わたしは普段、あまりノンフィクションの本は読まない。ビジネス系の本は基本的に知ってるよということが多いし、自己啓発系の本を読むほど他人の生き方に興味はないし、時事系の本はインターネッツという銀河で事足りるし、というわけなのだが、それでもたまに、ちょっと気になるな、という本に出会うことがある。
 そして先日、本屋さんでなんか面白そうな本はねえかなあ、と渉猟している時に、はたと目が止まった本があった。その時は結局買わなかったのだが、その後電子書籍でも買えることが判明し、ま、ちょっと読んでみるか、と買ったのが、ちくま新書から発行されている『たたかう植物―仁義なき生存戦略』という本である。ちくま新書なんて買うのは初めてだ。

 なんでまた、この本を買ったかというと、上記の書影では小さくて読めないけれど、実は表1に、本書の内容を紹介する以下のような文章が書いてあり、それを読んで、なんか非常に興味がわいたのである。引用すると――
 ――植物たちの世界は、争いのない平和な世界であるように見えるかも知れない。しかし、本当にそうだろうか。こんなことを言ってしまうのはずいぶん無粋かも知れないが、残念ながらそんなことはまるでない。自然界は弱肉強食、適者生存の世の中である。それは植物の世界であっても何一つ変わらないのである
 わたしは、この文章を読んで、どういうわけか真っ先に、吉良吉影のことを思い出した。吉良吉影とは、JOJO第4部に登場する殺人鬼で、「激しい喜びはいらない…そのかわり深い絶望もない……「植物の心」のような人生を…そんな平穏な生活こそわたしの目標」としていて、高い能力を隠して平凡な人間であるように見せかけて、人殺しを重ねて生きてきた悪党である。
 なので、わたしは上記の本書の内容を読んだときに、こりゃあ、吉良吉影はこの本を読むべきだったな……植物の世界は決して平穏じゃねーみてえだぜ!? と思ったのである。

 というわけで、さっそく読んだ。
 結論から言うと、かなり面白知識が満載で、大変楽しめた。が、ちょっと……なんというか、メリハリがなく平板で、あっという間に読み終えることができるものの、なんとなく後に残らないというか、もうチョイ、各章ごとにまとめをつけるとかした方が、読者の印象に残る本になるのではないかという気がした。あまりにすらーーーっと山も落ちもなく、とにかく淡々と進むので、どうも記憶に残りにくいというか……ノンフィクションってこういうものだったっけ? これが当たり前、なのかな?

 まあ、いずれにせよ、内容自体は大変面白かったので、わたしがこの本で得た面白知識をいくつか紹介しよう。いや、あれだな、本書の章立てごとに、軽くまとめというかコメントを付すことにしようかな。
 【第1ラウンド:植物VS植物】
 章タイトルが「第●ラウンド」とかいう時点で、筆者のノリが分かると思う。基本的に本書は、植物VS●●という形式で、植物がいかに●●と戦うか、その戦略と歴史について書かれている。
 で、この第1ラウンドの対戦相手は、まさしく同族の「植物」である。光・水・土を植物同士が激しく奪い合っているわけで、その戦いの様相が、筆者の、やけに冷静だけど、その実やけに熱い、妙な語り口で語られていく。この筆者である稲垣氏はどうやらわたしと同年代っぽいが、かなり面白い人だとお見受けした。このラウンドでわたしが一番へえ~と思った面白知識は、一番最後に語られる「セイタカアワダチソウ」の話で、要するにセイタカアワダチソウは、化学物質=毒、を周りに散布することで、ライバルの植物を駆逐するらしいのだが(=そういう化学物質でほかの植物の成長を阻害することを「アレロパシー」というそうで、多かれ少なかれほとんどの植物が持っているそうだ)、その戦いに勝利して、戦う相手がいなくなると、自らの毒で自らがダメージを受けてしまうんだそうだ。それゆえ、何十年か前までは、空き地にあれほど勢力を誇っていたセイタカアワダチソウが、ほかの植物を駆逐して、圧勝を遂げた後で、自滅し、今でははあまり見かけられなくなっちゃったんですって。確かに。確かに最近はあまり見かけないすね。つーか、今はもう空き地自体あまり見かけないけど。いずれにせよ、へえ~である。
 【第2ラウンド:植物VS環境】
 このラウンドの対戦相手は、環境、である。植物同士の競争から、「戦わない選択」をした場合、水のないところや光の当たらないところなど、競争相手の植物がいないところに生きる場を見出す植物がいて、そういった場合、如何にして厳しい環境と戦うか、という話である。ここでは、C/S/Rという3つの観点から植物は戦略を立てている、という話が興味深かった。
 C=Competitiv=競争型=強い植物の採る戦略。これはまあ普通の戦略で、VS植物戦での戦略
 S=Stress Tolerance=ストレス耐性型=弱い植物の採る戦略で、乏しい水や光でも生き抜くぜと決心して進化した、じっと我慢型。サボテンがその典型だそうで、彼は我慢の子なので、ほかの強い植物がいない、過酷な地に根を下ろすことにしたんだそうだ。そしてサボテンの棘と球体ボディは、乏しい水をかき集めるために進化したフォルムなんですって。おまけにサボテンはC4回路という特別な光合成システムを持っていて、二酸化炭素を圧縮するそうで、まさしくターボエンジンと似た仕組みなんだそうだ。さらには、吸気と排気を行う器官をそれぞれ別にもつ、ツインカム仕様なんですと。面白いですなあ! ツインカムターボですよ。
 R=Ruderal=ルデラル型(=荒地植物型)=雑草がこれに当たるそうで、要するに、ほかの強い植物が力を発揮できないところで繁殖するタイプのことらしい。分かりにくいけれど、例えば人間の歩くような場所だったり、畑のようなすぐに引っこ抜かれちゃうような、条件の悪いところに住み着く連中のことらしい。中には、人間に踏んづけられることを想定して、人の靴にくっつきやすいように種子がべたべた成分でおおわれていたりもするそうで、雑草はあくまで「VS植物」戦には弱いけれど、実は大変強靭な連中だ、ということが著者の熱い語りでしれっと書かれています。へえ~。これまたおもろいすな。
 【第3ラウンド:植物VS病原菌】
 このラウンドの対戦相手は病原菌である。まあ要するに、植物はまったく目に見えないミクロの世界で病原菌と戦っていて、すべての植物は抗菌物質を身に付けているんだそうだ。人間が使う抗菌スプレーや抗菌グッズはたいていが植物由来なんですってよ。お茶のカテキンなんかも、元々は対病原菌のためにお茶が開発・運用している物質なんだそうだ。へえ~。このラウンドで一番面白いのが、「酸素」のお話だろう。もともと酸素は、光合成による「廃棄物」だったのだけれど、まあそのおかげでオゾン層が出来て紫外線が遮断され、生物が進化していったわけですが、なんと植物は活性酸素まで創り上げ、それで菌と戦うらしいんだな。おまけに!この後がミソなんですが、活性酸素は植物自身にとっても猛毒で、それを除去するために、抗酸化物質を作るようになったんですと。抗酸化物質といえば、ポリフェノールなんかがお馴染みですな。他にも、自爆作戦というのもあって、病原菌というのは、取り付いた細胞が生きてないと自分も生きられないわけで、病原菌が侵入した細胞は自ら「自殺」するんですって。こういう現象は勿論生物全般にあるようで、Apotosysと呼ばれる現象だそうだ。さらに、毒を生成するにも、成長するためのエネルギーコストを割かなくてはいけないので、植物自信が毒を生成するのではなく、自ら毒を作る菌を植物体内に住まわせている奴までいたり、実に面白い。まったくもってへえ~、である。そういう自分の中に住まわせている微生物は「エンドファイト」というんだそうだ。エンド=「中」ファイト=「植物」というギリシャ語ですってよ。ミトコンドリアや葉緑体という、細胞内の器官(?)も、元々は外の別のバクテリアが、細胞内に共生するようになったんだって。もう、なんどへえ~と言っても言い足りないすわ。
 【第4ラウンド:植物VS昆虫】
 このラウンドの対戦相手は昆虫である。まあ、要するに植物は葉っぱを食べられたくない、けど昆虫は食べたい、という関係なわけですが、このラウンドは、どちらかというと昆虫を受粉のために利用する植物の涙ぐましい努力が描かれている。蜜をあげるから寄っといで!みたいな。まあ、そこにも植物と昆虫の騙し合いがあったり、さまざまなドラマがあるわけですが、わたしが一番面白かったのは、昆虫の中には、特定の葉っぱしか食べない偏食家な奴らが結構いるじゃあないですか? その背後には、食べられたくない植物と、食べたい昆虫の壮絶な毒殺合戦の歴史があって、どんどんそれがエスカレートして、その葉っぱしか食べられなくなっちゃった、ということなんですってよ。へええ~。面白いなあ!
 【第5ラウンド:植物VS動物】
 このラウンドの対戦相手は動物で、まあ要するに、種を拡散したい植物が、いかにして動物を利用しているか、というお話で、これまた大変興味深い。このラウンドでわたしが一番、な、なんだって――!?と驚いたのが、恐竜絶滅の一要因ではないか、というとある説だ。それは、植物にとっては、やっぱり葉っぱをむしゃむしゃ食べられてしまうと困るわけで、ここでも植物は毒をメイン武器として戦うわけですが、「アルカロイド」という毒成分による中毒死が恐竜を絶滅に追いやった可能性があるそうです。へえ~。
 【第6ラウンド:植物VS人間】
 最終ラウンドの対戦相手は我々人間です。我々人間は、VS動物戦でせっかく植物が用意した毒(=例えばニコチンとか)もわざわざ平気で摂取するし、せっかく種を運んでもらうために用意した果実も、身だけ喰って種なんて捨てちゃうしで、植物からすると、人間は全く理解不能な謎生物なんですって。笑えるというか、なるほど、である。そもそも、苦みや辛みは、動物に対しては、「オレを喰ってもマズいぜ」という植物からのメッセージなのに、人間は、だがそれがいい、という始末。まったくやってられんわ、ということらしい。ちなみに子供が野菜が嫌いなのは、生物的に自然なんですってよ。なるほどねえ~。

 はっ!? いっけねえ! 調子に乗って書きすぎた。
 最後に、あとがきに記されている、なかなか印象深いことをまとめて終わりにしよう。
 自然界は弱肉強食であり、適者生存であり、そこにはルールも道徳心も全くない、殺伐とした殺し合いであることは間違いないわけだが、どうも、植物というのは、適者生存、というよりも、「適者共存」を目指しているように著者は感じるらしい。即ち敵を利用してはいるけれど、共に生きる道を選んだということで、それは言いようによっては狡賢いのかもしれないけれど、まさしく「与えよ、さらば与えられん」なわけです。イエス様が地上に現れるよりもはるか以前に、植物はその境地に至っていたというのが感動的だと、そういうことらしい。そして、「適者共存」を許さず、そもそもは植物が酸素を排出してできた地球環境なのに、あくまで適者生存を貫いて、ほかの種を殲滅しまくっているのは人類だけじゃねだろうか、というのが著者の想いだそうだ。
 なるほど、それはかなり深い話というか、面白い視点ですなあ。まあ、なんというか、人間は自然を克服してしまう未来がきっとやって来てしまうわけで、そんな圧勝状態になった時、セイタカアワダチソウのように自らの行いで勢いがなくなっちゃうかもしれないすね。いやはや、ほんと面白い本でありました。

 というわけで、もういい加減結論。
 本書『たたかう植物―仁義なき生存戦略』 には、まだまだ今回書き切れなかった面白知識満載です。ふと、なんか読む本がないなー、と思った時には、ちょっと本書を手に取ってみると面白いかもしれません。わたしとしては、熱烈にはお勧めしないけれど、わたし自身は超楽しめました。おもろいわホント。著者の語り口が結構笑えます。以上。

↓ この著者の稲垣先生は雑草に絡めたいろんな本を出してますね。たとえばこんなの。