わたしはもはやすっかり電子書籍野郎となって久しいのだが、それでも本屋という存在は大好きだし、毎日はそりゃ行ってないけれど、少なくとも週1では本屋に行って、面白そうな本はねえかなあ……と渉猟している。そんなわたしだが、先日本屋の店頭で、えっ、うそ、マジ!? と驚き、すぐさま買って読んだ本がある。
 それは、寡作で有名なメリケン国の作家、Tomas Harris先生の新作『CARI MORA』という作品で、わたしはホントに、あのTomas Harris先生の新作が出ていることなんて全く知らなかったので、とても驚き興奮したのであった。
カリ・モーラ (新潮文庫)
トマス ハリス
新潮社
2019-07-26

 どうやら7月には発売になっていたようで、発売後1週間ぐらい経っていたのかもしれないが、さすがにわたしの大嫌いな新潮社である。まったく告知を見かけなかったので、売る気もほぼないんじゃないかと疑いたくなるほどだ。これがわたしの愛する早川書房様だったら、100%確実に電子書籍でも発売になっていただろうし(実際US版はKindle版も売っているのだから、Harris先生が電子を嫌がることはないはず)、そうであれば確実にわたしも気づいたはずだが……ホント、新潮社は使えないというか、おっくれってるぅーーー!である。
 (※追記:後で知ったのだが、どうやら電子版は2019/08/09に配信開始されたらしい。そしてわたしが紙の文庫を買ったレシートを見たら、わたしが買ったのは08/02だったようだ。くそう、1週間待っていれば電子で買えたのに……!)
 ところで、Tomas Harris先生についてはもう説明の必要はないだろう。恐らく誰しもが知っている、『The Silence of the Lambs』日本語タイトル「羊たちの沈黙」の著者である。Harris先生は、あれほどのウルトラ大ヒット作品の原作を書いた小説家であるにもかかわらず、とにかく作品数が少ないことでもお馴染みなのだが、今まで全5作しか発表しておらず、その5作すべてが映像化され、その筆頭である『The Silence of the Lambs』は予想外のアカデミー作品賞すら受賞しており、その知名度は抜群だろう。しかし、最後の『Hannibal Rising』を2006年に発表して以来だから13年ぶりの新作ということになる。それが本作、『CARI MORA』だ。
 ただし、である。わたしはHarris先生のすべての作品を読んでいるし映画版も観ているのだが、正直、『HANNIBAL』『Hannibal Rising』の2作は相当イマイチだと思っている。映画も同じで、この2作はかなり微妙だった印象が強く、わたしとしては一番好きなのは、小説も映画も『RED DRAGON』なのだが、いずれにしても、もうレクター博士モノはいいんじゃね? とか思っていたのだ。なので、本作を本屋さんの店頭で発見した時は、Harris先生の新作であることにまず大興奮したものの、まーたレクター博士モノだろうか?とかいらない心配をしたのだ。
 というわけで、まず手に取り、おもむろにカバー表4を見て、さらに驚いたのである。そう、本作『CARI MORA』は、全く新しい、完全新作で、そのタイトルであるカリ・モーラという25歳の女子を主人公としたヴァイオレンス(?)小説だったのである。たしかHarris先生はもう、今頃70歳とっくに超えてるよな……? とか思いながら(後で調べたら御年79歳!)、マジかよ、完全新作とは恐れ入ったぜ! とレジに向かったあのであった。
 で。読んだ。読み終わった。
 一言で言うと、面白かった。ほんのりと、Harris先生っぽさもある。だけど、うーん、これが全く知らない作家のデビュー作であるなら、わたしは非常に面白かった! と言い切るだろうけれど、いかんせん、「あの」Tomas Harris先生の作品であるということを考えると、そうだなあ、フツーに面白いレベルにとどまるような気がする。キャラクターは抜群にイイんだけど……全然活躍しなかったり、ラストに全然絡まなかったりと、物語としてやや、スッキリしないというか……いや、最終的に一番悪いゲス野郎は見事昇天し、ヒロイン勝利になるからスッキリはするか。なんと言えばいいんだろうな……物語の本筋は、かつてのコロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルがマイアミに築いた大邸宅に隠された金庫とその中に眠る3000万ドル相当の金塊を奪おうとする悪党どもが殺し合う、というものなのだが、キャラが多すぎて若干消化不良?な感じを受けた。もうチョイ、頭脳バトルが描かれればもっと面白かったのだが……。なんか結構、キャラクターが皆、筋肉バカだったような印象かも。
 そんな物語を彩る悪党どもばかりのキャラたちを紹介したいのだが、これはなあ……陣営をまとめて相関図を作った方がいいと思うんだけど……めんどくさいからもう文字でまとめてみるとしよう。
 ◆カリ・モーラ:物語のヒロイン。25歳。コロンビアからマイアミに逃れて来た移民。獣医を目指す真面目な美人。いとこのフリエーダとともに、その母の介護をしている。少女時代、コロンビアの反政府左翼ゲリラFARC(コロンビア革命軍)に両親を殺され、自らも拉致されて、ゲリラ兵としての訓練を受けていた過去がある。なので銃の扱いや、サバイバル知識なども身に付いたスーパーガール。彼女のそういった凄惨な過去も比較的丁寧に描かれているが、若干テンポが悪いというかアンバランスというか……うーん、まあ、とても魅力的なヒロインなのは間違いなく、彼女の活躍は今後も期待したいものですな。彼女を主人公に、何本もお話を作れそうな気がしますね。
 【十の鐘泥棒学校メンバー】
 この「十の鐘泥棒学校」というのは、コロンビアのドン・エルネスト配下の人間ということなのだが、エスコバルのお宝を狙う勢力の一つ。れっきとした悪党軍団だが、本作ではカリを助ける側の人々として、比較的イイ人っぽく描かれている。
 ◆キャプテン・マルコのチーム(マイアミ定住組)
 ・アントニオ:チームの中では若い元US海兵隊員で、現在はプール修理人。カリが大好きで、カリを守ってあげたいと思っているとてもいい奴なのだが、残念ながら中盤で惨殺され退場。
 ・ベニート:おじいちゃんでベテラン。今は庭師としてカリとも仲良し。
 ・キャプテン・マルコ:チームリーダーでカニ漁師。アントニオとベニートを配下として、ドン・エルネストの指令で金庫強奪をもくろむ。カリに好意を抱いていて、カリを何とか守ろうと奮闘(?)。イイ人。イグナシオ、ゴメス、エステバンという手下がいる。
 ・ファボリト:ラスト近くに登場する車いすの男で、元米軍(陸軍か海兵隊か不明)爆弾処理班在籍。35歳。イイ奴。マルコの依頼で金庫に仕掛けられた爆弾を処理する役を引き受ける。どうやら爆弾処理?で負傷したらしく、普段は入院していて、その病院でイリーナという元陸軍兵士に惚れてちょっかいをかけているナイスガイ。
 ◆エルネスト本隊
 ・ドン・エルネスト:表向きはビジネスマン、なのかな、コロンビア国内では人望がある(?)っぽい描かれ方。ただし、彼の目的はエスコバルのお宝であって、カリのことはどうでもいいと思っている。ラストも、カリを変態に売ってその代り金塊を手にすることに成功、したのかな? 若干消化不良。
 ・ゴメス:ドンの側近のゴッツイ男。言動が荒っぽく印象に残る男だが、ほぼ活躍せず。
 ・ビクトール/チェロ/パコ/キャンディのUS在住チーム:エルネストの命を受け、金庫強奪ミッションに派遣される男女チーム。変態野郎チームをあと一歩まで追い詰めるが、残念ながらやられ役として全員死亡。
 【変態野郎チーム】
 ・ハンス・ペーター・シュナイダー:ドイツ系南米人。つまりナチ残党の子孫ってことなのかな。全身無毛。人体を切り刻むのが大好きな変態で、臓器売買をしている。アルカリ溶液を使って人体を溶解するマシンで死体処理をする恐ろしい変態。この変態の描写がいちいち細かく、非常にキャラは立っているのだが、このどす黒い精神の持ち主は見事昇天しますのでご安心あれ。コイツのキャラはとてもHarris先生っぽさがあると感じられると思う。
 ・フェリックス:変態ハンスに雇われた不動産屋。エスコバル邸は映画やCMのロケとかに貸し出されていて、ハンスたちが金庫を掘り出すためにレンタルしているが、その手続きなどをやっている。カリは元々エスコバル邸の管理人であったため、フェリクスとも知り合いだった。見事使い捨てにされて死亡。
 ・ウンベルト/ボビー・ジョー/フラッコ/ホッパー/ボースン/マテオ:変態ハンスの手下ども。見事昇天。
 【故エスコバルの元配下】
 ・ヘスス・ビシャレアル:かつてエスコバルの指示で、マイアミの大邸宅地下に金庫を設置した老人。厳重なトラップの解除法を知る唯一の人物だが、その秘密を変態ハンスとドン・エルネスト双方に売ろうとするが……
 ・ディエゴ・リーバ:ヘススの顧問弁護士。ヘススの隠していた図面をドン・エルネストに渡すが、細工をしていて、本当の情報を知りたければ金をよこせと脅迫する小悪党。最終的にどうなったかよくわからん。
 【その他勢力】
 ・テリー・ロブレス:マイアミ市警の刑事。どうやら変態ハンス一味に自宅を襲撃されたらしく、妻ダニエラは一命をとりとめるも脳に障害を負い、自らも負傷して休職中。変態ハンスをとっ捕まえたいが……残念ながらほぼ活躍せず。
 ・イムラン:変態ハンスの臓器売買の買手で、人体加工収集家?の変態野郎、グニスという大富豪の代理人。グニスもハンスも変態だが、このイムランも狂った変態で、ハンスが納品した腎臓を我慢できずむしゃむしゃ食べちゃう狂人。まあ、この辺はレクター博士的なHarris先生っぽさ満載ですな。出番は少ないけど強烈な印象を残す。
 とまあ、主なキャラは以上かな……とにかくページ数がそれほど多くない割に、キャラは多いですが、お話は基本的に一直線で、チョイチョイ過去の回想が交じる程度なので、それほど混乱せずに読む進められるとは思う。
 そして主人公、カリ・モーラは大変魅力的なキャラクターなのだが、カリは現在合法的(?)にUS滞在が認められているけれど、その許可証は、ちょっとしたことがあればすぐに取り上げられてしまうようなもので、これは明確に現在のUS大統領の政策を反映した、あやうい立場であることが一つのカギとなっている。しかしまあ、USAという国家は、本当に、大丈夫じゃあないですな。密輸や殺人といった犯罪行為がいともたやすく行われており、どんなに真面目に暮らそうと思っても、そのすぐ横でこうした犯罪が日常茶飯事なのだから、どうにもならんでしょうな……と、平和な日本でぼんやり暮らすわたしは他人事のように、無責任に感じましたとさ。

 というわけで、もうクソ長いのでぶった切りで結論。
 「あの」Tomas Harris先生の10年以上ぶりの新作が、ポロっと発売になったので、さっそく買って読んでみた。その作品『CARI MORA』は、これまでのレクター博士モノとは全く別の完全新作で、そのこと自体には大変興奮したのだが、内容的には、多くの悪党がお宝をめぐって争奪戦を行う悪漢小説と言っていいだろう。それはそれで面白かったし、その争奪戦に翻弄?される主人公、カリ・モーラのキャラクターは大変魅力的だったのだが……なんつうか、若干消化不良のようなものを感じるに至った。おそらくそれは、多すぎるキャラクター全てを描き切れていない点に原因があるような気がする。もうチョイ、レクター博士とクラリスのような、そしてダラハイドとウィル・グレアムのような、頭脳バトルだったらもっと面白かったんじゃないかなあ……今回の悪党、変態ハンスがイマイチ頭が良くないのが残念です。主人公カリは、クラリスに匹敵するぐらい(?)魅力的な主人公だっただけに、残念感は強いです。以上。

↓ わたしとしては『羊』よりこちらの方が好きです。
レッド・ドラゴン (字幕版)
アンソニー・ホプキンス
2015-11-05