人間の心理には「怖いもの見たさ」という謎の情動が存在しているが、どういうわけか、やめときゃいいのに、「怖いもの」に妙に惹かれてしまうわけで、現在、上野の森美術館で開催されている絵画展『怖い絵展』は、連日大変な混雑となっているそうだ。
 わたしは、↓この中野京子氏による著作を10年前、朝日出版から出た当時(※現在は下記の通り角川文庫から出ている)に、知り合いに勧められて読んだが、特に、ふーん、ぐらいの感想しか抱かなかった。
怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)
中野 京子
角川書店(角川グループパブリッシング)
2011-07-23

 そして今、上野で開催されている『怖い絵展』に関しても、あ、これ、アレか、とすぐに思い出したものの、実はあまり観に行く気にはなっていなかった。
 しかし、である。先週観劇した『Lady Bess』というミュージカルが大変素晴らしく、16世紀のイギリス史に大いに興味を持ったわたしとしては、そういえば今やってる『怖い絵展』のメインである「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は、まさしくその時代で、『Lady Bess』に登場するメアリー1世、俗にいう”ブラッディ・メアリ―”に処刑されたシーンを描いたものだ、ということを連想し、やっぱ上野に行って来よう、とあっさり気が変わり、本日朝7時過ぎに家を出て、現地に7時54分に到着したわけである。
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 あちゃあ……朝日が射していて思いっきりボケてる……ホント写真の才能ねえなあ……。ま、そんなことはともかく、開場は9時というので、おっそろしく混んでいると噂の本展でも、1時間前に着けば何とかなるだろう、と根拠なく思い、実行したわけだが、わたしが到着した7時54分には、およそ5~60人の熱心な老若男女が集っており、へええ? と思わせる盛況であった。なお、開場時にはその列はおよそ10倍以上伸びており、わたしが観終わって出てきた時には同じぐらいかそれ以上の入場待機列となっていた。ちょっと早起きすりゃいいのに……そうしない理由がわからねえ。
 というわけで、小1時間、周りはみな複数での来場の中、わたしは一人突っ立って電子書籍を読んでいると、感覚的には結構あっという間に時間がやってきて、いざ入場となった。当然チケットは事前に購入済みだ。
kowaiticket
 入場に際しては、音声ガイドを借りる人と借りない人で分かれていて、驚いたことに2/3ぐらいの方は「借りる」人の列に並び、結果的にわたしは「借りない人」の最初の20人に含まれることとなった。そして開場して、借りる人20人、借りない人20人、と20人ずつの入場であった。なので、会場内は全くのガラガラで、気分よく見られたのが非常にありがたかった。
 音声ガイドは、わたしもたまーーーに借りることがある。実際、知らないことをいちいち教えてくれる便利なアイテムで、本展では女優の吉田羊さんがナレーションしてくれるらしい。まあ、借りる借りないは全く自由だが、今回わたしは元々の中野氏の著作を読んでいるのでスルーである。
 で。本展は、構成としては6章に分けられていて、総タイトル数は……83点かな、なかなか見ごたえのある作品が多く集められていた。意外と時代的に新しい作品が多いのがちょっと意外だったかも。
 が、作品ごとにちゃんと解説が展示されているのだが、ズバリ言って、わたしが怖いという意味で、コイツはヤバい、と感じた作品はごくわずかで、実際わたしは43分であっさり鑑賞を終えてしまった。
 主に前半は神話や聖書、ギリシャ悲劇をモチーフとした「怖い」作品がそろっている。この辺りは、わたしはほぼ知っているエピソードを題材にした作品で、興味深くは感じても、怖さは感じない。例えばセイレーンやオルフェウスだったり、あるいは現在絶賛公開中の映画『THOR:RAGNAROK』でもお馴染みの雷神トールがムジョルニアを振りかざしている絵だったり、映画に出てくる死の女神ヘラの元になったヘレネ―だったりと、キャラとしては有名人が多かったように思う。なので、怖いというより、おお、これはあの!的な感動の方がわたしは大きかった。
 そう、ズバリ言うと、わたしがこいつはヤバい!と感じたのは、『切り裂きジャックの部屋』とメインの『レディ・ジェーン・グレイの処刑』の2点だけだ。
 まず、『切り裂きジャックの部屋』である。1906-07年の作だというので、切り裂きジャック事件の約20年後という事になる。
Jackthelipper
 解説によると、作者のWalter Sicket氏は『スカーペッタ』シリーズでおなじみのPatricia Cornwellおばちゃんが7億円だったか、大金をかけた最新の科学調査によるDNA判定の結果、ジャック本人と推定されている人だそうだ。以前、切り裂きジャック関連の小説を読んだときに、調べてたことがあるのに、すっかり忘れていたよ。そうそう、画家だった、と思い出した。
 しかし、わたしとしては、その正体の真偽は実際どうでもいい。この絵そのものがはらむ、底知れぬオーラ、妖気めいたものに、わたしは漫然と怖さを感じたのである。上記の画像じゃあそれは全然伝って来ないと思うけれど、本物のこの絵は、実際ヤバイと感じた。なんだろうな……言葉にできないす。
 そしてもう1点は、メインの『レディ・ジェーン・グレイの処刑』だ。この絵の迫力はただ事ではないですよ。超生々しくて、マジ怖い!
LadyJaneGray
 そもそも、その大きさからしてわたしの想像を超えていた。この絵、どのぐらいの大きさだと思いますか? わたしは、120㎝×150㎝ぐらいかしら? と特に根拠なく思い込んでいたのだが……なんとその大きさは246㎝×297㎝、わたしの想像の倍のデカさであった。はっきり言って誰しもが圧倒され、息をのむのではないかと思う。この絵は、解説によると1833年の作で、その後ロシア貴族の手に渡り、長らく公開されずにいたものの、20世紀になってイギリス貴族が購入し、ロンドンのナショナル・ギャラリーに寄贈されたんだそうだ。そして、その後洪水で水をかぶった(?)ものの、修復リストの下の方に埋もれ、長らくその所在すらも忘れられていたところ、ひょっこり、こ、これは! と再発見されたものらしい。
 とにかくすごいのが、その強烈なコントラストで、黒と白のパキッとした色彩はおそろしく印象的だ。なんというか、奥行き感がすごく、白の衣装のグレイ嬢が浮き上がって見える超立体感がすごい。そして各人物の表情がこれまたヤバイ。ちなみに、右端の斧を手にしたタイツの男が処刑人です。ミュージカル『Ledy Bess』では処刑人をフランスから呼んだと言っていたけど、ビジュアル的にかなりイメージが違うし、やけにリアルで怖い! 現在の、いわゆる「ロンドン塔」での処刑だが、実際はこの絵に描かれているような室内ではなく、野外で執行されたらしいですな。くっそう……ロンドンもやっぱり1度訪ねてぶらついてみたいものですなあ……。

 とまあ、こんな感じに、ラストにこのメイン『レディ・ジェーン・グレイの処刑』がズドーンと展示されているのだが、まあ、これは混雑の中で観るとそのすごさが実感できないのではなかろうかと思う。この絵の前に人が立ってほしくないし、全体を見渡せないとダメなんじゃなかろうか。わたしが観たときは、部屋に10人ぐらいしかいなかったので、超快適に、視界に絵以外誰も入らないというほぼ独り占め状態で鑑賞することができた。
 そして観終わって、今回はどうするか少し悩んだけれど、読み物としても面白そうだし、人に見せる機会もあろうと思われたので、図録は買うことにした。2500円ナリ。ミュージアムショップも、きっと普段は混雑していると想像できるが、わたしが行ったときは3人しかいなかったっす。ま、結論としては早起きは三文の徳、ですな。

 というわけで、さっさと結論。
 10年前に読んだ中野京子氏の著作『怖い絵』を題材にした(?)『怖い絵展』を上野に観に行ってきた。やっぱり絵画鑑賞は朝イチに限ります。全く快適でした。そして、正直、本当に怖い作品は、わたしには2点しかなかったです。ただ、全く怖くないけれど、わたしの大好きなTuner氏の作品も1点展示されていて、わたしとしては大満足でありました。会期は残り約1か月かな、気になる方は今すぐGO!でお願いしたいですが、まあ、ちょっと早起きして、朝イチに行った方がいいですよ。観終わる頃に、上野の町のお店は開店し始めて、お茶でも飲んで買い物でもして下さい。わたしも、観終わった後、出来たばかりの上野パルコをぶらついてきました。以上。

↓ そういやこれもチケット買ったはいいけどまだ行けてないので、そのうち行ってきます。くそ、今日一緒に行ってくりゃ良かったかも……。
hokusaiandjaponism