マジかよ……なんてこった……!!!
 おそらく、わたしと同じように呆然とした方が日本全国で何万人かいらっしゃることでしょう。そうです。例年2月と8月に新刊が発売となる、高田郁先生による小説『あきない世傳』シリーズ最新(9)巻のことであります。
 たぶん、高田先生の『みをつくし料理帖』がめでたく映画化されたことで、いろいろお忙しかったのか、あるいは、本作の中でちらほら垣間見えるCOVID-19の影響のようにも読める部分の書き足しや推敲に時間がかかったのか、いずれにせよ、いつもより1カ月遅れで発売された(9)巻は、冒頭に記した通り「マジかよ……!!!」という驚愕で幕を開けたのであります。

 というわけで、以下、ネタバレに完璧触れざるを得ないので、気になる方はまずはご自身で読んでからにするか、今すぐ退場してください。また、もう既に読まれた方なら通じると思いますが、わたしは「裏切者」に対して激怒しておりますので、結ちゃんファンの方も、読まずに退場された方がよろしいかと存じます。


 はい。よろしいでしょうか?
 いやーーーそれにしても……それにしてもマジかよ、であります。
 前巻は、主人公「幸」ちゃんの妹である「結」 ちゃんによる、とんでもない行動で幕が閉じ、わたしとしてはもう一刻も早く続きが読みたい!! と思っていたわけで、いよいよ発売となった今巻を昨日本屋さんで発見した時は、もう大興奮で購入し、読み始めたわけですが……まさかの展開に、うそだろ!? うそって言ってくれよ結ちゃん!! と手が震えるほど心が高ぶってしまったわけです。
 もうお読みになった皆さんもきっと同じでしょう。そう、結ちゃんは、マジで、本気で、信じられないけどマジで、姉である幸ちゃんを、そして五鈴屋のみんなを裏切ったのでありました……。これがフェイクで、実は……という展開がありうるのかな!? ないよね? てことは、マジ、なんだと現状では思います。
 そこに至る過程は、もう前巻までで語られているので、多くは書きません。が、はたして結ちゃんを「にんげんだもの」と仕方ないことと許せる読者はいるのだろうか?
 現代ビジネスに置き換えて考えてみると、今回描かれるのは、主に以下の2つのことだ。
 【1:身内による裏切り】
 まあ、創業メンバーの分裂なんてものは、世の中的にごく普通に良くある話だろうと思う。結ちゃんは創業メンバーではないけれど、代表取締役の妹として勤務し、仲良し姉妹だった二人だが……まあ、現実世界でも親が子を殺し、子が親を殺し、きょうだい同士殺し合う事例には事欠かないのだから、残念ながらそんな分裂は珍しいものではない。
 分裂に至る過程は、きっとさまざまではあろうと思うけれど、たぶん、「嫉妬」と「傲慢」というものがその根底には共通しているのだろうとわたしは考えている。
 この二つは、表裏一体で、主に残る側から出ていく奴を観ると、「あの野郎は嫉妬してるのさ」と見えるだろうし、逆に出ていく側から残る奴を観ると、「あの野郎の傲慢さには耐えられん」ということになるのだろうと思う。これはもはや、いい悪いの問題ではなく、完全にハートの問題で、当事者以外には理解できまい。そして、人間としてホントに困るというか、うんざりするのは、ハートの問題は「理屈」や「正論」では解決不能なのが人間のサガであろうと思う。
 残念ながらそんな「ハートの問題」で分裂する会社はいくらでもあるし、まあ、バンドや友達関係でもそうですわな。正論としての「正しさ」ならば、第三者から判断できることもあるだろう。けれど、感情の問題になってしまうと、どっちが正しいか、なんてことはもう関係なくなってしまう。とにかく、嫌なものは嫌! ってやつだ。
 ただし、だ。嫌なら嫌で、さっさと分裂して出ていけば、サヨナラ~、で終わるのに、世の中にはそれでは腹の虫がおさまらない人々が多く、いわゆる「立つ鳥跡を濁」しまくる輩が多く存在しているのが現実だ。そんな行動は、まあ、にんげんだもの、と、500万歩譲って理解するとしても、ビジネス世界では絶対に許されないことがある。それは、「商売のネタを勝手に持ち去ること」だ。
 「商売のネタ」とは、例えば顧客リストだったり、古巣の機密情報だったり、さまざまだろうと思う。これらは、いわゆる「ビジネスモデル」とまとめていいかもしれないが、要するに、どうやって金を稼ぐか、に直接つながる事柄を、出て行ってそのまま使う、のが一番のタブーだと思う。
 今回、結ちゃんはまさしくその禁忌に触れまくる行動を起こしてしまった。五鈴屋の最新商品設計図を持ち逃げし、あまつさえライバル企業に転身、さらに新店オープン時には、店内のディスプレイも丸パクリ、接客スタイルも完全コピー。さらに言えば、これはビジネスにはまったく関係ないことだけど、人間的に完全なるスケベおやじのクソ野郎の嫁にちゃっかり収まり、高笑いするという、もうこれ以上ないだろ、というぐらいの悪党となってしまうのでありました。この心理は、わたしにはまったく、1mmも理解できません。わたしが男だからなのか??
 しかも、わたしがどうしても許せないのが、「自分は何も悪くない。悪いのは傲慢な姉」と自ら信じ込んで一切の反省・自省がない点だ。救いようのない邪悪な精神とわたしは断ずるにやぶさかではないすね。「かんにん」の一言は、悪いことをしているという自覚の表れだったのだろうか? さらに言うと、その動機が「自分を追い詰めた傲慢な姉を困らせる」ことに尽きる(ように見える)点も、救いようがないと言わざるを得ないだろう。そのためなら誰を巻き込み、犠牲にしてもいいと思っているのだから恐ろしいよ。おまけに、結ちゃんは、好きでも何でもないキモイおっさんに抱かれることを前提としていて、いわば自らも犠牲にしている投げやりさが、ホントに痛ましいというか、悲しいというか……だからって許さないけど、まあ、とにかく、あんまりだよ……。
 恐らく現代であれば、結ちゃんの行為は……実際勝つのは難しいかもしれないが、窃盗あるいは業務上横領として刑事告発可能だろうと思うし、民事的にも賠償訴訟は可能なレベルの「裏切り」だと思う。はっきり言って、わたしはこれまでの過去のいきさつを理解していても、結ちゃんを到底許すことはできません。もちろん、結ちゃんをそそのかした音羽屋も、断じて許すまじ、である。全然関係ないけど、出版業界人的には、音羽屋ってネーミングの意味を勘繰りたくなりますな。
 しかし、だ。たとえ許せない行動を取られ、実際に経済的不利益を被らされてしまったとしても、同じことをしてやり返す行為は、まさしく地に落ちるというもので、たとえどんなに嫌な目に遭っても、自らはルールに則った「正しさ」を意識しないと、あっさり自らもダークサイドに落ちてしまうわけで、我らが主人公、幸ちゃんは、もちろん愚かな妹に対しても、直接的攻撃を仕掛けることなく、真正面から大魔王になり果てた妹(の店の攻撃)と対峙していくわけで、そこにカッコよさや美しさがあるわけです。はあはあ、書いていて血圧上がるほど腹が立つわ……。
 【2:やっかいだけどどうしても切れない業界団体】
 そしてひたすら耐え、自ら信じる正しさ・公平さを頼りに、真面目にあきないに邁進しようとする我らが主人公幸ちゃんだが、さらに追い打ちをかけるように困った事態が巻き起こる。それは、業界団体からの制裁だ。
 今巻で描かれた、直接的な原因は、とある同業者の重要な顧客を五鈴屋が奪ったことに対する制裁、ではある。たしかに、幸ちゃん本人も反省している通り、若干の油断というか無自覚な部分が制裁を引き起こしてしまったという点は間違いなくある。しかし、どうやらその裏には、クソ音羽屋=結ちゃんの逃亡先、が絡んでいるのはもう読者には分かりきっているわけで、もうホント、今巻は読みながら何度怒りに拳を握ったかわからないぐらい、イラつきましたね……。
 業界団体というものは、はっきり言ってビジネス上、うっとおしいことの方が多いと思う。もう、そんな団体に所属する意味ないじゃん、とか思うことだってある。しかし、そんな業界団体であっても、やっぱり存在意義はちゃんとあって、しぶしぶ、とか、うるせーなあ、とか思っても、やっぱり所属しておいてよかった、と助けてくれることがあるのもまた間違いなく、その付き合い方は非常に難しいし、理事とかに選ばれちゃうと少し見方も変わってくるのだが、要するに、商売は完全にスタンドアローンでやるより、同業者のネットワークはどうしても欠かすことが出来ないのが現代ビジネスだ。
 その業界=呉服屋協会からの追放令は、いかに幸ちゃんに打撃を与えたか、考えるに忍びないほどなわけだが……。この究極ウルトラ大ピンチに、5代目こと幸ちゃんの前に現れたのが! あの! 前々夫の惣次ですよ!! ここはまあ、予想通りの登場かもしれないけど、やっぱりコイツはデキる奴なんだな、と思わせるシーンでしたなあ!
 惣次は、幸ちゃんにズバリ言う。追放なら、いっそ自分で新しい業界団体立ち上げちゃえば? と。たしかに、それはやり方の一つとして十分アリ、ではあろうし、現代でもそういった「業界団体の分裂」は、よくあることだ。しかし、惣次の言葉は幸ちゃんを試すものでもあって、幸ちゃんは、(おそらく惣次が期待した)100点満点(?)の回答をしてのけるわけです。それがどんなに茨の道でも、きっちり正道を行こうとする幸ちゃんにわたしとしては大変感動しちゃうわけですな。
 そして―――幸ちゃんは、業界団体追放=呉服(=絹製品)を扱えなくなる=太もの(=綿製品)しか扱えない状況となってしまうわけだが、めげない幸ちゃんは、新たな商品開発に頑張ろうとするのだが、ここで一つ、またちょっと泣けるエピソードも入る。それは、大好きだったお兄ちゃん、18歳で逝ってしまったお兄ちゃんに関わるエピソードで、実に感動的でありました。また、久しぶりに大阪に戻って再会した菊栄さんの境遇と、菊栄さんのガッツあふれる計画にも心から応援したいと思うし、とにかく幸ちゃんと菊栄さんの再会だけでも、なんかうれしくって感動しちゃうすね。
 まあ、正直に言えば、いつも通り、美しすぎるだろうし、出来すぎなのかもしれない。現実にはそうはいかない、超・茨の道かもしれない。でも、それでも、やっぱり真面目に地道に頑張る幸ちゃんは、報われてほしいし、幸せになってほしいわけで、素直に応援したくなりますな。そして心のねじ曲がったわたしは、このあとで結ちゃんには地獄を味わってほしいし、決して和解なんてしてほしくないすね。でもまあ、最後には美しい和解が描かれるのかな……どうでしょうかね……。

 とまあ、こんな感じの今巻は、ラストに新たなる新製品のめどが立ちそうで、希望を感じさせるエンディングで幕を閉じる。そういえば冒頭に記した通り、本作の中では随所で現実世界のCOVID-19感染蔓延による世界の変化、を反映したような描写も多かったすね。歌舞伎役者の富五郎さんのセリフ「歌舞伎や芝居…(略)…などは、生死が左右される状況になってしまえば、人から顧みられることがない」「それでも…(略)…ただ邁進するしかありません。悪いことばかりが、永遠に続くわけではないのですから」という言葉には、宝塚歌劇を愛するわたしとしては大変グッときましたね。
 あと、今回わたしが、ああ、そういうことなの? と初めて知った豆知識は、ズバリ現代の「浴衣」ってやつの誕生(?)物語すね。なるほど、浴衣ってのは、「湯帷子(ゆかたびら)」から来てるんですなあ……これはどうやら今後、五鈴屋を救う大ヒット商材になりそうで、大変楽しみであります! そして、菊栄さん考案のかんざしも、どうやらキーアイテムになりそうだし、なにより、菊栄さんと、あのお梅どんがとうとう江戸にやってくるなんて最高じゃないですか!!
 要するにですね、今巻の感想としては、もう前巻同様に「高田先生! 次はいつですか!!」ってことで終わりにしようと存じます。はあ、早く続きが読みたいっすねえ!

 というわけで、結論。

 いや、もう結論まとめちゃったけど、ついに牙をむいた妹、結の想像を超える大魔王変身ぶりにわたしは強く憤りを感じつつ、それでもめげない、いやそりゃめげそうになってるんだけど、それでも頑張る幸ちゃんの姿に、大いに感動いたしました。もちろん、結をそそのかし、ダークサイドに引きずり込んだ音羽屋が一番の悪党であろうとは思うけど、それにまんまとハマった結の、あまりに考えの薄い愚かさ、日本語で言う「浅はか」さにも当然罪があるわけで、わたしは断じて許せないす。しかし、もうどうしようもないことに腹を立てても仕方ないわけで、わたしとしては、どんどんと善人が周りに集まってくる幸ちゃんの今後を心から応援いたしたく、次の新刊を心待ちにいたしたく存じます。今回も、腹は立ったけど最高でした!! 以上。

↓ まあ、観に行かんといかんでしょうなあ。どこまで描くのかしら……?