スウェーデンの作家、Stig Larsson氏は2004年の11月に50歳で、心筋梗塞により亡くなってしまったが、良く知られているように、その亡くなった時点では、作家デビューをしていなかった。その後、出版された処女作『Millennium』シリーズが世界的ベストセラーになるわけだが、そのことを知らずに、逝ってしまわれたのである。何とも残念で大変悲しいことだが、遺された作品の面白さはもう世界的にお馴染みであり、わたしも2008年に出版された日本語版を読んで大興奮した作品であった。
 そして、これもまたすでに知られていることだが、発売された第3巻まではいいとして、実はその続きがかなりの分量で未完成原稿として残っていたのである。我々読者としては、もう大変気になるというか超読みたい気持ちが募るわけだが、これまた大変残念なことに、おそらくは、今後永遠に(?)、我々はLarsson氏の遺稿を読むことはできない見通しだ。というのも、Larsson氏が長年パートナーとして苦楽を共にした女性(結婚していなかった)と、Larsson氏の親兄弟(加えて出版社)が、その遺稿の版権を巡って法廷闘争が行われてしまったからだ。わたしはその闘争の結末をよく知らないのだけれど、普通に考えれば、一緒に生活していたパートナーの女性の元にLarsson氏のPCがあって、そのHDD内に未完成原稿は残っているはずだし、実際の執筆にあたっても、その女性は大きな役割を果たしたのだろうと想像できるわけで、円満にちゃんとそれを発表できる体制が整えばよかったのだが……まあ、世間はそうままならぬものであり、残念ながら封印されてしまったわけである。
 しかし。
 2年前の2015年の暮れに、日本では第4巻となる「ミレニアム4:蜘蛛の巣を払う女」が発売になり、我々読者は再び、シリーズの主人公リスベット・サランデルに再会することができたのである。それは、出版社がたてた作家が創作した作品で、おそらくは現存しているという噂の遺稿をまったく考慮しないものであるはず、だが、その内容は非常に面白く、わたしとしては正直、遺稿の物語が反映されていない(であろう)ことには残念に思いながらも、再び各キャラクターたちに会えることには大歓迎で、大変楽しませていただいた作品であった。
 その、新たな『Millennium』シリーズを書いたのは、David Lagercrantz 氏。元々Larsson氏と同じくジャーナリストだそうだが、想像を絶するプレッシャーの中での執筆は、余人には計り知れないものであったはずで、わたしとしてはLagercrantz氏には惜しみない賛辞を贈りたいと思っている。
 というわけで、以上はいつも通りの無駄な前振りである。
 あれから2年が経ち、いよいよ待ちに待ったシリーズ第5弾、『Millenium5:Mannen Som Sökte Sin Skugga』(日本語タイトル:ミレニアム5 復讐の炎を吐く女)が発売になったので、わたしはもう大喜びで買い、読み始め、大興奮のうちに読み終わったのである。
ミレニアム 5 復讐の炎を吐く女 上 (早川書房)
ダヴィド ラーゲルクランツ
早川書房
2017-12-20

ミレニアム 5 復讐の炎を吐く女 下 (早川書房)
ダヴィド ラーゲルクランツ
早川書房
2017-12-20

 ズバリ、結論を先に言ってしまうと、今回は予想に反して、宿命の敵、であるリスベットの妹は登場せず、であり、リスベット本人の物語としてはそれほど進展はなかったような気がする。ただし、なぜリスベットが「ドラゴン・タトゥー」を背中に入れているのか、そしてなぜリスベットと妹のカミラは幼少期に離れ離れになったのか、という点は明確な回答が得られ、わたしとしては確かな満足である。また、今回シリーズではおなじみのキャラクターが1人退場してしまう残念な事件も描かれ、十分読みごたえアリの作品であったと思う。
 というわけで以下ネタバレに触れるはずなので、まだ読んでいない方は今すぐ立ち去ってください。確実に、知らないで読む方が面白いと思います。
Millenium05-02
 というわけで、上記はわたしがうちのダイニングテーブルで撮影した書影だ。なぜこれを載せたかというと、帯の「全世界9000万部突破!」という惹句に、すげえなあ!と激しく思ったからだ。仮に、1冊1000円としよう。そして印税が10%だとしよう。すると、1,000円×10%×90,000,000部=90億円ですよ。すっげえなあ、本当に。そりゃあもう、遺族との版権争いも起きますわな……。これはどんなに善人でも、心動いちゃう数字ですよ。亡くなったLarsson氏本人はどんな思いでしょうな……。
 ま、それはさておき、とうとう「ミレニアム」の第5巻、ここに見参、である。まずは物語をざっと説明すると、冒頭はいきなりリスベットが刑務所に入っている状態から幕開けする。どうやら、前作で大活躍のリスベットだったが、その際に犯した、いくつかの罪で逮捕されたのだとか。もちろん、周りのみんなはそんなバカな、であり、ミカエルも、妹で弁護士のアニカも、そして警察のブブランスキー警部さえリスベットが刑務所に入る謂れはないと思っているが、当のリスベットは、まったくどうでもいいという態度で、おとなしく刑務所務めである。そんなリスベットが、現在注目しているのは、同じく収監されているバングラデッシュからの移民の女性ファリアだ。どうやら彼女は、兄を窓から突き落とした殺人罪で収監されているらしい。しかし、そんな超美人のファリアを気に入ったのか?、刑務所内の女性囚人を支配している牢名主的な女ギャング、ベニートが、ことあるごとにファニアにちょっかいをかけ、あまつさえ暴力も日常的に振るっている。そんな状況下で、我らがヒロイン、リスベットが黙っているわけないすよね? なによりもリスベットが嫌いなのは、「女の敵」なわけで、対決は不可避なわけです。
 一方、リスベットは、シリーズではおなじみの、元・リスベットの法定後見人だったホルゲルおじいちゃんが面会にやってきて、とある話を聞く。なんでも、かつて幼いリスベットが入院(という名の監禁)させられていた時の病院の院長、の秘書をしていたという老婦人が訪ねてきて、診察記録を置いて行ったらしい。リスベットはその話を聞いてすぐさま行動開始するが刑務所内なので思うように進められず、面会に来たミカエルに、一人の男の名を告げ、調査を依頼するのだった―――てな展開である。
 というわけで、本作は2つの物語が交互に進んでいく感じである。
 一つはファリアとギャングのベニートの話。もう一つが、ミカエルが調査を進めるレオという男の話だ。ズバリ結論を言うと、2つの物語は別に交差したりしない。正直あまり関係もない。しかし、ともに非常に興味深く、とりわけ謎の男レオの話はリスベットが過去受けた「処置」に直結するもので、非合法(当時は合法なのか?)な調査研究により、双子をそれぞれ全く正反対の環境に置いたらどういう大人になるか? というある意味非人道的な実験が語られてゆく。つまり、リスベットと同じ目に遭った双子が、他にもいっぱいいたらしい、ということで、このレオという男を調べていくうちに、「一番悪い奴は誰なんだ」ということがだんだん分かる仕掛けになっている。
 もうこれ以上のストーリー説明はやめて、キャラ紹介に移りたいが、本作も、かなり多くの登場人物が出てくるので、早川書房は親切にもキャラクター一覧を別紙で挟み込んでくれている。しかし、実際物語的に重要なのは、結構少数で、ほんの少しだけ、紹介しておこう。
 ◆リスベット・サランデル:ご存知物語の主人公。超人的ハッキング技術や映像記憶力、あるいはボクシングで鍛えた攻撃力など、かなりのスーパーガール。あとがきによれば、リスベットがどんどんスーパー化するのを抑えるためにも、刑務所に入っててもらって自らが動けない状況にしたのではないか、とのこと。ホントかそれ? 今回、確かにリスベット本人の大活躍は、若干、抑え目、かも。
 今回わたしが一番なるほど、と思ったのは、背中の「ドラゴン・タトゥー」の由来で、これはストックホルム大聖堂のとある像を幼少期のリスベットが観て、自らの背中にタトゥーとして背負ったものだそうだ。詳しくは読んで味わった方がいいと思います。わたしは非常にグッと来た。リスベットのハッカーとしてのハンドルネーム「Wasp」に関しては、前作でまさかのMarvelコミックが由来という驚きの理由が明かされたが(Waspとは、Ant-Manの相棒の女性ヒーロー)、今回はもっとまじめというか、極めてリスベットらしい思いが込められて、ちょっと感動的でもあった。
 なお、本書のスウェーデン語のサブタイトルMannen Som Sökte Sin Skuggaは、日本語訳すると「自分の影を探す男」という意味だそうで、確かに内容的に非常に合っていることは、読み終わればよくわかると思う。そして「復讐の炎を吐く女」という日本語のタイトルは、若干仰々しさはある、けれど、このリスベットのタトゥーの意味を知ると、なるほど、と誰しもが思うような気がします。実はわたしは、また全然スウェーデン語の原題と違うなあ、とか思っていたけれど、読み終わった今では、いいタイトルじゃあないですか、とあっさり認めたい気分です。
 ◆ミカエル・ブルムクヴィスト:ご存知本作のもう一人の主人公。ジャーナリスト。何故コイツがこんなにモテるのか良くわからないほどの女たらし。リスベットも、一応信頼している。
 今回、複数の事件が同時多発的?に起こるので、肝心な時にミカエルは別のことをしていたり、と若干のすれ違いがあって、活躍が今一つか? というような気がする。ミカエルは基本的には謎の男レオの調査にかかりっきりだったとも言えそう。
 ◆レオ・マンヘイメル:とある証券会社の創業者(?)の息子で、相続を受けて現在自分が筆頭株主兼共同経営者兼チーフアナリスト。実際のところ、すぐに姿は現れるし、社会的な有名人でもあるので、散々「謎の」という形容をわたしは用いたが、実のところ謎の人物、ではない。ただし、行動が謎、であって、果たしてコイツは一体何を? というのがポイント。まあ、たぶん誰でも、下巻の冒頭辺りで、ははーん?と謎は解けるはず。ただし、作劇法として、レオの過去が別フォントを使って語られるパートがチョイチョイ出てくるのだが、ここが日記とか独白のような1人称ではなく、他と同じ3人称のままなので、誰が語っているのか良くわからず、おまけに結構いきなり、下巻の冒頭で秘密の暴露に繋がる第三者の描写に映るので、若干の違和感は感じた。なんか……若干まどろっこしさもあるような気がする。
 ◆ホルゲル・パルムグレン:リスベットの元法定後見人としてシリーズではお馴染みのおじいちゃん。元弁護士。リスベットがかつて唯一信頼していた人。いい人。それなのに……今回で退場となってしまって、とても残念です……そして、体の自由が利かない今のホルゲルおじいちゃんの苦しむさまが非常にリアルというか……。つらいっす……。
 ◆ファリア・カジ:バングラデッシュからの移民の美女。家族はイスラム原理主義の過激思想に染まっていて、非常に危険。そんな環境の中、抑圧され虐待され、という気の毒な女子。ただまあ、若干ゆとり集が漂っているのは、年齢からすればやむなしか。彼女のエピソードは、正直あまりストーリー本筋には関係ないとも言えそう。
 ◆ラケル・グレイン:今回のラスボス。このラスボスであることは結構前の方で明らかなので、書いてしまったけれど、なかなか怖いおばさま。何歳だったか覚えてないけれど、かなりの年配で、すでにガンに体は蝕まれている。しかし、常にキリッとしていて、威圧感バリバリな方。まったく記憶が定かではないが、すでにシリーズに登場してたような気もする。リスベットを「過酷な環境」に放り込んだ張本人。リスベットとしては不倶戴天の敵と言えそうな人。彼女の行った「実験」は、確かに人道的に許されるものではない。それは間違いないとは思う。しかし、同じような学問を研究している人なら、一度やってみたいと思う実験なのではなかろうか。故に彼女には罪悪感ゼロ。怖い。

 というわけで、本作のシリーズの中における位置づけとしては、正直それほど重要ではないような気がする。リスベットは、本作で「倒すべき敵」を一人始末したわけだが、その代償としてホルゲルおじいちゃんを失ってしまったわけで、それはわたしには結構大きなことのような気がする。
 ま、いずれにせよ、再びミカエルの所属する雑誌「ミレニアム」は部数を伸ばせそうだし、意外と結末は良かった良かったで終わるが、うーん、若干物足りなかったような……。
 やはり、踏みつけられ、槍で体を串刺しにされたドラゴンは、起死回生のドラゴン・ブレス=「復習の炎」をぶちかましてやろうとあきらめていないわけで、リスベットは果たして、最大の敵である妹カミラをぶっ飛ばせるのでしょうか。まあ、そりゃあきっとぶっ飛ばせるでしょうな。しかしその代償はおそらく重いものになるという予感はするし、そして勝利した後のリスベットは、いったい何を世に求めるのか。なんか、もうやりたいことがなくなっちゃうような気もしますね。いわゆるひとつの「復讐は何も生まない」説は、きれいごとではあっても、結構真実だろうしな……。わたしとしては、リスベットがいつか心からの笑顔を見せてくれる日が来るのを楽しみにしたいと思います。

 というわけで、もう書きたいことがなくなったので結論。
 世界的大ベストセラー『ミレニアム』シリーズの第5弾、『Millennium5:Mannen Som Sökte Sin Skugga』の日本語版が発売されたので、さっそく買って読んだ私であるが、本作は若干物足りなさを感じたものの、わたしとしてはリスベットに再会できただけで大変うれしく、結局のことろ毎日大興奮で読み終えることができた。サブタイトルも、スウェーデン語の原題「自分の影を探す男」も大変内容に添ったいいタイトルだと思うし、意外と日本語タイトル「復讐の炎を吐く女」も、読み終わるとなんだかしっくり来るいいタイトルだと思います。亡くなったLarsson氏の後を引き継いだLagercrantz氏も大変だと思いますが、次の第6弾、楽しみにしてます。予定では2年後らしいすね。毎回、『STAR WARS』の公開と同じ時期なので、覚えやすくて助かるっす。以上。

↓ 正直、スウェーデンには今までほとんど興味がないというか、行ってみたいと思ったことはぼぼないのだが、リスベットが幼き頃に見上げた、ストックホルム大聖堂のあの像は観てみたいすね。