「PCT」と聞いて、ああ、あれね。とすぐにピンと来る日本人はそうめったにはいないと思う。かく言うわたしも、もちろんなんだそりゃ、である。しかし、あらためて、「Pacific Crest Trail」と聞けば、若干の想像は付く。まあ、「PCT」でも「Pacifit Crest Trail」でも、分からないことはGoogle先生にお伺いを立ててみれば3秒で分かることだ。
 とりあえず、詳しい説明はWikipediaに任せるとして、 要するにアメリカ西海岸の山岳地帯を、メキシコ国境からカナダ国境までつらぬく、長ーーーい自然遊歩道のことだ。
 この遊歩道を歩き通す。そんな冒険野郎が世界にはいるようで、この映画『Wild』――邦題:『わたしに会うまでの1600キロ』――は、そんな冒険女子のお話だ。


 わたしは、とりあえずこの邦題を見て、まーた自分探し系の痛い女子モノかと若干の不安を抱いた。どうせまた、忙しい日常に自分を失ったアラフォー女子が、甘い考えでPCTに挑戦して、苦労の果てに無事にやり遂げて、よかったよかった的なハッピーエンドなんでしょ、と。
 ズバリ言えば、このわたしの完全なる予断は、7割方合ってはいた。しかし、主人公をPCTへと駆り立てた動機は、わたしの想像よりもずっと深刻で重く、はっきり言ってわたしは大いに感動してしまったのである。

 最初に言っておくと、これはいわゆる「based on a true stoy」である。実話ベースの物語で、全米ベストセラーの原作付き映画だ。日本語訳は、帰りに本屋で探してみたところ、映画にあわせて静山社から発売になっているようだ。 文庫だったら買ってもよかったのにな。ちょっとお高いので、本屋で5分ほど悩んで結局買わなかったが、ちょっと気にはなる。
 なお、PCTとはいえ、ずっと大自然の中を歩き通す、わけではなく、持てる荷物もそりゃ限界があるわけで、何度か山を降りて街で補給するし、途中でベースキャンプ的な、日本で言うところの山小屋めいた施設(?)も出てきて、そこ宛に荷物を送ってもらって受けとる、みたいなシーンもあった。そりゃそうだ。PCTの達成には数ヶ月もかかるんだから。

 というわけで。ネタばれにならない範囲で簡単に説明すると、最愛の母を失ったことで精神失調となってヘロインに手を出したり家庭崩壊に陥った主人公が、母がかつて言っていた「美しい地に身を置きなさい」という言葉を思い出し、偶然手に取ったPCTの本を見て、挑戦を決意するというのが話の大筋である。
 問題は主人公に共感できるかどうか、にすべてかかっているのだが、こんな短い説明だけでは、まあピンと来ないだろうとは思う。しかし、主人公を演じるReese Witherspoonの演技は確かであるし、また、なんと言っても母を演じるLaura Dernの演技が非常にすばらしいため、単純なわたしはもう、簡単に、映画を観ながら「がんばれ!」と完全に応援体制に入ってしまった。
 わたしがこうもたやすくこの映画に入り込んでしまったのは、おそらくこのPCTが、日本のお遍路に近いものであると感じたためであろうと思う。わたしのことを知る方ならご存知だと思うが、わたしは2007年にお遍路を実行し、5ヶ月かけて「結願」(※けちがん、と読む)達成した男だ。もっとも、わたしは一日も会社を休むことなく、土日だけを利用して、チャリンコでお遍路修行を行ったので(※5回に分けて行った)、歩いたわけではないが、何か、漠とした「わたしはこれをやり抜くんだ」という思いを抱きながら、黙々と旅を続ける姿は、わたしには完全にお遍路に重なる。そう。この映画は、まさしく「お遍路ムービー」なのである。

 人がお遍路をする動機は、きっとさまざまで、人の数だけ思いはあるものだろうと想像する。まあ、わたしがなぜお遍路に旅立ったかについては、小1時間ほど時間が必要なのでここでは触れないが、おそらく共通するのは、誰か大切な人を亡くしたことがきっかけになっている場合が大半だと思う。じゃなきゃ行かないよね。そして、そこにはいくばくかの「後悔」が含まれているはずだ。あの時こうしていれば……という思い。基本的に、お遍路は今はなき人の魂の冥福を祈る行為であり、今を生きる自分が抱えるなんらかの後悔めいた思いを乗り越えるためのものだとわたしは認識している。誰かを思って歩き通す。そしてあの時の自分を肯定あるいは許すための自虐。それがお遍路と言うものだ。

 そんな個人的事情もあり、わたしはすっかり主人公を応援する体制にはまったわけだが、その背景にはやはり、Laura Dern演じるお母さんの素晴らしさが存在する。常に明るくポジティブで、恐ろしくひどい目にあっても前向きな母。そんなお母さんをなくしたら、主人公でなくてもお遍路に出たくなると思う。母は、過酷でつらい目に遭いながらも「生きること」の喜びを主人公に説きつづけ、「もっと生きたかった」と語る。主人公はPCTを、常にいろいろなことを思い出しながら、母の思い出と共に歩き続けるわけだが、人に「つらくない? やめたいと思わないの?」聞かれれば当然、「ええ、2分ごとにもうやめたいと思うわ」と答える。だけどやめない。ただただ、歩き続ける。
 これは、マラソンやトライアスロン、あるいは登山をたしなみ、あまつさえお遍路も経験しているわたしには、非常にうなずけるものだ。わたしもよく、マラソンなど「つらくない?」と聞かれることがある。そんなの、つらいに決まってんだろうが! バカな質問するなよな、と心の中で思いながらも、わたしはいつもこう答える「ええ、走ってるときは何にも楽しくないっすよ。ホント、何やってんだオレって思います」と。すると、大抵こう聞かれる「じゃ、なんでやるのそんなこと」と。
 わたしとしては、「その答えが知りたいなら、お前も走れ!」と言いたいところだが、世間的に善人で通るわたしは、「まあ、ゴールしたときの爽快感・達成感っすね。とにかく、ゴールしたときの気持ち良さは他には代えられないっす」と、まじめに答えることにしている。事実、そうとしか言えない。おそらくは、実際にやることのないあんたには永遠にわからんだろうな、と思いながら。

 だから、この映画が誰しもに感動を与えるかどうかは、正直よく分からない。もちろん、わたしでも、ちょっとこれはと思うところもある。例えば、明らかに何も鍛えていない主人公が、出発の際に重い荷物を背負って、ただ立ち上がるだけでも非常に苦労するシーンがあるが、その後は、なんか結構へっちゃらで歩いていて、えーと、これはどうなの? と思わなくもないし、本当はもっともっと過酷だっただろうに、その旅路の過酷さはそれほど描写されていない。まあ映画のポイントはそこじゃないということなんだろうが、若干あっさりゴールにたどり着いたな、とは思った。
 
 ただ、ゴールを前にした主人公の表情、とりわけ、ゴール直前の森の中で出会う少年の歌を聞いたときの、主人公の涙。そこには、理屈ではなく、万人の感動を誘う何かがあるようにわたしには感じられた。Reese Witherspoonの演技もかなりいいです。監督のJean-Marc Valleeは、前作『Dallas Buyers Club』で完全に一皮むけ、いい作品を撮るようになった。今後わたしの要チェック監督リストに入れたいと思う。

 というわけで、結論。
 『Wild』――わたしに会うまでの1600キロ――は、なかなかお勧めです。自分の大切な人のことを思いながらみていただきたい。そして、自分の今までの生きてきた道のりを振り返っていただければ、この映画を製作した人々は嬉しいだろうと思う。

 ↓うーーん……どうしよう……原作、読もうかしら……。映画の感動が崩れるような気がするんだよな……。
わたしに会うまでの1600キロ
シェリル・ストレイド
静山社
2015-07-24