わたしがシリーズをずっと読んでいて、新刊が出るのを楽しみにしている小説に高田郁先生の『あきない世傳』というシリーズがある。これは、時代的には18世紀中ごろの大坂商人のお話を描いた作品なのだが、実にその「あきない」が、現代ビジネスに置き換えられるような、現代の会社員が読んでも示唆に溢れた(?)いわゆる「お仕事モノ」としての側面もあって、読んでいて大変面白いのであります。
 というわけで、その最新刊である第7巻が発売になったので、わたしもすぐ買った……のはいいとして、ちょっと他の小説をいくつか読んでいたので若干後回しになっていたのだが、いざ読みだすと、いつも通り2日で読み終わってしまった。実に読みやすく、そして内容的にも大変面白く、わたしとしては非常にお勧めしたいシリーズであると思っております。

 もう、これまでのシリーズの流れを詳しく解説しません。詳しくは、過去の記事をご覧いただくとして、本作第7巻がどんなお話だったかというと、まあ一言で言うと、いよいよ念願の江戸に店を開いた主人公・幸(さち)ちゃんが、江戸に来て1年がたつまでに過ごした奮闘の日々、が描かれています。
 まあ、本作に限らず、小説を読んでいるといろいろな、知らないことを知ることが出来て、「へええ~?」な体験こそ読書の醍醐味の一つだと思うけれど、例えば、「呉服」と「太物」ってわかりますか? これはわたしは前の巻だったかな、初めて知ったのですが(単にわたしが無知だっただけだけど)、「呉服=絹100%」「太物=綿製品」なわけで、大坂では明確に扱う店舗が違っているけど、江戸では両方扱ってもOK、と商慣行が違っていたりするわけです。おまけに、大坂では「女名前禁止」というお上の決めたルールがあって、女性は店主になれない=代表取締役の登記が出来ないんだな。ま、それ故、幸ちゃんはそのルールのない江戸に支店を出すことを決めたわけですが。
 で、幸ちゃん率いる「五鈴屋江戸支店」は、要するにアパレル小売店なのだが、当然幸ちゃんたちは大坂人故に、江戸のさまざまな生活カルチャーや、江戸人の考え方自体にも不慣れだし、いきなり店を出店しても商売がうまくいくわけないので、いろいろな工夫を凝らすわけです。その工夫が、現代ビジネスに通じるモノが多くて、大変面白いわけですよ。
 要するに、まず新店OPENにあたっては、いかにしてお店のことを告知していくか、という宣伝広告戦略が重要になるし、いざ知ってもらっても、「五鈴屋」で反物を買ってもらうためには、どうしても「五鈴屋オリジナル」商品が必要になるわけです。いわゆる「差別化戦略」ですな。
 ちょっと五鈴屋のビジネスモデルというかバリューチェーンをまとめると……
 ◆生産者:養蚕家(絹の生糸の生産)、綿農家(木綿糸生産)
  →大坂時代に確保済み&信頼関係構築済み
 ◆加工者(1):織職人(布に織る人、模様を入れて布に仕立てる人)
  →大坂時代に確保済み&信頼関係構築済み
 ◆加工者(2):染付職人(模様や柄を染め付ける人)
  →NOT YET。本作冒頭ではまだ不在
 ◆卸売事業者:製品を仕入れて小売りに卸す人
  →大坂時代に確保済み&信頼関係構築済み。一部は五鈴屋が自ら仕入れ
 ◆小売事業者=五鈴屋=お客さんに売る人
  →江戸店は開店した。が、どうお客を集めよう?
 ◆顧客=お客さん=武家から市井の人々まで様々
  →どういう嗜好を持った人? どんなものを求めている? か研究中。
 ◆加工者(3):仕立て屋さん(布を裁ち、縫製する人)
  →基本的に五鈴屋さんは反物を売っておしまいで、反物を買ったお客さんが、どこかの仕立て屋さんに頼むか、あるいは自分で「服」に加工するので、五鈴屋は現代的な意味でのアパレルショップではない。けど、頼まれれば五鈴屋さんは仕立て屋さんを紹介したり自ら縫製もします。ちなみに、そのため、最初から「服」になっている既製服屋さんとしての古着屋さんもいっぱいあるのです。
 てな感じに、18世紀半ばの時点で、既にこういう分業がキッチリなされているわけですが、五鈴屋の「あきない」のモットー=企業理念は明確で、「買うての幸い、売っての幸せ」を目指しているわけで、つまり上記の関係者全員=ステークホルダーがHAPPY!であることを目指しているのです。
 どうですか。いいお話じゃあありませんか。
 で。今回の第7巻では、主にオリジナル商品開発がメインとなっています。もちろん、宣伝広告も頑張るんだけど、それはもう前巻までにやってきたことなので、説明は割愛します。お店を知らしめるために、神社仏閣の手水場に、五鈴屋のコーポレートロゴである「鈴」の絵柄付き手ぬぐいを寄進しまくったり、来てくれたお客さんのカスタマーロイヤリティ向上のために、無料の「帯の巻き方教室」を開催したりと引き続き頑張り、そこで得たお客さんとの縁が、今回鍵になるわけです。いい展開ですなあ! わたし、これも知らなかったけれど、大坂と江戸では、帯を巻く方向が逆なんすね。そんなことも、幸ちゃんたちとともに読者は「へええ~?」と学んでいくわけです。おもろいすなあ。
 そして今回メインとなるオリジナル商品開発のカギとなるのが、上記ビジネスモデル(バリューチェーン)の中で、唯一まだ縁のなかった「染付」でありました。
 これも大坂と江戸の違いなんだけど、大坂は商人の街であり、江戸は武士の町なわけですよ。で、大坂では普通で誰もが当たり前に着る「小紋」というものが、江戸では基本的に武士のためのもので、あまり町人の着るモノじゃないらしいんですな(※絶対NGではないみたい)。そしてその「小紋」の柄も、どうやら武家のオリジナル模様があって、それはその家中の人間以外は着てはならんというルールもあるらしい。
 だけど、江戸人は「粋」を愛する人種なので、遠目には無地かな? と思わせて、よーく見ると模様が「染められている」小紋はOKなのです。めんどくせえけど、そういうことらしい。なので、売れるのは無地や縞(ストライプ柄ですな)ばっかりだけど、実は「小紋」もいけるんじゃね? つうか、江戸人好みの小紋をつくったらヒット間違いなしじゃね? とひらめくわけです。
 そして、どんな柄にしよう? と考えた時、当然もう、全員が「鈴」の模様で異議ナシ、なわけですよ。だけど、それってどうやって作ればいいの? というのが今回のメインでありました。
 染付職人をどうしよう? つうかその前に、染付の「型」って、誰がどんな風にして作ってるんだろう? というのが段階を経て実を結んでいき、さらに、完成した「五鈴屋オリジナル小紋」を、どうやって世に知らしめよう? と考えた時、思わぬ縁が繋がってーーーという流れはとても美しく、もう読者たるわたしは、正直できすぎだよ、とか思いつつも、良かったねえ、ホント良かった、と完全に親戚のおじさん風にジーンと来てしまうわけで、もうさすがの高田先生の手腕には惜しみない称賛を送りたく存じます。ホント面白かったす!
 そして今回は、重要な未解決案件である「女名前禁止」に関する進展も少しあり、さらには妹の結ちゃんが満を持して江戸へやってきたり、さらには、失踪した5代目がついに姿を現し……といった、今後の引きになる事柄もチョイチョイ触れられていて、結論としては、高田先生! 次はいつですか!! というのが今回のわたしの感想であります。はーー面白かった。

 というわけで、結論。

 わたしが新刊が出るとすぐに買う、高田郁先生による小説シリーズ『あきない世傳 金と銀』の最新7巻が発売になったのでさっそく楽しませていただきました。結論としては今回もとても面白かったです。なんつうか、やっぱり人の「縁」というものは、大事にしないとイカンのでしょうなあ……一人では出来ないことばかりだもんね……そこに感謝をもって、日々暮らすのが美しいんでしょうな……わたしも真面目に生きたいと存じます。そして、5代目の動向が大変気になるっすねえ……! まず間違いなく、次の巻では五鈴屋の存在が江戸に知れ渡ることになり、5代目が「幸が江戸にいる!」ことに気が付くことになるような気がしますね。どこまでシリーズが続くか分からないけど、全10巻だとしたら5代目とのあきないバトルがクライマックスなんすかねえ……! 早く続きが読みたいっす! 以上。

↓ そういや映画になるらしいすね。キャストはNHK版からまたチェンジしたみたいですな。この特別巻が出てもう1年か……あ!映画の監督があの人じゃないか!マジかよ!
花だより みをつくし料理帖 特別巻
髙田郁
角川春樹事務所
2018-09-02