わたしは映画オタクとして、ここ30年ぐらい毎年40本程度の映画を劇場へ観に行っている。それはつまり月に3本ぐらいペースなわけだが、今年2019年は、全く本数が少なく、なんと我ながら驚きだが、6月の末から約3カ月、全く映画を観に行かなかったのである。
 その理由は、コイツは絶対劇場に行かねえと! という映画が少なかったのもあるのだが、実際には、コイツは絶対劇場へ行かねえと! という心のテンションにならなかったのが大きい。そう、今年は本当にロクなことがなく、いやーーなことばかりで、精神的にもうヘトヘトというか、心に重傷を負っていたと言わざるを得ないだろう。なんか、まあWOWOWで放送されるのを待てばいいや、的な、実にオタクの風上にも置けぬ精神状態であったのだ。
 しかし。そんなダメ人間になってしまうのも自分的に許せないし、実際、コイツは劇場で観ないと! という映画が昨日から公開になったので、今日は午前中にばあさまの買い物介護を済ませ、午後はその作品を観るべく、近所のシネコンまでチャリをかっ飛ばしたのであった。
 というわけで、今日観てきた映画は『AD ASTRA』であります。
 まあ、ズバリ言うと、超最高!とまではわたしは感じなかったけれど、見ごたえは十分で、確かにこれは劇場で観て良かったとは思った。ではまずはいつも通り、予告を貼っておこう。

 まずは物語をざっと説明しておくか。時は「近い未来」。人類は知的生命体の探索のため、宇宙に向けて有人探査を放っていた。そしてどうやら地球は、SF世界ではたまに描かれる「軌道エレベーター」のようなものが実用化されていて、ついでに言うと既に月や火星には有人基地が存在している。そして月面上では、資源をめぐって紛争というか戦争状態にあって、略奪する山賊というか海賊というか、そういう輩もいて、US宇宙軍が創設されている。
 主人公ロイは、そんなUS宇宙軍少佐として、軌道エレベーターに駐在、日々、施設のメインテナンスをしていたが、ある日、通常のルーティン業務中に、巨大な謎の「サージ電流」に遭遇、地表への落下事故に遭ってしまう。これが予告で描かれている軌道上からのフリーフォールだ。
 ロイは訓練された軍人としてこの落下事故にも冷静に対処し、一命はとりとめるが、回復もそこそこに軍司令部へ出頭命令が下される。落下事故の報告かと思いきや、軍司令部から伝えられたのは、謎のサージ電流は、海王星から発せられたもので、20数年前に有人探査に旅立ち、海王星付近で消息を絶ったロイの父が、その原因であるという話であった。そしてロイは、父を見つけ、「処分」する命令を受け、地球を旅立つのであった―――てなお話である。サーセン。いつも通りテキトーにはしょりました。
 というわけで、物語のカギとなるのは父の目的にある……ように思いながらわたしは本作を観ていたのだが、実のところそれは別に大した問題じゃあなかった。ま、一言で言えば、父は孤独に精神が耐えられなかったって話であろうと思う。なので、物語的に感動するとか、心に刺さったとかはわたしはあまり感じたなかった。
 なので本作の見どころは、物語ではなく、以下の3つの点にあったように思う。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
【2.映像と演出の素晴らしさ】
【3.音楽の素晴らしさ】
 というわけで、一つずつ思ったことを書きなぐってみよう。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
 わたしは常々、Brad Pitt氏は、そのイケメンぶりはもちろんのこと、この人は実は超演技派で、芝居がすげえいいんだよなあ、と感じているが、本作でも確かな演技ぶりはもう本当に素晴らしかったと思う。わたしは今回の物語で描かれる、何か上にある存在から、狂える対象を調査し、抹殺せよ、という命令を受けて行動する主人公像というのは ある意味『地獄の黙示録』的だと思ったし(この点はもう脚本執筆時から意図されていたらしい)、あるいは、『BLADE RUNNER』的だとずっと思っていた。正確に言うと『BLADE RUNNER』というより『BLADE RUNNER2049』の方が近いかな。
 本作では、どうやらストレスの多い宇宙での任務にあたっては、事あるごとに心理テストを受け、それに合格する必要があるらしく、無機質なAI音声の問いに淡々と答えるシーンが多いのだが、これはもう、『2049』での主人公そっくりである。さらに言うと、ロイの内的独白のナレーションが実に1人称ハードボイルド小説っぽくて、実に文学の香りを感じることができた。この点も『2049』っぽさがあったように思える。そして主人公ロイは、常に心拍が50を下回る徐脈の男だそうで、地表への落下中ですら、心拍が上がることがない、ウルトラ冷静な男だ。そういう点でも、どこか人間というよりレプリカント的な、感情を表に出さない人物像なのだが、実はその内面では常に苦悩を抱えている。ついでに言うと、「ロイ」という名前はまさしく『BLADE RUNNER』の反逆レプリカントの名前でもあって、そんな点も映画オタクとしてはつながりを感じちゃうすね。
 そしてロイの苦悩は、「孤独」に対する苦悩であり、幼いころに父は宇宙のどっかに行っちゃうし、母とも死別、さらに愛する妻とも別れ、ロイは深い孤独を感じている。だから宇宙での任務について、完全なる孤独に身を置いているのだが、その孤独が深くロイを傷つけ、苦しみ悩んでいるのだ。その演技が超すごいのです。
 おまけに、月で任務を手伝ってくれた気のイイ軍人は目の前で死んじゃうし、月から火星基地へ運んでくれたクルーたちも死んでしまう。ロイの周りの人々はどんどんいなくなってしまうのだ。そんな場面に遭遇しても、冷静、のように見えて、その内面はひどく傷つき、どんどん精神が消耗していく様は、Brad Pitt氏の秀逸な演技によって完璧に表現されていたように思えたっすね。実に見事だったと思う。やっぱりこの人は、本当にカッコ良いですなあ!
【2.映像と演出の素晴らしさ】
 映像と演出面でもとても光るものがあったと思う。映像に関しては、もう本物にしか見えない月面の様子だとか、宇宙船や各種ガジェット、それから木星や土星、海王星の表現も、本物にしか見えない素晴らしいクオリティで、その点でもこれは劇場の大スクリーンで観るべき映画だと思う。そして、演出について、わたしが一番秀逸だと思ったのは、「無音の宇宙」の表現だ。この「無音」が主人公ロイの孤独をさらに際立たせていたように思える。ポイントポイントで、画が引きになって、無音の宇宙からの視点になるのだが、大変効果的だったとわたしとしては称賛したいすね。お見事でした。
 あと、そういえば本作で描かれる「近い未来」の世界では、火星まで20日弱、火星から海王星まで80日弱で行けちゃう技術が確立されているらしい。なんでも、ロイの父が旅立った宇宙船は「反物質反応エンジン」なるものを搭載していたらしいが、確かボイジャー2号が海王星まで行くのに12年ぐらいかかったはずで、これまでのSF作品なんかだと木星へ行くにもコールドスリープ的な装置で眠ってたと思うけど、本作では異例なぐらい早く到達する設定になっていた。エンジンに関する詳しい説明はなかったけれど、まあ、こういったSF的なウソ、は、本物感あふれるガジェットや、Brad Pitt氏の悩める姿の演技のおかげで、そういうもんだ、と素直に受け入れられたと思う。これも、映像と演出によるマジックと言えるのかもしれないすね。実はわたし、監督/脚本を担当したJames Gray氏の過去作品は『The Immigrant(邦題:エヴァの告白)』しか観てないけれど、なかなか腕の立つ監督っすね。
【3.音楽の素晴らしさ】
 最後に挙げたいのは、やっぱり音楽ですなあ。わたしは冒頭のクレジットで、音楽の担当がMax Richter氏の名前が出た時、ドイツ人か……聞いたことある……けど誰だっけ、とか思っていた。けれど、すぐに流れる音楽を聴いて、あ、これはあの『ARRIVAL』で非常に作品にマッチした荘厳な音楽を聞かせてくれたアイツだ! と確信するに至った。今回の曲も実に素晴らしかったとわたしは思う。そして使い方、入り方も、実にお見事であったといえよう。こういう、スケールの大きさを感じられる音楽も、やっぱり劇場で味わうべき作品であったとわたしに思わせる要因の一つだったと思うす。
 というわけで、最後は主役のBrad Pitt氏以外のキャストを4人だけ紹介して終わりにしよう。
 ◆Tommy Lee Johnes氏:御年73歳。日本では宇宙人ジョーンズとしてもお馴染み。しかし年取りましたなあ。今回演じたのは、主人公ロイの父親にして、海王星宙域で一人、20数年間孤独に生きていた伝説の宇宙飛行士の役。その狂える様は、実に渋くて見事でした。しかし食料とか、よく足りなくならなかったもんだ。結局、この映画は、人間が孤独に耐えられるか、いや耐えられない、ってことが一番のテーマであったように思われるけれど、なんつうか、孤独という状態よりも、孤独であっても生き続けなくてはならない、という「生きる目的」の方が重要のような気がしますね。そしてさらに言えば「生きることそれ自体が目的」で、人は生きていけるのか、と問われたような気もする。主人公ロイは、孤独に苦悩していたというよりも、結局、生きるってなんだ? ということに苦悩し続けていたようにも思えます。この父親の最期を観て、わたしは、きっとこの人はもう疲れ切っちゃったんだろうな……と思ったっす。
 ◆Liv Tyler嬢:もう42歳か、結構年取ったな。でもお綺麗ですよ、とても。今回の役は主人公ロイの元奥さん。わたしはこの顔を見てすぐにMCUのバナー博士=ハルクの初代恋人にしてロス将軍の娘、ベティだ!と分かったす。なんとなく、男目線からすると若干放っておけないような、しょんぼりした表情は、なんか「どうしてなの……」と問い詰められてるような気がして、目を合わせづらいす。ほぼ出番は主人公の回想のみ。だけど妙に存在感あふれてて見事だったと思います。
 ◆Donald Suthreland氏:なんと御年84歳。年を取ってからは、アヤシイお爺ちゃん役としてはもう、ハリウッドナンバーワンレベルですよ。役柄としては、ロイの父親とかつて同僚だった現役大佐。これまた出演シーンは短いけど、実にアヤシイ、信頼できるのかよく分からない男として存在感バリバリでしたね。
 ◆Ruth Negga嬢:今までいくつかの映画で出会っているようだけど、全然顔に見覚えはなかった……けど、非常にキリッとした美人。37歳だって。意外と若いな。今回演じた役は、火星基地の司令官で、非常に印象に残る役柄でした。今後はもう顔と名前を覚えたので、大丈夫だと思うす。
 
 とまあ、こんなところかな……もう書いておきたいことはないかな……。
 というわけで、結論。

 ここ20年ぐらいで3カ月全く映画を観に行かないという、わたしにとっては異常事態の今年だが、3カ月ぶりに『AD ASTRA』という映画を観に行った。まあ、ズバリ言うと、ウルトラ最高! とまではいかないし、正直かなり地味な作品であったように思う。しかし、天下のイケメンBrad Pitt氏の苦悩に満ちた表情は実に素晴らしく、さらに丁寧な演出と本物にしか見えない質感あふれた映像、それから奥深い音楽があいまって、これは劇場で観て良かったと思うに足る見事な映画だったと思う。特に音楽と、無音の宇宙の対比も良かったですなあ。そして、全編苦悩に満ちた主人公を演じきったBrad Pitt氏は、ホント演技派だと思う。作品として、マジで『BLADE RUNNNER 2049』によく似ていると思った。孤独……孤独で生きてはいけないけれど、そもそも生きるって、何なんだろうなあ……なんかいろいろ考えちゃったす。おれも、主人公の父親同様、なんかもう疲れたよ……以上。

↓ ウルトラ大傑作。1点の非の打ちどころもない100点満点映画です。
ブレードランナー 2049 (字幕版)
ハリソン・フォード
2018-01-31