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 ミステリー小説の手法の一つに、いわゆる「叙述トリック」ってやつがある。
 それは、要するに、なにかある重要な情報をあえて書かず(叙述せず)、読者側のある種の「勝手な思い込み」を利用して、ラスト近くで「実は〇〇はXXでした~!」的なネタ明かしをして、読者を驚かせる手法だ。わたしははっきり言ってその手法が嫌いで、なんつうか、作者の「してやったり」なドヤ顔が頭に浮かんでイラッとするというか、たいてい、なーんだ、つまんねえの、と切り捨てることが多いのだが、この「叙述トリック」を映画で扱うとどうなるか、わかりますか?
 映画の場合、全てが「映像」として見えているので、「読者に勝手に思い込ませる」ことが非常に難しくなってしまうわけだ。だって、見えてるんだから、誤解のしようがなくなっちゃうからね。
 わたしとしては、映画における叙述トリックで、一番(かな?)見事で上品だった作品は、何といっても『THE SIX SENSE』だろうと思っている。アレは本当に素晴らしくて、途中から、ひょっとしてこの主人公は……というヒントを提示しつつ、ラストで、あーー! やっぱり! そういうことか!! と普段「叙述トリック」の小説が嫌いなわたしでも、大興奮した見事な一品であった。
 まあ、『THE SIX SENSE』で一躍名をあげたM. Night Shyamalan監督は、その後どんどん調子に乗って(※一応誉め言葉です)、どんどん変な映画ばかりを撮り、おそらく世界珍作映画選手権が開催されたら優勝候補の一角を担うことになるのは間違いないが、一方で、ロンドン生まれでロンドン大学国文科(=イギリス文学科)を卒業した、純イギリス人(※お母さんはUS市民のためUS国籍ももってるそうです)の真面目な文学青年、Christopher Nolan監督は、ストーリー展開においては「叙述トリック」めいた変化球を、そして物語のベースには、ある意味「消える魔球」的な、「たったひとつの嘘」をしかけた世界を用意し、その「嘘」の入り込んだ世界の中で、ド真面目に「人間そのもの」の深い心理を描くことで、現在の映画界において不動の地位をものにしているのだろうとわたしは考えている。
 わたしが言うNolan監督の「叙述トリック」とは、Nolan監督が良く使う「フラッシュバック」のことで、物語の中で何度も現れる「謎の風景」が、最後には、そういうことか、と分かる仕掛けのことであり、わたしが「消える魔球」と呼んだ「嘘」とは、たとえば『MEMENTO』における「記憶が保持できない状態」だったり、『INSOMNIA』における「不眠症」や『THE PRESTIGE』における「奇術」、そしてもちろん『DARKKNIGHT』トリロジーにおける「バットマンという存在」や『INCEPTION』における「夢に入り込む装置」など、非現実的存在のことで、それが「当然にある」世界を描きながら、キャラクターは現実世界そのもののリアルな造形となっていることで、その嘘が見事なスパイスとなって相克があらわになるというか、リアルが増すのである。上手く表現できないけど、要するにたった一つの嘘が真実をより鮮明にする、ような気がしている。Nolan監督と言えば、極力CGを排した、本物のド迫力映像や、IMAX撮影による映像そのものの凄さ、を最大の魅力に上げる人も多いかもしれないが、わたしはデジタル撮影だろうとCGバリバリだろうと全然構わないと思うし、むしろIMAXに固執している点はあまり評価はしない。そういう点では、自分の撮りたいもののためならハードウェアやソフトを自分で新しく作っちゃうJames Cameron監督の方が凄いと思う。Nolan監督作品の素晴らしさは、やっぱり物語そのものだ。

 というわけで、前置きが長くなりました。
 今日の会社帰りに、わたしはNolan監督最新作『TENET』を観てきたのだが……まず、もちろん面白かった!! とは思う。のだが、うーん……これはまた相当な変化球だぞ!? 
 なんつうか、いろいろな仕掛けがあって、最初に見た映像が後で、なるほど、そういうことだったのか!! 的な面白さというかスッキリ感はもう抜群なんだけど、はっきり言って、メインの物語自体はかなりアレだったような気がするなあ……。。。まさか、そんなトンデモSFだったとは……という点は、わたしとしてははっきり言って、なーんだ、である。
 おそらく、世の中的にはもう大絶賛の嵐なのかもしれないし、この面白さが分かんねえの? とか言う輩が多いだろうから、あまり批判はしたくないけれど、でも、結局やっぱり、どうしてもNolan監督の『MEMENTO』や『PRESTIGE』を思い出すというか、結論から言うと、わたしの期待以上の作品ではなかったすね。あと、本作のような「タイムサスペンス」映画を観ると、わたしはつくづく、やっぱり『Back to the Future』は本当にスゲエ最高の映画だったんだな、と思い知ったような気がしたっすね。特に『II』ですが。

 というわけで、以下、かなりネタバレに触れると思うので、まずは今すぐ映画館へ観に行ってきてください。話はそれからだ!

 上記は予告編ですが、まだ劇場へ本編を観にいっていない人はマジで、今すぐ退場してください。さようなら。

 はい。それではよろしいでしょうか?
 まあ、観た人なら、上記予告は全く核心に迫っていない、無害な、それっぽいシーンを集めただけということはもうお判りだろうと思う。時系列もめちゃめちゃだしね。
 物語を改めてまとめてみても、あまり意味がないと思うのでやめときます。予告の通り、「時間の逆行」現象の中で、一人の男が(いろんな仲間に助けられながら)、世界の崩壊を阻止しようとするお話だ。ある意味では、純イギリス青年Nolan監督が大好きな『007』にも基本骨格は似ているように思う。
 わたしとしては、本作を観た感想として以下の3つをポイントとして挙げておきたい。
 【1:今回の「嘘」は時間の逆行】
 最初に書いた通り、Nolan監督作品で描かれる世界は、たいてい「一つの嘘」がスパイスとして効いているわけだが、その「嘘」は、その世界にとっては当然、ということになっていて、ほぼ説明がないのも特徴かもしれない。例えば、『INCEPTION』の「夢装置」は何の説明もなかったよね。むしろ説明されてしまうと、それが「嘘」だということがはっきりしてしまって、世界から浮いてしまうのではなかろうか……と思うのだが、『INTERSTELLER』における「嘘」である「ワームホール」は、ラスト、設置したのが実は……というネタ晴らしはかなり見事だったと思う(※ただし、世界の舞台となる「緩やかに破滅へ向かう地球」に関しては何の説明もナシ)。
 また、直近作『DANKIRK』における「嘘」は、強いて挙げるなら「描かれる3つの舞台は実は時間の進行スピードがそれぞれ違う」という点で、これがまたよく見てないと分からないし、実のところあまり効果的に機能してるとは思えなかった。その点で、わたしは『DANKIRK』はあまり興奮しなかったというか、Nolan監督作品の中ではあまり評価していない。
 で、今回の「大嘘」は「時間の逆行」なわけだが……ネタとしては最高だと思うものの、これが「時間逆行させる装置を発明した天才未来人によるもの」という設定は、なんか、正直わたしは、なーんだ、と、つい感じてしまったのである。さらに言うと、おそらく、その天才未来人が何故、今回の悪者であるセイターに装置を渡したのか、について、活発な考察が、インターネッツ上で今ごろさかんになされているんだろうと思うが、正直わたしには、その肝心なポイントがよくわからなかった。これは何度か観ないと理解できないかもしれないな……。アレって、単なる偶然なの?? でも、入ってた書類はセイター宛だったんでしょ?
 ま、これは言い訳ですが、本作は場面転換が非常に盛んで、しかも物語の展開するスピードが、おっそろしく速くて、え、今なんつった? と思っているうちにどんどん加速するかのように物語が進んでしまうのも、わたしの足りない脳みそには若干厳しかったようにも思う。特に、ファイナル大バトルへ向かう主人公が受けるブリーフィングも、台詞が速すぎて、え、え? と思っているうちに進んじゃったようにも思える。
 ともあれ、普通の時間軸(=順行世界)の主人公の行動を邪魔したのが、実は逆行世界の主人公、自分自身だった、とあとでわかる仕掛けには興奮したし、順行世界の主人公を助けたのは実は逆行世界のニールだった、と分かるラストは、ニール、お前って奴は!! と、正直感動したっすね。もちろん、順行世界の人々と逆行世界の人々が同じ画面上で入り混じるような、ものすごい映像も見ごたえバッチリだろうと思う。「回転ドア」なる時間逆行装置は最高にクールでドキドキしたっすねえ!
 しかし、うーーん……言及されてしまった「未来人」に関して、どうしてもモヤモヤしてしまうというか、すっきりしないんすよね……まったくのオーパーツ、謎装置、で良かったのではなかろうか……。この点が、わたしが残念に思ったポイントの一つっす。ちなみに、わたしがすげえ、これは面白い! と興奮した「逆行世界」のルールが一つあるんすけど、「逆行世界」では、何と呼吸ができないんだな。というのも、逆行世界では、空気が逆に肺から出て行ってしまう、てなことらしい(とわたしは理解したけど、呼吸は吸って吐く、なんだからそれが逆になるだけでは?とも思った)。これ、すごい面白いというか、それを防ぐために逆行世界では常に(順行世界で装備した)酸素ボンベを背負ってるという設定は見事だと思ったす。
 【2:Nolan監督の真骨頂=人間心理はどこ行った?】
 そして本作で、わたしが一番モヤモヤしてしまうのが、主人公の行動原理が良く分からん点である。本作の主人公は、エンドクレジットで「Protagonist」と表記されていた。そのものズバリ、「主人公」を意味する英語で、名前ではない。おそらくこの「名前がない」点も、今頃インターネッツでいろんな議論がなされてるんだろうけど、まあ正直どうでもいいので、その意味は置いといて、だ。そもそもこの主人公は、どうしてまたヒロイン(?)キャットを助けるために行動し続けたんだろうか?? この点が、わたしにはどうしてもわからなかった。これって、理由はない、人間なら当然のこと、ってことでいいのかな? 主人公の本来のMISSIONからはちょっと離れてるのに、どうしてキャット救出を最優先するような行動をとり続けたんだろう? 善人だから? それが当たり前だから? ホントかそれ? こういう、人間心理の描写がNolan監督の真骨頂だとわたしは信じてきたのに、本作ではそれが若干薄いような気がしてならない。さらに、いつも主人公の脳裏から離れないイメージが繰り返しの挿入される=Nolan監督の特徴たるフラッシュバック、も、今回はなく、その点も、ちょっと主人公の心理描写として物足りないような気もしたっすね。
 ただし、ホントにニールはイイ奴ですよ……ニールはもう完璧だったすね。ニールに免じて許してもいいか、とテキトーに思いました。
 【3:音楽が素晴らしい!!】
 Nolan監督作品は、その音楽(というかもはや効果音・背景音)もまた常に素晴らしいわけだが、今回は、スウェーデン人のLudwig Göransson氏が初めてNolan作品に参加している。Göransson氏といえば、わたしとしては『CREED』や『BLACK PANTHER(※この作品でアカデミー作曲賞受賞)』といったRyan Coogler監督作品でお馴染みなのだが(※Göransson氏とCoogler監督は南カルフォルニア大学で学生時代の友達だそうです)、今回の音楽も実に素晴らしかったと賞賛したい。
 とりわけ、わたしが興奮したのは、悪者セイターの、鼓動とシンクロするようなビートの刻み方だ。わたしはまた、ある意味HULK的に、心拍数が上昇するとマズいことが起きる、みたいな、セイターが自分の心拍数をしきりに気にするのは何らかの意味があるんだろうと思ってたんすけど、なんか、結局その意味は分からなかったすね。なんか意味あったんすかアレ? これも私の足りない脳みそではよくわからなかったす。やっぱもう一度観ないとダメかもな。。。

 というわけで、まあ、面白かったけど、よくわからんことや、ええ~?的な部分もあって、手放しで100点満点!とはわたしは評価できないけれど、役者陣の演技は確かで、実に素晴らしかったと存じます。以下、4人のキャラクターとキャストを紹介して終わりにします。
 ◆主人公:前述の通り名前はない。拷問を受けても仲間は売らない! という信条=TENETを持つため、謎組織にリクルートされる。そういや、わたし、告白しますが、「TENET」って英単語があることを知らなかった残念野郎であります。その意味は「信条」「主義」「教義」という日本語にあたる英単語でした。そういった、確固たるTENET(信条)を持つ男だということが、主人公の資格であり、また、キャットを助けるために奔走した行動原理になるのかな? まあ、わたしは一応そう理解することにします。演じたのはJohn David Washington氏36歳。その名の通り(?)、名優Denzel Washington氏65歳の長男ですな。元NFLフットボーラーとしてもお馴染みだそうですが、NFLは全く知識がないので、わたしは選手時代を知らないす。実は恥ずかしながら、わたし『BLACK KLANSMAN』を観てないので、本作で初めて彼を観ました。演技ぶりは、まあ、フツーすね。本作では髭モジャCIA工作員だったからか、その容貌はあんまり父Denzel氏に似てないような気がしました。たぶん、わたしは事前に知らなかったらDenzel氏の息子だってことに気が付かなかったと思うす。
 ◆ニール:主人公の相棒として大活躍するイケメン。とにかくその、「ええ~……もう、しょうがねえなあ……(苦笑)」的な表情や、「まあ、任せときなよ(ニヤリ)」な笑顔が最高にカッコ良かった!! そして物語的に、ラストでニールのリュックについている5円玉ストラップが超効いてましたね! わたしはもう、あっ! てことはさっき倒れてたのも、そして冒頭のアレも!! と超グッときました。もう、本作はニールがカッコ良すぎてわたしとしては最大級に賞賛したいすね。演じたのは、来年(?)BATMANとしてスクリーンに登場する予定のRobert Pattinson氏34歳。この人を初めてカッコイイ!と思いました。Pattionson氏と言えば、もう当然、『TWILIGHT』シリーズの、超根暗(?)で青白い優柔不断(サーセン!w)な吸血鬼だし、あるいは『Harry Potter』でのイケメン上級生セドリックなわけですが、この人、笑顔が超カッコイイじゃないですか! 今まで笑顔のイメージが皆無だったので、次のBATMAN=ブルース・ウェインは常に眉間にしわを寄せるキャラだから超ピッタリだな、と思ってたけれど、今回のニールの笑顔はちょっと驚き&最高でしたね。
 ◆セイター:ロシア人。かつて、核汚染されたロシアの秘密軍設備で、核燃料回収の仕事をしていた時、謎の「未来人からのギフト」を手にし、その利権で財を成す。そして超DV野郎として妻を肉体的・精神的に拘束している。彼は「未来人」からの指示で、「現在」の世界に存在する「アルゴリズム」なるものを集め、世界を崩壊へと導こうとする。ちなみに核汚染の影響なのか、深刻な膵臓がんを患っており、余命はわずかで、世界を道連れにあの世へ行こうとしている(たぶん)。前述の通り、どうして未来人は彼を選んだのか、わたしにはよくわからなかったす。そして妻をどうしてまたそんなにひどい扱いをするのかも、正直よくわからんす。まあ、美人過ぎて男がチョロチョロするのが気に入らなかったんでしょうな、きっと。知らんけど。で、演じたのは、イギリスが誇るShakespearaおじさんことSir Kenneth Branagh氏59歳。わたしはこの人が監督主演した出世作『Henry V』を大学生の時劇場で見て以来、ずっといろいろな作品で観てますが、まあ、実にお達者ですよ。ロシア語訛りの英語もお手の物でしょうな。次の『DEATH ON THE NILE』のポアロも楽しみすね。
 ◆キャット:セイターの妻で、恐ろしく背が高い美人。ただ、やっぱりキャットに対しても、わたしはあまり好感を抱けずでした。だって、セイターが言う通り、この人だって、セイターのDirty Jobを知ってて、そのDirtyな金でセレブ生活をエンジョイしてたわけで、その点はどうなのよ、とか思ったす。まあ、だからと言って虐待されていいわけがないので、気の毒なのは間違いないけど、キャットが超美人だったから主人公は必死に助けたのかなあ? とか、超・低俗な思いも頭によぎっちゃうす。そんなことより、すげえ、今演じたElizabeth DebickiさんのWikiを観てビビった! なんと身長191cmだって!! すげえ! キャスト陣の誰よりも背が高かったから、こりゃ相当だぞ、とか思ってたけど、191cmはすげえなあ! ははあ、バレエダンサーだったんすね……さもありなんですなあ。とにかくスタイル抜群で超美人でした。この方は、結構今までいろいろな作品でお見かけしてる方なんですが、例えばMCUの『GUARDIANS of the Galaxy Vol.2』に出てきた、あの金ピカ星人アイーシャもこの方ですな。まあ、素顔は大変お綺麗なお方ですよ。何もかも諦めた絶望の表情も、怒りに燃えるまなざしも、大変良かったすね。
 そのほかには、有名どころとしては、『KICK ASS』の主人公や『AGE of ULTRON』で殉職したクイック・シルバーでお馴染みのAaron Taylor-Johnson君や、Nolan作品『INSOMNIA』で主人公の相棒として印象的な芝居を見せてくれたMartin Donovan氏がチラッと登場したり、もちろん、Nolan作品にはなくてはならないSir Michael Caineおじいちゃんも登場します。シーンとしては数分だけど。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 現代の最強映画監督選手権が開かれたら、間違いなく優勝候補に挙げられるであろうChristopher Nolan監督の最新作、『TENET』がついに公開になったので、さっそく観てまいりました。結果、映像はものすごいし、「時間の逆行」という本作における最大のポイントも、非常に興味深く、結論としては、面白かった、というべきだろうと思う。思うんだけど、正直期待を超えるとは思えなかったし、なんかちょっと、いろいろアレかも、と思った点があったことは、散々書いた通りであります。まあ、それは恐らく、わたしの頭の悪さに由来する可能性が高く、それは素直に残念だと思う。とにかく、本作は場面の転換が速すぎて、キャラクターたちが次の地へ向かう移動時間がほぼはしょられているし、とにかく切り替えが速すぎると感じた。わたし的に本作での一番の収穫は、主人公の相棒ニールを演じたRobert Pattinson氏が、それまでのわたしの中にあったイメージを完全払しょくするぐらいカッコ良くて、キャラクターにぴったりであったという点だろう。この人、演技上手いんすね。実に見事でありました。まあ、この映画、恐らく今後、何度も見ると思います。そしてそのたびに、ああ、そういうことか!と発見して、初めて観た時のこの感想を、ああ、オレはやっぱアホだった、と後に思うことになるんだろうと思われます。以上。

↓ うーん、まあ、わたし的にNolan監督作品で一番すごいと思うのはやっぱり『INCEPTION』かなあ。「映像化不能!」という小説はよく聞くけど、初めて「小説化不能!」という映画を観た、と感じたっすね。今回の『TENET』も、小説化不能かもしれないすね。
インセプション (字幕版)
マイケル・ケイン
2013-11-26

 はーーーしかし映画が全然観に行けない……つうか、観たい映画がない……。
 というのがここ2カ月ぐらいの状況だったわけだが、9月になっていよいよ、待望の映画公開が続々と近づいてまいりましたね。わたし的には今週末の『TENET』を早く観たいす!
 というわけで、今週末は、とりわけ強力に観たかったわけではないけれど、とある上場企業の株主優待で「ムビチケGIFTカード」を6枚もらえてしまったので、有効期限もあることだし、どんどん使おう! ということで、『MIDWAY』を観に行くことにした。
 まあ、題材的に我々日本人としては当然、いろいろ思うことはあるわけだが、日本人キャスト陣もしっかりしているし、少なくともトンデモおバカムービーにはなっていないだろう、という期待を込めて観に行こうと思ったところ……結論から言うと、なんかまとまりがないというか、物語的な軸がないというか、何て言えばいいんでしょう……これは断片的な再現記録映像集、みたいな感じなんだろうか? なんともポイントの絞れない緩慢ムービーだったような気がします。あと、演出的にも、いかにも中華作品(=本作は中華資本が投入されています)っぽい「うそくさいCG」、例えば爆発炎上した機体の爆炎から主人公機がずぼーーっと出てくるみたいな、全く好きになれない画作りはちょっと食傷気味というか、極めてアレだったすね。
 ただし、映像そのものの空母や戦闘機の質感だったり、演じた役者陣の演技ぶり、特に二人の日本人キャストの頑張りはとても素晴らしかったので、わたしとしては観て良かった、とは思っております。はい。あと、歴史的な正しさに関しては、わたしはこれは映画なんだから、と割り切ってるので、特に問題にしません。
 というわけで、以下、ネタバレに気にせず書いてしまうと思うので、気になる方はまず映画館で観てきてからにするか、退場してください。

 はい。それではよろしいでしょうか?
 というわけで、本作は真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦における大日本帝国海軍航空母艦「飛龍」の最後まで、が描かれている。実はその飛龍の最後のあとはもう、エピローグ的にこの人は後にこうなった、という形で映画は終わっちゃうのです。まあ、それはそれで、山口多聞少将(死後に中将)の最期のカッコ良さが際立っていたので、アリではあるけれど、なんか、結局ミッドウェイ海戦の意義は何だったのか、とか、上記予告にあるような、勝敗を分けたものは何だったのか、というものはまるで感じることはできなかったような気がする。
 本作は、登場人物が有名な実在の人物ばかりで、わたしは予告を観た時は、情報戦を描くのかしら? と思っていたのだが……なんか、その点も薄くて、かなりあっさり風味でしたな。
 アメリカ側での主人公Dick Best氏は、正直わたしは知らない人だったけれど、彼の航空機操縦テクがやたらと描かれる場面が多く、ミッドウェイでも大活躍するのだが……はっきり言ってBest氏の航空テクが戦況をひっくり返した的に、個人の技を英雄=ヒーローに仕立て上げられているようにも感じられて、なんか、思ってたのと違う……という感覚は最後まで消えなかったす。
 たしかに本作では、US-NAVYの情報士官Edwin Layton氏率いるチームの暗号解読も描かれるけれど、なんかホントにほんのちょっとだけだったすね。そこが少し残念す。
 ほか、歴史的には有名、だけど、わたしがこの映画を観て実は初めて知ったのが、Doolittle爆撃隊の顛末だ。Doolittleは初めて日本本土を爆撃したわけで、その攻撃で日本は、コイツはヤバい、と焦りだすわけだけど(Wikiによれば被害は微少だったらしい)、本作では皇居の近くに着弾して昭和天皇が防空壕へ退避するシーン(※これは事実なのかわからんですが)もあって、日本人としてはそんなシーンがあると、確かにこれはもう、軍部は超慌ててヤバかっただろうな、と思えるような場面でありました。そしてこのDoolitle爆撃隊は、劇中では燃料残量からどこに不時着するかわからん、片道切符だけど俺たちは行く!的な英雄行為として描かれていて、結局日本爆撃後は中国にたどり着いて、地元中国人に助けられるというさまも描かれてました。これはどうやら史実通りらしいけど、さすが中華資本作品だな、と、どうでもいいことで苦笑しちゃったす。ただし、中華資本とはいえ日本側を貶めるような描写は一切なかったのも事実で、その点はキッチリとフェアだったと思います。ちなみにWikiによると、蒋介石は日本軍の報復を恐れて、受け入れを嫌がってたみたいすね。なるほど、そうなんだ。
 というわけで、わたしもポイントの絞れない緩慢レビューしか書けそうにないので、各キャラと演じた役者をメモして終わりにしよう。
【大日本帝国海軍】
 ◆山本五十六海軍大将:本作は冒頭、1930年代後半(正確な年は忘れた)の東京から始まる。そしてアメリカに留学し、在US日本大使館に武官として駐在したこともある山本氏が、きっちり英語でのちに暗号を破るEdwin Layton氏と会談するシーンが描かれる。ここは非常に印象的で、演じたトヨエツこと豊川悦司氏のカッコ良さと確かな演技が非常に素晴らしいシーンだ。ここから始まるので、これは面白くなりそうだぞ……と期待したけれど、正直ここ以外はあまり出番もなく、ちょっとさびしいというか、もったいなかったような気がしますね。とにかく、トヨエツ氏のカッコ良さは間違いないです、はい。そして、写真で見る山本五十六氏に、どことなく似てますね、やっぱり。いや、誰がどう見てもトヨエツ氏だし、Wikiによれば五十六氏は身長160cmだったそうなので、180cmを超えるトヨエツ氏と似てるわけないけれど、その佇まいというか雰囲気的なものは極めて五十六氏でした。お見事です。年齢も、どうやら現在のトヨエツ氏(58歳)と当時の五十六氏はちょうど同じぐらいだったみたいすね。ただ、本作ではやっぱり五十六氏の人物像はつかめないすね。有能なキレる男だったのか、凡庸だったのか、わたしにはよくわからなかったす。なお、五十六氏が乗艦したかの「戦艦大和」は、ほんのちょっとだけ登場します。
 ◆山口多聞海軍少将:わたしのようなオタク野郎にとっては漫画『ドリフターズ』でお馴染みの多聞少将。実は『ドリフターズ』で描かれる少将は、残っている本人の写真に非常に忠実な容貌で描かれているので、わたしは50代後半ぐらいのおっさんなのかと思ってたけど、さっきWikiで49歳没というのを知って驚いた。意外と若かった! そして今回、多聞少将を演じた浅野忠信くんは現在46歳か、わたしは『ドリフ』の多聞少将しか知らなかったから、やけに若いなあ、とか思ってたんだけど、意外と年が近くて、このキャスティングはアリだったんすね。本作での多聞少将は、見た目の良さだけじゃなく、やたらと言動が男らしくてカッコ良くて素晴らしかったす。
 ◆南雲忠一海軍中将:なんか本作では、妙に判断力の劣るダメ将官として描かれていたような印象。そんなことないはずなんだが……。。。演じたのは圀村隼氏64歳。南雲氏は当時56歳とかそんなもんだったみたいだから、ちょっと年齢差がありますな。
【US-NAVY=アメリカ合衆国海軍】
 ◆ディック・ベスト:前述の通りUS側主人公。航空機パイロット。ドッグファイトも爆撃もこなすエース(?)パイロット。彼のキャラ付けも、正直よくわからんというか、単なる勇猛果敢なカウボーイ野郎と言えばいいのか、とにかく、これぞアメリカン・ヒーロー的な描かれ方に見えるのはちょっと気の毒な気もする。演じたのはEd Skrein氏で、あーこの顔絶対知ってる……けど誰だっけ、とずっと分からず、劇場を出てすぐパンフを開いて思い出した。この特徴的な笑顔、口元のしわは、『Alita:Battle Angel』で、やたらと主人公アリータに突っかかってくる嫌な野郎、だけど結構あっさりやられまくるかませ犬的キャラだったザパン、を演じた彼っすね。
 ◆エドウィン・レイトン:海軍情報主任参謀。ホントなら彼の大活躍を観たかったというか知りたかったけど、なんかいまいち存在感は薄め。演じたのは、わたしにとっては永遠に『WATCHMEN』の「ナイトオウルII世」としてお馴染みPatrick Wilson氏。USキャストで唯一、五十六氏とのシーンで日本語をしゃべる。その日本語は、下手だけど十分に聞き取れたし、問題なく合格点だと思います。
 ◆チェスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官:かの有名人ニミッツ元帥を演じたのはWoody Harrelson氏なわけですが、さっきWikiでニミッツ氏の写真を見て驚いた。結構似てるっすね!? わたし的にはスキンヘッドじゃないHarrelson氏を観るのは久しぶりなような気がするけど、非常にキレ者めいた眼光の鋭さは大変良かったと思います。
【US-ARMY=合衆国陸軍】
 ◆ジミー・ドゥーリトル:前述の通り初めて日本本土を爆撃した男。出番はとても短いが、演じたのはさまざまな作品でお馴染みのAaron Eckhart氏。わたしはまた、US-NAVYとARMYの確執のようなものも描かれるのかな、とか思ったけど、ほぼなし。ついでに言うと大日本帝国海軍と陸軍の確執も、ほんの少しほのめかされる程度でした。本来的には結構重要なファクターだと思うけどな……ま、いいや。
 とまあ、キャスト陣に関してはほかにも有名役者が多く出演しているけれど、この辺にしておきます。最後に監督についてメモしておくと、本作は、わたしの大好物な「ディザスター」ムービーでお馴染みのドイツ人、Roland Emmerich氏の作品であります。まあ、その映像の派手さは本作でもいかんなく発揮されていますが、このところ自分で脚本を書いてない作品が多くて、その点はちょっと残念すね。本作も脚本は別人です。
 ちなみに、パンフによると、本作は当初、日本での配給権買い付けの手が全然挙がらなかったそうだ。まあ、内容的には確かに、日本市場においてどんなリアクションされるかわからんので、ビビったんでしょうな。で、日本サイドが描かれてるシーンを積極的に観せて営業をかましたところ、手を挙げるところが増えて、結果、木下グループが買って公開となったわけだけど、なんつうか、わたしがバイヤーだったとしても、試写で全編観て、これは面白い、買いたい! とは思わなかっただろうな、と思います。理由はもう最初に記した通り、なんかいろいろまとまってないというか、淡泊で薄口なのがちょっとアレだと思います。

 というわけで、ホントまとまらないので結論。

 日本人にとっては極めていろいろな想いのある「ミッドウェイ海戦」を、ハリウッド派手映像王のRoland Emmerich監督が描くとこうなる、という映画『MIDWAY』を観てきた。結論としては、映像的な迫力はさすがのEmmerichクオリティだし、戦艦や空母、航空機というオブジェクトのCGは本物の質感を備えていてそれなりに見ごたえはある。が、肝心のお話が……薄口というかまとまりがない、と感じられた。なんか、だからなんなの? というオチがないというか、ミッドウェイ海戦の意義や戦況のターニングポイントが、わたしの期待したようなものがあまり重要視されてないように思えたのであります。なので、まあ、それほど人にお勧めできないかな、というのがわたしの結論です。ただし、トヨエツ氏による山本五十六、浅野忠信氏による山口多聞氏はとてもカッコ良かったです。以上。

↓小学生の時に観たっすね。懐かしい。。。
連合艦隊
金田賢一
2013-11-26

 「透明人間」といえば、まあ、SFの古典であるH.G. Wells氏が1897年に発表した小説が原典なわけだが、これまで様々に映画化されており、わたしが透明人間と聞いて真っ先に思い出すのは、2000年に公開された『Hollow Man』(邦題:インビジブル)という作品だ。この映画は、血まみれ大好きオランダ人でお馴染みのPaul Verhoeven監督作品で、イイ感じに血まみれかつ若干エログロ(?)な作品でわたしの好みにジャストミートなのだが、主役のイカレ科学者を演じたのが、わたしが大好きなKevin Bacon先生で、その演技もまた極めて上モノで、とにかく最高なのであります。
 そして時は過ぎ―――ちょっと前の2017年に、ユニバーサルは自社が版権を持つ(?)、クラッシック・モンスター映画を現代によみがえらせ、共通世界観で描いたらモンスター版アベンジャーズになるんじゃね? とひらめいたらしく、「ミイラ男」「狼男」「フランケンシュタイン」「ジキルとハイド」「透明人間」などを登場させる「ダーク・ユニバース」構想をぶち上げた……のだが、第1作目の『The Mummy』(邦題:ザ・マミー/呪われた砂漠の王女)が、豪快にズッコケて爆死してしまい、計画は封印された……らしい。わたしはその計画自体は非常に魅力的で楽しみにしていたのだが、実に残念だ。
 ちなみに、その「ダーク・ユニバース」計画では、透明人間を演じるのはわたしがあまり好きではないJohnny Depp氏が予定されていたので、まあ、それはなくなって良かったかな、と思っていたところ、なぜか知らないけど、この古典的キャラクターである「透明人間」の企画は単独作品として生き残り、公開されるに至ったのであります。
 それが、わたしが昨日の土曜日観てきた『THE INVISIBLE MAN』だ。
 まあ、のっけから結論を言うと……ダメっすね。いろんな点が。これなら、2000年のBacon様主演の『Hollow Man』の方が100万倍面白かったす。というわけで、以下ネタバレ全開になる可能性が高いので、知りたくない人はここらで退場してください。さようなら。

 というわけで、どうすか、この予告は。はっきり言ってかなりデキが良さそう……すよね? 少なくともわたしは、おお、こりゃあ面白そうだ、とかなり期待して劇場へ向かったわけだが……残念ながら、かなりダメでした。以下、わたしがこりゃアカン、と思ったポイントを2つ、メモしておこう。
 ◆ヒロインが全くダメすぎる。魅力が全くない。
 そうなんすよ……まず本作のヒロインが、全く共感できないクソ人間なんだよな……。
 思い返すと、Bacon様主演の『Hollow Man』や、例えばそうだなあ、『THE FLY』なんかでも、主人公の科学者はちょっとイッちゃってる、けれど、それなりに同情に値する人物で、むしろいつも、ヒロインの方が結構ビッチな場合が多く、性格のねじくれたわたしは、科学者が世紀の大発明をして、そしていろいろな悪いことをしでかしても、基本的にはもう、いいぞ、もっとやれ! と応援側に回っちゃうんだな。まあ、結果、いつもクソビッチな元彼女に撃退されて悲劇エンドで終わるわけなんだが、例えば『THE FLY』なんかは、ヒロインも最終的には健気で、もうとても悲しく、極めてエモーショナルなエンディングを迎えるわけです。『Hollow Man』のヒロインは最後までクソでしたが。
 しかし、だ。今までの作品では、一応美人だったり、どこか許せる要素があったけれど……本作は、ヒロインであるセシリアが全く魅力的じゃあないんすよ!!! それは性格的にも全くアウトだし、ズバリ言えば全く可愛くないし美しくもない。つうか結構なブ……ゴホンゲフン、サーセン、ちょっとむせたっす。なので、大体なんでイカレ科学者はこの女に惚れて、執着したんだ?? という説得力がゼロ、皆無だ。もっといい女と出会えたでしょうに……。
 なので、ヒロインのキャスティングが致命的にアウト! だとわたしには感じられた。しかもなんなのあのエンディングは。このクソビッチが一番の悪党じゃん! と腹立たしい気持ちで劇場を後にしたのだが、確かにそりゃ、そもそもはイカレ科学者のDVが原因ってのは、まあ、5万歩譲ってアリだとしましょうか。でも、お前、余裕で金だけは受け取るし、それまで散々いい思いしてきて、完全に金目当てだったじゃんか。こんなヒロインには共感できっこないですな。このヒロイン、相当悪党ですよ。実に胸糞悪いす。
 ◆これは純粋に工学的技術であって、科学者というよりエンジニアじゃね!?
 そうなんすよ……そもそも、「透明人間になる」のは、『Hollw Man』では、薬剤投与による生理学的・化学的な変化なわけで、純粋空想科学の話なのだが、本作ではなんと、単なる技術なんだな。そう、いわゆる「光学迷彩」なのです。マーベルヒーローに例えるなら、今までの透明人間はハルクやキャップ、あるいはスパイディなどと同じ生体変化であったのに反して、今回はズバリ言うとアイアンマン、つまりメカニカルヒーローなんだな。ヒーローじゃないけど。
 でもまあ、100万歩譲って、光学迷彩でも良しとしましょうか。たしかに、本作で登場する「光学迷彩スーツ」のビジュアルイメージはとてもそれっぽくてカッコいいし、実にスタイリッシュだとは思う。その点はもう、賞賛したいですよ? でもなあ……ズバリ言えばそんなの現状の技術の延長線上にあるわけで、実現できる分からないけど、「SF」とはいいがたいような気がしてならないすね……。
 その結果、主人公たるイカレ科学者エイドリアンは、たんなるイカレエンジニアになり下がり、さらに言えば特に苦労もしてないし苦悩もしない。たいていの場合、度重なる失敗という苦労の末に世紀の大発明をして、それを自らを実験体にして、成功、するけれど、「元に戻れない!!」という苦悩を味わうのがお約束なのに、本作の場合、開発の苦労は一切描かれないし、元に戻るのもスーツを脱げばいいだけってのも実に気に入らないすね。これじゃあ共感もできないっすなあ……。。。
 そして、やっぱりどうしてもなぜコイツはそんなにこのクソ女にご執心なんだろうか? という点には全く理解が出来ず、おまけに、ほぼ単なるうっかりミス? でスーツを奪われ逆襲されるというエンディングは実に見ていて興ざめだったすな。アホだコイツ……というのが結論す。
 というわけで、この二人のイマイチすぎるキャラクターと演じた役者についてメモして終わりにしようと思います。監督や他のキャストはもうどうでもいいや。
 ◆セシリア:ヒロイン。全く可愛くない。どうやらなんかのパーティーでエイドリアンと出会い、お互いLOVEるわけだが、どうやら物理的暴力&精神的虐待を受けたとして、エイドリアンの住まうウルトラ超豪邸から脱出。わたし的には脱出時、飼ってるワンコに、「ごめんね、連れて行けないの」と置き去りにした開始5分の段階で、コイツに対する共感はゼロになりました。そしてどういう関係かまったく描かれていないけれど、友人である警官の黒人男性の家に転がり込む。そして遺産として5億もらえるとなると、余裕でその金は貰い、どうでもいい買い物をしたりと、時間が経つにつれてどんどんと、わたしのコイツに対する共感はマイナス値が積みあがって行きましたな。お金なんていらないわ! という展開ならまだ許してやっても良かったのに。相当なクソ女だよ、コイツ。すごいしっかり者の妹が出てくるのだが、その妹が気の毒過ぎるよ……。そしてラストシーンの若干してやったりな表情には、すぐさま席を立ちたくなったす。あそこで口元に笑みを浮かべさせなかったのは、監督の良心だと思いたい。笑ってたら、マジで即、席を立っただろうな。こんなトンデモ女を演じたのはElizabeth Moss嬢37歳。全く可愛くないし、興味も持てないので以下省略。
 ◆エイドリアン:光学技術エンジニア。超金持ち。天才らしい。どういうわけかセシリアに執着しているが、一応、本編で語られたところによると、どうしても自分の子供が欲しかったらしく、実はセシリアは妊娠していて(セシリア自身は避妊薬を飲み続けていたと思い込んでたけど、エイドリアンにはとっくにバレてて、薬をすり替えられていた。気づけよ!)、セシリアというよりその胎内の子が欲しかった、みたい。でもアンタさあ、アンタならいくらでも相手がいたでしょうに……。おれには分からんわ……。
 一つポイントなのが、エイドリアンの兄貴が弁護士で出てくるのだが、わたしはまた、この弁護士が実は弟を殺して、スーツを奪って、遺産がセシリアに渡ってしまうの邪魔するために暗躍してるんだろうな、と思ったけど、全然違ってました。でも、エイドリアンは純粋にセシリアを愛していて、遺産を渡そうとしていた、けど、兄貴はそれが気に入らない、って話の方が面白かったと思うんだけどな……。そしてそんなエイドリアンを演じたのは、Oliver Jackson-Cohen氏34歳。まあ、イケメン……かな? でも、残念ながら「透明」なので、ほぼ姿は映りませんw 出てくるのは最初と最後だけっす。
 とまあ、こんな感じでもう書きたい事がなくなったので、終わりにしたいが、最後に全く関係ないけど、2000年公開のBacon様主演『Hollw Man』がいかに素晴らしいかについて一言書いておこう。
 とにかく、ビジュアルイメージがまず最高すね。皮膚→筋肉や臓器→骨、とだんだん透けていくあの映像はやっぱり秀逸だと思う。そして「もし透明人間になれたら?」と男子中高生なら必ず妄想する、ちょっとエッチな風景もまた最高なんすよ。寝ている女子の服のボタンをはずして、おっぱいを……みたいな下品だけど最高な、本筋に全く関係ない部分もまた最高なんす! ただなあ……やっぱりヒロインに共感できないんだよな……『Hollw Man』も。まあ、確実にBacon先生版の方が面白いので、是非見ていただければと存じます!

 というわけで、結論。

 「透明人間」を扱った映画はいっぱいあるけど、今般公開された『THE INVISIBLE MAN』という映画は、なんと化学的変化ではなく光学的技術で透明になる、新世代の透明人間でありました。それを完全ナシだとは思わないけれど、どうせそういう技術は軍事産業がスポンサーなんだから、軍の陰謀めいたサスペンス、って方向性もあったんじゃなかろうか。そうなると『ANT-MAN』的ヒーローにもなったかもしれないのにな。ズバリ、本作はキャラクターがクソすぎて全く共感できず、実に不愉快な思いのする作品であったと結論付けざるを得ないと存じます。そして、2000年公開のVerhoeven監督&Becon様主演の『Hollw Man』の方が100万倍面白いと存じます。以上。

↓未見のかたは是非!!
インビジブル (字幕版)
メアリー・ランドル
2013-11-26

 先週も書いたが、わたしの青春時代は明らかに80年代であり、中学生から高校生当時のわたしのヒーローと言えば、これはもう『北斗の拳』の漢たちと、Sylvester Stallone氏で決まりなのであります。おそらくわたしは、Stallone氏の80年代~90年代ムービーはすべて劇場に観に行ったし、今でももちろん、Stallone氏はカッコいいと思っている。
 そんなわたしは、1982年の夏、中学の期末テストを終えた日、そのまま有楽町へ向かって今はマリオンが建っている地に存在した「丸の内ピカデリー」の地下にあった「丸の内松竹(だったと思う)」という映画館へ『ROCKY3』を観に行ったのであった。そして、観終わって大興奮で、何の用があったのかまるで記憶がないけど、日比谷方面へふらふらと行き、今はシャンテの建っている地点に存在した「日比谷映画」と「有楽座」の界隈で、その年の冬に公開される予定の、次のStalloneムービーのポスターを見て大興奮したのである。
 多分わたしは、うおお、もう次の映画があるのかよ、やっべえ、超楽しみだぜ!! という勢いでその映画の前売券を買ったのだが、その映画こそ、後に伝説的(?)シリーズとなった『RAMBO(※原題はFIRST BLOOD)』だ。
RAMBO
 わたしはクソオタなので、余人には全く理解されないようなゴミ、であろうとも、何でも保管しておく習性がある。そのため、こういう前売券の半券も、無駄にごっそり持っているわけですが、くっそう、探したけど『3』は見当たらなかった……前売券買わなかったのかな……記憶にない……。。。
 ともあれ、この『RAMBO』シリーズは、前作である20年ぶりの新作『JOHN RAMBO』において非常に印象的で、うっかりすると泣けそうなぐらい美しい完結を迎えた……はずが、なんと「その後」を描いた新作『RAMBO:LAST BLOOD』がこの度公開されるに至ったので、わたしとしてはもう、コイツはもう絶対観ないといけないという思いが強く、さっそく土曜に観てきた次第であります。
 結論から言うと、なんか、もういろいろとマジで泣けちゃいそうになるぐらい、やっぱり最高でしたなあ!! タイトルもイイっすねえ! 最初のFIRST BLOODと見事に対になっていて、素晴らしいと思うっす! なんつうか……とにかくもう、感無量っつうか……50歳近辺のおっさんは、今すぐ劇場へGO!でお願いいたします!!

 さてと。まず、ズバリ言うと、物語はもう、この予告の通りであります。この予告通りどころか、もっと凄惨で悲しく、つらいお話でありました。大切な家族の少女を救うために、メキシコのヤクザどもと戦うわけなんですが、一体どうしてそうなった? に関する過去をちょっとだけ解説しておこう。
 おそらく、この『RAMBO』シリーズの「1」~「3」に関しては、もう説明はいらんと思うので割愛するけど、問題は「3」の公開から20年後の2008年に公開された前作『JOHN RAMBO』(邦題:最後の戦場)のラストだ。この映画は映連の資料によると、興収10億以上作品に載ってないので、要するに日本ではまったく売れず、よほどのマニアじゃないと観ていない可能性が高く、物語を知らない人の方が圧倒的に多いのではなかろうか。
 「最後の戦場」では、相変わらずタイの奥地でひっそり暮らしていたランボー氏のもとに、キリスト教系NGOの連中が、BURMA(日本語で言うミャンマー)の少数民族であるカレン族(=彼らはキリスト教徒)が虐待・虐殺されているのを助けたいということで、タイから潜入しようとしていて、ランボー氏にガイドを頼みに来るわけです。
 ランボー氏は全く気が進まないながらも、善良な彼らをとりあえず潜入させ、自分の仕事は終わったとまたタイに戻るんだけど、ミャンマーに潜入したNGOたちは、まんまと暴虐&残忍な軍(事実に即した描写なのかは知らんす。とにかくヒドイ残虐描写)に取っ捕まってしまう。
 その救出チームとして傭兵軍団が組織され、傭兵軍団に頼まれて加わったランボー氏も一緒に現場に急行するのであった……てなお話なんだけど、まあ、実際のところその救助のメインストーリーはどうでもいいとして(いや、どうでもよくないけど)、なんと、全ての事件が終息し、仕事を終えたランボー氏は、故郷のUSAアリゾナに帰ることにするんだな。
 ラストシーンは、両親の暮らす実家の牧場に、うっすらと笑み?を浮かべ、一人歩いていくランボー氏の姿で終わるわけで、第1作目の、あの寒々しい中を一人うなだれてしょんぼり歩く姿と対照的に、太陽の降り注ぐ中を、しっかりと前を見据えて家路につくその姿には、我々観客としては、ああ、とうとうランボー氏にも安息の日々が訪れるんだ、よかったよかった、永かったねえ……ゆっくり休んでください。。。てなエンディングに、わたしはマジでなんか泣けそうになったのである。しかも! そのエンディングにはあの名曲「It's a long road」が流れてくるわけで、マジで泣けるわけですよ。本当に永い道のりを戦い抜き、ついに心安らぐゴールについたんだね、と。
 そして今回のお話は、そのエンディングから11年が経過している。どうやら両親はすでに他界しており、旧知の女性とその孫娘と暮らしていて、劇中の説明ではよくわからなかったけど、パンフによるとその孫娘とは養子縁組もしているらしい。そして善良なUS市民として、周りからも信頼を受けている。「追跡のプロ」として地元警察に依頼された遭難者を探す冒頭のシーンは、もうのっけから最高でありました。
 しかし、極めて残念ながら、ランボー氏に再び悲劇が降りかかってしまう。
 かわいいかわいい娘の身に、これ以上ないぐらいのひどい悲劇がもたらされてしまうのだ。まあ、本作はその復讐話なわけだが、わたしは観ながら、やっぱりどうしてもランボー氏に感情移入してしまうし、ランボー氏の行動に関して非難することはできないのである。
 実際のところ、「復讐」は何も生まないし、むなしさが募るだけだ、という正論は、理屈として分からんでもない。しかし、本作でランボー氏は明確に、「俺は復讐したいんだ」と言い放つ。ここをどう見るかで、本作の受け取り方が違うのではないかと思う。
 わたしは、悪党が改心するとは全く思っていないので、本作でランボー氏がやってのけた復讐には、もうよくぞやってくれたという思いの方が強い。本作の悪党は、メキシコの人身売買組織だが、女性をドラッグ漬けにして凌辱しまくり、売春要員として飼うような連中が、法による裁きで善良な人間に変化しうるだろうか? それって、ほんとにありうるのか? そりゃあるんだろうけど、本作に登場する極悪人には、どう考えてもそんな変化は起こらないと思うし、そういった悪党に対して、人権を認めるわけにはいかないのではなかろうか。文字通りの「人でなし」であり、生きる価値があるとは思えない。また、生かしておいても、同じ悲劇を味わう女性が増えるだけだ。ならばやはり、「駆除」するしかないのではなかろうか。
 だからわたしは、ランボー氏の行動を肯定できる。本作でランボー氏が悪党を狩る姿は、まさしく害獣を「駆除」する狩人そのものだ。この映画を観て、やりすぎだと思う人とは恐らく永遠に分かり合えないだろうと思う。
 で。
 やっぱりわたしとしては、Stallone氏を最大級に賛美したいと思う。あまり世の中的な評価を受けていないような気がするけど、Stallone氏は監督もするし脚本も書く、そしてなにより、演技が実に渋くて秀逸で、実に多彩なインテリだというのがわたしのStallone評だ。
 本作では、まず第一に、いまだPTSDに苦しむ男としてのランボー像を見事に表現してましたなあ。どうしても克服できない傷をもつランボー氏は、精神安定剤(?)的な薬が手放せないし、いまだ、心地よいベッドで寝ることもできず、夜な夜な敷地内に地下トンネルを掘って、その中で暮らしている。この設定も秀逸で、その地下トンネルが後半の害獣駆除の罠となるのも最大の見どころの一つだろう。さすがにStallone氏本人も脚本に関与してるだけあって、クオリティはきちんと担保されていたと思う。
 また、ここ10年ぐらい、Stallone氏は、自らの老いにもきちんと向き合っていて、あのランボー氏がボッコボコにやられるシーンもあったりする。そりゃそうだ、いくらランボー氏でも、スーパーマンじゃないわけで、リアルでかつ、痛ましかったですなあ。ハリウッド映画だと、拉致された娘も比較的無傷&救出する側も無傷、なんてことも多いけれど、そんなことがあるわけもなく、女性なら100%凌辱されるのは間違いないし、本作では目を覆いたくなるような地獄絵図で、ランボー氏の怒りと復讐は、わたしにはどうあっても否定できないと感じたっすね。そんなランボー氏を演じたStallone氏の表情は、実に演技として上質でお見事だったと思います。
 しっかし、ランボー氏はこの後、どのようにして生きてゆくのだろうか……。せっかく前作ラストで感動的に終わったのに、今回のお話は必要だったのかという気もする。けれど、やっぱり世には悪党がいっぱいいて、心休まる日々はなかなか訪れないのかなあ……だとしたら、ホントに悲しい世の中ですなあ……。つうかですね、本作での一番の悪党は、娘の実父であり、友達である娘を組織に売ったクソ女の二人だと思うのだが、あの二人のクソ害獣をそのままにしたことだけが、ちょっぴり残念す。まあ、小虫以外の何物でもない小悪党だけど、そういう小悪党こそ、駆除すべきだったかもしれないすな。。。ともあれ、ジョン・ランボー氏の今後に、安らぎの日々が訪れんことを心から祈ります。。。
 
 というわけで、結論。

 伝説の戦闘マシーン、ジョン・ランボー氏が今再び戦う映画、『RAMBO:LAST BLOOD』は、現在50±5歳近辺のおっさんならば今すぐ劇場へ観に行っていただきたい作品でありました。わたしはなんか悲しくなるぐらい心震えましたが、客観的に観れば相当残虐で、あまり人には薦められないような気もします。しかし、わたしは悪党が改心することがあるなんて全く信じていないし、人でなしに人権を認めるわけにはいかないので、駆除されて当然の害獣だと思いました。獣を狩るには入念に準備した罠が必要なわけですが、大変胸のすく戦いぶりだったと存じます。おれたちのStallone氏は、やっぱり演技も秀逸っすね。大変すばらしいスターだと思います。以上。

↓ とりあえず前作は絶対に観ておくべきだと思います。一応つながってるので。
ランボー 最後の戦場 (字幕版)
グレアム・マクタビッシュ
2013-11-26

 わたしは80年代から90年代に小学校~中学・高校~大学~サラリーマン初期を過ごした中年のおっさんとして、ハリウッドナンバーワンのコメディ役者と言えば、即、そんなのEddie Murphy氏に決まってんだろ! と言いたくなるわけだが、まあ、同年代のおっさんフレンズたちと、一番笑えた最高のEddieムービーはどれだ? 的な会話をすると、だいたい確実に『Coming to America』(※邦題「星の王子、ニューヨークへ行く」)という作品になる。わたしも大好きな映画で、もちろん劇場で観たし、のちにテレビの放送でも何度も見ていて、日本語吹替でも最高に楽しい映画だ(※もちろん吹替担当は下條アトム氏一択です)。この映画で笑えないやつとは永遠に分かり合えないと思うな。ちなみにひとしきりEddieムービーの話をした後は、たいてい「じゃあ、Jackieナンバーワンムービーはどれだ?」という話になって、だいたいいつも、そりゃやっぱり『Project A』だろ、という結論になって、誰かがインチキ中国語であの歌を歌い出すという展開になります。
 で。
 問題は、Eddie爆笑ムービーの、2位は何か、という点になると、これはかなり人によって意見が違うことになる。その時、わたしがいつも強く主張するのが、1998年に公開された『Dr. DOLITTLE』だ。この作品は、原作の児童文学『ドリトル先生』から「動物と話ができる医師」という設定をもらっただけで、完全に現代アメリカが舞台となっているのだが、まあとにかく、最高に笑える、大好きな映画であります。とにかく動物たちのセリフが下品で最高だし、Eddie氏の演技ぶりもわたし的には『星の王子』に次ぐ、最高レベルの作品だと今でも信じている。
 というわけで、わたしとしてはそれなりに想いのある『DOLITTLE』が、今再び映画化される、しかも主演はわたしが大好きなトニー・スタークでお馴染みのRobert Downey Jr.氏というのだから、もう期待せずにはいられないわけで、すぐにムビチケを買って、公開を楽しみにしていたのだが……COVID-19の蔓延により公開は延期されてしまったのであった……のだが、早くも(?)先週から公開されることになったので、わたしも日曜日にさっそく観てまいりました。どうでもいいけど、発音的には「ドリトル」ではなく、「ドゥーリトル」、Doとlittleの合体なので、ちゃんと発音する方がいいと思うな。

 というわけで予告は、4月に惜しくも亡くなられてしまった藤原啓治氏に敬意を表して、日本語吹き替え版を貼っておこう。ほんとに藤原さんのトニーはピッタリで、もう藤原ボイスが聴けないなんて極めて残念す……。
 で、物語はもう、この予告でほぼ全部語られていると言っていいだろう。お話はきちんと原作通りヴィクトリア朝時代なのだが、内容的にはオリジナル、なのかな、わたし、原作シリーズを読んだことがないのでよくわかりませんが。
 そして注目なのは、動物たちの動きだ。完全にフルCGと思われる動物たち。これは、Eddie版とはかなり違う点で、Eddie版は結構本物の動物だった……ような気がするのだが、ちょっと自信がないな……少なくともラッキー(ドゥーリトルの相棒的な下品なセリフバリバリのわんこ)は本物の犬だったと思うけど、今回の最新Downey版では、おそらくわんこもほぼCG、であったと思う。そして、CGであるがゆえに、動きや顔の表情が妙に人間臭かったりするわけだが(結果、漫画っぽい)、その辺はこの映画が完全に子供向けということなのだと思う。そしてさらに言えば、内容的にも子供向けの物語展開で、Eddie版は大人が見ても大爆笑なデキであったのに対し、今回は大人が見て笑えるかというと……まあ、残念ながらそれほどではなかったな、という感想であります。
 Eddie版は、ギャグも下ネタ全開だし、物語も現代的で、そもそもの対象年齢が違うから、今回のDowney版と比べる方が間違ってるんだろうな、とは思う。そして残念ながら、わたしとしてはEddie版の方がずっと面白かった、と結論付けざるを得ないすね……。おっさんなので。
 今回、わたしが一番「うーん……」と思ってしまったのは、主人公ドゥーリトル先生が、ほぼ何も努力しないというか、すべて動物たち任せというか、他力本願と言えばいいのかな、ウルトラピンチも他人の好意によって救われるような、自分で何とかしようとするような行動を起こさない点であろうと思う。だから、どうにも好きになれなかったんすよね……。動物たちは超頑張ってけなげなんだけど……肝心の先生がなあ……そして助手の少年とのきずなも浅いし、悪役も頭が悪すぎるというか、計画がずさんすぎるし、ズバリ、大人の鑑賞にはちょっとキビシかったすね。
 というわけで、各キャラクターと演じた役者をまとめて終わりにしようと思います。
 ◆ドゥーリトル先生:演じたのはもう散々書いている通りRobert Downey Jr.氏。ビジュアルは最高だし、軽妙なキャラはピッタリだけど、まあ、脚本に難アリだったと思うことにします。元々超天才医師で動物と話せる特殊能力持ち。ヴィクトリア女王から下賜された大邸宅に動物たちと住まう、が、奥さんを亡くし、引きこもりに。そんな時、予告にある通り女王が病に倒れ、女王が崩御すると下賜された邸宅も没収されちゃうと聞いて、動物たちにそれは困る!! と猛抗議されてようやく引きこもりから社会復帰する。のだが……この基本プロットも、なんかアレっすね……。ま、いずれにせよ、Downey氏の演技はいつも通り大変結構かと存じます。ひとつ、本作で、へえ~?と思ったのは、ドゥーリトル先生は、なんかテレパシー的な手段で動物と話すのかと勝手に勘違いしていたけど、実際は、ちゃんと動物の鳴き声(?)によって会話する点で、犬となら「わんわんきゅうーん」的に、ゴリラとなら「うほうほうほっほ」的に話す点が、すごく新鮮だったすね。
 ◆トミー・スタビンズ少年:猟師のおじさんと暮らす少年。おじさんは猟師なので、動物を狩って生活するわけだが、少年はどうしても動物を撃つことが出来ず、でたらめに撃った流れ弾でうっかりリスを傷つけてしまい、ドゥーリトル先生に治療を頼みに邸宅に忍び込み、押しかけ助手となる。そしてどんどんと「動物語」もマスターしていく次世代ドゥーリトル。わたしは原作を知らないので、これが原作通りなのかよくわかりません。残念ながら本編では、ほぼ活躍せず、と言わざるを得ないだろうな……先生との心の交流的なものも、実に薄かったのが残念。演じたのはHarry Collet君16歳。おっと、『DANKIRK』に出てたらしいな。どの役だろう?
 ◆レディ・ローズ:女王が病に倒れたことを知らせに来る、推定10~13歳ぐらいのちびっ子レディ。かわいい!! 歴史的な人物なのかちょっとわからんな……一応、ふんわりと次期王位継承者っぽく?描写されていたので、長女のVictoria Adelaide Mary Louise様なのかも? 後のドイツ皇后ですな。そして演じたCarmel Laniadoちゃん14歳がおっそろしく美人&かわいかったすね。↓この娘さんです。

 ◆バッジリー卿&マッドフライ:悪者コンビ。この二人が悪い奴で、女王は病気ではなくこのコンビによって毒殺されかかってることは、もう冒頭15分ぐらいで判明。ここで物語終了じゃん! とは思ったものの、今回はその解毒剤探しがメインの冒険でした。演じたのはいかにもイギリス人な風貌のJim Broadbent氏(有名なのはハリー・ポッターのスラグホーン先生役かな)と、Michael Sheen氏。特に書くことないす。
 ◆ラソーリ:海賊島の王。亡くなった奥さんの父で、娘を救えなかったドゥーリトル先生を憎んでいる。が、結構あっさり許してやり、あまつさえ船も貸してやるなど優しいお父さんになっちゃった。この変化もちょっと底の浅い脚本だったと思うのだが……。。。演じたのはAntonio Banderas氏で、うかつなことにわたし、最初Banderas氏だと全然気が付かなかったす。
 で、動物は4人だけ紹介しておこう。
 ◆オウムのポリー:動物たちの中のリーダー格(?)。先生の奥さんが亡くなる時、指輪を託された古参の一人。その声はイギリスの誇る大女優Emma Thompsonさん。非常にぴったりな役でした。
 ◆わんこのジップ:眼鏡をかけた賢いわんこ。Eddie版のラッキーとは大違い(笑。ただし今回は冒険に参加せず、女王のもとに番犬としてお留守番なので、あまり活躍シーンはない。演じたのはトニーの弟子でありNYCの親愛なる隣人SPIDER-MANでおなじみTom Holland君。彼の声はすぐわかるっすね。
 ◆ゴリラのチーチー:超奥手な弱腰ゴリラ。冒頭のアニメを見る限り、どうやらかつて密猟者につかまっていたところを先生に救われたっぽい。なので怖がりなのかな。これが原作通りか知りませんが。演じたのは、オスカーウィナーとなったRami Malek氏なんだけど、サーセン、声ではわからなかったす。
 ◆ホッキョクグマのヨシ:白くまなのに寒がりのため、ドゥーリトル先生にもらったニットキャップを着用。演じたのはWWEレスラーでお馴染みJohn Cena氏。通称「ワル学博士」「俺様ラッパー」。最高です。もう、この人の試合の中継はJ-SPORTSで何度も観ましたが、最高におもろいす(今、無観客試合を中継してるんだけど、とにかく日本語字幕が笑えておもろい!)。この人は結構映画界にも進出していて、最近では『BUMBLE BEE』にもでてましたな。
 とまあ、こんなところかな。ほかにも動物の声で多くのスターが出てるので、くわしくはWikiでも観といてください。

 というわけで、もう飽きてきたのでさっさと結論。

 COVID-19によって公開延期となってしまっていたけど、想像よりずっと早く公開となってくれたので、さっそく観てきた『DOLITTLE』。わたし的に、いわゆる「ドリトル先生」というと、真っ先にEddie Murphy氏の爆笑映画を思い出すのだが、今回のRobert Downey Jr.氏による本作は、実に子供向けで、正直かなり物足りなかったというのが最初の感想であろうと思う。ちょっとなあ……いただけないすねえ……脚本的に。どこまで原作小説のエピソードを盛り込んでいるのか知らないけれど、ちょっと……人間のキャラクターたちのつながりが非常に薄かったように思う。まあ、実際本作は、ドゥーリトル先生と動物が主人公だから、それでいいのかな……いっそ、Eddie版のように現代にお話を変えても良かったような気もします。ヴィクトリア時代である必要はほぼなかったのではなかろうか。ともあれ、こんなに早く劇場が再開してくれるとは思ってなかったので、そのあたりの英断?には敬意を表し、わたしも感染対策を万全にして、これからも映画館へ足を運ぼうと存じます。なんか、もう書くことがないので、以上。

↓ こっちの方が圧倒的に面白いと思います。あえての日本語吹き替えで観ていただきたい! 「2」は、若干イマイチかも。。。そして「3」以降は完全別モノです。


 先日の第92回アカデミー賞は、韓国映画の作品賞&監督賞受賞で幕が下りたわけだが、わたしとしてはあの映画にはほぼ興味はなく、また、ノミネート作品の大半をまだ観ていなかったので、実のところ今年のアカデミー賞にはそれほど興味が持てないでいた。まあ、『JOKER』のJoaquin Phoenix氏の主演男優賞はカタイだろうとは思っていたけれど。
 しかし、作品賞にノミネートされていた、とある作品に関しては、わたしは早く観てえなあ、ととても興味を持っていた。その映画とは『1917』のことであります。なんでも、全編ワンカット、に見えるような編集で、戦場に放り込まれたような臨場感ある体験を得られる凄い作品らしい。
 というわけで、やっと日本でも公開となったのでさっそく観てまいりました。
 結論から言うと、大変面白く、ドキドキがすさまじい傑作であることを確認した次第である。これはすごいや。なんつうか、あのウルトラ大傑作『GRAVITY』にちょっと似てるような気がしますね。題材は第1次世界大戦の戦場と、宇宙空間、とまるで違うんだけど、一つのMISSIONのために一人の人間があらゆる努力を積み重ねていく姿は、非常に近いものがあるように感じたっす。いやー、面白かったわ!

 まあ、物語は上記予告の通りだ。そして字幕が全然台詞と合ってないことは一応突っ込んでおこう。この予告でチラッと現れるBenedict Cumberbatch氏演じる大佐のセリフは、まったく字幕と違うよこれ。
 というわけで、物語は1917年4月6日のフランス(あるいはベルギー)の、第1次世界大戦におけるいわゆる「西部戦線」での出来事を追ったものだ。かの名作『西部戦線異状なし』は、ドイツ軍視点の物語だったが、この映画はイギリス軍視点の「西部戦線異常あり」というべき物語だ。
 この日は、Wikiによるとアメリカ軍が参戦した日だそうだが、状況をまとめておくと、前年のヴェルダンの戦いを経て、ドイツ軍はアルベリッヒ作戦を発動し、西部戦線から戦略的撤退を始めていた。これは、後方のヒンデンブルグ線で待ち受けて連合軍を一網打尽にしようという罠の一環なのだが、前線にいたイギリス軍は、そのことを航空写真ですでに分かっていた。分かっていたのだが、全軍に伝える手段がなく、最前線のイギリス軍人たちは、チャンス、一気にドイツの奴らをぶっ飛ばすぜ!と追撃戦に移ろうとしていた。そのため、まんまと罠に引っかかってしまうのを防ぐべく、作戦本部から二人の若者が伝令として最前線へ向かうのだった―――てなお話である。なお、この物語は本作の監督、Sam Mendes氏のおじいちゃんから聞いたお話をベースとしたフィクションなのだが、そのおじいちゃんは実際に1次大戦に従軍した伝令兵だったそうです。
 現代のような情報伝達手段の発達していない当時において、全軍へ指示を行き渡らせるのは極めて難しく、当時すでに「有線」の電話網はあったけれど、有線は文字通り電話「線」を切断されたら使えないわけで、戦国時代の日本のように、伝令兵を使うしかない。軍組織は大きければ大きいほど、統一した意志をもって行動するのが難しくなるわけだが、その意思統一のための情報連絡は極めて重要だ。
 わたしは映画オタクとして、中学生の時に「GALLIPORI(邦題:誓い)」という映画を観ている。これは、たしか『MAD MAX2』が公開された後、Mel Gibson氏の人気が高まって日本でも公開された作品だが、あの映画も第1次世界大戦の「ガリポリの戦い」(1915年)を描いたもので、主人公が伝令兵として戦場を駆けるお話で、わたしは『1917』のストーリーを知った時、真っ先にこの映画のことを思い出した。『GALLIPOLI』はなあ……泣けるんすよ、すごく。Mel Gibson氏も若くてすごいイケメンで……でもラストがなあ……ダメだ、これは重大なネタバレなので書かないでおこう。とにかくエンドクレジットの映像がショックというか悲しいウルトラ傑作なのだが……わたしは今回の『1917』も、ラストまで大丈夫だろうか……とドキドキしながら観ていた。
 が……まあ、その予感は半分だけ当たっていたと言っておこう。詳しくはもう、今すぐ劇場へ行って確認してください。とにかくこの映画最大のポイントは、やっぱり「撮影」であろうと思う。監督がレッドカーペットで話していたけれど、実際には最大の長回しは8分ほどだったそうで(と言ってもそれでもすげえ長い!)、実際には超うまくつなげているのだが、よーく見ていると、ここでつないでいるな、というのは実は結構わかる、けど、もう見事としか言いようがないすね。そういう技術面では、すさまじい技量で、これはもう世界最高峰レベルだと思う。本当に戦場にいる感覚は半端ないす。
 というわけで、各キャラと、何気に豪華なチョイ役陣を紹介しておこう。
 ◆ウィリアム・スコフィールド:通称「スコ」または「ウィル」。主人公。正直、彼が何故、故郷に帰りたくない的なことを言っていたのか、その背景はよく分からない。最初は、もう戻ろうぜ、とか任務に消極的だったが、とあることから、その任務に全力をかける! 大変な熱演でした。素晴らしかったすね。ザ・フツーな青年だったのに、だんだんとその表情が鬼気迫っていくのがとても良かったと思います。演じたのはGeorge MacKay君27歳。彼はわたし的には「How I Live Now」の彼氏だとか、WOWOWで観た『Ophelia』でのハムレット役だとか、意外と見かける顔で、なんつうか、いかにもイギリス人っぽい顔っすね。もちろん本物のイギリス人です。
 ◆トム・ブレイク:最前線に兄がいるため、兄を救うべく伝令兵に選ばれた上等兵。友達のスコを相棒に、戦場を駆ける若者。演じたのはDean-Charles Chapman君22歳。彼も意外と見かける役者で、映画デビュー作は『Before I Go to Sleep』での主人公Nicole Kidmanさんの息子役だったみたいですな。優しすぎたトム、君は立派だったよ……。。。
 ◆エリンモア将軍:二人に伝令を託す作戦司令部の将軍。出番は数分だけど演じたのはイギリス王でお馴染みColin Firth氏。
 ◆スミス大尉:道中でスコと出会い、スコを途中までトラックで送ってくれるカッコいい士官。わたしはこの人が本作に出てることを知らなかったので、画面に登場した時は、おおっと! これはこれは、イギリスの誇るセクシーハゲ、Mark Strong兄貴じゃないすか! と大歓喜したっすw なお、本作ではずっと軍帽着用なので、ハゲ具合は観られません。
 ◆マッケンジー大佐:最前線で今にも特攻しようとしている司令官。伝令の届け先。演じたのは前述の通り、ドクター・ストレンジあるいはシャーロックでお馴染みBenedict Cumberbatch氏。この人も出番は数分だけど、存在感ありましたなあ。
 ◆ジョセフ・ブレイグ中尉:トムの兄貴でマッケンジー大佐の連帯に所属。演じたのは、Game of Thonesでお馴染みらしいRichard Madden氏。もちろんイギリス人。次のMCU『THE ETERNALS』に出るらしいすね。彼もまた本作での出番はほんの数分です。
 というわけで、ホントに数分しか出ない士官として大変豪華なキャストがチラッと出てきますので、その点は要チェックすね。
 で、監督は『007』の『SKYFALL』と『SPECTRE』の2作を撮ったSam Mendes氏だが、わたしとしてはその007作品はあまり好きではなく、Mendes監督作としては『JARHEAD』や『ROAD TO PERDITION』の方が好きっすね。しかしまあ、本当に本作は凄い映画でした。大変満足です。

 というわけで結論。

 惜しくもオスカー作品賞と監督賞は逃してしまった『1917』という作品を観てきたのだが、噂にたがわぬ凄い撮影で、ある意味映画の醍醐味としてはもう、最上級にすばらしく、極めてハイクオリティの作品であったと思う。実に面白かった。まあ、殺し合いの戦争を描いた作品だし、悲しい部分もあるので面白かったというのは若干アレだけど、でも、やっぱり映画として見事で、面白かったと結論付けたいす。これはなるべくデカいスクリーンで、大音響で観たいただきたい作品すな。でも、ちょっとThomas Newman氏による音楽が主張しすぎなところもあるんだよな……まあそれでも、大音響で観る環境は必須かと存じます。いやあ、ホント素晴らしかった。以上。

↓ こちらもぜひ見ていただきたい! あーくそ、配信でもラインナップされてないか……名作っす!
誓い [DVD]
メル・ギブソン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2007-09-21

 ミュージカル『Cats』と言えばファンが多く人気の演目で、日本では劇団四季による専用劇場など、日本でも大変お馴染みなわけだが、わたしは去年の3月に、初めてその劇団四季による舞台を観に行くことができた。
 わたしは、それほどファンがいっぱいいて、超ロングランをしているのだから、そりゃあもう、すげえ感動大作なのだろう、と、わくわくして劇場へ向かったのだが、観終わってみると、たしかにそのパフォーマンスや歌は超すごく、その点では大満足ではあったものの……物語に関しては、ちょっとよく分からないというか……ちょっとびっくりしてしまったのである。ズバリ言うと、物語がないのだ。
 ないってのは言い過ぎかな、ええと、説明すると、猫たちの舞踏会があって、その中から「天上へ昇り新たな生を得る」猫を選ぶ、という大枠があって、数々の猫が、われこそは「ジェリクル・キャット」なり! といういわばプレゼン大会という感じで、一人一人の猫が歌い踊って、自分をアピールしてゆくのである。なんつうか、「猫の紅白歌合戦」的な感じなんだな。
 なので、実はわたしは劇団四季の『Cats』を観ても、それほど感動はしなかったのだが、数々の歌やダンスはもう本当に超一流で、そこには「すげえ!!」という感動があるんだけど……お話自体がなあ……てなことをわたしは感じだのである。
 というわけで、そんな全世界的にファンが大勢いる『Cats』が、この度映画となって登場することとなった。しかも監督は、あのミュージカル『Les Misérables』を完璧な映画として撮りあげたTom Hooper氏である。コイツは絶対観ないとダメだ、というわけで、さっそく観てまいりました。
 まあ、結論から言うと……上から目線で言わせてもらうと、悪くない、とは思うし、非常にハイクオリティな作品だったと思う。物語性も、少し舞台版よりも分かりやすくなっているような気はする。が、やっぱりライブの、生の舞台で観るべき作品なのではなかろうか、と強く思った次第である。なんつうか……スクリーンだと各猫の想いというか、猫たちの心のパワーが弱まるというか、生の舞台の方が強く、ダイレクトに響くような気がするすね。当たり前かもしれないけど。

 まあ、映画として、CG補正を用いたビジュアルイメージになるのは当然のことだろう。実のことろ、本作は去年既にUS公開されていて、結構ヒドイ批評ばかりで、興行成績も全く振るわず、結論として失敗作という烙印を押されてしまっている。どうもその批評の大半は、ビジュアルイメージの「不気味さ」をあげつらっているようだが、わたしは全く気にならなかった。だって、劇団四季Verで観ているので、最初から「そういうもんだ」と知ってるし、むしろそのCG猫たちの可愛らしさには、すげえ!! と称賛したいぐらいだ。また、物語が「猫たちの紅白歌合戦」であっても、最初から知ってるし、急に歌い出すのはミュージカルなんだから当然で、この点は、普段ミュージカルを見慣れているわたしには全く何ら問題ない。なので、ある意味本作は観客を選ぶかもしれないとは思う、が、だからと言ってダメだなんてことは全く思わない。とにかく、各キャストの「猫」ぶりは見事ですよ。もっふもふで、毛皮の質感はハリウッド最強レベルだと思う。
 しかし、だ。劇団四季Verや舞台Verであった、「劇場に入るところからもうワクワクしてくる」あの感動は、ズバリ、ない。劇団四季の専用劇場は、「ゴミ捨て場」を劇場そのものが表現していて、なんかもう、入った瞬間からドキドキしてくるのである。さらに、真っ暗になって猫の目がいっぱい光り、あの「チャララチャンチャチャン」の曲が始まる時の、あのオープニングの興奮も、残念ながら本作映画版では薄い。そういう意味で、「体験」としての興奮は、どうしても生の劇場で感じるものの方が上手であろうとは思う。こりゃもうしょうがないよな。
 ただ、本作映画版で、わたしが一番良かったと思うのは、観客と同じ目線で、何が起きるんだろう、次の猫はどんな猫なんだろう、と一緒になって物語を追う、ある種の狂言回し的な役割りも担う新入り猫「白猫ヴィクトリア」が超可愛い!!点だ。そしてダンスが超最高!なのです! 
 というわけで、各猫たちをメモして行こう。
 ◆白猫ヴィクトリア:演じたのはFrancheska Haywordさん27歳。超しなやかかつ超キュート! イギリス王立バレエ団でお馴染みThe Royal Balletのプリンシパルダンサー。人間にゴミ捨て場に捨てられて、戸惑っていたところを先輩猫たちに救われて(?)、これから一体何が起こるの? と好奇心旺盛な可愛い顔で物語を追っていく存在。やっぱり、バレエダンサーというのは、ダンサーの中でも完全に別格、その美しさは最強でしょうな。歌も大変お見事でした。とにかく可愛い! と、わたしは思うのだが、まあ、わたしは猫と暮らしているので、猫に対してひいき目はあるとしても、そう思えない人はこの映画を観てもほぼ意味がないと思います。
 ◆手品猫ミスター・ミストフェリーズ:白黒猫で、顔が見事な八割れ君。若干自分に自信なしな感じで、やや大人しいけれど、ヴィクトリアを何かと構う優しい雄猫。演じたのはLaurie Davidson君27歳。彼はバレエの経験とかはないみたいだな……。
 ◆マンカストラップ:猫たちの若きリーダー的存在のキジ猫君。ヴィクトリアを守ってあげる頼れる兄貴。演じたのはRobbie Farichild氏31歳。とても猫でしたな。非常にいいと思います。
 ◆長老猫オールド・デュトロミー:「ジェリクル・オブ・ジェリクル」を選定する長老。舞台Verではおじいちゃんだったと思うけど、本作映画版ではおばあちゃんでした。何気によく歌う。そして本作で演じたのは、イギリスが誇るおばあちゃん、Judi Denchさん85歳。非常にお達者ですなあ。歌も歌えたんすね。お見事です!
 ◆バストファー・ジョーンズ:太鼓腹のセレブ猫。ジェリクル候補。演じたのは、歌えるデブことJames Corden氏41歳。クセが強いんよ……。大変芸達者なお方ですな。
 ◆ジェニエニドッツ:太ったおばちゃん猫。ジェリクル候補。日がな一日寝てばかりだが、夜になるとネズミ隊とゴキブリ隊の調教に大忙し。あの、ネズミとゴキブリまでCGで人間の顔をつけると、やっぱりチョイとキモイすね。演じたのはRebel Wilsonさん39歳。あれっ? 意外と若いな……。ああ、そうか! 『Pitch Prefect』のファット・エイミーか! 全然忘れてた!
 ◆劇場猫ガス:本名アスパラガス、だけどガス、と呼ばれるおじいちゃん猫。ジェリクル候補。演じたのはマグニート、あるいはガンダルフでお馴染みIan McKellan氏80歳。この方も歌えたんすねえ……。なんか、舞台版だともうチョイ元気だったような気がするけど、映画版ではもう相当よぼよぼしてました。
 ◆ラム・タム・タガー:イケメンプレイボーイ猫。ジェリクル候補(?)。ロックンローラー的で、雌猫たちを侍らせる俺様系のニクイ奴。演じたのは歌手というべきなのかな、Jason Derulo氏30歳。若いなコイツも。舞台版では非常に目立つけど、映画版ではパフォーマンスシーンがあるだけでした。
 ◆鉄道猫スキンブルシャックス:列車のマスコット猫として多くの電車に乗ってきた鉄道猫君。ジェリクル候補(?)。その歌はもう最高で、ちょうど先週、WOWOWで井上芳雄氏がスキンブルシャンクスのテーマを歌うのを観ていたので、わたしとしてはもう、足でリズムを取りたくなったすね。タップダンスも超見事でした! ただし本作映画ではラム・タム同様パフォーマンスシーンで目立ってただけかも。演じたのはSteven McRae氏34歳で、どうやらこの方もThe Royal Ballet のプリンシパルのようです。歌もダンスもマジで超最高でした。
 ◆マンゴージェリー&ランペルティーザ:泥棒猫コンビの二人。悪い子ですよこのコンビは。演じたのは、Danny Collins氏とNaomih Morganさんというお二人だが、あまり情報がないので省略。Naomihさんは超美人すね。
 ◆マキャビティ:犯罪猫。悪いヤツ。ジェリクルの座を射止めようと様々な悪さを企む。演じたのはMCUのヘイムダルでお馴染みIdoris Elba氏47歳。ええ、うそ、この人オレより年下かよ! マジか! 非常に存在感のある悪役ですが、ラスト、あそこから君は無事に降りてこられてのかな。可愛い声で、降ろしてニャ~ン! とか泣いてる姿を想像して、ちょっと微笑ましく思ったす。元々Idoris氏はイケボですが、歌も大変結構なお点前でしたな。
 ◆ボンバルリーナ:本作映画版ではマキャビティの手下のセクシー雌猫。この子も悪い子ですよ。舞台Verでは、ディミータという雌猫と仲良しなのだが、映画版ではディミータはその他大勢のうちの一人(?)になってました。わたしが舞台Verで一番気に入ったのはディミータだったんだけどな……。ともあれ、ボンバルリーナを本作で演じたのは、世界の歌姫Taylor Swift嬢30歳で、大変セクシーかつ極上の歌とダンスはさすがでありました。
 ◆グリザベラ:娼婦猫、だけど、本作映画版では娼婦の設定はなくなってたのかも。彼女が、誰もが知ってるあの歌、「メモリー」を超切なく歌う猫ですな。本作で演じたのは、これまた歌姫Jennifer Hudsonさん38歳。いやあ、素晴らしい「メモリー」でしたなあ……! 非常にグッと来たっすね!

 とまあ、メインは以上かな。監督は冒頭に書いた通り、Tom Hooper氏なわけだが、『Les Misérables』を撮った時は、歌を別撮りにせず、歌いながらの演技をそのまま撮影したことでも有名だけど、本作もそうだったのかはよくわからんです。でも完璧に口と歌があってたので、今回もそうだったかもしれないすね。これ、日本語吹替版も上映されていて、キャストも豪華でそっちも気になるけれど、どうしても吹替だと口と歌が合わないわけで、その辺はどうなんだろうな……。。

 というわけで、もう結論。

 ミュージカルの名作と呼ばれる『Cats』が映画となって公開されたので、ミュージカル好きなわたしとしては絶対観るべし! というわけでさっそく劇場へ行ってきたのだが、たしかに演者のとても見事なパフォーマンスは感動ものだし、なにかととやかく言われているCG猫たちにも、わたしは全く違和感なく受け入れられたし、むしろとてもかわいいとさえ思った。のだが、やっぱり、比較しちゃあいけないかもしれないけれど、パフォーマンスからあふれ出るパワーのようなものは、生の舞台版の方が上だと思うし、やっぱり、ダイレクト感が比べ物にならんと思うすね。実際のところ、そんなことは当たり前で、映画の企画の当初からそれは誰しもわかっていたことだと思う。それでもなお、映画にしようと思ったのは何故なのか……それはわたしには良く分からんけれど、少なくとも、世間的な低い評価はちょっと不当だと思う。物語的にも、本作映画版はきちんと分かりやすくする努力もしているし、その点では舞台版よりいい点ではなかろうか。まあ、基本的に本作は猫が好きな人じゃないとアカンと思うすね。猫たちは大変可愛く、実際猫でした。わたし的にはこの映画、十分アリ、です。以上。

↓ こちらは舞台版の映像化っすね。でもまあ、とにかく生の劇団四季を観に行くのが一番いいと思います。
キャッツ (字幕版)
ジョン・ミルズ
2013-11-26



 いつものセリフで恐縮ですが……
 わたしがこの世で最も好きな小説家は、ダントツでStephen King大先生である!!
 というわけで、ここ数年、再びKing大先生の作品が映画化されるのがちょっとしたブーム?のような気がするけれど、その流れの一環として、かつてかなりなB級映画として製作されたことのある、あの作品が、最新Verとして再映画化される日がやってきました!
 その作品とは、King大先生の作品でも比較的初期作品である『PET SEMATARY』であります! ちなみに「Semetary」が英語として正しい綴りで、本作が「Sematary」となっているのは、子供がつづりを間違えたという設定のためで、そもそもの原作小説も「Sematary」だし、文春の日本語版も「セマタリー」と表記されてます。
 というわけで、さっそく観てきたわけですが、なんつうか、やっぱり原作小説とおおむね同じ、だけどラストはまったく違う筋書きに改変されていて、まあ、ズバリ言えば相当後味の悪いBAD-ENDになっていて驚いたす。いや、原作小説もなかなかのBAD-ENDなんだけど……主人公の行動はまるで違うもので、なんか……まあ、観てスッキリはしないエンディングだったと誰しもが思うのではなかろうか。
 ま、原作と違っている点に関しては、まったく構わないけれけど、そうだなあ、確かに、変にきっちりとしたGOOD-ENDに改変してしまうよりは、原作のテイストは込められているのかな。なので、結論としてはアリ、ではある。けど、うーん……まあ、あまりお勧めはできないな……物語的にもアレだし、ちょっといろいろと……映画としてアレでもあるんだよなあ……。。わたしとしては、1989年版の方が、B級感あふれてて好きっすね。

 まあ、物語はこの予告通りと言っていいだろうと思う。
 都会から田舎に引っ越してきた家族。広大な森が敷地内にあって、うっそうとしているが、家からすぐのところに、ビュンビュンとトラックがかっ飛ばしてるような国道(と言えばいのか?)が通っている。ある日、家族の飼い猫がその国道でトラックにひかれて死んでしまう。父は、まだ小学生ぐらいの娘に、命についてまだ教え切れておらず、どうしたものかと思っていると、敷地の隣に住む老人が、森の奥にある、「PET SEMATARY」のさらに奥の、謎の土地に猫の遺骸を埋葬するよう指示する。すると、死んだはずの猫が家に帰ってきた! なんてこった、これは一体!? とか思っていたのだが、戻ってきた猫は邪悪な性格に変わってしまっていた。そしてとあることから次に娘を失くした父は、禁断の地に娘を埋葬するのだった……てなお話です。サーセン、テキトーにはしょりました。
 えーと。まず、ズバリ原作小説との違いは、上記のわたしがまとめたあらすじで明らかでありましょう。そう、原作小説で亡くなるのは息子、末っ子の弟で、本作映画版では娘で、お姉ちゃん方なんだな。観ながらわたし、あれっ!? お姉ちゃんが死ぬんだっけ!? と思って映画館を出た後で原作をパラ読みしたら、確かに小説では息子の方でした。
 でもまあ、上に書いた通り、別にこの改変はまったく構わないと思う。問題は……亡くした子を復活させようとする親の心理、であろう。この点に関しては、実は原作小説でもわたしはイマイチ理解できなかったのだが、本作映画版では、わたしは全く理解できなかった。
 まあ、普通に考えて、そりゃ生き返るというなら、どんな手段も取ってしまうかもしれない。本当にやるかどうかは、ま、単なる思考実験なのでどうでもいいというか結論は出ないけれど、少なくとも物語としては、主人公たる父親に共感はできなかったのが偽らざる感想だ。
 わたしは観ながら、結局これは、キリスト教的な「復活」のイメージなのか、あるいは、アメリカ人が大好きな「ゾンビ」モノの一種なのか、「死者の蘇り」がこれほどいろいろテーマになるってのはどういうことなんだろう? とそのことばっかり考えてしまった。
 実のところ、わたしの愛するKing大先生の小説作品でも、結構「蘇り」はテーマとして書かれているわけで、アメリカ人、だけじゃなく世界中の人々が大いに関心あるいは興味を持っているんだろうとは思う。でもそれは一体、なんでなの?? というのが、わたしにはよくわからないでいる。
 わたしも親をはじめ、今まで多くの大切な人(や家族たるわんこやにゃんこ)を看取ってきたので、実体験が少ないからだよ、とか、実際にその身になってみたことがないからだろ、とは言わせない。一つ思うのは、現代日本では普通である「火葬」という弔い方が影響してるのかも? という点だ。火葬にして、骨を骨壺に納めて、という弔いを何度も経験してきたわたしとしては、もう「ゾンビ」ってありえないんだよね、実際のところ。
 本作では、亡くなった猫を、主人公はきちんと娘に説明して、「死」について教育しようとするが、奥さんに「まだ早いわ、いなくなったことにしましょう」的なことを言われ、問題の禁断の地に埋める展開となってしまうが、まあ、ズバリ言えばこれが最悪の事態をもたらしたわけで、やっぱりちゃんと火葬してあげればよかったのにね、と思わざるを得なかったす。そして猫であろうときちんとお墓をたててあげてほしかった。「墓」って、やっぱり「そこにいる」という実感と「祈りの場」としての意義において、重要だと思うすね。
 まあ、そんなことを思いながらわたしはこの映画を見ていたのだが、メモとして思ったことをいくつか残しておこう。
 ◆びっくりさせる安い演出はやめてくれ……
 本作は、結構しつこいぐらいの頻度で、大きい音や急なカットインなどで、観客を「うおっと! ビビったぁ!!」とビクッとさせる演出が入る。けど、なんつうか……品がないというか……好きじゃないすなあ、ああいうのは。小手先すぎると思うんだけど……。
 ◆すれすれのところを爆走するトラックが怖い!
 King大先生のファンならお馴染みの通り、King大先生は1999年6月19日に、近所を散歩していてライトバンに跳ね飛ばされて重傷を負い、本当に死にそうになったことがある。まあ、このことを知ってる人なら、本作でやけに描かれる「すれすれのところを爆走するトラック」には恐怖を感じたでしょうな。わたしは観ながら、あっぶねえ! つうかKing大先生もこんな感じだったんだろうか、と、妙に怖かったす。なお、本作の原作小説が発表されたのは1983年なので、King大先生が遭った事故の影響で、本作の設定が生まれたわけじゃありません。
 ◆エンディング曲はあの!!
 エンドクレジットで流れる曲の歌詞、ちゃんと聞いてた方がいいすよ。「I don't wanna be buried in a Pet Semetary~」ってのがもう、耳に残りすぎて嫌!!笑! わたしは完璧に忘れていたんだけど、この曲は、なんと1989年版映画のエンディングで使われた曲で、Wikiによるとかの「ゴールデンラズベリー賞」の主題歌賞にノミネートされたらしいす。要するに、すげえ悲しいBAD-ENDに全くそぐわない曲ってことでのラジー賞ノミネートだったそうです。今回も、わたしもこの曲に関して、なんだこの歌、あわねえなあ!? と思いました。つうか、なんだこれ、と笑っちゃった。おれもペットセメタリーには埋められたくないわ! みたいな笑。
 というわけで、最後にキャラクターとキャストをメモして終わりにします。
 ◆お父さん(ルイス):医師。奥さんが何と言おうと、ちゃんと「死」を教育すべきだったね。ラストがだいぶ小説と違うと思う。今回はより一層、悲劇的だったかも。演じたのはJason Clarke氏。わたし的には4代目(?)ジョン・コナーなんすけど、比較的普通の家庭の父親、な役は初めて見たような気がします。演技ぶりは、フツーです。
 ◆お母さん(レイチェル):普通の主婦。猫ちゃんをきちんと弔ってあげていれば……。エンディングは原作と相当違います。お姉さんのエピソードは、原作小説より怖さ5倍増しになってたような気がします。超ヤバし。演じたのはAmy Seimetzさんという方だけど、正直知らないなあ……と思ったら、『ALIEN:COVENANT』で科学者(結構最初の方で爆死)の役で出てたみたいす。サーセン。完璧忘れてました。
 ◆娘(エリー):推定小学校低学年。決して悪い子じゃなかったのにね……蘇ったエリーは超邪悪です。演じたのはJeté Laurence嬢12歳。将来なかなかかわいく育つ見込み大だと思います。
 ◆息子(ゲイジ):推定幼稚園~保育園児。原作小説で亡くなって蘇るのはこの子です。小説の蘇ったゲイジは超邪悪でヤバイ! 演じたのは、全然データがないけどHugoとLucasのLavoleさんちの双子の兄弟みたいすね。二人で演じてたとは全く気が付かんかったわ。
 ◆ジャド:家族の近所に住まう老人。あんたが余計なことを教えなければ……確か原作ではその妻である、おばあさんも出てきたような……気のせいかも……。演じたのは大ベテランのJohn Lithgow氏74歳。Lithgow氏と言えば、なんかいつも「怪しい隣人」なイメージがあるのは何故なんだ。今回は、悪い人じゃないんだけど……いつもの通り怪しさ満点でしたな。
 ◆チャーチ:家族の愛猫。あれは種別としては、メインクーン、だろうか? 大変愛らしい毛長猫。もう、冒険しちゃだめって言ったのに、バカちんが……悲しい……。なお、エンドクレジットによると4匹のお猫様が演じていたようです。猫演技は完璧でしたね。


 というわけで、書いておきたいことがなくなったので結論。

 わたしの大好きなStephen King大先生の作品が映画化されるなら、確実に観に行くわけですが、なんかここ数年、再びのブームなんすかね? やけに本数が増えてるような気がします。TVシリーズ含めても多いよね、やけに。まあ、それだけ面白いお話であるのは間違いないのだが。今回はKing大先生の初期作品『PET SEMATARY』がリメイクされて登場と相成りました。結論から言うと、原作小説と違う部分はある、けど、アリ、だと思います。ただ、おっそろしく後味の悪いBAD-ENDなので、Kingファンなら見るべきだと思うけど、そうでない方には基本オススメはしません。なんつうか、やっぱりきちんと弔うこと、それが生きている我々のためでもあるわけで、ペットだろうと火葬してきちんと供養してあげたいすね。変なところに埋めちゃダメに決まってるっつうの。ホントにアメリカ人はゾンビが好きだなあ、と、見当違いな感想を抱きました。そしてあの曲が耳にこびりついて、すげえ嫌な感じっす。笑。以上。

↓ 久しぶりに1989年版を見てみるか。たしかWOWOW放送したのをBlu-rayに残してるはず。
ペット・セメタリー (字幕版)
ブラッド・グリーンクイスト
2013-11-26

↓ そしてこちらが、伝説のウルトラB級の続編。なかなかヤバイす笑。
ペット・セメタリー2 (字幕版)
エドワード・ファーロング
2014-07-01

 わたしは映画オタとして、現役の映画監督の中ではClint Eastwoodおじいが一番好きだ。今年の5月の誕生日で、もう90歳になろうとしているおじじだが、とにかくその創造力は旺盛で、マジで毎年1本、多い年は2本映画を撮り続けてるんだから凄いと思う。
 聞くところによると、Eastwoodおじいは、恐ろしく撮影が早いそうで、一発OKでどんどん撮り進めるスタイルらしい。どっかで語っていたところによると、何度も同じシーンを演じても意味がなく、最初が一番いいから、というのがその理由らしいが、わたしがおじじの作品で一番すごいと思うのは、なんというか、カメラが非常に冷徹というか、客観的というか、とにかく「その場を感情抜きに切り取った」ような画面がとてもクールに思えるのである。恣意的な画じゃないというか、別に誰に味方でもない、的な淡々としたまなざしのようなものを感じるのである。そしてやっぱり、おじじの映画の素晴らしい点は、その音楽だろうなと思う。いつもとてもきれいなピアノやギターのソロが非常に心に残るわけです、
 というわけで、Eastwoodおじじの新作がまた公開となったので、わたしもさっそく観てきた。今回の作品『RICHARD JEWELL』も、おじじがこのところずっと追いかけている「普通の人」だけど「ヒーロー」と呼ばれた人間の物語であります。
 結論から言うと、わたしの趣味には若干合わなかったかも? というような気がするので、今回はそれほど大絶賛はしないけれど、十分面白かったとは思う。面白かったというより、興味深かった、という方向かな。まあ、なんつうか、恐ろしい世の中ですよ、ホントに。

 というわけで。本作は1996年のアトランタオリンピックを舞台に起きた爆弾テロ事件の実話がベースだ。そして主人公リチャード・ジュエル氏も勿論実在の人物である。彼は、オリンピックの会場近くの公園で開催されていた野外音楽ライブの警備員で、あやしいリュックを発見し、警察に通報する。そして中身は爆弾であり、こ、これは! と警官と協力して観衆を避難させるが、避難中に爆弾がさく裂、2人が亡くなり怪我人多数、という事件となった。リチャード・ジュエル氏は第一発見者&避難誘導したヒーローとして祭り上げられるが、すぐにFBIによって、逆に爆弾犯の容疑者とされてしまい……てなお話だ。
 わたしは残念ながらこの事件のことは完璧忘れていたが、まあ、そんな事件があったのは大変痛ましく、今年まさしくオリンピックを迎える我々の東京は大丈夫かと心配になるけれど、本作は、誰がなぜ、爆弾を仕掛けた真犯人なのか、という点はほぼどうでもよく、リチャード氏の身に起きた「冤罪」に焦点が置かれている。
 わたしは観ていて、なんじゃこりゃあ? と思ったほどヒドイお話なのだが、おそらく、問題は3つある。
 【問題点その1】そもそもリチャード氏が結構アレな人。
 本作は、事件が起こるまでにリチャード氏がどんな人物だったのかについて、少し詳しく描かれている。それを観ていると、どうもリチャード氏は「法執行機関」にあこがれていて、大学の警備員をやったり、どっかの保安官事務所で働いてたり、とするんだけど、「妙な不器用さ」とでも言えばいいのかな、とにかく「微妙にやりすぎ」てことごとくクビになっている。さらに、冒頭で描かれたのは政府機関(?)の備品係として働いているシーンなのだが、働いてる人たちのオフィスの備品(セロテープとかそういうもの)を、カートを押して補充する係なんだけど、後に自らの弁護を依頼するワトソン・ブライアント氏の机をある意味勝手に漁って文房具を補充してたり、ゴミ箱にワトソン氏がスニッカーズの袋を捨ててるのをみて、勝手にスニッカーズも机に補充しておくなどしていて、要するにこの人、気は利くんだけど「微妙にやりすぎ」なのだ。これ、ちょっと怖いじゃん、とわたしはゾッとしたっすね。まあ、いずれにせよリチャード氏はこうしてワトソン氏と仲良くなるわけだけど、頼んでないのにわたしの大好きな歌舞伎揚げが引き出しに入ってたら、ちょ、ちょっと待って、ありがとう、でも、もういいから! って言うと思うな。
 しかも困ったことに、リチャード氏はその「微妙なやりすぎ」を全く自覚してなくて、なんで親切にしてるのに、なんで真面目に、忠実に職務を全うしているだけなのに、オレがクビにならなきゃいけないの? と素朴に理解できないでいる。たまにこういう人、見かけますね。要するに「空気が読めない」系なんだとわたしには思えた。
 そしてまあ、ズバリ言えばとんでもないデブですよ。ひどいことを言うと、やっぱりお母さんに甘やかされてきたんじゃないかなあ? とわたしは感じたのだが、彼について弁護すると、彼は間違いなく根は善良であるということだ。確かに、オレは悪くないのに、とは思っていても、それを「アイツのせいだ」と他人に憎悪を向けることは一切ない。その点は非常に美徳だと思う。なので、若干問題のある困ったちゃんだったとしても、身に覚えのない罪を着せられていいわけがない。わたしは、最終的には潔白が認められて、お前、ホント良かったな! と胸をなでおろす一方で、でも、もうチョイ、空気を読んだ方がいいかもよ……とか思ったす。
 【問題点その2】FBIってこんなに無能なの?
 時代が現代とは違ってもう20年以上前であるが、恐らく現代だったら相当な違法捜査があったように見えた。そもそも、事件後、弁護士としてリチャード氏を弁護したワトソン氏が簡単に立証した通り、「爆弾を仕掛けた」という電話があった時のリチャード氏には完璧なアリバイがあったわけで、FBIが容疑者として捜査するにはかなり無理があったような気がする。また、無理やり供述書(?)にサインさせようとしたり、脅迫電話と同じセリフを録音しようとしたり、ありゃあまあ、どう考えてもFBIの勇み足であろうと思う。とても法廷を戦える証拠にはなり得なかったのではなかろうか。あれは……どういうことだったんだろうな……事件直後、現場でFBIと警察とATFが主導権争いを一瞬するけれど、まあ、普通に考えてテロ事件(爆弾には釘がいっぱい仕掛けられていて明らかに対人攻撃)だったのだから、別に慌てなくてもFBIの管轄事件になっただろうし、警察やATFに対してFBIが功を焦る必要はなかったと思うのだが……あれは、FBI捜査員がその場にいたのに防げなかった、という世論が噴出するのを防ぎたかったってことなのかな? 観ていて、あまりに根拠のない誤認のようにしか思えなかったすね。
 【問題点その3】ハニートラップ? よりもメディアの暴力の方が怖い
 残念ながら本作は、世のポリコレ的(?)ムーブメントによって、強い批判にさらされてしまっている。それは本作では、新聞社の野心たっぷりな女性記者がHをエサにFBIから情報を得た、と描かれている点だ。とはいえ、このことについて、わたしは事実を知らないので、何もコメントできない。そもそも映画で描かれたことをすベて信じるほどわたしはナイーヴではないので、別に騒ぎ立てるつもりはないが、確かに観ていて、かなり露骨な描写であったので、ああ、こりゃあ批判されちゃうかもな、とは思った。
 しかし、この女性記者のハニートラップ的な部分は、わたしには何とも言えないし、問題は情報入手の方法ではないと思う。問題なのは、入手した情報がFBIの機密であるにもかかわらず、新聞に載せて、その結果、リチャード氏をメディアの暴力にさらしたことだろうと思う。しかも、彼女の心には、知る権利だとか、正義感あるいは良心のようなものは1mmもない。あるのは虚栄心がすべてだ。そう、完璧に自分の出世だけが、彼女が記事を乗せた動機なのである。そこが恐ろしいというか、あさましいのだ。これは現代ならばソーシャル・メディアなるド素人たちの嵐のような炎上事件と同じ性質のものだろうと思う。
 だが、本作では、現代と決定的に違うことがあった。それは、時代の違いに由来するのかもしれないけれど、本作での女性記者はキッチリ署名記事として、リチャード氏が容疑者になっていることを伝えているのだ。この点で、今の「匿名のド素人ども」とは決定的に違うと思う。彼女はきちんと名前を名乗り、責任をもって報道しているわけで、現代の姿の見えない批判者どもよりよっぽど気合が入っているし、マシではなかろうか。本作で女性記者たちよりタチが悪いのは、女性記者の記事によって裏も取らずにジュエル氏に群がる他の記者どもだろうと思う。まあ、普通の人があんなにカメラとマイクを向けられたら、相当な恐怖だろうな……。本作で描かれた時代には、ソーシャルメディアなるものはなく、記者会見を行うことで炎上はほぼ鎮火するのだが、この点で言えば現代の方がよっぽど恐ろしいし、より悪くなっているとしか思えない。イヤになりますな、ホントに。しかし、くだんの女性記者がお母さんの熱のこもった記者会見で涙しちゃうのも、なんか時代が違うように思うし、ちょっとだけ、キャラ的によくわからなかったよ。
 というわけで、もう長いので最後に主要キャラとキャストをメモして終わりにします。
 ◆リチャード・ジュエル:主人公のデブ青年。33歳だったかな? 法執行機関にあこがれているため、いろんな捜査豆知識が豊富。それが裏目に出ちゃうわけだが、拳銃やライフルもいっぱい持っていて、アレもマズかっただろうな……アメリカ合衆国ってのは、ほんとにダメな国だと思わざるを得ないよ……。残念ながらご本人は心臓疾患ですでに故人。太り過ぎが原因でしょうな……。演じたのはPaul Water Hauser氏。同じく33歳だそうで、意外と若いですな。見えないけど。氏の出演した『I, Tonya』や『Black Klansman』は観てないので、そのうちチェックしとこう。
 ◆ワトソン・ブライアント:リチャード氏の弁護士。彼のキャラも、少し背景が良くわからなかったかな……。演じたのはSam Rockwell氏で、非常に素晴らしい演技でした。アカデミー賞にはノミネートされなかったようですが、大変お見事だったと思います。
 ◆バーバラ・”ボビ”・ジュエル:リチャード氏のお母さん。演じたKathy Batesさんの演技もこれまた素晴らしかったすね。Kathyさんはアカデミー助演女優賞にノミネートされました。
 ◆ナディア:ワトソンの優秀な秘書。とても味のある人で印象に残ったすね。後にワトソン氏と結婚したそうですが、設定としてはどこか東欧?からの移民のようなキャラでした。演じたのはNina Ariandaさんという方で、知らないなあ? とか思ってったけど、どうやら何本かわたしも観ている映画に出てるお方でした。とても良い演技だったと思います。
 ◆トム・ショー:FBI特別捜査官で若干アホな人。演じたのは結構そこら中で見かけるJon Hamm氏。もうちょっとまともな調査をしてからにすべきでしたな……。
 ◆キャシー・スクラッグス:FBIがリチャード氏に目をつけているという情報をトム・ショーから色仕掛け(?)で入手し、新聞一面に載せて騒動を起こす。キャラ的には、もう新聞じゃダメ、テレビに移るとか名誉欲が旺盛で、そのためにDカップに豊胸しようかしらとか言ってる女性。まあ、事実は知らんけど、現代の世ではマズいんでしょうな、そういう描き方は。おまけにキャシーさんもすでに故人で、反論できないってのもマズいと批判されてるようです。まあ、そりゃ確かにそうかもね……。演じたOlivia Wildさんは言うまでもなく超美人です。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 わたしの大好きなClint Eastwoodおじいの最新作『RICHARD JEWELL』をさっそく観てきたのだが、結論としてはジュエル氏にも、そしてFBIやメディアにも共感できず、なんというか、とんでもないから騒ぎの様相をEastowoodおじい独特の「クールな視点」から観せられたような気がする。その視点から見ると、事件の本質は当事者ではなくて、周りの民衆に向けられているような気もします。我々としては、報道されたら、そりゃ、アイツが怪しいんじゃね? とコロっと思わされてしまうわけで、どっかの週刊誌報道にオロオロする政治家連中も、自分が潔白なら、ちゃんと堂々と反論した方がいいんじゃないすかね。それがなきゃ、潔白とは思えないよね。でもまあ、どーでもいいことをあげつらう野党の皆さんも、週刊誌の報道が頼りってのも嘆かわしいですな。てなことをわたしは本作を観て思いました。ほぼ関係ないけど、以上。

↓ こんな本も出てるみたいすね。

 わたしは大学時代、19歳で中型自動二輪免許を取って以来、10年ぐらいバイクに乗っていたのだが、20代後半に父が亡くなった時、やたらと車を運転しなくてはいけないことが多くなった。その当時の家の車は、トヨタの9代目(8代目かも)クラウンだったのだが、その当時のクラウンは、とにかくハンドルもサスペンションもふわっふわで、なんつうか接地感がなく、恐ろしく運転がしにくい車だったため、くそう、やっぱオレの自分の車が必要だ、と思うに至り、わたしは人生で最初の「自分の車」としてマツダの初代デミオを買うことにしたのだった。
 以来、もう20年以上、わたしは自分の車を途切れることなく所有しているが、若かった当時は車よりバイクの方が楽しかったけど……いざ自分の車を持ってみると、バイクと比較してとにかく楽であり、荷物も人も積めるという点でも圧倒的に便利であるため、今やすっかり車の方が好きになってしまった。
 もちろん、ドライブも大好きだし、車の運転で疲れることもあまりない。バイクの時は(タンク容量が小さいので)180km程度でガソリンの心配をしなきゃいけないし、バイクに乗っている時特有の、360度全周囲への注意力に比べると、とにかく車は楽だ。
 そんな、今やすっかり車好きのおっさんと化したわたしは、ほぼ毎日車情報サイトをチェックするなど、恐らく普通の人以上に車に詳しいつもりだが、今週末から公開になっている映画『FORD v FERRARI』は、その題材は勿論超興味あるし、そして作品の出来としてもとても評判が良いこともあって、公開前から楽しみにしていたのであります。
 というわけで、さっそく観てきたのだが、噂にたがわぬ素晴らしい演技や、迫力あるレースシーンとその爆音、そして、なんつうかな、画面から感じられる「ガソリンの匂い」に酔いしれる153分であったと思う。わたしはもう、超大満足であります! もう、1991年のMAZDA 787B優勝の物語も映画にしてほしいわ!!

 まあ……なんつうか、いつものFOXクオリティの予告はアカンというか……この予告のラストに、当時のFORDの社長(=Henry Ford II氏。FORD創始者Henry氏の孫)を「FORD GT40」に乗せて、泣かすシーンがあるじゃないすか。このシーンは、この予告では何かふざけた?ツッコミを入れているけれど、本編では超グッとくるシーンなんすよ! 泣きながら、「おじいちゃんにこの車を見せたかった、この車におじいちゃんを乗せたかった!」と感極まっているところで、これで主人公は社長の信頼を得る、重要なシーンなのに! FOX JAPANのセンスを疑うわマジで。
 ともあれ。
 物語は、1966年にFORDが念願の「ル・マン24時間」に勝利するまでの経緯を描いたプロジェクトXめいたお話である。まあ、その経緯はもはや伝説として有名かもしれないけれど、車好きのわたしでも知らなかった点が多くて、わたしはとても楽しめた。
 また、本作は、いわゆる「突き詰めた才能を持つ男」VS「大企業」の方がメインで、FERRARIはその男たちが超えることを誓った目標に過ぎず、男たちの本当の敵は「大企業=FORD社」の方だ。
 1960年代初頭、時代はオイルショック前。天下の大企業FORDも車が売れなくなってきており、打開策として、1945年の終戦を迎えた兵士たちが帰国して、いわゆるベビーブームが始まる直前に、その1945年以降に生まれた若者たちにアピールする車の開発が必要だった。そしてそれは、マーケティング的には「速くて強くてカッコいい車」が最適であり、そのためにFORDは、当時ル・マンを3連勝していたFERRARIをぶっ飛ばすのが一番の宣伝になると考えていた。
 さらに、当時FERRARIも深刻な経営危機に陥っていて、大企業FORDは、FERRARIを買収してレース部門を任せればいいじゃん、という案をひらめく。そしてすぐにイタリアに渡り、FERRARIの創始者Enzo Ferrari氏に合併話を持ち込むが……土壇場でイタリアのFIATがFERRARI救済に動き(※今でもFERRARIはFIATの子会社です)、合併はご破算に。あまつさえEnzo氏は、「FORDは醜い車を醜い工場で大量生産してればいい」とか捨て台詞を吐く。それを聞いたFord社長は激怒、フェラーリをぶっ飛ばせ! という方向に会社は舵を切る。ちなみにFORDのお偉方の大半はレース参戦に反対していたが、当時マーケティング担当役員だったLee Iacocca氏(=のちのFORD社長でMUSTANGを作った人、だけど、この人も凄いドラマがあるのでWiki参照)が社長のフェラーリブッ殺せ宣言をバックにのし上がると。
 で、Iacocca氏が目をつけていたのが、当時アメリカ人で唯一ル・マンを勝った男であり、自ら手掛けた車をデザイン設計販売まで行う会社も経営するCaroll Shellby氏だ。車好きなら絶対に知ってる名前でしょう、かの「シェルビー」のご本人ですよ! そして彼は心臓の持病でもうレースから離れていたため、開発のメカニック兼レーサーとして抜擢したのがKen Miles氏だ。イギリス人であり、偏屈なMiles氏はFORD重役たちと話が合うわけもなく、間にShellby氏が立って、何とかル・マンを戦う車FORD GT40を仕上げていく。たけど常にFORDの重役の邪魔が入ってさまざまなドラマが展開する様相は、非常に現代にも通じる「大企業病」のようで、観ていてほんとイラつくっすね。だけど、そんな様々な障害を乗り越えて勝利する様は、観ていてとても胸がすくし、フェラーリをブチ抜いた時はもう一緒に、グッと拳を握っちゃったぐらいだ。
 だけど、物語はラスト、非常にビターな展開になる。これはもう、劇場で見て確かめてほしい。Miles氏の、駆け抜けた人生は、とてもドラマチックで、非常にグッと来たっすわ。
 そしてそのドラマを盛り上げた役者陣の演技がもう本当に素晴らしくて、実に最高だったと思う。
 ◆ケン・マイルズ:イギリス人として第2次大戦に出征、壊れた戦車でベルリン陥落に乗り込むなどの経験あり。戦争後は、アメリカでしがない自動車整備工場をやりながらレースに参戦していたが、経営破綻したところでシェルビーに「FORDル・マン制覇PJ」に誘われる。天才肌のメカニックでもあり、車と対話しながら最強の車を作り上げ、自らレースに挑むカッコイイ男。車にのめり込んでいるけど、家族を愛した良き夫であり良き父でもあった。演じたのはChristian Bale氏。超熱演。まず喋り方からしてイギリス訛りがすごいというか、いつもと全然違うのに驚き。いい演技でしたなあ、ホントに。自らに「譲れないモノ」を持つ男ってのはカッコイイですなあ。Bale氏の徹底的な役作りは本作でもいかんなく発揮されており、変わり者の天才だけど愛妻家で息子を愛する父でもあって、ル・マンでの最後の決断と裏切られた表情は極めて上質だったすね。実にカッコ良かったよ!
 ◆キャロル・シェルビー:元々天才肌のレーサーでアメリカ人として初めてル・マンを勝った男(その時の車はアストンマーチン)。しかし心臓の持病でレーサーを引退、その後は自らの会社をたててスポーツカー「シェルビー・コブラ」などを作って販売していた。FORDにスカウトされ、「打倒フェラーリ」の陣頭指揮を執る。演じたのはMatt Damon氏。現場もよくわかってる、けど大人として(?)、お偉いさんたちへの対応もこなして間を取り持ち、まあ相当ストレスはたまったでしょうなあ。非常に素晴らしい演技でありました。FORDには「シェルビー」を関する名車がいっぱいあったわけで、自動車好きなら絶対知ってるお方ですよ。FORDはもう日本から撤退してしまったけれど、ホントはわたしが一番欲しい車はFORD MUSTANG GT Shellbyなんだよな……現行車は世界で一番かっこいいと思うすね。イギリス仕様の右ハンドル車が欲しい。。。
 ◆モリー・マイルズ:ケンの奥さんであり、ケンの理解者。非常に魅力的な女性で、「ゴムの焼ける匂いとガソリンの匂いが大好きな女よ!」と言って現れた時は、その台詞にグッときましたね。そしてケンが何も言わないでいろいろやっちゃうことにブチ切れて、ケンを助手席に乗せて一般道をぶっ飛ばすあのシーンも最高でした。舐めてんじゃないわよ!!とキレられたら、さすがのケンも、サーセン、俺が間違ってました! と認めざるを得ないすね。素晴らしい女性です。演じたのはCatriona Balfeさんで、モリーをとても魅力的に演じてました。Balfeさんは、アイルランド人か。すごい訛りのある英語だったけど、ありゃアイルランド訛りだったのか? 米語ではなかったすね、明らかに。いずれにせよとても良かったす。
 ◆リー・アイアコッカ:FORDのマーケティング担当役員で、一応、ケン&シェルビーコンビのFORD側の唯一の味方、と言っていいのかな。いや、実際は自らの野望のために味方したというべきかも。演じたのはテレビ版『PUNISHER』でお馴染みJon Brenthal氏。なかなかカッコイイすね。
 そして本作を撮ったのが、かの名作『LOGAN』を作り上げたJames Mangold氏ですよ。この人の撮る、乾いた砂漠っぽい、アメリカ中西部的な広大な景色ってのは味がありますねえ! 砂埃と夕焼けが似合うような画が、とても特徴的だと思う。そしてル・マンをはじめとするレースシーンもとてもダイナミックかつドラマチックで大変素晴らしかったと思います。
 とまあ、映画そのものについては以上かな。
 そして、わたしは本作を見ながら、マジでトヨタとホンダの人間は全員この映画を見てくれ!!と思ったすね。わたしはホンダもトヨタも買ったことがあし、現在もトヨタ製の車に乗ってるけれど、今、はっきり言ってこの車が欲しい! という車がまるでないんだよね。確かに日本では車が売れないし、海外を見据えるのは、そりゃあ企業として止む無いだろうと思う。だけど、自分の作った車に乗ってみてほしい。乗ってて楽しいか? だいたい、幅1845mmはデカすぎて、完全に日本の道に合わないし、メーター回りも古すぎるよ!! 明らかにBMWやAUDIやMercedezに負けてる部分が多いことをちゃんと自覚して、これでいいや、じゃなく、くそう奴らをブッ飛ばしてやる!! というガッツを見せてほしい。セダンが売れないから作らない!? そうじゃねえんだよ! 乗りたいセダンがないから、しょうがなくSUVに乗ってんだよ!! 次のISがまたデカくなっちゃったら、わたし、もうNXたたき売って次はLEXUS買ってやらんからな!!

 というわけで、最後は観ていてムラムラ感じた怒りになっちゃったので結論。

 車好きのわたしとしては非常に期待した映画『FORD v FERRARI』が公開になったので、さっそく観てきたところ、噂にたがわぬ素晴らしい映画でありました。役者陣の熱演も素晴らしいし、監督の技量も大変見事で、非常にクオリティの高い作品だったと思います。車好きは観てて燃えますよ、間違いなく。画面から感じられるガソリン臭はたまらんすね! この映画は、全日本車メーカーの社員全員が観るべきだと思います。そして、熱いハートを取り戻してほしい! 心からそう願います。ガッツあふれるカッコイイ車を作ってください! うるせーお偉方は、車そのものでで黙らせてほしい! 今、車が売れないのは、そりゃあ若者の経済力の問題もあるだろうし、公共交通機関網の発達もそりゃあるだろう。でも、はっきり言っておきますが、最大の問題は、魅力的な車がないからですよ。それはもう断言できるね。日本の道に合った、コンパクトで、カッコ良く、楽しい車があれば絶対売れると思う。圧倒的ナンバーワンであるトヨタが率先しないでどうする! 全トヨタ社員はこの映画を見て、心たぎらせてください! 以上。

↓ 今の愛車。2台乗り継いだISがいつまでたってもモデルチェンジしないので、しょうがなく去年のマイナーチェンジ版を選んだだけ。NXも最高にカッコ良くて気に入ってはいるけど、メーター回りが古すぎる……。。。

 何度かこのBlogでも書いているが、わたしは恐らく『STARWARS』シリーズ全作を劇場で観ている最後の世代だと思う。一番最初の『STARWARS』、いわゆる『Ep-4:A New Hope』を観たのが小学2年か3年生ぐらいの時で、今は亡き父と、兄と、今は無き「テアトル東京」という当時最大級の巨大スクリーンで観た。恐らくその体験がなければ、まずもって今のわたしはないだろうと思う。全く違う人生を送っていたはずだ。これは断言してもいい。
 わたしは小学校低学年で観た『STARWARS』に夢中になり、その後映画オタクロードを歩んできたと言って過言ではない。その次の『Ep-5:The Empire Strikes Back』は小学5年か6年生の時に兄と、同じテアトル東京へ観に行き、続く『Ep-6:Return of the Jedi』はもう中学2年か3年だったかな、これまた今は無き日比谷の「有楽座」へ観に行ったのである。たぶん、テアトル東京や有楽座を知ってるのは、もはや50代以上の方だけだろう。
 何が言いたいかというと、わたしは『STARWARS』という作品を心から愛しているし、老害と言われようが、そこらの自称ファンのガキとは年季が違う、と思っている。そんなわたしだが、はっきり言って『Ep-3:Revenge of the Sith』は超駄作だと思っているし(→詳しくはこちら)、2年前の『Ep-8:The Last Jedi』は、もう完全に全否定、あれは全くナシ、つうかあれ、ホント、どっかのファンが作ったファンメイドの偽物じゃね? と未だに思っている(→2年前の記事はこちら)。もちろん、そんなクソ駄作でもBlu-rayは買ったし、5回ぐらいは観ているのだが、ま、ありゃ何度観てもクソはクソ、どうしようもない作品で、誰が何と言おうと『8』はナシ! だと主張するのを永遠にやめるつもりはない。なのでわたしとしては、『8』をとんでもないクソ映画にしたRian Johnson氏がかかわる一切の作品を今後絶対に観ないつもりでいる。ホントは年明け公開の『Knives Out』は観たいんだけど……でも観ない! 断じて許さないから!
 とはいえ、いくらわたしがインターネッツなる銀河の片隅で『8』はトンデモうんこ映画だと主張しても、実のところ、ほぼ意味がない。歴史は作られてしまったのだから。取り返しがつかないのは言うまでもなく、結果として、わたしは、つまんねーなあ、とぼやくしかないのだ。
 そしてさらに『8』がゴミクズだったため、残念ながら次の『9』に対する興味はほぼ失いつつあった。これは何となくだが、4年前の『Ep-7:The Force Awakens』公開の時と比べると、世間的にも全く盛り上がってるようには思えないのだが、それはもちろん『7』が10年ぶりの新作というブーストがあったとはいえ、やっぱり、『8』がゴミクズだったから、という面もあるのではなかろうか。
 というわけで。本日からとうとう公開になったシリーズ最終作『Ep-9:The Rise of Skywalker』だが……上記の通りわたしはもう、どうでもよくなりつつあった……けれど、やはりその結末は見届ける義務がある! のは必然であり、あらゆる職権を濫用し、今日は14時過ぎに会社の若者たちに「じゃ、おれ、SW観てくるわ!」とシュタッと手を振って会社を後にし、劇場に向かったのである。
 そして結論を言おう。
 「やっぱJ.J.は分かってらっしゃる!!! おもしれえじゃん!!」
 が結論である。もう、『8』のことは忘れて、全SWファンは今すぐ劇場へ向かい、『9』を楽しんできていただきたいと思います。まあ、いろいろ細かいツッコミどころは当然ありますよ。でも、それでもキッチリと、あの『8』を克服して見事な作品に仕上げてくれたJ.J. Abrams監督には心から敬意を表し、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。ラストなんてほんと、これだよ、こう来ないと! という見事なエンディングだったと思うすね! ネタバレだって? あのさあ、そんなこと言ってる暇があったら、こんな文章読んでないで今すぐ劇場へ行けばいいじゃん! 以下、ネタバレには配慮しません。

 で。上記が今回の最終予告なわけだが、なんつうか、ホント、この予告を観ても、全く心動かないというか、ワクワクしないすよね。それはずベて『8』のせいだとわたしは思っているが、まあ、とにかく、ズバリ言うとこの予告からは想像つかない、極めて見事な展開でした。
 わたしが何をもって「見事」だと思うか。それは、我々ファンが4年前に『Ep-7』を観て大興奮した時に残っていた謎が、あらかたすべてきっちり答えられているから、であります。逆に言うと『8』は全くそれらの解答がなく、むしろ混乱をきたすクソ設定などがてんこ盛りだったから、クソつまらなかったとわたしは感じている。
 そして4年前に10年ぶりの新作『Ep-7』を観た我々が、一番知りたい事、一番謎に思ったこと。それはズバリ、「主人公のレイという女の子はいったい何者なの!?」ということに尽きると思う。
 『SW』という物語は、常に「家族」のお話であり、「血のつながり」が最も物語上重要な要素であったはずだ。恐らく『1~3』が若干イマイチなのは、あの映画はあくまで『4~6』を補足する物語であって、ルーク・スカイウォーカーのルーツを描くお話としての意味が大きく、そのため物語の主人公たるアナキン、ルークの父であるアナキンの出生に関して、完全にぼやかされていることにあるからだと思う。アナキンのお母さんの身に起きた悲劇はキッチリ描かれたけれど、アナキンの父が誰だったか、覚えてますか? そう、アナキンの父はいないんだよね。処女受胎的な、我々日本人には理解しがたいテキトー描写なのである。だからわたしは、若干の違和感とイマイチ感を感じてしまったのだ。
 そして『7』で突然現れた主人公レイ。彼女のルーツは、絶対に描かれなくてはならない最も重要なファクターであることは、もう明白であろうと思う。レイ、君はいったい何者なんだ? と、『7』を観た誰しもが疑問に思い、いろんな妄想をして楽しんだはずだ。フォースは使えるし、ジェダイの才能を受け継いでいることは明らかで、そんな女の子が、何のルーツもない、突然変異のはずがない。わたしは当然『8』において、そのヒントが描かれるはず……と思っていたのだが、結果的にはほぼゼロ回答で終わってしまった。そんな馬鹿な、である。そしてそれは、絶対に許されないことだとわたしは今でも思っている。
 そしてそう思ったのは、恐らくわたしだけではない。『7』を作ったJ.J.監督も、こりゃあマズい、と感じたはずだ。おそらくJ.J.監督は、『8』において、我々観客を「な、なんだってーー!?」と驚愕させる事実を提示して終わらせ、『9』で最後の決戦へと向かわせるプランだったのではないかと想像する。しかしクソ映画『8』によってそれができなくなってしまったため、J.J.監督は思い切った策に出た、とわたしは感じた。冒頭の、『SW』ではお約束の、「銀河に流れてゆく文字」で解決を図ったのである。
 今回、まっさきに我々へ提示されるのはこんな文字だ。
 「The Dead Speaks!」
 死者が話す! そう、いきなり『6』で死亡したはずの銀河皇帝パルパティーンを復活させたのだ。この復活は、おそらくJ.J.監督は最初から考えていたことで、レイがパルパティーンの血をひくものという設定も最初から考えていたのだと思う。そしてそれを『8』のラストで驚愕の真実として明かしたかった……が、それが出来なくなってしまったので、もう、唐突でも冒頭で我々に示すしかなかったのではなかろうか。わたしはこれは完全にアリ、だと思う。
 想像するに、そもそも『7』で登場した最高指導者スノークに関しても、実はパルパティーンの配下という設定であったはずだ。なのに、『8』でごくあっさり退場させたのは極めて罪深い過ちであったとわたしは断罪したい。スノークとのバトルの末、ルークやレイアの犠牲の末に、レイは自らがパルパティーンの血を引く存在であることを知るべきだった。まさしく『5』における「I am your Father!」の再現だ。
 それが描かれていれば、恐らくはかなりエモーショナルなシーンとなって、我々観客も、レイと一緒になってショックを受けたはずだ。そしてこれからどうなる? という『9』への期待も高まったことだろう。あーいかん、どんどん『8』への怒りが高まるばかりだ。
 ともかく、今回の『9』において、レイがあの「ビリビリ」を炸裂させるシーンは超見事だったと思う。あれによって我々は、嘘だろ、レイ、君はまさか!? と一気に物語にのめりこととなる。正直わたし、今回の『9』を観ながら「相変わらずカイロ・レンはバカだなあ」とか、「マジでポーは無能だなあ」とか、「つうかやっぱりフィンはいらないキャラナンバーワンだな」とか、ヒドイことを思って物語に入り込めないでいたのだが、あの「ビリビリ」で一気に目が覚めたっすね。
 というわけで、もうとりとめがなくなってきたので、今回の『9』に関して、キャラクターごとに思ったことを箇条書きでまとめておこうと思う。
 ◆レイについて
 出生の秘密を知ってからのレイはとても良かったし、ルークのあのX-WINGを駆って銀河を征く姿は本当に感動的であったと思う。ラストも、ルークとレイアのセーバーを、タトゥィーンのあの場所に埋め、自らの「黄色のライトセーバー」をかざし、自らのこれからの名前を名乗る、というか、これからの生き方を誓うかのようなラストシーンには、ホントグッときました。あれがまさしく「RISE of Skywalker」であって、やっぱり「夜明け」という邦題はちょっと変だよな。とはいえ、あのシチュエーション、二重太陽の沈むタトゥィーンの夕暮れを背景にあの音楽が流れてきたら、ファンはもうすべてを許しますね。だけど、まあ、細かい点では若干アレだなあとも思うところはありました。例えば、『SW』を端的に示すものとして重要なライトセーバーの遣い方が絶望的にダメだ。ライトセーバーは、そもそも両手で使うものであって、片手では、相手の攻撃を受けることはできないし、そもそも太刀を「逆手」で持っちゃあダメだよ。まず第一に威力も激減するし、いわば両刃なので自分に当たったらアウトだし、やっぱり片手&逆手は、脇差~小太刀ぐらいじゃないと、有効に使えるわけないんだが……日本通のJ.J.監督ならそういう点もちゃんとしてほしかった。わたし、冒頭のレイのトレーニング風景でかなりテンション下がったすね。コレじゃあダメだ、と。あと、フォースの便利能力化も、なんか若干アレですなあ……『8』の悪影響なのか、傷の治療やテレパシー的交信は、ありゃアリなんすかねえ……でも、今回の『9』ではきっちりと「フォース」の重要性を描いてくれたのは良かったと思います。ともあれ、演じたDaisy Lidley嬢は、笑顔も怒った顔も、とても表情豊かでかわいいですな。どうか今後も、多くの作品で活躍してほしいすね。
 ◆カイロ・レンことべン・ソロについて
 『8』では完全に好きな女に振られてヤケになったバカガキだったけど、今回とうとう自らが殺したハン・ソロ船長と和解できて、ほんとに嬉しかったよ。お前、ただの反抗期のマザコン野郎だと思ってたけど、ちゃんとReturn of the Jedi出来て良かったな! もう少し活躍シーンが多かったらよかったのにね。演じたAdam Driver君も、まったくイケメンじゃないけど素晴らしい演じぶりだったと思います。ちゃんと成長を感じさせてくれましたな。あと、これは彼のせいでは全くないけれど、今回、かなり舞台が様々な場所に移るのに、その距離感が全然わからなくて、あっという間に次の場所に登場したりするのがなんか変だったように思う。光速航行したって、1光年は1年かかるはずなんだが……。なんかお前、今回あっちこっちへとほんと忙しかったな。お約束の「ワイプ」は今回もナシで、ちょっと残念だったよ。
 ◆ポー&フィンの無能コンビについて
 まあ、この二人は全くどうでもいいですな。一応ポーはどうしようもない愚か者だった『8』からはかなりまともな人物になったのでお咎めナシです。そしてフィンは……うーん、やっぱりどう考えても、最後まで伝説のいらないキャラナンバーワンであるジャージャー並みにいらないキャラだったですな。結局フィンは、レイが好きだったんだよね? そしてあっさり振られたわけだよな? それっていらない設定すぎるよな……どう考えても。ただ、『7』以来ずっと謎だった、どうしてフィンだけが、トルーパー生活を疑問に思い、脱走できたのか、についてはきちんと解答があって、良かったと思います。そしてその解答がちゃんとフォースに関連していたことも、高く評価できると思う。ま、二人とも新しく恋人になり得るキャラが登場して良かったね。はいはい。
 ◆ルーク&レイア&ハン・ソロのレジェンドチームについて
 まず、レイアに関しては、Carrie Fisherさんは大変残念ながら亡くなってしまったわけで、今回は未使用映像をつなぎ合わせたそうだけど、見事だと思う一方で若干不自然でもあったような気もする。でもまあ、いずれにせよ、J.J.監督の手腕は見事で、立派にやり遂げたと思う。全て『8』のせいだよ……ホント罪深いわ。
 そしてルークに関しては、『8』はナシにしても今回のルークは見事だったすね。わたしは『8』で、登場するや否やレイから受け取ったライトセーバーをポイッと捨てちゃうシーンに激しく違和感を感じていたし、ジェダイを否定するルーク像は未だ受け入れられないと思っているけど、見ましたか今回の『9』を! 今回、こんなものいらない! とレイが投げたライトサーベルを、「ガッシイイーーーン!」と受け止めた霊体ルークに、わたしはもう大歓喜&大興奮ですよ! そうだよ、こうこなくっちゃあ!!と全世界のSWファンが思ったのではなかろうか。Mark Hamill氏が、ふーやれやれ、という顔をして、大事な武器をそんなことしちゃダメだ、と言うシーンは、『8』を完全否定する象徴的なシーンだと思ったすね。さすがJ.J.!わかってらっしゃる! そして今回、ちゃんとルークもパルパティーン捜索をしていたということも明らかになって、すっきりしたすね。あと一歩、もう一歩踏み込んでいれば……ホントは『8』でその辺りも語られるはずだったのではなかろうか……
 最後にハン・ソロ船長については、もう完璧だったすね! これ以上ない感動的な脚本だったと絶賛したいと思います。親にあんな顔でやさしくされたら、どんなクソガキでも心が揺れるでしょうよ。演じたHarrison Ford氏は何気に演技派ですな。完璧。ただただその一言です。
 ◆R2&3POコンビよ永遠なれ!
 わたしはぽっと出のBB-8に関しては、物語的にもどうでもいいし可愛いとも何とも思わないのだが、R2は、シリーズ全作に登場するし、ある意味全作で大活躍してきただけに、もうチョイ今回も重要な役割を演じてほしかったと思っている。その点は少しだけ残念だ。一方の3POは、今回素晴らしかったですなあ! シス語は読める、けど禁則コードに引っかかるので言えない、という設定は秀逸だったし、R2への別れの言葉(すぐ再会するけど)も、非常にグッと来たっすね。まあ、3POは『1~3』の記憶を消されちゃってますが、全てを記録しているはず、のR2には歴史の証人として永遠を寿ぎたいですなあ。
 ◆待ってたよ! ランド・カルリジアン将軍の凱旋!
 『8』におけるもっとも無駄で無意味だったあの作戦で、カギとなるDJというよくわからんキャラがいたけれど、あれこそランド将軍が受け持つ役割だったとわたしは思う。というわけで今回満を持して登場してくれたランド将軍には、もうその登場だけでJ.J.監督には感謝したいすね。「I have a bad feeling about this」も言ってくれてありがとうございます将軍! でもまあ、役割的には若干薄めで、もっとガッツリ物語に関与してほしかったけど……ホントなら、マズ・カナタとの縁も描いてほしかった。だって、マズ・カナタはハンともチューウィーとも知り合いだったんだから、絶対ランドとも知り合いなはずで、ドラマがあっても良かったのだが……。まあ、全てクソ『8』のせいなので、もうしょうがないす。演じたBilly Dee Williams氏はもうちょっとシュッとしていてほしかったすね。太りすぎだよ……。
 ◆最高の相棒チューウィー、またも悲観に暮れる……。
 わたしが『7』においてベストアクトだったと思う見事な演技技をみせてくれたのがチューウィーだ。「ヴォー!」しか喋れないチュー・バッカなのに、ハンが殺されたときのあの「ヴォー!!!」は、悲しみと怒りが混ざった最高の「ヴォー!!」でした。そして今回も……若干活躍の場が少ないんだけど、レイアの死にしょんぼり悲しみに暮れる姿は実にエモーショナルで、グッと来たっすねえ! ランドと共に、もうチョイ見せ場があればよかったのにと、少し残念す。
 ◆最高のマヌケ、最高の最期を迎える!
 誰のことを言ってるか、分かりますよね!? レンを一方的に(?)ライバル視し、その小物感漂う言動には苦笑せざるを得なかった、ハックス将軍のことですよ! いやあ、彼の正体(?)暴露には、わたし、ええっ!? と思わず口に出ちゃったよ。劇場なのに。そして見事な散りざまは最高でした。演じたDomhnall Gleeson君も半ばやけっぱちな演技で見事だったすね。
 とまあ、こんな感じですが、今回もそれなりに新キャラは多くて、それぞれ大変悪くなかったす。『8』の欠点の一つに、まったく物語に関係ない新キャラを妙にクローズアップして、肝心のメインストーリーを阻害しているという点が挙げられるけれど、今回は全くそんなことはなく、その点でも脚本的に今回の方が圧倒的に見事でしたな。
 そんな見事な作品に仕上げた監督、J.J. Abrams氏にはマジ感謝しかないす。ホント、戻ってきてくれてありがとう、J.J.! やっぱりあんたは、分かってる男だよ!!

 というわけで、もう書いておきたいことが思い浮かばないので結論。

 ついに完結となった『STAWARS』サーガ、その最終章『Ep-9:The Rise of Skywalker』をさっそく観てきたのだが、前作『8』が0点だったのに対して、今回は90点以上は付けて良いと思う。もちろん、いろいろな微妙な点はあります。が、それらの大方は『8』のせいであり、それを見事リカバーする作品に仕上がっていたとわたしは結論付けたいと思う。特に、きっちりとレイが何者なのか、について解答を描いたことは、その内容はどうあれ、しかるべき物語だったと思うし、エンディングもその美しさは際立っていたと思う。これだよ、おれが観たかったのはこれなんだよ! と、J.J.監督は本当に良くわかってらっしゃるお方ですな。お見事でした! この『9』でホント良かったと思う。つうかですね、わたしはほぼこの世に未練がなく、さっさと退場したいと思っていますが、やっぱり『STARWARS』の完結は見届けたい、と思っていたわけで、それを実際見届けた今、わたしが生きる理由がまた1個、なくなったような気がします。もう満足。これ以上って、もういらないんじゃね? という気がする今のわたしであります。以上。

↓ こちらのシリーズも観ないとダメっすかねえ……あまりノれないというか……うーん……。

 このBlogを始めた2015年8月。一発目の記事に書いたのが、わたしが世界で最も好きな作家Stephen King大先生による『Dr.Sleep』だ。この小説がUS本国で発売になったのは2013年でかなり前なのだが、日本語版が文春から出たのが2015年の6月?で、その年の8月に突然Blogでも書いてみるか、と思ったわたしが一発目に選んだのが、まさしくこの作品である。
 あれから4年数カ月が過ぎた。
 この4年で、まあわたしの人生にもいろんなことが起きた。4年前は全く想像してなかったようなことさえ起きた。この4年で、わたしの毛髪もマジでこれはもうヤバいことを隠せねえ、というレベルまで衰退し、まったく、ままならねえ人生だなあ、と思うことしきりである。
 とまあ、そんなことはどうでもいいとして、今般、その『Dr.Sleep』が映画化され、日本でも公開となったので、さっそく観てきたわたしである。
 まず、結論から言うと、結構面白かったと言って差し支えない。たしかに、原作とはだいぶ違うのは間違いない。もうはっきり言って別物、と言った方がいいのかもしれない。けれど、映画的な面白さというか、映像としてはきちんとクオリティの高い作品であると思うし……いや、つうかですね、ズバリ言うと、本作は原作小説『The Shining』の続編というよりも、Stanley Kubrick監督による映画版『THE SHINING』の続編だったな、と思う。
 ここが最大の問題だ。
 ちょっと前の映画『READY PLAYER 1』の中のなぞなぞにあった通り、原作者たるKing大先生はKubrick監督版映画『THE SHINING』を全く気に入ってないわけで、さっき改めて原作小説『Dr.Sleep』をぱらぱら読んでいて発見したのだが、King大先生はそのあとがきで、本作(=原作小説Dr.Sleep)は、あくまで自分の小説The Shiningの続編である(=間違ってもKubrick監督版映画THE SHININGの続編じゃない)という意味のことを書いてるんだよね。自作小説こそが「正史」だとさえ書いているのだから、たぶん今でもKubrick監督版はナシ、と思ってらっしゃるのかもしれない。
 とはいえ、わたしは原作小説『The Shining』は大好きだし、一方でKubrick監督版『THE SHINING』もアリというか好きなので、ちょっと微妙な立場なのだが、もう一度はっきり断言すると、本作、映画版『DOCTOR SLEEP』は、明らかにKubrick監督版『THE SHINING』の続編、という作りだったと思う。
 で、映画版『DOCTOR SLEEP』と原作小説『Dr.Sleep』のどちらが面白いか? と聞かれたら、まあ、そりゃ原作小説『Dr.Sleep』の方がずっと面白い、と答えますな。これも間違いないす。

 というわけで、もう物語については説明しません。詳しくはわたしが本Blog一発目に書いた記事を読んでいただきたいのだが、ざっとまとめると、『The Shining』の惨劇を生き延びたダニー少年がアル中のおっさんとなり果てた後のお話で(ダニーからダン、と呼ばれ方も変わっている)、実のところ本筋は『The Shining』とはあまり関係がなく、人間の「命気(Steam)」を吸うことで数百年だか数千年?生き続けている吸血鬼的な「True Knot」という邪悪な連中と、そいつらが狙う強力な「かがやき能力(=The Shine)」を持つ女の子の物語だ。ちなみに原作小説では「True Knot」は「真結族」と訳されていて(※映画字幕では「真の絆」と訳されていた)、より文学的というか美しい翻訳だと思う。
 そして本作映画版の『DOCTOR SLEEP』は、予告の通り完全にKubrick監督版のあの『THE SHINING』の続編! という方向性でプロモーション展開されている。おそらくそれは、正しいやり方だろうとは思う。
 どうしてその方向性が正しいと思うか。それは、全世界に衝撃を与え? 映画史史上でも超有名となったあのシーンが効果的に使えるからだ。何を言ってるかおわかりですね? そう、狂気にとらわれたJack Nicholson氏がドアを斧で叩き割って空いた穴から「おこんばんは~」と顔をのぞかせるあのシーンのことです。あのドアを、再び画面に登場させるインパクトはかなり大きいと思う。実際、わたしも、おお! とか思ったし。そしてそのためには、原作とは違う展開にせざるを得ないのだ。
 というわけで、決定的に原作小説と映画版で異なるポイントを2つだけメモしておこう。
 ◆あの「オーバールック・ホテル」の扱い
 実は、原作小説『The Shining』のラストで、あのオーバールック・ホテルは爆発炎上してしまっている。結果、その続編小説『Dr.Sleep』では、ファイナルバトルの地ではあるけど、跡地としてしか出てこない。建物自体はとっくになくなっているので。
 そして一方Kubrick監督版『THE SHINING』ではホテルは残っているため、今回の映画『DOCTOR SLEEP』ではファイナルバトルの舞台としてホテル自体も堂々の再登場となっている。TOHO日本橋で本作を観た方は、足元のじゅうたんに注目ですよ! 同じ柄なので!!
 ◆女の子とダンの関係
 King大先生が、自作を「トランス一家の正史」であると書いている通り、実は、原作小説『Dr. Sleep』において「真結族」に狙われる強力な「かがやき」能力を持つアブラという女の子は、主人公ダンの本当の姪、ということになっている。それが判明するのは物語の後半だが、ダンとアブラのお母さんは腹違いの兄妹で、さらに言うとその母であり、ダンの父、ジャック・トランスと子(=アブラのお母さん)をもうけた女性も、原作では重要な役割を担っている。そのあたりの設定も、本作映画版『DOCTOR SLEEP』ではバッサリとカットされてしまっている。これはとても残念で、とりわけラストが全然違ったものになっているのもとても残念だ。原作小説だと、最後にジャックの幽霊(?)が助けてくれて、結構感動的なのになあ……。
 とまあ、こんな大きな違いがあって、本作映画版『DOCTOR SLEEP』は明らかにKubrick監督版『THE SHINING』の続編であると結論付けるべきだろうと思う。そして、わたしとしては小説の方が面白かったと思うが、それでもやっぱり、映画版『DOCTOR SLEEP』もそう悪い出来ではなかったように思っている。それはやっぱり、映像の持つ、直接的な力なんだろうと思うわけだが、役者陣も大変すばらしかった。最後に、各キャラと演じた役者をメモして終わりにしよう。
 ◆ダン:少年時代ダニーと呼ばれていたが、『The Shining』の事件ののち、「一生雪は見たくない」と母とともにフロリダへ移り住む。が、そこでもダンの持つ「かがやき」能力のために、ホテルにいた幽霊たちが見えて困っていた。そんな時、『The Shining』事件で大いにダン(ダニー)を助けてくれた「かがやき」能力の先輩であるディックおじいちゃん(映画ではあまり活躍しないけど小説では大活躍する)が、「頭の中に鍵付きの箱を思い浮かべ、その中に封じ込んでしまっておくんじゃ」と対処法を教えてくれ、その後は明るく成長していくが――残念ながらアル中のおっさんとなってしまう。このアル中からの克服がダンにとって大きな物語なんだけど、これも映画版ではほぼカット。残念。そんなダンを演じたのは、マスター・オビ=ワンでお馴染みEwan McGregor氏48歳。大変な熱演で、非常に良かったと思います。ま、ズバリ言うと、本作映画版のラストでダンは殉職しちゃいますが、原作小説では死にません。あともうひとつ、さっきWikiで知ったのですが、Kubrick監督版『THE SHINING』でダニー少年を演じたDanny Lloyd氏は現在46歳かな? なんと今は生物学の大学教授なんですって。そして本作の野球場のシーンにカメオ出演してたらしいです。
 ◆ローズ・ザ・ハット:真結族のリーダーで年齢不詳。人の「命気」を吸って生きながらえる邪悪な存在で、とりわけ「かがやき」能力を持つ人間の「命気」が美味らしい。しかも、苦痛に苦しむ時が一番うまいらしく、拷問して命気を搾り取るのが恐ろしい。そしてこのローズが、映像として超最高でしたねえ!! 演じたのはRebecca Ferguson嬢36歳で、小説を読んでいるときはかなりのおばちゃんだとイメージしていたけれど、なんか超エロ美女で最高だったす。そして野球少年を拷問するシーンも、小説以上のショックはやっぱり映像の力でしょうな。あのシーンはもうほんとに痛ましく、やめろ!! と言いたくなるんだけど、映像的には最高に素晴らしかったすね。ちなみに、原作では野球少年の命気にもひとつ重要なポイントがあるのだが、全く触れられず残念でした。けど、とにかく映像で見るローズはやけにエロくて最高だったす。
 ◆アブラ:超強力な「かがやき」能力を持つ少女。彼女の能力発揮は映像的に良く描けてたように思う。けど、やっぱりいろいろと原作とは違ってました。が、まあ、アリだと思う。演じたのはまだほとんどキャリアのないKyliegh Curran嬢13歳(?)。この子は意外と美人に育ちそうな顔立ちですな。
 ◆ビリー:アル中となって街に現れたダンに優しくいろいろ世話を観てやる先輩元アル中の男。原作だと超大活躍で、もっとおじいちゃんレベルの年齢だったけど、今回の映画版では、結構いろいろな作品で見かけるCliff Curtis氏50歳が熱演。あの殉職シーンは超ショックでしたが、映像的に非常に良かったというか効果的だったと思う。彼も原作小説では死にません。
 ◆スネークバイト・アンディ:元々、人に催眠をかける「かがやき」能力を持つ少女だったが、ローズに発見され、この能力はいろいろ役立つ、ということで命気を搾り取られることなく、逆に命気を吹き込まれて真結族の仲間に。物語上ではあまり大きな役割ではないけれど、非常に印象に残りますな。それはおそらく、演じたEmily Alyn Lindちゃんがかわいいからだと思います。おおっと!? な、なんてこった! この子、Keanu先輩のトンデモ作「REPLICAS」の主人公の娘じゃないか!? 全然気が付かなかった!!
 ◆ジャック・トランス:ダンの父にして『The Shining』で狂気にとらわれるお父さん(※ありゃあ、正確に言うとアル中で幽霊に憑依された、というべきなのかも……)。原作小説では感動的に登場(?)するのだが、本作映画版でも、幽霊としてうっすら登場。そして! わたしは見ながら全然気が付いてなかったけど、なんと今回演じたのは、あの『E.T.』のエリオット少年でお馴染みHenry Thomas氏ですよ! なんと現在48歳か。最近話題の『E.T.』のその後、の動画も貼っときます。


 というわけで、もう長いし書いておきたいこともないので結論。

 わたしの結論としては、映画『DOCTOR SLEEP』という作品は、まぎれもなく名匠Stanley Kubrick監督の映画版『THE SHINING』の続編である。そして一方では、原作小説『Dr. Sleep』という作品は、著者であるStephen King大先生自ら、自作の小説『The Shining』の続編であると言っておられるわけで、結果、小説の『Dr. Sleep』と、映画の『DOCTOR SLEEP』は別モノである、ということでいいのだと思う。が、別物であっても映画『DOCTOR SLEEP』は十分面白かったと思います。あの「オーバールック・ホテル」が再びスクリーンに登場したことも、確かに興奮したし、とりわけローズが素晴らしかった! 何なのこのエロ美女! と大興奮したっすね。ただ、Kingファン的には敵が意外に弱いのが若干アレではあるし、King作品でお馴染みの(?)、ズタボロにされて超絶望、からの大逆転! という展開は、本作にはないすね。まあ、結論としては、わたしとしては原作小説の方がずっと面白いと思います。なので、映画は映画で十分アリではあるのだけれど、ここはぜひ、『The Shining』と『Dr. Sleep』の原作小説を読むことを強くお勧めします。以上。
  
↓ ぜひ! 読むべし!

シャイニング(上) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2015-04-17

シャイニング(下) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2015-04-17

 日本では255億を稼ぎ、全世界では12.7億ドル(=109円計算で1,388億円!)も稼いだ『FROZEN』。物語はもちろんのこと、その主題歌「Let It Go」もこの大ヒットに大きく貢献し、今ではBroadwayミュージカルとしても上演している(※日本の劇団四季版は2020年9月開幕!)スーパー優良コンテンツである。お、四季のPVがあるから貼っておこう。

 ところで、わたしが『FROZEN』の予告、というより「Let It Go」のプロモビデオを初めてWebで観たのは、おそらく2013年の秋口で、かのBroadwayの歌姫でお馴染みIdina Menzel嬢の迫力ある&エモーショナルな歌唱に、こいつはすごい、これは期待できる! と日本公開を待ち望んでいたのだが、日本では2014年3月まで公開を待たねばならず、まあ、それでも楽しみだなあ、と思っていたのが2013年の12月ごろの話である。もちろん、Webで観た「Let It Go」からは、これは面白そう!という期待は高かったけれど、まさか日本で250億を超えるウルトラスーパー大ヒットになるとは、その時点では全く予想していなかった。
 しかし。わたしは今でもはっきり覚えているが、2013年の12月、日本ではDOLBY-ATMOS採用の劇場がオープンし始め、わたしは映画オタクとして、超傑作『GRAVITY』をATMOSを導入したばかりのTOHOシネマズ船橋ららぽーとに観に行ったのだが……そこで初めて、劇場の大スクリーン&ATMOSのド迫力音響という環境で、「Let It Go」を観た(聴いた)のであった。
 あの時、わたしは、まだ全然物語もわからないのに、「Let It Go」だけで感動しちゃったのである。こ、これはすごい! これは大変なことになるぞ!? という予感を感じ、わたしは当時いろいろな人にWebで「Let It Go」を観てみろ、とお勧めしまくっていた。そして少し時間が経ってから、日本語版キャストとして松たか子様Verの「Let It Go」が公開されるに至り、これはもう、絶対に間違いなく100億超えるね、と確信したのであった。歌手でもあり、ミュージカルもこなすバリバリ歌える松たか子様を起用するとは、さすがディズニー! わかってらっしゃる! そしてさらに、ミュージカルでバリバリ鍛えた神田沙也加ちゃんも起用するとは! と、公開までの期待は高まる一方であったのである。
 なので普段、映画は「字幕一択」なわたしでも、これは日本語版も字幕版も両方観なくてはなるまいと考え、ムビチケカードも2枚買って公開日に備えたのである。
 そしていよいよ公開となった初日。わたしはまずは字幕版を観たのだが、歌はもちろん素晴らしいとして、さらに物語にも深く驚いたのであった。そう、DISNEYが、あのDISNEYが、「王子様」と決別?したのだ。それまでのDISNEYプリンセスの「真実の愛」はたいてい「王子様」に向けられていたはずだが、本作ではその対象は「家族」だったのである。本作では、完全に王子様はどうでもいい存在で、男女の愛より家族の愛が優先されたのだ。
 これは、相当大きな方針の転換であり、時代の要請なのかもしれないが、わたしは当時、ああ、こうくるんだ、と、とても驚き、やっぱりDISNEYすげえ! と思ったのであった。実際、この『FROZEN』後のDISNEYアニメは、基本的に女の子を主人公としつつも、男女の愛はかなりどうでもよくなって、それよりも自立した女性像だったり、家族や仲間を優先するようになったとわたしは感じている。その歴史的(?)転換点となったのが『FROZEN』だと思っている。
 というわけで、以上は前振りである。
 今般、いよいよ全世界待望の『FROZEN II』が公開になったので、わたしもさっそく観てきた……のだが、うーん、どうしよう、結論から言うと、十分面白かったです。それは間違いない。間違いないのだが……なんつうか、フツー、というか、それほど、前作のように「すげえ!」と興奮するまでもないというか、ええ、そう、まさしく「フツーに面白かった」というレベルにとどまるような気がしますね。もちろんそれでもすごいことなんですが。なので実は今回はあまり書くことがなくて、無用な前振りを書きました。ちなみに観たのは、まずは「字幕版」であります。

 というわけで、今回のお話は、そもそもエルサはどうして魔法が使えるんだ? という謎?に迫るお話であった。しかし、わたしとしては別にエルサが魔法を使えることに対して、「どうして?」と思うことはほぼなく、「そういうもんだ」で納得できていたため、正直そのストーリーラインはどうなんだろう、面白くなるんだろうか? と考えていた。むしろわたしとしては逆で、姉が魔法を使えるのに、なんで妹のアナは使えないんだろう? という方が謎に思っていたし、わたしは、ひょっとしてアナとエルサは実の姉妹じゃあないのかしら!? とか、余計なことも考えていた。
 のだが、観終わった今となっては、二人はちゃんと実の姉妹であったことは分かったし、そしてエルザが魔法を使える理由も、うっすらと分かったような気がする。要するにエルサは、いわゆる「Chosen One」、選ばれし者、に近いのだろうと思う。そんな「選ばれし姉」が自らの使命のようなものを全うするため頑張り、一方「選ばれてない妹」は、姉のために超頑張る、というお話だったとまとめていいような気がする。
 しかしなあ……その使命、があんまりおもしろくないというか、エモーショナルじゃないというか……グッと来ないんすよね……。おじいちゃんがやらかした?ことの後始末というか、それならなんで今、急に呼ぶ歌声が聞こえてきたのかとか、いろいろ謎めいたツッコミどころはあるんだよなあ……観ながらわたしは、エルサのことがちょっと気の毒になってきたっすね。「選ばれし者」というよりむしろ、「呪われし者」のように思えてきちゃったす。
 でも、まあ、いろいろと突っ込むのは野暮なんすかね。わたしは意外とラストには感じるものがあって、なんとなくわたしの大好きな『もののけ姫』を思い出したっすね。想い合っている二人だけど、一緒には住めない。でも、会いたいときには、いつでも会いに行くよ、ヤックルに乗って! みたいな。ようやくエルサはいろいろな使命、呪いから解き放たれて、アナよりも断然エルサ派のわたしとしては、あのエンディングは美しかったと思います。これはやっぱり、日本語版でももう一度観たいすね。
 というわけで、もう書きたいことがなくなりました。
 そういやわたしが入場するとき、「字幕って何ですか!? え、文字を読むんですか!? 日本語じゃないんですか!? 子供が見られないじゃないですか!」というどうしようもないクレームをつけている家族には失笑せざるを得なかったけど、なんというか、世の中いろんな人がいますなあ。字幕版は結構すいてましたが、日本語版は満席だったので、あの家族がどうしたのか、知る由もないす。

 というわけで、もう書いておくことがないので結論。
 
 前作の大ヒットから6年。全世界待望の『FROZEN II』が公開になったので、さっそく観に行ってきたのだが、まあ、結論としては十分面白かった。歌もやっぱり素晴らしいすね。でも、超素晴らしいと絶賛するほどではなく、フツーに面白かったす、が素直な感想である。でもまあ、すでに日本国内でも公開3日間ですでに19億ものウルトラ大ヒットとなっており、また100億は余裕でクリアするんでしょうな。つうか、クリストフのPVみたいな80年代めいた歌唱シーンはいらなかったんじゃね? ま、クリストフのプロポーズ大作戦も無事に実ったし、めでたしめでたしでよろしいのではないでしょうか。わたしとしては、オラフが「これまでのいきさつ」を説明するシーンが一番笑えたっすね。アレは素晴らしかった。そしてエンディングでは今回のお話を同じようにまとめていて、全くオラフは何気に大活躍ですな。あれっ!? やっぱりわたし、かなり楽しんだみたいっす。まあ、前作が好きなら当然オススメ、であります。しかしまあ、劇団四季のミュージカル版は絶対チケット獲れないでしょうなあ……観に行きたいけどなあ……。以上。

↓ やっぱり松たか子様は素晴らしいすね! 日本語版も観よう!

 2013年に公開された『MAN OF STEEL』は、DCコミックヒーロー「SUPERMAN」のオリジン物語で、まあ、何度もこのBlogで書いてきたことだが、残念ながら期待通りの面白さにはならず、まったくアレな作品になってしまった。それは、物語の進行が恐ろしくリアルで、「現実的」という意味では全く破たんなく、そりゃそうなるな、とある意味見事な物語だったのだが、残念ながら映画としてまるで面白くなかったのである。
 ある日、子供のいないカンザスの片田舎に住む夫婦のもとに、宇宙から赤ん坊が降ってくる。夫婦は喜んでその赤ん坊を育て、赤ん坊もすくすく育つのだが、成長するにつれ、自らの持つ「スーパーパワー」に戸惑いつつも、愛を知り、地球を守るスーパーな男になっていく、てのが「SUPERMAN」の物語だ。
 しかし。もしその赤ん坊が、邪悪な心に目覚めてしまったら?
 というのが、わたしが今日観てきた映画『BRIGHTBURN』の物語だ。まあ、はっきり言ってこの画を撮りたかっただけじゃね? というネタムービーであったと断じてもいいような気がするなあ……だって、相当後味悪いっすよ、このお話は。

 もう、物語は上記予告から想像できる通りに進む。つうかこれ以上の説明は全く不要だろう。なので、わたしとしては、これはいったいどんな結末を迎えるんだろうか、という興味だけで観に行ったわけだが、それはちょっと書かない方がいいだろうな。知りたいことはそれだけだし。
 というわけで、わたしとしては、本作に対して特に面白かったとか、おススメするというつもりはないのだが、一つ観ながら思ったのは、どうしてこうなってしまったのか、どこが「SUPERMAN」と違うのか、という点である。
 同じカンザスの田舎に落っこちてきた宇宙人という意味では共通しているわけだが、片や人類を守る超人に、片や人類を支配しようとする大魔王になってしまったわけで、何が道を分けたのか、これはちょっとだけ考えてみる価値はあるだろう。いや、まあ、ほとんどないけど。
 本作の場合のクソガキ君は、ある日突然、自分の乗ってきた宇宙船(納屋に隠してあった)から発せられた謎の「人類死ね死ね電波」に感化され(て本性が刺激され)たともいえるわけだが、その点では、そもそも「SUPERMAN」はその本性から善良だったけど、今回は最初から邪悪な謎宇宙人だった、という違いもあるのだろう。一体全体、どこから来たのか、彼は何者なのか、という点に関しては、本作では一切説明はない。まあ、そこを描き出したら、恐らく軸がぶれるだろうし、実際必要ないことだろう。本作は、上映時間91分と非常にコンパクトで、映像にキレがあって無駄がない点は称賛して良い点だろう。ホント、本作を作った人々は、ただ単純に、SUPERMANが邪悪な心に染まっていたらどうなった? と描きたかっただけで、他のことは特に何も考えてないというか、どうでもいいことなのだろうと思う。
 しかし思うに、自分が「スーパーな特別な存在」であることを自覚する年齢が違っていた点は、小さくない違いのような気がする。本作では、12歳(だったっけ?)の誕生日に、「どうやらオレは他の人間と違うみたいだ」ということに気が付く。まあ、予告にある通り、人間であれば反抗期まっさかりで、そんなお年頃に「やべえ、おれ、すげえかも」とか思っちゃったら、まあマズいですわな。その力を使うことに躊躇しないクソガキ年齢なわけで、言ってみれば、中2病のクソガキに、本当にスーパーパワーが宿っていた、的な物語だ。これが、自覚するのがもうチョイ、そうだなあ、5年早くて、まだまだちびっ子だったなら、教育で何とか道を正せたかもしれない。お父さんだってお母さんだって、決して悪人ではなく、善良な心を持っていたのだし、周りの環境だって、まあ、フツーだよね。ゲームや漫画でそういうバイオレンスに染まった(笑)わけでもないし。
 でも、猛獣だって、生まれた時から人間に愛情をもって育てられたら、普通懐きますわな。本作では、もう一切躊躇なく、自らの力をふるって人を殺しまくるわけで、そこが非常に異質であり、我々人類には全く理解しがたい存在となる。クソガキ君の表情が、ほぼ常に無表情ってのも、不気味さに拍車をかけてましたな。その点も、本作は非常に見事だったすね。
 そして残念ながら本作も、いろいろと見事で賞賛すべき点はあるんだけど……やっぱり面白くないんだよな……何も得られないというか……なんなんだろう、この気持ちは。とにかく無力なんだよね。人類には理解できないし、そりゃ宇宙人だから当たり前なんだが……まったく救いがないお話は、面白くはないすね。やっぱり。
 というわけで、演じたクソガキ&お母さん&お父さんの3人キャストをメモしてさっさと終わりにしよう。
 ◆ブランドン:宇宙からやってきた赤ん坊。12歳で悪意の波動に身を委ね、人類の脅威に。ブランドン、という役名は、まあ、『SUPERMAN RETURNS』でSUPERMANを演じたBrandon Routh君から来てるんでしょうな。で、今回恐怖のブランドンを演じたのはJackson A. Dunn君16歳。2003年生まれだそうな。おっと! なんと、『AVENGERS:ENDGAME』でANT-MANが赤ん坊になったり少年になったりお爺ちゃんになるあのギャグシーンで、12歳のANT-MAN=スコット・ラングを演じたのが彼だって!? まじかよ、あとでBlu-ray見直してみよっと。本作では、とにかく無表情なツラがホントに宇宙人っぽくて大変な好演だったと思います。結構なイケメンに成長すると思いますね。名前を憶えとこうと思います。
 ◆トーリ:不妊に悩んでいるところで宇宙から赤ん坊が降ってきて、愛情をもって育てたお母さん。せめてお母さんは許してやってほしかった……気の毒すぎる。。。そんな気の毒すぎるお母さんを演じたのは、Elizabeth Banksさん45歳。うおお、もう45歳なんだ。かつては可愛かったのだが……まあ、今でもお綺麗ですが、すっかりお母さん役が似合う年齢になりましたな。
 ◆カイル:宇宙人を育てたお父さん。その本性に気づき、頭を打ち抜こうとするが、あっさり返り討ちに……。まあ、宇宙人は即座に通報しないとダメだったんでしょうな……。演じたのはDevid Denman氏46歳。結構いろんなところで見かける方ですな。屈強系アメリカ人です。
 とまあこんな感じですが、エンドクレジット前の「その後」に出てきて、何やらジャーナリスト?めいたイカレたことをわめいている人物は、Michael Rooker氏が演じてて驚きだったすね。なんでこんなところにMichael氏が!? と思ったけど、要するに本作のプロデューサーJames Gunn氏に対する友情出演のようなものだったのだろうと思う。
 そう、本作は、MCUの『GUARDIANDS OF THE GALAXY』の監督でお馴染みのGunn氏が、昔のアホなツイートでMCUをクビになった時、に、その才能に眼をつけたSONY PICTURESがすぐに声をかけて作らせた作品で、その後Gunn氏はMCUに復帰することになったけど、あの時はDISNEYに対して『GUARDIANDS』のキャストたちが一斉に擁護する動きを見せたわけで、そのつながりなんでしょうな。わたしはGunn氏に特に思い入れはないのでクビになろうが復帰しようがどうでもいいけど、まあ、本作は、確かに映画としてとてもキレがあって映像的にもかなり高品位、であったけど、お話的にオチがないというか救いがなく、面白いとは思えなかったすね。まあそれが結論す。本作は、US本国では全然売れなかったみたいすね。評価もかなり微妙判定だな……Rottentomatoesによると。日本では売れるんだろうか。。。
 ※追記:サーセン、一部わたしの勘違いでした。本作は、Gunn氏がMCUをクビになる前からSONYがGunn氏に作らせていた作品で、出来上がってから、Gunn氏のツイート騒動が起こってプロモーションができなくなった、結果、あまり売れなかった、というのが正しいみたいです。Wikiによると。でもどうかな、予定通りコミコンなどでのプロモーションが出来ていても、ちょっと厳しかったような気がしますね……根拠ナシですが。

 というわけで、なんかどうでもよくなってきたので結論。
 
 今日観てきた『BRIGHTBURN』という作品は、もしSUPERMANが邪悪な心の持ち主だったら?という物語を描いているわけですが、結論としては、そういう宇宙人はとにかく無慈悲&無造作に人類をぶっ殺すだろうし、それに対して人類はまるで無力、愛さえもまるで通じないという、ある意味当たり前の結果となるお話であった。なので、面白いとは思えないすね。ただし、本作でその邪悪な宇宙人を演じたJackson A. Dunn君は、その無表情な演技は極めて上質であったし、物語自体のキレはとても鋭くシャープで、大変高品位な映画であったと思います。とにかく、Dunn君の表情がですね、人間を虫けらのように見るまなざしが、無慈悲かつ超冷酷で、その点は非常に見ごたえがあったかと存じます。やっぱり、上にも書きましたが、宇宙人が来たら即通報、の方が良さそうすね。ただし、それだとSUPERMANは誕生しませんが。以上。

↓ 宇宙人に心があって、善良な場合、はこうなります。

 今を去ること34年前。1985年。わたしは高校生になったばかりで、もう既に順調に映画オタクの道を邁進していたわけだが、その年公開された『THE TERMINATOR』という作品には大興奮したことを今でもよく覚えている。一緒に観に行ったのは当時一番仲の良かったO君で、今はもう跡形もなくなってしまった松戸の輝竜会館という映画館にチャリで観に行ったのであった。そしてその6年後、28年前の1991年には『TERMINATOR2:JUDGEMENT DAY』が公開され、当然劇場へ2回観に行ったほどである。1回目は錦糸町での先行オールナイト興行へ、2回目は有楽町マリオン11階にあった、今はもうなくなった日本劇場へ観に行ったのである。ちなみにその後、わたしはこの『2』を家で大迫力で観るために、レーザーディスクプレイヤーを買い、さらに当時最新鋭だったドルビー・プロロジックIIサラウンドを搭載したAVアンプやスピーカーなどを揃えて、大音響で夜中観ていたら近所から叱られたという逸話もある。要するに言いたいことは、わたしは『TERMINATOR』というIPには大変思い入れがあるということである。
 その後、シリーズは『TERMINATOR3:The Rise of Machine』が2003年、『TERMINATOR:SALVATION』が2009年、『TERMINATOR:GENESYS』が2015年と作られていくわけだが、どの作品も、つまらなかったとは言わないけど……やっぱり、正直それほど興奮しなかったというか……結局、いつも同じなんだよね……。なので、もうこれ以上は作らなくていいんじゃね? と思っていた。なお、わたしとしては、世間的に非常に評価が低い『3』は一番設定として正統(?)で、真面目に考えるとあのお話になってしまうと納得しているので、実はそれほど嫌いじゃない。つうかむしろ、『3』は非常に出来が良いと思っている。
 ところで、『1』と『2』に共通していて、そのほかの作品にないものは何か。それは実のところ明確で、原作者たるJames Cameron氏がクリエイションに関与していない、という点だ。言ってみれば二次創作なわけで、そりゃあ、オリジナルたる『1』『2』と比較するのがそもそも間違っていると思う。
 というわけで、『TERMINATOR』を冠する作品が公開されると、わたしとしては、まあ、観に行くけど、どうだろうなあ、という態度にならざるを得なかったわけだが、今般、とうとう原作者Cameron氏が製作総指揮にクレジットされる『TERMINATOR:DARK FATE』なる映画が公開されることとなった。というわけで、わたしとしてはその出来を確認すべく、劇場に行かざるを得ないわけである。
 ――が。観終わった今、感想を一言で言うと、び……微妙かな……やっぱり……。どうだろう、これは……ううむ……面白かった……のかなあ?? 何とも現状では評価できないというか……やはり本作もまた、完全に別モノというか……続編というよりも二次創作といった方がよいのではなかろうか……。。。

 物語はもう、いつもの通りである。
 未来で何かを成す、メキシコ在住のダニーなる女子がいる。そのダニーを殺そうと未来から送られてきた新型ターミネーターRev.9と、逆にダニーを助けるために未来からやってきた強化人間グレースが、ダニーをめぐって大バトルを繰り広げるお話である。
 本作で最も特徴的なのは、これまでのシリーズでは必ず出てくる、「スカイネット」と「カイル・リース」が一切登場しないことであろうと思う。
 「スカイネット」とは、軍事用人工知能(?)で、未来において人類を敵として殺しまり、そもそものターミネーターを過去へ送る存在である。そして「カイル・リース」とは、未来における対スカイネット戦争の人類側リーダー、ジョン・コナーが、1984年の過去に送られたターミネーターが狙う自らの母、サラ・コナーを救うべく遣わした未来人だ。
 この「スカイネット」と「カイル・リース」こそが基本で、これまでのシリーズにはほぼ必ず出てくるわけだが今回は、出番ナシ、である。
 思うに、この構造は、ある意味強固な縛りだったような気がする。というのも、(未来の)ジョンは、父親であるカイルを、死ぬとわかっていても1984年にどうしても送り込まないといけないからだ。じゃないと、自分が生まれないのである。そしてカイル・リースを過去に送るための条件という意味で言うと、「ジャッジメント・デイ」も、どうしても起こらないと困るのだ。「ジョンが生まれる=カイルが1984年にやってくる」ことが必須だとすると、そうなってしまうのである。
 なので、超名作と呼ばれる『2』で、泣けるめでたしめでたしエンドを迎えても、真面目に考えると「ジャッジメント・デイ」は回避できなかったという方向にしか脚本開発はできない。だから、あの『3』になったのだとわたしは考えている。アレはアレで、まったく正しいというか、ありうべき「続編」だったと思うのである。そういう意味では、わたしにとって「正当な続編」はやっぱり『3』であり『4』だ。『GENESYS』は……ちょっとアレかな。。。
 で。本作はこの最も基本設定となる「スカイネット」と「カイル・リース」は出てこない。この点はある意味ブレイクスルーと言えるような気がしている。カイルが1984年にやってきて、ジョンは生まれているが(=1と2の物語の出来事は起こったが)、『2』の出来事によって、カイルを1984年に送った未来はもう存在していない、けど、それでいいのだというスタンスである。
 これは、タイムスリップものの物語としては、実はアリ、だと思う。まあ、真剣に考えると全然違うけど、『END GAME』の設定と若干似ていて、「起こったことは変わらない」「ただしこれから起こる未来は、行動によって別の未来が生まれる」方針を取っているのだ。テキトーにパワポで図を作ってみると、こういうことだと思う。あくまでジャッジメント・デイは起こってしまったとする『3』はもうあり得なくなっちゃった(ただしカイル・リースを1984年に送ろうとする未来を描いた『4』は、ある意味『1』の前日譚としてまだ有効で、本作と矛盾しないと思う)。
Terminator02
 わたしとしては、本作のこの基本方針は全く非難しないし、アリだとは思う。しかしなあ……はっきり言って、「スカイネット」に代わる「リージョン」なるAI(?)の存在感は希薄だし、結局のところ「スカイネット」そのもので名前が変わっただけだし、最新ターミネーターRev.9もT-1000とあまり変わらないし、さらに言えば、そもそもダニーなる女子の魅力が薄口すぎて、どれほどリージョンを苦しめ、狙われる存在だったのかも、実は全く実感がわかない。結局のところ、レジェンドたるサラ・コナーとT-800モデル101を出したかっただけじゃね? としか思えなかったような気がするなあ……。
 というわけで、本作のポイントは以下の2つだけだったような気がします。
 ◆サラ・コナーとT-800モデル101のその後
 サラ・コナーは、『2』ののち、「ジャッジメント・デイ」を回避することに成功し、予言されていた1997年8月29日を無事に迎える……が、そのめでたい日に、ジョンがT-800に殺されるシーンから本作は始まる。まあ、実はスカイネットはいろんな過去へターミネーターを送っていた、という設定は、別に問題ないだろう。でも、前述のように、結局はほぼ同じである「リージョン」がダサすぎるというか……ジョンを失って絶望したサラをもう一度戦わせるために、無理やり作られた設定にしか思えなかったすね。
 さらに、ジャッジメント・デイにジョン殺害を成功させたT-800のその後も、これは若干『GENESYS』の設定をパクって、サイボーグなのに老化する、というのは許せるとしても、「目標達成後の機械」に妙な良心が芽生えるというのは、結局Schwarzenegger氏をもう一度登場させるための苦し紛れ設定のような気もしますなあ。。。おまけに、時間変位を感知できるってのはやっぱりチョイ乱暴というかとってつけた感があるよね。。。
 いずれにせよ、戦う本家サラ・コナーをオリジナルのLinda Hamiltonさんはカッコよく演じてくれたし、御年72歳のArnold Schwarzenegger氏も貫禄たっぷりで、お二人の演技には何ら文句はないっす。しかし、やっぱり『2』当時のサラは本当にカッコよく美しかったですなあ……。『2』の登場ファーストカットの、病室で一人トレーニングをしている時の腕の筋肉の美しさは忘れられないすね。あと、そうだ、『2』でジョンを演じたEdward Furlong君がCGで登場するのはびっくりしたっすね(※そのシーンには『2』当時にデジタル若返りしたLindaさんも出てきます)。まあ、今の彼はご存じの通りダメ人間のおっさん(42歳)になり果ててしまったのだが、『2』当時は本当に美少年だったすなあ……こういうCG出演って、どうなんでしょうか……。
 ◆強化人間グレース大奮闘
 わたしとしては、本作に登場する未来からやってきた強化人間、グレースは大変すばらしかったと思う。ただ、活動許容時間を過ぎるとオーバーヒートしちゃうのは、完全に超名作『UNIVERSAL SOLDIER』そのものでしたな。いっそ、ユニ・ソルのように全裸で氷風呂に入ってほしかったわ。演じたのは、去年の夏に観た『Tully』での好演も記憶に新しいMackenzie Davis嬢32歳。本作では非常に美しい、鍛えられた体でしたなあ。アクションも大変お見事でした。人間には出来ない動きが、やたらとカッコよかったすね。
 というわけで、わたしとしてはもう、新型Rev.9はどうでもいいし、狙われるダニーもどうでもいいので、演じた役者のことも以下省略です。
 ひとつだけ。監督についてメモしておくと、本作を撮ったのは、『DEADPOOL』で一躍名を挙げたTim Miller氏である。動きとカットの途切れない画面ワーク、それから銃や爆発の効果などはさすがすね。それほど残虐描写もなかったけど、別にそれを売りにされても困るし、大予算の大作として、非常に手堅くきっちりまとめられたのではないかしら。問題は脚本だろうな……もうチョイ、ダニーが狙われる理由をきちんと描いてほしかったすね。いっそ、リージョンの発明家で、逆に人類側がダニーを殺しにやってくる、そしてリージョン側がダニーを守ろうとターミネーターを派遣する、みたいな、まったく逆の構造も考えられたんじゃないかしら。でも、人類側はやっぱりダニーを殺せない、みたいに、『2』でダイソンを殺そうとしてできなかったサラの葛藤みたいなのが、今回再び描かれても良かったように思うす。わたしだったらそうしたね。その方が面白そうじゃないかな? どうでしょ?

 というわけで、もうさっさと結論。
 何度も繰り返し描かれてきた『TERMINATOR』の物語だが、ついに生みの親であるJames Cameron氏製作総指揮の元、再び新作『TERMINATOR:DARK FATE』なる作品が公開されるに至ったのでさっそく観てきた……のだが、結論としては、本作もまた、これまでの「続編」同様に、「二次創作」であったと言えるのではなかろうか。ただし、お話としては、ある意味シリーズの呪縛(?)だった、スカイネットとカイル・リースを無視していて、新しい別の未来を描いている点は、興味深い違いだと思う。思うのだが……それが面白く成功しているかというと、かなり微妙だったかな……と言わざるを得ないだろうな……。せっかく呪縛を破った新しい未来を描くなら、もうチョイやり方はあったような気がしてならないす。つうかですね、なんか、製作側から「3以降はなかったことに」とか言われると、実に腹立たしく思いますな。なかったことにできるわけないじゃん。そういう点が、わたしがFOXが嫌いな点ですよ。ホント馬鹿にしてるというか、不愉快極まりないことをいともたやすくやる(言う)のが頭に来るね。さっさとDISNEYの一部門として降るがいい! 以上。

↓やっぱり未だ色あせない名作ですなあ……最高です。あの頃はわたしも若かった……。。。
ターミネーター 2 審判の日 (字幕版)
アーノルド・シュワルツェネッガー

 このBlogで、もうおそらく50回ぐらい書いているのだが、今回も敢えてこのセリフから始めよう。わたしがこの世で最も好きな小説家は、Stephen King大先生である!
 というわけで。2年間、35M$の予算で製作され、公開されるや全世界で700M$も稼ぎ、大ヒットとなった映画『It』。1USD=108JPYとして、37.8億円投資したものが756億円で戻ってきたわけで、莫大な利益をもたらした作品だが、King大先生のファンであるわたしは、公開前は結構懐疑的だったのである。なんで今さら「It」なんだ? そもそもあの長大な『It』が2時間で描けんのか? という感じで、ズバリ言うとほとんど期待はしてなかったのである。
 しかし!
 公開された『It』は、予想を大きく上回る面白さで、とりわけ、子供時代編と現代大人編の2つの時間軸がある原作を、その子供時代編だけに絞って切り取り、超見事に映像化されていたのであった。さらに言うなら画面のクオリティは極めて高品位で、特に「黒」の表現が非常に巧みであった。なるほど、現代最先端の技術を使うとここまで鮮明で見事な映画になるんだな、という当たり前のことが妙に新鮮だったのである。
 そして2年前に公開された『It』は、そのラストで正式?なタイトルとして『IT Chapter1』と堂々とクレジットされるに至り、おお、つまりこれは、「大人編」も作る気満々じゃねーか! とわたしは歓喜したのであった。
 というわけであっという間に2年の月日が流れ去り――とうとうその続編たる『Chapter2』が公開されたので、わたしもさっそく観てきたわけである。
 が……うーん、そうだなあ……まず一言で言うと、原作とかなり違う。正直わたしは原作小説のラストを明確には記憶していないけど、これは間違いないと思う。そして、原作はとりあえず抜きにしても、映画として、まず長い。そして、若干、あれっ!? というエンディングであったような気がしている。これは……なんかいろいろはしょられたというよりも、別物になっちゃったかな、という気がする。
 ただし、だからと言ってつまらなかったとは言わない。わたし的には、この映画には3つの見どころがあって、その点では非常に満足であります。大絶賛はしないけど、十分面白かったすね。可能なら、『Chapter1』をもう一度見て、すぐこの『Chapter2』を観るのが一番いいような気がするっすね。ちなみに本作『Chapter2』も、US本国及び諸外国では9月にもう公開になっていて、USでは245M$稼ぎ、全世界合計では456M$稼いで大ヒットとなっている。すげえなあ!

 ところで、前作でも書いたが、日本版タイトルには意味不明などうでもいいサブタイトルがついているが、まったくセンスを感じないのでゴミ箱行きでいいだろう。なのでその邦題サブタイトルは一切記載しない。
 というわけで、お話は『It』の27年後である。メイン州デリーという、King大先生の作品で非常によく出てくる街には、27年周期で大量殺人(というより行方不明者というべきか)が起きていて、前作『Chapter1』では1988年、そしてその27年後、2015年の出来事を描いたのが本作『Chapter2』だ。まあ、簡単に言うと、前作では「それ=It」に出会ってしまった少年少女たちは、超がんばって「それ」を撃退することに成功したものの、完全な駆除には至っておらず、今回、ケリをつけるというお話だ。前作では、スクール・カースト最底辺の「負け犬クラブ=Losers」のちびっ子だった彼ら&彼女は、今やすっかり大人となって、それぞれの生活をしている。が、一人だけ27年間デリーから離れずにいたマイクから、「アレがまた出た!」という電話を受けて、再集合するところからお話は始まる。
 ここでさっそく、わたし的見どころその1)を紹介しよう。
 そうなんです。今回の「大人編」は、前作でちびっ子時代を演じた子役のみなさんと、ことごとく似ている、面影のある役者で作られているのであります! まずはこのキャスティングがスゴイというか素晴らしい! とわたしは讃えたいと思う。
 さらに、わたし的見どころその2)も紹介しておくと、もうわたしは劇場で大興奮して、登場した時思わず、おおっと!? と声を出してしまったのだが、なんとなんと、Stephen King大先生ご本人がとあるキャラクターで登場するのであります!!! King大先生の顔を知っている人なら、すぐわかったはずだが、恐らく劇場の皆さんは全然気が付かなかったんだと思う。けど、マジでわたしはまさかのKing大先生登場に興奮したっすねえ!! しかも、台詞もあるし、何気に登場シーンが長い! ヒントは、主人公ビルがかつて自分が乗っていたチャリンコを発見して300ドルで買い取るシーンですよ! このKing大先生のまさかの登場からわかることは、つまりKing大先生もこの作品をとても気に入っているということで、原作とかなり違った物語だけど、全然アリ、King大先生納得済みということだろうと思う。
 で。物語的にわたしが残念に思ったのは、原作で(あるいはKingワールドで常に「善」を体現するものとして)登場する「亀」が物語に絡まなかったことだ。前作でも今回でも、「亀」はチラッと登場するけど、「It=それ=邪悪なる存在」と対になる「善なる存在」としての「亀」が物語に何の役割も与えられなかったことだけが残念だ。
 そして、どうしてもキャラクター一人一人の過去と感情を追わなくてなならない必要があるために、結果的に映画全体が長くなってしまう。本作は上映時間169分もあるのだが、仕方ないとはいえ、やっぱり長いし、それにしてはエンディングが結構あっさりしちゃっているので、その点もちょっとだけ残念だったかもしれない。
 しかし、そういった物語上のアレな点を帳消しにしてもいいぐらい素晴らしかったのが、わたし的見どころその3)、映像そのものの素晴らしさ、であろうと思う。とりわけ原作ファンでも大興奮できたのは、「It」の最終形態である「蜘蛛」型Itの映像化ではなかろうか。あれはもう、原作では想像するしかなかった姿を見事に映像化してくれましたなあ。若干エイリアン・クイーン的でもありましたが、原作を読んだ時のわたしの想像を超える見事な造形だったと思います。そして今回も、「闇」、とりわけ「黒」が見事でしたなあ! これは話題のDOLBY-シネマで観るべきだったと悔やまれますな。他にも映像的にはペニーワイズと風船なんかも、どのシーンでも非常にシャープというか鮮明で、実に映像として美しさすらあって、とても印象的でしたな。こういう映像力は小説の文字を超える力があると思うっすね。実にお見事でした。
 というわけで、最後に今回の「大人編」を演じた負け犬クラブの面々をメモして終わりにしよう。見どころ1)で書いた通り、子供辺と大人編ですげえよく似ている役者が起用されてるわけですが、その外見はもちろんなんだけど、キャラクターとして、きっちり似ているというか統一されてるというか、まさしくこの子が大人になったらこうなるっていうのが見事に表現されてたと思うっすね。
 ◆ビル・デンブロウ:演じたのはヤング・プロフェッサーXでお馴染みJames McAvoy氏。子供時代編を演じたJaeden Martell君に似てますな、やっぱり。どもりもすっかり治り、作家として活躍する大人ビルも、デリーに帰郷し、Itと対峙するとどもりが再発してしまうのだが、若干、McAvoy氏のどもり演技は不自然だったような……その点は子役のJaeden君の方が上手かったような気がしますね。
 ◆ベバリー:負け犬クラブ紅一点の勇敢な女子。演じたのはJessica Chastainさん。子供時代編を演じたSophia Lillisちゃんとはちょっと雰囲気が違うすね。今回唯一子役とイメージが違うような。目が違うのかな。。。
 ◆ベン:子供時代はデブで奥手ないじられキャラだった彼が、大人になってからはすっかりスリムなイケメンに成長。でも、ちょっと写真をよく比べていただきたい。大人編のJay Ryan氏と、子供時代編のJeremy Ray Taylor君、なんかね、似てんすよ、やっぱり。特に目が面影あるんすよねえ! 大人編のJay氏は、若干ドクター・ストレンジっぽいんすけど、やっぱベンなんすよ。これはお見事なキャスティングだったと思うすね。しかしベンも27年を経てやっとベバリーへの想いが通じてホント良かったね!!
 ◆エディ:喘息持ちで毒舌なエディも大人編を演じたJames Ransone氏とJack Dylan Grazer君は同一人物のようなキャラ同一性が保たれてましたな。ちなみにDylan君は、かの『SHAZAM!』でフレディを演じてくれたあの子です。アレも見事な演技でしたな。
 ◆リッチー:メガネの毒舌トーキングマシンなおしゃべりキッズ。しつこいけど、大人編のBill Hader氏と子供時代編のFinn Wolfhard君はホントによく似てます。
 ◆スタンリー:大人編のスタンリーはすぐに自殺してしまうので(これは原作通り)ほぼ出番はないですが、回想で出てくる子供時代編のWyatt Oleff君と大人編のAndy Bean氏はやっぱりホントに似てますね。ちなみにWyatt君は、かの『Guardians of the Galaxy』で地球から連れ去られる子供時代のピーター・クィルを演じてくれた彼っすね。
 ◆マイク:唯一デリーに住み続けて、「It」の謎を追い続けていたマイク。ホントしつこいけど、子供時代編のChosen Jacobs君と今回の大人編のIsaiah Mustafa氏はマジそっくりす。
 とまあこんな感じだが、最後に監督のAndrés Muschietti氏を称えて終わりにしよう。アルゼンチン出身の監督だが、わたしがほめたたえたいのは、その映像のシャープさと言えばばいいのかな、キレがあるんすよね。非常に高品位だと思う。目に鮮やかな風船の赤と真っ暗闇とか、やっぱり色のセンスなのかな? 色の対比、色彩設計が非常に見事だったと思う。そして音楽のつけ方もとても上品かつ効果的で良かったすねえ! 今後、どんな作品を取るのか知らないけどIMDbによれば、『Attack on Titan(=進撃の巨人)』ハリウッド版の監督に、なんてアナウンスされてるようで、非常に気になりますな! とても才能ある監督だと思います。

 というわけで、もうまとまらないので結論。
 2年前からずっと楽しみにしていた『IT Chapter2』がとうとう日本でも公開になったので、さっそく観てきたわけだが……原作と比較すると、かなり違いがあってもはや別モノ? という気もするし、とにかく2時間49分は長い! と思うけれど、一方では、とにかくキャスト陣が子供時代編とつながっている感が保たれた、似ている俳優ぞろいで実に興味深かったし、映像的にもとてもキレがあって、結論としては大変楽しめました。なにより、King大先生の大ファンとしては、King大先生がスクリーンに登場して、台詞も結構ある役を演じる姿に大興奮であります! このシーンだけでもわたしは楽しめました。ホラー映画?とカテゴライズするのが普通なんだろうけど、実際、物語を知ってても、うぉっと、やっべええ!! といちいちびっくりするような演出も楽しめたっす。素っ裸の老婆がベバリーを襲うシーンがわたしは一番怖かったす。アレはヤバかったすね! というわけで、原作とは違っていても、この映画はアリ! が結論です。以上。

↓ あーあ、2年も時間があったんだから、もう一度ちゃんと原作読んどくべきでした。アホだった……電子で全巻全館買い直しておいたのに。。。そしてもう一度『Chapter1』を見直しておくべきでした……。
IT(1) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03


 わたしは映画オタとして、当然1989年公開のTim Burton監督版『BATMAN』を劇場で観ているし、天才Christophe Nolan監督の超傑作『DARK KIGHT』も観ているので、両作に共通するBATMANの敵、「ジョーカー」という存在について、それなりに知っているつもりである。わたしのジョーカーというキャラクターについての知識は、要するにジョーカーは「普通の人間には理解不能のナチュラル・ボーン・悪党」であって、「世界が炎に包まれ燃えあがるのを見て笑う狂気の男」であるというのが、これまでのわたしの理解だった。
 なので、今般『JOKER』なる映画において、ジョーカー誕生秘話が語られることになったという話を聞いて、わたしはまず第一に困惑した。今さら、実はジョーカーには悲惨な過去があって、それであんな奴になった、とか、ある意味、感動的な物語を観せられても困るというか、ジョーカーに対して共感できる物語なんて必要ないんじゃね? とか思っていたのだ。
 というわけで、わたしは今日、やっと日本公開となったその映画『JOKER』を観てきたのだが、結論から言うと、わたしの愚かな予断を吹っ飛ばすほど素晴らしい映画で、なるほどねえ……と非常に満足のいく内容だったと思う。ズバリ言えば、ジョーカー自身は、どんな理由があっても間違いなく悪党で、同情の余地はなく、共感する必要はないと思う。だが重要なのは、ジョーカーという存在は実に社会的な存在とでも言えばいいのだろうか? つまり、ジョーカーは「ゴッサム」という街、後に「悪徳の栄える街」と呼ばれる社会が生み出した怪物だ、ということだ。その点が非常に見事に描かれていたように思うのであります。言いたくないけれど、超・強いて言うならば、ジョーカーは社会の被害者、とすら言えるのかもしれない。しかし、くれぐれも勘違いしたくないのは、だからジョーカーは悪くない、とは絶対に思えないし、思いたくないですな。
 というわけで、まずは予告を貼っときましょう。

 というわけで、お話は、ジョーカーという怪物がいかにして誕生したか、である。以上。終わり。
 と、終わらせてはアレなので、ちょっとだけ解説しておこう。後に「JOKER」を名乗ることになるアーサーという男がいる。彼は、どうやら脳の障害によって、突然笑い出す発作を持っている。さらに、ゴッサムという街は相当な格差社会であり、貧富の差は激しく、世には仕事がなく、アーサーはド底辺でピエロの仕事をしている。彼は、「人を笑顔にしたい」という希望があって、ピエロの仕事をして街頭で店の宣伝をしたり、小児科病棟に慰問に行ったりとせっせと仕事をしてはいるが、夢はコメディアンとして舞台に立ち、憧れのTV番組に出演したいなあ、とか思っている。また、家には病身の母がいて、献身的に介護を行う、絵にかいたような優しいイイ奴だ。
 しかし。世間はまったく彼に優しくない。
 観ていてつらいほど、ひどいことばかり起きる。
 この辺はもう、わたしの現在の心境に極めて近く、こりゃあ、アーサーじゃなくたって、誰だって怒りを身のうちに育てていってしまうだろうと思う。そして、とあるきっかけから、アーサーは3人の男を撃ち殺すに至る。そして、さらに追い打ちをかけるように、母の言葉が嘘だったことが明らかになった時、完全に正気を失い、「ジョーカー」と変貌するわけだ。
 わたしは観ながらずっと、わたしとアーサーの違いはどこにあるんだろうか、と考えていた。わたしも、ズバリ言うと世の中には絶望しているし、内心では街でバカをやっている連中だったり、電車内でマナーのヒドイ高齢者や若者を見かけると、死ね! とか、ぶっ殺すぞこの野郎! とか、普通に思っている。オレとジョーカーはどこに違いがあるんだ? とずっと考えていたのである。
 日本には銃がないから? うーん、まあ、そうかも? 銃があったらオレも乱射してるか? いや、それはないな。つうか、ないと思いたい。
 オレは金に困ってないから? まあ、それは今までのオレの頑張りだけど、ジョーカーことアーサーもそれなりに頑張っていたし、どうにもならんかったかもしれないぜ?
 家族の愛? うちの母はジョーカーの母とは違う? うーん、そうかも? これが決定的な違いか?
 それともやっぱり、「報われない社会」だからか? いやいや、現代日本も十分「報われない社会」と言えるよね。残念ながら。
 とまあ、いろいろ考えても、実は今のところ結論は出ていない。一つ確かなことは、本作で描かれた境遇に自らを置いてみた時、自分がジョーカーにならない道を選べたかどうか、結構怪しいんじゃないかということだ。 
 わたしは、なにかと人のせいにしたり、社会のせいにしたりするような人間が一番嫌いだし、そういう人間こそ、真の邪悪だと思っている。そういう奴って、本当にどうしようもないクソ野郎だと思うし、さっさと死んでほしいと思う。
 しかし、ジョーカーは、実は全く「社会や他人のせい」にしたりしていない。そういう意味で、ジョーカーは「邪悪」ではないとわたしは感じた。そう、わたしの結論は、ジョーカーは完全なる「病人」であり、完全に精神が「ぶっ壊れちまった」存在なのだ。もはや人間とはいえないのかもしれない。まさしく、「怪物」。そうとしか言えないように思う。もちろん、わたしは病気だとか、心神喪失だとかで、罪を免じられるような、現代社会の法律を全く信頼していない。法律は、病人や罪人は回復/矯正可能という前提にあるとわたしは考えているが、残念ながら、回復しない病気もあるし、ズバリ言えばクソ野郎は死ぬまでクソ野郎で、死ぬまで社会と隔絶しておくしかないとさえ思っている。ジョーカーは、わたしにはそういう、一生を監獄に監禁すべき病人であり、人間であることができなくなった怪物だと思えた。その意味で、わたしにはジョーカーに同情しないし、共感もしない。ただし、まったく人ごとじゃあない、オレもそうなってたかもしれん、という思いだけは、これは否定しようがないと思う。
 いやはや、なんかまとまらないけど、とにかく言えることは、この映画はすげえ! ということでしょうな。これは、やっぱり傑作だと思う。

 というわけで、最後に役者陣を称えて終わりにしよう。と言っても、讃えるべきはただ一人、主人公アーサー=ジョーカーを演じたJoaquin Phoenix氏だ。本当に素晴らしかったと思う。もちろん、『DARK KNIGHT』でジョーカーを演じたHeath Leger氏の演技はすさまじく素晴らしかったのは言うまでもなかろう。しかし、ジョーカーとしては素晴らしくても、その前のアーサーとしては、もう今回のJoaquin氏は完璧だったと思う。Heath氏にアーサーは演じることができただろうか?? できたかも、としか言えないかな。もう亡くなってしまったのが本当に残念だが、今回のJoaquin氏は実に見事で、これはマジでアカデミー賞もあるかもしれないすな。本作は、コミック原作の皮をかぶった完全なる社会派映画と言ってもいいほどなので、作品賞すらあり得るかもとわたしは感じたっすね。なにしろ、現代社会は本作で描かれたゴッサムという街そのままだし。格差、不信、怒り、そして報われないという思いが蔓延する現代社会を見事に描いていると思う。
 この見事な社会の縮図を描いて見せたのが、監督のTod Phillips氏48歳。おっと、意外と若いな。わたしはこの監督の作品を『HANG OVER』シリーズしか見てないけど、画の質感といい、若干の長回しだったりキャラの表情を切り取る画のセンスと言い、かなりの腕前っすね。後のBATMANことブルース・ウェインとの因縁も実に上品に、さりげなく、そしてガッツリと描いてくれましたな。全くもっておみそれしました! 

 というわけで、書くことが亡くなったので結論。

 BATMANの敵でお馴染みのジョーカーという怪物がいかにして生まれたのか、を恐ろしくリアルに描いた作品『JOKER』がやっと日本公開されたので、さっそく観に行ってきたのだが、ズバリ一言で言えば、これはすごい、素晴らしかったと思います。観ながらわたしはもう、いろんなことを考えてしまったのだが、一体、ジョーカーとわたしを分ける、決定的な違いは何なんだ? という問題は、今後折に触れて考えてしまうように思う。わたしは、現代社会に生きる我々は誰しもがジョーカーになり得るのではないかと思う。生きててもいいことなんてねえんだもの。でも、それでも、ジョーカーになったらある意味負けというか、人間であることを放棄することだけはしたくないですな。ジョーカーを肯定しないし、同情もしないよ。けど、ジョーカーになってはダメだ、という思いだけは、しっかり胸に刻みたく存じます。いやあ、すげえ映画でした。これはひょっとすると、オレ的2019年ナンバーワンかもしれないす。ホント、観ててつらかったす……。でも、目をそらしてはいけないのでしょうな。キツイすねえ……生きるってのは……。以上。

↓絶対に観ておかなくてはならない作品の一つです。
ダークナイト (字幕版)
クリスチャン・ベール
2013-11-26

 待ちに待った映画が今日から公開だ! というわけで、さっそく今日の会社帰りに観てまいりました。その映画は、『JOHN WICK : CHAPTER3 PARABELLUM』。もうわたしの周りの人なら、2015年に一番最初の作品が公開されたときからわたしが大興奮であったことはよくご存じだろうし、前作『CHAPTER2』が2017年に公開された直後から、ちっくしょう、早く続きが観てえ! とずっと言っていたこともお馴染みだろう。そもそもわたしはKeanu Reeves兄貴が大好きだし、ホントに早く続きが観たかったのです!
 というわけで、さっそく『CHAPTER3』を観てきたわけですが……ううむ……結論から言うと、ちょっとなんというか、いろいろ問題があったような気がする……けれど、まあ、ラストはまた次へ続く、to be cotinued……という形で終わるので、許してもいいかなあ……。
 なんつうかですね、今回のジョン先輩は、若干行動が意味不明なんすよね……。まあ、前作もそういう面はあったけれど、結局そうなるの? という物語の流れは、はっきり言ってイマイチだったような気がするし、ま、ズバリ言って長い、つうか、しつこい! ような気もしましたなあ。。。
 ただまあ、いつものガン・フー(GUN-HU)なる銃器を交えた格闘アクションはすさまじいし、見どころバッチリなので、いいのかな……。それだけと言えばそれだけなんだが……それでいいのかなあ……という気もします。ではまずは予告を貼っておこう。

 今回の物語は、前作のラストシーン直後から始まるわけだが、ちょっと復習をしておくと、第1作目は、伝説の殺し屋、ジョン・ウィックさんはその殺し屋家業から引退し、愛する妻と静かな日々を送っていた……けれど、その奥さんは病気(?)で亡くなり、生前、奥さんが贈ってくれた子犬とともに、静かに、しんみりと、奥さんの思い出とともに生きていたのだが、ある日、ジョンさんが自慢の愛車にガソリンを入れていたら、ロシアンマフィアの小僧に因縁をつけられてしまう。
 「その車かっけえな、俺に売ってくれよ」
 「売り物じゃない(She is not for sale)」
 てなやり取りがあって、軽くあしらうジョンさんだったが、あろうことかそのガキがジョンさんの家に夜襲をかけてきて、車を盗み、あまつさえ大切なワンコを殺すという暴挙をはたらき、ジョンさんの怒り大爆発! てなお話だった。
 そして第2作目では、そのガキの親父のマフィアグループもまとめて退治して、愛車も取り戻して(ただしズタボロ)、やれやれ、と家に帰ってきたジョンさんのもとに、かつて、殺し屋連盟組織を引退する時に借りを作ってしまったイタリアンマフィアの野郎が訪れる。なんでも、組織の掟として、借りは絶対に返さないといけないらしく、そいつは自分の姉がイタリアマフィアの頭目を継ぐことになったので、自分がボスになるために、姉を殺してくれとジョンさんに依頼。ジョンさんは、そんなことはできない、ときっぱりと断るが、イタリア野郎はあろうことかジョンさんの家を総攻撃して丸焼きに。ほうほうの体でジョンさんはマンハッタンまで歩いて行き、世話になってるコンチネンタルホテルの支配人に相談。支配人曰く、ジョンさん、そりゃあアンタが掟を守らんからだよ……と同情しつつも掟は掟、と語る。仕方なくジョンさんはイタリア野郎の依頼に応じ(→だったら最初から聞いていれば……というツッコミは禁止w)、ジョンさんの知り合いでもあるイタリア野郎のお姉さんを殺し、依頼完了と思いきや、イタリア野郎はジョンさんまで殺そうとし……最終的にはそのイタリア野郎を「殺しは厳禁」という掟のあるコンチネンタルホテル内でぶっ殺し、かくして掟を破ったジョンさんは、組織を破門となり、追われる身となるのだった……てなことになる。
 で。今回の『第3章』は、まさしく「組織から追放1時間前」から始まる。ジョンさんはまず、自らの出身であるベラルーシの組織に、「ピンチの時に使えるチケット」を提示して、なんとかカサブランカへ船で脱出。そして現地モロッコ・コンチネンタルホテルの支配人に面会し、組織を支配する「主席=High Table」なる存在に贖罪を行いたいので会わせてくれと頼むのだった。
 一方組織サイドも、掟破りのジョンさんへの処罰を与えるべく、ジョンさんに1400万ドルの賞金を懸け、さらに、事態を収拾すべく、ジョンさんに協力した人々に「裁定」を下す<裁定人>をNYCに派遣。かくして、ジョンさんをめぐる戦いが始まった!! てなお話であった。サーセン。いつも通り都合よくテキトーにはしょりました。
 というわけで、問題は、この混乱はどのように収拾されるのか? という1点にかかっているように思う。ズバリ言えば、ジョンさんの望みは「静かに暮らすこと」にあるわけで、もうこうなったらHigh Tableすらぶっ殺すしかねえんじゃね? と思えるわけだが……わざわざ贖罪に出向いて許されるとは思えないし、しかも今回、ジョンさんはケジメの「指つめ」まで行うのだが、まあ、ズバリ言えば、そんなことしても全く無駄、で、わたしは観ながら、ジョンさん、あんた人が良すぎだよ……と若干呆れた気持ちにもなった。
 今回はかなりキャラクターが多いけれど、基本的には「ジョンさんを助ける側」と「ジョンさんを狩る側」に分かれており、それぞれの思惑としては比較的単純なので、説明はしやすいかな。
 <ジョンさんを助けるチーム>
 【コンチネンタルホテル・NYC】
 支配人とコンシェルジュのコンビはシリーズ全作登場。基本的にジョンさんが大好きな二人。しかし、前作で掟を破ったジョンさんを苦渋の決断で組織から追放処分にした。のだが、「追放まで1時間」の時間の猶予を与えたことが<裁定人>にツッコまれ、なんでその場で殺さなかったんだとなじられることに。結果、1週間以内に荷物をまとめて出ていけ、という処分を下されてしまう。40年間組織に忠誠をつくし、組織のために働いてきたのにそりゃねえだろ、とラストはジョンさんともども組織に反逆ののろしを上げる!! という展開は大変美しかったけれど……そこに至るまでのジョンさんの苦労を思うと、なんか、最初から闘ってればよかったのにね、と思わなくもないすな。
 演じたのはもちろんこれまで通り、支配人をIan McShane氏、デキるコンシェルジュをLance Reddick氏が演じてます。とりわけコンシェルジュのシャロンは、ジョンさんの犬を大切に預かってくれたり、今回は銃を手に大奮闘でありました。
 【正直良く分からないNYCのホームレスを偽装した情報組織】
 前作から登場。NYCのいたるところに構成員を配置し、あらゆる情報をつかんでいる存在。一応、「主席」連合の配下らしい。前作で何気にジョンさんを助けてくれたのだが、前作でジョンさんに銃と「7発の弾丸」を提供したことで、<裁定人>から7日以内に荷物をまとめて出ていけ、という処分を下されてしまう。やなこった、と断ったら、ズバッ!ズバッ!と7回刀でぶった斬られることに。はっきり言って若干とばっちりを食ったような気もするけど、怒り心頭の末にラストは……劇場でご確認ください。
 この謎の情報組織の長である、自称「王」を演じたのも、前作同様Laurence Fishburne氏。相変わらずの前歯がすきっ歯なのが、どうしても気になるっすね。そして、いよいよ次章『CHAPTER4』では、ついにネオ&モーフィアスのMATRIXチーム、アッセンブル!ですよ!! 超期待すね!
 【ベラルーシ出身の謎の集団】
 今回初めてジョンさんの出自が判明。NYCは本当にお店やTAXIドライバーなど働いてる人々が、英語が母国語じゃない人たち、がいっぱいいて、人種のるつぼなわけですが、どうやらジョンさんは元々はベラルーシの出身らしく(?)、この謎集団のマンハッタン拠点で訓練を受けたみたいです。女子はバレエダンサーとして超スパルタの訓練を受け、男子はレスリングだったりの格闘?訓練所みたいなのが今回出でてきました。しかもこの集団も、「主席」連合配下らしい。そしてジョンさんは「チケット」と呼ばれるロザリオを持っていて(隠し場所がNY公共図書館の本の中!)、それを使って協力を求めるのだが、やむなく協力したことで<裁定人>にお仕置きを受けることに。気の毒……。
 この今回初登場の謎組織の女ボスを演じたのが、Anjelica Hustonさん。わたし的には久しぶりにスクリーンでそのお姿を目にしたっすね。非常に貫禄十分で、お仕置きも実に毅然と受けておられました。痛そう……。
 【コンチネンタルホテル・カサブランカ】
 前作ではローマのコンチネンタルホテルが出てきましたが、今回はモロッコです。ジョンさんは何故ここに来たかというと、現在のコンチネンタルホテル・カサブランカの支配人、ソフィアが、かつてジョンさんが助け、「血の盟約」を結んで貸しのある女性だったからで、前作ではジョンさんがその盟約をたてに協力を強いられたわけですが、今回はジョンさんが援助を願うわけです。女支配人ソフィアとしては、その盟約を出されると拒めないわけで、仕方ないわね……的にジョンさんの望みである「主席」の一人(?)に会う段取りをつけてやるのだが、可愛がっている戦闘ワンコを寄越せと主席に要求されてブチギレてしまい、あろうことかジョンさんと一緒に主席を銃撃、必要な情報=主席of主席はどこにいるのか、を得て逃走する羽目に。何やってんすか……。ソフィアがその後どうなったかは、今回描かれません。次章で再登場してほしいすね。

 <ジョンさんを狩るチーム>
 【裁定人】
 裁定人は、「主席」から派遣されてきた監査人で、いろいろな状況を査定し、判断を下す存在。この人自身は戦闘力がなさそうなので、さっさとぶっ殺してよかったんじゃないかなあ。いちいちキッチリしていて、人をイラつかせる天才と言えよう。そしてNYCマンハッタンでは、自らの手足として「裁定」を手伝わせるチームを雇い(?)、主に戦闘はそいつらが担当。問題はその、雇われる「忍者チーム」なんすけど……下手くそな日本語使うのはマジ勘弁してほしいと思った。ダサすぎる。どうせなら、真田広之様とか、本物の日本人を起用してほしかった。ただ、ちょっと面白いのは、この忍者チームは伝説のジョンさんの大ファンで、戦えて光栄っす、押忍!みたいな態度は大変良かったすね。
 裁定人を演じたのは意外と若いAsia Kate Dillonさん34歳。ベリーショートがお似合いのクール美女ですな。そして忍者チームの頭を演じたのはハワイ出身のKark Dacascos氏55歳。もう少し日本語がきれいだったらよかったのにね。。
 【モロッコの主席(?)】
 もう何のために出てきたのかよく分からない、ほんのチョイキャラ。弱い。演じたのはJerome Flynn氏。わたしは知らない方ですが、どうやら「Game of Thrones」でお馴染みのTV方面で活躍されてる方みたいですな。
  【主席 of 主席(?)】
 正直良く分からないけど、「主席」連合のTOP的な人。役名としては「The Elder(長老とかそんな意味)」。モロッコ?の砂漠に在住。ジョンさんはこの人に詫びを入れに行き、指までつめることに。しかも、左手薬指を思いっきりつめ、大切な妻との結婚指輪もこの人の手に渡ってしまう。まあ、十中八九、次章ではラスボスとして登場するも、ジョンさんにやられ、「指輪は返してもらう」と言われそうすね。今回、このThe Elderは、ジョンさんの指つめの詫びを受け入れ、主席に忠誠を誓うなら許してやろう、まず初めの仕事として、いつまでたっても出て行かないNYCの支配人を始末してもらおうか、という指令を出す。ジョンさんもその指令を受けてNYCに戻るわけですが、その時、ジョンさんは、なぜ(再び主席にこき使われる暗殺者となってまで)生きていたいかを告白するシーンがありました。ジョンさん曰く、妻を忘れないでいること、そして妻との思い出の中で生きること、そのために死ぬわけにはいかない、みたいなことらしい。でもさあ、ジョンさん、あなた、冷静に考えればNYCの支配人を殺せるわけないよね? だったら、この時がThe Elderを殺す絶好の機会だったんじゃね? という気がしましたよ、わたしは。
 なお、タイトルの「PARABELLUM」ですが、銃に詳しい人なら、誰しも「9mmパラベラム弾」を連想すると思います。が、今回その語源?となったラテン語がThe Elderの口から説明されました。曰く「Si Vis Pacem, Para Bellum(=平和を望むならば、戦いに備えよ)」という意味だそうです。へえ~それは知らんかったわ。ジョンさんもThe Elderも、次章ではきっちり戦いの準備をしてくるでしょうなあ。楽しみっす。

 とまあ、以上かな。今回、マンハッタンでのシーンの多くは、わたしも行ったことのある場所が多くて興奮したっすね。忍者チームと最初に出会ったのは、ありゃグランドセントラル駅だろうな。すげえ見覚えのある通路が何度も出てきました。あと、ジョンさんがこっそり「チケット」を隠していたNY公共図書館も、ロケ地としては有名すね。わたしもわざわざ行ったす。最初の方で、ジョンさんがタイムズスクエアに佇むシーンがあって、なんでまたよりによってタイムズスクエアに? と思ったけど、公共図書館はタイムズスクエアから歩いてすぐだからな。なーるほど、とか思いました。コンチネンタルホテル・NYがあるのはウォール街のそばのマンハッタンの南端、公共図書館はタイムズスクエアに近いミッドタウン、と、地理が分かるともっとこの映画は楽しめたかもしれないす。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 待望のシリーズ「第3章」である『JOHN WICK : CHAPTER3 PARABELLUM』が公開になったので、初日の金曜の会社帰りに観てきたわけですが、そうだなあ、結論としては、若干物語的には進展が少ないし、アクションもしつこいぐらい長くて、若干胸焼け気味なんですが……早く次の「第4章」が観たい!! と思えたのでアリとしたいと存じます。今回の「第3章」は、起承転結でいうとやっぱり「転」だったんでしょうな。この「転」を受けて、どう決着するのか。ジョンさんは念願の「心安らぐ静かな毎日」を得られるのでしょうか。そこが超楽しみです。わたしとしては、実は愛する奥さんが亡くなったのは「組織」の手によるものだった、みたいな秘密の暴露があって、ジョンさんの怒りMAXに! みたいな展開を希望します。<裁定人>は、これ以上やってもお互いの被害が増えるだけ、と結構あっさり停戦(※劇中ではなんて言葉だったか思い出せない……協議じゃなくて……なんだったっけ……)を呼びかけるなんて、実に冷静で有能すね。裁定人として。彼女も、今回チョイ役のソフィアも、次章に登場してほしいですな。しっかしジョンさん……今回のラストのアレは、痛かっただろうな……無敵すぎです。以上。

↓これまでのシリーズを観ていないと、全くお話になりません。当たり前ですよ。
ジョン・ウィック(字幕版)
キアヌ・リーブス
2016-02-10


 わたしは映画オタクとして、ここ30年ぐらい毎年40本程度の映画を劇場へ観に行っている。それはつまり月に3本ぐらいペースなわけだが、今年2019年は、全く本数が少なく、なんと我ながら驚きだが、6月の末から約3カ月、全く映画を観に行かなかったのである。
 その理由は、コイツは絶対劇場に行かねえと! という映画が少なかったのもあるのだが、実際には、コイツは絶対劇場へ行かねえと! という心のテンションにならなかったのが大きい。そう、今年は本当にロクなことがなく、いやーーなことばかりで、精神的にもうヘトヘトというか、心に重傷を負っていたと言わざるを得ないだろう。なんか、まあWOWOWで放送されるのを待てばいいや、的な、実にオタクの風上にも置けぬ精神状態であったのだ。
 しかし。そんなダメ人間になってしまうのも自分的に許せないし、実際、コイツは劇場で観ないと! という映画が昨日から公開になったので、今日は午前中にばあさまの買い物介護を済ませ、午後はその作品を観るべく、近所のシネコンまでチャリをかっ飛ばしたのであった。
 というわけで、今日観てきた映画は『AD ASTRA』であります。
 まあ、ズバリ言うと、超最高!とまではわたしは感じなかったけれど、見ごたえは十分で、確かにこれは劇場で観て良かったとは思った。ではまずはいつも通り、予告を貼っておこう。

 まずは物語をざっと説明しておくか。時は「近い未来」。人類は知的生命体の探索のため、宇宙に向けて有人探査を放っていた。そしてどうやら地球は、SF世界ではたまに描かれる「軌道エレベーター」のようなものが実用化されていて、ついでに言うと既に月や火星には有人基地が存在している。そして月面上では、資源をめぐって紛争というか戦争状態にあって、略奪する山賊というか海賊というか、そういう輩もいて、US宇宙軍が創設されている。
 主人公ロイは、そんなUS宇宙軍少佐として、軌道エレベーターに駐在、日々、施設のメインテナンスをしていたが、ある日、通常のルーティン業務中に、巨大な謎の「サージ電流」に遭遇、地表への落下事故に遭ってしまう。これが予告で描かれている軌道上からのフリーフォールだ。
 ロイは訓練された軍人としてこの落下事故にも冷静に対処し、一命はとりとめるが、回復もそこそこに軍司令部へ出頭命令が下される。落下事故の報告かと思いきや、軍司令部から伝えられたのは、謎のサージ電流は、海王星から発せられたもので、20数年前に有人探査に旅立ち、海王星付近で消息を絶ったロイの父が、その原因であるという話であった。そしてロイは、父を見つけ、「処分」する命令を受け、地球を旅立つのであった―――てなお話である。サーセン。いつも通りテキトーにはしょりました。
 というわけで、物語のカギとなるのは父の目的にある……ように思いながらわたしは本作を観ていたのだが、実のところそれは別に大した問題じゃあなかった。ま、一言で言えば、父は孤独に精神が耐えられなかったって話であろうと思う。なので、物語的に感動するとか、心に刺さったとかはわたしはあまり感じたなかった。
 なので本作の見どころは、物語ではなく、以下の3つの点にあったように思う。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
【2.映像と演出の素晴らしさ】
【3.音楽の素晴らしさ】
 というわけで、一つずつ思ったことを書きなぐってみよう。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
 わたしは常々、Brad Pitt氏は、そのイケメンぶりはもちろんのこと、この人は実は超演技派で、芝居がすげえいいんだよなあ、と感じているが、本作でも確かな演技ぶりはもう本当に素晴らしかったと思う。わたしは今回の物語で描かれる、何か上にある存在から、狂える対象を調査し、抹殺せよ、という命令を受けて行動する主人公像というのは ある意味『地獄の黙示録』的だと思ったし(この点はもう脚本執筆時から意図されていたらしい)、あるいは、『BLADE RUNNER』的だとずっと思っていた。正確に言うと『BLADE RUNNER』というより『BLADE RUNNER2049』の方が近いかな。
 本作では、どうやらストレスの多い宇宙での任務にあたっては、事あるごとに心理テストを受け、それに合格する必要があるらしく、無機質なAI音声の問いに淡々と答えるシーンが多いのだが、これはもう、『2049』での主人公そっくりである。さらに言うと、ロイの内的独白のナレーションが実に1人称ハードボイルド小説っぽくて、実に文学の香りを感じることができた。この点も『2049』っぽさがあったように思える。そして主人公ロイは、常に心拍が50を下回る徐脈の男だそうで、地表への落下中ですら、心拍が上がることがない、ウルトラ冷静な男だ。そういう点でも、どこか人間というよりレプリカント的な、感情を表に出さない人物像なのだが、実はその内面では常に苦悩を抱えている。ついでに言うと、「ロイ」という名前はまさしく『BLADE RUNNER』の反逆レプリカントの名前でもあって、そんな点も映画オタクとしてはつながりを感じちゃうすね。
 そしてロイの苦悩は、「孤独」に対する苦悩であり、幼いころに父は宇宙のどっかに行っちゃうし、母とも死別、さらに愛する妻とも別れ、ロイは深い孤独を感じている。だから宇宙での任務について、完全なる孤独に身を置いているのだが、その孤独が深くロイを傷つけ、苦しみ悩んでいるのだ。その演技が超すごいのです。
 おまけに、月で任務を手伝ってくれた気のイイ軍人は目の前で死んじゃうし、月から火星基地へ運んでくれたクルーたちも死んでしまう。ロイの周りの人々はどんどんいなくなってしまうのだ。そんな場面に遭遇しても、冷静、のように見えて、その内面はひどく傷つき、どんどん精神が消耗していく様は、Brad Pitt氏の秀逸な演技によって完璧に表現されていたように思えたっすね。実に見事だったと思う。やっぱりこの人は、本当にカッコ良いですなあ!
【2.映像と演出の素晴らしさ】
 映像と演出面でもとても光るものがあったと思う。映像に関しては、もう本物にしか見えない月面の様子だとか、宇宙船や各種ガジェット、それから木星や土星、海王星の表現も、本物にしか見えない素晴らしいクオリティで、その点でもこれは劇場の大スクリーンで観るべき映画だと思う。そして、演出について、わたしが一番秀逸だと思ったのは、「無音の宇宙」の表現だ。この「無音」が主人公ロイの孤独をさらに際立たせていたように思える。ポイントポイントで、画が引きになって、無音の宇宙からの視点になるのだが、大変効果的だったとわたしとしては称賛したいすね。お見事でした。
 あと、そういえば本作で描かれる「近い未来」の世界では、火星まで20日弱、火星から海王星まで80日弱で行けちゃう技術が確立されているらしい。なんでも、ロイの父が旅立った宇宙船は「反物質反応エンジン」なるものを搭載していたらしいが、確かボイジャー2号が海王星まで行くのに12年ぐらいかかったはずで、これまでのSF作品なんかだと木星へ行くにもコールドスリープ的な装置で眠ってたと思うけど、本作では異例なぐらい早く到達する設定になっていた。エンジンに関する詳しい説明はなかったけれど、まあ、こういったSF的なウソ、は、本物感あふれるガジェットや、Brad Pitt氏の悩める姿の演技のおかげで、そういうもんだ、と素直に受け入れられたと思う。これも、映像と演出によるマジックと言えるのかもしれないすね。実はわたし、監督/脚本を担当したJames Gray氏の過去作品は『The Immigrant(邦題:エヴァの告白)』しか観てないけれど、なかなか腕の立つ監督っすね。
【3.音楽の素晴らしさ】
 最後に挙げたいのは、やっぱり音楽ですなあ。わたしは冒頭のクレジットで、音楽の担当がMax Richter氏の名前が出た時、ドイツ人か……聞いたことある……けど誰だっけ、とか思っていた。けれど、すぐに流れる音楽を聴いて、あ、これはあの『ARRIVAL』で非常に作品にマッチした荘厳な音楽を聞かせてくれたアイツだ! と確信するに至った。今回の曲も実に素晴らしかったとわたしは思う。そして使い方、入り方も、実にお見事であったといえよう。こういう、スケールの大きさを感じられる音楽も、やっぱり劇場で味わうべき作品であったとわたしに思わせる要因の一つだったと思うす。
 というわけで、最後は主役のBrad Pitt氏以外のキャストを4人だけ紹介して終わりにしよう。
 ◆Tommy Lee Johnes氏:御年73歳。日本では宇宙人ジョーンズとしてもお馴染み。しかし年取りましたなあ。今回演じたのは、主人公ロイの父親にして、海王星宙域で一人、20数年間孤独に生きていた伝説の宇宙飛行士の役。その狂える様は、実に渋くて見事でした。しかし食料とか、よく足りなくならなかったもんだ。結局、この映画は、人間が孤独に耐えられるか、いや耐えられない、ってことが一番のテーマであったように思われるけれど、なんつうか、孤独という状態よりも、孤独であっても生き続けなくてはならない、という「生きる目的」の方が重要のような気がしますね。そしてさらに言えば「生きることそれ自体が目的」で、人は生きていけるのか、と問われたような気もする。主人公ロイは、孤独に苦悩していたというよりも、結局、生きるってなんだ? ということに苦悩し続けていたようにも思えます。この父親の最期を観て、わたしは、きっとこの人はもう疲れ切っちゃったんだろうな……と思ったっす。
 ◆Liv Tyler嬢:もう42歳か、結構年取ったな。でもお綺麗ですよ、とても。今回の役は主人公ロイの元奥さん。わたしはこの顔を見てすぐにMCUのバナー博士=ハルクの初代恋人にしてロス将軍の娘、ベティだ!と分かったす。なんとなく、男目線からすると若干放っておけないような、しょんぼりした表情は、なんか「どうしてなの……」と問い詰められてるような気がして、目を合わせづらいす。ほぼ出番は主人公の回想のみ。だけど妙に存在感あふれてて見事だったと思います。
 ◆Donald Suthreland氏:なんと御年84歳。年を取ってからは、アヤシイお爺ちゃん役としてはもう、ハリウッドナンバーワンレベルですよ。役柄としては、ロイの父親とかつて同僚だった現役大佐。これまた出演シーンは短いけど、実にアヤシイ、信頼できるのかよく分からない男として存在感バリバリでしたね。
 ◆Ruth Negga嬢:今までいくつかの映画で出会っているようだけど、全然顔に見覚えはなかった……けど、非常にキリッとした美人。37歳だって。意外と若いな。今回演じた役は、火星基地の司令官で、非常に印象に残る役柄でした。今後はもう顔と名前を覚えたので、大丈夫だと思うす。
 
 とまあ、こんなところかな……もう書いておきたいことはないかな……。
 というわけで、結論。

 ここ20年ぐらいで3カ月全く映画を観に行かないという、わたしにとっては異常事態の今年だが、3カ月ぶりに『AD ASTRA』という映画を観に行った。まあ、ズバリ言うと、ウルトラ最高! とまではいかないし、正直かなり地味な作品であったように思う。しかし、天下のイケメンBrad Pitt氏の苦悩に満ちた表情は実に素晴らしく、さらに丁寧な演出と本物にしか見えない質感あふれた映像、それから奥深い音楽があいまって、これは劇場で観て良かったと思うに足る見事な映画だったと思う。特に音楽と、無音の宇宙の対比も良かったですなあ。そして、全編苦悩に満ちた主人公を演じきったBrad Pitt氏は、ホント演技派だと思う。作品として、マジで『BLADE RUNNNER 2049』によく似ていると思った。孤独……孤独で生きてはいけないけれど、そもそも生きるって、何なんだろうなあ……なんかいろいろ考えちゃったす。おれも、主人公の父親同様、なんかもう疲れたよ……以上。

↓ ウルトラ大傑作。1点の非の打ちどころもない100点満点映画です。
ブレードランナー 2049 (字幕版)
ハリソン・フォード
2018-01-31

 いやあ~……最高だったすね! コイツは面白かった! 今年はあまり映画を観に行けていないけれど、まあ、ダントツの完成度とダントツの面白さで、今のところ暫定ナンバーワンですなあ!
 何のことかって? そんなのコイツに決まってるでしょうが!!

 というわけで、US本国よりも数日早い昨日から日本公開となった『SPIDER-MAN:FAR FROM HOME』 であります。いやー、本当に素晴らしかった! とにかく内容盛りだくさんで、これはMCU=マーベル・シネマティック・ユニバースにとって極めて重要な作品であったと言えると思う。
ポイントとなるのは……
 ◆そもそもの本筋である物語が最高に面白い
 ◆本筋に影響を及ぼしている、MCUの世界観設定が超秀逸に決まっている。
 ◆コミック原作への深いロイヤリティ(忠誠心)が観ていて感動的
 という点にあるような気がしますね。これは本当にお見事としか言いようがないすわ。まずはざっくりと、これまでのまとめと本作の物語をまとめてみよう。間違いなく言えることは、MCUのこれまでの歴史を知らないと、本作を味わうことはできないことでしょうな。まあ、そんなのは当たり前の大前提ですよ。
 で、MCUにおける『SPIDER-MAN』単独の物語は、本作で2作目であるものの、実のところ主人公スパイディ=ピーター・パーカー君がMCUに登場するのは、これでもう5本目だ。
 <初登場>:MCU最高傑作とわたしが認定している『CAP:CIVIL WAR』に緊急参戦。CAPと分かり合えない深い溝ができてしまったトニーが、なにやらNYCで悪者退治にいそしんでいる「蜘蛛男」のうわさを頼りに、ごくあっさり正体を見破り、ある日突然、ピーター君の前に現れスカウト。この時トニーは、あくまで助っ人として助力を要請するが、世界的な大富豪&天才と知られているトニーのスカウトに大興奮したピーター君はそれなりに活躍するも、それほどは深く描かれず、顔見世に終わる。
 <単独主演>:初の単独作『HOME COMING』にて、『CIVIL WAR』のその後が描かれる。トニー謹製のSPIDERスーツをもらって大はしゃぎのピーター君は、CIVIL WARののち、僕もアベンジャーズの一員になって大活躍したい、とずっとトニーからの連絡を待つ日々だったが、トニーからは連絡なし。つれない対応にしょんぼりしているが、NYCに現れた悪党ヴァルチャー(及びその手下)との戦闘で、若干ミスってしまってトニーに怒られ、スーツも取り上げられてしまってさらにしょんぼりは深まる。が、最終的にはヴァルチャー退治に成功し、トニーもピーター君の活躍を認め、ラストは記者会見で、新たなるヒーローの誕生だ、と派手に紹介しようとしたところでピーター君はそれを断り、「NYCの親愛なる隣人」でいることを選択する。この作品の一番素晴らしいところはこのピーター君の選択で、原作コミックのCIVIL WARでは記者会見でマスクを脱いで、自分がSPIDER-MANであることを明かすのだが、見事にその流れを断る点にあろうと思う。女の子にモテたい、自分がSPIDER-MANであることを明かせばモテる、という前振りが何度もあるのに、それをきっちり断って、モテることより自分のできることを頑張る、というピーター少年の決断は実にカッコ良かったすな。そしてこの作品では、若干暗くてブラックなことばかりつぶやいている謎のプチストーカー少女こそ、SPIDY世界のヒロイン「MJ」だった! というラストも実にお見事でした。
<3作目&4作目>:『INFINITY WAR』勃発。NYCのマンハッタンにやってきた宇宙船を、スパイダー・センス(=何気に重要な能力で、今回のFAR FROM HOMEではカギとなる危機察知能力)でいち早く感知したピーター君は、スクールバスから現場に急行、戦闘中のトニーを助け、拉致されたDr.Strangeを追って宇宙船にしがみつくが、成層圏を突破する辺りで意識朦朧となり、上空から落下するもトニー謹製の「アイアン・スパイダー」スーツを装着、トニーには家に帰れと言われてたのに宇宙船に潜入、結果、THANOSの手下一人をぶっ飛ばすことに貢献し、トニーにはアベンジャーズの一員として認められる。そしてTHANOSとの戦いに挑むも、THANOSの「選択」で消滅することに。しかしご存知『END GAME』で普通に復活しました。ただしその代償は―――トニーの命だったわけです。
 <5作目となる本作『FAR FROM HOME』>:INFINITY WAR~END GAME事件から8カ月後の世界。物語としては、もう予告で描かれている通り、高校生としての夏休み、サイエンスクラブの合宿旅行(?)で訪れたヨーロッパを舞台に、ピーター君としては大好きなMJに告白したい、けれど謎の怪物が世界各国に現れていて、トニー・スターク=IRONMANというスーパーヒーローを失った世界はSPIDER-MANの力を必要としていた……。
 というお話なわけだが、スーパーヒーローとしての活動は、ピーターが「NYCの親愛なる隣人」であろうとする気持ちと、さらに高校生として恋と青春をエンジョイしたいという気持ちともバッティングしてしまうわけで、ピーター君は大いに悩むわけです。おまけに、ピーターが尊敬してやまないトニーからの遺品(=トニー愛用のサングラスで、ARシステムが実装され、地球防衛装置(と言えばいいのかな?)にダイレクトにリンクした強力な一品)も、ホントに僕が持ってていいんだろうか、なんて悩みもあって、もう大変なわけです。
 しかし、後半、自分の行動が間違っていたことに気づいてからは、前を向いて自らの失敗を取り返すべく、超がんばるわけですが、それがまたなかなかけ健気なんすよ! ピーターはトニーを失っても、きっちり自分で成長を果たしたわけで、そんな、「少年の成長物語」が面白くないわけない! のです。本当に良く練られた脚本で、実にお見事でありましたなあ! マジ最高でした。
 というわけで、以下、キャラごとに演じた役者と共に思ったことをメモしておこう。
 ◆ピーター・パーカー=SPIDER-MAN:演じたのはもちろんTom Holland君23歳。演技的にも完璧に近く、悩める姿、しょんぼりな顔やはじける笑顔など、高校生そのものな感じでとにかく最高だったすね。そもそも、SPIDER-MANは、マーベルコミックの中では(一部のX-MENキャラを除いで)最年少の少年ヒーローで、これまでの映画シリーズのような、恋愛中心のキャラではなく、原作に最も忠実な描かれ方なのではないかと思う。しかし、本作のエンドクレジット後のおまけ映像では、ついに自分がSPIDER-MANであることを明かされてしまって、今後どうなるのか、超楽しみっすね! そして、とうとうMCU版にもデイリー・ピューグル編集長(どうやら時代を反映して新聞社ではなくネットニュース配信社?)も参戦、おまけに演じた役者がSam Raimi監督版3部作で同じ役を演じたJ.K.Simmons氏だったことに、もうわたしは大興奮したっすわ! あれはもう、ファンは全員、な、なんだってーーー!? なおまけ映像でしたな。最高でした。
 ◆ハッピー・ホーガン:悩めるピーター君の前に現れる大人その1。演じたのはもちろんJohn Favreau監督52歳。お馴染みトニーの運転手兼ボディガード(?)のハッピーは、今回は美人過ぎるおばさんでお馴染みのメイおばさんのケツを追っかけつつ、後半、ピーターが決断してからはいろいろとサポートしてくれた強い味方。だけど、ちょっとあんた、弱すぎだし、メイおばさんを見る目が完全にエロオヤジなんですけど大丈夫ですか!? トニーが生きてたら、なんと言われるか……まあ、今後もピーター君をサポートしてあげてくださいね。
 ◆ニック・フューリー:悩めるピーター君の前に現れる大人その2。Samuel L. Jackson叔父貴しか演じられるわけがありません。基本的にこの人は偉そう&口だけ人間に近く、ピーター君の力にはほとんどなってない。さらに、この人はTHANOSの選抜で消滅した側なので、5年のブランクがあるのでイマイチ本調子じゃないみたい……と思わせといて、なんなんすかあのおまけ映像は!? 要するに、今回出てきたニック・フューリーは全部スクラル人のタロスが変身してたってことなんすか!? マジかよ!! この設定って必要だったかなあ!? まあ、どうやら本物のニック・フューリーは銀河のどこかでお仕事中みたいすね。ま、今後のMCUがどうなるかさっぱり謎ですが、その「今後」のための伏線なんでしょうな。うおお、すげえ楽しみであります!
 ◆クエンティン・ベック=ミステリオ:悩めるピーター君の前に現れる大人その3。演じたのはわたしが結構好きな役者の一人であるJake Gyllenhaal氏38歳。やっぱカッコイイすねえ、この人。そして、SPIDER-MANにちょっと詳しければ、ミステリオのことも知ってるはずで、わたしはもうずっと、予告でやけにイイ人っぽく描かれる「ミステリオがイイ奴のわけがないんだけど……どんな話になるんだ?」とドキドキしていたわけで、本性が現れた時は「やっぱり……!」ではあった。しかし、脚本的に、コイツが悪党だってことは一切匂わせず、実にお見事な大どんでん返しであったとわたしは大絶賛したい! 素晴らしかったね。ここでこう来るんだ!? と誰もがびっくりな展開は完璧に決まったすね。こういう点も、原作へのロイヤリティの高さがにじみ出てますよ。しかも、原作ファンには、アース616とかアース833とか、「それっぽい」ミスリードを誘うようなセリフも、実に原作へのリスペクトが感じられる素晴らしい脚本でした。そしてJake氏の演技も良かったすねえ! わたしとしては大絶賛いたしたく存じます。
 ◆ネッド:MCU版ではおなじみの、ピーターの親友のデブオタ君。いやあ、今回の「ネッド、大人への階段を上るの巻」も実に素晴らしかったすねえ! ネッドに春が来るとはなあ! しかも、ネッドの素晴らしいところは、彼女ができても、彼女に付きっきりになることなく、キッチリとピーターの相棒=椅子の男として活躍してくれるんだから、ホントにコイツはイイ奴ですよ! 演じたのはもちろんこれまでネッドを演じ続けてくれているJacob Batalon君23歳。なるほど、Tom Holland君と同い年なんすね。君たちコンビはこれからもずっと頑張ってほしいすね!
 ◆MJことミシェル:前作『HOME COMING』では、むしろ彼女がピーター君大好きで、若干ストーカーめいた挙動不審な女の子だったし、おまけにピーター君も別の女の子に夢中だったのだが、今回はもう、ピーター君の方からMJ大好きに。まあ、おっさんからすれば、二人がもうお互い大好きなのは見え見えなので、YOU、さっさと告っちゃえよ! なわけですが……なかなか甘酸っぱくて良かったすね。つうか、演じたZendayaちゃんはミュージシャンとして大人気なわけだけど、この子はなんとなく日本人的顔立ちだし、観ていると話が進むにつれてどんどんかわいく見えてきますな。エンディングではSPIDER-MANに抱かれてマンハッタンの空をスィングしまくる映像も流れて、なんか微笑ましかったすな。青春しやがって! ところで、ピーター君もネッドもMJも、揃って5年間消えていた側なわけですが、本作では、トニーの逆パッチンによって、消えた人がどう復活したかもちょろっと描かれてました。わたしはその映像を見て椅子から転げ落ちそうなぐらいびっくりしたんだけど……どうやら、「消えた場所で(?)、突然、パッと復活した」らしい。うっそだろ!? そんな復活だったのかよ!? とわたしとしては超驚いたす。だって、飛行機に乗ってた人とかもいたはずで、そういう「消滅した時の場所がアレだった人」たちってどうなったんでしょうなあ?? 謎っす。
 いっけねえ! もうクソ長いからこの辺にしとこう。

 というわけで、もうぶった切りで結論!
 超楽しみにしていたMCU最新作にしてPHASE-4の最終作となった『SPIDER-MAN:FAR FROM HOME』を観てきたのだが、一言で言えば最高でした。控えめに言っても、最高だと思います。真面目な少年が、悩みや悲しみを乗り越えて成長するという物語は、もう鉄板でしょうな。実に面白かったすね。悔しいぐらいに。MCUとしても極めて重要な作品であったと思う。しかしなあ、ホントにパラレル・ワールドの「マルチ・ヴァース」の設定を使わなかったのは大正解だと思いますね。アレはもう、収拾がつかなくなるし、これまで、を無視しちゃう禁じ手だと思うな。まあ、それを使って台無しになったのがFOX版『X-MEN』なわけで、MCUがその道にまっしぐらにならず、ホント良かったと思います。つうかですね、ニック・フューリーは一体何をしてるのでしょうか? そして正体がバレたピーター君の今後の運命やいかに!? というわけで、今後もますます楽しみなMCUは、本当に最高だと思います。完璧だったっすね、マジで。以上。

↓ まずはコイツを読もう! 話はそれからだ!
スパイダーマン (1) (MF文庫)
池上 遼一
メディアファクトリー
2002-05

 いよいよ20th Century FOXがDISNEYに買収されることが本決まりとなり、かくして今後はFOXが映画化する権利を保有していたMARVEL COMIC作品も、DISNEYが展開するMCU、マーベル・シネマティック・ユニバースに参加する障壁がなくなったわけで、わたしとしては大歓喜となったわけだが、残念ながらFOX買収以前から企画開発が進行していたFOX版『X-MEN』は数作品残っていて、どうやら1本は企画がポシャった?ようだが(※『THE NEW MUTANTS』のことだけど、ホントに来年公開されるんだろうか??)、残念ながらもう1本は企画が生き残り、FOX JAPANの宣伝惹句によると「(FOXによる)最後のX-MEN」と銘打たれた映画が公開されることとなった。 
 そのタイトルは、『X-MEN DARK PHOENIX』。ま、そのタイトルを聞けば、X-MENファンならもう、すぐにピンとくる物語であるし、実のところこの物語は2006年に公開されたX-MEN:The Last Stand』(邦題=ファイナル・デシジョン)でも扱われた原作モチーフで、X-MENの中でも相当強いキャラの一人であるJean Greyが、ダークサイドに堕ちる話である。物語としてはもう、それ以上の説明は不要だろう。
 だが問題は、わたしがこのBlogで何度も批判しているように、もうFOX版X-MENは完全に破たんしているというか、おかしなことになってしまっていて、超問題作X-MEN:Days of Future Past』(邦題=X-MEN:フューチャー&パスト)で過去が書き換えられてしまい、おまけに前作X-MEN:APOCALYPSE』で決定的に、もう惰性で作っているとしか思えないような、浅~~い映画となり果ててしまったのである。なので、わたしは何度も、FOXはもうX-MEN映画を作ることを放棄して、DISNEYに権利を返してくれないかなあ、と書いてきたのだが……一方ではなんと、完全にパラレルワールド的にこれまでの歴史を無視したLOGANという映画で、超見事にWolvarineの最期を描き、完璧なる「X-MEN最終作」というべきウルトラ大傑作を世に送り出したのである。
 いやあ、アレはホントびっくりしたなあ……本当に『LOGAN』は素晴らしい映画だった(※『DEADPOOL』はわたしとしてはどうでもいいというか、まあ、面白かったけどちょっと別腹ってことで今回は触れません)。『LOGAN』がわたしにとって「FOX最後のX-MEN」であることはもう揺るがないし、そもそも「X-MEN」の物語は今後確実にDISNEYによって描かれることになるので、全くもって今回の『DARK PHOENIX』が「最後」では決してない。ちゃんと「FOX最後の」って言ってほしいもんだ。FOXのそういう点がいちいちわたしをイラつかせる理由でもある。
 そんなことはさておき。
 というわけで、FOX版「最後のX-MEN」と銘打たれた本作を、わたしは正直全く期待していなかった。なにしろわたしにとってはもう、『LOGAN』こそがFOX版「最後のX-MEN」なので、はっきり言って、今さらだし、内容的にも、今さら、であるのだから。そして実際に観てきた今思うことは、ホント今さらだったな、で終了である。じゃあなんで観に行ったかって? そりゃあアレですよ、惰性ってやつです。

 なんつうか……FOX作品の予告はいつもどうしようもないけれど、今回は非常にイイ感じだと思った……のだが、残念ながら本編は、いつものFOXクオリティで、はっきり言って相当問題アリだと思った。ただし、一方的にダメと切り捨てるのももったいないぐらい、超素晴らしく、良かった点もあるので、その点にもちゃんと触れようと思う。
 【ダメポイント:決定的にキャラ付けがマズイ】
 まずもって、この映画を観た人の中で、ある意味主人公のJeanや、Professor Xに共感できる人がいただろうか? そう、全く、1mmも共感できないキャラとして描かれちゃっているのは、もう根本的にマズい点だったと思う。
 まず、Jeanに関しては、幼少期からその能力の暴走が起きていて、ついうっかり、母をぶっ殺してしまい、それがトラウマとなっているのは、まあ分からんでもない。だけど、その忌まわしき記憶を封じたProfessor Xの処置を、責められるだろうか?? 「わたしをだましていたのね!!」と激怒して、怒り狂い、あまつさえMystiqueことレイブンをぶっ殺してしまうとは!! おまけに恩のあるレイブンをぶっ殺しても反省なしでバックレてどっか行っちゃうって、もう絶対ナシだよ、脚本的に。仮にこの点を100万歩譲ってアリだとしても、その後、彼女が嘆くのは、私はなんてことを……やっちまった……という後悔ではない。ただひたすら、自らの不幸についてのみ、ああなんて私はかわいそうなのかしら、という自己憐憫のみだ。なんなんだこのガキは!? とわたしはもう席を立ちたくなったぐらいである。
 というわけで、本作は強大な力を持つ子供を、大人たちがオロオロしながらなだめるお話であると言わざるを得ない。この映画には、「ガタガタ言ってんじゃねえぞこのクソガキが!」と、ぶん殴ってくれる大人がいないのだ。実はその「叱ってくれる大人」こそが、旧シリーズでのWolvarineの役割で、Wolvarineがジョーカー的に機能して事態を解決してくれていたからこそ、物語として成立していたのだが……残念ながらこの映画には登場しない。この映画では、新キャラの謎の勢力が、Jeanに取り込まれた謎のウルトラパワーを奪取しようとして、Jeanに耳障りのイイことを吹き込んで取り込もうとするのだが、残念ながらこの謎キャラ勢力が完全に滑ってしまったのも脚本的にいただけないポイントだろう。
 以下、キャラと演じた役者をメモしながら、各キャラの行動をチェックしておこう。
 ◆Professor Xことチャールズ・エグゼビア:わたしの眼には、チャールズの行動はなんら問題はなかったように思える。異端であるミュータントと人間の共存のためには、チャールズのような行動が必要だったと思うし。でもまあ、ちょっと調子に乗っちゃったということなのかな……。今回、さまざまなキャラから、「お前が悪い!!」と責めまくられるチャールズだが、じゃあどうしたら良かったんだよ!? とチャールズが思うのも無理ないと思う。演じたのはヤングProfessorでお馴染みのJames McAvoy氏40歳。
ホントお気の毒な役どころでした。
 ◆Mystiqueことレイブン:チャールズが若干調子に乗って、テレビに出てちやほやされたり、そのために仲間を危険にさらしたことを激怒している。しかし、チャールズの描く、人類との共生、ある意味でのミュータントの生存戦略もまた意味があることなので、いったんは怒りを鎮めるが……チャールズがかつてJeanの記憶を封印したことに激怒。そして、Jeanちゃん、かわいそうだったね、よしよし、大丈夫よ……と宥めようとして、あっさりJeanに殺されるというヒドイ目に遭うことに。確かに、脚本的にレイブン殉職はナシではないだろうけど……はっきり言って犬死だったのではと思えてならないすね。演じたのは当然、オスカ―女優Jennifer Lawrenceちゃん28歳。まさかこんな形で退場とは……彼女もまた大変お気の毒でした……。つうか、そもそも、この物語は『Days of Future Past』のエンディングを無視してるよね。そういう点が本当にガッカリというか、腹立たしいす。
 ◆Magnitoことエリック・レーンシャー:歴史が塗り替わったのちのこの世界では、US政府に居留地?的な安住の地を与えられていたようで、そこに、はぐれミュータントたちとともに住んでいたのだが、愛するレイブンの殉職を聞いて大激怒。あのガキはぶっ殺す!と立ち上がる! 本来ならエリックがWolvarine的な「叱ってくれる大人」の役割を演じてほしかったのだが……残念ながら本作ではJeanが強すぎて、ほとんどやられキャラとなり下がり、あまり活躍できずだったのが超残念。演じたのはMichael Fassbemder氏42歳。実にカッコ良く渋かったすねえ! ちなみに、Magnitoの息子であるQuicksilver君は、今回前半でJeanにやられて負傷、ほぼ出番ナシ、であった。
 ◆Beastことハンク・マッコイ:いつもチャールズの行き過ぎた?行動を押さえつつ、いろいろ無茶ぶりをかまされて、大忙しとなるハンクだが、今回はレイブンが大好き(だけどレイブンからはつれなくされる)キャラとして、レイブン殉職に大激怒。チャールズに反旗を翻し、恋のライバルであるエリックとともにJean討伐隊に加わることに。演じたのはNicholas Hoult君29歳。彼もホントお気の毒でした。
 ◆Cyclopsことスコット・サマーズ:兄貴のHavocことアレックスは前作『Apocalypse』で殉職してしまったので、今回は淋しく単独出演。Jeanと愛し合っていて、今回暴走するJeanを必死で止めようとするのだが……残念ながら全く聞く耳を持ってもらえず。それでもJeanを守るために、仲間であるはずのハンクたち討伐隊と戦うことに……演じたのはTye Sheridan君22歳。彼の行動は実に分かりやすく、理解できます。でも、やっぱり
ホントお気の毒でした。
 ◆Jean Grey:残念ながら本作では、どう見ても単なる問題児であり、困ったガキなのだが……恩師の言うことも聞かず、恋人の言うことも聞かず、ただただ暴走に身を任せる困ったちゃんにしか見えなかった。わたしが本作で最も驚いたのは、本作の決着が、Jeanの超上から目線からの、「わかった、許してあげるわ……」で収束するという結末である。あれって、アリなんすか? ま、その結果、お星さまとなったJeanだけど、それで贖罪がなされたと言ってもちょっと認めたくないですな……。演じたのはSophie Turnerちゃん23歳。わたしの趣味ではないので以下省略。
 ◆謎の女ことヴーク:本作での説明によると、Jeanの身に宿ったのは惑星を滅ぼすほどの謎のエネルギー(生命体?)で、ヴークたちはそれを追って地球にやってきたらしいのだが……その設定に問題はないと思うし、破たんもないのだが……ラスボスとしての存在感が希薄で、前作のApocalypse同様に、よくわからんキャラになってしまったのが超残念です。なんか、本当はスクラル人(=CAPTAIN MARVELに出てきた変身が得意な宇宙人)の設定にしたかったらしいけど、NG喰らっちゃったらしいですな。演じたのはJessica Chastainさん42歳。いつの間にか年取ったなあ? もっと若いと思ってた。Jessicaさんはとってもお綺麗でした。
 とまあ、以上がメインキャラで、残念ながらそのキャラ付けが、わたしにはかなり問題アリだったと思う。そして、一方では素晴らしいと賞賛したいポイントも当然ありました。
 【素晴らしい!! と思ったポイント(1):役者たちの演技は完璧!】
 上記の通り、ざんざんキャラに対してダメ出しをしたけれど、演じた役者たちの演技ぶりは極めて上質で素晴らしかったと思う。とりわけX-MENのみんなは、全員が深く「苦悩」しているわけです。その悩める姿は(悩める理由はともかくとしても)実にそれぞれ素晴らしかったと絶賛したい。とりわけ、わたし的には今回やられキャラになってしまったMagnitoことエリックを演じたFassbender氏、それから目をバイザーで隠されているにもかかわらず、つらい苦悩を上手に表現していたTye Shelidan君の二人がとても良かったすね。もちろんほかのメンバーもとても素晴らしい演技でした。
 【素晴らしい!! と思ったポイント(2):音楽がイイ!】
 今回は冒頭からずっと、何やら不穏な空気が感じられる音楽がとても効いているようにわたしは感じたのだが……誰が担当したんだろうとずっと謎に思っていて、エンドクレジットでその謎が解けた時、わたしは本作で一番、おお、そうだったんだ、とスッキリしたっすね。そうです。今回の音楽を担当したのは、なんとHans Zimmer氏だったのです! X-MENシリーズ初参加じゃないかなあ? 耳に残る明確なメロディはないんだけど、とにかく物語にマッチする不穏な曲、というか音、はとても巧みだったと思うすね。わたしとしては、この映画のMVPにしてもいいと思います。
 あとは、演出に関しても、シリーズに脚本やプロデュースで参加してきたSimon Kinberg氏が、初監督とは思えないいい仕事をしていたとは思います。画的にとても良かったすね。しかし、なんでUS映画の葬式シーンはいつもどしゃ降りなんですか? まあキャラの心の中はどしゃ降りな心情なんだろうけど、不自然なんすよね……。

 というわけで、もう書きたいことがなくなったので結論。

 FOX JAPANによる「最後のX-MEN」というキャッチで公開された『X-MEN DARK PHOENIX』を観てきたのだが、まず第一に、間違いなく「X-MEN」というIPは今後もDISNEYによって映画になるはずなので、「最後の」では決してない、というのが一つ。そしてようやくFOXの手を離れ、MCUへの参加ハードルが消滅し、本作をもってFOX版X-MENが最後になるのはファンとしては大変うれしい限りだ。しかし、内容的には……正直問題アリだと思った。なにしろ……Jeanにまったく共感できないし、大人たちの対処も、マズかったでしょうな……。。。こういう時は、本当ならWolvarineの一喝が必要だったのだが、それができる大人がおらず、なんだかみんながみんな、気の毒に思えた。ただし、そのキャラたちの苦悩は実に見事な演技で支えられており、クオリティはとても高かったと思う。今回は音楽もとても良かったです。ま、とにかく今後のMCUには期待しかありませんな! 楽しみだなあ! そしてFOX版が終わったのは何よりめでたいす。以上。

↓ オレ的FOX版最高傑作は『LOGAN』ですが、こちらも実に素晴らしい出来栄えでした。この映画は最高です。

 Keanu Reeves兄貴と言えば、無類のバイク好きだったり、数々のぼっち伝説だったり、日本が大好きで味噌ラーメンと帝国ホテルをこよなく愛するなど、まあとにかく、何やってんすかw!? とツッコミを入れたくなるような私生活を送っていることでお馴染みだが、まあ、そんな点がとても魅力的でわたしは大好きな役者なわけです。そんなKeanu兄貴だが、ずいぶん前、たぶん去年だったと思うけど、とある映画のUS版予告編を観て、おおっと、これはまた香ばしいB級臭がぷんぷんするな……という作品に主演することを知った。どうやらUS本国では今年の1月に公開されたものの、全く興行的には大爆死、さらに評価もとんでもなく低い、相当ヤバい作品だったようで、こりゃあ日本では公開されねえだろうな……と思っていたら、ひょっこり昨日から公開となったので、これは観に行く必要がある!と鼻息荒く、本日8:50の回という早朝からチャリをぶっ飛ばして観に行ってきた。ちなみにいうと、公開スクリーン数も少なく(なので近所では公開されてなかった)、当然のごとくガラッガラであったのは言うまでもなかろう。
 その映画は『REPLICAS』。結論から言うと、結構なお点前なY級映画で、ズバリ言えばWOWOWで放映されるのを待てば十分だったと思う(※Y級映画=最低のZ級の一歩手前、の意)。そのトンデモSFと言っていいその内容は、予告を観ていただければ一目瞭然だろう。というわけで、その予告がこちらであります。

 あああ……日本版予告は今、初めて見たけど、この無駄にカッコイイ立木ボイスのナレーションはホントにセンスねえなあ……ま、とにかく、基本的にはこの予告でほぼ物語は語りつくされていると言ってもよかろう。まさしくこの予告通り、MAD科学者の主人公が事故で亡くした妻子をよみがえらせようとする作品だ。
 しかし、観終わった今思うのは、主人公は予告のようにクローン研究なんてやっておらず、SF的ポイントとしては「(死体の)脳に保存された記憶と人格を抽出し、外部装置に移す」研究の方であった。クローンに関しては、なんだかよく分からないけど、勤務先のバイオ企業にそういう装置があったから使っただけである。もちろん無断で。しかも自宅の地下室に持ってきてやっちゃうんだからすごい。そして「記憶と人格」のコピーは、そもそもは軍人向けで、作戦中に死亡した兵士の記憶を謎テクノロジーのアンドロイドめいた義体に移植するというもので、その技術をもとにロボットソルジャー的な兵器開発をしようとしていた、なんて悪党の真の目的もあるのだが、実のところそんなことはもう物語の主軸では全くない。とにかく物語は、Keanu兄貴演じる主人公が、家族をよみがえらせようとすることにまっしぐらなのだが……残念ながら脚本的には0点としか言いようのない、低レベルものであった。とにかく主人公は、まさしくツッコミ待ちのボケなのかと言わんばかりに、えっ!? うそでしょ!? という行動をとり続けるのだが、観てて相当つらかったすね……。。。
 そもそも、人間の生涯にわたるすべての記憶や人格が電子的に複写可能なのかという点もアレだし、おまけになんと、その記憶を都合のよいように改変も可能、さらにはそれが数分でできちゃうんだからもうブッ飛んでいるよね。そしてクローンの方も、17日間で死亡時の年齢まで成長させちゃえるし、おまけにどういう理論なのか全く不明だが、奥さんは40代、子供たちは10代とそれぞれ年齢が違うのに、同じ17日間でそれぞれの年齢になるんだから、もうさっぱり意味不明というか、そんな馬鹿な!?であろう。
 まあ、そういった点をとやかく言うのは、恐らくは無粋で、本作は我らがKeanu兄貴の、とにかくド真面目にイカレている様を味わうのが正しい鑑賞スタイルなのだろうと思う。ので、もうこれ以上の無粋なツッコミはやめておこう。本作の制作予算がどのぐらいあったのか分からないが、本作はキャストも少なく、どうやらロケも全編(?)プエルト・リコで行われており、恐らくは低予算だったものと思われる。謎サイボーグの動きも、どうも若干『TERMINATOR』第1作めいた、モーションアニメっぽい妙なぎこちなさもあって、今時CGを使ってないとは考えられないけど……とにかくチープさも漂っていて、実にY級映画として素晴らしいお点前であったと思う。
 というわけで、各キャラとキャストを紹介して終わりにしよう。
 ◆ウィリアム:主人公。様々なことを人任せにする無責任野郎であり、とても共感はできないトンデモパパ。クローンを3人分しか作れない、けど妻&子供3人なので4人作りたい、誰のクローンを見送るか? という選択をしなきゃいけない場面で、「俺には選べない……お前が選んでくれ」と友達にゆだねようとするシーンにはもう、マジびっくりしたわ。
 しかし……本作は、「あなたがこの状況になったらどうする?」的な問題提起を投げかけているのかもしれないけれど、仮に本作で描かれた技術が確立していたとしても、「死者をよみがえらせる」選択をするとは考えられないなあ……倫理的なことよりも、何よりわたし自身がよみがえりたいとは思わないもの。わたしは観がなら思ったのだが、こういう「死からの復活」って、ひょっとするとキリスト教的な思考なのではなかろうか。ある意味「ゾンビ」も「復活」の一形態で、欧米人がゾンビ大好きなのは、キリスト教的背景もあるんじゃなかろうか。愛する者の死を受け入れることができないのは、ホント、哀れだなあ……と思った。まあ、にんげんだもの……なんすかね……。
 演じたのはもちろん、おれたちのKeanu兄貴。まったくのマジ、ド真面目にイカレている姿がさすがのKeanuクオリティで素晴らしかったす。
 ◆エド:本作で最もひどい目に合う一番気の毒な男。ウィリアムの友達兼同僚。さまざまな無茶ぶりを、無理だよそんなこと……と言いながら引き受けるスーパーいい奴。いい奴すぎて気の毒すぎて泣ける! 演じたのはThomas Middleditch氏37歳。どうやらこれまでいろいろな映画に出演されているようだが、わたしは全然知らない方でした。
 ◆ジョーンズ:本作の悪い人。主人公の勤務するバイオ企業の偉い人(?)。その正体はよくわからんけれど、まあ、どう見ても企業人としては出資者の意に沿った言動は、普通にあり得るもので、実はそれほどの悪党だとは思えない。ま、その出資者の狙いは悪いことだったかもしれないけど。演じたのはJohn Ortiz氏50歳。この人も多くの作品に出演していて、わたしも観た映画が多いけど、サーセン、まったく記憶に残ってません。
 ◆モナ:主人公の奥さんで開始10分で事故死。まあ、美人……でしょうな。奥さんは復活させられて、幸せだったのでしょうか……本作では幸せだったみたいなので、ま、いいんじゃないでしょうか。演じたのはAlice Eveさん37歳。Keanu兄貴は今54歳みたいだから、17歳差ってことかな。いつも不思議なんだけど、どうして欧米人ってそのぐらい歳の差があっても不自然に見えないんでしょうな……日本人で言うと、唐沢寿明氏が55歳、広末涼子さんが38歳か……あれっ!? 不自然じゃないな? そうか! わかった! イケメン&美女ならおかしくないんだ! そうだったのか……! 超どうでもいいことだけど、妙に腑に落ちたっすわ。
 とまあ、あとは子供たちぐらいしかメインキャストはおらず、子役はもう割愛します。それほど魅力的なチビたちではなかったかな……。そして監督も脚本も、全然知らない方なので省略! します。

 というわけで、さっさと結論。
 わたしの大好きなKeanu兄貴主演作、『REPLICAS』を観てきたのだが、予告からぷんぷんと漂ってくるB級臭は、本編ではかなり香ばしく、いくらB級ハンターのわたしでも、極めてマズいレベルの危険な映画であったと言わざるを得ないだろう。これはWOWOで放送されるのを待ってれば十分だったと思う。わたしとしては、本作のことはきれいさっぱり記憶から洗い流し、Keanu兄貴の次なる新作、『John Wick』最新作の公開を心待ちにしたいと思う。US本国ではまさしく公開されたばかりで、順調に売れてるっぽいすね。日本では10月までお預けか……早く観たい!! 以上。

↓ こちらはもう本当に最高です。
ジョン・ウィック(字幕版)
キアヌ・リーブス
2016-02-10

 【注意:ネタバレが含まれていますので、まずは映画館で観てきてからにしてください。しかもネガティブ感想も含まれていますので、観て、すっげえ面白かったと思う方は読まないでください。その興奮を台無しにするのは本意ではありませんので】

 しかし……ホントに1年なんてあっという間ですなあ……。
 というわけで、前作『INFINITY WAR』から1年。いよいよ待望の「後編」たる『ENDGAME』が公開になった。普段のわたしなら、間違いなく初日の昨日、金曜に、日比谷IMAXあたりに観に行ったはずだが、残念ながら今は時間の自由がなかなかつかない身であるため、土曜の8時半からの地元シネコンでの上映を観てきた。
 そもそもわたしは、1年前の『INFINITY WAR』に関して、それほど面白かったとは思えないでいた。それはもう1年前このBlogに記した通りだが、まあ、なんつうか、あくまで「前編」であって、この先どーすんの?という困惑しか残らず、すげえ、こう来たか! と膝を叩くような、予測を上回るような感動がほぼなかったからである。ただし物語は実に真っ当で、こう来てこうなる、という流れは、その真っ当さゆえに、そりゃそうなるわな、としかわたしには思えなかったのだ。
 なので、後編たる『ENDGAME』では一体全体、物語はどのような結末をたどるのだろうか、という興味はあったものの、もう100%完璧に、THANOSは敗北し、アベンジャーズ大勝利になることは誰でも予想がつくわけで、問題はその結末に至る過程にあり、わたしとしては、見どころは以下にあると思っていた。
 1)果たしてトニーはどうやって地球に帰ってくるのか? そしてCAPとの和解は?
 2)ついに現れたCAPTAIN MARVELことキャロル・ダンヴァースの活躍や如何に?
 3)消え去った人々が復活するのは間違いないとして、それは感動的なものかどうか。
 これらは、今までのMCUの流れや予告編を見ていれば、誰だって気になるだろう。そもそも、夏公開の『SPIDER-MAN:Far from Home』の予告も既に公開されているわけで、ま、間違いなく消えた人たちは復活するんだろうと誰だって思うはずだ。
 ただ、MCUの予告編というものは、まるで本編に使われていない、インチキダミーシーンが含まれることがあるので、たとえ予告でNYCを飛ぶIRONMANが登場しても、トニーが地球に帰ってくるかどうかすら怪しいとは思っていた。そして、わたしが最も強く、どう描かれるかを期待したのは、
 4)果たしてTHANOSはいかにして敗北するか。
 5)そしてその代償としてどんな犠牲が払われるか
 にあったのである。なにしろ、前編『INFINITY WAR』では、THANOSがある意味主人公であり、THANOSはキッチリと自分の「信念」を持って――それが全くもって中2病めいた共感できないものとはいえ――行動したのだから、その「信念」が「間違っている」ことが示されないといけないとわたしは思っていたのだ。そう、THANOSは、その最期に「オレが間違っていた。オレの負けだ」と認めて敗北する必要がある、とわたしは考えていたのである。それがないと面白くないっつーか……。そしてその時、アベンジャーズ側も大きな犠牲を払うはず、というのは、日本人として漫画を読みまくっている人間なら、誰だって考えることだろう。ではまずは、最終予告を貼りつけておこう。

 というわけで、結論を言おう。
 『ENDGAME』を観終わった今、わたしはかなり期待を下回るものであったと感じている。もちろん、ポイントポイントでは、おお、キターーッ!と興奮した場面もある。けれど、全体的に観て、まずもって長すぎだし、失望した点の方が多かった印象である。監督やプロデューサーは、上映時間3時間を、凝縮された95分に感じることでしょう的なことを言っていたような気がするけれど、いやいや、すっげえ長く感じたのはわたしだけではないだろう。ちなみにいうと、MCUお約束のおまけシーンは今回はないので、終わったらもう、スタッフに興味のない方はさっさと席を立っても大丈夫だったと思う。
 というわけで、いろいろ思ったことをまとめてみよう。

 【ガッカリポイント(1):開始10分でトニー地球に帰還の巻】
 わたし的見どころの一つにも挙げた、トニーの地球帰還だが、もう、開始10分で片づけられてしまった。ただしその方法は、ちょっと興奮できるもので、まあ、予想通りと言えばそれまでだけど、キャロルが助けてくれた、が答えである。正直、ええっ!? なーんだ? そうっすか……とがっかりしたのは間違いないのだが、時間的に『INFINITY WAR』から21日、3週間経っていたようで、このシーンでの、げっそりやつれたトニーはそれなりに衝撃ではあった。あのトニーの消耗ぶりに免じて、この展開はアリ、としたいと思う。
 【ガッカリポイント(2):キャロルの活躍は、正直少ない】
 わたしとしては、キャロルが戦いのカギになることを期待していたわけだけど、確かに、ラストでは颯爽と現れてカッコイイものの……それ以外はほぼ出番ナシ。おまけに、わたしがとても好きな、キャロルの「マスク・オン」も全くナシ。さらに、なんと映画『CAPTAIN MARVEL』のおまけシーンで描かれた、ニック・フューリーのポケベルが機能停止して、振り向くとそこに……のシーンは全面カット、本編にナシ、であった。これらは、もう本当にガッカリしたよ。ただ、トニーを地球に連れてきて、怒り心頭のキャロルを筆頭にTHANOS討伐へ向かうのは良かったし、まさか開始30分でTHANOS死亡まで行っちゃうのは、予想外過ぎて、な、なんだってーっ!? と大興奮したっすね。でもなあ……それからいきなり「5年後」に飛ぶのはどうなんだろうな……。
 【大興奮ポイント(1):おれたちのANT-MANが物語のカギに!!】
 わたしはANT-MANが大好きなので、果たしてTHANOSの選別が行われたときに「量子世界」にいたANT-MANは、どうやって通常世界に戻ってくるのだろう? ということがとても気になっていた。答えは、5年間放置されてボロボロになったあのライトバンの機械の上をネズミがちょろちょろして、偶然機械を作動させて(?)「スポーーーン!」と量子世界から放り出されて戻る、であった。だっせえ!! とわたしは思わず笑っちゃったのだが、ANT-MANらしくてあれはあれでアリ、である。蟻だけにとか言わないすよ。そしてその「時間を超越した量子世界」=「タイムトラベル」が物語の最大のカギであったのは、はっきり言って予想通り過ぎてガッカリだが、ANT-MANが重要な役割を果たしてくれたことに免じて、許してもいいと思った。
 だが、従来のタイムトラベル物は、「過去に戻ってやり直す」というものが一般的だが、本作はそこが違う。本作で語られたところによると、一度起こったことはチャラに出来ないそうで、あくまで、THANOSによって消滅させられてしまったインフィニティストーンを過去に戻って再びそろえ、THANOSによる「選抜」後の5年間のことはそのままに、消えてしまった人だけ戻す、という方法を採るのだが、この点が物語上一番重要で、独特なポイントだろう。この設定は大変良かったと思うけど……なんか、描かれたのは結局『Back to the Future Part2』だったね。結局のことろ。
 【大興奮ポイント(2):さすがはトニー! 地球最高の天才!】
 わたしはトニーが一番好きで、まあ、おそらくトニーは殉職する=人類の未来のために犠牲になるのだろうことは覚悟していた。けど、なんつうかもう、今回のトニーは最初から最後までカッコ良かったすねえ!! 冒頭のガリガリに衰弱したトニー、そして予想通り子供が生まれてパパになったトニー、SPIDYとの再会に抱擁して喜ぶトニー、そして! 最後の最後に宇宙を救うために犠牲となったトニー!! なんかCAPとの和解は全く感動的じゃなく、うやむやっぽかったのは極めて残念だけど(アレは絶対もっと感動的にできたはず! だけど、あの盾のさりげない渡し方は、まさしくトニーっぽいさりげなさがあってアリと言えばアリ)、もうすべて許しますよ、トニーに関しては。本当にカッコ良かったすね。今回おまけ映像はないから、さっさと席を立っていいと書いたけれど、一番最後に劇場に響く、鉄板をトンカチで叩くあの音……。あれはきっと、ガレージエンジニアたるトニーへのレクイエムであり、また同時に、娘にその精神が確実に受け継がれたことを表す、泣かせる演出だったすね。。。トニー・スタークという男は最高の男でした。本当にお疲れ様でした……。
 【ガッカリポイント(3):THOR様、アンタ、なにやってんの!!】
 恐らくわたしが一番失望したのは、5年間だらしない生活をした結果、腹が付き出したただのデブになり下がったTHOR様の姿だろう。ありゃないよ。断じてナシ。意味なくないすか? なんのためにTHOR様をあんなザマにしたのか、いまだにわたしには理解不能だ。全く無意味だったね。おまけになんなのあのラストは。まさかのガーディアンズ入りも、全く不要だったと思います。つうか、まったくどうでもいいVALKYRIEが生きてたってのは不自然過ぎのような……お前どこで何やってたんだよ。お前の乗ってた船、大爆破されたのに……。アスガルド民は全滅してて良かったのにな。。。
 【大興奮ポイント(4):ムジョルニア時限復活! そしてCAPの手に!!】
 わたしはズバリCAPは大嫌いなのだが、ファイナルバトルはもう、血圧上がったすねえ!! あのバトルはまたしても乱戦で、わたしは観ていて、あーあ、またこれか……とか思ってたんだけど、CAPがムジョルニアを手にしたシーンにはもう大興奮ですよ。アレは非常にカッコ良かった。『Ultron』では持ち上げることができなかったCAP。やっとお前もムジョルニアに認められるほどになったな……わたしもトニーのように、お前のこと許してやるよ……とか思いましたね。一番ラストの、CAPの決断も、極めて美しかったですな。時を超えたペギーとの約束を果たすことができて、ホント良かったね。マジ許すわ。今までのことはすべて……CAPも本当にお疲れ様でした……!
 【大興奮ポイント(5):ペッパー、通称レスキュー・スーツで大バトル参戦!】
 まあ、既にレスキュー・スーツを着用している写真が公開されていたので、驚きはなかったけれど、ファイナルバトルにペッパーまでも参戦してきたのは興奮したっす。そしてペッパー、キャロル、ホープ(=WASP)、ワンダたち女性ヒーローたち大集合の図は大変絵になってましたな。でも、そこにナターシャがいないなんて……
 【ガッカリポイント(4):ナターシャ殉職! もうチョイやり方はなかったのか……?】
 今回は物語上、あくまでTHANOSの選択によって消えてしまった人々だけが復活する、というものなので、それ以前に死んでしまった人たちの復活はないのだが、ナターシャをガモーラと同じように、そう、全く同じように! 死なせる必要はあったんだろうか……。アレは脚本的に0点と言いたいところだ。ナターシャも本当にお疲れ様でした。いままで、ちょっとした潤滑油というか、間に立ってくれてたのにね……。ホント残念だよ……。
 【ガッカリポイント(5):前作で変身できなかった意味ゼロ。常態化に価値ナシ】
 前作では、HULKに変身できず、タダの足手まといキャラに転落したバナー博士。わたしとしては今回、どういういきさつで再びHULKになれるのか、その変身にとても期待したのだが……期待したわたしがアホだった。どうやら前作で変身できなかった意味はほぼゼロ。なんと5年間で、HULK化が常態になってしまい、おまけに言うことなすこと中途半端で、全くもって映す価値ナシのバナー博士だったと思う。お前の愛するナターシャとは大違いだよ。お前、男としてホントダメな野郎だな、としかわたしには思えませんでした。お前こそ、ナターシャと一緒にソウルストーンを取りに行くべきだったのにね……。
 【ガッカリポイント(6):HAWKEYE=RONINの下手くそすぎる日本語の件】
 わたしは弱いくせに生意気なHAWKEYEが嫌いなのだが、冒頭の、THANOSの選択が行われたときHAWKEYEは何をしていたのか、のシーンは、物語の不穏な空気が良く出ていて、シーンとしてはとても良かったすね。しかし、妻子を失くして必殺仕事人になるより、まずはアベンジャーズ基地と連絡取るだろ……常識的に考えて。そして話題の真田広之氏とのチャンバラは、シーンとしてはカッコ良かったけど、大体お前、いつ刀剣使いになったんだ……そしてお前、日本語しゃべる意味あったのか? 真田氏の英語は超キレイなんだから、お前のへったくそな日本語は不要だったんじゃないかなあ……日本人としては、何を言ってるかよくわからず、興ざめだったすね。でも、一方の真田氏の日本語演技は完璧で、アレはもう、最高に興奮したっすわ。
 【大興奮ポイント(5):まさしく「大同窓会!」あのキャラたちも続々登場!!】
 というわけで今回は、「過去に戻ってインフィニティ・ストーンを集める」というミッションが長々と描写されるわけだが、まあとにかく、あのキャラもこのキャラも、とこれまでのシリーズの主要キャラが総出演してくれたのは最高でした。わたしとしては、2012年のNYCにいた、エイシェントワン様のお姿を見られたこと(しかも彼女だけはガッツリ物語に絡んでいてチョイ顔出しレベルじゃない!)、『CAP:WS』での悪党、S.H.I.L.Dのピアース理事も勿論本物のRobert Redford氏自ら登場してくれたこと、そして、別れたTHOR様の恋人ジェーン(アレは……若干本物のNatalie Potman嬢だったかアヤシイ)も登場してくれて、最高に興奮したっすわ。まさしく「同窓会」でしたな。最高でした。
 【ガッカリポイント(7):復活者の全く感動的でない復活について】
 見どころの一つとしてわたしが注目していた、選択によって消滅したみんながいかに復活するか、については……まあ、SPIDYことピーター・パーカー少年の話によると、目覚めたら5年経ってた、ということだそうで、復活シーンは描写されず、であった。実際、そのシーンはいらなかったと思うのでいいんだけど、なんなの、空間さえも超越して復活しちゃうんだというのは、都合が良すぎてガッカリしたっすね。それともアレか、タイタンで復活したんだけど、すぐさまドクターが地球に運んでくれたってことなのかな。よくわからなかったけど、そういうことと思うことにしよう。ドクターはほとんど出番ないけれど、今回もカッコ良かったすね。ドクターが前作で視た「1400万分の1の可能性」はそういうことだったんですな……。ドクターの前作での決断が、今回エイシェントワン様がタイムストーンを貸してくれることに繋がっているわけで、まさしくすべてお見通しだったわけですよ。さすがっすね! ところで、ANT-MANことスコットの娘は、消滅を逃れていたようで、5年歳をとっててすっかりカワイイティーンエイジャーに成長していたけど、ピーターの親友ネッドは普通にそのままだったのは、アレって、同級生もみんな消滅していて復活したってことなの? 
 【最大のガッカリポイント(8):改心しない悪役に価値はない! THANOSモブ化現象】
 結局THANOSは改心もしないし敗北を認めることもなく、ある意味、オレの野望は達成された、オレを殺してももはや手遅れ。地獄で笑って待ってるぞ、はっはっは的に、THOR様による斬首の刑に服してしまったわけで、はっきり言えば、冒頭30分でTHANOSの役割が終了してしまったのは、やっぱり脚本的にいただけないように思う。そして後半に登場する5年前のTHANOSは、ちょっと性格が違い過ぎるというか、完全に小悪党というか……モブ化してしまったのはとてもがっかりだ。ついでに言うと5年前の、ガーディアンズ入りする前のガモーラも、ちょっとキャラ違いすぎなんだよな……まあ仕方ないけどさ……。やっぱり、5年前のTHANOSは、ガモーラの命を代償としてソウルストーンを得ることになることを知ったのだから、何らかの改心めいた行動があっても良かったと思うし、やっぱりですね、「自分が間違っていた」ことを自覚して退場してほしかったと強く思う。後悔はしなくていいんだよ。わが生涯に一片の悔いなし、でいいんだよ。だけど、「敗北を認める」必要は絶対にあるんすよ!! この点に関しては、やっぱり日本の漫画の方がわたしは好きっすね。

 はあはあ……とまあ書いておきたいことは以上かな……もっと細かいこともあるんすけどね……ジャーヴィスってのが、実はパパ・スタークの秘書?の人の名前だったとか。でもあそこは是非とも、Paul Vetaney氏に演じてほしかったすねえ! 別人だったのが超残念す。
 まあ、なんだかんだ言いながら、わたしとしてはトニーの決断に敬意を表して、がっかりしたことはいっぱいあって、期待を上回ることはなかったけれど、すべて受け入れようと思います。大同窓会であり、見事な大団円だったのは間違いないすね。本当に11年間、お疲れ様でした!!!

 というわけで、結論。
 とうとう公開された『AVENGERS:ENDGAME』だが、正直なところ、わたしの期待を上回ることはなく、実際ガッカリではある。THANOSには、敗北を認めてほしかった……。。。けれど、MCUの先頭を走り続けてきたトニー・スタークというキャラクターに限ると、すべてやり尽くしてくれたと思うし、見事に地球を、そして銀河全体を救ってくれたわけで、実に実にカッコ良く、見事であったと思う。そしてわたしは大嫌いだったCAPも見事な引退劇となり、もうすべて許してもいい、という気持ちになりました。ラストカットがCAPとペギーのダンスシーンなのは、オイィ! ラストはトニーの娘を映して未来を予感させるシーンを持って来いよ! とか思ったけれど、まあ、美しかったので許してやります。まあ、夏の『Far from Home』が楽しみですな! 今後もMCUを楽しみたいと思います。つうかですね、こんなBlogを読んでる暇があるなら、今すぐ劇場へGO!でお願いします!! 以上。

↓ やっぱり、わたしとしてはMCU最高傑作はこれっすね。痺れたっす。



 はーーー。なんつうか、毎日毎日、生きるってなんなんだよ……と10代の悩めるクソガキだった頃以来、そんなことをぼんやり考えるわたしである。何にも悪いことなんてしてないし、善人として生きたいと日々真面目に過ごしていても、残念ながらいいことなんて、あんまりねえなあ……というのが、この頃のわたしの実感だ。人生100年時代とか言われてもなあ……オレ、それまでもちそうにないよ。こころ的に。
 ま、そんなネガティブ方面に思考が回るのを食い止めるべく、今日は晴天、朝から冷蔵庫の中身を盛大に捨ててゴミ出しをし、3日分の洗濯をして、もうついでにあれもこれも洗っちまえ!と2回洗濯機を回してさっぱりしたところで、よし、出かけるか!と地元のシネコンまでチャリをぶっ飛ばして、映画を観ることにした。
 今日わたしが観た映画は、DCコミックス原作の『SHAZAM!』であります。もう何度もこのBlogで書いている通り、わたしはMCU、マーベル作品は大好きすぎて堪らないほどなのだが、DCヒーロー作品には、若干その勘違いした方向性に首をかしげていた。しかし、DC前作の『AQUA-MAN』が、どうせクソ映画なんでしょと高をくくって観に行ったら、これがまた超面白かったわけで、今回の『SHAZAM!』に関しても、うーーん、これはいくら何でもアウトだろうな……と相当警戒して観に行った結果、結論から申し上げると、これまた超楽しくて面白かった!のであります。なんだよ、おもしれえじゃん! てのが、わたしの素直な感想だ。
 というわけで、以下、一つ絶対知らないで観る方が面白い、重大なネタバレにも触れる可能性大なので、まだ観ていない方は以下は読まず、今すぐ劇場へ観に行ってください。マジでこの映画、アリ!です。

 つうかですね……この予告を見て、やべえ、こりゃ面白そうだ、とは全く思えないよね。少なくともわたしは、この予告を見てこの映画を観たくなることは全くなかった。まず、わたしはズバリ言えば、ガキが嫌いである。自分自身のガキ臭さを棚に上げて言っている自覚はあるが、とにかく、仕事上の付き合いでも、電車の中でも、20代以下のガキの行動を観ていると、本当にイライラすることが多い。実際、憎んでいると言ってもいいぐらいだ。
 なんでそんなにガキに対して憎悪を抱くかというと、一言で言えば「思慮が足りない」からである。ちょっと考えればわかることが分からない。もちろん自分もそうだったわけだが、初老の今、そんな当時の自分を棚に上げて、頭に来てしまうのである。まさしく老害。まあ、そういったわたしのどす黒い感情は表に出すことはないけれど、この予告で描かれるような、まさしく「悪ノリ」全開のクソガキには、キッツイお仕置きが必要だぜ? とか思ってしまうのである。
 しかし本作の本編では、確かに主人公のガキにはイラつくものの、それよりも、主人公の少年の周りに、とてもイイ人が何人もいるし、一応反省らしき態度はとるので、何となく許せてしまうんだな。あまつさえ、どんどんと物語にはまり込んで、結果、大興奮してしまうわけで、これは、物語のテンポがいいのと、キャラクター設定のおかげだと思う。
 物語は、冒頭1974年だったかな、今から45年前から始まる。その場面では、一人の少年が魔術師シャザムにある意味強制的に召喚され、その資質を試されるのだが、あっさり失格判定され、そのせいでその少年の人生は歪んでしまう。
 そして場面は現代に移り、別の少年の描写が始まる。その少年は、幼少期に母とはぐれて迷子になり、何人もの里親のもとを転々としている不良少年だ。その少年はずっと母を探しているために、警官にいたずらをかまして警察のデータベースを勝手に閲覧したりとやりたい放題だったのだが、全然母は見つからない。そして新しい里親に引き取られることになる。その新しい家庭(グループホーム)は、少年のような身寄りのない子供が5人いて、結構仲良く暮らしている。そんな家庭に引き取られた少年は、学校でいじめられていた同居少年を助けて、地下鉄に逃げ込むのだが、そこで魔術師シャザムに召喚され、資質を試されることなく強引に、「シャザム」の力を押し付けられてしまいーーーてなお話である。
 この後、スーパーパワーを得た少年と、冒頭で失格となった少年(現代ではもうハゲのおっさん)のバトルとなる、てな展開である。おまけにそのバトルも、DCコミックお約束のどかーん、ばきーん、の殴り合いばかりで、決着の付きようがないものだ。いつも通りテキトーにはしょりましたが、どうすか? 面白くなさそうでしょ?
 しかしですね、ホント、観ていてストレスが少ないというか、テンポがとてもイイんだな。そして、とにかく主人公のクソガキが引き取られた家の、5人の子供たちがとってもイイ奴らなんすよ! わたしはそこがとても気に入ったすね。というわけで、以下、キャラ紹介と演じた役者をまとめてみよう。
 ◆ビリー・バットソン:主人公の少年。クソガキ。「シャザム!」と叫ぶと大変身(※面白いことに、発声しないと変身できないため、水の中では変身不可みたい)。仮面ライダー的で、日本の特撮を愛するわたしとしては大変気に入りました。しかしなぜ彼が「シャザム」の力を得る資格があると判定されたのか、に関しては、甚だ疑問が残る。どうやら魔術師シャザムの寿命が尽きてしまいそうで、おそらく、もう誰でもいいや、という状態だったようにわたしには見えた。それでいいのかよ!! とわたしはこの経緯にはもう、マジかよ……となかば呆然であった。性格は悪いし、相当ひねくれたガキだったのにね。だがしかし、引き取られた家の仲間たちと触れ合う中で、まあ、一応許せるレベルのガキへと成長します。いや、許せないかな、最後まで。なお、母親とはぐれただけで行方不明になっちゃうか?? という根本的な謎は、一応ちゃんと解答がありましたが、なんつうか……アメリカという国では普通なんですかねえ……日本じゃ考えられないと思うのだが……。ちなみに、本作はれっきとしたDCユニバースに属する作品なので、BATMAN、SUPERMAN、AQUA-MANといったヒーローが現実に存在している世界で、なんとラストはわたしの嫌いなSUPがカメオ出演します。お前じゃなくてBATMANに出てきてほしかったわ。で、シャザムに変身する主人公ビリーを演じたのはAsher Angel君16歳。まあ、順調に成長すればそれなりのイケメンになるんじゃないすかね。そしてシャザム!と叫んで変身した姿を演じたのがZachary Levi氏38歳。彼は、THOR様の親友、ウォリアーズ・スリーの一人、2代目ファンドラルすね。『THOR』1作目は別の人だったけど『DARK WORLD』から参加してますな。えーと、スリーの中で唯一の金髪イケメンの人です。
 ◆フレディ:ビリーが引き取られた家の先輩同居人の少年。ヒーローオタク。足に障害があって松葉づえをついている。しかしその性格は明るくよくしゃべり、とにかくコイツがイイ子なんすよ! この子がいなかったら、ホントにビリーはただのクソガキだっただろうな。クライマックスでフレディたちも大変身するのはまさかの展開で大興奮したっすね! アレは最高でした。フレディも、今後ヒーローになれるのか、あの一時的なものだったのかはよく分からんかったす。演じたのは、わたしは全然気が付かなかったけれど、どうやら『IT』で喘息持ちのエディを熱演してくれたJack Dylan Grazer君16歳だった模様。大変素晴らしい演技でしたな。
 ◆メアリー:先輩同居人の女子で一番年長のお姉さん。とっても可愛らしい娘さん。ありゃ美人になるぞ。大学進学目前で、合格通知が来ても、喜びよりもみんなと離れ離れになることを悲しむ心優しきみんなのお姉ちゃん。ホントいい子。彼女もクライマックスで大変身! 最高でした。演じたのはGrace Fulton嬢22歳。カワイイ。気に入ったす。
 ◆ダーラ:先輩同居人の女子で一番年少。きっと今までつらい目に遭って来たんでしょうな、誰にでも(?)すぐハグする甘えっ子。可愛らしい。彼女もとてもいい子。クライマックスでは超スピードを持つ美人女性に大変身。エンドクレジットのアニメによると、かの超音速野郎、FLASHと同等なのかも。演じたのはFaithe Hermanちゃん。2008年生まれらしいから11歳か。おっと、Twitterインスタもやってんだな。たいしたもんだ。
 ◆ユージーン:先輩同居人で東洋系のゲーマー少年。チビでオタクだが、スゴイ級ハッカー。もちろん彼もクライマックスで大変身。演じたのはIan Chen君。20006年生まれの13歳。イケメンに育つのだぞ!
 ◆ペドロ:先輩同居人でデブのコミュ障無口少年。でもいい奴なんすよ、コイツも。大変身した姿は髭のマッチョなイケメンで大変カッコ良くなってるのがちょっと笑えちゃう。演じたのはJovan Armand君19歳。大変良かったす。
 ◆サデウス:今回のVillain。冒頭の、資格ナシ判定をされた気の毒な少年の成長した姿を演じたのが、セクシー・ハゲ界のイギリス代表、Mark Strong氏55歳。このうらみはらさでおくべきか!といつまでも憎悪に身を焦がしていたわけで、だからお前はダメだったんだよ、としか言えないす。まあ、実際のところ、お父さんも兄貴もひでえ人間だったけどね……。ところで、わたしは原作コミックを全然知らないので、エンドクレジットに挿入される、収監されたサデウスのもとに現れる謎の芋虫に関しては、何のことやらわかりませんでした。アレは……まあ、邪悪な存在なんでしょうな。そして一番最後のおまけ映像は、ヒーローオタクのフレディが、シャザムに変身したビリーが金魚と喋れるのか? の実験をしているシーンでした。要するにAQUA-MANネタで、フレディは本編中でもAQUA-MANのTシャツを着用してました。
 ◆魔術師シャザム:そもそもの元凶というか……なんというか、ヨーダ的な、強いくせに抜けているというか、封印ってのはいつか破られるわけで、封をするだけじゃダメなのはわかってただろうに……。ある意味、全部丸投げの無責任なお方と言わざるを得ない。何の説明もインストラクションもなく、力だけ渡してもなあ……ダメっショ、それじゃあ。演じたのはもうそこら中で活躍中のDjimon Hounsou氏54歳。この方はMCUにもDCにも出ている数少ない中の一人ですな。
 とまあ、キャラ紹介は以上かな。
 あと、これはどうしてもメモしておきたいのだが、本作は舞台がPhiladelphiaだったのだが、つまりわたしの大好きな『ROCKY』の街なわけで、あの、美術館前の階段も出てくるし、ちょっとしたネタになっていました。かの「EYE OF THE TIGER」の曲に合わせて電撃かましまくってはしゃぐシーンには、ちょっとイラッとしたすね。しかしくそう、やっぱり一度Philadelphiaに行って、あの階段を駆け上がって、うおお、とガッツポーズしてみたいなあ……。。。
 最後に、ところでSHAZAMってネーミングからしてダサくね? と思っていたわたしが、本作を見て初めて知った(&Wikiで読んで知った)豆知識を書いておくと、
 S=Solomonの叡智。ソロモン王ですな。
 H=Herculesの剛力。日本語でヘラクレス、フランス語でエルキュールですな。
 A=Atlasの体力。えーと、巨人族で天を支えているお方ですな。
 Z=Zeusの全能。ゼウス様ですな。
 A=Achillesの勇気。勇者アキレスですな。
 M=Mercuryの神速。ローマで言うメルクリウスですな。
 の各能力を持つという意味なんですと。もう無敵じゃん。これは強いわ。そして、なんと元々のコミックは、DCコミックではなくて、後にDCが版権を獲得したんだそうだ。で、元々はなんと「キャプテン・マーベル」というシリーズだったそうで、DCが版権を取得した時に、MARVELコミックがもう登録商標していたために「SHAZAM!」と改題されたんですって。へえ~ですな。

 というわけで、書いておきたいことが亡くなったので結論。
 DCヒーロー最新作『SHAZAM!』は、その予告やプロモーションの方向性からも、クソガキの悪ノリばかりが目に付いて、クソつまらなそうだなあ……とか思いながら観に行ってみたところ、そんな予断を吹っ飛ばす、気持ちのいい楽しい映画に仕上がっておりました。ええ、実際とても面白かったすね。とにかく、主人公のガキはともかくとして、仲間の5人がとてもイイ子なんすよ! 生きてたっていいことなんてねえ、とか、マイナス思考の歪んだ心ではイカンと、彼らに教わったような気すらするっすね。前向きで生きるのが、まあ、正しいんでしょうな。はーーー……でも、報われない日々はつらいす。なんか、ちょっとしたハッピーがあるといいんすけどね……報いを求めちゃイカンのかなあ……だってにんげんだもの……。ともあれ、本作『SHAZAM!』は大変お勧めであります。完璧もう、漫画そのものですよ。だがそれがいい!のであります。ぜひ劇場へ! 以上。

↓ なんか原作も読みたくなりますな。そして胸に輝く「電撃」マークがわたしとしては最高です!
シャザム! :魔法の守護者(THE NEW 52! ) (DC)
ジェフ・ジョーンズ
小学館集英社プロダクション
2015-02-07

 はーーー。。。
 3/27に母が倒れ、救急搬送→入院、となってもう2週間以上が過ぎ、幸い命に別状はなく、意識もしっかりしているものの、今後どんな老々介護が待っているのかと考えると、全くもって明るい未来は想像できず、ええ、ズバリ言うと落ち込んでいます。毎日会社を早めに出て見舞いに行っているのだが、着実に回復に向かっており、日々のリハビリも頑張っているようなので、母の前ではバカ話をしたりするわけだが、どれほど回復できるのかは全く分からないし、まずは冷蔵庫の中身を何とかせねば……とか、日々いろいろあって、このところ映画を観る気になれなかったのだが、今日は天気も良く、朝から洗濯をして、気分さっぱりしたところで、午前中は映画を観に行くことにした。
 今日わたしが観た映画は、『HUNTER KILLER』。そう、わたしは潜水艦モノの映画は大好物なのです。おまけに、このBlogでも何度も書いている通り、「ジャック・ライアン」シリーズのような、海外翻訳ミリタリーアクションも大好物なわけで、わたしの好みに結構ジャストミートな映画であった。
 ただ、「ライアン」シリーズもそうだけど、結構トンデモ話なので、真面目に見ると相当ツッコミどころはあるとは思う。だけどいいんだよ、そんなこたあ! 悪いヤツがぶっ飛ばされて、アメリカ万歳!でいいんです。というわけで、結論としては、わたしとしては大変楽しめたし、まあ、なんか映画でも見ようかな、と思う方がいたら、この作品はそれなりにおススメであります。面白かったすね、とても。

 というわけで、物語は、実は上記予告からは相当違った流れで進む。上記予告はかなり時系列がぐちゃぐちゃに編集されていて、あまり参考にならんです。なので、わたしは結構予想外の物語に結構興奮できたのでありました。
 物語は、冒頭で、USS-タンパ・ベイという原潜と、ロシアの原潜コーニクが沈没するという事件から幕が上がる。US政府は、まずアイスランドだったかな、そこに停泊していた原潜USS-アーカンソーを現地へ極秘裏に派遣。同時に、4人のNAVY-SEALs隊員をHALO降下で現地に派遣、情報収集に当たらせる。つまり物語は、主人公の原潜アーカンソーの船長と、SEALs隊員たちの2方向から進むのだ。これは全く上記予告には示されていないけれど、非常に効果的で、現実的だったと思う。
 で、まずアーカンソーは事故?現場に到着すると、2つのことが判明する。一つは、タンパ・ベイは魚雷を喰らっていること。そしてもう一つは、コーニクは「内部からの爆発」によって沈没し、おまけにソナーによると中に生存者がいるらしいことが判明する。アーカンソーの副長は、ロシア人を助けるなんて、とお約束の反発をするも、船長は当然救助することを選択、お約束通り救助されたのは、コーニクの船長他3名であった。
 そして一方のSEALs隊員たちは、ほぼ何も苦労もなく、事故現場近くの軍港へ潜入し、監視活動を開始。なんとそこでは、ロシア大統領が拘束され、国防大臣によるクーデターが発生していたことが判明する。US政府は、戦争上等、戦闘配備を強く進言する統合参謀本部議長と、ロシア大統領を救出しクーデター阻止=戦争回避を主張するUS-NAVYのRA(少将)&NSA女子職員に分かれるが、US大統領(女性だった)は戦闘配備しつつロシア大統領救出、つまり、SEALs隊員によるロシア大統領救出&アーカンソーによる回収、という難ミッションを指示するのであった――てなお話であった。サーセン、いつも通りテキトーにはしょってます。
 というわけで、海の中の緊張感という、潜水艦モノの醍醐味も味わえるし、陸上でのSEALs隊員たちの激闘というミリタリーアクションも味わえるわけで、わたしとしては、まあ、ちょっとトンデモ感が強いけれど、大変楽しめたわけであります。
 まあ、ロシア大統領が、まさか子飼いの国防大臣にクーデターを喰らうとは、現状のプーチン大帝の世では考えられないだろうし(たぶん)、かなりミッションはスムーズに進むのは、若干アレだなあ、とか、そういうツッコミどころはかなりあるのは間違いない。
 おまけに、このミッションを成功に導く一番のカギがアメリカ軍人とロシア軍人の「信頼」に置かれていて、映画的には美しいけれど、残念ながら本作で描かれたようなことは起こり得ないだろうとは思う。しかしおそらく、このようなトンデモ話を「それっぽく」思わせる要因として、キャストが何気に豪華という点も大きいだろう。そう、この映画はキャストがなかなか粒ぞろいなんだな。
 というわけで、以下にキャラクターと演じた役者を6人だけ、パンフに載ってたので軽くまとめてみよう。
 ◆グラス艦長:USS-アーカンソーの船長。士官学校は出ておらず、現場たたき上げ、という設定も、まあお約束でしょうな。かなり独断で物事を判断するので、若干トンデモ感は強い。けど、まあ、正義の味方というキャラは軸がぶれていないので、観ていてとても共感できるというか、安心すね。演じたのは、イギリス人だけど、もういろんな映画でアメリカを守りまくっているGerard Butler氏49歳。わたし的にこの人は、『300』のレオニダス様、あるいは『The Phantom of the Opera』のファントムの方が印象が強いけれど、近年の「Fallen」シリーズのシークレットサービス隊員の方がお馴染みかな。まあ、強くてカッコいいすね。
 ◆アンドロポフ艦長:ロシア原潜コーニクの船長。歴戦の戦士で、ロシア海軍内に教え子多数。なんとなく『THE HUNT FOR RED OCTOBER』のラミウス艦長を思い起こさせるけれど、このアンドロポフ艦長は純粋にロシアへの愛国心のあるお方で亡命しようなんてことは思いません。グラスを信頼して、いろいろ秘密を教えてくれたり、ロシア海軍への呼びかけも担当。アンドロポフ艦長が本作では一番重要だったような気がする。彼がいなかったらミッションは成功できなかったはずです。演じたのは、2017年に惜しくも亡くなってしまったMikael Nyqvist氏。渋い、いい役者でしたなあ……亡くなったのが残念でならないす。もちろんスウェーデン人で、スウェーデン版『ミレニアム』で主人公(?)ミカエルを演じたお方ですな。
 ◆ドネガン統合参謀本部議長:SDUS(アメリが合衆国国防長官)につぐ、US4軍の制服組TOPですな。本作では、やけに好戦的で、わたしはまたコイツはロシアと密約がある的な、バッドガイなのかな? とか思いながら観ていたのだが、どうやらそんなことは全くなく、単に気が短い愚か者だったようです。愚か者ってのは言い過ぎか。でも、もうちょっと、後々のことも考えて行動した方がいいと思うよ……。あんたの命令通り行動してたら、核を使う羽目になってたぜ、間違いなく。演じたのは、なぜこの役を引き受けたのか分からないけど、Gary Oldman氏でありました。渋くてカッコいいのに、今回は完全にアレな人でしたな。
 ◆フィクスRA(海軍少将):統合参謀本部議長がイケイケなのに対して、こちらのRAは慎重かつ現場寄りの戦争回避派。何気にキャラが立ってたと思う。演じたのは、Common氏47歳。この人は、元々ミュージシャンなんだけど、なんつうか、イケメンですね。結構映画のキャリアも増えてきて、わたしが一番最近で印象に残っているのは、『John Wick Chapter2』でキアヌ兄貴と死闘を演じたカシアンという役ですな。アレは大変カッコ良かったです。
 ◆ビーマン:SEALsの隊長。つうか、SEALsの隊員が2人殉職してしまったのは観てて悲しかったすね。殺すことなかったのに……映画的な味付けとして殉職させられちゃった感じがする。そしてもちろんこの隊長は生還します。とてもプロとしてカッコ良く、光ってましたな。演じたのは、Toby Stephens氏49歳。あっ!なんてこった! この人、『SPACE COWBOYS』でEastwoodおじいちゃんの若き頃を演じた人だったんだ!? マジかよ。
 ◆女性NSA職員:フィクスRAと共に、戦争回避のためロシア大統領救出を推す。イイ人。演じたのはLinda Cardelliniさんという方で、知らねえなあ? とか思ったのだが、パンフによると『AVENGERS:Age of Ultron』に出てたそうで、何の役だろう?と調べたら、なんとこの人、HAWKEYEの奥さん役で出てた方らしい。ほえーそうだったんだ。全然気が付かなかったわ。『END GAME』には出てくるんだろうか。チェックしとこうと思います。
 とまあ、こんなところかな。監督はDonovan Marsh氏という方で、どうやらそれほど目立った経歴はなさそうですな。本作も、ここがスゴイとかとりわけ目についたところはなかったけれど、CGの品質は高いし、手堅くきっちりまとまってたと思います。

 というわけで、書いておきたいことがなくなったので結論。
 このところ、全く気持ちの沈んでいるわたしだが、今日は天気も良くあったかくて、久しぶりに映画を観に行こうという気になった。そして、よし、これを見ようと決めたのが『HUNTER KILLER』という作品である。わたしは映画オタとして、潜水艦モノは大好物だし、ミリタリーアクションも大好きなので、好みにぴったりだったわけだが、まあ、いろいろなツッコミどころは結構あるにしても、十分面白かったと思う。まあ、プーチン大帝がクーデターを喰らうことはまずないだろうし、SEALsのミッションもあれほど楽に進むとは思えないけれど、まあ、いいんじゃないすかね。映画だし。少なくともわたしは2時間、大変楽しい時間過ごせました。楽しいってのは違うか、えーと、なんだ、2時間、つらい現実を忘れるような、物語にのめり込む快感、とでも言えばいいのかな。要するに、映画って、いいもんですね、的な2時間でありました。面白かったす。以上。

↓ 潜水艦モノとしては、最高傑作はやっぱこれっすかねえ……中学の時、今は無き新宿ミラノ座にて、今は亡き父と観に行ったす。

 いよいよ4月26日の公開まで1カ月チョイと迫ってきた『AVENGERS:END GAME』。
 もちろんわたしもとても楽しみにしているわけだが、まあ普通に考えて、『END GAME』の結末は誰だって想像している通り、実は愛の戦士だったTHANOSが敗北、アベンジャーズ大勝利で終わるんだろうと思っている。問題はいかなる犠牲が払われるか、にあるとわたしは考えているが、よもやわたしが最も好きなトニー・スターク=IRONMAN殉職もあり得るのかなあ、とか、まあ、妄想は尽きない状態である。今のところは。おととい公開された最終予告も、なんだかいろいろな「?」があって、きっとこの予告は本編にない、いろんなミスリードな細工をしてんだろうな……とかわたしは思っている。
 しかし、MCUにおいては、『END GAME』を観る前に、絶対に観ておかなくてはならない映画がある。それが昨日から公開になった『CAPTAIN MARVEL』だ。わたしも夕方早めに会社を出て、日比谷TOHOにてIMAX3D版をさっそく観てきた。
 結論から言うと、いろいろ突っ込みたくなる点はあるものの、大変良くできたお話で十分面白かったと思う。わたしは原作コミックの「キャプテン・マーベル」は全く読んでいないので、原作との違いとかそういった点は全く分からない。また、本作は、コミック原作や今までのMCU作品を知らなくとも、ある程度は本作単独で観ても十分面白い映画になっているとは思う。しかし、まあやっぱり、MCUは全て観ていないと、その面白さは堪能できないと思います。この映画はやっぱりコミックとは別物で、あくまでMCUを構成する一つのピースであるということは間違いなさそうだ。
 というわけで、以下、ネタバレ満載となる可能性が高いので、まだ観ていない人はここらで退場してください。こんなBlogをチェックしている暇があったら、今すぐ劇場へGO!でお願いします。

 というわけで、上記予告を観ても、一体どんなお話なのか、正直全く分からないだろう。わたしも全然分からず、まあきっと、明らかに地球人っぽい女性がいかにして「キャプテン・マーベル」となったか、てなお話だろうぐらいしか考えられなかった。
 わたしがこの予告を観て思ったポイントは、1)なんで舞台は1995年と中途半端な「過去」なのか? 2)なんで彼女は「過去」の記憶を喪失しているのか? の2つだ。そしてこの謎は、劇中では、なるほど、そういうことか、と見事に回答が与えられていて、わたしはそこに、「これは面白い」と感じるに至ったのである。というわけで、以下解説? というか思ったことをメモしてみよう。
 1)なんで舞台は1995年なのか?
 ズバリ言うと、これはもう、MCUを観てきた人でないと理解できないと思う。はっきり言って、本作は、単独作品であったなら1995年を舞台とする必要は皆無と言っていいはずだ。2019年の現代であろうと、例えば1960年代であろうと、別に何の問題もなかったはずだ。
 だが、MCUのワンピースであることを前提とすると、本作は1995年である必要があるのだ。そのカギを握っているのが、MCUのキーキャラクター、ニック・フューリーである。
 ニック・フューリーは、明らかに2008年のIRONMAN誕生以前から、地球圏外からの外敵の襲来を知っていた。そしてそういった外敵に備えて、せっせと武器を作り、「特殊な能力を持つ超人」を集めてチームを作る計画(=アベンジャーズ計画)を練っていた。さらに言えば、『INFINITY WAR』において「もしもの事態が起きた時に呼ぶ、最強の助っ人=キャプテン・マーベル」がいることが明確に示されていた。
 これらのことから、ニック・フューリーは、少なくとも2008年よりも前に、キャプテン・マーベルと知り合っていた必要がある。かといって前すぎると、ニック・フューリーも行動力のない子供になってしまう。近すぎては計画を練る時間も取れない。そこで、「ちょうどいいぐらいの過去」として、90年代に本作の舞台は設定されたのだろうと思う。全てはMCUというプロジェクトのためであると言って差し支えないだろう。ついでに、あの「ポケベル」に関しても、そもそも我々が知っているポケベルというものは、受信オンリーの一方通行デバイスだったわけだが、本作のアレは発信も可能な双方向だ。これは……一瞬日本でも発信可能なものがあったような気がするけど……いずれにせよ日本では1995年ぐらいからPHSが登場してポケベルは衰退していくので、まあ、やっぱり時代設定として1995年というのは、まさしく「ちょうどいいぐらいの過去」だったのではなかろうか。
 なお、1995年と言えば、はっきり言っておっさんのわたしには「ついこの前」に感じられるのだが、あの年、世界を変えたと言ってもいいぐらいの大きな発明があった。それは、「Windows95」の発売だ。この発明によって、インターネッツの世界が我々に開かれたと言っても言い過ぎではなかろう。わたしが初めてインターネッツを体験したのはWindows3.1の時代だが、まあとにかくプロバイダも少なく、モデムの設定も厄介で苦労したものだが、Windows95の登場で劇的にインターネッツは進歩し、わたしも自分のPCを初めて買ったのは1996年の初めであったことを覚えている。本作でも、まだ原始的なWebサイトや、ダイヤルアップが切れちゃうとか、当時を知っている我々おっさんには、超あるあるなエピソードが盛り込まれていて、大変愉快だったすね。もちろん、当時のファッションや街の様子や音楽など、そういう点では今現在40代後半以上の人間が、本作を一番楽しめるかもしれないす。
 2)なんで記憶を失っているのか?
 この点が本作で一番のポイントであろう。なので以下はホントにネタバレなんですが……。本作は冒頭、キャプテン・マーベルが「クリー人」であり、「ヴァース」と呼ばれていて、クリー帝国?の母星ハラで暮らしている様子が描写される。そして彼女はヨン・ロッグという「スター・フォース」司令官のもとで戦闘訓練を受けているのだが、なにやら6年前、クリーに来る前のことは忘れているらしい。そしてクリーにおいてはSupreme Intelligenceと呼ばれる超AIが全てを統治しているらしいことが描かれ、そのAIと対話する時には、AIは、対話者が最も尊敬する人物のヴィジョンとして現れるのだが、彼女の場合は、全く記憶にない女性の像となって、AIは彼女に指令やアドバイスを送っている。そしてその謎の女性はヴァースの夢にも現れていて、一体誰なんだ、そして私は……と記憶をめぐるサスペンスが本作のベースとなっている。そしてスター・フォースの一員として、クリーと現在戦争状態にあるスクラル人との戦闘に参加するヴァースだったが、どうやらスクラル人たちもヴァースの記憶を狙っていて……てな展開である。
 ここでポイントとなるのは、クリー人ってなんだ? ということと、スクラル人が欲する「ライトスピード・エンジン」なるものだ。
 まず、クリー人、と聞いてMCUを観てきたわたしが真っ先に思い出すのが『GUARDIANS OF THE GALAXY』だ。あの物語の中での悪役がまさしくクリー人で、なんと、そのものズバリ、『GUARDIANS』の悪役であったロナン・ジ・アキューサーは出てくるし、その部下であるコラスはなんどヴァースの同僚のスター・フォースの副官としてMCUに再登場である。なのでわたしは、あれっ!? クリー人って悪い奴らじゃないの? とか思いながら観ていたのだが、ヴァースはスクラル人との戦闘の後、大破した宇宙船から投げ出され―――地球に墜落、そこから舞台は1995年の地球となるわけだが、結論から言うとわたしの「あれっ!?」は、最終的に「ああ、やっぱりね」という結末に至るわけで、この点でも、MCUを観ていない人には全然通じなかっただろうと思う。
 そしてスクラル人たちが欲している「ライトスピード・エンジン」なる謎テクノロジーだが、思うに、「エンジン」というものは、その機械的な構造はもちろん重要としても、それよりもっと「何をエネルギー源とするか」のほうが重要だろうと思う。わたしも観ていて、ライトスピード……まあきっと光速航行を可能にするテクノロジーなんだろうけど(ついでに言えば、光速航行と来れば当然、相対性理論でいうウラシマ効果、すなわち「時間」が大きな問題となるわけで、わたしは、こりゃあ『END GAME』はやっぱりタイムトラベルが描かれるのか? とか、もう妄想が先走るわけです)、それを可能にするエネルギーって何なんだろうな、とぼんやり考えていた。そしてわたしが「そうきたか!」と恐れ入ったのがまさにそこにあって、なんと、その謎エネルギー源こそが「四次元キューブ」で、まさしくインフィニティ・ストーンの一つである「スペース・ストーン」だったのである。こう繋げたか! とわたしはとても興奮したっすね! つまり本作も、実は「インフィニティ・ストーン」をめぐる戦いだったのだ。
 ただ、わたしは即座に記憶をさかのぼってみたのだが、なんかどうもしっくりこなかったようにも感じたのは事実である。わたしが知っているMCUの歴史によると……
 ◆1940年代:第2次大戦のさなか、秘密結社(?)ハイドラによって、ヨーロッパに秘匿されていた「四次元キューブ」が奪取され(誰が隠していたのか不明)、その謎パワーで謎兵器が量産される。それに対抗すべく、US-ARMYによる「SUPER-SOLDIER」計画が進行、謎血清が開発され、その被験者第一号にスティーブ・ロジャースが選ばれ、かくしてスティーブは「CAPTAIN AMERICA」となってハイドラと戦い、「四次元キューブ」を奪還するも北極の氷に消える。その後、トニー・スタークの父、ハワードが「四次元キューブ」を北極海だかどっかの海底で発見する。そして後にハワードはS.H.I.L.D.設立に尽力する。
 (◆1960年代:冷戦期、S.H.I.L.D.はあくまでUS国益のための組織として活動していた。そしてこの頃、ハワードと同じくS.H.I.L.D.の科学者だったハンク・ピム博士は初代ANT-MANとして活躍)
 (◆1988年:ピーター・クィル少年が宇宙人に誘拐される)
 (◆1991年:ウィンターソルジャーによるハワード暗殺事件勃発)
 (◆2008年:トニー、IRONMANとしてヒーロー活動開始)
 (◆2008年:SUPER-SOLDIER計画を現代によみがえらせようとした実験中にブルース・バナー博士はガンマ線の大量照射を浴びてしまい、HULK誕生)
 (◆2011年:THOR、初めて地球にやってくる)
 (◆2011年:北極で氷漬けになっていたスティーブ=CAPが発見され、蘇生)
 ◆2012年:地球にLOKIが襲来、「四次元キューブ」を奪って大暴れ。ニック・フューリーによって招集された超人たちがAVENGERSを結成し、「四次元キューブ」奪還に成功。その後、「四次元キューブ」はTHOR様がアスガルドに持ち帰り、「オーディンの武器庫」に保管した。
 ◆2017年:アスガルド崩壊の「RAGNAROK事件」勃発。崩壊のさなか、ロキが再び「四次元キューブ」をちゃっかり横領。
 ◆2018年:サノスによる「INFINITY WAR」勃発。LOKIは謎の兄弟愛を発揮してTHOR様を助けるために、「四次元キューブ」をTHANOSに差し出す。以降、「四次元キューブ」はその中に秘めていた「スペース・ストーン」として(スペースは宇宙じゃなくて空間の意味で、物理的空間を制御しどこにでも行ける能力を持っていた)、THANOSの左手に装着されたガントレットに固定されている。
 とまあ、()内は「四次元キューブ」に関係ないことだけど、まあ、だいたいこんな歴史だったはずで、わたしは「四次元キューブ」は、第2次大戦後はずっとS.H.I.L.D.が保管していたのかと思っていた。なので、若干しっくりこなかったのだが、まあ、S.H.I.L.D.は実はハイドラの支配も受けていたわけだし、まさか1980年代から1995年にかけてこんなことが起きていたとは、というのは、興奮に値する物語だったわけですよ。まさしく「そう来たか!」である。この点も、MCUを観てきていないと分からない、けど極めて重要なポイントだったとわたしは感じた。
 というわけで、以下に各キャラと演じた役者をメモして終わりにしちゃいます。
 ◆キャロル・ダンヴァース=ヴァース=キャプテン・マーベル:元々幼少期から、女にゃ無理だ、なんてことを言われ続けてきて、その度に「何クソ!」といろんな無茶をしてきたけれど、鼻血を出してブッ倒れても、何度でも立ち上がる、その「不屈の闘志」がこの人の最大の武器なんでしょうな。その、何度も繰り返し描かれる「立ち上がる」姿がとてもカッコイイ。成人後はUS-AIR FORCE所属の軍人だったが、とある実験に参加したことで運命が変わってしまう。何故クリー人たちに「ヴァース」と呼ばれていたか、そしてなぜ、ニック・フューリーは計画を「アヴェンジャーズ計画」と名付けたか、その理由も脚本的に大変お見事だったすね。つうかですね、この人、もはや無敵なんですけど! この強さはMCU的にはもうTHOR様レベルです。人間じゃなくなっちゃったすね。
 演じたのは栄光のオスカー女優Brie Larsonさん29歳。意外と若いですな。しかし今回、コスチュームに身を包んだ姿は大変カッコ良かった。相当がっちりした体はとても鍛えられていて、美しかったすね。そして、あの宇宙空間用?のマスク・オン!の姿も実に最高でした。あのモヒカン的なマスク着用、からのマスク・オフで髪がはらり、となる姿もとても印象的っすね。『END GAME』での活躍も楽しみであります! もちろん今回のおまけ映像(1)では、ニック・フューリーの遺したあのポケベルの呼びかけに応じて、24年ぶりに地球に帰ってきたキャロルがCAPたちの前に現れるシーンを観ることができます。来たァ!とうれしくなったすね。最高でした。
 あとそうだ、ひとつ、おおっ!? と思ったことがあった。キャロルの少女時代がチラホラと描かれるわけですが、その子供キャロルを演じたのが、わたしが2年前大感動した『gifted』で天才児を見事に演じたMckenna Graceちゃんですよ! ちょっとだけ大人になりつつあって、しかも可愛く成長していてうれしいっす!
 ◆ニック・フューリー:ご存知S.H.I.L.D.の元長官。そして本作の時代ではまだ若手工作員。左目も健在。だけど、左目が潰れてしまう理由が、これはもう笑うべき、だよね? そんな理由だったとは、と笑えるものでした。演じたのは当然Samuel L. Jackson御大70歳なわけですが、本作では全編デジタル若返り処理がされていて、実際凄い技術だと思います。ただ、やっぱり、髪からおでこ、目元、鼻筋は、よーーく見つめると作り物感はあったと思う。つうか、おれも1995年当時と今とでは相当老けてんだろうな……と全くどうでもいいことを感じてしょんぼりっす。ついこの前なんだけどなあ……。。。
 ◆ヨン・ロッグ:クリー人にして「スター・フォース」の指揮官。ヴァースの先生的な存在だが、まあ、観ていればこの人が本当にイイ奴かは、うっすらわかると思います。ただ、残念ながらこのキャラはまるで弱かったす。演じたのはJude Law氏で、やっぱりイケメンですなあ、この人は。コスチューム姿も実にカッコイイすね。
 ◆ロナン・ジ・アキューサー&コラス:『GUARDIANS』での悪役コンビ。『GUARDIANS』では、クリー人テロリスト?みたいな感じだったけれど、本作の時代では、ロナンはクリー軍の攻撃隊長的な役割(?)で、あのお馴染みの宇宙船での爆撃が主任務。そしてコラスは「スター・フォース」の副官として、強いて言うなら正義の味方側、に所属。そもそもわたしは「クリー帝国」というんだから、皇帝がいるんだろうと勝手に思っていたけれど、まさか超AIが支配していたとは驚きです。つうか、AIなんぞが人間を支配しているのか、と思った時点で、クリー帝国にはうさん臭さしか感じなかったすね。それぞれ『GUARDIANS』で演じたLee Pace氏、Djimon Hounsou氏が再登板でありました。
 ◆ウェンディ・ローソン博士=マー・ヴェル:キャロルのUS-AIR FORCE時代の上官で科学者。その発明は、銀河から狙われることになるわけだが、問題は、本当に狙っていたのは誰か、そして、博士は何のためにその発明を成したのか、という理由がポイントとなる。まあこれも、観ていれば途中で気付けると思う。ほぼ冒頭から、キャロルの夢などでちらほら出てくるけれど、わたしは一目で、おおっと、これはAnnete Beningさんじゃないか、久しぶりだなあ! とか思いました。わたしが劇場のスクリーンでAnnetteさんを観るのは、たぶん『AMERICAN BEAUTY』以来じゃなかろうか。18年ぶり?っすね。
 ◆フィル・コールソン:ご存知S.H.I.L.D.諜報員。2012年の『AVENGERS』で殉職(したはずだけどTVでは生きてる設定)したコールソンも、この1995年当時は新人。ワンシーンだけ、後の登用に繋がる判断を見せる。当然、Clark Greggさんがデジタル若返り処理で演じてます。
 ◆タロス:今回の悪役か? と思わせて実は……なスクラル人。変身能力アリ。演じたのは、映画オタにはいろいろな作品で悪いヤツを演じていることでお馴染みのBen Mendelsohn氏49歳。意外と若いんだよな……この人。今回は、S.H.I.L.D.のフューリーの上司ケラーも演じています(正確に言うとケラーに変身したタロス)。
 ◆マリア・ランボー:キャロルの元相棒的女性パイロット。コールサインは「フォトン」。コミック原作的には彼女や彼女の娘には大きな役割があるらしいけど、本作ではとりわけ大きな役割ナシ。ただ、初見の宇宙船(に改造された輸送機)を操縦しちゃうなど、勇気と度胸は一流ですね。演じたのはLashana Lynchさんという全然知らないお方でした。
 ◆グース:基地で飼われていた猫ちゃん。茶トラのカワイイ猫。おそらくは、相当なシーンがフルCGまたはマペットだと思う。まあ、グース、そして戦闘機とくれば当然映画オタとして『TOP GUN』を思い出すわけですが、まさかあのカワイイ猫が……という、この映画一番の驚きと笑いをもたらしてくれたキャラでありましょう。実際コワイっす。つうか、四次元キューブを君は……というおまけ映像(2)は必見でありますね。しかし、猫と暮らしている人なら分かると思うけど、なんで猫って、いきなり、そして結構な頻度で「吐く」んすかね……。うちの猫様も突然吐くからビビるっすわ。しかし、グースちゃんは2019年現在はもう生きていないのでしょうか……『END GAME』にぜひ登場してもらいたいっす!
 とまあ、こんなところかな。

 というわけで、もう書いておきたいことがなくなったので結論。
 MCU最新作にして『END GAME』に直接関係のある重要作品、『CAPTAIN MARVEL』がやっと日本でも公開されたので、その初日にIMAX3D版を観てきたのだが、一言でいうなら、かなり面白かった。そして詳しく言うと、実にMCUな物語で、確かに本作単独で観ても十分面白いだろうけれど、やっぱり、MCU全作をきちんと押さえている方が、より一層面白いと思います。そして、やっぱりCAPTAIN MARVELのスーツもカッコイイですなあ! わたしとしては、マスク・オンの時のモヒカン姿も最高にカッコいいと思うし、マスク・オフの時、髪がはらりと落ちるのも実に良かった。演じたBrieさんもキッチリ体を鍛えていて、実によくお似合いだったすな。つうかですね、何より強いっすよ。宇宙空間でも単独行動できるし、ほぼ無敵な姿は、アフリカのどっかの王国で、世襲で王座を手に入れた弱っちいアイツとは大違いですな。しかしこれで、『END GAME』を見るための準備はすべて完了したわけで、あと1カ月チョイ、心から楽しみにいたしたいと思います! そして、グースよ、まだ生きていてくれ! 消息が超気になるっす! 以上。

↓ くそう、これ、ちょっとほしいかも……。

 わたしは年間40本ぐらいは映画館で映画を観ているわけだが、そんなわたしが一番好きな映画監督は、現役では間違いなくClint Eastwoodおじいちゃんである。1930年5月生まれだからあと2カ月で89歳だよ? そんなおじいちゃんが、今もなお旺盛に映画を撮っていて、ほぼ毎年、多い年は年2本とか作品を生み出してるんだから、もうマジで信じられないよね。あっ!? ちょっと待って!? うおお、今まで全然気にしてなかったことを発見しちまった!! 1930年って、昭和5年じゃん? てことは、20年以上前に亡くなったわたしの親父より1つ年上じゃん! つうかほぼ同じかよ。すげえ、つうか、親父が生きてたら今年88歳か。そんな歳になってたんだなあ……。そうなんだ……。
 というわけで、わたしは今日、会社帰りにEastwoodおじいちゃんの最新作、『THE MULE』を観てきたのです。Muleってのは、騾馬のことですな。Wikiによると、騾馬ってのは雄のロバと雌の馬の交雑種で、、メキシコに多く生息しているそうだが、まあ、荷物運搬によく使われていたわけで、そこから転じて、メキシコから密輸されたドラッグの「運び屋」って意味で使われているわけだ。本作は、90歳になろうかという老人が、メキシカン・カルテルの末端として「運び屋」となった事件(?)に着想を得て作られたフィクション、のようだ。
 結論から言うと、わたしとしてはもう超最高に面白かったと思う。なお、Eastwoodおじいちゃんが自分で監督して自分で主演を務めるのは2008年公開の『GRAN TRINO』以来だそうだ。マジかよ、もう10年前の映画かよ……はあ……オレも年取ったなあ……。
 というわけで、以下、決定的なネタバレに触れるかもしれないので、まだ観ていない人はここらで退場してください。つうか、今すぐ映画館へGO!でお願いします。コイツは超おススメであります!

 というわけで、もう物語は上記の通りである。なので、問題は2つであろう。
 1つは、なんでまた運び屋になっちゃったのか? そしてもう1つは、最終的にどうなるのか、である。まあ、誰だってそう思うよね。わたしもそう思った。
 そして映画は、まず現在時制である2017年の12年前、2005年のとある情景から始まる。ここで説明されるのは、主人公のおじいちゃんが、ユリの栽培家で、品評会的なものの常連であり、メキシコからの違法移民の労働者と、口は悪いけど楽し気に働く姿だ。そして品評会でも、同業者に口汚いジョークをかまし、女性たちにも軽口を飛ばしつつ、賞を貰ったスピーチでも小粋なことを言って場内から拍手されるような、要するに、「営業トーク」が自然と出る、トークで相手の懐に入り込むのが得意な、口の達者なおじいちゃんという姿が描かれる。しかも、おそらく「狙ってる」ワケではなく、「天然」で面白トークをしてしまうおじいなのである。この点は後々極めて重要になるのだが、わたしは観ていて全然気が付かず、観終わって、そうか、冒頭のシーンにはそういう意味があったんだ、とハタと気づいた。
 そしてこの2005年のシーンではもう一つ、重要なことが描かれる。それは、その品評会のパーティーが、なんと娘(※娘と言っても結構歳がいっていて、既に娘(つまり孫)までいる)の結婚式の日で、思いっきりダブルブッキングしているのだ。だけど、おじいちゃんは結婚式にはいかず、パーティーにとどまる。そう、主人公は完全に「家族を顧みない」男であることが示されるのである。
 そして時は2017年に移る。いきなり映されるのは、12年前主人公が丹精込めて育てていた農園が荒れ果て、家は差し押さえにあい、荷物をおんぼろトラックに積んで出ていくシーンだ。どうやらインターネッツの通販によって事業が傾いてしまったらしい。そして主人公は、そのおんぼろトラックで成長した孫の婚約パーティー(?)会場に乗りつける。孫は唯一、おじいちゃん擁護派で、大喜びするも、娘と妻(しつこいけど孫にとっては母とおばあちゃん)がいて、険悪な雰囲気に。こっぴどくののしられて、しょんぼりなおじいちゃんは、一人おんぼろトラックで帰ろうとしたとき、娘の婚約者の友達(?)から、金に困ってて車の運転が好きなら、いい仕事があるよ、と言われ……てな展開で「運び屋」まっしぐらとなるお話であった。
 というわけで、わたしが観る前に感じていたポイントの、「なんでまた運び屋に?」に関しては、冒頭10分ほどで、なーるほど、と理解できる展開になっている。そして、わたしが一番この映画で面白いと思ったことは、主人公のおじいちゃんが「トークで相手の懐に入っちゃう」その様相だ。
 まず最初に、おじいちゃんの面白トークで篭絡(?)されるのは、街の末端の連中だ。最初はおじいちゃんに、おいおいメールも打てねえのかよこのジジイ! ぶっ殺すぞ!的な悪党どもなのに、3回目ぐらいになると、おじいちゃんの車が入ってくれば、YO!元気かい!みたいにフレンドリーになってて、だからさ、ここをこうやんだよ、的にスマホの使い方を優しく教えてあげちゃったりするんだな。
 そして次はカルテルから直々に送り込まれてきた悪党だ。カルテルのボスが、ちゃんと見張っとけ、というので、おじいちゃんの車に盗聴器を仕掛けて、後ろをついてくるわけだけど、おじいちゃんが超のんきに、ラジオに合わせて歌なんか歌ってると、あのジジイ、のんきに歌ってんじゃねえよと最初はおっかない顔をしていたのに、つい、つられて歌っちゃったりするし、白人しかいないような店に寄って、おいジジイ、みんながジロジロ見るじゃねえか、なんでこんな店にしたんだよ!と凄んでみせると、おじいちゃんは、いやあ、この店のポークサンドは世界一美味いんだよ、どうだ、美味いだろ? なんて返され、まあ、美味いけどね……みたいな、悪党たちの調子が狂うというか、その篭絡ぶりが観ていてとても面白いのです。悪党だけじゃなくて、2回、ブツを運んでいる時に警官と遭遇しちゃうのだが、そのかわし方?が 上手すぎて最高だったし、1回目の時の、ど、どうしよう?という超不安な表情も演技として素晴らしかったすね。
 そして、あまりにおじいちゃんが仕事に次々と成功するので(DEA=麻薬取締局が網を張ってるのにおじいちゃんすぎてノーマークだった)、カルテルのボスが気に入っちゃって、メキシコの大邸宅に呼びつけて、二人で盛大に酒を飲んで女もあてがってもらって(!)、楽しいひと時まで過ごしちゃうんだから凄いよ。
 しかし、後半、そのカルテルのボスが暗殺されて別の人間に交代したことで、完全に空気が変わってしまう。その新ボスは、寄り道禁止、スケジュール通り運ばねえとぶっ殺す、と別の凶悪な手下を送り込んできたのでした。そして折しも元妻が病魔に侵されているという知らせも入り、そっちに行きたい、けど、おっかねえ連中が見張ってる、そこで主人公のおじいちゃんが取った行動とはーーーというクライマックス(?)になだれ込むというお話でありました。
 なので、果たして最終的な結末は―――という最初の疑問は、かなり美しく描かれますので、それはもう、映画館でご確認ください。わたしはあの結末はアリだと思います。大変面白かったすな。
 というわけで、以下、キャラ紹介とキャスト陣の紹介をして終わりにしよう。ホントは篭絡されていく悪党たちを紹介したいんだけど、知らない役者なので、有名な人だけにします。
 ◆アール:主人公のおじいちゃん。朝鮮戦争に従軍した退役軍人。そのギリギリセーフ、つうか若干アウトな毒舌トークで相手の懐に入っちゃうキャラは、Eastwood作品ではかなり珍しいような気がする。いつも、眉間にしわを寄せてる強面おじいですが、今回はちょっと違いますね。ボスの家に招かれたときのシーンも良かったすねえ。「こりゃあ凄い、あんた、この家を建てるのに何人殺したんだ?」なんて、周りの悪党どもがドキッツとしてしまうようなことを平気で口にしてしまっても、ボスも笑顔で「そりゃあもう、たくさんだよ、はっはっは!」と逆に気に入っちゃう流れは、アールのキャラをよく表してましたな。アールは、朝鮮戦争から帰ってきたことで、ある意味もはや「怖いものなんてない」わけで、「したいことをする・思ったことは口にする」男となったわけだ。だけど、一つだけ、どうしても心残りなのが、家族を蔑ろにして生きてきたことで、それが内心ではとっても悲しく、Eastwoodおじいちゃんの表情はもう、最高にそんなアールの心情を表していたと思う。ホントにお見事でしたなあ! あと、最初の仕事の成功でもらった金で、いきなりおんぼろトラックからゴッツイ最新モデルのピックアップ(ありゃクライスラーかな?)に乗り換えちゃうところなんて、わたし的にはとても微笑ましく思えました。ちょっと調子に乗りすぎたかもね……この人……。
 ◆コリン・ベイツ:DEA捜査官。NYやDCで実績を上げてシカゴ支局に異動してきた花形捜査官。「タタ(=じいさん)」と呼ばれる謎の運び屋を追う。このDEAサイドの話も並行して進むのだが、ベイツとアールがとあるカフェで出会う、けど、アールはヤバい!と気付いているのに、ベイツはまるで気付かず、のあのシーンも大変良かったですね。ベイツを演じたのは、Eastwoodおじいちゃんのウルトラスーパー大傑作『AMERICAN SNIPER』で主人公クリス・カイルを演じたBradley Cooper氏。今回は出番はそれほど多くないけれど、大変良かったです。ラスト、あんただったのか……と逮捕するシーンの表情も、実に素晴らしかったすね。そして役名を覚えてないけどベイツの相棒のDEAマンを演じたのがANT-MANのゆかいな仲間でお馴染みMichael Peña氏。彼もEastwoodおじいちゃんのウルトラスーパー大傑作『Million Dollar Baby』に出てましたな。陽気な役が多い気もするけど何気に演技派なんすよね、この人は。それから二人の上司のシカゴ支局の偉い人、をLaurence Fishburne氏が演じてました。相変わらずのすきっ歯でしたね。実に渋いす。
 ◆カルテルのボス:「タタ」と呼ばれる運び屋の仕事ぶりが気に入って、自宅に呼びつけるボス。残念ながらその若干甘い体制が身を滅ぼしたようで……残念でした。演じたのはAndy Garcia氏。すっかり渋くなりましたなあ。一時期トンと見かけなかったような気がするけれど、ここ数年、また出演作が増えてきたような気がするっすね。『The Untachable』はもう30年以上前か……あの頃はイケメンでしたなあ……。
 ◆メアリー:アールの元妻。仕事人間で家庭を顧みないアールに三下り半を突きつけ離婚したらしい。しかし最後の和解は、ちょっと泣けそうになったすね。あの時のEastwoodおじいちゃん演じるアールの表情が超見事でした。この元妻を演じたのがDianne Wiestさん70歳。わたしがこの人で一番覚えているのは、『Edward Scissorhands』のお母さん役ですな。エイボンレディーの仕事をしているちょっと抜けた?明るいお母さんという役だったすね。あれからもう約30年か……はあ……。
 ◆アイリス:アールとメアリーの娘。結婚式に来なかった父と12年口をきいていない。そりゃ怒るよ……。演じたのは、なんとEastwoodおじいちゃんの本当の娘であるAlison Eastwoodさん46歳。この方は過去何度かEastwood作品に出演しているし、自らも監督として映画を撮っている方ですが、顔はあまりお父さんに似てないすね。わたし、実は観ている時はAlisonさんだと気が付いてなかったです。ウカツ!
 ◆ジニー:アイリスの娘であり、アールとメアリーの孫。おじいちゃん擁護派だったけれど、おばあちゃんが大変なのに来てくれないなんて! と激怒してしまうことに。わたしはこの顔知ってる……けど誰だっけ? と分からなかったのだが、エンドクレジットで名前が出て思い出した。この女子はTaissa Farmigaちゃん24歳ですよ! 2013年公開の『MINDSCOPE(邦題:記憶探偵と鍵のかかった少女)』の主役の女の子ですな。あの頃はギリ10代だったのかな、すっかり大人びて美人におなりです。そしてこの方は、『The Diparted』のヒロインを演じたVera Farmigaさんの妹ですね。えーと、Wikiによると21歳年下の妹だそうです。ずいぶん離れてますな。あ、7人兄弟だって。そしてTaissaちゃんが末っ子か。なるほど。

 というわけで、もう書いておきたいことが亡くなったので結論。
 わたしが現役映画監督で一番好きなClint Eastwoodおじいちゃん最新作『THE MULE』が公開になったので、初日の今日、会社帰りに観てきた。ズバリわたしは超面白かったと結論付けたい。とにかく、10年ぶりの主役を自ら演じたEastwoodおじいちゃんの演技が超秀逸です。アカデミー賞にかすりもしなかったのが大変残念ですよ。いつもと違う軽妙さはすごく新鮮だったし、時に見せる、老人らしい慌てぶりの、ど、どうしたらいいんだ?的なオロオロ感は観ててとてもグッと来たっすね。グッと来たというか、毎日、80代のばあ様になってしまった母と暮らすわたしには、こっちまで心配になってしまうような、絶望感のような表情が素晴らしかったと思います。わたしとしては、本作は大いにお勧めいたしたく存じます! 是非映画館で! 以上。

↓ 今週末は久しぶりにコイツを観ようかな。なんというか、キャラ的に今回と正反対、のような気がする。
グラン・トリノ (字幕版)
クリント・イーストウッド
2013-11-26

 James Cameron監督と言えば、現代最強映画作家の一人であることは、おそらく誰も異議を唱えないだろう。現在Cameron氏は、せっせと『AVATAR』の続編を製作中とのことだが、恐らくはきっと、またすごい、今まで観たことのなかったような映像を見せてくれるのだろうと、今からとても楽しみだ。
 そしてCameron監督が真にすごいというか、偉大な点は、「既存のハードウェア・ソフトウェアで自分が撮りたい映像が撮れないなら、自分で作る!!」という点にあると思う。そう、この人は、自分でカメラや編集ソフトを、ハードメーカーやソフトメーカーを巻き込んで、自分で作っちゃう男なのだ。
 わたしが思うに、その点がChristopher Nolan監督と大きく違う点で、Nolan監督がIMAXにこだわり、既存技術の延長線の中でその限界を極める、最強クリエイターである一方で、Cameron監督は、ゼロから作っちゃう最強イノベーターである、とわたしは考えている。
 というわけで、このたびCameron監督が脚本を書き、製作を担当した作品『ALITA: Battle Angel』という映画が公開されたので、わたしもさっそく観てきた。本作は、Cameron監督が惚れこんだという日本のコミックのハリウッド映画化作品である(※パンフによると、25年前に、Cameron監督にこの漫画を紹介したのは、日本カルチャー大好きなオタクでお馴染みのGuillermo del Toro監督だそうです)。そのコミックとは木城ゆきと先生が1990年に発表した『銃夢』という作品だが、わたしは恥ずかしながら『銃夢』を読んでおらず、ま、別に構わんだろ、と思って『ALITA』を観てきたのだが、観終わり、劇場を出た瞬間におもむろにタブレットを取り出し、電子書籍で『銃夢』を買って読んだ。まさか全9巻だとは思っていなかったので、お、おう、とか思ったものの、映画に合わせてなのか全9巻セットが6冊分ぐらい?の値段にお安くなっていたので、問答無用でポチり、そのまま近くのカフェで読んでみたところ……意外なほど、映画は原作に忠実で(勿論違う点もいっぱいあるけど)、なるほど、これは原作者の木城先生がこの映画を観たら、うれしいだろうな、という仕上がりであったことを知ったのである。そしてわたしも、映画『ALITA』には大満足であった。いやあ、面白かったし、とにかく、アリータがカワイイんすよ! 大変良かったと思います。

 というわけで、物語は25世紀(?忘れた!26世紀だっけ?)、The FALL=(没落戦争)なる大きな戦争が終わった後の世界を舞台にしている。唯一残った空中都市ザレムの下に、荒廃した地上世界が取り残されていて、そして地上では、生身の人々だけではなく、体の一部あるいは全部を機械に置換したサイボーグがともに普通に暮らしており、サイボーグ手術を生業とする元ザレム市民イドが、ザレムから落っこちてくる鉄くずを漁っている時、1体の女性型サイボーグの頭と胸から上のボディを拾うところから物語は始まる。そのサイボーグのパーツともいうべき頭は、完全に機能は停止しているものの、脳は無事らしいことが分かり、イドは拾って来たサイボーグに、かつて亡くした娘のためのサイバネティックボディを与える。そして目覚めたサイボーグは完全に記憶を失っていて、名前すら覚えていない状態だったのだが、娘の名前「アリータ」と仮に呼ぶことにする。目覚めたアリータは何もかもが新鮮で、無邪気だったのだが、その心臓は大戦前のすでに失われた高度な技術で作られており、どうやら300年以上前に製造されたことが判明する。また、古代の武術「機甲術(パンツァー・クンスト)」の技を使って戦うこともできるアリータ。それらの謎は、どうやらザレムの「ノヴァ」なる人物に繋がっているようで……てな展開である。いつも通りテキトーにはしょりました。
 だが問題はラストのエンディングで、若干、ジャンプ打ち切り漫画的な、ここで終わり!? 感があって、わたしは結構びっくりすることになった。それゆえ、きっとこの先の物語がコミック原作にはあるに違いない、つうか、これはコミックを読まないとダメだ、と思ったから全巻まとめ買いをしたのだが、どうやら結論としては、映画はコミックの2巻、いや3巻冒頭かな、その辺りまでのようで、やっぱり続きの物語は明確にあるみたい。
 だけど、うーん、まあ、やっぱり似て非なるものというか、別物と思った方がいいのかな。コミックでは、後半に行くにしたがって、ザレム側のキャラも出てくるけれど、映画のようにザレム=悪ではなく、それなりにイイ人も出てきます。つうか、映画を面白いと感じた人は、コミックも全部買って読んでみるといいと思います。
 というわけで、ざっとキャラ紹介して終わりにします。
 ◆アリータ:コミックでは「ガリィ」という名前ですが、まあ、別にアリータでも全然問題ナシ。映画のアリータは、目が普通の人間よりもデカイわけですが、やっぱり最初は何となく違和感があるわけですよ。しかしですね、物語が進むにつれ、全然気にならなくなっちゃうんだな。つうかむしろ、カワイイとさえ思えてくるから不思議です。わたしは『AVATAR』の時も、ナヴィ族のネイティリが、観ながらどんどんかわいく見えてきてしまったわけで、あれと同じすね。無邪気で、恋にウキウキしている様子なんかがそうわたしに思わせたのだと思うけれど、だんだんと記憶を取り戻して、表情が変わっていく様子は、やっぱり映画の強みというか、コミックよりも物語的にうまくまとまっているようにも思えた。やっぱり脚本がしっかりしてるのが、本作のクオリティを担保してるように思える。長いコミックの重要な要素をきっちりと抑えつつ濃縮してる、みたいな印象です。
 映画版では印象深い、血を目の下に塗るシーンなんかも、コミックではちょっと違う形で出てきたりします。実際、物語のカギとなる「モーター・ボール」に関しては、コミックではとてもカッコイイキャラが出てくるけれど、本作には登場せず、だったり、いろいろ物語(の順番)や設定は違うんだけど、それでも映画版はきっちりまとまっていて、映像的にも凄いし、大変楽しめました。
 で、演じたのはRosa Salazarさん34歳。34歳!? マジかよ。CG加工されているので全然印象が違うけれど、この人は『MAZE RUNNER』の2作目から登場したブレンダを演じた人なんすね。なるほど、写真を見ると、たしかに鼻と口はアリータっすね。まあほんと、アリータだけでなく、街の様子や数多く登場するサイボーグたちなど、どうやって撮影したのか全然想像もできない映像はすごいす。
 ◆イド:元ザレム市民で医師。現在は地上に住み、サイバネ手術を行い、人々から信頼されている。コミックとは年齢も違うし、アリータ(コミックのガリィ)への想いも結構違うけれど、たしかにイドでした。地上世界には警察がなくて、「ファクトリー」なる組織が取り仕切るセキュリティがあって、犯罪者を狩る「ハンター・ウォリアー」と呼ばれる賞金稼ぎたちがいるわけですが、イドがハンターとして犯罪者を狩る動機は、コミックとはちょっと違っていて、映画の方が共感できるものとなっていると思う。演じたのは、助演男優賞ハンターとわたしが勝手に呼んでいるChristoph Walz氏。とても雰囲気が出てて、コミックのイドの面影も感じますな。大変良かったと思う。
 ◆ヒューゴ:元々イドと知り合いで、便利屋的にいろいろ調達してくる仕事の早い青年。アリータはヒューゴがどんどん好きになっていくのだが、ヒューゴは「ファクトリー」の地上ボス?の男に利用されて、結構悪いこともしていて……というようなキャラ。なんつうか、若干ゆとり臭は漂ってましたな。もうチョイ、分別があれば……ちなみにコミックのヒューゴはもっと子供っぽく、生い立ちももっと気の毒な感じです。まあ、まだ世の中のことを知らず、本当の善悪を見抜けない子供だったんだろうとわたしは思うことにします。演じたのはKeean Johnson君。23歳、かな? 妙に健全な、つるっとした肌の青年でした。演技的には……まあ普通す。
 ◆ベクター:地上では偉そうにしている悪党だけど、実はラスボスのノヴァの操り人形、という若干かわいそうな人。このキャラは、その見かけもすごくコミック版のキャラと似ていて、大変良いと思います。演じたのは、明日のアカデミー賞で助演男優賞にノミネートされているMahershala Ali氏45歳。雰囲気バリバリで悪人オーラが漏れ出ていますが、普段のこの人の笑顔は大変優しそうなお方ですな。
 ◆チレン:元イドの妻。ベクターと組んで悪いことをしているが、最終的には改心するも、残念なことに……さっきWikiで初めて知ったけど、チレンというキャラはOVAに出てたんすね。まあ別人だけど。コミック版には映画のチレン的キャラは出てこないす。演じたのは、かつて絶世の美少女だったJennifer Connellyさん48歳。今でも大変お美しいお方ですよ。この人を観ると、なんかいつも宮沢りえさんを思い出すっすね。美女なのは間違いないす。
 ◆ノヴァ:本作のラスボス。登場シーンはごく少なく、謎のゴーグル的なものを着用しているのだが、ラストでそのゴーグルを外したとき、あ! Edward Norton氏じゃないか! と驚いたすね。一切クレジットにも出てこなかったけれど、あの顔を見間違えるはずもないので、間違いないす。しかし本作のエンディングは……続編を作る気満々なのだろうか……? というぐらい、ここで終わりかよ!エンドでした。
 あとは……わたしが観ていて、あれっ!? こいつって……? と思った人が一人いたのでその人を紹介して終わりにしよう。
 ベクターとチレンの手下で、アリータに何かとちょっかいをかけてきて、最終的には負けるゴッツイ、凶悪なサイボーグのグリュシカというキャラがいるのだが、まあ、体は全部機械で顔だけ俳優の顔が張り付けてあるようなキャラなんですが、この顔にわたしはピンと来て、まさか? と思ったらまさしくJackie Earle Haley氏であった。わたしの大好きな映画『WATCHMEN』の主人公、ロールシャッハを超熱演した彼ですな。コミックのグリュシカとは若干設定が違うんだけど、あの地下での、腕一本になっちゃったアリータの戦いぶりはまさしくコミック通りで、映画を観てからコミックを読んだわたしとしては、すげえ、このまんまだったな、と驚いたす。
 そして監督は、Robert Rodoriguez氏だったのだが、わたしはこれまで4本ぐらいしかRodoriguez監督作品を観てないので、それほど語れることはないけれど……なんか、堂々たる大作だったな、という感想です。血まみれなヴァイオレンスアクションの印象が強いけれど、まあ、本作はそれほどでもないので、健全な皆さんにも楽しめること間違いなしだろうと存じます。

 というわけで、書いておきたいことがなくなったので結論。
 まず第一に、面白い、です。そして、この映画を観たら、原作もぜひ読んでみてもらいたいすね。結構なシーンが原作コミック通りだというのは、ちょっと驚いたす。そしてなにより、観ているとアリーがどんどんかわいく見えてくるんすよ! それは、キャラ設定だったり、表情だったりと様々な要素から湧き上がるものだと思うけれど、とにかく、アリータが本当に人間の少女のような、純粋で、無邪気で、よく泣くとてもイイ子なのです。アレっすね、わたしのようなおっさん客にとっては、少女の涙には有無を言わせぬ保護欲的なものを感じさせますな。ホント、アリータには幸せになってほしいのだが……ここで終わりかよエンドなので、続きはコミックで堪能するのもアリだと思います。だいぶ話は違いますが。そして映画ということで、その映像もきわめて高品位なCGがふんだんに使われており、映像的な見どころも満載だと存じます。結論としては、大変楽しめました。続編は作られるのか知らないけれど、作るなら、希望のある明るいエンドにしてほしいす。以上。

↓ とりあえず映画が気に入ったならおススメです。まずは(1)巻をどうぞ
銃夢(1)
木城ゆきと
講談社
2014-01-31

 わたしはどうもイギリス史にはほぼ無知というか興味もあまりないため、18世紀初頭のステュアート朝最後の君主、アン女王に関してはほぼ何の知識もなかった。ましてや、アン女王の晩年の側近であった、アビゲイル・メイシャムなる女性に関しては、聞いたこともなかったことを白状しよう。
 なので、わたしが昨日観てきた映画『THE FAVOURITE』は、意外なほど史実に沿ったお話であることを、実は観終わってパンフレットを読みつつインターネッツで調べて、初めて知ったのである。
 映画としては、若干クセのすごい演出や、キャラのクセもすごくて、なんだかイマイチ好きになれない……というかキモチワルイのだけれど、どうやらお話自体は、結構史実通り、のようだ。へえ~。そうだったんだなあ……と、実は鑑賞後に初めて知ったのであります。
 というわけで、来週には発表されるアカデミー賞でも最多10部門にノミネートされているということで、わたしも興味を持って観に行ったわけだが、実のところわたしがこの映画を観ようと思った理由はただ一つ。わたしが愛してやまないハリウッド美女のEmma Stoneちゃんが出演しているから、であります。ただ監督が、以前WOWOWで観て、こりゃ微妙すぎんな……と思った作品『THE LOBSTER』を撮ったギリシャ人Γιώργος Λάνθιμος(=アルファベットだとYourgos Lanthimos)氏であったので、若干イヤな予感はしたのだが……まあ、実際、演出やキャラ造形は前述のようにまったくわたしの趣味ではなくアレだったんすけど……キャスト陣の演技合戦は大変見ごたえがあって、結論としては結構面白かった、と思う。
 というわけで、まずは予告編を貼っておこう。そしていつも通りネタバレに触れる可能性があるので、気になる方はここらで退場して、劇場へ観に行ってください。それなりにおススメ、です。

 ま、上記予告にあるように「アカデミー賞最有力」なのかどうかは知らないけれど、確かに、この映画は若干のシャレオツ臭というか、玄人受けというか、まあ、普段のわたしなら、ケッ!とか言ってあまり見たいとは思わないような雰囲気を醸し出している。
 そして物語はほぼ上記の予告通り、と言ってもいいだろう。しつこいけれど、わたしは本作でアン女王の「お気に入り」を争う(?)ことになる二人の女性、アビゲイル・メイシャム嬢とレディー・サラ・チャーチルが実在の人物なのか、よく知らないまま観ていたのだが、どうやら、二人の確執は実際にあったようで、本作は結構歴史通り、らしい。そりゃもちろんすべてじゃないだろうけど。
 というわけで物語は、アン女王と肉体関係さえ持っていた幼馴染のレディー・サラが取り仕切る宮殿に、若くてかわいいアビゲイルがやってきて、やがてアン女王の「お気に入り」となってゆくお話であるのだが、わたしは観ていて、2つのことに生理的な嫌悪を感じたものの、これまた前述の通り、キャスト陣の演技合戦は大変お見事で確かにこれはアカデミー賞クラスかも、と思うに至った。というわけで、わたしが感じた嫌悪とキャスト陣についてまとめてみよう。
 1)とにかく汚くて不潔な18世紀イギリス
 日本で言うと江戸時代、5代将軍の綱吉の時代あたりのイギリスなのだが、なんつうか、きったねえし不潔な宮殿・社会インフラがわたしとしてはかなりゾッとした。道は泥道、そして服も薄汚れている、さらに宮殿内も、なんか……ぜんぜん華美ではない。恐らくこれらは、本当にそうだったのだろうと思う。そういう意味ではリアルなのだが……もちろん日本の同時代もそんなに変わりはないんだろうけど……たぶん、江戸という街、ましてやその頂上たる江戸城はもっときれいで清潔だっただろうし、将軍家に仕える武士たちや市井の江戸庶民たちはもっとこざっぱりしてたんじゃなかろうか……と根拠なく感じた。そういう意味では、日本とは違う、西洋の小汚い宮殿というのは実に興味深く思うし、また、日本人で良かった……とか思った。アレかな、やっぱり西洋人は風呂に入らないんですかね? おそらく、耐えがたい悪臭ぷんぷんだったのではなかろうか……。キツイ香水で隠すのはホントやめてもらいたいよね。これは現代でも言えることだけど……。
 そしてもう一つ、わたしが不潔できたねえ、と思ったのは、性に対する描写である。そもそも、男も女も、なんか知らないけど若干肥満気味な人々が多く登場したからというのもあるかもしれないけれど……豚みてえな野郎たちのSEXはホント、おえっ! と思うような不潔感を感してしまうのである。そして薄汚れてるし、ちょっとだけ娼館の描写もあるし、またアン女王(しかもなんか小汚いおばちゃん)のHシーンもあったりと、性的な、なんというか……アニマル的な性欲は、そりゃまあリアルで当たり前なんだろうけど、キモチワルイもんだ、と現代日本人のわたしは感じざるを得なかったすね。
 2)TOPに媚びへつらう姿の気持ち悪さ
 わたしはこれまで、会社員としてもう何人も、TOPに媚びへつらう奴らをみてきたが、あれほど醜いと思う者もなかなか世には存在しないような気がする。本作は「女王陛下のお気に入り」となるために、本当にもう何でもする女性の姿を追ったものだが、その動機は分からんでもないけれど……やっぱりどうしても共感は出来ないですなあ……。キモチワルイんだもの。
 ただ、現実として、TOPにいる人間は、そりゃ何でもやってくれて、自分の聞きたいことを耳に吹き込んでくれる人間を可愛がって、重用してしまうのは、もう、にんげんだもの、しょうがないよ、とは思う。いつも自分に反抗的なことをいう人間に対して、仮にそれが正論で正しいことであっても、イラッとしてしまうのは、どうしようもないことだろうと思う。なので、本作では何でも聞いてくれるアビゲイルと基本的に正直&正論派のレディー・サラは、両極端で、元々は幼馴染で何でもあけすけに言ってくれるレディー・サラを重用していた女王が、やがてアビゲイルの甘い言葉に傾いて行ってしまうのは、もう仕方ないことだとは思った。
 でもなあ……アビゲイルの言動は、ほとんどが自らの野望のためで完全なる私欲であるのに対して、レディー・サラは、もちろん彼女も清廉潔白というわけでは全然ないけれど、恐らくは国のことを真面目に考えていたように見えるわけで、なんかとても残念です。まあ、所詮TOPに立つ人間というのも、人間であることに変わりはなく、一人の人間に権力を集中させていいことはないってことなんだろうな、とわたしは感じた。おまけに世襲でTOPになった人間なんてのは、基本的にもってのほか、なんだろうな。かといって、合議なんてのも時間の無駄な場合も多いわけで、ホントに難しいすね……。
 3)キャスト陣の演技合戦は凄くて、これは超見応えアリ。
 ◆アン女王:基本的に精神的にも肉体的にも、「疲れ果てている」女性。その背景には17人(?)の子供を喪った母としての無力感のようなものがあって、亡くした子供の代わりにウサギを飼っている心淋しい女性として描かれている。歴史上、本作で描かれたころは40歳ぐらいのはずだが、ぱっと見50歳ぐらいのおばちゃんとして描写されていた。で、演じたのはOlivia Colmanさん45歳。このお方は本当は結構美人なのに、まあとにかく、疲れたおばちゃんでしたよ。それはきっと、人間としてリアルな造形であったのだろうとは思う。そして、ある意味超わがままな言動と、時に、妙にキリッと決断というか宣言をする姿は、演技として大変上質であったように思う。なんつうか、子供のような繊細なハートと、女王としての威厳ある姿という二面性は、見事な演技によって表現されていたと思う。【2019/2/25追記】というわけで、アカデミー主演女優賞おめでとうございます!
 ◆アビゲイル・メイシャム:元々下級貴族だったけれど、父が放蕩野郎で落ちぶれ、ある種の地獄を見た女性。遠い親戚のレディー・サラを頼って宮殿入りするも、当然下働きから始まり、ちょっとした機転を聞かせることで女王に取り入っていく、したたかな、というか……気合と根性のある女性。彼女の野望は再び上流階級の暮らしをすることで、みごとその野望を果たすことに成功する。演じたのは、わたしの愛するハリウッド美女の中でも天使クラスにかわいいEmma Stoneちゃん30歳。やっぱりイイすねえ……はっきり言えば本作での役どころは、まったく好きになれない女性だし、自分の体さえ武器にする強力なガッツあふれる女性なのだが、演技としては、たまーーに「チッ……」っと本心を見せるような表情が極上だったですな。ラストのあのシーンも、可愛らしさを封印したかのような、非常にいろいろな意味のある表情でお見事だったと思う。
 ◆レディー・サラ・チャーチル:アン女王とは幼馴染。夫は軍人でフランス従軍中(スペイン継承戦争)。そして大蔵卿シドニー・ゴドルフィンと通じていて、戦争継続を女王に進言するが最終的には宮殿から追放され、国外退去に。しかし、レディー・サラも「もうこんな国はたくさんだわ……」と愛想をつかしてしまうのだが、歴史上はこの映画の物語の後、ドイツやオーストリアの宮殿で厚遇されるも、イングランドに再び戻って活躍したそうです。そうだったんだ……なるほど。演じたのはRachel Weiszさん48歳。天下のイケメン007でお馴染みDaniel Craig氏の奥さんですな。キッとした表情や、アビゲイルを小娘が……的に見下す眼差しなど、大変印象に残る芝居ぶりだったと思います。Emmaちゃんとともに、アカデミー助演女優賞にWノミネート。わたしとしては、EmmaちゃんよりRachelさんの演技を推したいところすね。
 ◆ロバート・ハーレー:戦争終了和平派のトーリー党の若手議員で、女は力づくでヤるもんだと考えているチャラ男くん。勿論実在の人物。ただ、歴史をちゃんと勉強していないわたしには、コイツがどうして和平を唱えたのかは若干良くわからなかった。映画上では、若干、何でも反対する野党の若僧にしか見えなかったす。アビゲイルと利害が一致していて、お互いを利用し合う関係。演じたのは、X-MENの若きBeastでお馴染みNicolas Hoult君29歳。本作では、18世紀イギリス貴族らしく派手な鬘を着用し、白塗り&メイクのほくろ、という若干傾奇者めいたいでたちだったけれど、彼独特の笑顔は一発でNicolas君だと分かりますな。
 とまあ、大体わたしが思ったことは以上なのだが、やっぱり、この監督の作品は、クセがすごくてあまり好きにはなれないですな……今回は『THE LOBSTER』のように、訳が分からん不条理系ではなくて、お話がきちんとしているから面白かったと結論付けたいけれど、魚眼レンズのような歪んだ画を多様するのは、なんかイマイチ好きになれないす。いや、それほど多用してないか。でも印象に残っちゃうんすよ。とにかく、特徴的というよりも、クセがスゴイ!と言った方がいいと思います。

 というわけで、結論。
 来週発表されるアカデミー賞で10部門にノミネートされている『THE FAVOURITE』という映画を観てきたのだが、まず第一に、監督のクセがすごくて、どうも好きになれないというのが一つ。ただし、お話は今までの監督の作品のような訳の分からん不条理系ではなく、史実に添った物語で、ちゃんとしていたし、何よりキャスト陣の演技合戦がとても見応えのある作品であった。まあ、登場するキャラそれぞれがことごとくクセがすごい! 作品であったけれど、歴史的に、実際そうだったのだろうと思うことにしたい。結論としては大変面白かったと思う。そしてやっぱりEmma Stoneちゃんはかわいいですな。本作では、天使と悪魔的な、Emmaちゃんの両面が楽しめると思います。あと、脱いでます。Emmaちゃんが脱いでるのを観るのは初めてじゃないかな? 以上。

↓ アン女王って、意外といろんなことをした人なんすね。全然知らなかった。世界最初の著作権法である「アン法」を制定してたりするんすね。ちゃんと勉強しないと……

 いやーー……バカにして申し訳ありませんでした!!
 昨日、わたしは会社帰り映画を観てきた。それは、本当なら先週末に行こうと思っていたのだが、ちょっとした用事が出来てしまって観に行くことができず、かといって明日からの週末は別の映画も始まるので、なんとしても今日中に観ておきたい、という作品だったのだが、その映画とは……DCコミックヒーロー映画、『AQUAMAN』であります。
 わたしは散々このBlogでも書いている通り、MARVELヒーロー映画は大好きだけれど、どうもDCヒーローはBATMANとWONDERWOMANしか好きになれずにいた。まあ、そのために、公開してすぐ観に行かなくてもいいか、とか思っていたのも事実である。さらに言うと、おととしの『JUSTICE LEAGUE』もかなり微妙な作品で、いよいよ公開される『AQUAMAN』に関しても、正直、まったく、1mmも期待していなかったのだ。どうせまた、相当アレなんでしょ……と小馬鹿にしていたわたしの方こそのバカだった!! はっきり言ってわたしは今日観た『AQUAMAN』が超面白くて、思いっきり楽しめたのであります。いやあ、これはイイっすねえ!
 というわけで、以下、ネタバレに思いっきり触れると思いますので、まだ観ていない方は今すぐ退場して、映画館へGO!でお願いします。ま、別に話を知ってても楽しめると思うけど。

 どうですか、この予告は。もう、全く見たいという気持ちを起こさせないというか、クソつまらなそうに思えませんか。少なくともわたしは、この予告を観た時、こりゃあまた香ばしいクソ映画っぽいな、と感じたのは確かだ。つうか、ガキ臭せえマンガじゃねえか、と。
 そして観てきた今でも、その印象はほとんど変わっていない。ズバリ、もう漫画そのもの、な映画であったと思う。
 しかし、だ。そもそも、DCコミック=漫画なんだから、実際あったりまえなのである。そして、わたしが本作を気に入った最大の理由はまさにそこにあって、「漫画に徹底している」のがとても気持ちイイのだ。『MAN OF STEEL』に始まった、DCワールドに関しては、今までもう何回もこのBlogでその勘違いした「リアル」路線を批判してきた。しかしこの映画『AQUAMAN』は、見事に今までの弱点を克服している作品だとわたしは思う。以下に、わたしがポイントだと思う点を列挙してみよう。
 1)ある意味テンプレな物語。だが、それがイイ!
 まずは物語である。ズバリ物語は、ある意味テンプレ的なお約束の展開で、ほぼ意外に思うことなんてなく、想像通りに進む、よくあるお話と断じてもいいのではないかと思う。だがこの映画は、例えるならば、全くの直球ど真ん中、そして「超剛速球」なのだ。
 その真っ直ぐでストレートなお話は、ここまで剛速球だと、もうそれは「テンプレ」とネガティブに思うよりも、「王道」とポジティブに評するしかないと思う。上映時間は140分超と意外と長いのだが、わき目も振らずに一直線に進む物語は、観ている観客にとっては全くストレスなく楽しめるし、その長さを一切感じさせないのも高く評価できるポイントだろうと思う。
 簡単に物語をまとめてみよう。時は1985年から始まる。とある灯台守の男が、嵐の夜、岩場に一人の美女が倒れているのを発見し、介抱する。そしてその美女は目を覚ますと、海底アトランティスの王女だという。親に決められた結婚を拒否して逃げてきたらしい。かくして出会った二人は恋に落ち、愛らしい男の子が生まれる。しかし男の子がすくすくと育つ中、海底から追手が現れ、「わたしがいては、あなたたちに危害が加えられてしまう。あなたたちのために、わたしは海に帰るわ」と、結局海に帰ってしまう王女。そして時は現代に移り、地上に残された息子はすっかり成長、ゴッツイおっさんとなって悪党退治にいそしむAQUAMANとして暮らしていたが、そこに海底から一人の美女が現れ、「あなたが海に戻って王位についてくれないと、あなたの弟が地上に戦争を仕掛けてくるわ。ついでに言うと、わたしはあなたの弟と結婚させられそうで困ってるんだけど」という話を聞き、ええ~オレは王の器じゃねーし……とか言いながら、いざ母の故郷の海底へ。そして海底のしきたりや、弟のことをよくを知らないAQUAMANは、王位継承の決闘に挑むことになるも、初戦は敗退、美女と共に「世界のどこかにある三叉の槍=トライデント」という最強武器を求めて旅に出るのであった……てなお話です。サーセン。超はしょりました。
 もう、いろいろ突っ込みたくなるのだが、これがなかなかどうして、ここまで剛速球のストレートだと、細かいことはどうでもよくなってきてしまうというか、面白く思えてしまうのだから不思議ですよ。わたしが一番謎に思ったのは、登場するキャラ達はものすごい勢いで水中を移動するのだけれど、ありゃ一体、どういう……仕組みというか理屈なんだろうか? いや、水を掻いている気配はないし、何かを噴出してジェット的に進んでいるわけでもない。物理法則は完全無視で、強いて言うなら、空を飛んでいるSUPERMAN的に「泳いでいる」としか見えないのだが……ええ、もちろんそんなことに一切の説明はありません。でもですね、どーでもよくなっちゃうんだな、そんなこたあ。
 そして物語は、当然伝説の武器を手にして勝利、無事に王座についてめでたしめでたし、である。こう書いてみると、オレは一体何が楽しかったのかさっぱり伝わらないと思うが、事実、面白かったとしか言いようがないのであります。
 2)とにかく映像がスゴイ!
 恐らく、ド直球の物語を、すげえ!と思わせるのに一番貢献しているのは、その映像そのものなのではないかと思う。恐らく水中シーンは、もうキャラクターを含めてほぼフルCGなのではないかと思う。それはそれで凄いのだが、一番すごいのは、カメラワークだ。とにかく動く! そして切れ目なし! 一体全体どうやって撮影したのか、どこからどこまでがCGなんだかさっぱり分からない映像のクオリティは、これはもう超一流だと言わざるを得ないだろう。この映像のすごさが、単なる直球ど真ん中の物語を「剛速球」に仕立て上げているとわたしは感じた。これはバットに当たっても、バットをへし折る勢いですよ。
 また、映像的な凄さは、まさしく漫画的表現にも通じるものがあって、漫画で言うなら「見開きでズドーーンと描かれる決めカット」もふんだんに盛り込まれており、観客の興奮を掻き立てることに見事に成功しているように感じられた。そう、極めて漫画に近い映像作りにも非常にセンスを感じさせるものがあったと思う。そういった画の作りこそ、演出というものだ。
 近年、コミック作品の映像化が当たり前となった日本の映画界(およびTV界)では、どこか勘違いしたような、漫画の絵をそのまま実写にしたような画をよく見かけるけれど、あんなのは演出なんかではなく、単に漫画の画をコピーしただけのものだ。本作はそんな下品なコピーなんかとは一線を画す、見事な作品と断言してもいいだろう。
 本作を撮ったのはJames Wan監督だが、わたしは彼の名を一躍有名にした『SAW』に関しては名作だと思っていたけれど、それ以降はとりわけ気にしてはいなかった。が、どうやらやはり彼は本物ですね。見事な演出だったとわたしとしては最大限の賛美をおくりたいと思う。
 3)何気に豪華なキャストが、超王道の剛速球を支えている。
 というわけで、各キャラとキャストを紹介しよう。ポイントになるキャラを演じる有名俳優がとても効いてると思う。
 ◆AQUAMAN=アーサー・カリー:主人公AQUAMANに関しては、わたしは実のところコミック版『AQUAMAN』を読んだことがないので知らなかったことが結構あって、意外と驚いた。わたしは『JUSTICE LEAGUE』でのAQUAMANしか知らなかったのだが、あの作品でのAQUAMANは、まあズバリたいして強くないくせに偉そうなキャラだったのだが、本作で語られたことによれば、深海の超高圧・極低温にも耐えられる体だそうで(ちなみにそのような体に「進化」したんだそうだ)、結果として、銃火器や刃物は一切効かないため、ま、普通の人間ではまず勝ち目ナシ、である。そして海に入ればほぼ無敵であるため、これは戦い方によってはチート宇宙人のSUPERMANにも勝てるのではないかというポテンシャルを持つ男である。そして海洋生物と意思疎通ができる謎能力の持ち主で、そのことが今回、ちょっとしたカギに(わたしは海底人なら誰でも持てる能力だと思ってたのだが、どうやら「王」の資質を持つ者の固有能力らしい)。ただ……残念ながら弱点は、あまり頭が良くないことかな……しかし、そのせいなのか、キャラとしては極めて素直で奢ることもあまりなく、ちゃんとそれなりに努力もするし、とても好感の持てる男であった。ごめんよ……『JUSTICE LEAGUE』しか知らなかったわたしは、君のことをただの脳筋かと思ってたよ……意外と素直でイイ奴だったんだね……。演じたのはもちろんJason Momoa氏39歳。そのあまりにワイルド&マッチョの風貌は、まさしくバーバリアンだけれど、コイツ、意外と人懐っこい笑顔がイイすね。なんつうか、わんこ的な陽キャラすね。今さらですが、結構気に入ったす。
 ◆メラ:アーサーを迎えに来た美女で、海底国ゼベルの王の娘。わたしはこれも知らなかったのだが、海底には7つの国があって、それぞれ王がいて、4つ以上の国の王が承認しないと、団体での軍事行動はできないというルールがあるんですな。へえ~、よく出来てんな、とわたしは感心したっすね。演じたのは『JUSTICE LEAGUE』にもちらっとだけ登場したAmber Heard嬢32歳。この人はいろいろ私生活が取りざたされたお騒がせ女優的なイメージがあるけれど、まあやっぱり、可愛いし美人ですよ。大変結構かと思います。 もちろん、アーサーとFalling Loveな展開ですが、そりゃ惚れるでしょうよ。しょうがないす。
 ◆バルコ:アトランティス帝国の参謀であり、アーサーが子供のころから、折に触れて地上へやってきては、格闘術をアーサーに叩き込んだ師匠でもある。子供相手の特訓シーンなんかも、ホントにお約束というか、鉄板でしょうな。演じたのは、名優Willem Dafoe氏63歳。ホントにどんどん渋くなっていい役者ですなあ。来週発表されるアカデミー賞では、ゴッホを演じた役で主演男優賞にノミネートされてますが、そういやゴッホによく似てるすね。いつも、強烈な印象を残してくれる名優ですよ。今回もとても素晴らしかったと思います。
 ◆オーム王/オーシャンマスター:アーサーの異父弟で、現在のアトランティスの王。自ら雇った地上人に海底を攻撃させ、それを自ら撃退するという自作自演で「ほらみろ、地上から先に攻撃してきたんだから、団結して地上に戦いを挑もう!」と海底の国々をまとめて地上侵攻を説く、本作のVillain(=悪役)。演じたのは、わたしが大好きな超名作『WATCHMEN』でナイトオウルIII世を演じたPatrick Wilson氏45歳ですよ! 兄貴が大嫌いと言うキャラ付けは、なんとなく銀河一の愚弟ロキ様を思い起こさせるけれど、負けた後は意外と素直で、ロキ様的な知略はほぼナシで、その気持ちのイイやられっぷりも、本作の剛速球感に貢献していると思う。見事でした。
 ◆アトランナ:アトランティスの前女王にしてアーサーとオームの母。アーサー出産後、海底に戻り、やむなくアトランティス王に嫁いでオームを産むが、アトランティス王は地上でのアーサー出産にずっとイラついていて、いつまでたっても自分をちゃんと愛してくれないことに嫉妬しまくり(?)、なぜか海溝族(?)の化け物半魚人たちにアトランナを生贄としてささげてしまう。その後生死不明だったが――ええ、もちろん死んでません。漫画的お約束ですな。そして演じたのはNicole Kidmanさん51歳。とても51歳には見えないのに、全然整形感がない天然物の美人ですな。もはや名優と言っていいNicoleさんが、本作のようなコミックヒーロー映画に出て、それっぽいコスチュームを身にまとうというのもイイすね。物語の本物感に貢献していると思います。全くどうでもいいことだけど、『JUSTICE LEAGUE』でAQUAMANが使っていた、5ツ叉の槍は、このお母さんが地上に残していったものだったようです。
 ◆トム・カリー:アトランナと出会って恋に落ちる地上人で、アーサーの父。わたしは直感的に、あれっ!? この役者、絶対知ってる、誰だっけ……とか思っていたのだが、ラスト近くで再登場した時、はっきり思い出した。この人は、つうかこの顔は、まさしく銀河賞金稼ぎでお馴染みのボバ・フェットの父、ジャンゴ・フェットをEP:II で演じたTemuera Morrisonさん58歳ですよ! あっ! この人、ジャンゴだ! と分かった時は超すっきりしたっす。16年ぶりにお見かけするジャンゴは、すっかり渋いおじちゃんになってました。
 ◆ネレウス王:メラの父でべセルの現王様。地上侵攻に消極的だが、オームの自作自演にまんまと引っ掛かり、何となくしぶしぶと地上侵攻に協力。強いのか弱いのかかなり微妙なお方。そして、こちらはわたし、恥ずかしながら全く気が付かなかったのだが、なんと演じたのはドラゴでお馴染みDolph Lungren様61歳であった。そして言われてみればもう、Dolph様以外の何物でもなく、気が付かなかった自分が情けなしである。エンドクレジットでDolph様の名前を観て、あっ!?っと思ったす。
 ◆ブラック・マンタ:コミックAQUAMANでは有名なVillainで、わたしも名前は知ってたけど……今回のブラック・マンタは、全く同情の余地なくただのクソ悪党で、単なる逆恨みで戦いを挑んでくるだけのやられキャラに過ぎないのだが、なんであんな余計な終了後のおまけシーンをつけたのか、そこだけほんとに不要だったと思う。しかしビジュアルはクラシカルな漫画チックで良かったすね。演じた役者は全く知らない人なので省略!
 他にも、CGで加工されてるから全く分からないけどDjimon Hounsou氏が出ていたり、「トライデント」を守る巨大な怪物、の声を、なんとJulie Andrewsさんが担当していたりとやけに豪華なキャスト陣が、それぞれ確かな演技で「王道」の物語を支えてくれている。そこを、わたしは「剛速球」と讃えたいのであります。

 というわけで、もう長いので結論。
 これまで、どうもDCコミックヒーロー映画は、正直イマイチな感じであったが、今回『AQUAMAN』観て、ちょっとだけ、だけど考えを改める必要を感じたのである。『AQUAMAN』という映画は、超感動したとか、そういうたぐいの映画では全然ない。けれどそこには、わたしが、あるいは日本人男子ならかつて間違いなく感じたであろう、ヒーロー漫画への愛と興奮が存在しており、大変楽しめたのであった。王道で、直球の物語は、ここまで本気で剛速球で描かれると、もうただただ、その世界に浸って楽しむのが正しいと思うすね。ツッコミどころも満載だけど、いいんだよ、もうそんなことは。そして主役のAQUAMANを演じたJason Momoa氏だが、ホント、いかつい凶暴な風貌のくせに、なんか人懐っこさのある、ホント大型犬みたいな役者っすね。気に入りました。まあ、恐らく続編もあり得るんだろうけど、一言だけ言うならば、ブラックマンタはもう出てこなくていいと思います。以上。

↓ ちょっと、ちゃんと勉強したいす。
アクアマン:王の最期(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)
ジェフ・ジョーンズ
小学館集英社プロダクション
2017-01-25

 特に根拠はないけれど、人類は有史以前から、空に浮かぶ「月」に、様々な想いを抱いてきた生き物だと思う。その月に、人類が初めて降り立ったのが1969年7月20日。今から約50年前のことだ。わたしは生まれて数カ月の赤ん坊だったので、当然ながら全く記憶にないが、既に80代のばあさまになった母の話によると、そりゃあまあ、大興奮でその様子を見守ったらしい。今調べてみたところ、日本時間の朝の5時17分のことで、NHKで生中継され、視聴率63%だったそうだ。
 わたしは今日、雪の降る中、チャリをブッ飛ばして10分ほどの地元シネコンへ映画を観に行ってきた。幸い雪は大したことがなく、全然余裕で行って帰ってこられたのだが、今日観た映画は、『FIRST MAN』。人類初の月面到達を果たし「最初の男」となったニール・アームストロング氏の、月面への道のりを描いたものだ。
 この映画は、US本国では去年の10月にとっくに公開になっていて、わたしも10月に台湾に行った時に観ようと思っていたけれど、ほぼすべてのハリウッド作品が同時公開される台湾でも、なぜかちょうどわたしが行った次の週からの公開で観ることができず、早く観たいなーと思っていたので、雪に負けず外出したわけだが……まあ、ズバリ言うとかなりわたしの期待からは下回っていたかな、というのが素直な感想である。
 まずは予告を貼っておこう。そして以下、ネタバレに触れる可能性が高いので、気になる方はこの辺で退場してください。

 さてと。ところで、わたしはもちろん、アームストロング船長のことは常識として知ってはいたものの……さっき調べて初めて知ったのだが、実は、人類はこれまで、9回も月に降り立っているのである。これって常識? 誰でも知ってることなのかな? しかも6回がUS、そして3回が当時のソヴィエトである。わたしはさっき、あ、なんだ、ソ連も有人月面着陸に成功してたんだ? とちょっとびっくりしてしまったのである。
 まったくもってわたしの無知が露呈される恥ずかしい事実だが、まあともかくとして、USは1973年以降、ソヴィエトは1976年以降は一度も月へ降り立っていない。普通に考えて、50年前の技術水準で達成できたのだから、現代の21世紀の技術なら楽勝なんじゃね? とか思えてしまうものの、実行には移されていない。それは一体なぜなんだろう? これも常識的に考えれば、莫大なコストに見合う、リターンがないから、であろうと想像できる。ある意味夢のない話だが、それが現実なんでしょうな。
 しかし、本作で描かれる1960年代は、行く理由が存在していたわけだ。それは、いわゆる「冷戦」においての、USとソヴィエトのマウントの取り合いである。要するに、どうだ、おれの方がすごいんだよバカヤロウ!的な、意地の張り合い、と断じていいのではなかろうか。そして現代においては中国がまた今さら宇宙開発にご執心で、これもまた、我々凄いだろ!という世界へのアピールのようなもので、なんつうか、そのうち漫画『ムーライト・マイル』で描かれた人類初の宇宙戦争が始まってもおかしくないような事態になっている。これもまた、夢のない話だけど。
 さて。わたしは本作の予告を最初に観た時、これはきっと、過酷な訓練の様子とか、アームストロング氏の月への執着みたいなものが描かれるのだろう、つまり名作『THE RIGHT STUFF』的な映画なのだろうと勝手に想像していたのだが、結論から言うと、全く違っていて、実に「地味」であったように思う。
 わたしがこの映画で、問題だと思ったのは、なんかイマイチ盛り上がらない物語と、撮影・演出の両面である。
 ◆アームストロング氏が地味な人すぎる……ような気がしてならない。
 これは、演じたRyan Gosing氏のキャラのせいかもしれないけれど……いつもの無口なGosling氏で、感情の起伏が、実はすごくあるんだけど、グッッッッ!と抑えるタイプのお人のようで、熱くないんだな。クールというかニヒルというか、とにかく、いつものお馴染みのRyan Gosling氏なのである。それはそれで、カッコいいことはカッコいいんだけど、どうも物語的にもヤマ場がないというか、ある意味淡々としていて平板だったように感じた。
 この点では、『THE RIGHT STUFF』の主人公チャック・イェーガーはもっと熱い男だし、なにしろ「ヒーローになれなかった、栄光の陰に隠れた男」的な、ある意味でのダークヒーロー的なカッコ良さがあって、わたしは映画としても、本作『FIRST MAN』よりも圧倒的に『THE RIGHT STUFF』の方が面白いと思う。
 ただし、やっぱりラスト近くで、アームストロング氏が月で、夭逝してしまった愛する娘の形見をそっとクレーターに落とすシーンのRyan氏の表情は、抜群に良かったと思う。あそこは超グッと来たすね。でも、それまでずっと宇宙服のヘルメットのミラーバイザーを下ろしてるから、表情が分からないんだよな……。せめて有名なあのセリフ、
 That's one small step for man, one giant leap for mankind.
 (これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である)
 を言うところは、ちゃんと表情を見せてほしかったよ……。そういう点も、わたしが文句をつけたい演出上のポイントだ。
 ◆粗い映像、ブレブレ&ピンボケ、な映像はどうだろうな……。
 わたしは本作の監督、Damien Chazelle氏の前作『LA LA LAND』は大好きだし、あのダイナミックなダンスシーンの一発撮りや、ポップで可愛らしい色使いの衣装など、とても才能あふれた監督だと思っているけれど、本作は、『LA LA LAND』で見せてくれたようなポイントは鳴りを潜めていたように感じた。
 まず、粗い映像に関しては、60年代当時の雰囲気づくりのためのものであろうことは理解できる。この超高解像度時代に、古いフィルムのような質感の映像は、まあそれなりに意味はあるんだろう。けど、観客として言わせてもらうと、現代の鑑賞環境にはそぐわないと思うし、むしろ超ぱっきりした画で見せてもらいたかったようにも思う。その方がいわゆる没入感は上がると思うのだが……一方では、先日観た『MARRY POPPINS RETUNES』では逆に1930年代なのにくっきりはっきりした画が妙に現代的に見えてしまったので、さんざん文句を言っといてアレですが、本作のような粗い映像はアリなのかもしれないな……わからん……
 ただし、である。ラスト近くの「月面」だけは超くっきりはっきりな映像で、IMAX撮影らしいのだが、ここはやっぱり超見どころの一つであったと思う。粗い映像は、ここの月面シーンを強調するためでもあったのだろうか?
 また、一つ特徴として、顔のアップや一人称視点の画が多用されているのだが、カメラがぶれまくってピントまで外していて、非常に観にくかったのは間違いないと思う。もちろん、訓練や宇宙船内で発生するガタガタガタという振動はしょうがないというか全然アリなんだけど、そうでない普通のシーンでぶれまくるのは、とても観にくい画だと思う。
 またクローズアップや1人称視点だと、周りで何が起こっているのか非常に分かりにくい。月面への着陸シーンも、ほぼキャラクターのクローズアップで、外の様子が、ごく小さい窓からちらちら見える月面の様子だけだったため、どんな姿勢なのかさっぱり分からないのだ。こういう点は、観客にとってストレス以外の何物でもないわけで、映画としてはやっぱりよろしくないことだとわたしは思っている。なんか、カメラアングルやオブジェクトの質感など、画としてNolan監督的なカットが多かったように思うが、Chazelle監督の腕がいいのは間違いないので、もう少し観客にとって分かりやすい映像であって欲しかったように感じた。
 おそらく、本作がUS公開から5か月後の今、日本で公開されているのは、今月発表されるアカデミー賞をにらんでのものだと思うが、恐らく本作はアカデミー賞にはぜんぜん届かないだろうな、とわたしは漠然と思った。実際ノミネートされたのは美術賞と音響編集賞と視覚効果賞だけか。それならさっさと去年中に公開してほしかったな……。【2019/02/25追記:本作は、アカデミー賞の中で唯一「視覚効果賞」だけ受賞しました。つまり、わたしが文句を言っている部分が逆に評価されているわけで、わたしの審美眼のなさが大変恥ずかしく情けないす。いや、ホントNolan監督的な画ですげえんだけど……観にくいんだよなあ……】
 というわけで、わたしとしては今イチ判定せざるを得ない結果となった『FIRST MAN』だが、キャスト的にも、わたしが、おっ!? と思った人は少なかった印象である。以下、2人だけ、物語の重要度に関係なく紹介しておこう。もう、主人公アームストロング氏を演じたRyan Gosling氏のことは説明しなくていいすよね?
 ◆ジャネット:アームストロング氏の奥さん。しかし、キャラ的にどうも微妙というか……重要度が低いというか……夫婦関係も、やけにアームストロング氏がクールすぎて薄く感じられてしまったすね。出てくる意味すら薄かったような……。で、演じたのが『The Girl in the Spider's Web』で3代目リスベットを演じたClair Foyさん34歳でした。先月観たばかりでリスベットの印象が強かったので、なんか妙に違和感というか、変な感じを受けたっす。どうでもいいけど、腕のそばかす?がすごくてずっと気になったすね。
 ◆バズ:宇宙飛行士の訓練仲間の一人で、いつも空気を読まないひどいことを言う、若干煙たがられている男なんだけど、最終的にはアームストロング氏とともにアポロ11号で月面着陸する「2番目の男」。彼を演じたのがCorey Stoll氏で、わたしは観ながら、コイツ絶対知ってる顔だ、けど、誰だっけ……? と気になって調べたら、この人は『ANT-MAN』のダレン・クロスを演じた人でした。ええと、イエロー・ジャケットとなる悪いヤツす。くそう、気付けなかったのは映画オタクとして恥ずかしいすわ。
 とまあ、以上、本作に関しては、正直期待よりかなり下だったかな、という思いが強く感じられ、もう書くことがなくなったのだが、やっぱり、「月」へのあこがれのようなものは、わたしにも強くあって、政治的な判断によるアポロ計画の推進と中止に翻弄された人々には申し訳ない気がするけれど、単純に、無邪気に言うと、やっぱりわたしも月に行ってみたいですよ。だからアームストロング氏がうらやましいと思うし、すげえなあ、いいなあ、ととても思う。まあ、わたしが月へ行くことは生涯ないと思うけれど、あと50年ぐらいしたら、観光地となってるかもしれないですな。ま、わたしは空を見上げて、行ってみてえなあ……と思うことで我慢しときます。

 というわけで、さっさと結論。
 結構期待していた映画『FIRST MAN』が公開になったので、雪に負けず観に行ってきたのだが、ズバリ言うとイマイチ、だったと思う。それは、キャラ的な問題なのか、物語そのものなのか、どっちだか微妙だが、妙にクールで熱くなれなかったのが一つ。そしてもう一つは、若干演出的に問題アリ、だと思ったからだ。残念ながら監督のこだわりって、多くの場合観客にとっては意味がなく、逆にストレスになる場合があるもので、なんつうか、もっと何が起きているのかを観客が理解できる画にしてほしいと思った。なんか、いろいろ残念す。書くことがなくてどーでもいいことばかり書いてサーセンした。以上。

↓ こちらはもう、まごうことなき名作として超おススメです。とにかくイェーガーがカッコいい! ただし、上映時間が超長いす。そしてこの作品のメインテーマ曲は、絶対誰でも聞いたことがあると思うな。是非ご覧いただき、この映画の曲だったのか! と驚いてください。

ライトスタッフ (字幕版)
サム・シェパード
2013-11-26

 去年わたしは、渋谷のシアター・オーブにてミュージカル『メリー・ポピンズ』を観た。まあ大変楽しく素晴らしい舞台だったわけだが、その舞台を観る前に、わたしは予習として映画版もきちんと観ておこうと思った。遠い昔に観た映画の内容を完璧忘れていたため、それじゃアカンだろ、と思ったのである。
 幸い、1964年公開の映画版をWOWOWで録画しておいたので、すぐ観ることができたのだが、観てわたしはとても驚いた。歌は改めて聞いてみると、それなりに思い出せるというか、聞き覚えがあって、ああ、これこれ、なーんて気になるのだが、物語というか映像的には、なんだかもう初めて観るかのような気がして、とりわけ実写とアニメーションが融合する演出にびっくりしてしまったのであった。ああ、こりゃ凄い。そしてやっぱり楽しいな!? という感想をもって、舞台版ミュージカルを観に行ったのが去年の話である。
 そして時は過ぎ、ハリウッド映画版の公開から54年が経ち、この度その正統なる続編『MARY POPPINS RETURNS』の公開と相成った。当然わたしとしては、製作が発表になった時からわくわくしていて、公開を待ち望んでいたので、昨日さっそく観てきたのだが、ズバリ感想を一言で言うと、どうも乗れないというか……なんか若干冷めた想い? で映画館を後にしたのである。
 物語のせいではないと思う。キャストのせいでもないだろう。すごい熱演だったし。歌のせい……でもないと思う。そして演出が悪かったとも思えない。なんなんだろうな……この妙なモヤモヤ感は。というわけで以下、少し検証してみようと思う。

 というわけで。今回の『リターンズ』はオリジナル版から25年後、あのバンクス家に再びスーパー完璧ナニー(子守)、メリー・ポピンズがやってくる! というお話である。
 既に両親はなくなっていて、あのバンクス家の姉ジェーンと弟マイケルのチビたちがすっかり大人になっていて、バンクス家の屋敷はマイケルが家庭をもって住んでいる。とはいえマイケルは妻に先立たれ、3人の子供たちは淋しく思っており、おまけにマイケルがスットロイ男で、屋敷も借金の抵当に入っていて、いよいよ立ち退きを迫られていた。借金を返すためには、父が残した銀行の株が必要、だけどどこにしまったかまるで分らない。近所に住むジェーンも一緒になって家探しするが、がらくたばかりで大掃除しながら探すも株は見つからない。そしてそのがらくたの中には、あの「凧」もあって(これは前作を観てないと意味が分からんと思う)、もう捨てちまえ、と捨てると、風が吹き、凧は空に舞い上がる。そしてその凧を3人の子供たちが追っていくと……なんと、凧につかまって空から一人の美女が舞い降りくる! とまあ、そんな感じで物語は開幕する。その美女こそ、25年前にジェーンとマイケルが世話になった、伝説の完璧美女、メリー・ポピンズであった! てなわけである。いいすねえ! わたしはこのオープニングに、なんかとてもわくわくして、たぶんメリーが空から舞い降りてくるシーンは、ニヤニヤとしていたように思う。
 というわけで、つかみは超OKだったと思うし、この後の物語の展開もオリジナル版同様とても楽しく、問題なかったと思う。なので物語に問題があったとは思えない。そしてキャスト陣の熱演というか歌も、とても良かった。以下、主要キャラだけメモしておこう。
 ◆メリー・ポピンズ:ご存知凄腕の完璧ナニー。全く説明はなく、当然のようにふるまっているが、いろいろと謎に満ちた女子で、魔法のような謎パワーを持つ。25年経っても美女のままで、そりゃマイケルとしてはびっくりするよな。でも、予告にある通り女性に年齢を聞くなんて失礼なことはしてはならんのですよ。今回メリーを演じたのはEmily Bluntさん35歳。ファッション的にもとても可愛らしく、歌も大変良かったと思う。思うけど、やっぱりどうしてもオリジナル版のJulie Andrewsさんと比べてしまうわけで、Julieさん版のメリーには半歩及ばず、なのかなあ……いや、でも、とても可愛かったのは間違いないのだが……ううむ……Emilyさんが超熱演だったのも間違いないす。
 ◆マイケル・バンクス:オリジナル版のチビもすっかり髭のお父さんとして成長。ただ、どうやらマイケルは本業は画家、だけどそれだけでは生活できず、妻を亡くし、3人の子供を養うために、現在は父の勤務していた銀行でバイト(?)しているそうで、若干生活力はアレな、若干のぼんやりお父さん。演じたのは若き「Q」でお馴染みBen Whishaw氏38歳。前作では、お父さんとメリーの、まるでかみ合わない会話が笑えたのだが、今回はそういう点はほぼなし。そりゃそうだ、マイケルはメリーのことをよく知ってるんだからしょうがないよね。でもそのせいか、マイケルの存在感が薄いというか……ううむ……でもBen君の熱演は間違いないす。彼は何気に歌も良かったすね。なお、前作でのマイケルの「2ペンス」が今回のカギになる展開は、おお、そうきたか、と思ったす。
 ◆ジェーン・バンクス;オリジナル版のおしゃまなチビもすっかり大人の女に。未婚で近所のアパート暮らし、らしい。今回はジャックとイイ仲に(?)。演じたのはEmily Mortimerさん47歳。この方は、わたしは今までそれなりに出演作を観ているようだがほぼ記憶になく、ほぼ知らない方だったのだが、オリジナル版のジェーンの面影があるというか、とてもジェーンお姉ちゃんに似てる!と思ったす。
 ◆ジャック:ロンドンの街のガス灯を管理する点灯人。まあ、要するにオリジナル版の煙突掃除人バートの役と同じと思っていいだろう。バート同様に、ジャックもメリーのことを前から知っている。演じたのは、現代ブロードウェイの天才でお馴染みLin-Manuel Miranda氏39歳。まあ、さすがの歌のパフォーマンスは最高なんだけど、なんつうか……バート的なウキウキ感のような、ノリノリ感は薄かったような……バートの、あの超笑顔というか、ニッコニコの笑顔はなかったすね……そしてバートを50年前に演じたDick Van Dyke氏がラスト登場するのは驚きというか、93歳には見えないステップでカッコ良かったすね。
 ◆トプシー:メリーの遠い親戚だそうで今回の新キャラ。オリジナル版で言う、笑うと体が浮いちゃうアルバートおじさん的役割のキャラ。何でも直せる謎の修理屋さん。演じたのは大女優Meryl Streepさん69歳。Merylさんはまあ楽しそうに演じてましたな。歌もさすがの貫禄で文句なしっす。
 ◆風船売りのおばさん:新キャラで、前作で言うところのハトの餌売りのおばさんに近い役割。演じたのはAngela Lansburyさん93歳! わたし的には、このお方はかつてNHKで放送されてたテレビシリーズ「ジェシカおばさんの事件簿」のジェシカおばさんですな(日本語吹替は森光子さんだったと思う)。映画や舞台で数々の役を演じてきた大ベテラン。出番は少ないけど、印象的でしたね。
 ◆エレン:オリジナル版にも登場していたバンクス家の家政婦の毒舌おばちゃん。そして今回演じたのは、わたし的には『Mamma Mia!』でお馴染みJulie Waltersさん68歳。元気で良かったす。
 ◆銀行の社長:新キャラ。かつて父が勤務していた銀行の現在の社長。要するに悪役。演じたのは英国王でお馴染みColin Firth氏58歳。イヤな奴度は若干控えめというか、真面目に嫌な人でコミカルなところは薄かったような気がする。さらに、今回全体的に1930年代感を感じなかったのだが、それは画面がとてもきれいでリアルだったからのような気がした。小物とかファッションは、きちんと当時のものであったはずなのに、やけにきれいな映像が現代っぽいというか、1930年代であることを何か忘れちゃうような気がしたっす。
 ◆マイケルの子供たち:双子の長男・長女に加え次男、という3人きょうだい。今回の子供たちは最初から結構いい子で、ナニーの出番はあまりないというか、まあここがわたしとしてはポイントで、つまり今回、メリーはこの子供たちのために来たのではなく、あくまでマイケルのために再び現れたってことなんだと思った。
 とまあ、キャラと役者についてはこの辺にしておこう。まとめると、皆さんとても熱演だったし歌も良かったんだけど、どこかオリジナル版にあった、コミカル感、ウキウキ感が若干薄かったかな……という印象であった。なんなんだろう、わからない……曲調の問題なのかな? なんでオリジナルはあんなに楽しくウキウキに感じたのに、今回は若干薄めに感じたのだろう? うーーん……わからん……。
 わからんのだが、ひとつ思い当たるのは、映画館の雰囲気だ。わたしは結構、冒頭から楽しかったし、最初のお風呂から謎のファンタジー世界へ行ってアニメキャラと歌いまくるシーンなんて、超ワクワクしたけれど、そのシーンが終わった時、ミュージカルを愛するわたしとしては、もう拍手をしたくなるわけですよ。でも、なんか、当たり前だけど映画館はシーーーン……としていて、なんというか、妙に冷ややかに感じてしまったように思う。完全に他人のせいにしている自覚はあるけれど、なんか、映画館のシーーーンとしたリアクションは残念に思ったす。まあ、当たり前で仕方ないけれど。ひょっとすると、その余韻を観客に味わわせる演出がオリジナルにはあったのかもしれないな……。わからんけど。
 ところで、本作は最近のディズニー映画では当然の配慮として、日本語吹替え版のキャストが超本気であります。日本語吹替も観てみたいですなあ! 各日本語版キャストをメモしておくと、まず、メリーを演じたのは平原綾香さん! 去年の舞台版でもメリーを見事に演じてくれました。歌の実力はもう言うまでもないでしょう。来週、平原綾香さんの『ラブ・ネバー・ダイ』を日生劇場に観に行くのでとても楽しみです! 歌ってるシーンの動画があるので貼っておこう。

 やっぱり平原メリーはいいすねえ! そしてジャックは渋いイケボイスでお馴染みの岸祐二さんだし、トプシーはロビンちゃんでお馴染みの歌ウマ島田歌穂さん、マイケルの次男のジョン君は加藤憲史郎君、など、日本ミュージカル界ではお馴染みの方々を起用していて、とても豪華ですな。島田さんは舞台版ではハトの餌売りのおばちゃんを演じていて、その素晴らしい歌声は実にブラボーでしたな。

 というわけで、結論。
 いや、結論はまだ自分でも出てないんだけど……超期待した『MARY POPPINS RETURNS』は、面白かったし歌も素晴らしかったし、キャスト陣も問題ないとは思うものの、なんだか妙に気分が上がらないというか、ノリノリ感やウキウキ感は感じられず、なぜか冷静に?観終わったのである。その原因がどこにあったのか、自分としても結論は出ていないのだが、あれかな、オレが年を取ったせいかもしれないな……という気もしますね。そして、やっぱり日本語吹替版も観たいですな。きっと1年後ぐらいにWOWOWで放送されるだろうから、それを待とうと思います。お話としては、きっちりと見事な「続編」だったと思う。1年後ぐらいに家でもう一度見て、楽しもうと思います。まるで結論は出ないけど、以上。

↓ 実のところ、わたしはこっちの方が好きです。こちらも平原綾香さんの日本語版は完璧で素晴らしいす。字幕版・日本語版、両方観てほしいすね。





 世界的大ベストセラーとなったスウェーデンの小説『ミレニアム』シリーズ。作者のStieg Larsson氏は、その刊行目前で急逝されてしまい、後に自らの作品がウルトラ大ヒットとなることを知らずに逝ってしまわれたわけだが、亡くなった後で第3作目までが刊行されたのち、第4作目から別の著者を立ててシリーズは復活を遂げ、今のところ第6作まで発売されることが確定している。現在は第5作目まで発売されていて、第6作目は一応今年2019年の終わりごろには日本語版も発売されるはずだ(※毎回本国では9月ごろの発売の後、日本では早川書房様が頑張って年内に発売してくれている)。
 ま、この経緯は、今まで第4作目第5作目が発売になった時にこのBlogでも感想を書いているので、そちらを参照願いたいが、この度、第4作目の『THE GIRL IN THE SPIDER'S WEB』がハリウッドで映画化され、先週から日本でも公開が始まったので、昨日、わたしもさっそく観てきた。
 感想をズバリ言うと、あれっ!? 第4作目ってこんな話だったっけ? と若干戸惑ったのだが、うーーーん……これは……どうかなあ……まあまあだったかな、ぐらいだろうか。残念ながら超絶賛! ではない。けど、つまらなかった、とも思わない。フツーに楽しめました、ぐらいの出来であったように思う。ひとつ、映像として、うおお!と大興奮したのは、リスベットがドカティで氷の張った湖(海?)を渡っていくシーンと、後半でランボルギーニ・アヴェンタドールをかっ飛ばすところすね。アレはとてもカッコ良かったです。
 というわけで、以下、ネタバレると思うので、まだ観ていない人は、ここらで読むのをやめて、劇場へGO!でお願いします。

 しかしなんつうか……このBlogは近年病的に記憶力の衰えた自分のための備忘録として書いているのだが……実はわたしは昨日、本作を観終わって、あまりに「こんな話だったっけ?」と自信がなかったので、小説版第4作目を読んだ時の自分の文章を読み直したのだが、ホント自分が嫌になるというかアホというか……ネタバレを避けるために、肝心のストーリーに関してはほとんど触れていない文章しか書いておらず、確かめられなかった。ならば原点に返ってチェックしよう、と思って本棚を漁って第4作目を探したのだが見つからず、あ、そうだ、4作目は友達に読めってあげちゃったんだ、ということを思い出した。まったくもって自分の愚かさが嫌になるわ……。
 ともあれ。
 わたしのうすらぼんやりした記憶では、映画版の本作『THE GIRL IN THE SPIDER'S WEB』は、原作小説とかなり違っているのは間違いないと思う。でも、それゆえ面白くない、とは言わない。わたしがこの映画版を観て、ううーむ? と思ってしまったのは、我らが主人公リスベットが、3回大ピンチに陥ってしまうのが、なんかリスベットらしくないぞ、とか思ってしまったことにあるような気がするのである。あれって原作通りだったかな……思い出せん。。。
 それらのことに触れる前に、映画版の物語をごく簡単にまとめておこう。
 本作は冒頭、どうやら必殺仕事人めいた、「女の敵」である男をぶっ飛ばすリスベットの活躍が描かれる。これが原作にあったか覚えてないが、まあとてもカッコ良く、原作未読の一見さんを世界に招き入れるには大変イイ活劇だと思う。このスークエンスは、ほぼ本筋に関係のないものだが、とてもクールで、リスベットがどんな人間か、よくわかるような、いわゆるアバン的役割を果たしていると思う。
 で、本編はというと、とある天才(?)プログラマー(スウェーデン人)が作った、世界各国のミサイル防衛システムをハッキング出来てしまうプログラムがアメリカNSA(National Security Agency=国家安全保障局)のサーバーにインストールしてあって、それを、作ったプログラマー本人から、強奪してほしいとリスベットに依頼されるというのがメインの筋である。そのソフトはCOPY不可、MOVEのみ可能という仕様で、ま、リスベットは描写的には超余裕でハッキングしてあっさり強奪に成功する。しかし、そのプログラムの起動には、謎のパスワードがかかっていて、いかな天才リスベットにも解除できない。へえ~と思った(?)リスベットは、起動を試さず、素直に依頼主たるプログラム開発者に渡そうとするが、その夜、謎の集団がリスベット邸を襲撃、リスベットは辛くも助かるが、まんまとプログラムをノートPCごと強奪されてしまうのだったーーーてな展開で、そのPCの争奪戦が描かれるのだが、その背後には、リスベットの妹の影があり、さらにプログラム起動には、プログラマーの息子の超頭脳が必要なため、その息子も連れ去られてしまい、その救出ミッションも加わって来る、という物語でありました。
 どうですか。小説を読んだ方。これって、原作小説通りだっけ? なんか全然違うような……? でもまあ、原作通りであろうとそうでなかろうと、別にそれは大きな問題じゃあないと思う。映画として面白くて興奮するものなら、それでいいんだし。しかし、どうもわたしは、前述のように、ううーむ? と思ってしまったのだ。それは以下の点においてである。
 ◆後手後手に回るリスベット
 まあ、たしかに原作小説のリスベットも、後手に回って大ピンチになることは今までもあったとは思うけど、今回はちょっと、なんつうか、リスベットを知らない一見さんが本作を観たら、リスベットの凄さが若干損なわれてしまうのではなかろうか……というぐらい、後手に回ってしまって苦戦する。ま、苦戦しても勝つけど。たとえば……
 ・自宅破壊:これはリスベットがうっかり風呂でうとうとしてしまったのが原因だよな……リスベットらしくないような……まあ、きっちり避難して脱出して、全てを録画していたため犯人の手がかりもちゃんと得ていたから、アリ、なんすかね……。
 ・プログラマーを守れず息子まで連れ去れさられる:これも、うっかり監視映像から目を離したことがそもそも原因だったような……これもリスベットらしくないような……そして肝心のプログラマーを守れず息子を連れ去られてしまうのは原作通りだったかも。でもここは、映画的にはとてもカッコ良くて、薬物を注射されて意識朦朧になっても、気合でアンフェタミンを砕いて自分で摂取してなんとか追いかける、という一連の流れはとても良かったす。原作にあったかどうか、記憶なし。
 ・アジトへの潜入失敗、妹にあと一歩のところで殺されかける:ここも、罠にまんまとかかって大ピンチ、どころかあと一歩で殺されそうになって、リスベットらしくないような気もしたけど、これも原作通りだったのかも。ただ、この場面では、リスベットの信頼するハッカー仲間プレイグが大活躍して、謎のモーションセンサー?か何かを使った、空間認識システムで建物内の人の動きを察知する流れになるのだが、これは、実際のところ無理があるように思えるけれど、映画的(映像的)にはとても見応えがあって、NSAの青年がアンチ・マテリアル・ライフルをドッカンドッカン撃ちまくって援護するシーンはとても良かったと思います。あれはカッコ良かったですね。ただ、そのスナイプ中に敵に近寄られて反撃されたのは、ちょっといただけないですな。アレは苦笑せざるを得ないす。このプレイグ&NSAマンの大活躍が原作にあったか、記憶になし。あったっけ? プレイグが拉致されたリスベット(あるいは息子だっけ?)をGPSで追うのは原作にあったと思う。
 ◆ほぼ活躍しないミカエル
 なんというか、もし原作を全く読んでいない人が本作を観たら、シリーズのそもそもの主人公(?)、ミカエル・ブルムクヴィストのことを理解できたのだろうか? 今回の映画版ではほぼ活躍せずで、非常に影が薄いのが残念であった。やっぱり、ミカエルも活躍してくれないと『ミレニアム』っぽさが薄まっちゃいますな。これはとても残念だったと思う。ただ、この『ミレニアム』シリーズの映画は今回で3回目なのだが、ミカエルを演じた役者はこれまでで一番原作のイメージに近かったような気もします。それは良かった点ですな。最初のスウェーデン本国での映画化は、最初の原作3部作全てをかなり見事に映像化してくれた作品だけど、ミカエルを演じたのはその映画の後にハリウッドでも活躍して、おととし急逝してしまったMichael Nyqvist氏で(→わたし的には『John Wick』のマフィアのボスでお馴染み)、ミカエルにしてはちょっと年を取り過ぎじゃねと思ったし、かといって2回目のハリウッドによる映画化では、ミカエルを天下のイケメン007でお馴染みDaniel Draig氏が演じて、これはこれでカッコ良すぎるというか、強そうに見え過ぎていたけど、今回ミカエルを演じたSverrir Gudnason氏は、ちょうどいい塩梅だったように思ったす。あ、この人、スウェーデン人なんですな。ならちょうどいいすね。
 ◆原作から明確にカットされた、アレの件:ま、これはカットされて当然だろうな、と思った。原作では、リスベットは「WASP」というハンドルネームを使ってハッカー活動をしていて、この4作目の敵は「THANOS」を名乗っていたけれけど、今回の映画ではそのネタは一切カットでした。ま、WASPもTHANOSも、マーベルコミックのキャラなので、SONYの作品である本作ではちょっと扱えなかったのでしょう。ま、だからどうってことはないけれど、『ミレニアム』シリーズではハッカーのハンドルネームは重要なので、ちょっと残念でした。

 というわけで、原作ファンとしては(といいつつ物語をちゃんと覚えてないオレのバカ!)なんとなく全体的に薄味になってしまったように感じたのだが、映像のキレや、役者陣は大変良かったと思います。最後に各キャラと演じた役者、それから監督を紹介して終わりにしよう。
 ◆リスベット・サランデル:ゴスパンクなファッションに身を包み、映像記憶能力を持つ超キレる超危険な女子。「女の敵」を心から憎む。バイで女子も男もイケるお方。ガリガリのやせぎす。今回3代目リスベットを演じたのはClaire Foyさん34歳。わたしとしては歴代リスベットの中で一番、身体的特徴はリスベットっぽかったと思う。ちびっ子でガリガリ、という意味で。ただ、メイクが普通なのとピアスが少ないのが残念だったかな……。それと、リスベットにしてはやけに表情が豊かというか、無表情&つっけんどんじゃないのも、若干リスベットぽくはなかったような……。初代リスベットのNoomi Rapaceさんはもう雰囲気抜群のキレてるリスベットだったけど若干可愛くないのが玉に瑕、かもだし、そして2代目リスベットのRooney Maraさんは、髪型とかピアスだらけとか、そういう点では一番だったし、一番美人だったと思う、けど、ガリガリじゃあなかったすね。いずれにせよ、三者三様のリスベットは、実際のところ全員アリ、だとわたしは思います。
 ◆ミカエル・ブルムクヴィスト:既に書いたので省略! 原作ではある意味ではリスベット=ホームズ、ミカエル=ワトソン、的に、主人公として読者に代わってリスベットの行動を折ってくれる重要キャラなのだが、本作では、いかんせん存在感が希薄な役回りで残念す……。
 ◆カミラ:リスベットの双子の妹で不倶戴天の敵。今回演じたのはSylvia Hoeksさん35歳。オランダ人だそうですが、まあお綺麗な方ですよ! このお方は、超名作『BLADERUNNER2049』で、超おっかないレプリカントLUVを演じたお方ですな。今回、リスベット=黒、カミラ=白(というより赤)と対比を意識して演出されているようだったが、原作を読んでいる人ならカミラの姿に、おお!と興奮したと思うけど、正直この映画版だけだと、どうしても若干意味不明なキャラに思えたのではなかろうか。まあ、やっぱり背景や行動の目的などが説明不足だと思うし、かなり唐突感もあって、若干浮いてたようにも感じた。ただし、原作と違うラストは、本作の中ではちゃんとしかるべき流れになっているように思えたので、違和感はなかったす。
 ◆フランス・バルデル:問題のプログラムを作った天才プログラマー。彼の設定はかなり原作と違うと思う。そして彼を演じたのはStephen Merchant氏というお方なのだが、この顔は絶対どっかで見た、けど誰だっけ……と思い出せなかったのだが、インターネッツ神にお伺いを立てたところ5秒で判明した。この人は、『LOGAN』でチャールズおじいちゃんを看護してくれてた日光に当たるとダメなキャリバン、を演じた方っすね。でもあの役、ほぼミイラのような感じだったけど、顔って出てたっけ……
 ◆エド・ニーダム:NSAの男で、まんまとリスベットにプログラムを奪われ、その奪還のためにスウェーデンへやってくるが、自分も元伝説のハッカーで、のちに(やむなく)リスベットの援護に。スウェーデン当局に拘束された彼をリスベットが救うシーンは原作通りだったような気がする。けど、伝説のハッカーって設定だったか覚えてない……。演じたのはLaleith Stanfield氏。何気に凄くイケメンだと思う。出番は少ないけど、なかなか活躍してくれました。あ、なんてこった! この人、Netflix版『デスノート』でLを演じた方なんすね。確かに頭が良さそうな感じですな。へえ~。
 そして監督は、数年前妙に話題になった『DON'T BREATHE』を撮ったFede Álvarez氏。ウルグアイの方ですな。まあ、本作は映像的にはとてもキレがあって、かなりクオリティは高かったとは思う。脚本的にも、まったく原作未読でもわかるような流れはきちんと整っていたとは思う。けど……散々書いた通り、薄味というか、厚みがないというか、いろいろとうーーんな点があって、つまらなかったとは全然思わないけど、超最高だったぜ、とも思わない、フツーな出来であったと思う。残念ながらUS本国でも全世界でも、興行的には全然売れておらず、予算43M$で全世界興収34M$のようで、これでは続編は作れそうにないだろうな……。ああ、Rotten Tomatoesでも評価は低いすね……これは厳しいな……最後に言うとしたら、原作小説は面白いっすよ。作者は別人だけど、わたしはもう十分楽しめたっす。なので、ぜひ、原作小説を読むことをオススメします。

 というわけで、結論。
 世界的大ベストセラー『THE GIRL IN THE SPIDER'S WEB』が映画化されたので、原作ファンとしては楽しみにしていたのだが、そもそも、わたしの低下した記憶力では原作がどんなお話だったのか、詳細は覚えていないという状態であるけれど、どうも、かなり原作と違っていた、ような気がする。そして、別に原作と違っていても、映画として面白ければいいのだが、全くダメとは言わないけれど、どうもキャラクター的にこの映画だけでは味わいきれないというか、かなり薄味の物語であったように感じた。なんかもったいないというか、残念です。原作のリスベットは、本当に魅力的でグイグイ物語に引き込まれるのですが……ううーーむ……であります。やっぱり大ベストセラー作品の映画化というのは難しいですな。わたしのように原作をちゃんと覚えてないくせに、偉そうに文句を言われちゃうんだから。つうか、そんな文句は言いたくなくて、本当は、ここが良かった! とほめる文章を書こうと思ったのに、ダメだったす。サーセンした。少なくとも、映像のキレは感じたし、スタイリッシュではあったと思います。今年、第6作が発売になるはずなので、それまでにもう一回4巻目も電子で買って読もうと思います。以上。

↓ 紙版は友人にあげちゃったので、もう一回、電子版を買う所存であります。
ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 上 (早川書房)
ダヴィド ラーゲルクランツ
早川書房
2015-12-18

ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 下 (早川書房)
ダヴィド ラーゲルクランツ
早川書房
2015-12-18

 以前、まったく同じこと書いたので繰り返しだが、すっかり立派な中年オヤジとなってしまったわたしにとって、青春時代とは、小学校~中学校~高校~大学入学までを過ごした80年代であったと確信している。そして映画オタクとして小学校低学年からせっせと映画館に通っていたわたしにとっては、『STRA WARS』という作品や、『ROCKY』『RAMBO』などで当時の世界のヒーローだったSilvester Stallone氏は、今のわたしを作り上げた重要な要素の一つだと思う。
 なので、約3年前の2015年12月、世は『STAR WARS』の10年ぶりの新作『Episode-VII』の公開に沸き返る中、わたしも当然かなり興奮していたものの、実は、同時期に公開されたもう一つの映画の方に、より一層大興奮していたのである。
 その映画のタイトルは『CREED』。このタイトルだけでわたしはもう大興奮だ。CREEDとは、それすなわち伝説のチャンプであり、後にロッキーの親友となる、アポロ・クリード氏のことだと0.1秒で分かるからである。そして、最初に公開された予告編を見たわたしは、もう泣きそうになったぐらい嬉しくなった。なんと、アポロJr.と思われる青年が、あの「星条旗パンツ」で戦っているじゃあないか! しかも老いたロッキーがセコンドに!! こ、コイツは傑作のにおいがするぜ……!? と思ったのである。
 そして『STAR WARS Ep-VII』の興奮も冷めやらぬうちに公開された『CREED』は、確かに非常に面白かった。とりわけ、老ロッキーのStallone氏はキャリア最高の演技だったと思うし(アカデミー助演男優賞はノミネートだけで受賞に至らず超残念!)、監督のRyan Coogler氏の手腕も極めてハイクオリティで、恐らくはほぼすべての人類が知っているあの「ロッキーのテーマ」を、ここしかない!というタイミングで使ってみせたり、なにより「アポロの息子をロッキーが育てる」という天才的なアイディアがとにかく素晴らしい作品であった。きっとCoogler監督はこの後すげえ作品を撮るぞ、と思っていたら、その2年後にはマーベルヒーロー作品でナンバーワンヒットとなった『BLACK PANTHER』を作り上げたのだから、その才能は本当に本物、であった。
 しかし――である。ここまで絶賛しておいてアレなんですが、『CREED』という映画には、わたしとしてはひとつ、重大な問題点があったとも感じている。それは……ズバリ言うと、主人公たるアポロJrの青年アドニス君が「何故戦うのか」という点に説得力を見いだせなかったのである。なにしろアドニス君はなかなかのリア充野郎であり、まったくもってハングリーじゃあない。そんな男が、ボクシングという世界で成功できるのか、つうかお前、ボクシングをする理由がほぼないじゃん、と思えたのである。『ROCKY』を思い出してほしい。ハングリーじゃないとダメなんすよ……ボクサーって奴は……。
 というわけで、以上はどうでもいい前振りである。昨日からとうとう日本で公開された『CREED II』を観てきたのだが、まずはやっぱり大感動したことははっきり言っておきたい。のだが、正直に言うと大絶賛というほどではないかな……という気もする。その辺りを、この文章を書きながら考えてみようと思います。
 もちろん以下はズバリネタバレてしまうはずなので、まだ観に行っていない方はここらで退場してください。今すぐ劇場へ観に行った方がいいと思います。

 しかし何で日本版の予告編ってのは……無駄なナレーションとか入れるのかなあ……何でも感動作にしようとするのはホントやめてほしい。ま、そんなことはどうでもいいけど、もう、本作の物語は上記予告で語りつくされていると言っていいだろう。アポロJrことアドニス君の前に「あの男」の息子が立ちはだかる!という基本プロットはもうファンにとっては大興奮の展開だ。
 その「あの男」とは、30年前に偉大なるチャンプ、アポロ・クリードをリング上でブッ飛ばし、死に至らしめた、「ソヴィエト連邦」が科学技術の粋を尽くしたトレーニングで作り上げたマシーン、あの、アイヴァン・ドラゴである! そのドラゴが、息子を引き連れてアドニス君の前に現れるというのだから、もう、ホントこのアイディアだけでわたしは白米3杯行けるのは間違いなかろう。
 ただ、わたしはふと、イヤイヤ、ちょっと待てよ!? とも思った。というのも、ドラゴによるアポロ公開処刑の件は、きっちりと、そして美しく、既にロッキーが落とし前をつけてくれているからである。
 しかし、予告では、どうやら怒りに燃えた老ドラゴが、ロッキー憎しの恨みに駆られて息子を、ロッキーの育てているアポロJrにぶつけようというお話らしい。これって……つまり「憎しみの連鎖」の話ってことか? とも思えてしまったのである。わたしとしては、アポロJr.とドラゴJr.にまでそんな重荷は背負ってほしくないし、むしろ友情が芽生えてほしいぐらいなのだが、きっとまあ、ゆとり乙なリア充アドニス君は、父の仇!とかカッとなって挑み、ボコられて負け、特訓して再挑戦して、最終的には勝って終わり、みたいな感じなんでしょ、とテキトーな予想をしてしまったのもまた事実である。これじゃあ、アドニス君がリングに上がる理由なんて、もうちゃんと描かれないんだろうな……と若干の失望を、観る前からアホなことに感じていたのだ。
 しかし! 結論から言うとわたしの予想はほぼ的中していたのだが、わたしはやっぱりアホだった!! 観ながら、これはわたしが全然間違っていたことを痛感したのである。ズバリ言うと、わたしにとってこの映画は、アドニス君の物語ではなかった。この映画は、30年前にロッキーに敗北し、全てを失った男、アイヴァン・ドラゴと、栄光を手にしながらも、同じように全てを失った老人、ロッキー・バルボアの物語であったのである。わたしはもう、ラスト近く、かつて30年前にロッキーが「出来なかったこと」を、歯を食いしばって行ったドラゴの行動に涙しそうになったすね。
 そう。かつて、ロッキーは親友となったアポロがドラゴと戦うことになった時、必死で止めた。けど、アポロはリングに上がってしまい、それならばとセコンドを買って出た。そして、絶望的な試合展開に、もう無理だと何度もアポロを止めようとした。けど、それも出来なかった。それはもちろん、アポロの戦う理由が、自らの誇りのためであり、その強い意志を尊重したため、ではある。が、その結果、アポロは逝ってしまった。そう、ロッキーはアポロを止めることが出来なかったのだ。そしてそのために自らが戦っていわゆる「復讐」を遂げることに成功したけれど、やっぱりどうしても「あの時止めていれば……」と悔やんでしまうのである。いわゆる「復讐は何も生まない」というやつが、ロッキーを今もなお、苛んでいるのだ。
 しかし! 今回、ドラゴは息子のために、未来のために! なんと「タオルを投げた」のだ!!! 何と美しいシーンだっただろう! ロッキーがあの時どうしても出来なかったことを、30年後にドラゴが、歯を食いしばってやってのけたのだ! わたしはホントに、感動したっすね! あのシーンの、ドラゴを演じるDolph Lungren氏の表情はもう、最高の、渾身の演技でしたなあ! 最高にカッコ良かったすねえ、ホントに。
 そして一方のロッキーも、アドニス君を止めようとしても止められず、「家族や未来を考えろ」と説教しても、アドニス君に「じゃああんたは考えてたのかよ!?」と反論されて、「ああ、確かに考えてなかったな……」としょんぼりしてしまう。ロッキーは愛する妻エイドリアンに先立たれ、息子のロバートともうまくやって行けず、孤独な老後を淋しく送っている。しかし、タオルを投げたドラゴを観たロッキーは、アイツに出来たならオレにも出来る!的に、意を決して、なんだか恥ずかしそうにロバートの家を訪ね、初めて孫に会いに行くのだ! あのラストシーンを観ましたか!? あの恥ずかし嬉しそうなあの笑顔を! しかもこの、ロッキーJrことロバートを演じた役者には、ちゃんと、『ROCKY BALBOA』(2006年の作品だから10年以上前!)でロバートを演じたMilo Ventimiga氏を起用していて、ファンとしてはもう、最高にうれしい配慮だったと称賛したい。こうして、ロッキーとアポロとドラゴの、30年にわたる戦いは大団円を迎え、「憎しみの連鎖」はドラゴがタオルを投げたことによってきちんと断ち切られたわけで、わたしはホントに美しい物語だと感動したっすね。最後のエンドクレジットで、脚本がStallone氏本人であることを知って、超納得である! これは、Stallone氏にしか書けなかった物語だとわたしは強く思う。

 というわけで、わたしはラストには大感動しちゃったわけだが、そこに至る道のりは、結構な頻度で、なんかなあ……と思っていたのも事実である。もうめんどくさいので、おお! と興奮した部分や、えええ……と思ってしまった部分を箇条書きでまとめよう。思いついた順に書くので物語の順番とは一致しません。
 ◆アドニス君のファイトスタイル
 やっぱり、どう考えてもドラゴJrとの初戦は無謀すぎたでしょうな。誰がどう見ても不利だったと思う。それはもう体格からして明らかで、身長は10cmぐらいは低いし(=リーチが短いし上方向にパンチを出すのは難しい)、ウェイト(=質量が違えば単純な破壊力も違う)も相当違う相手だし。ボクシングにおいてそれは致命的ともいえるハンデであって、そこまで体格差がある相手と戦うならば、スピード(=相手のこぶしを喰らわない)とインファイト(=離れたら相手の拳だけが届くので自らの間合いの接近戦を挑む。そして上にある頭ではなく目の前のボディを徹底して叩く)がカギになるはずだ。が、アドニス君はまったくスピードもないしインファイトの練習もしない。なので、わたしはなんかずっとイラついていた。それじゃアカンよ……と。そして案の定、あっさり負けた後、ロッキーがセコンドに復帰して、『ROCKY IV』ばりの大自然トレーニングで大復活という流れは、まあアリだけど、なんか、どうにもアドニス君が「強いボクサー」に見えないのが、ちょっと残念であったように思う。
 あと、今回若干不満なのが、「ロッキーのテーマ」は、この大自然トレーニング終了時に高らかに鳴り響いて、試合になだれ込む展開であってほしかったなあ……「ロッキーのテーマ」の使い方は、前作の方が圧倒的にうまかったと思います。どうせなら、お前には野獣の眼がない!とロッキーがアドニス君に言ってから大自然トレーニングが始まって、「EYE OF THE TIGER」が流れたら最高だったんだけど……。そう、実は本作は、物語的には『ROCKY III』に近いんすよ……。それにもう一つ、今回は黒ベースの「次世代星条旗パンツ」にバージョンアップされてましたが、やっぱり伝統の赤/青/白の方がカッコイイすね。今回はドラゴJr.が「ロシア国旗パンツ」で白/赤/青だったので、かぶっちゃったってことかな……残念す……。
 ◆アドニス君の闘う理由
 わたしが最も重要視していた、リア充のアドニス君が戦う理由については、結局「俺はリングで生きる男なんだ、リングにいる俺こそ俺なんだ」的な解釈であったように思う。これは前作でも同じような感じだったと思うのだが、じゃあなんでそう思うのか、については、誇り高き伝説のチャンピオン、アポロの息子だから、としか思えないのも、やや残念に思った。でもまあ、それしか描きようがないのかな……。でも今回は「父の復讐」という呪縛からはきちんと抜け出し、「自分のために戦う」と思えたことは良かったすね。ここでは、アドニス君のお母さん(=アポロの未亡人)の台詞が効いたっすねえ! あのお母さんの「戦いたいならおやんなさい。あなたは大人、自分で決めなさい。でも! わたしのためとか、お父さんのためとか、そんなこと言われるのは心外だわ! 断じてお断りよ!」的なことを言って激怒するのは実に痺れたっすね。復讐なんて誰も望んでないし頼んでもいないわけで、そこに気付けた(?)のは良かったすな。
 ◆アドニス妻(=歌手)、なんとアドニス君の入場曲を自ら歌ってリングへエスコート
 アレはいらないと思います。必要だったか?? なんか、もうチョイ、エイドリアン的なしおらしさ?というか、けなげさがあった方がわたしは好きです。つうか、普通は止めると思うのだが……。そう考えると、やっぱり『ROCKY』シリーズにおけるエイドリアンの役割は大きかったんだなあと思ったす。息抜きしたいからスタジオ行って来る、子供はお願い、と赤ん坊をアドニス君に預けてさっさと出かけちゃうのも、まあ現代の21世紀的なんでしょうな。基本的に、わたしとしてはほぼどうでもいい存在であったアドニス妻でありますが、歌はちゃんと演じたTessa Thompson嬢が歌ってたようです。でもあれ、上手い……か?
 ◆なんと驚きの人物の登場!
 わたしは、まさか、この映画にStallone氏の2番目の妻でお馴染みのBrigitte Nielsenさんが登場するとは思っておらず、スクリーンに現れた時は大興奮したっすね! しかも役柄は『ROCKY IV』の時と同じドラゴの妻であった。正確に言うと、ドラゴがロッキーに負けたことで、さっさと離婚したようなので「元」妻なのだが、ドラゴにとっては自分を捨てた女、そしてドラゴJrにとっては、自分を捨てたお母さん、という、二人にとっては愛と憎しみの入り混じった対象として、物語上結構重要な役柄であったと思う。まあ、すっかり年を取られているのに、30年経っても相変わらず冷たいまなざしのお方でした。もちろん演技上の表情ですが、実際お見事でしたね。しかし、当時の「ソヴィエト連邦」は今はなく、ドラゴはウクライナ(キエフ在住)人であることが判明しましたが、それでも元妻が「ロシア」の大使たちと出てきちゃうところがおそろしあ……と思ったす。
 ◆デュークよ、いつのまに……
 デュークというのは、かつてのアポロのトレーナーで、アポロ亡き後はロッキーをサポートしてくれたし、最終作の『ROCKY BALBOA』でも手伝ってくれた男なのだが、前作には登場しなかったことがわたしはとても残念に思っていた。しかし、今回アドニス君がロッキーにセコンドを断られて向かったのは、あの、デュークのジムでありました、が、なんとどうやらデュークは既に亡くなっていて、今回はデュークの息子がアドニス君をサポートしてくれる展開でした。これって……わたしが忘れてただけかなあ?? デュークよ、いつのまに亡くなってたんだ……。そして、デュークJrがイマイチ有能でなかったことも残念す……。

 とまあこんなところかな。もう、本作は有名役者ばかりなので、役者陣のメモは書きません。えーと、ここまで書いて触れてないのは、肝心のアドニス君を演じたMichael B. Jordan君だけかな? もう説明は必要ないすね。結構イケメンだと思うし、やっぱり演技も素晴らしい若者ですよ。今後を期待したいですな。監督は……Steven Caple Jr.という方だそうだが、知らない人だなあ……どうもまだ長編2作目の新人?監督さんみたいすね。演出的には、ここがスゴイ、ここがアカン、とかは特に感じなかったです。前作のRyan Coogler監督のような長まわし(のように見える流れるようなカメラワーク)も、ちょっとだけあったかな。特に、メモしておくべきことは思いつかないす。
 
 というわけで、もうクソ長いので結論。
 わたしの大好きな映画『ROCKY』シリーズ最新作!と言ってもいい新作『CREED II』がUS公開から2カ月たってやっと日本公開となったので、さっそく観てきた。物語としては、わたしは大感動したのだが、それはあくまでロッキーやドラゴと言った、「既に終わった人」に対する深い共感であって、おそらく『ROCKY』愛に溢れていない人には、理解してもらえないものだと思う。そして肝心の主人公アドニス君に対しては、やっぱりどうしても前作同様に深い共感は抱けず、であった。とりわけ、アドニス君の妻に関しては、共感ゼロどころかマイナスですよ。なんつうか、これはもう、完全にわたしが人生を終わりつつある中年オヤジだからなんだろうな……。だってしょうがないじゃない。それが現実なんだもの……。いやあ、それにしても老いたるStallone氏はホント、渋いですなあ! わたしにとって永遠のヒーローっす。以上。

↓当然本作はコレを観ていないとお話になりません。つうか、シリーズ全作を観てないとアウトです。
ロッキー4 (字幕版)
シルベスター・スタローン
2015-10-07


 というわけで、今日は昼から地元シネコンにて『Fantastic Beast:The Crimes of Grindelwald』を観てきた。のだが、なんつうか……もう結論をいきなり冒頭で書いてしまうと、やっぱりこれは、『Harry Potter』シリーズが大好きな人でないとダメなんだな、ということを強く思った次第である。
 1作目をちょうど2年前に観た時も書いたけれど、わたしは実際『Harry』に関しては、原作小説は一切読んでいないし、映画は全作きちんと見たけれど、それほどのめり込んで面白いとは思わず、正直、物語を追うのに精いっぱいで、挙句の果てにきちんと理解できなかった、という苦い思い出しかない。
 何しろ長い。そして、映画単体でも見て上映時間が長く、各キャラクターが何を求めて行動しているのか、というそもそものポイントがわたしの低能ではきちんと理解できなかったのである。
 そして『Harry』の前日譚にあたる前作『Fantastic Beast』も、どうもキャラクターに共感できず、なんつうか……物語として面白い、とは思えなかったのだ。そしてその原因は、もうこれは明らかに、わたしの『Harry』愛の欠如によるものであろうと思う。ついでに言えばわたしの頭の悪さでもあるのだが、恐らくは、『Harry』愛溢れる観客ならば、もうその雰囲気だけでも最高に思うだろうし、魔法入り乱れるバトルに大興奮、となるのだろう。
 そして今回の「黒い魔法使い」に関しても、『Harry』愛溢れる観客ならば、ラストで明かされる重大な秘密に、な、なんだってーー!? とワクワクし、早く続きが観たい!! と興奮するのだと思うが、わたしは残念ながら、次はもう観なくていいかな、という判定を下すことになった。そうなのです。今回も、とにかくキャラクターが多く、それぞれの思惑がかなり入り乱れていて、どうもわたしにはスッキリ物語が頭に入らない事態となったのである。これって……やっぱりわたしの理解力が足りないからだろうな……うーーむ……間違いなく言えそうなことは、完全にちびっ子お断りの複雑な物語であった。これは小説で読んだ方が面白いと思うけど、映画オリジナルなのかな?

 というわけで、『Fantastic Beast』第2作目は、時間的には前作のすぐあと、である。時代的には1920年代。第1次大戦が終わったばかりの世界で、前作がNYCを舞台としていたのに反し、今回、主人公ニュート・スキャマンダー君は前作の騒ぎの責任を追及されて、故郷のロンドンにて、イギリス魔法省から海外渡航禁止のおとがめを受ける。ニュート君は、今、世を騒がせている悪い魔法使い、グリンデルワルトの騒動には関心がなく、魔法使い社会がグリンデルワルトに対して賛否分かれている中で、ぼくはどっちでもないよ、なんてのんきな立場であった。そしてどうやらその背景には、魔法学校の恩師、ダンブルドア先生の指令もあって、どうやらダンブルドア先生はニュートを見込んで、(ニュートの意に反して?)いろいろ使い走りに使っている模様だ。
 で。前作の騒動でお縄になっていた悪者グリンデルワルトは、冒頭であっさり脱走に成功し(超あっさりと脱走するその様子にわたしはもう、なんかバカバカしくなった)、前作で目を付けたクリーデンスを追ってフランスへ。そして一方ロンドンでぼんやりしていたニュート君は、ダンブルドア先生に呼び出され、ホグワーツへ。そして、ダンブルドア先生からグリンデルワルト討伐の命を受け、超イヤイヤな感じでフランスへ魔法であっという間に到着するのだが、そこには、前作で仲良くなった魔法女子ティナもグリンデルワルトを追って来ており、二人は再会するのだが……てなお話です。ええ、超はしょりました。
 わたしが思うに、わたしがこの物語でどうも気に入らないのが、主人公ニュート君のキャラクターだ。彼は、大変有能でイイ奴なんだけど……なんかのんきというか……のろいんだよな……行動が。ただし、ニュート君のスットロさはどうでもいいとしても、本作は映画としてのクオリティは非常に高くて、とりわけ衣装だったり美術なんかは世界最高峰であると断言できる。各キャラクターの着る服がいちいちカッコいいし、小道具類もとても質感高くて、相当金がかかってるのは間違いなかろう。実際、前作はアカデミー衣装デザイン賞を獲ったんじゃなかったかな。今回も、衣装や美術は最高レベルで素晴らしかったすね。
 というわけで、キャラ紹介と演じた役者をずらずらメモしておこう。いっぱいいるんだよな……
 ◆ニュート・スキャマンダー:ホグワーツ出身の魔法動物学者。今回、ホグワーツ時代の回想シーンがあって、なんか演じた役者があまり似てなくてガッカリ。描写によると、どうも友達いない系の変わり者で、動物大好き青年。前作でアメリカ魔法省のティナに恋しちゃったけれど、ロンドンに帰ってから、兄と兄の婚約者とニュートのスリーショットを雑誌にパパラッチされて、ニュート婚約か?的に報道されたせいもあってティナはおかんむり。ニュートとしては完全誤解でしょんぼり。ダンブルドア先生から使い走りされている模様。演じたのはオスカー俳優Eddie Redmayne君36歳。まあイケメンですよ。何というか、ニュートは相手がティナであっても相手の眼を見てしゃべるのが苦手なのか、なかなかのコミュ障ぶりな演技が何気にわたしは素晴らしいと思います。もうちっと、コミュ力向上が望まれますな。
 ◆ティナ・ゴールドスタイン:US魔法省職員で闇払いチーム所属。グリンデルワルトを追う。ニュートは動物大好き人間嫌いで、とりわけ闇払いが嫌い(ティナ除く)なので、ティナとしては若干正体不明のニュート君にイラつくことも。演じたのは前作同様、エイリアン最新作のヒロインでもお馴染みのKatherine Waterston嬢36歳。この人は別に美人とは思わないけど、今回彼女が着ている黒いコートがとってもカッコ良かった。キッとした前髪パッツンのショートボブとともにとても似合ってましたな。
 ◆ジェイコブ・コワルスキー:NYC在住の魔法使いじゃない一般人。パン屋だったはず。前作でニュートと仲良くなって大活躍するも、記憶を消されたはずが、彼には全く効かなかったみたいすね。ティナの妹クイニーにぞっこん。演じたのは前作同様Dan Fogler氏42歳。今回それほど活躍せず。
 ◆クイニー・ゴールドスタイン:ティナの妹で人の心が読める魔法使い。ジェイコブにぞっこんだが、US魔法界は人間との結婚はご法度であるため、ジェイコブに惚れさせ魔法をかけてロンドンへ。しかし、そりゃマズイっショ、とニュート君に惚れ魔法を解除されしょんぼりしているところを、グリンデルワルトとばったり出会い、「人間と魔法使いが仲良くなれる世界」の話を聞いて共感してしまい……という展開。演じたのはAlison Sudol嬢33歳。美人。20年代のクラシカルでポップな服が良く似合う。この方は役者というより歌手なんすね。わたし的には彼女の運命が一番気になるっす。ジェイコブと共に幸せになってほしいのだが……
 ◆テセウス・スキャマンダー:今回の新キャラでニュート君のお兄さん。なかなかのさっぱり系イケメン。イギリス魔法省のお役人。わたしの眼から見ると、ニュートをいつも心配して気にかけてくれる優しいお兄ちゃんなのだが、ニュート君は彼を苦手にしている模様。優等生すぎるのがニュート君には気に入らないのかな。ラスト近くで抱き合う兄弟の図は美しかったすね。演じたのは、Eddie君より年下のCallum Turner君28歳。今後の活躍を期待したいすな。
 ◆リタ・レストレンジ:新キャラ。テセウスお兄ちゃんの婚約者であり、ニュート君のホグワーツ時代のクラスメイト。原作愛に溢れる方には、「レストレンジ」という苗字に興奮しちゃうのかな。「死喰い人」の幹部一家だったっけ。演じたのはわたし的には『X-MEN』のエンジェルでお馴染みZoë Kravitzちゃん29歳。お父さんはかの有名なLenny Kravitz氏です。Zoëちゃんはすごいちびっ子なイメージすね。しかしこのキャラは、背景が非常に複雑で、ユスフとの関係、クリーデンスとの関係など、実はわたしにはよく理解できなかったす。
 ◆クリーデンス・ベアボーン:前作のキーキャラクターで、その身に「オブスキュラス」という魔法動物?を内包してた(寄生されていた?)。演じたのはDCヒーローTHE FLASHでお馴染みEzra Miller君26歳。FLASHでは陽気なコメディ担当の彼も、本作では超ドシリアスです。要するに、前作も今回も、悪者グリンデルワルトの目的はクリーデンス(=オブスキュラス)を自らの陣営に引き入れたいってことかな。しかし正直、クリーデンスは何がしたいのか、行動の意図はよくわからんす。ラストで驚愕(?)の真実が!!
 ◆アルバス・ダンブルドア:本作時点ではホグワーツの若手教師。後のHarryのマスターだが、本作ではニュート君のマスターとして、自らは動かない。が、今回その理由が判明しました。そして彼の行動を妨げていた制約は、ニュート君の活躍で解除されそうな気配。次作では、ついに伝説の男の封印が解かれる! 的展開になりそうすね! 演じたのはJude Law氏45歳。この人はわたしより若いのに髪がヤバい。けどなあ……この人はどっちかというとイケメン枠なので、セクシーハゲ連盟には入れてやらん!
 ◆ゲラート・グリンデルワルト:悪い人。たしかHarry時代には、ヴォルデモートに殺されてたんじゃなかったっけ。そしてHarryのラストで出てきた「ニワトコの杖」の秘密を握っていた爺さんだよね? いずれにせよ本作の時代は絶好調で悪いことをしている魔法使いで、若き日にダンブルドアとマブダチだった男。世界征服が夢だけど、非魔法使いを全員ぶっ殺せとは思っておらず、家畜として飼えばいいじゃん的思想の危険人物。演じたのは前作ラストで正体が判明したJohnny Depp氏55歳。老けたっすねえ……いつも酔っぱらってろれつが回らないような姿の印象が強くて、あまり好きじゃないす。
 とまあ、キャラと役者については以上かな。つうかですね、もう書きたいことはほとんどないっす。どうしても分からないことが多くて……いっそちゃんと小説出してくれないかなあ……。

 というわけで、ぶった切りで結論。
 シリーズ第2弾となる『Fantastic Beast:The Crimes of Grindelwald』を観てきたのだが、やっぱり思うのは、このシリーズは『Harry』愛に満ちた人じゃないと若干ハードルが高く、わたしのような人間には、物語の理解すら難しいという、極めて一見さんお断りな映画であったように思う。じゃあ観に行くなよ、と言われそうだけど、うーーん……次はもう観に行かない……かな……。わたしのような頭の悪い人間は、おとなしくWOWOWで放送されるのを待ち、シリーズ完結後に一気に観ないとダメかもな……。ただし、とにかく登場する魔法動物たちや、衣装や美術など、世界観を彩る映像はとても魅力的で超一流なのは間違いなく、また、『Harry』愛に満ちた方なら大興奮の物語だったのだろうと思います。つうかですね、ニュート君はもうチョイ、コミュ力を鍛えた方がいいんじゃないかなあ……。それと、なにもこんなに暗い話じゃなくて、もっとニュート君と動物たちが主役な楽しい話にすればいいのになあ……。というのが結論です。以上。

↓ 前作で登場した、金が大好きなモグラのような謎生物は、今回ラストで何気に大活躍します。前作をもう一度復習してから観に行った方がいいかも。

「1作目が思わぬヒットとなって、続編が作られることになった」という経緯はもうよくあることだが、映画オタクとしては、その続編では監督やキャストが変わってしまい、なかなか香ばしい地雷映画となってしまった悲しい事例をこれまで何度も観てきた。
 そんなわたしなので、日本では2年前に公開され、わたしも大興奮したあの映画の続編が作られるというニュースを知った時、わたしはひそかに、うーん、大丈夫かなあ? と要らぬ心配をしたのである。そしてその、続編が公開となったので、地雷か否かを確認するため、さっそく観てきた。
 その「あの映画」とは、メキシカン・カルテルとの麻薬戦争を描いた『SICARIO』という作品である(邦題:「ボーダーライン」)。この映画に関しては、2年前に書いた記事を読んでもらうとして、とにかくわたしが興奮したのは、監督のDenis Villeneuve氏の素晴らしい手腕で、最初から最後まで貫かれる高い緊張感と不安を煽るような音楽の使い方、また撮影の巧みさなど、映画としての完成度は著しく高い傑作であった。Denis監督は、こののちに『ARRIVAL』や『BLADERUNNER 2049』などのウルトラ傑作を生みだしていくことになるのだが、やはり『SICARIO』のクオリティの高さが後の活躍を決定づけたと言ってもいいのではなかろうか。
 しかし、である。わたしが今日観てきた続編『SICARIO : DAY OF THE SOLDATO 』という作品ではDenis監督は去ってしまい(恐らくもう売れっ子なのでスケジュール的に無理だったのだろう)、イタリア人のStefano Sollima氏へ引き継がれたのである。この時点でわたしはかなり心配だったのだが、まあ、脚本は前作同様Taylor Sheridan氏だし、メインキャストの二人も変更なしだし、大丈夫……かな? という気持ちで劇場へ赴いたのだが、結論から言うと、全く大丈夫、今回もとても興奮する作品に仕上がっていたのである。いやあ、やっぱり世界は我々一般人の知らない恐ろしいことが起きてるんですなあ……とにかく緊張感が高い、一級品の映画だったと思います。
 というわけで、まずは予告を貼って、中身を見ていこう。いつも通りネタバレに触れる可能性大なので、まだ観てない方は予告を観たら今すぐ退場して、劇場へ観に行ってきてください。これは大変オススメであります。

 いつもわたしは予告の出来が悪いと容赦なく批判するのだが、上記予告の出来は大変よろしいと思う。日本版予告でありがちな、全く不要なナレーションや下品な文字ワイプもないし、実際、物語は上記予告から想像できる通りで、もはや細かい説明は不要だろう。
 舞台はメキシコとの国境地帯。そしてメインキャストの二人、CIAマンのマットと、SICARIO=暗殺者のアレハンドロも、前作通り、ハリウッド強面オヤジ選手権で優勝を争いそうなJosh Brolin氏とBenicio del Toro氏のままである。ただ、今回は、実のところ麻薬戦争を描く作品ではなく、ちょっとだけ変化球であった。
 冒頭で描かれるのは、US国内へ密入国しようとするメキシコ人の一団を一網打尽にするUS国境警備隊の模様と、(US側の)国境の町に住む少年の様子だ。いかにもフツーな少年でいて、何も考えてなさそうで、なんとなく底なしの虚無を抱えていそうな極めて冷ややかな目が印象的で、きっと物語のカギになるんじゃないかと予感される少年だ。なんでも、今現在、メキシカンカルテルがUS国内に運ぶ最も高価な商品は、もはやコカインではなくて、「人間」なのだそうだ。というわけで少年は、いかにもチンピラな「親戚」の男の手下として、密入国の手引きをする下っ端になり果てる。
 そして一方では、US国内ではスーパーで自爆テロが勃発し、実行犯はイエメン人で、どうやらメキシコから密入国したようだ、という情報がもたらされる。この結果、手引きをしたメキシカンカルテルをUS政府はテロ組織と認定、カルテル同士を戦争させるためにマットが招集され、BLACK OPs(=極秘作戦)が発動されるーーーという展開である。
 というわけで、マットは「戦争」を演出するために、さっそく旧知のアレハンドロを招集する。作戦としては、最大カルテルのボスの娘を誘拐し(=アレハンドロは元コロンビアの判事で、カルテルに妻子を惨殺された過去があるのでカルテル壊滅のためなら何でもやる男)、それをライバル組織の犯行と偽装することで戦争を起こさせるというDirtyなもので、極めてプロの仕事としてとんとん拍子に進むため、こりゃきっと誘拐された娘が物語のキーになるのかな、そして冒頭の少年と出会って……みたいな展開だろうかと思いながらスクリーンを観ていたのだが、このわたしの予感はまるで間違っていて、思わぬ展開が待っていた。
 実は、メキシコ政府は、まったくUS政府からこの作戦を聞かされておらず(?)、作戦を察知したメキシコ政府の意をくんだメキシコ警察の裏切り(?)で、あっさり作戦は頓挫してしまうのだ。ここは、わたしは最初どういうことかよくわからなかったのだが、想像するに、メキシコ政府はカルテルとケンカはしたくないし(ひょっとしたら癒着しているのかも)、カルテル同士の戦争なんて起きてほしくない、ということだと思う。そのため、結果としてマットとアレハンドロは窮地に陥る。マットはすぐさまUS国内に脱出し、アレハンドロは、激しい銃撃戦のさなかに逃げ出した娘を追って一人追跡にーーという展開で、ますます娘の物語上の重要性は増していくのだが、わたしはてっきり、アレハンドロは前作のラストで描かれた通り、全くNO MERCY、超無慈悲な暗殺者なので、娘もラストは殺るんだろう、と思ったのだが……そんなわたしの愚かな想像の斜め上を行くエンディングは、実に見事だったと思うし、極めて優れた脚本であったと思う。わたしとしては、傑作認定したいと思うハイクオリティな映画であったと結論付けたい。
 というわけで、各キャラとキャストについてメモしておこう。
 ◆マット:前作にも登場したCIAのBLACK OPs指揮官。前作では、FBIのゆとり捜査官に、あぁ? お前何言ってんだ? これは戦争だよ、とあっさりつき放つような、恐ろしく迫力のあるおっさんだったが、今回は、意外とハートのある男になってたのが驚いた。前作のエンディングはかなり苦いものだったけれど、一応、本作はすべてスッキリするエンディングだったと思う。演じたのは、前述の通りTHANOS様でお馴染みJosh Brolin氏。ホントにわたしとほぼ同級生なのか疑いたくなる迫力オヤジですな。見事な演じぶりでした。
 ◆アレハンドロ:前述の通り、メキシカンカルテル壊滅なら何でもやる決意を持ったSICARIO=暗殺者。徹底したプロ。ラスト近くでとんでもない目に遭い、な、なんだって――!? とわたしはもう絶句。そしてキッチリと、エンディングではBenicio del Toro氏の迫力オヤジの面目躍如で、「お前の将来の話をしようか」なんて密室で迫られたら、普通の人はその時点で失神・失禁してしまうと思います。冒頭の少年が、タトゥーまみれのチンピラになり果ててイキがってるのをガツンとやる強面オヤジぶりがもう最高でしたね。
 ◆イザベラ:カルテルのボスの娘。推定15~17歳ぐらい? わたしは冒頭から、この娘が気に入らなくて、いずれ恐怖で泣き叫ぶがいい……とか思ってました。なにしろ、血まみれの金でぬくぬくと育ち、血まみれの父親の影響力で偉そうにしてるだけのクソガキだったので、さっさとひどい目にあえ、とか思っていたものの……アレハンドロとのちょっとした心の交流は、まあ、一時の心やすめになったような気もします。演じたのは、Isabela Monerちゃん17歳。結構可愛いです。あ、へえ~? Broad Wayの『EBITA』で芸能界デビューした娘なんですな。この娘さんは将来もっと有名になる予感はあるっすね。大変な熱演だったと思います。↓こちらはIsabelaちゃんのインスタより、W強面オヤジに囲まれるの図、であります。Wオヤジの笑顔が似合わねえw!

 ◆ミゲル:US側の国境のすぐそばに住む少年。わたしとしてはこういう底知れない悪意の塊のようなガキにはさっさと死んでほしかったのだが……物語のカギを握るキャラと言ってもいいような気もする。ここでこうつながるのか、というのはとてもよくできた脚本だったと思う。とにかくその眼に宿る、底なしの虚無のような、どーでもいいよ……みたいな態度が非常にムカつくけれど、演技だったのならすごい演技力だと思う。何気に空気を読んで危険を察知するその能力は、次世代SICARIOの才能アリでしょうな。彼のとある行動で、「ヒャッハー! 戦士(=Soldado)の誕生だぜ!」とチンピラどもが盛り上がるシーンがあって、その意味では本作のタイトル「DAY OF THE SOLDADO」にも通じていて、実は物語の主人公だったともいえるかもしれない。演じたのはElijah Rodriguez君は年齢がいくつか分からないけど……イケメンに育ってほしいすな。大変良い芝居ぶりだったと思います。

 とまあ、主なキャラとキャストは以上です。問題は、ズバリ言うと今回のマットとアレハンドロに関して、前作のような徹底した冷徹さが、若干ハリウッド映画的な正義の味方に変化してしまっている点で、ここは賛否両論のような気もする。その、善と悪の境界線があいまいである点が邦題の「ボーダーライン」であったはずだと思うのだが、今回は分かりやすく「イイ人」になってしまっているように思えた。まあ、わたしとしては、今回のような若干の甘口も、悪くないと思った。血まみれの金でぬくぬくと育った娘に、まだ改悛の余地はあるのかどうか。前作のアレハンドロだったら、躊躇なくぶっ殺していたはずだけど、一応の救済を示したのは、まあ、人間としては、許せるというか、否定はしたくない、ですな。あと、そういえば前作にも登場した、マットの部下の眼鏡の人は今作でも出演してましたね。それと80年代のYAスターの一人、Matthew Modine氏がSDUS(=合衆国国防長官)の役で出演されてました。今59歳か……『FULL METAL JACKET』の主人公ジョーカーも年取ったなあ……。
 しかしまあ、なんつうか観終わって、本当にもう、どうにもできないというか、人間の悪意の連鎖にはとても心痛みますな。これじゃあ、元不動産王のスケベオヤジこと現職US大統領が、国境に壁を作るとか言い出す気持ちも理解できるよね。もちろんそれは、幼稚で浅はかな考えかもしれないし、メキシコ側の主張である、US側で需要があるのが悪いという意見も、分からんでもない。
 でも、間違いなく言えそうなことは、この麻薬戦争に象徴されるUS-MX間の問題は、恐らくもう解決不能なのではなかろうか。壁を作っても乗り越えてくるだろうし、US国内の需要もなくならないだろうし、そして、US側で密入国を手引きする連中も絶滅することはないだろうと思う。
 現代社会に生きる我々には、もはや禁忌、タブーのようなものはなくなってしまっているわけで、みんなで決めたはずのルール=法律も、全くもって万能ではない。どんな刑罰があっても、犯罪がなくならないのは、みつお的に言えば、にんげんだもの、なんだろうけれど、それでいいかと言えば、全く良くない。なんか、真面目に生きることを信条とするわたしとしては、悪には明確に罰が下されることを祈りたいすなあ……真面目に生きることでバカを見る社会が続くようなら、まあ人類は絶滅してもいいんじゃないすかね……。なんて暗~~い思いが晴れなかったす。なので、わたしは悪党がぶっ殺される映画は大好きであります。
 ところで、本作は監督は変わってしまったものの、前作で特徴的だった音楽は健在で、実に緊張感を高めるのに貢献した音楽・音響だったと思う。ただ、わたしは知らなくて、エンドクレジットで初めて知ったのだが、エンドクレジットには、「To Jóhann Jóhannsson」という追悼メッセージが映される。これは、まさしく前作の音楽を担当したJóhann Jóhannsson氏のことで、どうやら本作はJóhannsson氏のオリジナルスコアを使いながら、別の方が音楽を担当されたようだ。Jóhannsson氏は前作の後、Denis監督の『ARRIVAL』でもとても素晴らしい仕事をされた音楽家なのだが、今年亡くなっちゃっていたんだね……。わたしはすごい好きだったのだが、大変残念です。

 というわけで、結論。
 監督が代わってしまってとんでもない地雷映画と化すことはよくあることだが、今日わたしが観に行った映画『SICARIO : DAY OF THE SOLDADO』は、前作にして超傑作の『SICARIO』とは確かに別物、ではあったものの、そのテイストは十分受け継がれていて、大変面白かった、というのが結論であります。多分、とても気を使って、前作を意識しまくっているように思えますね。ともに共通する、あの音楽ですよ、とりわけ特徴的なのは、とにかく最初から最後まで緊張感が維持される演出?は見事だと思うし、脚本的にも若干変化球で、わたしは大変楽しめました。しかしホント、人類は救い難いというか、もうどうにもならんとしか思えないす。マジで、壁作っちゃうのも、対処療法としてはアリなんじゃねえかとか、そんなことすら思っちゃいますな。あーあ、人類の精神は、あんまり進化してないみたいで、しょんぼりすね……どうにもなんねえなあ……もう。以上。

↓ 前作は超傑作です。超おススメです。つうか、観てないと今回の『DAY OF THE SOLDADO』は楽しめないと思います。
ボーダーライン(字幕版)
エミリー・ブラント
2016-08-09

 わたしの青春時代は、どう考えても小学校~中学校~高校~大学の初めを過ごした80年代だと思っている。さんざんこのBlogで書いている通り、わたしは映画オタクとして成長してきたわけだが、一方で、中学に入る頃になるといわゆる「洋楽」にハマる奴らも周りに出てきて、いろいろカセットテープ(信じられないかもしれないがCDに移行したのは大学入ってから)を借りたり教わるようになったのだが、あくまでわたしは映画中心で、洋楽に関しては、例えば映画の主題歌なんかは相当聞いていたので、それなりに知識としていろいろなバンドや曲に詳しくなったけれど、アルバムを買ったりコンサートに行ったりするほどにはバンドやアーティスト自身にハマることはなかった。
 そんなわたしでも、「Queen」というバンドにはそれなりに思い入れがある。たぶんわたしが一番最初に「Queen」なるバンドの曲を聞いたのは、夜な夜な兄貴の部屋から流れてくる『FLASH GORDON』のサントラであったと思う。「Flash! a-ah~!Savior of the Univers!」のあの歌が、兄貴の部屋からダダ洩れで聞こえてきて、もう何回聞いたことか……。当時わたしは小学生だったので、映画は劇場で観ていないけれど、すごく覚えているエピソードとしては、この映画が高校生の時にTVで放送されて、その翌日友達Y君が、サントラが欲しい!とか言い出して、あれ、兄貴が持ってたけど、おれたちが小学校んときのサントラだから、中古屋行くしかねえんじゃね? というわけで、当時、有楽町の数寄屋橋にあった「HUNTER」という中古レコード屋に行って、その友人が500円ぐらいでそのレコードを買ったのに付き合ったのをなんだか妙に覚えている。
 そしてもうひとつ、「Queen」というバンドについてわたしが思い入れがあるのは、その曲の多くがわたしの愛する『ジョジョの奇妙な冒険』でスタンドの名前として登場するためだ。Killer QueenAnother One Bites the DustSheer Heart Attack、そして「BOHEMIAN RHAPSODY」。ご存知の通りJOJOのスタンド名は様々な楽曲(やアーティスト)からとられており、いちいちその元ネタを教えてくれる友達もいたし、自分でも調べたりとしたもんだ。
 というわけで、わたしが今日観てきた映画は、まさしくバンド「Queen」のリードボーカルにして偉大なる伝説のパフォーマー、Freddie Mercurry氏の伝記映画、『BOHEMIAN RHAPSODY』であります。結論から言うと、相当駆け足だし、若干映画として、細かいツッコミは付けたくなるものの、そんな細けえことはどうでもよく、とにかく「Queen」の数々の曲がいちいちカッコいいし、ラストに描かれる1985年開催の「LIVE AID」のシーンはもう超圧巻で、鳥肌モンの感動?に酔いしれたのであります。わたしの隣に座っていた推定60代のご婦人が、さかんに涙をぬぐっておられたのが印象的だ。あの「We are the Champions」はもう、すげえ! の一言ですよ。マジで泣けそうになったすね。コイツは相当最高でした。たぶん、我々おっさんだけでなく、Queenを知らない若者が観ても、その強力なパフォーマンスシーンにかなりグッとくるのではなかろうか。

 相変わらずFOXの予告はセンスゼロだが、まあ、大体の物語は上記予告で想像できる通りだ。物語は、事実通りなのかは知らないけれど、伝説と呼ばれるFreddie Mercurry氏の生涯を追ったもので、いわゆる一つの「ジュークボックス・ミュージカル」と言っていいだろう。今後ブロードウェーでミュージカル化されてもおかしくない、とても胸に迫る物語である。
 ただ、わたしがどうもよく理解できなかったのは、Freddie氏の「バイクセクシャル」嗜好の件だ。Freddie氏は、残念ながら1991年に45歳の若さで亡くなってしまったわけだが、ご存知の通りエイズによる肺炎が死因である(と映画では語られた)。80年代終わりごろの当時、エイズはゲイのかかる病気、のような風評があって、まあFreddie氏もそっちの趣味があったわけだが、わたしは本作を見るまで全然知らなかったんだけど、Freddie氏は若い頃は普通に女性と恋に落ちていて、要するにバイセクシャルだったんですな。でも、本作では、なんだか結構唐突にゲイ嗜好に走ってしまって、それが原因で彼女と別れてしまうことになって、生涯の心の孤独、を抱えてしまうようになる。
 この、Freddie氏が生涯抱える心の孤独が一番大きなポイントなのだが、なんというか……観ていて、Freddie氏が積極的にゲイの道に向かったというより、その道にそそのかしたクソ野郎がいて、そいつが悪党だ的に描かれているのが、なんだかちょっとよくわからなかった。
 そして、そのことでバンドメンバーや彼女との距離ができてしまって、破滅的な道にまっしぐらになってしまっても、結果的には彼女の心からの説得で考えを改め、バンドメンバーにも素直に謝罪して、さらにはずっと距離のあった厳格なお父さんとの和解も果たし(お父さんとのシーンも泣ける!)、1985年の「LIVE AID」に出演するというクライマックスは、映画的にはとても美しく感動的であったように思う。まあ、ホントはそんなに美しくはなかったんだろうけど、あの圧巻のパフォーマンスは最高に心震えたっすね。とにかくカッコ良かった。
 あと、Freddie氏が大の猫好きだったことは、有名らしいすね。わたしは全然知らなかったけど、映画に現れる猫たちがとてもかわいかったすなあ。もうチョイ、映画的に猫好きエピソードはクローズアップされても良かったかもしれないすな。それとFreddie氏の親日ぶりも、何気にいろいろ描写されてたすね。あのドイツの別宅の玄関に、謎のお札が張ってあったし、部屋着としての着物もなんか雰囲気に妙に合ってたすね。わたしは全然知らなかったので、へえ~? と思ったす。パンフには、当時日本来日の際に必ず付き添っていた方々のインタビューが載っていて大変興味深いです。
 というわけで、わたしは本作にかなりハートを鷲掴みにされたわけだが、それはもう、なんといっても楽曲のすばらしさと、各キャストの熱演・パフォ―マンスのすばらしさによるものだと思う。あれって、キャストが歌ってる……んだよね? オリジナル音源に口を合わせてるんじゃないよね? もう、完全に本物ですよ。とにかく凄かったので、各キャストを紹介しておこう。
 ◆Rami Malek as Freddie Mercurry:この人が演じた役で、わたしが一番印象的なのは、WOWOWで放送された『THE PACIFIC』での兵士の役で、それ以外は正直あまり記憶にないのだが、今回のFreddie Mercurryは完璧に近かったですな。確かに、よーく見ると全然別人なんだけど、全然気にならないというか、映画の中ではもう完璧にFreddie Mercurryですよ。ビジュアル、そして歌唱、さらにピアノ演奏など、ホントに素晴らしかったと賞賛したいですな。

 ◆Gwilym Lee as Bryan May:もうとにかく、似てる! という印象です。わたしは全然知らない役者さんですが、とにかくブライアン・メイですよ。やっぱり、Queenというバンドにおける兄貴的存在なんすかね。ギターを担当するデカい人は、バンドにとってもその存在がデカイ人なんでしょうな。大変な熱演だったと思います。あの名曲「We will rock you」はブライアン作なんすね。

 ◆Ben Hardy as Roger Taylor:ドラム担当のロジャーを演じたのは、『X-MEN:Apocalypse』でアークエンジェルを演じた方ですな。この方も、確かに似てる、と思います。ドラム演奏はもう圧巻ですよ。最高でした。ロジャーの代表作は……いっぱいあるけど、本作内ではこの「RADIO GA GA」が印象的だったすね。

 ◆Joseph Mazzello as John Deacon:ベース担当のジョンを演じたのは、まさしく『THE PACIFIC』の主人公、スレッジを演じたJoseph Mazzello氏でありました。ジョンは一番若くてQueenにも一番最後に参加してくる男で、やっぱりバンド内では一歩後ろに下がっているような立ち位置なんだけど、名曲「Another One Bites the Dust」が生まれるシーンで、フレディ、ブライアン、ロジャーが喧嘩してイラついている時に、あのベースのリズムを弾きながら、さあ、どうすんの?的に煽ったら、それいいな!? とみんながノッてきちゃうという、あの誕生秘話は面白かったすね。ええと、わたしが言っているベースのリズムはこれっす。

 とまあ、もう本作はQueenの4人だけで紹介は十分だろう。とにかく熱演で素晴らしかったと思います。最後に、監督についてだけちょっとメモしておくと、本作は監督としてBryan Singer氏がクレジットされているけれど、残念ながら途中で降板となってしまい、後任としてDexter Fletcher氏が監督を引き継いでいる。そんなごたごたがあったようだけど(全米監督協会の規定でクレジットされる監督は1人のため、あくまでクレジット上ではSinger監督作品)、正直、どこまでSinger監督でここはDezter氏が撮った、なんてのはもう全然分からないデキなので、観客としてはどうでもいいことだろう。ただ、わたしは結構Singer監督の作品が好きなので、本作の途中降板など、このところかなり名声が傷ついているのは若干残念だ。
 最後に、どうでもいいことをメモしておくと、この年末は、本作と『A STAR IS BORN』の2作が音楽的に素晴らしいという点で、何かと比較されるような気がする。しかし、本作は実話ベースであくまでFreddie Mercurry氏の足跡をたどったものである一方で、『A STAR IS BORN』は完全フィクションだし、二人の男女を描いたものであるという点で全くの別物だと思う。両作に共通しているのは、とにかく音楽が素晴らしい、ぐらいじゃないかしら。そして、わたしの趣味で言うと、やっぱり『A STAR IS BORN』の方がわたし好みっすね。それは間違いないす。GAGA様とBradley Cooper氏の二人の演技の方が、わたしはグッと来たし、音楽的にも素晴らしかったと思います。

 というわけで、結論。
 偉大なるパフォーマーFreddie Mercurry氏の生涯を描いた映画『BOHEMIAN RHAPSODY』をさっそく観てきたのだが、やっぱりもう、名曲ぞろいで相当興奮するっすね。そしてキャスト陣の熱演は、ビジュアル的にも凄いし、何より演奏、歌ですよ。本物のQueenの大ファンの人が聞いたら、やっぱり違うとか思うかもしれないけれど、わたしのようなニワカには、もう本物のパフォーマンスに迫る熱と魂を感じたっすね。素晴らしかったと思う。そしてこれだけ持ち上げといてアレですが、わたしの趣味としては『A STAR IS BORN』の方が好きっすね。まあ、とは言っても両作ともに素晴らしいデキなので、ぜひ劇場で観ていただきたいと思います。両作とも、劇場の大音響&大画面じゃないとダメだと思うな。つうか、両作ともに、サントラを買おうと思います。そして車で聴きまくろう!と思うわたしであります。以上。

↓ くそう、早く日本語字幕付きで観たい! 恥ずかしながらわたしの英語力ではきちんと理解できなかったと思う……
アリー/スター誕生 サウンドトラック
レディー・ガガ
Universal Music =music=
2018-11-07

 まったく根拠はないのだが、恐らく、40代以上の男で「果たしてオレの髪はいつまで元気でいてくれるのだろうか……」という思いにふけったことのない方は、ごく少数派であろうと思う。まあたいていの男が、40も後半となると自らの親父やじいさんを思い浮かべ、オレもヤベえかもな……という悲しみと不安と恐怖に打ち震えるモノだと思うが、わたしの場合、どうもここ2年ぐらいで、本当に、もうこれは自らを偽って気が付かないフリはもはやできない、というか、むしろ自らネタにして周りに「もうオレ、マジで髪が薄くなりつつあるんだけど、人生終了っつうか、心の底から絶望だよ……」というトークをかます必要が生じてきたのである。もはや笑うしかないこの事態に、わたしの心はズタズタに傷ついているのであった……。
 そして4日前、ここ10年ぐらいわたしの髪を切ってくれているイケメンのヘアスタイリストさんに、もうオレダメっすわ……つうか、どうしたもんすかねえ……と悩みを打ち明けてみたところ、まあ、営業トークとして、いやいや、まだ全然いけるっすよ!と言ってもらったものの、今後の「オレの髪をどうしたらいいか問題」に関する基本方針を打合せることにした。その結果、
 1)いきなりだとアレなので、だんだん短くしていく
 2)短い髪がお馴染みになった6~9か月後ぐらいに、第1形態としてまず、Tom Hardy氏 またはDaniel Craig氏を目指す
 3)そして薄くなる進行に合わせて、第2形態としてKEN WATANABE氏的なスタイルを着地点とする
 4)いよいよKENさんヘアーもキツくなったら、第3形態はもうJason Statham氏を目指して無精ひげも同時装着するしかなかろう
 5)そしてそれも叶わなくなった時の最終形態は、もはやBruce Willis氏しかねえ!
 とまあ、こういう結論に至った。わたしもイケメンスタイリストさんも映画が大好きなので、以上の方針に決定した結果、今、わたしは今までよりチョイ短めの髪になっております。まあ問題は、わたしの髪の薄くなる進行度と、髪型の変化がシンクロするかだが、わたしの場合、どうも額が広くなるよりもてっぺん、つむじ付近の薄さがヤバイ状態であり、残念ながらザビエル化する可能性の方が高そうで、ホント、日々絶望に打ちひしがれている……。ああ、理科1の先生を「ザビたん」とか言って笑ってた中学生当時のオレよ、お前は自分を笑ってたんだぞ……。
 はあ……ホント長生きしていいことあるのかなあ……何もないような気がするなあ……。
 ―――というのは、まったく関係ない前振りである。
 今日、わたしはTom Hardy氏主演の『VENOM』を観てきたのだが、普通に面白かったのは良かったとして、やっぱりTom Hardy氏はかっこいいなあ、と思ったのが一つ、そして、ある意味予想通り、まったくもって『SPIDER-MAN』とは関係ない物語になっていて、ちょっとその点だけ残念だったかも、という感想を持ち得た。
 えーと、髪の話は、単にTom Hardy氏繋がりなだけっす。サーセン! そして以下はネタバレ全開になる可能性が高いので、また観ていない方はここらで退場してください。

 というわけで、『VENOM』である。このキャラクターは、別にMARVELコミックに詳しくなくとも、Sam Raimi監督&Tobey Maguire氏版の『SPIDER-MAN3』にも登場したので、映画好きならもうお馴染みだろう。あの、宇宙から飛来した謎の液体生命体で、SPIDER-MANに寄生して「BLACK SPIDY」になるアイツ、別名「シンビオート」である。まあ、原作的にはいろいろあるのだが、その辺は割愛します。いろいろありすぎるので。
 そしてこれももはやお馴染みな通り、今、破竹の勢いを誇るMARVELコミックも、1990年代にはホントにガタガタで経営破たんし、2009年にDISNEY傘下となることで企業再生を果たしたわけで、その20世紀末から21世紀初頭の黒歴史時代は、当然「売れるモノは売れ!」ということをせざるを得なかった。その結果として、有力IP(の映画化権などの二次利用権)はバンバン売られており、『SPIDER-MAN』はSONYに、『X-MEN』や『FANTASTIC4』などはFOXに売られてしまったわけである。
 ズバリ言うと、現在大人気でわたしも大好きなMARVEL CINEMATIC UNIVERS(MCU)は、売れ残って人気のなかったIRONMANからスタートするしかなかったのだと思う。まあ、正確に言えば、MCUが始まったのはDISNEYに買収される前で、MCUというプロジェクトの成功でMARVELは企業価値を高めることに成功し、DISNEYに、買ってもいいな、と思わせたわけで、MCUというプロジェクトがMARVELを救ったと言えるのではなかろうか。
 というわけで、MCUには『SPIDER-MAN』や『X-MEN』のキャラクターを登場させることはできないわけだったのだが、去年、世紀の大英断といわれるSONYの決断によって、SPIDER-MANがとうとうMCUに登場することとなった。その活躍ぶりは『INFINITY WAR』でもいかんなく発揮されていて、もはやSPIDY抜きのMCUは考えられないほどなのだが……果たして本作『VENOM』に、MCUへのつながりは描かれるのだろうか、という点がわたし的には実は一番楽しみであった。誰だって、SPIDY抜きのVENOMの物語って、面白くなるのかなあ? と普通に思うよね。
 しかし、冒頭、物語の舞台となるのがSan Fanciscoであることが明示された時点で、わたしはもう、MCU的つながり=SPIDYの登場は諦めた。なにしろSPIDER-MANはNYCに住んでいる高校生なのだから、こりゃもう、登場する見込みはなかろうと冒頭で分かった。ただし、わが友Mくんは、きっとラストのおまけ画像で、エンパイアステートビルのてっぺんにチラっと出て来るんじゃないすか? とか言ってたため、確かにあり得るかも……と最後のおまけ映像も期待したのだが、おまけ映像でもMCUつながりはナシ、であった。ただしその代わりに、おまけ映像においては、VENOMとセットで語られることも多い(?)有名キャラ、CARNAGEのまさかの登場で、これはこれで相当興奮したっすね。しかもCARNAGE(に寄生されるキャサディ)を演じたのは、なんとWoody Harrelson氏ですよ! これはシリーズ化する気満々なんでしょうな、きっと。なお、おまけ映像は一番最後にもありますが、これは劇場でお楽しみください。
 ああ、いかん、全く余談ばっかりになってしまった。
 だって……ええ、実のところ、本編の物語についてはあまり語ることがないんすよね……物語的には、ジャーナリストの主人公エディが、シンビオートに寄生されてVENOMとなり、シンビオートを地球に持ち込もうとした悪い人をぶっ飛ばすだけのお話で、正直、観ていて、なんでエディとVENOMがあんなに仲良く手を組むのかさっぱりわからないし、VENOMが地球を気に入っちゃった理由もよくわからない。一応物語では、エディもVENOMも「人生の負け犬」同士であり、そこが気に入った、みたいな説明はあったけど……ま、なんだそりゃ、ですわな。なので、別に感動するとか、そう来たか!的な気持ちよさは全くなかったと思う。原作ファンとしては「We are VENOM!」のセリフだけで大興奮できたかもしれないすね。
 とはいえ、それでも、普通に面白い映画であるのは間違いないと思う。それは、結局のところVENOMがイイ奴で、ほぼ正義の味方として大活躍し、悪者をぶっ飛ばすという爽快感がきちんとあって、スッキリ感という意味でのカタルシスはきちんと観客に提供されるからだと思う。そういう点では、本作はきちんと起承転結がつくられていて、クオリティは保証されていると思う。映像的な見ごたえもあるし、まあ、何にも知識なく、いきなりこの映画を観ても十分に楽しめると思います。そういえば、この派手な映像と妙な正義感は、映画としての『DEADPOOL』にとても近いようにも感じたっすな。
 というわけで、4人だけ、メインキャラと演じたキャストを紹介してさっさと終わりにしよう。
 ◆エディ・ブロック:ジャーナリストというかTV局お抱えYouTuberのような男。ただし、自分の彼女のPCを勝手にいじって得た情報で突撃取材を敢行するなど、頭は相当悪く、はっきり言って全くコイツには共感できなかった。当然そんな男なので、仕事を失い、彼女にもあっさり振られ「負け犬」に。コイツ、VENOMに寄生されなかったら人生終了だったよ、きっと。そんな、ある意味だめんずなエディを演じたのがTom Hardy氏41歳。意外と若いな。元部下のA嬢が大ファンで、唇がセクシーなのがお気に入りらしいけど、まあ、確かにカッコいいのは間違いないす。この人はいつも、なんだかモゴモゴしゃべるイメージがあるけど、本作ではやけに滑舌良かったすね。わたしも髪型をTom氏に寄せていく予定だけど、まあ、ブサメンのわたしが似合うかどうかはまだ分からんす、こりゃアカン、と思ったら早めにKENさんヘアーに移行しようと存じます。
 ◆アン:エディの元彼女。エディの暴挙によって一緒に職を失うことになり、エディにブチギレて三下り半を突きつける。そしてさっさと外科医の彼氏と同棲を始める切り替えの早いお方。ま、女性はそういうもんですよ。これはエディが全面的に悪いのでどうにもならんすな。むしろエディは未練たらたらで彼女の家の前でうろうろするという、軽いストーカーと化し、彼女にはごくあっさり、復縁はあり得ないとつめたーーく言われちゃう下りは、もう笑うしかなかったす。そしてそんな彼女、アンを演じたのは、なんとMichelle Williamsさんであった。わたしはMichelleさんが本作に出ていることを全然予習してなかったのでびっくりした。現在38歳か……このお方は、なんか妙に童顔に見えますね。本作ではなぜかタータンチェック(?)のミニスカ着用で、なんちゃって女子高生風な衣装は監督の趣味なのか、原作通りなのか、わたしにはわからんす。大変よくお似合いだったので、わたしとしてはアリ、です。
 ◆カールトン・ドレイク:ライフ財団のTOP。天才。がんの治療薬を16歳(だっけ?)で発明し、巨万の富を得る。そしてその金で現在宇宙開発にご執心。というのも、彼の考えでは、もう地球の資源は枯渇しており、人類は宇宙進出しないとダメ、と思い込んでいて、宇宙移民の際に、宇宙生物と融合するのが解決法だ、とか考えているため、自らシンビオートと同化、RIOTとしてVENOMと戦うことに。もうちょっとその天才頭脳を別の方向に向けてればよかったのにね。ちなみにRIOTは、VENOMの上官でシンビオートの中でも強くて偉いらしい。わたしは知らんキャラでした(わたしは最初、CARNAGEキター!とか思ったけど盛大な勘違いでした)。で、演じたのは、『ROGUE ONE』のボーディーでお馴染みRiz Ahmed君35歳ですよ! あの、元帝国軍のパイロットでお父さんのメッセージをソウ・ゲレラに運んできた彼ですな。あの時は汚いカッコで無精ひげだったけど、今回はきれいなスーツ&すっきりさっぱりな顔でした。結構イケメンじゃないすか。
 ◆スカース博士:ライフ財団で働く医師(?)。医学発展のために働いていたと思ってたのに、裏では人体実験をしていたことにショックを受けて、シンビオートの情報をエディに漏らす人。そして気の毒な最期に……。そしてこの博士を演じたのはJenny Slateさんという女性で、この方は去年観てやけに感動した『gifted』の、担任の先生を演じた方ですな。どっかで見た顔だと思ったけど、パンフを読むまで思い出せなかった……。本作ではイケてないダサめがねでしたが、本来はかなりの美人です。

 とまあ、こんなところかな。なんかまるで関係ない話ばかりでサーセンした!

 というわけで、さっさと結論。
 MARVELコミックの人気者、SPIDER-MANのキャラクターでお馴染みの『VENOM』単独の映画がソニーによって製作され、公開されたのでさっそく観てきた。VENOMを描くのにSPIDYが出なくて大丈夫なんだろうか、と思って観に行ったのだが、まあ、普通に面白かったと言っていいだろう。主人公エディには全く共感できなかったけれど、派手なアクション、ちょっと親しみ?を感じさせる面白キャラ、という点では、なんとなく映画的には『DEADPOOL』に似ているような気がしました。そしてTom Hardy氏はやっぱりカッコイイすね。それなりに全世界的にはヒット中なので、続編が作られたらまた観に行くと思います。その時は、SPIDYが出てきてほしいのだが……どうでしょう、難しいかな……まあ、わたしとしては、さっさとX-MANがAvengersに参加してくれた方がうれしいす。全然まとまらないけど、無理やりですが、以上。

↓ MCUじゃないけど、やっぱりSam Raimi監督版の爽快感はイイすねえ!

 このBlogで何度も触れていることだが、現在わたしが思う最強ハリウッド美女は、WONDER WOMANでお馴染みGal Gadot様と、もう一人、常に高貴でクールなオーラの漂うCate Blanchett様のお二人が2TOPである。もはや女神に近いその存在は、恐らく直接目にしたら自然と跪いてしまうだろうと思われるほどだが、ここまで持ち上げておいてアレなんですけど、実はわたしはこの女神が出演する映画を全部観ているわけではない。とりわけ、Cate様の場合、もうずっと前から映画の中で何度もその姿を観ていながら、キレーな人だなあ、とは思っていたものの、それ以上ではなく、どういうわけか2015年に観た『The Monuments Men(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)』という作品を観たときに、突如、な、なんてお美しいお方なんだ! とCate様の美に目覚めて以来、Cate様にぞっこんLOVEとなったのである。
 あの映画でのCate様は、確かルーブルに勤務する美術女子で、超クールなフランス人なんだけど、その内心ではナチスには屈せずひそかに闘う熱い女子、みたいな役で、おっそろしく美しかったのがわたしのハートにやけに響いたのであった。
 とういうわけで、以来、Cate様の出演する映画はなるべく観たいとは思っているものの、全部をカバーしきれていない、まったく気合の入っていないファンであるのがわたしなのだが、先日、Cate様が、これまた妙にピッタリなイメージで主演する映画の情報を得て、これは観ないとダメだな……と思える映画に出会った。そのタイトルは、『The House with a Clock in Its Walls』。この作品は、わたしは全く知らなかったが児童文学で有名な作品だそうで、日本では『ルイスと不思議の時計』というタイトルとなっている。で、公開から2週間経ってやっと観てきたわけだが、まあ、うーん、やっぱり児童文学ですな、というのがまず第一の感想であり、そして、やっぱりCate様は最強に美しいのう……という、実に当たり前な感想を持つに至った。えーと、面白かったかどうかで言うと、うーん……まあ、普通っすね。つまらんとは言わないけど、別に大絶賛でもなかったです。

 というわけで、上記が日本版予告なのだが、ご覧の通り、予告からして「日本語吹替え」である。いや、字幕の予告があるのかもしれないけど、見つけられなかった……のはどうでもいいとして、言いたいことが二つあって、まず、わたしは映画オタクとして、ハリウッド作品を観る時は「字幕版」一択であって、日本語吹き替えを観ることはまずない、ということだ。そして第2に、やっぱり児童文学が原作ということで、児童の観客をメインに想定しているために日本語吹替え(の予告)なんだろう、という点で、実はわたしがこの映画を観ようと思っていたのに、公開から2週間経ってやっと観た理由はここにある。
 というのも、映画館というものがほぼ絶滅しつつあり、シネコンなるものに置き換わった現在、わたしの家の近所では、日本語吹替え版の上映しか設定されておらず、字幕版を観るには日比谷か新宿へ行くしかなく(※TOHOの場合)、その時間がなかなか合わなくて、観に行くのが遅れてしまったのである。まあね、別に全国各地で字幕版を用意しろとは言わないけど、この映画を観ようとするちびっ子は、実際それほど多くないんじゃないかなあ……という気もする。ちなみにわたしが観た日比谷TOHOでの字幕版は、シニア客が圧倒的に多かったすね、これは字幕で日比谷だからかもしれないけど、全国のシネコンで上映されている日本語版には、ちゃんと想定観客であるちびっ子率が高いのだろうか。そうだといいんだけど……。
 ともあれ、以上はどうでもいい話である。お話の方も、もう詳しくは説明しない。両親を失った少年が、(母の兄である)叔父の元に引き取られ、その叔父が魔法使いで、その叔父と仲の良かった魔法使いの仕掛けた陰謀に少年は見事ハマってしまい、うえーん、おじさんごめんなさーい、と詫びを入れつつ、叔父の友達で隣の家に住む魔法使いの女性とともに、その陰謀に立ち向かうお話である。サーセン、超はしょりました。
 時代的には、1955年という設定なのだが、その設定は悪い魔法使いが2次大戦に出征したことと、そして女性魔法使いはパリで暮らしていたユダヤ人で、ナチスによって家族を喪っていること、ぐらいしか物語に影響していない。だから何だということもないのだが、その女性魔法使いを演じるCate様の、どこか悲しみをたたえながらも優しい笑みは素晴らしいし、叔父さん魔法使いと繰り広げられるののしり合戦も軽やかで、要するにCate様は超最高であったのであります。ええ、実のところそれしかわたしには書くことが思いつかないす。叔父さんとののしり合いは、まあギャグシーンなわけだけど、Cate様はなんだか楽しそうに演じられておられたのがとても印象的だ。そう、Cate様は結構笑顔が可愛いんすよ!
 Cate様は、ご存知の通りオーストラリア人であり、その英語は、当然元々はオージー・イングリッシュなはずだが、当たり前だけど映画では一切その気配はないですな。なにしろ出世作『Elisabeth』ではエリザベス1世陛下を堂々と演じられたお方だしね。そして今回のCate様の衣装もイイし、髪型も超イイ。おまけに最初の登場時は眼鏡着用である。もう、最高すぎてわたしとしてはそれだけでこの映画を観た価値はあったぜ、と思うほどだ。
 こちらはCate様と、その叔父さん魔法使いを演じたJack Black氏のツーショットですな。

 そしてこちらはキャスト&監督集合のプロモ写真。一番左のグラサン女性がCate様ね。右から二人目の若干イケメンが監督のEli Roth氏ですな。そして真ん中のちびっ子が、今回の主役であるルイス少年を演じたOwen Vaccaro君13歳です。彼はなんというか、まあ実にいかにもな健全なアメリカ人的なナイス笑顔ですね。芝居ぶりもなかなか達者でありました。イケメンに育つのだぞ……。

 まあ、おそらく、Cate様のお姿は、普通の日本人なら、若干おっかない系?に感じるのではないかと想像する。そして実際、Cate様が演じる役柄は、いつもきまって強くてりりしい系のキャラが多く、今回演じた女性魔法使いも、ひっつめ髪&タイトな服(&クールな通称女医めがね)が超似合っていて、イメージ