わたしが『みをつくし料理帖』という小説作品を知ったのは、もう5年前になる。当時大変お世話になっていた、大変な美人のお姉さまから、読んでみたら? と教えてもらったのだが、読み始めてすぐに、こりゃあ面白い、と全巻買って読んでみたものである。当時すでにもう完結してたんだよね。その後、作者の高田郁先生のほかの作品も読みだして、現在シリーズ進行中の『あきない世傳』シリーズは、わたしが今、日本の小説では最も新刊を待ち望むほど気に入っている作品だ。
 で。そんな『みをつくし料理帖』だが、これまで2回、テレビドラマ化されており、最初のテレ朝版は、わたしは観ていなかったけれど(わたしがシリーズを読み始める前に放送されたので存在すら知らなかった)、NHK版は、一応観ていました。が、観ていたんだけれど、どうもキャストに違和感があって、なんかあまりハマらなかったんすよね。。。もちろん、主人公たる「澪」ちゃんを演じる黒木華ちゃんは超ピッタリで最高だったんだけど、又次兄貴と種市じいちゃんがなあ……とか思ってたわけです。
 とまあ、要するにもうテレビでは2回も映像化された『みをつくし料理帖』だが、この度映画となって劇場のスクリーンに登場することになった。
 その映画版の製作は、原作の小説文庫を「ハルキ文庫」として出版している株式会社角川春樹事務所の代表取締役社長たる角川春樹氏だ。パンフレットによれば、春樹氏はもうずいぶん前から、『みをつくし料理帖』を映画化したい、という思いがあったそうだが、配給各社は「だってもう何度もテレビ化されてるんでしょ」的態度で話が進まなかったという経緯があるらしい。そしてわたしとしても、あの長い物語を2時間の映画にしてイケるんだろうか、と思っていたのも事実であります。
 しかし、完成した作品を観て、なるほど、これはNHK版とは結構違う、けど、明らかに『みをつくし料理帖』だ、と思える作品に仕上がっており、わたしとしては大変楽しめました。そして春樹氏に関しては、数々の問題行動(?)ばかりを耳にするので、ちょっとアレだなあ、とか思っていたけれど、まあ、この人はやっぱりクリエイターなんでしょうな、きっと。実に、映画としてきっちり作られていて、ある意味心地よかったように感じたっす。いや、うーん、それはちょっとほめ過ぎかな?

 というわけで、もうどんなお話かは説明しなくていいだろうと思う。超はしょって言えば、大坂出身の女子が、江戸でとあるレストランを任され、その料理で様々な人の心と体をを癒すお話だ。
 なので、ポイントというか、最も重要なのは、その「料理」そのものにあって、いわば「料理」が主役の一つと言ってもいいと思う。そして原作では、出会った人や自らが陥った状況に対して、主人公はいろいろ、どうしよう、どういうお料理にしよう、と悩みあがいて、新作メニューが完成し、めでたしめでたし、となるのだが、今回の映画版では、どうも、その「料理」の存在感が、若干薄めだったような気がする。
 もともと主人公は、大坂出身であり、江戸人たちの味覚のセンスがイマイチよくわからなところから出発する。例えば一番最初の「牡蠣」の食べ方だったり、途中で出てくる「ところてん」の食べ方だったり、大坂人の主人公には、ええ!? と驚くぐらいの違いがあったりする。そして料理人として、最初の関門となるのが「出汁」の違いだ。これを克服するのに、たしか原作小説ではかなり苦戦してたような気がするけど、今回は比較的さらっと描かれてましたな。
 まあ、そういった原作との違い、は、別にわたしとしては問題ないと思うので、置いておくとして、この映画で一番大きく取り上げられるのは、幼少期に生き別れてしまった親友との関係性だ。そっちをメインにしていて、そこはおそらく春樹氏が一番撮りたかった部分なのではないかとわたしには感じられた。そこがいい、と強く思うことはないし、そこがアカン、とも思わないけれど、映画として2時間でまとめる軸としては、それがベストだったのではないかと思う。
 『みをつくし料理帖』という作品は、基本的には全体の大きなお話の流れの中に、一つのお料理ごとにエピソードが配置されていて、ある種の短編連作的でもあるのだが、連続ドラマならそのままでいいけれど、映画としては、それだとまとまりがないというか……やっぱりしっかりとした軸が必要なのは間違いないだろう。なので、あさひ太夫とのエピソードを深く描く選択をしたんだろうな、と思いました。その結果、源斉先生はほぼ活躍しないし(そもそも原作の最初の方の話なのでやむなし)、小松原さまとの恋も、ほんのうっすら、淡い感じ(?)で描かれるのみでありました。
 で。わたしとしては、お話うんぬんよりも各キャスト陣の熱演が素晴らしかったということを書いておきたいと存じます。いやあ、なんか、かなり原作を読んでいる時のイメージに近かったような気がしますな。
 ◆澪:主人公。大坂で幼少時を過ごし、大水で両親を亡くす。そして災害遺児としてふらふらしてるところを大坂の料理屋さん救われ、そこに奉公することに。その後、絶対味覚めいた料理の腕で、女料理人となる。さらにその後、お店が江戸に進出した際、主人夫婦とともに一緒に出てくるが、江戸店はビジネスとして惨敗、閉店となってしまい、主人は死去、一人息子の跡取りは失踪、というどん底生活で、奥様(=大坂商人の言葉でいう「ご寮さん」)と一緒に神田明神の近くの長屋で暮らしている。そして近所の蕎麦屋「つる屋」で下働きをはじめ、その後「女料理人」としてキッチンを任されるようになり……というのが、本作開始時点での状況。年齢としてはまだその時二十歳前ぐらい(本作映画版では18歳だったのかな?)。逆に言うとそこから始まるので、こういった過去はすべて回想で語られる。大坂の少女時代、とある占い師に「雲外蒼天」の相を持つと言われたことがポイントで、要するに、さまざまな艱難辛苦に出会う、けれど、それを抜けた先は超晴天でHAPPYになれるよ、というある意味ものすごく残酷な運命を告げられちゃってるわけで、とにかく原作ではおっそろしく辛い目にばっかり遭うことに。でも、それでもめげないのが澪ちゃんの魅力ですよ! そして、澪ちゃんの最大のチャームポイントが、作中で何度も出てくる「下がり眉」なんすけど、今回、澪ちゃんを演じた松本穂香さんは非常に良かったですな。なんつうか、けなげな感じがとてもグッときました。ただ、若干顔つきが可愛すぎて、現代人過ぎるというか、目がぱっちり過ぎるというか、江戸時代人に見えないんだよな……江戸時代人に会ったことないけど。個人的には、NHK版の黒木華ちゃんの方が、強力な下がり眉&昭和顔で良かったと思うけれど、実のところ、華ちゃんだと、年齢が若干合わないんすよね……でも、それ以外は完璧に澪ちゃんだったので、わたしは好きだったす。女子の「しょんぼりフェイス」愛好家のわたしとしては、華ちゃん演じる澪も最高でした。ちなみに、松本穂香さんも、黒木華ちゃんも、どちらも本物の大阪人だそうです。
 ◆種市:「つる屋」の主人。そもそもつる屋はお蕎麦屋さんだったが、澪ちゃんの加入で定食屋にチェンジ。種市おじいちゃんにもいろいろ泣かせるエピソードがあるのだが、今回の映画版ではほぼカット。で、今回演じたのは、石坂浩二氏79歳。わたしとしては、NHK版より断然好きっすね、石坂氏版種市おじいちゃんは。でも、原作で眼鏡かけてる設定だったっけ? サーセン、憶えてないす。。。ポイントポイントで非常にイイ感じで、大変お見事なお芝居であったと思います。
 ◆小松原さま:つる屋の常連の浪人さん。実は小野寺という本名が別にあって、仕事も江戸城勤務の若年寄、御膳奉行という超エリート侍。澪ちゃんに数々のアドバイスをする、んだけど若干謎解きめいていて、澪ちゃんがその答えに至る道が面白いポイントなんだけど、本作映画版では若干薄めだったかも。そして、ホントは澪ちゃんも小松原さまも、お互い大好きなのに……道は一つきりですよ。。。という悲恋も結構泣けるのだが、くどいけど本作映画版ではその点もほんのり目、でありました。もちろん、原作ではかなりナイスキャラのお母さんと妹は登場せず、です。しかし、演じた窪塚洋介氏41歳は実によかったすねえ! ぶっきらぼうさや、小松原さまの持つ底知れなさのようなものが非常に原作のイメージに近かったように思います。わたしとしては大変気に入りました。
 ◆源斉先生:澪ちゃんのご近所に住まう医者。最初からずっと澪ちゃんが大好きな男だが、肝心の澪ちゃんからは、なかなか恋愛対象に入れてもらえない残念系男子。でも原作のラストでは結ばれるのでご安心を。澪ちゃんに「食は人の天なり」の言葉を授けたお方。今回の映画版では、何度も書きますがあまり活躍せず、恋愛方面もほぼナシ。一方的に、源斉先生はお澪ちゃんが好きなんだろうな、ぐらいの描写のみ。演じたのは小関裕太氏25歳。まあ、残念ながらあまり存在感ナシでした。脚本上、これは仕方がないす。
 ◆あさひ太夫=野江:澪ちゃんの大坂時代の親友。澪ちゃんが「雲外蒼天」の相である一方、野江ちゃんは「旭日昇天」の相と言われ、征く道の天下を取る器量があると告げられた。もともと商家の末娘(=こいさん)で、裕福だったが、大水で両親を失い、本人も記憶混濁でふらふらしているところを、とある女衒によって吉原に売り飛ばされる。そして成長した現在は幻の花魁「あさひ太夫」として吉原の扇屋のTOP花魁になっている。澪ちゃんが、あさひ太夫=野江であることに気づく前に、話題の女料理人=澪、であることに気づき、つる屋が放火された時、資金援助をする。とってもいい人。二人の「きつねこんこん」は、危うく泣けそうになったぐらい、どういうわけかわたしのハートに刺さりました。そんな野江を今回演じたのは奈緒さん25歳。正直、わたしは知らないお方なんすけど、イイ感じに花魁っぽい、なんだろう、色気?のような、得も言われぬ空気感がとても良かったすね。現代的な美人とかかわいい系ではなく、なんつうかな……浮世絵に描かれてるような、いわゆる「うりざね顔」っていうのかな、独特な感じがある方っすね。大変結構かと存じます。
 ◆又次:吉原の扇屋にて料理を作ったり用心棒的だったり、と働いている人。武闘派なんだけど超イイ人なんすよ、又次兄貴は。あさひ太夫に命の借りがあり、あさひ太夫のためなら命を投げ出すことも厭わない男なんだけど、原作ではなあ……その最後が超泣けるんすよ。。。兄貴。。。そんな又次兄貴を今回演じたのは、二代目中村獅童氏48歳。いやあ、すごい良かった! 見事な又次だったと思います。大満足っす。
 ◆芳 aka ご寮さん:澪ちゃんがそもそも仕えている奥様。体弱い系ご婦人なんだけど、原作ではのちに結構意外な展開で運命を拓く、なかなか強い人。今回の映画版は原作の序盤だけなので、若干弱い系のままでした。演じたのは若村麻由美さん53歳。おおう、もうそんなお年なんですなあ。。。わたし的には、NHK版の安田成美さまが美しくて、とても好きでした。
 ◆おりょうさん:澪ちゃん&ご寮さんと同じ長屋住まいの奥さん。バリバリ江戸っ子の気が短いチャキチャキ系元気な奥さん。いろいろと二人を助けてくれるし、つる屋が忙しいときはウェイトレスとしても大活躍する。今回の映画版で演じた浅野温子さんは、非常にわたしが原作を読んでいた時のイメージに近くて、すっごい良かったす。
 ◆清右衛門:つる屋の常連の、口うるさいおっさんだが、世間的には戯作者(=小説家)として有名な男でもある。このおっさんは、いつも澪ちゃんの料理に難癖をつけるやな野郎だけど、何気に何度も物語のキーとなる働きをしている。モデルは滝沢馬琴のようで、これは原作通りなんだけど、今回の映画の中でも「ええっ! 八犬伝の!?」とか言われるシーンがありまして、清右衛門の奥さんを、薬師丸ひろ子さんが演じてるわけですよ。青春の80年代を過ごしたわたしとしては、胸アツでした。わたし、かつての角川映画の、数々のトンデモ時代劇が大好きだったんすよね……。意味が分かる人は、確実に50代だと思いますw で、演じた藤井隆君48歳は、ちょっとイメージより若すぎるかも?とは思ったけれど、演技ぶりは大変良かったと思います。
 とまあ、メインどころはこんな感じなんすけど、薬師丸ひろ子さんだけでなく、なんと野村宏伸氏(ぱっと見ではわからないほど老けててつらい……)や、渡辺典子さん(一発でわかるほどお変わりなく美しい!)も出演されていて、まあ、角川春樹氏の最後の監督作ということで、懐かしい皆さんに会えたのも、おっさんとしては大変うれしかったです。でもさあ、そこまでやるなら、なんでエンディングの歌を原田知世さまに唄ってもらわなかったのかなあ……それがあったら、わたし的にはパーフェクトだったのにな。そこだけが、ものすごく残念す。まあ、50代未満の方には全く意味が通じないと思いますが。

 というわけで、もう書いておきたいことがなくなったので結論。

 わたしの大好きな時代小説『みをつくし料理帖』が映画化されたので、これは観ないとアカン、と劇場へ赴いたのだが、結論をズバリ言えば、大変楽しめる作品だったと思う。ただし、原作未読でこの映画を観て楽しめるかどうかは、正直よくわからない。いろいろと描写がはしょられている背景があるので、ひょっとしたら厳しいかもしれない。でも、そんなこたあ、知ったことじゃないし、わたしが楽しめたからいいや、と思います。本作は、それぞれのキャラクターが原作を読んでいる時にイメージしていた像にとても近くて、大変好ましいと感じました。なんかなあ……妙に泣けそうになっちゃったんすよね……澪ちゃんと野江ちゃんのやりとりに。これはアレなのかな、わたしの原作への愛が強かったからなのかもしれないな……。そういう意味でも、原作を読んで面白いと思った人はぜひ見ていただきたいし、原作を読んでない人は……しらんす。ご自由にどうぞ、ってことで。しかし、角川春樹氏も丸くなったんすかねえ。本作を包む空気感が、とてもやさしく温かかったのが印象的であります。まあ、わたしもホントに年を取ったので、こういうお話にグッときちゃうんでしょうな。だって、にんげんだもの。しょうがないっすよ。以上。

↓ NHK版の黒木華さんがみせる「しょんぼり顔」はマジ最高だと思います。
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木村祐一
NHKエンタープライズ
2020-10-23