2013年に公開された、新たなSupermanの物語を描いた映画『MAN OF STEEL』。今日の夜にテレビ放送があるようだが、わたしは2013年8月31日の公開翌日に、これはIMAXで見ないとイカンだろうと思って、まだ当時少なかったIMAXシアターの中から、行ったことがないところとして、わざわざ「109シネマズ菖蒲」まで車をかっ飛ばして観に行った。少年時代にChristopher Reeve版のSupermanに大興奮していたわたしとしては、超・期待していたのだが、しかし、極めて残念ながら、観終わって深い失望を味わう結果となったのである。わたしが観たかったのはコレジャナイ。と。
 このことについては、実はこのBlogを描き始めた去年の8月に、5回の長~~い連載記事で書いたので、正直今更なのだが、あれを読んでもらうのは苦行に等しいと思われるので、『BATMAN v SUPERMAN』を今日の夜観る前に、もう一度、簡潔にまとめておこうと思った次第である(※2016/03/26;というわけで観てきた感想はこちら)。一応、8月に書いた記事のリンクだけ貼っておこう。
 さてと。
 結論から言えば、『MAN OF STEEL』は、その物語の進行には一切矛盾がなく、極めて正しい道筋をたどっている。まったくもって納得のいく物語進行である。その意味では、脚本には一切問題がなく、完璧と言ったら言いすぎかもしれないが、お見事、ではある。しかし、その「完璧さ」ゆえに、まったくもって「面白くない」のである。どういうことか、分かりやすく説明してみよう。出来るかわからんけれど。恐らく、問題点を端的にあらわすキーワードは「リアル」という言葉であろうと思っている。なお、以下ネタバレ全開です。

 さて問題です。
 アメコミヒーロー「Batman」と「Superman」の最大の違いは何でしょうか?
 映画ファンなら間髪いれずに答えられると思いますが、そうでない人にはわからんかも。
 答えは簡単。「Batman」はあくまで人間であり、お金と頭脳を駆使して数々のアイテムを作っているただのおっさんなのです。もちろん、その精神は超人的で、肉体的鍛錬も重ねているので、非常に強いヒーローには違いない。が、あくまでも彼は「人間」なのだ。そして、「Superman」は、端的に言えば「宇宙人」である。ここが大きく違う。まずは、この点をちょっと覚えておいてください。

 で。Batmanと言えば、近年で言えば天才Christopher Nolan監督による3部作、『Batman Begins』『The Dark Knight』『The Dark Knight Rises』が非常なる傑作として世に知られているわけだが、映画オタクたちは、最終作、「Rises」には厳しい批評を向けている人が多いような気がする(たぶん)。かく言うわたしも、もちろん、2作目の『The Dark Knight』は凄まじいまでの傑作であると思っているが、「Rises」だけは、手放しで賞賛できない。あれはちょっと変というか、問題アリだ。
 以前も書いた通り、Nolan監督はバリバリのイギリス人である。アメコミには何の興味もない男だ。なので、彼はBatmanの監督を託された時に、すべての基礎となるひとつの理念をしっかりと定める必要があった。彼が決めたのは、「もし本当にBatmanが存在していたら?」という理念である。この理念に基づいて脚本を描き、映像を撮って、編集した作品がNolan-Batman3部作である。なので、恐ろしくリアルである。とりわけ、Batmanことブルース・ウェインと、敵対するジョーカーというキャラクターの造形は完璧で、もちろん演じた役者の素晴らしい演技あってこそだが、本当に生きた人間として、リアルに描くことにNolan監督は成功していると思う。
 しかし、その完璧な作品であるはずの中で、なぜわたしが3作目の「Rises」だけダメ判定しているかというと、Nolan監督が「リアル」さを手に入れたのとトレードオフで、失ってしまったものがあるからだ。それは、原作では極めて重要な舞台装置である「Gotham City」の描き方に端的に現れている。なんとNolan監督は、Gotham Cityを、単なる実在のシカゴそのものとして描いてしまったのだ。なので、街としては非常にリアルではある、が、漫画的な「悪の栄える街」というビジュアル的表現が不可能になってしまったのである。
 この結果、「Rises」におけるVillan(悪役)、ベインというキャラクターが完全に浮いてしまっている。彼は「Gothamの申し子」として、ある意味、Gothamという街が生み出した怪物、のはずなのだが、残念ながら完全に滑ってしまった。Gothamが普通の街にしか見えないため、彼の言葉も行動もまったく意味不明なのである。ちなみにBatmanも、ある意味父の作り上げた街であるGothamを浄化するために、悪の栄える街となってしまったGothamで悪党退治にいそしんでいるローカルヒーローが本来の姿なのだが、リアルすぎる描写によって、Nolan-Batmanは(Gothamにこだわらない)普遍的ヒーローのようになってしまった。「Rises」はこの点だけが極めて残念で、他の点は完璧だっただけに、大変がっかりである。
 とはいえ、わたしがダメ判定している「Rises」も興行的にはスーパー大ヒットとなった。WarnerがここまでうまくいったDCコミックヒーロー映画をやめるわけがない。折りしもライバルたるMarvel Studioは、憎っくきDISNEYの傘下となり、そのヒーロー映画をことごとく成功させ、あまつさえ、ヒーロー大集合映画『Avengers』は当時の歴代最高記録を更新するほどのウルトラ大ヒットとなったばかりだ。そもそも、ヒーロー大集合と言えば、DCコミックの「JUSTICE LEAGUE」の方が歴史は古い。Warnerが、Nolan-Batmanの大成功によって、じゃあウチも、「JUSTICE LEAGUE」作るか!! と考えるのは当然だろう。そんな情勢の中、『MAN OF STEEL』の企画は始まったはずだ。
 しかし、Warnerは、ちょっと落ち着いて考えてみるべきだった。
 Nolanの核にある「リアル」路線でSupermanを描いたらどうなってしまうか、を。
 Batmanはあくまで人間である。だから、リアルな人間として描くことで、物語の深みを増すことが出来たと言える。人間だから、悩み、苦しむ。だって人間だもの、がNolan-Batmanの根本である。しかしそれでも、「Rises」では限界が露呈してしまった。やはりコミックヒーローを描くには、リアルにも限度があったのだ。
 そのことにWarnerは気づくべきだったのだが、Nolan-Batmanの成功に浮かれすぎて、誰も指摘しなかったのだろう。『MAN OF STEEL』は、まさしくNolan流の「リアル」路線で、ズバリ言えば「Supermanが本当に存在していたら?」という視点で作られてしまっているのである。
 
 なので、冒頭に書いたとおり、『MAN OF STEEL』は、恐ろしくリアルで、ことごとく、しかるべき道筋をたどる極めて真面目なストーリーだ。ある意味、「もしスーパーパワーを持つ宇宙人が地球に飛来したら?」という仮定を正確にシミュレーションしたものとなっている。
 宇宙から赤ん坊がやってきて、おまけにものすごいパワーを秘めていたら(この点はもうリアルとかそういうことは度外視しないと話は始まらない)、そりゃあ育ての親は、「その力を見せてはならん」と言いますよ。そりゃ当たり前だ。わたしでも、絶対に隠しておけ、と言って育てると思う。しかし、その親の教育方針は完全にSupermanにとっては呪いとなって心と肉体を蝕み、あろうことか、目の前で父が今まさに死のうとしているのに、そして自分には余裕で助けることができる力があるのに、「力を見せるな」という呪いが発動して一歩も動けず、あっさり父は死んでしまう。まさしく「呪縛」だ。親を見殺しにするSupermanの姿なんて、誰が観たいのよ!? とわたしは劇場で椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。そして「父を助けることも出来なかった、オレの力って何なんだ、つーかオレって何者なんだ!?」とアイデンティティクライシスに陥り、世界を放浪するSuperman。まったくもって矛盾はなく極めてリアルな展開だが、マジかよ……何やってんだお前……と、わたしはもう、あっけにとられた。
 その後、地球での母の言葉と、亡き実父・ジョー=エルのデータ化されたビジョン的存在によってSupermanはトラウマを克服し、地球に侵攻してきたゾット将軍一行との戦いに挑むわけだが、ここも、何というか人間味はなく、正直、観ていてあまり感動はない。しかし人間味がないのは当然だ。だって宇宙人だもの。なので、リアルではあるけれど、ここは、全世界なんてどうでもいい、ただ、惚れたロイスを助けるためにオレは戦うんだ!! という地球育ちの宇宙人という設定を生かした展開であって欲しかった(なお、『MAN OF STEEL』ではまったくロイスとのLOVE展開はナシ。その意味では、本作においてロイスは何の役割もないとも言える。ロイスの役割は、例えば母でも十分代用可能だった)。
 おまけに、戦いに赴く前に、じゃあまずは軍に投降して地球人の誤解を解いておくか、という展開になるのだが、それは非常にリアルで、確かにそうなるかも、と理解はできるものの、わたしは断言するけれど、あのくだりは必要性ゼロだと思う。手錠をかけられたSupermanに何の意味があるって言うんだ? まったく物語には必要ないと思う。Supermanは単純に、地球を、ロイスを助けたいから闘えばいいだけなのに。ちなみに、今回のゾット将軍は、かつての『SUPERMAN II』で描かれたような漫画的な悪党ではなく、明確にSupermanことカル=エルを狙う理由が説明されており、その侵攻の手順も極めて軍人の流儀に叶っていて、彼には彼の正義があることがはっきりと描かれる。その点も非常にリアルでかつ矛盾や突飛な飛躍はない。
 そして始まる、宇宙人同士の超絶バトル。この戦いの様相は、まさしく地球人の目にはとても捉えることの出来ないもので、速すぎて何をしているのかよくわからない。せっかくスローモーションで漫画的な画を見せるのが世界一上手なZack Snyder監督なのに、全く生かされていない。ここもリアルすぎるのだ。また、彼らには、いわゆる必殺技、これが決まれば勝てると言うものはなく、単なる殴り合いで、観ていて全然面白くない。だって、別に殴ったって、銃で撃ったって、痛くもなんともないんだぜ? 殴り合いには何の意味もないよね。その格闘戦で体力を削って、フラフラになった時にライダーキック、あるいはスペシウム光線をかます、というような漫画的表現は皆無である。ただただ、殴り合っている(たまにヒートビジョンをかますも効果なし)。結果、街はその余波でぼろぼろである。建物はぶっ壊れる、車は爆発する、戦闘機は撃墜される。そりゃそうだ。そうなるよね、と、とにかくリアルな惨状が延々と見せつけられる。これ、観てて面白いか? そして対決の結末は、わたしはもう、劇場で「えええっ!!?」と声が出てしまったほどだ。なんと、決め技はスリーパーホールドからの絞め技で首の骨をボキン!! である。もう、なんて地味な決着なんだというのがひとつ、そしてSupermanが人殺しをしたという驚愕の事実に、わたしはもう席を立ちたくなった。なんじゃいこりゃあ、である。
 以上が、わたしが観たかったのは、コレジャナイ。と思う理由である。

 Batmanは人間だからこそ、リアルに描くことで、その苦しみや怒りに共感できた。犬にかみつかれれば血を流すし、常に満身創痍で治療を受けるBatmanは、あり得ないけどあり得るかもしれない一人の人間として、描く価値があったのだ。
 しかし、Supermanが本当にいたら? と超真面目にリアルに描いてしまったら、もう『MAN OF STEEL』で描かれたお話にならざるを得ない。この映画を観た我々は、Superman=恐ろしい存在としか感じられないのだ。まったくもって迷惑な存在でしかなく、いわば地球にとっては害悪以上の何物でもない。そんなSupermanの物語が面白いわけがない。お前のせいで何人死んだと思ってんだ!! と思うのが普通の反応だ。
 が、まさしくそこに、今日から公開される『BATMAN v SUPERMAN』のポイントがあるようだ。
 一番最初に公開された予告で示された通り、今回のお話は、まさしく『MAN OF STEEL』事件の余波で殺された人々の怒りをBatmanが代弁するお話、という一面があるようだ。
 
 BatmanはSupermanに問う。「Tell me, do you bleed?(お前、血を流すのか?)」
 答えないSupermanに、Batmanは宣言する。「You will !! (流すことになるぜ。つか、オレがお前に血を流させてやる!!)」。もう、Batmanは完全に激怒してますよ。そりゃそうだ。いや、もちろん最高にカッコ良くて大興奮のシーンなのだが……大丈夫なのかそれで。
 ※2016/03/26追記:上記のシーン、劇場版字幕では「お前の血は赤いのか?」「真っ赤に染めてやる!!」となってました。その日本語訳もカッコイイですな。
 Batmanの怒りは良くわかるし、対宇宙人用アーマースーツを纏ったBatmanはとてもカッコイイ。人間が宇宙人と戦うには、人類の知恵と経験を総動員した準備が必要だろう。非常にリアルである。けど、どうやって二人は折り合いをつけるのだろう? BatmanはSupermanを許せるのか? Supermanは『MAN OF STEEL』事件の落とし前をどうつけるつもりなんだろう? これから正義の味方として人類に奉仕するので許して下さい、と土下座でもする気か? 別の予告では、アメリカ議会に出席しようとするSupermanの画もあったが、もう、『MAN OF STEEL』で描かれたリアル路線を覆すことができないので、どんどん変な方向に話が進んでしまっているような気がしてならない。しかも、今回は、とうとう参戦するWonderwomanや、噂ではAqua-Manまで登場するらしい。リアル路線を追求したら、もう収拾つかないぞ。

 というわけで、ぶった切りですが結論。
 要するに、コミックヒーローを描くには、ある程度のファンタジックな部分はどうしても捨てられないはずなのだが、クソ真面目に、超リアルに描いてしまったために『MAN OF STEEL』はわたしに失望しかもたらさなかったわけです。全然うまく説明できずにごめんなさい。
 そして、わたしとしては『BATMAN v SUPERMAN』が心配でならないわけだが、あと12時間後ぐらいには観終わっているはずなので、わたしの心配が果たして杞憂に終わるのか、やっぱりな……となってしまうのか、答えはもうすぐに出る。その結論は、今日の夜書いて、明日の朝にはUPしようと思います。以上。

↓ 何故か評価の低い『RETURNS』。でも、わたしはかなり傑作だと思っています。『MAN OF STEEL』よりもずっとずっと面白いと思う。ただし、この映画はChritopher Reeve版の「1」と「2」を観てないとダメです。つーか明確に続編です。あの、お馴染みのメインテーマ曲をきっちり使っていることも非常に良いです。
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2016-02-24