もうかなり記事も多くなってしまったので、目次を作った。なお、一番上に固定するために、日付を2025年と適当にした。記事は以下のような分類なので、興味のあるカテゴリーがあればどうぞ。
00_メモ
  └002_PCガジェット類
  └003_旅
  └004_チャリ
  └005_TV番組
  └006_街と店
  └009_どーでもいいこと
01_書籍
02_映画
  └021_洋画
  └022_邦画
  └031_宝塚歌劇
  └032_劇団四季
  └033_東宝帝劇系ミュージカル
  └034_ブロードウェイ
  └035_ストレートプレイ
  └041_絵画アート系
  └042_博物歴史科学系 
 基本的に、オレの、オレによる、オレのための備忘録なので、他人が読んで面白いのか全く不明です。アクセスログによると、今や7割方がスマホからのアクセスですが、PCブラウザでの閲覧を想定してますので、毎回くっそ長い駄文です。書く時にわたしが思ったことを書き連ねているだけなんで。サーセン。 

 はあ……もう読み終わって2週間。余韻がいまだ抜けないですなあ……。。。
 なんのことかって!? そんなの『十二国記』の話に決まってるでしょうが!!
 と、半ばキレ気味に、とうとう読み終わってしまったシリーズ最新刊『白銀の墟 玄の月』(1)(2)(3)(4)について、思ったことや考えたことをまとめようと存じます。
 しかし、ああ、くそう、なんて幸せな読書時間だったんだ……それが終わってしまって、大変な喪失感ですよ……そして内容的にも、絶望から希望への期待、そしてあとはもう、一気に行くぜ、からの、超絶な絶望への突き落とし、そして終局へ、という山あり谷ありの激しい展開には、本当にもう、何て言えばいいのかな……結論としてはやっぱり、最強最高のエンターテインメントだったな、ということになるのかな……はあ……もう、ずっと読んでいたかったよ……。
12koku
 というわけで。先月、(1)巻(2)巻の発売日は前回書いた通り、台風に襲われて近所の本屋さんは軒並み臨時休業と相成り、やむなくわたしは翌日やっと手に入れたわけだが、今回の(3)巻(4)巻は、わざわざ07:30開店の上野駅構内のブック・エキスプレスまで発売当日の朝に買いに行き、07:31からむさぼるように読み始めた。結果、(3)巻をその日のうちに読み終わってしまい、(4)巻は、ちょっと落ち着つけオレ! と言い聞かせたものの、我慢できず2日で読み終わってしまった。
 構成をまとめるとこんな感じだったように思う。
 ◆(1)巻:「起」であり、物語の始まり
 ◆(2)巻:「承」であり、数々の謎投入&まさか?的な軽い絶望も
 ◆(3)巻:「転」であり、ついに主要メンバー集合、反撃だ!的希望にあふれる
 ◆(4)巻:「結」であるけど、残り100ページぐらいですべてがパーになり、うそでしょ、ど、どうなるんだよ!? 的な深い絶望とハラハラ感を抱かせつつ、結末へ!
 てな感じで、まあとにかく、(4)巻がヤバかったのは、読んだ方なら全員が同意してもらえるのではなかろうか。わたし、マジでバットエンドもありうるのか!? と超・超・絶望しちゃったす。
 読み終わった今となっては、そんなハラハラを味わわせてくれた物語に深く感謝しつつ、やっぱり十二国は最高だな! と能天気に思うわけだが、わたしが思うに、本作の最大の問題は、【誰が一番悪いんだ?】ということに尽きるのではないかと思う。実はこの2週間、読み終わってからいろいろなことを書いては消し、書いては消し、と試行錯誤してきたのだが、やっぱりわたしが一番考えてしまったことは、いったい誰が一番悪い奴だったのか、ということだ。なので、もうそのことだけに集中して、備忘録として記しておこうと思う。
 【阿選と驍宗さま】
 本作では、これまでの「十二国記」シリーズで最大の謎とされていた、阿選の謀反と驍宗さまの失踪についての謎が明かされるわけだが、(2)巻を読み終わった段階では、実は阿選は謀反を企んだのではないのかも? そして驍宗さまはマジで逝っちまったのかも!? とさえ思っていた。
 が、ズバリ言うと阿選の謀反は真実で、驍宗さまもちゃんと生きてました。
 そして阿選の謀反の動機としては「嫉妬」それから「怒り」と「絶望」のようなものがキーワードとして挙げられている。
 「嫉妬」と「怒り」そして「絶望」……自らが対等のライバルと思っていた驍宗さまが王座に就いたことへの嫉妬。そしてその「怒り」と「絶望」が阿選をして狂わせた、というのが解答だったわけだが、この嫉妬心を、にんげんだもの、しょうがないよ、と読者が思えるかどうかが問題だろうと思う。わたしとしては、わからんでもない、けど、正直なところ、ほんの若干、納得はできないでいる。
 たしかに、自分が同等と思い、自分がライバルだと思ってた奴がいて、さらに言うなら、ちょっとだけ俺の方が上だぜ? と思っていたのに、先に出世し、なおかつ、永遠に自分はその地位に昇格できない、と決まってしまったら、もうそれは深く真っ暗な絶望の闇に落ちてしまうだろう、と想像はできる。わたしも確かに、そんなことが今までの会社員生活でなかったとは言えないし、ちくしょうと思った経験はある。たいてい自分とは別の部署の人事に対してだったけど。
 しかし、わたしの場合で言うと、そのライバルの昇格を決めた上司や社長に対して、怒りを感じることはあっても、そのライバル自身に何か嫉妬を感じることは、あまりなかったような気がする。いや、そんなことないかなあ……後で逆転して、ざまあとか思ったりしたもんな……てことはやっぱり、嫉妬してたのかもしれないな……。まあ、わたしなら、追いつき、抜くことが「永遠に不可能」だと言われてしまったら、そんな会社は辞めますね。そんな天には従わない。仕える天は自分で決めるだろうな。
 しかし、阿選は驍宗さまを王とした「天」に対して、それを無条件に受け入れるしかない身だ。わたしのように「天」に従わず、別の「天」を求めることもできない。そこが阿選の悲劇であり、「十二国」最大の特徴だろう。そう、「十二国」世界の「天」は、我々の言ういわゆる「神様」のような、実体のないものではない。「十二国」世界には、明確に「天」が存在しているのだ。その「天」は、人間には何も声を届けない。
 そういう意味では、いわゆる「神の沈黙」に近いものがあって、なんでだよ、どうしてだよ! というような、人間がどうしても感じてしまうある種の不条理に対して、十二国世界も、我々の世界も、具体的な救いがないのが、人間にとって、そして読者にとって、とてもつらいのである。
 この点で、阿選は天の犠牲者とも言えるのかもしれない。なぜ自分が選ばれなかったのか。それを知ることができて、納得できていれば、悲劇は起こらなかったかもしれない。
 とはいえ、いずれにしても、阿選の謀反によって、数多くの罪なき民が苦しみ、亡くなっていったという結果を見れば、やっぱり阿選はもう、悪い奴、と断じるほかないだろう。阿選に同情して許せるほど、被害は全く軽くないわけで、阿選=悪党の図式は崩しようがないと思う。おまけに、謀反自体の心情を汲んだとしても、クソ野郎の烏衡を使ったり(→それが阿選最大のミス!)、無能な張運に冢宰を任せて、6年間引きこもっていたりと、罪状をあげるときりがないのは、読者ならだれでも感じたことだろうと思う。阿選……国を出て、いざというときに駆け付けるカッコイイ男であってほしかった……。
 そして。一方で、驍宗さまはどうだろうか。
 被害者として、おとがめなしで、いられるだろうか? 
 わたしとしては、どう考えても、驍宗さまにも非があったと言わざるを得ないと思う。それは、王としての器にかかわるぐらい、大きな問題だ。
 驍宗さまが王座に就いた手続きにおいては、実は阿選に対して、一緒に昇山しようぜ、と誘ってすらいたわけで、公平だったのは間違いない。けど、やはり、驍宗さまには、他人の心への配慮、のようなものが足りなかった、あるいは無頓着?だった、と言わざるを得ず、事件の要因の一つであったと考えるべきだろうと思う。TOPたる者、残念ながらすべての結果に対して責任を負う義務があるわけで、わたしとしては驍宗さまを悪党とは言わないけど、やっぱりおとがめなしには到底できない。今回は登場&復活してもほぼ全く活躍できずでしたが、まあ、今後の永い治世で、今回の事件の責任は善政という形で民に施してほしいです。今回亡くなった人々が多すぎて、ほんと悲しいす……どうか驍宗さま、彼ら彼女らの魂を弔ってください……。
 【琅燦と「天」】
 とまあ、阿選と驍宗さまは、ある意味では「人間」に過ぎず、嫉妬やミスや欠点は、そりゃあ、にんげんだもの、あったんだろうことは想像できるわけだが、問題はやっぱり、「王を選んだ存在」=「天」だ。
 「天」の意思は、例外を許さない(?)明確なルールに則った「システム」として機能している。例えば、十二国世界では、他国へ軍事侵攻はできない。もしそのルールに反してしまうと、王は「急にぶっ倒れて死ぬ」ことになる。ほかにも、2代続けて同じ姓の人間が王になることはない、というルールなんかもあって、いろいろ、誰が決めたかわからない謎ルール=天の理なるものが存在している。そしてそれは、完全に「自動的に」機能しているのである。
 そこには、「何で?」という疑問をさしはさむ余地は一切なく、誰も「天」に疑問を投げかけることはできないのだ。なぜ、あいつを王に選んだのか? なんてことは、一切、問いただすことはできない(※裏ワザとして、これは大丈夫ですか? と問い合わせるルートはある)。
 しかし、わたしには「沈黙する天」が悪いとはあまり思えない。なぜなら、おそらく天なるものは、人間の尺度で測れるものではないからだ。良いも悪いもなく、十二国世界の人間たちはその意思を受け入れざるを得ず、そのルールの下で生きるしかないのだから。なので、阿選はそんな「天」に対する反逆を起こしたとも言えるわけだが、それで数万の民を犠牲にしていいわけがない。ゆえに、阿選はやっぱり悪党としか言えないと思う。思うのだが……問題はやっぱり琅燦だよ。
 わたしの結論は、今回の物語で、最も罪の重い悪は、琅燦だ。
 琅燦の意図は、突き詰めて言えば「天への実験」であったのだろうと思う。阿選はその実験台にされてしまったのだ、というのがわたしの結論だ。明らかに琅燦は、阿選のくすぶる心に油を注ぎ、火を焚きつけた張本人だ。琅燦には全くそのつもりはなかったとしても。
 琅燦こそが、阿選は絶対に王になれないことを阿選に教え(=驍宗さまと同じ姓なのでアンタは王になれないとズバリ教えた)、阿選の絶望と嫉妬をより深め、行動させた張本人であろう。あまつさえ、阿選の謀反にいろいろと手を貸している(たぶん妖魔の使い方とかも教えている)。どう考えても、琅燦が身近にいなければ、阿選は反逆することはなかったはずだよね、きっと。
 そもそも、たぶん普通に読めば玄管=耶利の主公=琅燦なんだろうけど、じゃあなんで、阿選に妖魔の使い方教えたりしたんだよ!! すごくしっくりこないというか、わたしとしてはいまだに、玄管=耶利の主公はいいとしても、それが琅燦だったとは認めたくない気持ちです。ひどすぎるよ!
 琅燦……ホント、わからんわ……この人は。

 とまあ、読み終わって2週間も経っているのに、いまだ上記のようなことをくよくよと考えてしまうわたしであります。ホントはほかにもいっぱいあるんすよ。あのキャラのこと、このキャラのこと、いろいろ語りたいのだが、もういい加減長いので終わりにします。
 でも一言だけ! 「鳩」!! 鳩が阿選の放った妖魔だったというのは、いいよ、それはよく分かった。でも、せめて駆除したら魂を抜かれた人間は正気に返る設定であってほしかったすねえ……! あの鬼設定は悲しかったよ……。。。恵棟と帰泉の二人は本当に気の毒でしたなあ……いい人だったのに……飛燕の最後も泣けたっすねえ……ご主人さまの李斎を守り抜いて逝ってしまうなんて悲しいよ……。それから朽桟や鄷都のラストも泣けました……。ホント、多くのキャラクターが逝ってしまって悲しいす……。
 あと、どうしてもわからなかったのだが、(3)巻で登場した「博牛」はいったい何者だったのでしょうか……。わたしは博午こそが臥信、あるいは剛平とか基寮だと思ってたのだが、まるで別人だったようで……。あと巖趙はラストどこ行っちゃったんだよ! 知っている人がいたら教えてください。。。

 というわけで、もういろいろな想いが尽きないのでぶった切りで結論。

 18年ぶりの発売となった、小野不由美先生による「十二国記」シリーズ最新刊、『白銀の墟 玄の月』(3)(4)をむさぼるように読んだのだが、まず第一に、最高に面白かったのは間違いない。そして読み終わって2週間も経つのに、いまだにいろいろ考えてしまうわけで、要するにわたしは「十二国記」が大好きだ! が結論であろうと思います。まあ、いろいろ本作から生まれた謎もあるし、「その後」も大変気になるわけで、来年発売になるという「短編集」が猛烈に楽しみっすね! 願わくば、クソファッキン新潮社が全シリーズ電子書籍で出してくれることを祈ります。いつでもどこでも読み返したいので。いやあ、本当に面白かったなあ……『十二国記』は最高です! 以上。

↓ Ck先輩は買ったそうです。くそう、おれも録画したのをDVD(!)に焼いたはずなんだが……どこに埋もれてるのかわからん……。
十二国記 Blu-ray BOX
久川綾
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2015-11-26

↓ つうか、わたしはこっちを買うべきかも。山田章博先生のイラストも最高です。はよ「第二集」出してほしいのだが……クソファッキン新潮社には期待できない……。

 2013年に公開された『MAN OF STEEL』は、DCコミックヒーロー「SUPERMAN」のオリジン物語で、まあ、何度もこのBlogで書いてきたことだが、残念ながら期待通りの面白さにはならず、まったくアレな作品になってしまった。それは、物語の進行が恐ろしくリアルで、「現実的」という意味では全く破たんなく、そりゃそうなるな、とある意味見事な物語だったのだが、残念ながら映画としてまるで面白くなかったのである。
 ある日、子供のいないカンザスの片田舎に住む夫婦のもとに、宇宙から赤ん坊が降ってくる。夫婦は喜んでその赤ん坊を育て、赤ん坊もすくすく育つのだが、成長するにつれ、自らの持つ「スーパーパワー」に戸惑いつつも、愛を知り、地球を守るスーパーな男になっていく、てのが「SUPERMAN」の物語だ。
 しかし。もしその赤ん坊が、邪悪な心に目覚めてしまったら?
 というのが、わたしが今日観てきた映画『BRIGHTBURN』の物語だ。まあ、はっきり言ってこの画を撮りたかっただけじゃね? というネタムービーであったと断じてもいいような気がするなあ……だって、相当後味悪いっすよ、このお話は。

 もう、物語は上記予告から想像できる通りに進む。つうかこれ以上の説明は全く不要だろう。なので、わたしとしては、これはいったいどんな結末を迎えるんだろうか、という興味だけで観に行ったわけだが、それはちょっと書かない方がいいだろうな。知りたいことはそれだけだし。
 というわけで、わたしとしては、本作に対して特に面白かったとか、おススメするというつもりはないのだが、一つ観ながら思ったのは、どうしてこうなってしまったのか、どこが「SUPERMAN」と違うのか、という点である。
 同じカンザスの田舎に落っこちてきた宇宙人という意味では共通しているわけだが、片や人類を守る超人に、片や人類を支配しようとする大魔王になってしまったわけで、何が道を分けたのか、これはちょっとだけ考えてみる価値はあるだろう。いや、まあ、ほとんどないけど。
 本作の場合のクソガキ君は、ある日突然、自分の乗ってきた宇宙船(納屋に隠してあった)から発せられた謎の「人類死ね死ね電波」に感化され(て本性が刺激され)たともいえるわけだが、その点では、そもそも「SUPERMAN」はその本性から善良だったけど、今回は最初から邪悪な謎宇宙人だった、という違いもあるのだろう。一体全体、どこから来たのか、彼は何者なのか、という点に関しては、本作では一切説明はない。まあ、そこを描き出したら、恐らく軸がぶれるだろうし、実際必要ないことだろう。本作は、上映時間91分と非常にコンパクトで、映像にキレがあって無駄がない点は称賛して良い点だろう。ホント、本作を作った人々は、ただ単純に、SUPERMANが邪悪な心に染まっていたらどうなった? と描きたかっただけで、他のことは特に何も考えてないというか、どうでもいいことなのだろうと思う。
 しかし思うに、自分が「スーパーな特別な存在」であることを自覚する年齢が違っていた点は、小さくない違いのような気がする。本作では、12歳(だったっけ?)の誕生日に、「どうやらオレは他の人間と違うみたいだ」ということに気が付く。まあ、予告にある通り、人間であれば反抗期まっさかりで、そんなお年頃に「やべえ、おれ、すげえかも」とか思っちゃったら、まあマズいですわな。その力を使うことに躊躇しないクソガキ年齢なわけで、言ってみれば、中2病のクソガキに、本当にスーパーパワーが宿っていた、的な物語だ。これが、自覚するのがもうチョイ、そうだなあ、5年早くて、まだまだちびっ子だったなら、教育で何とか道を正せたかもしれない。お父さんだってお母さんだって、決して悪人ではなく、善良な心を持っていたのだし、周りの環境だって、まあ、フツーだよね。ゲームや漫画でそういうバイオレンスに染まった(笑)わけでもないし。
 でも、猛獣だって、生まれた時から人間に愛情をもって育てられたら、普通懐きますわな。本作では、もう一切躊躇なく、自らの力をふるって人を殺しまくるわけで、そこが非常に異質であり、我々人類には全く理解しがたい存在となる。クソガキ君の表情が、ほぼ常に無表情ってのも、不気味さに拍車をかけてましたな。その点も、本作は非常に見事だったすね。
 そして残念ながら本作も、いろいろと見事で賞賛すべき点はあるんだけど……やっぱり面白くないんだよな……何も得られないというか……なんなんだろう、この気持ちは。とにかく無力なんだよね。人類には理解できないし、そりゃ宇宙人だから当たり前なんだが……まったく救いがないお話は、面白くはないすね。やっぱり。
 というわけで、演じたクソガキ&お母さん&お父さんの3人キャストをメモしてさっさと終わりにしよう。
 ◆ブランドン:宇宙からやってきた赤ん坊。12歳で悪意の波動に身を委ね、人類の脅威に。ブランドン、という役名は、まあ、『SUPERMAN RETURNS』でSUPERMANを演じたBrandon Routh君から来てるんでしょうな。で、今回恐怖のブランドンを演じたのはJackson A. Dunn君16歳。2003年生まれだそうな。おっと! なんと、『AVENGERS:ENDGAME』でANT-MANが赤ん坊になったり少年になったりお爺ちゃんになるあのギャグシーンで、12歳のANT-MAN=スコット・ラングを演じたのが彼だって!? まじかよ、あとでBlu-ray見直してみよっと。本作では、とにかく無表情なツラがホントに宇宙人っぽくて大変な好演だったと思います。結構なイケメンに成長すると思いますね。名前を憶えとこうと思います。
 ◆トーリ:不妊に悩んでいるところで宇宙から赤ん坊が降ってきて、愛情をもって育てたお母さん。せめてお母さんは許してやってほしかった……気の毒すぎる。。。そんな気の毒すぎるお母さんを演じたのは、Elizabeth Banksさん45歳。うおお、もう45歳なんだ。かつては可愛かったのだが……まあ、今でもお綺麗ですが、すっかりお母さん役が似合う年齢になりましたな。
 ◆カイル:宇宙人を育てたお父さん。その本性に気づき、頭を打ち抜こうとするが、あっさり返り討ちに……。まあ、宇宙人は即座に通報しないとダメだったんでしょうな……。演じたのはDevid Denman氏46歳。結構いろんなところで見かける方ですな。屈強系アメリカ人です。
 とまあこんな感じですが、エンドクレジット前の「その後」に出てきて、何やらジャーナリスト?めいたイカレたことをわめいている人物は、Michael Rooker氏が演じてて驚きだったすね。なんでこんなところにMichael氏が!? と思ったけど、要するに本作のプロデューサーJames Gunn氏に対する友情出演のようなものだったのだろうと思う。
 そう、本作は、MCUの『GUARDIANDS OF THE GALAXY』の監督でお馴染みのGunn氏が、昔のアホなツイートでMCUをクビになった時、に、その才能に眼をつけたSONY PICTURESがすぐに声をかけて作らせた作品で、その後Gunn氏はMCUに復帰することになったけど、あの時はDISNEYに対して『GUARDIANDS』のキャストたちが一斉に擁護する動きを見せたわけで、そのつながりなんでしょうな。わたしはGunn氏に特に思い入れはないのでクビになろうが復帰しようがどうでもいいけど、まあ、本作は、確かに映画としてとてもキレがあって映像的にもかなり高品位、であったけど、お話的にオチがないというか救いがなく、面白いとは思えなかったすね。まあそれが結論す。本作は、US本国では全然売れなかったみたいすね。評価もかなり微妙判定だな……Rottentomatoesによると。日本では売れるんだろうか。。。
 ※追記:サーセン、一部わたしの勘違いでした。本作は、Gunn氏がMCUをクビになる前からSONYがGunn氏に作らせていた作品で、出来上がってから、Gunn氏のツイート騒動が起こってプロモーションができなくなった、結果、あまり売れなかった、というのが正しいみたいです。Wikiによると。でもどうかな、予定通りコミコンなどでのプロモーションが出来ていても、ちょっと厳しかったような気がしますね……根拠ナシですが。

 というわけで、なんかどうでもよくなってきたので結論。
 
 今日観てきた『BRIGHTBURN』という作品は、もしSUPERMANが邪悪な心の持ち主だったら?という物語を描いているわけですが、結論としては、そういう宇宙人はとにかく無慈悲&無造作に人類をぶっ殺すだろうし、それに対して人類はまるで無力、愛さえもまるで通じないという、ある意味当たり前の結果となるお話であった。なので、面白いとは思えないすね。ただし、本作でその邪悪な宇宙人を演じたJackson A. Dunn君は、その無表情な演技は極めて上質であったし、物語自体のキレはとても鋭くシャープで、大変高品位な映画であったと思います。とにかく、Dunn君の表情がですね、人間を虫けらのように見るまなざしが、無慈悲かつ超冷酷で、その点は非常に見ごたえがあったかと存じます。やっぱり、上にも書きましたが、宇宙人が来たら即通報、の方が良さそうすね。ただし、それだとSUPERMANは誕生しませんが。以上。

↓ 宇宙人に心があって、善良な場合、はこうなります。

 今を去ること34年前。1985年。わたしは高校生になったばかりで、もう既に順調に映画オタクの道を邁進していたわけだが、その年公開された『THE TERMINATOR』という作品には大興奮したことを今でもよく覚えている。一緒に観に行ったのは当時一番仲の良かったO君で、今はもう跡形もなくなってしまった松戸の輝竜会館という映画館にチャリで観に行ったのであった。そしてその6年後、28年前の1991年には『TERMINATOR2:JUDGEMENT DAY』が公開され、当然劇場へ2回観に行ったほどである。1回目は錦糸町での先行オールナイト興行へ、2回目は有楽町マリオン11階にあった、今はもうなくなった日本劇場へ観に行ったのである。ちなみにその後、わたしはこの『2』を家で大迫力で観るために、レーザーディスクプレイヤーを買い、さらに当時最新鋭だったドルビー・プロロジックIIサラウンドを搭載したAVアンプやスピーカーなどを揃えて、大音響で夜中観ていたら近所から叱られたという逸話もある。要するに言いたいことは、わたしは『TERMINATOR』というIPには大変思い入れがあるということである。
 その後、シリーズは『TERMINATOR3:The Rise of Machine』が2003年、『TERMINATOR:SALVATION』が2009年、『TERMINATOR:GENESYS』が2015年と作られていくわけだが、どの作品も、つまらなかったとは言わないけど……やっぱり、正直それほど興奮しなかったというか……結局、いつも同じなんだよね……。なので、もうこれ以上は作らなくていいんじゃね? と思っていた。なお、わたしとしては、世間的に非常に評価が低い『3』は一番設定として正統(?)で、真面目に考えるとあのお話になってしまうと納得しているので、実はそれほど嫌いじゃない。つうかむしろ、『3』は非常に出来が良いと思っている。
 ところで、『1』と『2』に共通していて、そのほかの作品にないものは何か。それは実のところ明確で、原作者たるJames Cameron氏がクリエイションに関与していない、という点だ。言ってみれば二次創作なわけで、そりゃあ、オリジナルたる『1』『2』と比較するのがそもそも間違っていると思う。
 というわけで、『TERMINATOR』を冠する作品が公開されると、わたしとしては、まあ、観に行くけど、どうだろうなあ、という態度にならざるを得なかったわけだが、今般、とうとう原作者Cameron氏が製作総指揮にクレジットされる『TERMINATOR:DARK FATE』なる映画が公開されることとなった。というわけで、わたしとしてはその出来を確認すべく、劇場に行かざるを得ないわけである。
 ――が。観終わった今、感想を一言で言うと、び……微妙かな……やっぱり……。どうだろう、これは……ううむ……面白かった……のかなあ?? 何とも現状では評価できないというか……やはり本作もまた、完全に別モノというか……続編というよりも二次創作といった方がよいのではなかろうか……。。。

 物語はもう、いつもの通りである。
 未来で何かを成す、メキシコ在住のダニーなる女子がいる。そのダニーを殺そうと未来から送られてきた新型ターミネーターRev.9と、逆にダニーを助けるために未来からやってきた強化人間グレースが、ダニーをめぐって大バトルを繰り広げるお話である。
 本作で最も特徴的なのは、これまでのシリーズでは必ず出てくる、「スカイネット」と「カイル・リース」が一切登場しないことであろうと思う。
 「スカイネット」とは、軍事用人工知能(?)で、未来において人類を敵として殺しまり、そもそものターミネーターを過去へ送る存在である。そして「カイル・リース」とは、未来における対スカイネット戦争の人類側リーダー、ジョン・コナーが、1984年の過去に送られたターミネーターが狙う自らの母、サラ・コナーを救うべく遣わした未来人だ。
 この「スカイネット」と「カイル・リース」こそが基本で、これまでのシリーズにはほぼ必ず出てくるわけだが今回は、出番ナシ、である。
 思うに、この構造は、ある意味強固な縛りだったような気がする。というのも、(未来の)ジョンは、父親であるカイルを、死ぬとわかっていても1984年にどうしても送り込まないといけないからだ。じゃないと、自分が生まれないのである。そしてカイル・リースを過去に送るための条件という意味で言うと、「ジャッジメント・デイ」も、どうしても起こらないと困るのだ。「ジョンが生まれる=カイルが1984年にやってくる」ことが必須だとすると、そうなってしまうのである。
 なので、超名作と呼ばれる『2』で、泣けるめでたしめでたしエンドを迎えても、真面目に考えると「ジャッジメント・デイ」は回避できなかったという方向にしか脚本開発はできない。だから、あの『3』になったのだとわたしは考えている。アレはアレで、まったく正しいというか、ありうべき「続編」だったと思うのである。そういう意味では、わたしにとって「正当な続編」はやっぱり『3』であり『4』だ。『GENESYS』は……ちょっとアレかな。。。
 で。本作はこの最も基本設定となる「スカイネット」と「カイル・リース」は出てこない。この点はある意味ブレイクスルーと言えるような気がしている。カイルが1984年にやってきて、ジョンは生まれているが(=1と2の物語の出来事は起こったが)、『2』の出来事によって、カイルを1984年に送った未来はもう存在していない、けど、それでいいのだというスタンスである。
 これは、タイムスリップものの物語としては、実はアリ、だと思う。まあ、真剣に考えると全然違うけど、『END GAME』の設定と若干似ていて、「起こったことは変わらない」「ただしこれから起こる未来は、行動によって別の未来が生まれる」方針を取っているのだ。テキトーにパワポで図を作ってみると、こういうことだと思う。あくまでジャッジメント・デイは起こってしまったとする『3』はもうあり得なくなっちゃった(ただしカイル・リースを1984年に送ろうとする未来を描いた『4』は、ある意味『1』の前日譚としてまだ有効で、本作と矛盾しないと思う)。
Terminator02
 わたしとしては、本作のこの基本方針は全く非難しないし、アリだとは思う。しかしなあ……はっきり言って、「スカイネット」に代わる「リージョン」なるAI(?)の存在感は希薄だし、結局のところ「スカイネット」そのもので名前が変わっただけだし、最新ターミネーターRev.9もT-1000とあまり変わらないし、さらに言えば、そもそもダニーなる女子の魅力が薄口すぎて、どれほどリージョンを苦しめ、狙われる存在だったのかも、実は全く実感がわかない。結局のところ、レジェンドたるサラ・コナーとT-800モデル101を出したかっただけじゃね? としか思えなかったような気がするなあ……。
 というわけで、本作のポイントは以下の2つだけだったような気がします。
 ◆サラ・コナーとT-800モデル101のその後
 サラ・コナーは、『2』ののち、「ジャッジメント・デイ」を回避することに成功し、予言されていた1997年8月29日を無事に迎える……が、そのめでたい日に、ジョンがT-800に殺されるシーンから本作は始まる。まあ、実はスカイネットはいろんな過去へターミネーターを送っていた、という設定は、別に問題ないだろう。でも、前述のように、結局はほぼ同じである「リージョン」がダサすぎるというか……ジョンを失って絶望したサラをもう一度戦わせるために、無理やり作られた設定にしか思えなかったすね。
 さらに、ジャッジメント・デイにジョン殺害を成功させたT-800のその後も、これは若干『GENESYS』の設定をパクって、サイボーグなのに老化する、というのは許せるとしても、「目標達成後の機械」に妙な良心が芽生えるというのは、結局Schwarzenegger氏をもう一度登場させるための苦し紛れ設定のような気もしますなあ。。。おまけに、時間変位を感知できるってのはやっぱりチョイ乱暴というかとってつけた感があるよね。。。
 いずれにせよ、戦う本家サラ・コナーをオリジナルのLinda Hamiltonさんはカッコよく演じてくれたし、御年72歳のArnold Schwarzenegger氏も貫禄たっぷりで、お二人の演技には何ら文句はないっす。しかし、やっぱり『2』当時のサラは本当にカッコよく美しかったですなあ……。『2』の登場ファーストカットの、病室で一人トレーニングをしている時の腕の筋肉の美しさは忘れられないすね。あと、そうだ、『2』でジョンを演じたEdward Furlong君がCGで登場するのはびっくりしたっすね(※そのシーンには『2』当時にデジタル若返りしたLindaさんも出てきます)。まあ、今の彼はご存じの通りダメ人間のおっさん(42歳)になり果ててしまったのだが、『2』当時は本当に美少年だったすなあ……こういうCG出演って、どうなんでしょうか……。
 ◆強化人間グレース大奮闘
 わたしとしては、本作に登場する未来からやってきた強化人間、グレースは大変すばらしかったと思う。ただ、活動許容時間を過ぎるとオーバーヒートしちゃうのは、完全に超名作『UNIVERSAL SOLDIER』そのものでしたな。いっそ、ユニ・ソルのように全裸で氷風呂に入ってほしかったわ。演じたのは、去年の夏に観た『Tully』での好演も記憶に新しいMackenzie Davis嬢32歳。本作では非常に美しい、鍛えられた体でしたなあ。アクションも大変お見事でした。人間には出来ない動きが、やたらとカッコよかったすね。
 というわけで、わたしとしてはもう、新型Rev.9はどうでもいいし、狙われるダニーもどうでもいいので、演じた役者のことも以下省略です。
 ひとつだけ。監督についてメモしておくと、本作を撮ったのは、『DEADPOOL』で一躍名を挙げたTim Miller氏である。動きとカットの途切れない画面ワーク、それから銃や爆発の効果などはさすがすね。それほど残虐描写もなかったけど、別にそれを売りにされても困るし、大予算の大作として、非常に手堅くきっちりまとめられたのではないかしら。問題は脚本だろうな……もうチョイ、ダニーが狙われる理由をきちんと描いてほしかったすね。いっそ、リージョンの発明家で、逆に人類側がダニーを殺しにやってくる、そしてリージョン側がダニーを守ろうとターミネーターを派遣する、みたいな、まったく逆の構造も考えられたんじゃないかしら。でも、人類側はやっぱりダニーを殺せない、みたいに、『2』でダイソンを殺そうとしてできなかったサラの葛藤みたいなのが、今回再び描かれても良かったように思うす。わたしだったらそうしたね。その方が面白そうじゃないかな? どうでしょ?

 というわけで、もうさっさと結論。
 何度も繰り返し描かれてきた『TERMINATOR』の物語だが、ついに生みの親であるJames Cameron氏製作総指揮の元、再び新作『TERMINATOR:DARK FATE』なる作品が公開されるに至ったのでさっそく観てきた……のだが、結論としては、本作もまた、これまでの「続編」同様に、「二次創作」であったと言えるのではなかろうか。ただし、お話としては、ある意味シリーズの呪縛(?)だった、スカイネットとカイル・リースを無視していて、新しい別の未来を描いている点は、興味深い違いだと思う。思うのだが……それが面白く成功しているかというと、かなり微妙だったかな……と言わざるを得ないだろうな……。せっかく呪縛を破った新しい未来を描くなら、もうチョイやり方はあったような気がしてならないす。つうかですね、なんか、製作側から「3以降はなかったことに」とか言われると、実に腹立たしく思いますな。なかったことにできるわけないじゃん。そういう点が、わたしがFOXが嫌いな点ですよ。ホント馬鹿にしてるというか、不愉快極まりないことをいともたやすくやる(言う)のが頭に来るね。さっさとDISNEYの一部門として降るがいい! 以上。

↓やっぱり未だ色あせない名作ですなあ……最高です。あの頃はわたしも若かった……。。。
ターミネーター 2 審判の日 (字幕版)
アーノルド・シュワルツェネッガー

 2010年に初めて宝塚歌劇を体験してからすっかりハマり、10年が過ぎた。前回も書いたが、わたしはチケットをほぼ「宝塚友の会(=略して友会)先行抽選」で買っているわけだが、ここ数年、とにかくチケット難が続いており、とりわけ雪組は当たる方が珍しく、花組もここ数回獲れないでいる。
 そういう獲れなかったときは、わたしをズカ道に導いてくれた美しき師匠に相談すると、チケットを融通してくれることが多いのだが、前回の花組公演『カサノバ』は結局観ることが叶わず、見逃してしまったのであった。
 そんな中、ついに、現在の宝塚歌劇団TOPスターの中で(たぶん)最も人気の高い、花組TOPの明日海りおさん(以下:みりお)が退団を発表され、チケット争奪戦は激戦の様相を呈し、わたしも全敗、こりゃみりお氏のラストは見送れないかもな……と嘆いていたのである。みりお氏は2010年にわたしのズカ体験2回目であった月組公演で極めて強いオーラを放っていて、確実にこの人は将来TOPスターに上り詰めるであろうとずっと見つめてきた、思い入れのあるお方だ。そんなみりお氏のラストが見られないのは、痛恨極まりないわけで、わたしとしては本当にもう困っていたのである。
 が。
 1カ月ぐらい前、チケットぴあから何やらメールがポロリンと来たのである。そもそもぴあもe+も、まったくどうでもいいダイレクトメールが1日に10通近く送られてくるので、どうせそんなもんだろうと開くこともせずに削除……しようとしたところで、「抽選結果のお知らせ」という文字が目に入った。
 わたしはもういろんなチケットの抽選に申し込んでいるので、申し込んでいたことすら忘れていたのだが、なんじゃろか、どうせ「チケットはご用意できませんでした」のお知らせだろ!? と開いてみたところ、なんとなんと、花組公演が当選していたのである! わたし、ぴあで初めてズカチケットが当選したっす。奇跡はあるんですなあ!
 なので、うおっと、マジかよ、やったぜ! と小躍りし、セブンイレブンでの発券は翌日からとあるので、その翌日さっそく発券に行って観たところ……な、なんと! 奇跡はもう一つありました。
 なんと! なんとですよ!? 席が……!!! 奇跡の最前列!!!だったのです!!!!
 いやあ、マジでびっくりしたっすねえ! マジかよ!? とレジで声が出ちゃったす。ぴあで当選することだけでも信じられないのに、ましてや最前列だなんて、こんなことって、あるんですなあ!
 というわけで、その奇跡×2のチケットを握り締めて、昨日は日比谷に推参した次第であります。
saizenretsu
 ヅカファンなら、この写真でもうお判りでしょう。上手側のサイド席でありました。いやあ、その迫力は失神モノだったすねえ……ヤバかったす。まあ、おっさん客のソロ観劇で、なんだコイツ的に観られたかもしれませんが、いいんだよそんなこたぁ! そして思うに、わたしが友会で比較的よく当選するのは、ソロ観劇、すなわち1枚で申し込みをする点も、抽選には有利なんじゃねえかという気がしますね。

 というわけで、現在日比谷の東京宝塚劇場で絶賛公演中なのは花組であります。そしてTOPスター明日海りおさんの退団公演である『A Fairy Tale -青い薔薇の精-/シャルム!』という2本立てであります。
 まずはお芝居の『A Fairy Tale -青い薔薇の精-』ですが、お話は19世紀のイギリス、とある貴族のお庭には精霊が住んでいて、その精霊たちは子供には見えるし交流もできる、けど、精霊界のルールとして、自分たちと交流した記憶を人間から奪う「忘却の粉」を振りかけないといけないらしい。しかし、薔薇の精であるエリュは、美しい心を持つシャーロットという少女にぞっこんLOVEってしまい(?)、忘却の粉をかけることを拒み、ルールを破ってしまう。その結果、そのお庭は荒廃し、エリュも「悲しみの色」である青に染まってしまう。それから数十年が過ぎ、あの美しかったお庭には植物が根付くことがなく、調査にやってきた植物学者の青年ハーヴィーはエリュと出会い、エリュからシャーロットの現在の居場所を探す依頼を受けるのだった……てなお話である。サーセン、いつも通りテキトーに端折りました。
 まあ、なんつうか、みりお氏はいわゆる「フェアリー系」であり、フェアリーを演じるのにはもうこれ以上ないキャスティングなわけですが、お話的には意外と現実的というか世俗の美しくない事情も絡んで、人とならざる存在のみりお氏と、人間としてしがらみ?のようなものにとらわれるハーヴィーを演じた花組2番手スター柚香光さん(以下:ゆずかれー)の対比が際立つお話でした。そしてヒロインであるシャーロットの出番が若干少ないのが少し残念だったかもっすね。
 というわけで、各キャラと演じたジェンヌを軽くメモしておこう。
 ◆エリュ:演じたのは当然みりお氏。これでみりお氏ともお別れかと思うと、ホントに淋しいすね。。。最前列で観るみりお氏は、本当に美しかったよ。約5年半の長期間、TOPスターとして本当に見事な舞台を見せてくれて、心からありがとうと申し上げたいすね。そして本当にお疲れ様でした。千穐楽まで、思いっきり駆け抜けてください。そして退団後は、美しい女優として活躍することを楽しみにしてますよ。わたし的には、みりお氏は、演技が一番の長所だと思うので、舞台で再び会いたいですな。
 ◆ハーヴィー:演じたのは次期TOPスターが決まっている、ゆずかれー君。そのビジュアルは最強レベルですが、歌がなあ……今回は比較的大丈夫だったと上から目線で申し上げたいけれど、ホント、今後の活躍を期待してますよ。わたし的にはゆずかれーくんも演技が一番の長所だと思ってます。しかしゆずかれー君は、わたしの贔屓である礼真琴さん(以下:こっちん)と同期なわけで、最年少TOPになるわけだが、その重圧は計り知れないものがあると想像するけど、負けずに頑張ってほしいすね。なんか、数年後、トート閣下を演じそうな気がするっすね。新公でもやってるし。まあ、ビジュアル的にはトート様が似合うでしょうなあ。
 ◆シャーロット:演じたのはこれがTOP娘役お披露目となる華優希さん(以下:はなちゃん)。ラストの老け役も見事でしたね。普段のはなちゃんは、わたし的にはかなり素朴系・ふんわり系のかわいい娘なわけですが、これからはTOP娘として、強い女性の役なんかも演じて行かなきゃイカンわけで、そんなはなちゃんを観るのを楽しみにしたいっすね。
 ◆ウィールドン夫人:シャーロットの母で庭園を愛していた美しい夫人。演じたのは城妃美伶さん(以下:しろきみちゃん)。しろきみちゃんも今回で卒業かあ……残念だなあ……元々わたしが一番応援している星組生だったしろきみちゃん。5回も新公ヒロインを務めてもTOPになれないんだもんなあ……やっぱり、97期というのは娘役にとって、タイミングが悪すぎたんだろうなあ……。。。きれいで歌もうまくて、こっちんの嫁にはいいんじゃないかと思ってたのだが……。こっちんロミオとしろきみちゃんジュリエットの新公はわたしは観たことがないので、いつか観てみたいす。まあ、一般人からするととんでもない美人なので、退団後の活躍を楽しみにしてますよ。どこかでまた会いに行くよ!
 ◆ニック:ウィールドン夫人に何となく恋心っぽいものを抱きつつ、夫人の愛した庭園を美しく管理する心優しい庭師の青年。演じたのは水美舞斗さん(以下:マイティー)。マイティーらしい、優しい役だったすね。ここ2年ぐらいでグイグイ存在感が増してきて、同期のゆずかれー君を支える重要な人材ですよ。星組の瀬央ゆりあさん(せおっち)もそうですが、番手的には2番手にはなれないのかなあ……同期ワンツーがあってもいいじゃん……
 で。後半はショー「シャルム!」であります。
Charme
 なんつうか、全くどうでもいいんだけど、映画オタクのわたしには、タイトルが『シャザム!』に似ているし、おまけに主題歌のメロディーも、なんかヒーローものの主題歌のようで、「シャルム!」と若干呪文めいた部分も、ちょっと変わったショーだったような気がします。
 公式Webサイトによると、「シャルム」とはフランス語で「魅力、色香、魔法、呪文」などを表す言葉だそうで、要するに英語のcharmのことらしいが、まさしく呪文でした。ほんのうっすらと、物語的な部分があるのはどのショーでもそうだけど、今回はなんつうか……うーん……なんといえばいいんだろう? あの魔法ステッキを持った魔法少女は何だったんだ!? いや、まあ、可愛かったからいいんだけど、ちょっと表現しにくいっす。
 まあ、いずれにせよ、最前列で観るショーの迫力はマジでヤバいすね。失神するかと思うぐらいのキラキラの大洪水で、溺れそうになったすわ。残念ながら、みりお氏の客席降りでは、握手できなかったす。超近くまで来てくれたんだけど……直前でふいっと帰っちゃったのが残念でした。そして、ゆずかーれくんの背中を、そっと押すみりお氏はなんか泣けたっすね。
 今回のショーでは、94期の羽立光来さん(芝居の方でシャーロットと結婚するいやーな奴を演じたお方)がわたしの真ん前に何度か来て、完璧にわたしに向けて目を合わせて微笑んでくださいました。わたしも、マジかよ、うおお! と満面の笑みで返したんですが、キモイおっさんでサーセンした! その愛称の通り、超ビック、身長178cmだって。おれより5cm以上デカいじゃん!

 とまあ、こんなところかな。もう書きたいことはないかな……。
 では最後に、毎回恒例の今回の「イケ台詞」を発表して終わりたいと思います。
  ※イケ台詞=わたしが「かーっ!! カッコええ!!」と思ったイケてる台詞のこと。
 「眼には見えなくとも、わたしは、この庭で、ここに咲く花たちを見守り続けている。いつまでも……」
 今回は悩んだけど、まあ卒業に寄せたみりお氏の心情を現したこの台詞にしておきます。はあ、ほんとにみりお氏の退団の日が来てしまうんすねえ……TOPになることは、まさしく終わりの始まりなわけで、わが愛しのこっちんも、数年後には確実に卒業の日が来るんですなあ……おれ、泣かないでいられる自信ないっす……それを考えると、もう今から淋しいんすけど、どうしたらいいんでしょうか……。。。

 というわけで、結論。
 ついに来てしまったみりお氏の卒業公演。わたしは全くチケットが獲れず、これはマジで観られないかも……と半ばあきらめていたところでのぴあ当選、しかも最前列!という奇跡に恵まれたわけだが、とにかく最前列で観るショーのヤバさは、恐らく生涯忘れないだろうと思えるほどでした。そしてみりお氏のラストも、やっぱり忘れ得ないものとなるような気がします。まあ、内容的には若干不思議な感じだったけれど、その美しさはもう、みりお氏の宝塚人生ここに極まれりというものだったと結論付けていいのではなかろうか。しかし退団後の活躍も楽しみすねえ。みりお氏はやっぱり舞台が似合うと思うすね。映像系もイケると思うけど、やっぱり、舞台で輝くみりお氏にまた会いに行きたいですな。そして同じく卒業するしろきみちゃん……きっと卒業後も、様々な舞台で輝いてくれるでしょう。これからも、応援いたしたく存じます。残された花組の皆さん、ゆずかれーを先頭に、これからも走り抜けていただきたいと存じます。わたしは星組推しなので、まずはこっちんを一番応援しますけどね。以上。

↓ 観に行けなかったので、Blu-rayを買おうかと存じます。よく考えると、観に行くチケット代と値段あまり変わらんしね。ズカBlu-rayは結構あっさり品切れになるから、買える時に買わんと!!

花組宝塚大劇場公演 祝祭喜歌劇『CASANOVA』 [Blu-ray]
明日海りお
宝塚クリエイティブアーツ
2019-04-26

 このBlogで、もうおそらく50回ぐらい書いているのだが、今回も敢えてこのセリフから始めよう。わたしがこの世で最も好きな小説家は、Stephen King大先生である!
 というわけで。2年間、35M$の予算で製作され、公開されるや全世界で700M$も稼ぎ、大ヒットとなった映画『It』。1USD=108JPYとして、37.8億円投資したものが756億円で戻ってきたわけで、莫大な利益をもたらした作品だが、King大先生のファンであるわたしは、公開前は結構懐疑的だったのである。なんで今さら「It」なんだ? そもそもあの長大な『It』が2時間で描けんのか? という感じで、ズバリ言うとほとんど期待はしてなかったのである。
 しかし!
 公開された『It』は、予想を大きく上回る面白さで、とりわけ、子供時代編と現代大人編の2つの時間軸がある原作を、その子供時代編だけに絞って切り取り、超見事に映像化されていたのであった。さらに言うなら画面のクオリティは極めて高品位で、特に「黒」の表現が非常に巧みであった。なるほど、現代最先端の技術を使うとここまで鮮明で見事な映画になるんだな、という当たり前のことが妙に新鮮だったのである。
 そして2年前に公開された『It』は、そのラストで正式?なタイトルとして『IT Chapter1』と堂々とクレジットされるに至り、おお、つまりこれは、「大人編」も作る気満々じゃねーか! とわたしは歓喜したのであった。
 というわけであっという間に2年の月日が流れ去り――とうとうその続編たる『Chapter2』が公開されたので、わたしもさっそく観てきたわけである。
 が……うーん、そうだなあ……まず一言で言うと、原作とかなり違う。正直わたしは原作小説のラストを明確には記憶していないけど、これは間違いないと思う。そして、原作はとりあえず抜きにしても、映画として、まず長い。そして、若干、あれっ!? というエンディングであったような気がしている。これは……なんかいろいろはしょられたというよりも、別物になっちゃったかな、という気がする。
 ただし、だからと言ってつまらなかったとは言わない。わたし的には、この映画には3つの見どころがあって、その点では非常に満足であります。大絶賛はしないけど、十分面白かったすね。可能なら、『Chapter1』をもう一度見て、すぐこの『Chapter2』を観るのが一番いいような気がするっすね。ちなみに本作『Chapter2』も、US本国及び諸外国では9月にもう公開になっていて、USでは245M$稼ぎ、全世界合計では456M$稼いで大ヒットとなっている。すげえなあ!

 ところで、前作でも書いたが、日本版タイトルには意味不明などうでもいいサブタイトルがついているが、まったくセンスを感じないのでゴミ箱行きでいいだろう。なのでその邦題サブタイトルは一切記載しない。
 というわけで、お話は『It』の27年後である。メイン州デリーという、King大先生の作品で非常によく出てくる街には、27年周期で大量殺人(というより行方不明者というべきか)が起きていて、前作『Chapter1』では1988年、そしてその27年後、2015年の出来事を描いたのが本作『Chapter2』だ。まあ、簡単に言うと、前作では「それ=It」に出会ってしまった少年少女たちは、超がんばって「それ」を撃退することに成功したものの、完全な駆除には至っておらず、今回、ケリをつけるというお話だ。前作では、スクール・カースト最底辺の「負け犬クラブ=Losers」のちびっ子だった彼ら&彼女は、今やすっかり大人となって、それぞれの生活をしている。が、一人だけ27年間デリーから離れずにいたマイクから、「アレがまた出た!」という電話を受けて、再集合するところからお話は始まる。
 ここでさっそく、わたし的見どころその1)を紹介しよう。
 そうなんです。今回の「大人編」は、前作でちびっ子時代を演じた子役のみなさんと、ことごとく似ている、面影のある役者で作られているのであります! まずはこのキャスティングがスゴイというか素晴らしい! とわたしは讃えたいと思う。
 さらに、わたし的見どころその2)も紹介しておくと、もうわたしは劇場で大興奮して、登場した時思わず、おおっと!? と声を出してしまったのだが、なんとなんと、Stephen King大先生ご本人がとあるキャラクターで登場するのであります!!! King大先生の顔を知っている人なら、すぐわかったはずだが、恐らく劇場の皆さんは全然気が付かなかったんだと思う。けど、マジでわたしはまさかのKing大先生登場に興奮したっすねえ!! しかも、台詞もあるし、何気に登場シーンが長い! ヒントは、主人公ビルがかつて自分が乗っていたチャリンコを発見して300ドルで買い取るシーンですよ! このKing大先生のまさかの登場からわかることは、つまりKing大先生もこの作品をとても気に入っているということで、原作とかなり違った物語だけど、全然アリ、King大先生納得済みということだろうと思う。
 で。物語的にわたしが残念に思ったのは、原作で(あるいはKingワールドで常に「善」を体現するものとして)登場する「亀」が物語に絡まなかったことだ。前作でも今回でも、「亀」はチラッと登場するけど、「It=それ=邪悪なる存在」と対になる「善なる存在」としての「亀」が物語に何の役割も与えられなかったことだけが残念だ。
 そして、どうしてもキャラクター一人一人の過去と感情を追わなくてなならない必要があるために、結果的に映画全体が長くなってしまう。本作は上映時間169分もあるのだが、仕方ないとはいえ、やっぱり長いし、それにしてはエンディングが結構あっさりしちゃっているので、その点もちょっとだけ残念だったかもしれない。
 しかし、そういった物語上のアレな点を帳消しにしてもいいぐらい素晴らしかったのが、わたし的見どころその3)、映像そのものの素晴らしさ、であろうと思う。とりわけ原作ファンでも大興奮できたのは、「It」の最終形態である「蜘蛛」型Itの映像化ではなかろうか。あれはもう、原作では想像するしかなかった姿を見事に映像化してくれましたなあ。若干エイリアン・クイーン的でもありましたが、原作を読んだ時のわたしの想像を超える見事な造形だったと思います。そして今回も、「闇」、とりわけ「黒」が見事でしたなあ! これは話題のDOLBY-シネマで観るべきだったと悔やまれますな。他にも映像的にはペニーワイズと風船なんかも、どのシーンでも非常にシャープというか鮮明で、実に映像として美しさすらあって、とても印象的でしたな。こういう映像力は小説の文字を超える力があると思うっすね。実にお見事でした。
 というわけで、最後に今回の「大人編」を演じた負け犬クラブの面々をメモして終わりにしよう。見どころ1)で書いた通り、子供辺と大人編ですげえよく似ている役者が起用されてるわけですが、その外見はもちろんなんだけど、キャラクターとして、きっちり似ているというか統一されてるというか、まさしくこの子が大人になったらこうなるっていうのが見事に表現されてたと思うっすね。
 ◆ビル・デンブロウ:演じたのはヤング・プロフェッサーXでお馴染みJames McAvoy氏。子供時代編を演じたJaeden Martell君に似てますな、やっぱり。どもりもすっかり治り、作家として活躍する大人ビルも、デリーに帰郷し、Itと対峙するとどもりが再発してしまうのだが、若干、McAvoy氏のどもり演技は不自然だったような……その点は子役のJaeden君の方が上手かったような気がしますね。
 ◆ベバリー:負け犬クラブ紅一点の勇敢な女子。演じたのはJessica Chastainさん。子供時代編を演じたSophia Lillisちゃんとはちょっと雰囲気が違うすね。今回唯一子役とイメージが違うような。目が違うのかな。。。
 ◆ベン:子供時代はデブで奥手ないじられキャラだった彼が、大人になってからはすっかりスリムなイケメンに成長。でも、ちょっと写真をよく比べていただきたい。大人編のJay Ryan氏と、子供時代編のJeremy Ray Taylor君、なんかね、似てんすよ、やっぱり。特に目が面影あるんすよねえ! 大人編のJay氏は、若干ドクター・ストレンジっぽいんすけど、やっぱベンなんすよ。これはお見事なキャスティングだったと思うすね。しかしベンも27年を経てやっとベバリーへの想いが通じてホント良かったね!!
 ◆エディ:喘息持ちで毒舌なエディも大人編を演じたJames Ransone氏とJack Dylan Grazer君は同一人物のようなキャラ同一性が保たれてましたな。ちなみにDylan君は、かの『SHAZAM!』でフレディを演じてくれたあの子です。アレも見事な演技でしたな。
 ◆リッチー:メガネの毒舌トーキングマシンなおしゃべりキッズ。しつこいけど、大人編のBill Hader氏と子供時代編のFinn Wolfhard君はホントによく似てます。
 ◆スタンリー:大人編のスタンリーはすぐに自殺してしまうので(これは原作通り)ほぼ出番はないですが、回想で出てくる子供時代編のWyatt Oleff君と大人編のAndy Bean氏はやっぱりホントに似てますね。ちなみにWyatt君は、かの『Guardians of the Galaxy』で地球から連れ去られる子供時代のピーター・クィルを演じてくれた彼っすね。
 ◆マイク:唯一デリーに住み続けて、「It」の謎を追い続けていたマイク。ホントしつこいけど、子供時代編のChosen Jacobs君と今回の大人編のIsaiah Mustafa氏はマジそっくりす。
 とまあこんな感じだが、最後に監督のAndrés Muschietti氏を称えて終わりにしよう。アルゼンチン出身の監督だが、わたしがほめたたえたいのは、その映像のシャープさと言えばばいいのかな、キレがあるんすよね。非常に高品位だと思う。目に鮮やかな風船の赤と真っ暗闇とか、やっぱり色のセンスなのかな? 色の対比、色彩設計が非常に見事だったと思う。そして音楽のつけ方もとても上品かつ効果的で良かったすねえ! 今後、どんな作品を取るのか知らないけどIMDbによれば、『Attack on Titan(=進撃の巨人)』ハリウッド版の監督に、なんてアナウンスされてるようで、非常に気になりますな! とても才能ある監督だと思います。

 というわけで、もうまとまらないので結論。
 2年前からずっと楽しみにしていた『IT Chapter2』がとうとう日本でも公開になったので、さっそく観てきたわけだが……原作と比較すると、かなり違いがあってもはや別モノ? という気もするし、とにかく2時間49分は長い! と思うけれど、一方では、とにかくキャスト陣が子供時代編とつながっている感が保たれた、似ている俳優ぞろいで実に興味深かったし、映像的にもとてもキレがあって、結論としては大変楽しめました。なにより、King大先生の大ファンとしては、King大先生がスクリーンに登場して、台詞も結構ある役を演じる姿に大興奮であります! このシーンだけでもわたしは楽しめました。ホラー映画?とカテゴライズするのが普通なんだろうけど、実際、物語を知ってても、うぉっと、やっべええ!! といちいちびっくりするような演出も楽しめたっす。素っ裸の老婆がベバリーを襲うシーンがわたしは一番怖かったす。アレはヤバかったすね! というわけで、原作とは違っていても、この映画はアリ! が結論です。以上。

↓ あーあ、2年も時間があったんだから、もう一度ちゃんと原作読んどくべきでした。アホだった……電子で全巻全館買い直しておいたのに。。。そしてもう一度『Chapter1』を見直しておくべきでした……。
IT(1) (文春文庫)
スティーヴン・キング
文藝春秋
2017-10-03


 わたしはこのBlogで何度も、世界で最も好きな作家はダントツでStephen King大先生であると表明しているが、日本人作家に限定すると、恐らくは上遠野浩平先生、田中芳樹先生、そして、小野不由美先生が、TOP3だと思っている。このお三方に順序は付けられない。このお三方が、わたしにとって日本人作家で最も好きな作家である。
 わけても、小野不由美先生による『十二国記』シリーズは、日本の作品でわたしにとっては完全なる別格であり、大好きな作品なのだが、いかんせん、現在物語は、すっごいヤバイところで終わっていて、先が気になる作品ナンバーワンなのである。先が読めるなら500万出しても一向に構わん! とさえ常々いろんなところで発言してきたぐらいだ。
 というわけで、もう前置きはやめた。何が言いたいかというと、その『十二国記』の最新刊が、18年の沈黙を破ってとうとう発売されたのであります!!
 ※ちなみに短編集はその間に1冊、間違えた、2冊になるのか、出ていたので、本編の長編としては18年ぶり、だそうです。もうそんなに経つんだなあ……そりゃオレも年取るわ……。

 しかし、だ。
 『十二国記』シリーズは、その源流たる『魔性の子』は置いとくとして、そもそもは講談社のホワイトハートX文庫から出ていたものが、どういう経緯か知らないけれど、わたしが一番嫌いな新潮社から出し直され、今回も当然のように新潮社からの刊行となったわけだが……わたしとしてはもう本当に、新潮社はさっさと崩壊してほしいと思っている。その理由は2つあって、一つは、今どき電子書籍に全く無関心であること、もう一つが、営業販売施策が非常に不愉快だからだ。
 まず電子書籍に関していうと、今回、発売日と大々的に打ち出した日は、あろうことか10/12(土)、すなわち台風19号が日本を荒らしまくった日である。もちろん台風に新潮社は何の責任もないが、わたしは大雨の中、朝から近所の10km圏内の本屋さんを車で駆け回っても、すべて「臨時休業」。ほんと、電子書籍版を出してくれていたら、今頃読み始めていたのに……と憤死寸前であった。結局わたしは発売日に買うことができず、翌日の昼過ぎにやっと開店してくれた本屋さんで入手した。ありがとう、ときわ書房様! 以上はまあ、言いがかりです。はい。
 そしてわたしが気に入らない営業施策とは、新潮社はいつも、バカみたいに分冊するのである。分冊はまあ許してやってもいい。けど、我々読者目線からすれば、分冊にして、月をずらして刊行する意味は、100%ゼロ、だ。なんで一気に全部出さねえんだよ!! といつも頭にくる。恐らく理由はあるんだろう。だけどそんなこと知ったことか!!! 分冊になって喜ぶ読者なんているとは思えないわけで、そういう点がわたしが新潮社を嫌う理由である。
 まあ、これだけ本が売れない世の中で、電子もやらないで、今後会社として存続できるわけがないとわたしはにらんでいるので、早晩、どこかにM&Aで買われてしまうだろうと予想している。想像するに、所詮売上規模200億もない中小企業で、しかも未来がなければ、必衰間違いなしだろうと思う。いわば、新潮社はもう完全に失道している。おそらく現経営陣に立て直しはもう不可能だろう。

 はーーー。とにかく言いたいことは言った。
 では、さっそく味わい、大興奮した『十二国記』シリーズ最新刊『白銀の墟 玄の月』(1)(2)巻について語ろう……と思うのだが、現状、まだ物語はどのような結末をたどるのか、全く分からない。いろんな妄想がわいてたまらないのだが、今回は、自分用覚書として、(1)(2)巻に登場した人物リストをまとめるだけにしようと思う。けど多いからなあ……たぶん、膨大な分量になると思う。
 それからいくつか、地図と、ちょっとした豆知識もまとめておこう。大前提となる、十二国って何?とか、戴って? 驍宗さまって? とかそんなことはもう書きません。つうか、知らない人がこの本を読むわけねえし、このBlogに興味を持つわけもなかろうから。
 最初は地図から行ってみるか。少しネタバレも含んでいるけど全くクリティカルなものではないので、構わないだろう。今回、(1)巻(2)巻ともに、冒頭に舞台となる「戴」国の地図が掲載されているのだが、ズバリわかりにくく、センスゼロなので、頭にきたからパワポで簡単に作り直してみた。↓タッチまたはクリックすると拡大します。
戴
 こんな感じかな。若干、東の方がスペースがなくて位置がずれちゃったかも。だけど、この地図を理解しないと、今回のお話は分かりにくいし、逆に理解していると、こういうルートを取ったんだな、と、途端に分かりやすくなります。
 で。次に、問題の『驍宗さま失踪までのタイムライン』を本作の中で語られた内容でまとめると、どうやらこういうことだったようだ。
---------驍宗さまの軍の進軍と失踪までの流れ----------
<弘始元年暮れに、土匪が「古伯」を占拠した>
◆年明け、第1陣として英章/項梁たちの派兵が決定
 (※この直前に、泰麒と阿選は漣から帰国したばかりだった)
◆英章たちは首都・鴻基から出撃、半月の行軍で琳宇に到着、陣を張る。そしてその後すぐ古伯を包囲、まずは掃討完了。
◆しかし、完了のチョイ前に、近隣三か所で暴動発生、その後、次々に暴動がおこり、鴻基から援軍として霜元が派遣されることになり、さらに驍宗さま自らも出陣へ(縁の深い轍囲に火が回りそうなため)
◆三月初め、霜元&驍宗さま、英章たちに合流
 ※その時驍宗さまは阿選の軍勢5千を率いていた。
 ※阿選自身は連から帰って来たばかりということで、鴻基に留まる。
◆軍勢は豊沢(地図にないが轍囲の南らしい)へ進軍することに。その際、英章軍(先頭は俐珪)、驍宗軍、霜元軍の順番で出撃。
◆進軍3日目、驍宗さまがいないことが判明。
◆驍宗さまは、後から来る霜元と合流すると言って25騎の選卒(せいえい)を従え消えた。
◆4日目、驍宗さまの騎獣「計都」が陣に戻る。どうやら戻ってきたというより、驍宗さまを探してとりあえず陣に戻ったが、驍宗さまがいないのでイラついてる様子。
◆その後すぐ、鴻基から「白圭宮で蝕が起きた」知らせが入る
◆霜元はすぐに騎獣で鴻基へ飛んで帰る
◆驍宗さまについていた阿選軍は品堅に率いられて鴻基へ戻る
◆代わりに鴻基から土匪討伐のため臥信が派遣される
◆5月、文州の乱は一応平定。だがすぐに承州辺境に乱アリとの報が入り、李斎が派遣される。またその支援のため、霜元が手勢の半分を率いて承州へ(その指示は阿選によるもの)
◆半月後、臥信へ、手勢を半分残して帰還命令が下る
◆6月、李斎から「阿選、謀反」の報が各将に届く
 そして阿選と反阿選の戦いが各地で勃発、阿選側が圧倒して終わる。
----------------------------------------------------------------
 とまあ、こういう流れだったらしい。その後、6年がたった世界が、本作の舞台だ。
 この間のことは、本作でいろいろな人物から語られるが、問題は、一体全体、驍宗さまに何が起こったのか、そして6年経過した今現在、どうしているのか、であろう。
 まだ死んでいないことは、我々読者は知っている。泰麒もとうとう帰還した。さあこれから反撃のターンだぜ!? という期待に胸膨らませて、我々は本作のページをめくったはずだが……その結果が分かるのは来月である。ホント、新潮社が嫌いになるでしょ、誰だって。
 というわけで、以下、本作に出てくる人物表である。出てくる順にしようかと思ったけど、それだと関係のある人物が離れ離れになっちゃうので、いくつか、グループ分けしてまとめてみよう。なお、実際に登場しないけど、回想で言及されるだけの人もいっぱいいます。一応、(1)(2)巻で出てくる名前は全部書き出してみた。
 なお、もちろんネタバレも少し混じっていますが、これは来月(3)(4)巻を読む際のわたしの覚書なので、いいよね、別に。つうか、ここまでこのBlogを読んで、本編を読んでいない人もいないだろうし。

 が……ダ、ダメだ! Windowsの機種依存文字を使う名前が多すぎて文字化けしちまう!! ことに気づいたので、ちくしょう、こうなったら画像にするしかねえな……それぞれタッチ/クリックで拡大しますので。
【1.泰麒と李斎の旅の仲間と、協力してくれる人々/話を聞いた人々】
人物表01
 ※追記:そうだった。泰麒の使令は、穢れを払うために王母様預かりなんだった。CK先輩ご指摘あざっす!
で。次が、【2.驍宗さま失踪前の軍人たち】。ほぼみんな、実際には登場してこない。
人物表02
そして【3.驍宗さま失踪前の官僚たち】がこちら。これまたすでに故人多し。
人物表03
 ※追記:そうか、(2)巻P204で琅燦が「選ばれない理由がある」と言ったのは「同じ姓は連続で王になれないルール」があるからダメ、のことかもしれないすね(※驍宗さまや阿選の本姓はどちらも朴)。CK先輩あざっす!
で、【4.現在の白圭宮にいる人】
※2.3.で触れた人の中には現在も白圭宮にいる人もいるけど、それらは除外します。
人物表04
最後は【5.謎の人物】と【6.謎現象】について。
人物表05
 さてと。あとは、本編で李斎がたどる捜査ルートと聞き込みの内容を手元にまとめてあるのだが……これはもう、相当膨大なので、このBlogに載せるのはやめておきます。この捜査ルートも、地図がないと本当に理解しにくいので、上の方に貼り付けたわたしが作った地図がとても役立ちました。ただ、本当は山がいっぱいあって、それらも入れたかったのだが……ごちゃごちゃになりすぎてやめときました。

 はあ……マジで早く続きが読みたいですなあ……!!
 驍宗さま……マジなのかよ……わたし的には「耶利」がいったい何者なのかが一番知りたいすねえ! 来月が楽しみだなあ! 常々、わたしはこの世に未練はない、いつ逝っても構わん、とか言ってるけど、少なくともあと1カ月は生きていたいと思います!

 というわけで、もう結論。
 わたしの大好きな『十二国記』の最新刊がいよいよ発売となり、もう、むさぼるように読んだわけですが、言いたいことは2つ。まず、小野不由美先生、『十二国記』を書き続けてくださって本当にありがとうございます! マジ最高です!!! まだ途中ですが、超最高です!! ホント、読めてうれしいっす!!! そしてもう一つは、新潮社はホントにどうしようもない出版社で、早晩M&Aでもかまされていただければと思う。さっさと銀行に見放されればいいんだけどな。遠くない将来そうなるでしょう。ま、そんなことはどうでもいいとして、とにかく! 早く! 続きが読みたい!! に尽きますな。まだラストでは景王、延王、その他オールスターにならないかなあ! 楽しみだなあ!! もうこれ以上言うことがないので、以上。

↓ アニメ版も面白かったすね。アニメオリジナルキャラも結構出てきて、原作ファン的には、コイツ誰?的な部分もありますが、わたし的にはアリ、す。

 わたしは本が大好きで週に数回は本屋さんをのぞいて、なんか面白そうな本はねえかなあ、とかぼんやり渉猟するのだが、実のところ、もう6年前ぐらいから完全に電子書籍にトランスフォームしている。その理由は、電子書籍だと保管場所に困らないとか、読みたいときにいつでも買えるとか、電子書籍ならではのメリットを享受したいため、では決してない。
 わたしが電子書籍野郎に変身した最大の理由は、以前も書いた通り、「本屋が全くダメになりつつある」からだ。つまり、どこかでとある本が発売になっていることを知って、勇んで本屋へ行ったとしても、その本が店頭にないことが多く、嘘だろ売ってねえ!という悲しい事態に遭遇することが、ここ数年超頻繁に起きるからで、いわば、やむなく電子書籍を選択しているのである。
 というわけで、先日、わたしが愛用している電子書籍ストアBOOK☆WALKERから、「あなたがお気に入りに登録している作家さんの新作が出ましたよ!」的なメッセージが届き、うおお、マジかよ全然知らんかった!! と、まずは本屋さんへ行ってみたものの、残念ながら紙の書籍を見かけることができず、ぐぬぬ、という思いで電子書籍を買ったのである。ちなみに、わたしの家から一番近い大きめの本屋さんは、もう数年前からどんどん「本」の売り場面積が減っており、今や半分以上が文房具や雑貨になっちゃった……。
 と、前置きが長くなりました。
 わたしが新刊発売と聞いて、電子書籍版を買い、、超わくわくで読み始めた作品は、Joe Hill先生の『STRANGE WEATHER』という作品であります。
strangeweather
怪奇日和 (ハーパーBOOKS)
ジョー ヒル
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2019-09-17

 もう、このBlogで何度も紹介している通り、Joe Hill先生は、わたしが世界で最も好きな作家Stephen King大先生の長男であります(お姉さんと弟がいる真ん中)。そしてHill先生の作品は、父King大先生の血統を完璧に証明するかの如く超最高に面白く、日本でまだ知名度が低いのではないかと思われるけど、ほんと、もっともっと知られてしかるべきだし、売れてしかるべきだとわたしは信じている。
 いやー、しかし、今回の『STRANGE WEATHER』も最高に面白かったすねえ!!
 これまでの、Hill先生の日本語で読める作品は、当然すべて読んでいますが、これはホント、歴代Hill先生作品の中でもTOPクラスに気に入ったすね。なにしろKing先生的空気感が濃厚で、おそらく、作者名を知らずに読み始めたら、あれっ!? これってKing大先生の作品じゃね!? と勘違いする可能性も高いような気がしますな。ちなみに、これまでのHill先生の作品は、わたしの大嫌いな小学館から発売されていたのだが、今回はなぜか、「ハーレクイン」で有名な「ハーパーコリンズ・ジャパン」からの発売となっている。なんでだろ? と思ったら、どうやらあとがきによると、US本国ではまさにHarperCollins社から出版されていたようで、まあ直ルートとでも言えばいいのかな、そういうことだったようだ。これ以降も、小学館なんぞじゃなく、ハーパーコリンズ・ジャパンから発売してほしいすね。

 で。それでは内容をメモしていきたいのだが、近年病的に記憶力の低下しているわたしは、数年後には内容を完璧に忘れる可能性が高いため、各話のエピソードガイド的にまとめてみようと思う。
 そうなんです。今回は、4つの中編からなるアンソロジー的作品なのであります! しかも4つとも、超おもろい!! これはKing大先生の作品が好きなら絶対読んでほしいし、そうでなくても誰しも楽しめる逸品であると断言したいすな。※なお、4つの物語に関連性はなく、完全にそれぞれ独立しています。
 ◆(第1話)『SNAPSHOT』
 この第1話の翻訳は、King大先生の作品の訳者でもおなじみの白石朗氏によるものだ。大変読みやすく、King大先生的なスーパーナチュラル要素アリ、そしてほろりとさせるものアリ、で、わたしはもうのっけから大興奮であった。
 お話は1988年の夏、カリフォルニアに住んでいた主人公が10代前半(小学生か中学生頃)に遭遇した謎の事件と、その後大人になって成功者となって暮らすまでが、短いながらも凝縮されて描かれている。
 謎の事件――それは、主人公が子供のころ子守してもらってお世話になっていた夫人が、痴ほう症めいた状態で道をふらふらしているのを、少年時代の主人公が見つける場面から始まる。主人公はデブで科学オタクで若干イジられ系の少年だったが、その夫人には大変な恩があるので、放っておけなかった。何をしてるのか聞いてみると、どうやらもはや痴ほうらしく、話が若干通じない。なので、主人公は優しく夫人を家まで送り届けるのだが、夫人は「ポラロイド・マン」から隠れているの、と謎の言葉を残す。なんのこっちゃ? と思う主人公だったが、数日後、主人公は車のダッシュボードにポラロイドカメラを置いている、「フェニキア語のタトゥーを入れた男」と出会い、偶然そのポラロイドカメラで撮影してしまう。すると、謎の現象が起きて―――!! てなお話だ。空気感と、「アヤシイ男と謎アイテム」という点で、わたしはKing大先生の『Needful Things』に似てるな……と思いながら読んでいたけど、結論としては全く似てませんでした。
 わたしがちょっと特徴的だと思ったのは、この事件後、主人公がどう成長していったか、が結構長めに続くんだな。その点が、短編集などではバッサリエンドになるKing大先生と違うような気がしましたね。しかもその長めの「その後」が、ちょっと泣けるいいお話なんすよ。実に面白かったっす。
 ところで、わたしがKing大先生の作品に現れる特徴で一番好きなのが、King先生独特の「下品なDirty Word」のセンスなんですが、これはもう、完璧にHill先生にも遺伝されてますね。お話の中で、痴ほうになってしまった夫人の旦那さんが出てきて、この人はフィットネスクラブを経営しているボディビルダー的な人(だけど、超優しいイイ人)なんですが、そういう人にありがちな、ピツピツのビキニパンツを履いてるわけですよ。そのビキニパンツを、Hill先生はこう描写してます。
 「金玉専用ハンモックといえそうなタイトな黒い下着一枚でストレッチにはげんでいた」
 もう最高っすねw
 ◆(第2話)『LOADED』日本語タイトル「こめられた銃弾」
 第2話は、うって変わってスーパーナチュラル要素はナシ。そして主人公(?)が3人いる。一人は、1993年にあこがれの男子(黒人)を警官(白人)に誤射されて殺された黒人女性。現在時制では、新聞記者になっている。もう一人は、宝石屋のオーナーのおっさんと不倫をしていて、Hと銃が大好きな、若干頭弱い系女子(宝石屋の店員さん)。そして3人目が、かつてイラクだかアフガンだか、どっかに出征した退役軍人で、ほんとは退役後は警官になりたかったのに、軍人時代ちょっと問題を起こしてしまったために警官にはなれず、とあるショッピングモールの警備員をしている。彼は、現在DV(本人的には全くそんな気はない)によって、妻(というより妻の姉)から離婚協議を起こされていて、愛する息子にも会えないでいる。
 ある日、宝石屋のおっさんが頭の上がらない奥さんから「あの娘をクビにするザンス!」とキレられ、おっさんはまるでごみを捨てるかの如く頭弱い系女子に別れを切り出すのだが、ふざけんなとブチギレた女子は銃を持ってショッピングモール内の宝石屋に乱入し、とんでもない事態に―――てなお話でありました。
 そしてこのお話も、「事件後」が結構長いです。つうかむしろ、事件後の方が本題とも言えると思う。けど、衝撃のラストを、ざまあと思うのか、なんてこった……と思うのかは、読者によって違うと思います。わたしはかなり退役軍人が気の毒に思えたので、少しすっきりしましたが、間違いなくこの作品は、現代US社会の病巣の一部を描いているわけで、かなり社会派でもあると思う。実に面白かったす!
 ◆(第3話)『ALOFT」日本語タイトル「雲島」
 そして第3話は、かなりファンタジーっぽさのある作品だ。主人公は20代のヘタレ野郎のミュージシャン。トリオで組んでいるバンドの女子Aが大好きなのだが、もう一人の女子Bががんで亡くなり、そのB子の追悼のために、仲間で彼女がやりたかったことリストの「スカイダイビング」に行くことに。そしてヘタレ野郎は、いろんな言い訳をしながらスカイダイビングなんてしたくないと駄々をこねるも、タンデムでつながってるインストラクターはそんなことにはお構いなしに空へ!! しかし、数秒後、彼は謎の「雲」の上に着地して置き去りにされてしまう(インストラクターは慌ててすぐ離脱)。しかもどうやらこの「雲」はなにやら生き物のように自意識を持っているようで―――てなお話であります。
 この話も、意外と長くて、果たして「雲」はいったい何なのか? そしてヘタレ野郎は無事地上へ戻れるのか!? という緊張感あふれる物語になっていて、極限状態からの脱出という意味で、すごく強いて言うならば、King大先生の超名作『Gerald's Game』に似てなくもないと思いました。やっぱりこの作品も、最高に面白かったす。
 ◆(第4話)『RAIN』日本語タイトル「棘の雨」
 最後の第4話は、ある日突然、「棘の雨」が降り、人々が大勢死んでしまったデンヴァーを舞台に、生き残ったレズビアンの女子のサバイバル(?)を描いた作品であります。いや、サバイバルは言いすぎかな? ある種のディストピア的な世界観で、わたしはこの作品はKing大先生の日本語仮タイトル「携帯ゾンビ」でおなじみの『CELL』に似ているように感じたっすね。
 ただしこのお話は、スーパーナチュラル要素はなく、一応、事件の真相は明かされるので、その点ではすっきりしている。そして謎のカルト集団なんかも出てきて、極限状態での人間心理という点では、すごく強いて言うなら『The Mist』っぽくもあるように感じたす。ちゃんと調べてないけど、この第4話が一番短いかな?

 とまあ、こんな感じの4つの中編なのだが、Hill先生自身によるあとがきに、執筆の動機とかいろいろ書いてあって、こちらも大変興味深い内容になっていました。このあとがきの内容にはあえて触れないでおきます。
 あと、もう一つ、とても素晴らしいと思ったのが、話の冒頭とラストに、非常にいいイラストがついているんすよ。それぞれ4人の別々のイラストレーターが担当しているのだが、これも、読み終わった後で改めてみると、とても味があるというか、アレの絵なんだ、と、非常にセンスを感じるイラストが添えられていることもメモしておきたい。とても素晴らしいイラストです。

 というわけで、もう書いておきたいことがなくなったので結論。

 わたしの大好きなJoe Hill先生の日本語で読める新刊『STRANGE WEATHER』という作品が発売になったので、マジかよ!と慌てて本屋さんに行ってみたものの、店頭に置いてなくて、やむなく電子書籍版を買って、すぐさま読みだしたのだが、ズバリ、超面白かった!! です。4編の中編からなるこの作品集は、実に父であるStephen King大先生の空気感に似ていて、King大先生のファンならば絶対読むべき作品であると断言したい。また、King大先生の作品を読んだことがない人でも、もちろん最高に楽しめると思う。まあ、内容的に「楽しめる」というのは若干アレかな。決してホラーではないと思うよ。ただし、きわめて、Strangeな状況であって、それぞれ、微妙に「天気」に関係があって、『STRANGE WEATHER』というタイトルも、実にセンスあるタイトルだと思った。また、添えられているイラストも実にセンスがあって、要するに、Joe Hill先生はまごうことなく父King大先生の才能を受け継ぐ、すごい作家であるとわたしとしては称賛したいと思う。ま、本人はお父さんがどうのとか言われたくないだろうけど、そりゃもう、読者としては比べちゃうのはしょうがないよ。そして、全く引けを取らない筆力は、ファンとしては「次の作品マダー!?」と期待させるに十分すぎると思います。以上。

↓ Joe Hill先生による原作小説も最高ですが、実はこっちの映画版もかなりキてます! 最高っす!

 わたしは「宝塚友の会」(以下:友会)に入会してもう5年ぐらい経っているのだが、よく、世間的に、「友会」に入ってもチケットが全然当たらない、という意見を聞くことがある。が、わたしに限って言うと、確かに確実に当選するとは言えないけれど、かなり高い頻度で当選しており、花組と雪組以外はほぼすべて、わたしは友会の抽選申込でチケットを得ている。花組と雪組は以前は買えたのに、マジでここ数回、全然当たらん!
 で、友会には「ステイタス制」ってのがあって、抽選に申し込んだり、実際にチケットを買ったりするとポイントがもらえ、その合計ポイントで「ステイタス」が決定するわけだが、高ければ高いほど抽選での当選確率が上がる、ということになっている。それがどのぐらい影響しているのかは全く不明で、そもそも本当なのかどうかすらわからないのだが、わたしとしてはそれを愚直に信じ、申込だけでもポイントゲットできるので、あまり乗り気ではない公演にもせっせと抽選申込をするのだが、先日、そのポイントゲットだけのために、まあ当たらないだろう、という日時で1枚だけ、東京ではなく本拠地である宝塚大劇場の公演を申し込んでおいたところ、見事当選、となってしまった。
 というわけで前置きが長くなったが、わたしは昨日の日曜日、約1年ぶりに、一人で、そして当然日帰りで、ムラ遠征してまいりました。ムラ遠征=我々関東在住のヅカファンが聖地たる「宝塚大劇場」へ観劇に行くこと、であります。
 ムラでは、先週ついに退団公演となったTOPスター明日海りお氏率いる花組公演が本拠地での千秋楽を終え、金曜日からは新たに月組の公演が始まっている。その月組公演『I AM FROM AUSTRIA』を観てきたのであります。

 というわけで、この公演は、「日本オーストリア友好150周年記念」と銘打たれているわけだが、原典はオーストリアで非常に人気の高い作品だそうだ。見終わった今、確かに内容的には、自らがオーストリア人であることに誇りを持とう、的な内容だったので、人気も出るわな、とは思う。一応言っておきますが、いわゆる愛国主義的な、政治的・社会的なメッセージ色はほぼないすよ。いや、あるんだろうけど、もっと純粋?というか単純?というか、明るく楽しいお話でした。
 で、物語はというと、故郷オーストリア・ウィーンを捨て(?)、アメリカに渡った女子がいて、ハリウッドで女優としての成功を手にするも、なんかどうも、いろいろと心の中はもやもやしていて、お忍びで故郷に帰ってくると。一方そのころ、その有名ハリウッド女優が宿泊予約したホテルでは、御曹司の青年が、社長である(?)母親とホテル経営をめぐってプチ対立していて、オレはもっと現代的なニーズをこのホテルに取り入れたいのに、母さんの考えは古すぎるんだよ!的な思いでいたと。そんな二人が出会って恋に落ち……てな感じである。ええ、サーセン、いつも通り超はしょりました。はしょりましたが、要するに、超ありがちなお話である、と言い切ってもよかろうと思う。
 なので、まあ基本的にはテンプレ進行でお約束通りの物語なんだけど……いやあ、実に面白かったすねえ! なんといっても、主役の二人、女優と御曹司を演じた月組TOPコンビが何ともいいじゃあないですか!! 脚本通りなのかアドリブなのかよくわかりませんが、随所にちりばめられたギャグに客席は大うけだし、歌も良かったすねえ! 
 というわけで、キャラ紹介と演じた方々を紹介していこう。
 ◆ジョージ:ホテルの御曹司。まあ実際、苦労知らずのゆとり青年といっていいだろう。しかしですよ、やっぱり月組TOPスター珠城りょうさん(以下:たまきち)はいいすねえ! たまきち君は天性の育ちの良さというか、等身大のおぼっちゃま的キャラが一番似合いますな。まったくもって陽キャラだし、いつも思うけど、このお方はゴールデンレトリーバー的な大型犬のような、明るくて人懐っこいお方ですよ。今回も、非常にわんこっぽさが炸裂する前向き青年でしたね。実にお似合いでした。しかしまあ、わたしはお父さん世代なので、実際のところお母さんの言うことの方が正しいと思ったけどね。
 ところで彼は、ずっと悪役キャラから「このウィンナー野郎が!!」と侮蔑されてるわけですが、「ウィンナー」ってのはドイツ語の「Wiener」(ヴィーナー)の意味であって、つまり「ウィーンの」って意味なんですが、客席の皆さんはこの「ウィンナー野郎が!!」と呼ばれるといちいちウケてたので、意味が通じてなかったんじゃね? と若干心配です。「ウィーン野郎が!」が正しい意味ですよ。
 ◆エマ:ウィーンからアメリカに渡り、ハリウッドセレブとなって野望を遂げた女子。彼女は、実はオーストリア人でウィーン出身。しかし、いろいろと心のモヤモヤがあって、今回の帰郷は、何も言わずにおいてきちゃった母に会いたい的な気持ちもあった。
 演じたのは当然月組TOP娘役の美園さくらちゃん(以下:さくら)。今回のさくらは、とってもよかったですなあ。かわいいじゃん。特にラスト近くの「ケーキ屋さんの店員」風な衣装は抜群に可愛かったね! つうか、ほんとに細っそいなあ! そしてやっぱり99期首席は伊達じゃないですな。芝居もいいし、歌もいいよ、とても。ラストに本当の涙を流している姿には、なんかとてもグッと来たし、今回はさくらの歌は、地声で歌う部分が多くて、なんかかっこよくもあったと思うよ。ちょっと前から、このTOPコンビでUCCコーヒーのテレビCMが流れているのだが(本公演はUCCコーヒーがスポンサー)、なんか、たまきちくんに甘える、けど、ちょっと生意気な年下の彼女的ポジションがとても似合うっすね。この二人、実にお似合いじゃんか、と最近やっと理解できたっす。
 なお、役名のエマ、はハリウッドでの芸名で、本名はなんとか・ヴァルドフォーゲルというドイツ名でしたが、Wald=森、Vogel=鳥、という意味なので、「森の小鳥ちゃん」と言われたわけです。しかし、トルテを一口つまんで、「おいしい! でも、日本の宝塚ホテルのトルテの方がおいしかったわ!」的セリフは、ありゃアドリブじゃなくて脚本通りでしょうか。お客さん大ウケでした。
 ◆リチャード:エマのマネージャーで今回の悪い人。まあ、実際のところこの人は職務に忠実だっただけ、かもしれないけど、エマを利用して金儲けを企んだのがイカンかったすね。ずっとジョージを「ウインナー野郎が!」と呼ぶのはこの人です。
 演じたのは、ついに! いよいよ! 月組2番手に正式就任した月城かなとさん(以下:れいこ)。パレードの真っ赤なアレは、2番手羽でいいんですよね!? わたしとしては2番手羽を背負うれいこが見られたことが、今回最大の目玉だったようにすら感じたっす!! 胸アツですなあ!! 怪我も癒えたようで、本当に安心したし、2番手羽にはマジでグッと来たよ! よかったなあ!! うれしいっす!
 ◆ヴォルフガング:ジョージのお父さん。このお父さんがスーパーちゃらんぽらんな高田純次的テキトーおやじで笑えましたなあ! 一応、キメるところはキメてくれたし、ルックス的にも実にかっこよかったすね。演じたのは、花組から月組に戻ってきた鳳月杏さん(以下:ちなつ)。やっぱりカッコいいし上手いですなあ! 悪役を多く演じてこられたような印象がありますが、今回のような面白キャラもイケますねえ! 大変結構なお点前でしたよ。
 ◆ロミー:ジョージのお母さん。ホテル経営を取り仕切るお堅い方で、基本正論派。ジョージがふらふらしているのでまだ引退できません!!と思っている。本作では舞台がオーストリアだけに何度も『エリザベート』のキャラに言及されますが、彼女はゾフィー様と呼ばれることも。演じたのは、わたしが全娘役で一番大好きな海乃美月さん(以下:うみちゃん)。まあ何度もこのBlogで、うみちゃんがTOP娘になれなかったことを嘆いているわたしですが、そりゃあうみちゃん本人は、何リットルもの涙を流し、内心では悔しい思いをしているだろうけど、舞台上では全くそんなそぶりを1mmも見せることなく、楽しそうに、そして見事に演じてらっしゃいますので、わたしも、もういい加減にして、ちゃんとさくらを認め、月組全体を応援したいと今回強く感じたっすね。さくらはかわいかったし、うみちゃんもうみちゃんじゃないとできないお母さんでした。しかし、お堅いお母さんが一瞬はじけて、いきなりキラキラセクシー衣装で歌って踊るシーンには、完全に俺得で最高でした。うみちゃん、今後もイチオシで応援いたしたく存じます!
 ◆パブロ:ジョージが勝手にホテルに作ったフィットネスクラブのゲストに招いた、サッカーのアルゼンチン代表選手。パブロのオーストリア来訪は、実はリチャードの金儲け計画に組み込まれていた。けど、残念ながら物語的にはそれほどおいしくなく、あまり見せ場はない……のだが、演じた暁千星さん(以下:ありちゃん)は大変良かったですな。つうかやっぱり、ありちゃんって背が高いすね。そして身体能力抜群ですよ。今回は、サイドを刈り上げた新しい髪形も披露してくれたし、なんとロケットにも参加して、誰よりも足を高く上げてましたね。大変良かったと思います。
 ◆フェリックス:ホテルのフロント係でジョージと仲良しの青年。かなり性格はすっとぼけ君で、エマがお忍びでやってくるってのに、さっそくTwieetしてばらしてしまうダメ人間。エンディングはまさかのパブロとカップル誕生に驚いたっす。演じたのは、月組の若手路線街道まっしぐらの風間柚乃くん(以下:おだちん)。おだちんはコメディもイケる、貴重なキャラですね。いろいろ経験を積んで、きっと見事なTOPスターになるのは間違いないでしょうな。本作も、数年後に思い出される重要な作品になるかもしれないすね。
 ◆エルフィー:ホテルのベテランコンシェルジュのおばちゃん。今回一番アドリブ?なのか、客席の笑いをもって行った面白おばちゃん。演じたのは月組のセクシー組長でおなじみ光月るうさん。るうさんの女装は初めて見たような気もしますが、大変お達者で目立ちまくってましたね。ちなみに、やたらとアーノルド・シュワルツェネッガー氏のことを言ってましたが、つうか、シュワちゃんって古いよ……とか思ったけど、彼、シュワルツェネッガー氏も元々オーストリア人で、ハリウッドに渡って成功したお方です。シュワちゃんはドイツ語が母国語で、英語はアメリカに渡ってから身につけた人なので、やけにドイツなまりの聞き取りやすい英語をしゃべるお方なのです。
 ◆ゲルト:ホテルのフロント係の青年。真面目そうなメガネ男子。演じたのは連つかさくん(以下:れんこんくん)。今回はあまり出番がなくて、その代わりいろんなシーンに出てましたね。れんこんくんは、何気に演技派なので、どんな役でもきっちり本気で全力なのがとても好感が持てるっすね。声がいいんだよな。すごく通るというか、発声がきれいで大変良いと思います。
 ◆アンナ:ホテルのフロント係の女子。真面目なんだか、テキトーなのかよくわからないけど、フェリックスの恋のアプローチを受けたり断ったりする微妙女子。金か? 金が判断基準だったのかな? よくわからんす。演じたのは、わたしがこのところずっと応援してきたのに、本公演で退団することを発表した叶羽時ちゃん(以下:ときちゃん)。残念だなあ……ときちゃんも演技派で、すばらしいジェンヌなのだが……。まあ、まだまだ若いし、退団後の活躍を祈ってます。また会いに行くよ、必ず!
 とまあ、キャラ紹介は以上かな。今回は久々のムラ遠征だったので、いくつか写真をのっけとこう。まずはこちら↓
20191006-01
 大劇場ではこんな感じに、現在上演中作品&次回上演予定作品がズドーンと掲示されてました。わたしはいつも、AM6時東京発ののぞみ1号で遠征するので、大劇場に到着するのは9時過ぎぐらい。それだとまだ開いてないので、花の道の「ルマン」でお昼用のサンドウィッチを買います。そして9時半に劇場は開門となるのですが、その時間はまだほとんど人がおらず、こういう写真も撮り放題です。
 で、↓こちらが、開演前の舞台。
20191006-2
 こんな感じに、開演5分前からカウントダウンされてました。今回は、舞台装置に外箱公演でよく見かける縦長のLEDモニターや、プロジェクションマッピングを多用してました。そのため、セットの作りこみという意味では、意外と質素だったような気もします。

 というわけで、最後は毎回恒例のイケセリフで締めたいのだが、それは東京公演まで取っておきます。ので、さっさと結論。

 本拠地宝塚大劇場で始まった月組公演『I AM FROM AUSTRIA―故郷は甘き調べ―』を久しぶりに遠征してみてきたのだが、正直に告白すると、それほど期待してなかった……けれど、大変明るくハッピーなお話で、大変面白かったと思う。たまさくTOPコンビはとてもお似合いで、なんかいいすね! レトリーバーのような大型犬と、小柄で端正な柴犬がじゃれているような、ほっこりするコンビですな。そして、れいこの正式2番手がとてもうれしかったし、うみちゃんも元気いっぱいで、最高でした。ときちゃんの退団はさみしいけれど、どこかでまた会いたいですな。プリンシパルキャストに抜擢されることがあるかわからないけど、アンサンブルキャストでも、どこかに出演することになったら、必ず会いに行くよ。要するに、結論としては、遠征してよかったと思うっす! 面白かったわ。以上。

↓ 一瞬、これもネタになってました。ウィーンといえばザッハトルテ、ザッハトルテといえば、やっぱりデメル、ですな。超うまいっす。学生のころ、表参道のデメルに何度も行ったなあ。今でもあるんだろうか?

 わたしは映画オタとして、当然1989年公開のTim Burton監督版『BATMAN』を劇場で観ているし、天才Christophe Nolan監督の超傑作『DARK KIGHT』も観ているので、両作に共通するBATMANの敵、「ジョーカー」という存在について、それなりに知っているつもりである。わたしのジョーカーというキャラクターについての知識は、要するにジョーカーは「普通の人間には理解不能のナチュラル・ボーン・悪党」であって、「世界が炎に包まれ燃えあがるのを見て笑う狂気の男」であるというのが、これまでのわたしの理解だった。
 なので、今般『JOKER』なる映画において、ジョーカー誕生秘話が語られることになったという話を聞いて、わたしはまず第一に困惑した。今さら、実はジョーカーには悲惨な過去があって、それであんな奴になった、とか、ある意味、感動的な物語を観せられても困るというか、ジョーカーに対して共感できる物語なんて必要ないんじゃね? とか思っていたのだ。
 というわけで、わたしは今日、やっと日本公開となったその映画『JOKER』を観てきたのだが、結論から言うと、わたしの愚かな予断を吹っ飛ばすほど素晴らしい映画で、なるほどねえ……と非常に満足のいく内容だったと思う。ズバリ言えば、ジョーカー自身は、どんな理由があっても間違いなく悪党で、同情の余地はなく、共感する必要はないと思う。だが重要なのは、ジョーカーという存在は実に社会的な存在とでも言えばいいのだろうか? つまり、ジョーカーは「ゴッサム」という街、後に「悪徳の栄える街」と呼ばれる社会が生み出した怪物だ、ということだ。その点が非常に見事に描かれていたように思うのであります。言いたくないけれど、超・強いて言うならば、ジョーカーは社会の被害者、とすら言えるのかもしれない。しかし、くれぐれも勘違いしたくないのは、だからジョーカーは悪くない、とは絶対に思えないし、思いたくないですな。
 というわけで、まずは予告を貼っときましょう。

 というわけで、お話は、ジョーカーという怪物がいかにして誕生したか、である。以上。終わり。
 と、終わらせてはアレなので、ちょっとだけ解説しておこう。後に「JOKER」を名乗ることになるアーサーという男がいる。彼は、どうやら脳の障害によって、突然笑い出す発作を持っている。さらに、ゴッサムという街は相当な格差社会であり、貧富の差は激しく、世には仕事がなく、アーサーはド底辺でピエロの仕事をしている。彼は、「人を笑顔にしたい」という希望があって、ピエロの仕事をして街頭で店の宣伝をしたり、小児科病棟に慰問に行ったりとせっせと仕事をしてはいるが、夢はコメディアンとして舞台に立ち、憧れのTV番組に出演したいなあ、とか思っている。また、家には病身の母がいて、献身的に介護を行う、絵にかいたような優しいイイ奴だ。
 しかし。世間はまったく彼に優しくない。
 観ていてつらいほど、ひどいことばかり起きる。
 この辺はもう、わたしの現在の心境に極めて近く、こりゃあ、アーサーじゃなくたって、誰だって怒りを身のうちに育てていってしまうだろうと思う。そして、とあるきっかけから、アーサーは3人の男を撃ち殺すに至る。そして、さらに追い打ちをかけるように、母の言葉が嘘だったことが明らかになった時、完全に正気を失い、「ジョーカー」と変貌するわけだ。
 わたしは観ながらずっと、わたしとアーサーの違いはどこにあるんだろうか、と考えていた。わたしも、ズバリ言うと世の中には絶望しているし、内心では街でバカをやっている連中だったり、電車内でマナーのヒドイ高齢者や若者を見かけると、死ね! とか、ぶっ殺すぞこの野郎! とか、普通に思っている。オレとジョーカーはどこに違いがあるんだ? とずっと考えていたのである。
 日本には銃がないから? うーん、まあ、そうかも? 銃があったらオレも乱射してるか? いや、それはないな。つうか、ないと思いたい。
 オレは金に困ってないから? まあ、それは今までのオレの頑張りだけど、ジョーカーことアーサーもそれなりに頑張っていたし、どうにもならんかったかもしれないぜ?
 家族の愛? うちの母はジョーカーの母とは違う? うーん、そうかも? これが決定的な違いか?
 それともやっぱり、「報われない社会」だからか? いやいや、現代日本も十分「報われない社会」と言えるよね。残念ながら。
 とまあ、いろいろ考えても、実は今のところ結論は出ていない。一つ確かなことは、本作で描かれた境遇に自らを置いてみた時、自分がジョーカーにならない道を選べたかどうか、結構怪しいんじゃないかということだ。 
 わたしは、なにかと人のせいにしたり、社会のせいにしたりするような人間が一番嫌いだし、そういう人間こそ、真の邪悪だと思っている。そういう奴って、本当にどうしようもないクソ野郎だと思うし、さっさと死んでほしいと思う。
 しかし、ジョーカーは、実は全く「社会や他人のせい」にしたりしていない。そういう意味で、ジョーカーは「邪悪」ではないとわたしは感じた。そう、わたしの結論は、ジョーカーは完全なる「病人」であり、完全に精神が「ぶっ壊れちまった」存在なのだ。もはや人間とはいえないのかもしれない。まさしく、「怪物」。そうとしか言えないように思う。もちろん、わたしは病気だとか、心神喪失だとかで、罪を免じられるような、現代社会の法律を全く信頼していない。法律は、病人や罪人は回復/矯正可能という前提にあるとわたしは考えているが、残念ながら、回復しない病気もあるし、ズバリ言えばクソ野郎は死ぬまでクソ野郎で、死ぬまで社会と隔絶しておくしかないとさえ思っている。ジョーカーは、わたしにはそういう、一生を監獄に監禁すべき病人であり、人間であることができなくなった怪物だと思えた。その意味で、わたしにはジョーカーに同情しないし、共感もしない。ただし、まったく人ごとじゃあない、オレもそうなってたかもしれん、という思いだけは、これは否定しようがないと思う。
 いやはや、なんかまとまらないけど、とにかく言えることは、この映画はすげえ! ということでしょうな。これは、やっぱり傑作だと思う。

 というわけで、最後に役者陣を称えて終わりにしよう。と言っても、讃えるべきはただ一人、主人公アーサー=ジョーカーを演じたJoaquin Phoenix氏だ。本当に素晴らしかったと思う。もちろん、『DARK KNIGHT』でジョーカーを演じたHeath Leger氏の演技はすさまじく素晴らしかったのは言うまでもなかろう。しかし、ジョーカーとしては素晴らしくても、その前のアーサーとしては、もう今回のJoaquin氏は完璧だったと思う。Heath氏にアーサーは演じることができただろうか?? できたかも、としか言えないかな。もう亡くなってしまったのが本当に残念だが、今回のJoaquin氏は実に見事で、これはマジでアカデミー賞もあるかもしれないすな。本作は、コミック原作の皮をかぶった完全なる社会派映画と言ってもいいほどなので、作品賞すらあり得るかもとわたしは感じたっすね。なにしろ、現代社会は本作で描かれたゴッサムという街そのままだし。格差、不信、怒り、そして報われないという思いが蔓延する現代社会を見事に描いていると思う。
 この見事な社会の縮図を描いて見せたのが、監督のTod Phillips氏48歳。おっと、意外と若いな。わたしはこの監督の作品を『HANG OVER』シリーズしか見てないけど、画の質感といい、若干の長回しだったりキャラの表情を切り取る画のセンスと言い、かなりの腕前っすね。後のBATMANことブルース・ウェインとの因縁も実に上品に、さりげなく、そしてガッツリと描いてくれましたな。全くもっておみそれしました! 

 というわけで、書くことが亡くなったので結論。

 BATMANの敵でお馴染みのジョーカーという怪物がいかにして生まれたのか、を恐ろしくリアルに描いた作品『JOKER』がやっと日本公開されたので、さっそく観に行ってきたのだが、ズバリ一言で言えば、これはすごい、素晴らしかったと思います。観ながらわたしはもう、いろんなことを考えてしまったのだが、一体、ジョーカーとわたしを分ける、決定的な違いは何なんだ? という問題は、今後折に触れて考えてしまうように思う。わたしは、現代社会に生きる我々は誰しもがジョーカーになり得るのではないかと思う。生きててもいいことなんてねえんだもの。でも、それでも、ジョーカーになったらある意味負けというか、人間であることを放棄することだけはしたくないですな。ジョーカーを肯定しないし、同情もしないよ。けど、ジョーカーになってはダメだ、という思いだけは、しっかり胸に刻みたく存じます。いやあ、すげえ映画でした。これはひょっとすると、オレ的2019年ナンバーワンかもしれないす。ホント、観ててつらかったす……。でも、目をそらしてはいけないのでしょうな。キツイすねえ……生きるってのは……。以上。

↓絶対に観ておかなくてはならない作品の一つです。
ダークナイト (字幕版)
クリスチャン・ベール
2013-11-26

 待ちに待った映画が今日から公開だ! というわけで、さっそく今日の会社帰りに観てまいりました。その映画は、『JOHN WICK : CHAPTER3 PARABELLUM』。もうわたしの周りの人なら、2015年に一番最初の作品が公開されたときからわたしが大興奮であったことはよくご存じだろうし、前作『CHAPTER2』が2017年に公開された直後から、ちっくしょう、早く続きが観てえ! とずっと言っていたこともお馴染みだろう。そもそもわたしはKeanu Reeves兄貴が大好きだし、ホントに早く続きが観たかったのです!
 というわけで、さっそく『CHAPTER3』を観てきたわけですが……ううむ……結論から言うと、ちょっとなんというか、いろいろ問題があったような気がする……けれど、まあ、ラストはまた次へ続く、to be cotinued……という形で終わるので、許してもいいかなあ……。
 なんつうかですね、今回のジョン先輩は、若干行動が意味不明なんすよね……。まあ、前作もそういう面はあったけれど、結局そうなるの? という物語の流れは、はっきり言ってイマイチだったような気がするし、ま、ズバリ言って長い、つうか、しつこい! ような気もしましたなあ。。。
 ただまあ、いつものガン・フー(GUN-HU)なる銃器を交えた格闘アクションはすさまじいし、見どころバッチリなので、いいのかな……。それだけと言えばそれだけなんだが……それでいいのかなあ……という気もします。ではまずは予告を貼っておこう。

 今回の物語は、前作のラストシーン直後から始まるわけだが、ちょっと復習をしておくと、第1作目は、伝説の殺し屋、ジョン・ウィックさんはその殺し屋家業から引退し、愛する妻と静かな日々を送っていた……けれど、その奥さんは病気(?)で亡くなり、生前、奥さんが贈ってくれた子犬とともに、静かに、しんみりと、奥さんの思い出とともに生きていたのだが、ある日、ジョンさんが自慢の愛車にガソリンを入れていたら、ロシアンマフィアの小僧に因縁をつけられてしまう。
 「その車かっけえな、俺に売ってくれよ」
 「売り物じゃない(She is not for sale)」
 てなやり取りがあって、軽くあしらうジョンさんだったが、あろうことかそのガキがジョンさんの家に夜襲をかけてきて、車を盗み、あまつさえ大切なワンコを殺すという暴挙をはたらき、ジョンさんの怒り大爆発! てなお話だった。
 そして第2作目では、そのガキの親父のマフィアグループもまとめて退治して、愛車も取り戻して(ただしズタボロ)、やれやれ、と家に帰ってきたジョンさんのもとに、かつて、殺し屋連盟組織を引退する時に借りを作ってしまったイタリアンマフィアの野郎が訪れる。なんでも、組織の掟として、借りは絶対に返さないといけないらしく、そいつは自分の姉がイタリアマフィアの頭目を継ぐことになったので、自分がボスになるために、姉を殺してくれとジョンさんに依頼。ジョンさんは、そんなことはできない、ときっぱりと断るが、イタリア野郎はあろうことかジョンさんの家を総攻撃して丸焼きに。ほうほうの体でジョンさんはマンハッタンまで歩いて行き、世話になってるコンチネンタルホテルの支配人に相談。支配人曰く、ジョンさん、そりゃあアンタが掟を守らんからだよ……と同情しつつも掟は掟、と語る。仕方なくジョンさんはイタリア野郎の依頼に応じ(→だったら最初から聞いていれば……というツッコミは禁止w)、ジョンさんの知り合いでもあるイタリア野郎のお姉さんを殺し、依頼完了と思いきや、イタリア野郎はジョンさんまで殺そうとし……最終的にはそのイタリア野郎を「殺しは厳禁」という掟のあるコンチネンタルホテル内でぶっ殺し、かくして掟を破ったジョンさんは、組織を破門となり、追われる身となるのだった……てなことになる。
 で。今回の『第3章』は、まさしく「組織から追放1時間前」から始まる。ジョンさんはまず、自らの出身であるベラルーシの組織に、「ピンチの時に使えるチケット」を提示して、なんとかカサブランカへ船で脱出。そして現地モロッコ・コンチネンタルホテルの支配人に面会し、組織を支配する「主席=High Table」なる存在に贖罪を行いたいので会わせてくれと頼むのだった。
 一方組織サイドも、掟破りのジョンさんへの処罰を与えるべく、ジョンさんに1400万ドルの賞金を懸け、さらに、事態を収拾すべく、ジョンさんに協力した人々に「裁定」を下す<裁定人>をNYCに派遣。かくして、ジョンさんをめぐる戦いが始まった!! てなお話であった。サーセン。いつも通り都合よくテキトーにはしょりました。
 というわけで、問題は、この混乱はどのように収拾されるのか? という1点にかかっているように思う。ズバリ言えば、ジョンさんの望みは「静かに暮らすこと」にあるわけで、もうこうなったらHigh Tableすらぶっ殺すしかねえんじゃね? と思えるわけだが……わざわざ贖罪に出向いて許されるとは思えないし、しかも今回、ジョンさんはケジメの「指つめ」まで行うのだが、まあ、ズバリ言えば、そんなことしても全く無駄、で、わたしは観ながら、ジョンさん、あんた人が良すぎだよ……と若干呆れた気持ちにもなった。
 今回はかなりキャラクターが多いけれど、基本的には「ジョンさんを助ける側」と「ジョンさんを狩る側」に分かれており、それぞれの思惑としては比較的単純なので、説明はしやすいかな。
 <ジョンさんを助けるチーム>
 【コンチネンタルホテル・NYC】
 支配人とコンシェルジュのコンビはシリーズ全作登場。基本的にジョンさんが大好きな二人。しかし、前作で掟を破ったジョンさんを苦渋の決断で組織から追放処分にした。のだが、「追放まで1時間」の時間の猶予を与えたことが<裁定人>にツッコまれ、なんでその場で殺さなかったんだとなじられることに。結果、1週間以内に荷物をまとめて出ていけ、という処分を下されてしまう。40年間組織に忠誠をつくし、組織のために働いてきたのにそりゃねえだろ、とラストはジョンさんともども組織に反逆ののろしを上げる!! という展開は大変美しかったけれど……そこに至るまでのジョンさんの苦労を思うと、なんか、最初から闘ってればよかったのにね、と思わなくもないすな。
 演じたのはもちろんこれまで通り、支配人をIan McShane氏、デキるコンシェルジュをLance Reddick氏が演じてます。とりわけコンシェルジュのシャロンは、ジョンさんの犬を大切に預かってくれたり、今回は銃を手に大奮闘でありました。
 【正直良く分からないNYCのホームレスを偽装した情報組織】
 前作から登場。NYCのいたるところに構成員を配置し、あらゆる情報をつかんでいる存在。一応、「主席」連合の配下らしい。前作で何気にジョンさんを助けてくれたのだが、前作でジョンさんに銃と「7発の弾丸」を提供したことで、<裁定人>から7日以内に荷物をまとめて出ていけ、という処分を下されてしまう。やなこった、と断ったら、ズバッ!ズバッ!と7回刀でぶった斬られることに。はっきり言って若干とばっちりを食ったような気もするけど、怒り心頭の末にラストは……劇場でご確認ください。
 この謎の情報組織の長である、自称「王」を演じたのも、前作同様Laurence Fishburne氏。相変わらずの前歯がすきっ歯なのが、どうしても気になるっすね。そして、いよいよ次章『CHAPTER4』では、ついにネオ&モーフィアスのMATRIXチーム、アッセンブル!ですよ!! 超期待すね!
 【ベラルーシ出身の謎の集団】
 今回初めてジョンさんの出自が判明。NYCは本当にお店やTAXIドライバーなど働いてる人々が、英語が母国語じゃない人たち、がいっぱいいて、人種のるつぼなわけですが、どうやらジョンさんは元々はベラルーシの出身らしく(?)、この謎集団のマンハッタン拠点で訓練を受けたみたいです。女子はバレエダンサーとして超スパルタの訓練を受け、男子はレスリングだったりの格闘?訓練所みたいなのが今回出でてきました。しかもこの集団も、「主席」連合配下らしい。そしてジョンさんは「チケット」と呼ばれるロザリオを持っていて(隠し場所がNY公共図書館の本の中!)、それを使って協力を求めるのだが、やむなく協力したことで<裁定人>にお仕置きを受けることに。気の毒……。
 この今回初登場の謎組織の女ボスを演じたのが、Anjelica Hustonさん。わたし的には久しぶりにスクリーンでそのお姿を目にしたっすね。非常に貫禄十分で、お仕置きも実に毅然と受けておられました。痛そう……。
 【コンチネンタルホテル・カサブランカ】
 前作ではローマのコンチネンタルホテルが出てきましたが、今回はモロッコです。ジョンさんは何故ここに来たかというと、現在のコンチネンタルホテル・カサブランカの支配人、ソフィアが、かつてジョンさんが助け、「血の盟約」を結んで貸しのある女性だったからで、前作ではジョンさんがその盟約をたてに協力を強いられたわけですが、今回はジョンさんが援助を願うわけです。女支配人ソフィアとしては、その盟約を出されると拒めないわけで、仕方ないわね……的にジョンさんの望みである「主席」の一人(?)に会う段取りをつけてやるのだが、可愛がっている戦闘ワンコを寄越せと主席に要求されてブチギレてしまい、あろうことかジョンさんと一緒に主席を銃撃、必要な情報=主席of主席はどこにいるのか、を得て逃走する羽目に。何やってんすか……。ソフィアがその後どうなったかは、今回描かれません。次章で再登場してほしいすね。

 <ジョンさんを狩るチーム>
 【裁定人】
 裁定人は、「主席」から派遣されてきた監査人で、いろいろな状況を査定し、判断を下す存在。この人自身は戦闘力がなさそうなので、さっさとぶっ殺してよかったんじゃないかなあ。いちいちキッチリしていて、人をイラつかせる天才と言えよう。そしてNYCマンハッタンでは、自らの手足として「裁定」を手伝わせるチームを雇い(?)、主に戦闘はそいつらが担当。問題はその、雇われる「忍者チーム」なんすけど……下手くそな日本語使うのはマジ勘弁してほしいと思った。ダサすぎる。どうせなら、真田広之様とか、本物の日本人を起用してほしかった。ただ、ちょっと面白いのは、この忍者チームは伝説のジョンさんの大ファンで、戦えて光栄っす、押忍!みたいな態度は大変良かったすね。
 裁定人を演じたのは意外と若いAsia Kate Dillonさん34歳。ベリーショートがお似合いのクール美女ですな。そして忍者チームの頭を演じたのはハワイ出身のKark Dacascos氏55歳。もう少し日本語がきれいだったらよかったのにね。。
 【モロッコの主席(?)】
 もう何のために出てきたのかよく分からない、ほんのチョイキャラ。弱い。演じたのはJerome Flynn氏。わたしは知らない方ですが、どうやら「Game of Thrones」でお馴染みのTV方面で活躍されてる方みたいですな。
  【主席 of 主席(?)】
 正直良く分からないけど、「主席」連合のTOP的な人。役名としては「The Elder(長老とかそんな意味)」。モロッコ?の砂漠に在住。ジョンさんはこの人に詫びを入れに行き、指までつめることに。しかも、左手薬指を思いっきりつめ、大切な妻との結婚指輪もこの人の手に渡ってしまう。まあ、十中八九、次章ではラスボスとして登場するも、ジョンさんにやられ、「指輪は返してもらう」と言われそうすね。今回、このThe Elderは、ジョンさんの指つめの詫びを受け入れ、主席に忠誠を誓うなら許してやろう、まず初めの仕事として、いつまでたっても出て行かないNYCの支配人を始末してもらおうか、という指令を出す。ジョンさんもその指令を受けてNYCに戻るわけですが、その時、ジョンさんは、なぜ(再び主席にこき使われる暗殺者となってまで)生きていたいかを告白するシーンがありました。ジョンさん曰く、妻を忘れないでいること、そして妻との思い出の中で生きること、そのために死ぬわけにはいかない、みたいなことらしい。でもさあ、ジョンさん、あなた、冷静に考えればNYCの支配人を殺せるわけないよね? だったら、この時がThe Elderを殺す絶好の機会だったんじゃね? という気がしましたよ、わたしは。
 なお、タイトルの「PARABELLUM」ですが、銃に詳しい人なら、誰しも「9mmパラベラム弾」を連想すると思います。が、今回その語源?となったラテン語がThe Elderの口から説明されました。曰く「Si Vis Pacem, Para Bellum(=平和を望むならば、戦いに備えよ)」という意味だそうです。へえ~それは知らんかったわ。ジョンさんもThe Elderも、次章ではきっちり戦いの準備をしてくるでしょうなあ。楽しみっす。

 とまあ、以上かな。今回、マンハッタンでのシーンの多くは、わたしも行ったことのある場所が多くて興奮したっすね。忍者チームと最初に出会ったのは、ありゃグランドセントラル駅だろうな。すげえ見覚えのある通路が何度も出てきました。あと、ジョンさんがこっそり「チケット」を隠していたNY公共図書館も、ロケ地としては有名すね。わたしもわざわざ行ったす。最初の方で、ジョンさんがタイムズスクエアに佇むシーンがあって、なんでまたよりによってタイムズスクエアに? と思ったけど、公共図書館はタイムズスクエアから歩いてすぐだからな。なーるほど、とか思いました。コンチネンタルホテル・NYがあるのはウォール街のそばのマンハッタンの南端、公共図書館はタイムズスクエアに近いミッドタウン、と、地理が分かるともっとこの映画は楽しめたかもしれないす。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 待望のシリーズ「第3章」である『JOHN WICK : CHAPTER3 PARABELLUM』が公開になったので、初日の金曜の会社帰りに観てきたわけですが、そうだなあ、結論としては、若干物語的には進展が少ないし、アクションもしつこいぐらい長くて、若干胸焼け気味なんですが……早く次の「第4章」が観たい!! と思えたのでアリとしたいと存じます。今回の「第3章」は、起承転結でいうとやっぱり「転」だったんでしょうな。この「転」を受けて、どう決着するのか。ジョンさんは念願の「心安らぐ静かな毎日」を得られるのでしょうか。そこが超楽しみです。わたしとしては、実は愛する奥さんが亡くなったのは「組織」の手によるものだった、みたいな秘密の暴露があって、ジョンさんの怒りMAXに! みたいな展開を希望します。<裁定人>は、これ以上やってもお互いの被害が増えるだけ、と結構あっさり停戦(※劇中ではなんて言葉だったか思い出せない……協議じゃなくて……なんだったっけ……)を呼びかけるなんて、実に冷静で有能すね。裁定人として。彼女も、今回チョイ役のソフィアも、次章に登場してほしいですな。しっかしジョンさん……今回のラストのアレは、痛かっただろうな……無敵すぎです。以上。

↓これまでのシリーズを観ていないと、全くお話になりません。当たり前ですよ。
ジョン・ウィック(字幕版)
キアヌ・リーブス
2016-02-10


 わたしは映画オタクとして、ここ30年ぐらい毎年40本程度の映画を劇場へ観に行っている。それはつまり月に3本ぐらいペースなわけだが、今年2019年は、全く本数が少なく、なんと我ながら驚きだが、6月の末から約3カ月、全く映画を観に行かなかったのである。
 その理由は、コイツは絶対劇場に行かねえと! という映画が少なかったのもあるのだが、実際には、コイツは絶対劇場へ行かねえと! という心のテンションにならなかったのが大きい。そう、今年は本当にロクなことがなく、いやーーなことばかりで、精神的にもうヘトヘトというか、心に重傷を負っていたと言わざるを得ないだろう。なんか、まあWOWOWで放送されるのを待てばいいや、的な、実にオタクの風上にも置けぬ精神状態であったのだ。
 しかし。そんなダメ人間になってしまうのも自分的に許せないし、実際、コイツは劇場で観ないと! という映画が昨日から公開になったので、今日は午前中にばあさまの買い物介護を済ませ、午後はその作品を観るべく、近所のシネコンまでチャリをかっ飛ばしたのであった。
 というわけで、今日観てきた映画は『AD ASTRA』であります。
 まあ、ズバリ言うと、超最高!とまではわたしは感じなかったけれど、見ごたえは十分で、確かにこれは劇場で観て良かったとは思った。ではまずはいつも通り、予告を貼っておこう。

 まずは物語をざっと説明しておくか。時は「近い未来」。人類は知的生命体の探索のため、宇宙に向けて有人探査を放っていた。そしてどうやら地球は、SF世界ではたまに描かれる「軌道エレベーター」のようなものが実用化されていて、ついでに言うと既に月や火星には有人基地が存在している。そして月面上では、資源をめぐって紛争というか戦争状態にあって、略奪する山賊というか海賊というか、そういう輩もいて、US宇宙軍が創設されている。
 主人公ロイは、そんなUS宇宙軍少佐として、軌道エレベーターに駐在、日々、施設のメインテナンスをしていたが、ある日、通常のルーティン業務中に、巨大な謎の「サージ電流」に遭遇、地表への落下事故に遭ってしまう。これが予告で描かれている軌道上からのフリーフォールだ。
 ロイは訓練された軍人としてこの落下事故にも冷静に対処し、一命はとりとめるが、回復もそこそこに軍司令部へ出頭命令が下される。落下事故の報告かと思いきや、軍司令部から伝えられたのは、謎のサージ電流は、海王星から発せられたもので、20数年前に有人探査に旅立ち、海王星付近で消息を絶ったロイの父が、その原因であるという話であった。そしてロイは、父を見つけ、「処分」する命令を受け、地球を旅立つのであった―――てなお話である。サーセン。いつも通りテキトーにはしょりました。
 というわけで、物語のカギとなるのは父の目的にある……ように思いながらわたしは本作を観ていたのだが、実のところそれは別に大した問題じゃあなかった。ま、一言で言えば、父は孤独に精神が耐えられなかったって話であろうと思う。なので、物語的に感動するとか、心に刺さったとかはわたしはあまり感じたなかった。
 なので本作の見どころは、物語ではなく、以下の3つの点にあったように思う。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
【2.映像と演出の素晴らしさ】
【3.音楽の素晴らしさ】
 というわけで、一つずつ思ったことを書きなぐってみよう。
【1.Brad Pitt氏のイケメンぶりと演技の素晴らしさ】
 わたしは常々、Brad Pitt氏は、そのイケメンぶりはもちろんのこと、この人は実は超演技派で、芝居がすげえいいんだよなあ、と感じているが、本作でも確かな演技ぶりはもう本当に素晴らしかったと思う。わたしは今回の物語で描かれる、何か上にある存在から、狂える対象を調査し、抹殺せよ、という命令を受けて行動する主人公像というのは ある意味『地獄の黙示録』的だと思ったし(この点はもう脚本執筆時から意図されていたらしい)、あるいは、『BLADE RUNNER』的だとずっと思っていた。正確に言うと『BLADE RUNNER』というより『BLADE RUNNER2049』の方が近いかな。
 本作では、どうやらストレスの多い宇宙での任務にあたっては、事あるごとに心理テストを受け、それに合格する必要があるらしく、無機質なAI音声の問いに淡々と答えるシーンが多いのだが、これはもう、『2049』での主人公そっくりである。さらに言うと、ロイの内的独白のナレーションが実に1人称ハードボイルド小説っぽくて、実に文学の香りを感じることができた。この点も『2049』っぽさがあったように思える。そして主人公ロイは、常に心拍が50を下回る徐脈の男だそうで、地表への落下中ですら、心拍が上がることがない、ウルトラ冷静な男だ。そういう点でも、どこか人間というよりレプリカント的な、感情を表に出さない人物像なのだが、実はその内面では常に苦悩を抱えている。ついでに言うと、「ロイ」という名前はまさしく『BLADE RUNNER』の反逆レプリカントの名前でもあって、そんな点も映画オタクとしてはつながりを感じちゃうすね。
 そしてロイの苦悩は、「孤独」に対する苦悩であり、幼いころに父は宇宙のどっかに行っちゃうし、母とも死別、さらに愛する妻とも別れ、ロイは深い孤独を感じている。だから宇宙での任務について、完全なる孤独に身を置いているのだが、その孤独が深くロイを傷つけ、苦しみ悩んでいるのだ。その演技が超すごいのです。
 おまけに、月で任務を手伝ってくれた気のイイ軍人は目の前で死んじゃうし、月から火星基地へ運んでくれたクルーたちも死んでしまう。ロイの周りの人々はどんどんいなくなってしまうのだ。そんな場面に遭遇しても、冷静、のように見えて、その内面はひどく傷つき、どんどん精神が消耗していく様は、Brad Pitt氏の秀逸な演技によって完璧に表現されていたように思えたっすね。実に見事だったと思う。やっぱりこの人は、本当にカッコ良いですなあ!
【2.映像と演出の素晴らしさ】
 映像と演出面でもとても光るものがあったと思う。映像に関しては、もう本物にしか見えない月面の様子だとか、宇宙船や各種ガジェット、それから木星や土星、海王星の表現も、本物にしか見えない素晴らしいクオリティで、その点でもこれは劇場の大スクリーンで観るべき映画だと思う。そして、演出について、わたしが一番秀逸だと思ったのは、「無音の宇宙」の表現だ。この「無音」が主人公ロイの孤独をさらに際立たせていたように思える。ポイントポイントで、画が引きになって、無音の宇宙からの視点になるのだが、大変効果的だったとわたしとしては称賛したいすね。お見事でした。
 あと、そういえば本作で描かれる「近い未来」の世界では、火星まで20日弱、火星から海王星まで80日弱で行けちゃう技術が確立されているらしい。なんでも、ロイの父が旅立った宇宙船は「反物質反応エンジン」なるものを搭載していたらしいが、確かボイジャー2号が海王星まで行くのに12年ぐらいかかったはずで、これまでのSF作品なんかだと木星へ行くにもコールドスリープ的な装置で眠ってたと思うけど、本作では異例なぐらい早く到達する設定になっていた。エンジンに関する詳しい説明はなかったけれど、まあ、こういったSF的なウソ、は、本物感あふれるガジェットや、Brad Pitt氏の悩める姿の演技のおかげで、そういうもんだ、と素直に受け入れられたと思う。これも、映像と演出によるマジックと言えるのかもしれないすね。実はわたし、監督/脚本を担当したJames Gray氏の過去作品は『The Immigrant(邦題:エヴァの告白)』しか観てないけれど、なかなか腕の立つ監督っすね。
【3.音楽の素晴らしさ】
 最後に挙げたいのは、やっぱり音楽ですなあ。わたしは冒頭のクレジットで、音楽の担当がMax Richter氏の名前が出た時、ドイツ人か……聞いたことある……けど誰だっけ、とか思っていた。けれど、すぐに流れる音楽を聴いて、あ、これはあの『ARRIVAL』で非常に作品にマッチした荘厳な音楽を聞かせてくれたアイツだ! と確信するに至った。今回の曲も実に素晴らしかったとわたしは思う。そして使い方、入り方も、実にお見事であったといえよう。こういう、スケールの大きさを感じられる音楽も、やっぱり劇場で味わうべき作品であったとわたしに思わせる要因の一つだったと思うす。
 というわけで、最後は主役のBrad Pitt氏以外のキャストを4人だけ紹介して終わりにしよう。
 ◆Tommy Lee Johnes氏:御年73歳。日本では宇宙人ジョーンズとしてもお馴染み。しかし年取りましたなあ。今回演じたのは、主人公ロイの父親にして、海王星宙域で一人、20数年間孤独に生きていた伝説の宇宙飛行士の役。その狂える様は、実に渋くて見事でした。しかし食料とか、よく足りなくならなかったもんだ。結局、この映画は、人間が孤独に耐えられるか、いや耐えられない、ってことが一番のテーマであったように思われるけれど、なんつうか、孤独という状態よりも、孤独であっても生き続けなくてはならない、という「生きる目的」の方が重要のような気がしますね。そしてさらに言えば「生きることそれ自体が目的」で、人は生きていけるのか、と問われたような気もする。主人公ロイは、孤独に苦悩していたというよりも、結局、生きるってなんだ? ということに苦悩し続けていたようにも思えます。この父親の最期を観て、わたしは、きっとこの人はもう疲れ切っちゃったんだろうな……と思ったっす。
 ◆Liv Tyler嬢:もう42歳か、結構年取ったな。でもお綺麗ですよ、とても。今回の役は主人公ロイの元奥さん。わたしはこの顔を見てすぐにMCUのバナー博士=ハルクの初代恋人にしてロス将軍の娘、ベティだ!と分かったす。なんとなく、男目線からすると若干放っておけないような、しょんぼりした表情は、なんか「どうしてなの……」と問い詰められてるような気がして、目を合わせづらいす。ほぼ出番は主人公の回想のみ。だけど妙に存在感あふれてて見事だったと思います。
 ◆Donald Suthreland氏:なんと御年84歳。年を取ってからは、アヤシイお爺ちゃん役としてはもう、ハリウッドナンバーワンレベルですよ。役柄としては、ロイの父親とかつて同僚だった現役大佐。これまた出演シーンは短いけど、実にアヤシイ、信頼できるのかよく分からない男として存在感バリバリでしたね。
 ◆Ruth Negga嬢:今までいくつかの映画で出会っているようだけど、全然顔に見覚えはなかった……けど、非常にキリッとした美人。37歳だって。意外と若いな。今回演じた役は、火星基地の司令官で、非常に印象に残る役柄でした。今後はもう顔と名前を覚えたので、大丈夫だと思うす。
 
 とまあ、こんなところかな……もう書いておきたいことはないかな……。
 というわけで、結論。

 ここ20年ぐらいで3カ月全く映画を観に行かないという、わたしにとっては異常事態の今年だが、3カ月ぶりに『AD ASTRA』という映画を観に行った。まあ、ズバリ言うと、ウルトラ最高! とまではいかないし、正直かなり地味な作品であったように思う。しかし、天下のイケメンBrad Pitt氏の苦悩に満ちた表情は実に素晴らしく、さらに丁寧な演出と本物にしか見えない質感あふれた映像、それから奥深い音楽があいまって、これは劇場で観て良かったと思うに足る見事な映画だったと思う。特に音楽と、無音の宇宙の対比も良かったですなあ。そして、全編苦悩に満ちた主人公を演じきったBrad Pitt氏は、ホント演技派だと思う。作品として、マジで『BLADE RUNNNER 2049』によく似ていると思った。孤独……孤独で生きてはいけないけれど、そもそも生きるって、何なんだろうなあ……なんかいろいろ考えちゃったす。おれも、主人公の父親同様、なんかもう疲れたよ……以上。

↓ ウルトラ大傑作。1点の非の打ちどころもない100点満点映画です。
ブレードランナー 2049 (字幕版)
ハリソン・フォード
2018-01-31

 わたしは宝塚歌劇をたしなむ世間的には珍しい男だが、まあ、最近は劇場に男の姿も結構見かけるようになっており、「珍しい」とは言えなくなりつつあるような気もする。
 そんなわたしは、2010年に一番最初に観た宝塚歌劇が当時のTOPスター、レジェンドと呼ばれる柚希礼音さん率いる「星組」であったため、ずっと星組をイチオシで応援している。
 以来、ズカ用語でいうとわたしのファン歴は「研10」なわけだが、星組以外の他の組の公演も可能な限り観に行っているわけで、もうこの10年で数多くのTOPスターの卒業を見送ってきたのだが、今年は2人の稀代のTOPスタ―が退団を表明しており、わたしとしては非常に淋しいというか、しんみりな心情なのであった。
 一人は、現在本拠地である宝塚大劇場(以下:大劇場)で退団公演中の、花組TOPスター明日海りお(以下:みりお)さんだ。みりお氏については、11月に東京で見送る予定なのでその時書くとして、既に大劇場にお別れを済ませ、現在東京宝塚劇場(以下:東宝)にて退団公演を上演中なのが、我が星組の紅ゆずる(以下:紅子先輩)さんである。
 紅子先輩は、わたしのズカ歴10年の中でもかなり特異なTOPスターで、カッコいいのはもちろんとして、その最大の持ち味はコメディエンヌとしての笑いのセンスだ。それは紅子先輩のオンリーワンの才能であり、悪ぶっているけど泣かせる、冗談ばっかり言ってるけど泣かせる、というキャラが多くて、いつも紅子先輩は、散々笑わせた後で、最後には泣かせてくれるのだ。
 その紅子先輩がとうとう卒業の時が来た。そして演目は、その設定やポスター画像からして、なんじゃこりゃ!? と思わせるようなコメディ作品であり、わたしとしては、もう行く前から、笑い、そして泣く準備は完了しており、昨日は日比谷へ赴いたのである。

 どうすか。もう、控えめに言って最高だよね。かなりトンデモストーリーで、腹を抱えて笑っちゃいました。そんな面白物語をまとめてみると、まず冒頭は、ヒロイン・アイリーンの幼き頃である。アイリーンは子供のころから、有名な孫悟空ではなくて、そのライバルでアンチヒーローである紅孩児(こうがいじ・牛魔王と鉄扇公主の子供)が大好きな活発な女子だった。一方天界では、その紅孩児が暴れて、どうやら現世へ……となったらしい。そして時は過ぎ、カワイイ大人に成長したアイリーンは、シンガポールで屋台経営をしていたが、そこは巨大資本の手によって地上げで立ち退きを迫られており、その資本系列の三ツ星シェフ、ホンと出会う。だがホンはなかなかの俺様ぶりで煙たがられており、巨大資本から追い出され、落ちぶれてしまう。そして行きついた先はアイリーンの屋台で、二人は屋台を守るために巨大資本に立ち上がるのだが、実はホンこそが天界から転落(?)してきた紅孩児だった―――的なお話であった。サーセン。いつも通りテキトーにはしょりました。
 まあ要するに、反目し合う男女がやがて恋に落ちて、一緒に巨大な敵と戦う、そしてラストは見事勝利して、めでたしめでたし、となるような、ある種のテンプレめいたお話なのだが、今回は随所に退団公演という空気感が織り交ぜられており、まさしく笑って泣いて、ハッピーなエンディングは湿っぽくはならず、笑ってお別れを告げるという紅子先輩の本領発揮、であり、実に紅子先輩の退団公演らしい作品であったと思う。非常に面白かったすね!
 というわけで、見どころとしては、当然、以下の4名の方々にあったわけですが、やっぱりそれぞれ皆さん素晴らしかったですなあ! なんか、ホントにこれで紅子先輩と一緒に退団するTOP娘役の綺咲愛里(以下:あーちゃん)さんとお別れかと思うと、マジで淋しいっすね……。
 ◆紅ゆずるさん:紅子先輩。当然演じたのは主人公のホン・シンシン。やっぱり最高でしたな。絶対この役は紅子先輩にしかできない役だったね。とにかく笑ったし、最後は泣かせる見事な卒業公演だったと思います。退団後は、変にテレビとかに出ないで、舞台中心で活躍してほしいな……紅子先輩はトークができちゃうので、バラエティ方面に行ってしまわないか、ちょっと心配す。大の仲良しであるちえちゃんと、ゆっくりランチを楽しんでください!
 ◆綺咲愛里さん:あーちゃん。演じたのは当然ヒロインのアイリーン。あーちゃんはとにかく可愛いし、今回のような、ちょっと強気で後半デレるような、いわゆるツンデレ的キャラが一番似合うような気がしますね。何度もこのBlogで書いているけれど、あーちゃんは地声が低いので、その意外な低音ヴォイスがとてもイイす。そして今回の衣装の奇抜さというか、トンデモ衣装は、絶対あーちゃん以外には着こなせないと断言できるね。あーちゃんだからこそのコスプレ的ファッションは本当に最高に可愛かったよ。退団後は、ちゃんと大きい事務所に入って、様々な方面で活躍してほしいす。ミュージカルに出ることがあれば、また会いに行くよ、必ず!
 ◆礼真琴さん:わたしがファンクラブに入って一番応援しているお方。わたしは勝手にこっちん、と呼んでます。こっちんが今回演じたのは、ホン打倒のために大資本がトップシェフに抜擢した真面目系男子シェフ、リー・ロンロン改めドラゴン・リー。今回は、いよいよ紅子先輩の後を継ぎ、次期TOPスターとなることが決まっているため、若干自虐めいた、僕がトップシェフなんて……的な部分も多かったすね。次に「星を継ぐもの」として、これでいいのかw? と笑わせるようなセリフも、やっぱり紅子先輩だから許されるんでしょうな。でも間違いなく、こっちんなら大丈夫だし、ヅカファン全員がこっちんがTOPスターとなって、大きな羽を背負って階段を下りてくるシーンを待ち望んでいると思うよ。まあ、恐らく、その時にはオレ、泣くね。確実に。ホント感無量っすわ。
 ◆舞空瞳さん:通称ひっとん。次期星組TOP娘役就任が決定している。花組からやってきて今回星組生デビュー。今回演じたのは、ちょっとしたスターでリーと最終的にラブるセレブ。ま、役どころとしてはほぼお飾り的な、なくてもいいようなものと言ったら失礼だけど、大きな役割ではなかったけど、明確にこっちんとのツーショットが多く、台詞的にもこれからよろしくね的なものもあって、いわば星組ファンの我々に対する顔見世的な登場でした。わたしは、正直ひっとんについて何も知らなかったのだが、この人はさすがに102期生首席だけあって、歌える方なんすね。なんとなく、妃海風ちゃんを思い出す歌ウマぶりで、歌は大変結構でした。95期首席である超歌ウマなこっちんとの並びも、文句ないす。ただ、どうやら世間的にはダンスの人という評判を聞いていたけれど、わたしの目には、ダンスはまだまだ、特にショーでのボレロを紅・こと・あーちゃん・くらっち(=有紗瞳ちゃん)・ひっとんで舞うシーンでは、あーちゃんとくらっちが完璧にシンクロしていた一方で、ひっとんは手の角度とか動きが若干甘いように見えたす。わたしとしては、今のところ、くらっちの方が数段上だと思うすね。今後に期待いたしたく存じます。しかしこのボレロのシーンは美しかったすなあ……そしてあーちゃんが、やっぱりTOP娘として、技量も高く、放たれるオーラも一番輝いていたのは印象的だったすね。
 はーやれやれ。ホント最高でした。
 そして後半はショー『Éclair Brillant』ですが、こちらもTOPコンビである紅子先輩とあーちゃんの二人の退団、そして次期TOPコンビであるこっちんとひっとんのお披露目的場面、それから、今回の公演で退団されるれんさん(=如月蓮さん)、まおさん(=麻央侑希さん)たちの場面など、今回特有の事情をきちんと踏まえた、華やかでとてもいいショーだったと思います。惜しくもTOP娘役に選ばれなかったくらっちもとても輝いていたし、せおっち(=瀬央ゆりあさん)もホントに歌が上手くなりましたなあ。わたしが何気に応援している華雪りらちゃんも、がんばっていたし、それから星組が推している若手のぴーすけ君(=天華えまさん)ときわみ君(=極美慎さん)の二人は謎の女装場面もあって、これはちょっとびっくりしたすね。くらっちとひっとんに混じって、あれっ!? あのデカい女子はぴーすけときわみ君じゃね? と目を疑ったすわw 
 とまあ、こんなところかな。もう書きたいことはないかな……。
 では最後に、毎回恒例の今回の「イケ台詞」を発表して終わりたいと思います。
  ※イケ台詞=わたしが「かーっ!! カッコええ!!」と思ったイケてる台詞のこと。
 「星なんていらない!! お前にくれてやる!! 俺は、俺はアイリーンが笑顔ならそれでいいんだ!!」
 今回は、まあどう考えてもこの、「星」を「お前(=リー=こっちん」に譲り渡す場面でしょうな。なんか真面目に考えると、それでいいのか?という気がするけれど、紅子先輩からこっちんへのバトンリレーは、これでいいんでしょうな。わたしとしてはセリフ後半の、俺はお前の笑顔があればそれでいい、という部分にグッと来たっすね。ま、前回の『エルベ』のカールもそうだったわけだし、男というものはそういうもんですよ。しかし今回は、エンディングもハッピー&ピースフルでホント良かったすね。紅子先輩とあーちゃんのこれからを、心から応援いたしたく存じます。

 というわけで、結論。
 ついに来てしまった星組トップコンビ、紅ゆずるさんと綺咲愛里さんの退団。そして年末にはついに訪れる、わが愛しの礼真琴さんのTOP登極。ファンとしては淋しさとうれしさが入り混じる感情の中で、星組公演『GOD OF STARS―食聖― / Éclair Brillant』を観てきたわけだが、やっぱり紅子先輩は稀代のコメディエンヌとして最高の舞台を見せてくれたし、あーちゃんは本当に可愛くて強い女子を熱演してくれました。これでわたしは二人が宝塚歌劇の舞台で輝く姿を見納めてしまったわけだが、退団後の二人に幸あらんことを強く望みたいと思います。そしてこっちん、とうとうその時が来ちゃったね! そしてTOPに登極するということは、まさしく終わりの始まりであり、間違いなく数年後にこっちんも卒業となることが確実なわけで、わたしとしてはこっちんの最後の時まで、全力で応援いたしたく存じます! なんか、どうでもいいような過去Tweetがニュースになってたけど、いいんだよそんなこたあ! 「星を継ぐもの」として、こっちんのこれからに超期待いたします。しっかしプレお披露目のチケット、全く取れる見込みがないんですけど、どうしたらいいんでしょうか……!! 行きてえなあ……! そして、急遽星組にやってくることになったあの方を、ファンとしてどう受け止めればいいんでしょうか……せおっち2番手でいいじゃん……ダメなんでしょうか……。以上。

↓ こちらもまったくチケットが取れず観に行けなかった……Blu-ray買わないとダメかもな。。。


 何度もこのBlogに書いていることだが、わたしは毎年富士山に登っている。そしてその話をすると、大抵、なんてまた毎年登ってんの? と聞かれるわけだが、もう理由は一つしかない。それは、何か嫌なことや良くないことが起きた時、ああ、今年は富士山に登ってねえからだ、と思ってしまうような気がしてならないからだ。おれがサボったせいだ……と思うのがイヤなのだ。たとえそれが何の根拠もない、思い込みだとしても。
 この感覚は、分かってもらえないかもしれないけど、他に説明しようがない。なので、わたしは毎年富士山に登っているのである。
 しかし。今年、2019年――。
 今年は3月に母が脳出血でブッ倒れて以来、まったく、本当に、嫌になるぐらい、ロクなことがない。仕事でも、いやーーなことが起きていて、なんかもう、生きてていいことなんてありゃしねえ、と世を儚んでいるのが今年のわたしである。ズバリ言えばもう、この世に何の未練もねえな。
 そんな精神状態だし、母の介護や梅雨の長雨の影響で、毎年6月末ごろに登っている富士山にも、まだ登っていないわたしであった。なので、わたしとしては1日も早く富士登山を遂行したいと思っていたのである。
 しかし、今や富士山の5合目は、毎年毎年「マイカー規制」の期間が長くなりつつあって、今年は7月の初めから9月10日までだったかな、富士スバルラインを車で登ることができない状況にあっため、今日、マイカー規制が解除された最初の週末に、わたしの毎年恒例富士登山を敢行してきたのであります。確か2004年から毎年だから、今回16回目じゃなかろうか。良く続くよなあ、我ながら。
 というわけで、以下、いつものタイムをまとめたいのだが……今年はもう本当にダメだった。全くトレーニングできなかったのが如実にタイムに現れてしまい、ホント、わたしとしてはここに記すのが恥ずかしい、ヒドイもので、ここ10年で最悪のタイムであった。せっかく天気は数年ぶりにスッキリ晴れて気持ち良かったんだけどな……登ってる途中で、左足、右足とも、10回は攣ったね。うがあ、いてえ! と言いつつ歩を止めることなく休憩なしで歩き続けたのに……タイムはこのざまですよ……。悲しい……。ギリ3時間は切ったけど、マジで3時間切れなくなったら引退かな……だっておれ、もう50だぜ……。。。
自己ベスト
2011/7/9
2017/7/1 2018/6/24 2019/9/14
5合目駐車場出発 5:25 4:41 5:51 5:50
6合目指導センター前 0:17:52 0:17:04 0:19:43 0:19:15
7合目花小屋前通過 0:41:11 0:43:15 0:47:02 0:47:00
7合目日の出屋 0:42:44 0:45:05 0:48:53 0:48:54
7合目トモエ館 0:45:00 0:47:43 0:51:39 0:51:43
7合目鎌岩館 0:48:49 0:51:30 0:56:20 0:56:25
7合目富士一館前通過 0:50:36 0:53:49 0:59:00 0:59:21
7合目鳥居荘 0:55:09 0:58:53 1:04:14 1:05:21
7合目東洋館前通過 0:58:27 1:02:50 1:08:10 1:09:42
7合目太子館前通過 1:09:56 1:15:38 1:21:29 1:25:05
8合目蓬莱館前通過 1:13:47 1:19:47 1:25:55 1:31:10
8合目白雲荘前通過 1:25:43 1:32:45 1:39:36 1:48:11
8合目元祖室前通過 1:30:31 1:37:40 1:44:51 1:54:46
8合目富士山ホテル 1:40:39 1:49:21 1:57:33 2:08:42
8合目トモエ館通過 1:42:37 1:50:42 1:59:54 2:11:27
8合5勺御来光館 1:50:37 2:00:04 2:08:36 2:22:10
1本目の鳥居   2:12:11 2:22:20 2:38:25
頂上到着! 2:16:43 2:27:44 2:39:29 2:57:39
下山タイム
須走吉田分岐 0:19:27   0:25:30 0:23:20
避難所 0:35:39   0:43:04 0:41:53
バイオトイレ 0:49:37   0:56:38 0:56:46
6合指導センター前 1:04:36   1:10:43 1:17:00
ゴール! 1:18:03   1:28:19 1:38:20
 ああ、なんてこった、7合目に入ったあたりではほぼ去年並みだったんだな……そうだったのか。そしてそこから急にタイムが悪くなったのは超思い当たるね。岩場で足が攣り始めたんだ。情けないなあ……ホント。
 下山時もほぼ去年と変わらないペースだったのか……最後、新しい靴で右足のかかとの皮がべろりと剥けて、そこからタイムが落ちてんな……ちくしょう! 本当に悔しいす。。。
 まあ、とりあえずタイムはヒドかったけれど、毎年のお約束は果たせたし、後半はいいことがあるといいのだが……どうなるかなあ……。もう長生きは絶対にしたくないよ……。
 最後に、今日は本当に天気が良くて雲海もきれいだったので、写真を載せておしまいにします。
huji_02_20190914
 ↑これは頂上から東の方向を撮影したもの。このずっと奥に東京があります。
huji_01_20190914
 ↑こちらは西側。気持ち良かったすね。頂上は誰もいなかったよ。完全貸し切りでした。

 というわけで、結論。
 16回目となる2019年富士登山を無事完了いたしました。しかしその登坂タイムはここ10年で最悪なもので、本当に自分が情けない。願わくば、この年になっても頑張ったご褒美として、今年の後半が少しはましな毎日が訪れんことを……。ホント、今年はここまで最悪なことばかりで、生きる気力がもうほぼゼロっす……。以上。

↓ 新しい靴としてコイツを買ったのだが、ちくしょう、かかとが痛てえ!! 今までの靴をまた買えばよかった。。。

↓こっちが10年以上、2足続けて履いてた今までのやつ。オレンジ色のを愛用してました。
 

↑このページのトップヘ