2018年10月

 このBlogで何度も触れていることだが、現在わたしが思う最強ハリウッド美女は、WONDER WOMANでお馴染みGal Gadot様と、もう一人、常に高貴でクールなオーラの漂うCate Blanchett様のお二人が2TOPである。もはや女神に近いその存在は、恐らく直接目にしたら自然と跪いてしまうだろうと思われるほどだが、ここまで持ち上げておいてアレなんですけど、実はわたしはこの女神が出演する映画を全部観ているわけではない。とりわけ、Cate様の場合、もうずっと前から映画の中で何度もその姿を観ていながら、キレーな人だなあ、とは思っていたものの、それ以上ではなく、どういうわけか2015年に観た『The Monuments Men(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)』という作品を観たときに、突如、な、なんてお美しいお方なんだ! とCate様の美に目覚めて以来、Cate様にぞっこんLOVEとなったのである。
 あの映画でのCate様は、確かルーブルに勤務する美術女子で、超クールなフランス人なんだけど、その内心ではナチスには屈せずひそかに闘う熱い女子、みたいな役で、おっそろしく美しかったのがわたしのハートにやけに響いたのであった。
 とういうわけで、以来、Cate様の出演する映画はなるべく観たいとは思っているものの、全部をカバーしきれていない、まったく気合の入っていないファンであるのがわたしなのだが、先日、Cate様が、これまた妙にピッタリなイメージで主演する映画の情報を得て、これは観ないとダメだな……と思える映画に出会った。そのタイトルは、『The House with a Clock in Its Walls』。この作品は、わたしは全く知らなかったが児童文学で有名な作品だそうで、日本では『ルイスと不思議の時計』というタイトルとなっている。で、公開から2週間経ってやっと観てきたわけだが、まあ、うーん、やっぱり児童文学ですな、というのがまず第一の感想であり、そして、やっぱりCate様は最強に美しいのう……という、実に当たり前な感想を持つに至った。えーと、面白かったかどうかで言うと、うーん……まあ、普通っすね。つまらんとは言わないけど、別に大絶賛でもなかったです。

 というわけで、上記が日本版予告なのだが、ご覧の通り、予告からして「日本語吹替え」である。いや、字幕の予告があるのかもしれないけど、見つけられなかった……のはどうでもいいとして、言いたいことが二つあって、まず、わたしは映画オタクとして、ハリウッド作品を観る時は「字幕版」一択であって、日本語吹き替えを観ることはまずない、ということだ。そして第2に、やっぱり児童文学が原作ということで、児童の観客をメインに想定しているために日本語吹替え(の予告)なんだろう、という点で、実はわたしがこの映画を観ようと思っていたのに、公開から2週間経ってやっと観た理由はここにある。
 というのも、映画館というものがほぼ絶滅しつつあり、シネコンなるものに置き換わった現在、わたしの家の近所では、日本語吹替え版の上映しか設定されておらず、字幕版を観るには日比谷か新宿へ行くしかなく(※TOHOの場合)、その時間がなかなか合わなくて、観に行くのが遅れてしまったのである。まあね、別に全国各地で字幕版を用意しろとは言わないけど、この映画を観ようとするちびっ子は、実際それほど多くないんじゃないかなあ……という気もする。ちなみにわたしが観た日比谷TOHOでの字幕版は、シニア客が圧倒的に多かったすね、これは字幕で日比谷だからかもしれないけど、全国のシネコンで上映されている日本語版には、ちゃんと想定観客であるちびっ子率が高いのだろうか。そうだといいんだけど……。
 ともあれ、以上はどうでもいい話である。お話の方も、もう詳しくは説明しない。両親を失った少年が、(母の兄である)叔父の元に引き取られ、その叔父が魔法使いで、その叔父と仲の良かった魔法使いの仕掛けた陰謀に少年は見事ハマってしまい、うえーん、おじさんごめんなさーい、と詫びを入れつつ、叔父の友達で隣の家に住む魔法使いの女性とともに、その陰謀に立ち向かうお話である。サーセン、超はしょりました。
 時代的には、1955年という設定なのだが、その設定は悪い魔法使いが2次大戦に出征したことと、そして女性魔法使いはパリで暮らしていたユダヤ人で、ナチスによって家族を喪っていること、ぐらいしか物語に影響していない。だから何だということもないのだが、その女性魔法使いを演じるCate様の、どこか悲しみをたたえながらも優しい笑みは素晴らしいし、叔父さん魔法使いと繰り広げられるののしり合戦も軽やかで、要するにCate様は超最高であったのであります。ええ、実のところそれしかわたしには書くことが思いつかないす。叔父さんとののしり合いは、まあギャグシーンなわけだけど、Cate様はなんだか楽しそうに演じられておられたのがとても印象的だ。そう、Cate様は結構笑顔が可愛いんすよ!
 Cate様は、ご存知の通りオーストラリア人であり、その英語は、当然元々はオージー・イングリッシュなはずだが、当たり前だけど映画では一切その気配はないですな。なにしろ出世作『Elisabeth』ではエリザベス1世陛下を堂々と演じられたお方だしね。そして今回のCate様の衣装もイイし、髪型も超イイ。おまけに最初の登場時は眼鏡着用である。もう、最高すぎてわたしとしてはそれだけでこの映画を観た価値はあったぜ、と思うほどだ。
 こちらはCate様と、その叔父さん魔法使いを演じたJack Black氏のツーショットですな。

 そしてこちらはキャスト&監督集合のプロモ写真。一番左のグラサン女性がCate様ね。右から二人目の若干イケメンが監督のEli Roth氏ですな。そして真ん中のちびっ子が、今回の主役であるルイス少年を演じたOwen Vaccaro君13歳です。彼はなんというか、まあ実にいかにもな健全なアメリカ人的なナイス笑顔ですね。芝居ぶりもなかなか達者でありました。イケメンに育つのだぞ……。

 まあ、おそらく、Cate様のお姿は、普通の日本人なら、若干おっかない系?に感じるのではないかと想像する。そして実際、Cate様が演じる役柄は、いつもきまって強くてりりしい系のキャラが多く、今回演じた女性魔法使いも、ひっつめ髪&タイトな服(&クールな通称女医めがね)が超似合っていて、イメージ通りのCate様であったと思う。でもですね、くり返しますが、このお方の笑顔は意外と可愛らしく、そのキッとした眼差しも、そして若干魔女っぽい鼻&デカい口も、実に整っていて、大変な美人であることは間違いなかろうと思います。まあ間違いなく、わたしが生身のCate様をじかに観ることがあったら、おそらくはもう、へなへなへな~と膝から力が抜け、失神&失禁することになるのは確実でしょうな。変態感想でサーセン。本当に美しいお方でありますよ、Cate様は。

 というわけで、まともなことは何も書いてないけど結論。
 わたしの大好きなハリウッド美女、Cate Blanchett様が出演し、おまけに劇中でのお姿がやけにぴったりとお似合いで、こりゃあ見たいぜと思っていた映画『The House with a Clock in Its Walls』。現代のシネコン文化においては、観たい映画は公開されたら即観ないと、上映回数があっさり減らされて観逃してしまうことが多いわけで、わたしもさっさと観たかったのだが、児童文学作品原作ということで字幕版の上映が極端に少なく、公開2週間たってようやく観に行くことが出来た。感想としては、まあ、面白くないとは言わないけど大絶賛でもなく、フツーであったとしか言いようはない。しかし、だ。Cate様が大好きなわたしとしては、Cate様のりりしいお姿と、珍しくコミカルで楽しそうな芝居をするCate様が観られただけで、もうその価値としては十分以上、観に行ったかいがあったと思う。なので、Cate様のファン以外の人が観てどう思ったかは分からないが、わたしはもう、超満足であります。以上。

↓ なんでも、『ハリー・ポッター』日本語版の出版をしている静山社がこの映画合わせで(?)出し直したらしいすね。原作小説は「3」まで日本語で出てるみたいすね。

 わたしは映画オタとして、一番最初のSTAR WARSを親父とともに映画館で観て以来(当時小学校2年か3年)、ハリウッド作品をずっと子供のころから愛しているため、当然30年ぐらい前までは、月曜ロードショー(TBS・荻昌弘氏解説)、水曜ロードショー(日テレ・水野晴郎氏解説)、木曜洋画劇場(テレ東・わたしが覚えてるのは最後の木村奈保子さん解説)、ゴールデン洋画劇場(CX・高島忠夫氏解説)、日曜洋画劇場(テレ朝・淀川長治氏解説)を、当然のように観て育ったわけだが、中学に入った頃に、自分の部屋として個室をもらい、さらにテレビまで設置されたため、わたしの中学高校時代であった80年代後半は、ホントにもう火曜日金曜日以外は毎日テレビでハリウッド映画を観てたように思う。
 とまあ、以上はどうでもいい前振りである。
 わたしは先日台湾へ行ってきたのだが、帰りの飛行機で、なんか映画観るか、と思った時、こ、これは! まさしく今週から日本で公開されたばっかりで、来週あたり観に行こうかしらと思ってた作品じゃねえか! もう機内映画に載せるなんて、JALよ、偉いぞ! と興奮して観始めた映画がある。
 そのタイトルは『DEATH WISH』。わたしはこのタイトルを見た時に、これはアレのリメイクだ! とすぐに分かった。そう、この映画は、「うーん、マンダム」でお馴染みのCharles Bronson氏主演で、日本では『狼よさらば』という邦題で1974年に公開された作品の現代リメイクなのです。そして、わたしはこの『狼よさらば』は、もちろん劇場で観ている年齢ではないんだけど、中学高校時代、まさしくテレビの映画放送で何度も観たことがある作品だったのです! ちなみにどうでもいいけど、その続編の『DEATH WISH II (邦題は「ロサンゼルス」)』という作品は、わたし、映画館に観に行ったっすね。あれは中学の頃だろうな……。その後シリーズ化されてるはずだけど、わたしが劇場で観たのは2作目だけっす。
 ともかく、何が言いたいかというと、『DEATH WISH』というタイトルには思い入れがあり、それを現代リメイク、しかも主役をセクシーハゲ界の大御所であるBruce Willis氏が演じるなら、こりゃもう観るしかねえじゃねえか! と興奮するということであります。はあはあ。文章書くのに興奮したわ。

 というわけで、上記の予告は……はっきり言ってネタバレもいいとこじゃねえか、とは思うものの、観てないと意味が分からないと思うし、知ってても別に鑑賞の妨げになるとも思えないので、貼っときました。ま、物語は基本的に上記予告のまんま、であると言っていいだろう。
 主人公ポールは有能な外科医で金持ち。いい車に乗って(確かポルシェ・カイエン)、デカい家に住んでいる。美人の奥さん(演じたのはかつては可愛かったElisabeth Shueさん55歳)と、大学進学目前の可愛い娘(演じたのはCamila Morroneさん21歳)に囲まれ、仕事の方は激務だし、職を転々として金に困っている兄貴には若干うんざりしながらも、幸せな毎日を送っていた。
 しかしある日、家族と兄貴の4人で飯を食いに行ったとき、車止めといて、と駐車場係にキーを渡してしまうんだな。で、この駐車係がクソ野郎で、ナビをいじってまんまと自宅住所を入手しちゃうわけです。で、数日?後、このクソ野郎が仲間を引き連れて強盗にやって来る。ポールは不在だったが、妻は殺され、娘は意識不明の重体に陥る(※オリジナル版はレイプされるけど今回はレイプはナシ)という悲劇に襲われるわけです。そして、そこからお父さんの復讐が始まる!てなお話です。
 わたしは、はっきり言ってオリジナル版の詳細はとっくに忘れてしまっているけれど、相当久しぶりに観るこの物語を鑑賞しながら、以下のようなことをずっと考えていた。それはズバリ、アメリカ合衆国って国はホントに恐ろしい、イカレた国だなあ……という、日本人としての実に平和な、そして無責任な感想だ。以下に、わたしが恐ろしいと感じたポイントをあげつらってみよう。
 ◆車社会のUSA
 わたしはかつて、生意気にドイツ車に乗っていたことがあるのだが、その時、その車には「ホテルキー」なる小さいイグニッションキーが附属品でついていた。ディーラーのあんちゃんに、これは何なんすか? と聞くと、ああ、それは、ホテルとかで駐車係に渡すキーですよ。エンジンはかかるけど、トランクは空かないキーなんです、とのこと。まあ、わたしは日本国内で一度もその「ホテルキー」を使う機会はなかったけれど、そういうことらしい。映画でもよくそういう場面は見かけますな。
 そういうのを「Valet-Parking」というらしいけど、今やエンジンスタートはボタン式が普通だし、物理キーでドアロックを解除する機会もほぼ絶滅したので、わたしがかつてもらった「ホテルキー」なるものが現在も存在するものか知らないが、いずれにしても、「第三者が自分の車を動かす」機会は、日本ではほぼないかもしれないけど、US市民には普通にあるのだろう。しかし、本作で描かれた通り、今や車は個人情報を結構搭載しており、ナビに自宅登録してるのが普通なので、今回の映画のような悪用は、おそらく20秒もあればできちゃうと思う。
 つうか、やっぱり自分の車を全然知らない奴に運転させるって、ちょっと嫌ですな。車社会のUSAではそういう感覚はないのかしら……。まあ、あいつらはちょっとぶつけたぐらいの傷は気にしないからな……。映画なんかだと、スーパーカーで乗り付けた主人公がポイッと駐車係にキーを渡すようなシーンがよくあるけど、信頼が前提としてないとやっぱり危ないすね。まあ、なんか怖え、とか思った。
 ◆銃社会のUSA
 本作では、悲劇にあった主人公は、別に最初から復讐の炎をメラメラと燃やすわけではなくて、最初は当然、警察に期待するわけです。しかし警察は、超多忙なんだか知らないけど、ぜんぜん捜査は進展しない。そんな中、ちくしょうと思って主人公は街の銃砲店へ行く。聞けば、拳銃からフルオートライフルまでなんでもござい、だが、当然登録しなきゃいけないし、拳銃の許可は楽勝でおりるけど、それなりに時間はかかるとのこと。
 なので主人公は、うーむ、アシのついた銃じゃあなあ……どうしようかなあ……とか思っていたところ、勤務する病院に銃撃されて血まみれの男(たぶん悪党)が運び込まれ、その処置をしようとしたところで、その血まみれ男の腰からグロック19(17かな?)がポロリと落ちて、まんまとアシのつかない銃をゲットする。それから主人公は、YouTubeで分解整備の動画を見ながら手入れをし、射撃の練習をして、いざ、街へ乗り出すという展開になる。
 で、街で悪党を見かけるとぶっ殺す、という予行演習?をしているうちに、くだんの駐車係を発見、そいつをいたぶり、仲間の情報を得て一人ずつ始末していく、という流れだ。
 どうすか。すごいよね。USAって国は。銃が簡単に買えちゃうのも、US社会では常識とは言え、やっぱありえないことですよ。しかもフルオートのライフルまで揃ってるんだから恐ろしいよなあ……。警察がアテにならないから銃が必要なのか、銃規制がないから警察が忙しすぎる(結果頼りにならない)のか、もうどっちが先なんだかさっぱりわからないけど、完全に負のスパイラルにどっぷりつかってるのは間違いなかろうと思う。そしておそらくは、この不信のスパイラルは、永遠に解消されることはないのではなかろうか。無理だよもう、この国は。
 ◆ドラッグ社会のUSA
 実際のところ、日本においてもドラッグは流通しているし、イカレた連中がいっぱいいるのは同じだけど、まあ、白昼堂々と道端にディーラーがボケっとたむろしてるってレベルではないですわな。しかしUSAにおいては、まったく日常のひとコマだ。
 ある日主人公は、病院に運び込まれてきた少年(どう見ても小学生程度のガキ)が、「アイスクリームマン」なる男にやられたという話を聞いて、よし、じゃあそのアイスクリームマンとやらをぶっ殺そうか、とそいつの元へ赴く。そして、白昼堂々、アイスを売ってんだよ的なテイでたむろしてるそいつを、問答無用で銃撃するのだが、恐ろしいことに、アイスクリームマンが撃たれた後、アイスクリームマンがアイスボックスに保管してたドラッグや金?を、やったー!オレのもんだーー! と周りにいた連中がダッシュで集まって来て奪って行っちゃうんだな。
 つまり、主人公の行動は、一人の少年が助かったかもしれないけど、所詮は別の新たなアイスクリームマンが別の少年をいたぶることになるだけで、ズバリ言えば何の意味もないってことだ。こういう映画を観たり、現実の世界の出来事を見て、US市民は何とも思わないのだろうか?? おれには関係ねーや、ってことなんすかね? まあ、世界にはもっとひどい国もいっぱいあるだろうけど、残念ながらUSAという国はもうダメでしょうなあ……。どうにもならんよ、と思うのはわたしがUS市民じゃないからだし、完全に無責任な思いだけど、実際、世の中を完全リセットするような出来事がないと、どうにもならんだろうな……。
 
 とまあ、こんな物語なので、わたしはもう漫画のような気持ちで、悪党がやられるのをいいぞブルース! もっとやれ!的なお気楽な気持ちで観つつ、あーあ、アメリカ合衆国は終わってんなあ、なんて無責任な感想を持つに至ったわけだが、改めて考えると、ホントに恐ろしいというか、日本も将来どんどんと治安も悪化していくんじゃないかなあ、となんか暗ーい気持ちになった。ま、オレが生きてる間ぐらいは大丈夫だろ、とこれまた超無責任に思うので、結局のところ、わたしにはUS社会を批判する資格は全くないということでしょうな。サーセンした!
 というわけで、最後にキャストを紹介して終わりたいけど、もはや主役のBruce Willis氏は紹介する必要もないと思うので、1人だけ。そして監督についても一言だけ書いて終わりにしよう。
 一人挙げておきたいキャストは、主人公の若干問題ある兄貴(ただしこの兄貴はまったくの善人で、きちんと自分の問題も解決するいい人)を演じた、Vincent D'Onofrio氏だ。映画オタには、かの名作『Full Metal Jacket』での「ほほえみデブ(ゴーマー・パイル)」の役で知らない人はいないだろう。1987年公開だからもう30年以上前か……今、Vicent氏は59歳だそうなので、ほほえみデブ当時は28歳ってことか。今や渋い演技派ですよ。今回も、良心ある善良な男として、何気に重要な役だったと思います。
 そして監督だが……今、結構名前が売れてきているEli Roth氏が本作を監督しているのだが……わたし、この人の作品を観るのは3本目かな、あまりいい印象はないんすよね……今回は、それほど特徴的なところもないし、特に書いておくことはないです。まあ、いつもは脚本も自分で書くEli氏だけど、今回は監督に専念したようで、Eli氏作品的な、いかにもな残虐シーンは悪党をぶっ飛ばすところぐらいにしか発揮されてなかったすな。全然関係ないけど、今週か来週には観ようと思っている『The House with a Clock in Its Walls(邦題:ルイスと不思議の時計)』も、Eli氏が監督なので、まあ、売れっ子監督なんでしょうな。ちなみにわたしが『The House with a Clock~』を観に行くのは、わたしがハリウッド美女で最も美しいと思うCate Blanchett様が出演されているからで、Eli氏が監督してるからではありません。

 というわけで、もう書きたいことがないので結論。
 劇場へ観に行こうと思っていた作品が飛行機で観られたので、ちょっと得した気持ちになった映画『DEATH WISH』。かつてテレビで観た『狼よさらば』の現代リメイクである。現代らしいと思ったのは、悪党がカーナビから自宅情報をゲットするという展開と、あとは、オリジナルにあった娘がレイプされる設定がなくなっている点であろうと思う。現代においては、性的暴力描写はホントになくなりましたな。まあ、それはイイことなんだろうと思うけど、いくらお優しい世の中とは言え、US市民はホントに恐ろしい国に住んでいるという思いは強まったすね。未来というか将来、銃を無効化する技術とか、打撃を無効化したり、防刃の技術は発達するのだろうか? 物理的暴力を無効化する技術は、テクノロジーとして誰かちゃんと研究してほしいすね。でもあれか、結局はそれを上回る暴力が編み出されて、いたちごっこになるのかな……。なんつうか、人類が殺し合いをやめる日は来ないんすかねえ……みたいなことが頭から離れなかったす。以上。

↓ これがオリジナルですな。今は配信でいつでも見られる時代なんですなあ。

↓こっちがわたしが劇場で観た第2弾す。これは配信はないみたいだけど、今回の『DEATH WISH』公開に合わせてBlu-rayが発売になってるみたいですな。
ロサンゼルス [Blu-ray]
チャールズ・ブロンソン
キングレコード
2018-10-17

 わたしは映画オタとして、海外に行くときは日本でまだ公開されていない映画をいち早く観ることを楽しみの一つとしているのだが、それは現地に着いてから、だけでなく、ひそかに、搭乗する飛行機内でも、なにかまだオレの観てねえ映画はないかな、と、もう席に着いた直後から、機内端末をいじり出すような男である。
 というわけで、2018/10/19~2018/10/21に台湾へ行ったので、その際も当然、羽田で搭乗し、席についてすぐに端末をいじってみた。JAL便はちゃんと日本語字幕付きが用意されているので、大変ありがたしである。
 すると、「新作」とか「おすすめ」の作品は、映画オタとしてはもうとっくに劇場で観たよ、という作品ばかりで、なんだ、まだ日本未公開作品はないか……と思った3秒後に、何やら見知らぬ映画があるのを発見した。どうやら主演は、わたしがいつもブサカワと若干ヒドイ判定を下しているShailene Woodley嬢らしい。そして、相手役は、わたし的には『The Hunger Games』や『Love, Rosie』での爽やかイケメンスマイルが妙に印象深いSam Claflin君のようだ。あれえ、こんな映画、知らねえなあ? と思い、よし、じゃあこいつを観てみようという気になった。
 その映画のタイトルは、『ADRIFT』。その英語の意味通り、いわゆる「漂流モノ」の映画である。結論から先に言うと、それほど超面白かったとは思わないが、わたしとしては観ることが出来て良かったと思うし、ズバリ言えば想像とは全然違う物語で、機内のヒマつぶしには十分以上の役に立ってくれた作品であった。
 というわけで、以下、どうしても決定的なネタバレに触れざるを得ないので、観たいかも、と思っている人はここらで退場してください。その最大のネタがポイントなので、そのネタバレなしに感想は書けないです。

 この映画が日本公開されるのかどうか、今のところさっぱりわからないので、当然日本語字幕付きの予告はなく、とりあえず、英語字幕付きの予告を貼っておきます。が、この予告は分かりやすく編集されていて、本編の流れとは全く違うことだけはメモしておこう。
 本作は、冒頭、額から血を流したヒロインが、はっ!? と目覚めるところから始まる。ヨットは中破しており、マストも折れ、そして、愛する彼氏がいないことに気がついて愕然とするヒロイン。そしてそこからのサバイバルを描いたもので、どうしてこうなった? という過去が、折々に挿入されるという構造になっている。
 実はわたしは、「漂流モノ」の映画がかなり好きなのです。ここ10年ぐらいで、わたし的ナンバーワン漂流モノ映画と言えば、かのRobert Redford氏主演の「ALL IS LOST」なのだが(というかこの映画は彼以外誰も出てこないし台詞もほぼないウルトラ超傑作!)、他にも、例えばTom Hanks氏の『Cast Away』も大好きだし、なんつうかな、たった一人でその持てる頭脳と肉体をフル活用して頑張る姿にグッとくるわけです。
 で、「漂流モノ」は、大抵の場合、ラストに救助されて、めでたしめでたしとなる事が多いように思うけれど(※この点でも『ALL IS LOST』は独特のエンディングで超傑作)、わたしは『ADRIFT』の再生を始めてから、ま、どうせ最後は助かるんだろうな、なんてことを思いながら視聴していたわけである。
 ズバリこれも言ってしまうと、この予想は正しく、ヒロインは無事に生還する。まあ、この物語はいわゆる「Based on True Story」で、生還した女性の著書が原作なので、死んでしまうわけがないのだが……ひとつ、重大なことが全く予想外に描かれており、ああ、やっぱりそういうことなのか、とわたしは唸ったのであった。
 それは、いわゆる「サードマン現象」というものだ。これはどうだろう、一般常識的に誰でも知っていることなのかな? わたしはもうかなり前に、この本を読んでいたので、これってあれか! とすぐに思い出した。

 わたしは登山をたしなむ男なので、内容に惹かれて買って読んだのだが、要するにサードマンとは、過酷な山岳や海洋事故での遭難のような、生命の危機に至る超絶ピンチの時に、「自分の横に現れて、大丈夫、お前なら行ける!と励まし、奇跡の生還を導いてくれる、謎の同行者」のことである。それが、脳が生み出した幻影なのか、霊的なものなのか、そういったことはこの際どうでもいい。重要なのは、いわゆる「奇跡の生還」を果たした人の大半が、この「サードマン現象」を体験しているという点で、これは本当に共通していることなんだそうだ。へえ~だよね、ホント。
 で、本作『ADRIFT』では……サーセン、ここからほんとに核心的ネタバレですけど書いちゃいますよ? 読むならもう、覚悟してくださいね?
 本作では、ヒロインが目覚めてから、しばらくして、海に漂っている彼氏を発見し、ヨットに引き上げる展開となる。そして彼氏は、足を折っており、あばらも折れててまったく身動きできない状態。役立たずでごめんよ……なんて言う彼氏。そして彼氏は動けないながらも、存在していること自体がヒロインの生きるモチベーションになって行き、当然ヒロインを彼氏は叱咤激励する。ベジタリアンだから魚は喰えないとか、ゆとり脳なヒロインに、ちゃんと魚を喰わないとダメだとか、なにかと励ます。
 そしてーーー実はその彼氏こそ、「サードマン」であり、ヒロインの幻影だったとラスト近くで判明するのだ。わたしはこの展開に、えっ! と驚いたものの、驚きよりも、やっぱりそうだったのか、という納得の方が大きかったように思う。
 というのも、ヒロインが彼氏を発見するのに結構時間がかかったし、正直、え、生きてたんだ、うそだろ、普通もう低体温症で逝ってるだろ、つうか、あんな小さい救命ボートにしがみついていられるわけねえだろ、とか思っちゃっていたのだ。
 なので、これは超傑作『GRAVITY』で、宇宙の果てに流されて逝ってしまった、と思われていたGerge Clooney氏演じるコワルスキーが、突然生還して、我々観客を驚かせたアレにも似ていると思う。アレも、ドクター・ライアンの観た幻影(というか夢)で、サードマン現象と言っていいような気がするけど、まあ要するにそういうことです。
 というわけで、最終的にはヒロインは生還するも、彼氏は行方不明で亡くなってしまわれた、痛ましい事故なわけだが、まさしくサードマン現象を描いたお話であり、たまたまサードマンを知っていたわたしには大変興味深い作品であったと言えよう。つうかですね、本の詳細はもう忘れちゃってますが、ひょっとしたらこの映画の元となった現実の事故の話も、あの本の中で書かれていたかもしれないな……ちょっと本棚を漁って探してもう一度読んでみようかな、という気になりました。
 というわけで、最後に各キャラ&各キャスト&監督に短く触れて終わりにします。
 ◆タミ・オールダム:ヒロイン。現実に海難事故に遭って奇跡の生還を遂げた女性。現在は結婚してタミ・オールダム・アッシュクラフトさんというみたいですな。彼女は、10代後半から世界を旅していて、ハイチで知り合った彼氏と、彼氏の知り合いに頼まれたヨットをLAまで運ぶ航海に出て事故に遭う。まあ、自分探しの旅、なんてことをしている人物には共感は抱けないけど、演じたShailene Woodley嬢の気合の入った演技は結構凄かったすね。ラストはかなりげっそりやつれてたし。まあ、それでもわたしのブサカワ判定は覆りませんが。
 ◆リチャード:ヒロインの彼氏。彼は造船所で働いていたけれど、自分のヨットを造って、それでいろいろ各地を巡っている船乗り。彼もとりわけ共感できる人物ではないけど、やっぱり演じたSam Claflin君の、いつもの爽やかイケメン笑顔は妙に印象に残るすね。身動きできない中での演技も大変結構でありました。
 ◆本作の監督:Baltasar Kormákurというお方で、知らねえなあ? とか思ってたおれのバカ! 帰ってきて調べたら、わたしはこの監督の撮った映画を何本か観ていることが判明してビックリした。なんと、3年前に観て、とても怖かった『EVEREST 3D』の監督ですよこの人は! あの映画も奇跡の生還を扱っているけど、この方はそういう題材がお好きなんすかね? まあ、『EVEREST 3D』にはサードマン現象的な描写はなかったと思うけど、本作の監督はあの映画を撮った人なんだ、というのはなんか納得、すね。

 というわけで、さっさと結論。
 台湾へ行く飛行機内で観た映画『ADRIFT』。まだ日本公開されていないし、これから公開される予定があるのかすらわからないが、主演の二人と、わたしの好きな「漂流モノ」であるという点で興味がわき、観て観たわけだが、まあ、絶賛はしないけれど十分楽しめたと思う。かなり悲劇的?なお話なので、楽しめたってのはちょっとアレか。興味深かった、と言い直しておこう。主演の二人の熱演も、かなり凄いと思うし、映像的にも、大変見ごたえはあると思う。そして、かつて本で読んだ「サードマン現象」なるものについても、改めて興味がわいたっすね。つうかあの新潮文庫、どこにしまったのだろうか……もう一度読んでみたいのだが……。探してみよっと。以上。

↓これは原作のノンフィクションか? それともノベライズか……? わからん……。

↓そして こちらの映画は、みていてほんとに怖かったす……。どこまでCGでどこまでロケなのかもさっぱりわからない映像のクオリティもかなり高いです。
エベレスト (字幕版)
ジェイソン・クラーク
2016-04-08

 というわけで、10/19~10/21の金土日に台湾へ行ってきたのだが、メインイベントはわたしの愛する宝塚歌劇団の台湾公演を観ること、ではあったものの、ま、それだけじゃアレなので、台湾へ行ったらわたし的お約束の、「日本ではまだ公開が先なんだけど、早く観たいぜ!」という映画を観ることにした。
 で。本当は、US本国では10/12から公開になっている『FIRST MAN』を観るつもり満々であったのだが、残念なことに、ほぼすべてのハリウッド作品がほぼ同時公開される台湾であっても、なぜかこの『FIRST MAN』の台湾公開は10/26からだそうで、ギリ観ることが叶わず、じゃあしょうがねえ、台湾ではとっくに公開になっている『VENOM』を観るか、と思ったけれど、『VENOM』は日本でもあと2週間待てば公開になるし、何となく希少性がないような気がして、くっそう、どうすっか? と30秒ほど悩むことになった。
 というわけで台湾版Yahooの電影ページを観てみたところ、どうやら日本では12/21公開とまだちょっと先の、とある映画が既に台湾では公開されていることを発見し、よし、じゃあこれを観よう!という気になった。その映画こそ、こちらの作品であります!
starisborn
 そうです。台湾での公開タイトルは『一個巨星的誕生』。US原題を『A STAR IS BORN』、そしてなぜか日本語タイトルは『アリー/スター誕生』と微妙にダサくなっているこの作品であります。しかし台湾は、中国の簡体字と違って、日本人の我々にも読めるし意味も連想しやすい漢字(繁体字)なのでおもろいすね。全然関係ないけど、『VENOM』は台湾では『猛毒』、観たかった『FIRST MAN』は『登月先鋒』というタイトルになってました。
 で、この映画『A STAR IS BORN』に関しては、わたしの大好きなClint Eastwoodおじいちゃんが監督する、と当初話題になっていたものの、どうも主役を演じてもらおうと思っていたBeyonce氏の妊娠によって?流れてしまい、その後、紆余曲折あって、主役を天下の歌姫LADY GAGA様とロケットの声でお馴染みのイケメンBradley Cooper氏が演じることとなり、さらに、Bradley Cooper氏初監督作品として製作されるに至ったのであった。もちろん物語は、名作『スタア誕生』の3度目のリメイク……なのだが、サーセン。正直に白状すると、そのオリジナルをわたしは観てないのです。なので、名作、というのは世間的評価として使ってみました。観終わった今となっては、オリジナルも観ておくと、さらに違いなど味わい深かったかもな……と予習を怠ったことを少し後悔している。
 というわけで、以下、ネタバレ全開になる可能性が高いので、これから見ようと思っている方はここらで退場していただきたい。まずは予告だけ貼っておくか。

 さてと。物語は、上記予告からだいたい想像できる通りと言ってよさそうな気がするが、まあ、ズバリ、物語は結構ベタ、である。もちろんオリジナルと違って完全に現代の話ではあっても、物語自体には新鮮味はない。昼は真面目に働き、夜は場末のバーで歌を歌う女子、アリー。そんな彼女が歌っているところを、たまたま見かけた有名シンガー、ジャクソン。アリーの強力な歌力にほれ込んだジャクソンは、自らのコンサートツアーに招待し、ステージでデュエットする。その姿はYouTubeで拡散され、たちまち人気者となるアリー。そして二人は愛し合うに至るのだが、アリーはどんどんサクセスしていく一方で、ジャクソンの方の人気は、酒とドラッグでどんどん下方線に……てなお話である。まあ、いわゆる「格差婚」であったのに、その格差が逆転していく、というのはもうそこら中で見かける話だ。
 しかし、ありがちな話であっても、そして先が読めるお話であっても、はっきり言ってわたしはかなりグッと来た。この映画は相当イイ! そのポイントは2つあって、一つは、GAGA様の圧倒的なパフォーマンス、そしてもう一つは、Cooper氏の素晴らしい演技と、意外と見事な監督・演出ぶり、である。
 その1)GAGA様はやっぱりすごい!
 まず第一に、演技がすごくイイじゃないですか! 完全に女優ですよ。ノーメイクで、完全にオーラを消した、フツーの女子、である姿がまず、えっ、と思うし、見出されてからどんどんと髪の色やメイクが洗練されて、まさしく「スター」のオーラをまとっていく過程がまたお見事としか言いようがないですな。もちろん歌唱シーンは最初から最後まで超パワフルで、完璧ですよ。これはアカデミー賞は取れるか分からないけど、ノミネートはカタイと思うすね。ラストの歌もグッときましたなあ! ほぼ全編GAGA様&Cooper氏の描き下ろしの歌だそうで、その歌詞の内容もしみるんすよ……これはCDを買うべきかもしれないす!
 ただ、これも正直に告白すると、わたしの英語力では、一つだけわからなかったところがあって、劇中でのお父さんとの関係性が、実はわたし、理解できなかったのです……情けなし……。これは日本公開されたらもう一度字幕版を観に行って確認したいですな。アリーとお父さんは、かなり仲のいい関係性なんだけど(?)、お父さんって、ありゃ何してる人だったんだ?? 競馬のノミ屋か? 堅気なのかアレ? アリーが歌うことに前向きで、自慢の愛娘、的な感じだったけど、アリーの家族(と、家にいるお父さんの友達?たち)の関係性が理解できなかったのが残念す。わたしの英語力ではどうしてもわからんかったわ……。いずれにしても、そもそもGAGA様って、上流家庭のお嬢様育ちなわけで、そんな点も、なんか大切に育てられた娘、というキャラクター像は共通していたと思う。GAGA様は、その奇抜なファッションとか見かけで強烈なインパクトのあるお方だけど、来日した時の態度とかを見たりすると、実のところ、この人って、すごいイイ子なんだな、とわたしは思っていたので、なんというか今回のアリーのみせる、「性根の曲がってない、真面目で真っ直ぐな人間」というイメージはとてもGAGA様らしいとわたしには感じられた。要するに、GAGA様は最高でした! そして全くどうでもいいですが、GAGA様は台湾では「女神卡卡」と表記するんすね。読み方がさっぱり分からんわ。★2018/12/23追記:日本語版を観ました。お父さんはリムジンの運転手ってことだったんだな。やっとわかったす。
 その2)Bradley Cooper監督デビュー作
 監督としてではなく、最初に役者としてのBradley氏について書いておこう。まず演じたジャクソンというキャラクターは、人気シンガーということで、まあセレブなわけだが、酒浸りであり、ドラッグもやってると。そして冒頭、一つのコンサートが終わって、ホテルに戻る途中で「酒が切れた」といって寄ったバーでアリーと運命の出会いをするわけだが、冒頭から、ジャクソンはどうも耳が難聴になりつつあるという描写があって、まあそのせいで若干もう歌うことに疲れていて、酒がないと歌えん、という心に孤独を抱えていた状況だ(※わたしの英語力では正確には分からんかった。難聴は酒とドラッグの影響か? ★2018/12/23追記:ジャクソンの耳は先天的?なもので、悪化の一途にあるという状況でした)。
 そしてジャクソンはアリーと出会ったことで、再び歌へのモチベーションも上がり、アリーを愛する幸せを手にするのだが、兄との確執で大喧嘩してしまったり、アリーの人気がどんどん高まっていく中で愛するアリーとも喧嘩してしまったり、孤独感が再ジャクソンの心に住み着いてしまう。そしてついに、アリーがグラミー賞を受賞した時に、とんでもない大失態をやらかしてしまう。しかし、そんなことがあっても、アリーはジャクソンを許すし、兄との和解も果たしたジャクソンも、ちゃんとリハビリに励むのだが……ラストはどうなるか、これは書けませんので、ぜひ劇場で見届けていただきたいと思う。
 こんなキャラクターを演じたBradley氏に関して、わたしが称賛したい点は3つあって、まず、この人、歌が超超超うまい!! すごいカッコイイ!! この見事な歌いぶりには結構驚いたよ。イケメンは何をやっても様になりますなあ! そして2番目は、まるでかのウルトラ大傑作、『AMERICAN SNIPER』の時のような、演技自体が素晴らしい! Bradley氏は、泣きの演技が相当うまいというか、なんか、見ているこっちまでホントに一緒に悲しくなってきちゃうんすよね……やっぱりイケメンだからなのか? 当たり前かもしれないけど、演技の質としてはGAGA様より上っすね。間違いない名演でした。
 そして3番目が演出だ。初監督とは思えない堂々としたものですよ。わたしは好みとして、手持ちカメラで揺れる映像は好きではないのだが、冒頭、そういう手持ちカメラの絵があって、これはどうだろう……とか思ったのに、もう途中から全く気にならなかったすね。そしてお見事な演出として端的なのは、ラストカットですよ。あのラストの見せ方というか演出?は、やっぱりEastwoodおじいちゃんの影響が入ってるように感じたす。わたしは、今回のラストカットに相当心震えたし(GAGA様の最後の表情にグッと来た!)、同時に、Eastwoodおじいちゃんの『WHITE HUNTER, BLACK HEART』という作品を思い浮かべたのであります。あのエンディングにちょっとだけ似ているような気がしますね。わたしは現役の映画監督でEastwoodおじいちゃんはナンバーワンの一人だと思っており、その後継者になるのはひそかにBen Affleck氏なのではないかとにらんでいるのだが、これはひょっとすると、Bradley Cooper氏も今後は監督として大成する可能性はあるんじゃないかしら。Kevin Costner氏も30年前は素晴らしかったのに、全然撮らなくなっちゃったのは残念す。
 最後に、GAGA様とBradley氏以外に、一人だけメモしておきたい役者が出演していたので、その方について書いて終わりにしよう。実は、観ている時、全く気が付かず、エンドクレジットを観ていて、えっ!? うそ! マジかよ!? と驚いたのだが、なんと、アリーのお父さんを演じていたのは、Andrew Dice Clay氏だったのです! Clay氏は日本じゃまったく知られてないだろうから、説明してもわからんだろうな……わたしは、彼が主演した『The Adventure of Ford Fairlane』という作品が超大好きなのです。この映画は、見事ラジー賞「最低映画賞」を受賞し、Clay氏もその年のラジー賞「最低主演男優賞」を受賞してしまったおバカ映画なんだけど、いやいやいや、あの映画はですね、脚本がもの凄くしっかりしていて、伏線が見事に張り巡らされた超傑作なのに、ラジー賞「最低脚本賞」も獲ってしまったのは、ホントにもう、わたしとしては観る目がねえなあ! と憤死寸前に至った思い出がある作品なのです。しかしあのフォードフェアレーンが、いまや白髪のおじちゃんとは……あ、なんだ、Clay氏はまだ61歳か。最高にCOOLなロックンロール探偵のイメージしかなかったので、ホント、クレジット観るまで全く気が付かなかったす。日本でまた字幕版を観る時は超注目しよっと!

 というわけで、もう書いておきたいことがなくなったので結論。

 台湾は、大抵のハリウッド映画がほぼUS公開と同時、という映画オタとしては大変うらやましいところなわけで、わたしは台湾に行くと必ず「日本では公開がまだ先だけど、もう早く観たくて堪らん!」という映画を観るのを楽しみにしているわけだが、今回の台湾旅行では、日本では2か月後の12月に公開になる『A STAR IS BORN』を観ることとした。そして観終わった今言えることは、この映画はとても素晴らしく、とりわけ、GAGA様の役者としてのポテンシャルの高さと、Bradley Cooper氏の歌唱力の高さ、そして監督としての腕の見事さについて、わたしは最大級の賛辞を贈りたいと思う。もちろん、GAGA様の圧倒的な歌唱力とBradley氏の演技の素晴らしさは、もはやお馴染みであり、その点もこの映画ではいかんなく発揮されていると思う。いやあ、GAGA様って、ホントにイイ子なんでしょうな、きっと。やっぱり、育ちの良さって、明確に現れてるような気がしますね。そしてBradley氏の泣き顔は、ホント、つられて悲しくなっちゃいますな。お見事です。これは今年観た映画TOP10に余裕で入るっすね。何位になるかはまた年末考えます。以上。

↓ わたしとしては、このウルトラ大傑作でBradley氏がオスカーを逃したのはいまだに残念に思うす。完璧だったのになあ。今回の作品で、Bradley氏はオスカー獲れるだろうか……ノミネートは堅いように思うっす。
アメリカン・スナイパー(字幕版)
ブラッドリー・クーパー
2015-06-10


 

 というわけで、2年ぶりの台湾へ再び行ってきたわけだが、何をしに行ったか、もう聞かないでください。そうです。コイツを観に行ったのであります!!
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 これは台北の会場近くのMRT駅構内にズドーンと設置してあった広告ボードですが、要するにわたしの愛する宝塚歌劇団台湾公演を観に行ってきたのであります。
 今回の台湾旅行は、まあ、ズバリ言えばこれだけのためであり、もちろん台湾に行ったらわたし的お約束の、日本未公開の映画も観に行ったけれど、それは後で別に書くとして、まずは、この宝塚歌劇団台湾公演の話から始めねばなるまい。
 そもそも、宝塚歌劇の海外公演は、戦前から行われてきたもので、実に古い歴史を持っている。一番初めは1938年のヨーロッパ公演で、これは時代的にはナチスドイツ時代ですな。日独伊親善芸術使節団として、ドイツ・イタリア・ポーランドで実施されたそうだ。すごい、まさしく「歴史」だよね。その後、戦中は満州公演なんかもあって、戦後1発目はハワイ公演だったそうな。それから色々な公演を経て、ニューヨーク公演、ロンドン公演、香港公演、中国公演、ベルリン公演などが80年代終わりから2000年ごろまで行われたそうで、台湾では2013年と2015年に引き続き、3回目の公演となるそうだ。すげえなあ。わたしは2013年も2015年も、誘われたけど行かなかったんすよね……。
 そして、今回の台湾公演は、台北だけでなく、高雄でも行われるのだが、もちろん(?)、わたしが観に逝ったのは台北である。その台北での会場となるのが、観光スポットとしてもお馴染みの「中正紀念堂」と同じ敷地(?)内にある、「國家戯劇院」というところである。↓こんな立派な建物。
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 ↑これの全貌を撮影するのに、相当後ろまで下がらないといけないほど、デカいです。チケットを入手してくれた、現地子会社に勤務する台湾人のお方によると、演劇を上演するには台湾でナンバーワンの劇場だそうな。で、↓こんなバナーがズドーンとかかっていたり……
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 街中では、↓こんなバナーが設置されて、歓迎ムードなわけです。
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 街中には、宝塚歌劇台湾公演のラッピングバスも走っていたのだが、わたし、2回ぐらい見かけたのに、あっ!? いまのは!! と気づいても走り去ってしまって、撮影できなかったす。
 で。会場の國家戯劇院というところは、MRTという地下鉄(高架の路線もある)の電車の駅がくっついていて、大変アクセスは便利なところであった。帰りは激混みかなあ、と心配したけど、まったく大丈夫でした。現地の方々はタクシーに乗っちゃうから、かもしれないす。よく分からないけれど。道はかなり渋滞してたすね。ちなみに、MRTは超便利で、EASY-CARDというSUICA的なICカードがかなり発達していて、コンビニとかバスとかそこら中で使えるし。そしてわたしの泊まったホテルもMRTの駅のすぐ近くで、会場の駅まで乗り換えなしで大変楽ちんでありました。しかもMRTは料金も凄く安い。1日かなり使っても100NT$にはいかないし、まあ、3日の滞在なら200NT$チャージしておけば十分でしょうな。あまり関係ないけど、台湾の特徴的なところは、夜、結構遅い時間でも人出が多いんすよね。これは、現地の方に聞いたところ、家で食事をする習慣があまりないそうで(もちろん全然、ではない)、子供でも塾の帰りに普通に外食だそうです。今回の公演は、19時30分開始で終わったのは23時前ぐらいだったけど、治安も、とりあえず全然平気、でありました。
 <自分用メモ:EASY-CARDはづどうやら1NT$からでもチャージできるっぽい。余った硬貨は帰りに駅でチャージにブッ込むんだ! 有効期限も相当長いので次回使えるぞ! あと、羽田で中華電信のSIMが売ってた! ただし3Days(台湾の空港では300NT$なので1000円ほど)は扱っておらず、5Daysのみで1400円だった。高いか安いかは微妙だけど……データ容量制限なしだし、今回、18:15羽田発、現地20:55松山空港着の飛行機で入国したら松山空港の中華電信のブースはもう店じまいしてたので、買っといてよかったわ……海外に行くならSIMフリー端末は超便利ですよ!>
 さてと。
 肝心の公演についてだが……まあ、わたしは既に先月、日本青年館でまったく同じ公演を観ているので、もう内容についてはあまり触れません。わたしや、わたしのような日本からわざわざ観に行ったファンならば、当然楽しめたのは言うまでもなかろう。ちゃんと、紅子先輩&愛子&礼子のアレもありました(オール日本語&字幕つきだけど、アドリブにはもちろん対応できず)。
 しかし、わたしは「初めて宝塚歌劇を観る人」や、「現地台湾の宝塚ファン」は、果たして楽しめたのだろうか、と、正直なところちょっと心配になった。なにしろ、わたしは今回の公演を行った「星組」を一番応援しているけれど、そのわたしでも、現在の星組のパフォーマンス力が、宝塚歌劇の中でナンバーワンではない、と思っているし、また、物語的にも、初めて見る人が理解できるのか、若干心配だったからでもある。
 なのでまず、チケットを手配してくれた現地台湾人のお方(女性)に、終演後聞いてみたところ、内容的には台湾人にはお馴染み(と言っていた)のものなので、全く問題ナシであり、実に面白かった、とのことであった。逆に、「日本ではやっぱり、キャーとか声は出さないんですか?」と聞かれてしまった。そう、今回、後半のショー『Killer Rouge』では、相当キャーとかヒューとか、そういう観客の声が結構あって、確かにアレは日本ではないものであったので、ちょっと驚いたけど、おそらくその歓声を受ける演者側からすれば間違いなくうれしいことだと思うので、アレはアレで全く問題ないと思う。むしろ日本では拍手だけなので、お行儀が良すぎるようにも思う。なお、その彼女は日本語ペラペラで最初から問題ないけれど、本編は日本語での芝居&歌なので、一応舞台両サイドに字幕のモニターがあって、彼女曰く、あれがあれば日本語が出来なくても大丈夫だと思う、と言ってました。彼女とそのお友達の台湾人はかなり興奮してたので、楽しんでもらえたようだ。
 で、実は今回、日本人で現地に駐在している知人家族も観劇したのだが、彼らは日本人として「宝塚歌劇を知ってはいる、けど観たことはない」人間なので、「初めて宝塚歌劇を観る人」である。残念ながらその知人には終演後に会えなかったので、感想は聞けなかったのだが……楽しんでもらえたのだろうか……その点がかなり気がかりである。
 なんか、もっと歌の上手い、例えば雪組による公演の方がよかったんじゃねえかなあ……とか、若干心配だ。ズバリ言うと、演目の物語として、星組TOPスターである紅ゆずるさんの演じた役柄は、主役なのにかなり意味不明な言動をとるし、その芝居ぶりも、若干大げさというか……そして歌唱力もね……。笑わせるのではなくて、もっと王道な、ラブロマンス系・感動系の演目の方がよかったんじゃねえかなあ……という気もする。けれど、まあ、台湾公演なんだし、台湾のみなさんが楽しめたのならば、何の文句もなかろう、と一応納得することとした。なんつうか、会場は意外なところで笑い声が上がったり(しかもけっこう頻繁)、やっぱりお客さんのリアクションが結構違いますね。
 でもまあ、ホント、劇場に詰めかけた台湾のお客さんも楽しめたなら、もう何も言うことはないすね。観客の日本人率は、ちょっとどのくらいだったか分からないな……3割程度かしら? どうだろう。初日ということで、結構お偉いさん的なおじさんたち(日本人・台湾人両方)も多かったすね。
 しかしすげえなあ、宝塚は。台湾でも大人気なんですなあ……。
 そうだ、↓あと写真を2枚貼って終わりにしよう。
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 左の白いのが台湾版、右が日本版のプログラムの表紙です。現地価格で350NT$。他にもいろいろ「台湾限定商品」も売ってましたが、クリアフォルダ―だけ買っといたっす。仕事に思いっきり使って、ヅカ道黒帯をアピールいたしたく存じます!
 そしてこちらが↓ うわさの「ねんどろいど 紅ゆずる」。完成見本が展示してあったっす。
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 同行した(日本人の)ヅカ友のお姉さまは買うそうです。オレは……まあいいや……。

 というわけで、結論。
 宝塚歌劇団の3回目となる台湾公演をこの週末に観に行ってきたわけだが、わたしが感じたのは、ホントに宝塚はすげえなあ、というその人気であり、ファンの熱、である。観客の日本人率はちょっと分からなかったが、まあ、かなり多かったとは思う。自分もその一員なので、アレだけど、そういった強力なファンがベースにいて、さらには海外でも公演が成立しちゃうというのは、とてもすごいことだと思う。ただ、あまりにその熱が高いために、チケットを入手するのは困難なわけで、なかなか新規ファンの獲得には、劇団も苦労しているんだろうな、ということは想像に難くない。ホントは観に行きたいときに行けるといいんだけど、まあそれでは、空席も出てしまうだろうから、経営としてはリスクだろうし、うーん、まあ、観たいのに観られない!というプレミア感が、ブランド形成には絶対必要なんでしょうな。なんか、阪急電鉄に入社して、宝塚の劇団経営に参加してみたいす。ま、ともあれ、宝塚歌劇台湾公演は大変楽しめました。観客の反応を観る限り、現地の方々もとても楽しまれたようで、大変良かったと存じます。なんか結論としてまとまらないけど、以上。

↓ これっすね。やっぱ買うべき? ど、どうする、オレ!?

 わたしは宝塚歌劇をたしなむ男として、当然『ベルサイユのばら』はきちんと学習しているわけだが、宝塚歌劇においては、いわゆる『ベルばら』なる演目は、実はいろいろなヴァリエーションがあって、「オスカルとアンドレ編」とか「フェルゼンとマリー・アントワネット編」とか、物語で中心となるキャラクターが違うVerがそれぞれ存在している。まあ、これはヅカファンなら誰しも知っていることだと思うが、おそらくそうでない人には、へえ~? と思うのではなかろうか。
 で。その中で、人気があるのかどうか、わたしは実のところ知らないのだが、『ベルばら』において、一つのカギとなるキャラクターがマリー・アントワネットである。映画や演劇で良く登場する人物だが、これは世界的な人気なのか、日本での局所的な人気なのかもわからないけれど、いずれにせよ、日本においてマリー・アントワネットというお方は、少なくとも知名度としてはかなり高いと思う。
 そして、マリー氏に関してちょっと特徴的なのは「悲劇の王妃」という面と「贅沢三昧で放蕩の限りを尽くした悪女」的な、相反するイメージを同時にお持ちであるということだ。ま、それは作品での描かれ方によるものなので、当然と言えば当然なのだが、歴史的に一つだけ言えることがあるとしたら、マリー・アントワネットという女性は民衆の前でギロチンで首をはねられて死んだ、という事実であろう。それが悲劇なのか、あるいは、ざまあなのか。それはもう、見方次第であるし、非人道的だとか現代的価値観でモノ申しても、ほぼ意味はなかろうと思う。日本だって同じようにバンバン首を斬ってきたわけだし。
 というわけで、わたしは昨日、ミュージカルの聖地でお馴染みの帝国劇場、略して帝劇にて絶賛上演中のミュージカル『マリー・アントワネット』を観てきたのだが、史実にどのくらい忠実なのかよくわからないけれど、とにかくキャスト陣の素晴らしい歌に酔いしれ、大変確かな満足を得たのであった。かなり台詞少な目の歌率の高いミュージカルで、その数々の歌がもうことごとく素晴らしく、とにかくブラボーとしか言えない体験であった。
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 というわけで、帝劇に集った観客の推定90%ぐらいが淑女の皆さんで、これはおそらくはキャストの人気を反映したものと思われる。当たり前か。なんつうか、ミュージカルはまだまだ女性コンテンツなんですかねえ……面白いのになあ……確かにわたしの周りでも、ミュージカルをたしなむ男はほぼおらず、実際わたしも一人で観に行くか、まわりのミュージカル好きな女子と行くかの2択であり、昨日も、ミュージカル好きな女子と帝劇へ推参したのだが、彼女は聞くところによると、マリー・アントワネットというキャラクターが大好きなのだそうだ。それも、『ベルばら』の影響らしいのだが、面白いことに、女性の彼女から見ると、マリーの愛人?であるハンス・アクセル・フォン・フェルゼン様は嫌いなのだという。わたしはまた、フェルゼン様とのロマンスがグッとくるんじゃないの? と聞くと、そうではなく、むしろフェルゼン様はただの女たらしであり、使えない男、という認識なのだそうだ。わたしはその彼女のフェルゼン様観を聞いて、あ、そういう見方をする人もいるんだ、と結構驚いた。実際、なるほど、である。
 そして今回のミュージカル『マリー・アントワネット』は、遠藤周作先生の『王妃マリー・アントワネット』という作品が原作にあたるそうで、それをミュージカル化したものである。なお、本作は2006年に初演が上演されたのち、今回の再演となったのだそうだ。わたしは初演は観ていないのだが、今回の再演ではキャストも一新され、演出も「新演出版」と銘打たれている。そして、数々の素晴らしい楽曲を担当しているのが、これもヅカファンにはお馴染みのMichael Kunze氏とSilvester Levay氏という『エリザベート』を作り上げた黄金コンビだ。まあ、控えめに言って、素晴らしすぎて最高の歌の数々でしたね。
 ちなみに、恥ずかしながらわたしはドイツ文学を専攻していたのに、Stefan Zweig氏の『マリー・アントワネット』は読んでいないし、遠藤先生の作品も読んでいない。なので、わたしのマリー・アントワネット知識は『ベルばら』や映画の物語をベースにしているのだが、特に今回、その知識で困るようなところはなかったす。
 物語は、冒頭、まずはフェルゼン様が、マリー処刑の報を受け取り、なんてこった……と嘆くシーンから始まって、回想に入るという枠構造になっている。そして1775?年から処刑される1793年までが描かれるわけだが、メインとなるのは有名な「首飾り事件」で、その事件によって一気に転落人生となるさまが描かれている。そして、キーとなる人物がマルグリット・アルノー(架空の人物)という、同じ「MA」のイニシャルを持つ女性で、市井で貧しく暮らしていた彼女は、贅沢暮らしのアントワネット憎しの想いが強く、その憎悪を革命派に利用される、的なお話である。つまり、二人の「MA」の対称的な人生模様、が主題となっているわけだ。
 というわけで、以下、各キャラと演じた役者陣をメモしていこう。
 ◆マリー・アントワネット:神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世とオーストリア大公国のマリア・テレジアの娘であり、要するにハプスブルク家のお姫様。14歳で後のフランス王ルイ16世(嫁いだころはルイ15世が健在。後のルイ16世は15世の孫。ブルボン朝)に嫁ぎ王妃に。本作を観てわたしが思ったのは、アントワネットに罪があるとしたら、あまりに想像力が欠如していた点であろうと思う。想像力とは、自らの暮らしが如何にして成り立っているのか、に対する認識であり、例えばドレス1着でも、どのようにしてつくられて今自分の手元にあるのか、そしてそれを購入した金はどこから、どうやって国庫に入ってきたのか、を理解する責任と言い換えてもいいだろう。そして、これは何も国家に限らず、普通の企業にも言えることだが、100%間違いなく、TOPに立つ者の周りには、TOPの耳に聞こえのいいことしか言わない奴らが跳梁跋扈してしまう。王や企業のTOPは、そいつらからだけ話を聞いていては、あっという間に腐敗してしまうのが残念ながら事実なので、もうチョイ、きちんと全体を見張る「目」が必要だったはずだ。そしてそういう「目」は、間違いなくTOPの想像力が要求するものだと思う。ホントに大丈夫なのかな、とあらゆる事態を想像する力がTOPには必要なのに、それを持ち得なかった。それが、アントワネットの罪であり、結局のところ、王妃の器ではなかったと言わざるを得ないのではなかろうか。とはいえ……実際のところ、フランス財政はもうルイ15世の頃からヤバかったわけで、たぶんアントワネット一人ではもうどうにもできなかっただろうな……それでも、やっぱりTOPとして、国の現状をきちんと客観的に理解する責任はあったのは間違いないだろうから、やっぱりアレですかね、もうチョイ、マリア・テレジアお母さんと緊密に連絡を取り合ってればよかったのかもしれないすな……。ああ、でもそれだとまたスパイとか言われちゃうか。八方ふさがりだったんですかねえ……。
 で、今回演じたのは、Wキャストだけどわたしが観た回は花總まりさまがアントワネットを演じておられました。わたしは2010年にヅカ道に入門したので、花さまの現役時代は生で観ていないのだが……まあ、いつ観ても、どんな作品でも、お美しいですよ。もう45歳だそうですが、まったく見えないね。なんつうかな、花さまのもつ、ノーブル感、そして透明感は完全にオンリーワンですな。歌も演技も、もちろん超最高でした。ブラボーでありますね。
 ◆マルグリット・アルノー:もう一人の「MA」。市井に暮らす貧しい女性。ラストで、な、なんだってーーー!? という驚愕の出生の秘密が明かされる。マルグリットは、食べるものもなく、単純にもう生きていくのが限界で、王宮で贅沢三昧のアントワネットに対する憎悪を燃やしていたのだが、その怒りのパワーがすさまじく、王座を狙うオルレアン公や後のジャコバン派の連中に利用されていくが……ラストの、憎しみの連鎖を断つのは生きている我々だ的な歌が胸にしみましたなあ……。
 演じたのは、こういう怒りパワーが炸裂する熱い女子を演じさせたら恐らく日本一のソニンちゃん。Wキャストの昆夏美ちゃんVerもきっと素晴らしかったんだろうけど、とにかくソニンちゃんの熱く激しい歌は超最高でした。やっぱりこのお方はその若干ちびっ子な体をフルに使って、我々観客のハートを鷲掴みにしますな。勿論ブラボーであります。実はわたし、大ファンす。
 ◆ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン:スウェーデンの貴族で軍人。アメリカ独立戦争にも出征している。今回は、仮面舞踏会でアントワネットと知り合って後、愛人だのと悪いうわさが流れるのを嫌って一度帰国した後、アメリカに行って、帰って来て、再びアントワネットのいるフランスに駐在することになったあたりから物語が始まる。男のわたしの視点では、頑張ったけどどうしようもなかった、と思えるため、別にフェルゼン様は嫌いではないのだが……確かに、本作ではアントワネットに何もしてやれなかった男という感じに描かれてはいた。わたし、ヅカ版でフェルゼン様が歌う「駆けろペガサスの如く」の歌がすげえ好きなのです。「行く手~に~ なーやみ多くとも~ 行け! 行け! 我が命の、つ~づ~く~か~ぎ~り~~~!」の盛り上がりが大好きなんすよ……でも、今回は、フェルゼン様の大活躍はほぼありませんでした。残念。
 そして演じたのは、わたしが男のミュージカル俳優でイチオシの古川雄大くん31歳。彼の声は、まあ、甘い声なんでしょうな。彼のルドルフは最高だと思うわけですが、今回のフェルゼン様も、まあ切ない感じが大変結構なお点前であったと思います。素晴らしかったすね。
 ◆オルレアン公ルイ・フィリップ:今回、王位を自ら手中にするために、「首飾り事件」の黒幕として暗躍する悪い人。わたしは、コイツって、アレか、ナポレオン没落後、7月革命で即位するオルレアン公ルイ・フィリップ(通称「フランス国民の王」)のことか、と思ったのだが、どう考えても時代がズレていて、どういうことだ?? と謎に思ったので調べてみたところ、どうやら、その父親も、同じくオルレアン公ルイ・フィリップ2世という人物で、今回出てきたのはこの父親のようです。史実でも、「首飾り事件」でアントワネットを攻撃した人物みたいですな。なので、本作で悪役として出てきたアイツの息子が約40年後の1830年の7月革命でフランス王になるってことのようだ。
 で、演じたのは吉原光夫氏というお方で、まずデカイ! 190cmはありそうなぐらいデカい! そして、おっそろしく声がイケボで、超カッコ良し!であった。どうやらこの吉原氏のパフォーマンスを観るのはわたしは初めてのようだが、元劇団四季のお方だそうで、『レミゼ』にもバルジャンやジャベールで出演されていた方だそうだ。ひょっとしたら、わたしが観た時のジャベールだったかも……という気もする。ちょっとこのイケボイスは覚えておきたいと思った。素晴らしかったです。悪役ですが。

 というわけで、書いておきたいことがなくなったので結論。
 現在帝劇にて絶賛上演中の新演出版ミュージカル『マリー・アントワネット』を観てきたのだが、まず、台詞率低めの歌率高めな作品であり、その数々の歌が超素晴らしかった。そして演じる役者陣のパフォーマンスも素晴らしく、とりわけ、アントワネットの花總まりさんは最高だし、マルグリットのソニンちゃんも熱く、フェルゼン様を切なく演じた古川雄大くんの声は甘く、そして悪党オルレアン公を演じた吉原光夫氏のイケボは男が聞いても圧倒的にカッコ良く、結論としてはもう、超最高でした! としか言いようがないす。これは絶対、劇場で、生のライブで観ないといけない作品だと思いますね。映像ではこの熱は伝わり切らないのではなかろうか。とにかく熱く、激しく、美しい3時間でありました(休憩含む)。やっぱり、ナマはイイですな! つうか、ナマに限りますな! ミュージカルは! 以上。

↓ やっぱり狐狸庵先生の原作も読んでみたいですなあ……。


 英単語的に「Equalize」とは、端的に言うと「イコールにする」という意味で、「Equalizer」となると、「イコールにする人」という意味になる。で、何と何をイコールにするか? が問題なわけで、なんというかな、悪意によって害を受けた時に、その悪意を帳消しにする、と言えばいいのかな、つまりは「落とし前をつける」という感じだろうか? 一方に傾き過ぎた悪と善のバランスをとる人、みたいなイメージだ。
 わたしが今日観てきた映画『THE EQUALIZER 2』は、そんな悪党たちの悪事をEqualizeする、日本的に言えば「必殺仕事人」的な、凄腕の男の活躍を描いた作品の続編である。前作では、すっかり世捨て人的にひっそり暮らしていた主人公が、夜のカフェで知り合った娼婦の少女を救うためにロシアンマフィアと壮絶な殺し合いをする作品であったが、今回の『2』では、前作で登場した、主人公のかつての恩人が殺され、その「落とし前」をつけるお話である。
 結論から言うと、今回も主人公の強さは際立っていて、ほぼピンチに陥ることなく完璧な仕事ぶりで、正直あまりドキドキしなかったけれど、クオリティとしてはかなり上質なアクション作品としてまとまっていて、まあそれなりに楽しめた。しかし、ズバリ言うとわたしの好みとしては、前作の方が面白かったと思うし、本作はWOWOWでの放送を待ってれば十分だったかも、というのがわたしの感想であります。
 何故か分からないけれど、わたしは前作がとても好きだったので、とても期待して観に行ったわけだが、どういうわけか、TOHOシネマズに限った話かもしれないけれど本作は4DXの上映ばかりで普通の上映がほぼなくて、やむなく今日は日比谷のIMAXで観てきたのだが、ま、IMAXである必要はほぼゼロ、だったと思う。IMAXのおかげで音はすごかったけど。

 で。上記予告で描かれる、冒頭のアクションは、観ていてとても心スッキリするものだ。どうやら金持ちのクソガキどもが、インターンの女子を薬漬けにして集団レイプしまくったようで、心身ボロボロになった女子をたまたま自分のタクシーに乗せた主人公マッコールが、そのクソガキどもをぶっ飛ばす、ほぼ物語には関係ないシーンだ。
 しかし、実はこのクソガキ退治のアクションは、冒頭と言っても、3つぐらいの短いエピソードの後に描かれるもので、一番初めはトルコでの少女救出ミッション(これも物語に関係なし。伏線か?と思ってたのに全く関係なし)だったし、タクシードライバーとして働くマッコールの常連のお客さんであるおじいちゃんの話(これも本筋には関係ないけど、最後には救われるイイ話)などが描かれていて、ズバリ言うと、それだけで膨らませれば1本の映画になり得るような、マッコール大活躍のお話が冒頭に何個も描かれる。
 これらは物語には関係なくても、主人公がどんな男かについて明確にする役割があって、全く不要だったとは言わないでおく。実際、マッコールがバッタバッタと悪党をぶっ飛ばすのは気持ちいいし。どうやら主人公マッコールは、前作でロシアンマフィアから少女を救った後も、「身近な悪党をぶっ飛ばす身近な正義の味方」として活躍中らしいということがはっきりわかるわけだ。
 で、本筋は、予告にある通り、前作で助けてもらった元上官が、何者かに殺害され、その復讐をするお話だ。しかしながら、残念なことにこの話があまり面白くない。というのも、犯人は観ていれば誰でも、コイツがアヤシイと分かるだろうし、その犯人も、強いんだか弱いんだかわからないからだ。まあ、主人公マッコールが強すぎるんでしょうな。ラストは結構あっさり目にあの世に送られますので、予想通り過ぎて、若干物足りなかったと思う。前作は、なんか文学的な香りのする渋い作品だったのに、なんか今回は……そういう部分は全くなかったように思う。
 本作で、一番良かったのは、やはりマッコールの住むアパートの住人である黒人少年との心のふれあい的な部分だろうか。チャンスは必ずある。世の中のせいにするな、というマッコールの説教は、まあ、美しすぎてきれいごとすぎるとはいえ、やっぱり一番グッと来たっすね。何でもかんでも、人のせいにする世の中で、きちんと、自分の努力を第一として、必ずやってくるチャンスをつかめ、と励ますマッコールの姿は、やっぱりカッコ良かったと思う。
 というわけで、キャラ紹介と演じた役者を紹介して短めに終わらせよう。
 ◆ロバート・マッコール:主人公。元軍人→元CIA工作員。とある事件で爆死したと思われており、葬式も行われ、法的には「死人」だったと思う。そして前作では、ホームセンターに勤める真面目なおじさんとして仮の人生を送っている。自らが死んだと思われている事件で妻を亡くし、傷心のまま死んだようにひっそり生きていたが、不眠症の彼は毎夜、近所のカフェで読書をするのを日課にしていて、そこで知り合った娼婦の少女を救うためにロシアンマフィアと大喧嘩。この時、マッコールは米国内にやってきた幹部暗殺者との死闘を制し、さらに、元上官の情報網を使ってロシア本国の大ボスも突き止め、きっちり片を付ける。という話が前作。今回はタクシードライバーとして働いていました。タクシーと言っても、流しのタクシーではなくて、Uberのような、アプリで呼び出される方式のタクシーでした。もちろん超強い。強すぎるのが本作の弱点か。敵も強くないとね……。
 演じたのは、前作同様Denzel Washington氏63歳。まあ、やっぱり演技派ですな、このお方は。大変カッコイイと思います。
 ◆マイルズ:マッコールが住むアパートに母と暮らす少年。青年というより少年……だよね? 兄はボクサーだったが、強盗に銃殺された過去がある。本人は、美術に興味があって、イラスレーターを目指したい、けど、いかんせん周りの連中がギャングどもで……まあ、マッコールと出会えてホント良かったね。演じたのはAshton Sanders君22歳。ああ、『Moonlight』の主人公の少年時代を演じてたのか。そうか、順調にキャリアを積んでるみたいですな。
 ◆スーザン・プラマー:マッコールの元上官で現役CIAオフィサー。結構高官のはずなのに、あんな現場に出張ることがあるのだろうか……。演じたのは、勿論前作同様大ベテランMelissa Leoさん58歳。すごいイイキャラだったのに、退場は残念ですなあ……。しかし、本来ならば、犯人たちに殺害を依頼した、真の悪党がいるはずなのに、そちらはまるでスルーなのが大変残念。そっちの話に膨らませればよかったのにね……。
 ◆ブライアン・プルマー:スーザンの夫。この人も元高官だったと思うけど、現在は引退している設定。そして演じたのは、前作同様Bill Pullman氏64歳。この人と言えば、もちろん『INDIPENDENCE DAY』のホイットモア大統領ですな。今回も前回も、まあチョイ役です。
 ◆ヨーク:今回の悪党。マッコールの元同僚。イイ奴と思ってたのにね……。演じたのは、『KINGSMAN:GOLDEN CIRCLE』でアメリカのステイツマン「ウィスキー」を演じたPedro Pascal氏。本作では、髭がなくてわたしは全然気が付かず、パンフを読んで初めて、あ、コイツは! と知りました。
 そして監督は、もちろん前作から引き続き、Antoine Fuqua氏52歳。Denzel氏の盟友ともいうべき監督ですな。お話としてはイマイチだったけれど、やっぱりアクションのキレは一流ですよ。さすがのFuquaクオリティだったとその点は称賛したいすね。
 とまあ、こんなところかな。
 
 というわけで、なんかもう書きたいことがないので結論。
 前作が大変気に入っていたので、さっそく観てきた『THE EQUALIZER 2』だが、まあ、そりゃカッコいいし、アクションのキレは抜群だし、それなりに面白かったと思う、けど、やっぱり脚本に難ありでしょうな……前作にあった、何やら文学的な香りはなくなってしまっていたし、そもそも、真のラスボスに至らない展開は実に物足りないと思う。しかし、全く物語に関係ない、短い「人助けの仕事人」エピソードは実に様になってましたな。うーん、なんつうか、基本キャラ設定がイイだけに、もっと面白くできたような気がしてならないすねえ……。まあ、結論としては2つあって、1つは、IMAXで観る意味はほぼなかったこと(ほぼ、であって全くではないけど)、そしてもう一つは、WOWOW放送待ちで良かったかな、とまあ、この2つです。以上。

↓ 確実に、前作の方が面白いす。
イコライザー (字幕版)
デンゼル・ワシントン
2015-02-11

 というわけで、本日2018年10月5日(金)、わたしたちが愛した漫画『鮫島、最後の十五日』の単行本コミックス完結巻となる第(20)巻が発売になりました。same_20_FINAL
 こちらは、さっき買った電子書籍版の書影であります。後ほど、本屋さんで紙の書籍を買ってくるつもりでありますが、まだ、紙版ではどんな帯がついているのかわからないです。買ってきたら、追記として帯アリVerもここに掲載しようと思いますが、どうかな、帯ナシもあり得るのでしょうか。まあ、お昼には買って来ますので、少々お待ちを……。
 って、まあ、誰も待ってないと思いますが、一応、最後の、無念の、未完結となってしまったこの第(20)巻の中身を紹介しておくと、収録されているのは第170話から第176話までと、週刊少年チャンピオン2018年第43号にて大特集された「追悼色紙」が掲載されています。残念ながら、この単行本第(20)巻ではモノクロでの収録ですので、やはり、それら色紙が巻頭カラーで掲載された、追悼号のチャンピオンは、わたしにとっては永久保存版ということで、大切に保管しておこうと存じます。なんか、シュリンクしとこうかな。いやいや、シュリンクしたら読めなくなるから、うーん、ジップロックのデカいのでも買って来て、入れてみようかしら……。
【追記:もう待ちきれず、今買って来ました。そしてカバーと帯を外してそれぞれスキャンして、Photoshop合成してみました。つうかですね、いいキャッチだと思うし、なんつうか、本の薄さがもの凄く悲しいす……ちくしょう、薄いじゃねーか! と妙に泣けるっすわ……というわけで、紙の単行本と帯はこんな感じでありました表1折り返しもイイし、帯表4の「空流」Tシャツ販売は、これは買えってことだと理解しましたので、今、即ポチって発注しました。これを着ていく場所があるか分からんけど……】
same_20_cover_fin


 はあ……というわけで、何度か号外として『鮫島』ニュースを書いてきましたが、これで、本当に書くことがなくなりました。
 「その後」に関する妄想記事も、実はそれなりに書いてみたものの、どうしても納得いくものが書けないし、これは技術的なことなので恥ずかしいのですが、PCブラウザでの閲覧を前提として、いろいろなメモを書いてみたところ、スマホで閲覧すると、レイアウトが超崩れるんすよね……何かそれもアレだし、やめておこうと思います。
 もし、ご要望があれば載せてみますが……まあ今のところは、これでお別れといたしたく存じます。

 佐藤先生、本当にありがとう。
 鯉太郎、ありがとう。
 さよならだけど、さよならじゃないぜ!

 ページをめくれば、いつでもまたみんなに会えるもんな。
 本当に、本当にありがとう!

 というわけで、結論。
 結論はもちろんこれしかないす。しつこいですが、もう一度叫びたいっす。
 いやあ、ホントに『鮫島』は最高っすね!
 そして、佐藤タカヒロ先生はマジ最高っす!
 以上。

↓ 本日発売であります! わたしは常に電子書籍で全巻持ち歩いております。
  

 恒川光太郎氏は、わたしが思うに、わたしが大好きなStephen King大先生に、日本の作家で最も近いテイストの作品を描く作家の一人、のような気がしている。その著作の全てを読んでいるわけではないけれど、新作が出ると、かなり気になるお気に入り作家の一人だ。
 というわけで、先日、わたしの愛用する電子書籍販売サイトBOOK☆WALKERにて、コイン還元率の高いフェアを実施してる時に、なんか面白そうな作品はねえかなあ、と渉猟していたところ、おっと、これはこの前単行本で本屋さんに並んでた作品だな、よし、じゃあ、読もう! と買ったのが、恒川先生の新作『滅びの園』という作品である。新作と言っても、2018年5月発売だから、もう半年近く前か、出版されたのは。
滅びの園 (幽BOOKS)
恒川 光太郎
KADOKAWA
2018-05-31

 わたしは読み始めて、何故かすぐに、この話、オレ、読んだことがある、と妙な感覚にとらわれた。その理由は実はいまだに謎なのだが、推測するに、どうもわたしは刊行されてすぐのころに、試し読みかなにかで最初の部分を読んでいたのだと思う。完璧忘れてたけど、それしか考えられない。そして、その時なぜすぐに買って読まなかったのか、その理由も全く記憶にない。もう病気かもしんねーな……この異常な記憶力の低下は。
 まあ、そんなわたしの若年性ボケはどうでもいいとして、物語はというと、結論から言うなら、大変面白かった。つうかむしろ、超面白かった! と絶賛したいぐらいだ。おまけに結構感動作でもある。そして、物語が提示するある種の「究極の選択」に、わたしは非常に心が痛くなったのである。なんつうか……つらいというか……まあ、この世のあらゆるものに関して、ほぼ興味を失いつつあるわたしとしては、どちらかというと主人公サイドの気持ちの方が心地よいというか、理解できてしまうように思うけれど、でもなあ……うーん……。と、読み終わっていろいろ考えてしまうわけで、読者に強烈な問いかけをする物語だということは言えるように思う。
 まずは、物語の構成をメモしておこう。本作は、6つの章からなっているのだが、そのページ分量は結構バラバラで、次のような構成になっている。なお、ページ分量はわたしが読んでいた電子書籍の書式によるもので、紙の単行本とは全然一致しないと思います。
 第1章 春の夜風の町:60ページ分
 第2章 滅びの丘を越えるものたち 80ページ分
 第3章 犬橇の魔法使い 12ページ分
 第4章 突入者 57ページ分
 第5章 空を見上げ、祝杯をあげよう。 13ページ分
 第6章 空から落ちてきた男 33ページ分
 とまあ、こんな感じなので、かなりバラバラでしょ、分量的に。どうやら本作は、元々は第1章、第2章、それから第4章と比較的長い3つはKADOKAWAから出版されている『幽』という雑誌に掲載されたものらしい(※『幽』が定期誌なのかムックなのか分からんす)。そして短い第3章及び第5、第6章が書き下ろしだそうだ。うーん、ひょっとしたら『幽』掲載時に第1話だけ読んだのかもな……。ともあれ、物語は、ある意味短編連作風でもあって、各章で登場人物が違い、全体の大きな世界観を描いた構成となっている。それでは、各章ごとの内容を、ごく簡単にまとめておこう。
 以下は、完全に核心的なネタバレに触れる可能性が高いので、ネタバレが困る方は以下は一切読み進めず、今すぐ退場していただきたい。ネタバレなしに感想は書けないので。
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 ◆第1章:春の夜風の町
 冒頭は外回り営業に心身ともに疲れ切った主人公の様子が描かれる。名前は鈴上誠一。彼は、ほんの些細なきっかけで、ふと電車を降りて、駅の外へ。するとそこは、見たことのない土地で、住民とも微妙に話が噛み合わない。自分がどうしてここで降りたのか、ここはどこなのか、そんなこともわからずぼんやりしていると、電車にかばんを置き忘れたことに「あっ」と気付く。しかし、勤める会社は完全ブラック企業で、ああ、どうしよう、これはまたこっぴどく罵倒される……なんてことを思った時、誠一は、「もういいや」と頭の中で糸が切れ、「このままどこかに消えてしまいたい」と思うに至る。そしてとぼとぼと町を散策すると、そこは誠一にとって妙に居心地がよく、いろいろな「?」がありつつも、住民たちに溶け込み、そこで生活を始めるのだがーーてなお話で、誠一の感覚では6年が過ぎてゆき、その間、誠一はすっかりその謎世界の一員として生活し、友達も出来て、さらには結婚、そして子供までできる。ちなみにわたしは、ま、まさかこの世界は恒川先生の『スタープレイヤー』のあの世界なのか!? とドキドキしたけど、全然そんなことはなく、単にわたしの先走り妄想でした。
 で、幸せが誠一を包み、何の不満もなかったのだが、この謎世界には「魔物」なる存在がたまに出現し、それを住民たちが協力して退治していた。そしてある日、「人間型の魔物」が誠一の前に現れ、驚愕の事実を誠一に告げるのだった――という展開となる。
 まあ、ズバリ言うと、この謎世界の秘密、というか事実、は、明確に説明される。なんでも、地球上空に「未知なるもの」なる謎の存在がやってきて、そこから地表に「プーニー」と名付けられた、白くてスライム上の謎生命体が蔓延し、人類は滅亡の危機にあると。そして主人公の鈴上誠一は、理由は不明だけど、「未知なるもの」のコア(核)に取り込まれていることが観測の結果判明したらしい。そして誠一の前に現れた「人間型の魔物」は、誠一に、核の破壊を依頼しに来たというのだが……その正体はーーというラストに至る。
 問題は、そこで誠一が下した決断はーーということになるのだが、おそらくわたしも、誠一同様の選択をしただろうな、と思う。ま、だからこそ面白いと思ったし心に響いたわけですが、「現状の自分の幸福」を取るか、「将来の人類の幸福」を取るか、そしてこれは両方を同時に選べるものではなく、どちらかを選べば、一方は破棄されるという、サンデル教授的な「強制的な二者択一」である。
 わたしは「どちらがより善」なのか、というよくある哲学問答には、実際のところほぼ興味がない。いわゆる強制的な二者択一、という状況はほとんどが机上の空論であるし、第3の選択、第4の選択、第5の選択、そういった可能性を探るべきだと思うからだ。
 たしかに、ある程度普遍的な「善」なるものが存在するのは間違いなかろうと思う。しかし、その普遍的な善なるものが、自分自身の犠牲を強いるものであった時、それに背を向け、自らの幸福を求めて何が悪いというのだろう。わたしが誠一の立場だったら、まず間違いなく、誠一と同じ選択をしただろうと思うし、それをけしからんと思う人がいるとしたら、その人のことはとても信用する気になれないすね。嘘くさいすよ、自分が犠牲になることを強いるなんて。
 そりゃもちろん、犠牲の程度にもよるだろうし、かかっているものへの愛着?にもよるだろうと思う。わたしだって、今わたしが命を投げ出さねば、愛する者が死ぬ、とかいう状況で、どんなに考えても万策尽きたなら、そりゃもう、命をなげうつのにためらうことはないだろう。でも、誠一の状況はそうじゃあない。なにしろ、誠一は、完全にかつての人類生活を嫌悪し、何の未練もないのだから。要するに誠一にとって、もはや人類は救う価値がないのだ。そこにわたしは、妙に共感してしまったわけで、これは普通の読者なら、誠一の決断は断じて認められないのかもしれないな……という気もする。でも、残念ながらわたしには、人類に救う価値があるとはあまり思えないでいる。誠一ほど、まだ精神がイッちゃってないという自覚はあるけど、ま、実際、ほぼ何の未練らしきものはないすね。こんな感じで、第1章は「選択」を行った誠一の物語が語られて終わる。
 ◆第2章:滅びの丘を越えるものたち
 で、第2章である。今度は、「未知なるもの」がいかにして地球に襲来し、「プーニー」がどのように地球上で増殖していったのか、が「私」の目を通じて語られることになる。ここで事件を物語る「私」は、初登場時中学1年生の女子、相川聖子さんだ。ここでの物語でポイントとなるのは、「プーニ―」への耐性が人によって違っていて、弱い人はもう近づくだけで感染(?)し、自らもプーニ―に同化して死んでしまうのに対し、強い耐性を持つ人もいて、その耐性が検査によって数値化されているという点だろう。耐性100以上がAランク(※最弱のランクDが耐性0~10。100以上というのはかなり数値的に大きい)という中で、相川さんの耐性はなんと400越え。この数値だと、相当なプーニ―に囲まれても平気なレベルであるため、世がプーニ―に溢れ、対プーニ―処理班が結成されると、相川さんは中学生ながらスカウトされ、プーニ―処理の仕事を行っていくことになる。
 そしてこの第2章で描かれるのは、やっぱり人間の醜さ、と言ってもいいだろう。耐性の強い人への嫉妬が世を覆っていくのだ。しかもあからさまではなく、裏でコソコソと、である点がホント嫌になる。相川さんはその嫉妬の対象になっても、あまり動じないメンタルで、実に性格付けが面白い。これは相川さんの中1~成人過ぎまでの時間軸で描かれているのだが、相川さんの言動はかなりぶっきらぼうというか、どうも、あまり執着を持たない人物のようだ。ただし、あくまで「あまり」であって、「全然」ではないのもポイントで、ある意味人間らしいとも思える。
 そしてこの第2章では、プーニ―への耐性の強い人間には、プーニ―を操る能力が発現する可能性も描かれていて、相川さんは救助作業中に、とある「プーニ―使い」の男と出会う。その男、野夏 施(のなつ めぐる)は、相川さんよりもさらに強い、耐性500レベルだったのだが、自分の能力が発現したばかりの頃は、プーニ―の操作をミスって、何十人もの死者を出してしまったのだとか。それゆえ、野夏の存在が世に知られると、世論は「けしからん! 人殺しじゃないか!」と糾弾する人々と、「素晴らしい! せひその力でプーニ―を処理してくれ!」と救世主的に持ち上げる人とに分かれてゆく。なんか、すげえありそうな話ですよ、これは。そして第2章は、野夏の身に起きた事件で幕が下ろされるのだが、まあ、なんつうか、読んでいて実に残念に思ったし、やっぱり人類は救う価値なんてねえんじゃねえかなあ……と軽い絶望を禁じ得なかったす。
 ◆第3章:犬橇の魔法使い
 この章はとても短く、ある意味で幕間的なものだ。ここで描かれるのは、第1章の後の謎世界での誠一の様子で、さらに、第2章の野夏が謎世界にやってきて、誠一と知り合う様子が描かれる。
 ◆第4章:突入者
 この章では、再び地球上の話だ。人類の研究によって、「未知なるもの」がどうやら別の次元に属していて(それゆえ謎世界の誠一の感じる時間の流れと地球の時間はまったく違っていて、誠一は6年と感じていたが地球では20数年時が経っている設定)、「未知なるもの」の観測が進み、最初はモノを、そして次の段階ではヒトを「未知なるもの」へ送ることが可能となる。そして、その次元なんとか装置で送り込まれた人を地球では「突入者」と呼び、完全片道切符だけど人類の英雄として称賛されていることが語られる。そしてプーニ―耐性が強い突入者ほど、自らの姿を保ったまま謎世界で存在できるようで(耐性値が低いと謎世界では人間の形状ではなくなる)、第1章で誠一の前に現れた「人間型の魔物」こそ、人類が送り込んだ「突入者」であることが明らかになる。
 で、この第4章でのメインは、耐性500オーバーの大鹿理剣(おおしか りけん)という少年が突入者となって送り込まれるまでのお話だ。しかし……なんつうか、ここでも、嫌になるぐらい人間の醜さが描かれてゆく。耐性値の高い人間への嫉妬、あるいはクソ野郎の父親など、とにかくまともな人間の方が少ないぐらいの印象だ。そしてこの章のラストで、理剣は突入者となって派遣され、そのままの姿で謎世界で再構成され、さあ、夢の世界をぶっ壊すか! というところで終わる。
 ◆第5章:空を見上げ、祝杯をあげよう。
 この章は再び相川さん視点で、「未知なるもの」が崩壊し、地球が救われるまでの模様が描かれる。
 ◆第6章:空から落ちてきた男
 最後の章は、エピローグ的な物語だ。ここでは、「未知なるもの」崩壊後、空から落ちてきた第1章の主人公、誠一のその後が描かれる。そして誠一視点での、魔物=突入者との最終決戦も語られるのだが、何とも実に悲しいお話であった。しかし、世論としては、またしても「誠一は被害者で、責められるべきではない」とする意見と、「事件の元凶だ、許すまじ!」という意見に分かれるという様相を呈してしまう。
 誠一はラスト近くで、人類を「下劣で醜い生物」と断じる。ま、実際のところ、今の人類は、ごく少数の声のデカい奴が世論を動かし、自分に甘く他人に厳しい連中が常に人を貶めようと隙を狙って攻撃してくるし、闘争に明け暮れ、殺し合いに余念がないわけだから、わたしも、主人公による「人類=下劣で醜い存在」だという断罪にはかなり同意したいようにも思う。
 しかし、そうはいっても、自らもその人類の一員であることは間違いなく、さらに言えば幸福が何らかの「犠牲」のもとにある、とか言われたら、うーん……やっぱりその犠牲に対して、そんなの知るかとほっとくことも出来そうにないだろうな……。なので、どうしてもわたしは誠一サイドに共感してしまう一方で、相川さんや野夏、理剣の行動も十分理解できるし、彼らを善悪の強制的な二者択一で評価したいとは全然思わない。
 おそらく、わたしがこの物語を面白いと思ったのは、実のところキャラクターたちの言動というよりも、キャラクターたちそれぞれが「納得」をして行動しているその姿そのものにあるのではないか、という気がする。もちろん彼らも葛藤する。しかしその葛藤は、「納得」をへて行動に移ってゆくわけで、そこには極限状態であっても、強制されない自由な人間の心があって、その点にわたしはグッと来てしまったのではなかろうか。
 なんつうか、描かれている事件そのものは完全ファンタジーだけれど、一方で描かれる人間の心情は極めてリアルで、そういう点でも、やっぱり恒川先生はKing大先生に通じるようなものがあるように思えますな。いやはや、大変楽しい読書時間を過ごせました。ズバリこの作品は、オススメであります!

 というわけで、なんか同じようなことばかり書いてるしクソ長いので結論。
 わたしのお気に入りの作家の一人である、恒川光太郎先生の新作『滅びの園』を読んでみたところ、実に興味深く、非常に考えさせる物語で、わたしとしては実に面白かったと絶賛したい気分であります。まあ、映画だとこういった「人類共通の敵」のようなものに対して、国家を超えて人類が団結する、みたいな話や設定が多いけれど、わたしはひそかに、そんなことにならないだろうな、と思っている。常に利害が対立して、意志がまとまることなんかないのではなかろうか。もちろん、それが悪いと言いたいのではなくて、まとまることはなくても、どういうわけか、全体としてみると、よりよい善にいつの間にか向かっている、という作用が人類には働くような気がしますな。無責任に言うと、なるようになる、ということかな。いや、そうじゃないな、なるようになっても、何とかなる、というべきか。つまり、どんな状況に陥っても、意外と受け入れられちゃう、あるいは慣れてしまう、ということで、そこに至るまでにはおそらく厳しい選択によって弾かれる人も多いだろうけど、まあ、それが淘汰ってやつで、適者生存なんでしょうかね。何が言いたいかもうさっぱりわからなくなってきたので、以上。

↓ そういやこれも読んでないな……と思いきや、これは双葉社から出ていた作品『金色の獣、彼方に向かう』を改題して」出し直したものだそうです。なーんだ。
異神千夜 (角川文庫)
恒川 光太郎
KADOKAWA
2018-05-25

 今日は1日、ファーストデーということで、会社帰りに映画を観て帰るか、という気になった。わたしが今日選んだのは、1年ぐらい前にUS版の予告を観て、おお、こりゃあ面白そうだ、と大変期待していた『A QUIET PLACE』という作品である。どんな映画か、この予告を見てもらった方が早いだろう。

 あーーーこりゃマズイな、相当な予告詐欺だ。わたしが観たのはUS版で、余計なナレーションや、デカデカとした下品な字幕なんかはついてなかったので、もっとスタイリッシュだったのだが……ま、仕方ないか。
 どうやら物語は、何らかの謎の存在がいて、そのために地球は荒廃しているらしい。そしてどうやらその謎の存在は音を感知して襲ってくるらしい。しかもヒロインと思われる女性は妊娠している! これで音を立てないでいられるわけがなく、コイツはヤバいぜ!? とわたしは予告を観て、相当ドキドキしたわけで、日本公開を楽しみにしていたのである。
 で、さっそく観てきたわけだが……結論から言うと、相当ツッコミどころが多く、正直ガッカリというか、なーんだ、これならWOWOW放送を待てばよかったわ、という残念な感想を持つに至った。
 なので、以下、重大なネタバレやネガティブ感想のオンパレードとなる可能性が高いので、まだ観ていない方や、すげえ面白かった! と思った方は、以下は読まず、退場してください。楽しかったと思う気分を台無しにするのは本意ではありませんので。

 さてと。
 もう物語は説明しないが、わたしが思うのは、やっぱり主人公は頭がよく、ピンチになっても対応策をちゃんと考えておいてほしいわけです。そして、きっちり基本的な設定は詰めておいてほしいのです。観ながら、えっ、じゃあ、アレすればいいんじゃね、とか、これってどういうこと? とか、思わせてほしくないのですよ。そういう意味で、設定はかなり穴だらけであったと思うし、残念ながらキャラクターもかなり抜けていて、あまり物語に没頭することができなかったのである。
 まず、そもそも一番の問題点は、その謎の存在に関する設定が、もうツッコミどころ満載な点にある。劇中での説明によると、メキシコだったかな、謎の隕石が落下してきて、そこから謎生物が地球に蔓延し、人類を駆逐?したというものだ。そしてそれから約1年後、が描かれている。
 しかし、ズバリ言えば、現代の地球のテクノロジー及び軍事力をもってすれば、そんなことには100%なり得ないだろう。というのも、その謎生物が意外と弱いし、設定的におかしいからだ。というわけで、劇中で描かれていた謎生物のポイントを列挙しておこう。以下の点は、恐らくは誰だって気になるし、人類ならば遭遇から1カ月もあればその生態?を把握できているはずだと思う。間違いなくサンプル捕獲に成功するだろうし。
 ◆視覚器官をもたない
 ま、そのために音に超敏感だ、という設定である。しかし、敏感とはいえ、上記予告にあるような「音を立てたら即死」では全然ない。だって、普通に極小の足音立てたり、意外と音立てまくってたっすよ? そもそも、理由は不明だが、自然音(川のせせらぎとか風にざわめく木々の音だとか)に関しては、謎生物は全く反応しない。一方で、人間の話し声や、ガラスが割れる音なんかには反応してくるのだが、その音がしてから、むむ、なんだ今の音は? みたいに反応して寄ってくるので、ちっとも即死じゃないし、ごまかして回避することも可能だ。
 そもそも、視覚器官をもたず、聴覚のみで生きる生物がどのくらいいるのか、わたしは全然知識はないが、もしそんな生物がいたら、残念ながら食物連鎖的な頂点には立てないのではなかろうか。ほかの捕食者に余裕で捕まるぞ。いわんや人間をや、である。確実に人類なら対処可能だと思う。わたしはまた、エコーロケーション的な、音響の反射で対象物の位置や形を察知しているのかと思ったが、どうもそうでもなさそう。そんなことでは、音に反応しても、そっちにまっしぐらに行くしかなく、木にぶつかったり、まっすぐ進めないと思うのだが……それに、落とし穴とかも有効だろうし、はっきりいって、いくらでも対応策はありそうだと思う。もし、エコーロケーションや熱源探知的な能力を持っているとするならば、むしろそれを利用した罠も仕掛けられるのではなかろうか。作中では、器用に階段を下りたりしてるけど、どうやって障害物を感知し、よけるのか、という点に関する説明は一切ナシ、であった。アレでいいのかなあ……。
 ◆鎧のような固い外皮に覆われている
 なので、銃などは利かないという設定だったのだろうとは思うが、あのですね、現代テクノロジーと軍事力をなめんなよ! 人類はこんな謎生物に駆逐されるほど弱くないすよ。これは間違いなく断言できる。ラストのケリの付け方も、まるで普通の散弾銃でバーンだもの。散弾銃でやられる生物にUS-ARMYやUS-MARINE CORPS.が負けるわけないと思う。ガッカリしたわ……。わたしだったら……そうだな、音の罠を用意して、ひらけた土地におびき寄せて、10トントラックで100㎞/hぐらい出して、正面から轢き殺すしてぶっ潰すかな。音に寄ってくるんだから、それでイケるんじゃないかしら。
 ◆そもそもどのぐらいの個体数が?
 これは分からない。けど、そこら中にうじゃうじゃ、ではなかったのが意外。人類がやられるとしたら、それこそ人類以上の大多数でやってくる、ということしか考えられないが(=次々とキリがなく駆除が追いつかないなら、人類がやられる可能性はある)、全然そんなことなかった。なので、数がそれほど多くないためか、音を立ててから襲ってくるまでのタイムラグがそれなりに長いので、余裕で対処できるだろうし、罠にもかけられると思う。
 ◆で、謎生物は何のために人間を襲うの?
 正直良くわからないのだが、プレデター的なハンターでもなく、人間を食べるというものでもなさそう。この辺はわたしにはよくわからなかった。しかし、仮に食用だとしたら、人間より先に動物を襲うだろうな……一応、作中では動物はもういないし、1回だけアライグマっぽい動物が襲われるシーンはあったが、捕食している姿は明確に描かれていなかった。なんなの? なんで襲うのか、よくわからん。おまけに、食用として人間をハントしているとしたら、作中の様子では、人間がもうほぼいないんだから、謎生物は餓死するぞ。
 ◆弱点は?
 わたしだったら、音に敏感であることが判明した時点で、スタングレネードを使うだろう。耳が良すぎるなら、音で攻撃してやりゃいいのに。そして一瞬でもスタン状態にさせられれば、いくらでも反撃可能だと思う。一応本作では、高周波? なのかな、可聴音域だったので超音波ではないと思うのだが、とにかく、キーーーンという音で謎生物が悶絶するシーンがあって、まあ、そりゃそうだろうな、と誰でも考え付く弱点を示していたのが、もう驚くというか、笑ってしまった。そこに気が付かないわけがないと思うけどな……。
 というわけで、わたしは観ながら、なんで? どうして? という謎に頭が占められてしまい、おまけにキャラクターたちの、はあ??? という行動に、イライラしっぱなしであったのである。以下、キャラクターと演じた役者を紹介しながら、その行動にツッコミを入れておこうと思う。なお、キャラクターには明確に名前はあったと思うが、全く記憶に残らかなったので、メインの家族のお父さん・お母さん・娘(お姉ちゃん)・息子(弟)としか書きません。
 ◆お父さん:残念ながら一番の愚か者。お父さんの愚かなポイントはもう数多く、その筆頭が、こんな状況で嫁を妊娠させたことに尽きると思う。お父さん、あんたさ、もうちょっと考えてSEXしなよ……本作は、冒頭で87日目に起きた、末っ子の次男を亡くす悲劇が描かれ、すぐに476日後(※87日とか476日はうろ覚えなので、正確には違ってたかも)に時間が飛ぶ描写になっている。何が言いたいかというと、明らかに冒頭の悲劇の後で妊娠したわけで、わたしはもう、何を考えてんだ……出産を無音でできると思ってんのか!? おぎゃー!と泣かない赤ん坊がいるとでも思ってんのかこのおやじは! とあきれるしかなかったすね。ちなみに、本作を観た方しか通じないと思うけれど、わたしが思うお父さんの愚かポイントは、末っ子をちゃんとしつけなかったこと(末っ子が死んだのは父親がちゃんと見てなかったせいだと思う。あんなガキを最後尾に歩かせるのもアウト)、息子に花火を点けさせに派遣したこと(わたしならレッドライト点灯で事態を察し、息子を安全な場所に隠して自分で花火を点けに行くだろうな)、それから水出しっぱなしに気が付かなかったこと(あれはもう気が付かない方が変)、です。地下室は、一応防音ルームという設定だったのだろうか? 子供たちが家の壁に紙を張り付けている描写があったけれど、アレは地下室じゃないよな……ううむ……安心できるシェルターとして、防音ルームは絶対作るだろ……常識的に考えて。そして死にざまも相当残念だったすね。演じたのは、なんと監督脚本も担当し、おまけにお母さんを演じたEmily Blunt嬢の本当の旦那であるJohn Krasinski氏。38歳か、若いんだな……。わたしはこの人の顔見て、あ、コイツ、『13HOURS』の主役のジャックじゃねえか! とすぐ見分けがついた。わたしとしては、「音を立ててはいけない、音を立てたら謎エイリアンが襲ってくる!」というネタは素晴らしいアイディアだと思うけれど、まあ、残念ながら、一発ネタだったようだ。もうチョイ、細かい設定を詰めてからにしてほしかった。キャストも最小限、セットやCGも最小限にして、低予算(1700万ドル≒19億。ハリウッドでは相当低予算)でこのクオリティを作り上げた手腕は称賛したいけれど……脚本がアカンかったと思う。
 ◆お母さん:えーと、お母さんはとりわけ変なところはなかった、と思う。けど……聾唖の娘をほったらかしちゃあ、アカンでしょうな……。わたしは予告を観た時、出産が物語のクライマックスなんだろう、と勝手に想像してたけど、全然違ってました。演じたのは、監督脚本主演のKrasinski氏の本当の奥さんであるEmily Blunt嬢35歳。このお方は美人だけど……いつも思うけど……大変失礼ながら35歳には見えないすなあ……45歳と言われた方がしっくりくるような……。
 ◆娘(お姉ちゃん):お姉ちゃんは、聴覚障害があって補聴器を着用しているので、そもそも音が聞こえないのだが、彼女は勇敢で、物語で一番しっかりして頭もよかったと思う。冒頭で、幼い弟(次男)が襲われたことに責任を感じているため、ずっと表情は険しく、大変な熱演だったと思う。演じたのはMillicent Simmondsちゃんで、なんと彼女は本当に聴覚障害をお持ちだそうで、だからこその熱演だったのだと思うと、賞賛の拍手を送りたいすね。15歳?なのかな。美人に育つのだぞ……!
 ◆息子(弟):この弟は、冒頭で襲われた弟のお兄ちゃんで長男。彼もとりわけ責められる点はなく、お父さんがアレじゃあ、苦労するわな……というけなげに頑張る弟でした。君もおとがめなしです。演じたのはNoah Jupe君。2005年生まれだそうで、君もイケメンに育っておくれ……あ、この彼は『WONDER』にも出てたんすね。観たかったけど見逃したんだよなあ……。。
 とまあ、こんな感じで、要するにわたしはお父さんがアホすぎてイラついてしまったようだ。やっぱり、どう考えても、いろいろとナシ、だと思う……。そしておそらくわたしは、観ながら、オレだったらこんな謎生物にやられはしない! という、ある種の怒りを感じてしまったのだと思う。それが口だけ詐欺なのはもちろん承知しているけれど、でも、やっぱりですね、屈強な軍人たちなら、こんな連中に負ける訳がないと思うな……そういう意味でのリアリティが感じられず、ただ単に、ヤバイ状況だけを設定して、ハラハラさせるだけの映画だったな、とわたしとしては思ったのである。撮影や演出は、実のところかなり上質で、クオリティは高いのは間違いないけれど……まあ、脚本すね、問題アリなのは。

 というわけで、もう書いておきたいことがないので結論。
 大変期待して観に行った『A QUIET PLACE』は、かなり期待を下回る、ガッカリ作品であった。予告はとてもいい出来だったのに、残念ながら一発ネタだったようだ。これはいわゆる「ソリッド・シチュエーション」モノに分類できるように思うが、やっぱりですね、状況の設定が甘すぎですよ。端的に言うと、謎生物の生態について、もっとキッチリ決め込んでおいてほしかった。キャラの行動も、なんで? と思わせないでほしい。数多くの「うっかり」が原因でピンチに陥る物語は、どうしても観ていてイライラしてしまうと思う。ホント、ネタとしては大変面白そうなプロットだったのに、実に残念です。ただ、US本国では1億ドル以上稼いだそうだし、全世界配給では3億ドルを超えている大ヒット作品なので、わたしのように感じてしまったのは少数派なのかもしれないす。ま、わたしもその興収に貢献しちゃったわけですが。結論としては、こりゃあWOWOWで十分だったす。以上。

↓ これは観たかったのだが……見逃してしまった……WOWOW待ちっす……。

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