すっかり春めいてきたな、と思わせて今日の雨はなんなんだ。
 残っている仕事があるので今日も出社しているわけだが、ズバリ、飽きてきたので、日課のBlogを書いてしまおうという気になった。今日は、昨日読み終わった電撃文庫の3月新刊、『血翼王亡命譚I ―祈刀のアルナ―』である。
血翼王亡命譚 (1) ―祈刀のアルナ― (電撃文庫)
新八角
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2016-03-10

  以前ここで書いた通り、電撃文庫が毎年募集している新人公募は、賞を獲った作品を毎年2月に発売しているのだが、今年は本作のように「銀賞」を獲った作品は3月の発売となったようだ。まあ、毎月のお小遣いが限られている少年少女に、賞を獲った作品を2月にまとめて刊行してしまっては、全部読んでもらえないことだろうから、発売月をズラしたのだろう。ま、それによって売上が上がるなら、作品にとってもいいことであるが、実際のところ効果があるのか、良くわからんですな。
 作品自体については、電撃文庫のWebサイトに、この作品の特集ページがあるので、まあ、そちらを見てもらった方がいいだろう。本作は異世界ファンタジーであり、独特の用語も出てくるので、予習しておいても害にはなるまい。わたしはまっさらな状態で読んだのだが、うーーん……結論から言えば、新人としては非常に面白かったと言ってよいと思う。が、どうしてもやはり、いくつかの点で問題があり、「新人としては」という枕詞がなければ、後半部分でむにゃむにゃしてしまったのが惜しいと思う作品であった。
 わたしは、タイトルの「亡命譚」という言葉から、きっと、田中芳樹先生の名作『アルスラーン戦記』のようなお話で、ヒロインたる王女は、国を追われ、別の国へ流れて、そこで再び祖国を取り戻すために仲間を増やして、祖国奪還の戦いに挑むようなお話かな、と勝手に思いながら読んでいたのだが、全く違っていた。しかも、珍しくタイトルに「I」とあるのだから、シリーズとして続いていくことを想定しているわけで、恐らく今回は、何とか逃げ切ることに成功して、今回は逃げるしかなかったけど、今に見てろよ! と祖国奪還を決意するところまでかな、と思っていたのだが、これまた全く違っていました。

 わたしが思うことを、ここで指摘するにはネタバレざるを得ないので、もう気にしないで書いてしまうが、まず、構成をチェックしておくと、本作は「序」+1~6章+結という章立てになっているが、おおよそ次のような構成だと思う。
 【起】:序+1……世界観の説明、主人公(ユウファ)とヒロイン王女(アルナ)の紹介、主人公の師匠(ヘイダス)の紹介、物語の発端である儀式、儀式を邪魔しようとする勢力の襲撃、落ちのびるユウファとアルナ、襲撃者の一人に紛れていた少女(イルナ)との出会い。
 【承】:2+3+4……ユウファ+アルナ+イルナの3人での逃避行。イルナの依頼人である地方長官の領地を目指す。道中、各キャラクター説明や世界観の補足。
 【転】:5……味方かもと思っていた長官の裏切り、黒幕の判明。事件の全容把握
 【結】:6+結……事態の収束。
 という感じなので、一見、起承転結のまとまりはあるように思えるのだが、若干やはり「承」が長いのと、【転】【結】の唐突感もあって、微妙にバランスは整っていないようにも感じた。
 特に問題は、師匠の行動がさっぱりわからないことだ。師匠の動機は、この事件全体の根幹にかかわるものなので、もう少し周到な伏線や読者が納得できる背景が事前に提示されていてほしいのだが、それがないため、かなり唐突であるようにわたしは感じた。
 結果として【結】は、えっ? えっ!? えええっ!? と、物語の流れについていくのに、やや苦労したことを記録にとどめておきたい。この物語の鍵となる概念「言血」なるものが、なかなかイメージしにくいものであるだけに、描写されている場面を脳内で描くのに脳のリソースが取られているので、師匠の行動はなかなか理解が難しい。いや、実際のところ単純な動機なのだが、じゃあなんで? という疑問も生まれてしまい、すんなりとは腑に落ちなかった。また、師匠と瓜二つの双子の兄まで出てくるので、その分かりにくさに拍車がかかってしまっているようにも思う。このキャラクターは必要だったのだろうか? ちょっとわたしには何とも言えない。

 しかし、この作品は「応募原稿」であり、デビュー作なので、物語の構造や流れを刊行・発売までに手直しすることは事実上無理だろう。だからその点は、今回は問題にすべきではなかろうと思うのでこれ以上のツッコミはしない。ただ、もしわたしが担当していたら、必ず指摘したのではないかと思われる点が一つだけある。
 それは、各キャラクターのセリフだ。特に、わたしなら間違いなく、主人公ユウファのセリフに対して著者と話し合うだろうと思う。ユウファは、幼少期から武芸の訓練を受けた護衛官(作中では「護舞官」と呼ばれる)である。その彼が使う一人称が「俺」でいいのかどうか。勿論普段はいいだろう。しかし師匠や王女に対して「俺」でいいのか。この「俺」を使うことで、非常に物語が軽くなってしまっているように感じるのだが、気のせいだろうか? はっきり言って、ユウファの言葉遣いは教養を感じさせない幼さが前面に出てしまっている(作中では、護舞官は教養ある職業とされている)。加えていうと、この物語は基本的にユウファの一人称小説である。なので、「俺」がかなり頻繁に地の文でも出てくる。うーん……やはりわたしならセリフの「俺」は問題アリと指摘しただろうし、語りの視点も三人称の方がいいのでは? と作家と話し合ったことだろうと思う。この点は、100%編集の仕事と言っていいだろう。編集と作家との間でどのようなやり取りがあったのか知る由もないが、もう少し、本作をさらに面白くすることのできる余地があるのではないかと感じずにはいられなかったことも、記録に残しておきたい。ま、余計なお世話ですかね。わたしだって著者を説得できたかどうか、相当自信がないっすな。
 ほか、文体として、序盤は非常に装飾華美に感じたのだが(やたらと日常にない表現が多い)、これはすぐに慣れたというか、中盤以降は全く気にならなくなったので、まあ世界観を彩るために必要な舞台装置の一部と見做すことで、問題なしとしておきたい。
 
 というわけで、結論。
 いろいろ口うるさいことを指摘してしまったが、本作は電撃小説大賞の銀賞の水準には明確に到達しており、十分以上にきっちり書かれた作品だと思う。わたしがうるさく言うのは、基本的には作家に対してではなく、担当編集に向けてだ。これはどうでもいいことだが、電撃文庫のはほぼ必ずあるはずの「あとがき」がないことも少し驚いた。うーん……ページの都合か? とも思ったが、巻末のADをやりくりすれば2Pは入れられたはずなんだが……もう少し、なんとかなったのでは? という点が目立つような気がしました。以上。

↓ 今、このシリーズを読み始めてます。とあるお姉さまに是非お読みなさいと勧められたので。面白いっす。