2008年9月に起こった世界的金融危機のことは、今でもはっきり覚えている。わたしは当時、とある企業で会社全体の財務諸表を分析しIR資料を作成する立場にあったが、その年度末の決算は、売上や営業利益的にはまずまずだったものの、巨大な特別損失を計上しなくてはならないことになった。翌年の株主総会は大変だぞ、と暗い気持ちになったものだ。
 原因は、いわずと知れた、「リーマンショック」による、保有株式の暴落による評価損と、とある金融商品のデフォルト、すなわち債務不履行によって、それなりな金額の金融資産が紙くずとなったためである。この事実は既に7年前に開示されていることなので今ここに書いても問題ないだろう。これはわたしのいた企業だけの話ではなく、多くの日本企業も影響を受け、事業自体は全然順調なのに、税引後の当期純利益は下方修正を余儀なくされた会社がとても多かった。ちなみに、保有株式はその後あっさり値を戻し、逆に翌年以降には株式評価益を計上して、決算数値がよくなる要因にもなった。アホくせえ。
 ただし、デフォルトとなった資産は永遠に紙くずのままである。「金融工学」と呼ばれる現代の錬金術によって生み出された「商品」、それが今回の映画のキモとなる「CDO」である。ズバリ言うが、この映画を観て話についていくには、「CDO」と「CDS」についての知識は必須である。たまたまわたしは、当時まさにコイツにやられた経験があったため、嫌というほどよく知っていたが、その知識がないと、この映画を観てもなにがなにやら、全く理解できないと思う。劇中ではちょっとふざけた解説がたまに入るが、あれだけでは理解できないのではなかろうか。
 まあ、いわゆる投資家、という連中は、わたしが知る限り、自分では何もしない、何も生み出さない、ゴミクズ同然の連中が多く(もちろん、た~まにまともな人もいる)、本業に影響しない部分での損失なんて一時的なものなのに、当時は実に愚かに慌てふためいた人々が大勢いた。いつも偉そうな金融業界のクズどもも、文字通り顔面蒼白となっておろおろとする有様だったので、わたしは内心、ざまあ、と思っていた。
 しかしあれから7年半が過ぎ、はっきり言ってもう完全に過去のものとなり、あの事件から金融業界は何か学んだのかというと、全くなにも変わっておらず、大半の人は、あの時はマジで参ったよ、運が悪かったね、程度しか思っていない。すっかり元に戻り、金融業界の、高っけえ給料をもらっている偉そうな若造を見ると心底怒りが湧き出してくる。
 というわけで、わたしが今日観た映画『THE BIG SHORT』(邦題:マネー・ショート 華麗なる大逆転)は、あの時何が起こったのかを見せてくれる、金融業界人にとってはちょっとした恐怖映画と言っていいだろう。しかも全部事実起こったことだし。まあ、わたしはちっとも恐怖を感じず、あきれるほかなかったけれど。

 わたしは、この映画のことを知って、おそらくサブプライムローンの破綻から世界的金融危機に至る道筋と、それを事前に察知して、警告を発していた人々の絶望的な努力を描きながら、なにか教訓めいたものを人々に与えてくれる映画であろう、と勝手に決めつけて劇場に入ったわけである。
 が、観終わった今、その予測とはだいぶ違っていたように思っている。
 確かに、金融危機の経過はよくわかった。そしてそれが、とんでもない無責任の連鎖が生み出したものということも良く理解できた。しかし、この映画の主人公たちの行動は、結局何だったのか、ということを考えると、わたしはどうにもモヤモヤした思いを捨てきれず、全くもってすっきりしない。事実、主人公たちも、オレたちの戦いは何だったんだ、とむなしさをたたえて映画は終わる。
 どういうことかというと、この金融騒動は、言ってみれば「ゼロサムゲーム」なのだ。
 つまり、自分の利益は誰かの損、なのである。主人公たちは、いち早く金融危機を察知し、最終的な経済的利益を得ることができるのだが、それは誰かが大損したためである。そしてその誰かとは、突き詰めると普通の一般市民たちで、けっして、金融業界で高い給料をもらって豪勢な暮らしをしてきた奴らじゃあないのだ。もちろん、破綻したリーマン・ブラザーズの社員や数多くの金融業界人たちは大変な目に遭った。けど、今現在奴らは平気な顔して、会社は変わったかもしれないけれど、依然、金持ち暮らしを続けているのが現実である。
 なので、心ある主人公たちは、予測が当たっても全く喜べない。利益を得ても、嬉しくないのだ。よって、すっきり感といういわゆる「カタルシス」は、この映画にはないと言っていいと思う。おそらく映画として組み立てるなら、善悪を強調することで、最終的に経済的勝利を得る主人公たちが、「Yeah!! オレたちの勝ちだぜ!!」という方が分かりやすいし共感も得やすいだろう。が、そんなことできっこない。当たり前だ。この映画を観るのは、この金融ゲームの犠牲者である一般の人々なんだから。
 こんな構造なので、わたしはなんとなく、『七人の侍』を思い出した。
 『七人の侍』は、略奪に苦しむ農民が、七人の侍の「善意を利用」して、野武士退治を依頼する話である。物語のラスト、生き残った善意の侍は、野武士撃退に成功して浮かれる農民たちを見てつぶやく。
 「勝ったのは、わしらじゃあない。百姓どもだ」。
 おそらく、この映画『THE BIG SHORT』の主人公たちも、『七人の侍』の侍たちに似たむなしさしか感じられなかったと思う。とにかく、この事件のキーワードは「無責任」だ。その無責任が無責任を呼び、大きな悲劇を生み出してしまったのだが、残念ながら、その責任を取る者は存在していない。
 以前、ここでもレビューを書いた『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』という本によれば、人類がその発生以来、最も憎んできたのは、「フリーライダー」という存在だそうだ。つまり「タダ乗りする奴ら」のことで、自分は何もしていないのに、ちゃっかりコミュニティの共同利益に乗っかる者、という意味で、要するにズルをする奴のことだ。人類はその歴史において、そういう奴を常に嫌い、罰してきたそうだ。
 まあ、そりゃ、死ね!! とは言わないよ。でも、やっぱり責任を取るべき奴がのうのうと生きる、そういう、悪い奴ほど良く眠る現代社会は、まあ、心ある人間には生きにくいですな。それでも、生きていくしかないのだけれど、全くもってやれやれ、であります。

 最後に、役者陣にちょっとだけ触れておこう。実は主人公たちは、大きく分けて3つのグループで、それらは一切、交わらない。わたしはまた、予告に出てくる人たちがひとつのチームになるのかと思っていたけど、一切顔も合わせず、別々の行動をとって話は進むので、この点でもわたしの事前の予想と全然違っていた。
 まず、元医者の天才ファンドマネージャーを演じたのが、我々にとってはThe Darkknightでお馴染みのChristian Bale氏。演技自体は素晴らしく、大変よかったのだが、たぶん、観ている観客としては、この人の背景や性格が良く分からず、結局なんだったんだろう? と思ってしまうと思う。正直、わたしも良く分からない。また彼の取った行動も、CDS、CDOの仕組みを理解していないと、さっぱり意味不明だと思う。この人は、全くの一匹狼で、他のキャラクターと一切かかわりません(ただし発端は彼の分析が広まって他の主人公グループが動き出すので、そういう点ではかかわりはある)。
 そして、予告で「怒れるトレーダー」と紹介されるファンドマネージャーを演じたのがSteve Carell氏。この人はかなりいろいろな作品に出ていて、元々コメディアンだと思うが、2014年の『FOX CATCHER』での狂った(?)大富豪役を実に見事に演じて、去年のアカデミー主演男優賞にもノミネートされた役者だ。『FOX CATHCER』は非常に暗くて救いのない、つらい物語だけれど、非常にいい作品ですので、観ていない人は今すぐチェックしてください。
 その彼とチームを組む、ドイツ銀行の切れ者を演じたのが、Ryan Gosling氏。いつものイケメン振りとはちょっと違う、若干ダサ目な、変はパーマヘアが目に付くというか、似合ってないのでわたしはちょっと笑った。いつものカッコイイRyanしか知らないと、ちょっと別人に見えるので、これ本当にRyanですか? といいたくなるほど、髪型が似合ってなかったですw
 あと、Brad Pitt氏が若者二人のグループが頼る、後見人的な存在として出てくる。今回は長髪髭もじゃで隠棲暮らしをしている伝説的トレーダー役で、それほど出番は多くないけれど存在感たっぷりであった。相変わらず、やっぱりこの人はカッコ良かったです。 
  今度こそ最後。原作者にちょっとだけ触れておかねばなるまい。原作を書いたのは、Michael Lewis氏。この人は、Brad Pitt氏の主演した映画『Moneyball』の原作者で金融ジャーナリストですな。『Moneyball』も非常に面白い作品でした。あの作品にあやかって、今回の『THE BIG SHORT』の日本語タイトルも「マネー・ショート」になったのだろうと思し、それはそれでアリですが、サブタイトルの「華麗なる大逆転」は完全にミスリードというか、まったく映画の内容にそぐわないと思います。華麗じゃねーし。なお、金融用語でShortは「売り」の意味ですので(逆に「買い」はLong)、原作本の日本語タイトル「世紀の空売り」の方がニュアンスは正しいと思います。

 というわけで、結論。 
 『THE BIG SHORT』(邦題:マネー・ショート)を理解するには、「CDO」と「CDS」の知識は絶対必要なので、少なくともリンクを貼っておいたWikiは読んでおいてください。とにかく、無責任が無責任を呼び、恐ろしい事態が起きるのは、なにも金融だけのことではなくて、実際、どんな会社の中にもあることだと思う。なので、こういう映画を観て、やっぱりオレ、真面目に生きるのが一番だな、と、心に誓う人が一人でも増えればいいのにな、と思いました。以上。

↓ まあ、原作を読んでいくのが一番いいのではないかしら。わたしは読んでないけど、興味あるっす。