去年劇場公開された映画『孤狼の血』を、まんまと劇場で観逃してしまい、先日やっとWOWOWで観て、こりゃあ面白い、劇場に観に行かなかったワシはホントダメじゃのう……と思ったわけだが、そのことを会社の若者に話したときの会話は以下の通りである。
 わたし「いやー、『孤狼の血』やっと観たんだけど、すっげえ最高だったね。マジで劇場に行くべき作品だったよ。超抜かってたわ……!」
 若者「お、観たっすか。おれ、劇場で観たっすよ。いやあ、マジ最高だったすね。続編が楽しみっすねえ!」
 わたし「えっ!? 続編!? やるの!? マジで!?」
 若者「いや、わかんねーすけど」
 わたし「なんじゃい! でもアレだろ、原作小説があんだから、そっちの続編が先に出ないと……」
 若者「いや、だからその小説の続きが出たんすよ。アレじゃないかな、去年映画が公開されるちょっと前じゃなかったかな、単行本で出たはずっす」
 わたし「うぉい! マジか、全然知らんかった! 超抜かってた!!」
 というわけで、わたしと若者はその場ですぐ調べて、あ、これっすね……と見つけたのが柚月裕子先生による『孤狼の血』の正統なる続編『凶犬の眼』という作品である。
凶犬の眼
柚月裕子
KADOKAWA
2018-03-30

 わたしはこの本のことを知って、約60秒後にはすぐさまその場で電子書籍版を買ったのだが、実は、ポチっと購入する15秒前には、ちょっと待て、原作の『孤狼』を先に読んだ方がいいんじゃね? という逡巡があった。だが……ええい、いいんだよもう! 今すぐ読みたいの! という欲がまさって購入に至り、読み始めたのである。
 結論から言うと、この判断は、ナシではなかったとは思うけれど、やっぱり本来的には小説原作の『孤狼』は読んでおいた方がいい、と思った。というのも、どうやら映画『孤狼』と、原作小説『孤狼』とでは、若干設定や物語が違うらしい、と思えるような点が、『凶犬の眼』を読んでいるといくつか見受けられたからである。
 例えば映画『孤狼』で江口洋介氏がカッコ良く演じた、おっかない若頭「一之瀬」というキャラは、ラストで物語の主人公である日岡くん(以下:広大=広島大学出身のため「ひろだい」と呼ばれている)に裏切られることになるが、どうやら原作小説ではその展開はなかったらしく、『凶犬』では広大と信頼関係が続いていることになっていた。また、映画では真木よう子さんが演じた恐ろしくエロいクラブのママは、『凶犬』では登場せず、全然別の小料理屋のおかみさんが出てきて、どうやら真木ようこさんの演じたあのキャラは映画オリジナルで、小説では『凶犬』のおかみさんがその役に相当する、みたいな、微妙な違いがチラホラ出てくるのである。
 なので、やっぱり小説の『孤狼』を読んでから『凶犬』を読む方が正しい行為だとは思うのだが、映画を観た後すぐに『凶犬』を読んだわたしでも、『凶犬』という小説はとても面白く、大変楽しめた作品であったのは間違いないのである。
 というわけで、物語をざっとまとめてみよう。
 物語は『孤狼』の事件の2年後が舞台だ。それはつまり、世は平成となっており、主人公の広大こと日岡秀一巡査は1年前から広島の山奥の駐在所勤務である。要するにあの事件の後始末が終わったところで、いろいろ「知りすぎた男」の広大は警察にとっても都合の悪い存在で、へき地勤務に飛ばされたのだ。そんな、ある意味鬱屈していた毎日を平和に送っていた広大くんは、ある日、私用で広島市内にやってきていて、ちょっと寄り道となじみの小料理屋で飯を食う。するとこそには、あの一之瀬がなにやら客と話し込んでいて、その客は、全国指名手配中の男だった。一之瀬は、マズいとこ見られちゃったな、と思いつつも、やむなく、広大のことを警官だけど信頼できる男だし、あの「ガミさん」の一番弟子だ、と客に紹介する。すると客は、「まだやり残したことがある。それが終わったら、必ずあんたにワッパをかけてもらうよ」と約束。広大は、その男の眼を見て、その約束を信じるがーーーてな展開である。
 どうですか。少なくとも映画『孤狼』を面白いと思った人なら、読みたくなるでしょ。わたしとしては本作でのポイントは2つあって、まず一つは、とにかく広大くんがきっちり「ガミさん」の教えを守って大きく成長している点だ。肚が坐ってるんすよ。非常に。とてもカッコいいし、非常に共感しやすいと思う。そしてもう一つは、本作の最大のポイントなのだが、その客の男がやけに「仁義」の男で、これまた大変カッコイイんだな。凶悪な人殺しの極道で、純然たるBAD GUYなのに、完璧に筋が通っていて、広大くんならずとも、男なら誰しも、心魅かれてしまうような人間なのです。頭もイイしね。こういう、二人の筋の通った仁義の男の行動ってのは、もう鉄板というか、読んでいて実に気持ちのいいものだ。
 
 というわけで、以下は完璧ネタバレなので、知りたくない人はここらで退場してください。絶対知らないまま読む方が面白いと思いますので。



 はい、じゃあイイですか?
 最終的に、広大と極道の男は、「兄弟」分として強く結ばれるわけだが、その過程がとても共感できる流れだったと思う。その盃を交わした瞬間、冒頭で描かれる旭川刑務所で話し合う二人が何者かがわかる仕掛けになっていて、それが分かった時は、そういうことか、と思わず最初を読み直してしまうほどだったすね。実にお見事でした。
 最後に、キャラ紹介を短くまとめて終わりにしよう。
 ◆日岡秀一:主人公。『孤狼』で「広大」と呼ばれていた彼も、もはやそう呼んでくれるガミさんは亡くなっているので、本作では広大と呼ばれるシーンはありません。田舎の駐在所に飛ばされて、ちくしょうと思っていて、指名手配犯を逮捕して県警本部に戻る野望を胸に秘めている。基本的に今でも善人ではあるけれど、ガミさんに叩き込まれた、毒には毒を、の気持ちも習得しているし、世の中は清濁併せ呑むことで成立していることを骨身にしみて理解している。そんな彼が、極道と盃を交わす決断の瞬間も、ガミさんならどうしたか、を考え、行動に移すわけで、実に男らしかったと思う。わたしは映画版を観終わった時、きっと現在の広大は、50代半ばを過ぎて、警察機構の中で出世してるんだろうな……と妄想していたけれど、本作の事件を経て、さらに広大は大きく成長しただろうな、と思います。
 ◆国光寛郎:読んでいるとかなりおっさんな印象を受けるけれど、まだ30代半ばだったはず。高校時代からやんちゃだったが神戸商船大学に進学するなど頭はイイ。が、あっさり辞めて極道入り。極道に入ったのも、とある親分に人間として惚れたためで、金を稼ぐのが上手いインテリヤクザとして活躍していたが、仁義を絶対に守る男として、親分のために人殺し&服役も経験。現在日本最大規模の抗争の首謀者として逃走中。彼がやりたいのは、親を守ることとケジメをつけることで、それが叶えば満足。自分がどうなろうとも……な男。まあ、読んでいれば誰だって、広大のようにコイツを外道とは思えなくなってしまうでしょうな。極めて筋が通っていてカッコイイ。手下にも大変優しいのもポイント高し。そして手下たちも、国光に惚れているため、まったく道に外れたことはしようとしない、極道だけどイイ奴らです。
 ◆晶子:ガミさん行きつけの「小料理や志乃」のおかみさん。今では広大の行きつけに。どうやらこのキャラが、映画版で真木よう子さんが演じた里佳子さん、なのかも。元々一之瀬(?)の奥さんだったのかな? 元極道の妻で、とても面倒見のいいおかみさん。美人に間違いないでしょうな。映画版にも出てきた、ガミさん作成の警察内部の不正をまとめたノートは、広大が晶子さんに預かってもらっている模様。広大はいざとなればその極秘資料があるので、今頃は警察で成り上がっててほしいすな。なんかこの設定は、『新宿鮫』に似てますな。
 ◆一之瀬守孝:現在は尾谷組の組長になっている。映画版では広大に見事はめられて裏切られたけれど、ありゃどうも映画オリジナルなのかもしれない。本作では、広大を信頼しているし、広大も一之瀬を信頼している、っぽい。まあ、信頼と言っても、お互いを利用しているだけなんだけど、本作では何かと情報源としてチラホラ登場します。ちなみに、映画版でピエール瀧氏が演じたギンちゃんこと瀧井銀次も冒頭に登場します。元気そうで何よりです。
 ◆畑中祥子:広大の勤務する駐在所近辺の豪農の娘で女子高生。頭がイイ。父親は広大と祥子を結婚させてがっていて、祥子の家庭教師を広大にやらせている。そして祥子も、広大が大好きなのでまんざらでもなし。しかし、彼女の「女」としての本能は、広大に会いに来た晶子の姿を観てめらめらと嫉妬の炎を燃やしてしまい……な感じ。わたしはまた、彼女が人質とか、ひどい目にあわされるんじゃないかと心配でならなかったのだが、全くそんなことにはならず、むしろ彼女の攻撃?の方が事件を大きく動かす結果をもたらしてしまったことに大変驚いた、というか、祥子も立派な女だったな、と腑に落ちたっすね。恐らく超絶カワイイ女子だと思います。
 他にも登場人物は多いけど、上記を押さえておけば大丈夫だろう。
 
 というわけで、結論。
 映画『孤狼の血』を劇場で観逃して、やっとWOWOWで観て、くっそう、コイツは最高に面白いじゃねえか、劇場に行かなかったおれのバカ! とか思っていたわたしだが、会社の若者にその続編小説『凶犬の眼』という作品があると聞いてさっそく読んでみたところ、まず第一に、とても面白かったと思うし、こりゃあ最初の小説版『孤狼の血』も読まないとダメなんじゃね? と現在思っている。仁義を通す、ということは、何も極道の世界だけでなく、平和にのんきに暮らす我々にも求められてしかるべきだと思うけれど、まあ、なんと世には「仁義」を守らない奴の多いことか。実に嘆かわしいというか、そういうクソ野郎には本当に頭に来ますな。本作で描かれた二人のように、「仁義」なるものを通すには、相当の代償が必要となるわけで、まあ実際難しいことも多いのだが……それでもやっぱり、だからと言って「仁義」を守らないクソ野郎にはなりたくないっすね。たとえどんな艱難辛苦があろうと、仁義を最優先で生きていきたいものです。というわけで、本作はわたしは大変楽しめました。実にカッコイイす。以上。

↓ そのうちちゃんと読もっと。ガミさんが小説ではどんな感じなのか、楽しみっす。
孤狼の血 (角川文庫)
柚月裕子
KADOKAWA
2017-08-25