わたしが今、日本の小説で一番新刊を待ち望んでいる作品、それが高田郁先生による『あきない世傳』というシリーズである。そして、この度最新の(5)巻が発売になったので、やったー! とさっそく買い求め、一気に読み終わってしまった。というわけで、さっそくネタバレ満載で感想をつづってみたい。本当にネタバレまで書いてしまうと思うので、気になる方は読まない方がいいと思います。なお、以上は(4)巻の時の記事を丸々コピペしました。手抜きサーセン。というわけで、今回は(5)巻です。

 この『あきない世傳』という物語は、もうこれまでも散々書いた通り、現代ビジネスの視点から見ると大変興味深く、普通のサラリーマンが読んでもとても面白い作品だと思う。もう(5)巻なので、これまでのお話のあらすじは記さないが、前巻のラストでは、主人公の幸ちゃんが所属する大阪天満の呉服屋さん「五鈴屋」がずっとお世話になっていた老舗の桔梗屋さんが、とんでもないクソ野郎に買収されかかるという事態に陥り、ちょっと待ったー! そのM&A、わたしもビットに参加させてもらう! と幸ちゃんが名乗りを上げるところまでが描かれた。ビジネス的に言うと、いわゆる「ホワイトナイト」ってやつですな。詳しい話は、前巻(4)を読んだ時の記事をご覧ください。こちらです→http://ebat42195.blog.jp/archives/72127438.html
 で。今回の(5)巻はその続きであるので、当然ながらM&Aのその後が描かれる。が、これがまたきわめてスムーズかつ順調で、五鈴屋はとうとうこれまでのお店を本店、そして桔梗屋さんを2号店として事業拡大に成功するのだが、ここでのポイントは、桔梗屋さんの思いだ。
 まず、桔梗屋さんは前巻で「卒中風」、現代で言うところの脳卒中を発症してしまい、半身にまひが残る状態となってしまったわけだが、それはともかくとして、M&Aというものは、現代では非常に難しいというのが常識だろう。わたしも長年の経営企画としての経験から言うと、はっきり言って、当初目論んだ、いわゆる「シナジー効果」なんてものは、なかなか現れず、うまくいかない場合が多い。それは、結局のところ企業とは人であり、要するにM&Aは、買収する側とされる側の「ハートの問題」になってしまいがちだからだ。これは理屈ではないので、いったんこじれると実に厄介なことになる。通常、M&Aでは、まずは買収(=株式取得)があって、しばらくはそのまま、屋号も変わらず、単に子会社として並列するものだと思うし、本作でも、あくまで幸ちゃん=五鈴屋=買収した側は、桔梗屋さんはこれまで通り桔梗屋さんとして、あきないに励んでもらいたい、だたまあ同業なので、仕入れ先などの統合や効率化は進めていきましょうという常識的なオファーを出す。そのことで、桔梗屋さんの現場の従業員たちも、良かった、何も変わらないんだ、桔梗屋は桔梗屋でいいんだ、という安心感をもてるわけだ。しかし! 桔梗屋さん本人の想いが、わたしには非常にグッと来た! なんと、桔梗屋さんは、もう買収されたのだから、桔梗屋の名を捨てて、五鈴屋の新たな部門として一体化したい、という逆オファーを幸ちゃんに進言するのである。
 このことがどういう意味を持つか、現代的に言うと、要するに買収だけではなく、吸収合併を望むということである。つまり、桔梗屋という屋号を捨てる、ということだ。この決断は、現代ではなかなかできないことであろうと思う。これは、オーナーたる桔梗屋さん本人ではなく、雇われている従業員の心情からして、現代では非常に難しいのだ。というのも、現代的に言うと、従業員サイドから見ると、吸収合併にはメリットとデメリット、両方あるためだ。
 まず、デメリットから言うと、これは完全に、まさしくハートの問題、モチベーションの問題で、普通の場合、やっぱり誰しもが自分の会社に愛着や誇りがあるわけで、なかなかその社名を捨てることはできない。どうしても反発や、なんというか……従属意識が芽生えてしまう。おれたちは買われたんだ、おれたちの会社はなくなっちまうんだ、的な。これは、おそらく実際にそのような事態にならないと、実感できないかもしれないが、わたしはもう、そういう光景を何度も何度も観てきたので、この桔梗屋さんの決断には深く敬意を抱いた。現場の反発は全部自分が説得する、という態度である。これは非常に立派ですよ。一方で、現代においては従業員にも実はメリットがあって、単なる買収で子会社としてそのままだと、まさしく何も変わらない、のだが、これが吸収合併となると、すべての制度が買収した側に合わせることになるので、例えば、上場企業の羽振りのいい会社に吸収合併されれば、当然自分もその上場企業の一員となるので、人事制度が変わって給料が上がる可能性が出てくるし、ある程度の「上場会社の社員」として社会的ステータスが向上する可能性もある。なので、小賢しい奴は、口では吸収合併に反発しても、実は内心喜ぶ、なんてことも実に頻繁にある。まあ、本作における桔梗屋さんの従業員のみんなは、そんなことに喜ぶ人々ではなく、桔梗屋という屋号が消滅することを悲しむ人ばかりだが、そこを、桔梗屋さん本人がきっちり言い聞かせるのだ。そこにわたしはグッと来たのである。
 というわけで、今回の(5)巻は、この企業統合の話がメインになるのかな、と思ったのだが、まったくそんなことはなく、この辺りのお話は実にスムーズに進み、本題ではなかった。今回の(5)巻で一番のメインとなるビジネスプランは、もっと根本的なもので、かつ、実に現代的なものであったのである。それは、現代で言う新商品開発と、ブランド戦略である。
 そもそも、五鈴屋さんは呉服屋さんであり、それすなわち、現代で言えばアパレル業だ。もっと細かく言うと、小売店であり(一部卸もやってるんだっけ?)、一般消費者と一番違いところに位置している。そのアパレル業として、呉服を売っているわけだが、幸ちゃんは今回、「帯」に注目をする。1枚の呉服でも、「帯」を変えることで何通りもの着こなしが可能、なわけだが、周りの呉服屋さんは「帯」をそれほど推していないし、メイン商材としても扱っていない。これは、「帯」の販売に拡大の余地があるんじゃね?と気が付くのである。この辺りの幸ちゃんの思考は実に現代的で、「帯」も、太さがこの頃変わってきているし、結び方もいろいろある。これをお客さんに提案していこうじゃないの、というわけで、ある種のトータルコーディネートの提案であり、ファッションの流行を自ら作ろうという思考だ。そうすれば、お客さんも買ってうれしいし、五鈴屋も売上UPで嬉しいし、ということになるわけで、本作でよく出てくる「買うての幸い、売っての幸せ」という言葉は、高田先生の『みをつくし』で言うところの「三方よし」という思想に近いものだ。
 で、このアイディアはもちろん大成功し、やったぜ! になるものの……ここでまた、桔梗屋さんを買収しようとしていたクソ野郎、真澄屋がパクリ戦略で、同じように帯に力を入れ始め、何と五鈴屋の方がパクリじゃんか、と世間に言われてしい、五鈴屋及び旧桔梗屋の従業員一同が、ぐぬぬ!と悔しい思いをしてしまう展開となる。まあ、これも現代では良くあることですな。画期的なアイディアはすぐにパクられるのはもうどうしようもない。
 しかし、このピンチに幸ちゃんがひらめいたのが、「ブランド戦略」である。そもそも、前巻だったかでも登場していた通り、五鈴屋は、「鈴」の絵柄を自社のコーポレートアイデンティティとして、販促に使っていたのだが、とうとうその「鈴」の絵柄を商品にも使って、五鈴屋のブラント品として販売していくことをひらめくのだ。その販売にあたっても周到な準備を行い、以前、浄瑠璃で成功したように、今度は歌舞伎の舞台で、プロダクトプレイスメントを成功させ、ロゴが入っているので、今度は真似されることがなく、大ヒットとなるのである。そもそも、「ブランド」とは、牛の焼き印のことで、この焼き印の入った肉はうまいぜ、という目印なわけで、その目印があれば安心だぜと消費者に伝えるモノであるわけで、五鈴屋の「鈴」も、おお、あのおしゃれな帯は……鈴の柄が可愛らしいじゃないか! そうか、あの鈴は、五鈴屋さんの帯だよ! と目印になるわけです。大変お見事でした!
 とまあ、そんなわけで、本作は本当に現代ビジネスマンが読んでもとても面白い作品だと思う。わたしも大変楽しませていただきました。
 ただ、今回は、幸ちゃん自身に大変な不幸が立て続けに起こる。これはもうここには書きません。大変気の毒で痛ましいが、幸ちゃんはそれにも負けずに頑張り、「いつか江戸支店を出店する!」という野望に向け、本作ラストではその布石を打つところで、さらに最大の不幸?かも知れない不吉な報せが入るところで終わる。この終わり方はもう、続きが超気になりますな!
 あと、これは幸ちゃんに降りかかる不幸の副産物?として、どうしてもメモしておきたいのだが、その結果として、妹の結ちゃんが、五鈴屋さんに住まうことになる。彼女はまだあきないを分かっていない娘なわけだが、彼女の存在も、徐々に五鈴屋になじんで、何気にコーディネート見本のモデルとしても活躍したり、素朴な疑問で幸ちゃんにひらめきを与えたりと、存在感が増してきそうな気配ですな。結ちゃんもイイ男を見つけて、幸せになってほしいですよ、ホントに。おっさん読者としては、完全に見守る親戚の叔父さん風な想いを抱きましたとさ。

 というわけで、結論。
 わたしが新刊を待ち望む作品の一つである高田郁先生の『あきない世傳 金と銀』の最新(5)巻が発売になったので、さっそく買い求め、読んだところ、今回も実に興味深く、楽しませてもらったのでありました。現代ビジネスを戦うリーマンの皆さんにもぜひ読んでいただきたいですな。なんつうか、ビジネスの様相は250年前も今も、根本は変わらないと思いますね。でも、現代では買って良し・売れて良しの気持ちのいい関係は薄れてるんすかねえ。まあ、顧客第一はビジネスの基本であろうと思う。幸ちゃんが江戸に店を出して、「あきないの戦国武将として天下を取る」日を楽しみに、今後も読み続けたいと存じます。そして結ちゃんの天然ぶりは、今後も幸ちゃんの助けになってほしいですな。きっとまた、とんでもないピンチが起きるとは思うけれど、次の(6)巻が大変楽しみです。以上。

↓ M&Aのポイントは、そのスキームやテクニカルな面ではなく、「その後」の事業展開にあるのは間違いないと思う。なので、こういう本を読んで役立つのか、さっぱりわかりません。