善良な市民生活をここ日本で送る我々には、ほぼ関係ないのだが、残念ながらこの世は悪意に満ちており、ほんのちょっと裏へ行けば恐ろしいことが山積みである。と、いう事は、口には出さなくても、おそらく誰もが知っていることだろうと思う。そしてインターネッツなる銀河には、決して検索してはならない言葉があることも、大抵のは人は承知しているもではなかろうか。わたしは実に愚かな馬鹿者なので、かつて、好奇心からとあるワードを検索して、そこに現れた大量の凄惨な写真を観て絶句し、深く後悔したことがあるが、まあ、マジでやめておいた方がいいことが、この世には意外と多くあると思う。
 昨日わたしが観た映画は、その検索してはならない言葉として有名な、メキシコのとある街で行われている麻薬戦争を題材にしたもので、非常に完成度が高く、実に面白かった。面白い、と言ったら変というか不謹慎か。なんて言えばいいのだろう、映画として極めてハイクオリティで、作品として素晴らしいものだった、とでも言えばいいのだろうか。同じように、メキシコ麻薬戦争を題材とした映画と言えば、Steven Soderbergh監督の『Traffic』(アカデミー監督賞や助演男優賞、脚本賞など受賞した傑作)や、Sir Ridley Scott監督の『The Counselor』(えーと……邦題を思い出せない……「悪の法則」か。邦題もひどいが、映画としても、非常に恐ろしいものの、あまり面白くない。とにかく怖い)などが思い出されるが、それらに比しても全く引けを取らない、素晴らしいクオリティであった。これはわたしとしては今年の暫定3位としたいと思う。ちなみに現時点でのオレベスト2016の暫定1位は『The Martian』、2位は『CAROL』です。なお、調べてみたところ、やはりRotten TomatoesMetacriticといった格付けサイトでも非常に高評価になっている。ただし、あまり売れなかったようだが……。
 というわけで、昨日は14日(トーフォーの日)ということで、TOHOシネマズではお安く映画が観られるため、今日はこれを観ようと前から決めていた作品、『SICARIO』(邦題:ボーダーライン)を観てきた。しかしこれまた非常に公開スクリーン数が少なく、わたしの嫌いな六本木まで観に行くしかなかったのだが、まあ、会社から電車で15分ほどなので、十分許容範囲内であろう。

 さてと。理由は書かないが、今回はUS版の予告を貼っておくことにした。日本語字幕付きの公式予告もあるのだが、そっちは却下。ま、物語は上記予告の通り、ではある。 48秒頃に画面に出るように、In Mexico, SICARIO means hitman =メキシコでは、SICARIOとは暗殺者を意味する。
 これは、本編の冒頭にも出てくる言葉である。本作のタイトル『SICARIO』とはそんな意味だ。なので、わたしはいつも通り、「ボーダーライン……センスねえ邦題だなあ……」と思って劇場に向かったのだが、観終わって、意味を考えると、確かに「ボーダーライン」という邦題は、その舞台となるアメリカとメキシコの国境であり、また同時に、心の境界線、そのラインを跨ぐことができるかどうか、という主人公の葛藤をも表したタイトルだったわけか、と理解はできた。なるほど、である。しかし、うーん……でもやっぱり、考え過ぎじゃないかなあ……「シカリオ」じゃダメなんすかね。どうだろう? ま、いいや。
 物語は、予告にある通り、FBIの誘拐即応班(←字幕ではそうなっていたが、有名なFBI-HRT、 Hostage Rescue Teamのことなので、「人質救出部隊」というべきか)の指揮官の女性がUS国内で囚われているとされる人質救出のため、とある家を強襲して、その壁に数十体の遺体が隠されていることを発見するところから始まる。しかし、いくらそういった摘発をしても、根源たる大元の悪党は遥か彼方にいて、とても逮捕できないし、こういった犯罪はなくなることがない。そんなジレンマの中、現場での的確な指揮を買われて、麻薬戦争を戦うチームに主人公の女性はスカウトされる。とはいえ、元々FBIの人間なので、参加するには本人の意思表示が必要で、まあ当然主人公も志願して、参加することになるのだが、そこで彼女の見たものは、想像を超える凄惨な現実だった――的なお話である。
 なので、残念ながらわたしは、いちいち主人公がチームの行動の違法性を指摘したりするのが、ちょっとイラついた。勿論、主人公は非常に真面目でFBI=連邦捜査局=司法省の管轄下にあるので、その反応は当然だし、キャラクターの性格も理解できるのだが、嫌ならもう帰りなさいよ、とずっと思いながら観ていた。何しろ、この麻薬戦争は、完全なるBLACK-OPPsである。もちろん主人公も、作戦の指揮官がCIAだと分かっている。作戦を共にする屈強な男たちは、今回はNavy-SEALsではなく、US-Army所属のDELTAチームだったが、もう、完全に戦争なのだ。だから、作戦指揮官のCIAマンも、CIAが顧問として雇っている恐ろしく存在感のある男も、主人公に何度か言う。「嫌なら帰れ」と。でも帰らない。そして、やめろと言われていることを平気でやって、後で痛い目に遭う。アンタ何してんすか、というツッコミを何度か観ながら言いたくなった。極めてゆとり臭ただようお嬢さんである。
 まあ、わたしは常日頃、ジャックライアンシリーズなどの小説を読んでいるため、こういったBLACK OPPsに慣れているというかマヒしているのでそう思うわけだが、この様相は、おそらく普通の人には、どちらが悪党なんだかわからないものに映るのかもしれない。その、善と悪との境界線が非常にあいまいであり、主人公は、自身の心にある境界線と、現実の境界線の食い違いに葛藤するというのが、本作の一番の見どころと言っていいのだろうと思う。そう考えると、邦題の「ボーダーライン」は、正直わたし的にはイマイチだとは思うけれど、内容的には、なかなかいいタイトルだったのかもしれない。文句ばっかり言ってサーセン。
 で。役者3人と監督のことについてまとめておこう。
 まず、この映画で一番最初に紹介すべきは、 アレハンドロというコロンビア人(?)を演じたBenicio del Toro氏だろう。アレハンドロは、かつて検察官として法の執行者であったが、麻薬戦争によって妻は斬首され、娘は酸の浴槽に浸けられて虐殺されたという凄惨な過去を持つ男であり、その後、どうやらフリーのSICARIO=暗殺者として、政府やいろいろな組織に雇われているという設定の男である。彼の目的は、妻と娘を殺した男を殺害することであり、完全にOUT LAW、である。彼をBAD GUYと観るかどうかは、かなり人によって受け取り方が違うだろう。わたしは、ラストでの彼の非情すぎる行為に、実はまったく心が痛まなかった。悪は滅びるべし、であって、些細な禍根も立つべきだという彼の思考は十分わたしには理解できた。そんな冷酷なSICARIOを演じられるのは、ハリウッド映画でスペイン語を話す殺し屋的キャラと言えば、やはりdel Toro氏が最高峰であろう。前述の『Traffic』でアカデミー助演男優賞を受賞した、演技には定評のある男である。アレッ!? 嘘、マジで!? 今、Wikiで初めて知ったが、このおっさん、まだ40代なんだ!? もう50代後半ぐらいかと勝手に思ってた。なんだ、わたしよりちょっと上なだけじゃん。マジか……全然知らなかった。ま、そんなことはどうでもいいけれど、今回も恐ろしくクールで、素晴らしい芝居だったと思います。この人、なんでMarvel作品を引き受けたんだろう……『Gurdians of the Galaxy』での「コレクター」役は、いつもと違って若干コミカルでしたね。本人は超真面目に演じてましたが。
 次もおっさんです。今回、主人公をスカウトするCIAのベテラン現場管理官を演じているのがJosh Brolin氏だ。あれーーっ!! マジか、これも驚いた。この人もまだ40代、つーかdel Toro氏と同じ歳なんだ。知らなかったなー。この人完全に50代でしょ、と信じて疑わなかったのに。ハリウッド強面オヤジ選手権が開かれたら、確実に上位ランカーに挙げられるのではないかと思うが、今回は表面的にはいつもにやにやしているものの、主人公のゆとりめいた行動には、ああ? なに甘いこと言ってんのお前? みたいな感じで相手にせず、軽く扱うさまは非常にキャラクターとしてブレがなく、冷徹で凄惨な現実をよく表していたと思う。そして、CIAとFBIの関係は、アメリカ人的には常識だろうから、ほとんど説明はなかったけれど、要するにCIAはあくまで対外諜報組織なので、国内での活動は(あくまで基本的には)できず、国内の活動はFBIが担当なわけです。だからこそ、FBIたる主人公をチームに入れたわけで、主人公が参加していることで、かろうじてこれはFBI主導の作戦で合法なんですよ、と言い張るためのお飾りであったわけだ。この辺の事情は、知らない人には良く分からなかったかもしれないっすな。
 で、主人公たるFBI-HRT隊長の女性を演じたのがEmily Blunt嬢33歳である。彼女は非常に特徴ある顔立ちだけれど、やはり美人ですな。今回は男たちの中の紅一点なのだが、そういう色気は一切なく、殺伐とした空気の中で正義を信じようとする法執行官を健気に演じていました。まあ、キャラクターとしては、常識ある第三者目線での語り部、という意味があるのだろう。その役割はきっちり果たしてくれていると思う。
 そして最後に監督なのだが、Denis Vileneuveというカナダ人の男である。ケベック出身なので、デニス、ではなく、フランス語読みで、ドゥニ・ヴィルヌーヴと発音する必要がある。この監督の作品と言えば、わたしは『Prisoners』と『Enemy』(邦題:複製された男)の2本しか観ていないのだが、この2本も、そして今回の『SICARIO』でも、共通した特徴としてあげられるのは、作品に常に漂う緊張感だろうと思う。『Prisoners』でのHugh Jackmanも、『Enemy』でのJake Gyllenhaalも、大変に素晴らしい演技で、とにかく緊張感あふれる秀作だとわたしは思っているが、本作でもその緊張感は120分維持され、常に張り詰めた緊張感あふれる空気感は、どうやらこの監督の持ち味のようだ。そして、その緊張感は、JOJOの奇妙な冒険を知っている人なら分かってもらえると思うが、要するに、ずっと、「ドドドドド」「ゴゴゴゴゴ」という、JOJOでお馴染みのアレが、画面から伝わるのである。そうだ、書いてみて良く分かった。この緊張感は、荒木飛呂彦作品に似てるんだ!! そういうことか。そして、もう一つ、今日はっきり分かったのは、それがまさしく、音楽で表現されているんだ、ということである。流れる音楽は、極めて低い重低音で、非常に観客の不安を掻き立て、思わずゴクリとつばを飲み込むような、緊張感を表現することに成功していると思う。なるほど、これか、とわたしは唸った。この映画は、作曲賞と音響効果賞と撮影賞でアカデミー賞にノミネートされたが(惜しくも受賞ならず)、この音楽の使い方は確かに非常に素晴らしいものであった。また、撮影も非常に巧みで、暮れなずむ、とても美しい夕焼けを背景に、逆光で真っ黒な影で表現された軍人たちが、ザッザッザと進軍していく様も、緊張感をあおることに貢献していると言えるだろう。ラストの暗視ゴーグル視点の映像は、恐らくPC上でネガポジ反転して加工されたものだと思うが、従来の暗視ゴーグル映像とはちょっと違うもので、わたしは思わず、こりゃあ凄い画だと、正直感動すら覚えた。もう脱帽である。そして音響効果も、とりわけ銃声の処理がかなり迫力があって良い。とにかく、この音楽と撮影と音声効果は、極めてクオリティが高いと断言できる。そういう点でも、素晴らしい作品ですよこれは。音楽に関して、『Prisoners』と『Enemy』がどうだったのか、もう全然忘れているので、もう一度音楽に気をつけて観てみるとしよう。
 なお、この監督は、なんとかの名作『BLADE RUNNER』の30数年ぶりの続編の監督にも指名されており、今後の活躍はもう約束されたも同然であろう。Denis Vileneuveという名前は、ぜひ覚えておいていただきたい。この男、かなりやる男ですよ。

 というわけで、もういい加減長いので強引に結論。
 『SICARIO』は、極めて緊張感の高い、非常にハイクオリティの映画であった。物語的な流れもまったく破綻なく、とても冷徹で非情な結末を迎えるが、役者陣もいいし、音楽も撮影も極めて上物である。これは劇場で観た方がいいだろう。大きなスクリーンと迫力ある音響設備で観るべき映画だと思います。この映画、わたしは大変気に入りました。今年暫定3位です。以上。

↓ あのハリウッドきってのいい人キャラでおなじみのHugh Jackman氏が超おっかないです。すっごく重~~い映画で、観終わってぐったりしますが、観てない人は超必見です。
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ヒュー・ジャックマン
ポニーキャニオン
2014-10-02

↓そしてこちらは、ノーベル文学賞受賞作家Jose Saramago氏の小説「The Double」を映画化したもので、これまた超重~~い映画です。
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ジェイク・ギレンホール
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2014-12-24