いやー。参った。こういう作品だったとは。とても驚き、そして――泣けた。
 日曜日に観に行った、『この世界の片隅に』というアニメーション映画のことである。
 わたしは、映画を観て、驚き、笑い、ほほえましくて嬉しくなり、そして泣いたわけだが、終了後、すぐにカフェでコーヒーを飲みながらタバコをくゆらせつつ、その場で原作コミック(上中下の3巻)電子版をまとめて買って、すぐに読み始めた。 たぶん、映画を観終わって10分以内であろうか。そして、映画がほぼ原作コミックを忠実に再現した作品であることを知ったのである。なんてこった。こんな素晴らしい漫画を全然知らなかったとは。こういう作品を知らないなんて、ホントにオレも大した事ねえなあ、と自分にガッカリである。
 はっきり言って、この作品は日本人すべてに観ていただきたいと思う。本当に素晴らしい作品であった。個人的には完全に『火垂の墓』をぶっちぎりで超えてるね。ずっと心に残る映画だと思います。

 上記予告は、セリフの一切入っていない、最初の特報である。セリフの入った予告もあるのだが、あえてこちらを紹介してみた。セリフありVerよりもこちらを観ていただいた方が、世界観は伝わるような気がするので。
 ただ、これだとどういう物語かさっぱりわからないと思う。実のところ、わたしもどんなお話か、まったく予習せずに観に行ったのだが、その分、え、こういうお話なんだ、という驚きも強まったのかもしれない。もちろん、原作コミックが存在していることは知っていたが、原作も読まないで、観に行った。結果論としてはそれでそれでアリだったように思う。
 というわけで、物語について書き記すのはやや気が引けるのだが、少しだけ書いておくと、本作は広島及び呉を舞台に、昭和9年から昭和20年まで、そんな時代に少女から大人になった一人の女性の目を通して、戦争前から終戦を迎えるまでの日常を、淡々と描いたものだ。淡々と、というのもふさわしくないか。何しろ激動の時代であるし、舞台は広島と呉であり、当然、原爆投下も物語に描かれるわけで、凄惨でもあるし、現代に暮らす我々の想像を超える厳しい日常でもあるのだから。
 しかしわたしはそれでも、淡々とした生活、という表現があながち間違っていないような気もしている。それはひとえに、主人公の「すず」さんのキャラクターによるものだと思う。
 「すず」さんは、広島の江波の海のそばで、海苔作りを生業とする家に生まれた少女だ。おっかないお兄ちゃん(怖いから鬼(オニー)ちゃんと呼ぶ)と妹の「すみ」ちゃんの3人きょうだいで、絵を描くことが大好きな、いつもほんわかしていて、ゆっくりな、おっとりガールである。
 そんな「すず」さんは18歳で呉にお嫁に行く。本人は全く知らない(正確に言えば少女時代に出会っていることを覚えていない)相手に嫁ぐなんて、今では考えられないけれど、当時はごく普通のことだったんだろう。そしてそこで優しい夫の周作さんと、周作さんの両親、そして結構辛辣な周作さんのお姉さんと、その娘「晴美」ちゃんとの共同生活を始めるが、やがて戦争は激しさを増し、ついに呉も空襲にさらされて――てな展開である。
 「すず」さんはとにかくマイペースかつぼんやりさんなので、お姉さんにはくどくど説教されるけれども、それでも一生懸命毎日を生きるわけだが、そのなんとも耳障りのいい広島弁の喋りは、観ている観客すべてに好意的な印象を残すような、楽しくてかわいい女性だと思う。絵柄も非常に柔らかなタッチで大変好ましいと思うのだが、この辺は好みによるのかもしれない。ただまあ、この絵を観て不快に思う人はまずいないだろうな。さらに言えば、「すず」さんの声を担当した、能年玲奈ちゃんこと「のん」ちゃんの声優ぶりも大変「すず」さんのキャラクターに合っていると思うし、実際とても芝居ぶりが良い。このBlogで何度も書いている通り、わたしは「声」で女性を好きになることが多いほど、「声」フェチめいたところがあるのだが、やっぱり、とても可愛らしい声だと思う。
 また、先ほど「ほぼ原作コミックを忠実に」と書いたけれど、一部大幅カットとなったエピソードや、細かいセリフのカット/追加などもあった。大きくカットされたのは、呉の遊郭の遊女「白木リン」さんのエピソードで、登場はするけれども原作のような背景や、夫の周作さんとの関係は、映画では描かれていないので、鑑賞後にすぐに買って読んだ原作でその辺りが結構描かれていることには驚いた。この部分をカットした判断は、良かったのか悪かったのかで言うと、わたしはこれで良かったと思っている。もちろん残っていればそれはそれで勿論アリだと思うけれど、この部分がカットされたことで物語はもっとストレートに、「すず」さんの毎日を追えたのではないだろうか。周作さんの想いもストレートになったと思うし、一層のこと、「この世界の片隅」で出会った二人の世界を好ましく描けたように思う。まあ、時間の制約もあるし、やむを得ないというか、実際仕方がなかった面もあるだろう。まあ、偶然にしては出来すぎな面もあるといえばあるしね。ところで、さっき初めて知ったのだが、本作は2011年にTVドラマ化もされてるんすね。しかもどうやら、このアニメ版でカットされた白木リンさんとのエピソードがきちんと描かれているみたいですな。ははあ、なるほど、ドラマ化されていたとは全然知らなかった……。
 というわけで、わたしはとてもこの映画を気に入ったし、主人公「すず」さんをとても可愛らしい女性だと思ったわけだが、少し思うのは、女性がこの映画を観たらどう思うのだろうか、という面だ。女性から見て、「すず」さんは好ましく見えるのだろうか? この点は、男のわたしには正直分からない。わたしのように、好意的に見る人もいるだろうし、あるいは、現代的に見てあまりに主体性がないと思う女性もいるような気もする。そういった意見が様々にあるのはきっと当たり前だろうと思うので、別にいい悪いの問題ではないのだが、やっぱりわたしは「すず」さんを嫌いになれない。物語のラストでの「すず」さんのセリフは心に響きましたなあ。
 本作は、マジでグッとくるセリフが多いんすよね……その中でも、わたしが一番グッと来たのは、やっぱりこれかなあ……。確か映画ではちょっと言葉が違ってたような気もするが、原作のセリフを引用するとこんな感じです。
 「生きとろうが死どろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある うちはその記憶の器として この世界に在り続けるしかないんですよね 晴美さんとは一緒に笑うた記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します たぶんずっと 何十年経っても」
 そうなんだよな……この世に遺された人間に出来ることは、憶えていること、それだけだもんね。悲しんだり、恨んだり、墓を立てたり、何か形に表したり、いろいろなことをしても、やっぱり一番大切なのは、亡くした人をいつまでも憶えていること、に尽きますな。人は記憶の器、か……その表現はなんか詩的で美しいような気がしますね。わたしは大変心に残りました。

 さっき調べたところによれば、今月発表された2016年6月1日現在の確定値で、日本人の総人口125,134千人に対して、75歳以上の人々の人口は16,747千人。その割合は13.4%ほどだそうだ。つまり、1945年当時4歳の人が現在75歳なわけで、それ以前の生まれの人を仮に「戦争を知っている人」とすれば、もはや日本人の86.6%の人々が「戦争を知らない」わけだ。もちろんわたしも戦争を知らない世代である。そして、両親がキリギリ戦争を知っていても、あまり両親や爺ちゃん婆ちゃんに戦争の話は聞いていない世代でもある。わたしよりももっと若い、20代や30代の人々なら、もう両親も戦争を知らない世代だろう。そういった若い世代の人間がこの映画を観ると、きっと得るものがあると思う。それはおそらくは、今の当たり前の日常を大切に思う心であったり、毎日を当たり前に過ごすことのできる幸運、というか、感謝のようなもの、だと思う。別にそれを毎日意識する必要は全くないとは思うけれど、知らないより知っていた方がいいのは間違いないだろう。わたしは、そういったことを知るのはとても大事だと思うし、ぜひ、この映画を観て、多くの人が昭和初期の人々の日常を知ってもらいたいと思うわけであります。記憶の器として、やっぱり受け継ぎたいものですなあ。
 きっと、日本各地でいろいろな生活があったんだろうなあと思うし、東京は東京で焼け野原になり、疎開先の生活もまたちょっと違うだろうし、地方でも空襲はあったわけで、この時代の暮らしを知るのは、やっぱり今の平成の世に生きる我々には必要なことだと思う。それは今を生きる責任とか、義務だとか、そこまで大げさに考えなくてもいい。ただ単に、今の自分が「この世界の片隅に」存在するに至った道筋の中で、ほんの70年ほど前にどんなことがあったのか、どういう運命の車輪が働いて、今、自分が生きているのか、そんなことを考えてみるだけで、なにか悪いことをしようとかそういう気持ちはなくなるんじゃなかろうか、とわたしは思うのです。
 でもまあ、現代人は、足元しか見てないからなあ……。過去には興味がなく、未来も観ようとせず、ただ今しか見ないでいると、人にぶつかるか、すっころぶか、車にひかれちまうと思うけどな。あーイカン。ただのおっさんの戯言になっちまうのでこの辺にしとこう。とにかく、本作は日本人すべてに超おススメです。

 というわけで、どうにもまとまりがないけど結論。
 『この世界の片隅に』という映画は、絵もいいし、音楽もいいし、のんちゃんをはじめとする声優陣の演技も素晴らしいし、もちろん、物語も大変心にしみる大傑作であった。たぶんわたしはもう一度観に行くような気がする。原作も読んだし、もう一度、「すず」さんに会いたくてたまらない。原作も超オススメです。電子書籍だと3冊で1500円ぐらいじゃないかな。絶対に買って損はしないと思う。もちろん映画も、観て損は致しません。最高でした。以上。

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