突然だが、この歌をご存じだろうか。
 「ド~はドーナツのド~♪ レ~はレモンのレ~♪」 
 もちろん知ってるだろうと思う。おそらくは、日本人の97.5%ぐらいは確実に知っているであろう、「ドレミの歌」だ。総務省統計局のWebサイトで公開されている「日本の統計2015」によると、現在の日本の人口は127,298千人で、そのうち0~2歳児が3,151千人で2.5%である。まあ、そのぐらいのちびっ子は除外するとして、残りの97.5%の日本国民は全員知ってるのではないかと、まあ根拠なく思ったのである。
 でも、実際のところ、その97.5%のうち、この歌がそもそもは、とあるミュージカルの劇中歌であることは、半分以上の皆さんは知らないのではなかろうか。また、そのことを知っていても、おそらくはさらに半分以上の方は、映画化された方をオリジナルだと思っているのではないかと思う。これも根拠はないですが。
 というわけで、わたしが昨日観てきたミュージカルは、劇団四季による『サウンド・オブ・ミュージック』である。 
   
 たいていの人が、ああ、映画は観たわ、と言うかもしれないが、そもそもは、ブロードウェー・ミュージカルがオリジナルである。 音楽は、Richard RodgersとOscar Hammerstein IIのゴールデンコンビで、 今年の初めにKEN WATANABEこと渡辺謙のブロードウェー挑戦で話題となった『The King and I』「王様と私」もこのコンビによる作品であり、誰もが知っているいろいろな曲が、実はこの二人の作品だというものがたくさんあるすごいチームだ。『サウンド・オブ・ミュージック』でも、もちろん多くの歌が生まれ、「ドレミの歌」だけでなく「エーデルワイス」もそうだし、「わたしのお気に入り」も、たぶんこれはJR東海の「そうだ、京都、行こう」のCMで使われている曲なので、歌の歌詞は知らなくても曲は絶対に、誰もが知っていると思う。「エーデルワイス」なんて、え、どこかの国の民謡的なものじゃないの? と思っている人だっているような気がするが、実は『サウンド・オブ・ミュージック』から生まれた歌なのだ。
 そんな名曲だらけの『サウンド・オブ・ミュージック』だが、実のところ私も映画しか観たことがなく、今回が初のミュージカル版の観劇となった。そして、あらためて劇団四季のすごさを実感するに至ったのである。いやもう、ホントにブラボー。素晴らしかった。子役も先生も、とても魅力的で、もうね……抱きしめたいわもう! ――っと、これ以上言うと完全に事案発生→逮捕なので、サーセン自制します。

 というわけで、大いに感動し、なんだかもう非常にうれしくなってにやけて(※我ながらキモイ)帰ってきたわけであるが、帰りの電車内でいろいろ調べてみた事実をちょっと備忘録的に記してみよう。
 まず、第一に、この作品は実話がベースになっているということ。これは、大変恥ずかしながら知らなかった。ただ、相当な脚色によって、遺族・関係者はえーーっ!? と思ったらしいが、まあ、インスパイアされた実話があったという事らしい。舞台は1930年代後半のオーストリアである。ちなみに、それだけでもう、悲劇が想像できないと、最低限の教養はあるとは認定できないが、要するにナチスが確実に物語でからむであろうことは想像に難くない。まあ、実際にそうなる展開なのだが、一人の修道女希望の女子が、修行のため(?)に近所の軍人邸に家庭教師に出向くことになる。そこでは、厳格なしつけをなされた7人の子どもがおり、母を亡くし、父はオーストリア海軍の軍務で忙しく、と、愛に飢えた子どもたちであった……という話なので、ここから先は展開が想像できると思う。おそらくは、その想像通りの展開で合っていると思うよ。なお、正確には「退役軍人」なので軍務で忙しいわけじゃないみたい。

 ところで、どうでもいいことが気になるわたしとしては、オーストリア、当時のオーストリア=ハンガリー帝国……って海に面してないよな? 海軍って、あったんだ、いやそりゃあったんでしょうな? という事が気になり、調べてみたところ、どうやらトリエステなどのアドリア海沿岸の一部はオーストリア領だったらしい。へえ~。しかも、第1次世界大戦では、潜水艦部隊が対イタリア戦で活躍したんだそうだ。へえ~。そうなんだ。しかもこの物語の軍人さんも潜水艦乗りで、英雄として実際に有名だったらしく、その名声をナチスは欲しがっていたということらしい。
 で、先生と子どもたちの心の交流があり、その軍人さんと、先生としてやってきたヒロインが出会い、まあ、出会ったらそりゃ恋をしますな。そこからの展開は、まあ、観ていただいた方が良かろう。何ともほほえましく、おっさんとしては、ええのう……とつぶやかざるを得ない。そしてまあ、予想通りナチスが絡んでくるわけだが、この辺の展開は、『最後の授業』を少し思わせるものだった。
 『最後の授業』って……知らない人はいないよね? 大丈夫? なんとなく大丈夫じゃないような気がするので、ちょっとだけ説明しよう。この作品は、小説なんだが、教科書にも入っている話なので(少なくとも私は教科書で読んだ)知っている方は多かろうと思う。舞台は1870年代のフランス、アルザス地方の片田舎。これだけでピンと来たら、十分に教養アリとして合格。そう、アルザス・ロレーヌ地方といえば、1871年の普仏戦争で、敗戦国フランスがプロイセンにぶん捕られた部分だ。ストラスブール(ドイツ語でシュトラースブルク)が有名な街ですな。要するにこの小説は、超適当に要約すると、プロイセンに併合されるので、フランス語の授業は今日が最後、明日からはドイツ語の授業をやりまーす、だけど、フランス語は世界一美しい言語なんだぜ、と先生が最後の授業をするという感動作である。あれっ!? ちょっと待って。今、Wikipediaで調べたところによると、1985年以降の日本の教科書には採用されてないだと!? てことは、40代以上じゃないと知らないか……マジかよ……。サーセン。てことは知ってる人の方がもはや少ないか。時代は変わったのう……。
 まあ、そんなことはともかく、その後の展開の方が、実話の方では重要で、おそろしい苦労があったのだろうという事は想像できる。その点は『サウンド・オブ・ミュージック』においては、まあ、美しくふわっとしか描かれていないので、遺族も驚いたんだろうと思う。ただまあ、ミュージカルあるいは映画版では、そこを重くリアル描いても前半の美しい物語が損なわれるので、やむなしと割り切っていいのではないかと思う。遺族の皆さんには若干心苦しいが。

 で。わたしは劇団四季の作品を観るのは、これで4作目。熱心な四季ファンの方から見れば、全くのド素人同然の身分である。しかし、劇団四季は素人でも、これまでに数々のミュージカルやストレートプレイ、あるいは映画などを観てきたわたしには、明確にわかることがある。それは、劇団四季という集団が、きっちりと訓練された明確なプロフェッショナル集団である、ということだ。わたしが思うに、日本演劇界の中で、本当のプロ集団と呼べるのは、宝塚歌劇と劇団四季だけだ。この2つの団体は、共通点と相違点があって非常に対照的である。(※本当ならここに、歌舞伎も加えるべきだという事は十分承知している。けど、恥ずかしながら歌舞伎は2回しか行ったことなくて、まだ全然勉強不足なの……ちゃんと歌舞伎も勉強せねば……)

 まず共通点は3つある。ひとつは、きっちりと訓練されたプロであり、キャストの力量にあまりばらつきがないことである。もちろん、主役級とアンサンブルメンバーでは経験の差があるので力量も違うが、少なくとも、普通のいわゆる劇団に見られがちな、ばらつきはない。あの人うまいけどあいつは全くダメだな、というのがない。舞台に上がっている全員が、非常にレベルが高いのが共通点の一つ目である。もう一つは、専用劇場を持っていることだ。専用劇場を持っていることは、ハコの都合を考える必要がなく、ロングランできるというメリットがある。ロングランできるという事は、舞台装置や衣装にも金がかけられるということだ。それは非常に大きいことで、その結果、きっちりと利益が出る=黒字になるということである。 以前にも書いたが、赤字は明確に悪である。赤字では、プロとは言えない。素人だ。そして3つ目の共通点は、そのロングランを支える土台でもあるのだが、劇場稼働率が高い=空席率が低い=常に満席に近い=リピーターが多い、という点である。まあ、どちらが先かという気もしなくもないが、劇場稼働率の高さは、たぶん知らない人が聞いたら驚くと思う。その数字を公開するわけにはいかないが、最近行った映画の、客の入りを思い出してほしい。6割でも入っていたら、結構すごい入ってるなーと感じるのではないか。それだけ 高い集客ができるコンテンツは、わたしが知る限り宝塚歌劇と劇団四季が日本の最高峰だ。もちろん、普通のコンサートやイベントでも、くそー! チケット取れなかった! という事はいっぱいあるが、1Dayや3Daysのイベントなら、そんなのは当たり前だ。1年間、ほぼ毎日満席に出来るのは、宝塚と四季以外にはないと思う。

 一方で、明確な相違点が一つある。それは、役者に対する思想の違いである。 非常に対照的で、宝塚が誰もがご存知の通り「スター・システム」を採用し、特定のTOPスターを設定し、しかも定期的にそのTOPを入れ替えることで長きにわたってファンを育成しているのに対し、四季の場合は、まず役者の個性を消すことから訓練が始まるんだそうだ。つまり、四季にはスターは不要である、という思想である。これは、独特の「母音法」という発声から始まり、徹底的に、誰もが同じことができるように訓練されるらしい。もちろん、誰もがというのは言い過ぎかもしれないが、一つの演目で主役を演じる役者は、ダブルキャストどころか5人ぐらいいるのもあたりまえの状況だ。1998年からずっとロングランを続けている『ライオン・キング』の主役が、これまでに延べ何人になるか、調べてみようと思ったが、データがなくてわからなかった。18年×4人=72人×(1-重複率30%)として、少なくとも50人以上が同じ役をやっていることになる。こりゃすごい話だよね。もちろん、宝塚も、同じ演目の再演はあるので、同じ役を別の人がやるというのは当然ある話だが、ずっと連続してロングランをしているわけではなく、ちょっと比較はできない。実際、劇団四季は誰もが知っているのに、四季の役者さんとなると、知っている人は全然いないでしょ。まあ、それを言ったら宝塚も一部のファンの人でないと、宝塚のスターを知っている人も全然いないので同じかもな……。
 いずれにせよ、役者の人気に頼らないという劇団四季の思想は、その創立者の一人である浅利慶太氏の思想であるようだが、ややもすると、牛丼チェーンやファミレスチェーンのような、どこでも同じ味、と同じでは? と思われるかもしれないが、食べ物のように、絶対に必要で、あったから入る、というものでは断じてない。ズバリ言えば、なくてもいいし、別の代替えが効くエンターテインメント業界というものは、明確に、「観たい」「また行きたい」という意志と、それなりに高いチケット代を払ってもいいという意志を持ってもらうことが必要だ。それは、高いクオリティと、それによる満足を与えられるかどうかにかかっている。劇団四季と宝塚歌劇は、方法論は対照的だが、結果的に同じく成功している、日本における最高水準のエンターテインメントなのである。

 ところで。昨日わたしが観た公演では、主役のマリア先生は鳥原ゆきみさんという方が演じていたが、この方は元タカラジェンヌだったそうだ。とても可愛い、そして歌が抜群に上手な素敵なマリア先生だった。そしてもう一人わたしが非常に気に入ったのは、7兄弟の長女、リーズルを演じた長谷川彩乃さんである。もうね、すっげえ可愛い。歌も超うまい。いくつぐらいの役者さんか全くわからないのだが、たぶん、わたしの娘でも全くおかしくない年齢だと思う。あんな娘がいたら、父としては溺愛せざるを得ないだろうな……。本当に、素晴らしかった。

 というわけで、結論。
 劇団四季は、やっぱりすげえ。本当のプロ集団だ。この『サウンド・オブ・ミュージック』は、今年の東京公演が始まったばかりなので、まだ当分上演されるんだろうと思う。子持ちのみなさん、絶対に観に行った方がいい。絶対に感動すると思う。わたしも、また観に行きたいと思っている。


↓ ジュリー・アンドリュース版公開50周年だそうで、ううむ……こいつは買いかな。最新日本語版では、平原綾香さんがマリア先生を演じている。またひどい中傷めいたレビューがいっぱいあるようだが、わたしは十分アリだと思う。なぜなら、わたしは平原綾香さんが結構好きだからだッ! 文句ある?
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2015-05-02


↓ 平原綾香ちゃんVerの「ドレミの歌」。わたし的にはアリ。