わたしはこう見えてかなり美術、とりわけ西洋絵画と日本の陶芸に大変興味があり、大学生の頃から足しげく美術館に通っている。上野はもちろん何度も何度も通っているし、わたしが大好きな美術館である目黒の東京都庭園美術館や、表参道の一番奥にある根津美術館には、当時バイク野郎だったわたしは何度も通って3時間ぐらいぼんやりしていたものだ。この二つの美術館は庭が広くて、当時はバイクを置く場所もあり、とても気持ちのいい場所だった。それから、東京駅から歩いてすぐのブリジストン美術館も、たぶん、わたしが思うに常設で持っている作品のクオリティが最も高い美術館として、何度も通ったものだが、つい先日、何も調べないでふらっと行ってみたら、なんと長期休館中だった。どうやらビルの建替えのようで、いつ再開するか不明らしい。まあ、生まれ変わって再開する日を待つしかなかろう。
 そんなわたしが愛する、絵画の三大作家と言えば、ゴッホ・ターナー・マグリットの3人で、それぞれ時代も国籍もばらばらである。ゴッホはご存知の通りポスト印象派の代表選手でオランダ人だし、ターナーはロマン主義を代表するイギリス人、そしてマグリットはシュールレアリスムを代表している、かは微妙かも知れないが、まあ有名なベルギー人だ。ゴッホは、いつでも新宿の東郷青児美術館に行けばかの『ひまわり』に会えるし、マグリットも、一応横浜美術館が持っている作品があるので、コレクション展で見ることができる(常設で常に見られるわけじゃない)。ターナーは、残念ながら国立西洋美術館に素描ぐらいしかないので、見たくなったらロンドンのナショナルギャラリーか、テート・ギャラリーに行くしかない。
 実はわたしが、この3人の作家を知ったきっかけは、小説や漫画に出てきたからである。
 ゴッホは、もちろんそれ以前からよく知ってはいたが、大学生のときに読んだColin Wilsonの『The Outsider』というものを読んでからより深く好きになったという経緯がある。↓この本。わたしが持っているのがこの集英社文庫版。とっくに絶版です。
アウトサイダー (集英社文庫)
コリン ウィルソン
集英社
1988-02

 Colin Wilsonは、小説家でもあるけど同時に思想家でもあり、この『The Outsider』はわたしの大学時代の哲学科の友達にもらったもので、これは……小説ではなくてまあ思想書ですな。1956年に発表され、当時の若者に非常に支持されたベストセラーだということは、その哲学科の友人に教えてもらって初めて知った。映画オタクのわたしは、Francis Ford Coppla監督の『The Outsiders』の原作か? と軽く勘違いしながらも、そういうことを教えてもらって、ふーん、と思って読んだことを良く覚えている。そして、確かにめっぽう面白かった。この本には、何人かの「アウトサイダー」と定義される局外者、何と言えばいいのかな、要するに社会に適合しない、その外側にいる人? というニュアンスかな、そういう人物について考察された本だけど、その中で、ゴッホがかなりのページ数を割いて論述されていて、それ以降、ゴッホがすごく好きになった。時折りしも時代はバブルであり、まさしく当時の安田火災が大金をはたいて『ひまわり』を購入し、自社所有の東郷青児美術館で公開した直後の頃の話である。あの頃は、わたしも10代の小僧でしたのう……。
 ターナーは、高校生の頃に出会った作家だが、きっかけは、夏目漱石の小説である。そもそも漱石の小説には、絵画について言及される部分がけっこうあるが、ターナーについて語るのは、『坊ちゃん』でのあの小憎らしい「赤シャツ」である。その部分を読んで、へーと思っていたら、ちょうど国立西洋美術館で「ターナー展」が開催され、確か学校帰りに観に行った覚えがある。これは1986年のことで、当時お金が全然なかったのに、奮発して図録を買った高校生当時のわたしを褒めてやりたい。今でもたまに眺めることがある、大切な一品だ。おととし2013年にも開催されたターナー展には、赤シャツが『坊ちゃん』の中で言及している絵も来ていて、ああ、漱石はこの絵を100年以上前のロンドン留学中に、今のオレみたいにボケーっと見てたんだなあ……と思うと非常に感慨深かった。↓この絵ね。
tuner
 で、最後のマグリットだが、実はこの作家の作品を知ったのは漫画である。かの藤子不二雄先生の『魔太郎がくる!』の中でマグリットの絵が紹介され、それについて非常に印象深い話になっているのだ。たぶん、わたしが読んだのは小学生の頃だと思うが、わたしと同年代で、『魔太郎がくる!』という漫画を知っている人なら、絵画に興味がなくても、この絵を見たら、あれっ!? どっかで見たことがある!と思うのではなかろうか。↓これ。
magritte
 以来、ずっとこの絵の本物が見たいと思っていたが、たしかこれもわたしが大学生のときだったが、竹橋の国立近代美術館で大きな「マグリット展」が開催され、念願の対面を果たした思い出がある。本物はやっぱりすげえ!! と大興奮したものだ。もちろん、今年の春に新国立で開催されたマグリット展も喜び勇んで出かけたが、確か、↑の絵は来てなかったと思う。なお、わたしの人生の野望は、いつか、マグリットの本物を手に入れ、自分の部屋に飾ることだ。出来ないことじゃない! と、たまーに自分を叱咤しています。無理かなぁ……。

 というわけで、今日も相変わらず無駄に前置きが長くなったが、わたしの趣味はどうでもいいとして、おそらく、日本人に一番人気のある絵画は、いわゆる「印象派」の作品であろうという気がする。まあ、根拠は特にないのだが、やたらと印象派の作品展が多いような気がするし、なんとなく、これまた根拠はないけれど、日本人で一番ファンが多い画家と言えば、かのルノアールなのでは、と思う。いや、もちろん、喫茶店のルノアールじゃなくてPierre-Auguste Renoirのことですよ。そして、おそらくは、ルノアールと並んで人気のある印象派の作家と言えば、『睡蓮』シリーズでおなじみのモネだろう。非常に繊細かつ大胆な筆致と絶妙な色彩センスがすごいとわたしは思っているのだが、今日、久しぶりにその真髄に触れてきた。
 現在、上野の東京都美術館で開催中の『モネ展』は、いろいろ報道されている通り、非常に賑わっており、激混み必至である。基本的に、わたしは混みそうな絵画展に行くときは、必ず朝イチで行くようにしている。その様子を事前に調べ、ホントにヤバそうならば、開場の60分前には現場着ぐらいの勢いで出かけることが多いのだが、まあ今日は天気が悪いしね、と勝手に決めつけ、40分前に現場に到着したら、すでに結構な人だかりとなっていた。それでも、会場時にはわたしの後ろに5倍ぐらいかな、もっとかな? とにかくまあすごい多くの人々が並んでいたので、まあ許される範囲であろうと自己納得することにした。わたしが朝イチにこだわるのは、当然ながら邪魔されたくないからである。うおーーーー……と絵にひたっているのに、前をちょろちょろされたくないし、人の頭越しに絵を見たくもない。なので、なるべくベストな状態で見るには、もう朝イチに行くしかないからしょうがないのだ。そして、必ず事前にチケットは手に入れておくこと。開場して、チケットを買う、ではダメなんだよね。ま、気持ちの問題ですわ。今日は、わたしの前に100人はいなかったと思う。で、傘を傘立てに置く人(※長傘は館内に持ち込めません)やチケットを買う人、荷物をロッカーに入れる人などを置き去りにして、館内に入ったわたしの前にはたぶん3~40人ぐらいだったんじゃないかな。これなら十分OKラインだ。と、いうわけで、じっくり堪能させてもらった。
 わたしは、もちろんモネも好きだが、それほど執着はないのであまりに混んでいるならやめとくか、とは思ったのだが、今回の『モネ展』には、どうしても観ておくべき作品が来ている。それが↓これ。
mone001
 1872年制作の「印象、日の出」という作品である。なんでも21年ぶりの東京での展示だそうで、90年代後半は、わたしはあまり絵画展に行っていないので、わたしは(たぶん)初めて観ることになった絵だ。この絵がどうして「観ておくべき」なのかというと、「印象派」という名前の元となった作品だからである。この作品をもって、印象派という流れができたわけだが、50cm×65cmなので、あまり大きな絵ではない。が、やっぱり本物のオーラはただ事ではないものがあって、この絵を前にしたわたしは、う…おぉ……といううめきのようなため息しか出ない。すげえ!! と大興奮である。なんでも、天文学者や数学者が集まって、この場所のこの位置に太陽が来るとすると……と計算したところ、この絵は1872年11月13日のAM7時25分から35分の間であろう、という結果が出たそうだ。へえ~。そこまで正確に計算しなくても、別に、えーっと、はい、大丈夫ですので。と思ったw
 また、今回の展示のライティングも非常に優れていて良かった。やっぱり、LEDってのは偉大な発明なんだろうなと思わざるを得ない。だいたい、絵画展では照明が非常に、いや極めて、つーか最も重要だと思う。なにしろ、色をちゃんと見るためには、当然太陽光の自然光で見るのがいいのかもしれないが、基本それはもう現代の美術展ではほぼあり得ない。だからライティングが最重要で、つい最近までは普通に蛍光灯、スポット白熱灯だったので、熱の問題もあるし、なにより色味が台無しになる恐れがあったのだが、偉大なるLEDはその問題をかなり容易にクリアできる可能性を秘めている。で、今回のこの<印象、日の出>のライティングは、非常に絶妙で、まるでバックライトで照らされたかのように明るく色が鮮やかだったのだ。上に貼った画像では本物の色を想像できないと思うよ。どうやら、わたしと同じ想いを抱いた人も多いようで、近くに立っている係員に「これ後ろから光当ててるんですか?」と聞くおじいちゃんもいた。登りつつある太陽は極めて強いオレンジで、まるで直接太陽を見たかのように目に焼き付くし、水色、緑も非常にヴィヴィットだった。ホント、お見事な展示でありました。わたしとしては、この企画に奔走したであろうと思われる学芸員の皆さんに賞賛の拍手を送りたい。

 が、しかし。ひとつだけ文句がある。なんで? なんでこの<印象、日の出>を通期公開しないのよ!? まあ、なんらかのやむを得ない事情があるんだろうけどさ、明日10/18までの限定公開ってホント意味ないと思うんだけど。わかんねえ。何でそんなことするんだろう。実際、最近の絵画展や博物展は、前期・後期で作品を分けて展示することが非常に多い。まあ、もちろんそれには、主催者としても断腸の思いがあるような、複雑な事情があることは想像に難くないが、もし、万一それが、リピーター獲得のため=動員を伸ばすため=儲けるため、とかだったら、マジふざけんなと言いたい。そんなことがないことを願います。

 というわけで、結論。
 やっぱりモネもすごかった。そして混雑振りもすごかった。わたしが帰るときはズラーーーーっと並んでいて、これで絵が見られるのかしらと他人事ながら心配なレベル。もうちょっと、早起きして来ればいいのに。
 いずれにせよ、絵画であれ、演劇であれ、コンサートでも何でもいいけど、とにかくやっぱり、生で観ることには大いなる意義がありますな。映画もそうだと思う。いくら大画面でも、劇場で観るべきだと思います。そしてそういう、生でないと本当の体験にはなりにくいんじゃなかろうか。そう思いませんか?


↓ この着物を着ている女性の絵も、モネです。ご存知の通りモネも浮世絵大好き作家です。ちなみに、この赤い着物を着た女性の絵は、タイトルが「ラ・ジャポネーゼ」というのだが、去年の世田谷美術館で開催された『華麗なるジャポニズム展』のメインとして来日し、展示されました。当然わたしも観に行ったのだが、これがまたすげえデカイ絵で、縦2m以上はあったんじゃないかな。その迫力に、うぉっ!! マジか!! とビビりました。非常に素晴らしい絵でしたよ。