KING'S SPEECH』でイギリス国王ジョージ6世にしゃべり方を教える発話コーチの役でしょうな。本作は非常に味わいのある優しいおじさんの役を熱演されていました。
 ◆ローザ:ハンスの奥さんでリーゼルの養母。最初はとにかくおっかないおばさんだと思っていたら、実はとてもやさしい人でした。演じたのはイギリス人のEmily Watsonさん50歳。この方もベテランだけど、わたしがこの方で唯一覚えているのは、『RED DRAGON』で殺人鬼ダラハイドが愛してしまう盲目の女性、あれを演じたのが彼女ですな。わたし的には、『RED DRAGON』はハンニバル・レクター博士モノで一番出来がいい映画だと思うんだけどな。原作小説も非常に面白いす。
 最後、スタッフとして、監督や脚本家ではなく、音楽を担当した大御所を紹介しておこう。なんとこの映画の音楽を担当したのは、かの名匠John Williams氏である。道理で!冒頭のピアノの曲がすごくきれいで印象的なんだよなあ。でもあれは有名なクラッシックの曲かな。わたしは音楽知識に乏しいので分からなかったけれど、劇中の音楽も大変上質で、エンドクレジットで名匠の名を見つけて、あ、そうだったんだと納得でありました。

 というわけで、もう長いので結論。
 ふとしたきっかけで見始めた映画『やさしい本泥棒』。かなり悲しい出来事が起きるのでハンカチは必須と言っていいだろう。ただしラストは希望があって、まあ、よかったよかったとなるので安心していただきたい。とにかく、少女と少年の目が印象的な、優しい映画ですよ。でもなあ、死神さんよ……せめてルディは助けてあげてほしかったよ……そして死神さんがリーゼルに魅せられ、その成長を見守った理由はさっぱりわかりません。死神さんは別に要らなかったかな……以上。

↓ こちらが原作です。くそう、もう絶版か……。
本泥棒
マークース ズーサック
早川書房
2007-07

 いやーーー。これは難しい。そして素晴らしい! 今年2017年の暫定1位だな。
 なんの話かって!? 映画『ARRIVAL』(邦題:メッセージ)を今日会社帰りに観てきたのだが、その感想である。これは相当歯ごたえあるぞ……そして、映画としての出来はものすごくイイ! 撮影、そして音楽(というより音響設計か)。実にクオリティが高い。いやはや、素晴らしかった。
 そして、わたしは実に愚かなことに、本作が有名なSF小説が原作だということを全然知らなかった。知ってれば読んでから観に行ったのに……ちくしょー! 原作小説に関するプロモーションってあったのかなあ? 有名な作品らしいが、わたし、恥ずかしながら読んだことのない小説で、その作品の名は『Story of Your Life』(邦題:あなたの人生の物語)。わたしの大好きな早川書房から発売されているので、わたしは帰りの電車内で即、電子書籍版を買いました。くっそーーー読んでから観るべきだったかもなあ……。
あなたの人生の物語
テッド チャン
早川書房
2014-09-30

 なぜそう思うかというと、冒頭に記したように、本作『ARRIVAL』は、正直かなり理解が難しい、非常に歯ごたえのある作品なのだ。もちろん、きちんとストーリーは追えるし、あ、そういうことなんだ!? という最終的なオチというか結末も、ちゃんと映画を観ていれば理解できるとは思う。しかし、ええと、ホントにオレの理解は合ってるのかな? と自信が持てないんすよね……。
 一応、パンフレットを読む限り(パンフには結構詳しい解説が何本も収録されているのでおススメ!)、わたしの理解は正解だったようだが、やっぱり、これはさっそく買った原作を読んでみた方がいいような気がしますね。多分この映画、ゆとりKIDSには全く理解できないと思う。これはホント、早川文庫が似合う、正統派なハードSFですよ。以上。
 で、終わらせるにはまだまだ語りたいことがいっぱいあるので、まずはいつも通り予告を貼り付けて、以下で少し語らせていただくッッッ!! もちろんネタバレもあると思うので、読む場合は自己責任でお願いします。

 今回は、この映画について、いくつかのポイントに絞って、その素晴らしさを記録に残しておこう。いやあ、すげえクオリティですよ。こいつは本物だ。
 【1.物語】
 まあ、物語としては、上記予告の通りである。ある日突然、地球に飛来した謎の宇宙船。しかも12機が地球の各地に「同時に」降り立った(※ちなみに日本(の北海道)にもやって来る)。しかし、地上から数メートルのところで静止し、とりわけ何もアクションを起こさない。世界各国は調査にあたるが、US国内にやってきた宇宙船の調査には、まずはコミュニケーションをとるため、言語学者のルイーズが選ばれる。そして、重力制御された宇宙船内で異星人とのコミュニケーションが始まるのだが―――というお話である。
 わたしも、上記予告はさんざん何度も見ていたので、おそらく物語のカギは、「一体全体、なにをしにやってきたのか?」という点にあるのだろうと予想していた。
 まあ、その予想は誰でもできるし、実際上記予告にもそう書いてあるのだが、最終的に明かされる「目的」について、正確な理解はちょっと難しいと思う。なにしろ、彼らは我々地球人と全く異なる思考をする生命体だ。それを、地球人の常識で計ろうとしても、そりゃあ難しいに決まっている。一番のカギになるのは「時間」の概念なのだが、我々地球人が、時間は一直線に流れ、不可逆なものと考えている一方で、異星人たちはそうではない。それがだんだんわかる仕掛けになっているのである。
 そして、それが決定的に判明するのはかなり後半だ。わたしは中盤のルイーズのある一言(「科学のことはお父さんに聞きなさい」のシーン。これは白黒反転させておきます)で、えっ!? ちょっと待った、てことは……まさか!? と仕組みが理解できたのだが、ここは相当注意深く観ていないと難しいと思う。実は冒頭から、ルイーズは愛する子を病気で亡くし、深い失意にある、というような、その愛する娘とのシーンが何度も何度もフラッシュバックで描かれるのだが、その意味が分かるラストは、やられた――!! やっぱりそういうことなのか!!! と誰しもが驚くものだと思う。
 ただ、最終的にわかっても、この作品は、そういう「理解するのが非常に難しい」という意味において、素晴らしい脚本だったと称賛すべきか、トリッキーで不親切な脚本で、もうチョイ説明が欲しかったと思うべきか、わたしとしては正直微妙だと感じた。観終わった後でも、じゃあなんで……? という疑問がわたしには結構多く残っている。ある意味、ぶった切りのエンディングと言ってもいいぐらいかもしれない。少なくとも万人向け、ではないと思う。
 しかし、だからと言ってつまらなかったとはこれっぽっちも思わない。それは、この難解な物語を支える、映画としての技術的なポイントが、おっそろしく高品位で、すさまじくクオリティが高いからである。
 【2.演出、撮影・映像そのもの】
 ちょっと前に、この作品のメイキング的な映像をチラッと観たけれど、画面は全く自然で本物そのものにしか見えないのだが、宇宙船をはじめ、実はすさまじくCGバリバリである。そして、宇宙船の全貌が画面に現れるまでの、チラ見せ具合も大変上品かつ上質だ。この映画はなるべくデカいスクリーンで観た方がいいと思う。その圧倒的な存在感は本当にそこに存在するようにしか見えないし、完璧に計算されてCG処理された風景の色味、それから雲、時にすごいスピードで画面を横切る戦闘機やヘリなど、まさしく本物にしか見えないCGは超見事である。宇宙船の巨大感も申し分なしで、これは日本の映画界では絶対に撮れない画だ。なんというか、マグリットの絵画を実写化したような、まさしく超現実(シュール・レアリスム)で、わたしはもう大興奮である。
 また、異星人の描写も、当然フルCGだと思うが、もう本当に生きているとしか思えない質感だし(デザイン的にも超秀逸!)、スモーク越しに現れる映像・演出も実に品がある。重要なキーとなる、異星人の描く文字も、そのデザインや描かれた方も、書道をたしなむ我々日本人には完璧に美しく、お見事だ。
 とにかく、本物そのもの、圧倒的な存在感。そして、全編に漂う、尋常ではない「緊張感」。わたしはこの映画を撮ったDenis Villeneuve監督の作品を観るのは4本目だが、去年、Denis監督の前作『SICARIO』を観た時もこのBlogで書いたけれど、その映像には、まるでJOJOで言うところの「ゴゴゴゴゴ」「ドドドドド」という書き文字が見えるような、あの緊張感が常に感じられるのが、Denis Villeneuve監督の作品に共通する特徴であろう。これは、観てもらわないと伝わらないだろうなあ。多分、観てもらえればわたしが言いたいことは通じるような気がする。この、Denis監督の作品に共通する「画面から伝わる緊張感」に非常に大きな役割を果たしているとわたしが考えているのは、音楽、音響設計、というか音そのものである。
 【3.音楽、音響設計、音そのもの】
 本作は、冒頭、非常に印象的な、弦楽器の奏でる音楽から始まる。わたしは音楽にはさっぱり詳しくないのでわからないのだが、おそらくはヴィオラかチェロで奏でられる、重く低い曲。それはエンドクレジットによるとMax Richterというドイツ(生まれのイギリス)人の「On The Nature of Daylight」という曲だそうだ。お、公式動画があるみたいだから貼っとこう。

 この非常に印象に残る曲から始まる本作は、これもDenis監督作品に共通してみられる特徴なのだが、とにかく音の使い方が非常に素晴らしい。まったくの無音部分とのコントラスト、メリハリもきっちり効いていて、映像に緊張感を与えることに成功しているとわたしは思う。冒頭、主人公ルイーズが大学から外に出て、空には戦闘機が行きかい、いったい何事が起きているんだ? という最初のドキドキ感は本当に素晴らしいし、その緊張感は最後まで貫かれていると思う。ズズズズズ……ビリビリビリ……といった、ある意味では不快な重低音が重要なシーンでは常に背後に流れていて、観ている我々の不安を掻き立て、ドキドキさせるわけで、その使い方は、下手を打つと不愉快なものになるけれど、Denis監督の使い方は決してそんなことにならない。本作は、今年2月のアカデミー賞で作品賞をはじめ8部門でノミネートされたが、受賞できたのは音響編集賞のみ、であった。実にお見事であるし、この特徴は少なくともわたしが観た4本すべてに共通する、Denis監督の目印といってもいいだろう。おそらくは、Denis監督の次回作、『BLADERUNNER2049』においても、まず間違いなく発揮されるであろうと思うので、ぜひその点はチェックしたいと思う。

 というわけで、物語・映像・音楽(音そのもの)の3点について、まあテキトーなことを書いたが、役者陣の熱演ももちろん素晴らしい。今回は3人だけ挙げておこう。
 まずは主人公ルイーズを演じた、Amy Adamsさん42歳。おぅ……マジか、もう40超えてるのか……わたしがこの人が演じた中で一番好きな映画は、もちろん『Enchanted』(邦題:魔法にかけられて)だろう。あのジゼル姫は最高でしたなあ。2007年公開だからもう10年前か。最近では、DCヒーロー作品でスーパーマンの恋人、ロイス役でおなじみだけど、すっかり年を感じさせるというか……最近はちょっとアレすね……。でも『her』でのAmyさんはホントに可愛かったので、髪形やメイクで随分変わるんだと思う。本作では、若干疲れたような40代女子であったけれど、その美しく澄んだBlue Eyesが非常に印象的であった。そして娘とのシーンや、すべてを理解した時の表情、大変素晴らしかったと思う。
 次は、わたしの大好きなMCUにおけるHawk EyeでおなじみのJeremy Renner氏46歳。彼は、出世作『The Hurt Locker』でのジェームズ軍曹役や、今やレギュラーとなった『Mission Impossible』シリーズ、あるいはMCUでのHawk Eyeでもおなじみのように、不敵で抜け目ない男という印象が強いけれど、今回は知的な科学者である。登場時はちょっと生意気ないつものRenner氏だが、だんだんとルイーズに惹かれ、協力していく今までとはちょっと違う役柄であったようにお見受けした。本作では実はほぼ活躍しない、けれど、物語において重要な役割で、それが判明する流れはお見事である。まあ、この人の演技ぶりはほぼ関係なく、脚本のおかげだけど。
 最後。調査班の現場責任者?の軍人を演じたのが、ベテランForest Whitker氏55歳。わたしがこの人を知ったのは、かの名作『PLATOON』だが、ホントこの人、若いころは鶴瓶師匠そっくりだったんですが、最近ではすっかり渋い、脇を固める大ベテランですな。声に特徴のある人で、妙にカン高いんすよね。『ROGUE ONE』でのソウ・ゲレラ役も渋かったすねえ。まあ、役的にかなり微妙だったけど。彼もまた、本作ではほぼ何も活躍はしません、が、やっぱり非常に印象に残る芝居ぶりだったと思う。もうチョイ、活躍してほしかったなあ。
 
 最後に、ここまで絶賛しておいてアレですが、ここはちょっとなあ……という点も3つ挙げておこう。まず、一つ目がズバリ、中国に対する扱いだ。本作では、地球に飛来した12機の宇宙船の一つが、上海に現れ、あの国だけ宇宙船に対して好戦的というか、軍事行動を起こそうとする流れになる。ま、それに乗っかるロシアもおそろしあだが、その中国でキーとなるのが、軍人のなんとか将軍なのだが……あの国のシステムにおいて、あんなに軍人が突出して行動を開始しようとするなんてことがありえるのかな? いや、あり得るのか、あの国だからこそ。なんか、なんとか将軍が大物なんだか実感がわきにくかったす。
 二つ目のわたし的いちゃもんは、邦題である。なんなの「メッセージ」って。なんで「アライヴァル」じゃ駄目だったんだ? 作中では、arrivalという単語は何回も出てくる。ほぼ毎回「出現」という字幕がついてたかな。いっぽうのmessageという単語は、わたしのヒアリング能力では1度も出てこなかったように思う(字幕では1回だけあった)。メッセージ……どうかなあ……。物語的にも違う、ような気がするのだが……。arrivalというタイトルの意味は、わたしなりに思うところがあるのだが、これはクリティカルなネタバレすぎるので書くのはやめときます。とにかく、メッセージは違う、と思ったことだけ記しておこう。
 最後、三つ目のわたし的いちゃもんは……これは、完全に映画オタクとしてのどうでもいい文句なのだが……わたしはマジで、結構腹が立ったので書いておくけれど……あのですね、わたしはもう35年以上映画館に通う、40代後半のおっさん映画オタなんですよ。せっせと劇場に通い、パンフも必ず買う、業界的には模範的というか、大切にしてもらってしかるべき、だとすら思うオタク野郎なわけです。なので、言わせてもらいますが……あのさあ! パンフレット! 変なサイズにするのやめてよ!!! 保管するのに困るんだよ、妙に小さい判型は!!! そりゃあね、デザインに凝りたくなる気持ちはよーくわかりますよ? でもね、配給会社の皆さん、そんなデザイナーのこだわりなんて、まったく迷惑以外の何物でもないんすよ、購買者にとっては。今、入場者のどれぐらいがパンフ買ってくれるか、ちゃんとデータ取ってるでしょ? どんどん減っているって、知ってるでしょ? そして買ってるのが、もはや希少種のオタク野郎だけだって、分かってるでしょ? せっかく内容的には読みがいのあるいいパンフなのに、このふざけた判型だけはホント許せんわ……!! はーー。興奮してサーセン。邦題といい、パンフの判型といい、さらに言えばUS公開から半年経っての公開といい……SONYピクチャーズの人々は大いに反省していただきたいものです。

 というわけで、結論。
 わたしが今、一番注目している映画監督、Denis Villeneuve監督による『ARRIVAL』が、US公開から半年経ってやっと公開されたので、初日の金曜夜、早速観てきた。そのクオリティはすさまじく、極めて上物であったのは間違いない。そしてその物語にも大興奮だったわけだが、一方で、この映画が万人向けかというと、その難解な物語はかなりハードルは高いように思えた。しかしそれでも、わたしとしては、現時点における今年ナンバーワンに認定したいと思う。こいつはすごい。この作品を観ると、もう、Denis監督の次回作『BLADERUNNER2049』に対する期待がいやがうえにも高まりますな!! SONYよ、BLADERUNNERのパンフの判型がまーた変なサイズだったら許さないぞ。1982年のオリジナルのパンフ、貸してあげてもいいので、ちゃんと研究してくれ。頼むよマジで。以上。

↓ わたしは中学生の時、たしか臨海学校から帰ってきた翌日に、今は亡き東銀座に存在した「松竹セントラル」という映画館にチャリで観に行きました。いろんなVerがあるけれど、当然、劇場公開版が正典です。ファイナルカットじぇねえっつーの。

 このBlogで何度か書いているが、世界珍作MOVIE選手権が開催されたなら、わたしとしてはM・Night Shyamalan監督は間違いなく優勝候補に挙がる映像作家であると思っている。以前も書いた通り、たしかに『The Sixth Sence』は面白かった。実に上質で巧妙な伏線が張り巡らされた、小説で言うところのいわゆる叙述ミステリー的な脚本は確かにお見事であったと思う。思うのだが、残念ながらその後、どんどんと、妙なトンデモ話ばかりを撮り続け、すっかり珍作監督として今に至っている。また、この監督は自作に必ず(?)出ることでもおなじみで、わたしの目には単なる出たがり野郎としか思えないが、一応、尊敬するHitchcock監督の真似をしてるんだよ、アハハ、とどこかでのんきに語っていたのを目にした覚えがあるが、まあとにかく、なんというか……わたしにとってShyamalan監督は、どうもイラっとする野郎なのである。
 じゃあ、そんな監督の作品はもう観なきゃいいじゃん、と思いますよね、普通は。わたしも、Shyamalan監督の新作公開となると、今回はいいかな……とは思う一方で、どうしてもわたしの体内に巣食う、クソ映画ハンターの本能が無性にざわめき、わたしをして劇場に足を運ばせてしまうのである。これも前に書いたと思うが、絶対くさいに決まってる、けど、嗅がずにいられない自分の足というか……まあそんな変態はわたしだけかもしれないが、つい劇場へ観に行き、ああ、やっぱり今回もクソ映画だった、と納得して帰るのが常なのである。
 というわけで、いよいよ公開されたShyamalan監督最新作『SPLIT』。2015年の『The Visit』のあまりのクソ映画ぶりに、もういい加減劇場に行かなくていいんじゃねえかな……と思っていたものの、今回はUS興業も大ヒットと好調評価も上々らしい、ので、やっぱり観に行ってしまったわたしである。そして、やはり、今回もわたしの眼には微妙作としか思えない内容で、ある意味、ああ、やっぱクソだったと胸をなでおろすという、我ながらもう意味不明の事態となったのである。ちなみに、本作でもShyamalan監督は精神科医の助手?役で堂々と出てくる。まったく本筋に関係ない、HOOTERSは最高なんすよ! と熱弁をふるう役に、なんだか今回もイラっとしましたw
 なお、以下、クリティカルなネタバレもあるので、読む場合は自己責任でお願いします。

 さて。上記予告はご覧いただけただろうか? ズバリ言うと、本作の物語はほぼ上記予告で語りつくされていると言っていいと思う。誘拐された3人の女子高生。そして誘拐犯は23重人格の男。はたして女子高生は脱出できるのか―――というお話である。
 もちろん、誘拐の目的だとか、3人の女子高生のそれぞれのキャラなど、本作を観ないと不明な部分はあるけれど、正直、それらはすべて、もはやどうでもいいように思う。わたしは上記予告を観て、ラストで24人目の人格が出てきて、な、なんだって――――っ!? というオチになるんでしょ、と想像して劇場へ向かったわけだが、残念ながらオチも実に、「はあ?」というリアクションしかできず、Shyamalan監督のトンデモパワーも、随分弱体化したなあ……と思わざるを得なかった。そうなのです。この映画、まったくもって普通なのです。オチも。
 ただ、長年Shyamalan監督作品を観てきた人にとっては、事件終了後のホントのラストで、おおっと!? こいつはあの! というキャラが、まったく脈絡なく突然登場してくるので、ここだけはちょっとびっくりした。しかし、はっきり言って本作の物語とそのキャラがどう結びつくのか、まあ残念ながら普通の人には100%通じないことは確実だろう。わたしも、マジか!? まさかここであの映画につなげるの……!? とやおら興奮し、一体どういうことなのか考えてみたのだが、出た結論は「さっぱりわからん」であった。まさかと思うけど、次回作では本作の多重人格者VSあの映画の主人公、のバトルになるとか……? ええーーーっ!? シリーズ化でも狙ってんのか? まさか……ね? というわけで、最後にチラッと出てくる超大物ゲストキャラについてはもうこれ以上書けない。サーセン(※あの映画、大物ゲスト、の正体を知りたい人は、リンクをクリックしてください)。
 で。話を戻すと、本作は、実に普通(?)の、実にまっとうな(?)多重人格者のお話で、とりわけいつものShyamalan作品のような驚きのひねりもなく、いわば直球であった。そういう意味では、別にトンデモ展開はなく、ある意味実に退屈なのだが、主役の多重人格者と、誘拐された女子高生のうちのヒロイン扱いの1人、この二人の演技合戦はなかなか見ごたえがあり、クソ映画という評価を取り下げるつもりはないけれど、この二人は大変素晴らしかった。まずは、先にヒロインの女子高生から見ておこう。
 この女子高生、ケイシーは、クラスで浮いている、友達少ない系の女子であるのだが……いかんせん脚本的に中途半端で、実にもったいないキャラだったように思う。何度も何度も、彼女の幼少期のシーンが挿入され、しかもどうやらお父さんの弟のヒゲもじゃデブ野郎によって性的虐待を受けていた「らしい」ことがほのめかされる。そしてどうもお父さんはすでに亡くなっており、その変態野郎が叔父として保護者となっているらしい。そしてその虐待の傷痕が、ラストで重要なキーとなるのだが、それがなぜなのかは、まったくふわっとしていて、キレは悪い。キャラの掘り下げがもうチョイきちんと描かれていればよかったのにな、とわたしは思った。演じたのはAnya Taylor-Joyちゃん21歳である。わたしはこの女子を知らなかったが、大変可愛らしく、実にナイス・バディ子で名前を憶えておきたいと思う。演技のほどは、全然問題ないというか熱演だったし。大変悪くない。
 そして問題の多重人格者である。演じたのはヤング・プロフェッサーXでおなじみのJames McAvoy氏。複数の人格の演じ分けは非常に素晴らしく、演技としては極めて上物であろう。しかし、やっぱりですね……どうもこの多重人格というのも、一発ネタで終わってしまったかなという気がする。まあ、いわゆる「ビリー・ミリガン」ですわな。どうして多重人格になったのか、は何となく描かれる程度だし、そもそもなぜ女子高生を誘拐したか、のカギとなる24番目の人格も、実際良く分からない。おっと!? パンフには「そうなった理由・動機が劇中ではしっかり描かれており」と書いてあるな……うーーん……どうだろうそれは……。うーん……劇中で描かれる母親からの虐待だけじゃあ、説得力に欠けるなあ……おまけに、なんとキレの悪いエンディングか! これにはわたしも、ここで終わりかよ、と、ポカーンである。まあ、上記に書いた通り、続編でも作る気なのかな……そして大物ゲストと対決させる気なのかよ……それはそれで面白そうだけど、だったらそもそもこの作品にきちんと登場させて、最初からあの映画の続編にすればよかったのに……。
 というわけで、もう書くことがない。最後に、残り二人の女子高生と精神科医のおばちゃんを演じた女優をメモして終わりにしよう。まず誕生日会の主催者としてクラスの人気者らしきキャラを演じたのがHaley Lu Richardson嬢22歳。今までに見かけたことはないなあ……結構かわいいです。でもなんで死ななきゃならなかったのか、さっぱりわかりません。そしてもう一人の、完全に巻き添えを食らってしまった可哀想な女子高生を演じたのがJessica Sula嬢23歳。彼女も見たことないなあ……そしてなぜ彼女はホットパンツを脱がされ、ヒロインはシャツを脱がされたのか、それもまったく意味不明で大変可哀想な役であった。最後、おばちゃん精神科医を演じたのがBetty Buckleyさん70歳。この方は……さっき調べて驚いたけれど、Shyamalan監督作品『The Happening』の、あの超怖いおばちゃんを演じた方のようですね。全然気が付かなかったわ。たぶん、本作の一番のオチ?は、多重人格者の人格がチェンジすると、肉体的にも変化が起きる(例えば、ガリガリ→マッチョ、みたいな)というおばちゃん精神科医の研究が現実に!というものだと思うのだが、ま、それって、我々日本人は漫画で良く見るしなあ……。JOJOで言うところの、ディアボロとドッピオ的な。そういうわけで、わたしとしては特に目新しくもなく、ノれなかったす。

 というわけで、もうホントに書くことがないので結論。
 M・Night Shyamalan監督の最新作『SPLIT』が公開になったので、ついうっかりまたもや劇場へ足を運んだわたしであるが、やっぱり今回も面白くなかった。わかってて行ったので、別に後悔はしていないが、WOWOWで十分だったな、というのがわたしの結論である。しかし……この映画を普通の人が見て面白いと思うのか、わたしには良く分からない。どうなんだろう。今日は結構お客さんは入っていて、7割ぐらいは席が埋まってたように思う。それって結構大ヒットだと思うな。明日の月曜日、この映画がどれぐらい稼いだか、興行通信社の大本営発表が楽しみだ。意外と稼いでるとみたね(※2017/05/16:サーセン。全然売れてませんでした。公開土日は6千万弱のようなので、最終5億も届かないかな……)。 以上。

↓ ちょっともう一度見てみる必要があるかもな……。やばい、ネタバレかこれ?
アンブレイカブル(字幕版)
ブルース・ウィリス
2013-11-26

 今年2017年は、わたしの大好きなMCU作品が3本公開されるので、わたしとしてはもう嬉しくてたまらないわけであります。MCUってなんぞ? と今さら聞かないでいただきたい。MARVELコミックの一連の映画作品のことである。詳しくは過去の記事を読んでください。
 しかし、すでにもう何本だ? ええと、2008年公開の『IRONMAN』から数えると14本かな。長大な物語となっているわけだが、その中で、非常に異彩を放っている作品が1本ある。それが、『GUARDIANS OF GALAXY』である。
 地球でない銀河のどこか、を舞台としている点は、確かに『THOR』と共通しているが(正確に言えば『THOR』の故郷アスガルドは別次元なので(たぶん)、銀河のどこか、では全然ない)、もう『THOR』は何度も地球に来ているしAvengersの一員として地球を守ってくれる頼れる神様である一方で、ガーディアンズのみんなはまだ地球人には知られていないし、Avengersにも参加していない。ただ、主人公スター・ロードことピーター・クィルは地球生まれであり、1988年に地球から宇宙海賊に誘拐されて旅立ったわけで、当然地球に縁のあるキャラクターであるし、映画『GURDIANS OF GALAXY』におけるキーアイテム「オーブ」なる謎物質は、現在のMCUで最大の焦点である「インフィニティ・ストーン」の一つであるため、100%確実に、来年2018年公開予定の次のAvengers「Infinity War」に参戦することは間違いないとみられている。
 よって、昨日から公開された『GURDIANS OF GALAXY VOL.2』は、MCUにおいて極めて重要な持つ作品になるであろうことは確実で、果たしてどのように絡んでくるのだろうか、と、わたしはもう超期待して今日劇場へ向かったわけである。
 が……結論から言うと、MCUとの関連は、相当な原作ファンでないと気が付けないような深い(?)ところにあって、それほど原作に詳しくないわたしにとっては、かなり微妙な、なんというか……MCUとしてはちょっといまいち役割が明確でない作品だったのかな……という感想を持った。ただし、映画としては最高に面白く、笑って泣ける最高の映画でありました。というわけで、いつも通りネタバレ満載ですので、読む場合は自己責任でお願いします。クリティカルなネタバレも書かざるを得ないので。

 まず、物語だが、上記予告を観てもさっぱりわからないと思うので、ちょっと軽くまとめてみよう。上記予告で描かれている、変なゲテモノとのバトル、これは冒頭のオープニングバトルである。相変わらず凄い映像で、ほぼカットが途切れないCGぶりは『Ultron』冒頭のバトルシーンのように、もはやMCUお約束のオープニングだ。すさまじく出来がいいし、ベビー・グルートの無邪気ぶりとガーディアンズのみんなの溺愛ぶりもバトルの最中に示されて、実にイイ! このゲテモノ退治をガーディアンズのみんなは仕事として請け負っていて、その依頼主が、予告の中にて出てくる、よくわからない金ピカ星人である。ま、とにかく、無事にゲテモノ退治に成功したガーディアンズが得た報酬、それは、ガモーラの超過激な妹でお尋ね者の、ネビュラの身柄であった。まあ、前作で散々悪さをしているネビュラなので、賞金首になってたようですな。
 しかし、重要なのは金ピカ星人(=ソブリン人)の首領アイーシャで、原作を知っていると、実は今回のラストのおまけ映像の意味がより良く分かるのだが、わたしはこの時点では全然気が付かなかった。いずれにせよ、ソブリン人は超プライド高く超真面目な(?)人々なので、アライグマのロケットのジョークにイラっとし、あまつさえ、ゲテモノ退治のついでにロケットが「アニュラックス電池」をかっぱらったことに気づいて大激怒、キーーーッ!この下品でお馬鹿な連中をぶっ殺すザンス!!! という展開に。おっとこりゃマズイ、と慌ててバックレるガーディアンズたちだが、すぐに追手がかかり、ど派手なスペースバトルに。とにかく大群で、こいつはヤバいぜ!? という大ピンチになるが、ワープゲートに突入する直前、謎の助っ人が現れ(えええっ!? と目を疑うような笑える現れ方)、金ピカ星人たちの操る戦闘機は全滅、間一髪で逃げ切る、が、そのままとある惑星へ不時着し、機体は大破してしまう。
 あーあ、もうどうしてくれるんだよ、大体なんで盗みなんてしてんだこのアライグマ! てめえ、アライグマって言うなこの野郎! と毎度おなじみの仲間割れ喧嘩をしていると、さっきの助っ人がやってきてご対面。なんとその正体は「I ’m your Father!」とベイダー卿のように登場した「エゴ」と名乗る謎の男であった。スター・ロードことピーター・クィルは、突然父親を名乗る男の登場に、てめえ、かーちゃん放っておいて、今さら何の用だこの野郎! だいたいてめえほんとにとーちゃんかよ!? と憤るも、まあとにかく私の星へ来るがよい、話はそれからだ、ということになって、ピーター、ガモーラ、ドラックスの三人はエゴの星へ、ロケットとベビー・グルート、そして捕虜状態のネビュラは機体の修理に残る、とガーディアンズチームは二手に分かれる。
 一方そのころ、怒り心頭の金ピカ星人アイーシャは、とある惑星へ。そこでピーターの育ての親というべきヨンドゥに、ガーディアンズ追跡を依頼。ここでヨンドゥは、同業者の宇宙海賊組合では裏切り者のクソ野郎だ、という扱いを受けていることが描かれる。ちなみに、その組合のボスを演じたのが、われらがSlivester Stallone隊長。残念ながらチョイ役でした。でも、ヨンドゥを演じたMichael Rooker氏とは「Cliffhanger」以来の共演2ショットか?お互い年取ったけど最高です!
 で、なぜヨンドゥが同業者から嫌われているかというと、ピーターを地球から拉致したのはヨンドゥであり(それを依頼したのがエゴだったことも明かされる)、そういう子供の人身売買的行為が海賊組合の掟に反するものだったらしいのだ。そしてとりあえずアイーシャの依頼を受けてヨンドゥ一行はロケットたちが修理中の船までやってくる。が、前作でもそうだったように、意外とピーターにやさしいというか甘い態度のヨンドゥに、手下たちの怒りが爆発。ちょっと親分、あの野郎に甘すぎねえすか? バカヤローそんなことねえよ! そんなことあるから言ってんだバカヤロー!と大バトル発生。ヨンドゥと言えば、口笛で操る矢を使う超凄腕なわけですが、あの矢は、頭の変な装置?で操っているようで、その部分をこっそり拘束から脱出していたネビュラに吹っ飛ばされ、ヨンドゥ沈黙、ロケットも捕まってしまい引っ立てられてしまう。
 かくして、ヨゴの星へ向かったピーターたちが知った驚愕の事実とは、そして囚われのロケットたちは無事脱出できるのか―――今、銀河の存亡をかけた壮絶なバトルが展開する!!! てなお話でありました。全然軽くねえな、このまとめ。
 というわけで、わたしとしては、本作のポイントは以下の点にあるように思う。長くなるので、もう一言コメントだけにしておきます。
 ◆ピーターの出生の秘密とエゴの正体
 ……うーん、正直、ちょっとイマイチ。ただ、エゴを演じたKurt Russel氏は渋くて良かった。そして、ピーターが、ずっと自分の父はHasselhoffだと言い張ってるのが相変わらず笑えた。若い人は知らないだろうけど、しゃべる車KNIGHT2000でおなじみの「ナイトライダー」という80年代ドラマの主役マイケルを演じた方です。
 ◆ヨンドゥの父性のようなもの
 今回のヨンドゥは後半カッコ良かったというか、ラストは泣かせましたねえ!そして、ネビュラに頭の謎装置をぶっ壊されて、予備の装置を装着して復活するところがカッコよかった!そして……もう完全にアイスラッガーというか、卍丸先輩というか……ビジュアル的に超クールで笑えました。あともう一つ、今回、ピーターの宝物であるSONY製WALKMANがぶっ壊されてしまうのだが、事件後のエピローグで、ピーターのためにヨンドゥが新しい地球製の音楽プレイヤーを用意してくれていた、というのも泣けますね。だけど、それがなんと、わたしの見間違いでなければMicrosoft謹製の、まったく売れずに生産中止になったことでおなじみのZuneであった。多分ここは爆笑すべきところでしょうな。そして「すげえ!300曲も入ってるのかよ!」と大喜びのスター・ロード氏。あなた、今度地球に来たらびっくりするよ……30000曲以上入るのも、もはや普通なんで……w
 ◆ピーターとガモーラのちょっとイイ関係
 二人の関係はどうなんでしょうなあ。今回、だいぶ二人の距離は縮まりつつあるように見えますね。ダンスシーンはなかなかイイ雰囲気でした。
 ◆ガモーラとネビュラの姉妹の関係
 この姉妹も、どうやらようやく和解に至りそうですな。よかったよかった。しかし二人とも、元・サノスの娘なわけで、次のAvengersでは活躍しそうな予感ですね。なんとなくネビュラには死亡フラグが立ってるような気もするけど……。
 ◆相変わらず大活躍な凶暴アライグマのロケット
 この見かけはかわいいロケット君は、操縦や武器製造、戦闘など、実用的な面で何気に一番の大活躍です。おまけにベビー・グルートを大切にかわいがる様も大変良いと思う。CGは当然超ハイクオリティで、毛のふさふさ具合や鼻先の感じはもう本物にしか見えないす。
 ◆空気を読まないドラックスの泣ける一言
 わたしはこの人の何気ない一言ギャグが大好きです。まったくピントがずれているというか……空気を全く読まない一言が素晴らしい。そして、今回は一番グッとくるセリフもこの人が言います。「仲間じゃねえよ。俺たちは家族さ……!」この一言が、ガーディアンズというチームを一番表しているわけで、大変おいしいセリフでしたね。あともうひとつ、今回の新キャラ、マンティスと絡むシーンの多かったドラックス氏は、普通とまるで違う審美眼があるようで、マンティスに対して、なんてUgryなんだお前は、とずっと言っているのですが、ラストでは「見かけはひどくUgryだが……中身は美しいぜ、お前」なーんて言ってくれるわけで、もう君たち付き合っちゃえよ!と思ったわたしである。今回、チームで唯一、妻も子もいた男として(妻も子も惨殺されてます)、何気にピーターにも深いことを言ってましたな。チームのお父さん役なんですね、彼は。
 ◆完全にマスコットなベビー・グルート
 もうね……かわいいからって何でも許されると思ってますよ、このベビーはw 前作でチームのみんなを守るために身を挺し、枝一本になっちゃったグルート氏は、その後順調に生育し、やっとチビな姿まで戻ってきましたが、完全にみんなのかわいいペットでしたな。そしておまけ映像(2)で、また少し成長した姿が出てきますが……完全にグレてて笑えますw 思春期なんでしょうな、きっと。ヨンドゥの予備の装置(=アイスラッガー)をこっそり奪ってくるんだ!のミッションは、ちょっとしつこいぐらい、ベビーのかわいさ推しでしたね。
 ◆MCU恒例、大興奮のおまけ映像
 今回のおまけ映像は、すごく細かく言うと3つ。まずはStallone隊長がヨンドゥを偲ぶ映像。これは短いしすぐ出てくる。次に出てくる二つ目は真ん中あたりで、どうやら今回の事件の数か月(?)後らしく、前述のように、かなり大きく育ったグルートが部屋でゲームをしてるシーンが始まる。そこにピーターが入ってきて、お前よ~枝をはらうのが面倒なんだよ、だいたい、ゲームばっかりしてないでちゃんと掃除しろよ! と言うと、どうやらすっかり思春期で反抗期にある成長途中のグルートは、うるせえなあ、ほっとけよ!とばかりに「I am Groot!」というものでした。ベビーの時はあんなにかわいかったのに……すっかりヤンキー風な態度で言う「I am Groot!(怒)」は笑えます。字幕も「俺はグルートだ!」と一人称が変わってました。
 そして問題は3つ目、一番最後に流れるシーンであろう。ここでは、散々な目にあった金ピカ星人アイーシャが、手下にこれはもっと強力な武器が必要なんじゃないすかねえ、と言われ、もう用意した……と言って、ニヤリと対抗策の名は……「アダムだ」と告げるシーンであった。わたしは、まったくうかつなことに、このセリフでやっと、はっ!? と気が付いた。アダム、それはまさしく「アダム・ウォーロック」のことに間違いないと思う。すっかり忘れてたよ。まさしく次のAvengersは「Infinity War」であり、原作コミックの「Infinity Gauntlet」がベースとなっていることは明らかなわけで、その「Infinity Gauntlet」での重要人物アダム・ウォーロックの名前がここで出てくるとは! というファン驚きのおまけ映像であった。そう、今回は、「インフィニティー・ストーン」のラスト1個が出てくるかと思っていたのに出てこなかったので、そういう意味ではMCUとのつながりがほぼなかったとも言えるのだが、このおまけ映像でやっとつながった、と思う。ついでだから一応、MCUにおける「インフィニティ・ストーン」をまとめておくか。ちなみに原作コミックのInfinity Gemsと色が入れ替わってます。
 ◆青:Space Stone:これは「コズミック・キューブ」のことらしい。『CAP:FA』や『Avengers』に出てきたアレ。現在は、『Avengers』事件終了後に、Thorがアスガルドに持って帰って、オーディンの武器庫にしまってあるはず。たぶん。原作の青は「Mind」。
 ◆赤:Reality Stone:これは「エーテル」のことらしい。『Thor:DW』でジェーンに寄生したアレ。現在は、シフたちが「コレクター」のところへ行って預けたはず。たぶん。原作の赤は「Power」。ちなみに、このおまけシーンで、コレクターのところにアダム・ウォーロックらしき「蛹」が置いてあるのがちらっと映るのが大興奮ポイント。アダム・ウォーロックといえば蛹なのです。
 ◆黄:Mind Stone:これは劇中でもマインド・ストーンと呼ばれてたかな。ロキ様の杖についていた宝石で洗脳できるアレ。『Ultron』事件の時に、Visionさんと一体化。現在は、Visionさんの額で輝いてます。原作の黄は「Reality」
 ◆紫:Power Stone:これは前作『ガーディアンズ』で「オーブ」と呼ばれていたあの謎の宝石。現在はザンダー帝国で厳重保管中のはず。たぶん。原作の紫は「Space」。ちなみに、前作でなぜ、スター・ロードがオーブを素手で触っても大丈夫だったのか、その謎が本作で解かれます。
 ◆緑:Time Stone:これはとうとうMCUに参戦した『Dr, Strange』で、ドクターが禁断の時間魔法を発動させるときに使用したあの首飾りの中に入っている。現在はドクターが修行の場カマー・タージに保管したはず。たぶん。原作の緑は「Soul」
 というわけで、6つのうち5つは判明していて、もう一つの「Soul Stone(オレンジ色らしい。原作だとオレンジは「Time」)」がサノスの持つ「インフィニティ・ガントレット」に装てんされると、超ヤバい事態が起きる、ということになってます。なのでわたしは、今回とうとう6つ目の石が出てくるのかと思ったのだが……どうやらそれは次のAvengers:Infinity Warまでお預けのようですな。そしてそこにアダム・ウォーロックが絡んでくるのはどうも確実っぽいすね。場合によっては、11月3日に日本公開が決定した『THOR:RAGNAROK』で出てくるのかもしれないけど、「Soul」とアダム・ウォーロックは関係が深いのでどうかな……。まあ、とにかく大変今後が楽しみなMCUです。

 というわけで、もう長すぎるのでぶった切りで結論。
 やっと日本でも公開となった『GURDIANS OF GALAXY VOL.2』を早速観てきた。わたしとしては、MCUへのつながりがどのように描かれるかが一番楽しみだったのだが、その部分だけに絞って言うと、ちょっと肩透かしであった。しかし、それ以外の物語においては、相変わらず派手で、笑えて、ちょっと泣かせるイイお話で、わたしは大変大変楽しめた。ただ、ちょっとお父さんとの話は、あまりグッと来なかったかな……MCUにおいては唯一の「ヒーローチーム」なわけで、いつもくだらないことで喧嘩ばかりしているけど、彼らはもう家族同然であり、結束力は高く、観ていてとても安心できますな。しかしアイスラッガー装着後のヨンドゥは実にカッコ良かった。わたしの希望としては、げえーーーっ!生きていたんすか卍丸先輩!的な男塾展開を期待したいが……それはないだろうなあ……無茶しやがって……とても残念す。以上。

↓ 次はコイツです! 8/11(金・祝)公開。ゆとりヒーロー、スパイディ! 超楽しみっす!
 

 現在GW真っ只中の日本であるが、わたしは昨日、やりかけの請負仕事が気になって、ちょっと出社して軽く片付けるか、と思っていたのだが、いざ取り掛かるとまるでデータの統一性のないひどい状態で、データを整え、データベース化し、さてようやく準備ができたぜ、というところでまたいろいろなデータが欠けていたりフラグ付けが中途半端だったりとめんどくさいことが判明し、上等だこの野郎!と半ばキレ気味で分析をしていたらあっというまに7時間が経過し、大体の見通しがついたところで、もう今日はここまで、と打ち切って家に帰った。わたしだから7時間で済んだが、依頼主が力技でやったらおそらく50時間はかかるであろうと思う。やれやれ。
 で。夜、なんか映画でも見ようとHDD内にWOWOWで録りためた一覧を眺めていたところ、つい最近、『THE 5TH WAVE』(邦題:フィフス・ウェイブ)という作品が録画されていることに気が付いた。あ、これ、あれだ、ブサカワでおなじみのChloë Grace Moretzちゃん主演のラノベ原作モノだ、と、わたしにしては珍しく、タイトルですぐに内容を思い出したので、さっそく視聴を開始することにした。そして結論から言うと、ま、予想よりもずっと面白くなかったすね……かなりがっかりというか、なんじゃこりゃ、であった。というわけで、以下ネタバレ満載につき、読む方は自己責任でお願いします。

 大体の物語の進行は、上記予告の通りと言ってよさそうだ。ある日突然、謎の宇宙船が地球に飛来する。数日間、なんのアクションも見せない宇宙船。人々はそれを「THE OTHERS」と呼び、一体全体なんなんだ、と思いつつも、日常生活を送るが、突如「第1波=The 1st Wave」と呼ばれる攻撃を受ける。それは電磁パルスによる電子機器の破壊で、これで地球は電力消失、スマホも車も飛行機も何もかもぶっ壊れる。続く「The 2nd Wave」は、大地震で、これで沿岸都市および島など海に近い都市はすべて津波で消失する。さらにやってきた「The 3rd Wave」は、強力なインフルエンザ(?)ウィルスの蔓延で、具体的な数字はなかったような気がするけどとにかく相当数の人類は死亡。こういう展開が冒頭でざっと描写され、生き残った女子高生、キャシーは父と弟とともに、難民キャンプ的なところへ避難するが、そこにやってきた軍人たちの指示で、子供たちだけ基地へ連行される、のだが、弟(推定10歳以下)が、うえーん、おねえちゃん、ぼく、大切なクマのぬいぐるみをベッドにわすれてきちゃったよぅ……!というので、仕方ないわね私がとってくるわ、とバスを降りダッシュでぬいぐるみをとって戻るが、一足先にバスは出発、弟と生き別れてしまうというお約束の展開が炸裂する。どうしよう、と一旦父と合流しようとするも、大人たちは一カ所に集められ、軍人からなにやら話を聞いていて、どうやら「The 4th Wave」が発動しており、とうとうTHE OTHERSは自ら人体に寄生して、その肉体を乗っ取っているらしい、そしてこの中にもTHE OTHERSに乗っ取られたやつがいるはずだ! ということが明かされ、バカな、俺は人間だ、ここから解放しろ!的な騒動から、銃乱射パーティーに発展、全員死亡となり、残った数名の軍人だけ、さっさと基地へ戻る。そして取り残されたキャシーは、弟を取り戻すため、80マイル(約130㎞)離れた陸軍基地へ向かう。道中、謎のイケメンと出会い、警戒しながらもあっさりFall in Love、そして驚愕の「The 5th Wave」の正体を知るのであった――的なお話であった。
 もういろいろ突っ込みがいのある、なかなか安いお話である。
 すべての電子機器がイカれ、車も走っていないはずなのに、やたらと装備のしっかりした軍人が出てきた時点で、普通なら、なるほど、こいつら自身が……と誰でもわかると思うが、まあ要するにそういうことです。物語もキャラクターも、ともにこれが新人賞の応募原稿だったらなら、わたしなら2次選考で落とすだろうな……と思いながら観ていたのだが、最終的なオチも、えっ!? ここで終わりなんだ!? というぶった切りで、なんというか……こりゃあかんわ……としか感想は出てこない。
 というわけで、さっそく原作を調べてみたところ、やはり、アメリカン・ラノベお約束の3部作のようで、続きはちゃんとあるらしい。だが、正直この先の物語が面白くなるかどうかは相当怪しく、わたしとしても読んでみたいとは現状思わない。おっと、一応、この映画の原作に当たる1作目だけは日本語訳が出ているみたいですな。
フィフス・ウェイブ (集英社文庫)
リック ヤンシー
集英社
2016-03-18

 高いなあ……文庫で1,296円だって。こりゃあ売れないでしょうな。それすなわち、第2作第3作の翻訳は望めないだろうな……。というわけで、もはや本作について言いたいことはないので、それよりも、アメリカン・ラノベとわたしが言う、いわゆる「YAノベル」というものについて、書いておこう。
 といっても、わたしもそれほど多くの「YAノベル」を読んでいるわけではないのだが、おそらく、少なくとも映画化されたYAノベルには、以下のような共通点がある。わたしはこれを、いつも三大要素と呼んでいる。
 ◆三部作である場合が多い。ただし、1作目は比較的きっちりとオチも整っていて、続く2作目3作目が前後編的な場合が多い。典型的なのがやっぱり『The Hunger Games』でしょうな。
 ◆主人公は10代女子(で一人称語り)が圧倒的。これはきっと読者層が10代女子だから、なんだと思う。例外的なのが『The Maze Runner』で、アレは男主人公ですな。
 ◆ラブ展開は必須。基本的に主人公女子がイケメン二人の間で三角関係気味になる。ただし、主人公女子は最初は恋愛なんて!と思っている場合が多く、それなのに、あっさり二人の間で揺れ動く。それが多くの場合一人称語りなので(ちなみに本作も原作小説はおそらく主人公キャシーの一人称語り)、要するに私はどうしたらいいの?的なお悩みが延々と綴られる。これも、対象読者のあこがれのシチュエーションなんだと思う。ラブ展開に思いっきり振っているのが『Twilight』シリーズでしょうな。でもあれは4部作か。
 とまあ、こういう作品が多いのだが、しかし、我々日本人からすると、正直キャラも物語も、かなり退屈な場合が多く、日本のライトノベルの方が、ジャンルも幅広く、キャラクターも様々で、物語力でいうとすべてにおいて優っているような気がわたしはする。まあ、近年ではすっかりテンプレ化が進んでしまっているので、日本のライトノベルのクオリティも下がっているのは残念だが、それでもなお、日本のライトノベルが質的にも量的にも進化したのは、日本では漫画が古くから発達していて、物語に慣れているというか、いわば口が肥えているからであろうとわたしはにらんでいる。
 本作、『The 5th Wave』も、日本人が書いたらもっと面白くなっていたと根拠なく思うわたしだが、残念ながら映画作品も、それほどクオリティは高くなかった。CGもかなりチープだし(ただし冒頭の飛行機が墜落するシーンだけは凄い質感)、おそらくロケも1~2週間あれば余裕だろう。どうやら予算規模は38M$(約41億円)、興行成績はUS国内で34M$(約37億円)ということで、残念ながら赤字で終わったものと思われる。Rotten Tomatoesの評価もかなり低い。まあ、これは元の原作のイマイチさを映画ではカバーできなかったということで、主演のブサカワChloë 嬢の責任では全くないと思う。
 ところで、そういえばアメリカン・ラノベと日本のライトノベルで、もう一つ、決定的(?)に違うんじゃないかと思うことがあったのでメモしておこう。それは、作者の年齢だ。日本のラノベ作家は、圧倒的に若い。まあ最近は軒並み年齢も上がってきて、上は40代もかなり増えてしまったが、そもそもは20代でデビューするのが一般的だろう。作者と読者の年齢が近いからこそ、より一層読者の共感も高まる、という部分は無視できまい。しかし、アメリカン・ラノベの著者って……結構歳いってるんすよね。本作の著者Rick Yancey氏は1962年生まれだそうなので55歳か? 55歳のおっさんが10代女子のお悩みを書いて、面白い作品になるとはあんまり思えないすね。
 
 さて、最後に、映画のキャストと監督に触れて終わりにしよう。主人公キャシーを演じたChloë Grace Moretzちゃんについてはもういいすよね? ああ、1997年2月生まれだからもう20歳になったんですなあ。2009年の『(500)Days of Summer』でのおませなちびっこや、2010年の『Kick Ass』でのヒット・ガールは本当にかわいくて天使クラスだったけれど、残念ながら横方向に成長してしまって、まったくのブサカワになってしまったのが残念ですのう……。このほかには、私が知っている役者は二人しかいなかった。一人が、かなり後半だけの登場となる、やけにパンクなおっかない女子を演じたのがMaika Monroeちゃんで、彼女は結構いろいろ映画に出てます。このBlogでも記事を書いた『It Follows』とか、『Independence Day: Resurgence』とか。いつもはブロンドの美人系のかわいい彼女なのに、今回は黒髪&ゴスメイク(?)で最初誰だか分らなかったっす。そしてもう一人が『X-Men Origins: Wolverine』で、セイバートゥースを演じたLiev Schreiber氏。この人は顔に特徴があるので登場時にすぐわかった。
 あとは……主人公キャシーの高校のモテ男で事実上のもう一人の主人公の男の子を演じたのがNick Robinson君22歳。観ているときは全く気が付かなかったけれどさっき調べたら、彼は『Jurassic World』のあの兄弟のお兄ちゃんの方ですな。全然気が付かなかったわ。それと、監督はJ Blakeson氏という方だが、この方は『The Disappearance of Alice Creed』(邦題:アリス・クリードの失踪)を撮った監督でした。へえ~!? あの映画は監督自身のオリジナル脚本で、結構面白かったのに、今回は原作モノで自分で脚本書いてないからなあ……演出的にも、とりわけここがすごいという点はなかったかなあ……。なんか……残念す。

 というわけで、結論。
 アメリカン・ラノベ原作の『THE 5TH WAVE』という映画を観てみたところ、残念ながらキャラクターも物語も、いずれもかなりイマイチであった。わたしは日本のラノベの物語力の高さは相当世界で売れるはずだと思っているが、正直、本作レベルの物語では、日本ではデビューするのも困難なのではなかろうか。しかし……Chloë 嬢の成長ぶりも残念というか……もうちょい縦方向に成長してほしかった……なんつうか、幼児体形なんすよ……もう二十歳なのに。ウエストがないっつーか……ホント残念す。以上。

↓ こちらは大変緊張感あふれた傑作……なんだけど、後半のBL展開は不要だと思います。なぜ急にそんな展開にしたんだ……
アリス・クリードの失踪 [DVD]
ジェマ・アータートン
東宝
2012-01-27

 2010年に起きた「メキシコ湾原油流出事故」は、油まみれの海鳥の写真とともに全世界に報道され、いまだにわれわれ日本人の記憶にも残る大事故であろうと思う。われわれ日本人は、その後、東日本大震災に続く福島第1原発の壮絶な事故をテレビ画面を通して目撃してしまったわけだが、人間はとにかく地球をぶっ壊すことに余念のない生物である、と、将来どこかの宇宙人が言い出したら、残念ながら反論はできないのではなかろうか。
 というわけで、今日わたしが映画館で観てきた映画『Deepwater Horizon』(邦題:バーニング・オーシャン)という作品は、その2010年メキシコ湾原油流出事故の発生にいたる経緯を描いた実話ベースの物語であった。11名の人命が喪われた壮絶な事故であり、大変緊張感の高い作品であった。

 このような「Based on True Event」の映画の時はいつも書いているような気がするが、当然映画であって、描かれていることを100%鵜呑みにすることはできない、と承知してはいるものの、司法の手による捜査もほぼ終わっており(?)、結論としてはこの事故は、完全なる「人災」であることは間違いないようだ。しかし、はっきり言うと、犯人探しをしても、もはやどうしようもない。明確に「人災」である以上、この事故に対する責任を負うべき人物は存在しているわけだが、そいつを牢屋にぶち込もうと、失われたものは決して取り返すことはできない。ゆえに、我々としては、このような映画を観てできることは、「同じ過ちは繰り返すまい」と心に刻むことだけだろうと思う。
 もう、さんざんこの事件について報道されているように、この事故の責任は原油採掘基地「Deepwater Horizon」の保有者(?)であり運営者である(※追記:どうやらDeepwater Horizon自体はトランスオーシャン社(=主人公の所属する会社)のものらしい)、油田開発を実施・管理するイギリス企業、BP社にあろう。British Petroleum=イギリス石油、という社名を持つスーパー大企業でありモータースポーツが好きな人ならそのロゴマークは誰でも知っている、あのBPである。わたしはこの映画を観て、初めて知ったというか、そりゃ言われてみればそりゃそうか、と思ったのは、「Deepwater Horizon」で働く現場の皆さんは、みんな下請けの人間で、BPの人間はほとんどいないんすね。確かに。それは超ありうる。たいていの大規模開発の建築現場でも、仕切りはゼネコンでも、現場にゼネコン社員なんてほとんどいないだろうし、それと同じだよな、と改めて気が付いた。
 なので、この映画で描かれるヒーロー的活躍をする主人公や現場主任は、BPの人間ではなく、遅れている作業に業を煮やした(?)BP幹部が、現場の意見を無視して(一応、しぶしぶではあるけれど「同意」は明確にしたので、正確には無視してない)作業を指示したことで起きた大事故、と描かれていて、それはきっと事実なんだろうけれど、そんな、現場にやってきたBP幹部を悪人的に描いてもしょうがないというか、そりゃフェアじゃないんじゃないかしら、という気はした。そんな木っ端端末なんぞよりも、悪党はもっと奥にいるはずだ。現場になんて出てこないで、事業戦略を練るような中枢の、たっけえ給料をもらってる連中が決めた事業方針が、この事故を起こしたといって過言ではないのだろうと思う。
 ただし、それももはや結果論であって、おそらくは「大企業」と呼ばれる会社なら、事の大小はあっても、確実に起こりうるものだと思う。とりわけ上場企業の場合は、どんなきれいごとを並べても、究極的には利益の追求こそが至上命題というか義務であり、コスト削減は当然なのだから、本作で描かれたような、巨額の投資による事業が、なかなか進展しなければ、当然イライラもする。そして現場に派遣された幹部は、その問題解決が義務になる。何が問題で遅れているのか。その調査にまた時間(=金)がかかるわけで、残念ながらドツボにはまるわけだが、最終的な判断を人間がする以上、まず間違いなく、「まさかこんなことになるなんて」というミスが起こることは、もはや防ぎようがない。
 よって、責めるとしたら、そのリスク回避のバックアッププラン、事故発生時の対処法がなかった点にあるとわたしには思えた。いわゆる「想定外」ってやつだ。そして、その「想定」は、残念ながらどんどんと膨らんでいくばかりであり、企業としてはある一定の、ここまでは想定した、という線引きをせざるを得ない。たぶん、福島第1と決定的に違う点があるとしたら、この線引きのラインがやけに低かったこと、そして、人間による判断の甘さが事故の直接原因であろうということだ。
 本作で直接の原因として描かれるのは、パイプ内の圧力計の数値の解釈がマズかったという点で、その背景にあるのは、遅れている工期を何とかしたい=コスト削減、である。しかし、その判断がマズかったとしても、一気に大事故へつながる前のセーフティーネットはもっと何重にもあるべきだったんだろう。はっきり言って判断ミスなんて、絶対に起こりうるんだから。ま、それでも、人間は信用できん、とか言って、いろいろシステム化して、また無駄に金がかかったり、そのシステムもまた信用できない、みたいな無限ループになるんだろうけど、とにかく、「動いているものを完全に止める」手段は、何重にも用意しとかないとだめってことなんでしょうな。
 なんか書いてることも無限ループになってきたからこの辺にしておこう。
 ところで、わたしがこの映画で、へええ!? そうなんだ? と思ったことがもう2つあったのでメモしておこう。
 ◆実は「船」。
 石油採掘基地Deepwater Horizonは、わたしはてっきり、しっかり海底に固定された「建造物」なのかと思っていたが、実は「船」であった。ちゃんとスクリューとかある(=エンジンがついている)し、航行できる「船」なんすね。しかし考えてみれば当たり前で、あくまで「油田を発見するため」のものであり、空振りならば、はい次~と移動しなきゃいかんわけで、「船」といわれて、ああ、そうなんだ、つーか、そりゃそうだ、と納得である。
 ◆原油は汲み出すものじゃない=ポンプはいらない。
 これは冒頭で、主人公が自分の子供に説明する形で描写されるのだが、原油って、「汲み出す」ものじゃないんですね。つまりポンプなんていらないらしい。これも考えてみれば、ああ、そりゃそうだ、なのだが、要するに地下にある原油は、常に「超高圧」にさらされているので、穴をあけると噴き出すものらしい。なるほどである。そりゃそうだ。自分の上に、海や地面という超重量物が乗っかってるんだから、そりゃ圧力かかってるよ。これって常識なんだろうか? わたしは言われなければ全然気が付かなかったす。温泉なんかも同じなんだろうか??
 
 はー。もう長くなってきたので、最後にキャストと監督について触れて終わりにしよう。まず、主人公の下請け技術者(=油田探索のプロ)を演じたのが、サル顔でおなじみのMark Wahlberg氏。正直この人の見せ場は、事故発生後の避難の際の英雄的行動だけです。なお、本作はエンドクレジットで、実際の事件の裁判(?)シーンで、役の元となった本人が何人か出てきます。本物の彼は、事故後退職してテキサス住まいだそうです。あ、あと彼の奥さん役をKate Hudson嬢が演じてました。なんかいつもよりかわいく見えたのはなぜなんだ。大変お綺麗な美人ですな。
 次は、良心ある下請けの現場主任を演じたのが大ベテランKurt Russell氏。来月公開の『Gurdians of the Galaxy Vol.2』ではスターロードのお父さん役で登場するらしいすね。大変楽しみですが、本作でもやけに渋くカッコよかったす。彼に元になった人は、現在もなお同じ仕事をしているそうです。
 次。上に貼った予告でも登場する、ドリルオペレーター?の若者(最初にやっべえ!と気づく若者)を演じたのが、『THE MAZE RUNNER』シリーズの主役でおなじみのDylan O'Brien君25歳。このさわやかイケメンは顔に特徴があるのですぐわかりますな。助かってよかったよ。
 次。BPから派遣されてきた今回の悪役的ポジションとなった男を演じたのが、こちらも大ベテランのJohn Malkovich氏。まああの判断はまずかったな、どう考えても。ちなみにもとになった人は、故殺罪で起訴されたそうですが、のちに起訴取り下げとなったそうですよ。どういういきさつかはわからないけど。
 最後。監督は、Wahlberg氏とは前作『LONE SURVIVER』からの付き合いとなるPeter Berg氏。この人の作品は、結構私は好きかもしれない。独特のキレというか、いつも音響もいいし、非常に緊張感の高い作品をとる人だと思う。まあ、世間的には珍作扱いされてしまった『Battle Ship』も、わたしは嫌いではありません。この人は役者としても結構出てるんだよな。なかなかの才能あふれたお人ですな。

 というわけで、結論。
 2010年メキシコ湾重油流出事故を描いた『Deepwater Horizon』を観てきたわけだが、まあ非常に凄惨な事故が、ほんのちょっとしたこと、ともいえるようなミスが原因だったということはよくわかった。冒頭に書いた通り、もう犯人捜しは無益なので、こういう作品を観て、やっぱり「2度とこういうことを起こさない」ための教訓とするほかないと思う。これって、こんな大事故だけでなく、生活のあらゆるところでも当てはまることでしょうな。慎重になりすぎてもしょうがないけれど、常に安全第一で、万一のセーフティーは、生きる上でいくつあっても用意しすぎってことはない、とまあ、そういうことですな。しかし、どうでもいいけど「バーニング・オーシャン」って邦題は……必要だったのかなあ……ディープウォーター・ホライゾンじゃなぜ駄目だったんだろうか……。以上。

↓Mark Wahlberg氏&Peter Berg監督タッグの次回作はこの作品ですな。6月9日(金)公開。間違いなく観に行くと思います。

予告編はこちら。わたしの大好きなKevin Bacon氏が超シブイす。
 

 アニメ版が日本で公開されたのは1992年9月とWikiに書いてあるが、そうか、もう25年も前なのか……と、なんというか唖然としたわたしである。あの頃わたしは二十歳そこそこ。この映画、映画館で観て、ビデオで見て、ともう何回見ただろう。そんなわたしなので、あの思い出の『美女と野獣』が最新CG技術を駆使した実写版として帰ってくる! おまけに主人公ベルを、ハーマイオニーでおなじみのEmma Watsonちゃんが演じる! というニュースを聞いて、おおっとマジか!と、やおら興奮していたわけで、今日初日を迎えた『BEAUTY AND THE BEAST』を、わたしは会社帰りに早速観てきた。一人で。
 まず結論から言うと、ほぼアニメ版通りである。一部細かい違いはあるが(とりわけお父さんとガストンがだいぶ違う印象)、歌はそのままと思ってよさそうだ。逆に、アニメ版は90分ぐらいと短いのだが、今回は129分ともっと長くなっていて、その分いろいろな部分がアップグレードされていて、歌も増えているような気がするし、役者陣の熱演もとても素晴らしかった。なんか結構の歌占有率が高まってたような気がしますね。要するに、わたしはすっかり魅了されてきたわけである。大変大変楽しめました。

 まあ、もう物語の説明はいらないだろう。自業自得とはいえ、呪いによって野獣の姿に変えられてしまった王子様が、ベルという女子との出会いによって、真実の愛に目覚め、人間の姿を取り戻すお話である。はっきり言って、現代に生きる我々が、超客観的にこの物語を見聞すると、かなり突っ込みどころは多い。また、そりゃねえべ、と言いたくなるような展開であることも、認めざるを得ないだろう。
 だけどですね、いいんですよ、そんなことは。
 いつもどうでもいい文句ばっかり言っているわたしが、そんなことをいうのも非常にアレですが、そんな現実的な突っ込みをして、ドヤ顔してる野郎がもし身近にいたら、そんな時は「あはは、そうだね~」とでもテキトーな相槌を打って、二度とそいつに近づかない方がいいと思う。そういう手合いは、ほぼ間違いなく、つまらん男だと思います。
 この映画は、美女と野獣の二人を眺め、その歌にうっとりし、作品世界に浸るのが正しい姿だとわたしは思う。とにかく各キャラクターがとてもいいんだな。というわけで、今回はキャラまとめをしておこうと思う。なお、わたしは初回としては当然字幕版で観た。だって、Emmaちゃんの歌声を聞かなきゃ、意味ないっショ。しかしながら、近年のディズニー作品は、日本語吹き替えにも力が入っており、今回も野獣をミュージカル界のプリンスの一人、山崎育三郎氏が担当する気合の入れようなので、わたしはこのBlogで何度も書いている通り、ミュージカルが大好きな男としては、日本語版も観たいと思っている。さてと。それじゃまとめてみるか。
 ◆ベル
 主人公の女子。読書が大好きで、村では「変わり者」だと思われている。村でお父さんと二人暮らし。アニメ版ではそのあたりの説明はほぼないが、今回はお母さんを幼少期に無くしていて、当時パリに住んでいたことも明かされた。パリに行ってみたいとずっと思っている。もちろん美人。今回ベルを演じたのは前述のとおりEmma Watsonちゃん。うおっと!マジか!もう27歳だって。なんてこった……あのハーマイオニーがアラサー女子か……。今回は歌が多いのだが、はっきり言って、超うまい、というレベルではない、けれど、超頑張っているというか、全く問題なしの歌唱力であった。実際素晴らしかったと思う。今回、ベルが野獣の城に囚われる理由も明確だったのが新鮮。アニメ版とちょっと違ってました。おまけに脱走しようとしたり、意外とアクティブ。そういうシーンってアニメ版にあったっけ? まあとにかく、はじける笑顔が最高ですよ。
  ◆野獣
 元々は、贅沢三昧のお坊ちゃんだったが、城にやってきた老婆を冷たくあしらったことで、その老婆=魔女の怒りを買ってしまい、呪いにかけられる(※ここで無粋なツッコミは禁止です)。アニメ版では四足歩行するシーンもあったような気がするけど、今回はずっと立ってましたな。とにかく、野獣の毛の質感が凄く、非常にモフモフ感があって素晴らしい出来栄えです。そう、野獣をはじめとして、お城なんかもどこまでがセットでどこまでCGなんだかもうさっぱり区別がつかないさすがのDISNEYクオリティが半端ない。野獣もあれはほぼCGだよな? 実物なのかな?? さっぱりわからんけれど、顔の毛の質感はすごいし、あと、わたしは猫の鼻が大好きで、毎日我が家の宇宙一可愛いお猫様の冷たくしっとりした鼻をぐりぐりと頬擦りする変態なんですが、今回の野獣の鼻も、超触りたくなるような、実にネコ科系の鼻でした。そして、演じたのはDan Stevens氏。正直わたしはよく知らない人で、どうやらわたしが観たことのある作品は、偶然両方ともこのBlogでレビューを書いた『誘拐の掟』『靴職人と魔法のミシン』の2本だけでした。この人も、歌はそれほど超うまい、というわけではないけれど、それでもやっぱり大変よかったと思う。人間化した時のイケメンぶりはなかなかでした。
 ◆ガストン
 村のイケメン。アニメ版ではなんか狩人的な乱暴者のような感じだったけれど、今回は従軍経験ありのもうちょいスマートなイケメンでした。演じたのがLuke Evans氏なのですが、まあカッコいいすね。アニメ版では最初からかなり悪党感があったけれど、今回は登場時はさわやかイケメンでそれほど悪党ではなかったのに、なんか途中から急にブチ切れたり、ちょっと変わってましたね。なお、Luke氏は、わたし的には今回歌が一番うまかったような気がします。なかなかの美声で、非常にカッコよかったす。歌は。ちなみにLuke氏はLGBTの方で、カミングアウト済みなのは有名だと思うのだが、今回は、手下のル・フウというキャラがやけにガストン大好き的な空気を出していて、はっきり言ってちょっとアレだと思った。その設定は別に必要なかったのでは……。ま、メリケン国は差別してませんアピールが必要な国だからな……。ちなみに、そのル・フウを演じたのは、Josh Gad氏で、彼は『アナ雪』のオラフの声でおなじみですな。
 ◆モーリス
 ベルのお父さん。アニメ版では村の発明家で変わり者、的なキャラだったと思うが、今回は、ありゃなんだろう……美術工芸職人かな、オルゴールを製作(修理)したり、絵も描いたり、みたいな人になってました。さらに今回は、その品を納品するために旅に出たときに野獣の城に迷い込み、帰りに薔薇をベルのために買ってくる約束をしてたことを思い出して、城の庭に咲く薔薇を摘んでしまい、野獣に泥棒野郎め!と囚われることに。演じたのはベテランのKevin Kline氏。この人の作品はいっぱい観てるなあ……そうそう、さっきWikiで初めて知ったけれど、この人、我々40台のおっさんの青春のアイドル、Phoebe Catesさんの旦那ですって。年の差16歳ですと。 
 ◆ルミエール
 3本のろうそくの灯る燭台に変身させられてしまった元・お城の使用人。主人思いでありベルにも優しく接するナイスキャラ。なんと演じたのは、マスター・オビ=ワンでおなじみのEwan McGregor氏ですよ。わたし的にはこの人が歌えるとは大変驚いた。しかも全然問題なしの歌唱力! いいじゃないすか! と大変わたしは称賛したいと思います。ラスト、呪いが解けて人間化しても、メイクがすごいので、Ewan氏に見えないのがちょっと笑っちゃった。誰だよ!みたいな。
 ◆コグスワース
 同じく、時計に変身させられてしまった元・執事のおじいちゃん。執事だけあって御主人派で、何かと細かい。けど、ルミエールとのナイスコンビネーションは実にイイ。演じたのは、ガンダルフあるいはマグニートでおなじみのSir Ian McKellen氏77歳。このお方もLGBTで有名ですが、まあ関係ないすね。Ianおじいちゃんも歌えて驚きです。ラストで人間化した時、これまたすごいメイクなんだけど、この人はすくにIan氏だと見分けられます。
 ◆ポット夫人
 同じく、ティーポットに変身させられてしまった元・お城のメイド長。息子のチップも同じくティーカップに。アニメ同様、チップはちょっと飲み口が欠けてます。で、ポット夫人を演じたのはイギリスが誇る名女優Emma Thompson女史。今回、あの有名なベルと野獣の二人きりの舞踏会で名曲「Beauty and the Beast」を歌ってくれたのはポット婦人でした。これって……アニメもそうだったっけ?

 とまあ、メインどころはこんな感じでしょうか。
 実は……今回はもう書くことがないんすよね……冒頭に書いた通り、物語の感想を書こうにも、つまらんことしか書けないんすよね……いちいち、あれって変じゃね? みたいに突っ込んでも無粋なだけなので 、やめときました。

 なので、もうさっさと結論。 
 25年前にアニメ版にほれ込み、何度も観た『BEAUTY AND THE BEAST』。最新CGを駆使した実写版がやっと日本でも公開されたので、早速初日の今日、観てきたわけだが、まず、期待通りの大変素晴らしい出来てあったことは間違いない。わたしのアニメ版記憶よりも歌が増えているような印象だが、正確なところは調べてないのでわかりません。そしてキャストたちの歌も大変上等。映像ももちろん、世界最高峰のDISNEYクオリティであり、まあ、観ない理由はないすね。わたしは大満足です。大変すばらしかった。あんなのお子様向けだ、なんて思っている大人でも、十分楽しめるとわたしは思うのだが、もし観に行って、つまんねえ、なんて言っている男が身近にいたら、なるべくそいつとは距離を置いた方がいいと思いますよ。 いや、そりゃあ、物語的にはアレなのは認めますよ、ええ。でもね、いいんだよそれで。だって、おとぎ話なんだから! 以上。

↓ 一応、WOWOW録画して保存してあります。明日また、久々に観るかな……。

 昨日の夜も、WOWOWで録画したはいいけれど、そのままほったらかしで観ていない映画を観ることにした。正直に告白すると、そういう映画が50本ぐらいあって、その中から何を観るか、というのは全く基準がなく、ごくテキトーに選ぶのだが、ひとつ、去年の10月に録画した映画で、気になっていたものを見ることにした。
 日本公開時のタイトルは『パパが遺した物語』。原題を『Fathers & Daughters』というこの作品は、日本では2015年の10月の公開で、わたしとしては主演のAmanda Seyfriedちゃんが大好きなので、公開当時結構気になってはいたもののあっさりと見損なってしまい、そしてWOWOW放送があって録画したものの、すっかり後で観ようリストに入れられてしまった、なぜだか若干縁のない映画なのだが、観てみて、ああ、やっぱりさっさと観とけばよかったぜ……と、相変わらずのわたしの見る目のなさにがっかりすることになったのである。結論から言うと、絶賛というわけではないけれど、とりわけ子役の演技が素晴らしく、そしてカーペンターズの名曲『Close to You』が大変心にしみてグッとくるいいお話であった。あなたのそばにいたい(Close to you)。この歌詞がとてもぴったりな、父と娘の愛があふれた映画で、そういう意味ではおっさん向けといっていいような気がします。

 まあ、大体のところは上記予告のとおりである。ただ、時系列が若干乱れているので、ちょっとだけ物語をまとめておこう。物語は25年前の交通事故から始まる。小説家のジェイクは、娘を「オレの可愛いポテトチップ!」と呼ぶ娘大好きなパパ。そして娘のケイティも、パパが大好きでもう大変な甘えっ子なわけだが、ある日、車で移動中にパパとママはちょっとしたことから口論になってしまい、よそ見運転?で事故を起こしてしまう。その事故でママは死去、パパも脳に重大な障害を受け、命は助かったものの後遺症に悩み、うつも患ってパパは7か月入院することになってしまう。残されたケイティは、ママの姉、すなわちおばさん夫婦の超リッチな家庭で過ごすが、やっと退院してきたパパのもとにダッシュで駆けつけるほど、パパっ子な可愛い娘だった。そしてこれ以降、25年後の現代と、事故以降のパパとの当時の生活が交互に語られる形式になる。
 現代では、大人になったケイティは心理学を学ぶ学生で、ソーシャルワーカーとして、心に傷を負った子供のカウンセラーをしている。そして本人も、大好きなパパを亡くすことで心に深い傷を負い、私が愛する人はみんな死んでしまう、的な思いに囚われ、人を愛せない、けれど心の隙間を埋めるために誰とでもヤるSEX依存症的な状態にある。そして回想では、後遺症が完治せず、苦労しながらも作品を書くが売れず、リッチなおば夫婦がケイティを引き取るとか言い出して裁判になったり金に苦しむ中、ある日、父と娘のお話を書くことにするパパだったがーーてな展開である。
 この映画の見どころは、やはり役者たちの熱演だろうと思う。回想編・現代編ともに、それぞれとてもいい芝居ぶりで、とにかく過去編のパパとケイティ、そして現代編の大人になったケイティと心に傷を負った少女、この4人が大変すばらしいのである。
 まず、過去編の方だが、パパを演じたのは、オスカー俳優Russel Crowe氏である。この人はまあ結構おっかない顔をしていると思うし、実際すぐカッとなる性格のようだが、本作ではもう、娘が好きで好きでたまらないベタ甘パパを大変繊細に演じきっていたと思う。ちなみになんで娘を「ポテトチップ」と呼ぶのか、まったく謎で謂れは説明されません。まあ、愛する人を「蜂蜜(Honey)」だの「甘いの(Sweety)」だのと呼ぶのがメリケン人なので、ポテチはしょっぱいので全く謎ですが、雰囲気は大変よく伝わりました。要するにいつもそばにあってほしい、食べちゃいたいほど大好きなもの、ってことなんでしょうな。ポテトチップ……わたしは大変気に入ったっす。
 そして過去編でそのポテトチップこと愛するケイティを演じたのが、2004年テキサス生まれのKylie Rogersちゃん。この時10歳ぐらいなのかな。まあ、これがまた可愛い娘さんでしてなあ、おっさんなら誰しもがほほを緩める美少女でしたね。あと7~8年もすれば、相当な美女になると思われる逸材ですよ。大変すばらしい演技で、実にお見事でありました。結構順調にキャリアを積んでいるようで、今後も出演作があるみたいですな。名前を憶えておきたいと思う。
 そして現代編で、大人となったケイティを演じたのが、目が大きい美女としておなじみのAmanda Seyfriedちゃんである。まあ、相変わらずの可愛さですな。そして、子役のKylieちゃんが大人になるとこうなる、という面影がすげえ残ってるんすよね。ああ、Amandaちゃんももう31歳か……。しかし、この映画でわたしが唯一、これは……と思ったのは、この現代編でのケイティの設定だ。ズバリ、SEX依存症という設定は必要だったのか……いらなかったような……もうちょっと別の描き方があったような気がしてならない。でも、カウンセラーとして対峙する少女との交流の様は、とてもいい演技でしたね。まるで自分がパパから愛されていた時のようにその少女に愛情をもって接するわけで、それが過去編との対比をもって描かれていて、非常にグッとくるものがあった。自分が自転車に初めて乗れた日、パパが「That's My Girl! Go!Faster!(それでこそオレの娘だ!行け!もっと速く!)」とはしゃいでくれた思い出。その思い出のまま、今度は自分が面倒を見た少女が自転車に乗れて、全く自分も同じことを叫ぶあのシーンは、あの日のパパの気持ちがしっかり理解できた瞬間だろうと思う。あそこのAmandaちゃんのはじける笑顔は実に可愛かったすね。
 そして現代編で、大人ケイティが担当することになった少女を演じたのが、2003年生まれのQuvenzhane Wallisちゃんである。彼女はデビュー作『ハッシュパピー~バスタブの少女』で弱冠9歳にしてアカデミー主演女優賞にノミネートされて注目されたあの子です。その後ミュージカルの名作『ANNIE』でも主役を務め、大変立派なキャリアを築き上げているこれまた逸材だ。今回は、売春婦の母を亡くし、ろくでなしの父親も麻薬の過剰摂取で亡くし、と過酷な目にあって言葉を発しなくなった少女を大変見事に演じていたと思う。この子と大人ケイティの心の交流が大変グッときましたなあ。
 あともう一人だけ。過去編で、作家であるパパのエージェントを演じたのが、なんとお久しぶりのJane Fonda女史であった。わたし的には超久々にスクリーンでお目にかかりましたな。現在79歳だそうで、見た目には全くそんな年には見えず、大変若々しいお姿でした。この映画に出ていることを知らなかったし、観終わってエンドクレジットでその名を見るまで、全く気が付かなかったというか、びっくりしました。

 というわけで、わたしとしては大変気に入った作品なのだが、残念ながら世の評価は結構低いようで、RottenTomatoesMetacriticでは残念なポイントになっている。また、興行面でも、US国内でほぼ公開されなかったのかな、全然データがない。ただ、IMDbのレーティングは7.1/10なので、それほど悪くない。これはどういうことなのかよくわからないけど、ほとんどの人が観てない、けど、観た人はそれなりに気に入った、ということなのかもしれないな。まあ確かに、脚本的にちょっと過去と現在が交差する描き方は、悪くはないけれどもう少し整理が必要だったのかもしれないし、現代のケイティのSEX依存もちょっとそぐわなかったのかもしれないすね。

 というわけで、さっさと結論。
 観ようと思ってずっと放置していた『Fathers & Daughters』(邦題:パパの遺した物語)は、観てみたら結構良かった。とにかくパパと娘の愛情たっぷりな作品であり、その愛が強かったゆえに、パパを亡くして心を閉ざしかけた女子が、パパの想いを抱きながら、再び前に歩みだすという、こうして書くとありがちな物語ではあるけれど、なんといっても役者陣の演技は大変すばらしく、わたしは気に入りました。万人にお勧めかというとそれほどでもないけれど、娘を持つおっさんにはアリ、だと思います。わたしに娘はいませんが。以上。

↓ なるほど、Amazonレビューも4つ星か。まずまず、な評価なんすかね、要するに。




 もはやお約束だが、わたしの記憶力は年々低下の一途をたどり、本当にこれはもう病気なんじゃねえだろうか、と大変自分が心配でならないのが、40代後半となってしまったわたしの現状である。なので、なるべくせっせと記録を残そう、というつもりでこのBlogも存在しているわけだが、昨日の夜、これまた例によって例のごとく、何もすることがなくもう寝るしかねえな、という想いを抱いたのが20時半ごろで、この時間に寝てしまうのも老人めいているし、じゃ、映画でも見よう、とHDD内の一覧を見てみたところ、つい数日前に、『MAGGIE』(邦題はそのまま「マギー」)なる映画が録画されているのを発見した。全く記憶にないそのタイトルに、わたしは冒頭に記したように、オレはもう病気なんじゃねえかと深刻に疑ったわけだが、ま、とりあえず再生を開始してみた。
 すると、再生2分で、あ、これか、そうか、やっとWOWOWで放送されたんだ、と、この映画のことを思い出した。
 というわけで、『MAGGIE』という作品は、↓こんな映画である。

 わたしはこの映画の予告をだいぶ前にUS版で観て、これはまた、なかなかすげえというかシブイのが来たな、と思っていたのだが、そのまま忘却の彼方に埋もれ、日本で公開されたことすら気が付かなかった。どうやらUS公開が2015年の5月で、おそらくその前後にわたしはUS版予告を観たのだと思う。そして日本では2016年2月にごく小規模ながら劇場公開されていたらしい。へえ~。全然知らんかった。
 で。物語は、ほぼ上記予告から想像できる通りである。以下結末まで書くのでネタバレが困る人は読まないでください。
 THE NECROAMBULIST VIRUS(字幕では「腐歩病ウィルス」と訳されてた)なるものが蔓延し、感染者を隔離することで、かろうじて文明は保たれているが、街中には感染者として末期症状のゾンビが徘徊しており、極めて危険な状況に陥っている。そんな中、娘のマギーが感染してしまった主人公は、果たしてマギーを隔離所へ引き渡すことができるのか、あるいは、自らの手でゾンビと化したマギーを殺すことができるのか? そんなある意味究極の選択に立たされた男のお話である。
 この物語において、わたしが面白いと思ったのは、感染者が「徐々に」ゾンビ化していくという点であろう。どうやらゾンビに噛みつかれるとそこから「腐歩病ウィルス」に感染するようだが、噛まれて即座にゾンビになるわけではなく、実にゆっくりと、少しずつゾンビになっていくのだ。
 そのゆっくりぶりが、主人公にとっては非常につらいわけで、治療の可能性がなく、噛まれた時点でもうアウトなのに、まだ意思疎通もできるしまったく人間性を失っていないマギーを、放っておけるわけがない。しかし、「その時」は確実に近づいているわけでーーーてなお話である。
 どうやらこの映画、RottenTomatoesでもMetacriticでも、評価としては残念ながら低い。また興行面でもどうやらUS国内ではごく小規模上映しかなされず、まったく売れなかったようだなのだが、わたしの結論をズバリ言うと、結構面白かったと思う。そして、やっぱり見どころは、やけにくたびれたおっさんを演じたArnold Schwarzenegger氏と、ゾンビ化してしまう娘を演じたAbigail Breslin嬢の魂のこもった熱演であろう。いいじゃないの、とわたしは大層気に入ったのである。
 まず、悩めるお父さんを好演したSchwarzenegger氏は、現在もうすでに69歳という年齢になってしまったわけだけど、まあ、苦悩が顔ににじみ出ているというか、とても味がありますよ。また、娘マギーを演じたAbigail嬢も、複雑な役を見事に演じきったと思う。
 ただ、本作は、いわゆる「THE BLACK LIST」(=ハリウッドが注目するまだ製作の決まっていない脚本のランキング)の2011年版に載った脚本なのだが、わたしとしては以下の2点において、若干微妙だなあ……と思った点がある。
 1)マギーよ、お前なんで感染したんだ……
 マギーは、どうやら一時家出していたらしく、危ないと外出禁止令も出されているのに、のこのこ街へ出かけて噛まれてしまったようなのだが、その家出の理由は、明確には示されない。どうやら母は既に(ウィルス拡散以前に)亡くなっていて、継母と父との間にできた二人の幼い弟と妹がいるのだが、その関係は表面上は全く問題ないけれど、どうも、マギーの心中は、思春期の少女にありがちな複雑なもので、家出の背景にはそういう感情があるようだ。ーーてなことを感じさせるのだが、それを感じさせるのはあくまでAbigail嬢の演技が素晴らしいからであって、脚本的には非常にあいまいというか、明確ではなく、なんとも雰囲気重視で微妙であった。
 2)最終的な結末の微妙さ
 本作のエンディングをズバリ書いてしまうと、父はどうしてもマギーを殺すことはできず、自らマギーに殺されることを願う、が、わずかに残った人間の心で、マギーは父の額にそっとキスし、一人、自ら命を絶つ、という実に悲しいエンディングであった。しかし、このエンディングも、あくまでSchwarzenegger氏とAbigail嬢の演技が大変すばらしいからこそ美しいのだが、物語としてはかなり微妙なエンディングだ。お父さんよ、あんたは食べられちゃえば済む話かもしれないけど、その後凶暴なゾンビになっちゃったマギーをほっといていいのかという気がするし、一方でマギーの自殺の方法も、映像として美しいけれど、微妙に説得力がない。ゾンビなんだから、あれで死ぬとは思えないというか……うーん……とにかく、脚本がちょっとアレですよ、これは。
 おそらくはそういった微妙な点が、US国内での低評価に影響しているのだと思うが、何度も言う通り、二人の演技ぶりは大変すばらしかった。ま、Schwarzenegger氏はもういまさら説明する必要はないと思うので、Abigail嬢に関してだけ、少しメモを残しておこう。この方は、若干10歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされた実力派である。わたしはその作品『Little Miss Sunshine』は見てないんだよなあ……ま、写真を探してみると、大変かわいいちびっこである。しかし、それからこの映画が作られるまでに9年が経過しているわけだが、現在のAbigail嬢は……ええ、ズバリ言おう、全く可愛くない。強いて言うならブサカワであろう。なので、わたしは全く彼女が何者か気が付かなかったのだが、実はAbigail嬢は、結構多くの作品に出演していて、わたしが驚いたのは、かの珍作で名高いM・Night Shyamalan監督の『SIGNS』に出てきたあのちびっこですよ。当時5歳か。そして、先日アカデミー主演女優賞を受賞したわたしの大好きなEmma Stoneちゃんと共演した『ZOMBIELAND』のあのおませなチビ、リトルロックを演じたのもAbigail嬢であった。当時11歳か? 全然気が付かなかったわ……。まあ、すっかり成長して、残念ながら美女?にはならなかったAbigail嬢だが、演技は本当にしっかりしていて、ラスト、父の額にキスするシーンはかなりグッときましたね。素晴らしい演技だったとわたしとしては称賛したいと思う。
 最後。監督について。監督は、Henry Hobson氏という男で、年齢はわからないけれどまだ若いみたいですな。ほぼ長編映画の経験はないようだが、グラフィックデザイナーとしてのキャリアの方が多いみたいですな。映画やゲームのタイトルデザイナーとしての仕事が結構多いみたい。本作の演出ぶりは、若干微妙だとわたしは判定した。妙なピンボケショットや顔や手など一部分のクローズアップが多い印象で、正直、シャレオツ系・雰囲気系な演出家とお見受けした。だからダメとは言わないが、もうちょっとシャープな方がわたしの好みであると思うけれど、ややぼんやりとした映像は、本作をなんとなくファンタジックな世界観に仕立てあげているとも言えそうな気がしますね。
 しかし……愛する人が死の運命にとらわれてしまったら……おまけに正気をなくしたゾンビになっちゃったら……まあつらいお話ですよ。わたしも引き金を引けたかどうか、相当怪しいわけで、そう共感させてくれたのも、Schwarzenegger氏とAbigail嬢の演技の素晴らしさゆえ、というわけであろうと思うことにします。

 というわけで、結論。
 WOWOWを録画してみた『MAGGIE』という作品は、確かに総合的には微妙作と言わざるを得ないけれど、主演の二人の演技は実に素晴らしく確かなもので、そこまで酷評しなくてもいいじゃん、とわたしには思える作品であった。わるくないじゃん。それがわたしの結論である。以上。

↓ この時のAbigail嬢は大変可愛かった……という記憶があるので、また見てみようかな。確かBlu-rayに焼いて保存してたはず……。
ゾンビランド (字幕版)
ウディ・ハレルソン
2013-11-26

 昨日の夜、19時くらいに家に帰って、飯食って風呂に入り、20時くらいになったところで、もはや何もすることがなく、読む本はあるけどなんとなく本を読む気になれず、一体全体、わが生命活動は何のために機能しているのだろうか、と深刻な謎にぶち当たり、こうして生きていることを含め、何もかもがどうでもよくなったわたしだが、そういう時は映画を観るに限るので、最近どんなのをWOWOWで録画したっけ……と、さっそくHDD内を捜索してみた。
 すると、まあ録画したはいいが、ホントにオレ、これらを全部観るのだろうか……?  という完全に自らの行動を否定する思いにとらわれたわけだが、またHDDの整理しねえとな……というため息とともにスクロールしていくと、一つの映画のタイトルに目が留まった。そのタイトルは、『しあわせへの回り道』というもので、どんな映画か全く記憶にない。タイトルから想像できる物語は、おそらくは中高年を主人公として、きっと生き急いだ人生を顧みて、回り道したっていいじゃない、的な人生に気づいてめでたしめでたしであろう、というものであった。もちろんそれはわたしの完全なる予断であって、実際はわからない。とりあえず、なんでこれを録画しようとしたんだっけな? という謎を解くべく、まずは再生ボタンを押して観はじめてみた。その結果、ほぼ最初の数分で謎が解けた。この作品は、映画館で予告を観て、ふーん、面白そうかも、と思った作品だったことを思い出した。
 主役?は、イギリスが誇る名優Sir Ben Kingsley氏。元々はRoyal Shakespeare Companyで活躍していたが、映画ではほぼデビュー作の『GANDHI』において、タイトルロールのマハトマ・ガンジー氏を演じていきなりアカデミー主演男優賞を受賞し、以来数々の作品に出演している大ベテランだ。その彼が、たぶん超久しぶりにインド人役を演じた作品で、彼扮するインド人タクシードライバーが、アメリカ人中年女性に運転を教える映画だ。
 ああ、これか、というわけで、わたしは本格的に視聴を始めたのである。

 まあ、上記予告でその雰囲気は分かると思うが、実際のところ、わたしの予断はおおよそのところは合っていた。そして、すげえ感動したとか、超面白かった、というわけではないし、それなりにツッコミどころはあるのは確かなのだが、結論としてはまあまあ面白かったと思う。
 まずどんな物語かざっとまとめてみると、たしか50代(正確な年齢は忘れた)の主人公、ウェンディは売れっ子の女流書評家としてそれなりに上流な生活を送っていたのだが、ある日突然、夫から離婚を切り出される。夫曰く、君は俺より本が大事なんでしょ、俺がいなくても全く平気だし、俺もさっさと(浮気相手の)若い女とヤリまくりたいから別れようぜ、というなかなかヒドイ理由であった。勿論納得のいかないウェンディは、泣き・怒り・悲しみ、と激しい反応を示すが、残念ながら夫サイドは取り付く島もなく、離婚協議へまっしぐら。そんなしょんぼりな状態のウェンディは、夫に離婚を切り出された日に乗ったタクシーに忘れ物をしてしまうが、ドライバーは律儀にそれを翌日届けてくれる。ふと見ると、そのドライバーは、日中はドライビングスクールの先生として働いているようで、名刺をもらい、はたと、そうだ、運転を習ってみようかしら、と思いつく。というのも、ウェンディはマンハッタンのアッパー・ウェスト(ええと、セントラルパークの左側、すね)に暮らしており、これまでまったく車が必要になることがなかったため、免許を持っていなかったのだ。折しも娘は大学を休学して遠く離れた農場で働いている。いままでは、夫が運転担当だったけれど、いっちょ、娘の下に、自分が運転して行ってみようかしら、てなことである。そして、律儀なインド人ドライバーに運転を習ううちに、これまでの人生を振り返りながら、新しい道に向かって前進するのだった……的な物語である。そしてサイドでは、インド人ドライバーのこれまでの過酷だった人生や今の生活ぶりが描かれ、二人の心の交流が描かれていく、とまあそんな映画である。ええと、結構テキトーなまとめです。
 こんな物語なので、ウェンディサイドのお話と、インド人サイドのお話があるわけだが、わたしはやっぱり、Sir Kingsley氏の演じるインド人の物語に非常に興味を持った。ダルワーンという名の彼は、元々インドで大学教授として教鞭をとっていたのだが、シク教徒であり、かつてインドにおいて政治的弾圧が激しかった時に両親を殺され、自身はアメリカに政治亡命してきた過去があり、現在はれっきとしたUS-Citizenである。だけど、シク教徒はターバンが戒律上の義務なのでやたらと目立ち、US国内でも差別はあまり前のように受けてきたのだが、そんなひどい状況でも、教養ある男として法を守り真面目に生きてきた、というキャラである。そんな彼が、運転が怖くてたまらないウェンディに、「止まるな。アクセルを踏むんだ。そして前へ進め」と辛抱強く教えることで、ウェンディは運転も何とかできるようになり、さらには、人生も前へ進むに至る、とまあ、非常に美しい展開となる。なので、観ていて不快なところはほぼなく、大変気持ちの良い映画、であった。
 なお、本作は、「The New Yorker」誌上に2002年に掲載されたエッセイが原作となっているそうで、原作は小説ではなく、エッセイストの体験談なんだそうだ。へえ~。
 わたしとしては、一番の見どころは、この脚本にほれ込んだというウェンディ役のPatricia Clarkson女史と、元インド人のダルワーンを演じたSir Kngsley氏、この二人の演技の素晴らしさだろうと思う。二人とも、大変素晴らしい芝居ぶりで、とても好感が持てた。まず、Patriciaさんは、現在57歳だそうだが、たいへんお綺麗で、落ち込みまくって髪ぼさぼさでも、何となく品があるし、決めるおしゃれな服装もよく似合っているし、また、免許試験合格の時のはじける笑顔も大変良い。きっと若いころはかわいい女子だったんだろうな、という面影は十分感じられる。キャリアとしてはもちろん大ベテランで、わたしははっきり言ってこの方を全然覚えていないのだが、今さっきWikiを見たら、わたしはこの方の出演している映画を10本以上観ているようで、なんともわたしの情けない記憶力に失望である。最近では、日本で全く売れなかった『The Maze Runner』シリーズにも出てたみたい。オレ……ちゃんと観てるんだけどなあ……くそう。
 そして一方のSir Kingsleyは、もう相当な数の作品でわたしも見ているが、この人はイギリス人であり、当然Queen's Englishが母国語なのに、本作では非常に訛りの強い、いわゆるヒンディッシュで、とてもそれが、日本人的には聞き取りやすいというか、特徴ある英語をしゃべっていて、やっぱ芸達者ですなあ、と変なところがわたしの印象に強く残った。キャラクター的にも、大変良かったと思います。あ、そうだ、もう一人、わたしの知っている役者が出てました。ええと、ちょっと前に観て、このBlogにも感想を書いた、Tom Hanks氏主演の『A Hologram for the King』(邦題:王様のためのホログラム)でに出てきた女医さんを演じたSarita Choudhuryさんが、今回はダルワーンと結婚するためにはるばるインドからやってくる女性として出演されてました。この方は大変特徴ある顔なので、すぐわかったっす。そして顔、で言うと、この顔は誰かに似てるんだよな……と非常に気になったのが、ウェンディの娘として登場する若い女子で、さっきなんていう女優なんだろう、と調べたら、名をGrace Gummerさんと言い、な、なんと、大御所Meryl Streepさんの娘だよ! 確かに! 確かに顔が似てるかも! 娘が役者をやってるなんて全然知らなかったわ。
 最後、監督について記して終わりにしよう。監督は、スペイン人のIsabel Coixetという女流監督で現在54歳だそうだ。わたしも観た有名な作品としては、『My Life without Me』(邦題:死ぬまでにしたい10のこと)かな。他にも有名な作品があるけれど、わたしが観たことあるのはその1本だけみたい。画面がとても明るい光にあふれてるのが特徴かも。とても明るい(雰囲気の話じゃなくて、物理的に光量が多い)映像で、そんな点も、作品全体の雰囲気には合っていたような気もします。

 というわけで、結論。
 たまたまWOWOWで放送されたのを録画して観てみた映画、『Learning to Drive』(邦題:しあわせへの回り道)は、その邦題が非常に安直というか、それっぽすぎて若干アレですが、お話としては、まあその甘い日本語タイトルから想像できるような、いいお話でありました。激烈に感動したとか超おすすめ、というつもりは全くないけれど、ま、嫌いじゃないぜ、こういうお話も。こういう作品をぼんやり観て過ごす時間も、悪くないと思います。以上。

↓ 懐かしい……中学生だったと思います。今はなき有楽座という、現在日比谷シャンテがある場所に存在したデカイ映画館で観ましたなあ……チャリをぶっ飛ばして観に行ったような気がする……。
ガンジー [Blu-ray]
ベン・キングズレー
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2010-04-16

 FPS、と聞いてすぐ意味が分かる日本人はどのぐらいいるだろう? 恐らく分からない人の方が多いのではなかろうか、と、いつもながら根拠なくそう思う。いわゆる、First Person Shooter、「一人称視点」のシューティングゲームのことなのだが、要するにプレイしている自分の視線でゲームを進めるもので、結果として自分の顔は見えない。もちろん背後から迫ってくる敵も、振り向かなければ見えない。そんな、ある種の臨場感あふれる映像なわけだが、先日わたしは、とある映画のことを知って、大変驚いた。なんと、ほぼ全編を「GO Pro」で撮影した、主人公の視点のみで展開するFPS映画なのである。ええと、Go Proって分かりますよね? 世界でおそらくは最大のシェアを誇る「ウェアラブル・カメラ」で、いわゆるアクション・カムと呼ばれる小型ビデオカメラだ。わたしもPanasonic製の4Kアクションカムを持っていて、 登山時などに頭にセットして、「わたしの見ている視線での映像」を撮影しているけれど、まあ、とにかく小型カメラのくせに異様にきれいな映像が撮影可能で、帰って来てから再生してみると気持ち悪いぐらいの面白映像が撮れているのである。
 そんな、完全一人称視点の映画が、『HARDCORE HENRY』という作品だ。なんでもロシアのロックバンドのBITING ELBOWSというグループのIlya Naishullerという男がGo Proで撮影した動画がYou Tube にアップされて話題となり、クラウドファンディングで資金を集め、ついでにその動画を観たTimur Bekmambetov監督が気に入ってプロデュースしたんだそうだ。
 まあ、上記でわたしが何を言っているかわからない人は、この予告を観れば、ははあ、そういうことか、と分かると思うので、さっそく見てみてください。

 どうですか、ご覧になりましたか? なかなかそそるでしょ。アイディア的に。
 わたしは、実はこの予告を観て、真っ先に、な、なんだってーーー!? と反応したのは、冒頭に出てくる美女についてだ。彼女は、現在わたしがイチオシのハリウッド女優、Haley Bennettちゃん30歳である。わたしは彼女の何ともいえないエロ可愛さにこのところぞっこんであり、Haleyちゃんがタイトミニ&白衣&ポニーテール、という最強三段活用で登場する映画なら、その時点で観ることは確実なのである。この予告だけでもHaleyちゃんのエロ可愛さは確認できるので、わたしの言いたいことは伝わると信じたい。
 というわけで、今日は4/1、ファーストデーで1100円でみられるし、わたしはすぐさま上映館を調べ観に行くことにした……のだが、これがまた、上映館が少ない! わたしは年間40本以上の映画を映画館で観ているが、その約90%ほどをTOHOシネマズで観ている。なのでわたしは真っ先にTOHOシネマズのWebサイトで調べたのだが、一切上映館がない。おおう、マジかよ……と思い、次に仕方がないので本作の公式Webサイトで上映館を調べてみたところ、こういう「変な映画」ばっかり上映することでお馴染みの、ヒューマントラスト渋谷や、エレベータが激込みになるので大嫌いな新宿バルト9など、都内でもそれなりに上映館があることは分かったのだが、こういう映画は妙に混んだりすることも多いし、雨だし、どっか、ガラガラで車が置ける郊外のシネコンがいいなあ……と思って、今日はうちから車で40分ほどぶっ飛ばしたところにある、Movix三郷へ行ってみることにした。朝の9時半からの上映を狙えば、より一層ガラガラであろう、との目論見から、一路、愛車をぶっ飛ばしてきた次第である。
 結論から言うと、Movix三郷はガラガラだったので文句はないのだが。映画については……まあ、一発ネタですな。つまらん、とは言わないけれど、こりゃあ超最高だぜ、とも思わない。とにかく血なまぐさすぎてもう完全に漫画、というかゲームそのものだ。FPSを実写でやるとこうなる、というのはよく分かった。たぶんこの映画は、CALL OF DUTYとかBattle Fieldとか、そういったFPSが大好きな人が観たら、超大喜びで大興奮するのだと思う。その映像はホントに物凄くて衝撃的とさえ言っていいだろう。しかしやっぱり、バタバタと人が血まみれで死んでいく様を観て、面白いと思う感覚はわたしには備わっていないようだ。まあ、安心したわ。自分に。
 物語としては、冒頭、予告でも描かれているように主人公「ヘンリー」が目覚めるところから始まるが、このあたりはまさしく『ROBOCOP』そのもので、加えてHaleyちゃんのエロさが随所に漂っており、極めて上物である。Haleryちゃんと言えば、去年の11月に観た『The Girl on the Train』や、今年の2月に観た『THE MAGNIFICENT SEVEN』でのやたらとフェロモンをまき散らしたお姿が記憶に新しいが、今回もかなり良かった。ちなみに、主人公は当然のことながら一切顔が分からない。誰が演じたのかも、一切わからない。エンドクレジットにも載っていない。(※忘れてたので追記:実は顔が映らないのに加えて、一切しゃべらない。それは、サイボーグ化されたヘンリーが目覚め、まずは音声発話の設定をしようとしたところで敵が攻めてきて、しゃべることができないのであります。この設定は非常にうまいと思う。しゃべってしまったら、一人称視点の設定が結構台無しになった可能性が高いと思うな)そんな、視線だけの主人公ヘンリーを、次々とサポートしてくれるジミーという謎の男がいて、あれっ? さっき盛大に死んだよな!? と思っても、なぜか次々現れる謎ジミーの指示に従って主人公は行動する物語になっていて(ちなみに後半でジミーはクローン技術を確立させていて、何人もいることが判明する)、そんな点もまさにゲームそのものだ。ここへ行ってアレを奪うんだ、みたいなミッションクリア型のゲームのようにストーリーは展開する。で、追い詰める悪役は、謎の念動力的な能力を持っていて、主人公を邪魔しまくり、最終決戦で見事ブッ殺されて終わり、である。そしてHaleyちゃん演じる美女も実は……というエンディングであった。そんな物語が、面白かったかと聞かれると、答えに困るな……。上にも書いた通り、血まみれすぎてわたしにはちょっと……厳しいっす。
 で、役者的には、Haleyちゃん以外に2人ほど有名役者が出ている。一人は、主人公を助ける謎の男ジミーを演じたSharlto Copley氏で、前述のようにとにかく何人も出てくるが、もちろん一人……何役だろう、6~7役かな、何人もの役を演じている。彼はアカデミー作品賞にもノミネートされたSF映画の傑作『DISTRICT 9』でもお馴染みですな。南アフリカ人ですね。そしてもう一人、主人公の父として、回想としてちらっと現れるのが、大ベテランのTim Ross氏。なんでこの映画に出演しようと思ったのか知らないが、ほんのチョイ役でも出てきてわたしはびっくりした。あと、監督は、冒頭にも記した通りロシア人のIlya Naishuller氏。有名なのかもしれないけどわたしは全然知らないす。ロックンローラーだそうで、確かに本作も、全編ノリのいい音楽が流れていて、ビートがはじける映画でありました。

 というわけで、短いけどさっさと結論。
 ふと観た予告で気になったので、わざわざ車を40分ほどぶっ飛ばして観てきた映画『HARDCORE HENRY』という作品だが、確かに映像は物凄い。しかし、この映像をたった数万円の超小型カメラで撮影できる時代なんだなというのが、わたしとしては驚きというか……いや、驚きじゃあないな、こういうことができることは知ってたし。でも、それで本当に96分もの映画を撮ってしまおう、というその発想が驚きであろう。それもまさかロシア人がやるってんだから、世界も変わったものですよ。こういうぶっ飛んだ発想は、日本人にはないでしょうなあ。まあ、物語としてはゲームそのもので、ハマれるかどうかは好み次第ですな。ま、当たり前か。わたしはちょっと胸焼けしそうです。ひどく血まみれ映画なので。そして最後にわたしが言いたいこと、それは、Haley Bennettちゃんは超エロ可愛くて最高です。白衣姿が超良かった。あとは眼鏡をかけていたらもう完璧だったんだけどなあ。その点だけ残念す。以上。

↓ 41,569円だって。わたしがアクションカムを買ったのはもう4年前だけど、そのころは「GOPro3」だったかな……GOProにするか悩んで、結局Panasonic製にしちゃいました。



 

 やれやれ。それが今のわたしの感想である。
 何の話かって? さきほど、地元シネコンにて『KONG:SKULL ISLAND』(邦題:キングコング:髑髏島の巨神)を観てきたのだが、その、なんとも言い難い嘆息を「やれやれ」の一言で表現してみた次第である。
 わたしはこの映画を観ながら、随所で実に中国っぽいな、と感じたのだが、どうしてそう思ったのかを考えてみるに、おそらくそれは、随所にみられる演出上の「わざとらしさ」がわたしにそう思わせたのだと思う。なんというか……はい、ここ笑うところですよー、と言わんばかりの妙な間があふれており、また、CGもCGとしてのクオリティは非常に高いのに、使い方がかなり、無茶があるというかありえない映像と言えばいいのかな、ホント、中国製の作品にありがちな映像で、観ているわたしは白けるばかりであった。あの……なんて言えばいいのかな……よくある例としては、弓矢とか弾丸が発射されて、その矢の視線(?)にギューーーンと寄って、ぐおーーーっと対象に向かっていくような、アレのことなんですが。ホント中華映画はアレが好きだよな……。せっかくB級感あふれるトンデモストーリーをハリウッドスター満載&ハリウッドクオリティの高品位CGで描く大作なのに、とにかく演出が悪い。実にチープである。
 しかし、そう思うのはわたしの偏見であろうことは十分承知している。すでにLEGENDARY PICTURESが中国資本に買収され、中華スタジオになった事実が、わたしにそういった偏見を植え付けたのであろうことは否定できないが、恐らく、この映画は、100%間違いなく中国向けの作品で、そのほかの地域での公開はどうでもいいと思っているに違いない、とわたしは感じた。とはいえ、それもまたわたしの偏見に違いなく、実のところ、既に公開中の中国以外の国でもそれなりにヒットしており(中国ではどうやら日本と同じ3/24公開らしい)、US国内でも1億ドル以上の立派な大ヒットだ。ま、こういうアトラクション・ムービーはやはり一定の需要があるんでしょうな。
 あともう一つ。のっけからわたしはヒドイことばかり書いているが、実は1点だけ、ほほう、ついに来るか、と観てよかったかも、と思う点があった。これは、エンドクレジットが全部終わった後の、おまけ映像である。この作品、最後の最後に、日本人的には観ておくべき映像が流れるので、明るくなるまで席を立ってはいけません。詳しくは後程書きます。
 というわけで、以下、ネタバレがかなりあると思います。

 ちょっといろいろポイントがあるので、めんどくさいから箇条書きでまとめてみよう。
 ◆物語について~「MONARCH:モナーク」ってなんぞ?
 本作の物語は、ほぼ上記予告の通りである。謎の島に棲む怪物を調査しに行く人々の顛末を描く、いわゆる立木ボイスがお似合いのB級映画である。この、日本語公式サイトのイラストなんて実に70~80年代風のモンスター映画を思い起こさせるような、非常に良い出来のイラストだ。なんでこんな、ある意味懐かしのビジュアルか。それは物語の舞台がベトナム戦争から米軍が撤退する1973年を舞台としているからだ。本作は冒頭はどうでもいい太平洋戦争時の米兵と日本兵が、撃墜されたゼロ戦とグラマン(ムスタングだっけ?)から問題の「髑髏島」にパラシュート降下で降りたち、二人が決闘まがいの戦いを繰り広げようとしたところで、いきなり「コング」が現れるとことから始まるのだが(=よって、本作はもうのっけからコングが登場する。じわじわ見せるような演出では全くない)、メインの時制は1973年ごろである。そしてその時期は、まさしくNASAによる人工衛星LANDSATが運用され始めたころで、LANDSATが撮影した、「存在が知られていなかった」南太平洋の島があることが発覚し、とある秘密組織の学者がその調査へ乗り出す。その、秘密組織がMONARCHだ。
 MONARCHと聞いてすぐにピンとくる人は、この映画を観に行くような人でどのぐらいいるのか分からないが、それはまさしく、2014年のGareth Edward監督による『GODZILLA』で登場した、あの組織である。ケン・ワタナベ氏演じる芹沢博士がMONARCHの一員だったか、もうさっぱり覚えていないが、要するに本作は、あの『GODZILLA』と世界観を共通としているのである。
 しかしながら、ここが、物語のポイントの一つであるにもかかわらず、実際のところ本作はそんな豆知識は全く必要ない。
 調査隊が髑髏島へ向かう→ついでにベトナムから帰還する前のヘリ部隊も護衛のために同行→そしてまたも上陸してすぐ、いきなりゴング登場、ほぼ壊滅→そして帰還のための迎えに来る部隊と合流するために島の北側へ向かう→途中でいろんなモンスター登場、バタバタ人が死ぬ→ただし主要キャストは助かる→そして実はコングは人間の味方で(理由は一切説明なし)、怪物たちと戦ってくれる→何とか助かる→終了。
 とまあ、こんな流れで、確かに映像的な見ごたえはあるものの、物語としては実に予想通りの展開で驚きは特になし、であった。もう、細かい突っ込みどころはどうでもいいので指摘しません。
 ◆やけに豪華な役者陣について4人だけ挙げておく
 まず、MONARCHの学者リーダーを演じたのが、John Goodman氏。まあ色々な作品に出演している大ベテランと言っていいだろう。最近ではわたしが酷評せざるを得なかった『10 Clover Field Lane』での若干キモい芝居ぶりが印象的ですが、本作でも世間的に変人と思われている学者役で、非常に存在感ある演技でした。なんでも、かつてMassive Unidentified Terrestrial Organism(=巨大未知生物=MUTO=ムート=「GOZILLA」に出てきたアレ)に襲われたことがあるという設定で(※追記:正確に言うと、『GODZILLA』で描かれた通り、ビキニ環礁での水爆実験は、ゴジラ討伐のためだったという設定があって、その時ゴジラに襲われたことがある、という設定なので、『GODZILLA』に出てきたムートにやられたわけでない、と思う。いずれにせよ、このキャラはゴジラを始めMUTOの存在を信じている)、そんな点もちょっとした『GODZILLA』つながりがあった。ちなみに、ラスト前でとある怪物に頭からガブリとやられて見事殉職。ガブリの演出がとにかくチープ。
 次に、ヘリ部隊の大佐として、いつも通りの怪しい男を演じたのがSamuel L Jackson御大。もうこの人映画に出すぎです……。本作でも相変わらずの御大で、若干狂ってる系軍人で、もちろん彼も見事殉職。あれっ、どういう殉職だったか覚えてないな。コングに思いっ切り踏んづけられるんだったかな?
 そしてMONARCHに雇われた、元イギリス陸軍特殊空挺隊(SAS)の傭兵男を演じたのが、宇宙一のだめんずロキ様でお馴染みのTom Hiddleston氏。ま、確かにイケメンですよ。でも、本作では、ほぼ何もしていないキャラで、何のために出てきたのか全く分からない謎キャラであった。いてもいなくても、物語には全く何の影響もなかったと思う。当然生還。
  最後。紅一点のヒロインで、女性カメラマンを演じたのが、去年アカデミー主演女優賞を獲得したBrle Larson嬢27歳。このヒロインも、事実上空気で、物語上の役割は特になし。一応、歴代キングコング映画と同様に、ヒロインとしてコングと気持ちが通じる的な描写はあります。勿論生還。
 なお、正確に言うと、もう一人中国人女子が出て来るので、紅一点ではないのだが、でもその中国女子も、とてもかわいいのだけれど、これまた全くのお飾りキャラなので、物語には一切関与せず。この時代のアメリカと中国の関係を考えると、ちょうどピンポン外交で関係緩和の方向だったけれど、まだ国交もないはずで、やっぱり不自然かも。ゴリ押しキャスティングでしょうな、きっと。
 とまあ、以上のように、役者陣は大変豪華と言っていいだろう。 他には、まったくどうでもいい、冒頭の日本兵を演じたのは、MIYAVI氏という日本のミュージシャンだそうだ。有名らしいけどわたしは知らないので、紹介は割愛。ちなみに、劇中での役名は、イカリ・グンペイというのだが、これは、Evaの碇シンジ君と、ゲームの世界で有名な、元任天堂の故横井軍平さんから取ったのだそうだ。全くどうでもいいネタですな。
  ◆そして結局一番の見どころは?
 冒頭に書いた通り、わたしとしては一番、おおっ!? と盛り上がったのは、エンドクレジット後のおまけ映像である。事件終結後、イケメン傭兵と美人写真家はMONARCHの本部に移送され尋問を受けるシーンがおまけとしてついているのだが、そこで、MONARCHが追う、コング以外の、かつて地球を支配していた「古生生物」がこの世界に存在することが告げられる。そしてその、「巨大未知生物」の壁画が見せられるのだが……それがまさしく「ゴジラ」「モスラ」「キングギドラ」の図なんですな。ここで、おお!と観客に思わせて、やっと映画は本当に終わる仕掛けになっています。まあ、子供だましと言えばそれまでですが、このおまけ映像だけは、日本人向けサービスだと思っていいと思う。一応、次の作品はゴジラVSキングコングらしいですが、まあ、どうなるんでしょうなあ……。
 ◆その他
 最後に、二つだけ記しておこう。監督に関しては良く知らない人で、Jordan Vogt-Roberts氏という方であった。ま、インディペンデント系で注目された人みたいですな。日本語Wikiはまだないみたい。おおっ!? なんてこった! この人の英語Wikiによれば、この監督の次回作は「メタルギア:ソリッド」となっているじゃないか! へえ~。パンフレットによると、日本のアニメ・ゲームが大好きなクソオタク野郎みたいですね。本作は、登場クリーチャーのデザインだったり、キャラの名前などにいろんな映画やアニメのオマージュ(笑)が詰め込まれているのだが、別にどうでもいいかな。わたしは特に何も感じないすね、そんなのには。
 あともう一つ。
 実はわたしがこの映画で一番評価したいのは、邦題である。いつも私は邦題に難癖をつけるクソオタクなのだが、今回の「髑髏島の巨神」というタイトルは実に素晴らしいと思っている。なんとも70年代なセンスで素晴らしいですよ。ちゃんと原題を踏まえているしね。本作はWarnerの配給だが、近年のWarnerはちゃんと日本を考えている姿勢がたいへん好ましいとわたしは常々思っており、FOXのダメマーケティングに比べると雲泥の差であると申し上げて、本稿を終わりにしたい。

 というわけで、どうでもよくなってきたので結論。
 『KONG:SKULL ISLAND』を観てきたのだが、まあ、なんだこりゃ、である。しかしそれは、予想通りのなんだこりゃ、であって、わたしには文句を言う資格はまったくない。だって、分かってて観に行ったんだから。しかしまあ、かなり中華風でしたな。せっかくの豪華キャストも高品位CGも、あまりに中華風味でわたしの口には合いませんでした。しかし……かつて日本が世界で存在感をぐいぐい上げていた時期に、こんなにもハリウッドに対して関与できただろうか? バブル期にはSONYだけじゃなくいろいろな企業がハリウッドに出資したのに、今やSONY以外に何にも残ってない。なんというか、今の中国は恐ろしいですな、その勢いが。とにかく人口が違いすぎるからなあ……。以上。

↓ さすがにこっちは観に行く気になりません。Matt Damon氏出演のトンデモ・チャイナ・ストーリー。


  

 わたしはこのBlogで何度も表明しているが、かなりの声フェチである。とりわけ、女子の、容姿とはギャップのある、ガラガラ声というか、低めの声が好きだ。そんなわたしが愛するハリウッドスターが、Jennifer Lawrence嬢である。まあ、彼女についてもこのBlogで何度も言及しているので今更詳しくは説明しないけれど、とにかく、彼女の声は極めてわたし好みで、ついでに言うと、やけにむっちりしたBODYも大変よろしい。1990年生まれでまだ26歳。すでに栄光のオスカーウィナーの座を手にし、全世界的にも人気の高い女優である。が、どういうわけかここ日本においては、映画は妙なガラパゴス的進化を遂げており、ハリウッド作品が全然売れなくなった今、どうもJenniferちゃんの人気はいまひとつなのかもしれない。人気というか、知名度的にも相当怪しいと思う。もちろん映画好きならそんなことはないと思うけれど、街の人々にアンケートでも取ったら、知らない人の方が断然多いのではなかろうか。
 わたしがそう思う根拠は、実際のところ無きに等しいのだが、2015年にUS公開された『JOY』という作品が日本では公開されなかったのがわたしはいまだにガッカリしている。この映画は、監督はJenniferちゃんにオスカーをもたらした『Silver Linings Playbook』(邦題はなんだっけ……「世界に一つのプレイブック」か)を撮ったDavid O Russell氏だし、 共演も、Bradley Cooper氏やRobert DeNiro氏なのに。まあ、実際『JOY』はUS興行で全然売れなかったし、評価としては微妙だったようだ。同じ監督共演陣の『American Hussle』も微妙作だったので、『JOY』が日本では売れない、と判定されてしまったのだろう。こういう見る目のないところが、またしても20th Century FOXのダメさ加減だが、ほんと、FOX JAPANはマーケティングセンスがゼロだとわたしとしては断罪したい。あれっ!『JOY』はちゃんとBlu-rayは発売されてるんだ!? しかも先月発売じゃん! なんだ、全然知らなかった! しかし……今どき売れるわけないのに……さっさとWOWOWで放送されることを祈ろう。どうせ、FOXもさっさと金にしたいだろうし、おそらく早晩放送されるとみた。早く観たいものですなあ……。
ジョイ 2枚組ブルーレイ&DVD(初回生産限定) [Blu-ray]
ジェニファー・ローレンス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2017-02-22

 さて。なんでこんなどうでもいいことを長々と書いたかというと、Jenniferちゃん主演の映画が去年US公開されて、これもまた日本で公開されねえのかなあ、とちょっと心配だったからである。しかし、今回はその心配は杞憂に終わり、無事、昨日から日本で公開されるに至ったのである。その映画のタイトルは、『PASSENGERS』。恒星間航行が一般化された未来、植民星へ120年の航海に出た宇宙船を舞台にした、バリバリのSF作品である。
 というわけで早速観てきたのだが、結論から先に言うと、映像と音響はとても素晴らしく、非常に気合の入った作品である、が、物語的にはちょっと意外な展開で、若干微妙かも? と思えるような作品であった。しかしそれでも、Jenniferちゃんと、その相手役Chris Pratt氏の演技ぶりは素晴らしく、わたしは結構楽しめました。ま、この映画に合わせてFOXが『JOY』のビデオ発売を決定したのは確定的に明らかで、そういう、人の褌で相撲を取る的なこすっからい点も、わたしのFOXに対する評価を下げるばかりである(ちなみに『PASSENGERS』はSONY作品、というかCOLUMBIA作品です)
 以下、どうしても決定的なネタバレを書かざるを得ないので、気になる人は即刻立ち去ってください。読む場合は自己責任でお願いします。

 物語はもう、上記予告の通りと言って差し支えないだろう。冷凍睡眠で120年の航海中の宇宙船内で、一人目覚めてしまった男。しかもまだ航海は90年続く。絶望的な孤独の中、さまざまな努力にもかかわらず、もはや再び冷凍催眠に戻れない。すなわち、船内で生涯を終えることが確定的というわけだ。しかしそんな中、もう一人、目を覚ました女性が現れ、しかもどうやら宇宙船にもなにやら異変が起きていて――てな展開を誰しもが予想するだろうし、わたしもそう予想していた。なので、問題は、なぜ目覚めてしまったのか、という点が一番のポイントなのだろう、と思っていたわけである。
 この、わたしによる完全なる予断は、およそ9割方は合っていた、のだが、わたしが全く予想外だったのは、2人目の女性の目覚めた原因である。ここから先はもう、本当に決定的なネタバレだけど、書かないと何も語れないので書いちゃいますが、なんと最初に目覚めた男が、あまりに寂しくてたまらず、眠れる美女に一目ぼれしてしまい、自ら装置をいじって目覚めさせてしまうのだ。こうして2人目の女性が、事故ではなく、男の手によって、ある意味無理やり目覚めさせられてしまったのである。この展開にはわたしは非常に驚いた。
 この行為に至るまでの、男の孤独や苦悩は、それなりに丁寧に描かれている。1年、どうやってもダメで、絶望していた男。彼が目覚めた原因は、相当後になって判明するが、まあ、要するに冒頭で描かれる通り、宇宙船が小惑星帯に入ってしまった際に宇宙船に穴が開き、そこから船体に異常が発生して男のカプセルだけ誤作動してしまった、というもののようで、何とか一人で頑張る姿は観ていて結構つらいというか、ああ、気の毒に……という同情がわくにやぶさかでない。そして彼は、偶然見かけた美女のことをいろいろ知っていくうちに、どうしても、彼女と話がしたいという思いが募っていく。彼女はどうやら有名な作家で、植民星での体験を本にするために搭乗していたらしい。しかし―――オレの手で目覚めさせてしまったら、二度と元に戻せない(冷凍ポッドのマニュアルを発見し、そのポッドは冷凍状態を維持するだけのもので、冷凍処置は船内ではできず、解除するだけなら方法があることを発見する)。彼女もまた、船内で生涯を終えるしかない。そんなことはオレにはできない! と何度も苦悩する。が、とうとう……やってしまったという展開であった。
 おそらくは、この男の行動を容認、理解できるかどうかが、本作を面白いと思えるかどうかの分水嶺だろう。そして、ほとんどの人が、理解はできても容認は出来ないだろうと思う。気持ちは分かるというか想像は出来る、けど、それをやっちゃあ、おしめえよ、であろう。わたしだったらどうするか……そうずっと考えているのだが、やっぱり、わたしだったら起こさなかったと思う。たぶん、だけど。しかし、そう考えると宇宙船のリスクマネジメントが、意外とザルってことなんだろうな。物語内では、絶対に起こらないアクシデント、として万一冷凍催眠から覚めてしまったらどうするかという対応策は一切用意されていないという鬼設定であった。
 なので、こうなると、果たして男はどんな償いをするのだろうか? という点に興味が移る。自分が目覚めさせたことを隠しながら、どんどんと二人はイイ仲になっていくが、とあることで自分の行為がバレ、女性に糾弾され、二人の仲は決裂する。しかし、宇宙船の異常はどんどんと危機的になり、とうとう二人は――という流れは、いかにも美しく、まっとうなストーリーなのだが、果たして万人が感情移入できるかとなると、若干怪しい。宇宙船の異常に関しても、ちょっとどうなんだろうという気もするし、第3の覚醒者(が出てくるのですよ!)についても、ちょっと都合が良すぎるような気もする。まあ、そのあたりは観た人の好みによるだろうと思うので、深くは突っ込まないが、わたしは決してつまらなかったとは思わないけれど、もうちょっと面白くできたんじゃないかなあ、という感想である。やっぱり、二人同時の覚醒で、二人で問題解決に当たった方が良かったんじゃなかろうか……1人目の男が目覚めて1年、そして2人目の女性を起こして1年、それから船体異常が深刻になる、という妙な時間経過がわたしは余計だったように思うのだが、どうでしょう? ああ、でもそれじゃあ、この映画の描く「孤独」が身に沁みないか。うーん。。。宇宙船の異常が出るのが遅すぎのような気がしてならないんだよなあ……。
 ま、いいか。しかし、いずれにせよ、エンディングは結構グッとくるものがあったと思う。最後の女性の決断は、一応の救いになっていて、わたしはアリだと思った。そういう決断を下したんだね、と分かるエンディングは、お見事でした。ズバリ、この映画はハッピーエンドですよ。
 しかし、120年の旅に出ることは、すなわち地球に残した人とはもう会えないわけで、事実上死んだも同然なわけだけれど、それでもやっぱり、人類は宇宙に旅立つものなんですかねえ。まあ、そんな時代が来るまで我々は生きてはいないけれど、なんか『銀河英雄伝説』の始まりで語られる人類の銀河への進出みたいですな。とにかく本作は映像がすごいです。宇宙船のデザインもカッコイイし、文句なしですな。そうだ、俳優と監督についてちょっとだけ。もう、主演の二人はいいよな? Jennifer Lawrence嬢は可愛いし、Chris Platt氏はまあイケメンですよ。そしてこの二人以外に、重要なキャストが二人いるのでメモしておこう。ひとりは、アンドロイド・バーテンダーを演じたMichael Sheen氏。どっかで見た顔だと思ったけれど、名前は知らなかった。わたしはどうやらいろいろな映画でこの人を観ているようだが、明確に名前と顔は一致してなかったすね。どうやら舞台で活躍している方みたいですな。演技ぶりは実にアンドロイドっぽくて、非常に良かったと思う。そしてもう一人が、第3の覚醒者として物語の後半に出てくる宇宙船のクルーを演じたLaurence Fishburne氏だ。『The Matrix』シリーズのモーフィアスでお馴染みですが、結構突然の登場でびっくりしたけど、渋かったすねえ。この映画に出てたことを、まさに画面に登場するまで全然知らなかったす。
 最後。監督について。本作を撮ったのはMorten Tydum氏というノルウェー出身の人。全然知らない人だなあ、と思ってパンフレットを読んで驚いた。この人、『The Imitation Game』(邦題:イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密)を撮った人だった。全然名前を思えてなかったよ。前作は20世紀の歴史ドラマ、今回はドSF作品と随分ふり幅が大きいすね。まあ、実に堅実かつ無難な演出だったと思います。

 というわけで、なんだかまとまらないのでもう結論。
 Jennifer Lawrence嬢とChris Platt氏という美男美女を迎えたSF作品『PASSENGERS』をさっそく観に行ったのだが、物語的には意外性もあって結構想像していたものとは違っていたものの、時間の経過を映像ではひげが伸びたりとかで表現しているのだが、やっぱり、「孤独」にかかわる重要な要素なので、若干実感としてとらえるのが難しく、微妙な点はあるとは思う。しかし、その映像と、あと音響がすごい。映像は予告でもわかると思うけれど、音がですね、相当ビリビリ響く迫力があって大変よかったと思います。そして、しつこいですが、Jennifer嬢の声は、ほんとイイすね!最高です。以上。

↓ おっと、配信も始まってるのか……くそう……観ちゃおうかな……いや、FOXに金を落としてやるのは腹立たしいのでWOWOWまで我慢だ!
ジョイ (字幕版)
ジェニファー・ローレンス
2017-02-08

 先週読んでみて、超面白かったスウェーデンの小説、『幸せなひとりぼっち』。
 その面白かった感想は先週の記事を読んでもらうとして、 その時も書いたけれど、去年映画が日本でも公開されていて、おまけにこの前発表されたアカデミー賞でも、外国語映画賞にノミネートされたほど、非常に評価が高かったらしいことを小説を読んで初めて知った。日本での公開は、もうとっくにファーストランは終わってしまっているのだが、先週読み終わって、何だよくそー、映画も観ればよかった!と抜かっていた自分に地団駄を踏んだわけだが、映画の公式サイトで上映館を調べたら、なんと3/18(土)から、新宿シネマートという小さい映画館で上映されるという情報を得た。
  おおっと、マジか。と、いうわけで、今日3/18(土)に、さっそく観に行ってきた。結論から言うと、まあ、やっぱり小説の方が濃度が濃いとは思うけれど、映画は映画で、やっぱりビジュアルの力は強いわけで、とりわけ過去の回想部分は大変良く、気持ちよく映画館を後にすることができた。いいすねえ、やっぱり。ほんと、主人公オーヴェは幸せですよ。まったくもって、なんというか……うらやましいす。わたしから見ると。

 ちょっと先週とは違う動画を貼りつけておこうかな。もう、物語は先週の小説版の記事で散々書いたので説明しません。詳しくはそちらを読んでください。59歳の偏屈オヤジが周りの人々と交流を持つことで、幸せなひとりぼっちを生き抜くお話である。
 まあ、映画になって、小説とここが違う、あのエピソードがない、とか、そういうことをあげつらっても仕方ないけれど、たぶん、この映画単体だけ、よりも、小説も読んでおくとより一層楽しめるのではないかと思います。ズバリ、小説からは結構カットされている部分が多いので。
 まず、主人公の偏屈オヤジ、オーヴェだが、映画になってビジュアルを得たことで、オーヴェの偏屈オヤジぶりはより具体的というか、形になっていて、面白さは増している、とは思うのだが、若干、小説の方が偏屈ぶりは強烈であったように感じる。映画版のオーヴェは、意外といい人でした。演じたのは、Rolf Lassgardさんというおっさんで、まあ、見るからにおっかなそうなおっさんである。この人、わたしが一番苦手だった教授にそっくりで笑える。いや、笑えるのはわたしだけですけど。しかし、原作にある細かい点、たとえば、かならずドアは鍵がかかってるか3回引っ張るとか、蹴って確かめるとか、当たり前だけどきっちり再現されてて、原作読んどいてよかったと思った。
 しかし、映画になってより一層魅力的に、映画ならではの良さが一番感じられるのは、亡き妻・ソーニャだろうと思う。非常に可愛い、イメージ通りのソーニャで素晴らしかったすね。演じたのはIda Engvollさん。笑顔がとにかくかわいい!85年生まれだそうなので、今年32歳になるのかな。いやあ、最近北欧出身のハリウッドスターが非常に多いので、彼女の今後もとても楽しみですね。主に地元スウェーデンのTVで活躍されてるみたいです。笑顔がですね、新生STAR WARSのレイでお馴染みのDaisy Ridleyちゃんに似てる感じなんすよね。やっぱり、女子は笑顔に限りますな。とても良かったと思います。
 あと、若き頃のオーヴェを演じたFilip Berg君も、イランからの移民の妊婦パルヴァネを演じたBahar Parsさんも、ともに大変良かったですね。読んでいるときはもっと若いイメージ、そう、日本でお馴染みのサヘル・ローズさん的な美人を想像していたのだけれど、結構もっと迫力があって、十分アリでした。映画を観た今となっては、もうパルヴァネはBaharさんしかありえないすね。大変素晴らしかったと思う。
 そして、映画で相当凄い演技を披露してくれたのは、名前を付けてもらえない猫ちゃんですよ。まあ、なんて美猫なんでしょう。かわええ……毛長種なんですな。この猫様の演技が素晴らしいんすよ。ちゃんと、小説通りのふてぶてしさもあるし、健気にオーヴェに付き従う姿が最高だったすね。

 つーかですね、もう小説の方で散々書いてしまったから書くことがあまりないんすよね……。
 というわけで、短いけどもう結論。
 映画版『幸せなひとりぼっち』を、今日、まさしく一人ぼっちで観てきた私だが、言いたいことは以下の通りである。
 ◆面白かった!映画は映画で魅力あふれるキャラクターが生き生きとして素晴らしい。
 ◆とりわけ、若きソーニャが超イイ!
 ◆そして猫も大変よろしい。すげえ演技ぶりで驚き!
 ◆ただし、内容的にはやっぱり小説の方が濃いと思う。
 ◆なので、もし映画だけの人は、ぜひ小説も読んでほしい。超オススメ!
 でな感じです。手抜きでサーセン。以上。

↓ ぜひ読んでいただきたい!
幸せなひとりぼっち (ハヤカワ文庫NV)
フレドリック バックマン
早川書房
2016-10-21