以前も書いた通り、わたしの愛するハリウッド女優は何人もいるが、その中でも最高レベルに、もはや女神とさえわたしには思える二人のスーパー美女、その双璧がCate Blanchett様と、Gal Gadot様のお二人である。これはほぼ確信に近いのだが、おそらくわたしは生のお二人をその目にしたら、その美しさと神々しさの前では、自然と跪き、失神もしくは失禁することは間違いなかろうと思う。とにかく美しく、かわいくて、セクシー極まりない、人類の中で最も女神に近いお方だとわたしは感じている。
 しかし、わたしとしてはどうも不思議なのだが、わたしは映画オタクとして何度もお二人をスクリーンでお見掛けしているのにもかかわらず、それまでは普通に綺麗な人だな、程度の想いしかなかったのに、とある映画を観た時から急にその神々しい美に魅了され、大ファンとなったのである。まあ、要するにわたしの目は節穴だったということに過ぎないのだが。Cate様の場合は、どういうわけか2015年公開の『Monuments Men』(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)という作品を観て急に好きになったし(それまでさんざんCate様出演作を観てるのに!)、Gal様を好きになったのは、去年の『Batman v Superman』を観てから、である。
 Cate様について語るのは、11月公開予定の『THOR: RAGNAROK』の時に譲るとして、今日はとにかく、Gal様について書くつもりでいる。なぜかって? そんなの、今日、待ちに待った『WONDER WOMAN』を観て大興奮してきたからに決まってるでしょうが!
 というわけで、『BvS』で初登場した女性ヒーロー(こういう場合ってヒロインと呼ぶのか?)、WONDER WOMAN単独主演作品がとうとう日本でも公開になり、さっそく観てきたわたしである。ズバリ、結論から言うと、非常に面白かった。が、本作を単独映画として観た場合はもうパーフェクト! と大絶賛したいけれど、一方で、本作がDC Extended Universの一つのピースであるという観点に立つと、若干、ほんの若干だが、問題は残るように思えた。
 というわけで、以下はネタバレが含まれる可能性が高いので、気になる方は読まないでください。まずはいつも通り予告を貼っておこう。

 ダメだ、日本語字幕版はひどいセンスのナレーションが入ってたり、どうしようもないキャッチが極めて下品かつ不愉快なので、US版を貼っておくことにする。
 わたしは、本作『WONDER WOMAN』を観る前から、今回はどんな映画になるのだろうかと『BvS』が終わったそばから大変期待していたのだが、『BvS』のエンディングシーンからわたしが想像していたのは、おそらくWonder Womanことダイアナは、100年前の出来事によって人類に失望し、隠棲を決意するに至った何か悲劇的な出来事が起こったのだろう、と想像していた。ちょっと、『BvS』のラストでの、葬列を見送るダイアナとブルース・ウェインの会話を以下に記しておこう。わたしのリスニング能力は全くあてにならないので、一部間違ってるかもしれないことはお許しいただきたい。
 ダイアナ:A hundred years ago I walked away from mankind; from a century of horrors... Men made a world where standing together is impossible.
 ブルース:Men are still good. We fight, we kill, we betray one another, but we can rebuild. We can do better. We will. We have to.
 わたしは『BvS』におけるこのセリフで、もう完全にダイアナことWonder Womanは人類にうんざりしちゃっているんだろうなと感じた。
「100年前、わたしは人類から逃げたの。あの恐怖の世紀から。人類は世界を共に立つことができないようなところに変えてしまったわ……」直訳するとこんな意味である。それに対するBATMANのセリフがかっこいいすよね。
「人はまだ善を忘れちゃいないさ。俺たち人間は、お互いに争い、殺し、裏切る。でも、それでも俺たちはやり直せるし、もっと善くなれる。善くありたいし、善くあらなきゃいけないんだ」
 こんなBATMANの言葉に、ダイアナは再び立ち上がり、秋公開の『JUSTICE LEAGUE』へつながっていくわけだが、肝心の「100年前」に何が起こったのか、そしてなぜダイアナは人類に背を向けてしまったのか。これがきっと、本作での一番のポイントだろう、とわたしは想像して劇場へ向かったのである。
 というわけで、本作は、『BvS』事件ののち、現代のパリのルーブル美術館で働くダイアナの元に、ブルース・ウェインから100年前のダイアナが写っている銀塩写真のネガのガラス板が届くところから始まる。ブルースの手書きメモには、原版を見つけた、これは君のものだ。なんて書いてある。もう、大富豪はやることが粋でカッコイイじゃねえか、とのっけからわたしは大興奮である。ここから、ダイアナの想いは100年前の写真に記録されている「あの頃」へ移り、幼少期から過去が語られていく展開となる。先にエンディングを言ってしまうと、回想を終えたダイアナは、うっすらと微笑みながら、ブルースに「ありがとう。大切な人にまた会わせてくれて」とお礼のメールを送って物語は幕を閉じるのだが、その物悲しくもうれしそうなダイアナを演じるGal様の表情は超最高であった。※ちなみに、エンディング後のおまけ映像はありません。てっきり、『JUSTICE LEAGUE』の何らかの映像が入るかと思ってたのに。
 しかし、だ。肝心の「100年前に起きた悲劇」に関しては、かなり予想と違っていてわたしは驚いたのである。100年前といえば、真っ先に思い浮かぶのは第1次世界大戦だ。2次ではなく、1次のほうである。世の中的に、2次大戦の方は様々な映画や物語で描かれているように思うが、ふと考えると1次大戦の方を描いた作品は意外と少ないように思う。すぐ思いつくのは、名作『西部戦線異状なし』ぐらいだが、とりわけヨーロッパにおいては、1次大戦の方がより苛烈な印象を残しているんじゃないかとわたしは思っている。なぜそう思うかというと、1次大戦に従軍した芸術家がいっぱいいて、画家や作家が多くの作品を残しているからだ。従軍した結果、精神を病んでしまった芸術家もいっぱいいることは、あまり知られていないかもしれないけれど、『西部戦線異状なし』の著者Erich Remark氏も従軍した一人で、その凄惨な戦場の模様は有名であろう。そんな、人類初の大規模・多国籍間紛争である第1次世界大戦に、ダイアナは参加しているのである。そこで目の当たりにした人類の醜い争いが、ダイアナをして人類に失望させたのだろう、というざっくりとした予想は、結論から言うとおおよそ合っていた。しかし、細部に目を転じると、そこには、ダイアナに「人の善」を説く男の存在と、邪悪を体現する「軍神アレス」という存在があったのだ。これは全然想像していなかった点である。
 まず、アレスの方から見てみると、そもそも、ダイアナは汚れを知らない箱庭世界ともいうべき「セミスキラ」という島で生まれ育った非・人類である。ちなみにいうと、粘土で作られた人形に命が吹き込まれた存在、だそうだ。彼女および彼女の属する「アマゾン」族は、世に戦いをもたらす「軍神アレス」への対抗手段としてゼウスが作った一族(?)で、「GOD KILLER」という神を殺せる剣を持っている。つまりダイアナは、アレスがこの世に現れたら、わたしが倒す、と子供のころから考えていて、母は世は平和なのよ、アレスはもういないのよ、と言い聞かせていたものの、平和な箱庭たるセミスキラに、一人の男が流れ着き、彼を追ってきたドイツ兵たちとの戦闘によって、どうやらアレスが現れているに違いない、わたしはアレスを倒すために外の世界へ行くわ! と、半ば強引に我々の世界へ旅立つという展開になる。しかし、セミスキラで膨大な書物によって世界の勉強をしてきたダイアナであっても(なんと超多数の言語もペラペラ!)、実際に目にする「世界」はまさしく別世界で、初めて食べたアイスクリームの美味さにうっとりと目を細め(ここのGal様も超かわいい!)、あなたはこの味を誇るべきよ、なんて売り子に真面目に言ったりする、ちょっとズレた面も持った美女である。
 しかし、彼女の目的は、アレス討伐であって、アレスさえ倒せば、世は善で満ち、戦いはなくなると固く信じる幼い少女でもある。そんな彼女を見守り、保護する男がスティーブ・トレバーという男だ。スティーブは言う。一人を倒したって、世界は変わらない。段取りを踏んで、協議によって戦いを止める方法があるんだ、とスティーブが言っても、ダイアナには若干ぴんと来ない。そこに葛藤が生まれるわけで、ここにドラマがあるわけだが、残念なことに、本作の脚本としては、結果論ではあるかもしれないけれど、結局はダイアナの言うことの方が正しく、単に、ダイアナもスティーブも、アレスの本体を見誤っていただけのことになってしまう。
 最終バトルで、アレスだと思っていた悪党をぶっ殺したダイアナ。それでも全然戦争は終わらない。そこにけっこう唐突に(脚本的には確かにこいつはきっと悪党なんだろうなとは思わせてはいた)別の男が実はアレスでした、と正体を現してからは、完全に神VS神、いうなれば『Man of Steel』で描かれたSUPERMAN vs ゾット将軍のような超絶バトルが始まってしまうのだ。わたしは正直、まーたこの展開かよ、DCコミックってやつは……と若干あーあ、と思ったのは事実なのだが、一方で、人を護るために殉じたスティーブの姿には、やけに感動してしまったし、そのスティーブの哀しい最期を見て、真の力を開放し、自らこそがGOD KILLERだった、として戦うダイアナの勇姿にも、もちろん大興奮であった。ダイアナは哀しみによって真の力を得たわけであり、そしてその哀しみは、スティーブの説く愛、によって生じたわけである。なるほど、まさしくわたしの大好きな『北斗の拳』的で、お見事である。しかも、わたしが注目に値すると思ったのは、スティーブはダイアナに対して、わたしが上の方で引用した『BvS』におけるブルース・ウェインとほぼ同じセリフで、ダイアナに人間の善を説くのである! この流れは確かに大変見事な脚本だとわたしは感じた。
 なので、わたしは本作が、完全に独立した一つの作品であるならば、この大感動とともに劇場を後にすることが出来たはずだと思う。しかし、である。ふと頭によぎるのは、じゃあダイアナは、2次大戦の、ナチスドイツに対しては何もしなかったのか? ということだ。絶望はしたけれど、愛の尊さは知ったダイアナ、という展開は確かに美しかったけれど、ひょっとしてアレなの、愛するスティーブがもうこの世にはいないことに絶望しちゃってたの? という思いが頭から離れないのである。『BvS』でのダイアナを見る限り、そして本作の回想部分のラスト、スティーブの写真にそっと触れた時のダイアナの哀しみをたたえた美しい表情を見る限り、まあ、きっとそういうことなんだろうと思う。でもそれって……ちょっと……どうなんでしょうなあ……原爆投下も、わたしには関係ないわ、と、どこかに隠れて見ていたのだろうか……。
 こういう点が、DC Extended Universの微妙な点で、おそらくは、本作に問題があるのではなく、『BvS』での描き方が悪かったのではないかとわたしは思う。つまり、やっぱり最初からきちんとした大きな絵が描けておらず、Wonder Womanの背景をきちんと美しく描いた本作の構想を先に練っておいてから、公開の順番は本作の方が後でもいいので、きちんと『BvS』に反映すべきだったんじゃないかという気がしてならない。
 ダイアナは、スティーブを失った哀しみで、2次大戦は完全にスルーしていた、ということにしよう。それはそれで、本作を見れば理解できなくもない。でもそれならなぜ、『BvS』のドゥームズデイとの戦いに参戦してきたのか。そもそも、SUPERMAN VSゾット将軍の超絶バトルにはどうして絡んでこなかったのか。そういう、何か理由があるだろうこと、をDC-EUはきちんと答えてくれないのだ。わたしとしては、『BvS』で、ブルースがダイアナに画像データを送った時、「これは君か?」の一言だけじゃあなく、「I need your help. PLEASE」君の助けが必要だ。頼む。という一文があればよかったのだと思う。そして『BvS』のラストで、ダイアナは、「これきりよ」と言いながら、あの「わたしは100年前に人類に背を向けたの……」のセリフにつなげ、そしてブルースのセリフがあればよかったのだ。そして、「昔……同じことを言った男がいたわ……死んでしまったけれど……わたしの大切な人……」みたいなことをダイアナにはつぶやいてほしかった! そうすれば完璧につながったし、ダイアナがもう一度、人類のために戦う決意を示せたのに!!!
 まあ、そんな風に思うわたしの方が圧倒的少数であろうから、別にもういいけれど、何となくもったいないような気はする。しかしそれでも、やっぱり本作のヒロイン、ダイアナを演じたGal様の美しさと可愛らしさは一切損なわれておらず、実に楽しめたのは間違いない。
 Gal様は、もうご存知の通りイスラエル国民であり、たまーにInstagramにヘブライ語で投稿する絶世の美女だ。そしてイスラエルは女性にも兵役義務があり、Gal様も軍務経験があるお人である。先日、と言っても結構前か、出産したばかりとは思えないスリムなプロポーションで、今回のWonder Womanの衣装が超似あってましたね。ブーツもカッコ良かったなあ。なんというか、聖闘士星矢の「聖衣」っぽい、なんか金属のような質感でしたな。インスタにこんなのがありますね。

Wonder Woman boot making 💪 #flashback #wonderwoman

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 Gal様、足の型をとるの図。これはブーツ製作のためでしょうな。おお、なんて可愛らしいんでしょう! 身長177㎝だそうで、まあ、スーパーモデル体型ですなあ……お美しい……とにかくわたしがグッとくるのは、その目と唇ですね。何ともセクシーかつキュート、もはやこの世にGal様に対抗できるのはCate様しかいねえ、というのがわたしの見解であります。とにかくGal様にとってWonder Womanというキャラクターはハマり役であり、今後もまだその活躍が観られるのは大変うれしい限りだ。まずは秋の『JUSTICE LEAGUE』、正直、物語的に面白いかどうか非常に心配だが、Gal様目当てに観に行くことは確実であります。
 さて、これ以上Gal様への想いを書いても変態的になるだけなので、もう男性キャストには触れないで、最後に監督についてだけ、備忘録として記して終わりにしよう。本作の監督はPatty Jenkins氏という46歳の女性だが、長編監督デビュー作『MONSTER』においてCharlize Theron様に栄光のアカデミー主演女優賞をもたらした才媛である。ただ、その2003年以降はどうやらTVの方で活躍していたそうで、劇場作品は本作が2本目の監督作品だそうだ。へえ~。しかし、本作はUS本国で4億ドルを超え、世界中で大ヒット中であるし、その評価もとても高く、どうも来年2月のアカデミー賞監督賞候補、なんて声もあるようだ。でも監督賞……うーん……そこまで優れた演出があったかとなると、どうだろうなあ……むしろキャラの見せ方や画自体の質感はDC Extended Universの生みの親(?)たるZack Snyder氏に近いものがあったように見受けられたが、うーん……わたしには若干わからないす。

 というわけで、結論。
 『BATMAN v SUPERMAN』でその勇姿の一端をさらしたWonder Woman。とうとう待ちに待った単独主演映画『WONDER WOMAN』が公開されたので、超ワクワクしながら観に行ったわたしであるが、完全に独立した一本の作品として観るなら、Gal様の美しさにあふれた最高の作品である、と断言してもいい。が、一方で、DC Extended Universの中の一つと考えると、どうも若干引っかかる点もあるようにわたしには思えた。ま、そこが、わたしの愛するMCUとの違いで、DCのダメなところだが、もはや完全にオタク野郎としてのわたしのいちゃもんに過ぎないので、普通の人がこの作品を観たら、存分に楽しめるのは間違いないと思います。そして、何度でも言うけれど、Gal様は最高です! 以上。

↓ Gal様のハリウッドデビュー作がこれ。4作目かな。大変かわいくて小悪魔的な「ジゼル」を演じていらっしゃいます。Gal様の魅力に気づいていない、そんな時期がオレにもありました……。