わたしが高田郁先生の作品と出会ったのは、去年の春である。当時大変お世話になっていた美人お姉さまのHさんに、これを読んでみろ、と教えてもらったのが『みをつくし料理帖』というシリーズで、教えてもらってすぐに本屋で1巻2巻を買い、その後読み終わってすぐに全10巻まで買いそろえて毎日せっせと読んだ。そしてさらに、高田先生の新シリーズである『あきない世傳』シリーズも読み始め、現在もなお続くシリーズの新刊をまだかなーと待ちわびている状態である。それらの感想は散々このBlogでも書いたので、再び詳しくは触れないが、まあ実に面白い。その面白さの源は、わたしとしてはキャラクターの心根のまっすぐさ、すなわち、まっとうに生きる登場人物たちが真面目にコツコツと生きる姿であり、お天道様に顔向けできないようなことは決してしない、誠実さに、とても心惹かれるのだと思う。
 わたしは生きる指針として、自分で「そりゃあ違うなあ……」と思ったことは、もうしたくないと思っている。遠回りであれ、めんどくさく、つらく厳しい道であろうとも、自らが正しいいと思う、やましさのない道を生きていこう、とおととし決意し、今に至っているわけだが、まあ、実際なかなか難しい生き方であり、損か得かで言うと、経済的にはまったく損な道ではあるが、精神的にはまったくストレスのない、どうやら人間にとって大変好ましい道なんじゃないかしら、と思いつつある。おととし決意していなかったら、まあ確実に経済的には現在の3倍以上稼げていたが、金は勿論この現代社会においてほぼ一番重要であるとわかってはいるものの、まあ、年収が1/3になっても、金じゃねえさ、と若干の強がりを抱きながら日々暮らすわたしである。 カッコつけ、と思われるかもしれないが、そう、まさしくわたしは、心のありようとして、カッコ良く生きたいと思っているのだ。真面目に、誠実に生きること。それをわたしはカッコいいと思っているのである。
 で。わたしは高田先生の作品を読み続けていて、実は読み終わった後に、わたしの年老いた母に、これ、なかなか面白かったぜ、読んでみたら? と渡していたのだが、どうやら母のハートにも大変響くものがあったようで、『みをつくし』も『あきない世傳』も母は読破し、最近よく「次の新刊はまだかしらねえ」と言うので、まあ次の新刊は夏か秋じゃねえの? と答えていたところ、「ところで高田先生のほかの作品はないのかしら?」と母がつぶやくので、ああ、そりゃあるわな、と当たり前のことに気が付き、現在発売されている高田先生の他の作品を買って来て、先に母に読ませることにした。わたしはわたしで他に読む本が待機中なので、お先にどうぞ、ということである。
 というわけで、わたしは現在電子書籍でとある翻訳小説を読んでいるのだが、これがまたひじょーに時間がかかっており、ふと、母が読み終わった高田先生の作品を読んでみよう、という気になった。そんなわたしが、真っ先に手にしたのが、『銀二貫』という作品である。ちなみに、我が母絶賛のお墨付きである。

 何故この作品にしようとしたかというと、この作品は、2015年にわたしが愛する宝塚歌劇にて上演されたことがあるからだ。残念ながらわたしはその公演を観られなかったが、大変泣けるお話だということは聞いていたので、原作小説を読んでみたいと思っていたのだ。ちなみに2014年かな、NHKドラマにもなっているし、漫画化もなされているようだ。
銀二貫 (A.L.C. DX)
黒沢明世
秋田書店
2014-02-28

 おっと、おまけにどうやら今年の6月から、大阪松竹座でお芝居としても公演があるみたいだな。すげえ、大人気じゃん。わたしはそれらの二次創作を一切味わっていないので、実は物語もよく知らない、ほぼまっさらな状態で読み始めたのである。そして、結論をズバリ言ってしまうと、またもや非常にイイお話で、真面目に生きることを信条とするわたしとしては大変楽しめたのである。これは泣けたわ……。
 
 さてと。まずは簡単に物語をまとめておこう。以下、ネタバレもかなりあると思いますので、読む読まないの判断は自己責任でお願いします。
 時代は1776年から22年にわたる長い物語で、江戸中~後期の大坂を舞台としている。主人公・鶴之輔は、とある藩士の長男だったが、その父は藩で刃傷沙汰(?)を起こして逃亡していた、が、京・伏見で仇討の追っ手と出会い、斬られる。そしてその場に居合わせた、寒天問屋を商う和助は、思わずその場に割って入り、鶴之輔をも斬ろうとした侍に、「その仇討、銀二貫で買わせてもらいます!」と、伏見の寒天製造者から取り立てたばかりの全財産を差し出すのであった。その「銀二貫」は、金に直せばざっと33両。大火が続いて焼けてしまった大阪の天満宮へ寄進するために工面した大金であったが、何とかその金で矛を収めたお侍から、生き残った鶴之輔を連れて大阪へ戻り、鶴之輔を「松吉」という名で丁稚として雇用するに至る。そしてその「銀二貫」を再び貯めるべく、松吉としての第2の人生を歩むことになった鶴之輔の、苦労の多い、そして幸福な人生を描く――という物語であった。サーセン。かなり端折りました。
 物語としては、これでもかと言うぐらい艱難辛苦が降りかかるが、やっぱりキャラクターなんすよね。グッとくるのは。辛いことばかりでも、人は生きていくしかないわけで、迷わずにまっすぐ進むのは難しいわけだけれど、この物語に出てくるキャラは、みな、真面目に頑張るわけで、この物語を読んで、味わって、つまらんという人とは、まあ友達にはなれないすなあ。というわけで、主なキャラ紹介をしておこう。
 ◆鶴之輔改め松吉
 登場時10歳。寒天問屋の丁稚として真面目に働く。結構あっという間に大人になる印象。もと士分ということでやたらと姿勢がいいが、それは商人の丁稚スタイルじゃないと怒られることも。あきないは信用第一であり、その信用とは、自分個人が他人に信頼してもらうことではなく、暖簾に対する信頼が最重要だと教わる。初恋の相手、真帆ちゃんの父(料理人)から、もうちょっと硬い寒天があれば料理に幅が出るのだが……という話を聞いて、当時存在しなかった硬めの寒天づくりに奔走し、とうとう成功、それを用いた「練り羊羹」(=我々現代人が羊羹と聞いて思い浮かべるアレ。どうやら当時は「蒸し羊羹」しか存在せず、寒天を混ぜた練り羊羹は超画期的発明、らしい)の開発に成功する。大変真面目で不器用な好青年。NHKドラマ版では林遣都くんが演じたそうです。そりゃちょっとイケメン過ぎのような気が……。
 ◆和助&善次郎
 寒天問屋「井川屋」の店主&番頭。二人ともとてもいい人。松吉を救うために和助が「銀二貫」を手放してしまい、天満宮に寄進できなくなってしまったことを善次郎はずっと根に持っている。それは善次郎がかつて火事で奉公先を焼け出されたことがあって、天満宮への信仰が篤いためで、松吉としても大変心苦しく思っている。なお、作中で2回かな、あとチョイで銀二貫が貯まる、というタイミングで悪いことが起こり、その度に二人はせっかく貯めたなけなしの金を別のことに使ってしまうことになるが、まったく気にしないというか、また貯めるしかないね、と納得して金を手放すことに。なんていい人たちなんでしょう、この主従は。もちろん奉公人も大切に扱う善人。
 ◆真帆
 初登場時は10歳、かな。その時松吉は15歳。歳の差5歳すね。彼女の父、嘉平は、もともと井川屋が寒天を卸していたとある有名料亭の料理人だったが、その料亭が井川屋から仕入れた寒天の産地偽装をしていて、井川屋としてはもう付き合えまへん、と取引中止したことがあり、嘉平はそんなインチキ料亭を退職し独立していた。真帆は独立後の忙しい父のもとに寒天を配達に来る松吉と仲良くなり、まあ、はた目から見ればお互い完璧ぞっこんじゃん、という状態だったけれど、真帆も松吉もそれを表に出さず、あくまで発注元・発注先の関係だったが、火災によって嘉平死亡、真帆も顔の半分をやけどに覆われてしまう。その後、数年生死不明であったが、ある日松吉は美しく成長した真帆らしき女性にばったり出会い、再会を果たす。のだが、顔のやけどや命の恩人である女性への思いから、なかなか二人の想いは交差せず、読者としては大変いじらしく、またじれったく、ああ、この二人に幸せが来ると良いのだが……と見守るモードで物語を追うことになる。ま、当然最後はハッピーエンドでしょ、という期待は裏切られません。まったく……不器用な二人ですよ。だがそれがいい!のであります。ははあ、NHKドラマ版では、幼少期を芦田愛菜ちゃん、大人期を松岡茉優ちゃんが演じたんだ。そりゃあ可愛かっただろうな。
 ◆梅吉
 活躍するのは後半、井川屋の商売が厳しくなって奉公人が皆いなくなったときに、松吉と梅吉だけが残るのだが、松吉の同年代の同僚として結構心の支えになってくれるナイスガイ。君も最終的にはとても幸せになれて、ホント良かったな。
 ◆お広
 真帆が目の前で父を亡くした時、その場で同じく子を亡くした女性。気がふれて(?)、真帆を我が子「おてつ」だと思い込み、以降ずっと真帆をおてつと呼んでともに暮らす。団子屋を営み、味の評判は上々。真帆はどうしても彼女を放っておけなかったわけで、それが松吉との恋の障害になるわけです。しかし、お広も、亡くなる前には真帆と松吉との幸せを願っていたわけで、そのくだりは大変泣けます。
 ◆半兵衛
 もともとは、井川屋の仕入れ先である伏見の寒天製造業者の職人であり、松吉が鶴之輔として父の死後直後に伏見の業者に一瞬預けられていた時に出会っている。その後、故郷で独立し、伏見を襲った大火で仕入れ先を失った井川屋の、第2の仕入れ先になる。そして、松吉が追い求める従来品よりも硬めの寒天を製造するのに尽力する。まあ、彼も大変善人で、義理堅い男。ほんと、世の中こういう善人ばかりだと、生きるのも悪くないと思えるんだけど……悪い奴ばっかりだからなあ……やれやれっすわ。

 とまあ、こんなお話&登場人物で、しつこいけれど、大変イイお話である。この物語を読んで、出来すぎてるよ、とか思う人とは近づきたくないなあ。出来すぎてたっていいの! 真面目に生きる人が報われるお話なんだから、読んだら、自分もやっぱ真面目に生きていきたいもんだぜ、と思ってほしいのです、わたしは。しかしまあ、高田先生の作品はこのような、艱難辛苦にめげない、清く正しく美しい人々が描かれていて、大変読後感は爽やかですな。人気があるのもうなづけますね。わたしは今回も、たいへん楽しませていただきました。

 というわけで、結論。
 母のために買った高田郁先生の『銀二貫』という小説を読んでみたところ、まあ、いつも通りの面白さで大変気持ちの良い物語であった。やっぱり、高田先生の作品の魅力の根源は、キャラクターにあるんでしょうな。そして、きっちりと綿密に取材された時代考証は、わたしとしてはいつも、へえ~と思うような知らなかったことが多く、そういう点でも読みごたえは十分だと思う。わたしの母はもう80近い婆さまだが、どうやら高田先生のお話が大好きなようだ。女性向け、って訳ではないと思うが、やっぱり読者層としては女性層がメインなのかな。それでも、おっさんのわたしでも、毎作品楽しめる安定のクオリティだと思います。以上。

↓ 次はこれを読む予定。母曰く、こちらも大変面白かったとのことです。
あい―永遠に在り (時代小説文庫)
高田 郁
角川春樹事務所
2015-02-14