先日読んで、このBlogでもレビューを書いた『The Circle』という小説がある。ま、詳しいことは過去の記事を読んでもらうとして、その内容は実に後味悪く、恐ろしい近未来を描いた作品だったが、作者は確信犯であり、あえてひどい近未来世界を描くことで、現代を皮肉っているのは間違いないわけで、その手腕はなかなかじゃないか、と大いに感じるものがあったのは確かだ。
 その、著者であるDave Eggers氏とは何者なんだろうと調べてみたら、同氏の別の作品が、映画化されると知って、へえ? と思い、 予告編をチェックしたところ、なかなか面白そうだったので、日本公開を待っていたのだが、今週からいよいよ公開となったので、さっそく劇場へ足を運んだ次第である。ちなみに、わたしが読んだ『The Circle』もEmma Watsonちゃん主演で映画化されるので、まあきっと売れっ子作家なんでしょうな。
 というわけで、わたしが今日見た映画のタイトルは、『A Hologram for the King』。「王様のためのホログラム」という直球の邦題がつけられている。そして観終った今、思うことは、まず第一に、予告から想像できる物語とはまるで違っていたな、ということと、正直なところ、それほど面白くはなかったかな、という2点である。というわけで、さっそく予告を観てみていただきたい。あ、いつも通りネタバレ全開ですので、以下を読む場合は自己責任でお願いします。

 どうですか? 上記予告はご覧いただけただろうか? 上記予告を観たら、誰だって、主人公は敏腕営業マンで、ホログラムを使った画期的な会議システムをアラブの王様に売りに来て、そのあまりのカルチャーギャップに苦戦しながらも、最終的には見事にプレゼンをこなし、契約を得て、やったぜ!! で終わる――的な物語を想像するのではなかろうか? 少なくともわたしはそう思っていたし、きっと、なっかなか会えない王様にようやく会えてかますプレゼンがクライマックスなのだろう、と勝手に思い込んでいた。
 が、しかし。本作は、正直それは全くもって二の次で、実のところまるで違う物語だったのである。まず、名優Tom Hanks氏演じる主人公のキャラからして、全く敏腕営業マンではなかった。彼は、もともとUS国内では超有名な自転車メーカーSCHWINNの取締役で、わたしのようなチャリンコ野郎なら誰もが知る通り、SCHWINNは、現在もブランドとしては残っているけど会社としてはとっくに倒産・買収されて消滅した会社である。
 主人公は、90年代(かな?)に、生産工場を中国に移して、US国内の工場を閉鎖に追いやった張本人で、実際のSCHWINN同様、会社を消滅させた男の一人で、しばらく無職暮らしをしてから、現在のとあるIT大企業に転職したという設定になっていて、経済的に苦しい立場にあり、そのこともあって離婚と相成り、娘の大学の学費を払えと元妻に迫られている状況だ。
 また、どうやら彼は、ある種の燃えつき症候群的な状況にあって、何もやる気が起きず体もだるく、アラブの王様へ最新ホログラムシステムを売って来い、という上司の命令にも、かなりやる気がない。なにやら、背中に脂肪種らしき瘤ができてしまっていて、なにもかもこの瘤のせいだ、とか抜かしている。わたしは正直、こういう過去の名声だけだったり、無能なくせにやる気の見えないおっさんが大嫌いなので、ズバリ言うと観ながらほぼずっと、イライラしていた。空気も読めないし、酔っぱらってほぼ毎日遅刻するし。なので、物語は遅々として進まない営業活動の傍らで、毎日を異文化で暮らす中年おやじ、いや初老オヤジだな、の毎日を追うだけ、とまとめてもあながち間違いではなかろう。
 そんな彼が、酔っぱらって背中の瘤にナイフを突き立てて、翌日背中が血まみれになり、病院へ行くことになるのだが、そこでのアラブ人女医との出会いが、ほんの少しだけ、彼をまとも(?)に変えていくというのがこの映画の本当のメイン部分だ。ただし、その出会いから、最終的にお互いが魅かれあう姿に発展する模様も、正直なんだかピンと来ない。そしてラストは、プレゼンは好評を博したものの、ライバルの中国企業に負けて契約は取れず、主人公はそのままサウジアラビアにとどまって、仲良くなった女医さんと共に暮らしながら、王族の専任営業マンに転職し、かつての生き生きしていた頃のように楽しく暮らすのでありました、おしまい。的なエンディングであった。わたしとしては、かなり、なんじゃそりゃ感が大きくて、若干唖然である。
 こんなお話の映画であったので、わたしは、きっとこれは、原作を相当はしょったんじゃねえかしら、と思った。主人公にはどうにも理解できない、ある種不条理な状況に巻き込まれ、遅々として物事が進まない様子は、わたしは観ながら、さながらカフカの『審判』とか『城』みたいなお話だな、と思っていたのだが、この映画の場合は、物事が進まないのは、アラブの独特の文化が原因というよりも、単に主人公がダメ人間な方に理由があるとも言えそうで、そんな点もわたしとしてはイライラの募る物語であった。
 ただ、主人公を案内するアラブの青年は非常にキャラが立っていて、演技ぶりも良くて大変気に入った。彼は、とある金持ちの人妻と仲良くなって、その金持ち男から命を狙われているという状況で、こちらの方がよっぽど面白い物語になるような気がしたが、結局ラストであっさり単に仲良くなっただけで決してやましいことはしていない、と金持ちと和解(?)したようなシーンが5秒ぐらいあるだけで、全然どうでもいい扱いにされてしまったのが残念だ。ちなみに演じたのはAlexander Black氏というNY生まれの青年らしいが、全然見たことがないのは主にTVで活躍しているかららしい。彼は大変良かったすね。
 そして主人公と恋仲になってゆく女医さんは、演技ぶりは堅実であったけれど、イマイチ背景がわからないままで、文化的な面もわかりづらく感じた。彼女は、現在離婚手続き中なんだそうだが、アラブ社会での離婚、と聞いただけで、そりゃあきっと大変なんだろうな、と想像できるし、実際作中でも大変だった、的なセリフがあるけれど、もうちょっと描いてくれないと全然ピンとこない。豪邸に住んでいるけどその豪邸は彼女のものになったのか、夫の家なのかもわからない。そういう細かい説明が省かれすぎてて、どうにも主人公と恋仲になる気持ちの動きもピンとこないし、最後までよく分からないままであったのは実に残念。これも、きっと原作小説にはきちんと描かれていると信じたい。演じたのはSarita Choudhuryさんという方で、London出身の英国人だそうですな。この方は、『HUNGER GAMES』のラスト2作に出てたみたいす。
 最後。監督はTom Tykwer氏という方だが、この方の前作はTom Hanks氏主演の『CLOUD ATLAS』だそうだ。でも、あの作品って、『MATRIX』シリーズでお馴染みのWachowski姉妹が監督じゃなかったっけ? ははあ、共同監督だったのか。たしか3時間ぐらいの長い映画だったけれど、あれはとても面白かった。そうだ、『CLOUD ATLAS』で思い出した。あの作品で、リアルBLシーンを演じた、若きQでお馴染みのBen Whishaw君が、本作でも出演してました。しかも、本社の開発担当者として、主人公が売ろうとしているホログラムでの出演w ま、友情出演的な扱いなんすかね。あまりのチョイ役ぶりにちょっと笑えました。

 というわけで、どうもまとまらないけれど結論。
 『A Hologram for the King』という映画は、その原作小説の著者であるDave Eggers氏に興味があるので観てみたわけだが、はっきり言ってイマイチであった。それは、主人公のキャラに共感できないのと、あとは、想像だが原作小説を相当はしょってんじゃねえかという各キャラの背景の薄さによるものである。うーん、だからと言って、原作小説を読むか、という気には今のところなれないなあ。まあ、Eggaer氏の『The Circle』の映画は期待して待ってます。以上。

↓ 一応原作が読みたくなった時のために貼っとくか。ひょっとしたら映画と全然違うのかもな。
王様のためのホログラム
デイヴ エガーズ
早川書房
2016-12-20